説明

炭素繊維用サイジング剤、炭素繊維束及び炭素繊維束の製造方法

【課題】炭素繊維へのサイジング処理の際の工程安定性に優れた、ポリプロピレンなどの熱可塑性樹脂と炭素繊維との複合材料に用いられる炭素繊維用サイジング剤を提供すること。
【解決手段】共重合ポリオレフィンと、グリコールエーテル系化合物とを含有し、該グリコールエーテル系化合物の20℃での水への溶解度が0〜100gであり、かつ該グリコールエーテル系化合物の含有量が、該共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対して15〜2000重量部である炭素繊維用サイジング剤とすること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維用サイジング剤、該サイジング剤を付与した炭素繊維束、及びに該炭素繊維束の製造方法に関する。特にポリプロピレンなどの熱可塑性樹脂と炭素繊維との複合材料に用いられる炭素繊維用サイジング剤、該サイジング剤を付与した炭素繊維束、及びに該炭素繊維束の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、樹脂の強度を高め、同時に樹脂が炭素繊維の脆弱破壊を緩衝するために、樹脂との複合材料として多くの応用が行なわれている材料である。複合化するとき、炭素繊維と樹脂とが強い接着界面を持つことにより、そのメリットは大きくなる。一方、炭素繊維をそのまま使用すると、炭素繊維は多数本の極細フィラメントで構成されていることから、伸度が小さく機械的摩擦などによって毛羽が発生しやすい。
これらの問題を改善するため、樹脂との複合化の際のマトリックス樹脂との接着性を向上させ、且つ、炭素繊維の収束性・取扱性を向上させる目的で、炭素繊維にサイジング剤を付与するのが一般的である。
【0003】
炭素繊維との複合化に用いられる樹脂には、熱硬化性樹脂と熱可塑性樹脂があり、これまで一般に広く応用されてきた炭素繊維複合材料は、熱硬化性樹脂のエポキシ樹脂を用いたものであった。
例えば、特許文献1には、常温で液体のビスフェノールA型エポキシ樹脂、常温で固形状のビスフェノールA型エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ステアリン酸を必須成分としたサイジング剤が提案されている。しかし、これらは熱硬化性樹脂のためのサイジング剤であり、熱硬化性樹脂自体は硬化するまでに長い加熱時間が必要となり、一度硬化したものはリサイクルや加工の観点から問題があった。
【0004】
一方、炭素繊維複合材料のマトリックス樹脂として熱可塑性樹脂を用いることにより、上述の加熱時間や加工の問題が解決されるものの、熱硬化性樹脂用に開発されたサイジング剤を塗布した炭素繊維を熱可塑性樹脂と複合化させても、炭素繊維と熱可塑性樹脂との接着性が不十分となり、得られる炭素繊維複合材料は十分な強度が得られない。
そこで、熱可塑性樹脂を用いた炭素繊維複合材料用のサイジング剤として、これまでに多くの提案がなされている。例えば、特許文献2には、ポリウレタンで被覆処理された炭素繊維及び当該炭素繊維と熱可塑性樹脂とからなる炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物が提案されている。この提案によれば、炭素繊維の取扱性の向上、並びに炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の機械的特性の向上が図れることが開示されている。しかしながら、ここで用いられる熱可塑性樹脂は、ポリアミドやポリカーボネートのような極性の高い樹脂であり、これら従来技術に開示されたサイジング剤を付与した炭素繊維をポリプロピレンのような低極性の熱可塑性樹脂と複合化させても、得られる炭素繊維複合材料は十分な強度が得られない。
【0005】
特許文献3には、酸及び/又は酸無水物を共重合成分として含有する共重合ポリオレフィンを炭素繊維のサイジング剤として使用することにより、安価で軽量化に大きく寄与する熱可塑性樹脂であるポリプロピレンとの接着性が向上することが開示されている。
