炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法
【課題】鋼材からなる被補強部材を補強した炭素繊維材の疲労による界面破壊を考慮した補強とすることで、疲労寿命を効果的に延ばすことができる。
【解決手段】安全率をもたせた梁材1の疲労設計曲線を算出する工程と、炭素繊維シート3の外側端部3a、3c、及び継目部3b、3dにおける接着部材の疲労剥離曲線を算出する工程と、疲労設計曲線および疲労剥離曲線を重ね合わせたときの交点を接着部材の外側端部3a、3c、及び継目部3b、3dの設計応力として算出する工程と、梁材1の補強後の目標補強応力を算出する工程と、目標補強応力が設計応力の範囲となるように、炭素繊維シート3の端部位置、及び補強量を設定する工程とを有し、梁材1の引張力が作用する部分に炭素繊維シート3を接着部材を介して複数層に段差状に重ね合わせて貼り付けて補強する鋼構造物補強方法を提供する。
【解決手段】安全率をもたせた梁材1の疲労設計曲線を算出する工程と、炭素繊維シート3の外側端部3a、3c、及び継目部3b、3dにおける接着部材の疲労剥離曲線を算出する工程と、疲労設計曲線および疲労剥離曲線を重ね合わせたときの交点を接着部材の外側端部3a、3c、及び継目部3b、3dの設計応力として算出する工程と、梁材1の補強後の目標補強応力を算出する工程と、目標補強応力が設計応力の範囲となるように、炭素繊維シート3の端部位置、及び補強量を設定する工程とを有し、梁材1の引張力が作用する部分に炭素繊維シート3を接着部材を介して複数層に段差状に重ね合わせて貼り付けて補強する鋼構造物補強方法を提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば工場建屋内に設けられるクレーンランウェイガーダーは、H形鋼からなる梁材であり、天井クレーンの走行レールを支持するため、繰り返し走行することで梁材の下面(下フランジ)に引張力が作用し、溶接部から亀裂が入り、やがて破断するおそれがある。このような疲労破壊を防止する手段として、梁材の下面に補強鋼材を溶接やボルトで接合して補強し、疲労破壊を遅らせる方法が行われている。この場合、重量の大きな鋼材を接合するため、高所作業となる条件では作業に手間がかかり、時間の短縮化が求められていた。
一方で、コンクリート構造物あるいは鋼構造物の補強箇所に対して鋼材を接合することによらない補強構造として、炭素繊維シート(CFRP)を用いた補強工法が知られている。この場合、疲労破壊が生じる部分をシート状の炭素繊維を貼り付ける補強であり、簡単に且つ短時間で疲労寿命を延ばし、亀裂の進展を遅らせることができる。
【0003】
この場合、炭素繊維シートをコンクリートあるいは鋼材に貼り付けるにあたり接着剤を用いるのが一般的であるが、炭素繊維シートの端部が界面破壊によって剥離するおそれがあった。そのため、複数層にわたって貼り付ける場合は、段差状に貼り付けることや端部を補強することで剥離し難い構造としている(例えば、特許文献1参照)。
特許文献1は、引張力の作用する鋼部材において、端部が階段状に重なるように複数枚接着させたものであり、階段状に重なった端部を覆うカバーシートを最外層から鋼板にかけて接着させた鋼構造物の補強構造について開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−332674号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1では、炭素繊維シートによる補強後に、その接着剤の界面破壊の耐力評価はできるものの、疲労破壊を考慮した補強方法ではないことから、炭素繊維シートの疲労による剥離に着目した補強方法が求められていた。
また、所定長さの炭素繊維シートを補強範囲に配列させて使用する場合には、長さ方向に隣接する炭素繊維シート同士の間に継目部が形成されることになり、この継目部もまた端部と同様に剥がれ易いという問題があった。
【0006】
本発明は、上述する問題点に鑑みてなされたもので、鋼材からなる被補強部材を補強した炭素繊維材における接着部材の疲労による界面破壊を考慮した補強とすることで、疲労寿命を効果的に延ばすことができる炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明に係る炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、被補強部材の引張力が作用する部分に炭素繊維材を接着部材を介して複数層に段差状に重ね合わせて貼り付けて補強する炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法であって、安全率をもたせた被補強部材の疲労設計曲線を算出する工程と、炭素繊維材の端部における接着部材の疲労剥離曲線を算出する工程と、疲労設計曲線および疲労剥離曲線を重ね合わせたときの交点を接着部材の端部の設計応力として算出する工程と、被補強部材の補強後の目標補強応力を算出する工程と、目標補強応力が設計応力の範囲となるように、炭素繊維材の端部位置、及び補強量を設定する工程と、を有することを特徴としている。
【0008】
本発明では、設定した目標補強応力を設計応力の範囲とすることで、少なくとも被補強部材が破壊するまでに接着部材が破壊しない補強、すなわち被補強部材の破壊よりも接着部材の界面破壊による剥離の発生時期を遅らせることが可能な補強となるように、被補強部材に対する炭素繊維材の端部位置及び補強量を設定することができる。そのため、炭素繊維材による補強効果を高め、疲労強度を向上させることができ、被補強部材の疲労寿命を効率的に延ばすことができる。
また、炭素繊維材の貼る位置と重ね合わせ枚数(補強量)とを設定することによる補強となるので、貼り付ける作業そのものは従来と同様に簡単に且つ短時間で行うことができ、手間やコストの増大を抑えることが可能な補強方法となる利点がある。
【0009】
また、本発明に係る炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、1層目の炭素繊維材の端部位置を設定した後、2層目以上の疲労設計曲線と疲労剥離曲線との交点を算出し、互いに重なり合う炭素繊維材同士を接着する接着部材の端部の設計応力を算出する工程と、被補強部材の補強後の目標補強応力を算出する工程と、目標補強応力が2層目以上の設計応力の範囲となるように、2層目以上の炭素繊維材の端部位置、及び補強量を設定する工程と、を有することが好ましい。
【0010】
本発明では、鋼材の被補強部材に対して直接貼り付ける1層目の炭素繊維材の端部位置の設定だけでなく、設定した炭素繊維材の補強量に応じて2層目以上の各層の炭素繊維材についても、互いに重なり合う炭素繊維材同士を接着する接着部材の端部の設計応力を算出することで、1層目の炭素繊維材と同様に好適な端部位置を設定することができる。そのため、炭素繊維材同士の界面破壊による剥離の発生を遅らせることができ、これによりさらに補強効果を高め、被補強部材の疲労寿命の向上を図ることができる。
【0011】
また、本発明に係る炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、炭素繊維材の端部は、各層の長さ方向の両端に位置する外側端部と、長さ方向に配列される炭素繊維材同士の継目部と、からなることが好ましい。
【0012】
また、本発明に係る炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、炭素繊維材の外側端部の端部位置は、目標補強応力に基づいて補強後の応力分布図を作成し、応力分布図を用いて目標補強応力が外側端部における設計応力以下となるように設定されることが好ましい。
【0013】
この場合、目標補強応力に基づいて作成される補強後の応力分布図を使用するといった簡単な方法により、1層目と2層目以上の外側端部の位置を目標補強応力に基づく好適な位置に設定することができる。これにより、接着部材の界面破壊による剥離の発生を確実に遅らせることができる。
【0014】
また、本発明に係る炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、炭素繊維材の継目部の端部位置は、目標補強応力が継目部における設計応力以下となるように設定されることが好ましい。
【0015】
この場合、目標補強応力に基づいて作成される補強後の応力分布図を使用するといった簡単な方法により、1層目と2層目以上の継目部の位置を目標補強応力に基づく好適な位置に設定することができる。もしくは、目標補強応力以下となるように補強量を定めることができる。これにより、接着部材の界面破壊による剥離の発生を確実に遅らせることができる。
【0016】
また、本発明に係る炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、炭素繊維材は、シート状に形成された炭素繊維シートであることが好ましい。
【0017】
この場合、炭素繊維材がシート状をなしているので、被補強部材の補強面の形状に対応させて炭素繊維シートを貼り付けることが可能である。例えば、被補強部材の補強面に凹み、凹凸、或いはボルト等の突起物を有する場合であっても、補強面に炭素繊維シートを確実に貼り付けることができる。
【0018】
また、本発明に係る炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、疲労剥離曲線は、被補強部材の最大温度によって熱補正されることが好ましい。
【0019】
本発明の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法によれば、輻射熱等の熱の影響を受けた被補強部材の最大温度に基づく疲労剥離曲線を用いることで、被補強部材の熱膨張の影響を考慮した接着部材の疲労による界面剥離を予測することができる。従って、精度が高く且つ効果的な補強を行うことができる。また、熱の影響を考慮して炭素繊維材を用いた補強を行うことができるので、防熱板等による防熱対策の要否検討が可能になる。
【0020】
また、本発明に係る炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、補強量は、被補強部材の最大温度変化量によって熱補正された疲労剥離曲線に基づく設計応力を用いて算出されていてもよい。
【0021】
この場合には、輻射熱等の熱の影響を受けた被補強部材の最大温度変化量に基づく疲労剥離曲線を用いることで、被補強部材の熱膨張の影響を考慮した接着部材の疲労による界面剥離を予測することができる。従って、精度が高く且つ効果的な補強を行うことができる。また、熱の影響を考慮して炭素繊維材を用いた補強を行うことができるので、防熱板等による防熱対策の要否検討が可能になる。
さらに、被補強部材の最大温度変化量に基づく疲労剥離曲線を用いて、接着する炭素繊維材の拘束により被補強部材に発生する圧縮残留応力を考慮した補強を行うことができ、設計応力の低減を見込むことができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法によれば、鋼材からなる被補強部材を補強した炭素繊維材において接着部材の疲労による界面破壊を考慮した補強とすることで、疲労寿命を効果的に延ばすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の第1の実施の形態による炭素繊維シートで補強した梁材の側面図である。
