説明

炭素繊維前駆体アクリル繊維の品質管理方法

【課題】より簡便に強度低下を起こすような量の鉄元素を含む炭素繊維前駆体繊維を見分ける方法を提供する。
【解決手段】次の(1)〜(6)の工程を行う炭素繊維前駆体アクリル繊維の品質管理方法(1)鉄分を0.5ppm未満含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維および鉄分を0.5ppm以上含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維を同じ焼成条件で焼成して、炭素繊維を得る工程、(2)前記(1)で得たそれぞれの炭素繊維のストランド強度を求めて、前記鉄分を0.5ppm未満含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維を焼成して得た炭素繊維のストランド強度に対して、前記鉄分を0.5ppm以上含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維を焼成して得た炭素繊維のストランド強度の強度低下率が0.5%以上20%以下となる鉄分の含有率を求める工程、(3)鉄分を0.5ppm未満含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維および前記強度低下率が0.5%以上20%以下となる鉄分を含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維のそれぞれをDSCで大気中190℃〜270℃定温にて測定した3分付近の発熱ピークの肩の発熱量を同じ条件で測定する工程、(4)前記(3)で得た発熱ピークの差を基準として、工程異常を検知する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維前駆体アクリル繊維の品質管理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、他の繊維に比べて高い比強度及び比弾性率を有することが知られている。このため、複合材料用補強繊維として、従来からのスポーツ用途及び航空・宇宙用途に加え、自動車や土木、建築、圧力容器、風車ブレード等の一般産業用途にも幅広く展開されつつある。さらに、従来利用されてきたスポーツ用途、航空・宇宙用途においても、より高強度化や高弾性率化の要請が高い。
【0003】
炭素繊維の中で、ポリアクリロニトリル系炭素繊維は最も広く利用されているものである。ポリアクリロニトリル系炭素繊維は、例えば、油剤を付着させたアクリル繊維を炭素繊維前駆体とし、該炭素繊維前駆体を200〜400℃の酸素存在雰囲気下で加熱処理することにより耐炎化繊維に転換し、引き続いて1000℃以上の不活性雰囲気下で炭素化して得られるものである。この方法で得られた炭素繊維は、優れた機械的物性により、特に複合材料用の強化繊維として工業的に広く利用されている。
【0004】
炭素繊維の強度、弾性率に影響を与える因子として鉄元素があげられている(特許文献1)。そのため、炭素繊維前駆体中に強度に影響を与えないような鉄元素量を維持するための品質管理方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5−156523号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
アクリル繊維中の鉄元素量を測定するためには、灰化、溶解した後原子吸光やIPC測定などで鉄元素量を定量することができるが、定量までに時間と手間がかかる。時間がかかることは、鉄元素量が規定値を超えるような状況を検出するまでの製品ロスが多くなるため製品コストが上がるため好ましくない。手間がかかることも製品コストに跳ね返るため好ましくない。
【0007】
そこで、本発明は、より簡便に強度低下を起こすような量の鉄元素を含む炭素繊維前駆体繊維を見分ける方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意検討の結果強度低下を起こすような量の鉄元素が炭素繊維前駆体アクリル繊維に混入した場合、DSCで大気中230℃定温にて測定した3分付近の発熱ピークの肩の発熱量が増えることを見出し本発明に至った。
すなわち、次の(1)〜(4)の工程を行い炭素繊維前駆体アクリル繊維の品質管理を行なう。