しかしながら、共重合ポリオレフィン若しくは共重合ポリオレフィンを主成分とするエマルジョンあるいは溶液などをサイジング剤として炭素繊維に付与してみると、サイジング処理に用いられる各種装置などにサイジング剤が固着しやすく、工程が不安定となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−197381号公報
【特許文献2】特開昭58−126375号公報
【特許文献3】特開2006−124847号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、炭素繊維へのサイジング処理の際の工程安定性に優れた、ポリプロピレンなどの熱可塑性樹脂と炭素繊維との複合材料に用いられる炭素繊維用サイジング剤、ならびに該サイジング剤を付与した炭素繊維束を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、共重合ポリオレフィンにグリコールエーテル系化合物を添加することにより、標記課題を解決できることを見出した。すなわち、本発明は、共重合ポリオレフィンと、グリコールエーテル系化合物とを含有し、該グリコールエーテル系化合物の20℃での水への溶解度が0〜100gであり、かつ該グリコールエーテル系化合物の含有量が、該共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対して15〜2000重量部である炭素繊維用サイジング剤を提供する。
【0009】
本発明で用いられるグリコールエーテル系化合物は、プロピレングリコール系グリコールエーテル化合物とするのが好ましい。
また、本発明で用いられる共重合ポリオレフィンは、芳香族ビニル化合物と酸及び/又は酸無水物とを共重合成分として含有するのが好ましい。
さらに、本発明において、前記グリコールエーテル化合物の20℃での水への溶解度と、共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対するグリコールエーテル系化合物の含有量と、が下記式を充足するのが好ましい。
A≧11.167×B+22.22
(Aは、共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対するグリコールエーテル系化合物の含有量/重量部であり、Bは、グリコールエーテル系化合物の20℃での水への溶解度/gである。)
【0010】
本発明は、上述の炭素繊維用サイジング剤を炭素繊維表面に付与してなる炭素繊維束を提供する。
また、本発明は、上述の炭素繊維用サイジング剤を炭素繊維表面に付与する工程と、サイジング処理した炭素繊維を乾燥させる工程と、を含む炭素繊維束の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、炭素繊維へのサイジング処理の際の工程安定性に優れた、ポリプロピレンなどの熱可塑性樹脂向けの炭素繊維用サイジング剤を提供することができる。本発明のサイジング剤を用いることで、ポリプロピレンなどの熱可塑性樹脂と炭素繊維との複合材料に用いられる炭素繊維束を好ましく得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施例における各グリコールエーテル化合物の20℃における水への溶解度に対する○評価に要するグリコールエーテル系化合物の最小添加量をプロットした図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明の実施の形態について順次説明する。
<共重合ポリオレフィン>
本発明の炭素繊維用サイジング剤を構成する共重合ポリオレフィンは、具体的には脂肪族ポリオレフィンを主成分とし、それとの共重合成分を有するものである。脂肪族ポリオレフィンの種類は特に限定されず、非変性ポリオレフィンの他、塩素化ポリオレフィン、酸変性ポリオレフィン、アミノ変性ポリオレフィン、などが挙げられる。また、ポリオレフィンとの共重合成分は特に限定されず、芳香族ビニル化合物、アクリル酸エステル系化合物、酸及び/又は酸無水物など、ポリオレフィンと共重合可能であればよい。具体的には、スチレン、メチルスチレン、塩化ビニル、酢酸ビニル、アクリル酸、メタアクリル酸などである。特に、共重合成分として芳香族ビニル化合物と酸及び/又は酸無水物を含有する共重合ポリオレフィンが、炭素繊維とポリプロピレンの複合材料としたときに、高い接着強度を示すことから好ましい。
