説明

炭素繊維の製造方法

【課題】炭素繊維束への油剤の総付着量を抑制して過剰付着を防止しかつ油剤を均一に付着させる。また炭素繊維束の工程通過性を安定にする。
【解決手段】炭素繊維前駆体アクリル繊維束を、200〜300℃の酸化性雰囲気中で加熱する耐炎化工程に導入する直前に、該炭素繊維前駆体アクリル繊維束に、トリメリット酸エステルを50〜60質量%とポリエーテル骨格を含む乳化剤を40〜50質量%とを含む油剤組成物を付着させる炭素繊維束の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は操業性に優れ、また炭素繊維の強度変動が少ない炭素繊維束の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、炭素繊維前駆体アクリル繊維束を用いて炭素繊維束を製造する方法としては、アクリル繊維の単繊維を数千から数万本束ねた繊維束を、200〜300℃の酸化性雰囲気下で加熱処理(以下、耐炎化処理あるいは耐炎化工程)を行って耐炎化繊維束を得た後、300〜1000℃の不活性ガス雰囲気下で加熱処理(以下、前炭素化処理あるいは前炭素化工程)し、次いで1000℃以上の不活性ガス雰囲気下で加熱処理(以下、炭素化処理あるいは炭素化工程)を行う方法が知られている。
【0003】
この耐炎化処理は発熱を伴う酸化反応であるため、処理時の温度や酸化反応に伴う多量
の発熱のために単繊維間に融着現象が発生し易い。この融着現象が発生した耐炎化繊維束
の品質は著しく低下し、例えばその後の炭素化工程において毛羽発生や糸切れといった障
害が発生する。
【0004】
この融着を回避するためには、炭素繊維前駆体アクリル繊維束に付与する油剤が重要であることが知られており、多くの油剤が検討されてきている。その中でも、高い耐熱性を有し融着を効果的に抑えることから、シリコ−ン系化合物含有油剤がよく使用されている。
【0005】
炭素繊維前駆体アクリル繊維束を耐炎化繊維束に転換する耐炎化工程においては、ヒ−タ−などで加熱した酸化性気体をファンにより耐炎化処理炉内に循環させている。この場合、シリコ−ン系化合物含有油剤の一部は耐炎化工程中に酸化性気体中へ揮発し、揮発したシリコ−ン系化合物は耐炎化炉内に長期間滞留することになる。
【0006】
また、耐炎化炉中に長時間滞在化したシリコ−ン系化合物は固化し、それが微粉体として処理中の繊維束にも付着する。該微粉体の付着点は、その後の高温炭素化工程で毛羽の発生や単糸切れの発生起点となり、得られる炭素繊維の性能を著しく低下させるので、長期にわたって耐炎化処理工程を稼動させ続けることは困難であり、時に稼動を停止して炉内清掃を行う必要があった。
【0007】
特許文献1には、微粉体発生を抑制するために、シリコーン系油剤が付与された炭素繊維前駆体アクリル繊維束を耐炎化工程で加熱処理する場合において、該炭素繊維前駆体アクリル繊維束の含水率を1.5質量%未満とすることが記載され、より具体的には、耐炎化工程油剤を付与することが記載されている。しかしながら、上記耐炎化工程油剤では、耐炎化工程での収束性が高まることで、耐炎化の程度に斑が発生し、後の炭素化工程で束切れや強度低下などのトラブルとなる場合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−211359号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
シリコーン系油剤が付与された炭素繊維前駆体アクリル繊維束を耐炎化工程で加熱処理する場合において、耐炎化工程での収束性を適度な範囲とし、後の炭素化工程で束切れや強度低下などのトラブルを防止する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の要旨は、炭素繊維前駆体アクリル繊維束を、200〜300℃の酸化性雰囲気中で加熱する耐炎化工程に導入する直前に、該炭素繊維前駆体アクリル繊維束に、トリメリット酸エステルを50〜60質量%とポリエーテル骨格を含む乳化剤を40〜50質量%とを含む油剤組成物を付着させる炭素繊維束の製造方法にある。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、耐炎化工程での耐炎化反応の斑を抑制し、炭素化工程における炭素繊維束の束切れを防止することができる。さらに、得られた炭素繊維束は、安定して高い強度を発現できる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(炭素繊維前駆体アクリル繊維束)
