説明

炭素繊維用アクリロニトリル系共重合体

【課題】紡糸時の濾過工程におけるフィルターへの負荷を低減してポリアクリロニトリル系繊維の製造工程の安定性を向上させるために、溶剤への溶解性が向上したアクリロニトリル系共重合体を提供する。
【解決手段】GPC測定における共重合体由来のピーク面積に基づいて5質量%ごとに成分を分画した場合、下記の(A)及び(B)で定義される値が1.30>(A)/(B)>0.80なる関係を満たすアクリロニトリル系共重合体:
(A):分画後の各分画におけるアクリロニトリル単位以外の成分の質量比、
(B):分画前の共重合体におけるアクリロニトリル単位以外の成分の質量比。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維用アクリロニトリル系共重合体に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリアクリロニトリル系繊維は高性能の炭素繊維を製造するのに好ましく用いられている。この繊維の原料であるアクリロニトリル系重合体の工業的製造法として一般に水系析出重合法と溶液重合法が知られている。水系析出重合法はアクリロニトリル又はアクリロニトリルとその共重合性成分を水性媒体中で水溶性重合開始剤を用いて重合する方法である。溶液重合法はアクリロニトリル又はアクリロニトリルとその共重合性成分を溶解しうる無機溶媒または有機溶媒中で重合する方法である。これらの重合法によって連続重合する場合は、水性媒体、無機溶媒又は有機溶媒、重合開始剤、アクリロニトリル単量体等の原料成分は連続的に重合反応槽に供給され、攪拌により均一に分散させられながら重合される。特に水系析出連続重合法は、溶液重合に比べて短い滞在時間で連続生産が可能で、しかも簡便な重合反応容器を使用するため非常に生産性が優れている。
【0003】
水系析出連続重合法で生産されるアクリロニトリル系重合体を工業的に繊維にするために、重合体粉体を溶剤に溶解して得られる溶液を紡糸原液として用いて、濾過フィルターを経由して紡糸口金のノズル孔から紡出する。重合体粉体の溶剤への溶解性は、製造される製品の性能だけでなく、製造工程の安定性に対しても大きな影響を与える。
【0004】
炭素繊維に要求される性能を満足するためには、重合体におけるアクリロニトリル単量体単位の含量を95質量%以上とすることが好ましい。水系析出重合で生産される重合体粒子は、重合体におけるアクリロニトリル単量体単位が95質量%未満であれば、溶剤への溶解性は良好である。しかしながらアクリロニトリル単量体単位が95質量%以上の場合には、重合体の組成分布が溶解性に大きな影響を与える。
【0005】
特許文献1は、重合体のかさ密度、粒子径、空孔率を規定して溶解性を向上することを提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−185273号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら特許文献1の処方を用いてもなおフィルターを昇圧させる成分が存在している。本発明の課題は、紡糸時の濾過工程におけるフィルターへの負荷を低減してポリアクリロニトリル系繊維の製造工程の安定性を向上させるために、溶剤への溶解性が向上したアクリロニトリル系共重合体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題は、以下の本発明によって解決される。
【0009】
本発明は、GPC測定における共重合体由来のピーク面積に基づいて5質量%ごとに成分を分画した場合、下記の(A)及び(B)で定義される値が1.30>(A)/(B)>0.80なる関係を満たすアクリロニトリル系共重合体である。
(A):分画後の各分画におけるアクリロニトリル単位以外の成分の質量比、
(B):分画前の共重合体におけるアクリロニトリル単位以外の成分の質量比。
【発明の効果】
【0010】
本発明の組成分布が均質化した重合体を用いることにより、紡糸時の濾過工程におけるフィルターへの負荷を低減させ製造工程の安定性を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明において、「アクリロニトリル系共重合体」とは、アクリロニトリル単位と、アクリロニトリル以外の単量体に由来する単位とを有する共重合体である。「アクリロニトリル単位」は、アクリロニトリルのエチレン性二重結合が開裂して形成される単位を示す。アクリロニトリル以外の単量体としては、たとえば、後述するビニル系単量体が挙げられる。
