説明

無機EL素子用蛍光体及び製造方法

【課題】 従来の系蛍光体に比べて、低い駆動電圧ですみしかもエネルギー利用効率に優れた分散型無機EL光源となる蛍光体を提供する。
【解決手段】3価元素と5価元素の混合酸化物を構成する材料粉末と、局在型発光を行う希土類付活剤とを混合し、この混合物を焼結または溶融することにより酸化物系蛍光体粒子を作製し、この蛍光体粒子表面に蛍光体の母結晶を構成する3価元素の1%以上を4価元素のドナー元素で置換した高濃度n型半導体からなる薄膜層を設け、前記薄膜層表面に電子及び正孔(ホール)の供給源となる金属を分散化させると共に、蛍光体の母結晶材としてPt(白金)の仕事関数の値(5.65eV)より小さなイオン化ポテンシャルの値を持ち且つバンドギャップの値が3.5eV以上の値を持った材料を選定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機エレクトロ・ルミネッセンス(EL)素子に用いられる蛍光体とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、携帯電話等のバックライトに使用される薄型光源としてEL素子が知られている。EL素子としては、例えば無機EL素子、発光ダイオード、及び有機EL素子があげられ、中でも、無機EL素子の1つである分散型交流無機EL素子は、広く一般的に用いられている。分散型交流無機EL素子の構造は非常に単純で、電極の間に硫化亜鉛などの発光材料(蛍光体)を挟んで、これに強い交流電界(普通は100V〜200V)をかけて、内部の電子を激しく揺さぶり発光させる。実際に電流が流れることで発光する有機EL素子や発光ダイオードと違って、電子は振動しているだけなので、無駄な電流がほとんど流れないため、低消費電力タイプの光源として期待されてきた。又、分散型交流無機EL素子はスクリーン印刷で簡単に作ることが出来るので、低コスト・大面積・フレキシブル基板という展開が可能であるという特徴を持つ。
特に昨今の環境問題から、蛍光灯の代替品として、消費電力が1/3程度の消費電力で、蛍光灯と同等の明るさを持つ無機EL光源の実現が期待されているが、従来の分散型無機EL素子用蛍光体は、発光の駆動電圧が高く且つエネルギー利用効率が低いという欠点を持つため、いまだ低消費電力タイプの光源が実現できていないのが現状である。
【0003】
従来の分散型無機EL素子用蛍光体としては、特許文献1に記載のように、硫化亜鉛(ZnS)系蛍光体が使用されている。このZnS系蛍光体として、例えばZnSからなる母体材料に、付活剤としてCu等を添加し、更に共付活剤としてClやAl等のドナー元素を添加したものなどを使用することが出来る。
このZnS;Cu、Cl蛍光体を用いた分散型無機EL素子では、CuがZnS結晶格子に入ってアクセプタとなり、Cl等のドナー不純物と共に発光中心を構成する。
無機EL発光のタイプとしては、ドナー準位とアクセプタ準位を利用するドナー・アクセプタ再結合型発光と、金属イオンの内殻電子遷移を利用する局在型発光の二つがあるが、ZnS系蛍光体の例では、前者のドナー・アクセプタ再結合型発光である。
ドナー・アクセプタ再結合型発光ではドナー元素とアクセプタ元素の二つの元素を添加させる必要があるが、局在型発光の場合は発光中心となる一つの元素(希土類など)を添加するだけで良いことになる。
ドナー・アクセプタ再結合型発光では、ドナー元素(Cl)とアクセプタ元素(Cu)を1:1の比率で添加すると、ドナー元素(Cl)とアクセプタ元素(Cu)はプラス・マイナスの引力が働き、お互い引き付け合う形でZnSの結晶構造の中に固定される。発光はドナー準位にある電子がアクセプタ準位にある正孔と再結合することにより起こるため、発光波長(発光色)は基本的にドナー準位とアクセプタ準位のエネルギーにより決まり、これが大きいほど短波長の発光となる。発光のエネルギー(k)と発光波長(λ)は下記の式で表される。
k=Eg−(ED+EA)+〔e÷(4×π×ε×ε×r)〕
λ=1240÷k
Eg:ZnSのバンドギャップエネルギー
ED:ドナーの束縛エネルギー(ドナー準位)
EA:アクセプタの束縛エネルギー(アクセプタ準位)
e:電子の電荷量=1.602×10―19(クーロン)
ε:ZnSの比誘電率
r:ドナーとアクセプタの距離
この様に、ZnS系蛍光体の場合はドナー・アクセプタペア発光を行う目的でドナー元素(Cl)を添加するのであって、n型半導体化させる目的でドナー元素(Cl)を添加するのではない。但し、ドナー・アクセプタペア発光の二つの元素(Cu、Cl)を添加するだけではEL発光しないため、余分にCuを添加する必要
がある。余分に添加され結晶格子に入りきれないCuは、ウルツ型(六方晶)構造と閃亜鉛型(立方晶)構造という二つの混合構造の間の結晶格子欠陥に沿って針状に析出し、CuS(硫化銅)として存在する事になる。電圧を素子に印加すると針状の硫化銅の先端に電界が集中する。針状の硫化銅からは、電子が正極側に近い先端から、正孔(ホール)が負極側に近い先端から放出される。
ZnS結晶内では、電子はドナー不純物に、正孔はアクセプタにトラップされる。電界の向きが反転するとトラップされていた電子が飛び出し対極側に移動してアクセプタにトラップされた正孔と再結合し、EL発光を生じる。
以上の様なメカニズムで無機EL発光するため、分散型無機EL用蛍光体には、蛍光体内部又は表面に電子及び正孔を供給する材料が必要となるが、ZnS系蛍光体では、内部に電子及び正孔を供給する材料である針状のCuS(硫化銅)を容易に作製出来るため広く使用されているのが現状である。