【0014】
すなわち共重合ポリオレフィンとして、芳香族ビニル化合物と酸及び/又は酸無水物とを共重合成分として含有する共重合ポリオレフィンが好ましい。芳香族ビニル化合物と酸及び/又は酸無水物とを共重合成分として含有する共重合ポリオレフィンとしては、プロピレン−芳香族ビニル化合物−酸及び/又は酸無水物共重合体、プロピレン−α−オレフィン−芳香族ビニル化合物−酸及び/又は酸無水物共重合体、エチレン−芳香族ビニル化合物−酸及び/又は酸無水物共重合体、エチレン−α−オレフィン−芳香族ビニル化合物−酸及び/又は酸無水物共重合体、1−ブテン−芳香族ビニル化合物−酸及び/又は酸無水物共重合体、および1−ブテン−α−オレフィン−芳香族ビニル化合物−酸及び/又は酸無水物共重合体からなる群から選ばれる少なくとも1種であるのが好ましい。
【0015】
ここで、プロピレン−α−オレフィン−芳香族ビニル化合物―酸及び/又は酸無水物共重合体とは、プロピレンを主体としてこれとα−オレフィン、芳香族ビニル化合物−酸及び/又は酸無水物を共重合したものである。α−オレフィンとしては、例えば、エチレン、1−ブテン、1−ペンテン、1−ヘキセン、1−ヘプテン、1−オクテン、4−メチル−1−ペンテンなど、炭素原子数2又は4〜20のαオレフィンが挙げられる。
【0016】
芳香族ビニル化合物は、一般式
ArCH=CH
(Ar:炭素数6〜15の芳香族基)
で表されることが好ましい。
【0017】
炭素数6〜15の芳香族基としては、例えば、フェニル基、ナフチル基、ビフェニリル基、フェナントリル基などのアリール基、メチルフェニル基、ジメチルフェニル基、メチルナフチルなどのアルキルアリール基、メトキシフェニル基、ブトキシフェニル基などのアルコキシアリール基、トリメチルシリロキシフェニル基などのシリロキシフェニル基、ブロモフェニル基、クロロフェニル基、フルオロフェニル基などのハロゲン化フェニル基などが挙げられる。芳香族ビニル化合物の具体例としては、スチレン、メチルスチレン、メトキシスチレン、ブトキシスチレン、トリメチルシリロキシスチレン、ジビニルベンゼン、クロロスチレンなどのスチレン類、ビニルナフタレン、ビニルビフェニル、ビニルフェナンスレンなどが挙げられる。これらのうちスチレン、メチルスチレン、ビニルナフタレンが好ましい。
【0018】
共重合ポリオレフィンにおけるオレフィンと芳香族ビニル化合物の共重合比は、モル比で表すとオレフィン100に対し芳香族ビニル化合物が0.1〜10であることが好ましい。モル比が0.1より小さいと、炭素繊維束とポリプロピレン樹脂との接着性が低下する傾向になる。また、モル比が10を超えると、共重合ポリオレフィン中のポリオレフィン含量が相対的に減少するために、炭素繊維とポリプロピレン樹脂との接着性が低下することがある。より好ましくはモル比でオレフィン100に対し芳香族ビニル化合物が1〜5である。
【0019】
オレフィンは、プロピレン、及び/又はプロピレンとα−オレフィンの共重合であることが好ましいここでプロピレンとα−オレフィンの共重合比に特に限定はないが、好ましくはモル比でプロピレン100に対しα−オレフィン2〜200である。より好ましくはプロピレン100に対しαオレフィン10〜150である。更に好ましくは、プロピレン100に対しα−オレフィン20〜100である。プロピレン成分の含有比が多いほど、ポリプロピレン樹脂などの熱可塑性樹脂基材に対する親和性が高まる傾向にある。
【0020】
酸及び/又は酸無水物は、カルボン酸及びその酸無水物からなる群から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。カルボン酸としては、例えば、マレイン酸、フマル酸、シトラコン酸、メサコン酸などの不飽和ジカルボン酸、酸無水物としては、例えば、無水マレイン酸、無水イタコン酸、無水シトラコン酸などが挙げられる。これらの中でも無水マレイン酸、無水イタコン酸が好ましい。酸及び/又は酸無水物変性としては、具体的にはオレフィンと芳香族ビニル化合物の共重合体に、カルボキシル機などの有機酸基を有する成分を更にグラフト共重合させることが好ましい。なかでもオレフィンと芳香族ビニル化合物の共重合体に、不飽和ジカルボン酸及びその酸無水物からなる群より選ばれる少なくとも1種をグラフト共重合させることが好ましい。
