説明

炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維及びその製造方法

【課題】結晶サイズが大きく、かつ耐炎化反応時の暴走反応を低減し、さらに耐炎化反応時に高い熱収縮を発現する炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維を提供する。
【解決手段】広角X線回折測定において、2θ=17°近傍に検出されるポリアクリロニトリル(100)反射の半値幅から求めた結晶サイズLaが155Å以上180Å以下であり、等温DSC測定において、測定開始温度が230℃、昇温温度が0.01℃/分の条件で得られる発熱ピーク時間が11.3分以上13分以下に発現し、かつ250℃での等温TMA測定によって得られる第一ピークの収縮応力が、100dtexあたり250mN以上350mN以下である炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種の複合材料において補強繊維材料として利用される炭素繊維束の前駆体である炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維、特に高性能かつ高生産性に優れた炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維と、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は他の繊維に比べて優れた比強度と比弾性率を有し、その軽量性と優れた機械的特性により、複合材料を得る際の補強材として使用されている。従来からのスポーツや航空・宇宙用途に加え、自動車や土木・建築、圧力容器、風車ブレードなどの一般産業用途にも幅広く展開されつつある。
【0003】
また近年、炭素繊維の高性能化と同時に生産性の向上が求められている。生産性向上は、炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維の紡糸、耐炎化あるいは炭素化のいずれの観点からも行われており、炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維の生産性向上については、紡糸速度を上昇させることが考えられる。
【0004】
生産性を向上させるために紡糸速度を高めると延伸性の低下がおこり、糸切れや毛羽が生じるなど生産が不安定化しやすく、紡糸速度を下げると生産は安定するものの生産性が低下する。そのため生産性の向上と生産の安定化の両立が困難であるという問題点があった。
【0005】
また紡糸速度を上げることで延伸斑が起こりやすく、炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維の構造、物性が悪化する懸念がある。高性能かつ高生産性を兼ね備えた炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維を製造するためには、紡糸速度を上げつつ炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維の構造、物性をこれまで以上に保たなければならない。
【0006】
高性能の炭素繊維を得るためには、炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維の延伸条件を制御する必要がある。特許文献1は、溶剤と該溶剤に溶解したアクリロニトリル系重合体とを含む紡糸原液を紡糸して凝固糸を得る紡糸工程、該凝固糸を湿熱延伸する湿熱延伸工程、該延伸した糸を油剤処理する油剤処理工程、該油剤処理した糸を乾燥緻密化する乾燥緻密化工程を有する炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法において、湿熱延伸倍率の値を、(1)湿熱延伸糸膨潤度が最大値あるいは飽和に達する延伸倍率以下にすること、(2)湿熱延伸糸の平均細孔半径が最大値あるいは飽和に達する延伸倍率以下にすること、あるいは、(3)乾燥緻密化直後の繊維配向度が最大値あるいは飽和に達する延伸倍率以下にすることを特徴とする製造方法を開示している。