【0004】
しかしながら、従来のZnS系蛍光体を使用した分散型無機EL素子は、下記二つの欠点を持っている。一つ目の欠点は、発光に必要な駆動電圧が高いことである。分散型交流無機EL光源の消費電力及び発光輝度は下記の式で表される。
【0005】
消費電力=電極面積×発光層の誘電率÷発光層の厚み×交流電源の周波数×駆動電圧×誘電正接
発光輝度∝電極面積×発光層の誘電率÷発光層の厚み×交流電源の周波数×駆動電圧
【0006】
即ち、消費電力は駆動電圧の2乗に比例する訳であるが、発光輝度は駆動電圧の1乗に比例するため、同じ発光輝度を実現するのに、駆動電圧が10倍になると消費電力が100倍と非常に大きくなることになる。従来の分散型無機EL素子の場合、特許文献2のデータに記載の様にAC200V程度の高圧電源が使用されている。AC200V程度の高電圧が必要な理由を説明すると以下の様になる。
【0007】
ZnSは弱いn型半導体を形成し、硫化銅は縮退した弱いp型半導体を形成するため、ZnSと硫化銅の界面は一種のpn接合となり、ZnSと硫化銅の界面にpn接合のバリア(障壁)層が発生する。前記のバリア層を突き破って硫化銅から電子や正孔がZnS結晶内に流れ込むためには10〜20×10 V/cm程度の大きな電界が必要となるが、前記pn半導体の場合、ZnS結晶内の電子密度(キャリア密度)が小さいために、10〜20×10 V/cm程度の大きな電界を作るためには、AC200V程度の大きな駆動電圧が必要になる。
【0008】
次に、ZnSの電子密度(キャリア密度)が小さい理由は下記二つの理由による。一つ目の理由は、ヒューム・ロザリーの法則により、ZnS結晶体の中に、ドナー元素であるClを僅かしか固溶させることが出来ないことによる。
ヒューム・ロザリーの法則とは、溶媒原子の代わりに溶質原子が置き換わる置換型固溶体に於いて、それぞれの原子の大きさが同じぐらいであると、置換がおこなわれ易い。原子半径の違いが10%ぐらいまでは、成分比の全体にわたって完全に固溶するが、それ以上では固溶度は急激に減少し、15%以上ではほとんど固溶しなくなるという法則である。ここで原子半径の違いで表す比率とは、置換元素の共有結合半径からドナー元素の共有結合半径を差し引いた絶対値を、置換元素の共有結合半径で割った値のことである。
即ち、置換元素であるZnの酸化数が+2で共有結合半径が約0.118nmに対し、ドナー元素である酸化数が−1であるClの共有結合半径が約0.099nmとZnとの共有結合半径の違いが約16%と大き過ぎるため、ヒューム・ロザリーの法則よりZnS結晶体の中に、ドナー元素であるClを僅かしか置換させることが出来ないことになる。非特許文献2では、液相焼結方式でZnS:Cu、Clを作製する時に、Clのモル比率を、0.1%と非常に小さいモル比率にしている事実が、上記の問題を表している。
【0009】
二つ目の理由は、焼結方式を採っているからである。例え、ヒューム・ロザリーの法則に則った適切なイオン半径のドナー元素が選定できたとしても、焼結方式で蛍光体を作製すると、母結晶内部に固溶するドナー元素の比率が少なく、結晶表面に析出するドナー元素の比率が多くなるため、結果的にZnSの電子密度(キャリア密度)は小さくなる。焼結方法を採る理由は、非特許文献1に記載の様に、1000℃を超える高温で焼結させ、結晶性の高いウルツ型(六方晶)構造を作製した後、更に1000℃以下の低温で加熱することにより、閃亜鉛型(立方晶)構造を作製し、前記二つの混合構造の高密度積層欠陥部に電子及び正孔を供給する針状の硫化銅を偏析させる必要があるため、ZnSを融点(1700℃)以上で溶融する溶融方式を採ると、上記の様な二つの混合構造の高密度積層欠陥部を作製出来ず、無機EL素子用蛍光体の役割を果たせないことになる。
【0010】
非特許文献2には、液相焼結方法で作製したウルツ型(六方晶)構造と閃亜鉛型(立方晶)構造の二つの混晶構造のZnS蛍光体で、付活剤の多くが表面近傍に存在するという不具合により、発光強度が著しく減少したという記載がある。従って非特許文献2で示す様に、ドナー元素や付活剤を母結晶内部に固溶させるための工夫は、非常に重要となる。
【0011】
又、pn接合面(空乏層)での電界の強さは下記の式で表される。
E(電界の強さ)∝{2×e×Nd×(Φ+V)÷ε÷ε0.5
e:電子の電荷量=1.602×10―19(クーロン)
Nd:n型半導体の伝導帯に励起された電子の密度
Φ:pn接合面のバリア電圧(使用するp型半導体とn型半導体の電子親和力の差で発生するバリアの強さ)
V:駆動電圧
ε:n型半導体の比誘電率
ε:真空の誘電率=8.85×10―14
【0012】
このように、電界の強さは(電子密度×駆動電圧)0.5に比例するため、
同じ電界の強さを得るためには、電子密度が小さいと駆動電圧を大きくする必要がある。この様な理由でZnS系蛍光体の場合、大きな駆動電圧が必要になる。
【0013】
