説明

無機高分子系モリブデン吸着剤及びその製造方法

【課題】塩素を含むPZCに代わる、塩素フリーの無機高分子系吸着剤及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】以下の化学式(A)、(B)及び(C)を含み、これらの繰り返し単位から成る骨格構造を有し、Mが4価の金属、例えばチタンであり、Xが例えば1個から6個までの炭素原子を有するアルコキシ基又は有機配位子のいずれかである99Mo-99mTcジェネレータ用の無機高分子系モリブデン吸着剤。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、従来の四塩化ジルコニウムから製造されるPZC(Poly-Zirconium Compound)などの無機高分子ジルコニウム化合物に代わる、塩素を含まない、塩素フリーの無機高分子系のモリブデン吸着剤及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、医療分野において、放射線やラジオアイソトープ(RI)は、病気の診断(放射性診断薬)及び治療(放射性治療薬)に欠かすことができないものとなっており、特にテクネチウム-99m(99mTc:半減期6.01時間)は、放射性診断薬として核医学の分野で最も多く用いられる。99mTcは半減期が6.01時間と短く、γ線だけを放出するために、人体に投与したときの被ばく量が少ないと言う特徴を有している。また、放射性同位元素を標識体として人体に投与し、放射線を体外から測定して放射能の人体内での分布や動態を観察する場合には、対象とする臓器や病変組織に親和性が大きく、集積しやすく、多くの他の物質と結合し安定な標識体をつくる元素である。
【0003】
99mTcは、親核種であるモリブデン-99(99Mo:半減期65.9時間)の崩壊により製造されているが、99mTcの唯一の原料である親核種の99Moの製造は、濃縮ウランを核分裂させる(n,f)法、及び98Moをターゲットとした(n,γ)法{98Mo(n,γ)99Moβ−99mTc}により製造されている。(n, γ)法では、98Moの天然存在比が24.1%と低いため、得られた99Moの比放射能が2Ci/g前後と低いので、Moの吸着能が2mg/gと低いアルミナを使用した場合、ジェネレータとして必要な約500mCiの99Moを確保するためには、アルミナが約130g必要となる。また、仮に100%の98Moを用いてもアルミナは約30g必要となり、実用的ではない。そのために、核分裂(n,f)法による約105Ci/gという比放射能の高い99Moを用い、ジェネレータの小型軽量化をはかり、扱い易さ、価格、輸送の問題を解決し製品化されているのが現状である。しかし、核分裂(n,f)法では、235Uの核分裂反応を利用し、各種の核分裂生成物から複雑な工程を経て99Moを取り出さねばならず、また多量の放射性廃棄物ができるという欠点がある。そこで、(n,γ)法で生成する99Moを用い、しかも実用的な大きさのジェネレータを開発するための研究が行なわれ、いわゆるゲル・ジェネレータがすでに実用化されている。しかし、この方法では、ゲルの濾過、乾燥が難しく、またジェネレータとしてMoのブレークスルーが多い等、解決しなければならない課題が指摘されている。そこで、天然のMoから(n,γ)法を利用して、実用的なジェネレータを開発するために、Mo吸着能の高いMoを吸着させる為の無機高分子ジルコニウム化合物PZCが開発された。
【0004】
しかし、従来の製法によって、四塩化ジルコニウムから製造されるPZCは塩素を含有することから、吸着剤の製造が困難である上に、腐食性ガスが発生し、粉化しやすく、pHの急激な変化によってMoがゲル化するという欠点があった。このためPZC以外の化合物を使用するものが最近開発されてきている。このように、PZC以外の化合物を使用した吸着剤として、特許文献1に示された吸着剤が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2003−529517