(1)鉄分を0.5ppm未満含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維および鉄分を0.5ppm以上含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維を同じ焼成条件で焼成して、炭素繊維を得る工程、
(2)前記(1)で得たそれぞれの炭素繊維のストランド強度を求めて、前記鉄分を0.5ppm未満含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維を焼成して得た炭素繊維のストランド強度に対して、前記鉄分を0.5ppm以上含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維を焼成して得た炭素繊維のストランド強度の強度低下率が0.5%以上20%以下となる鉄分の含有率を求める工程、
(3)鉄分を0.5ppm未満含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維および前記強度低下率が0.5%以上20%以下となる鉄分を含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維のそれぞれをDSCで大気中190℃〜270℃定温にて測定した3分付近の発熱ピークの肩の発熱量を同じ条件で測定する工程、
(4)前記(3)で得た発熱ピークの差を基準として、工程異常を検知する工程。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、より簡便に焼成時に炭素繊維の強度低下を引き起こすような炭素繊維前駆体アクリル繊維への鉄元素混入を見分けることが出来る。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(色差の管理方法)
次の(1)〜(4)の工程を行い炭素繊維前駆体アクリル繊維の品質管理を行なう。
(1)鉄分を0.5ppm未満含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維および鉄分を0.5ppm以上含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維を同じ焼成条件で焼成して、炭素繊維を得る工程、
(2)前記(1)で得たそれぞれの炭素繊維のストランド強度を求めて、前記鉄分を0.5ppm未満含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維を焼成して得た炭素繊維のストランド強度に対して、前記鉄分を0.5ppm以上含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維を焼成して得た炭素繊維のストランド強度の強度低下率が0.5%以上20%以下となる鉄分の含有率を求める工程、
(3)鉄分を0.5ppm未満含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維および前記強度低下率が0.5%以上20%以下となる鉄分を含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維のそれぞれをDSCで大気中190℃〜270℃定温にて測定した3分付近の発熱ピークの肩の発熱量を同じ条件で測定する工程、
(4)前記(3)で得た発熱ピークの差を基準として、工程異常を検知する工程。
【0011】
ポリマーの酸含量や末端基により発熱挙動は変わるため、また、炭素繊維の強度レベルに応じて求められる強度低下率も変わってくるため上記手法が必要である。
【0012】
強度低下率は0.5%以上20%以下が好ましい。より好ましくは1%以上15%以下、さらに好ましくは1%以上10%以下である。この範囲内だと、誤差範囲にかぶらずに好ましくない強度低下を判別することが出来る。
【0013】
(発熱ピーク)