【0012】
アクリロニトリル系共重合体中のアクリロニトリル単位の割合は、炭素繊維にしたときの共重合成分に起因する欠陥点を少なくし、炭素繊維の品質並びに性能を向上させる目的から、当該アクリロニトリル系共重合体を構成する全単量体単位の合計に対し、95質量%以上が好ましく、96.5質量%以上がより好ましい。
【0013】
アクリロニトリル単位の割合の上限は、共重合体の溶剤への溶解性を考慮すると、99.5質量%以下が好ましく、99質量%以下がより好ましく、97質量%以下がさらに好ましい。
【0014】
アクリロニトリル系共重合体は、アクリロニトリルと、アクリロニトリル以外の単量体とを重合開始剤の存在下で共重合させることにより製造できる。
【0015】
アクリロニトリル以外の単量体としては、アクリロニトリルと共重合可能なビニル系単量体が挙げられる。前記ビニル系単量体としては、たとえばメチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、ターシャリーブチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート、ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸エステル類、塩化ビニル、臭化ビニル、塩化ビニリデン等のハロゲン化ビニル類、(メタ)アクリル酸、イタコン酸、クロトン酸等の酸類及びそれらの塩類、マレイン酸イミド、フェニルマレイミド、(メタ)アクリルアミド、スチレン、α−メチルスチレン、酢酸ビニル、スチレンスルホン酸ソーダ、アリルスルホン酸ソーダ、β−スチレンスルホン酸ソーダ、メタアリルスルホン酸ソーダ等のスルホン基を含む重合性不飽和単量体;2−ビニルピリジン、2−メチル−5−ビニルピリジン等のピリジン基を含む重合性不飽和単量体等が挙げられる。これらは1種で又は2種以上を併用して使用できる。
【0016】
ビニル系単量体としては、ポリアクリロニトリル系繊維を焼成して炭素繊維とする際の焼成工程での耐炎化反応性を高める目的で、カルボン酸もしくは、カルボン酸エステル基を含有するビニル系単量体を用いることが好ましい。
【0017】
ただし、前記カルボン酸基は、焼成工程での耐炎化反応性を向上させる役割を果たす一方、炭素繊維の欠陥点となるおそれがあるため、アクリロニトリル系共重合体中のカルボン酸基の含有量を調節することが好ましい。
【0018】
具体的には、アクリロニトリル系共重合体中のカルボン酸もしくはカルボン酸エステル基の含有量の下限は、5.0×10-5当量/g以上が好ましく、5.5×10-5当量/g以上がより好ましい。この範囲内である場合は、焼成工程での耐炎化反応性が高く高温で処理を行う必要がないため、暴走反応が起こりにくく安定した焼成工程通過性を得ることができる。暴走反応を抑制するために低速度での焼成を行う必要もないため経済効果も高い。
【0019】
また、アクリロニトリル系共重合体中のカルボン酸もしくはカルボン酸エステル基の含有量の上限は、6.0×10-4当量/g以下が好ましく、5.0×10-4当量/g以下がより好ましい。この範囲内である場合は、共重合体中のニトリル基の閉環反応が適度な速度で進行するため繊維内部にまで酸化反応が進行し、繊維中心部まで耐炎化構造を形成させることができる。次のさらに高温の炭素化工程において、繊維中心部まで炭素化が行われ、引張弾性率の高い高強度の炭素繊維を製造することができる。
【0020】
アクリロニトリル系共重合体中のカルボン酸、もしくはカルボン酸エステル基の含有量は、使用する全単量体中のカルボン酸、もしくはカルボン酸エステル基を含有するビニル系単量体の割合を調節することにより調節できる。
【0021】
カルボン酸、もしくはカルボン酸エステル基を含有するビニル系単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、フマル酸、クロトン酸、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、ターシャリーブチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート、ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸エステル類等が挙げられる。この中でも、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸が好ましい。これらはいずれか1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0022】
