説明

炭素繊維及びその製造方法

【課題】炭素化後の表面処理等が未処理である中高弾性化炭素繊維とマトリクス樹脂との接着性を向上させ、機械的強度の優れた低コストな炭素繊維強化複合材料を形成し得る炭素繊維及びその製造方法を提供する。
【解決手段】X線光電子分光法で測定した酸素濃度O1s/C1sが0以上0.020以下である炭素繊維の表面に、水溶性アニリン系ポリマー(a)が付着した炭素繊維、及びX線光電子分光法で測定した酸素濃度O1s/C1sが0以上0.020以下である炭素繊維の表面に、水溶性アニリン系ポリマー(a)を付着させる炭素繊維の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維強化複合材料に好適に用いられる炭素繊維及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
繊維強化複合材料の一つに、炭素繊維からなる強化材とマトリクス樹脂とにより形成される炭素繊維強化複合材料がある。炭素繊維は、マトリクス樹脂との接着性が必ずしも十分ではなく、その表面を活性化させるため、薬剤酸化処理、気相酸化処理、電解酸化処理等の表面酸化処理が施されている。表面酸化処理により炭素繊維とマトリクス樹脂との接着性は向上するが、一方で処理の際のユーティリティーコストにより炭素繊維の製造コストが高くなる。
【0003】
また、炭素繊維表面にサイジング剤を付着させることにより、炭素繊維の表面特性を向上させる方法が検討されている、例えば特許文献1では、導電性ポリマーで処理した炭素繊維とスチレン系樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂などからなる熱可塑性樹脂を混合し、成形物とする炭素繊維およびそれを用いた樹脂組成物、成形材料が記載されている。
【0004】
しかしながら、特許文献1では炭素繊維の導電性向上を目的としたものであって、炭素繊維とエポキシ系マトリクス樹脂との接着性向上に関しては考慮されていない。
【0005】
【特許文献1】特開2002−155471号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、炭素化後の表面処理等が未処理である中高弾性化炭素繊維とマトリクス樹脂との接着性を向上させ、機械的強度の優れた低コストな炭素繊維強化複合材料を形成し得る炭素繊維及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち本発明の第一の要旨は、X線光電子分光法で測定した酸素濃度O1s/C1sが0以上0.020以下である炭素繊維の表面に、水溶性アニリン系ポリマー(a)が付着した炭素繊維である。
【0008】
本発明の第二の要旨は、X線光電子分光法で測定した酸素濃度O1s/C1sが0以上0.020以下である炭素繊維の表面に、水溶性アニリン系ポリマー(a)を付着させる炭素繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、電解酸化処理等の表面処理を行わなくとも、マトリクス樹脂との接着性に優れ、機械的特性に優れた炭素繊維強化複合材料を形成し得る炭素繊維を低コストで得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の炭素繊維は、炭素繊維とマトリクス樹脂を含有する炭素繊維強化複合材料として好適なものであって、水溶性アニリン系ポリマー(a)が付着してなる。
【0011】
水溶性アニリン系ポリマー(a)としては、アニリン骨格にスルホン基、アルコキシ基を単独、もしくは両方を同時に有する単量体を重合して得られる、以下の式(1)で表されるポリマーが好ましい。
式(1)

【0012】
式(1)中のAは水素原子、アルカリ金属、アンモニウムおよび置換アンモニウムよりなる群から独立して選ばれる基であって、少なくとも一つは水素原子である。Rは炭素数1〜12の直鎖または分岐のアルキル基であり、xは0又は1であり、nは3〜5000の数である。このようなポリマーは、例えばアルコキシ置換アミノベンゼンスルホン酸、そのアルカリ金属塩、アンモニウム塩のような単量体を塩基性化合物を含む溶液中で酸化剤により重合することで得られる。
【0013】
本発明に用いる炭素繊維としては、ポリアクリロニトリル(PAN)系やピッチ系、レーヨン、セルロース系等の種々の炭素繊維を用いることができる。中でも高弾性、高強度の所望の炭素繊維を得やすいポリアクリロニトリル系炭素繊維をより好適に用いることができる。
【0014】
炭素繊維は、引張り弾性率が250GPa以上の中弾性タイプの炭素繊維、さらには300GPa以上の高弾性タイプの炭素繊維、例えば250GPa〜300GPaの引張り弾性率を有する炭素繊維を好適に用いることができる。
【0015】