炭素繊維前駆体アクリル繊維のDSC測定は、酸素のある状態で測定することが発熱量に差が出やすいため望ましい。好ましくは簡便さから大気下での測定が望ましい。測定温度は190℃〜270℃の範囲が差が見えやすいため好ましく、より好ましくは210℃〜250℃である。測定に供する繊維の対象となる繊維と、検査する繊維の繊度は揃えることが好ましく、その差は対照となる繊維の繊度との差が、50%以下であることが好ましく、20%以下であることがより好ましく、10%以下であることがさらに好ましい。目付けに関しても揃えることが好ましく、その差は対象となる繊維の繊度との差が、50%以下であることが好ましく、20%以下であることがより好ましく、10%以下であることがさらに好ましい。上記発熱ピークの肩の発熱量とは、上記条件にてDSCで観測される発熱ピークのうち3分付近に現れる肩の部分を示す。具体的には、特に限定されないが、例えば、炭素繊維前駆体アクリル繊維4mg±0.5mgを7分間、データ間隔0.05分以下で測定し、DDSCと時間を横軸にとったグラフの2〜3.5分の間に出るピークの頂点の時間を記録し、次に、DSCを縦軸に、時間を横軸にとったグラフの先のピークの頂点の時間、−0.2min〜−0.3minのデータ及び、+2min〜+5minの区間のデータから4次の関数にてカーブフィットしたデータを求め、元のデータから、上記時間の範囲でカーブフィットしたデータの差を取り、その差が0.001mW開いた最初の点と最後の点を求め、DSCの装置上で、この最初の点と最後の点を結んだ点で発熱ピークの面積を求め重さで割って求めることができる。
【0014】
(炭素繊維前駆体アクリル繊維)
炭素繊維前駆体アクリル繊維とは、アクリロニトリル系重合体を紡糸して得られる繊維である。
本発明で用いられるアクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルを主な単量体とし、これを重合して得られる重合体である。アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルのみから得られるホモポリマーだけでなく、主成分であるアクリロニトリルに加えて他の単量体を用いたアクリロニトリル系重合体であってもよい。
【0015】
アクリロニトリル系重合体中のアクリロニトリルの配合量は、得られる炭素繊維に求める品質等を勘案して決定でき、例えば、96〜98.5質量%が好ましい。アクリロニトリルの配合量が96質量%以上であれば、前駆体繊維を炭素繊維に転換するための焼成工程で、繊維同士の融着を招くことなく、炭素繊維の優れた品質及び性能を維持できる。加えて、アクリロニトリル系重合体の耐熱性が低下せず、前駆体繊維を紡糸する際に乾燥を抑制できる。さらに、加熱ローラーや加圧水蒸気による延伸等の処理において、単繊維間の接着を回避できる。アクリロニトリルの配合量が98.5質量%以下であれば、溶剤への溶解性が低下せず、アクリロニトリル系重合体の析出・凝固を防止し、紡糸原液の安定を維持できるため、前駆体繊維を安定して製造できる。
【0016】
アクリロニトリル系重合体には、アクリロニトリル以外の単量体を共重合することができる。アクリロニトリル以外の単量体としては、アクリロニトリルと共重合可能なビニル系単量体から適宣選択することができ、アクリロニトリル系重合体の親水性を向上するビニル系単量体、耐炎化促進効果を有するビニル系単量体が好ましい。
【0017】
アクリロニトリル系重合体の親水性を向上する単量体としては、例えば、カルボキシル基、スルホ基、アミノ基、アミド基等の親水性の官能基を有するビニル化合物がある。カルボキシル基を有する単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、シトラコン酸、エタクリル酸、マレイン酸、メサコン酸等が挙げられ、中でもアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸が好ましい。スルホ基を有する単量体としては、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、ビニルスルホン酸、スルホプロピルメタクリレート等が挙げられ、中でも、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸が好ましい。アミノ基を有する単量体としては、ジメチルアミノエチルメタクリレート、ジエチルアミノエチルメタクリレート、ジメチルアミノエチルアクリレート、ジエチルアミノエチルアクリレート、ターシャリーブチルアミノエチルメタクリレート、アリルアミン、o−アミノスチレン、p−アミノスチレン等が挙げられ、中でもジメチルアミノエチルメタクリレート、ジエチルアミノエチルメタクリレート、ジメチルアミノエチルアクリレート、ジエチルアミノエチルアクリレートが好ましい。アミド基を有する単量体としては、アクリルアミド、メタクリルアミド、ジメチルアクリルアミド、クロトンアミドが好ましい。このような単量体を配合することで、アクリロニトリル系重合体は親水性が向上する。親水性が向上すると、得られる前駆体繊維の緻密性が向上し、表層部のミクロボイド発生を抑制することができる。上述の単量体は、1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。