【図2】図1に示す梁材の断面図である。
【図3】炭素繊維シートを用いた補強手順のフローを示す図である。
【図4】基準疲労設計曲線を算出するための一例を示す図である。
【図5】安全率をもたせた疲労設計曲線を算出するための一例を示す図である。
【図6】接着部材の疲労剥離曲線を算出するための一例を示す図である。
【図7】図5の疲労設計曲線と図6の疲労剥離曲線とを重ね合わせて設計応力を求めるための図である。
【図8】補強量を算出するための引張を受ける軸力材の図であって、(a)は平面図、(b)は側面図、(c)は断面図である。
【図9】補強量を算出するための曲げ材の図であって、曲げ材に作用する応力を模式的に示した図である。
【図10】1層目の炭素繊維シートの外側端部の位置を設定するための応力分布図である。
【図11】1層目の炭素繊維シートの継目部における補強量を設定するための応力分布図である。
【図12】第2の実施の形態による炭素繊維シートを用いた補強手順のフローを示す図である。
【図13】熱補正による疲労剥離曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態による炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法について、図面に基づいて説明する。
【0025】
(第1の実施の形態)
図1および図2に示すように、本第1の実施の形態による炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法は、天井クレーン(図示省略)の走行レールを支持する梁材1(被補強部材)の適宜な箇所に炭素繊維シート3(炭素繊維材)を貼り付けることで、疲労破壊を遅らせるための補強を施すものである。
【0026】
梁材1は、上フランジ11、下フランジ12、及びウェブ13からなるH形鋼であり、その上フランジ11の長さ方向Xに沿って走行レールが配設されており、この走行レールに案内されて天井クレーンが走行する。そのため、梁材1の下フランジ12には、長さ方向Xの全体にわたって輪荷重が加わって下向きの曲げ荷重が作用し、下フランジ12には引張力が作用している。
【0027】
本実施の形態では、梁材1の引張力が作用する下フランジ12の下面12aに炭素繊維シート3(炭素繊維材)を貼り付けて補強する。そして、下フランジ12に最も大きな引張力が作用する長さ方向Xの中央部において最も補強厚さ寸法が大きくなるように、長さ方向Xの両端部から中央に向かうにしたがって漸次段差状となるように複数枚の炭素繊維シート3、3、…が層状に貼り付けられている。炭素繊維シート3と梁材1との貼り付けや、重ね合わされている炭素繊維シート3、3同士の貼り付けには、プライマーや接着剤等の接着部材2が使用されている。
【0028】
また、炭素繊維シート3は、厚さ寸法が例えば0.1〜1.2mm程度の市販ものを採用することができ、長さ寸法が例えば3mと一定の長さのものを使用し、3m毎に長さ方向Xの端部(継目部3b)同士が突き合わされた状態で直線的に配列されている。
なお、重ね合わされる炭素繊維シート3のうち、梁材1(下フランジ12)に接着されるものを1層目とし、さらに重ね合わせられる順に2層目、3層目、…として以下説明する。
【0029】
ここで、本実施の形態による炭素繊維シート3として、例えば、高弾性型ストランドシートFSS−HM−900(新日鉄マテリアルズ株式会社製)を採用することができる。この高弾性型ストランドシートは、線材からなる炭素繊維材を拠ったものをシート状に並べて紐部材で連結させた略簾状に形成された部材である。また、炭素繊維シート3は、材軸方向への引張りに強く、例えばヤング係数が205〜700kN/mm2で、且つ引張強度が1000〜3000N/mm2である部材が用いられる。
【0030】
接着部材2は、無溶剤型エポキシ樹脂からなるプライマーに加えて無溶剤型エポキシ樹脂からなる接着剤が使用される。接着部材2は、例えば引張せん断強度が10〜20MPaである部材が用いられる。また、接着部材2には速硬化タイプの無溶剤型エポキシ樹脂からなる接着剤を使用することも可能である。
【0031】
次に、上述した梁材1の下フランジ12を補強するための炭素繊維シート3を用いた鋼構造物補強方法について、図3のフロー図等に基づいて詳細に説明する。
図3乃至図7、図10、図11に示すように、鋼構造物補強方法は、安全率αをもたせた梁材1(下フランジ12)の疲労設計曲線Sを算出する工程(ステップS1)と、炭素繊維シート3の端部(3a、3b、3c、3d)における接着部材2の疲労剥離曲線Tを算出する工程(ステップS2)と、疲労設計曲線Sおよび疲労剥離曲線Tを重ね合わせたときの交点Pを接着部材2の端部の設計応力σ0(σ01、σ02、σ03、σ04)として算出する工程(ステップS3)と、梁材1の補強後の目標補強応力Δσ’を算出する工程(ステップS4)と、目標補強応力Δσ’が設計応力σ0の範囲となるように、炭素繊維シート3の端部位置(外側端部3a、3c)、及び補強量を設定する工程(ステップS5〜S10)と、を行うものである。
【0032】
さらに、具体的には、1層目の炭素繊維シート3について上述したステップS1〜S8の工程により端部位置及び補強量を設定した後、2層目以上の疲労設計曲線Sと疲労剥離曲線Tとの交点Pを算出し、互いに厚さ方向に重なり合う炭素繊維シート3同士を接着する接着部材2の端部の設計応力σ03、σ04を算出し、梁材1の補強後の目標補強応力Δσ’を算出し、目標補強応力Δσ’が2層目以上の設計応力σ03、σ04の範囲となるように、2層目以上の炭素繊維シート3の端部位置、及び補強量を設定する(ステップS9、S10)。
【0033】
ここで、図1に示すように、炭素繊維シート3の端部は、1層目の長さ方向Xの両端に位置する外側端部3aと、長さ方向Xに配列される炭素繊維シート3同士の継目部3bと、2層目以上の各層における長さ方向Xの両端に位置する外側端部3cと、長さ方向Xに配列される炭素繊維シート3同士の継目部3dと、をいう。
また、前記補強量は、各層における炭素繊維シート3同士の突き合せ部(継目部3b、3d)の補強量であって、この突合せ部における断面積Ac(幅と重ね合わせ枚数の積)に相当している。
【0034】
図3及び図4に示すように、先ず、ステップS1において、梁材1の材質から基準疲労設計曲線S’(図4の点線)を求める。この基準疲労設計曲線S’は、横軸を応力繰返し数N(cycles)とし、縦軸を直応力範囲Δσ(MPa)とした曲線であり、例えば、「鋼構造物の疲労設計指針・同解説」(日本鋼構造協会編)に基づいた値を使用している。また、梁材1の材質として、F等級を採用している。
【0035】
そして、基準疲労設計曲線S’に安全率αをもたせた疲労設計曲線S(図4の実線)を算出する。ここでは、図3では、疲労寿命の5倍以上で亀裂が入る過去の実績に基づいて、安全率αを5とした疲労設計曲線Sを示している。
【0036】
次に、図3及び図5に示すように、ステップS2では、実験等によって接着部材2の疲労剥離曲線T(T1〜T4)を算出する。なお、図5において、横軸と縦軸は図4と同様であり、符号T1の曲線は、炭素繊維シート3を長さ方向に配列させた状態で、梁材1の下フランジ12(図1参照)に貼り付けられる1層目の外側端部3aを示している。符号T2の曲線は、隣接する炭素繊維シート3、3同士の継目部3bにおける接着部材2の疲労剥離曲線を示している。さらに、図5の符号T3の曲線は、2層目以上の炭素繊維シート3の外側端部3cを示している。そして、符号T4の曲線は、2層目以上の炭素繊維シート3、3同士の継目部3dにおける接着部材2の疲労剥離曲線を示している。
つまり、1層目の炭素繊維シート3による疲労剥離曲線T1、T2は、梁材1に対する接着部材2の疲労剥離状態を示しており、2層目以上の炭素繊維シート3による疲労剥離曲線T3、T4は、梁材1側に配置される炭素繊維シート3に対する接着部材2の疲労剥離状態を示している。
【0037】
次に、図3及び図6に示すように、ステップS3において、ステップS1で算出した疲労設計曲線Sと、ステップS2で算出した疲労剥離曲線T1〜T4とを重ね合わせ、それぞれの曲線の交点P1〜P4を求め、その交点P1〜P4がそれぞれ設計応力σ0(σ01、σ02、σ03、σ04)となる。
【0038】
次に、ステップS4において、図7に示すように、梁材1(下フランジ12)の補強後の疲労寿命を設定して目標補強応力Δσ’を算出する。補強後の疲労寿命を決定する。
目標補強応力Δσ’は、(1)式に示す疲労曲線式より算出する。ここで、mは疲労設計曲線の傾きを表す指数、Δσは補強前の応力、Δσfは2×106回応力繰返し数での基本許容応力範囲である。そして、例えば、一例として、m=3(直応力を受ける継手)、Δσ=180、Δσf=65(F等級を想定)とすると、補強前の設計繰り返し回数N(回)は(2)式より91479回となる。そして、補強後の設計繰返し回数を例えば2倍(N×2)とすると、188358回となる。補強後の目標補強応力Δσ’は、(1)式を変形した(3)式より143N/mm2となる。
【0039】
【数1】
【0040】
【数2】
【0041】
【数3】
【0042】
次に、ステップS5において、炭素繊維シート3の補強量を算出する。
具体的に補強量は、(4)式、(5)式、(6)式に基づいて得られる(7)式より、設定する補強応力σs’となるように炭素繊維シート3の補強量Acを算出する。
ここで、補強部のひずみをε’、補強部の鋼材である梁材1と炭素繊維シート3の応力をそれぞれσs’、σc’とする。そして、梁材1のヤング率をEsとし、炭素繊維シート3のヤング率をEcとし、図8(a)〜(c)及び図9に示すように、梁材1の断面積をAs=b×Hとし、炭素繊維シート3の断面積をAc=a×tとし、無補強部の応力をσ=P/Asとする。
【0043】
【数4】
【0044】
【数5】
【0045】
次に、図9に示すように、σ1〜σ6は、それぞれ(8)式〜(14)式より求められる。そして、H形鋼の梁材1の下フランジ12の応力(下記σ3)を求め、この応力σ3が設計応力以下となるように補強量Ac(a、t)を決定する。
ここで、梁材1の断面において、符号Hは鋼材の高さ寸法、符号b上は上フランジ11の幅寸法、符号b下は下フランジ12の幅寸法、符号tf上は上フランジ11の厚さ寸法、符号tf下は下フランジ12の厚さ寸法、符号twはウェブ13の厚さ寸法を示している。また、炭素繊維シート3において、符号aは幅寸法、符号tは厚さ寸法である。そして、符号Xnは上フランジ11から中立軸Oまでの距離であり、設計モーメントをMとする。
【0046】
【数6】
【0047】
【数7】
【0048】
そして、中立軸Oでの力のつり合いにより、(15)式を満たすようなXn、すなわち中立軸Oの位置を算出する。
設計モーメントMに対し、下記を満たすεtを算出し、(11)式より補強後の下フランジ12の応力σ3を求める。そして、この応力σ3が設計応力以下となるように補強量Ac(a,t)を決定する。
【0049】
【数8】
【0050】