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述の特許文献1においては、99mTcの原材料である99Moの製造を、濃縮ウランを核分裂させる(n,f)法によって行っている。そのため、上述した(n,f)法の欠点を有している。従って、98Moをターゲットとした(n,γ)法{98Mo(n,γ)99Moβ−99mTc}による99Mo製造であって、塩素含有のPZCより安価な製造設備で製造できる塩素フリーのモリブデン吸着剤の製造方法が求められている。
【0007】
したがって、本発明の目的は、上述の塩素を含むPZCに代わる、塩素フリーの無機高分子系吸着剤及びその製造方法を提供することを目的とする。本発明の他の目的は、特に、チタン系Mo吸着剤(PTC:Poly-Titanium Compound)と、その製造方法を確立することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述の目的を達成できるモリブデン吸着剤は、例えば、以下の化学式(A)、(B)及び(C)を含み、これらの繰り返し単位から成る骨格構造を有し、Mが4価の金属であり、Xがアルコキシ基又は有機配位子のいずれかである化学構造1を有する。ここで、上記4価の金属元素としては、チタンまたはジルコニウムが特に好ましい。
【0009】
【化1】

【0010】
また、同等の吸着効果を有するモリブデン吸着剤は、以下の化学式(A)、(B)及び(C)を含み、これらの繰り返し単位から成る骨格構造を有し、Mが3価の金属であり、Xがアルコキシ基又は有機配位子のいずれかである化学構造2を有する。ここで、上記3価の金属元素としては、アルミニウムが特に好ましい。
【0011】
【化2】

【0012】
上述のモリブデン吸着剤の製造方法は、最も簡潔には、チタン、ジルコニウム、アルミニウムの少なくとも1つのアルコキシドと、アルコールまたは有機配位子のいずれかを反応させる第1の工程、加水分解縮合させる第2の工程、及び上記第2の工程で生成した前駆体を架橋させる第3の工程から成る。より好ましい製造方法では、上記加水分解をさらに行い、実質的に有機物の全部を水酸基に置換する第4の工程を有する。これによって、有機物をほぼ取り除くことができる。
【0013】
好適な製造方法は、チタンテトライソプロポキシドを原料とし、そのイソプロポキシ基の少なくとも一つを3-オキソブタン酸エチルの配位、1-ブトキシ基、エトキシ基の少なくとも一つで置換した後、急激な加水分解が生じない程度に制御しながら、加水分解縮合させる各工程から成る。
【0014】
さらに、上述した化学構造1及び2を含有するいわゆるハイブリッド型のモリブデン吸着剤であっても、当然に単独構造のものと同等の機能を有する。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る99Mo-99mTcジェネレータ用の無機高分子系モリブデン吸着剤は、塩素フリーであることから、大気中で合成可能であり、PZC系Mo吸着剤よりも安価に大量製造が可能である。製造コストの面でも、塩素を使わないために、原料、合成環境に必要な設備費用がより安価である。また、従来の塩素含有のPZC系Mo吸着剤と同等のMo吸着性能を有するとともに、高純度の99mTc溶液を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】Mo吸着剤の赤外分光スペクトルを示すグラフである。
【図2】Ti系Mo吸着剤のMo吸着推定メカニズムの説明図である。
【図3】Mo吸着量に与える溶液pHの影響を示すグラフである。
【図4】Mo吸着量に与える吸着時間の影響を示すグラフである。
【図5】Mo吸着量に与えるMo溶液濃度の影響を示すグラフである。
【図6】本発明のPTCβ-Bu吸着剤と従来のPZC吸着剤の99mTc溶離曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
チタン、ジルコニウム、アルミニウムなどを用いて、塩素フリー無機高分子系吸着剤の試作を行い、試作品について様々な性能試験を行った。以下に、本発明に係る塩素フリー無機高分子系吸着剤の製造方法と性能試験の結果について説明する。