しかしながら、特許文献1に記載の製造方法で紡糸速度を上昇させると、糸切れの低下や毛羽が生じるなど、生産性に問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−183194号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、紡糸速度を向上することで高生産性を実現し、かつ延伸配分を制御することで高強度の炭素繊維を実現する炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維を提供することである。また、結晶サイズが大きく、かつ耐炎化反応時の暴走反応を低減し、さらに耐炎化反応時に高い熱収縮を発現する炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題は、以下の本発明〔1〕及び〔2〕によって解決される。
【0010】
〔1〕広角X線回折測定において、2θ=17°近傍に検出されるポリアクリロニトリル(100)反射の半値幅から求めた結晶サイズLaが155Å以上180Å以下であり、等温DSC測定において、測定開始温度が230℃、昇温速度が0.01℃/分の条件で得られる発熱ピーク時間が11.3分以上13分以下に発現し、かつ250℃での等温TMA測定によって得られる第一ピークの熱収縮応力が、100dtexあたり250mN以上350mN以下である炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維。
【0011】
〔2〕溶剤と前記溶剤に溶解したアクリロニトリル系ポリマーとを含む紡糸原液を紡糸して凝固糸を得る凝固工程、前記凝固糸を冷延伸する冷延伸工程、前記冷延伸した糸を湿熱延伸する湿熱延伸工程、湿熱延伸した糸を乾燥緻密化する乾燥緻密化工程を有する炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法であって、冷延伸倍率と湿熱延伸倍率の積が3倍以上5倍未満であり、最終巻取り時の紡糸速度Qが120m/分以上180m/分以下であり、かつ以下の〔A〕または〔B〕の要件を満たす、前記〔1〕の炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法:
〔A〕冷延伸倍率と湿熱延伸倍率の積が4倍以上5倍未満のときは、凝固糸巻取り時の紡糸速度Pと最終巻取り時の紡糸速度Qの比(Q/P)が13倍以上18倍以下、
〔B〕冷延伸倍率と湿熱延伸倍率の積が3倍以上4倍未満のときは、凝固糸巻取り時の紡糸速度Pと最終巻取り時の紡糸速度Qの比(Q/P)が12.5倍以上18倍以下。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、最終巻取り時の紡糸速度を上げて、かつ延伸配分を最適に制御することにより、結晶サイズが大きく、かつ耐炎化反応時の暴走反応を低減し、さらに耐炎化反応時に高い熱収縮を発現する炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維が提供される。加えてこの炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維を好適に製造することのできる製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の前駆体繊維を製造するための紡糸口金の一例を示す図である。
【図2】本発明の前駆体繊維を製造するためのノズルパックの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維(以下単に「前駆体繊維」という場合がある。)の結晶サイズLaが大きくなると、炭素繊維の結晶サイズも大きくなることから、高強度・高弾性の炭素繊維を得ることができる。この観点から、本発明の前駆体繊維は、広角X線回折測定において2θ=17°近傍に検出されるポリアクリロニトリル(100)反射の半値幅から求めた結晶サイズLaが155Å以上180Å以下である。
