説明

炭酸脱水酵素阻害剤を含有する紫外線炎症の改善ための皮膚外用剤

【課題】新規皮膚外用剤の提供。
【解決手段】炭酸脱水酵素阻害剤を含有する紫外線照射による皮膚の炎症を改善及びその発症を抑制するための皮膚外用剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭酸脱水酵素阻害剤を含有する紫外線照射による皮膚の炎症を改善及びその発症を抑制するための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
恒常的な紫外線の照射により、皮膚では、しわ形成、コラーゲンなどの真皮マトリックス高分子の分解、線維症などの皮膚ダメージが引き起こされることが知られている(非特許文献1)。また、単回の紫外線B(以下UVB)(波長290nm〜320nm)の暴露によって、皮膚には紅班、表皮肥厚、血管透過性の亢進、浮腫などの皮膚炎症が起こることも知られている。(非特許文献2)。これまでに、継続的に紫外線を浴びた光老化皮膚でリンパ管の数が顕著に減少することを見出している(非特許文献3)。また、単回の紫外線照射により、皮膚のリンパ管の拡張によって、リンパ管は漏れやすくなり、リンパ管の回収機能を低下させることがわかった(非特許文献4)。このように、紫外線照射による炎症にはリンパ管の機能的関与が示唆された。
これまでに、チロシナーゼ型受容体VEGFR(vascular endothelial growth factor receptor)-3がリンパ管内皮細胞に特異的に発現することが見出され、そのリガンドであるVEGF-CおよびVEGF-Dがリンパ管の新生を誘導することが示された(非特許文献5)。さらに近年、VEGF-Cが、紫外線による炎症や皮膚ダメージを軽減することが示され、新たな炎症を緩和する方法としてリンパ管の機能を特異的に制御する方法が考えられた。一方で、VEGF-Aはリンパ管内皮細胞に発現するVEGFR2を介してリンパ管新生を誘導していることが明らかになり、リンパ管の機能に関しては、以下の報告がある。VEGF-Aを発現するアデノウイルスを感染させたマウス耳では、顕著なリンパ管新生が見られたが、構造的な異常とともに、コロイダルカーボンを耳に注入した実験から、リンパ管の回収機能も顕著に阻害されていることが明らかになった。(非特許文献6)。つまり、リンパ管の適切な制御がリンパ管機能を向上させて、皮膚の炎症の緩和につながると考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Kligman AM. The treatment of photoaged human skin by topical tretinoin. Drugs 1989; 38: 1-8.
【非特許文献2】Cox NH, Diffey BL, Farr PM. The relationship between chronological age and the erythemal response to ultraviolet B radiation. Br J Dermatol 1992; 126: 315-9.
【非特許文献3】Kajiya K, Kunstfeld R, Detmar M et al. Reduction of lymphatic vessels in photodamaged human skin. J Dermatol Sci 2007; 47: 241-3.
【非特許文献4】Kajiya K, Hirakawa S, Detmar M. Vascular endothelial growth factor-a mediates ultraviolet B-induced impairment of lymphatic vessel function. Am J Pathol 2006; 169: 1496-503.
【非特許文献5】Jussila L, Alitalo K. Vascular growth factors and lymphangiogenesis. Physiol Rev 2002; 82: 673-700.
【非特許文献6】Nagy JA, Vasile E, Feng D et al. Vascular permeability factor/vascular endothelial growth factor induces lymphangiogenesis as well as angiogenesis. J Exp Med 2002; 196: 1497-506.