次に、図3に示すステップS6では、ステップS4で求めた目標補強応力Δσ’に基づいて、図10に示すように横軸を梁材1のスパン23(m)とし、縦軸を下フランジ応力(N/mm2)とした補強後の応力分布図を作成する。そして、ステップS7において、この応力分布図の補強後の応力分布(実線)を用いて目標補強応力Δσ’がステップS3で求めた外側端部3aにおける第1設計応力σ01以下(符号rの範囲)となるように端部位置、すなわち梁材1の長さ方向で炭素繊維シート3の外側端部3aの位置を設定する。なお、図10に示す補強前の応力分布は、破線で示している。
【0051】
続いて、図3及び図11に示すように、ステップS8において、ステップS4で求めた目標補強応力Δσ’がステップS3で求めた1層目の炭素繊維シート3の継目部3bにおける第2設計応力σ02以下となるように炭素繊維シート3による補強量を設定する。このときの継目部3bの位置は、最も曲げ応力が大きくなる梁材1の長さ方向Xの中央部で設定する。
具体的にステップS8では、目標補強応力Δσ’が第2設計応力σ02を以下の場合(ステップS8:Yes)には、ステップS9へ進む。そして、目標補強応力Δσ’が第2設計応力σ02を超える場合(ステップS8:No)には、ステップS5へ戻り、目標補強応力Δσ’が第2設計応力σ02以下となるように補強量を変更する。
ここまでが1層目における炭素繊維シート3の端部位置(外側端部3a)と補強量の設定方法となる。
【0052】
次に、2層目以上の炭素繊維シート3についても、上述した1層目と同様の手順により炭素繊維シート3の端部位置(外側端部3b)と補強量を設定することが行われる。
つまり、2層目の炭素繊維シート3の場合、ステップS9において、1層目の炭素繊維シート3で補強した下フランジ12における応力分布を用い、目標補強応力Δσ’がステップS3で求めた2層目の炭素繊維シート3の外側端部3cにおける第3設計応力σ03以下となるように端部位置、すなわち炭素繊維シート3の外側端部3cの位置を設定する。さらに、ステップS10において、目標補強応力Δσ’がステップS3で求めた2層目の炭素繊維シート3の継目部3dにおける第4設計応力σ04以下となるように炭素繊維シート3による補強量を設定する。そして、3層目以上の炭素繊維シート3も、ステップS9〜S10を行う。
【0053】
このように、上述した補強方法では、設定した目標補強応力Δσ’を設計応力σ0の範囲とすることで、少なくとも梁材1が破壊するまでに接着部材2が破壊しない補強、すなわち梁材1の破壊よりも炭素繊維シート3の界面破壊による剥離の発生時期を遅らせることが可能な補強となるように、梁材1(下フランジ12)に対する炭素繊維シート3の端部位置及び補強量を設定することができる。そのため、炭素繊維シート3による補強効果を高め、疲労強度を向上させることができ、梁材1の疲労寿命を効率的に延ばすことができる。
また、炭素繊維シート3の貼る位置と重ね合わせ枚数(補強量)とを設定することによる補強となるので、貼り付ける作業そのものは従来と同様に簡単に且つ短時間で行うことができ、手間やコストの増大を抑えることが可能な補強方法となる利点がある。
【0054】
また、鋼材の梁材1に対して直接貼り付ける1層目の炭素繊維シート3の端部位置の設定だけでなく、設定した炭素繊維シート3の補強量に応じて2層目以上の各層の炭素繊維シート3についても、互いに重なり合う炭素繊維シート3、3同士を接着する接着部材2の端部の設計応力σ0を算出することで、1層目の炭素繊維シート3と同様に好適な端部位置を設定することができる。そのため、炭素繊維シート3同士の界面破壊による剥離の発生を遅らせることができ、これによりさらに補強効果を高めることができ、梁材1の疲労寿命の向上を図ることができる。
【0055】
しかも、この場合、目標補強応力Δσ’に基づいて作成される補強後の応力分布図を使用するといった簡単な方法により、1層目と2層目以上の外側端部3a、3c、および継目部3b、3dの位置を目標補強応力Δσ’に基づく好適な位置に設定することができる。これにより、炭素繊維シート3同士の界面破壊による剥離の発生を確実に遅らせることができる。
【0056】
また、炭素繊維シート3がシート状をなしているので、梁材1の補強面の形状に対応させて炭素繊維シート3を貼り付けることが可能である。つまり、本実施の形態のような梁材1などの被補強部材の補強面に凹み、凹凸、或いはボルト等の突起物を有する場合であっても、補強面に炭素繊維シート3を確実に貼り付けることができる。
【0057】
上述した本実施の形態による炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、鋼材からなる梁材1を補強した炭素繊維シート3の疲労による界面破壊を考慮した補強とすることで、疲労寿命を効果的に延ばすことができる。
【0058】
次に、本発明の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法による他の実施の形態について、添付図面に基づいて説明するが、上述の第1の実施の形態と同一又は同様な部材、部分には同一の符号を用いて説明を省略し、第1の実施の形態と異なる構成について説明する。
【0059】
(第2の実施の形態)
図12に示すように、第2の実施の形態による炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、例えば補強対象の天井クレーンが製鋼工場の溶鋼鍋を吊り下げる用途で用いられる場合であって、その天井クレーンの被補強部材である梁材に繰り返し荷重と熱の影響が同時に及ぶ場合に前記梁材1を補強する方法である。つまり、上述した繰り返し荷重による疲労を考慮した補強方法に加え、輻射熱等の熱の影響を考慮し、上記第1の実施の形態の補強手順フローの一部のステップに2段階の熱補正(第1熱補正、第2熱補正)を加えた補強方法である。
【0060】
具体的に本実施の形態の構造物補強方法について、以下説明する。なお、上述した第1の補強方法と同じフローについては適宜省略する。また、必要に応じて、第1の実施の形態の図面(図1〜図11)を使用して説明する。
【0061】
先ず、使用環境における梁材1の温度を測定し、本実施の形態の補強手順で用いる最大温度tmaxと、最大温度変化量Δtを決定する(ステップS11)。例えば、使用環境における常温が25〜30℃である場合に、最大温度tmaxが55〜60℃となり、最大温度変化量Δtを30℃に設定することができる。
次いで、図4に示すように安全率αをもたせた疲労設計曲線Sを算出するとともに(ステップS1)、図5に示すように接着部材2の、炭素繊維シート3の端部(3a、3b、3c、3d)における疲労剥離曲線T(図13参照)を算出する(ステップS2)。
【0062】
次に、ステップS12では、ステップS11で決定した最大温度tmax時における図13に示す疲労剥離曲線(以下、これを第1熱補正疲労剥離曲線T’という)を実験により算出する第1熱補正を行う。ここで、図13に示す疲労剥離曲線T、第1熱補正疲労剥離曲線T’、および後述する第2熱補正疲労剥離曲線T’’は、図5の1層目の外側端部3aを示したものであり、他の端部(炭素繊維シート3、3同士の継目部3b、2層目以上の炭素繊維シート3の外側端部3c、2層目以上の炭素繊維シート3、3同士の継目部3d)を省略している。
【0063】
次に、ステップS3において、ステップS12で求めた第1熱補正疲労剥離曲線T’と、ステップS2で求めた疲労設計曲線Sを重ね合わせたときの交点Pを接着部材2の端部の設計応力σ0として算出する(図6参照)。そして、ステップS4において、梁材1の補強後の目標補強応力Δσ’を算出する(図7参照)。これらステップS3及びステップS4の具体的な方法は、上述した第1の実施の形態と同様である。
【0064】
次に、ステップS5において、目標補強応力Δσ’が設計応力σ0の範囲となるように、上述の最大温度tmaxに基づく熱影響を考慮した炭素繊維シート3の端部位置(外側端部3a、3c)、及び補強量を設定する。さらに、ステップS6では、ステップS4で求めた目標補強応力Δσ’に基づいて、補強後の応力分布図を作成する。ここで、ステップS5及びステップS6の具体的な補強量の算出方法や応力分布図を作成については、上述した第1の実施の形態と同様の方法となるので、ここでは詳しい説明は省略する。
【0065】
次に、ステップS13において、ステップS11で決定した最大温度変化量Δtによる熱の影響を考慮する場合(ステップS13:YES)には、ステップS14に進む。一方、既に熱の影響を考慮した場合、或いは考慮しない場合(ステップS13:NO)には、ステップS7へ進む。
【0066】
ステップS14では、最大温度変化量Δtの影響を考慮した接着部材2の疲労剥離曲線(これを第2熱補正疲労剥離曲線T’’という)(図13参照)を計算に基づいて算出する第2熱補正を行う。
このステップS14の段階では、図13に示すように、常温時の接着部材2の疲労剥離曲線Tは、最大温度tmaxによって補正された第1熱補正疲労剥離曲線T’による第1熱補正と、最大温度変化量Δtによって補正された第2熱補正疲労剥離曲線T’’による第2熱補正と、の2段階の熱補正がなされることになる。
【0067】
ここで、熱影響による最大温度変化量Δtを考慮した第2熱補正疲労剥離曲線T’’の算出方法にいて、具体的に説明する。
熱影響による梁材1の最大温度変化量Δtによって、その梁材1に発生するひずみをε2とすると、鋼材の熱ひずみにより接着部材2に発生するせん断力は、鋼材に引張応力Es×ε2を作用させたときのせん断力と同様である。そのため、熱影響により鋼材に仮想の引張応力σssΔtを付加させたとみなすことができる。そして、熱影響を考慮したときの接着部材2が負担するせん断力は、鋼材応力σ3S=σ3+σSSΔtのときのせん断力と同じである、ことを考慮して接着部材2の疲労曲線を算出する。つまり、下フランジ12の応力σ3に対し、接着部材2の疲労寿命は前記鋼材応力σ3Sに相当し、この鋼材応力σ3Sのときの疲労寿命に置き換えることができる。同様に、任意の応力σyに対して、接着部材2の疲労寿命はσy=σy+σSSΔtであることから、第2熱補正疲労剥離曲線T’’を算出することができる。
【0068】
次に、ステップS15では、前記ステップS14で熱補正を行った後、設計応力σ0の見直しが行われる。すなわち、図14に示す第2熱補正疲労剥離曲線T’’に基づいて上記ステップS3と同様に、ステップS2で求めた疲労設計曲線Sを重ね合わせたときの交点Pを接着部材2の端部の設計応力σ0として算出する。そして、見直した設計応力σ0に基づいてステップS4に戻り、ステップS5により補正量が見直され、ステップS6により応力分布図が見直される。この見直しフローによるステップS13では、既に熱の影響を考慮した場合(ステップS13:NO)となるので、後述するステップS7へ進む。
【0069】
次に、ステップS7では、上述した第1の実施の形態と同様で、見直しされた応力分布図の補強後の応力分布(実線)を用いて目標補強応力Δσ’が外側端部3aにおける第1設計応力σ01以下(符号rの範囲)となるように、端部位置、すなわち梁材1の長さ方向で炭素繊維シート3の外側端部3aの位置を設定する。