【0015】
さらに耐炎化時の発熱反応を緩やかにすることで、耐炎化工程の安定性を確保することができる。この観点から、本発明の前駆体繊維は、等温DSC測定において、測定開始温度が230℃、昇温速度が0.01℃/分の条件で得られる発熱ピーク時間が11.3分以上13分以下に発現するものである。
【0016】
また耐炎化反応時の熱収縮応力が大きくなると、定長に保持していても分子鎖の配向が良くなり、その結果高強度の炭素繊維が得られる。この観点から、本発明の炭前駆体繊維は、250℃での等温TMA測定によって得られる第一ピークの熱収縮応力が、100dtexあたり250mN以上350mN以下である。
【0017】
かかる前駆体繊維は、以下の本発明の製造方法により好適に得ることができる。
【0018】
〔アクリロニトリル系ポリマー〕
本発明の前駆体繊維に用いるアクリロニトリル系ポリマーとしてはアクリロニトリルのホモポリマー及び/又は他のモノマーとの共重合体を挙げることができる。この場合、炭素化を良好に行う目的で共重合体中のアクリロニトリル単位の含有量は90質量%以上であることが好ましく、炭素繊維にした時の共重合成分に起因する欠陥点を少なくし、炭素繊維の品位並びに性能を向上させる目的からアクリロニトリル単位の含有量は95質量%以上であることがより好ましい。
【0019】
アクリロニトリル系ポリマーの共重合成分モノマーとしては、特に制限はないが、例えばアクリル酸メチル、アクリル酸エチルなどに代表されるアクリル酸エステル類;メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチルなどに代表されるメタクリル酸エステル類;アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸、アクリルアミド、スチレン、ビニルトルエンなどに代表される不飽和モノマー類;メタリルスルホン酸、アリルスルホン酸、スチレンスルホン酸及びこれらのアルカリ金属類などが挙げられる。これらは、1種でもよく、2種以上でもよい。
【0020】
アクリロニトリルと共重合可能な他のモノマーとして、炭素化工程における環化反応を促進する目的で、カルボン酸基を有するモノマーやアクリルアミドを用いることが好ましい。カルボン酸基を有するモノマーとしては、メタクリル酸やイタコン酸が好ましい。溶剤に対する溶解性の向上の観点から、アクリロニトリル系ポリマーを構成する全構成単位のうち、アクリルアミドから誘導される構成単位が1質量%以上含まれていることが好ましく、1.5質量%以上がより好ましい。
【0021】
アクリロニトリル系ポリマーは、溶液重合、懸濁重合など公知の重合方法より得ることができる。重合により得られたアクリロニトリル系ポリマーを含む反応生成物に対して、未反応モノマーや重合触媒残渣、その他の不純物類を極力除く処理を施すことが好ましい。また、紡糸する際の延伸性や炭素繊維の性能発現性等の点から、アクリロニトリル系ポリマーの重合度は、極限粘度[η]が1.0以上であることが好ましく、1.4以上であることがより好ましい。ただし、通常は、極限粘度[η]が2.0を超えない範囲のものが使用される。
【0022】
〔溶剤〕
上記のアクリロニトリル系ポリマーを溶剤に溶解して、紡糸原液とする。溶剤としては、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドなどの有機溶剤や、塩化亜鉛、チオシアン酸ナトリウムなどの無機化合物の水溶液が使用できる。作製される繊維中に金属を含有せず、また、工程が簡略化されるという点で有機溶剤が好ましい。有機溶剤の中でも緻密性が高い凝固糸が得られるという点で、ジメチルアセトアミドを溶剤に用いることがより好ましい。紡糸した際に、緻密な凝固糸を得るために、紡糸原液中のアクリロニトリル系ポリマー濃度は17質量%以上が好ましく、19質量%以上がより好ましい。前記アクリロニトリル系ポリマー濃度の上限は、用いるアクリロニトリル系ポリマーの重合度にもよるが、適度な粘度および流動性を有する紡糸原液とするために、通常25質量%を超えない範囲が好ましい。紡糸原液を紡糸して凝固糸を得る紡糸法は、湿式紡糸法でも乾湿式紡糸法でもよい。通常、より生産性を高くしたい場合は湿式紡糸法が用いられる。