以下に本発明について詳細に説明する。炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、アクリロニトリル系重合体を有機溶剤あるいは無機溶剤に溶解し、通常用いられる方法にて紡糸して得られるもので、紡糸の方法、条件には特に制限はない。
【0013】
アクリロニトリル系重合体は、好ましくはアクリロニトリル単位85質量%以上、より好ましくは90質量%以上を含有する重合体を使用する。このアクリロニトリル系重合体としては、アクリロニトリルの単独重合体または共重合体あるいはこれらの重合体の混合重合体を使用し得る。
【0014】
アクリロニトリル系共重合体は、アクリロニトリルと共重合しうる単量体とアクリロニトリルとの共重合生成物であり、アクリロニトリルと共重合しうる単量体としては、メチル(メタ)アクリレ−ト、エチル(メタ)アクリレ−ト、プロピル(メタ)アクリレ−ト、ブチル(メタ)アクリレ−ト、ヘキシル(メタ)アクリレ−ト等の(メタ)アクリル酸エステル類、塩化ビニル、臭化ビニル、塩化ビニリデン等のハロゲン化ビニル類、(メタ)アクリル酸、イタコン酸、クロトン酸等の酸類およびそれらの塩類や、マレイン酸イミド、フェニルマレイミド、(メタ)アクリルアミド、スチレン、α−メチルスチレン、酢酸ビニル、スチレンスルホン酸ソ−ダ、アリルスルホン酸ソ−ダ、β−スチレンスルホン酸ソ−ダ、メタアリルスルホン酸ソ−ダ等のスルホン基を含む重合性不飽和単量体、2−ビニルピリジン、2−メチル−5−ビニルピリジン等のピリジン基を含む重合性不飽和単量体等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0015】
重合法については、従来公知の溶液重合、懸濁重合、乳化重合などを適用することができる。得られたアクリロニトリル系重合体を、ジメチルスルホキシド、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、塩化亜鉛水溶液、硝酸などに溶解して、紡糸口金を通して凝固液に吐出して凝固糸を得る。
【0016】
凝固糸を得る紡糸方法は、湿式紡糸法、乾湿式紡糸法、乾式紡糸法などを採用できる。得られた凝固糸を延伸する。この際、凝固糸を凝固浴中または延伸浴中で延伸してもよいし、一部空中延伸した後に、浴中延伸してもよい。浴中延伸は通常50〜98℃の延伸浴中で1回あるいは2回以上の多段に分割するなどして行われ、その前後、あるいは同時に洗浄を行ってもよい。
【0017】
この紡糸工程において、炭素繊維前駆体アクリル繊維束に油剤を付与すると、紡糸工程での炭素繊維前駆体アクリル繊維束の収束性、柔軟性、平滑性を改善でき、帯電を防止することができる。紡糸工程で付与する油剤(以下、紡糸工程油剤と称する)は、均一に付与せしめるために、浴中延伸、洗浄後の水膨潤状態にある繊維束に対して付与することが好ましい。
【0018】
本発明において、炭素繊維前駆体アクリル繊維束に紡糸工程油剤および耐炎化工程油剤の2段階で油剤が付与する場合、少なくともどちらか一方の油剤付与工程において、シリコーン系化合物を含む油剤組成物を炭素繊維前駆体アクリル繊維束に付与することが、焼成工程での通過性向上、特に炭素化工程での融着を防止する上で重要である。
【0019】
(紡糸工程油剤)
紡糸工程油剤としては、ロールへの繊維束の巻き付き防止や単繊維同士の融着防止などに特化したシリコーン系油剤を使用することが一般的である。油剤に用いるシリコーン系化合物としては、アミノ変性シリコーン、エポキシ変性シリコーン等のシリコーンオイルが挙げられるが、特に好ましくはアミノ変性シリコーンである。アミノ変性シリコーンとしては、側鎖1級アミノ変性シリコーン、側鎖1,2級アミノ変性シリコーン、あるいは両末端アミノ変性シリコーンが挙げられる。
【0020】
シリコーン系化合物の粘度は、25℃で測定して50センチストークス(cSt)以上3,000cSt以下、さらには2,000cSt以下のものを用いることが好ましい。3,000cSt以下であると水中への分散性や、あるいは溶解性に問題を生じることなく、繊維の表面に均一に付与することができる。また、50cSt以上であれば、耐炎化工程で容易に分解、揮発することがなく、単繊維間の融着防止効果を発揮させることができる。