続いて、ステップS8において、見直しによってステップS4で求めた目標補強応力Δσ’が1層目の炭素繊維シート3の継目部3bにおける第2設計応力σ02以下となるように炭素繊維シート3による補強量を設定する。このとき、目標補強応力Δσ’が第2設計応力σ02を以下の場合(ステップS8:Yes)には、ステップS9へ進む。そして、目標補強応力Δσ’が第2設計応力σ02を超える場合(ステップS8:No)には、再度、ステップS5へ戻り、目標補強応力Δσ’が第2設計応力σ02以下となるように補強量を変更する手順となる。
なお、ステップS9以降の手順は、上記第1の実施の形態と同様となるので、ここでは詳しい説明を省略する。
【0070】
ここで、上述した再びステップS5において行われる最大温度変化量Δtによる補正量の見直し方法は、梁材1(鋼材)と炭素繊維シート3(炭素繊維材)との線膨張係数差により鋼材に残留応力が加わるとともに、接着部材2に付加せん断力が加わることに基づいて算定する。
【0071】
ここで、熱影響の基本的な概念について説明しておく。
天井クレーンが吊り荷である溶鋼鍋の熱の影響を受ける共用時において、鋼材に対して炭素繊維材が未接着となる場合に、鋼板単体のみの熱ひずみε1は(16)式により求められる。そして、鋼材に対して炭素繊維材が接着される場合(線膨張係数=0)には、鋼板に作用する残留応力σΔtが(17)式の関係となる。なお、ε2は、鋼材に炭素繊維材が接着した場合における鋼材のひずみであり、Esは鋼材のヤング率である。
また、力のつり合いより、(18)式、及び(19)式が求められる。
【0072】
【数9】
【0073】
【数10】
【0074】
【数11】
【0075】
次に、梁材1(H形鋼)を炭素繊維材で補強した後の下フランジ12の応力σ3において、熱影響を考慮した後の下フランジ12の応力σ3’の算出方法について説明する。
先ず、最大温度変化量Δtにより鋼材に発生する残留応力σΔtは、上述した(16)式、(17)式、(18)式に基づいて導かれる(20)式に基づいて算出される。
【0076】
【数12】
【0077】
そして、上記より熱影響を考慮した後の下フランジの応力σ3’は、(21)式により算出される。ここで、前記応力σ3’は設計応力に対して余力ができるため、σ3’≦設計応力の範囲内で補強量の見直しを行う。つまり、この補強量の見直しによれば、鋼材の伸びを炭素繊維材で拘束して圧縮応力が作用することで、鋼材の引張応力(設計応力)を低減することができ、補強量を少なくすることができる。
【0078】
【数13】
【0079】
次いで、下フランジの応力σ3を算出した時の炭素繊維の補強量Ac(a,t)について、補強枚数Nを算出する。 例えば、新日鉄マテリアルズ株式会社製のストランドシートFSS−HM−900であれば、設計厚さが0.429mmであり、補強枚数Nはt/0.429の式により算出することができる。
【0080】
さらに具体的には、補強枚数を1枚ずつ減らした時(補強枚数N−1の時)の補強後の下フランジの応力σ3(N−1)を算出する。そして、この応力σ3(N−1) での熱を考慮した下フランジの応力σ3’ (N−1) を上記(20)式により算出し、この応力σ3’ (N−1) が設計応力以下であるか否かを確認する。このとき設計応力以下であれば、さらに補強枚数N−2の時のσ3’(N−2)の確認を行う。このような補強枚数の確認を繰返し行い、設計応力を超えた時の補強枚数N−n(n=0,1,2,・・・)を算出することにより、補強枚数N−(n−1)の時において最少の補強量を算出する。
【0081】
上述したように本第2の実施の形態では、輻射熱等の熱の影響を受けた梁材1の最大温度tmaxに基づく第1熱補正疲労剥離曲線T’を用いることで、接着部材2の熱影響を考慮した疲労による界面剥離を予測することができ、精度が高く且つ効果的な補強を行うことができる。
さらに、本第2の実施の形態では、梁材1の最大温度変化量Δtに基づく第2熱補正疲労剥離曲線T’’を用いて、梁材1の熱膨張の影響を考慮した接着部材2の疲労による界面剥離を予測することができ、且つ接着する炭素繊維材の拘束により鋼材に発生する圧縮残留応力を考慮した補強を行うことができる。
このように、熱の影響を考慮した炭素繊維材を用いた補強を行うことができるので、防熱板等による防熱対策の要否検討が可能になる。
【0082】
なお、本第2の実施の形態による炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、鋼材が溶鋼鍋による輻射熱を受ける場合に適用しているが、このような用途に限定されることはなく、日射熱を受ける鋼材の補強を適用対象としてもよい。但し、日射熱を受ける被補強部材がクレーンの場合には、クレーンが受ける荷重と熱の影響が同時ではなく、上述したステップS14、15による第2熱補正(最大温度変化量Δtに基づく熱補正)が困難な場合には、この第2熱補正を省略してもよい。
【0083】
以上、本発明による炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法の実施の形態について説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
例えば、上述した実施の形態では梁材1のH形鋼の下フランジ12の下面12aを補強対象(炭素繊維シートの貼り付け面)としているが、これに限定されることはなく、下フランジ12の上面であっても良いし、上フランジ11やウェブ13であっても良い。さらには、H形鋼に限定されることはく、CT鋼や溝形鋼等の鋼部材への補強であっても良い。そして、補強面は平坦である必要はなく、本実施の形態のようにシート状の炭素繊維材を使用することで、凹凸や突起物を有する被補強部材を対象とすることも可能である。
また、天井クレーンを支持する梁材1を補強対象としているが、例えば橋梁など、他の鋼構造であっても勿論かまわない。
【0084】
また、本実施の形態の補強方法において、ステップS2で算出される接着部材2の疲労剥離曲線T(T1〜T4)は、実験により求められる実験値であって、接着部材の材質や厚さ寸法、或いは炭素繊維材の材質や剛性などの条件に基づいて変化する値である。
【0085】
なお、上述した本実施の形態の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法を実現するため、上記ステップS1〜ステップS10(第2の実施の形態のステップS11〜15を含む)の手順フローは図示しないコンピュータ(CPUあるいはMPU)によって実行されることが好ましい。そして、そのコンピュータに対し、上記実施の形態の補強手順を実行するためのコンピュータプログラムを供給し、そのコンピュータに格納された該プログラムに従って補強方法を実施することが可能である。
【0086】
また、上記の場合においては、上記コンピュータプログラム自体が上記の実施の形態の機能を実現することになり、本発明を構成する。そのコンピュータプログラムの伝送媒体としては、プログラム情報を搬送波として伝播させて供給するためのコンピュータネットワーク(LAN、インターネット等のWAN、無線通信ネットワーク等)システムにおける通信媒体(光ファイバ等の優先回線や無線回線等)を用いることができる。
【0087】
さらに、上記コンピュータプログラムをコンピュータに供給するための手段、例えばかかるコンピュータプログラムを格納した記憶媒体は本発明を構成する。かかる記憶媒体としては、例えばフレキシブルディスク、ハードディスク、光ディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、磁気テープ、不揮発性のメモリカード、ROM等の各種記録媒体を用いることができる。
【0088】
その他、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、上記した実施の形態における構成要素を周知の構成要素に置き換えることは適宜可能である。
【符号の説明】
【0089】
1 梁材(被補強部材)
2 接着部材
3 炭素繊維シート(炭素繊維材)
3a 1層目の外側端部
3b 1層目の継目部
3c 2層目以上の外側端部
3d 2層目以上の継目部
S 疲労設計曲線
S’ 基準疲労設計曲線
T、T1〜T4 疲労剥離曲線
σ0(σ01、σ02、σ03、σ04) 設計応力
Δσ’ 目標補強応力
α 安全率
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば工場建屋内に設けられるクレーンランウェイガーダーは、H形鋼からなる梁材であり、天井クレーンの走行レールを支持するため、繰り返し走行することで梁材の下面(下フランジ)に引張力が作用し、溶接部から亀裂が入り、やがて破断するおそれがある。このような疲労破壊を防止する手段として、梁材の下面に補強鋼材を溶接やボルトで接合して補強し、疲労破壊を遅らせる方法が行われている。この場合、重量の大きな鋼材を接合するため、高所作業となる条件では作業に手間がかかり、時間の短縮化が求められていた。
一方で、コンクリート構造物あるいは鋼構造物の補強箇所に対して鋼材を接合することによらない補強構造として、炭素繊維シート(CFRP)を用いた補強工法が知られている。この場合、疲労破壊が生じる部分をシート状の炭素繊維を貼り付ける補強であり、簡単に且つ短時間で疲労寿命を延ばし、亀裂の進展を遅らせることができる。
【0003】
この場合、炭素繊維シートをコンクリートあるいは鋼材に貼り付けるにあたり接着剤を用いるのが一般的であるが、炭素繊維シートの端部が界面破壊によって剥離するおそれがあった。そのため、複数層にわたって貼り付ける場合は、段差状に貼り付けることや端部を補強することで剥離し難い構造としている(例えば、特許文献1参照)。
特許文献1は、引張力の作用する鋼部材において、端部が階段状に重なるように複数枚接着させたものであり、階段状に重なった端部を覆うカバーシートを最外層から鋼板にかけて接着させた鋼構造物の補強構造について開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−332674号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1では、炭素繊維シートによる補強後に、その接着剤の界面破壊の耐力評価はできるものの、疲労破壊を考慮した補強方法ではないことから、炭素繊維シートの疲労による剥離に着目した補強方法が求められていた。
また、所定長さの炭素繊維シートを補強範囲に配列させて使用する場合には、長さ方向に隣接する炭素繊維シート同士の間に継目部が形成されることになり、この継目部もまた端部と同様に剥がれ易いという問題があった。
【0006】
本発明は、上述する問題点に鑑みてなされたもので、鋼材からなる被補強部材を補強した炭素繊維材における接着部材の疲労による界面破壊を考慮した補強とすることで、疲労寿命を効果的に延ばすことができる炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明に係る炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、被補強部材の引張力が作用する部分に炭素繊維材を接着部材を介して複数層に段差状に重ね合わせて貼り付けて補強する炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法であって、安全率をもたせた被補強部材の疲労設計曲線を算出する工程と、炭素繊維材の端部における接着部材の疲労剥離曲線を算出する工程と、疲労設計曲線および疲労剥離曲線を重ね合わせたときの交点を接着部材の端部の設計応力として算出する工程と、被補強部材の補強後の目標補強応力を算出する工程と、目標補強応力が設計応力の範囲となるように、炭素繊維材の端部位置、及び補強量を設定する工程と、を有することを特徴としている。