二つ目の欠点は、エネルギー利用効率と耐久性が悪いことである。特許文献2では硫黄の欠陥部に電子がトラップされることにより、電子と正孔の再結合が阻害され、結果的に発光輝度が悪くなるため、蛍光体表面に硫黄を付着させ発光輝度を高めるという記載があるが、それ以外にもエネルギー利用効率を阻害する要因として、結晶粒径の問題がある。蛍光体の結晶粒径が小さいと結晶表面に存在する無輻射失活層(格子欠陥)の体積分率が大きくなり、電子と正孔の再結合が阻害され、発光せず熱損失する割合が高くなり、結果的に発光効率が低くなる。特許文献1では、逆に液相焼結方法で作製し粒径を4μm以下にすることで発光効率を高める旨の記載があるが、これは結晶表面に多数存在する格子欠陥部がドナー電子を与える役割を果たし、結果的に電子密度を高める事で逆に発光効率を高めたことによるものと予想される。非特許文献1にも、同様に発光効率が粒子サイズに反比例して増加するという記載があるが、一方で 蛍光体を微細化すると、耐久性が低下する新たな問題が発生するとの記載がある。
【0014】
以上のことから、エネルギー利用効率と耐久性を両立させるためには、結晶粒径を大きくすると共に、電子密度を高める目的でドナー元素を多量にドープさせ、更にドープしたドナー元素を蛍光体の母結晶内部に固定させることが非常に重要となる。又、結晶粒径を大きくすると ドープしたドナー元素を母結晶内部に固定させる確率が増加し、電子密度が大きくなるため、発光に必要な駆動電圧を低くする効果も同時に期待出来る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2005−132947号公報
【特許文献2】特開2009−152073号公報
【特許文献3】特開昭62−250172号公報
【特許文献4】特許第3620842号
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】FUJIFIRLM RESEARCH & DEVELOPMENT(No.51−2006)
【非特許文献2】埼玉県産業技術総合センター研究報告 第6巻(2008)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
ZnS系蛍光体を使用した分散型無機EL素子は、高電圧が必要で且つエネルギー利用効率が悪いため、低消費電力タイプの分散型無機EL光源が実現出来ないという課題がある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
ZnS系蛍光体を使用した分散型無機EL素子の課題を解決するため、本発明に係る蛍光体の構成として、3価元素と5価元素の混合酸化物を構成する材料粉末と、局在型発光を行う希土類付活剤とを混合し、この混合物を焼結または溶融することにより酸化物系蛍光体粒子を作製し、この蛍光体粒子表面に蛍光体の母結晶を構成する3価元素の1%以上を4価元素のドナー元素で置換した高濃度n型半導体からなる薄膜層を設け、前記薄膜層表面に電子及び正孔(ホール)の供給源となる金属を分散化させると共に、蛍光体の母結晶材としてPt(白金)の仕事関数の値(5.65eV)より小さなイオン化ポテンシャルの値を持ち且つバンドギャップの値が3.5eV以上の値を持った材料構成とした。この場合蛍光体としても、ドナー元素イオンを結晶内部に固溶せしめたn型半導体材料からなる蛍光体を使用した方が好ましい。
この様な構造の蛍光体は、母体粒子表面に高濃度n型半導体材料や金属材料をスパッタリング等の方法で固着させることにより容易に作製することが出来る。粒子状の材料表面にスパッタリングする方法としては、特許文献3に記載のように、粉体を上部から落下させ、落下の途中でスパッタリングする方法や、特許文献4に記載のように、多角状のメッシュかごの中に粉体を入れ、かごを回転させることにより、粉体を撹拌・分散させながらスパッタリングする方法が開示されているので、このような方法を採用することで容易に作製することが出来る。
【0019】
次に、前記蛍光体の母結晶を構成する前記3価元素の材料として周期表第3族及び第13族元素からなる群から選ばれた少なくとも一種の材料、前記5価元素の材料として周期表第5族及び第15族元素からなる群から選ばれた少なくとも一種の材料とした。前記3価元素の具体例としてはY(イットリウム)又はSc(スカンジウム)、前記ドナー元素の具体例としては4価元素のZr(ジルコニウム)又はHf(ハフニウム)、前記局在型発光を行う希土類付活剤の具体例としてはDyO又はEuO、前記5価元素の具体例としてはV(バナジウム)又はP(リン)又はTa(タンタル)又はNb(ニオブ)又はSb(アンチモン)が好ましい。
前記薄膜層の母結晶材料としては、蛍光体と同じく3価元素と5価元素の混合酸化物にすると共に、蛍光体と同一の母結晶材料 或いは蛍光体と同一の母結晶材料に別の材料を混入させた混晶材料にする構成とした。
この様に薄膜層の母結晶材料を 蛍光体と同一の母結晶材料 或いは蛍光体と同一の母結晶材料に別の材料を混入させた混晶材料にすると、蛍光体と薄膜層の間に発生するバリア(障壁)層が小さくなるため、低消費電力化に有効となる。
【0020】
更に、電子及び正孔(ホール)の供給源となる金属として、Pt(白金)又はPtと別の金属の合金にすると共に、前記合金を蛍光体の母結晶材のイオン化ポテンシャルの値より大きな仕事関数の値を持った材料構成とした。このような構成を取ることにより、金属と高濃度n型半導体材料からなる薄膜層との間にショットキー接合が発生することになり、この接合面に高電界を与えることにより金属薄膜部から、薄膜層に電子及び正孔が流れ込み、更に薄膜層から、蛍光体内部に電子及び正孔が流れ込むことになり、ZnS系蛍光体を使用しなくても無機EL光源が可能となる。
【0021】
