説明

無機粒子を含浸させた皮膚ケラチン採取用綿棒

【課題】角質層に内在する真菌、白癬菌などを検出する免疫クロマトグラフィー法の測定キットに好適に使用される検体採取用具を見出す。
【解決手段】綿球に無機粒子の懸濁液を含浸させた、角質層内のケラチンを採取するための綿棒とする。
【効果】本発明の綿棒を用いることによって角質層から採取されたケラチンは、免疫クロマトグラフィー法に供するのに充分な量であり、患部及び正常な皮膚いずれも侵襲や痛みがなく、かつ特殊な手技を必要としないため患者自身でも簡便に角質層内のケラチンを採取できる。そして、角質層内のケラチンを栄養分として生息する真菌、特に白癬菌の採取を可能にする。また、水虫の検査に適用する場合、患部が湿潤タイプでも乾燥タイプのいずれのタイプにも適用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角質層内のケラチンを採取するために用いられる綿棒に関する。
【背景技術】
【0002】
綿棒とは、軸の一端部または両端部に綿繊維が巻着されて球状の繊維集合体(綿球)を形成したものである(例えば、特許文献1参照)。綿棒は様々な用途で用いられているが、大きく分けて医療衛生用と工業用とがある。医療衛生分野における綿棒の用途には、外耳・鼻腔・口腔内の清浄、臨床検査用体液の吸着採取、および、薬剤の塗布用途などが挙げられる(例えば、特許文献2参照)。
【0003】
ところで、皮膚真菌症は、真菌が皮膚の最外層を占める角質層に感染して定着する病気であり、代表的な真菌症として、白癬菌による水虫・たむし・しらくも、及び、カンジダ菌による皮膚カンジダなどが挙げられる。皮膚科の診察では、患部の角質層を採取して顕微鏡検査により菌の有無を診断するが、菌種を同定するには面倒な培養が必要となる。
【0004】
患者にとっては、水虫などの診断のためにわざわざ病院に足を運ぶのはおっくうであり、診断なしで市販薬にて治療するか、放置しているケースが多い。一方、医師にとっても、検体採取用器具の準備と患部表皮を切除乃至削り取る手技、20%KOH溶液の準備と検体の溶解、顕微鏡による観察と真菌の判別など、手間と時間がかかるため、皮膚科医以外では敬遠され診断なしで抗真菌薬を処方する場合がある。
【0005】
そこで、最近では、妊娠検査やインフルエンザ診断に用いられている迅速かつ簡便な検査方法である免疫クロマトグラフィー法を用いた、白癬菌の簡易診断法の開発がなされている(非特許文献1参照)。これは、採取した検体を溶液にして、抗白癬菌モノクロナール抗体と反応させ、反応量に応じた試験紙の発色によって抗原濃度を求める免疫測定法である。溶液中に菌がいれば、判定ラインの所に陽性線が出て、白癬菌が数分間で検出できる。この判定方法は、他の診断薬でも同じである(例えば、非特許文献1参照)。
【0006】
しかし、現時点で検体の簡便な採取方法乃至採取器具が開発されていないため、トータルで簡易検査になっていない。また、当該免疫検査キットも未だ世に出ておらず開発段階であるというのが現状である。
【0007】
一般的な真菌検体の採取方法としては、上述の患部表皮を切除乃至削り取ることにより、角質層を採取する方法が採用されているが、面倒であり医師でも慣れとコツが必要であると言われている。
【0008】
また、これまでに、簡便な採取方法乃至採取器具として、セロハン粘着テープを用いたテープストリッピング法が提案されている(例えば、非特許文献2参照)。
【0009】
しかし、テープストリッピング法では、湿潤タイプ(いわゆるジュクジュクタイプ)の疾患には適用できないし、乾燥タイプの水虫でも剥離範囲が広いため侵襲も無視できないこと、更に、上記免疫クロマトグラフィー法で必要とする検体溶液の作成が容易でないことなどでテープストリッピング法を利用するには困難性が伴う。
【0010】
一方、皮膚微生物の採取に、滅菌綿棒を皮膚表面上に強く押し付けて菌を拭き取るswab法(例えば、非特許文献3参照)が知られているが、本法では皮膚の角質層内に生息する真菌まで採取することは難しく、また、後述のように乾いた綿棒で拭き取る方法は角質層内のケラチンを採取できないことが判明した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平10−852561号公報
【特許文献2】特開2006−280605号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】産官学連携ジャーナル Vo.2 No.4 2006 p.26−27
【非特許文献2】真菌誌 Vo.48 No.3 2007 p.132−136
