説明

炭素質フィルムの製造方法

【課題】高分子フィルムを、熱処理により炭素化させて、皺、ひずみおよび割れのない平面性の高い炭素質フィルムが得られる炭素質フィルムの製造方法を提供する。
【解決手段】本炭素質フィルムの製造方法は、1枚以上の高分子フィルム13と高分子フィルムの熱分解温度以上の温度において耐熱性を有する耐熱性フィルム11とを交互に積層して積層体10を得る積層工程と、不活性ガス中あるいは真空中で、高分子フィルムの熱分解温度以上の温度で、積層体10を熱処理することにより、高分子フィルム13を炭素化して炭素質フィルム15を得る炭素化工程と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用セパレータ、ガスケット、発熱体、熱拡散フィルム、放熱材、耐熱材などに好適に使用される炭素質フィルムの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素質フィルムは、耐熱性、耐薬品性、熱伝導性および電気伝導性が極めて高く、ガス透過性が低いため、燃料電池用セパレータ、ガスケット、発熱体、熱拡散フィルム、放熱材、耐熱材などに広く使用されている。
【0003】
たとえば、固体高分子型燃料電池用セパレータは、燃料電池に流入する反応ガスの流路を確保し、燃料電池で発電した電気を外部に伝達し、燃料電池で生じた熱を放熱する役目を果たしている。したがって、燃料電池用セパレータには高い電気伝導度を持つこと、強靭であること、高いガスバリヤ性を持つこと、精密な溝加工が容易に行なえること、軽量であること、安価であること、などが求められる。
【0004】
この様な燃料電池用セパレータとしては、炭素複合材料、純粋な炭素材料、金属材料が用いられる。炭素複合材料としてはグラファイト材料にフェノール樹脂などの樹脂を含浸したもの、グラファイト表面にガラス状炭素を被覆したものなどが用いられる。しかしながら、これらのセパレータは、ガスバリヤ性を確保するために何度も含浸と乾燥を繰り返す必要があり、高価なものとなると言う欠点があった。この様な問題点を解決するために、たとえば、特開平9−48666(特許文献1)では、膨張グラファイト粉末とフェノール樹脂、あるいは膨張グラファイトとカルボジイミド樹脂、あるいはそれらの焼結体からなる炭素複合材料およびその製造方法が開示されている。しかし、この様な炭素複合材料においては溝加工のためにあらかじめ金型でプレス加工したり、製造後に機械加工を施したりする必要があった。
【0005】
一方、純粋な炭素質フィルムは、上記の様な燃料電池用セパレータを始めとして、ガスケット、発熱体、熱拡散フィルム、放熱材、耐熱材などとして広く用いられている。たとえば、純粋な炭素材料のセパレータはリン酸型燃料電池ではしばしば用いられる。
【0006】
純粋な炭素質フィルムの最も簡単な製造方法は、高分子フィルムを直接炭素化することである。すなわち、炭素質フィルムは、高分子フィルムを、窒素やアルゴンなどの不活性ガス中、あるいは真空中で、熱処理することにより、熱分解させ、炭素化させることにより得られる。しかし、高分子フィルムを直接炭素化させて炭素質フィルムを製造する方法には大きな技術的な課題があった。
【0007】
その技術的課題の第一は、高分子フィルムの熱処理の工程で、多くの高分子が分解しガス化して散逸し、炭素質のフィルムが得られないという問題である。すなわち、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリエステルなどの高分子では、それらの熱処理工程でほとんどが分解ガスとなってしまい、炭素質フィルムが得られなかった。良好な炭素質フィルムが得られる高分子フィルムとしては、たとえば、熱硬化性高分子のフィルムがあり、ポリイミドフィルム、ポリアミドイミドフィルム、ポリベンゾイミダゾールフィルム、ポリアミドフィルム、ポリオキサゾールフィルムなどが挙げられる。
【0008】
その技術的課題の第二は、上記の様な炭素質フィルムが得られる高分子フィルムを用いたとしても、高分子フィルムは、その熱処理による炭素化工程において、大きく収縮する。このため、得られる炭素質フィルムには、皺やひずみが発生し、場合によっては割れが発生するという問題である。かかる問題は、特に大面積の炭素質フィルムを作製する際に、大きな課題となる。従来の技術では、事実上10cm×10cm以上の大きさの炭素質フィルムを皺やひずみ無く作製することはできなかった。
【特許文献1】特開平9−048666号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、高分子フィルムを、熱処理により炭素化させて、皺、ひずみおよび割れのない平面性の高い炭素質フィルムが得られる炭素質フィルムの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
我々は、上記の問題を解決するために、種々の高分子フィルムの熱処理による炭素質フィルムの製造方法を検討した。その結果、以下に示すように、皺、ひずみおよび割れのない平面性の高い炭素質フィルムの製造方法を完成させた。
【0011】
ここで、炭素質フィルムとは、高分子フィルムを熱処理して得られるフィルムであって、フィルムの主な構成元素が炭素であり、炭素の含有量が80質量%以上であるフィルムをいう。したがって、炭素質フィルムには、20質量%以下の炭素以外の元素、たとえば、水素、窒素、酸素などが含まれていてもよい。また、炭素質フィルムには、フィルムの構成元素の98質量%以上が炭素元素である炭素フィルム、フィルムの構成元素の98質量%以上が炭素元素でありその炭素の原子のほとんどがSP2混成軌道で結合したグラファイト構造を有するグラファイトフィルムが含まれる。
【0012】
また、耐熱性フィルムとは、炭素質フィルムの製造に用いられる高分子フィルムの熱分解温度においても熱分解しない高い耐熱性を有するフィルムをいう。
【0013】
本発明は、ある局面にしたがえば、1枚以上の高分子フィルムと高分子フィルムの熱分解温度以上の温度において耐熱性を有する耐熱性フィルムとを交互に積層して積層体を得る積層工程と、不活性ガス中あるいは真空中で、高分子フィルムの熱分解温度以上の温度で、積層体を熱処理することにより、高分子フィルムを炭素化して炭素質フィルムを得る炭素化工程と、を備える炭素質フィルムの製造方法である。かかる積層体を熱処理して積層体中の高分子フィルムを炭素化することにより、皺、ひずみおよび割れのない平面性の高い炭素質フィルムが得られる。ここで、積層体において、耐熱性フィルムの間には、1枚の高分子フィルムが挟まれていてもよく、複数枚の高分子フィルムが挟まれていてもよい。また、耐熱性フィルムに挟まれる高分子フィルムの枚数が、場所によって異なっていてもよい。
【0014】
本発明にかかる炭素質フィルムの製造方法において、耐熱性フィルムを炭素フィルムとすることができる。炭素フィルムは、耐熱性が高く、不活性ガス中では、銅、鉄、ステンレスなどの金属フィルムに比べても高い耐熱性を有する。また、炭素フィルムは、金属フィルムに比べて、製造される炭素質フィルムへの金属不純物の混入が少ない。
【0015】
また、本発明にかかる炭素質フィルムの製造方法において、耐熱性フィルムをグラファイトフィルムとすることができる。グラファイトフィルムは、高い耐熱性に加えて、高い熱伝導性を有する。このため、積層体中の高分子フィルムを均一に熱処理でき、フィルムにおける皺およびひずみの発生を抑制できる。また、グラファイトフィルムは、柔らかく、かつ、高い摺動性を有するため、高分子フィルムの熱処理による炭素化工程において、フィルムの収縮による割れを防止できる。さらに、グラファイトフィルムは、不活性ガス中では3000℃以上の高い耐熱性を有している。これらの観点から、グラファイトは、本発明に用いられる耐熱性フィルムとして、特に好ましい材料である。
【0016】
また、本発明にかかる炭素質フィルムの製造方法において、高分子フィルムを熱硬化性高分子フィルムとすることができる。高分子フィルムとして熱硬化性フィルムを用いることにより、良好な炭素質フィルムが収率良く得られる。
【0017】
また、本発明にかかる炭素質フィルムの製造方法における炭素化工程において、積層体に高分子フィルムおよび耐熱性フィルムのフィルム面に垂直な方向の圧力を印加することができる。かかる圧力を印加することにより、炭素化工程においてフィルムにおける皺の発生を抑制できる。印加される圧力の大きさは0.98Pa(0.01gf/cm2)以上9800Pa(100gf/cm2)以下とできる。かかる圧力が大きすぎると炭素化工程における高分子フィルムの熱分解による収縮によりフィルムに割れが発生する。また、圧力が小さすぎるとフィルムにおける皺の発生を抑止する効果が小さくなる。ここで、印加される圧力の大きさとは、原料である高分子フィルムの面積に対する圧力の大きさではなく、製造された炭素質フィルムの面積に対する圧力の大きさをいう。かかる圧力の大きさは、製造された炭素質フィルムの面積および炭素フィルムの面方向への荷重から算出できる。
【0018】
また、本発明にかかる炭素質フィルムの製造方法において、高分子フィルムとして用いられる熱硬化性高分子フィルムをポリイミドフィルムとすることができる。ポリイミドフィルムを用いることにより、良質なガラス状炭素質フィルム、グラファイトフィルムが得られる。ここで、ガラス状炭素質フィルムとは、フィルムの構成元素である炭素の含有量が80質量%以上であり、この炭素が結晶質状ではなくガラス状(アモルファス状)に配列されているフィルムをいう。ここで、炭素の配列は、X線回折装置による回折X線測定により確認することができる。
【0019】
ここで、ポリイミドフィルムは、100℃〜200℃の範囲におけるフィルム面方向の平均線膨張係数を32×10-6-1以下とすることができる。かかるフィルム面方向の平均線膨張係数は、フィルム面方向の分子の配向性を反映する物性値であり、分子の配向性が高いほど、熱の影響を受けにくく、平均線膨張係数が小さくなる。ポリイミドフィルムのフィルム面方向の平均線膨張係数が小さいほど(たとえば、32×10-6-1以下であると)、製造されるガラス状炭素質フィルムは、その強靭性が高くなり、その内部には気孔をほとんど含まれず、高いガスバリヤ性を示す。さらに、このようなガラス状炭素質フィルムは、2400℃以上の熱処理により、良質のグラファイトフィルムに転化できる。
【0020】
また、ポリイミドフィルムは、その複屈折を0.10以上とすることができる。ここで、複屈折Δnとは、フィルム面内の任意方向の屈折率と厚み方向の屈折率の差であり、次の式(1)
Δn=(フィルム面内の任意の方向の屈折率Nx)−(厚み方向の複屈折Nz)(1)
で定義される。かかる複屈折は、フィルム面方向の分子の配向性を直接反映する物性値であり、分子の配向性が高いほど、複屈折が大きくなる。ポリイミドフィルムの複屈折が大きいほど(たとえば、0.10以上であると)、製造されるガラス状炭素質フィルムは、その強靭性が高くなり、その内部には気孔をほとんど含まれず、高いガスバリヤ性を示す。さらに、このようなガラス状炭素質フィルムは、2400℃以上の熱処理により、良質のグラファイトフィルムに転化できる。
【0021】
また、ポリイミドフィルムは、以下の一般式(I)、(II)、(III)および(IV)
【0022】
【化5】