【非特許文献7】Essalihi R, Dao HH, Gilbert LA et al. Regression of medial elastocalcinosis in rat aorta: a new vascular function for carbonic anhydrase. Circulation 2005; 112: 1628-35.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、紫外線照射により発症する皮膚炎症の抑制・改善を、従来の抗炎症メカニズムとは全く異なる新たな切り口から提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者はマイクロアレーによりリンパ管において発現される遺伝子を解析したところ、炭酸脱水酵素が特に発現されることに注目した。そして、紫外線照射により炎症の発症した皮膚に炭酸脱水酵素阻害剤を適用したところ、炎症の改善効果が確認された。リンパ管と炭酸脱水酵素との関係や、紫外線照射による皮膚炎に対する炭酸脱水酵素阻害剤の改善効果は従来において全く知られていない点、これらの事実は驚くべきものである。
【0006】
従って、第一の観点において、本発明は、炭酸脱水酵素阻害剤を含有する紫外線照射による皮膚の炎症を改善及びその発症を抑制するための皮膚外用剤を提供する。
【0007】
第二の観点において、本発明は、紫外線照射による皮膚の炎症を改善及びその発症を抑制するため、皮膚に炭酸脱水酵素阻害剤を適用することを特徴とする方法を提供する。かかる方法は治療的方法又は美容的方法であり得る。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、従来技術には全く新たな手段による、より有効な紫外線炎症の治療・改善が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】紫外線照射による皮膚炎症に対する炭酸脱水酵素阻害剤の改善効果。
【図2】炭酸脱水酵素阻害剤によるリンパ管拡張の抑制効果。
【図3】炭酸脱水酵素阻害剤によるVEGF-A発現の抑制効果。
【発明を実施するための形態】
【0010】
炭酸脱水酵素阻害剤(カルボニルアンヒドラーゼ又は炭酸デヒドラターゼ)は、二酸化炭素と水を、炭酸イオンと水素イオンに変換する可逆反応を触媒する酵素である。これまでに、水素イオンを供給してpHを上昇させ、骨の侵食を誘導することなどが知られているが(非特許参考文献7)、リンパ管でのその発現や皮膚炎症におけるその関与については全く解明されていなかったその阻害剤たる炭酸脱水酵素阻害剤には様々なものが知られ、例えば、限定することなく、ハイドロクロロチアザイド、アセタゾラミド、ジクロフェナミド、メタゾラミド、塩酸ドルゾラミド、ブリンゾラミド等が挙げられる。
【0011】
本発明に係る紫外線炎症を改善し・発症を抑制する方法は、炭酸脱水酵素阻害剤を含有する皮膚外用剤を炎症患部に適用することにより実施することができる。かかる皮膚外用剤は医薬組成物として、又は化粧料として、炎症患部に適用してよい。
【0012】
本発明に係る皮膚外用剤は、通常、上記炭酸脱水酵素阻害剤を水やエタノール等の水性溶媒に含有させて用いられる。本発明に係る炭酸脱水酵素阻害剤の配合量は特に限定されないが、例えば1μM〜10mM、好ましくは10μM〜1mM、より好ましくは100μM程度の範囲の濃度の溶液として適用される。尚、本発明に係る皮膚外用剤を入浴剤として調製する場合、使用時に通常100〜1000倍程度に希釈されるので、配合はそれを加味した高濃度で処方されるのが好ましい。上記水性溶媒としては、低級アルコールが好ましく、低級アルコールの含有量は、本発明の組成物中に、20〜80質量%、さらに好ましくは40〜60質量%である。
【0013】
また、本発明に係る皮膚外用剤は、上記必須成分たる炭酸脱水酵素阻害剤以外に、通常化粧品や医薬品等の皮膚外用剤に用いられる成分、例えば、その他の美白剤、保湿剤、酸化防止剤、油性成分、紫外線吸収剤、界面活性剤、増粘剤、アルコール類、粉末成分、色剤、水性成分、水、各種皮膚栄養剤等を必要に応じて適宜配合することができる。
【0014】
その他、組成物の用途に合わせ、エデト酸二ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、クエン酸ナトリウム、ポリリン酸ナトリウム、メタリン酸ナトリウム、グルコン酸等の金属封鎖剤、カフェイン、タンニン、ベラパミル、トラネキサム酸およびその誘導体、甘草抽出物、グラブリジン、カリンの果実の熱水抽出物、各種生薬、酢酸トコフェロール、グリチルリチン酸およびその誘導体またはその塩等の薬剤、ビタミンC、アスコルビン酸リン酸マグネシウム、アスコルビン酸グルコシド、アルブチン、コウジ酸等の他の美白剤、グルコース、フルクトース、マンノース、ショ糖、トレハロース等の糖類、レチノイン酸、レチノール、酢酸レチノール、パルミチン酸レチノール等のビタミンA類なども適宜配合することができる。
【0015】