【0023】
[凝固工程]
湿式紡糸法における紡糸工程は、まず前記の紡糸原液を、円形断面を有する紡糸口金より凝固浴中に吐出して凝固糸とする。紡糸口金の孔の数については特に制限はないが、一般的に2000〜50000個の孔を有する紡糸口金が用いられる。
【0024】
紡糸口金については、ノズル孔径Dは0.03〜0.10mmのものが好ましい。さらに高速紡糸では凝固糸の延伸性を確保するため高吐出、高引取り速度、高せん断の紡糸が必要であり、ノズル孔径Dは0.03〜0.06mmであることがより好ましい。
【0025】
また紡糸する際に使用する紡糸口金は、図1に示したようにノズル孔径D(1)とノズルに垂直に設けられた原液導入流路の長さL(2)との比(L/D)が、1.0〜3.0であることが好ましい。さらに高速紡糸では凝固糸の延伸性を確保するため高吐出、高引取り速度、高せん断の紡糸が必要であり、この高速紡糸をする際にはL/Dは1.0〜2.0であることがより好ましい。
【0026】
紡糸スタートアップ時には、ノズルパックを構成する部材の洗浄、乾燥を行って、ノズルパックの組立てを行うことが好ましい。
【0027】
洗浄はまず溶剤、溶剤水溶液、水を用いてノズルパックを構成する各部材を洗浄し、紡糸原液を取り除く。ついで、液体成分を完全に除去するために各部材を乾燥機で乾燥させる。本発明においてノズルパックを構成する部材には、紡糸口金、濾過媒体、口金ホルダー、多孔板、ノズルパック上蓋、分配板、パッキンが含まれる。溶剤洗浄だけでは、十分に洗浄効果が得られない場合には、水中において超音波洗浄を行う。さらに紡糸口金に関しては孔を閉塞させる重合残渣物を除くために高圧流体洗浄を行う。その後、空気清浄度クラス1000以下の環境内にて超純水洗浄を行う。空気清浄度クラス100以下の環境内である事がより望ましい。
【0028】
また、本発明における超純水とは、10ml中に粒子径0.01mm以上の異物が1個以下存在する液体(液中微粒子計によって測定)をいうが、更なる効果を望むならば、10ml中に粒子径0.001mm以上の異物が1個以下である液体が望ましい。また、洗浄液としては水以外の液体を使用することができる。
【0029】
また、洗浄方法としては例えば、ノズル部品に対して上部から水を掛け流す方法が挙げられるが、他の洗浄方法を採用することもできる。
【0030】
洗浄後、ノズルパックを構成する部材に下記の数式(1)に当てはまる量の超純水をノズルパック上部から掛け流し、かかる水の内から10mlを液中微粒子計によって5回測定する。5回の測定の平均値として紡糸口金の孔径に対し4分の1以上の粒子径を有する異物が10個/ml以下、かつ5回の測定結果においていずれも、紡糸口金の孔径に対し2分の1以上の粒子径を有する異物が0個となるまで、洗浄操作を繰り返す。この際、洗浄効果を大きくするためには、紡糸口金の孔径に対し4分の1以上の粒子径を有する異物を5個/10ml以下まで洗浄する事が望ましい。
【0031】
【数1】

【0032】
上記洗浄後にノズルパック構成部材を空気清浄度クラス1000以下の環境内で風乾させる。空気清浄度クラス100以下の環境内で風乾する事がより望ましい。
【0033】
この時、乾燥時間が長すぎると異物の付着量が増える危険があるため、複雑な構造ゆえに風乾が遅くなりがちな紡糸口金、濾過部材に関しては時間をかけて風乾させるよりも、洗浄液体に対して親和性の高い揮発性有機溶剤で置換しておき、乾燥時間を短縮させるのが望ましい。乾燥時間を短縮させるには、熱をかけて揮発を促進させるか、洗浄液体に水を使用するならばアセトン、メタノールのような親水性と揮発性の高い溶剤を使うこと、ならびに、1ml中に粒子径0.01mm以上の異物が1個以下存在する液体(液中微粒子計によって測定)である液体が望ましい。
【0034】