【0023】
【化6】

【0024】
【化7】

【0025】
【化8】

で表される繰り返し単位からなる群から選ばれる少なくとも1種類の繰り返し単位を有するポリイミドで形成されているフィルムとすることができる。
【0026】
上記のような繰り返し単位を有するポリイミドのフィルムは、フィルム面方向の分子の配向性が高く、良質のガラス状炭素質フィルムが製造される。上記のような繰り返し単位を有するポリイミドのフィルムから製造されるガラス状炭素質フィルムは、その強靭性が高くなり、その内部には気孔をほとんど含まれず、高いガスバリヤ性を示す。さらに、このようなガラス状炭素質フィルムは、2400℃以上の熱処理により、良質のグラファイトフィルムに転化できる。
【0027】
また、本発明にかかる炭素質フィルムの製造方法における炭素化工程において、ポリイミドフィルムを700℃以上の温度で熱処理することができる。ポリイミドフィルムを700℃以上で熱処理することにより、良質のガラス状炭素質フィルムが得られる。さらに、このようなガラス状炭素質フィルムは、2400℃以上の熱処理により、良質のグラファイトフィルムに転化できる。
【0028】
ここで、ポリイミドフィルムとして、100℃〜200℃の範囲におけるフィルム面方向の平均線膨張係数が32×10-6-1以下のポリイミドフィルム、複屈折が0.10以上のポリイミドフィルム、および/または、上記の一般式(I)、(II)、(III)および(IV)で表される繰り返し単位からなる群から選ばれる少なくとも1種類の繰り返し単位を有するポリイミドで形成されているフィルムを、700℃以上の温度で熱処理することにより、分子配向性が極めて高く、強靭性が極めて高いガラス状炭素質フィルムが得られる。また、このようなガラス状炭素質フィルムは、その内部に気孔がほとんど含まれておらず、極めて高いガスバリア性を示す。さらに、このようなガラス状炭素質フィルムは、2400℃以上の熱処理により、極めて良質のグラファイトフィルムに転化できる。
【発明の効果】
【0029】
上記のように、本発明にかかる炭素質フィルムの製造方法によれば、皺、ひずみおよび割れのない平面性の高い炭素質フィルムが得られる炭素質フィルムを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
本発明の一実施形態である炭素質フィルムの製造方法は、図1および図2を参照して、1枚以上の高分子フィルム13と耐熱性フィルム11とを交互に積層して積層体10を得る積層工程と、不活性ガス中あるいは真空中で、高分子フィルム13の熱分解温度以上の温度で、積層体10を熱処理することにより、高分子フィルム13を炭素化して炭素質フィルム15を得る炭素化工程と、を備える。かかる積層体10を熱処理して積層体10中の高分子フィルム13を炭素化することにより、皺、ひずみおよび割れのない平面性の高い炭素質フィルム15が得られる。
【0031】
(1)耐熱性フィルム
本発明において用いられる耐熱性フィルム11は、炭素質フィルム作製に用いられる高分子フィルムの熱分解温度以上の温度(すなわち、高分子フィルムが熱処理される温度)において、耐熱性を有すること(すなわち、熱分解しないこと)が必要である。ここで、高分子フィルムの熱分解温度は、その高分子フィルムを形成する高分子の種類によって異なるが、通常、高分子フィルムの熱分解および炭素化においては通常700℃以上の温度まで熱処理される。したがって、かかる熱処理温度、すなわち700℃以上の耐熱性を有することが好ましい。
【0032】
ここで、本発明において用いられる耐熱性フィルムは、面積の大きい主面を有する形状のものであれば厚さに特に限定はなく、フィルムに限定されず、シート、板などが含まれる。
【0033】
このような耐熱性フィルムとしては、特に制限はないが、銅、鉄、ステンレスなどの金属フィルム(金属シート、金属板を含む。以下同じ。)、アルミナなどのセラミック板、炭素フィルム(炭素シート、炭素板を含む。以下同じ。)などが挙げられる。ここで、炭素フィルムは、金属フィルムに比べて、高い耐熱性を有し、製造される炭素質フィルムへの金属不純物の混入が少ないという利点を有する。また、炭素フィルムは、セラミックス板に比べて、強靭であり、高い耐熱性を有するという利点を有する。かかる観点から、上記の耐熱性フィルム中において、炭素フィルムが好ましい。また、炭素フィルムにおいては、グラファイトフィルム(グラファイトシート、グラファイト板を含む。以下同じ。)がより好ましい。グラファイトフィルムは、高い耐熱性に加えて、高い熱伝導性を有する。このため、積層体中の高分子フィルムを均一に熱処理でき、フィルムにおける皺およびひずみの発生を抑制できる。また、グラファイトフィルムは、柔らかく、かつ、高い摺動性を有するため、高分子フィルムの熱処理による炭素化工程において、フィルムの収縮による割れを防止できる。
【0034】
これらのグラファイトフィルムとしては、等方性グラファイトフィルム(等方性グラファイトシート、等方性グラファイト板を含む。)、押し出し成型グラファイトフィルム(押し出し成型グラファイトシート、押し出し成型グラファイト板を含む。)、C/Cコンポジットフィルム(C/Cコンポジットシート、C/Cコンポジット板を含む。)、膨張グラファイトフィルム(膨張グラファイトシート、膨張グラファイト板を含む。)などが挙げられる。ここで、C/Cコンポジットとは、グラファイトを炭素繊維で補強した炭素繊維強化炭素複合材料をいう。これらのグラファイトフィルムは、市販品として入手が可能である。たとえば、東洋炭素(株)社製等方性グラファイトシート(商品名:IG−11、ISEM−3など)、東洋炭素(株)社製C/Cコンポジット板(商品名:CX−26、CX−27など)、SECカーボン(株)社製押し出しグラファイト板(商品名:PSG−12、PSG−332など)、東洋炭素(株)社製膨張グラファイトシート(商品名:PERMA−FOIL(グレード名:PF、PF−R2、PF−UHPL))などが挙げられる。
【0035】
(2)高分子フィルム
本発明において炭素質フィルムの原料となる高分子フィルム13は、熱処理において、高分子中の炭素原子が、熱分解後もフィルム状の形態を保ったまま残存することが必要である。そのためには、熱処理において、高分子フィルム中の炭素原子は熱分解と同時に再結合して、高分子構造と炭素の六員環構造との中間の構造を有する炭素前駆体が形成される必要がある。したがって、熱処理工程において、熱分解により炭素原子のほとんどがガス化して炭素質フィルムが得られない様な高分子フィルムは適さない。たとえば、ポリエチレンフィルム、ポリスチレンフィルム、ポリエステルフィルムなどの高分子フィルムでは、熱処理により高分子が分解して、炭素原子がほとんどがガス状となって散逸し、炭素質フィルムが得られない。良好な炭素質フィルムを得るためには、高分子フィルムが熱硬化性高分子であることが好ましい。かかる観点から、高分子フィルムとして、ポリイミドフィルム、ポリアミドイミドフィルム、ポリベンゾイミダゾールフィルム、ポリアミドフィルム、ポリオキサゾールフィルムなどの熱硬化性フィルムが好ましく挙げられる。さらに、強靭で高密度のガラス状炭素質フィルムが得られる観点から、高分子フィルムは、ポリイミドフィルムであることがより好ましい。こうして得られるガラス状炭素質フィルムは、さらに2400℃以上の高温で熱処理することにより、良質なグラファイトフィルムが得られる。
【0036】
本発明において用いられるポリイミドフィルムは、ポリイミド前駆体であるポリアミド酸の有機溶剤溶液を、エンドレスベルト、ステンレスドラムなどの支持体上に流延し、乾燥させ、イミド化させることにより製造される。本発明において用いられるポリアミド酸の製造方法としては、公知の方法を用いることができ、通常、芳香族酸二無水物の少なくとも1種とジアミンの少なくとも1種を、実質的に等モル量を有機溶媒中に溶解させて、得られたポリアミド酸有機溶媒溶液を、制御された温度条件下で、上記酸二無水物とジアミンの重合が完了するまで攪拌することによって製造される。重合方法としては、あらゆる公知の方法を用いることができる。
