説明

炭素膜およびそれを用いたガス分離法

【課題】本発明の主な目的は、半相互侵入網目(semi−IPN)構造を有する新規のポリエーテルケトン(PEK)/ジアジド化合物からなる膜前駆体を低温で熱分解することによりPEK/ジアジド炭素膜を得ることおよびそれらを用いてガス分離性能、詳しくはオレフィン/パラフィン分離性能を向上させることである。
【解決手段】本発明の炭素膜は、下記一般式(1)で表される構造を有するポリエーテルケトンと、下記一般式(2)で表される構造を有するジアジド化合物とからなる膜前駆体を熱分解することによって得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半相互侵入網目(semi−IPN)構造を有する新規のポリエーテルケトン(PEK)/ジアジド化合物からなる膜前駆体を熱分解することにより得られる炭素膜、および該炭素膜を用いたガス分離法に関する。
【背景技術】
【0002】
石油化学工業および石油精製において最も重要なプロセスの1つは、オレフィンとパラフィンとの様に沸点が近い炭化水素混合物の分離である(非特許文献1)。プロピレンは、ポリプロピレンおよび他の化学製品の製造に主として使用される石油化学工業における主要物資である。プロパンの触媒脱水素化を行うと、分子サイズおよび物理特性が類似しているために分離作業が困難であるプロピレンと未反応プロパンとの等モル混合物が生ずる(非特許文献2)。
【0003】
現在では、オレフィンとパラフィンの混合物の分離は、たいていは、莫大な資本および多大なエネルギー消費を要する低温蒸留を用いて実施される(非特許文献3)。対照的に、膜技術は、従来の分離プロセスと比較して、費用が低く、またエネルギー消費量が小さいという利点を有するため、研究の新しいトピックになっている。しかし、膜分離によって達成される透過性および選択性が比較的低いため、天然ガスおよび炭化水素分離における膜の応用が制約されてきた。したがって、高い透過性と高いプロピレン/プロパン分離性能とをともに有する好適な膜材料を見いだすことが最も大きな課題である。現在では、促進輸送膜、ポリマー膜および炭素膜などオレフィン/パラフィン分離に使用されるいくつかの種類の膜が存在する。
【0004】
銀塩を担体として使用する促進輸送膜は、プロピレン/プロパン混合物の分離に極めて有効であることが認められた。それらの分離機構は、オレフィンと可逆的に反応し、銀−オレフィン錯体を形成する銀イオンの能力である。しかし、銀イオン促進膜は、Hoon
Silk Kimらによって報告されているように、膜マトリックスに閉じこめられた銀イオンの減少により、長期安定性が劣る場合がしばしばある(非特許文献4)。金属塩の可逆的錯体形成能を抑制することなく、効果的な担体を膜に導入することは、Jin−Sheng Yang他によって詳述されているように、促進輸送膜分離プロセスの設計におけるもう1つの難点である(非特許文献5)。また、促進輸送膜は、供給流における少量の水素ガス、一酸化炭素、アセチレンまたは硫化水素によって容易に被毒することから、このことが依然として課題となっている。
【0005】
過去10年間にわたって、より重い炭化水素の透過性データがより利用可能になり、C36/C38分離のためのポリマー膜の使用が確立された。BurnsおよびKorosは、純粋ガス測定を用いて、50℃におけるプロピレン/プロパン分離に対する上限関係も定めた。上限を超えるためには、拡散選択性を維持しながらプロピレン溶解度を高くしなければならない。ゴム状ポリマーは、オレフィンとパラフィンの混合物に対する分離性能が劣っていた。ガラス状ポリマー膜性能は、適度に良好であるが、膜分離技術の市場シェアを広げるためには、上限を克服する要望が依然存在する(非特許文献1及び6)。それを炭素分子篩膜によって達成することができる。
【0006】
炭素分子篩膜(CMSM)は、化学的に強い材料であり、分子篩機構を通じて、プロピレン/プロパンの如く分子寸法が極めて類似した気体対に対する高い分離性能とともに調整可能なガス輸送特性を有する。長年にわたって、ポリマー前駆体の熱分解温度および時間を変化させることによって、際だったガス分離特性を有するCMSMが製造されてきた
(非特許文献7及び8)。CMSMは、超微小孔(<7Å)および微小孔の両方を有する。超微小孔は、主に分子の篩い分けに関与し、微小孔は、拡散に対して無視し得る抵抗と浸透剤の高容量収着部位とを与える。熱分解温度は、輸送性能を調整する上で重要な役割を果たすことがよく知られている。しかし、高い熱分解温度は、大きなエネルギー消費量を必要とし、生産コストの増加につながる。一方、高温はまた、膜をより脆くする。
【0007】
したがって、半相互侵入網目(semi−IPN)構造を有する新規のポリエーテルケトン(PEK)/ジアジド化合物からなる膜前駆体を熱分解することによって得られる炭素膜は、オレフィン/パラフィン分離性能の上限を克服することに有効な手段である。
【非特許文献1】R. L. Burns, W. J. Koros, Defining the challenges for C3H6/C3H8 separation using polymeric membranes, J. Membr. Sci. 211 (2003) 299-309
