説明

無水糖アルコールの精製方法

【課題】製造時の環境に左右されることなく、高品質の製品を高収率で安定して回収し得る、無水糖アルコールの精製方法を提供すること。
【解決手段】以下の工程を含む無水糖アルコールの精製方法を提供する:粗無水糖アルコールを、含水率が0.3重量%以下となるまで乾燥させる工程、乾燥された含水率が0.3重量%以下である粗無水糖アルコールを脂肪族アルコールに溶解させる工程、得られた粗無水糖アルコール溶液を0〜25℃に冷却し、結晶を析出させる工程、および、析出した無水糖アルコール結晶を溶液から分離する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無水糖アルコールの精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
無水糖アルコール、特にマンニトール、イジトール及びソルビトールの誘導体は、医薬用及び食用として知られている。これらのうち、イソソルバイド、すなわち、1,4:3,6−ジアンヒドロソルビトールは、コーンスターチ及びキャッサバ(タピオカ)を含む種々の天然資源から誘導することができるソルビトールの誘導体であり、ポリマー、特にポリエステルやポリカーボネート製造用の再生可能な天然資源として検討されている。
【0003】
無水糖アルコールは、種々の脱水触媒、特に強酸触媒の作用で対応する糖アルコールを脱水すること(以下、内部脱水反応という)により生成することが知られている。これらの脱水触媒の例として、種々の鉱酸、例えば硫酸、塩酸、燐酸やスルホン化ポリスチレンが挙げられる。これらの内部脱水反応は、一般には、溶媒の存在下で行われる。例えば、水、及びキシレンやトルエンのような有機溶媒が有用であることが知られている(例えば特許文献1参照)。
【0004】
無水糖アルコールの使用に際し、純度に対する要求レベルは、目的とする用途に応じて異なる。例えば医薬品や食品の用途では、無水糖アルコールを含有する物質に、有機体または個体への害を引き起こす不純物が存在しないことが要求される。また、ポリマー用途、特に光学部材、情報記録部材や包装用材のような光学的透明度が要求される用途では、合成中に生成するポリマーにおいて許容されない程度の発色・着色を引き起こす不純物や、ポリマーの合成時に分子量の増大を阻害する不純物を含有しないことが要求される。
【0005】
食品や医薬用途に用いられる無水糖アルコールにおいては許容できる不純物であっても、ポリマーの合成においては許容できない色レベルの発色を引き起こすために、ポリマー用途では受け入れられないケースもある。したがって、ポリマー用途のためには、非常に高純度の無水糖アルコールが要求される。
【0006】
このような無水糖アルコールの精製法としては、種々の方法が知られている。例えば、水から再結晶する精製法が知られているが、この方法で得られた生成物は純度が低く、さらに無水糖アルコールが吸湿性を有するため、水を溶媒として用いることは好ましくない。
【0007】
また、ソルビトールなどの内部脱水反応で生成した無水糖アルコールを蒸留し、得られた蒸留物を有機溶媒から再結晶する方法も提案されている(特許文献2および3参照)。
【0008】
これらの方法では、蒸留による精製を行った後に再結晶による精製を行う、あるいは活性炭を用いた脱色処理及びイオン交換樹脂を用いた脱イオン処理を行った後に再結晶を行っている。
【0009】
しかし、例えば、無水糖アルコールの一例であるイソソルバイドは、吸湿性に富むため、日本やアジア諸国などの高温多湿の環境下においては、製造時に容易に吸湿するという問題がある。例えば、温度25℃、湿度75%の環境下においては、30分で5%、一昼夜放置することにより30%もの水分を吸湿し、潮解する。吸湿した水分が微量であっても、再結晶精製操作においてイソソルバイドの溶解度を著しく高めるため、製品の回収率低下や品質の低下といった不具合が生じる。
【0010】
特に、年間の寒暖の差が激しい地域や、夏季に高温多湿となる地域においては、製造時期によって吸湿による水分量が異なるため収率が一定せず、高品質のイソソルバイドをはじめとする無水糖アルコールを安定生産することは困難であった。
【0011】
したがって、環境に左右されることなく、高品質の製品を高収率で安定して回収できる無水糖アルコールの精製方法が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】英国特許613,444号
【特許文献2】特表2002−534486号公報
