説明

無機有機ハイブリッド材料

【課題】燃料電池の電解質膜に適する新規な材料を提供する。
【解決手段】グリシドキシアルキル基を有するケイ素アルコキシドと、シラノール基又は水酸基と反応する固定用官能基を有する有機リン酸化合物とを含有する原料をゾルゲル法によって固化させて、無機有機ハイブリッド材料を製造する。得られたハイブリッド材料は、リン酸基を有する有機成分が共有結合したシリカマトリクスを含むものとなり、水に対してリン酸成分が溶出し難いものとなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロトン伝導性を有する無機有機ハイブリッド材料に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、固体高分子型燃料電池の電解質膜としては、主にプロトン伝導性のフッ素系イオン交換樹脂が採用されている。しかしながら、フッ素系イオン交換樹脂は、ガラス転移点等、材料物性上の制約から80℃以下でなければ使用できない。このため、燃料電池の作動温度は、燃料電池の発電効率やシステムの簡略化の観点から100〜150℃程度が望ましいとされているが、フッ素系イオン交換樹脂を用いた場合は、かかる作動温度を実現できない。また、フッ素系イオン交換樹脂は、合成反応の複雑さに起因して非常に高価であることや、フッ素を含むため使用後の処理が容易でないといった問題点もある。
【0003】
上記フッ素系イオン交換樹脂に替わる固体電解質として、ゾルゲル法により得られるSiO−Pガラスが提案されている(特許文献1参照)。しかしながら、この固体電解質は無機物のみにより構成されているため、柔軟性に欠け、脆いという欠点がある。
【0004】
また、100℃以上でプロトン伝導性を発揮し、且つ、柔軟性に富んだ無機有機ハイブリッド材料が提案されている(特許文献2参照)。しかしながら、かかるハイブリッド材料では、プロトンキャリアとなるリン酸成分が無機骨格に固定されていないため、材料中のリン酸成分が水に溶出し易いという欠点がある。
【0005】
【特許文献1】特許第3604178号
【特許文献2】特開2005−179606
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたものであり、燃料電池等の電解質膜に適する新規なプロトン伝導性材料の提供を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、グリシドキシアルキル基を有するケイ素アルコキシドと、所要の有機リン酸化合物とを含有する原料を、ゾルゲル法により固形化することにより、シリカマトリクスにリン酸基を好適に固定化できることを発見し、本発明に至った。
【0008】
すなわち、本発明は、リン酸基を有する有機成分が共有結合したシリカマトリクスを含有し、プロトン伝導性を有する無機有機ハイブリッド材料である。
【0009】
上述のように、リン酸基を含有する公知のプロトン伝導性無機有機ハイブリッド材料は、上記のようにリン酸成分が水に溶出し易いという問題があったが、本発明の無機有機ハイブリッド材料(以下、ハイブリッド材料と略す。)は、それに比べてリン酸成分が溶出し難いものとなる。これは、従来のハイブリッド材料では、リン酸成分が無機骨格と強く結合していないのに対し、本発明のハイブリッド材料では、リン酸基が無機骨格を構成するシリカマトリクスに固定されているためと考えられる。
【0010】
また、本発明のハイブリッド材料は、従来のハイブリッド材料と同等程度若しくはそれ以上のプロトン伝導性を示す。これは、ハイブリッド材料中に、シリカマトリクスに固定化されたリン酸基が一様に分散しており、これらのリン酸基がプロトンキャリアとなるためと考えられる。発明者の研究によれば、本発明のハイブリッド材料は、飽和加湿条件下(温度80℃)で5×10−3S/cm以上、高いものでは5×10−2S/cm以上のプロトン伝導性を有する。
【0011】
また、本発明のハイブリッド材料は、フッ素を含有していないため、柔軟性、耐熱性に優れたものとなる。
【0012】
本発明のハイブリッド材料はゾルゲル法によって製造できる。このため、膜状成形体を極めて容易に得ることができる。発明者は、本発明のハイブリッド材料を用いれば、均一で、欠陥のない自立膜が得られることを確認している。