本発明に係る皮膚外用剤は、その用途に合わせ、例えば化粧料、医薬品、医薬部外品等の外用剤、例えば化粧水、クリーム、乳液、ローション、パック、浴用剤、軟膏、ヘアーローション、ヘアートニック、ヘアーリキッド、シャンプー、リンス、養毛・育毛剤等、従来皮膚外用剤に用いるものであればいずれでもよく、剤型は特に問わない。
【実施例】
【0016】
次に実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。
実験方法
定量的RT-PCR
ヒト皮膚由来の血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞は、磁気ビーズを用いてCD45−CD34+を血管内皮細胞として、また、CD45−CD34−CD31+細胞をリンパ管内皮細胞として単離した(非特許文献8)。これらの細胞は、増殖因子などの添加因子を加えたEBM-2(Cambrex; Verviers, Belgium)で培養し、RNAは、RNeasy(Qiagen)を用いて回収した。炭酸脱水酵素CAIVの遺伝子発現は、ABI Prism7000 (Applied Biosystems, Foster City, CA)を用い下記のプライマーを用いてSYBR-Greenによる定量的PCRを行った。CAIVのプライマーは以下の通りである。
Forward-ataccaggccaaacagttgc(配列番号1)
Reverse- atctccatggcaaagtgctc(配列番号2)
【0017】
表1に示すとおり、血管に比べ、リンパ管においてCAIVが顕著に発現することがわかった。
【表1】

【0018】
紫外線炎症の防止試験
8週齢♀HR-1へアレスマウス(星野試験動物)に、紫外線ランプFL-20 SE(東芝)を用いて紫外線UVB(290nm-320nm)を200mJ/cm2を照射し、毎日経時的に耳の厚さを測定した。同時に、照射前日から毎日、炭酸脱水酵素阻害剤Hydrochlorothiazide 1mM を背部皮膚に100ul 塗布した。コントロール群として溶媒(エタノール)を100ul塗布した群を作製した(各N=5)。図1は紫外線炎症に対する炭酸脱水酵素阻害剤の改善効果を示す。紫外線照射により増大した耳の厚みは、コントロールと比べ、炭酸脱水酵素阻害剤を塗布した場合には有意に抑えることができた。また、UVB照射4日後に、背部皮膚を回収してTissue-Tech OCTコンパウンド(Sakura Finetechnical, Tokyo, Japan)に包埋した。包埋ブロックからクリオスタットにより6μmに薄切した凍結切片を作製した。HE染色及びマクロファージ染色(ラット抗MOMA-2抗体)(Abcam, Cambridge, UK)、リンパ管染色(ラビットLYVE-1抗体(Upstate technology, UK)を施した。HE染色は、コントロール皮膚での紫外線照射による浮腫の形成を示したのに対し、炭酸脱水酵素阻害剤を塗布した皮膚では浮腫の形成がほとんど無いことを示した(データーは示さない)。また、マクロファージ染色は、コントロールにおいて炎症によるマクロファージの増進が認められたのに対し、炭酸脱水酵素阻害剤を塗布した皮膚では増進は認められなかった(データーは示さない)。
さらに、リンパ管の拡張についても、コントロール皮膚に比べ、炭酸脱水酵素阻害剤を塗布した皮膚で有意に抑えられた。図2はリンパ管染色画像をIP-LAB(Scanalytics Inc.)を用いて画像処理してリンパ管の拡張を数値化したものである。
【0019】
紫外線照射等の皮膚傷害によるしわの形成には、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)が関与している(特開2007-084508)。従って、背部皮膚よりRNAを回収し、上記のSYBR-Green法によってVEGF-Aの発現変化を解析した。VEGF-Aの発現は以下のプライマーを用いて検討した。
Forward- agcacagcagatgtgaatgc (配列番号3)
Reverse- tttgaccctttccctttcct(配列番号4)
【0020】
その結果を図3に示す。コントロール皮膚に比べ、炭酸脱水酵素阻害剤を塗布した皮膚でVEGF-Aの発現は有意に抑えられた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭酸脱水酵素阻害剤を含有する紫外線照射による皮膚の炎症を改善及びその発症を抑制するための皮膚外用剤。
【請求項2】
紫外線照射による皮膚の炎症を改善及びその発症を抑制するため、皮膚に炭酸脱水酵素阻害剤を適用することを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−57576(P2011−57576A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−206228(P2009−206228)
【出願日】平成21年9月7日(2009.9.7)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】