【特許文献3】特表2003−535866号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、製造時の環境に左右されることなく、高品質の製品を高収率で安定して回収し得る、無水糖アルコールの精製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、再結晶による無水糖アルコールの精製方法について鋭意検討を重ねた結果、無水糖アルコール結晶の回収率を不安定にせしめる要因が、粗無水糖アルコールに含まれる水分にあることを知得し、再結晶に供する粗無水糖アルコールを乾燥させて十分に水分除去することによって、その後の再結晶操作において高収率で安定して無水糖アルコールの精製がなされることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明は、以下の工程を含む無水糖アルコールの精製方法を提供する:
粗無水糖アルコールを、含水率が0.3重量%以下となるまで乾燥させる工程、
乾燥された含水率が0.3重量%以下である粗無水糖アルコールを脂肪族アルコールに溶解させる工程、
得られた粗無水糖アルコール溶液を0〜25℃に冷却し、結晶を析出させる工程、および、
析出した無水糖アルコール結晶を溶液から分離する工程。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本明細書および特許請求の範囲において、「無水糖アルコール」とは、糖アルコールを強酸触媒などの脱水触媒によって2分子脱水反応することにより生成する環状脂肪族アルコールをいい、例えば、イソソルバイド、イソマンニド、イソイタイドおよびイソガラクチドからなる群より選択されるイソヘキシド(アンヒドロヘキシトール)が挙げられ、この中でも、イソソルバイドが好適に用いられる。
【0017】
本明細書および特許請求の範囲において、「粗無水糖アルコール」とは、不純物の含有量にかかわらず、本発明の精製方法における再結晶工程に供する前の「無水糖アルコール」をいう。本発明の精製方法に用いられる「粗無水糖アルコール」には、例えば、ソルビタン、タール、その他の糖質などの不純物が含まれ得る。
【0018】
本明細書および特許請求の範囲において、「脂肪族アルコール」とは、炭素原子数3〜5の飽和一級脂肪族アルコールをいう。脂肪族アルコールの純度は、好ましくは、99重量%以上である。
【0019】
本発明の無水糖アルコールの精製方法に先立って、まず粗無水糖アルコール中の不純物を蒸留除去するための蒸留工程(前精製工程)を実施するのが好ましい。
【0020】
蒸留は、蒸留装置に、濃度30〜95重量%程度の粗無水糖アルコール水溶液を投入し、窒素やアルゴンなどの不活性ガスの気流下、120〜200℃、好ましくは140〜160℃に加熱し、無水糖アルコール中に存在する全揮発性不純物の蒸留が完了するまで、この温度を保持して行われる。
【0021】
次いで、減圧下で、140〜230℃、好ましくは、180〜220℃に加熱し、内容物の液温が所定温度に達したら蒸留工程を完了する。
【0022】
かかる蒸留工程(前精製工程)は、無水糖アルコールの沸点よりも高い温度で行われ、いったん蒸発した無水糖アルコールを冷却回収することにより、揮発性不純物が大幅に低減された粗無水糖アルコールが得られる一方、前精製工程後に得られる粗無水糖アルコールには、蒸留によって同伴される揮発性物質に含まれる水分が残存するとともに、蒸留後、次工程に供する間に吸湿する水分も混入している。
【0023】
蒸留工程の後、必要により、着色物質を脱色除去するために活性炭等による脱色処理を行ってもよい。
【0024】
上記蒸留工程(前精製工程)を終えた粗無水糖アルコールは、次いで、本発明の精製方法に供される。
【0025】
本発明の精製方法においては、まず、粗無水糖アルコールを含水率が0.3重量%以下となるよう乾燥させる。かかる乾燥工程において、粗無水糖アルコールは、ナス型フラスコ等の容器中で、窒素等の不活性ガス雰囲気下、60〜100℃、好ましくは70〜90℃で加熱融解される。かかる乾燥工程は、常圧での無水糖アルコールの沸点よりも低い温度で行われるため、無水糖アルコールは蒸発しないが、混入している水が脱水される。融解温度が100℃を超える場合、後の減圧操作によって無水糖アルコールが気化するおそれがあり好ましくない。
【0026】
次いで、突沸しないように容器内を徐々に減圧する。最終的な真空度が50torr以下、好ましくは35torr以下、さらに好ましくは15torr以下となるまで、減圧する。
【0027】