水溶性アニリン系ポリマー(a)を塗布する前の炭素繊維は、上記弾性率を有することに加え、表面酸化処理やサイジング処理が未処理の炭素繊維を用いる。表面酸化処理やサイジング処理が施されていない炭素繊維は、その表面の炭素以外の元素濃度が少ない。炭素以外の表面元素としては、酸素が代表的である。酸素は種々の官能基を構成して炭素繊維表面に導入される。
【0016】
炭素繊維表面の酸素濃度は、X線光電子分光法により測定することが可能である。本発明の炭素繊維は、X線光電子分光法で測定した酸素濃度O1s/C1sが0以上0.020以下の炭素繊維を用いる。
【0017】
本発明においては、炭素繊維表面の酸素濃度O1s/C1sが0.000である、つまり全く存在しない炭素繊維であってもよい。炭素繊維に電解酸化処理等の表面酸化処理を施すことにより、酸素濃度は増大するが、このような炭素繊維に水溶性アニリン系ポリマー(a)を塗布しても、その接着性向上効果は少ない。本発明では、中高弾性の炭素繊維に表面酸化処理を施さなくても、優れた接着性が得られ、優れた炭素繊維強化複合材料を形成することができる。
【0018】
炭素繊維に水溶性アニリン系ポリマー(a)を塗布した後は、塗布した水溶性アニリン系ポリマー(a)の分、炭素繊維の質量が増加する。この増加の度合い、すなわち、炭素繊維に含まれる水溶性アニリン系ポリマー(a)の質量比率R(%)は、下記式(2)で表すことができる。
R(%)=100×(W2−W1)/W1・・・・・式(2)
W1:塗布前の炭素繊維の質量
W2:塗布後の炭素繊維の質量
水溶性アニリン系ポリマー(a)の付着量は、少なすぎると炭素繊維表面を覆うことが不可能となり、炭素繊維とマトリクス樹脂との接着性が乏しくなり、機械的特性が低下する傾向にある。一方、付着量が多すぎると炭素繊維表面に水溶性アニリン系ポリマー(a)がより多く堆積してしまい、複合材料としたときに、水溶性アニリン系ポリマー(a)を介してマトリクス樹脂から炭素繊維に伝わる応力の伝達に不具合が生じて機械的特性が低下する傾向にある。質量比率R(%)としては、0.01%以上1.0%以下が好ましく、0.02%以上0.50%以下がより好ましい。
【0019】
本発明の炭素繊維の製造方法は、X線光電子分光法で測定した酸素濃度O1s/C1sが0以上0.020以下である炭素繊維の表面に、水溶性アニリン系ポリマー(a)を付着させる。水溶性アニリン系ポリマー(a)の塗布は、水に溶解させた溶液を用いて塗布することができる。
【0020】
水溶性アニリン系ポリマー(a)は、各種pHを変化させた水または低級アルコールに溶解することが可能であるが、酸性水、アルカリ性水または低級アルコールを使用すると、人体、環境、工程へ好ましくない影響を与える場合がある。このような観点から、水溶性アニリン系ポリマー(a)の塗布時に使用する溶媒としては、pH7付近の通常の水を用いることが好ましい。
【0021】
水溶性アニリン系ポリマー(a)を溶解させた溶液を炭素繊維に塗布する方法としては特に限定はされない。例えば、溶液を入れた槽中に炭素繊維を浸漬させる方法、溶液に接触するように配された回転ローラーの表面に炭素繊維を接触させる方法、等が挙げられる。
【実施例1】
【0022】
以下、本発明を実施例により更に説明する。
【0023】
<水溶性アニリン系ポリマー(a)の製造:製造例(a)−1>
2−アミノアニソール−4−スルホン酸100mmolを25℃で4mol/Lのトリエチルアミン水溶液に撹拌溶解し、これにペルオキソ二硫酸アンモニウム100mmolの水溶液を滴下した。滴下終了後、25℃で12時間さらに撹拌した後に反応生成物を濾別洗浄後乾燥し、水溶性アニリン系ポリマー(a)−1 15gを得た。
【0024】
<炭素繊維表面窒素濃度および酸素濃度の測定>
VG社製 ESCALAB 220iXLを用いて、X線光電子分光法により測定した。カットした炭素繊維束を、試料ホルダーに両面テープを用いて固定した後、光電子脱出速度を90°にし、装置の測定チャンバー内を1×10-6Paの真空に保持して測定を行った。
酸素濃度O1s/C1sは538〜524eVまでの範囲を積分し、それぞれC1sピーク面積に対する割合として評価した。
【0025】
<炭素繊維の製造と水溶性アニリン系ポリマー(a)の塗布>
ポリアクリロニトリルを炭素化温度1500℃で焼成し炭素繊維を作成した。表面酸化処理は行わなかった。炭素繊維窒表面の酸素濃度O1s/C1sは0.018であった。また水溶性アニリン系ポリマー(a)−1を水に溶解させ、0.30質量%水溶液を調製した。この溶液中に炭素繊維を浸漬した後、更に熱風乾燥してからボビンに巻き取った。水溶性アニリン系ポリマー(a)−1の質量比率Rは0.15%であった。
<界面せん断強度(τ)の測定>