このようなアクリロニトリル系重合体の親水性を向上する単量体の組成比は、アクリロニトリル系重合体中0.5〜3.5質量%が好ましい。
【0018】
耐炎化促進効果を有する単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、シトラコン酸、エタクリル酸、マレイン酸、メサコン酸又はこれらのアルカリ金属塩もしくはアンモニウム塩、アクリルアミド、メタクリルアミド等が挙げられる。中でも、少量の組成比でより高い耐炎化促進効果を得る観点から、カルボキシル基を有する単量体が好ましく、特にアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸等のカルボキシル基含有ビニル系単量体がより好ましい。このような単量体を配合することで、後述する耐炎化工程の時間を短縮でき、製造コストを低減できる。上述の単量体は、1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。
このような耐炎化促進効果を有する単量体の組成比は、アクリロニトリル系重合体中0.5〜2.0質量%が好ましい。
【0019】
前駆体繊維は、油剤組成物を付着させたものである。
油剤組成物は、前駆体繊維に求める機能等を勘案して決定でき、例えば、シリコーン系油剤組成物が好ましい。シリコーン系油剤組成物としては、例えば、アミノ変性シリコーン、エポキシ変性シリコーン等のシリコーンオイルが挙げられ、中でもアミノ変性シリコーンが好ましい。アミノ変性シリコーンとしては、側鎖1級アミノ変性シリコーン、側鎖1,2級アミノ変性シリコーン、あるいは両末端アミノ変性シリコーンが挙げられる。 このようなシリコーン系油剤組成物を用いることで、紡糸工程での繊維の集束性が増し、高い製造効率で生産でき、機械的物性に優れた炭素繊維を得ることができる。
【0020】
前駆体繊維における油剤組成物の付着量は、前駆体繊維の乾燥質量に対して0.1〜2.0質量%であることが好ましく、0.5〜1.5質量%であることがさらに好ましい。油剤組成物の付着量が0.1質量%未満であると、油剤組成物の機能を十分に発現させることが困難になる場合がある。油剤組成物の付着量が2.0質量%を超えると、余分に付着した油剤組成物が、焼成工程において高分子化して単繊維間の接着の誘因となる場合がある。
【0021】
(鉄元素の添加)
前駆体繊維に含有又は付着する鉄元素は、鉄イオン、鉄化合物等あらゆる形態で含有又は付着している鉄元素である。鉄元素の添加方法は特に限定しないが、ポリマーを溶媒に溶かす原液工程にて、硝酸鉄(III)等の金属塩を添加する方法や、油剤に硝酸鉄(III)等の金属塩を添加し付着することで、炭素繊維前駆体アクリル繊維に鉄元素をを保持させることができる。
【0022】
(製造方法)
本発明の前駆体繊維の製造方法は、原液工程と、アクリロニトリル系重合体溶液を紡糸する紡糸工程と、得られた繊維に前記油剤分散液を含浸する工程とを有するものである。
【0023】
[原液工程]
アクリロニトリル系重合体溶液は、アクリロニトリル系重合体溶液を溶媒に溶解した紡糸原液である。
溶剤は、アクリロニトリル系重合体の種類等を勘案して決定でき、例えば、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等の有機溶剤、塩化亜鉛、チオシアン酸ナトリウム等の無機化合物の水溶液が挙げられ、中でもジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドが緻密な前駆体繊維が得られる点で好ましい。
【0024】
アクリロニトリル系重合体溶液のアクリロニトリル系重合体の濃度は、特に限定されないが、例えば、17〜25質量%が好ましく、19〜25質量%がより好ましい。17質量%以上であれば、緻密な凝固糸を得ることができ、25質量%以下であれば紡糸原液として適度な粘度と流動性が得られるためである。