【非特許文献2】S. Sridhar, A. A. Khan, Simulation studies for the separation of propylene and propane by ethylcellulose membrane, J. Membr. Sci., 159 (1999) 209-219
【非特許文献3】S. S. Chan, R. Wang, T. S. Chung, Y Liu, C2 and C3 hydrocarbon separations in poly(1,5-naphthalene-2,2'-bis(3,4-phthalic) hexafluoropropane) diimide (6FDA-1,5-NDA) dense membranes, J. Membr. Sci., 210 (2002) 55-64
【非特許文献4】H. S. Kim, J. Y. Bae, S. J. Park, H. Lee, H. W. Bae, S. O. Kang, S. D. Lee, D. K. Choi, Separation of olefin / paraffin mixtures using zwitterionic silver complexes as transport carriers, Chemistry--A European J. 13 (2007) 2655-2660
【非特許文献5】J. Yang, G. Hsiue, Swollen polymeric complex membranes for olefin/paraffin separation, J. Membr. Sci., 138 (1998) 203-211
【非特許文献6】S. S. Chan, R. Wang, T. S. Chung, Y. Liu, C2 and C3 hydrocarbon separations in poly(1,5-naphthalene-2,2'-bis(3,4-phthalic) hexafluoropropane) diimide (6FDA-1,5-NDA) dense membranes, J. Membr. Sci., 210 (2002) 55-64
【非特許文献7】C. W. Jones, W. J. Koros, Carbon molecular sieve gas separation membranes-II. Regeneration following organic exposure, Carbon 32 (1994) 1427-1432
【非特許文献8】K. M. Steel, W. J. Koros, Investigation of porosity of carbon materials and related effects on gas separation properties, Carbon 41 (2003) 253-266
【非特許文献9】W. H. Lin, R. H. Vora, T. S. Chung, Gas Transport Properties of 6FDA-Durene/1,4-phenylenediamine (pPDA) Copolyimides, J. Polym. Sci.: Part B: Polym. Phys. 38 (2000) 2703-2713
【非特許文献10】J. Hayashi, H. Mizuta, M. Yamamoto, K. Kusakabe, and S. Morooka, Separation of Ethane/Ethylene and Propane/Propylene Systems with a Carbonized BPDA-pp'ODA Polyimide Membrane. Ind. Eng. Chem. Res. 1996, 35, 4176-4181
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の主な目的は、半相互侵入網目(semi−IPN)構造を有する新規のポリエーテルケトン(PEK)/ジアジド化合物からなる膜前駆体を低温で熱分解することによりPEK/ジアジド炭素膜を得ることおよびそれらを用いてガス分離性能、詳しくはオレフィン/パラフィン分離性能を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、前記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、半相互侵入網目(semi−IPN)構造を有する新規のポリエーテルケトン(PEK)/ジアジド化合物からなる膜前駆体を低温で熱分解することにより得られたポリエーテルケトン(PEK)/
ジアジド炭素膜を用いることにより上記課題を解決することを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は下記[1]〜[7]に示される炭素膜、および、該炭素膜を用いたガスの分離方法に関する。
[1] 下記一般式(1)
【0011】
【化1】