【0008】
本発明では、設定した目標補強応力を設計応力の範囲とすることで、少なくとも被補強部材が破壊するまでに接着部材が破壊しない補強、すなわち被補強部材の破壊よりも接着部材の界面破壊による剥離の発生時期を遅らせることが可能な補強となるように、被補強部材に対する炭素繊維材の端部位置及び補強量を設定することができる。そのため、炭素繊維材による補強効果を高め、疲労強度を向上させることができ、被補強部材の疲労寿命を効率的に延ばすことができる。
また、炭素繊維材の貼る位置と重ね合わせ枚数(補強量)とを設定することによる補強となるので、貼り付ける作業そのものは従来と同様に簡単に且つ短時間で行うことができ、手間やコストの増大を抑えることが可能な補強方法となる利点がある。
【0009】
また、本発明に係る炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、1層目の炭素繊維材の端部位置を設定した後、2層目以上の疲労設計曲線と疲労剥離曲線との交点を算出し、互いに重なり合う炭素繊維材同士を接着する接着部材の端部の設計応力を算出する工程と、被補強部材の補強後の目標補強応力を算出する工程と、目標補強応力が2層目以上の設計応力の範囲となるように、2層目以上の炭素繊維材の端部位置、及び補強量を設定する工程と、を有することが好ましい。
【0010】
本発明では、鋼材の被補強部材に対して直接貼り付ける1層目の炭素繊維材の端部位置の設定だけでなく、設定した炭素繊維材の補強量に応じて2層目以上の各層の炭素繊維材についても、互いに重なり合う炭素繊維材同士を接着する接着部材の端部の設計応力を算出することで、1層目の炭素繊維材と同様に好適な端部位置を設定することができる。そのため、炭素繊維材同士の界面破壊による剥離の発生を遅らせることができ、これによりさらに補強効果を高め、被補強部材の疲労寿命の向上を図ることができる。
【0011】
また、本発明に係る炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、炭素繊維材の端部は、各層の長さ方向の両端に位置する外側端部と、長さ方向に配列される炭素繊維材同士の継目部と、からなることが好ましい。
【0012】
また、本発明に係る炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、炭素繊維材の外側端部の端部位置は、目標補強応力に基づいて補強後の応力分布図を作成し、応力分布図を用いて目標補強応力が外側端部における設計応力以下となるように設定されることが好ましい。
【0013】
この場合、目標補強応力に基づいて作成される補強後の応力分布図を使用するといった簡単な方法により、1層目と2層目以上の外側端部の位置を目標補強応力に基づく好適な位置に設定することができる。これにより、接着部材の界面破壊による剥離の発生を確実に遅らせることができる。
【0014】
また、本発明に係る炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、炭素繊維材の継目部の端部位置は、目標補強応力が継目部における設計応力以下となるように設定されることが好ましい。
【0015】
この場合、目標補強応力に基づいて作成される補強後の応力分布図を使用するといった簡単な方法により、1層目と2層目以上の継目部の位置を目標補強応力に基づく好適な位置に設定することができる。もしくは、目標補強応力以下となるように補強量を定めることができる。これにより、接着部材の界面破壊による剥離の発生を確実に遅らせることができる。
【0016】
また、本発明に係る炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、炭素繊維材は、シート状に形成された炭素繊維シートであることが好ましい。
【0017】
この場合、炭素繊維材がシート状をなしているので、被補強部材の補強面の形状に対応させて炭素繊維シートを貼り付けることが可能である。例えば、被補強部材の補強面に凹み、凹凸、或いはボルト等の突起物を有する場合であっても、補強面に炭素繊維シートを確実に貼り付けることができる。
【0018】
また、本発明に係る炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、疲労剥離曲線は、被補強部材の最大温度によって熱補正されることが好ましい。
【0019】
本発明の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法によれば、輻射熱等の熱の影響を受けた被補強部材の最大温度に基づく疲労剥離曲線を用いることで、被補強部材の熱膨張の影響を考慮した接着部材の疲労による界面剥離を予測することができる。従って、精度が高く且つ効果的な補強を行うことができる。また、熱の影響を考慮して炭素繊維材を用いた補強を行うことができるので、防熱板等による防熱対策の要否検討が可能になる。
【0020】
また、本発明に係る炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、補強量は、被補強部材の最大温度変化量によって熱補正された疲労剥離曲線に基づく設計応力を用いて算出されていてもよい。
【0021】
この場合には、輻射熱等の熱の影響を受けた被補強部材の最大温度変化量に基づく疲労剥離曲線を用いることで、被補強部材の熱膨張の影響を考慮した接着部材の疲労による界面剥離を予測することができる。従って、精度が高く且つ効果的な補強を行うことができる。また、熱の影響を考慮して炭素繊維材を用いた補強を行うことができるので、防熱板等による防熱対策の要否検討が可能になる。
さらに、被補強部材の最大温度変化量に基づく疲労剥離曲線を用いて、接着する炭素繊維材の拘束により被補強部材に発生する圧縮残留応力を考慮した補強を行うことができ、設計応力の低減を見込むことができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法によれば、鋼材からなる被補強部材を補強した炭素繊維材において接着部材の疲労による界面破壊を考慮した補強とすることで、疲労寿命を効果的に延ばすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の第1の実施の形態による炭素繊維シートで補強した梁材の側面図である。
【図2】図1に示す梁材の断面図である。
【図3】炭素繊維シートを用いた補強手順のフローを示す図である。
【図4】基準疲労設計曲線を算出するための一例を示す図である。
【図5】安全率をもたせた疲労設計曲線を算出するための一例を示す図である。
【図6】接着部材の疲労剥離曲線を算出するための一例を示す図である。
【図7】図5の疲労設計曲線と図6の疲労剥離曲線とを重ね合わせて設計応力を求めるための図である。
【図8】補強量を算出するための引張を受ける軸力材の図であって、(a)は平面図、(b)は側面図、(c)は断面図である。
【図9】補強量を算出するための曲げ材の図であって、曲げ材に作用する応力を模式的に示した図である。
【図10】1層目の炭素繊維シートの外側端部の位置を設定するための応力分布図である。
【図11】1層目の炭素繊維シートの継目部における補強量を設定するための応力分布図である。
【図12】第2の実施の形態による炭素繊維シートを用いた補強手順のフローを示す図である。
【図13】熱補正による疲労剥離曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態による炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法について、図面に基づいて説明する。
【0025】
(第1の実施の形態)
図1および図2に示すように、本第1の実施の形態による炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法は、天井クレーン(図示省略)の走行レールを支持する梁材1(被補強部材)の適宜な箇所に炭素繊維シート3(炭素繊維材)を貼り付けることで、疲労破壊を遅らせるための補強を施すものである。
【0026】
梁材1は、上フランジ11、下フランジ12、及びウェブ13からなるH形鋼であり、その上フランジ11の長さ方向Xに沿って走行レールが配設されており、この走行レールに案内されて天井クレーンが走行する。そのため、梁材1の下フランジ12には、長さ方向Xの全体にわたって輪荷重が加わって下向きの曲げ荷重が作用し、下フランジ12には引張力が作用している。
【0027】
本実施の形態では、梁材1の引張力が作用する下フランジ12の下面12aに炭素繊維シート3(炭素繊維材)を貼り付けて補強する。そして、下フランジ12に最も大きな引張力が作用する長さ方向Xの中央部において最も補強厚さ寸法が大きくなるように、長さ方向Xの両端部から中央に向かうにしたがって漸次段差状となるように複数枚の炭素繊維シート3、3、…が層状に貼り付けられている。炭素繊維シート3と梁材1との貼り付けや、重ね合わされている炭素繊維シート3、3同士の貼り付けには、プライマーや接着剤等の接着部材2が使用されている。
【0028】
また、炭素繊維シート3は、厚さ寸法が例えば0.1〜1.2mm程度の市販ものを採用することができ、長さ寸法が例えば3mと一定の長さのものを使用し、3m毎に長さ方向Xの端部(継目部3b)同士が突き合わされた状態で直線的に配列されている。
なお、重ね合わされる炭素繊維シート3のうち、梁材1(下フランジ12)に接着されるものを1層目とし、さらに重ね合わせられる順に2層目、3層目、…として以下説明する。
【0029】
ここで、本実施の形態による炭素繊維シート3として、例えば、高弾性型ストランドシートFSS−HM−900(新日鉄マテリアルズ株式会社製)を採用することができる。この高弾性型ストランドシートは、線材からなる炭素繊維材を拠ったものをシート状に並べて紐部材で連結させた略簾状に形成された部材である。また、炭素繊維シート3は、材軸方向への引張りに強く、例えばヤング係数が205〜700kN/mm2で、且つ引張強度が1000〜3000N/mm2である部材が用いられる。
【0030】
接着部材2は、無溶剤型エポキシ樹脂からなるプライマーに加えて無溶剤型エポキシ樹脂からなる接着剤が使用される。接着部材2は、例えば引張せん断強度が10〜20MPaである部材が用いられる。また、接着部材2には速硬化タイプの無溶剤型エポキシ樹脂からなる接着剤を使用することも可能である。
【0031】
次に、上述した梁材1の下フランジ12を補強するための炭素繊維シート3を用いた鋼構造物補強方法について、図3のフロー図等に基づいて詳細に説明する。