【0013】
ここで、本発明のハイブリッド材料は、グリシドキシアルキル基を有するケイ素アルコキシドと、シラノール基又は水酸基と反応する固定用官能基を有する有機リン酸化合物とを含有する原料を、ゾルゲル法によって固化して得られるものであることが望ましい。かかるハイブリッド材料においては、グリシドキシアルキル基を有するケイ素アルコキシドがゾルゲル法によって加水分解して重合し、有機成分が結合したシリカマトリクスを形成することとなる。グリシドキシアルキル基を有するケイ素アルコキシドを使用することにより、得られるハイブリッド材料が、耐熱性、製造の容易性等の特性を発現する。また、ケイ素アルコキシドの加水分解よって生じるシラノール基や、グリシドキシアルキル基のエポキシ環の開環によって生じる水酸基と、有機リン酸化合物の固定用官能基とが反応することにより、有機リン酸化合物がシリカマトリクスと結合して、リン酸基が固定されたハイブリッド材料が得られると考えられる。発明者は、このように製造されたハイブリッド材料が、かかる構造を有することを確認している。
【0014】
有機リン酸化合物は、通常のゾルゲル法において、シリカマトリクスと結合し得る化合物であることが必須である。この観点から、有機リン酸化合物の有する固定用官能基は、カルボキシル基、水酸基、イソシアネート基、アミド基からなる群から選択される少なくとも1種の官能基であることが望ましい。とりわけ、有機リン酸化合物は、少なくともカルボキシル基を有することがより望ましい。カルボキシル基を有する有機リン酸化合物としてはホスホノ酢酸( Phosphonoacetic acid )が好適である。また、水酸基を有するものとしてはヒドロキシアルキルリン酸が好適である。また、これらの縮合リン酸を使用することもできる。なお、有機リン酸化合物は、シリカマトリクスのシラノール基と反応して結合するものに限らず、グリシドキシアルキル基のエポキシ環の開環によって生じる水酸基と反応して結合するものであってもよい。
【0015】
本発明におけるケイ素アルコキシドは、ケイ素原子にグリシドキシアルキル基が少なくとも1個直接結合し、かつアルコキシ基が少なくとも1個直接結合したものを指す。それ他に特に限定されるものではないが、ケイ素原子に直接結合するグリシドキシアルキル基の数は1〜2個が望ましく、ケイ素原子に直接結合するアルコキシ基の数は2〜3個が望ましい。グリシドキシアルキル基及びアルコキシ基以外の官能基をケイ素原子に結合させてもかまわない。その場合、残りの官能基は炭素数1〜3の直鎖又は分岐状アルキル基が好ましい。そのようなケイ素アルコキシドとしては、3−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシランが挙げられる。また、本発明におけるケイ素アルコキシドは、1種類に限らず、複数種類を併用できる。
【0016】
また、グリシドキシアルキル基は、アルキル部分の炭素数が1〜5個であることが望ましい。アルコキシ基は、炭素数1〜4個であることが望ましく、メトキシ基又はエトキシ基であることがより望ましい。
【0017】
具体的には、本発明におけるケイ素アルコキシドは、グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、グリシドキシプロピルエチルジエトキシシランからなる群から選択される少なくとも1種のケイ素アルコキシドであることが好ましい。
【0018】
本発明のハイブリッド材料は、ゾルゲル法によって製造し得るものであり、且つ、工業的に用いられている既存の化学物質を原料とするものである。このため、安価に所望の大きさの膜を製造できる。
【0019】
本発明の無機有機ハイブリッド材料の製造方法は、ケイ素アルコキシドと、固定用官能基を有する有機リン酸化合物とを含有する原料を、ゾルゲル法によって固化させることを特徴とする。ゾルゲル法は、公知の方法に準じて行うことができる。すなわち、上記原料を溶媒に溶解してゾルを形成させた後、固化させて、乾燥すれば、本発明の無機有機ハイブリッド材料が得られる。本発明のハイブリッド材料からなる自立膜を得るためには、ゾルを固化・乾燥させる際に膜状に成形しておけばよい。
【0020】