前記金属薄膜で蛍光体表面全部を被覆すると蛍光体内部で発光した光は、金属皮膜で反射・吸収され、外部に光として取り出せないため、本発明では金属皮膜の表面積比率を70%以下とした。金属皮膜の表面積比率が小さいと 蛍光体内部に流入する電子及び正孔の量が少なくなり、単位面積当たりの発光量が低くなるため、金属皮膜の表面積比率を10%以上とした。
【0022】
蛍光体表面に金属薄膜を付着させる一般的方法として蒸着方法があるが、蒸着方法では 蒸着用ターゲットの加熱電源をOFFしても、直ぐには蒸発がストップせず、更に、一旦蒸発された気体は容器内に充満し易いため、蛍光体粒子に、任意の面積比率で分散化させることは難しい。又、蒸着方法では蛍光体表面へ強く固着させることが難しく、蛍光体表面に何らかの不純物が付着していた場合には、金属薄膜と蛍光体の間に不純物が介在し、理想的なショットキー接合が発生しないため、スパッタリング方法の様に強いエネルギーで蛍光体表面に金属を食い込ませることが必要になる。
【0023】
このため、本発明では金属薄膜を固着させる方法として、スパッタリング方法を採用した。粒子状の材料表面にスパッタリングする方法としては、前述のように特許文献3、特許文献4で記載されている方法があるが、両方共粒子表面全部に固着してしまう問題がある。従って、本発明ではスパッタリングすることで蛍光体の粒子表面に金属等の薄膜を固着させる過程で、スパッタリングターゲットと蛍光体粉末の間に蛍光体粉末の粒径より小さな微細孔を多数設けた遮蔽プレートを置くと共に、連続的にスパッタリングせず間欠的にON・OFFする事により、粒子表面に任意の面積比率で分散化させる方式を採った。
【0024】
最後に電子及び正孔(ホール)の供給源となる材料を分散化させた上から、透明性があり且つ絶縁性のある材料で全面を被覆させる構成とした。これにより、分散型無機EL素子として使用した場合に、粒子表面に存在する金属薄膜等が電極面と接触したり、隣り合う粒子の金属薄膜同士が接触することにより、電流の流れる短絡経路が出来るのを防止することが可能となると同時に、蛍光体が耐湿性・耐水性に弱い場合には、耐久性を向上させる保護膜の役割も果たすことになる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、従来のZnS系蛍光体に比べて、低い駆動電圧で発光出来、且つエネルギー利用効率に優れた、低消費電力タイプの分散型無機EL光源の実現が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の作動原理説明図
【図2】(a)n型半導体の蛍光体表面にPtを分散化させた断面図 (b)蛍光体のイオン化ポテンシャルの値が金属の仕事関数の値より大きい場合の金属部と蛍光体の接触面でのエネルギーバンド図 (c)蛍光体のイオン化ポテンシャルの値が金属の仕事関数の値より小さい場合の金属部と蛍光体の接触面でのエネルギーバンド図
【図3】(a)n型半導体の蛍光体と高濃度n型半導体の薄膜層からなる蛍光体の表面にPtを分散化させた断面図 (b)n型半導体の蛍光体と高濃度n型半導体の薄膜層からなる蛍光体の表面にPtを分散化させた時の金属部と蛍光体の接触面でのエネルギーバンド図及び発光原理説明図
【図4】(a)n型半導体の蛍光体と高濃度n型半導体の薄膜層からなる蛍光体の表面にPtを全面に被覆した断面図 (b)n型半導体の蛍光体と高濃度n型半導体の薄膜層からなる蛍光体の表面にPtを分散化させた後に、更に透明・絶縁膜を被覆した断面図
【図5】3層構造の蛍光体を一層状に印刷した分散型交流無機EL素子の構造案
【図6】3層構造の蛍光体において、負極側に近い白金薄膜と蛍光体の間に発生するバリア(障壁)層と空乏層の関係を表した模式図
【図7】蛍光体表面に白金を分散化させるスパッタリング装置の構造
【図8】蛍光体表面に白金微粒子を分散化させる原理図
【図9】表4に記載の蛍光体のCIE色度図
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下に本発明の作動原理及び好適な実施例を、添付の図面・表に基づいて説明する。図1は本発明の作動原理説明図で、本図に基づき本発明の作動原理を説明する。金属の仕事関数とは真空準位と金属のフェルミレベルとの間のエネルギーレベル、イオン化ポテンシャルとは真空準位と蛍光体(半導体)の価電子帯上端との間のエネルギーレベル、電子親和力とは真空準位と蛍光体(半導体)の伝導体下端との間のエネルギーレベル、バンドギャップとは価電子帯上端と伝導体下端との間のエネルギーレベルを示す。又、ΦB(ショットキー障壁高さ)は、金属のフェルミレベルと蛍光体(半導体)の伝導体下端とのエネルギーレベル、Φ1は金属の仕事関数と蛍光体(半導体)のイオン化ポテンシャルのエネルギーレベルの差を示す。
【0028】
本発明の作動原理は、金属部から蛍光体の価電子帯に流入したホールと金属部から蛍光体の伝導体に流入した電子が、蛍光体内部で再結合して青〜黄緑〜赤などの発光を行う事による。
【0029】
まず 金属部から蛍光体の価電子帯にホールを流入させるためには、金属の仕事関数の値が、蛍光体のイオン化ポテンシャルの値より大きい必要がある。各種金属の仕事関数の値は表1で示すように、Pt(白金)が一番大きく5.65eVとなる。従って、蛍光体の母結晶材はPt(白金)の仕事関数の値(5.65eV)より小さなイオン化ポテンシャルの値を持つ必要がある。
【0030】
【表1】

【0031】