【0021】
油剤に用いるシリコーン系化合物以外の成分としては、例えば、ビスフェノールAのアルキレンオキサイド付加物をモノアルキルエステル化し、さらに飽和脂肪族ジカルボン酸を反応させて得られた反応生成物や、二塩基酸とオキシアルキレン単位を有するポリオールの縮合物に脂肪族アルカノールアミドを反応して得られる末端アミド基を有する付加物、ポリアミンと脂肪酸を反応して得られるアミド化合物のアルキレンオキサイド付加物などを用いることができる。また、空気中250℃、2時間の熱処理後に、さらに不活性雰囲気中700℃、5分間加熱した際の質量残存率が5.0質量%以下となるようなエステル化合物を用いると耐熱性が損なわれることがなく好ましい。
【0022】
油剤成分を水に分散させた油剤を用いる場合は、水に油剤成分(ベースオイルを例えば0.1〜数10μmの大きさの細かい粒子として均一に分散させるため、界面活性剤を用いることができる。界面活性剤にはイオン型、非イオン型があり、イオン型はアニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤がある。本発明に用いる界面活性剤は、炭素化工程で欠陥の形成点となる金属を含まない非イオン型界面活性剤が好ましく用いられる。
【0023】
非イオン型界面活性剤としては、例えば高級アルコールエチレンオキサイド付加物、アルキルフェノールエチレンオキサイド付加物、脂肪酸エチレンオキサイド付加物、多価アルコール脂肪酸エステルエチレンオキサイド付加物、高級アルキルアミンエチレンオキサイド付加物、脂肪酸アミドエチレンオキサイド付加物、油脂のエチレンオキサイド付加物、ポリプロピレングリコールエチレンオキサイド付加物が挙げられ、高級アルコールエチレンオキサイド付加物、アルキルフェノールエチレンオキサイド付加物、ポリプロピレングリコールエチレンオキサイド付加物が好ましく、中でもポリプロピレングリコールエチレンオキサイド付加物が更に好ましい。ポリプロピレングリコールエチレンオキサイド付加物の構造は、ブロック共重合型ポリエーテルが好ましい。
【0024】
油剤中の前記エステル化合物の熱劣化を防止させることを目的として、酸化防止剤を用いても良い。ここで、酸化防止剤としては、例えば、ペンタエリスリチル−テトラキス〔3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕、トリエチレングリコール−ビス〔3−(3−t−ブチル−5−メチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕、オクタデシル−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート、1,3,5−トリス(4−t−ブチル−3−ヒドロキシ−2,6−ジメチルベンジル) イソシアヌル酸、2 ,2 − チオ− ジエチレンビス〔3 − ( 3 ,5 − ジ−t − ブチル− 4 − ヒドロキシフェニル) プロピオネート〕、4 ,4 ’ − ブチリデンビス(3 − メチル− 6 − t − ブチルフェニル‐ ジトリデシルホスファイト) 等並びにこれらの組み合わせが挙げられる。
【0025】
酸化防止剤は、油剤中に1〜10質量%含有することが好ましい。1質量%以上であれば、熱劣化の防止効果が十分に得られ、また、10質量%以下であれば、油剤の乳化安定性が損なわれることもなく、炭素繊維前駆体アクリル繊維束由来の酸化防止剤の残渣が炭素繊維に残存することもない。
【0026】
油剤の付与方法は特に制限はなく、一般に用いられているように、油剤を水に分散させた処理液が入った油剤処理槽に炭素繊維前駆体アクリル繊維束を浸漬し、油剤を付着させる方法が工業的観点から好ましい。
【0027】
紡糸工程油剤の付与量は、乾燥したアクリル繊維束に対して油剤が0.1〜3.0質量%となるようにすることが好ましい。油剤の付与量は、例えば油剤を水に分散させた処理液における油剤の濃度を調整したり、ニップロールなどによる液の絞りを調整したりすることにより調整できる。
【0028】
油剤を付着させた凝固糸を、例えば加熱ローラーを用いて乾燥して緻密化する。乾燥温度、時間は適宜選択することができるが、120℃〜190℃の加熱ローラーにより乾燥緻密化することが好ましい。加熱ローラーの温度が120℃以上であれば、加熱ローラーの本数を多くする必要がなく、また、加熱ローラーの温度が190℃以下であれば、単繊維間融着が生じることがなく、炭素繊維の性能を低下させることがない。