【非特許文献3】防菌防ばい Vo.22 No.4 1994 p.1−6
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
綿棒は一般的に、前述の通り、外耳、鼻腔、口腔内などの清浄、臨床検査用体液の吸着採取、薬剤の塗布などに使用される。例えば、外耳の清浄においては、空気中のほこり、皮膚の残骸などがたまったものと、外耳道の耳垢腺から出る分泌物が混ざったものを除去するために綿棒は使用される。つまり、綿棒を用いて表皮から剥がれ落ちたものを採取することは容易であると考えられる。しかし、皮膚の表皮に現に存在している角質層からケラチンを採取するために綿棒を使用することができるということは報告も示唆もされていない。
【0014】
すなわち、本発明の課題は、角質層に内在する真菌、白癬菌などを検出する免疫クロマトグラフィー法の測定キットに好適に使用される検体採取手段乃至用具を見出すことである。検体採取手段乃至用具に求められる条件は、(1)免疫クロマトグラフィー法に供すのに充分量の検体の採取ができること、(2)湿潤タイプの患部からでも乾燥タイプの患部からでも検体を採取できること、(3)患部及び正常な皮膚のいずれにおいても侵襲や痛みが少ないこと、かつ(4)簡便に検体の採取が実施できることである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、かかる条件を満たす採取用具を開発するために鋭意研究を進めてきた。皮膚角質層は極めて薄く、手足指の趾間で20乃至100μmと推定され、粒子径の大きい無機粒子を用いて角質層からケラチンを採取する場合には皮膚への侵襲が大きくなることが予想された。しかし、無機粒子を含浸させた綿棒を用いてケラチンを採取する場合には、粒子径が大きくても皮膚への侵襲は少ないことが判った。
【0016】
さらなる研究の結果、(1)リン酸水素カルシウムなどの歯科用として好適に用いられている無機粒子を溶解または懸濁させた液を、(2)綿球を備える綿棒に含浸させて使用することにより、上記4条件を満たす検体採取手段を提供できることを初めて見出し、本発明を完成させるに至った。
【0017】
すなわち、本発明は、
(1)無機粒子を含有する溶液または懸濁液を綿球に含浸させた、角質層内のケラチンを採取するための綿棒;
(2)無機粒子の粒子径が150μm未満である、(1)に記載の綿棒;
(3)無機粒子がリン酸水素カルシウム、酸化チタン、沈降炭酸カルシウム、無水ケイ酸およびリン酸2水素カルシウムからなる群より選択される1つまたはそれ以上の粒子である、(1)または(2)に記載の綿棒;
(4)無機粒子が、リン酸水素カルシウムである、(1)または(2)に記載の綿棒;
(5)無機粒子を溶解または懸濁させる溶媒が、水および/またはエタノールである、(1)〜(4)いずれか1項に記載の綿棒;
(6)無機粒子を溶解または懸濁させる溶媒が、水およびエタノールである、(1)〜(4)いずれか1項に記載の綿棒;
(7)真菌を検出するために用いられる、(1)〜(6)いずれか1項に記載の綿棒;ならびに、
(8)白癬菌を検出するために用いられる、(1)〜(6)いずれか1項に記載の綿棒;
である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の綿棒を用いることによって角質層から採取されたケラチンは、免疫クロマトグラフィー法に供するのに充分な量であり、患部及び正常な皮膚いずれも侵襲や痛みがなく、かつ特殊な手技を必要としないため患者自身でも簡便に角質層内のケラチンを採取できるという効果を奏する。そして、角質層内のケラチンを栄養分として生息する真菌、特に白癬菌の採取を可能にするという効果を奏する。また、本発明の綿棒を水虫の検査に適用する場合、患部が湿潤タイプでも乾燥タイプのいずれのタイプにも適用できるという効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の綿棒は、軸部と綿球からなり、無機粒子を含有する溶液または懸濁液をその綿球に含浸させたものであり、角質層内のケラチンを採取するために用いられる。本発明の綿棒の軸部の材質は特に限定されないが、綿球部が溶液または懸濁液で含浸しているため耐水性であることが望ましい。本発明の綿棒の綿球とは、綿繊維の集合体のことをいい、軸部の一端部または両端部に備えられているものをいう。綿球の形状としては、球形状、楕円形状(俵形状)、段々形状(スパイラル形状)などが挙げられるが、俵形状またはスパイラル形状が好ましい。
【0020】