【実施例】
【0018】
チタン系Mo吸着剤(PTC)の合成
従来のMo吸着剤であるPZCと同等のMo吸着能を有する、塩素フリーのチタン系Mo吸着剤(PTC)の開発を行った。PTC系Mo吸着剤では、Moの吸着は、PZCではZr-Cl結合部分が吸着サイトと推定されているように、Ti-有機基が吸着サイトと考えられる。つまり、Mo吸着量は用いる有機物の性質に依存し、また、Ti-有機基の量に比例して質量当りの吸着部位が増加すると予想される。そこで、分子構造の異なる4種類の有機基を分子内に有する吸着剤を合成することとした。
【0019】
本実施例においては、第1工程において、チタニウムテトライソプロポキシドを原料として、少なくとも一つのイソプロポキシ基を、エトキシ基等で置換させた。
【0020】
次の第2工程においては、残ったイソプロポキシ基をあるいは置換されたエトキシ基を優先的に加水分解縮合させて高分子ポリマーを合成した。詳細には、易加水分解性有機基を選択的に少しずつ加水分解させながら、優先的に鎖状ポリマーを合成した。この際、急激な加水分解を防ぐ為に、2-プロパノールで2倍以上に希釈して加えた。この工程では更に、0.1-0.01molの塩酸を加えることによって、加水分解の速度を制御し遅くした。
【0021】
最後の第3工程においては、縮合を促進させながら溶媒を除去した。詳細には、30℃以上から90℃の間の適当な温度で、エバポレーターを用いて減圧下で加熱しながら縮合を促進させしながら溶媒を除去した。その後、篩い分けしてMo吸着剤(PTCβ)とした。
【0022】
PTCβ系Mo吸着剤の合成(表1)
Mo吸着条件は、Mo吸着剤0.5gを用い、これにMo溶液(pH4、Mo溶液濃度15g/l)を10ml加え、90℃、3hで行った。PTCβ:Prは、チタニウムテトライソプロポキシドのイソプロポキシ基を部分的に加水分解縮合して合成した。PTCβ:Etは、側鎖をエトキシ基に置換し、残りを加水分解することで合成した。PTCβ:Buは、側鎖をブトキシ基に置換し、残りを加水分解することで合成した。PTCβ:Bu1とPTCβ:Bu5は、側鎖に置換するブトキシ基の量の影響を確認する為に合成した。PTCβ:Bu3とPTCβ:Bu4は、最終合成温度の異なる条件下で、側鎖に置換するブトキシ基の量の影響を確認する為に合成した。PTCβ:Bu2とPTCβ:Bu3は、加水分解に使用する水量の影響を確認する為に合成した。PTC β:Bu5とPTCβ:Bu6とPTCβ:Bu7は、最終合成温度の異なる条件下で、使用する水量の影響を確認する為に合成した。PTCβ:Hexは、側鎖の一部をヘキソキシ基に置換し、残っているイソプロポキシ基から加水分解縮合することで合成した。PTCβ:Lは、側鎖を3-オキソブタン酸エチルの配位に置換し、残りを加水分解することで合成した。PTCβ:L1の合成に用いたH2O量は、0.4molの側鎖を置換した際に、加水分解で吸着剤化する為に使用した水の量を示している。PTCβ:L2の合成に用いたH2O量は、2molの側鎖を置換した際に、加水分解で吸着剤化する為に使用した水の量を示している。PTCβ:L+Buは、側鎖を3-オキソブタン酸エチルの配位とブトキシ基に置換し、残りを加水分解することで合成した。表中のmolは、Tiに対するmol比である。以下同様とする。
【0023】
【表1】

【0024】
表1の結果から、次のことがわかった。
・側鎖に付加させる有機物量、最終合成温度の組み合わせが重要である。
・側鎖として導入した有機置換基の量を考慮してMo吸着性能を評価した場合、すなわち、Mo吸着剤から完全に有機物をはずしたMo吸着剤に対してMo吸着量を推定した場合、吸着性能は、同様にClを完全にはずしたPZCの2倍程度であることが分かった。
・側鎖として残す有機物の種類によって、加水分解速度が制御できる。
・側鎖に付加させた有機物は、最終合成温度により、付加量が変化する。
・有機物置換に使用する有機物量は、炭素数が2-10個の範囲が最適である。