【0029】
高倍率の延伸が可能であること、より最終紡速を高くすることができること、得られる繊維の緻密性や配向度向上に寄与することから、上記乾燥緻密化により得られたアクリル繊維を更に乾熱延伸またはスチーム延伸を施してもよい。乾熱延伸は2本の熱ロール間で行ってもよいし、更にその熱ロール間に設置したホットプレートに繊維を接触させて行ってもよい。スチーム延伸は加圧水蒸気雰囲気中で延伸を行う加圧水蒸気延伸法により行うことが好ましい。
【0030】
こうして得られた炭素繊維前駆体アクリル繊維束に、紡糸工程油剤とは別に、耐炎化炉に供給される前に、耐炎化工程以降における収束性の付与および融着防止のために更に油剤を付与することが好ましい(以下これを耐炎化工程油剤と称する)。
【0031】
耐炎化工程油剤を付与する工程は、乾燥した繊維に油剤を均一に付着させるために、生産速度の遅い耐炎化工程において、繊維束が耐炎化炉に供給される直前で実施することが、工業的観点から好ましい。耐炎化工程油剤の付与方法は、油剤と水を含む処理液が入った油剤処理槽に炭素繊維前駆体アクリル繊維束を浸漬して油剤を付与する方式が工業的観点から好ましい。
【0032】
(耐炎化工程油剤)
耐炎化工程油剤としては、トリメリット酸エステルを50〜60質量%とポリエーテル骨格を含む乳化剤を40〜50質量%とを含む油剤組成物を用いることが必要である。
【0033】
耐炎化反応後半では、フィラメント内への酸素拡散速度が遅くなるので収束性が高いと酸素拡散が十分でない部分が耐炎化斑となるため耐炎化工程油剤が、トリメリット酸エステルを50〜60質量%とポリエーテル骨格を含む乳化剤を40〜50質量%を含む油剤組成物であると、耐炎化工程初期では油剤組成物の残存率が高くなるため収束性を有し、後半の残存率は低くなるため収束性が低下する。これにより単糸間に熱風が当たりやすくすくなるため耐炎化斑を抑制することができ、また、耐炎化工程に引き続き行われる炭素化工程を経た後の耐炎化工程油剤の残存率を3%以下とすることで炭素繊維の品位(毛羽)悪化を抑制できるという効果がある。
【0034】
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、下記式(1)で示される構造のトリメリット酸エステルを50〜60質量%含有する油剤組成物を付着させたことを特徴とする。
【化1】

【0035】
(式(1)において、R〜Rはそれぞれ独立して炭素数8〜16の炭化水素基である。)
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束に付着している油剤組成物は、次の成分のいずれか一方又は両方を含有する場合に、それぞれ好ましい態様を有している。
【0036】
(ノニオン系乳化剤)
ノニオン系乳化剤として、下記式(2)で示される構造のプロピレンオキサイド(PO)ユニットとエチレンオキサイド(EO)ユニットからなるブロック共重合型ポリエーテルを油剤組成物中40〜50質量%含有することが好ましい。より好ましくは下記式(2)のR,Rが共に水素原子である。
【0037】
【化2】

【0038】
(式(2)においてR,Rはそれぞれ独立して水素原子、炭素数1〜24の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、または炭素数3〜12のシクロアルキル基を示し、“x”,“y”,“z”はそれぞれ独立して1〜500である。)
(酸化防止剤)
酸化防止剤は公知の様々な物質を用いることができるが、好ましくはフェノール系、硫
黄系の酸化防止剤である。具体的には、フェノール系酸化防止剤として、2,6−ジ−t
−ブチル−p−クレゾール、4,4’−ブチリデンビス−(6−t−ブチル−3−メチル
フェノール)、2,2’−メチレンビス−(4−メチル−6−t−ブチルフェノール)、
2,2’−メチレンビス−(4−エチル−6−t−ブチルフェノール)、2,6−ジ−t
−ブチル−4−エチルフェノール、1,1,3−トリス(2−メチル−4−ヒドロキシ−
5−t−ブチルフェニル)ブタン、n−オクタデシル−3−(3,5−ジ−t−ブチル−
4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート、テトラキス〔メチレン−3−(3,5−ジ−