最終的な真空度に到達した後、そのまま1時間以上、ナス型フラスコの容量によっては更に長時間、真空状態を保ちながら、内容物の気泡がなくなるまで加熱乾燥する。かかる工程では、無水糖アルコールは気化せず、水のみが気化することにより、粗無水糖アルコールが脱水される。乾燥工程によって、粗無水糖アルコールは粗無水糖アルコール全重量に対して含水率が0.3重量%以下、好ましくは0.1重量%以下となるまで水分除去される。
【0028】
含水率が0.3重量%を上回ると、その後の再結晶精製操作において、無水糖アルコールの溶解度が高くなるため、製品の回収率の低下や品質の低下といった不具合が生じる。
【0029】
次いで、含水率が0.3重量%以下に乾燥された粗無水糖アルコールは、脂肪族アルコールに溶解される。なお、乾燥工程の後、すぐに粗無水糖アルコールを脂肪族アルコールに溶解するのが好ましいが、乾燥された粗無水糖アルコールの含水率を0.3重量%以下に維持する環境下であれば、一定期間乾燥状態で保存した後、粗無水糖アルコールを脂肪族アルコールに溶解してもよい。
【0030】
脂肪族アルコールとしては、無水糖アルコールに対する溶解度が5〜45(g/100g)であるものが好適に使用される。無水糖アルコールに対する溶解度はより好ましくは7〜40であり、さらに好ましくは8〜25である。溶解する際の、無水糖アルコールと脂肪族アルコールの量比は、例えば不純物を1〜2重量%程度含む粗無水糖アルコール100重量部に対して、脂肪族アルコール100〜200重量部であるのが好ましい。また、溶解する際の圧力は常圧、温度は40〜80℃、雰囲気は、窒素等の不活性ガスの気流下であるのが好ましい。
【0031】
溶解度が5を下回る脂肪族アルコールを溶媒として用いた場合、溶媒に溶けにくいため収量が低くなる(生産効率が悪い)という問題があり、溶解度が45を上回る脂肪族アルコールを溶媒として用いた場合、析出量が少なくなるため収率が低くなるという問題がある。
【0032】
なお、本願において、「無水糖アルコールに対する溶解度」とは、10℃における無水糖アルコールの溶解濃度(g/100g)を意味する。
【0033】
また、上記の溶解度特性を有する脂肪族アルコールは、沸点が60〜140℃、好ましくは80〜135℃、より好ましくは90〜120℃であるのが良い。
【0034】
沸点が60℃未満の脂肪族アルコールを再結晶溶媒として使用した場合、無水糖アルコールが溶解し難く、溶解に時間を要するという問題があり、また、沸点が140℃を上回る脂肪族アルコールを使用した場合、乾燥が困難になるという問題がある。
【0035】
さらに、上記の特性を有する脂肪族アルコールは、融点が0℃以下、好ましくは−10℃以下であるのが良い。
【0036】
無水糖アルコールに対する溶解度が5〜45であり、沸点が60〜140℃である脂肪族アルコールの具体例として、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、2−メチル−1−プロパノール、1−ペンタノール、2−ペンタノール、3−ペンタノール、2−メチル−1−ブタノール、2−メチル−2−ブタノール、3−メチル−1−ブタノール、3−メチル−2−ブタノールが挙げられ、これらを単独で、あるいは2種以上組み合わせて使用することができる。
【0037】
これらの中でも、収量及び収率に優れ、かつ入手が容易であるという点で、1−プロパノール、1−ブタノールおよび2−メチル−1−プロパノールを単独または2種以上を組み合わせて使用するのが特に好ましい。
【0038】
上述したような特性を有する脂肪族アルコールに溶解された粗無水糖アルコール溶液は、次いで、0℃〜25℃、好ましくは5℃〜15℃に徐々に冷却され、この温度を0.5〜2時間保持することによって、無水糖アルコールの結晶を析出させる。結晶化は通常、常圧で窒素などの不活性ガス雰囲気下、好ましくは乾燥状態で行う。
【0039】
冷却時の溶媒として、メタノールやエタノールなどを用いた場合、再結晶時の冷却温度を−10℃前後とする必要があるため、フリーザーなどの特別な冷却装置が必要となるが、このような特性の脂肪族アルコールを用いた場合、再結晶時の温度を0℃〜25℃と室温に近い状態で実施できるため、特別な冷却手段が不要であり、簡易かつ安価な手段で再結晶することが可能となる。
【0040】
析出された無水糖アルコール結晶は、遠心濾過などの公知の手段によって、溶液から分離された後、必要により乾燥処理が施され製品とされる。
【0041】
本発明においては、上述したように、再結晶精製前に十分な乾燥を行なうことによって水分が低減されているため、大気中の湿度の変化や寒暖の差が激しいなどの環境条件に左右されず、常に高品質の無水糖アルコールを高収率で安定して精製することができ、生産効率に優れるものである。