また、上記無機有機ハイブリッド材料の製造方法にあっては、ケイ素アルコキシドがグリシドキシアルキル基を有し、有機リン酸化合物がシラノール基又は水酸基と反応する固定用官能基を有することが望ましい。また、かかる場合には、グリシドキシアルキル基を有するケイ素アルコキシドと有機リン酸化合物とが反応し得るように、ゾルゲル法の反応条件を設定することが望ましい。かかる反応条件は、有機リン酸化合物の種類に応じて適宜設定可能である。また、固定用官能基は、カルボキシル基、水酸基、イソシアネート基、アミド基からなる群から選択される少なくとも1種の官能基であることが望ましい。
【0021】
ゾルゲル法における反応溶媒としては、アルコール類、エチレングリコールモノメチルエーテル等のグリコール類、ジメチルホルムアミド等の溶媒を使用できる。反応溶媒の使用量は、シリカとリン酸基の合計1molに対し2〜20mol程度で、好ましくは1〜5mol程度である。
【0022】
ゾルゲル法では、上記原料と溶媒に加えて、触媒として酸を使用することが望ましい。酸としては、硝酸、硫酸、塩酸、酢酸などが挙げられる。酸の使用量は、シリカおよびリン酸基の合計1molに対して、通常0.01〜0.5mol程度であり、好ましくは0.01〜0.1mol程度である。なお、有機リン酸化合物が酸として作用するため、これらの酸は添加しなくてもかまわない。
【0023】
原料には、上記グリシドキシアルキル基を有するケイ素アルコキシド及び有機リン酸化合物以外にも、種々の添加物を加えることができる。例えば、上記のグリシドキシアルキル基を有するケイ素アルコキシドに加えて、その他のケイ素アルコキシドを使用することができる。三官能性ケイ素アルコキシドや四官能性ケイ素アルコキシドを原料として使用した場合には、ハイブリッド材料をより剛直なものにできる。
【0024】
本発明の無機有機ハイブリッド材料は、固体高分子型燃料電池の電解質膜材料として好適である。上述のように、本発明のハイブリッド材料は、ゾルゲル法により作製できるため、膜状に成形して電解質膜を得ることは容易である。本発明のハイブリッド材料からなる電解質膜は、従来のフッ素系イオン交換膜同様にして、公知の燃料電池システムに組み込むことができる。本発明のハイブリッド材料を電解質膜に用いた燃料電池は、100℃以上の温度で安定に作動可能となる。
【0025】
また、本発明のハイブリッド材料は、燃料電池の電解質膜以外にも、水電解用膜や湿度センサー用電解質膜、調湿材料など、固体プロトン伝導材料の用途全般に使用できる。
【発明の効果】
【0026】
以上に述べたように、本発明の無機有機ハイブリッド材料では、リン酸基がシリカマトリクスに強く固定されているため、水に対して材料中のリン酸基成分が溶出し難く、化学的耐久性に優れている。また、熱的安定性にも優れ100〜150℃の温度で安定であり、かかる温度でも優れたプロトン伝導性を発揮するという利点がある。また、柔軟性のある自立膜であるから、壊れ難く、取扱いも簡単である。また、製造工程が簡単で、製膜も容易であるため、低廉に製造できるという利点がある。
【0027】
本発明の無機有機ハイブリッド材料は、このように複数の利点を併せ持つものであり、既存の電解質材料に変わる新規な電解質材料として有用である。特に、本発明のハイブリッド材料を、固体高分子型燃料電池の電解質膜材料として用いれば、100〜150℃で作動する、耐久性に優れた燃料電池を低廉に実現し得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明の実施形態を、以下の実施例に従って説明する。
【実施例】
【0029】
<実施品1>
無機有機ハイブリッド材料の原料として、グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(以下、「GPTMS」と略す)2mM及び、ホスホノ酢酸(PA)2mMを計量し、これらを溶媒(ジメチルホルムアミド2mM)に溶解し、室温で8時間撹拌した。次にイオン交換水(6〜10mM)と触媒(2N塩酸)を加えて24時間室温で撹拌し、加水分解した。得られたゾルをフッ素樹脂板上に流し、小孔を多数開口させたアルミホイルで覆い、80℃で12時間乾燥した。その後、アルミホイルを外し、100℃で8時間、続いて120℃で2時間、さらに140℃で2時間乾燥して、本発明の無機有機ハイブリッド材料からなる膜を得た。この膜を実施品1とする。