蛍光体の母結晶材がPt(白金)の仕事関数の値(5.65eV)より大きい場合には、蛍光体の伝導体の電子が金属部に流入するだけで、金属部から蛍光体の価電子帯にホールが流入しないため、発光現象が発生しない事になる。金属部から蛍光体の価電子帯にホールが流入するという事は、逆に言うと、蛍光体の価電子帯の電子が金属部に流入する事であり、金属部に電子が流入するルートとして、蛍光体の伝導体からのルートと蛍光体の価電子帯からのルートの2つのルートがある。発光させるための第一条件は蛍光体の価電子帯の電子が 金属部に流れ込む事である。
【0032】
次に 蛍光体の価電子帯から金属部に流入した電子を、更に金属部から蛍光体の伝導体に流入させるためには、蛍光体表面に高不純物濃度領域を設ける必要がある。高不純物濃度領域があると、金属との間に発生する空乏層がきわめて薄くなり、その結果トンネル効果で金属部から蛍光体の伝導体に電子を流入させる事が容易となる。前記高不純物濃度領域を設けないと空乏層が厚くなり、非常に大きな電圧をかけないと金属部から蛍光体の伝導体に電子を流入させる事が出来ない事になる。
【0033】
最後に 蛍光体内部で前記ホールと電子を再結合させ、青〜黄緑〜赤などの発光をさせるためには、バンドギャップの値が3.5eV以上必要である。バンドギャップの値が3.5eV以上あると、希土類(Dy、Eu)の5d準位や4f準位等を介して青(2.7eV)〜黄緑(2.2eV)〜赤(2.0eV)の各種発光が可能となる。各種発光色を組み合わせる事により、最終的に 照明器具に必要な白色光が可能となる。
【0034】
表2は各種半導体のイオン化ポテンシャルの値とバンドギャップの値を記載した表であるが、イオン化ポテンシャルの値が5.65eV以下の半導体はInSb〜AlSbまで存在するが いずれもバンドギャップの値が0.17〜1.62eVと小さく 本発明の作動原理を満たさない事になる。又 GaN、ZnSの様にバンドギャップの値が3.5eV以上の半導体は逆にイオン化ポテンシャルの値が7.6eV、8.1eVと大きく 本発明の作動原理を満たさない事になる。
【0035】
【表2】

【0036】
これに対し、表3に記載の様に 3価元素と5価元素の混合酸化物では、イオン化ポテンシャルの値が5.65eV以下で 且つバンドギャップの値が3.5eV以上の材料が可能となり 本発明の作動原理を満たす事になる。
【0037】
【表3】

【0038】
表4、表5は3価元素と5価元素の混合酸化物よりなる蛍光体の量子効率とCIE色度座標の値を記載した表で、図9は 表4に記載した蛍光体のCIE色度図を示した図である。図9で判るように3価元素と5価元素の混合酸化物を適当な材料比率で構成する事により、青〜黄緑〜赤などの発光が可能となり、照明器具として必要な白色発光が実現可能となる。
【0039】
【表4】

【0040】
【表5】

【0041】
表4に記載の、CIE色度座標Cx=0.355、Cy=0.387で表される発光色の酸化物系蛍光体として(Y0.9999Zr0.0001 )VO:Dyを選定した場合、発光中心となるイオンとしてDy+3を使用する訳であるが、まずn型半導化させるために必要なドナー元素の選定について説明する。YVOの中の置換元素であるY(イットリウム)の酸化数が+3で且つ共有結合半径が0.163nmなので、ドナー元素としては酸化数が+4で且つ共有結合半径が0.163nm×(90%〜110%)=0.147nm〜0.179nm の元素となる。
上記条件に当てはまるドナー元素としてZr(ジルコニウム)は酸化数が+4で且つ共有結合半径が約0.154nm とYの共有結合半径との違いが5.5%と、上記条件に当てはまることになるので、ドナー元素として選定した。Zr(ジルコニウム)と同じくHf(ハフニウム)も共有結合半径が約0.152nm とYの共有結合半径との違いが6.7%と、上記条件に当てはまることになるので、ドナー元素として選定した。
【0042】
まずドナー元素であるZr(ジルコニウム)をY(イットリウム)の0.01%ドープさせたn型半導体材料から、結晶粒径が50μm程度の蛍光体粉末を作製する工程について説明する。
酸化イットリウム(YO)と酸化バナジウム(VO)と酸化ジルコニウム(ZrO)と酸化ジスプロシウム(DyO)を(Y0.9929Zr0.0001Dy0.007)VOになるような比率で秤量する。具体的には酸化イットリウム(YO)を54.75gr、酸化バナジウム(VO)を44.41gr、酸化ジルコニウム(ZrO)を0.006gr、酸化ジスプロシウム(DyO)を0.64gr秤量し、ボールミルなどで混合した後、アルミナ坩堝内に充填し 1100℃で3時間程度焼結する。
更に焼結後の材料を、アルミナ坩堝内に充填し 前記坩堝をYVOの融点である1825℃以上の高温で1時間程度 加熱溶融し、その後徐冷することで(Y0.9929Zr0.0001)VO:Dyの大結晶粒径蛍光体が得られる。前記 使用材料の中でYVOを使用せず(Y0.9929Zr0.0001Eu0.007)VOとY(イットリウム)を0.71%不足させた構造にしたのは、Y+3の不足した場所に、Zr+4を0.01%、Dy+3を0.7%固定させるためである。又、前記の製造方法では、ドナー元素として酸化ジルコニウム(ZrO)を使用しているが、ドナー元素を使用しないYVO:Dyの材料構成にしても良い。
【0043】