無機粒子を含有する溶液または懸濁液の綿球への含浸率は、特に限定されないが、50〜100%であることが好ましい。ここで、含浸率が100%であるとは、綿球を溶液または懸濁液に浸した後、溶液または懸濁液から引き上げても、溶液または懸濁液が綿球から滴り落ちない状態をいう。50%とは、含浸率100%の状態の溶液または懸濁液の重量を50%にした状態をいう。
【0021】
本発明の綿棒は、市販されている精製水などが含浸されていない綿棒を、無機粒子を含有する溶液または懸濁液に浸して製造することができる。
【0022】
本発明に使用される無機粒子は、人体に影響のない無機粒子であれば特に限定されるものではないが、歯科用に汎用されている原料もしくは日本薬局方に掲載されたものであればかかる条件を満たすため好ましい。例えば、含水ケイ酸、酸化チタン、重質炭酸カルシウム、沈降炭酸カルシウム、シリカ、ヒドロキシアパタイト、ピロリン酸カルシウム、ピロリン酸2カルシウム、マイクロクリスタリンワックス、無水ケイ酸、リン酸水素カルシウム、リン酸2カルシウムなどは無機粒子として汎用されており容易に入手できる。また、酸化チタン、沈降炭酸カルシウム、無水ケイ酸、リン酸水素カルシウム、リン酸2水素カルシウムなどは第15改正日本薬局方に収載されている。特に、本発明に使用される無機粒子はリン酸水素カルシウムが好ましく、無水物または水和物のいずれでもよい。
【0023】
本発明に使用される無機粒子の粒子径は、特に限定されないが、好ましくは150μm未満、より好ましくは100μm未満である。ここで、粒子径は、無機粒子を篩過した際に、いくらの目開きの篩で全ての無機粒子が通過したかを確認することで得ることができる。例えば、目開きが150μmの篩を用いて無機粒子を篩過して、全ての無機粒子がその篩を通過した場合、その無機粒子の粒子径は150μm未満となる。特定の粒子径を有する無機粒子は、篩の目開きを調節して、市販の無機粒子を篩過することで得ることができる。例えば、粒子径100μm以上150μm未満の無機粒子を得たい場合、目開き100μmと150μmの篩を使用して、無機粒子を篩過し、目開き150μmの篩の下、かつ、100μmの篩の上に残存している無機粒子を回収することで目的の粒子径を有する無機粒子を得ることができる。
【0024】
本発明で使用される無機粒子を溶解または懸濁させる溶媒は、無機粒子が溶解または懸濁できる溶媒であれば特に限定されないが、好ましくは、水またはアルコールであり、より好ましくは、精製水またはエタノールであり、さらにより好ましくは、精製水である。
【0025】
本発明の綿棒の製造において、無機粒子を含有する溶液または懸濁液を綿球に含浸させる際には、溶媒(例えば、精製水)に対して、0.001〜0.2重量程度%の無機粒子を溶解または懸濁して、無機粒子を含有する溶液または懸濁液を調製し、かかる溶液または懸濁液に綿棒を浸して、綿球にその溶液または懸濁液を含浸させればよい。無機粒子を溶媒に溶解または懸濁させる場合、必要に応じて、分散剤を添加してもよい。
【0026】
なお、無機粒子を含有する溶液または懸濁液中の無機粒子の濃度または含有量は、特に限定されないが、好ましくは、0.001〜1重量%であり、より好ましくは、0.005〜0.5重量%である。
【0027】
無機粒子を溶解または懸濁させる溶媒として水を使用している場合、本発明の綿棒の綿球には、さらにエタノールを含浸させてもよい。本発明の綿棒の綿球にエタノールを含浸させる場合、水に対して、1〜30重量%となるように含浸させることが好ましく、4〜20重量%となるように含浸させることがより好ましい。
【0028】
本発明の綿棒は、検査目的から、1患部あたり1本の綿棒を使用することが望ましく、綿棒一つ一つを密封包装した形態が好適である。当該包装は密封保存できる包装形態であれば特に限定はないが、開封用切欠部を設けた防水ラミネート包装が例示される。また、綿棒の軸は、綿球に溶液または懸濁液を含浸させるため樹脂性であることが好ましい。
【0029】
本発明の綿棒は、患部に軽く押し当てながら往復擦過を数回乃至数十回行うだけで、検体が採取できるため、これまでのような手技の違いによる検査結果への影響は出ないため、患部からの検体の採取は医師でなくとも、患者自身や家族が行うことができる。
【0030】
本発明の綿棒を用いて、検体を採取した後、抽出液に約5分間浸し、攪拌すると、検体が抽出液中に溶出する。この液を免疫クロマトグラフィーに滴下すると、検体中に真菌が存在している場合、数分後に判定(陽性)ラインが出現し測定が完了する。この場合に併せて、測定終了を示す終了ラインが出るようにする方が望ましい。
【実施例】
【0031】
以下の実施例で、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、実施例に限定されるものではない。
