説明

無線通信における送信電力の制御方法

【課題】情報提供者と受信者の両方が移動し得る移動体間の無線通信環境において、受信者における情報の要否を考慮して、情報提供者の送信電力の好適化を図るための技術を提供する。
【解決手段】(1)情報提供者の端末Aが、ヘッダ部とペイロード部から構成される提供データをブロードキャストする。ヘッダ部には、ペイロード部で送られる提供情報の種別を示す種別情報と端末Aの位置情報が含まれている。(2−1)端末Bは、ヘッダ部の種別情報と位置情報に基づき情報の要否を判断する。必要な情報であるにもかかわらずペイロード部の受信品質が悪かった場合、端末Bは、送信電力の増大要求を返信する。(2−2)逆に、端末Cのように受信品質が所定レベルより高い場合は、送信電力の低下要求を返信する。(3)端末Aは他の端末から受信した電力制御要求に基づき送信電力を変更し、(4)提供データを再送する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移動体間の無線通信における送信電力の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
安全運転支援システムでは、交通事故の未然防止や渋滞緩和などを目的として、交通情況や自車位置などの情報を車車間通信により交換することが行われる。この場合、情報提供者たる車両は、周囲に存在する不特定の通信相手に対して同じ情報を確実に提供するために、最大送信電力で同じ情報を繰り返しブロードキャスト(マルチキャスト含む。以下同じ。)するのが一般的な方法である。しかしながら、各車両が常に最大送信電力で通信を行っていると、特に交通量の多い環境においては、電波干渉による通信品質の低下や効率の低下が発生しやすく、問題となる。
【0003】
なお、ブロードキャストにおける送信電力の制御方法として、特許文献1、2に開示されたものが知られている。これらの方法では、共通チャネルと個別チャネルによって構成される情報フレームにおいて、個別チャネルの送信電力を受信端末の受信品質に応じて制御することで、送信電力の最適化を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−208153号公報
【特許文献2】国際公開WO2006/011347号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
車車間通信のように情報提供者と受信者の両方ともが移動し得る環境においては、情報提供者と受信者の間の距離、相対的な位置関係、あるいは、両者の移動方向の相違などに依存して、提供される情報の重要度(要否)が変わってくる。たとえば、減速した車両Aから「追突防止」に係る情報が発信された場合、車両Aの後続車両Bはその情報を必要とするが、車両Aの前方の車両Cや反対車線を走行中の車両Dにはその情報の重要度は低い。したがって、車両Aとしては、周囲に存在する全ての車両に情報を通知する必要はなく、情報を必要としている車両Bにのみ確実に情報を通知できれば十分である。
【0006】
ところが、従来方法(特許文献1、2)は、各移動体の受信品質に応じて固定基地局からの送信電力を制御するものにすぎず、基地局と移動体の相対的な位置関係、移動方向の相違、情報の重要度(要否)などは全く考慮していない。それゆえ、車車間通信のような環境に従来方法を適用した場合にあっては、送信電力を不要に増大させてしまい、通信干渉を招くケースが発生し得る。
【0007】
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、情報提供者と受信者の両方が移動し得る移動体間の無線通信環境において、受信者における情報の要否を考慮して、情報提供者の送信電力の好適化を図るための技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために本発明では、以下の構成を採用する。
【0009】
本発明は、移動体間の無線通信における送信電力の制御方法であって、情報提供者であ