また、前記ビニル系単量体として、アクリルアミドを用いても良い。焼成工程での耐炎化反応性、及び熱環化反応速度は、カルボン酸基の含有量が支配的な要因であるが、アクリロニトリル系共重合体中に少量のアクリルアミド単位が共存することで急激に増大する。また、アクリルアミド単位を含むことで、アクリロニトリル系共重合体のアミド系溶剤に対する溶解性が向上したり、湿式紡糸又は乾湿式紡糸した凝固糸の緻密性が向上したりする。
【0023】
本発明のアクリロニトリル系共重合体としては、アクリロニトリル単位、アクリルアミド単位、及びメタクリル酸単位から構成される共重合体が最も好ましい。
【0024】
アクリロニトリル系共重合体中のアクリルアミド単位の含有量は、0.5質量%以上5質量%以下であることが好ましく、1.0質量%以上4.0質量%以下がより好ましい。
【0025】
本発明で用いるアクリロニトリル系共重合体の重合体末端基は、特に限定されないが、重合開始剤に由来するスルホン酸基、硫酸基を含有していても良い。前記スルホン酸基および硫酸基(以下、これらをまとめて「強酸性基」ということがある。)をアクリロニトリル系共重合体の重合体末端基として含むことは、当該アクリロニトリル系共重合体を用いて作製する繊維の緻密性の制御に重要な役割を果たすため好ましい。
【0026】
アクリロニトリル系共重合体の重合体末端に重合開始剤由来の強酸性基を導入する方法としては、前記重合開始剤として、亜硫酸塩を含む還元剤と、過硫酸塩を含む酸化剤とを組み合わせたレドックス重合開始剤を用いる方法が挙げられる。
【0027】
前記過硫酸塩としては、過硫酸アンモニウム、過硫酸ナトリウム、過硫酸カリウムが挙げられる。前記亜硫酸塩としては、亜硫酸水素アンモニウム、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸ナトリウムが挙げられる。また、還元剤として、別途、硫酸第一鉄等のFe2+塩を添加してもよい。また、pH調節等の目的で、硫酸を添加してもよい。
【0028】
前記レドックス重合開始剤を用いる場合、アクリロニトリル系共重合体の重合体末端には、前記過硫酸塩に由来する硫酸基、および前記亜硫酸塩に由来するスルホン酸基が導入される。
【0029】
アクリロニトリル系共重合体のポリスチレン標準で求められる重量平均分子量は、20万から100万が好ましい。より好ましくは30万から70万である。この範囲内であれば、アクリロニトリル系共重合体を紡糸して炭素繊維前駆体繊維を得る場合の紡糸安定性、品質安定性を両立することができ、また、これを焼成して得られる炭素繊維の性能の安定性を向上することが出来る。アクリロニトリル系共重合体の重量平均分子量はGPCなど公知の方法で求めることが出来る。
【0030】
本発明におけるアクリロニトリル単位以外の成分の質量比とは、上記アクリロニトリル系共重合体におけるアクリロニトリル系共重合体の全質量に対するアクリロニトリル単位以外の成分の合計質量の比である。アクリロニトリル系共重合体における各共重合成分の量は、NMRやIRなどの方法によって求めることが出来る。
【0031】
本発明のアクリロニトリル系共重合体は、GPC測定における共重合体由来のピーク面積に基づいて5質量%ごとに成分を分画した場合、下記の(A)及び(B)で定義される値が1.30>(A)/(B)>0.80なる関係を満たす。
(A):分画後の各分画におけるアクリロニトリル単位以外の成分の質量比、
(B):分画前の共重合体におけるアクリロニトリル単位以外の成分の質量比。
【0032】
共重合体は5質量%ごとに分画されるので、分画数は20である。この20分画の質量比(A)として(A1)、(A2)、・・・、及び(A20)が得られる。従って本発明の共重合体は、(A1)/(B)、(A2)/(B)、・・・、及び(A20)/(B)の値が全て0.80より大きく1.30より小さい。
【0033】
(A)/(B)が0.80より大きく1.30より小さくなることにより共重合体の溶媒への溶解性が向上し、紡糸時の濾過工程におけるフィルターへの負荷を低減してポリアクリロニトリル系繊維の製造工程の安定性を向上することができる。1.25>(A)/(B)>0.85であることがより好ましい。