【実施例】
【0042】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0043】
実施例1
温度25〜30℃、湿度65〜75%の環境下、無水糖アルコールとして、イソソルバイド(1,4:3,6−ジアンヒドロソルビトール)を使用し、以下のようにして精製を行った。
【0044】
固形分における純度が72重量%である濃度56重量%の粗イソソルバイド水溶液(不純物として、9重量%のソルビタン、19重量%のタールおよびその他の糖質を含有)440gをセパラブルフラスコに入れ、窒素気流下常圧で140℃で揮発性物質を除去した後、フラスコを約10torrに減圧し、更に210℃まで加熱して粗イソソルバイドを蒸留(前精製)した。
【0045】
上記で蒸留した粗イソソルバイド80gをナス型フラスコに入れ、水分を除去するために常圧で80℃で加熱して融解した後、ロータリーエバポレーターを用いて徐々に減圧し10torrとした。真空度を10torrに維持した状態で加熱しながら攪拌し、90分後に窒素注入して真空解除することにより乾燥工程を終えた。
【0046】
上記で乾燥した粗イソソルバイドをコルベンに入れ、1−プロパノール120gを加えて50℃で溶解してイソソルバイド溶液とし、カールフィッシャー水分測定器によりイソソルバイド溶液の含水率を測定した。結果を表1に示す。
【0047】
次いで、イソソルバイド溶液を10℃まで徐々に冷却し、この温度で1時間保持してイソソルバイド結晶を析出させた。析出した結晶を遠心濾過により溶液から分離し、10torrの圧力下、55℃で乾燥した。得られたイソソルバイド結晶は47g(収率58.8%)であった。
【0048】
実施例2〜3
1−プロパノールに代えて表1に示す溶媒を使用した以外は、実施例1と同様にしてイソソルバイド結晶を得た。イソソルバイド溶液の含水率、および得られたイソソルバイド結晶の収率を表1に示す。
【0049】
比較例1〜3
実施例1〜3と同様の溶媒を使用し、乾燥工程を実施しない以外は、それぞれ実施例1〜3と同様にして、イソソルバイド結晶を得た。イソソルバイド溶液の含水率、および得られたイソソルバイド結晶の収率を表1に示す。
【0050】
乾燥工程を実施することによって、十分に水分が除去された粗イソソルバイドを用いて再結晶精製した場合(実施例1〜3)、いずれも高収率でイソソルバイド結晶を得ることができた。一方、乾燥工程を実施せず含水率の高い粗イソソルバイドを再結晶精製した場合(比較例1〜3)、著しく収率が低下し、含水率が高いほどその傾向が顕著であった。
【0051】
この結果より、乾燥工程を実施することにより、温度25〜30℃、湿度65〜75%という高温多湿の環境下においても、高収率で安定してイソソルバイド結晶を得ることが可能となる。
【0052】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む無水糖アルコールの精製方法:
粗無水糖アルコールを、含水率が0.3重量%以下となるまで乾燥させる工程、
乾燥された含水率が0.3重量%以下である粗無水糖アルコールを脂肪族アルコールに溶解させる工程、
得られた粗無水糖アルコール溶液を0〜25℃に冷却し、結晶を析出させる工程、および、
析出した無水糖アルコール結晶を溶液から分離する工程。
【請求項2】
乾燥させる工程の前に、粗無水糖アルコールを蒸留する前精製工程をさらに含む、請求項1に記載の無水糖アルコールの精製方法。
【請求項3】
脂肪族アルコールが、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、2−メチル−1−プロパノール、1−ペンタノール、2−ペンタノール、3−ペンタノール、2−メチル−1−ブタノール、2−メチル−2−ブタノール、3−メチル−1−ブタノール、3−メチル−2−ブタノールからなる群より選択される1種以上である請求項1または2に記載の無水糖アルコールの精製方法。
【請求項4】
脂肪族アルコールが、1−プロパノール、1−ブタノールおよび2−メチル−1−プロパノールからなる群より選択される1種以上である請求項3に記載の無水糖アルコールの精製方法。
【請求項5】
無水糖アルコールが、イソソルバイド、イソマンニド、イソイタイド、およびイソガラクチドからなる群より選択されるイソヘキシドである請求項1〜4のいずれかに記載の無水糖アルコールの精製方法。
【請求項6】
無水糖アルコールがイソソルバイドである請求項5に記載の無水糖アルコールの精製方法。