【0037】
ポリイミド重合に好適な酸二無水物として、ピロメリット酸二無水物、2,3,6,7−ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、1,2,5,6−ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、2,2’,3,3’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、2,2−ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物、ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、1,1−ビス(2,3−ジカルボキシフェニル)エタン二無水物、1,1−ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)エタン二無水物、ビス(2,3−ジカルボキシフェニル)メタン二無水物、ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)エタン二無水物、オキシジフタル酸二無水物、ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)スルホン二無水物、p−フェニレンビス(トリメリット酸モノエステル酸無水物)、エチレンビス(トリメリット酸モノエステル酸無水物)、ビスフェノールAビス(トリメリット酸モノエステル酸無水物)およびそれらの誘導体などが挙げられる。これらの酸無水物は、単独または、任意の割合で混合して好ましく用いられ得る。
【0038】
これらの酸無水物のうち、本発明において用いられるポリイミド前駆体ポリアミド酸組成物に対して最も好適な酸二無水物は、ピロメリット酸二無水物および/またはp−フェニレンビス(トリメリット酸モノエステル酸無水物)であり、これらのうちいずれか単独もしくは両者の合計は、全酸二無水物に対して、40モル%以上が好ましく、50モル%以上がより好ましく、70モル%以上がさらに好ましい。
【0039】
本発明にかかるポリイミド前駆体ポリアミド酸組成物において好適に用いられるジアミンとして、4,4’−オキシジアニリン、p−フェニレンジアミン、4,4’−ジアミノジフェニルプロパン、4,4’−ジアミノジフェニルメタン、ベンジジン、3,3’−ジクロロベンジジン、4,4’−ジアミノジフェニルスルフィド、3,3’−ジアミノジフェニルスルホン、4,4’−ジアミノジフェニルスルホン、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、3,3’−ジアミノジフェニルエーテル、3,4’−ジアミノジフェニルエーテル、1,5−ジアミノナフタレン、4,4’−ジアミノジフェニルジエチルシラン、4,4’−ジアミノジフェニルシラン、4,4’−ジアミノジフェニルエチルホスフィンオキシド、4,4’−ジアミノジフェニルN−メチルアミン、4,4’−ジアミノジフェニルN−フェニルアミン、1,4−ジアミノベンゼン(p−フェニレンジアミン)、1,3−ジアミノベンゼン、1,2−ジアミノベンゼンおよびそれらの誘導体などが挙げられる。また、これらジアミン化合物の中で、4,4’−オキシジアニリンとp−フェニレンジアミンとを、(4,4’−オキシジアニリン):(p−フェニレンジアミン)のモル比で、4:6〜9:1の範囲で用いるのが好ましい。
【0040】
ポリアミド酸を合成するための溶媒としては、アミド系溶媒、たとえば、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドンなどが好ましく、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミドが特に好ましい。
【0041】
これらポリアミド酸溶液からポリイミドフィルムを製造する方法については、公知の方法を用いることができる。かかる方法として、熱イミド化法と化学イミド化法が挙げられる。熱イミド法は、ポリアミド酸溶液を熱処理することによりポリイミドフィルムを製造する方法である。化学イミド法は、ポリアミド酸有機溶媒溶液に、無水酢酸などの酸無水物に代表される脱水剤と、イソキノリン、β−ピコリン、ピリジンなどの第三級アミン類などに代表されるイミド化触媒とを作用させて化学的にポリイミドフィルムを製造する方法である。化学イミド化法に熱イミド化法を併用してもよい。
【0042】
このようにして、100℃〜200℃の範囲におけるフィルム面方向の平均線膨張係数が32×10-6-1以下で初期引張弾性率が1.96GPa(200kgf/mm2)以上のポリイミドフィルムが得られる。また、強靭で内部に気孔がほとんどふくまれない良質のガラス状炭素質フィルムが得られる観点から、ポリイミドフィルムの100℃〜200℃の範囲におけるフィルム面方向の平均線膨張係数は、32×10-6-1以下が好ましく、20×10-6-1以下がより好ましく、15×10-6-1以下がさらに好ましい。100℃〜200℃の範囲におけるフィルム面方向の平均線膨張係数は、熱機械分析装置(TMA)を用いて、まず試料を10℃/分の昇温速度で350℃まで昇温させたのち一旦室温(25℃)まで空冷し、再度10℃/分の昇温速度で350℃まで昇温させ、2回目の昇温時から100℃〜200℃の範囲において測定される。また、ひずみおよび割れのガラス状炭素質フィルムが得られる観点から、ポリイミドフィルムの初期引張弾性率は、1.96GPa(200kgf/mm2)以上が好ましく、2.45GPa(250kgf/mm2)以上がより好ましく、2.94GPa(300kgf/mm2)以上がさらに好ましい。ここで、フィルムの初期引張弾性率は、ASTM D882に準拠して測定される。かかるポリイミドフィルム線膨張係数および初期引張弾性率の値は、ガラス状炭素質フィルムの製造に大きな影響を与える。これらは出発原料である高分子フィルム内部での分子の配向性を反映したものであり、線膨張係数が小さいほど、また、初期引張弾性率の値が高いほど、分子の配向性が高くなる。特に、高分子フィルムであるポリイミドフィルムの線膨張係数が小さいほど、強靭なガラス状炭素質フィルムが得られやすい。
【0043】
また、本発明において用いられるポリイミドフィルムの複屈折Δnは、強靭で内部に気孔がほとんど含まれない良質のガラス状炭素質フィルムが得られる観点から、0.10以上が好ましく、0.13がより好ましく、0.15以上がさらに好ましい。かかる複屈折Δnは、フィルム面方向の分子の配向性を直接反映する物性値であり、分子の配向性が高いほど、複屈折が大きくなる。
【0044】
ここでいう複屈折とは、フィルム面内の任意の方向の屈折率と厚さ方向の屈折率との差を意味し、フィルム面内の任意の方向の複屈折Δnは以下の式(1)
Δn=(フィルム面内の任意の方向の屈折率Nx)−(厚さ方向の屈折率Nz)(1)
で与えられる。具体的な測定方法は、以下のとおりである。すなわち、フィルムから試料片をくさび形に切り出して、試料片の切り出し面にナトリウム光を当てて、偏光顕微鏡で観察すると干渉縞がみられる。この干渉縞の数をnとすると、複屈折Δnは、
Δn=n×λ/d (2)
で表される。ここで、λはナトリウム光の波長589nm、dは試料片の巾(nm)である。詳しくは「新実験化学講座」第19巻(丸善(株))などに記載されている。
【0045】
また、本発明において用いられるポリイミドフィルムは、以下の一般式(I)、(II)、(III)および(IV)
【0046】
【化9】