【0034】
1.30>(A)/(B)>0.80を満たす共重合体を得る方法は特に限定されないが、例えば水系析出重合にて得た共重合体粉体を分級し、大粒子径や小粒子径の成分を取り除くことや、重合条件の最適化により得ることが出来る。分級により上記共重合体を得ることが出来る理由として、本発明者らは以下のように考えている。
【0035】
水系析出重合には水相と析出相という複数の反応場があることが知られている(例えば、工業化学雑誌59巻6号1956年695頁参照)。連続式水系析出重合においては、水相及び析出相におけるアクリロニトリル及び共重合性成分の各相への分配率が同じであれば、複数の反応場があることに起因する組成分布は起き難い。本発明者らは、水系析出重合における重合中の水相と析出相におけるアクリロニトリル及び共重合性成分の各相への分配を調べることにより、共重合性成分の種類によって各相への分配率が異なることを見出した。例えば、アクリロニトリルよりも水相に多く存在する単量体としては、親水性の高い単量体である、(メタ)アクリル酸、イタコン酸、アクリルアミド、ヒドロキシエチル(メタ)アクリレートなどが挙げられる。また、アクリロニトリルと比較して析出相への分配率が高い単量体としては、親水性の低い単量体である、(メタ)アクリル酸エステル類などが挙げられる。
【0036】
どちらの相に共重合性成分が分配しやすいかの傾向としては以下の方法で判別することが出来る。一般に、液体浸透の基本式として、Lucas−Washburnの下記式が知られている。
【0037】
【数1】

【0038】
式中、Lは浸透速度、rは毛細管の半径、tは時間、ηは粘度、γは表面張力、θは接触角を示す。ここで、γcosθとはLucas−Washburnの式における液体の浸透速度(浸透深さ)を支配する因子であり、γcosθの値が小さい方が、浸透速度が遅くなる。水系析出重合系内の重合体粒子への共重合性成分の吸着は、共重合性成分が水に溶けている場合cosθはほぼ1になるため、γ値に支配される。アクリロニトリルのγ値が25mN/mであることから、共重合性成分は、これより大きいγ値をとる場合は水相により多く、これより小さいγ値をとる場合は析出相により多く存在する傾向があり、アクリロニトリルのγ値と共重合性成分のγ値との差の絶対値が大きいほど組成分布も大きい傾向となる。
【0039】
水系析出重合においては、水相で重合反応が開始され、その後析出相に成長途中のラジカルが移行し各反応場の共重合性成分の組成比に応じて重合体が生成する。そのため、生成重合体のうち分子量の小さい重合体は水相の共重合性成分に大きく影響され、分子量の大きい重合体は析出相の共重合性成分に大きく影響される。すなわち、共重合性成分のγ値が25mN/mより大きい場合は高分子量側の重合体で共重合成分が少なくなり、共重合性成分のγ値が25mN/mより小さい場合は低分子量側の重合体で共重合成分が少なくなる。
【0040】
一方、水系析出重合で生成する粒子の粒子径は系内の滞在時間分布も大きな支配要因のひとつであり、滞在時間の短い重合体は粒子径が小さめで、滞在時間の長い重合体は粒子径が大きめである。滞在時間の短い重合体は析出相での反応の割合が低く、滞在時間の長い重合体は析出相での反応の割合が高い。そのため、共重合性成分のγ値が、25mN/mより大きい場合は大粒子径側に共重合成分の少ない重合体が生成し、25mN/mより小さい場合は小粒子径側に共重合成分の少ない重合体が生成する。ゆえに、重合体の粒子を分級して、大粒子径のものまたは小粒子径のものを除去することにより、共重合成分の少ない重合体を除去することができる。
【0041】
上記理由から、分級前の重合体の組成分布を狭める重合条件は、水相及び析出相におけるアクリロニトリルと共重合性成分の分配率が近い条件であり、共重合性成分を選択すること以外で分級前の重合体の組成分布を狭める方法としては、生成重合体のかさ密度をコントロールすることがあげられる。かさ密度を高めることにより析出相への共重合性成分の吸着量を減らすことができ、また、かさ密度を低めることにより析出相への共重合性成分の吸着量を増やすことができる。かさ密度を高める方法としては、重合触媒である、亜硫酸塩/過硫酸塩の比を小さくすることや仕込み単量体濃度を高めること、連続重合における釜内滞在時間を長くすること、攪拌を強めることがあげられる。ただし、仕込み単量体濃度を高めることは、かさ密度を高めることは出来るが、一方で共重合性成分の析出相への分配率を高める効果もある。かさ密度を低めるためには上述のかさ密度を高める方法の逆条件をとればよい。