ここで、3-オキソブタン酸エチルの炭素数は6個であり、実験結果から、アルコール系でもヘキシルアルコールより大きいものは疎水性が大きくなり、水溶液中に浸漬、あるいは粒子内にMo水溶液の浸透が困難になる、及び、アルコールの除去が困難になるため、現実的には6個までが好ましい。
・加水分解に使用する水量は、1-3molの範囲が最適である。
・付加させる有機物の種類は2種類以上でも良い。
【0025】
PTCのMo吸着性能を向上させる為の検討
生体内で利用するTc99mを生成することが目的あるMo吸着剤において、有機物が混入することは好ましくない。そこで、PTCβの第3工程後にMo吸着剤から有機物を除去することで、有機物を含まないMo吸着剤とすることができる。Mo吸着剤を大量の水と反応させ、30℃から90℃の間で加熱する。その後、篩い分けしてPTC系Mo吸着剤とした(第4工程)。有機物除去において、吸着性能の低下を防ぐために、30℃から90℃、好ましくは出来るだけ室温に近い低温で処理し、有機物が外れて生成されたOHを残すようにすることが好ましい(後述の表2を参照)。
【0026】
また、第2工程において塩酸によって加水分解速度を制御し遅らせることで、吸着剤の性能を制御することができる。ゆっくりと高分子化させたMo吸着剤(表1)の比較として、加水分解速度の制御のために加えていた塩酸を使用せず、同様の手順によりMo吸着剤(PTCγ)を合成した(後述の表3を参照)。PTCβ同様に、PTCγについても、水処理した際の性能を確認した。
【0027】
Mo吸着剤の性能評価
Mo吸着剤の吸着性能は、Mo溶液の濃度に依存するため、合成したMo吸着剤の中でも特に吸着性能の高いものを選択し、Mo吸着剤の限界Mo吸着量を確認した(後述の表4を参照)。
【0028】
性能の向上を目的としたPTCβ系Mo吸着試験(表2)
Mo吸着条件は、Mo吸着剤0.5gを用い、これにMo溶液(pH4、Mo溶液濃度15g/l)を10ml加え、90℃、3hで行った。PTCβ:Bu3とPTCβ:Etは表1のものを使用した。PTCβ:BuH25は、室温で24-72時間水中に静置して有機物を取り除いた。PTCβ:BuH90aは、PTCβ:Bu3を大量の水の中に入れて、90℃で3時間加熱し、90℃で乾燥させた。PTCβ:BuH90bは、PTCβ:Bu3を大量の水の中に入れて、90℃で3時間加熱し、Mo吸着を行う寸前まで水中で保存した。PTCβ:BuH50は、PTCβ:Bu3を大量の水の中に入れて、50℃で3時間加熱し、Mo吸着を行う寸前まで水中で保存した。PTCβ:EtH90aは、PTCβ:Bu3を大量の水の中に入れて、90℃で3時間加熱し、90℃で乾燥させた。PTCβ:EtH25は、室温で24-72時間静置して有機物を取り除いた。PTCβ:EtH90bは、PTCβ:Bu3を大量の水の中に入れて、90℃で3時間加熱し、Mo吸着を行う寸前まで水中で保存した。PTCβ:EtH50は、PTCβ:Bu3を大量の水の中に入れて、50℃で3時間加熱し、Mo吸着を行う寸前まで水中で保存した。
【0029】
【表2】

【0030】
表2の結果から、次のことがわかった。
・有機物を外す為の水処理温度、乾燥と保存条件が重要である。
・有機物を外したMo吸着剤は、水中保存が最適である。
【0031】
性能の向上を目的としたPTCγ系Mo吸着試験(表3)
Mo吸着条件は、Mo吸着剤0.5gを用い、これにMo溶液(pH4、Mo溶液濃度15g/l)を10ml加え、90℃、3hで行った。PTCγ:Bu1は、側鎖をブトキシ基に置換し、残りを加水分解することで合成した。PTCγ:Bu1とPTCγ:Bu2は、側鎖に置換するブトキシ基の量の影響を確認する為に合成した。PTCγ:BuH90は、PTCγ:Bu1を大量の水の中に入れて、90℃で3時間加熱し、90℃で乾燥させた。PTCγ:BuH50は、PTCγ:Bu1を大量の水の中に入れて、50℃で3時間加熱し、Mo吸着を行う寸前まで水中で保存した。ここで、PTCγとは、塩酸を使用しない系のPTCである。そのようなMo吸着剤の性能試験結果を表3に示す。
【0032】
【表3】

【0033】
表3の結果から、次のことがわかった。