【0025】
[紡糸工程]
紡糸工程は、アクリロニトリル系重合体溶液を紡出し、繊維(凝固糸)を得る工程である。紡糸方法としては、例えば、直接凝固浴中に紡出して凝固させる湿式紡糸法、空気中で凝固させる乾式紡糸法、一旦、空気中に紡出した後、凝固浴中で凝固させる乾湿式紡糸法等、公知の紡糸方法が挙げられる。中でも、炭素繊維の強度及び弾性率をより向上させる観点から、湿式紡糸法又は乾湿式紡糸法が好ましい。
【0026】
湿式紡糸法又は乾湿式紡糸法による紡糸賦形は、上記のアクリロニトリル系重合体溶液を略円形断面の孔を有するノズルより凝固浴中に紡出する方法が挙げられる。
【0027】
凝固浴としては、アクリロニトリル系重合体溶液に用いられる溶剤を含む水溶液を用いることが好ましい。このような凝固浴が、溶剤回収の容易さの観点から好ましい。
【0028】
凝固浴として溶剤を含む水溶液を用いる場合、該水溶液中の溶剤濃度は、50〜85質量%が好ましい。上記範囲内であれば、前駆体繊維をボイド発生のない緻密な構造とし、高強度、高弾性率の炭素繊維を得られる。加えて、延伸性が確保でき生産性に優れるためである。
【0029】
凝固浴の温度は、特に限定されないが、10〜60℃が好ましい。上記範囲内であれば、前駆体繊維をボイド発生のない緻密な構造とし、高強度、高弾性率の炭素繊維を得られる。加えて、延伸性が確保でき生産性に優れるためである。
【0030】
紡糸工程では、凝固糸を凝固浴中又は延伸浴中で延伸することができる。あるいは、凝固糸を空中で延伸した後、再度、浴中で延伸することができる。また、あるいは、延伸の前後又は延伸中に水洗し、凝固糸を水膨潤状態とすることができる。
【0031】
延伸浴は、例えば、水又はアクリロニトリル系重合体溶液に用いられる溶剤を含む水溶液等が挙げられる。
【0032】
延伸は、50〜98℃の凝固浴又は延伸浴に凝固糸を入れ、凝固糸に張力を掛けることで行われる。延伸は、例えば、1回で所望の倍率としてもよいし、2回以上に分けて多段に延伸することで所望の倍率としてもよい。例えば、空中での延伸と延伸浴中での延伸を組み合わせ、合計で5〜15倍に延伸することが好ましい。このように延伸することで、炭素繊維の高強度化、高弾性率が図れる。
【0033】
[油剤付着工程]
油剤付着工程は、紡糸工程で得られた繊維に、油剤分散液を含浸させ、油剤を付着させる工程である。油剤の種類は特に限定されないが、アミノシリコーン系油剤が好適に使用される。
油剤を付着させる繊維は、凝固糸であり、例えば、前述の浴中延伸後、浴中延伸又は洗浄を行った後に得られる水膨潤状態にある凝固糸であることが好ましい。
【0034】
油剤分散液を凝固糸に含浸する方法としては、ローラー法、ガイド法、スプレー法、ディップ法等、公知の方法を用いることができる。ローラー法は、ローラーをその軸方向が水平となる様に設置し、該ローラーの下方を油剤分散液に浸漬させ、該ローラーの上方に凝固糸を接触させながら進行させる方法である。ガイド法は、ポンプで一定量の油剤分散液をガイドから吐出し、該ガイド表面に凝固糸を接触させるものである。スプレー法は、ノズルから一定量の油剤分散液を凝固糸に噴射するものである。ディップ法は、油剤分散液の中に凝固糸を浸漬した後にローラー等で絞って余分な油剤分散液を除去するものである。
均一付着の観点から、凝固糸に十分に油剤分散液を含浸させ、余分な油剤分散液を除去するディップ法が好ましい。
【0035】
油剤付着工程は、上述の方法により、油剤分散液の含浸を1回としてもよく、上述の方法を2回以上繰り返す多段処理としてもよい。より均一に凝固糸に油剤を付着させる観点から、多段処理とすることが好ましい。
こうして、凝固糸に油剤が付着された前駆体繊維を製造することができる。
【0036】
[乾燥工程]
本発明の前駆体繊維は、油剤付着工程で得られたものをそのまま炭素繊維の製造に供してもよいし、油脂付着工程の後段に乾燥工程を設け、前駆体繊維を乾燥緻密化してもよい。
乾燥工程は、従来公知の方法で前駆体繊維を乾燥でき、例えば、加熱ローラーによる乾燥が好ましい乾燥方法として挙げられる。なお、加熱ローラーの数量は1個であっても2個以上であってもよい。
乾燥工程における乾燥温度は、前駆体繊維のガラス転移温度を超えた温度とすることが好ましい。このような乾燥温度で処理することで、前駆体繊維の乾燥と緻密化が達成できる。乾燥温度は前駆体繊維の含水量の変動により異なるが、例えば、100〜200℃の範囲で決定することが好ましい。