【0042】
共重合性成分のγ値が25mN/mより大きい場合は、亜硫酸塩/過硫酸塩の比は0.3以上3.0以下が好ましく、0.5以上1.5以下がより好ましく、0.7以上1.3以下がさらに好ましい。釜内滞在時間は90分以下が好ましく、70分以下がより好ましく、60分以下がさらに好ましい。攪拌動力は0.9KW/m3以上が好ましく、1.5KW/m3以上がより好ましく、1.8KW/m3以上がさらに好ましい。水と単量体の比は1.7以上3.0以下が好ましく、2.0以上2.6以下がより好ましい。
【0043】
共重合性成分のγ値が25mN/mより小さい場合は、亜硫酸塩/過硫酸塩の比は3以上10以下が好ましく、4以上7以下がより好ましい。釜内滞在時間は70分以上が好ましく、80分以上がより好ましく、90分以上がさらに好ましい。攪拌動力は1.5KW/m3以下が好ましく、0.9KW/m3以下がより好ましく、0.7KW/m3以下がさらに好ましい。
【0044】
GPC測定における重合体由来ピーク面積をもとに5質量%ごとに成分を分画する方法としては分取型サイズ排除クロマトグラフィーによる成分分画を用いることが出来る。クロマトグラムにおいて重合体ピークの起点、終点が明確な場合はその起点から終点を結んでベースラインを取り、ピーク面積を算出し5質量%ごとに重合体成分を分画する。重合体ピークの起点、終点が不明確な場合は、ピーク起点付近において一次微分曲線の変化率増加分が0.06mV/sec以上の点を起点、ピーク終点付近において一次微分曲線の変化率増加分が0mV/secとなる点を終点としてベースラインを取り、重合体由来ピークとしてピーク面積を算出し5質量%ごとに重合体成分を分画する。重合体ピークの終点が不明確な場合でピーク終点付近において一次微分曲線の変化率増加分が0mV/secとなる点がない場合は、変化率増加分が0mV/secに最も近い正の値をとる点を終点としてベースラインを取り、重合体由来ピークとしてピーク面積を算出し5質量%ごとに重合体成分を分画する。
【0045】
分画した各成分のMw/Mnは、もととなる重合体の分子量分布に左右される。分画した成分の中心成分のMw/Mnが1.5以下になるようにカラム選定、サンプル濃度調整、塩添加を行う必要がある。カラムの理論段数を増やすことやサンプル濃度を低くすること、塩化リチウム、臭化リチウム、蟻酸、トリフルオロ酢酸などの添加を行うことにより分画した成分のMw/Mnを小さくすることができる。
【0046】
本発明のアクリロニトリル系共重合体を得る方法としては、重合方法は、特に限定はなく、水系析出重合、懸濁重合、溶液重合、乳化重合などの公知の方法を用いることができる。重合方法としては、生産性に優れ、洗浄工程などにより残留する単量体などの不要な成分を少なくすることが可能であることから、水系析出重合が好ましい。
【0047】
連続水系析出重合によりアクリロニトリル系共重合体を得る場合の反応容器としては、アルミニウム製反応容器を使用することが好ましい。アクリロニトリル系共重合体を水系析出重合反応で製造するとき、ステンレス製の反応容器、或いはグラスライニング製の反応容器を使用すると、共重合体の付着によるスケールが生成されるため実質的には連続使用が不可能となる。反応容器としてアルミニウム製反応容器を使用した場合、反応系内は酸性水溶液となっているために、アルミニウム表面が腐食溶解することにより、スケール生成を阻止しているといわれている。
【0048】
重合反応の条件は、アクリロニトリル系共重合体の製造において通常用いられている条件を使用することができる。たとえば重合温度は、20〜80℃が好ましく、40〜70℃がより好ましい。また、pHは、用いる重合開始剤の酸化、還元反応の速度が向上する点から、4以下が好ましく、3.5以下がより好ましい。
【0049】
重合反応を終了させるためには重合停止剤を添加する。上記重合体を水系析出重合で製造する場合の重合停止剤としては、特に限定しないが、キレート剤と重合禁止剤を併用することが好ましい。キレート剤のみでは金属イオンを介さないラジカル発生反応を抑制することができず、重合禁止剤のみでは重合を抑制するために必要な重合禁止剤量が多くなる。
【0050】