【0047】
【化10】

【0048】
【化11】

【0049】
【化12】

で表される繰り返し単位からなる群から選ばれる少なくとも1種類の繰り返し単位を有するポリイミドで形成されているフィルムであることが好ましい。このような繰り返し単位を有するポリイミドのフィルムは、フィルム面方向の分子の配向性が高く、良質のガラス状炭素質フィルムが製造される。
【0050】
ここで、一般式(I)の繰り返し単位を有するポリイミドとしては、酸二無水物としてのピロメリット酸二無水物と、ジアミンとしてのp−フェニレンジアミンと、を重合させて得られるポリイミドなどが挙げられる。また、一般式(II)の繰り返し単位を有するポリイミドとしては、酸二無水物としてのピロメリット酸二無水物と、ジアミンとしての4,4’−ジアミノジフェニルエーテルと、を重合させて得られるポリイミドなどが挙げられる。また、一般式(III)の繰り返し単位を有するポリイミドとしては、酸二無水物としてのp−フェニレンビス(トリメリット酸モノエステル酸無水物)と、ジアミンとしてのp−フェニレンジアミンと、を重合させて得られるポリイミドなどが挙げられる。また、一般式(IV)の繰り返し単位を有するポリイミドとしては、酸二無水物としてのp−フェニレンビス(トリメリット酸モノエステル酸無水物)と、ジアミンとしての4,4’−ジアミノジフェニルエーテルと、を重合させて得られるポリイミドなどが挙げられる。
【0051】
(3)炭素質フィルムの製造方法
(3−1)積層工程
本発明の一実施形態である炭素質フィルムの製造方法は、図1(a)および図2(a)を参照して、1枚以上の高分子フィルム13と耐熱性フィルム11とを交互に積層して積層体10を得る積層工程を備える。
【0052】
ここで、「交互に積層」とは、図1(a)に示すように耐熱性フィルム11と高分子フィルム13が1枚ずつ交互に積層されていてもよく、図2(a)に示すように耐熱性フィルム11の間に複数枚の高分子フィルム13が挟まれて積層されていてもよい。また、図2(a)に示すように、耐熱性フィルム11に挟まれる高分子フィルム13の枚数が、場所によって異なっていてもよい。積層体10において、耐熱性フィルム11の間に挟まれる高分子フィルム13の枚数が増加するほど、炭素質フィルムの製造効率は高くなるが、高分子フィルムを挟み効果が小さくなるため製造される炭素質フィルムに皺またはひずみが発生しやすくなる。かかる観点から、耐熱性フィルム11の間に挟まれる高分子フィルム13の枚数は、1枚〜50枚が好ましく、1枚〜20枚がより好ましく、1枚〜5枚がさらに好ましい。
【0053】
また、図1〜図3を参照して、高分子フィルムを均一に炭素化させて、炭素質フィルムに皺またはひずみが発生するのを抑制する観点から、耐熱性フィルム11の大きさ(フィルム面11sの大きさをいう、以下同じ。)は、高分子フィルム13の大きさ(フィルム面13sの大きさをいう、以下同じ。)と同じか、高分子フィルム13の大きさより大きい方が好ましい。すなわち、高分子フィルムの大きさと同じかまたはより大きい耐熱性フィルム11の周縁以内に高分子フィルム13を積層させることが好ましい。ここで、高分子フィルム13の周縁は、耐熱性フィルム11の周縁から5mm以上内側にあることが好ましい。たとえば、図1(a)、図2(a)および図3において、耐熱性フィルム11と高分子フィルム13との間の周縁間距離Lは5mm以上であることが好ましい。
【0054】
(3−2)炭素化工程
本発明の一実施形態である炭素質フィルムの製造方法は、図1(b)および(c)ならびに図2(b)および(c)を参照して、不活性ガス中あるいは真空中で、高分子フィルムの熱分解温度以上の温度で、積層体10を熱処理することにより、高分子フィルム13を炭素化して炭素質フィルム15を得る炭素化工程を備える。かかる炭素化工程により、積層体10中の高分子フィルム13(図1(b)および図2(b))が、熱処理により炭素化されて、積層体20中で炭素質フィルム15(図1(c)および図2(c))が得られる。
【0055】
上記積層工程により得られた積層体10は、たとえば、グラファイト製の箱の中にセットされる。このとき、高分子フィルムは、グラファイト製の箱と直接接触しないことが好ましい。高分子フィルムがグラファイト製箱と直接接触していると、グラファイト製箱から高分子フィルムに直接熱が伝わり、高分子フィルムのフィルム面内において、熱分布が不均一となり、温度差が生じるため、フィルムに皺またはひずみが発生しやすい。高分子フィルムの大きさよりも大きい耐熱性フィルムの周縁内に高分子フィルムを積層させることによって、高分子フィルムがグラファイト製箱に直接接触することを防止できる。
【0056】
上記の積層体10を保持するための容器としては、上記のグラファイト製箱に限定されない。積層体10を保持するための容器は、炭素質フィルムを製造する際の最高熱処理温度以上の耐熱性を有している材料であればよい。たとえば、金属製の箱、セラミック製の箱などが挙げられる。工業的な入手が容易であり、質量が小さく取り扱いが容易である観点から、グラファイト製の箱がより好ましい。
【0057】
以下、炭素質フィルムの原料となる高分子フィルムの代表例として、ポリイミドフィルムをとりあげて、本発明にかかる炭素質フィルムの製造方法について説明する。
【0058】
ポリイミドフィルムを、窒素ガス、アルゴンガスなどの不活性ガス中、または、真空中で、ポリイミドフィルムの熱分解以上の温度で熱処理することにより、炭素化する。ここで、不活性ガス中または真空中で熱処理するのは、熱分解の際の炭素原子のガス化を防止して、炭素化を促進させるためである。真空中の真空度は、50Pa以下が好ましく、20Pa以下がより好ましく、10Pa以下がさらに好ましい。また、炭素化工程における熱処理は、熱分解の際の炭素原子のガス化を防止して、炭素化を促進させる観点から、昇温速度は0.1℃/分以上20℃/分以下が好ましく、最高熱処理温度で10分間以上60分間以下程度保持することが好ましい。
【0059】