【0012】
(式(1)中、R1〜R6は、それぞれ独立に水素または炭素数1〜8の炭化水素基から選ばれた官能基である。)で表される構造を有するポリエーテルケトンと、
下記一般式(2)
【0013】
【化2】

【0014】
(式(2)中、Xは、下記式(3)
【0015】
【化3】

【0016】
で表される結合または基から選択される2価の結合または結合基である。)で表される構造を有するジアジド化合物を架橋してなるジアジド架橋体と
からなる膜前駆体を熱分解することによって得られることを特徴とする炭素膜。
[2] 前記ポリエーテルケトンが式(4)で表される構造を有し、かつ、前記ジアジド化合物が式(5)で表される構造を有する[1]に記載の炭素膜。
【0017】
【化4】

【0018】
【化5】

【0019】
[3] 前記ポリエーテルケトンと前記ジアジド化合物との合計重量に対するジアジド化合物の重量比が5〜70%である[1]または[2]に記載の炭素膜。
[4] 前記熱分解の温度が300〜700℃である[1]〜[3]のいずれかに記載の炭素膜。
[5] 厚さが20〜100μmである[1]〜[4]のいずれかに記載の炭素膜。
[6] ガスまたは蒸気の混合物を、加圧下で、[1]〜[5]のいずれかに記載の炭素膜と接触させることにより、該混合物から少なくとも1種のガスまたは蒸気を分離する方法。
[7] 前記混合物が少なくともプロパンおよびプロピレンを含有する[6]に記載の方法。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に、本発明を詳細に説明する。
本発明に係る炭素膜は、オレフィン/パラフィン分離において高い分離性能を有する頑強な炭素膜に係るものである。そのような炭素膜は、ポリエーテルケトンと、ジアジド化合物を架橋してなるジアジド架橋体とからなる膜前駆体を熱分解することによって得られる。特に、前記膜前駆体の熱分解が低温熱分解によって行われると、頑強な膜を得る上で有利である。
【0021】
[膜前駆体]
本発明に係る炭素膜の原料となる膜前駆体は、ポリエーテルケトンと、ジアジド化合物を架橋してなるジアジド架橋体とからなる。この膜前駆体は、ポリエーテルケトンとジアジド化合物とを含む混合物を加熱してジアジド化合物の架橋を行うことにより得ることができる。
【0022】
<ジアジド化合物>
本発明において、ジアジド化合物は、本発明に係る炭素膜の構造的形状を与えるために用いられる。このジアジド化合物はポリエーテルケトンとの混合を行う時点ではモノマーとして存在するが、膜前駆体形成の際の加熱により架橋反応が引き起こされ、その結果、相当するジアジド架橋体に変化する。膜前駆体において、ジアジド架橋体は半相互侵入網目(semi−IPN)構造の網目部分を構成する。
【0023】
さらに、前記架橋反応により形成された網目部分は、熱分解の後に、本発明に係る炭素膜の構造的形状に係る部分となる。したがって、ジアジド化合物が架橋して生じるジアジド架橋体は、熱分解中に融解することなく構造的形状を保持する必要があることから、熱安定性または熱硬化特性を有する必要がある。本発明では、そのようなジアジド架橋体を与えるアジド化合物として、下記一般式(2)で表される構造を有するジアジド化合物が用いられる。
【0024】
【化6】

【0025】
式(2)中、Xは、下記式(3)で表される結合または基から選択される2価の結合または結合基である。
【0026】
【化7】

【0027】
前記ジアジド化合物の好適な例として、下記式(5)に示す2,6−ビス(4−アジドベンジリデン)−4−メチル−シクロヘキサノンモノマーが挙げられる。
【0028】
【化8】

【0029】
<ポリエーテルケトン>
上記膜前駆体に含まれるポリエーテルケトンは、本発明に係る炭素膜においてオレフィン/パラフィン分離のための孔を形成するために用いられる。したがって、前記ポリエーテルケトンは、前記ジアジド架橋体より熱安定性が低く、かつ、熱分解の条件下で迅速に分解してオレフィン/パラフィン分離のための孔を形成し得る必要がある。より具体的には、このような迅速な分解が300〜650℃の範囲で起こることが好ましい。本発明では、そのようなポリエーテルケトンとして、下記式(1)で表される構造を有するポリエーテルケトンが用いられる。
【0030】
【化9】