キレート剤としてはシュウ酸、クエン酸、エチレンジアミン四酢酸、フィチン酸ニトリロ三酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸等とそれらの塩類、アセチルアセトン、オキシン、2,2’−ジピリジル、o−フェナントロリン等が挙げられ、使用量は反応液のpH、濃度、添加した金属イオン種等によって異なるが、通常は使用した金属イオンに対して2〜10000モル当量使用すればよい。このような範囲であれば、重合を充分に抑制することができ、繊維の物性に悪影響を及ぼさない。
【0051】
重合禁止剤としてはヒドロキノン、p−メトキシフェノール、8−ヒドロキシキノリン、クペロン、チオ尿素、ロダンアンモン、4−アミノアンチピリン、等が挙げられ、使用量は反応液のpH、濃度、添加した重合開始剤量によって異なるが、通常は残存単量体に対して0.01〜10質量%使用すればよい。このような範囲であれば、重合を充分に抑制することができ、繊維の物性に悪影響を及ぼさない。
【0052】
重合後、重合反応により得られたアクリロニトリル系共重合体から、未反応の共重合性成分や重合開始剤等の残査、その他の不純物類を極力のぞくことが、重合体末端の硫酸基の加水分解を抑制できるため好ましい。
【0053】
炭素繊維前駆体アクリル繊維の製造方法は、まず工程(1)として、前述の重合体粒子を、溶剤に分散し溶解して紡糸原液を得る。
【0054】
溶剤としては、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキサイド、γ−ブチロラクトン、硝酸水溶液、チオ硫酸ナトリウム水溶液等を挙げることができる。中でもジメチルアセトアミドが、アクリロニトリル系重合体の溶解性が優れること、かつ紡糸時に凝固状態を制御しやすいことから好ましい。
【0055】
重合体粒子を溶剤に分散する方法としては、撹拌装置を備えたタンク等に、所定量を計量した溶剤を入れ、これに所定量を計量した重合体粒子を投入し、分散液を調製する方法や、溶剤を連続的に流下させ、これに所定量の重合体を投入し分散液を調製する方法等を用いることができる。均一な分散液とするためには、撹拌設備や攪拌条件、温度条件等に注意する必要がある。
【0056】
次いで分散液を加熱して溶解させ、紡糸原液を得る。加熱の方法は、分散液を均一に加熱できればよい。例えば熱交換器、熱媒が循環するジャケット構造、等を有した二軸押出機等を採用することができる。重合体の濃度は、紡糸したときに緻密な凝固糸を得るために、17質量%以上が好ましく、19質量%以上がさらに好ましい。一方で、重合体の溶解性の観点から、重合体濃度は25質量%以下であることが好ましい。
【0057】
次に工程(2)として、前記紡糸原液を紡糸口金から吐出し、溶剤水溶液中で凝固させ、凝固糸条を得る。紡糸方式としては、湿式紡糸法、乾湿式紡糸法が紡糸の生産性の観点、炭素繊維の強度発現性の観点から好ましく用いられる。
【0058】
次に工程(3)として、前記凝固糸条を洗浄し、延伸し、乾燥してアクリル繊維を得る。凝固糸条は、洗浄により脱溶剤する。この際浴中で湿潤状態のまま延伸してもよい。また、油剤付着処理を行うことが好ましい。この後乾燥を行う。また乾燥した後更にスチーム延伸あるいは乾熱延伸等の延伸を施してもよい。
【実施例】
【0059】
以下に本発明を実施例により具体的に説明する。実施例における各測定は以下の方法により実施した。
【0060】
<1.共重合組成比>
ロータリーエバポレーターにより分画した重合体溶液を85℃で濃縮し、85℃で一晩真空乾燥した後、5℃の蒸留水で洗浄して塩化リチウムを除去したものを85℃で一晩真空乾燥した。
【0061】
塩化リチウム除去後の乾燥した分画重合体を4質量%ジメチルスルホキシド溶液に調製し、メタノール1mlを加え遮光し、トリメチルシリルジアゾメタン10%ヘキサン溶液を加え攪拌後一晩静置した。メチルエステル化された分画重合体を5℃の蒸留水中で再沈殿精製し、減圧濾過してろ過物質を回収し、メタノールを加えて洗浄し85℃で一晩真空乾燥した。
【0062】
メチルエステル化後、再沈殿精製・回収・乾燥した分画重合体をジメチルスルホキサイドd6に静置溶解させ0.1質量/vol%に調整し核磁気共鳴分光分析装置Varian製UNITY INOVA 500により80℃積算回数80000回以上で測定しケミカルシフトの積分比から共重合組成を算出した。
【0063】
<2.平均分子量>
東ソー(株)製のGPCシステム HLC−8120を使用し、カラムにはTOSHO TSK−GEL,GHXL、標準物質としてはポリスチレンを用いて、重合体の質量および重量平均分子量を求めた。溶離液には0.01mol/l−塩化リチウムのジメチルホルムアミド溶液を使用し、カラムへの流量は1.0ml/minとし、アクリロニトリル系共重合体の濃度は0.001g/mlとして測定した。平均分子量はポリスチレン換算の値である。