また、図1〜図3を参照して、炭素化工程においては、皺およびひずみの少ない炭素質フィルムを得る観点から、フィルムの破壊が起きない程度に、積層体10の高分子フィルム13および耐熱性フィルム11のフィルム面13s,11sに垂直な方向に圧力を印加することが好ましい。圧力が小さすぎると、フィルムに皺またはひずみが発生するのを抑制する効果が小さくなる。圧力が大きすぎると、炭素化工程におけるフィルムの収縮のためにフィルムの破壊がおこる。かかる観点から、印加される圧力の大きさは、0.98Pa(0.01gf/cm2)以上9800Pa(100gf/cm2)以下が好ましく、0.98Pa(0.01gf/cm2)以上4900Pa(50gf/cm2)以下がより好ましい。ここで、印加される圧力の大きさとは、原料である高分子フィルムの面積(フィルム面13sの面積)に対する圧力の大きさではなく、製造された炭素質フィルムの面積(フィルム面15sの面積)に対する圧力の大きさをいう。積層体10に圧力を印加する方法は、特に制限はなく、最も簡単な方法としては、耐熱性フィルム11と高分子フィルム13の積層体10の上部に、適当な質量の重りを載せるだけでもよい。ここで、重りとして用いられる材料としては、特に制限はなく、ステンレスなどの金属板、アルミナなどのセラミック板、または炭素板などを用いることができる。また、重りの主面の大きさは、高分子フィルムの大きさと同じかまたはより大きいことが好ましい。すなわち、高分子フィルムの大きさと同じかまたはより大きい主面を有する重りの周縁以内に高分子フィルムを積層させることが好ましい。ここで、高分子フィルムの周縁は、重りの周縁から5mm以上内側にあることが好ましい。これにより、重りによる圧力が高分子フィルムに均一に加えられ、炭素化工程においてフィルムに皺、ゆがみまたは割れが発生するのを抑制することができる。
【0060】
炭素質フィルムとして、ガラス状炭素質フィルムを製造する場合には、炭素化工程における最高熱処理温度は、700℃〜1600℃程度であり、耐熱性フィルムとして、銅、鉄、ステンレスなどの金属フィルム(金属シート、金属板を含む。)、アルミナなどのセラミック板、炭素フィルム(炭素シート、炭素板を含む。)など、広範囲の材料のフィルムを用いることができる。炭素質フィルムとして、グラファイトフィルムを製造する場合には、炭素化工程における最高熱処理温度は2400℃〜3200℃程度となるため、このような高温に耐えられる耐熱性フィルムとしては、事実上グラファイトフィルムが唯一の材料となる。
【0061】
また、ガラス状炭素質フィルムを製造する場合、原料である高分子フィルムの分子配向性が、製造されるガラス状質炭素フィルムの物性に影響を与え、強靭性、機械的強度または密度の異なるガラス状炭素質フィルムが得られる。すなわち、同じ条件で熱処理した場合であっても、ポリイミドフィルムのフィルムの面方向の二次元的な分子配向性が異なるポリイミドフィルムを用いると、炭素配列が異なり物性が異なるガラス状炭素質フィルムが得られる。
【実施例】
【0062】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明する。
【0063】
(実施例1)
高分子フィルムとして、A4サイズ(210mm×297mm)にカットした東レ・デュポン社製ポリイミドフィルム(商品名:カプトンHフィルム、厚さ50μmおよび25μmの2種類)を準備した。このポリイミドフィルムの100〜200℃の範囲における平均線膨張係数は30×10-6-1であり、複屈折は0.10〜0.11であった。また、耐熱性フィルムとして、230mm×320mmの大きさの東洋炭素(株)製膨張グラファイトシート(商品名:PERMA−FOIL(グレード名:PF−UHPL)、厚さ200μm)を準備した。上記膨張グラファイトシート(耐熱性フィルム)と上記ポリイミドフィルム(高分子フィルム)とを、一枚ずつ交互に、ポリイミドフィルムが200枚となるまで積層して積層体を得た。このとき、積層体の最上層および最下層は膨張グラファイトシートとしたため、膨張グラファイトシートの枚数は201枚であった。
【0064】
上記積層体をグラファイト製の箱(内寸:縦250mm×横340mm×高さ100mm)の中に積層体が箱の壁に接触しないように配置した。積層体の上に重さ2000g(314Pa(3.2gf/cm2)に相当)の質量の炭素製の重りを載せた。積層体が配置されたグラファイト箱を炭素化炉中に配置した。そしてさらに、この箱をグラファイト製の別の容器内に保持した。容器とヒータの加熱面とは、空間により、互いに非接触の状態に維持されており、これらの間隔は約5cmであった。
【0065】
アルゴンガス雰囲気下で、室温(25℃)から2℃/分の速度で昇温させ、最高温度(HTT)で10分間程度の保持を行なった後に、20℃/分の速度で降温させ、温度が400℃に達した後にヒーターをオフとして後は自然冷却した。最高熱処理温度を700℃、1000℃、1200℃、1400℃または1600℃として、炭素質フィルムを作製した。得られた炭素質フィルムの皺、ひずみ、および割れの有無を目視で観察した。炭素質フィルムの皺および割れの有無は、目視観察により判断した。また、炭素質フィルムのひずみの有無は、フラットな平面に炭素質フィルムを置いて、炭素質フィルム面上に顔を投影したときにその顔の投影像にひずみが観察されるか否かで判断した。
【0066】
皺の有無に関しては、皺の発生が全くないもの(たとえば、図4に示すように皺が全く発生していないもの)を優、皺の発生がわずかに認められるものを良、皺の発生が認められるがその程度が小さく使用に耐えるもの(たとえば、図5に示すように小さな皺W1が発生しているもの)を可、皺の発生が認められその程度が大きく使用に耐えないもの(たとえば、図6に示すように大きな皺W2が発生しているもの)を不可とした。また、ひずみの有無に関しては、ひずみの発生が全くないものを優、ひずみの発生がわずかに認められるものを良、ひずみの発生が認められるがその程度が小さく使用に耐えるものを可、ひずみの発生が認められその程度が大きく使用に耐えないものを不可とした。また、割れの有無に関しては、割れの発生が全くないものを優、割れの発生がわずかに認められるものを良、割れの発生が認められるがその程度が小さく使用に耐えるものを可、割れの発生が認められその程度が大きく使用に耐えないものを不可とした。それらの結果を表1にまとめた。
【0067】
また、表1には、得られた炭素質フィルムの密度、電気伝導度、および曲げ強度の値もあわせてまとめた。ここで、電気伝導度は、JIS K7194に準拠して測定した。また、曲げ強度は、オートグラフを用いて室温(25℃)の大気圧雰囲気下10mm/分の曲げ速度で測定した。
【0068】
【表1】