ノズルパック構成部材をそのまま空気清浄度クラス1000以下の環境において、組立てノズルパック10とした後、ノズルパックの口金表面にキャップ6を取り付け、さらに紡糸原液導入配管との接続口にフィルム9をかける。組立て環境としては空気清浄度クラス100以下の環境内である事が望ましい。キャップ、フィルムは構造、材料は特に限定はされず、口金表面、接続口を外気から遮断できればよい。次いで、ノズルパック10を取り付け位置に移し、前記フィルム9を取り、接続口7を紡糸原液導入配管8に接続する。そして紡糸原液導入配管8からノズルパック10に紡糸原液を導入して紡糸を開始する。キャップ6は接続口7を紡糸原液導入配管8に接続した後に口金表面から外す。本発明の製法は製造工程を安定化できるのみならず、得られる炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維の糸切れ、毛羽などの欠陥を非常に少なくでき、特にノズル孔径が小さくなるほど好適である。
【0035】
凝固浴には、紡糸原液に用いられる溶剤を含む水溶液が好適に使用される。ノズル孔より吐出される紡糸原液が所望の繊維径の凝固糸となるように、含まれる溶剤の濃度を調節する。使用する溶剤の種類にも依存するが、例えば、ジメチルアセトアミドあるいはジメチルホルムアミドを使用する場合、その濃度は50〜80質量%に選択することが好ましく、60〜70質量%がより好ましい。
【0036】
凝固浴に吐出される直前の紡糸原液の温度は、高すぎるとポリマー同士が架橋して高温ゲル化を誘発し、低すぎると粘度が上昇して紡糸できなくなるため、好ましくは40〜80℃、より好ましくは50〜70℃である。凝固浴の温度は、凝固糸の緻密性を高くするという観点からは低い方が好ましい。しかしながら、湿式紡糸の場合、凝固浴の温度を下げすぎると凝固糸巻取り時の紡糸速度が低下し、全体的な生産性が低下する点を考慮して、通常50℃以下とされ、より好ましくは20℃以上40℃以下の範囲とされる。
【0037】
[冷延伸工程、湿熱延伸工程]
上記凝固糸は続いて冷延伸、湿熱延伸が施される。本発明で言う冷延伸とは凝固浴を出た直後から湿熱延伸直前までになされる延伸を指し、湿熱延伸とは冷延伸直後から乾燥緻密化直前までになされる延伸を指す。従って冷延伸倍率とは、凝固浴上がりと湿熱延伸直前の糸の速度比で定義され、湿熱延伸倍率とは湿熱延伸直前と乾燥緻密化を行う前の糸の速度比で定義される。
【0038】
冷延伸工程は通常、空気中、常温で行われる。湿熱延伸工程は例えば温水中で行われる。温水温度は単糸同士が融着しない範囲で、できるだけ高温にすることが効果的である。この観点から、延伸浴の温度は70℃以上98℃以下の高温とすることが好ましい。
【0039】
[油剤処理工程、乾燥緻密化工程]
湿熱延伸、洗浄後、繊維表面には、公知の方法によって油剤処理を施す。油剤の種類は特に限定されないが、アミノシリコーン系界面活性剤が好適に使用される。この油剤処理後、乾燥緻密化が行われる。この乾燥緻密化の温度は、繊維のガラス転移温度を超える温度に選択する。ガラス転移温度は、繊維自体の状態が、実質的には含水状態から乾燥状態へと変化することによって異なることもあり、温度が100〜200℃程度の加熱ローラを用いる方法が好ましい。
【0040】
[後延伸工程]
乾燥緻密化後、前駆体繊維を所望の繊維径とするため、後延伸工程を設けることが望ましい。この後延伸では熱板などを利用する乾熱延伸、あるいは加圧スチーム中で延伸するスチーム延伸法が用いられる。加圧スチーム処理装置での延伸は、水の可塑化効果により、繊維における分子鎖の可動状態をより多くできる点で好ましい。
【0041】
加圧スチーム処理装置は、一定方向に走行する糸を加圧スチームにより処理する加圧スチーム処理部と、前記加圧スチーム処理部の前後から延びる2つのラビリンスシール部とを具備することが好ましい。装置内部からの加圧スチームの漏出を抑え、スチーム延伸での延伸性を確保するためである。
【0042】
加圧スチーム処理装置は、一定方向に走行する糸を加圧スチームにより処理する加圧スチーム処理部と、前記加圧スチーム処理部の前後から延びる2つのラビリンスシール部とを具備し、前記ラビリンスシール部が、前記ラビリンスシール部の内壁面から糸に向かって直角に延びる板片からなるラビリンスノズルを複数有する加圧スチーム処理装置であることが好ましい。高速紡糸でも毛羽や糸切れなどの発生を抑え、高品質な前駆体繊維を製造するためである。また、ラビリンスノズルの内壁面からの延設長さLと、隣接するラビリンスノズル間のピッチPとの比(L/P)が0.3未満であり、前記板片の厚みが3mm以下であることがより好ましい。また、前記ピッチPは16〜29mmであり、前記長さLが3mm以上であることが好ましい。