【0037】
乾燥工程では、前駆体繊維を乾燥した後、さらに加圧水蒸気延伸することができる。加圧水蒸気延伸することで、前駆体繊維の緻密性や配向度をさらに高め、炭素繊維のさらなる高強度化、高弾性率化が図れる。加圧水蒸気延伸とは、加圧水蒸気雰囲気中で延伸を行う方法である。加圧水蒸気延伸によれば、高倍率の延伸が可能であり、より高速で安定な紡糸が行えると同時に、得られる繊維の緻密性や配向度向上にも寄与する。
【0038】
加圧水蒸気延伸は、例えば、前駆体繊維を加熱ローラーで予備加熱した後、加圧水蒸気の存在下で前駆繊維に張力を加える方法が挙げられる。このような加圧水蒸気延伸において、加圧水蒸気延伸装置の直前の加熱ローラーの温度を120〜190℃とし、前駆体繊維を予熱することが好ましい。加熱ローラーの温度が120℃未満では前駆体繊維の温度が十分に上がらず延伸性が低下する。
また、加圧水蒸気延伸における水蒸気圧力の変動率を0.5%以下に制御することが好ましい。
このように、加熱ローラーの温度と水蒸気圧力の変動率を制御することで、前駆体繊維になされる延伸倍率の変動及び該変動により発生するトウ繊度の変動を抑制することができる。
【0039】
加圧水蒸気延伸における水蒸気の圧力は、加熱ローラーによる延伸の抑制や加圧水蒸気延伸法の特徴が明確に現れるようにするため、200kPa/g以上が好ましい。この水蒸気圧は、処理時間を勘案して適宜調節することが好ましく、高圧にすると水蒸気の漏れが増大したりする場合があるので、工業的には600kPa/g程度以下が好ましい。
【0040】
乾燥工程の後、前駆体繊維は、室温のロール等を通すことにより、常温の状態まで冷却する。冷却した前駆体繊維は、ワインダーでボビンに巻き取られ、あるいはケンスに振込まれて収納され、炭素繊維の製造に供される。
【0041】
[焼成工程]
焼成工程は、前駆体繊維を焼成し、炭素繊維を得るものである。焼成工程は、耐炎化処理と炭化処理とからなり、必要に応じて黒鉛化処理が設けられる。焼成工程における各処理の条件は特に限定されないが、繊維内部にボイド等の構造的欠陥が発生しにくい条件を設定するのが好ましい。
【0042】
<耐炎化処理>
耐炎化処理は、前駆体繊維を酸化性雰囲気中で緊張あるいは延伸条件下で、任意の時間加熱し、耐炎化繊維とするものである。耐炎化処理の方法は、例えば、熱風循環方式、多孔板表面を有する固定熱板方式等が挙げられる。
耐炎化処理の加熱温度は、例えば200〜300℃とされる。
耐炎化処理では、耐炎化繊維の密度が1.30g/cm〜1.50g/cmになるまで処理することが好ましい。
【0043】
<炭化処理>
炭化処理は、耐炎化処理で得られた耐炎化繊維を不活性ガス雰囲気下で加熱することで、炭素繊維を得るものである。炭化処理は、前炭素化操作と炭素化操作とからなる。
前炭素化操作は、最高温度550〜800℃の不活性ガス雰囲気中、緊張下で、300〜500℃の温度領域においては、500℃/分以下、好ましくは300℃/分以下の昇温速度で、耐炎化繊維を加熱し前炭素化繊維とする。この前炭素化操作により、炭素繊維の機械的特性を向上できる。
不活性ガスは、窒素、アルゴン、ヘリウム等、公知の不活性ガスを採用できるが、経済性の面から窒素が望ましい。
炭素化操作は、1200〜3000℃の不活性雰囲気中、1000〜1200℃の温度領域において、500℃/分以下、好ましくは300℃/分以下の昇温速度で、前炭素化繊維を加熱し炭素繊維とする。この炭素化操作により、炭素繊維の機械的特性を向上できる。
雰囲気ガスは、前炭素化操作の雰囲気ガスと同様である。
【0044】
<表面処理>
得られた炭素繊維は、さらに、表面処理されることにより、複合材料のマトリックスとの接着性の改善が図られる。表面処理方法としては、気相、液相処理を用いることができるが、生産性、バラツキなどから、電解処理が好ましい。電解処理に用いられる電解液としては、硫酸、硝酸、塩酸といった酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシドといったアルカリあるいはそれらの塩を用いることができるが、より好ましくはアンモニウムイオンを含む水溶液が好ましい。例えば、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、過硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、臭化アンモニウム、燐酸2水素アンモニウム、燐酸水素2アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、炭酸アンモニウム、あるいは、それらの混合物を用いることができる。