【0021】
すなわち、本発明における共重合ポリオレフィンは、プロピレン−芳香族ビニル化合物共重合体及び/又はプロピレン−α−オレフィン−芳香族ビニル化合物共重合体に対し、不飽和ジカルボン酸及びその酸無水物からなる群より選ばれる少なくとも1種をグラフト共重合した化合物であることが特に好ましい。
さらにこの場合の共重合ポリオレフィンにおけるオレフィンと酸及び/又は酸無水物の共重合比は、モル比で表すとオレフィン100に対し酸及び/又は酸無水物が0.01〜5であることが好ましく、0.1〜2がより好ましい。
【0022】
<グリコールエーテル系化合物>
本発明の炭素繊維用サイジング剤を構成するグリコールエーテル系化合物は、20℃における水への溶解度が、0〜100gであるものである。また、本発明の炭素繊維用サイジング剤におけるグリコールエーテル系化合物の含有量は、本発明で用いられる共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対して15〜2000重量部である。ここで、本発明における20℃における水への溶解度とは、20℃に保たれた水100gに溶けることのできる量(g)をいう。
【0023】
本発明で用いられる共重合ポリオレフィンに上記のグリコールエーテル系化合物を添加することにより、サイジング剤を入れる浴や、塗布に用いられるローラーなどの炭素繊維のサイジング処理の工程で用いられる各種装置などへのサイジング剤の固着が抑制され、工程安定性が向上する。
【0024】
本発明において、20℃における水への溶解度が小さいグリコールエーテル系化合物ほど、要するグリコールエーテル系化合物の含有量は小さくなる傾向にある。
用いられるグリコールエーテル系化合物の20℃における水への溶解度は、好ましくは0〜30gである。グリコールエーテル系化合物の20℃における水への溶解度が好適な範囲であれば、本発明で用いられる共重合ポリエステルに対して十分少量でローラーなどへの固着を抑制することができる。また、グリコールエーテル系化合物の含有量の下限は、本発明で用いられる共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対して25重量部以上とするのが好ましい。また、グリコールエーテル系化合物の含有量の上限は、本発明で用いられる共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対して500重量部以下とするのが好ましい。この範囲であれば、サイジング剤の性能を低下させることがないため好ましい。
【0025】
さらに、後述の実施例の結果より、グリコールエーテル系化合物の20℃での水への溶解度と、共重合ポリオレフィン100重量部に対するグリコールエーテル系化合物の含有量と、が下記式(1)を充足する範囲において、本発明に係る炭素繊維用サイジング剤の各種装置などへの固着が大幅に抑制され、工程安定性が飛躍的に向上することを見出した。
A≧11.167×B+22.22 (1)
(Aは共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対するグリコールエーテル系化合物の含有量/重量部であり、Bはグリコールエーテル系化合物の20℃での水への溶解度/gである。)
【0026】
本発明で用いられるグリコールエーテル系化合物の種類は特に限定されず、例えば、プロピレングリコール系、エチレングリコール系、ジアルキルグリコールエーテル系などが挙げられる。好適にはプロピレングリコール系のグリコールエーテルが用いられる。プロピレングリコール系グリコールエーテルの具体例としては、フェニルプロピレングリコール、ブチルプロピレンジグリコール、ブチルプロピレングリコール、メチルプロピレングリコールアセテート、ジブチルジグリコールなどが挙げられる。エチレングリコール系グリコールエーテルとしては、ヘキシルグリコール、2−エチルヘキシルグリコール、フェニルグリコール、ベンジルグリコールなどが挙げられる。ジアルキルグリコール系グリコールエーテルとしては、ジブチルジグリコール、ジメチルプロピレンジグリコールなどが挙げられる。