【0031】
式(1)中、R1〜R6は、それぞれ独立に水素および炭素数1〜8の炭化水素基からなる
群から選択される官能基である。
前記ポリエーテルケトンの好適な例として、下記式(4)で表される構造を有するポリエーテルケトンが挙げられる。
【0032】
【化10】

【0033】
膜前駆体において、ポリエーテルケトンは、半相互侵入網目(semi−IPN)構造のポリマーマトリックス部分を構成する。なお、このポリエーテルケトンは、それ自体では架橋していない。
【0034】
なお、前記ジアジド化合物の重量は、前記ポリエーテルケトンと該ジアジド化合物との合計重量に対して5〜70%、好ましくは20〜50%とすることができる。
<膜前駆体の製造方法>
本発明に係る炭素膜の原料となる膜前駆体は、ポリエーテルケトンと、ジアジド化合物を架橋してなるジアジド架橋体とからなる。このような膜前駆体は、まず、ポリエーテルケトンとジアジド化合物とを混合してこれらの化合物を含む混合物とし、次いで、この混合物を加熱してジアジド化合物の架橋を行うことによって調製することができる。
【0035】
ここで、炭素膜を製造するための成形を、加熱によるジアジド化合物の架橋段階の前に行うことができる。本発明に係る炭素膜は、例えば、平坦シート状炭素膜の形態を有してもいてよく、また、中空糸、すなわち中空繊維膜の形態を有していてもよいが、いずれの形態を有する炭素膜を製造する場合においても、この時点における成形を行うことができる。
【0036】
本発明に係る炭素膜を平坦シート状炭素膜等の形態で製造する場合、このような成形を、例えば、適切な重量パーセントのポリエーテルケトン、ジアジド化合物および溶媒からなるポリマー溶液を調製し、このポリマー溶液を原料として、環流延により平坦なシート膜を流延することにより行ってもよい。このようにポリエーテルケトンおよびジアジド化合物を一旦ポリマー溶液としてから成形を行うと、成形後に得られる成形組成物においてジアジド化合物がポリエーテルケトンからなるポリマーマトリックスに埋め込まれた状態で均一に分布することになり、その結果、ジアジド化合物の架橋が均一に行われるので好ましい。また、他の流延方法として、ナイフキャスティング(knife casting)法、溶融
流延(melt casting)法及びスピンコート法を用いることもできる。
【0037】
また、このポリマー溶液を用いて中空糸繊維を紡糸することもできる。本発明に係る炭素膜を中空糸の形態で製造する場合、同様に前記ポリマー溶液を原料として、紡糸口金を用いて中空繊維を紡糸することにより行ってもよい。
【0038】
以上のような成形を行った場合、後に行われる熱分解によってそれぞれ平坦シート状炭素膜の形態を有する炭素膜、および中空繊維膜の形態を有する炭素膜に導かれることになる。
【0039】
ここで用いられる溶媒としては、成形を行った後に除去を行うことが容易な溶媒、例えばジクロロメタンなどが挙げられる。また、溶媒におけるジアジド化合物及びポリエーテ
ルケトンの濃度としては、例えば、前記ジアジド化合物及び前記ポリエーテルケトンの合計重量が溶媒の重量に対して2重量%であってもよい。
【0040】
上述のように、ポリマー溶液を原料として成形を行った場合、用いた溶媒をその後除去する工程がさらに含まれる。この溶媒除去の工程においては、成形物が変形しないよう、初期の段階では大部分の溶媒を徐々に蒸発させ、その後加熱条件下で残りの溶媒を除去することが好ましい。
【0041】