電解処理の電気量は、使用する炭素繊維により異なり、例えば、炭化度の高い炭素繊維ほど、高い通電電気量が必要となる。
得られた炭素繊維は、さらに、必要に応じて、サイジング処理がなされる。サイジング剤には、マトリックスとの相溶性の良いサイジング剤が好ましく、マトリックスに合せて選択される。
これらの表面処理を施すことにより、炭素繊維とマトリックスとの接着が、適正なレベルとなるため、縦および横方向にバランスのとれた機械的特性が発現される。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0046】
(測定方法)
[前駆体繊維に含まれる鉄元素の含有量]
前駆体繊維2gを白金製ルツボに秤量後、ホットプレート上で煙が出なくなるまで加熱する。さらに600℃マッフル炉内に移して灰化させる。濃塩酸/水(1:1)2mlを加えて、ホットプレート上で灰を溶解し、濃縮・乾固直前まで加熱する。0.1mol/l塩酸水溶液に溶解後、10mlにメスップする。ICP発光分光分析法で鉄元素量を測定する。
ICP発光分析は、CID高周波プラズマ発光分光分析装置(サーモエレクトロン(株)製、型番:IRIS-AP advantage)を用い測定した。
【0047】
[炭素繊維ストランド強度、弾性率]
炭素繊維ストランド強度及び弾性率は、JIS−R−7608に準じたエポキシ樹脂含浸炭素繊維ストランド法に準じて測定した。なお、測定回数は10回とし、その平均値を評価の対象とした。
【0048】
[3分付近の発熱ピークの肩の発熱量]
SIIナノテクノロジー(株)DSC220を用い測定した。炭素繊維前駆体アクリル繊維4mg±0.5mgを230℃、空気流量100cc/minにて、7分間、データ間隔0.05分で測定し、DDSCと時間を横軸にとったグラフの2〜3.5分の間に出るピークの頂点の時間を記録し、次に、DSCを縦軸に、時間を横軸にとったグラフの先のピークの頂点の時間、−0.2min〜−0.3minのデータ及び、+2min〜+5minの区間のデータから4次の関数にてカーブフィットしたデータを求め、元のデータから、上記時間の範囲でカーブフィットしたデータの差を取り、その差が0.001mW開いた最初の点と最後の点を求め、DSCの装置上で、この最初の点と最後の点を結んだ点で発熱ピークの面積を求め重さで割って求めるた。
【0049】
(参考例1)
[アクリロニトリル系重合体の製造]
オーバーフロー式の重合容器内が常に脱イオン交換水74.75質量%、モノマー25質量%(組成比はアクリロニトリル(AN):アクリルアミド(AAm):メタクリル酸(MAA)=96質量%:3質量%:1質量%)と、過硫酸アンモニウム0.1質量%、亜硫酸水素アンモニウム0.15質量%、硫酸第一鉄7水和物2ppmになるようそれぞれの原料を連続して供給すると同時にpHを3.0になるよう硫酸を適量添加し、容器内温度を50℃に維持しながら撹拌した。オーバーフローした重合スラリーを洗浄、乾燥してAN/AAm/MAA=96.5/2.7/0.8(質量比)からなるアクリロニトリル系重合体を得た。
【0050】
[アクリロニトリル系重合体溶液(紡糸原液)の製造]
上記で得たアクリロニトリル系重合体21.2質量%、ジメチルホルムアミド78.8質量%を混合し、加熱溶解して紡糸原液を得た。
【0051】
[油剤分散液の製造]
PTFE製容器内にてアミノ変性シリコーン(信越化学工業株式会社製、商品名:KF−8002)100質量部に、乳化剤(花王株式会社製、製品名:エマルゲン108)40質量部を混合した後、水25質量部を添加しながらPTFEコーティングしたホモミキサーで攪拌しゲルを得た。このゲルをホモミキサーで攪拌しながらアミノ変性シリコーンを乳化剤に対して8当量になるように添加した。次いで、水:アミノ変性シリコーン:乳化剤(質量比)=98.65:1.2:0.15になるようにホモミキサーで攪拌しながら水を加え、油剤分散液を得た。
【0052】
[前駆体繊維の製造]