図3乃至図7、図10、図11に示すように、鋼構造物補強方法は、安全率αをもたせた梁材1(下フランジ12)の疲労設計曲線Sを算出する工程(ステップS1)と、炭素繊維シート3の端部(3a、3b、3c、3d)における接着部材2の疲労剥離曲線Tを算出する工程(ステップS2)と、疲労設計曲線Sおよび疲労剥離曲線Tを重ね合わせたときの交点Pを接着部材2の端部の設計応力σ0(σ01、σ02、σ03、σ04)として算出する工程(ステップS3)と、梁材1の補強後の目標補強応力Δσ’を算出する工程(ステップS4)と、目標補強応力Δσ’が設計応力σ0の範囲となるように、炭素繊維シート3の端部位置(外側端部3a、3c)、及び補強量を設定する工程(ステップS5〜S10)と、を行うものである。
【0032】
さらに、具体的には、1層目の炭素繊維シート3について上述したステップS1〜S8の工程により端部位置及び補強量を設定した後、2層目以上の疲労設計曲線Sと疲労剥離曲線Tとの交点Pを算出し、互いに厚さ方向に重なり合う炭素繊維シート3同士を接着する接着部材2の端部の設計応力σ03、σ04を算出し、梁材1の補強後の目標補強応力Δσ’を算出し、目標補強応力Δσ’が2層目以上の設計応力σ03、σ04の範囲となるように、2層目以上の炭素繊維シート3の端部位置、及び補強量を設定する(ステップS9、S10)。
【0033】
ここで、図1に示すように、炭素繊維シート3の端部は、1層目の長さ方向Xの両端に位置する外側端部3aと、長さ方向Xに配列される炭素繊維シート3同士の継目部3bと、2層目以上の各層における長さ方向Xの両端に位置する外側端部3cと、長さ方向Xに配列される炭素繊維シート3同士の継目部3dと、をいう。
また、前記補強量は、各層における炭素繊維シート3同士の突き合せ部(継目部3b、3d)の補強量であって、この突合せ部における断面積Ac(幅と重ね合わせ枚数の積)に相当している。
【0034】
図3及び図4に示すように、先ず、ステップS1において、梁材1の材質から基準疲労設計曲線S’(図4の点線)を求める。この基準疲労設計曲線S’は、横軸を応力繰返し数N(cycles)とし、縦軸を直応力範囲Δσ(MPa)とした曲線であり、例えば、「鋼構造物の疲労設計指針・同解説」(日本鋼構造協会編)に基づいた値を使用している。また、梁材1の材質として、F等級を採用している。
【0035】
そして、基準疲労設計曲線S’に安全率αをもたせた疲労設計曲線S(図4の実線)を算出する。ここでは、図3では、疲労寿命の5倍以上で亀裂が入る過去の実績に基づいて、安全率αを5とした疲労設計曲線Sを示している。
【0036】
次に、図3及び図5に示すように、ステップS2では、実験等によって接着部材2の疲労剥離曲線T(T1〜T4)を算出する。なお、図5において、横軸と縦軸は図4と同様であり、符号T1の曲線は、炭素繊維シート3を長さ方向に配列させた状態で、梁材1の下フランジ12(図1参照)に貼り付けられる1層目の外側端部3aを示している。符号T2の曲線は、隣接する炭素繊維シート3、3同士の継目部3bにおける接着部材2の疲労剥離曲線を示している。さらに、図5の符号T3の曲線は、2層目以上の炭素繊維シート3の外側端部3cを示している。そして、符号T4の曲線は、2層目以上の炭素繊維シート3、3同士の継目部3dにおける接着部材2の疲労剥離曲線を示している。
つまり、1層目の炭素繊維シート3による疲労剥離曲線T1、T2は、梁材1に対する接着部材2の疲労剥離状態を示しており、2層目以上の炭素繊維シート3による疲労剥離曲線T3、T4は、梁材1側に配置される炭素繊維シート3に対する接着部材2の疲労剥離状態を示している。
【0037】
次に、図3及び図6に示すように、ステップS3において、ステップS1で算出した疲労設計曲線Sと、ステップS2で算出した疲労剥離曲線T1〜T4とを重ね合わせ、それぞれの曲線の交点P1〜P4を求め、その交点P1〜P4がそれぞれ設計応力σ0(σ01、σ02、σ03、σ04)となる。
【0038】
次に、ステップS4において、図7に示すように、梁材1(下フランジ12)の補強後の疲労寿命を設定して目標補強応力Δσ’を算出する。補強後の疲労寿命を決定する。
目標補強応力Δσ’は、(1)式に示す疲労曲線式より算出する。ここで、mは疲労設計曲線の傾きを表す指数、Δσは補強前の応力、Δσfは2×106回応力繰返し数での基本許容応力範囲である。そして、例えば、一例として、m=3(直応力を受ける継手)、Δσ=180、Δσf=65(F等級を想定)とすると、補強前の設計繰り返し回数N(回)は(2)式より91479回となる。そして、補強後の設計繰返し回数を例えば2倍(N×2)とすると、188358回となる。補強後の目標補強応力Δσ’は、(1)式を変形した(3)式より143N/mm2となる。
【0039】
【数1】
【0040】
【数2】
【0041】
【数3】
【0042】
次に、ステップS5において、炭素繊維シート3の補強量を算出する。
具体的に補強量は、(4)式、(5)式、(6)式に基づいて得られる(7)式より、設定する補強応力σs’となるように炭素繊維シート3の補強量Acを算出する。
ここで、補強部のひずみをε’、補強部の鋼材である梁材1と炭素繊維シート3の応力をそれぞれσs’、σc’とする。そして、梁材1のヤング率をEsとし、炭素繊維シート3のヤング率をEcとし、図8(a)〜(c)及び図9に示すように、梁材1の断面積をAs=b×Hとし、炭素繊維シート3の断面積をAc=a×tとし、無補強部の応力をσ=P/Asとする。
【0043】
【数4】
【0044】
【数5】
【0045】
次に、図9に示すように、σ1〜σ6は、それぞれ(8)式〜(14)式より求められる。そして、H形鋼の梁材1の下フランジ12の応力(下記σ3)を求め、この応力σ3が設計応力以下となるように補強量Ac(a、t)を決定する。
ここで、梁材1の断面において、符号Hは鋼材の高さ寸法、符号b上は上フランジ11の幅寸法、符号b下は下フランジ12の幅寸法、符号tf上は上フランジ11の厚さ寸法、符号tf下は下フランジ12の厚さ寸法、符号twはウェブ13の厚さ寸法を示している。また、炭素繊維シート3において、符号aは幅寸法、符号tは厚さ寸法である。そして、符号Xnは上フランジ11から中立軸Oまでの距離であり、設計モーメントをMとする。
【0046】
【数6】
【0047】
【数7】
【0048】
そして、中立軸Oでの力のつり合いにより、(15)式を満たすようなXn、すなわち中立軸Oの位置を算出する。
設計モーメントMに対し、下記を満たすεtを算出し、(11)式より補強後の下フランジ12の応力σ3を求める。そして、この応力σ3が設計応力以下となるように補強量Ac(a,t)を決定する。
【0049】
【数8】
【0050】
次に、図3に示すステップS6では、ステップS4で求めた目標補強応力Δσ’に基づいて、図10に示すように横軸を梁材1のスパン23(m)とし、縦軸を下フランジ応力(N/mm2)とした補強後の応力分布図を作成する。そして、ステップS7において、この応力分布図の補強後の応力分布(実線)を用いて目標補強応力Δσ’がステップS3で求めた外側端部3aにおける第1設計応力σ01以下(符号rの範囲)となるように端部位置、すなわち梁材1の長さ方向で炭素繊維シート3の外側端部3aの位置を設定する。なお、図10に示す補強前の応力分布は、破線で示している。
【0051】
続いて、図3及び図11に示すように、ステップS8において、ステップS4で求めた目標補強応力Δσ’がステップS3で求めた1層目の炭素繊維シート3の継目部3bにおける第2設計応力σ02以下となるように炭素繊維シート3による補強量を設定する。このときの継目部3bの位置は、最も曲げ応力が大きくなる梁材1の長さ方向Xの中央部で設定する。
具体的にステップS8では、目標補強応力Δσ’が第2設計応力σ02を以下の場合(ステップS8:Yes)には、ステップS9へ進む。そして、目標補強応力Δσ’が第2設計応力σ02を超える場合(ステップS8:No)には、ステップS5へ戻り、目標補強応力Δσ’が第2設計応力σ02以下となるように補強量を変更する。
ここまでが1層目における炭素繊維シート3の端部位置(外側端部3a)と補強量の設定方法となる。
【0052】
次に、2層目以上の炭素繊維シート3についても、上述した1層目と同様の手順により炭素繊維シート3の端部位置(外側端部3b)と補強量を設定することが行われる。
つまり、2層目の炭素繊維シート3の場合、ステップS9において、1層目の炭素繊維シート3で補強した下フランジ12における応力分布を用い、目標補強応力Δσ’がステップS3で求めた2層目の炭素繊維シート3の外側端部3cにおける第3設計応力σ03以下となるように端部位置、すなわち炭素繊維シート3の外側端部3cの位置を設定する。さらに、ステップS10において、目標補強応力Δσ’がステップS3で求めた2層目の炭素繊維シート3の継目部3dにおける第4設計応力σ04以下となるように炭素繊維シート3による補強量を設定する。そして、3層目以上の炭素繊維シート3も、ステップS9〜S10を行う。
【0053】
このように、上述した補強方法では、設定した目標補強応力Δσ’を設計応力σ0の範囲とすることで、少なくとも梁材1が破壊するまでに接着部材2が破壊しない補強、すなわち梁材1の破壊よりも炭素繊維シート3の界面破壊による剥離の発生時期を遅らせることが可能な補強となるように、梁材1(下フランジ12)に対する炭素繊維シート3の端部位置及び補強量を設定することができる。そのため、炭素繊維シート3による補強効果を高め、疲労強度を向上させることができ、梁材1の疲労寿命を効率的に延ばすことができる。
また、炭素繊維シート3の貼る位置と重ね合わせ枚数(補強量)とを設定することによる補強となるので、貼り付ける作業そのものは従来と同様に簡単に且つ短時間で行うことができ、手間やコストの増大を抑えることが可能な補強方法となる利点がある。
【0054】
また、鋼材の梁材1に対して直接貼り付ける1層目の炭素繊維シート3の端部位置の設定だけでなく、設定した炭素繊維シート3の補強量に応じて2層目以上の各層の炭素繊維シート3についても、互いに重なり合う炭素繊維シート3、3同士を接着する接着部材2の端部の設計応力σ0を算出することで、1層目の炭素繊維シート3と同様に好適な端部位置を設定することができる。そのため、炭素繊維シート3同士の界面破壊による剥離の発生を遅らせることができ、これによりさらに補強効果を高めることができ、梁材1の疲労寿命の向上を図ることができる。
【0055】
しかも、この場合、目標補強応力Δσ’に基づいて作成される補強後の応力分布図を使用するといった簡単な方法により、1層目と2層目以上の外側端部3a、3c、および継目部3b、3dの位置を目標補強応力Δσ’に基づく好適な位置に設定することができる。これにより、炭素繊維シート3同士の界面破壊による剥離の発生を確実に遅らせることができる。
【0056】
また、炭素繊維シート3がシート状をなしているので、梁材1の補強面の形状に対応させて炭素繊維シート3を貼り付けることが可能である。つまり、本実施の形態のような梁材1などの被補強部材の補強面に凹み、凹凸、或いはボルト等の突起物を有する場合であっても、補強面に炭素繊維シート3を確実に貼り付けることができる。
【0057】
上述した本実施の形態による炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、鋼材からなる梁材1を補強した炭素繊維シート3の疲労による界面破壊を考慮した補強とすることで、疲労寿命を効果的に延ばすことができる。