膜前駆体を調製する最後の工程として、以上のような成形により得られた成形組成物を加熱して、この組成物中に含まれるジアジド化合物を架橋させる。ジアジド化合物の架橋反応を引き起こすための加熱温度としては、例えば使用するポリエーテルケトンのTg(ガラス転移温度)より20℃高い温度としてもよい。この加熱によってジアジド化合物の架橋反応が起こり、半相互侵入網目(semi−IPN)構造を有する膜前駆体が、該ジアジド化合物とポリエーテルケトンとの架橋体として形成される。前記膜前駆体が均質な半相互侵入前駆体であると、その後の熱分解により得られる炭素膜を、平坦シートおよび中空繊維の形態としたときに均質にすることができるので好ましい。前記加熱にあたっては、必要に応じて減圧条件下で行ってもよく、また、段階的に昇温を行ってもよい。
【0042】
[炭素膜]
<炭素膜の製造方法>
本発明に係る炭素膜は、前記膜前駆体を熱分解することにより製造される。通常は、制御された条件において熱処理およびアニーリングを行うことにより膜前駆体の熱分解を行う。
【0043】
このとき、頑強な炭素膜を得る上で膜の脆化を抑制する必要があることから、低温熱分解により熱分解を行う。使用するポリエーテルケトン及びジアジド化合物により、オレフィン/パラフィン分離における高い分離性能を有するガス分離膜を製造する上で最適な熱分解の温度が変わる場合があるものの、具体的には、膜前駆体の熱分解を300〜700℃、好ましくは、真空環境で400〜600℃にて行う。このように低温熱分解により熱分解を行うことは、エネルギー消費を節約し、ガス分離炭素膜の生産性を向上させる点でも好ましい。
【0044】
<炭素膜>
上記製造方法により得られる炭素膜は、高いオレフィン/パラフィン分離性能を有する頑強な炭素膜である。この炭素膜の形態として、平坦なシート膜と中空繊維膜とが挙げられ、いずれの炭素膜もガス分離炭素膜として用いることができる。
【0045】
この炭素膜が平坦シート状炭素膜の形態を有する場合には、この平坦シート炭素膜の厚さは通常約20〜100μmである。一方、この炭素膜が中空繊維膜の形態を有する場合には、この中空繊維膜の外径は通常約300〜1000μmである。
【0046】
この炭素膜の使用方法としては、ガスまたは蒸気の混合物を、加圧下で該炭素膜と接触させることによりこの混合物から少なくとも1種のガスまたは蒸気を分離する方法が挙げられる。このとき、前記炭素膜は、分子サイズの異なる2種のガスまたは蒸気を分離する際に使われる。すなわち、本発明に係る炭素膜は、炭素分子篩膜としてガスまたは蒸気の分離を行う。例えば、前記ガス分離炭素膜は、少なくともプロパン及びプロピレンを含有する混合物からのプロピレン/プロパンの分離に用いることができる。なお、本明細書において「蒸気」とは、気体とは物質の状態が異なる気相にある成分であり、この物質の状態は温度及び圧力の範囲によって変わる。蒸気は、物質の状態の異なる同一物質が存在するという点で純粋な気体と区別される。
【0047】
なお、前記分離にあたり、プロピレン/プロパンの分離を検査する工程を含んでもよい。
前記ガス分離炭素膜を用いたガスの分離においてガスの分離性能の向上を図るためには、正しいポリマー/モノマー対が選択されたか否か、及び正しい熱分解プロトコルが選択されたか否かという要素も重要となる。
【実施例】
【0048】
以下、本発明を実施例により、さらに詳細に説明する。しかしながら、本発明はこれによって何ら制限されるものではない。なお、各物性については下記の方法によって測定した。
【0049】
[物性の測定方法等]
(1)対数粘度(ηinh
p−クロロフェノール90質量%/フェノール10質量%混合溶媒中、ポリエーテルケトンの固形分濃度を0.5g/dlに調整後、35℃で測定した。
【0050】
(2)ガラス転移温度(Tg)
島津製作所(株)社製熱分析装置DSC60シリーズを用いて窒素雰囲気下にて測定した。
【0051】
(3)ガス透過特性
非特許文献9で報告された可変圧力一定容量法によって、純粋ガス透過係数を測定した。35℃、3.5気圧で、プロピレンおよびプロパンの順序で透過係数を測定した後、下記式(I)を用いて、透過が安定状態に達したときに得られる圧力上昇率(dp/dt)
からガス透過係数Pを求めた。
【0052】
【数1】