上記紡糸原液を濃度67質量%、温度38℃のジメチルアセトアミド水溶液からなる凝固浴中に、孔径75μm、孔数6000の紡糸ノズルより吐出し凝固糸を得た。得られた凝固糸を空気中で1.1倍に延伸し、続いて熱水中で3.0倍に延伸しながら洗浄、脱溶剤した。脱溶剤した凝固糸を上記油剤分散液中に浸漬し、140℃の加熱ローラーで緻密乾燥化した。次いで、圧力0.22MPaの蒸気中で3.0倍に延伸し、捲取速度100m/分にて単繊度1.2dtexの円形断面を有する前駆体繊維を製造した。製造した前駆体繊維の鉄元素の量は、0.4ppmであった。DSC測定で求めた3分付近の発熱ピークの肩の発熱量は、4.0mJ/mgであった。
【0053】
[炭素繊維の製造]
前駆体繊維を、220〜260℃の温度勾配を有する耐炎化炉に通し(耐炎化処理)、窒素雰囲気中で400〜1300℃の温度勾配を有する炭素化炉で焼成した(炭素化処理)。その後、電解酸化処理、サイジング処理を施し、炭素繊維とした。得られた炭素繊維のストランド強度は5.8GPa、弾性率は280GPaとなった。
【0054】
(実施例1)
強度低下率が10%以下となる炭素繊維前駆体及び炭素繊維の製造と各種測定。
油剤分散液中の鉄元素量が0.3×10−6g/gとなるように硝酸鉄(III)を油剤分散液に添加した以外は、参考例1と同様にして炭素繊維を得た。製造した前駆体繊維の鉄元素の量は、0.9ppmであった。DSC測定で求めた3分付近の発熱ピークの肩の発熱量は、5.0mJ/mgであった。得られた炭素繊維のストランド強度は5.7GPa、弾性率は270GPaであった。強度低下率は1.8%であった。
【0055】
(実施例2)
10%以上の強度低下を引き起こす鉄元素を含んだ炭素繊維前駆体及び炭素繊維の製造と各種測定。
油剤分散液中の鉄元素量が2.0×10−6g/gとなるように硝酸鉄(III)を油剤分散液に添加した以外は、参考例1と同様にして炭素繊維を得た。製造した前駆体繊維の鉄元素の量は、6.3ppmであった。DSC測定で求めた3分付近の発熱ピークの肩の発熱量は、7.0mJ/mgであった。得られた炭素繊維のストランド強度は5.0GPa、弾性率は240GPaとなった。強度低下率は13.8%であった。
【0056】
以上の結果から、前駆体繊維のDSC測定で求めた3分付近の発熱ピークの肩の発熱量を求めることにより、鉄元素の影響により強度低下が起こる可能性のある炭素繊維前駆体アクリル繊維を見分けることができる。実施例1の値を用いれば1.8%の強度低下を見分けることが出来、実施例2の値を用いれば13.8%の強度低下を見分けることが出来る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の(1)〜(4)の工程を行う炭素繊維前駆体アクリル繊維の品質管理方法
(1)鉄分を0.5ppm未満含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維および鉄分を0.5ppm以上含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維を同じ焼成条件で焼成して、炭素繊維を得る工程、
(2)前記(1)で得たそれぞれの炭素繊維のストランド強度を求めて、前記鉄分を0.5ppm未満含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維を焼成して得た炭素繊維のストランド強度に対して、前記鉄分を0.5ppm以上含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維を焼成して得た炭素繊維のストランド強度の強度低下率が0.5%以上20%以下となる鉄分の含有率を求める工程、
(3)鉄分を0.5ppm未満含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維および前記強度低下率が0.5%以上20%以下となる鉄分を含有する炭素繊維前駆体アクリル繊維のそれぞれをDSCで大気中190℃〜270℃定温にて測定した3分付近の発熱ピークの肩の発熱量を同じ条件で測定する工程、
(4)前記(3)で得た発熱ピークの差を基準として、工程異常を検知する工程。

【公開番号】特開2012−211814(P2012−211814A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−77414(P2011−77414)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】