【0058】
次に、本発明の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法による他の実施の形態について、添付図面に基づいて説明するが、上述の第1の実施の形態と同一又は同様な部材、部分には同一の符号を用いて説明を省略し、第1の実施の形態と異なる構成について説明する。
【0059】
(第2の実施の形態)
図12に示すように、第2の実施の形態による炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、例えば補強対象の天井クレーンが製鋼工場の溶鋼鍋を吊り下げる用途で用いられる場合であって、その天井クレーンの被補強部材である梁材に繰り返し荷重と熱の影響が同時に及ぶ場合に前記梁材1を補強する方法である。つまり、上述した繰り返し荷重による疲労を考慮した補強方法に加え、輻射熱等の熱の影響を考慮し、上記第1の実施の形態の補強手順フローの一部のステップに2段階の熱補正(第1熱補正、第2熱補正)を加えた補強方法である。
【0060】
具体的に本実施の形態の構造物補強方法について、以下説明する。なお、上述した第1の補強方法と同じフローについては適宜省略する。また、必要に応じて、第1の実施の形態の図面(図1〜図11)を使用して説明する。
【0061】
先ず、使用環境における梁材1の温度を測定し、本実施の形態の補強手順で用いる最大温度tmaxと、最大温度変化量Δtを決定する(ステップS11)。例えば、使用環境における常温が25〜30℃である場合に、最大温度tmaxが55〜60℃となり、最大温度変化量Δtを30℃に設定することができる。
次いで、図4に示すように安全率αをもたせた疲労設計曲線Sを算出するとともに(ステップS1)、図5に示すように接着部材2の、炭素繊維シート3の端部(3a、3b、3c、3d)における疲労剥離曲線T(図13参照)を算出する(ステップS2)。
【0062】
次に、ステップS12では、ステップS11で決定した最大温度tmax時における図13に示す疲労剥離曲線(以下、これを第1熱補正疲労剥離曲線T’という)を実験により算出する第1熱補正を行う。ここで、図13に示す疲労剥離曲線T、第1熱補正疲労剥離曲線T’、および後述する第2熱補正疲労剥離曲線T’’は、図5の1層目の外側端部3aを示したものであり、他の端部(炭素繊維シート3、3同士の継目部3b、2層目以上の炭素繊維シート3の外側端部3c、2層目以上の炭素繊維シート3、3同士の継目部3d)を省略している。
【0063】
次に、ステップS3において、ステップS12で求めた第1熱補正疲労剥離曲線T’と、ステップS2で求めた疲労設計曲線Sを重ね合わせたときの交点Pを接着部材2の端部の設計応力σ0として算出する(図6参照)。そして、ステップS4において、梁材1の補強後の目標補強応力Δσ’を算出する(図7参照)。これらステップS3及びステップS4の具体的な方法は、上述した第1の実施の形態と同様である。
【0064】
次に、ステップS5において、目標補強応力Δσ’が設計応力σ0の範囲となるように、上述の最大温度tmaxに基づく熱影響を考慮した炭素繊維シート3の端部位置(外側端部3a、3c)、及び補強量を設定する。さらに、ステップS6では、ステップS4で求めた目標補強応力Δσ’に基づいて、補強後の応力分布図を作成する。ここで、ステップS5及びステップS6の具体的な補強量の算出方法や応力分布図を作成については、上述した第1の実施の形態と同様の方法となるので、ここでは詳しい説明は省略する。
【0065】
次に、ステップS13において、ステップS11で決定した最大温度変化量Δtによる熱の影響を考慮する場合(ステップS13:YES)には、ステップS14に進む。一方、既に熱の影響を考慮した場合、或いは考慮しない場合(ステップS13:NO)には、ステップS7へ進む。
【0066】
ステップS14では、最大温度変化量Δtの影響を考慮した接着部材2の疲労剥離曲線(これを第2熱補正疲労剥離曲線T’’という)(図13参照)を計算に基づいて算出する第2熱補正を行う。
このステップS14の段階では、図13に示すように、常温時の接着部材2の疲労剥離曲線Tは、最大温度tmaxによって補正された第1熱補正疲労剥離曲線T’による第1熱補正と、最大温度変化量Δtによって補正された第2熱補正疲労剥離曲線T’’による第2熱補正と、の2段階の熱補正がなされることになる。
【0067】
ここで、熱影響による最大温度変化量Δtを考慮した第2熱補正疲労剥離曲線T’’の算出方法にいて、具体的に説明する。
熱影響による梁材1の最大温度変化量Δtによって、その梁材1に発生するひずみをε2とすると、鋼材の熱ひずみにより接着部材2に発生するせん断力は、鋼材に引張応力Es×ε2を作用させたときのせん断力と同様である。そのため、熱影響により鋼材に仮想の引張応力σssΔtを付加させたとみなすことができる。そして、熱影響を考慮したときの接着部材2が負担するせん断力は、鋼材応力σ3S=σ3+σSSΔtのときのせん断力と同じである、ことを考慮して接着部材2の疲労曲線を算出する。つまり、下フランジ12の応力σ3に対し、接着部材2の疲労寿命は前記鋼材応力σ3Sに相当し、この鋼材応力σ3Sのときの疲労寿命に置き換えることができる。同様に、任意の応力σyに対して、接着部材2の疲労寿命はσy=σy+σSSΔtであることから、第2熱補正疲労剥離曲線T’’を算出することができる。
【0068】
次に、ステップS15では、前記ステップS14で熱補正を行った後、設計応力σ0の見直しが行われる。すなわち、図14に示す第2熱補正疲労剥離曲線T’’に基づいて上記ステップS3と同様に、ステップS2で求めた疲労設計曲線Sを重ね合わせたときの交点Pを接着部材2の端部の設計応力σ0として算出する。そして、見直した設計応力σ0に基づいてステップS4に戻り、ステップS5により補正量が見直され、ステップS6により応力分布図が見直される。この見直しフローによるステップS13では、既に熱の影響を考慮した場合(ステップS13:NO)となるので、後述するステップS7へ進む。
【0069】
次に、ステップS7では、上述した第1の実施の形態と同様で、見直しされた応力分布図の補強後の応力分布(実線)を用いて目標補強応力Δσ’が外側端部3aにおける第1設計応力σ01以下(符号rの範囲)となるように、端部位置、すなわち梁材1の長さ方向で炭素繊維シート3の外側端部3aの位置を設定する。
続いて、ステップS8において、見直しによってステップS4で求めた目標補強応力Δσ’が1層目の炭素繊維シート3の継目部3bにおける第2設計応力σ02以下となるように炭素繊維シート3による補強量を設定する。このとき、目標補強応力Δσ’が第2設計応力σ02を以下の場合(ステップS8:Yes)には、ステップS9へ進む。そして、目標補強応力Δσ’が第2設計応力σ02を超える場合(ステップS8:No)には、再度、ステップS5へ戻り、目標補強応力Δσ’が第2設計応力σ02以下となるように補強量を変更する手順となる。
なお、ステップS9以降の手順は、上記第1の実施の形態と同様となるので、ここでは詳しい説明を省略する。
【0070】
ここで、上述した再びステップS5において行われる最大温度変化量Δtによる補正量の見直し方法は、梁材1(鋼材)と炭素繊維シート3(炭素繊維材)との線膨張係数差により鋼材に残留応力が加わるとともに、接着部材2に付加せん断力が加わることに基づいて算定する。
【0071】
ここで、熱影響の基本的な概念について説明しておく。
天井クレーンが吊り荷である溶鋼鍋の熱の影響を受ける共用時において、鋼材に対して炭素繊維材が未接着となる場合に、鋼板単体のみの熱ひずみε1は(16)式により求められる。そして、鋼材に対して炭素繊維材が接着される場合(線膨張係数=0)には、鋼板に作用する残留応力σΔtが(17)式の関係となる。なお、ε2は、鋼材に炭素繊維材が接着した場合における鋼材のひずみであり、Esは鋼材のヤング率である。
また、力のつり合いより、(18)式、及び(19)式が求められる。
【0072】
【数9】
【0073】
【数10】
【0074】
【数11】
【0075】
次に、梁材1(H形鋼)を炭素繊維材で補強した後の下フランジ12の応力σ3において、熱影響を考慮した後の下フランジ12の応力σ3’の算出方法について説明する。
先ず、最大温度変化量Δtにより鋼材に発生する残留応力σΔtは、上述した(16)式、(17)式、(18)式に基づいて導かれる(20)式に基づいて算出される。
【0076】
【数12】
【0077】
そして、上記より熱影響を考慮した後の下フランジの応力σ3’は、(21)式により算出される。ここで、前記応力σ3’は設計応力に対して余力ができるため、σ3’≦設計応力の範囲内で補強量の見直しを行う。つまり、この補強量の見直しによれば、鋼材の伸びを炭素繊維材で拘束して圧縮応力が作用することで、鋼材の引張応力(設計応力)を低減することができ、補強量を少なくすることができる。
【0078】
【数13】
【0079】
次いで、下フランジの応力σ3を算出した時の炭素繊維の補強量Ac(a,t)について、補強枚数Nを算出する。 例えば、新日鉄マテリアルズ株式会社製のストランドシートFSS−HM−900であれば、設計厚さが0.429mmであり、補強枚数Nはt/0.429の式により算出することができる。
【0080】
さらに具体的には、補強枚数を1枚ずつ減らした時(補強枚数N−1の時)の補強後の下フランジの応力σ3(N−1)を算出する。そして、この応力σ3(N−1) での熱を考慮した下フランジの応力σ3’ (N−1) を上記(20)式により算出し、この応力σ3’ (N−1) が設計応力以下であるか否かを確認する。このとき設計応力以下であれば、さらに補強枚数N−2の時のσ3’(N−2)の確認を行う。このような補強枚数の確認を繰返し行い、設計応力を超えた時の補強枚数N−n(n=0,1,2,・・・)を算出することにより、補強枚数N−(n−1)の時において最少の補強量を算出する。
【0081】
上述したように本第2の実施の形態では、輻射熱等の熱の影響を受けた梁材1の最大温度tmaxに基づく第1熱補正疲労剥離曲線T’を用いることで、接着部材2の熱影響を考慮した疲労による界面剥離を予測することができ、精度が高く且つ効果的な補強を行うことができる。
さらに、本第2の実施の形態では、梁材1の最大温度変化量Δtに基づく第2熱補正疲労剥離曲線T’’を用いて、梁材1の熱膨張の影響を考慮した接着部材2の疲労による界面剥離を予測することができ、且つ接着する炭素繊維材の拘束により鋼材に発生する圧縮残留応力を考慮した補強を行うことができる。
このように、熱の影響を考慮した炭素繊維材を用いた補強を行うことができるので、防熱板等による防熱対策の要否検討が可能になる。
【0082】
なお、本第2の実施の形態による炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法では、鋼材が溶鋼鍋による輻射熱を受ける場合に適用しているが、このような用途に限定されることはなく、日射熱を受ける鋼材の補強を適用対象としてもよい。但し、日射熱を受ける被補強部材がクレーンの場合には、クレーンが受ける荷重と熱の影響が同時ではなく、上述したステップS14、15による第2熱補正(最大温度変化量Δtに基づく熱補正)が困難な場合には、この第2熱補正を省略してもよい。