【0053】
上記式(I)において、Pは、膜のガスに対するバーラー(Barrer)単位(1バ
ーラー=1×10-10 cm3(STP)・cm/(cm2・秒・cmHg))の透過係数であり、Vは、下流チャンバの容量(cm3)であり、Aは、膜の有効面積(cm2)を表し、Lは、膜厚(cm)であり、Tは、動作温度(K)であり、dp/dtは、下流チャンバにおける圧力変換器で測定される圧力速度(mmHg/s)であり、さらに、上流チャンバにおける供給ガスの圧力は、psia単位のp0で与えられる。
【0054】
また、ガスBに対するガスAについての膜の理想的選択性αA/Bは、下記式(II)のよ
うに定められる。
【0055】
【数2】

【0056】
上記式(II)において、PAおよびPBは、それぞれガスAおよびガスBについてのガス透過係数である。
(4)平均面間隔
450〜650℃の異なる熱分解温度において得られたポリエーテルケトン(PEK)/ジアジド炭素膜の平均面間隔(d)を以下の方法で測定した。室温で、Brukerの
X線回折計(Bruker D8高度回折計)を使用することにより、広角X線回折(WAXD)を実施して、炭素膜の規則的寸法および鎖間間隔の定量測定を行った。d−間隔値は、膜における平均鎖間隔であると一般に解釈されている。これに従って、1枚の小さい試料膜を最初にホルダに固定し、1段の増分を0.02°とする一定の走査範囲で測定を完了した。λ=1.54Åの波長を有するNiフィルタリングCu Kα放射線を実験に使用した。ブラッグの法則に基づいて、下記式(III)を用いて平均d−間隔を求めた

【0057】
nλ=2dsinθ (III)
上記式(III)において、dは寸法間隔であり、θは回折角度であり、λはX線波長で
あり、nは整数(1、2、3・・・)である。
【0058】
(5)重量減少温度
TAG2050熱重量分析計を用い、ポリエーテルケトン(PEK)/ジアジド膜前駆体の重量減少について、窒素流量20ml/分、50から800℃の温度範囲にて昇温速度3.8℃/分にて測定した。
【0059】
(6)形態観察
ポリエーテルケトン(PEK)/ジアジド膜前駆体の断面形態を走査型電子顕微鏡(SEM JEOL JSM−5600LV)または電界放出走査電子顕微鏡(FESEM JEOL JSM−06700F)によって観察した。試料は液体窒素中で破裂させた。両面導電性カーボン粘着テープを使用してすべての試料をスタブに装着した後に、試料を真空下で一晩さらに乾燥させた、試験前に、JEOL JFC−1200イオンスパッタリングデバイスを使用して、200〜300Åの厚さの白金をすべての試料にスパッタ塗布した。
【0060】
(7)化合物の略称
また、合成例に用いた化学品の略称は以下の通りである。
TMBPA:2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジメチル−フェニル)プロパン
(テトラメチルビスフェノールA)
DFBP:4,4’−ジフルオロベンゾフェノン
NMP:N−メチルピロリドン
[合成例]
TMBPA56.88g(0.200mol)、DFBP43.20g(0.198mol)および無水炭酸カリウム34.55g(0.250mol)を、撹拌機、温度計、冷却管およびディーンスターク装置を装着した容積1000mlの五つ口セパラブルフラスコに装入後、NMP300gを装入し、窒素を流量200ml/minの条件でフラスコ内に流通した状態で撹拌しながら200℃まで2時間かけて昇温し、その後8時間加熱重合した。それから120℃まで冷却した後、反応マスをアセトン2000mlへ装入した。析出したポリマーをろ過し、0.7%HClaq.3000ml、水2800mlおよびメタノール2800mlで順に洗浄した。窒素雰囲気下、50℃で4時間、180℃で6時間乾燥することにより下記式(4)に示すポリエーテルケトン(PEK)74.0g
を得た(収率80.0%)。このポリエーテルケトン (4) のηinhは0.42dl/g、Tgは214℃であった。
【0061】
【化11】