【0032】
試験例1
1.1 供試綿棒
無機粒子として、リン酸水素カルシウム(協和化学工業株式会社製、粒子径150μm未満)10mgを、0.1%エタノール水溶液10mlに添加し、よく攪拌した。ついで、かかる懸濁液に俵形状の綿棒(ジョンソン・エンド・ジョンソン社製)を含浸させ、余分な液はよく振って落とし、実施例1の綿棒とした。また、同様に、俵形状の綿棒を0.1%エタノール水溶液、精製水に各々含浸させた後、余分な水分はよく振って、それぞれ比較例1、2の綿棒とした。綿棒は計6本用意した。
【0033】
1.2 試験方法
社内ボランティア2名で試験した。まず、石鹸を使用して両手を充分に洗浄したのち、指と指の付け根の谷間領域(本明細書において、「趾間」と称す場合がある)の前後約2cm間に、綿棒の綿球を30往復擦過して皮膚ケラチン検体を得た。なお、検体の採取は、1趾間につき1綿棒を使用した。
【0034】
該擦過後の綿棒を、抽出液(0.1% Igepal CA−630含有PBS)100μL中に5分間浸けて放置した後、取り出した。リン酸緩衝液(PBS)はGIBCO社製のものを用いた。該抽出液を10μL分取して、タンパク染色液(Quick Start Bradford Dye Reagent, 1X、BIO−RAD社)100μL中に分注し、15分間放置した。
【0035】
該タンパク染色液を595nmの吸光度測定により測定し、予め作成した検量線から、タンパク量を算出した。なお、同じ種類の綿棒が同じ部位の趾間に偏らないように割付を行った。
【0036】
1.3 試験結果
試験結果を表1に示す。表1の値は比較例1の綿棒で採取できたケラチン量を1.0とした相対的な値を示している。
【0037】
【表1】

【0038】
表1より、0.1%エタノール水溶液を含浸させた俵形状の綿棒(比較例1)と比較して、リン酸水素カルシウムを含有する懸濁液を含浸させた俵形状の綿棒(実施例1)は2.9倍、ケラチンを多く採取できることが判明した。
【0039】
試験例2
2.1 供試綿棒
試験例1と同じ俵形状の綿棒(ジョンソン・エンド・ジョンソン社製)を2本用意し、乾燥したまま使用した(参考例)。
【0040】
2.2 検体採取
社内ボランティア1名に試験した。まず、石鹸を使用して両手を充分に洗浄したのち、趾間の前後約2cm間に、参考例の綿棒の綿球を30往復擦過して皮膚ケラチン検体を得た。なお、検体の採取は、1趾間につき1綿棒を使用した。
【0041】
該擦過後の綿棒を、抽出液(0.1% Igepal CA−630含有PBS)500μL中に5分間浸けて放置した後、取り出した。該抽出液を10μL分取して、タンパク染色液(Quick Start Bradford Dye Reagent, 1X、BIO−RAD社)100μL中に分注し、15分間放置した。
【0042】
該タンパク染色液を595nmの吸光度測定により測定し、予め作成した検量線から、タンパク量を算出した。
【0043】
2.3 試験結果
参考例の綿棒のケラチン採取量は、検出限界以下であった。従って、乾いた綿棒では、角質内のケラチンを採取できないことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明により、簡易に白癬菌などを検出することができ、検査用キットの部品として利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機粒子を含有する溶液または懸濁液を綿球に含浸させた、角質層内のケラチンを採取するための綿棒。
【請求項2】
無機粒子の粒子径が150μm未満である、請求項1に記載の綿棒。
【請求項3】
無機粒子がリン酸水素カルシウム、酸化チタン、沈降炭酸カルシウム、無水ケイ酸およびリン酸2水素カルシウムからなる群より選択される1つまたはそれ以上の粒子である、請求項1または2に記載の綿棒。
【請求項4】
無機粒子が、リン酸水素カルシウムである、請求項1または2に記載の綿棒。
【請求項5】
真菌を検出するために用いられる、請求項1〜4のいずれか1項に記載の綿棒。
【請求項6】
白癬菌を検出するために用いられる、請求項1〜4のいずれか1項に記載の綿棒。


【公開番号】特開2012−53039(P2012−53039A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−171473(P2011−171473)
【出願日】平成23年8月5日(2011.8.5)
【出願人】(306014736)第一三共ヘルスケア株式会社 (176)
【Fターム(参考)】