【0069】
表1を参照して、最高熱処理温度700℃で作製した炭素質フィルムにはわずかなひずみが観察されたが、それ以外の炭素質フィルムは鏡面を有する、皺およびひずみの全くない炭素質フィルムであった。また、いずれの炭素質フィルムにも割れは全く認められなかった。なお、積層体の下部に積層された炭素質フィルムと上部に積層された炭素質フィルムの間にも品質の差は観察されなかった。
【0070】
(実施例2)
積層体を内寸が縦250mm×横340mm×高さ350mmのグラファイト製箱の中に配置し、その積層体の上に重さ50000g(7850Pa(80gf/cm2)に相当)の炭素製の重りを載せた以外は、実施例1と同様にして炭素質フィルムを作製した。得られた炭素質フィルムの皺、ひずみおよび割れを観察した。結果を表2にまとめた。
【0071】
【表2】

【0072】
表2を参照して、最高熱処理温度700℃で作製した炭素質フィルムにはわずかなひずみが観察されたが、それ以外の炭素質フィルムは鏡面を有する、皺およびひずみの全くない炭素質フィルムであった。また、いずれの炭素質フィルムにも割れは全く認められなかった。なお、積層体の下部に積層された炭素質フィルムと上部に積層された炭素質フィルムの間にも品質の差は観察されなかった。
【0073】
(実施例3)
膨張グラファイトシート(耐熱性フィルム)間に挟まれる厚さ50μmのポリイミドフィルム(高分子フィルム)の枚数を、2枚、3枚、5枚、10枚、20枚、30枚、50枚として、最高熱処理温度1000℃または1400℃としたこと以外は、実施例1と同様にして、炭素質フィルムを作製した。ここで、ポリイミドフィルムの総枚数は200枚であり、膨張グラファイトシート(耐熱性フィルム)間のポリイミドフィルム(高分子フィルム)の積層枚数が3枚の場合は最上部のみ2枚(図2を参照)、積層枚数が30枚の場合は最上部のみ20枚とした。得られた炭素質フィルムの皺、ひずみおよび割れの有無を観察した。結果を表3にまとめた。
【0074】
【表3】