得られた蛍光体を粉砕・分級することで、結晶粒径が50μm付近に中心を持つシャープな粒度分布の蛍光体が得られる。但し、酸化イットリウム(YO)や酸化バナジウム(VO)等を事前に焼結しないと、酸化イットリウムの融点である2400℃以上の高温が必要になるため、アルミナ坩堝が溶けだすなどのトラブルが発生するため、溶融する前に事前焼結が望ましい。又、結晶粒径が5μm程度の蛍光体を得るためには、溶融工程を行わず、焼結工程のみで可能であるが結晶粒径が50μm程度の大きな結晶粒径の蛍光体を得るためには、前記のような溶融工程を行う必要がある。
【0044】
又、上記工程中で、溶融温度や焼結温度を下げるためにフラックス材を使用して蛍光体を作製すると、蛍光体と薄膜層の間にフラックス層が介在し、電子及び正孔が蛍光体内部に流れ込むことが出来なくなる恐れがあるので、フラックス材を使用しないで作製する方が望ましい。
【0045】
次にドナー元素であるZr(ジルコニウム)をY(イットリウム)の5%ドープさせた高濃度n型半導体材料を作製する工程について説明する。酸化イットリウム(YO)と酸化バナジウム(VO)と酸化ジルコニウム(ZrO)を(Y0.95Zr0.05 )VOになるような比率で秤量する。具体的には酸化イットリウム(YO)を52.38gr、酸化バナジウム(VO)を44.41gr、酸化ジルコニウム(ZrO)を3.01grボールミルなどで混合した後、アルミナ坩堝内に充填し 1100℃で3時間程度焼結する。
【0046】
更に焼結後の材料を、通電・焼結装置で高温・加圧した後アニール処理することにより空隙率が小さなスパッタリング装置用のターゲットが得られる。又、前記の製造方法では、高濃度n型半導体の母結晶材料として、蛍光体と同じ母結晶材料であるYVOを使用しているが、必ずしも同じにする必要は無く、YVOのV(バナジウム)の一部をP(リン)で置換したY(V0.5P0.5)Oという混晶材料にしても良い。
【0047】
又、前記の製造方法では、発光中心となる酸化ジスプロシウム(DyO)を使用していないが、酸化ジスプロシウム(DyO)を使用して蛍光体と同じ(Y0.95Zr 0.05 )VO:Dyの材料構成にしても良い。このようにして作製したターゲットを、スパッタリング装置を使用し、蛍光体粒子表面に固着させることにより 2層構造の蛍光体が作製出来ることになる。
【0048】
図2(a)はn型半導体の蛍光体表面にPtを分散化させた断面図で、図2(b)
は蛍光体のイオン化ポテンシャルの値が金属の仕事関数の値より大きい場合の金属部と蛍光体の接触面でのエネルギーバンド図である。
【0049】
ΦBは蛍光体の伝導帯から金属部に電子が流入する時のショットキー障壁高さで、ΦB+Φ1は金属部から蛍光体の価電子帯にホールが流入する時のショットキー障壁高さであり、ΦB+Φ1>ΦBのため、蛍光体の伝導帯から金属部に電子が流入するだけで、金属部から蛍光体の価電子帯にホールを流入させる事が不可能となる。
【0050】
図2(c)は蛍光体のイオン化ポテンシャルの値が金属の仕事関数の値より小さい場合の金属部と蛍光体の接触面でのエネルギーバンド図である。ΦB−Φ1が金属部から蛍光体の価電子帯にホールが流入する時のショットキー障壁高さであり、ΦB>ΦB−Φ1のため、蛍光体の伝導帯から金属部に電子が流入せず、金属部から蛍光体の価電子帯にホールを流入させる事が可能となる。ここで、蛍光体の母結晶材としてYVO、希土類付活剤としてDyOを使用した場合に適した金属を求めると、YVO:Dyのイオン化ポテンシャルの値は、表3より5.36となり、この時の金属としては、表1より仕事関数が5.65のPt(白金)がYVO:Dyに適した金属となる。Ptと他の金属の合金としては、例えばPtを70%、Niを30%とした合金の仕事関数は 5.65×0.7+5.15×0.3=5.50となりYVO:Dyに適した金属となる。
【0051】
但し 図2(c)の場合でも空乏層の厚みが大きいため、金属部から蛍光体の伝導体に電子を流入させる事が難しくなるという不具合が発生する。
上記不具合を解決するために、蛍光体の母結晶を構成する3価元素の1%以上を4価元素のドナー元素で置換した高濃度n型半導体にした場合には、伝導体のキャリア濃度が高くなるにつれ光の吸収が発生し、蛍光体内部で発生した光の取り出し効率が悪くなるという別の不具合が発生する。
【0052】
この現象は、表4で示す様に、Y(V0.4P0.6)O:Dyに於いて、Y(イットリ
ウム)の0.01%をドナー元素であるZr(ジルコニウム)で置換した(Y0.9999 Zr0.0001)(V0.4P0.6)O:Dyの量子効率が55.0%に対し、5%をドナー元素であるZr(ジルコニウム)で置換した(Y0.95 Zr0.05)(V0.4P0.6)O:Dyの量子効率が20.5%と著しく小さくなる事より明らかである。上記 不具合を解決するには、高濃度n型半導体の領域を薄くし、光吸収の影響を小さくする必要がある。
【0053】
図3(a)はn型半導体の蛍光体と高濃度n型半導体の薄膜層からなる蛍光体の表面にPtを分散化させた断面図で、図3(b)は同上の場合の金属部と蛍光体の接触面でのエネルギーバンド図及び発光原理説明図である。
この様に3層構造で、且つバンドギャップが3.5eV以上の蛍光体を使用する事により、金属部から電子を蛍光体の伝導体に流し込む事が可能となり、最終的にエネルギーレベルが2.7eVの青色発光(460nm)が可能となる。
【0054】
次に 電子及び正孔の供給源となる材料として、Pt薄膜を前記蛍光体表面に分散化させるスパッタリング工程について説明する。スパッタリングとは、真空中に不活性ガス(主にArガス)を導入しながら、基板とターゲット(成膜させる物質:白金等)間に直流高電圧を印加し、イオン化したArをターゲットに衝突させて、はじき飛ばされたターゲット物質を基板に成膜させる方法である。