【0027】
<炭素繊維束の製造方法>
本発明の炭素繊維束は、共重合ポリオレフィンと、グリコールエーテル系化合物とを含有し、該グリコールエーテル系化合物の20℃での水への溶解度が0〜100部であり、かつ該グリコールエーテル系化合物の含有量が該共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対して10〜2000重量部である炭素繊維用サイジング剤を炭素繊維表面に付与した後、乾燥処理することで好ましく製造することができる。この際、炭素繊維用サイジング剤の付与量は特に限定されないが、好ましくは炭素繊維100重量部に対して0.01〜10重量部である。
【0028】
本発明において炭素繊維用サイジング剤は、水性エマルジョン又は該炭素繊維用サイジング剤が溶解可能な溶媒を使用した溶液状態で用いることができるが、本発明において炭素繊維用サイジング剤は、水性エマルジョンで用いるのが好ましい。水性エマルジョンの場合、炭素繊維用サイジング剤中の共重合ポリオレフィン100重量部に対し、水を2000〜10000重量部とすることが好ましい。この水性エマルジョンは、例えば炭素繊維用サイジング剤をトルエン、キシレンなどの溶媒に溶解し、分散性を上げる必要に応じて界面活性剤を加え、塩基性物質を投入し、水を少量ずつ添加して転相乳化させる方法で好ましく得ることができる。
【0029】
すなわち、本発明の炭素繊維束を得るには、炭素繊維用サイジング剤を水性エマルジョンで用いる場合には、分散性を良好にするため界面活性剤を用いることが好ましい。界面活性剤としては特に制限はなく、本発明の目的を損なわない範囲であれば、公知の界面活性剤を用いることができる。界面活性剤の好ましい使用量は、炭素繊維用サイジング剤中の共重合ポリオレフィン100重量部に対して、1〜30重量部である。1重量部以上であれば、1重量部未満の場合よりも樹脂の分散が更に良好になり、炭素繊維束との引張せん断特性が更に良好になる。一方、30重量部を越えると、炭素繊維用サイジング剤の耐水性が悪化したり、炭素繊維束との引張せん断特性が悪化することがある。
【0030】
本発明の炭素繊維用サイジング剤を炭素繊維の表面に付着させて炭素繊維束を得る方法としては、炭素繊維用サイジング剤を水性エマルジョンあるいは溶液状態で付着させる方法、すなわちサイジング法としては、例えばスプレー法、ローラー浸漬法、ローラー転写法などがある。これらサイジング法のうちでも、生産性、均一性に優れるローラー浸漬法が好ましい。炭素繊維ストランドを水性エマルジョンあるいは溶液に浸漬する際には、エマルジョン浴中に設けられた浸漬ローラーを介して、開繊と絞りを繰り返し、ストランドの中まで炭素繊維用サイジング剤液を含浸させることが肝要である。
【0031】
本発明に係る炭素繊維用サイジング剤を水性エマルジョンあるいは溶液状態で未サイジングの炭素繊維束に付着させた後、続く乾燥処理によって水分あるいは溶媒を除去して、目的とする炭素繊維用サイジング剤を付与した炭素繊維を得ることができる。炭素繊維に対する炭素繊維用サイジング剤の付着量の調整は、炭素繊維用サイジング剤の濃度調整や、絞りローラーの調整などによって行なう。
【0032】
炭素繊維の乾燥は、例えば、熱風、熱板、ローラー、赤外線ヒーターなどを使用することができる。
乾燥処理は熱処理が好ましく、熱処理により水分あるいは溶媒を除去することに加え、炭素繊維用サイジング剤を炭素繊維の表面に均一に付与することができる。
【0033】
熱処理工程では、80℃〜160℃で30秒以上、処理を行なうことが好ましく、水性エマルジョンの場合、具体的には80℃で水分を除去し、その後、炭素繊維用サイジング剤中の共重合ポリオレフィンの融点を超える温度、例えば150℃で熱処理して、均一な皮膜を形成させるのが好ましい。温度が80℃〜160℃で熱処理を行なうことにより、水分あるいは溶媒を速やかに除去し、且つ炭素繊維用サイジング剤中の共重合ポリオレフィンの熱劣化によるサイジング剤の劣化を抑制することができる。