【0075】
表3を参照して、高分子フィルムの積層枚数が10枚以下の場合には、最高熱処理温度1000℃および1400℃のいずれであっても、炭素質フィルムには皺およびひずみは全く認められなかった。高分子フィルムの積層枚数が20枚および30枚の場合は、最高熱処理温度が1000℃のとき皺およびひずみが若干認められ、最高熱処理温度が1400℃のとき皺は認められなかったが若干のひずみが認められた。高分子フィルムの積層枚数が50枚の場合は、最高熱処理温度が1000℃のとき皺およびひずみが認められ、最高熱処理温度が1400℃のとき皺およびひずみが若干認められた。
【0076】
(比較例1)
膨張グラファイトシート(耐熱性フィルム)を用いることなく、厚さ50μmのポリイミドフィルム(高分子フィルム)を直接200枚積層したこと以外は、実施例1と同様にして炭素質フィルムを作製した。得られた炭素質フィルムには、いずれの最高熱処理温度でも大きな皺(不可)、ひずみ(不可)および割れ(不可)の発生が認められた。これは、ポリイミドフィルムを直接200枚積層したことで、フィルム面内が均一な炭素化が進行しなかったためと考えられる。
【0077】
(実施例4)
以下の6種類の耐熱性フィルム(A〜H)を準備し、厚さ50μmのポリイミドフィルムを用いて、最高熱処理温度を700℃または1200℃としたこと以外は、実施例1と同様にして、炭素質フィルムの作製を行なった。ここで、準備した耐熱性フィルムは、A:厚さ1mmのステンレス板、B:厚さ1mmの圧延銅板、C:厚さ200μmの一般品膨張グラファイトシート(東洋炭素(株)製PERMA−FOIL(グレード名:PF))、D:厚さ200μmの耐熱向上品膨張グラファイトシート(東洋炭素(株)製PERMA−FOIL(グレード名:PF−R2))、E:厚さ200μmの高純度化品膨張グラファイトシート(東洋炭素(株)製PERMA−FOIL(グレード名:PF−UHPL))、F:厚さ1mmの等方性グラファイト板(東洋炭素(株)製、商品名:ISEM−3)、G:厚さ1mmの押し出し成型グラファイト板(SECカーボン(株)製、商品名:PSG−12)、H:厚さ0.9mmのC/Cコンポジット板(東洋炭素(株)製、商品名:CX−26)である。得られた炭素質フィルムの皺、ひずみおよび割れの有無を観察した。結果を表4にまとめた。
【0078】
【表4】

【0079】
表4を参照して、耐熱性フィルムが炭素材料のフィルムである場合は、炭素材料以外のフィルムである場合に比べて、皺、ひずみおよび割れの少ない炭素質フィルムが得られた。特に、耐熱性フィルムが膨張グラファイトシートの場合は、皺、ひずみおよび割れのほとんどない炭素質フィルムが得られた。これは、本実施例で使用した膨張グラファイトシートは、面方向に200W・m-1・K-1程度の優れた熱伝導性を有しており、高分子フィルムの熱処理が均一に行なわれるため、また膨張グラファイトシートは柔らかくしかも表面摺動性に優れるためと考えられる。
【0080】
なお、参考のため、炭素質フィルムの皺の発生状況を図4〜図6の写真に示す。ここで、図4は皺が全く発生していない炭素質フィルム(評価が優の炭素質フィルム)を示し、図5は皺の発生が認められるがその程度が小さく使用に耐える炭素質フィルム(評価が可の炭素質フィルム)を示し、図6は皺の発生が認められその程度が大きく使用に耐えない炭素質フィルム(評価が不可の炭素質フィルム)を示す。ここで、図5には小さな皺W1が認められ、図6には小さな皺W1および大きな皺W2が認められる。
【0081】
(実施例5)
実施例1において、最高熱処理温度1400℃で作製したグラファイトフィルムが入ったグラファイト箱を炭素化炉から取り出し、グラファイト製の別の容器内に保持したものをグラファイト化炉に配置して、アルゴンガス雰囲気下でさらに高温で熱処理してグラファイト化させた。容器とヒータの加熱面とは、空間により、互いに非接触の状態に維持されており、これらの間隔は約5cmであった。グラファイト化のための熱処理最高温度を2000℃、2400℃、2600℃、2800℃、2900℃または3000℃とし、それぞれの最高熱処理温度で10分保持後、1600℃まで降温し、その後ヒーターをオフとして自然冷却した。実施例1と同じ方法で、得られたグラファイトフィルム(炭素質フィルム)の皺、ひずみおよび割れの有無を観察した。最高熱処理温度がいずれの場合でも、グラファイトフィルムの皺、ひずみおよび割れの発生は全く認められず、本発明の炭素質フィルムの製造方法は、グラファイトフィルムの製造にも有効であることがわかった。
【0082】
(実施例6)
ピロメリット酸二無水物、4,4’-ジアミノジフェニルエーテルおよびp−フェニレンジアミンを、モル比で4:3:1の割合で反応させてポリアミド酸を合成した。このポリアミド酸の18質量%のDMF(N,N−ジメチルホルムアミド)溶液100gに、無水酢酸20gとイソキノリン10gからなる硬化剤を混合し、攪拌して、遠心分離により脱泡した後、アルミ箔上に流延塗布した。攪拌から脱泡までは、溶液を0℃に冷却しながら行った。このアルミ箔とポリアミド酸溶液の積層物を120℃で150秒間加熱し、自己支持性を有するゲルフィルムを得た。このゲルフィルムをアルミ箔から剥がし、フレームに固定した。このゲルフィルムを、300℃で30秒間、400℃で30秒間、500℃で30秒間、段階的に加熱して、ポリイミドフィルムPI−A(高分子フィルム)を製造した。得られたポリイミドフィルムPI−Aは、厚さが25μm、50μmの2種類であり、100℃〜200℃の平均線膨張係数が16×10-6-1、複屈折が0.13〜0.14であった。
【0083】
上記のようにして得られたポリイミドフィルム(高分子フィルム)を用いて、積層体に印加する圧力を4900Pa(50gf/cm2)とし、最高熱処理温度を700℃、1000℃または1600℃とした以外は、実施例1と同様にして、炭素質フィルムを作製した。得られた炭素質フィルムは、X線回折装置による回折X線を測定したところ、炭素原子がガラス状に配列しているガラス状炭素質フィルムであった。得られた炭素質フィルムの皺、ひずみおよび割れの有無を観察した。結果を表5にまとめた。また、表5には、得られた炭素質フィルムの密度、電気伝導度、および曲げ強度の値もあわせてまとめた。
【0084】
【表5】