【0030】
<実施品2〜5>
GPTMSとホスホノ酢酸の配合比を変える以外は実施品1の製造方法と同様にして、本発明の無機有機ハイブリッド材料からなる4種類の膜を得た。これらの膜を実施品2〜5とする。実施品1〜5における、GPTMSとホスホノ酢酸の配合モル比を表1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
<評価1>
実施品1は、図1に示すように、柔軟で透明なゲル状自立膜であった。実施品1の形態を電界放出型走査電子顕微鏡によって観察したところ、膜の微細構造は均一で欠陥のないものであった(図2参照)。この結果から、実施品1が、燃料電池の電解質膜に適した機械的特性を有していることがわかる。
【0033】
<評価2>
交流インピーダンス法により、実施品1〜3のプロトン伝導度を飽和水蒸気雰囲気下で測定した。この結果、各実施品のプロトン伝導度は、40℃で、10−2〜10−4S/cmのオーダーであり、実施品1〜3は、既存のプロトン伝導性材料同様の、優れたプロトン伝導性を有していることがわかった。各実施品のプロトン伝導度を比較すると、実施品1が最も高く、実施品3が最も低かった。この結果から、原料中のホスホノ酢酸の含有率が高いものほどプロトン伝導度が高くなることが示唆された。実施品1の各温度におけるプロトン伝導度を表2に示す。
【0034】
【表2】

【0035】
<比較品1>
原料からホスホノ酢酸を除く以外は実施品1と同様にして、GPTMSが縮合してなる膜を得た。これを比較品1とする。
【0036】
<評価3>
実施品1と比較品1、およびホスホノ酢酸についてそれぞれ示差熱熱重量同時測定(TG−DTA測定)を行った。測定は、乾燥条件下で、室温から500℃まで10℃刻みで、毎分50cm3のエアフローの下で行った。結果を図3に示す。図3上段は各試料のTG曲線であり、下段はDTA曲線である。ホスホノ酢酸(PA)のDTA曲線には、ホスホノ酢酸の融点140℃付近に吸熱ピークが観測された。また、ホスホノ酢酸に関して、260〜300℃で重量の大幅な減少が見られるが、これはリン酸基の縮合と、有機基の分解によるものである。実施品1のDTA曲線は、305℃に発熱ピークが観測された。この発熱ピークは、220℃付近から始まっており、200℃以下では吸熱・発熱はほとんど観測されなかった。この結果から、実施品1を構成する無機有機ハイブリッド材料が、200℃まで化学的に安定であり、優れた耐熱性を有することがわかる。また、実施品1のDTA曲線には、ホスホノ酢酸の融点140℃付近に吸熱ピークが見られないことから、実施品1では、ホスホノ酢酸が結晶化せず安定化された状態で存在していることが示唆される。なお、実施品1のTG曲線によれば、実施品1は220℃以下においても重量減少しているが、これは、かかる部分の重量減少は、膜中の残余溶媒(ジメチルホルムアミド 沸点153℃)や水の脱離によるものと考えられる。
【0037】
<評価4>
実施品1,実施品4,GPTMS(モノマー),およびホスホノ酢酸(PA)について、それぞれフーリエ変換赤外分光法(FT‐IR)による分析を行った。結果を図4に示す。GPTMSのスペクトル(図4(a))は、ケイ素アルコキシドに特徴的な吸収をいくつか示している。■でマークされた818cm-1の吸収は、ケイ素アルコキシドのメトキシ基に帰属するものであり、◇でマークされた1077cm-1付近の吸収は、Si‐Oの振動によるものである。また、△でマークされたいくつかの吸収は、GPTMSの有機成分の振動によるものである。また、1192cm-1の吸収は、Si‐CH結合の縦揺れと、C‐O‐C結合の伸縮振動に帰属するものである。
【0038】
ホスホノ酢酸のスペクトル(図4(b))は、報告されているデータとよく一致している。●でマークされた951cm-1と1033cm-1付近の強い吸収は、P‐OH基の非対称伸縮振動に帰属するものである。また、○でマークされた1151cm-1の吸収は、P=O結合の伸縮振動に一致する。2800cm-1から2300cm-1の中程度の強度を伴う幅広の吸収はP−OH基に帰属する。□でマークした1680cm-1の吸収は、カルボン酸基のC=O結合によるものである。