【0062】
[実施例1]
合成例で合成したポリエーテルケトン (4) 0.05gと2,6−ビス(4−アジドベ
ンジリデン)−4−メチル−シクロヘキサノン(以下「ジアジド」と称する。)0.05gをジクロロメタン4.9gに溶解し、ポリマー溶液(以下「PEK/ジアジド溶液」と称する場合がある。)を調製した。
【0063】
次いで、このポリマー溶液をワットマンフィルタ(1μmφ)で濾過して不溶物および粉塵粒子を除去し、室温でステンレス鋼環に囲まれた水平なシリコンウェハ上に流延した。この流延環を1枚のガラス板で覆い、ジクロロメタンを徐々に蒸発させるために小さい隙間を維持した。
【0064】
約4日間にわたって溶媒を徐々に蒸発させた後に、以下の手順(a)〜(c)に従って、ジクロロメタンの除去およびジアジドの架橋反応を進行させることにより、厚さが約50μmの均質な半相互侵入網目(Semi−IPN)膜前駆体(以下「PEK/ジアジド膜前駆体」と称する場合もある。)を得た。
【0065】
(a)大気圧下、24時間60℃に維持し、さらに真空状態にて24時間60℃に維持する。
(b)12℃/20分の加熱速度で、60℃から234℃まで昇温する。
【0066】
(c)1時間保持し、迅速に室温にまで空冷する。
この膜前駆体の断面SEM観察を行なったところ、相分離は見られなかった。SEM観察像を図4に示す。
【0067】
次に、得られた半相互侵入網目(Semi−IPN)膜前駆体(すなわち、PEK/ジアジド膜前駆体)の膜について、Centurion(登録商標)Neytech Qex真空炉を使用して熱分解を行った。この熱分解に際しては、図1に示すように試料となる膜を金網に配置し、最高温度を450℃として図1中「1. 450℃での熱分解」に示し
た温度パターンに従って真空中で熱分解を行ない、炭素膜(以下「PEK/ジアジド炭素膜」と称する場合がある。)を得た。
【0068】
得られたPEK/ジアジド炭素膜のガス透過係数は、プロパンについて0.53Barrerおよびプロピレンについて17Barrerであり、プロピレン/プロパンの理想的選択性は31、平均面間隔は4.27Åであった。得られたPEK/ジアジド炭素膜についてのその他の諸物性をも含めた測定結果を表1に示す。また、この炭素膜についての透過および分離特性を、併せて図2に示す。
【0069】
なお、図2に関連して、炭素膜の上限値については、Hayashiらの論文(非特許文献1
0)にも記載がある。
[実施例2〜9]
実施例2〜9についても、前記PEK/ジアジド溶液の調製に用いたポリエーテルケトン (4) とジアジドとの重量比(以下「PEK/ジアジド比」と称する。)および熱分解
の最高温度(以下「熱分解温度」と称する。)を表1に示したものにそれぞれ変更した以外は、実施例1と同様の方法により各炭素膜を作製した。このとき、各実施例において、450℃、550℃および650℃のうちいずれかの熱分解温度で熱分解を行っているが、それぞれの場合について、図1中「1. 450℃での熱分解」、「2. 550℃での熱分解」および「3. 650℃での熱分解」に示したそれぞれの温度パターンに従って熱分解を行っ
た。
【0070】
各実施例で得られたそれぞれの炭素膜について、その諸物性を評価した。各実施例における諸物性の測定結果を、実施例1についての測定結果とまとめて表1に示す。また、一部の実施例について、得られた炭素膜についての透過および分離特性を、併せて図2に示す。
【0071】
[比較例1]
PEK/ジアジド比および熱分解温度を表1に示したものに変更した以外は、実施例1と同様の方法により炭素膜を作製し、得られた炭素膜の物性を評価した。
【0072】
比較例1では膜前駆体の作製は可能であったが、得られた炭素膜が脆く、その諸物性を評価することができなかった。
【0073】
【表1】