【0034】
<炭素繊維>
本発明の炭素繊維束を構成する炭素繊維は、ポリアクリロニトリル(PAN)系、石油・石炭ピッチ系、レーヨン系、リグニン系など、何れの炭素繊維も使用することができる。特に、PANを原料としたPAN系炭素繊維が、工業規模における生産性及び機械的特性に優れており好ましい。
炭素繊維は、平均直径5〜10μmのものを使用するのが好ましい。また、1000〜50000本の短繊維が繊維束となったものを使用するのが好ましい。炭素繊維とマトリックス樹脂との接着性を高めるため、表面処理によって炭素繊維の表面に含酸素官能基を導入したものを使用することも好ましい。
【実施例】
【0035】
以下に実施例を示すが、本発明はこれらに制限されるものではない。
[実施例1]
プロピレン−1−ブテン・スチレン共重合体(プロピレン100に対するブテンのモル比は30、プロピレン100に対するスチレンのモル比は1)28−重量部、無水マレイン酸40重量部、ジ−tert−ブチルパーオキサイド5.6重量部及びトルエン420重量部を、攪拌機を取り付けたオートクレーブ中に加え、窒素置換を約5分間行なった後、加熱攪拌しながら140℃で5時間反応を行なった。反応終了後、反応液を大量のメチルエチルケトン中に投入し、粗共重合ポリオレフィンを析出させた。粗共重合ポリオレフィンをさらにメチルエチルケトンで洗浄し、減圧乾燥することにより、共重合ポリオレフィンの固形物を得た。赤外吸収スペクトルの測定結果から、無水マレイン酸の共重合比はモル比でプロピレン100に対して1.1であった。また、高温GPC測定による重量平均分子量は40000であった。
得られた共重合ポリオレフィン100重量部及び共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対して5、25、50、100、250、500、1000、2000重量部のフェニルプロピレングリコール(日本乳化剤製、CAS770−35−4、水への溶解度(20℃):0.2g)を、それぞれトルエン400重量部を加え、攪拌しながら加温して、共重合ポリオレフィンを均一に溶解させた。別の容器に界面活性剤としてポリオキシエチレンアルキルエーテル系界面活性剤(花王社製、登録商標「エマルゲン103」)8重量部を水400重量部に加えて溶解させた。炭素繊維用サイジング剤のトルエン溶液と界面活性剤水溶液とを乳化器に入れて攪拌した。ここにモルフォリンを加えて、ロータリーエバポレーターを用いてトルエンと水を減圧蒸留し、プレエマルジョンを得た。
得られたプレエマルジョンは、平均粒径0.7μmであり、pHは8.5、ポリオレフィン100重量部に対して、水は400重量部であった。
プレエマルジョンに、共重合ポリオレフィン100重量部に対して水が4900重量部になるように水を添加して、炭素繊維用サイジング剤水性エマルジョンを得た。これをそれぞれステンレスカップに入れ、40℃を維持した自然対流式乾燥機に6時間静置した。
その結果、共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対してフェニルプロピレングリコールを25重量部以上加えたものでは、ステンレスカップへの炭素繊維用サイジング剤の固着抑制が見られ、ステンレスカップ内壁に炭素繊維用サイジング剤の膜をほとんど形成せずに安定していた。
【0036】
[実施例2]
実施例1のフェニルプロピレングリコールを、ブチルプロピレンジグリコール(日本乳化剤製、CAS29911−28−2、水への溶解度(20℃):3.0g)とした以外は同様に炭素繊維用サイジング剤水性エマルジョンを調製した。これをそれぞれステンレスカップに入れ、40℃を維持した自然対流式乾燥機に6時間静置した。
その結果、共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対してブチルプロピレンジグリコールを25重量部以上加えたものでは、ステンレスカップへの炭素繊維用サイジング剤の固着抑制が見られ、ステンレスカップ内壁に炭素繊維用サイジング剤の膜をほとんど形成せずに安定していた。