・塩酸を使用しないことで、Mo吸着剤の高性能化できる。
【0034】
有機物を含まないPTCの評価
フーリエ変換型赤外分光(FT-IR)を用いて、残存有機物量の違いから、PTC系Mo吸着剤に付加した有機物が外れていることを確認した。測定条件は、400-4000cm-1、積算回数300、透過測定で行った。その結果を図1に示す。図1の結果から、有機物が外れていることが確認できた。つまり、今回採用した方法によって、有機物がすべて外れることが確認で図1の測定では、PTCβ:Bu3とPTCβ:BuH90bが用いられた。1650-1750cm-3と3000-3500cm-3において確認できるピークは、O-Hを示す。400-800cm-3において確認できるピークはO-Tiを示す。2600-2800cm-3において確認できるピークは、C-Hを示す。また、1050-1250cm-3において確認できるピークは、C-O、C-Hを示す。
【0035】
PTCの元素比の確認
PTCの元素比を確認する為に、即発γ線分析を用いてPTCの元素比(Ti、Mo)を確認した。即発γ線分析の検出ピークは、778keV、787keV、849keVを選択した。比較の為に、PZCの元素比(Zr、Mo)も確認した(後述の表6を参照)。
【0036】
即発γ線分析による元素比(表4)
ピークの判定基準は、積算回数の高さと誤差の少なさを使用した。Moは778keVのピークを使用した。Tiは1382keVのピークを使用した。Zrは934keVのピークを使用した。サンプルは、Mo吸着試験により、Mo吸着量が判明しているものを使用した。
【0037】
【表4】

【0038】
メタル系Mo吸着剤のMo吸着メカニズム解明
Mo吸着メカニズムを解明する為に、pH変化に注目した。方法としては、pH変化からどのような化学反応によってMoが吸着しているのかを推定した。メカニズム解明にあたり、PTCβ:Buを使用した。まずは、原料であるチタンテトライソプロポキシド 0.5gを10mlの水(pH5.56)の中に添加して、pHを測定した。
【0039】
水のpHはpH2.1を示した。この結果から、水の中で加水分解されたMo吸着剤は、側鎖に結合していた有機物が外れ、OH基に置換され、その結果O-Hの解離により水溶液中のH+が増えたことで水溶液のpHが低下したと考えられる。この結果から、Mo吸着剤はMo吸着過程で、まず加水分解され、Mo吸着剤中に多量のOH基を生成すると考えられる。
【0040】
以上の結果から、PTC系Mo吸着剤は、加水分解で生成した水酸基がMo吸着サイトとなり、化学的にMoが吸着することが推定される(図2)。理想的には(1次元鎖状ポリマーであれば)、Ti 1molに対して、1molのMoが吸着することになる。実際には、1次元鎖状ポリマーではなくゲル化させるために3次元架橋ポリマー化されており、Ti原子上の吸着サイトは1箇所であり、したがってTi 1molに対して、0.5mol程度のMo吸着が理想的な上限値となる(γ線即発分析ではこの結果が支持されている(次の表5を参照))。
【0041】
【表5】

【0042】
また、有機置換基を吸着サイトとして有しているMo吸着剤は、密封容器のような水が限りなく少ない場所、OH基を吸着サイトとして有しているMo吸着剤は、水中での保存が最適ということがわかった。
【0043】
図2において、Xは3-オキソブタン酸エチルの配位、1-ブトキシ基、エトキシ基の少なくとも一つ (a) Ti系Mo吸着剤の有機物が水酸基に置換され、その水酸基が外れる際、Tiの1つとMoO42-の1つが結合する。そして、Mo 1molに対してTi 2molが結合する形で安定化する。この時、有機物が外れた時に生じた[H+]イオンによってpHが下がる。また、Moが結合した際に生じた[OH-]イオンによってpHが上がる。(b) Ti系Mo吸着剤の水酸基は、水溶液中でTiに結合したままの水酸基として在している。その為、Ti系Mo吸着剤を水溶液中に入れて保存することによって、水酸基は維持される。この時、有機物が外れた時に生じた[H+]イオンによってpHは下がる。(c) Ti系Mo吸着剤を水の少ない場所に置いておくと、ゆっくりと加水分解が進行し、水酸基が残らずに、Tiの高分子化が進行する。その為、Ti系Mo吸着剤のMo吸着性能が低下する。