【0039】
実施品4のスペクトルを図4(c)に、実施品1のスペクトルを図4(d)に示す。各スペクトルには、2800cm-1から2300cm-1にかけて幅広い吸収が観測された。この吸収はP‐OH基によるものである。また、実施品4及び実施品1のスペクトルには、1730cm-1付近に吸収が見られた(□マーク)。かかる吸収はカルボニル基によるものである。この結果は、実施品1,4には、膜中に、プロトンキャリアとなり得るP‐OH基が存在していることを示している。また、C=O基に帰属する吸収(1730cm-1)が、ホスホノ酢酸における吸収(1680cm-1)と比べて若干シフトしていることから、実施品1,4の原料のホスホノ酢酸のカルボキシル基が、実施品1,4ではエステル基に変化していることが示唆される。
【0040】
◆でマークされた1023cm-1と1095cm-1の吸収は、Si‐O‐Si基と、Si‐O‐C基の伸縮振動によるものである。このことは、ゾルゲル法において、GPTMSがSi‐O結合部分で縮合したことを示している。また、GPTMSの縮合は、■でマークした818cm-1の吸収(図4(a))によっても支持される。実施品1,4のスペクトルには818cm-1に吸収は見られない。すなわち、ゾルゲル法において、Si−OCH基が加水分解してSi‐OH基に変化して、これらのシラノール基が乾燥中に縮合したことが示唆される。以上のように、実施品1及び実施品4には、GPTMSが縮合してなるシリカマトリクスを含有することがわかる。
【0041】
また、実施品1と実施品4のスペクトル強度を比較すると、実施品1の方がP−OH基に起因するピーク強度が弱く、シランに起因するピーク強度が強くなっている。このことは、原料溶液中のホスホノ酢酸の配合比が増えるほど、膜中のプロトンキャリアが上昇することを示唆している。
【0042】
<評価5>
実施品1、ホスホノ酢酸、及びGPTMS(モノマー)について、13C−NMRによる分析を行った。結果を図5に示す。GPTMSのスペクトル(図5(c))には、5.2ppm(1),22.8ppm(2),44.3ppm(3),50.6ppm(4),50.9ppm(5),71.4ppm(6),および73.6ppm(7)の7つのシグナルが検出された。各シグナルは、図5(c)上部に示すGPTMS分子の、「1」〜「7」でマークされた各炭素原子に帰属するものである。また、ホスホノ酢酸のスペクトル(図5(b))には、36.0,37.0ppm(1), 及び170.3ppm(2)の三つのシグナルが観測された。36.0,37.0ppmのシグナルは、図5(b)上部に示すホスホノ酢酸分子の、「1」でマークされた炭素原子に帰属するものであり、170.3ppmのシグナルは、ホスホノ酢酸分子のカルボニル基部分の炭素原子に帰属するものである。
【0043】
実施品1のスペクトル(図5(a))を他のスペクトルと比較すると、GPTMSのスペクトルに見られる、50.6ppm(4) 、44.3ppm (3)および50.9ppm(5)のシグナルが、実施品1のスペクトルでは観測されていない。これらのシグナルの消滅は、実施品1の製造工程において、原料のGPTMSのSiOCH結合が加水分解し、且つ、グリシドキシアルキル基のエポキシ環が開環したことを示している。実施品1のスペクトルでは、開環したエポキシ環の炭素原子に帰属するシグナルが64.1ppm(△)と71〜74ppmに観測された。
【0044】
また、実施品1のスペクトルでは、ホスホノ酢酸の炭素原子に帰属するシグナルが検出された(36.0,169.5,172.0ppm)。ここで、実施品1のスペクトルには、カルボニル基を構成する炭素原子に帰属するシグナルが二種類検出されている169.5,172.0ppm)。これは、実施品1の製造工程において、ホスホノ酢酸のカルボキシル基がエポキシ環を開環して、エステルが生じたためと考えられる。また、実施品1の製造工程において、Si−OCH基が加水分解して、シラノール基が生成するが、シラノール基もホスホノ酢酸のカルボキシル基と反応することができ、かかる反応によってカルボニル基を含むエステル結合が形成される。二種類のカルボニル基のシグナルは、これらのエステル基の少なくとも一方に帰属すると考えられる。すなわち、実施品1のハイブリッド材料には、これらエステル結合の少なくともいずれかが存在していることが示唆される。