エピコート828(商品名、ジャパンエポキシレジン(株)製)100質量部と、m−フェニレンジアミン(シグマアルドリッチ社製)14.5質量部からなるエポキシ樹脂に、水溶性アニリン系ポリマー(a)−1を付着させた炭素繊維1本(単繊維)を埋め込み、硬化させて試験片を作製した。この試験片に、引張試験機にてある一定以上の引っ張りひずみを与えることにより、埋め込んだ繊維を多数箇所で破断させ、この破断した繊維の長さを測定し、平均破断長(lav)を求め、臨界繊維長(l)を下式より求めた。
(l)=4/3・(lav
【0026】
また、単繊維強度試験により炭素繊維の強度分布を求め、それにワイブル分布を適用し、ワイブルパラメータを求めた。このワイブルパラメータから、臨界繊維長(l)における平均破断強度σを算出し、下式から界面せん断強度(τ)を求めた。
τ=σd/2(l) (d:炭素繊維の直径)。
【0027】
得られた界面せん断強度(τ)は31.5MPaであった。
【0028】
<実施例2>
水溶性アニリン系ポリマー(a)−1 5gを水95gに撹拌溶解し、ポリマー水溶液を調整した。得られた水溶液に、塩化ベンザルコニウム 10gを蒸留水95gに撹拌溶解した塩化ベンザルコニウム水溶液を滴下した。滴下終了後、25℃で1時間さらに撹拌した後に反応生成物を濾別洗浄した後乾燥させ、スルホン酸基のアンモニウム塩を有する水溶性アニリン系ポリマー(a)−2 10gを得た。
【0029】
水溶性アニリン系ポリマー(a)−2を使用した以外は、実施例1と同様の評価を行った。水溶性アニリン系ポリマー(a)−2の質量比率Rは0.14%であり、炭素繊維の界面せん断強度(τ)は30.4MPaであった。
【0030】
<実施例3>
3−アミノ−4−エトキシベンゼンスルホン酸100mmolを、4℃で3mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液に撹拌溶解し、ペルオキソ二硫酸アンモニウム10mol/Lの水溶液を滴下した。滴下終了後25℃、6時間さらに撹拌した後、反応生成物をさらに濾別洗浄した後乾燥し、ポリマー(a)−3 15gを得た。
【0031】
水溶性アニリン系ポリマー(a)−2を使用した以外は、実施例1と同様の評価を行った。水溶性アニリン系ポリマー(a)−3の質量比率Rは0.15%であり、界面せん断強度(τ)は32.7MPaであった。
【0032】
<実施例4>
焼成温度を2000℃にして炭素繊維を作成した以外は実施例1と同様の評価を行った。この炭素繊維窒表面の酸素濃度O1s/C1sは0.002であった。
水溶性アニリン系ポリマー(a)−1の質量比率Rは0.14%であり、界面せん断強度(τ)は29.3MPaであった。
【0033】
<実施例4>
水溶性アニリン系ポリマー(a)−1の4.0質量%水溶液を使用した以外は実施例1と同様にして評価を行った。
水溶性アニリン系ポリマー(a)の質量比率Rは2.0%であり、界面せん断強度(τ)は21.3MPaであった。
【0034】
<比較例1>
水溶性アニリン系ポリマー(a)の塗布を行わなかった以外は実施例1と同様に評価を行った。
塗布処理を行わなかった炭素繊維は、界面せん断強度(τ)が15.2MPaであった。
【0035】
<参考例1>
ポリアクリロニトリル繊維を炭素化温度1500℃で焼成し、電解液として8%硝酸水溶液を用い、通電量3.5C/gとして電解酸化処理した炭素繊維を使用し、水溶性アニリン系ポリマー(a)の塗布を行わなかった以外は実施例1と同様の評価を行った。
炭素繊維窒表面の酸素濃度O1s/C1sは0.045であり、界面せん断強度(τ)は34.0MPaであった。
【0036】
<参考例2>
ポリアクリロニトリル繊維を炭素化温度1500℃で焼成し、電解液として8%硝酸水溶液を用い、通電量3.5C/gとして電解酸化処理した炭素繊維を用いた以外は、実施例1と同様の評価を行った。
炭素繊維窒表面の酸素濃度O1s/C1sは0.045であった。また水溶性アニリン系ポリマー(a)−1の質量比率Rは0.1%であり、界面せん断強度(τ)は33.2MPaであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線光電子分光法で測定した酸素濃度O1s/C1sが0以上0.020以下である炭素繊維の表面に、水溶性アニリン系ポリマー(a)が付着した炭素繊維。
【請求項2】
X線光電子分光法で測定した酸素濃度O1s/C1sが0以上0.020以下である炭素繊維の表面に、水溶性アニリン系ポリマー(a)を付着させる炭素繊維の製造方法。

【公開番号】特開2008−274449(P2008−274449A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−115555(P2007−115555)
【出願日】平成19年4月25日(2007.4.25)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】