【0044】
PTCの耐久性を向上させる為の検討
Mo吸着性能を向上させたPTC:γ系は、PTC:β系に比べてやや粉化しやくす、耐久度が低いと言う問題点がある。そこで、他のメタル系とのハイブリット吸着剤を作製し、それぞれのハイブリッド吸着剤の性能を確認した(後述の表8を参照)。その際、Tiの側鎖には1-ブタノールを付加させた。
【0045】
他の金属とハイブリッド化したMo吸着剤の比較(表6)
PTCε:Alに用いたAlの原料アルミニウムエチルアセトアセテート・ジイソプロピレートは、3価の側鎖の2つにイソプロポキシ基をもち、1つにエチルアセトアセテート(3-オキソブタン酸エチル)をもつ。Alのプロポキシド基とTiのプロポキシ基が鎖状構造を形成する形で分子設計を行い、残ったエチルアセトアセテートをMo吸着サイトとした。PTCε:Siに用いたSiの原料であるシリコンテトラエトキシドは、4価の側鎖のそれぞれにエトキシ基をもつ。Siのエトキシ基とTiのプロポキシ基が鎖状構造を形成する形で加水分解縮合させ、残りをMo吸着サイトとした。PTCε:Zrに用いたZrの原料であるジルコニウムテトライソブトキシドは、4価の側鎖のそれぞれにブトキシ基をもつ。Zrのブトキシ基とTiのプロポキシ基を鎖状構造に形成する形で加水分解縮合させ、残りをMo吸着サイトとした。このMo吸着剤を合成する際の加水分解では、塩酸を0.01mol混合した水を使用した。
【0046】
【表6】

【0047】
表6の結果から、次のことがわかった。
・他のメタル系と組み合わせても、それぞれのメタルに吸着するMo量はほとんど変化しない。
・AlやSiと組み合わせたMo吸着剤は、PTC:γ系に比べて粉化し難い。
・Zrと組み合わせたMo吸着剤は、PTC:γ系に比べて粉化しやすくなった。
【0048】
PTC系の合成方法を用いたメタル系Mo吸着剤の合成
今回の実験にあたっての予備検討として、PTCβ系の合成方法を用いた他のメタル系Mo吸着剤を合成し、性能試験を行った(後述の表9を参照)。
【0049】
他のメタル系Mo吸着剤との比較
Mo吸着条件は、Mo吸着剤0.5gを用い、これにMo溶液(pH4、Mo溶液濃度15g/l)を10ml加え、90℃、3hで行った。PTCβ:Prは、側鎖にイソプロポキシ基を残し、残りを加水分解することで合成した。PZCβ:Buは、側鎖にブトキシ基を残し、残りを加水分解することで合成した。PACβ:Kは、側鎖にエチルアセトアセテートを残し、残りを加水分解することで合成した。PSiCβ:Etは、側鎖にエトキシ基を残し、残りを加水分解することで合成した。
【0050】
PTCの性能試験
今回の実験にあたっての予備検討として、PTCβ系を使用してpH変化(図3)、時間変化(図4)、濃度変化(図5)に示した。合成しやすいという理由から、PTCβ:Bu を使って検討した。
【0051】
図3に示されたMo吸着量に与える溶液pHの影響から理解されるように、図1に示した試験結果から、pH変化はpH5以下であれば、飽和吸着量に達することが分かった。また、図4に示されたMo吸着量に与える吸着時間の影響から理解されるように、Mo吸着時間は3時間以上であれば、飽和吸着量に達することが分かった。さらに、図5に示されたMo吸着量に与えるMo溶液濃度の影響から理解されるように、図2に示した試験結果から、Mo溶液濃度は15mg/l以上であれば、ほぼ飽和吸着量に達することが分かった。
【0052】
性能試験の一環として、1一ブタノールで置換したPTC系Mo吸着剤(PTCβ一Bu)について、中性子照射したMoO3粉末を用いた試験を行いMo(99Mo)吸着特性及び99mTc溶離特性を調べた。比較のため、PZCのMo(99Mo)吸着特性及び99mTc溶離特性も調べた。それらの結果を図6を参照して説明する。
【0053】