【0083】
以上、本発明による炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法の実施の形態について説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
例えば、上述した実施の形態では梁材1のH形鋼の下フランジ12の下面12aを補強対象(炭素繊維シートの貼り付け面)としているが、これに限定されることはなく、下フランジ12の上面であっても良いし、上フランジ11やウェブ13であっても良い。さらには、H形鋼に限定されることはく、CT鋼や溝形鋼等の鋼部材への補強であっても良い。そして、補強面は平坦である必要はなく、本実施の形態のようにシート状の炭素繊維材を使用することで、凹凸や突起物を有する被補強部材を対象とすることも可能である。
また、天井クレーンを支持する梁材1を補強対象としているが、例えば橋梁など、他の鋼構造であっても勿論かまわない。
【0084】
また、本実施の形態の補強方法において、ステップS2で算出される接着部材2の疲労剥離曲線T(T1〜T4)は、実験により求められる実験値であって、接着部材の材質や厚さ寸法、或いは炭素繊維材の材質や剛性などの条件に基づいて変化する値である。
【0085】
なお、上述した本実施の形態の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法を実現するため、上記ステップS1〜ステップS10(第2の実施の形態のステップS11〜15を含む)の手順フローは図示しないコンピュータ(CPUあるいはMPU)によって実行されることが好ましい。そして、そのコンピュータに対し、上記実施の形態の補強手順を実行するためのコンピュータプログラムを供給し、そのコンピュータに格納された該プログラムに従って補強方法を実施することが可能である。
【0086】
また、上記の場合においては、上記コンピュータプログラム自体が上記の実施の形態の機能を実現することになり、本発明を構成する。そのコンピュータプログラムの伝送媒体としては、プログラム情報を搬送波として伝播させて供給するためのコンピュータネットワーク(LAN、インターネット等のWAN、無線通信ネットワーク等)システムにおける通信媒体(光ファイバ等の優先回線や無線回線等)を用いることができる。
【0087】
さらに、上記コンピュータプログラムをコンピュータに供給するための手段、例えばかかるコンピュータプログラムを格納した記憶媒体は本発明を構成する。かかる記憶媒体としては、例えばフレキシブルディスク、ハードディスク、光ディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、磁気テープ、不揮発性のメモリカード、ROM等の各種記録媒体を用いることができる。
【0088】
その他、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、上記した実施の形態における構成要素を周知の構成要素に置き換えることは適宜可能である。
【符号の説明】
【0089】
1 梁材(被補強部材)
2 接着部材
3 炭素繊維シート(炭素繊維材)
3a 1層目の外側端部
3b 1層目の継目部
3c 2層目以上の外側端部
3d 2層目以上の継目部
S 疲労設計曲線
S’ 基準疲労設計曲線
T、T1〜T4 疲労剥離曲線
σ0(σ01、σ02、σ03、σ04) 設計応力
Δσ’ 目標補強応力
α 安全率
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被補強部材の引張力が作用する部分に炭素繊維材を接着部材を介して複数層に段差状に重ね合わせて貼り付けて補強する炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法であって、
安全率をもたせた被補強部材の疲労設計曲線を算出する工程と、
前記炭素繊維材の端部における前記接着部材の疲労剥離曲線を算出する工程と、
前記疲労設計曲線および前記疲労剥離曲線を重ね合わせたときの交点を前記接着部材の端部の設計応力として算出する工程と、
前記被補強部材の補強後の目標補強応力を算出する工程と、
前記目標補強応力が前記設計応力の範囲となるように、前記炭素繊維材の端部位置、及び補強量を設定する工程と、
を有することを特徴とする炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法。
【請求項2】
1層目の前記炭素繊維材の端部位置を設定した後、
2層目以上の前記疲労設計曲線と前記疲労剥離曲線との交点を算出し、互いに重なり合う炭素繊維材同士を接着する接着部材の端部の設計応力を算出する工程と、
前記被補強部材の補強後の目標補強応力を算出する工程と、
該目標補強応力が前記2層目以上の設計応力の範囲となるように、前記2層目以上の炭素繊維材の端部位置、及び補強量を設定する工程と、
を有することを特徴とする請求項1に記載の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法。
【請求項3】
前記炭素繊維材の端部は、各層の長さ方向の両端に位置する外側端部と、長さ方向に配列される前記炭素繊維材同士の継目部と、からなることを特徴とする請求項1又は2に記載の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法。
【請求項4】
前記炭素繊維材の前記外側端部の端部位置は、
前記目標補強応力に基づいて補強後の応力分布図を作成し、該応力分布図を用いて前記目標補強応力が前記外側端部における前記設計応力以下となるように設定されることを特徴とする請求項3に記載の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法。
【請求項5】
前記炭素繊維材の前記継目部の端部位置は、
前記目標補強応力が前記継目部における前記設計応力以下となるように設定されることを特徴とする請求項3又は4に記載の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法。
【請求項6】
前記炭素繊維材は、シート状に形成された炭素繊維シートであることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法。
【請求項7】
前記疲労剥離曲線は、被補強部材の最大温度によって熱補正されることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法。
【請求項8】
前記補強量は、被補強部材の最大温度変化量によって熱補正された疲労剥離曲線に基づく設計応力を用いて算出されることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法。
【請求項1】
被補強部材の引張力が作用する部分に炭素繊維材を接着部材を介して複数層に段差状に重ね合わせて貼り付けて補強する炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法であって、
安全率をもたせた被補強部材の疲労設計曲線を算出する工程と、
前記炭素繊維材の端部における前記接着部材の疲労剥離曲線を算出する工程と、
前記疲労設計曲線および前記疲労剥離曲線を重ね合わせたときの交点を前記接着部材の端部の設計応力として算出する工程と、
前記被補強部材の補強後の目標補強応力を算出する工程と、
前記目標補強応力が前記設計応力の範囲となるように、前記炭素繊維材の端部位置、及び補強量を設定する工程と、
を有することを特徴とする炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法。
【請求項2】
1層目の前記炭素繊維材の端部位置を設定した後、
2層目以上の前記疲労設計曲線と前記疲労剥離曲線との交点を算出し、互いに重なり合う炭素繊維材同士を接着する接着部材の端部の設計応力を算出する工程と、
前記被補強部材の補強後の目標補強応力を算出する工程と、
該目標補強応力が前記2層目以上の設計応力の範囲となるように、前記2層目以上の炭素繊維材の端部位置、及び補強量を設定する工程と、
を有することを特徴とする請求項1に記載の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法。
【請求項3】
前記炭素繊維材の端部は、各層の長さ方向の両端に位置する外側端部と、長さ方向に配列される前記炭素繊維材同士の継目部と、からなることを特徴とする請求項1又は2に記載の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法。
【請求項4】
前記炭素繊維材の前記外側端部の端部位置は、
前記目標補強応力に基づいて補強後の応力分布図を作成し、該応力分布図を用いて前記目標補強応力が前記外側端部における前記設計応力以下となるように設定されることを特徴とする請求項3に記載の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法。
【請求項5】
前記炭素繊維材の前記継目部の端部位置は、
前記目標補強応力が前記継目部における前記設計応力以下となるように設定されることを特徴とする請求項3又は4に記載の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法。
【請求項6】
前記炭素繊維材は、シート状に形成された炭素繊維シートであることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法。
【請求項7】
前記疲労剥離曲線は、被補強部材の最大温度によって熱補正されることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法。
【請求項8】
前記補強量は、被補強部材の最大温度変化量によって熱補正された疲労剥離曲線に基づく設計応力を用いて算出されることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の炭素繊維材を用いた鋼構造物補強方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2013−47446(P2013−47446A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−158970(P2012−158970)
【出願日】平成24年7月17日(2012.7.17)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【出願人】(306032316)新日鉄住金マテリアルズ株式会社 (196)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年7月17日(2012.7.17)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【出願人】(306032316)新日鉄住金マテリアルズ株式会社 (196)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]