【0055】
図7はPtを蛍光体表面に分散化させるスパッタリング装置の構造の概念図で、円筒状のメッシュかごの中に蛍光体粉末を入れ、ターゲットと前記蛍光体粉末の間に、蛍光体粉末の粒径より小さな微細孔を多数設けた遮蔽プレートを置き、スパッタリングする構成とした。図8は蛍光体表面に白金微粒子を分散化させる原理図で、この様に遮蔽プレートを設けてスパッタリングすることで白金微粒子を蛍光体表面に分散化させることが可能となる。この様な方式で 一定時間、例えば1分間連続的にスパッタリングすると、蛍光体表面に白金薄膜を100nm程度の厚みで分散化させることが可能となる。
【0056】
但し、このままでは、メッシュかごに入れられた多量の蛍光体粉末のごく一部
の表面にしか、白金薄膜を分散化出来ないため、この後、スパッタリングを停止し、円筒状のメッシュかごを回転や振動を加えることで粉末を撹拌する工程を追加した。粉末撹拌後 メッシュかごへの回転や振動を停止し、スパッタリングを再び開始するという様にスパッタリングを連続的に行わず、間欠的にON・OFFする事により、蛍光体表面に白金薄膜を分散化させることが可能となる。
【0057】
図4(a)は2層構造のYVO蛍光体にPtを全面に被覆した断面図で、蛍光体の内部で発光した光は、白金薄膜で反射され続け、最終的には白金薄膜に総て吸収されてしまう。そのため、図3(a)の様に白金固着層が分散化させる構造とした。この時、Ptの占める表面積比率は10%〜70%程度が適切な値となる。
図4(b)は白金薄膜を分散化した上から、透明性があり且つ絶縁性のある被膜例として、SiO皮膜を被覆した構造を示したものである。
【0058】
次に 低消費電力タイプの分散型交流無機EL素子の構造について説明する。図5は上記3層構造の蛍光体を一層状に印刷した構造案である。EL素子の構造は非常に単純で、電極の間に交流電圧をかけて、電子が負極側に近い白金薄膜から、正孔が正極側に近い白金薄膜より薄膜層を経由して蛍光体内部に流れ込むことになる。蛍光体内部に流れ込んだ電子は伝導帯に入り、正孔は価電子帯に入り、最終的には蛍光体内部に固定された発光中心であるDy+3又はEu+3の5d準位や4f準位等を介して再結合し、発光を行うことになる。この時、発光に必要な駆動電圧が4〜5V程度の低電圧になれば、発光に要するエネルギーが非常に少なくなる。
【0059】
次に本発明に於いて、上記構造案で4〜5V程度の低電圧で20×10 V/cm程度の大きな電界を発生させるために必要なドナー電子密度を計算で求めることにする。図6は蛍光体表面に白金薄膜を固着させた場合の、負極側に近い白金薄膜と蛍光体の間に発生するポテンシャルバリア(ショットキー障壁)と空乏層の関係を表した模式図である。電子が負極側に近い白金薄膜から、正孔が正極側に近い白金薄膜より、薄膜層を通して蛍光体内部に流れ込むことで発光する訳であるが、ポテンシャルバリアの影響が大きいのは電子が流れ込む負極側であり、正孔が流れ込む正極側ではポテンシャルバリアの影響は小さいため、発光に必要
な駆動電圧は負極側だけ考えて良いことになる。
【0060】
以上の結果より、負極側に近い白金薄膜と2層構造の蛍光体の界面に4Vをかけた時に、20×10V/cmの電界を発生させるために必要なドナー電子密度を計算で求めと下記の様になる。ショットキー接合面(空乏層)での電圧(V)、電子密度(Nd)と電界(E)の関係式は、
E(電界の強さ)={2×e×Nd×(Φ+V)÷ε÷ε0.5
と表されるので、この式に、
E=20×10 V/cm 、Φ=4V、V=4V、ε=8.85×10―14、ε=15を代入すると、Nd=2×1020(ヶ/cm)となる。
この時の空乏層の厚み(W)を計算で求めると、
W={2×15×8.85×10―14×(4+4)÷(1.602×10―19)÷(2×1020)}0.5
=8×10―7 cm=8nm と非常に薄くなり トンネル効果で白金薄膜から2層構造の蛍光体に電子を流入させる事が可能となる。
【0061】
次に Nd=2×1020(ヶ/cm)のドナー電子密度を作るために必要な、ドナー元素(Zr)の必要量を計算で求めると、Y(イットリウム)に対し1%以上の多量のZr(ジルコニウム)が必要になる。
【0062】
最後に、20×10V/cmの電界でどの程度の電流が流れることが可能であるか、計算で求めることにする。大きなバリア層に於いて、高電界を印加して流れる電流は下記2つの電流がある。
(1)ショットキー効果による電流
(2)トンネル効果による電流(ファウラー・ノルドハイム電流)
ショットキー効果による電流とは、バリアの上部を超えて注入される漏れ電流のことで、トンネル効果による電流とは、バリアの下を通るトンネル電流のことでファウラー・ノルドハイム電流と呼ばれている。ここでは、ショットキー効果による電流は非常に小さいので、トンネル効果によるファウラー・ノルドハイム電流のみについて計算する。ショットキー接合面(空乏層)での電界(E)と
ファウラー・ノルドハイム電流(J)の関係式は下記の様に表される。
J=(2.2×e×E÷8÷π÷h÷Φ)×EXP〔−8×π×Φ×(2×m×Φ)0.5÷2.96÷h÷e÷E〕
e:電子の電荷量=1.602×10―19(クーロン)
h:プランク定数=6.626×10−34(J・s)
Φ:ショットキーバリア電圧(V)
m:電子の有効質量(Kg)