【0064】
<3.極限粘度[η]>
アクリロニトリル系共重合体の25℃のジメチルホルムアミド溶液を用いてオストワルド式粘度計を用いて測定を行った。
【0065】
<4.粒子径>
堀場製作所(株)製のレーザー回折/散乱式粒度分布測定装置 LA−910を用いて、重合体粒子の粒子径を測定した。重合体粒子の分散媒にはイオン交換水を用い、重合体粒子の屈折率は1.14とした。粒子径は、本測定による体積平均換算でのメジアン径を用いて表した。
【0066】
<5.差濾過抵抗>
−15℃に冷却したジメチルアセドアミドに重合体粒子を固形分21質量%で均一に分散した分散液を内径12mmの熱媒を循環可能なジャケット付きの配管に通過させ滞在時間9分で110℃まで加熱して溶解した。この重合体溶液を90%捕集効率5μmの金属不織布のフィルター(日本精線(株)製、ナスロン)に15g/minの濾過流量にて0.1kgと1.1kg通過させた時のそれぞれの圧力損失よりそれぞれの濾過抵抗値(m-1)を求め、その差を差濾過抵抗値とした。差濾過抵抗値が小さいほどフィルターに捕捉される未溶解物が少なく溶解性に優れる。
【0067】
濾過抵抗値は、上記圧力損失の実測値より以下の式に基づき算出した。
【0068】
【数2】

【0069】
ΔP:フィルター前後の圧力損失[Pa]、R:濾過抵抗[m-1]、μ:透過液粘度[Pa・s]、J:濾過流速[m/min]、ug:濾過流量[g/sec]、η:原液密度[g/cm3]、A:濾過面積[cm2]。
【0070】
濾過流速は、0.00239m/min、濾過面積は0.879cm2を用いた。原液密度は、実測することにより求め、1.19g/cm3を用いた。透過液粘度は、差濾過抵抗に用いたものと同じ重合体溶液を200mLの粘度管に入れ、恒温槽中で60℃にて保持し、そこへ鋼球(NTN(株)製、SB1/4TN)を落とし、10cmの区間を通過する時間を測定することにより求めた。
【0071】
<6.分級>
遠心式風力分級機日清エンジニアリング(株)製ターボクラシファイアTC−25Nを使用し、圧縮空気は0.2MPaとし、アクリロニトリル系共重合体の供給速度は15kg/hrとして重合体を分級した。
【0072】
<7.分画>
移動相に0.01mol/l−塩化リチウムのジメチルホルムアミド溶液、日本分析工業(株)製のカラム4H,5H(内径20mm×長さ600mm)×2本を用い、日本分析工業(株)製、分取型サイズ排除クロマトグラフィーLC−9240の装置によりジメチルホルムアミドに溶解させ1質量%に調製した重合体溶液2mlを分画した。カラムへの流量は3.5ml/minとした。検出器には示差屈折計を用いた。
【0073】
クロマトグラムにおいて重合体ピークの起点、終点が明確な場合はその起点から終点を結んでベースラインを取り、ピーク面積を算出し5質量%ごとに重合体成分を分画した。
【0074】
重合体ピークの起点、終点が不明確な場合は、ピーク起点付近において一次微分曲線の変化率増加分が0.06mV/sec以上の点を起点、ピーク終点付近において一次微分曲線の変化率増加分が0mV/secとなる点を終点としてベースラインを取り、重合体由来ピークとしてピーク面積を算出し5質量%ごとに重合体成分を分画した。
【0075】
重合体ピークの終点が不明確な場合でピーク終点付近において一次微分曲線の変化率増加分が0mV/secとなる点がない場合は、変化率増加分が0mV/secに最も近い正の値をとる点を終点としてベースラインを取り、重合体由来ピークとしてピーク面積を算出し5質量%ごとに重合体成分を分画した。上記作業を必要なサンプル量が得られるまで繰り返し行った。
【0076】
〔製造例1〕
容量80リットルのグラスライニングしたステンレス製重合釜であって、2段4枚羽のタービン撹拌翼付き重合釜を用いた。この重合釜中に、脱イオン交換水61.3kg、表1に示した組成比の単量体17.5kgをあらかじめ仕込んだ。次いで、水/単量体質量比3.5の単量体水溶液、単量体に対してレドックス重合開始剤過硫酸アンモニウム0.22質量%、亜硫酸水素アンモニウム0.55質量%、硫酸第一鉄(Fe2SO4・7H2O)0.3ppm、硫酸をそれぞれ脱イオン交換水に溶解し、これらの液を重合釜中に連続的に供給した。反応液のpHを硫酸で3.0になるように調節し、重合反応液温度を50℃に保ち、タービン撹拌翼を160rpmにて撹拌し、平均滞在時間87分になるように、重合釜オーバーフロー口より連続的に重合体水分散液(重合スラリー)を取り出した。得られた重合体の分子量、平均粒子径及び粘度を表2に示した。また共重合成分の組成比を表3に示した。