【0037】
[実施例3]
実施例1のフェニルプロピレングリコールを、ブチルプロピレングリコール(日本乳化剤製、CAS5131−66−8、水への溶解度(20℃):6.4g)とした以外は同様に炭素繊維用サイジング剤水性エマルジョンを調製した。これをそれぞれステンレスカップに入れ、40℃を維持した自然対流式乾燥機に6時間静置した。
その結果、共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対してブチルプロピレングリコールを25重量部以上加えたものでは、ステンレスカップへの炭素繊維用サイジング剤の固着抑制が見られ、ステンレスカップ内壁に炭素繊維用サイジング剤の膜をほとんど形成せずに安定していた。
【0038】
[実施例4]
実施例1のフェニルプロピレングリコールを、メチルプロピレングリコールアセテート(日本乳化剤製、CAS108−65−6、水への溶解度(20℃):20.5g)とした以外は同様に炭素繊維用サイジング剤水性エマルジョンを調製した。これをそれぞれステンレスカップに入れ、40℃を維持した自然対流式乾燥機に6時間静置した。
その結果、共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対してメチルプロピレングリコールアセテートを25重量部以上加えたものでは、ステンレスカップへの炭素繊維用サイジング剤の固着抑制が見られ、ステンレスカップ内壁に炭素繊維用サイジング剤の膜をほとんど形成せずに安定していた。
【0039】
[比較例1]
実施例1におけるフェニルプロピレングリコールを、メチルプロピレントリグリコール(日本乳化剤製、CAS20324−33−8、水への溶解度(20℃):無限大)とした以外は同様に炭素繊維用サイジング剤水性エマルジョンを調製した。これをそれぞれステンレスカップに入れ、40℃を維持した自然対流式乾燥機に6時間静置した。
その結果、どのステンレスカップにも、内壁に炭素繊維用サイジング剤の膜が形成された。
【0040】
[比較例2]
実施例1におけるフェニルプロピレングリコールを除いた以外は同様に炭素繊維用サイジング剤水性エマルジョンを調製した。これをそれぞれステンレスカップに入れ、40℃を維持した自然対流式乾燥機に6時間静置した。
その結果、どのステンレスカップにも、内壁に炭素繊維用サイジング剤の膜が形成された。
【0041】
【表1】

【0042】
[実施例考察]
表1において、固着抑制が大幅に抑制された○を示している範囲について、各グリコールエーテル化合物の20℃における水への溶解度に対する、○評価に要するグリコールエーテル系化合物の最小添加量をプロットした(図1)。プロットを満たすような式を最小二乗法で計算すると、
A≧11.167×B+22.22
但し、
Aは共重合ポリオレフィン100重量部に対するグリコールエーテル系化合物の含有量/重量部
Bはグリコールエーテル系化合物の20℃での水への溶解度/g
【0043】
[参考実施例1]
実施例2の炭素繊維用サイジング剤エマルジョンの浴に、未サイジングの炭素繊維ストランド(東邦テナックス社製、登録商標「テナックスSTS−24K N00」、直径7μm×24000フィラメント、繊度1.6g/m、引張強度4000MPa(408kgf/mm)、引張弾性率238GPa(24.3ton/mm))を連続的に浸漬させ、フィラメント間に炭素繊維用サイジング剤エマルジョンを含浸させた。これを、200℃の乾燥機に約1分間通して水分を蒸発させ、乾燥・熱処理を行なった。得られた炭素繊維束に付着した共重合ポリオレフィンの量を測定したところ、炭素繊維束100重量部に対して、1.2重量部であった。
上記の通りに製造した炭素繊維束を2本用意し、この間にポリプロピレンフィルム(トーセロ社製プロピレンフィルム、CPS#50)を挟み、230℃で接着した後、JIS K6850に準拠して接着部の長さ7mmで引張せん断強度を測定した。その結果、表2に示すように高いせん断強度を得た。
【0044】
[参考比較例1]
比較例2の炭素繊維用サイジング剤エマルジョンを用いた以外は、参考実施例1と同様に炭素繊維束を製造した。