t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕メタン、トリエチレングリコー
ルビス〔3−(3−t−ブチル−4−ヒドロキシ−5−メチルフェニル)プロピオネート
〕、トリス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)イソシアヌレート等が
挙げられる。また、硫黄系の酸化防止剤として、ジラウリルチオジプロピオネート、ジス
テアリルチオジプロピオネート、ジミリスチルチオジプロピオネート、ジトリデシルチオ
ジプロピオネート等が挙げられる。上記の酸化防止剤は、単独で用いても、複数の混合物
として用いても差し支えない。
【0039】
耐炎化工程油剤の付与量は、アクリル繊維束に対して油剤組成物が0.2〜2.0質量%となるようにすることが繊維の収束性を持たせながら、熱風がフィラメント内部に拡散しやすくするという点で好ましい。油剤の付与量は、例えば油剤を水に分散させた処理液における油剤の濃度を調整したり、ニップロールなどによる液の絞りを調整したりすることにより調整できる。
【0040】
前記油剤組成物に含まれるナトリウムおよびカリウムがそれぞれ4ppm以下であると、耐炎化炉内に堆積する粉塵のうち、耐炎化油剤に由来する金属成分が少なくなるので、炭素繊維の強度が低下するトラブルが起こりにくく、炭素繊維の強度変動が少なくなるので好ましい。
【0041】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明する。なお、評価方法は下記の通りである。
【実施例1】
【0042】
<炭素繊維前駆体アクリル繊維への油剤付着量>
メチルエチルケトンによるソックスレー抽出法により油剤付与後の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の油剤付着量を測定した。抽出時間は1時間とした。
【0043】
<油剤原料中の金属量>
油剤原料100gを白金製ルツボに秤量し、該白金製ルツボをホットプレートに載置し加熱した。加熱は、煙の発生がなくなるまで行った(予備加熱処理)。次いで、白金製ルツボをマッフル炉に入れ、600℃で前駆体繊維を灰化した(灰化処理)。灰化後、白金製ルツボをホットプレートに載置し加熱した。加熱しながら、白金製ルツボに濃塩酸:純水(質量比)=1:1の塩酸水溶液2mLを加えて灰化物を溶解し、さらに加熱して灰化物の溶解液を乾固寸前まで濃縮した(溶解・濃縮処理)。この濃縮物を0.1mol/L塩酸水溶液で溶解し、10mLにメスアップしたものを測定用試料とした(試料化処理)。この測定用試料を用い、ICP発光分析法により鉄総量を測定した。ICP発光分析は、ICP発光分析装置(サーモエレクトロン社製、IRIS−AP advantage)を用い測定した。
【0044】
<樹脂含浸ストランドの強度、弾性率>
JIS−R7601に準じたエポキシ樹脂含浸ストランドについて、強度、弾性率を測定した。測定回数n=10の平均から求めた値である。
【0045】
<炭素繊維前駆体アクリル繊維の製造>
アクリロニトリル系共重合体を、共重合体濃度21質量%となるようにジメチルアセトアミドに溶解して紡糸原液とした。この紡糸原液を、15000のノズル孔を有する紡糸口金を用いて濃度70質量%、温度35℃のジメチルアセトアミド水溶液中に吐出して湿式紡糸した。次に、凝固繊維を空中にて1.5倍の延伸を施し、沸水中で3倍延伸しながら洗浄、脱溶剤して凝固糸を得た。
【0046】
その後、紡糸工程油剤の水分散液が入った油剤処理槽に凝固糸を浸漬し、紡糸工程油剤を0.1質量%付着させた後、140℃の加熱ローラーにて乾燥緻密化し、加圧水蒸気中にて3倍延伸し、単繊維繊度1.2dtexの炭素繊維前駆体アクリル繊維束を得た。
【0047】
紡糸工程油剤は側鎖1,2級アミノ変性シリコーン(25℃での粘度250cSt、アミノ当量7600)/ポリオキシエチレンステアリルエーテル/ペンタエリスリチル‐テトラキス〔3‐(3,5‐ジ‐t‐ブチル‐4‐ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕= 87/10/3 (質量比)となるように混合したものにイオン交換水を加え、ホモミキサーで乳化し、さらに乳化粒径が0.3μm程度になるよう高圧ホモジナイザーで圧力を調整し二次乳化を行うことによって得た。
【0048】