【0074】
また、上記各実施例および比較例で作製される各炭素膜についての検討のほか、膜前駆体についての検討も行った。
前記「(5)重量減少温度」の項に記載した方法により、TAG2050熱重量分析計を用いて、ポリエーテルケトン (4)、ジアジド、並びに、ポリエーテルケトン (4)とジアジドとの比率がそれぞれ50:50および80:20である2種類のPEK/ジアジド膜前駆体のそれぞれについて分解曲線を作成した。作成した分解曲線を図3に示す。ここで、図3において、前記各物質は、それぞれ「純粋PEK」、「純粋ジアジド」、「PEK−ジアジド(50:50)」および「PEK−ジアジド(80:20)」で表されている。図3は、PEK、ジアジド、及び異なる組成比を有する半相互侵入網目(Semi−IPN)PEK/アジド前駆体の熱的特性を熱重量分析(TGA)によって示したものである。TGA曲線は、純粋なPEKが400から450℃近辺で分解し、また800℃での総重量損失が約80%であるから、純粋なPEKは低温で分解しやすい重合体であることを示している。アジド単量体は150℃近辺で分解し始めるが、工程全体を通じて比較的安定した分解速度を維持し、最終的には、800℃でのアジドの総重量損失が約50%となる。半相互侵入網目(Semi−IPN)PEK/アジド前駆体については、400℃になる前の初期の重量損失は、アジドと窒素ガスを放出するその架橋反応とが主たる一因
である。400℃になった後の重量損失は、PEKの迅速且つ急な分解に起因する。このTGAデータから、純粋なPEK重合体は、熱に不安定であり且つ熱分解後の炭素収率が低いために、炭素膜の前駆体には適していないと結論付けることができる。しかし、熱的に架橋可能なモノマー状態のアジドを加えた後においては、半相互侵入網目(Semi−IPN)PEK/アジド前駆体は、熱への不安定性が低く保たれるだけでなく、炭素収率も向上する。このため、炭素膜の製造が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】低温熱分解プロトコル(450〜650℃)を示す図である。
【図2】プロピレン/プロパン系に対する様々な組成のPEK/アジド炭素膜の透過および分離特性を、35℃での上限ラインとともに示す図である。
【図3】純粋PEK、純粋ジアジドおよびPEK/ジアジド膜前駆体の分解曲線を示す図である。
【図4】PEK/ジアジド(50:50)膜前駆体の膜の(a)20000倍および(b)50000倍におけるSEM断面画像を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)
【化1】

(式(1)中、R1〜R6は、それぞれ独立に水素および炭素数1〜8の炭化水素基からなる群から選択される官能基である。)で表される構造を有するポリエーテルケトンと、
下記一般式(2)
【化2】

(式(2)中、Xは、下記式(3)
【化3】

で表される結合または基から選択される2価の結合または結合基である。)で表される構造を有するジアジド化合物を架橋してなるジアジド架橋体と
からなる膜前駆体を熱分解することによって得られることを特徴とする炭素膜。
【請求項2】
前記ポリエーテルケトンが式(4)で表される構造を有し、かつ、前記ジアジド化合物が式(5)で表される構造を有する請求項1に記載の炭素膜。
【化4】

【化5】

【請求項3】
前記ポリエーテルケトンと前記ジアジド化合物との合計重量に対するジアジド化合物の重量比が5〜70%である請求項1または2に記載の炭素膜。
【請求項4】
前記熱分解の温度が300〜700℃である請求項1〜3のいずれかに記載の炭素膜。
【請求項5】
厚さが20〜100μmである請求項1〜4のいずれかに記載の炭素膜。
【請求項6】
ガスまたは蒸気の混合物を、加圧下で、請求項1〜5のいずれかに記載の炭素膜と接触させることにより、該混合物から少なくとも1種のガスまたは蒸気を分離する方法。
【請求項7】
前記混合物が少なくともプロパンおよびプロピレンを含有する請求項6に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−5499(P2010−5499A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−164834(P2008−164834)
【出願日】平成20年6月24日(2008.6.24)
【出願人】(000005887)三井化学株式会社 (2,318)
【出願人】(507335687)ナショナル ユニヴァーシティー オブ シンガポール (28)
【Fターム(参考)】