製造した炭素繊維束を2本用意し、この間にポリプロピレンフィルム(トーセロ社製プロピレンフィルム、CPS#50)を挟み、230℃で接着した後、JIS K6850に準拠して接着部の長さ7mmで引張せん断強度を測定した。その結果、表2に示すように高いせん断強度を得た。
【0045】
[参考比較例2]
未サイジングの炭素繊維ストランド(東邦テナックス社製、登録商標「テナックスSTS−24K N00」)から得られた炭素繊維束を2本用意し、この間にポリプロピレンフィルム(トーセロ社製プロピレンフィルム、CPS#50)を挟み、230℃で接着した後、JIS K6850に準拠して接着部の長さ7mmで引張せん断強度を測定した。その結果、表2に示すように引張せん断強度は参考実施例1、参考比較例1と比較して低い値を示した。
【0046】
[参考比較例3]
F13サイジング剤(ウレタン系)が付与された炭素繊維ストランド(東邦テナックス社製、登録商標「テナックスSTS−24K F13」、直径7μm×24000フィラメント、繊度1.6g/m、引張強度4000MPa(408kgf/mm)、引張弾性率238GPa(24.3ton/mm))から得られた炭素繊維束を2本用意し、この間にポリプロピレンフィルム(トーセロ社製プロピレンフィルム、CPS#50)を挟み、230℃で接着した後、JIS K6850に準拠して接着部の長さ7mmで引張せん断強度を測定した。その結果、表2に示すように引張せん断強度は参考実施例1、参考比較例1と比較して低い値を示した。
【0047】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
共重合ポリオレフィンと、グリコールエーテル系化合物とを含有し、該グリコールエーテル系化合物の20℃での水への溶解度が0〜100gであり、かつ該グリコールエーテル系化合物の含有量が、該共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対して15〜2000重量部である炭素繊維用サイジング剤。
【請求項2】
前記グリコールエーテル系化合物は、プロピレングリコール系グリコールエーテル化合物であることを特徴とする請求項1記載の炭素繊維用サイジング剤。
【請求項3】
前記共重合ポリオレフィンは、芳香族ビニル化合物と酸及び/又は酸無水物とを共重合成分として含有することを特徴とする請求項1又は2記載の炭素繊維用サイジング剤。
【請求項4】
前記グリコールエーテル系化合物の20℃での水への溶解度と、前記共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対する前記グリコールエーテル系化合物の含有量と、が下記式(1)を充足することを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の炭素繊維用サイジング剤。
A≧11.167×B+22.22 (1)
(Aは、共重合ポリオレフィンの固形分100重量部に対するグリコールエーテル系化合物の含有量/重量部であり、Bは、グリコールエーテル系化合物の20℃での水への溶解度/gである。)
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか記載の炭素繊維用サイジング剤を炭素繊維表面に付与してなる炭素繊維束。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか記載の炭素繊維用サイジング剤を炭素繊維表面に付与する工程と、サイジング処理した炭素繊維を乾燥させる工程と、を含む炭素繊維束の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−219425(P2012−219425A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−90219(P2011−90219)
【出願日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【出願人】(000003001)帝人株式会社 (1,209)
【Fターム(参考)】