この式にE=20×10(V/cm)=20×10(V/m)、Φ=4V、m=0.6×9.11×10−31Kgを代入すると、J=3200(A/m)となり、1m2当たり3200アンペアという、発光に充分な大電流を流すことが可能となる。ファウラー・ノルドハイム電流の場合は、電界の強さが少し小さくなっただけで、電流は大幅に減少する性質がある。例えばE=20×10(V/cm)の場合には、J=3200(A/m)と大きいが、E=10×10(V/cm)とほんの少し小さくなっただけで、J=3×10―6(A/m)と大幅に減少し、結果的に発光が確認出来なくなるぐらい小さくなる。このため、或る閾値電圧で発光を開始すると、急激に発光輝度が上昇するという、スレシュホールド電圧が存在することになる。
【0063】
但し、従来の分散型無機EL素子の例では、前記スレシュホールド電圧が見当たらず、100V付近から発光を開始すると緩やかに発光輝度が上昇していくことになる。これは、蛍光体の粒子径が均一でなく、且つ 蛍光体が層状に印刷されず不規則に存在するため、蛍光体にかかる電界強度にバラツキが生じるためである。即ち、印加される電界に対し、微細な粒子が1個だけ存在する場所では、微細な粒子に大きな電界が加わるが、大きな粒子が団子状に複数重なって存在する場所では、大きな粒子には小さな電界しか加わらないためである。この様に、緩やかに発光輝度が上昇していくと実用レベルの発光輝度にするには、更に電圧
を加え150V〜200V程度にする必要が発生する。
【0064】
本発明の実施例では図5で示すように、50μm前後の大結晶粒径の蛍光体を
1層状に印刷することで、スレシュホールド電圧として4〜5V前後という
非常に低い電圧から急激に発光輝度が上昇することになり、低消費電力化が実現できることになる。この様に、蛍光体を1層状、或いは2層状と層状に印刷することは低消費電力化を実現するために重要となるが、層状に印刷することを可能にするには、金属薄膜を分散化させた後、透明性があり且つ絶縁性のある材料で粒子全面を被覆し、粒子表面に存在する金属薄膜が電極面と接触したり、隣り合う粒子の金属薄膜同士が接触することにより、電流の流れる短絡経路が出来るのを防止することが必要となる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明に係る無機EL素子用蛍光体は、携帯電話等のバックライトとして利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3価元素と5価元素の混合酸化物を構成する材料粉末と、局在型発光を行う希土類付活剤とを混合し、この混合物を焼結または溶融することにより酸化物系蛍光体粒子を作製し、この蛍光体粒子表面に蛍光体の母結晶を構成する3価元素の1%以上を4価元素のドナー元素で置換した高濃度n型半導体からなる薄膜層を設け、前記薄膜層表面に電子及び正孔(ホール)の供給源となる金属を分散化させると共に、蛍光体の母結晶材としてPt(白金)の仕事関数の値(5.65eV)より小さなイオン化ポテンシャルの値を持ち且つバンドギャップの値が3.5eV以上の値を持った材料を選定することを特徴とする無機EL素子用蛍光体。
【請求項2】
請求項1に記載の無機EL素子用蛍光体において、前記3価元素が周期表第3族及び第13族元素からなる群から選ばれた少なくとも一種であり、前記5価元素が周期表第5族及び第15族元素からなる群から選ばれた少なくとも一種であることを特徴とする無機EL素子用蛍光体。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の無機EL素子用蛍光体において、
前記3価元素がY(イットリウム)又はSc(スカンジウム)で、前記ドナー元素が4価元素のZr(ジルコニウム)又はHf(ハフニウム)で、前記局在型発光を行う希土類付活剤がDyO又はEuOで、前記5価元素がV(バナジウム)又はP(リン)又はTa(タンタル)又はNb(ニオブ)又はSb(アンチモン)であることを特徴とする無機EL素子用蛍光体。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3の何れか1項に記載の無機EL素子用蛍光体において、電子及び正孔(ホール)の供給源となる金属として、Pt(白金)又はPtと別の金属の合金にすると共に、前記合金を蛍光体の母結晶材のイオン化ポテンシャルの値より大きな仕事関数の値を持った材料にすることを特徴とする無機EL素子用蛍光体。
【請求項5】
請求項1至乃請求項4の何れか1項に記載の無機EL素子用蛍光体において、前記薄膜層表面に分散化させた電子及び正孔(ホール)の供給源となる金属の占める表面積比率を10%〜70%にすることを特徴とする無機EL素子用蛍光体。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載の無機EL素子用蛍光体において、電子及び正孔(ホール)の供給源となる材料を分散化させた上から、透明性があり且つ絶縁性のある材料で粒子全面を被覆させることを特徴とする無機EL素子用蛍光体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−7114(P2012−7114A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−145749(P2010−145749)
【出願日】平成22年6月28日(2010.6.28)
【出願人】(501147509)
【Fターム(参考)】