【0043】
繊維の結晶性に優れ、かつ耐炎化反応が制御しやすい前駆体繊維を得るためには、糸の巻取り速度は以下の要件を満たすことが好ましい。即ち、〔A〕冷延伸倍率と湿熱延伸倍率の積が4倍以上5倍未満のときは、凝固糸巻取り時の紡糸速度Pと最終巻取り時の紡糸速度Qの比(Q/P)が13倍以上18倍以下である。また〔B〕冷延伸倍率と湿熱延伸倍率の積が3倍以上4倍未満のときは、凝固糸巻取り時の紡糸速度Pと最終巻取り時の紡糸速度Qの比(Q/P)が12.5倍以上18倍以下である。
【0044】
尚、最終巻取り時の紡糸速度とは、後延伸工程等の製造工程の最も後の工程における紡糸速度である。
【0045】
さらに耐炎化反応時の熱収縮応力が大きくなると、定長に保持していても分子鎖の配向が良くなり、その結果高強度の炭素繊維が得られると考えられる。この観点から、最終巻取り時の紡糸速度を120m/分以上180m/分以下にすることが必要である。また生産性の観点から、最終巻取り時の紡糸速度を180m/分以下にすることが必要である。
【0046】
以上に説明したように、溶剤とこの溶剤に溶解したアクリロニトリル系共ポリマーを含む紡糸原液を紡糸して凝固糸を得る凝固工程、冷延伸工程、湿熱延伸工程、油剤処理工程、乾燥緻密化工程、スチーム延伸工程を有する炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維の製造工程において、トータル延伸倍率、冷延伸倍率、湿熱延伸倍率の配分を前述した範囲に制御し、最終巻取り時の紡糸速度を120m/分以上180m/分以下にすることで、高性能、高生産性に優れた前駆体繊維を得ることができる。
【実施例】
【0047】
以下に、実施例により本発明をより具体的に説明する。
【0048】
本発明を記載する際に利用される、炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維の各種物性、具体的には「結晶サイズLa」、「DSCでの発熱ピーク時間」、及び「熱収縮応力」に関してその評価方法を予め説明する。
【0049】
〔結晶サイズLa〕
前駆体繊維を50mm長に切断し、これを12mg精秤採取し、試料繊維軸が平行になるように引き揃えた繊維束を広角X線回折試料台に固定した。X線源として、リガク社製のCuKα線(Niフィルター使用)X線発生装置を用い、同じくリガク社製ゴニオメーターにより、透過法によってポリアクリロニトリル(100)反射に相当する2θ=17°近傍の回折ピークをシンチレーションカウンターにより検出した。出力は50kV−300mAにて測定した。回折ピークにおける半値幅から下記の式を用いて結晶サイズLaを求めた。
【0050】
【数2】

【0051】
式中、Kはシェラー定数0.9、λは用いたX線の波長1.5418Å、θはブラッグの回折角、βは観測されたピークの半値幅である。測定は試験数3で行い、その平均を取った。
【0052】
〔DSCでの発熱ピーク時間〕
前駆体繊維を2〜3mm程度に切断し、これを5mg程度精秤採取しサンプル容器に入れ測定を行った。DSC測定はDSC220(セイコーインスツルメンツ株式会社製)を用いて行った。等温測定は測定開始温度を230℃、昇温速度を0.01℃/分として、60分測定を行い、ピークが頂点に達した時間を、発熱ピーク時間とした。測定は試験数2で行い、その平均を取った。
【0053】
〔TMAでの熱収縮応力〕
前駆体繊維を100mmに切断し、これを質量が1〜2mgになるように取り分けた。これを試験長が10mmになるように測定治具で挟んだ。熱機械測定はTMA/SS−6100(セイコーインスツルメンツ株式会社製)を用いて行った。測定治具で挟んだ繊維(試料)を温度295℃の炉内に入れると同時にTMA測定を開始し、20分間測定した。3〜5分後に発現した第一ピークを熱収縮応力とした。最終的な試料温度は250℃であった。測定は試験数2で行い、その平均を取った。