【0077】
〔製造例2〕
重合条件を表1の記載のように変更した以外は製造例1と同様にして重合体を得た。重合体の分子量、平均粒子径及び粘度を表2に示した。また共重合成分の組成比を表3に示した。
【0078】
〔実施例1〕
製造例1の重合体を遠心式風力分級機日清エンジニアリング(株)製ターボクラシファイアTC−25Nにより、圧縮空気0.2MPa、アクリロニトリル系共重合体の供給速度は15kg/hrで分級し、粒度の大きい方の30体積%を除外した。分級後の重合体の分子量、平均粒子径及び粘度を表2に示した。また共重合成分の組成比を表3に示した。この重合体(分級あり)の分画後の、最も大きい(A)/(B)値を示すフラクションは一番低分子量側のフラクションであった。また分画後の、最も小さい(A)/(B)値を示すフラクションは一番高分子量側のフラクションであった。分画前の差濾過抵抗値、及び、各フラクションの共重合成分の組成比、(A)/(B)値を表4に示した。
【0079】
〔実施例2〕
製造例2の重合体(分級なし)の分画後の、最も大きい(A)/(B)値を示すフラクションは一番低分子量側のフラクションであった。また分画後の、最も小さい(A)/(B)値を示すフラクションは一番高分子量側のフラクションであった。分画前の差濾過抵抗値、及び、各フラクションの共重合成分の組成比、(A)/(B)値を表4に示した。
【0080】
〔実施例3〕
製造例2の重合体を、実施例1と同様にして、分級し、粒度の大きい方の30体積%を除外した。分級後の重合体の分子量、平均粒子径及び粘度を表2に示した。また共重合成分の組成比を表3に示した。この重合体(分級あり)の分画後の、最も大きい(A)/(B)値を示すフラクションは一番低分子量側のフラクションであった。また分画後の、最も小さい(A)/(B)値を示すフラクションは一番高分子量側のフラクションであった。分画前の差濾過抵抗値、及び、各フラクションの共重合成分の組成比、(A)/(B)値を表4に示した。
【0081】
〔比較例1〕
製造例1の重合体(分級なし)の分画後の、最も大きい(A)/(B)値を示すフラクションは一番低分子量側のフラクションであった。また分画後の、最も小さい(A)/(B)値を示すフラクションは一番高分子量側のフラクションであった。分画前の差濾過抵抗値、及び、各フラクションの共重合成分の組成比、(A)/(B)値を表4に示した。
【0082】
【表1】

【0083】
【表2】

【0084】
【表3】

【0085】
【表4】

【0086】
実施例と比較例の結果から明らかなように、アクリロニトリル系共重合体において組成分布を狭めることにより差濾過抵抗値を小さくすることができた。これら実施例の組成分布が均質化した重合体を用いることにより、紡糸時の濾過工程におけるフィルターへの負荷を低減させ製造工程の安定性を向上させることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
GPC測定における共重合体由来のピーク面積に基づいて5質量%ごとに成分を分画した場合、下記の(A)及び(B)で定義される値が1.30>(A)/(B)>0.80なる関係を満たすアクリロニトリル系共重合体:
(A):分画後の各分画におけるアクリロニトリル単位以外の成分の質量比、
(B):分画前の共重合体におけるアクリロニトリル単位以外の成分の質量比。
【請求項2】
アクリロニトリル単位、アクリルアミド単位、及びメタクリル酸単位から構成される請求項1に記載のアクリロニトリル系共重合体。
【請求項3】
アクリロニトリル単位95.0〜99.5質量%、アクリルアミド単位0.5〜5.0質量%、及びメタクリル酸単位0.0〜4.5質量%から構成される請求項1に記載のアクリロニトリル系共重合体。

【公開番号】特開2012−214657(P2012−214657A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−81826(P2011−81826)
【出願日】平成23年4月1日(2011.4.1)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】