研究炉で中性子照射したMoO3粉末を溶解したMo(99Mo)溶解液を使用して試験した。15mLの20g/L-Mo溶液中に吸着剤1.Og添加し3時間約90度で吸着操作した。吸着操作後、吸着剤を洗浄しカラム充填した。洗浄液及びカラム充填液中のMo(99Mo)量を測定し、吸着剤1gに対するMo(99Mo)吸着量を計算した。この結果、PTCβ一Buは193mg-Mo(99Mo)/g一吸着剤、PZCは260.8mg-Mo(99Mo)/g一吸着剤であった。
【0054】
99mTc溶離特性調査として、上記のカラム充填吸着剤を使用し、計2回溶離試験した。1回目は、吸着剤を充填後23時間経過したカラムに生理食塩水L5ml×10回通液し、99Moから生成した99mTcを溶離した。このときの溶離曲線を図6の(a)及び(b)に示す。2回目は、1回目の溶離操作後23時間経過したカラムに生理食塩水1.5m1×10回通液し、99Moから生成した99mTcを溶離した。このときの溶離曲線を図6の(c)及び(d)に示す。この結果、PTCβ一Buは平均で約95%の溶離率が得られ、PZCは平均で約55%の溶離率が得られた。溶離曲線からも分かるように、PTCβ一BuはPZCに比べ溶離率が高く非常に少ない量の溶離液により99mTcを溶離出来た。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の化学式(A)、(B)及び(C)を含み、これらの繰り返し単位から成る骨格構造を有し、Mが4価の金属であり、Xがアルコキシ基又は有機配位子のいずれかである99Mo-99mTcジェネレータ用無機高分子系モリブデン吸着剤。
【化1】

【請求項2】
以下の化学式(A)、(B)及び(C)を含み、これらの繰り返し単位から成る骨格構造を有し、Mが3価の金属であり、Xがアルコキシ基又は有機配位子のいずれかである99Mo-99mTcジェネレータ用無機高分子系モリブデン吸着剤。
【化2】

【請求項3】
請求項1に記載の吸着剤において、上記4価の金属元素がチタンまたはジルコニウムであることを特徴とする99Mo-99mTcジェネレータ用無機高分子系モリブデン吸着剤。
【請求項4】
請求項2に記載の吸着剤おいて、上記3価の金属元素がアルミニウムであることを特徴とする99Mo-99mTcジェネレータ用無機高分子系モリブデン吸着剤。
【請求項5】
チタン、ジルコニウム、アルミニウムの少なくとも1つのアルコキシドとアルコールまたは有機配位子のいずれかを反応させる第1の工程、
加水分解縮合させる第2の工程、及び
上記第2の工程で生成した前駆体を架橋させる第3の工程、
から成る99Mo-99mTcジェネレータ用無機高分子系モリブデン吸着剤の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の製造方法において、上記加水分解をさらに行い、実質的に有機物の全部を水酸基に置換する第4の工程を有することを特徴とする99Mo-99mTcジェネレータ用無機高分子系モリブデン吸着剤の製造方法。
【請求項7】
チタニウムテトライソプロポキシドを原料とし、そのイソプロポキシ基の少なくとも一つを3-オキソブタン酸エチルの配位、1-ヘキソキシ基、1-ペントキシ基、1-ブトキシ基、エトキシ基の少なくとも一つで置換した後、急激な加水分解が生じない程度に制御しながら、加水分解縮合させることを特徴とする99Mo-99mTcジェネレータ用無機高分子系モリブデン吸着剤の製造方法。
【請求項8】
請求項1に記載の化学構造体と、請求項2に記載の化学構造体を持つハイブリッド型の99Mo-99mTcジェネレータ用無機高分子系モリブデン吸着剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2012−112881(P2012−112881A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−263801(P2010−263801)
【出願日】平成22年11月26日(2010.11.26)
【出願人】(505374783)独立行政法人日本原子力研究開発機構 (727)
【出願人】(503032588)株式会社アート科学 (12)
【Fターム(参考)】