【0085】
表5を参照して、得られたガラス状炭素質フィルムは、皺、ひずみおよび割れが全くなく、高い平面性を有していた。また、本実施例においては、最高熱処理温度が700℃で作製された炭素質フィルムにおいても、フィルム中の炭素はガラス状態に転化しており、密度、曲げ強度のいずれもが高くなった。
【0086】
(実施例7)
ピロメリット酸二無水物、4,4’−ジアミノジフェニルエーテルおよびp−フェニレンジアミンを、モル比で3:2:1の割合で反応させてポリアミド酸を合成した。このポリアミド酸の18質量%のDMF溶液100gに、無水酢酸20gとイソキノリン10gからなる硬化剤を混合し、攪拌して、遠心分離により脱泡した後、アルミ箔上に流延塗布した。攪拌から脱泡までは、溶液を0℃に冷却しながら行った。その後は、実施例6と同様にしてポリイミドフィルムPI−B(高分子フィルム)を製造した。ポリイミドフィルムPI−Bを製造した。得られたポリイミドフィルムPI−Bは、厚さが25μm、50μmの2種類であり、100℃〜200℃の平均線膨張係数が10×10-6-1であり、複屈折が0.15〜0.16であった。このポリイミドフィルムPI−Bを用いたこと以外は、実施例6と同様にして、炭素質フィルムを作製した。得られた炭素質フィルムは、X線回折装置による回折X線を測定したところ、炭素原子がガラス状に配列しているガラス状炭素質フィルムであった。得られた炭素質フィルムの皺、ひずみおよび割れの有無を観察した。結果を表6にまとめた。また、表6には、得られた炭素質フィルムの密度、電気伝導度、および曲げ強度の値もあわせてまとめた。
【0087】
【表6】

【0088】
表6を参照して、得られたガラス状炭素質フィルムは、皺、ひずみおよび割れが全くなく、高い平面性を有していた。また、本実施例においては、最高熱処理温度が700℃で作製された炭素質フィルムにおいても、フィルム中の炭素はガラス状態に転化しており、密度、曲げ強度のいずれもが高くなった。
【0089】
(実施例8)
ピロメリット酸二無水物、p−フェニレンビス(トリメリット酸モノエステル酸無水物)、パラフェニレンジアミンおよび4,4’−ジアミノジフェニルエーテルを、モル比で1:1:1:1の割合で反応させてポリアミド酸を合成した。このポリアミド酸の18質量%のDMF溶液100gに、無水酢酸20gとイソキノリン10gからなる硬化剤を混合し、攪拌して、遠心分離により脱泡した後、アルミ箔上に流延塗布した。攪拌から脱泡までは、溶液を0℃に冷却しながら行った。その後は、実施例6と同様にしてポリイミドフィルムPI−C(高分子フィルム)を製造した。得られたポリイミドフィルムのPI−Cは、厚さが25μm、50μmの2種類であり、100℃〜200℃の平均線膨張係数が9×10-6-1、複屈折が0.16〜0.17であった。このポリイミドフィルムPI−Cを用いたこと以外は、実施例6と同様にして、炭素質フィルムを作製した。得られた炭素質フィルムは、X線回折装置による回折X線を測定したところ、炭素原子がガラス状に配列しているガラス状炭素質フィルムであった。得られた炭素質フィルムの皺、ひずみおよび割れの有無を観察した。結果を表7にまとめた。また、表7には、得られた炭素質フィルムの密度、電気伝導度、および曲げ強度の値もあわせてまとめた。
【0090】
【表7】

【0091】
表7を参照して、得られたガラス状炭素質フィルムは、皺、ひずみおよび割れが全くなく、高い平面性を有していた。また、本実施例においては、最高熱処理温度が700℃で作製された炭素質フィルムにおいても、フィルム中の炭素はガラス状態に転化しており、密度、曲げ強度のいずれもが高くなった。
【0092】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した説明でなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内のすべての変更が含まれることが意図される。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】本発明にかかる炭素質フィルムの製造方法の一例を示す概略断面図である。ここで、(a)は積層工程を示し、(b)および(c)は炭素化工程を示す。
【図2】本発明にかかる炭素質フィルムの製造方法の他の例を示す概略断面図である。ここで、(a)は積層工程を示し、(b)および(c)は炭素化工程を示す。
【図3】本発明における積層体の一例を示す概略平面図である。
【図4】皺が全く発生していない炭素質フィルムを示す写真である。
【図5】小さな皺が発生している炭素質フィルムを示す写真である。
【図6】大きな皺が発生している炭素質フィルムを示す写真である。
【符号の説明】
【0094】
10,20 積層体、11 耐熱性フィルム、11s,13s フィルム面、13 高分子フィルム、15 炭素質フィルム、L 周縁間距離、P 圧力、W1 小さな皺,W2 大きな皺。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1枚以上の高分子フィルムと前記高分子フィルムの熱分解温度以上の温度において耐熱性を有する耐熱性フィルムとを交互に積層して積層体を得る積層工程と、
不活性ガス中あるいは真空中で、前記高分子フィルムの熱分解温度以上の温度で、前記積層体を熱処理することにより、前記高分子フィルムを炭素化して炭素質フィルムを得る炭素化工程と、を備える炭素質フィルムの製造方法。
【請求項2】
前記耐熱性フィルムは炭素フィルムである請求項1に記載の炭素質フィルムの製造方法。
【請求項3】
前記耐熱性フィルムはグラファイトフィルムである請求項1に記載の炭素質フィルムの製造方法。
【請求項4】
前記高分子フィルムは熱硬化性高分子フィルムである請求項1に記載の炭素質フィルムの製造方法。
【請求項5】
前記炭素化工程において、前記積層体に前記高分子フィルムおよび前記耐熱性フィルムのフィルム面に垂直な方向の圧力を印加する請求項1から請求項4までのいずれかに記載の炭素質フィルムの製造方法。
【請求項6】
前記圧力の大きさは、0.98Pa以上9800Pa以下である請求項5に記載の炭素質フィルムの製造方法。
【請求項7】
前記熱硬化性高分子フィルムはポリイミドフィルムである請求項4に記載の炭素質フィルムの製造方法。
【請求項8】
前記ポリイミドフィルムは、100℃〜200℃の範囲におけるフィルム面方向の平均線膨張係数が32×10-6-1以下である請求項7に記載の炭素質フィルムの製造方法。
【請求項9】
前記ポリイミドフィルムの複屈折が0.10以上である請求項7に記載の炭素質フィルムの製造方法。
【請求項10】
前記ポリイミドフィルムは、以下の一般式(I)、(II)、(III)および(IV)
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

で表される繰り返し単位からなる群から選ばれる少なくとも1種類の繰り返し単位を有するポリイミドで形成されているフィルムである請求項7から請求項9までのいずれかに記載の炭素質フィルムの製造方法。
【請求項11】
前記炭素化工程において、前記ポリイミドフィルムを700℃以上の温度で熱処理する請求項7から請求項10までのいずれかに記載の炭素質フィルムの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−203153(P2009−203153A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−284761(P2008−284761)
【出願日】平成20年11月5日(2008.11.5)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】