その後、表1に示した成分の耐炎化工程油剤の水分散液が入った油剤処理槽に炭素繊維前駆体アクリル繊維束を浸漬し、耐炎化工程油剤を付与した後、ニップロールによる液絞り工程(以後、ニップ処理)を通過させた。この耐炎化工程油剤付着量は1.0質量%であった。その後、150℃の加熱ローラーにて乾燥処理を行った。
【0049】
この炭素繊維前駆体アクリル繊維束を空気中230〜260℃で緊張下に加熱し密度1.35g/cmの耐炎化繊維束を得た。
【0050】
こうして得た耐炎化繊維束を、窒素雰囲気中、700℃で緊張下に加熱し前炭素化繊維束とした。この前炭素化処理での300〜500℃での昇温速度は200℃/分とした。得られた前炭素化繊維束を窒素雰囲気中1300℃で緊張下に加熱し炭素化繊維束とした。この炭素化処理での1000〜1200℃での昇温速度は400℃/分とした。
【0051】
得られた炭素化繊維束を表面処理後、サイジング剤を付与し、炭素繊維束を得た。焼成工程中、単繊維切れ・毛羽の発生はほとんど認められなかった。得られた炭素繊維のストランド特性を表1に示す。
【0052】
<実施例2〜7>
表1に示した条件で、耐炎化油剤付与を行った。それ以外は、実施例1と同様の方法で炭素繊維前駆体アクリル繊維束、耐炎化繊維束、並びに炭素化繊維束を製造し、評価した。いずれも焼成工程中、単繊維切れ・毛羽の発生はほとんど認められなかった。得られた炭素繊維のストランド特性を、他の測定値とともに、表1に示す。
【0053】
<比較例1〜7>
表1に示した条件で、耐炎化油剤付与を行った。また、耐炎化工程油剤が付与された炭素繊維前駆体アクリル繊維束について、それぞれ、実施例1〜7と同様の方法で、炭素繊維前駆体アクリル繊維束、耐炎化繊維束、炭素化繊維束を製造し、評価した。(表1に紡糸工程油剤の記述なし)
【0054】
表1に示した条件中で焼成工程中、単繊維切れ・毛羽の発生がみとめられた。また、得られた炭素繊維のストランド特性を、他の測定値とともに、表1に示す。
【0055】
焼成工程中での繊維束の収束性は、実施例に比して低下しており、また毛羽や束切れが見受けられ、得られた炭素繊維の品質も実施例より劣る結果となった。
【0056】
【表1】

なお表1の耐炎化工程油剤の各成分A〜Dについては以下の通りである。
【0057】
成分A(ベースオイル):式(1)においてR〜Rが共にトリイソデシル基であるエステル化合物
成分B(ノニオン系乳化剤):ポリオキシエチレン7mol付加アルキルエーテル(アルキル基の炭素数12〜14)およびポリオキシエチレン20mol付加カスターワックス
成分C:(酸化防止剤):ペンタエリスリチル‐テトラキス〔3‐(3,5‐ジ‐t‐ブチル‐4‐ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕
成分D:(ベースオイル):p−トルエンスルホン酸触媒下にて190℃で、アジピン酸
(1モル)中に、ポリオキシエチレン(2モル)付加ビスフェノールAモノラウレート(
1.1モル)を少量添加して、エステル化合物を得る。引き続き、ポリオキシエチレン(
10モル)付加ステアリルアミノエーテル(1モル)添加して得られるエステル化合物。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維前駆体アクリル繊維束を、200〜300℃の酸化性雰囲気中で加熱する耐炎化工程に導入する直前に、該炭素繊維前駆体アクリル繊維束に、トリメリット酸エステルを50〜60質量%とポリエーテル骨格を含む乳化剤を40〜50質量%とを含む油剤組成物を付着させる炭素繊維束の製造方法。
【請求項2】
前記油剤組成物に含まれるナトリウムおよびカリウムがそれぞれ4ppm以下である請求項1に記載の炭素繊維束の製造方法。
【請求項3】
前記油剤組成物が、さらに、酸化防止剤を1〜5質量%含有する請求項1または2に記載の炭素繊維束の製造方法。
【請求項4】
前記油剤組成物を炭素繊維前駆体アクリル繊維束に0.2〜2.0質量%付着させる請求項1〜3のいずれかに記載の炭素繊維束の製造方法。

【公開番号】特開2013−60680(P2013−60680A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−199197(P2011−199197)
【出願日】平成23年9月13日(2011.9.13)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】