【0045】
<比較品2〜5>
ホスホノ酢酸をオルトリン酸に替える以外は実施品1の製造方法と同様にして、無機有機ハイブリッド材料からなる膜を得た。これを比較品2とする。また、GPTMSとオルトリン酸の配合を変える以外は同様にして比較品3〜5を作製した。比較品2〜5におけるGPTMSとオルトリン酸の配合モル比を表3に示す。
【0046】
<評価6>
【0047】
実施品1,2,4,5、及び比較品2〜5について、以下の方法によって、水に対するリン酸成分の溶出し易さを評価した。まず、各膜から試料として50mgの小片を夫々採取して、夫々の小片を、グラスボトルに入った、80℃のイオン交換水15mlに2時間浸漬した。その後、グラスボトルを取り出し、軽く攪拌してから室温まで冷却し、さらに、そこから2mlの上澄み液を採取して、該上澄み液をイオン交換水で5倍に希釈し、希釈液中のリンの量をICP分光器で測定した。結果を表3に示す。
【0048】
【表3】

【0049】
表3に示されるように、実施品、比較品のいずれにおいても、リンの含有量が少ないものほどリンの溶出量が少なく、リンの溶出量が膜のリン含有量に依存することが示唆された。一方、実施品と比較品のリン溶出量を、ケイ素とリンの配合モル比が同じもの同士で比較すると、実施品からのリンの溶出量は比較品よりも少なかった。特に、リンに対するケイ素の配合モル比が4以上のものについては、実施品のリンの溶出量が、比較品の溶出量よりも極めて少ないものとなった。具体的には、5分の1以下となった。比較品は、リン酸基とシリカマトリクスとの化学結合が欠如しているため、実施品に比べて多くのリン成分が溶出したと考えられる。換言すれば、実施品においては、リン酸基がシリカマトリクスに有機成分を介して結合しているため、リンの溶出が抑えていると考えられる。特に、実施品では、リンに対するケイ素の配合モル比が4以上である場合に、シリカマトリクスとリン酸基の結合が十分となると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】実施品1の外観である。
【図2】実施品1の微細構造を示す電子顕微鏡像である。
【図3】TG−DTA曲線を示す図表である。
【図4】FT−IRスペクトルを示す図表であり、(a)はGPTMSの、(b)はホスホノ酢酸の、(c)は実施品4の、(d)は実施品1のスペクトルである。
【図5】13C−NMRスペクトルを示す図表であり、(a)は実施品1の、(b)はホスホノ酢酸の、(c)はGPTMSのスペクトルを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸基を有する有機成分が共有結合したシリカマトリクスを含有し、プロトン伝導性を有する無機有機ハイブリッド材料。
【請求項2】
グリシドキシアルキル基を有するケイ素アルコキシドと、シラノール基又は水酸基と反応する固定用官能基を有する有機リン酸化合物とを含有する原料を、ゾルゲル法によって固化させて得られることを特徴とする請求項1記載の無機有機ハイブリッド材料。
【請求項3】
シラノール基又は水酸基と反応する前記固定用官能基が、カルボキシル基、水酸基、イソシアネート基、アミド基からなる群から選択される少なくとも1種の官能基を有することを特徴とする請求項2記載の無機有機ハイブリッド材料。
【請求項4】
有機リン酸化合物が、ホスホノ酢酸、ヒドロキシアルキルリン酸およびこれらの縮合リン酸からなる群から選択される少なくとも1種の化合物であることを特徴とする請求項2又は請求項3に記載の無機有機ハイブリッド材料。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−112680(P2008−112680A)
【公開日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−295944(P2006−295944)
【出願日】平成18年10月31日(2006.10.31)
【出願人】(506367146)
【出願人】(506367157)
【出願人】(000116622)愛知県 (99)
【出願人】(503070177)FCO株式会社 (10)
【Fターム(参考)】