【0054】
(実施例1)
アクリロニトリル96質量%、メタクリル酸1質量%、アクリルアミド3質量%で共重合したアクリル系ポリマーを、ジメチルアセトアミドに溶解して紡糸原液(原液濃度21%、原液温度60℃)を調製した。この紡糸原液を、ノズル孔径Dを0.050mm、ノズル面に垂直に設けられた原液導入流路の長さLとの比L/Dを1.0、孔数12000の紡糸口金を用いて、温度38℃、濃度67%のジメチルアセトアミド水溶液に吐出し凝固糸とした。この凝固糸を1.3倍で冷延伸した。次に65℃の温水中で延伸し、続いて95℃の温水中で延伸する多段延伸法により湿熱延伸した。湿熱延伸倍率は3.7倍とした。
【0055】
次いで湿熱延伸後の繊維束を、アミノシリコーン系油剤の1質量%を含む水溶液中に浸漬して油剤処理を施した後、180℃の加熱ローラーに接触させて乾燥緻密化した。続いてスチーム圧が280kPaの加圧スチーム処理装置で延伸して前駆体繊維を得た。このスチーム延伸工程における延伸倍率は3.4倍とした。凝固糸巻取り時の紡糸速度Pと最終巻取り時の紡糸速度Qの比(Q/P)は16.5倍、最終巻取り時の紡糸速度は160m/分である。得られた前駆体繊維の結晶サイズLa、発熱ピーク時間、熱収縮応力を表1に示す。また表1には製造条件も合わせて示す。
【0056】
(実施例2及び3並びに比較例1〜3)
前駆体繊維の製造条件を表1に示す条件とした。それ以外は実施例1と同様の製造条件で前駆体繊維を製造した。得られた前駆体繊維の結晶サイズLa、発熱ピーク時間、熱収縮応力を表1に示す。
【0057】
【表1】

【符号の説明】
【0058】
1 ノズル口径(D)
2 紡糸原液導入流路の長さ
3 口金
4 口金ホルダー
5 ノズルパック上蓋
6 キャップ
7 接続口
8 紡糸原液導入配管
9 フィルム
10 ノズルパック

【特許請求の範囲】
【請求項1】
広角X線回折測定において、2θ=17°近傍に検出されるポリアクリロニトリル(100)反射の半値幅から求めた結晶サイズLaが155Å以上180Å以下であり、等温DSC測定において、測定開始温度が230℃、昇温速度が0.01℃/分の条件で得られる発熱ピーク時間が11.3分以上13分以下に発現し、かつ250℃での等温TMA測定によって得られる第一ピークの熱収縮応力が、100dtexあたり250mN以上350mN以下である炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維。
【請求項2】
溶剤と前記溶剤に溶解したアクリロニトリル系ポリマーとを含む紡糸原液を紡糸して凝固糸を得る凝固工程、前記凝固糸を冷延伸する冷延伸工程、前記冷延伸した糸を湿熱延伸する湿熱延伸工程、湿熱延伸した糸を乾燥緻密化する乾燥緻密化工程を有する炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法であって、冷延伸倍率と湿熱延伸倍率の積が3倍以上5倍未満であり、最終巻取り時の紡糸速度Qが120m/分以上180m/分以下であり、かつ以下の〔A〕または〔B〕の要件を満たす請求項1に記載の炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法:
〔A〕冷延伸倍率と湿熱延伸倍率の積が4倍以上5倍未満のときは、凝固糸巻取り時の紡糸速度Pと最終巻取り時の紡糸速度Qの比(Q/P)が13倍以上18倍以下、
〔B〕冷延伸倍率と湿熱延伸倍率の積が3倍以上4倍未満のときは、凝固糸巻取り時の紡糸速度Pと最終巻取り時の紡糸速度Qの比(Q/P)が12.5倍以上18倍以下。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−188789(P2012−188789A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−54972(P2011−54972)
【出願日】平成23年3月14日(2011.3.14)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】