る第1の移動体が、「提供情報の内容を含むペイロード部と、前記提供情報の種別を示す種別情報及び前記第1の移動体の位置情報を含むヘッダ部とから構成されるデータ」を、不特定の他の移動体に向けて送信する第1送信ステップと、受信者である第2の移動体が、前記第1の移動体から送信されたデータのうちの少なくともヘッダ部を受信する受信ステップと、前記第2の移動体が、受信したヘッダ部に含まれる前記種別情報及び前記位置情報に基づいて、前記第1の移動体が送信している提供情報が自分自身に必要な情報であるか否かを判断する要否判断ステップと、前記提供情報が必要な情報であり、かつ、前記ペイロード部の受信品質が所定レベルよりも低い場合に、前記第2の移動体が、送信電力の増大を要求する電力制御要求データを前記第1の移動体に対して送信する電力制御要求ステップと、前記第1の移動体が、前記第2の移動体から受信した電力制御要求データに基づいてペイロード部の送信電力を変更する送信電力変更ステップと、前記第1の移動体が、変更後の送信電力で前記データを再度送信する第2送信ステップと、を含むことを特徴とする送信電力の制御方法である。
【0010】
ここで「移動体」とは、移動可能な無線通信端末若しくはその端末を搭載する装置を意味し、たとえば、車載端末(若しくは車載端末を搭載する車両)、携帯電話、携帯情報端末(スマートフォン含む)、携帯型ナビゲーション装置などが該当する。「移動体間の無線通信」とは、情報提供者である第1の移動体と受信者である第2の移動体が直接にアドホック・モードで通信することを意味する。
【0011】
上記構成によれば、第2の移動体は、少なくともヘッダ部さえ受信できれば、第1の移動体との距離や相対的な位置関係を把握した上で、情報の種別に照らして、当該情報の要否を判断することができる。そして、必要な情報であって、かつ、第2の移動体が情報の内容(ペイロード部)を受信できていない場合に限って、送信電力が増大される。したがって、送信電力の増大を可及的に抑えることができ、通信干渉の発生を抑制できる。
【0012】
前記電力制御要求ステップにおいて、前記ペイロード部の受信品質が所定レベルよりも高い場合に、前記第2の移動体が、送信電力の低下を要求する電力制御要求データを前記第1の移動体に対して送信することが好ましい。この構成によれば、第1の移動体から不必要に大きい送信電力で情報提供が行われていた場合に、必要十分なレベルに送信電力を低下させることができる。よって、より一層送信電力の好適化を図ることが可能である。
【0013】
なお、第1の移動体が複数の第2の移動体からそれぞれ電力制御要求データを受信する場合が想定されるが、その場合にはたとえば以下のようなルールで送信電力を制御することが好ましい。すなわち、前記送信電力変更ステップにおいて、前記第1の移動体が複数の第2の移動体からそれぞれ電力制御要求データを受信した場合であって、かつ、その受信した複数の電力制御要求データに送信電力の増大要求と低下要求の両方が含まれていた場合は、前記第1の移動体は、送信電力を増大させるとよい。また、前記送信電力変更ステップにおいて、前記第1の移動体が複数の第2の移動体からそれぞれ送信電力の増大を要求する電力制御要求データを受信した場合は、前記第1の移動体は、受信した増大要求の中で最大の要求値に従って送信電力を増大させるとよい。さらに、前記送信電力変更ステップにおいて、前記第1の移動体が複数の第2の移動体からそれぞれ送信電力の低下を要求する電力制御要求データを受信した場合は、前記第1の移動体は、受信した低下要求の中で最小の要求値に従って送信電力を低下させるとよい。このような制御により、送信電力を可及的に低く抑えつつ、情報を必要とする全ての移動体に対して確実に情報の内容(ペイロード部)を通知することが可能となる。
【0014】
前記電力制御要求データが、前記第2の移動体の位置情報を含んでおり、前記送信電力変更ステップにおいて、前記第1の移動体が、前記第2の移動体から受信した電力制御要求データに含まれる第2の移動体の位置情報に基づいて、前記第2の移動体に対して前記
データを再度送信する必要があるか否かを判断し、送信不要と判断した場合は、前記第2の移動体からの電力制御要求を無視することが好ましい。たとえば、第2の移動体が第1の移動体から離れていく場合など、第2の移動体にわざわざデータを再送する必要がない場合もある。上記構成によれば、そのような場合に、第2の移動体からの電力制御要求(増大要求)を無視することで、送信電力を不要に増大させることを防ぐことができる。
【0015】
前記第1の移動体は、前記ヘッダ部を、前記ペイロード部に対する変調方式よりもノイズに強い変調方式を用いて変調し、一定の送信電力で送信することが好ましい。これにより、ヘッダ部の通信エラーを可及的に抑えることができ、周囲の移動体によるヘッダ部の受信確率を高めることができる。
【0016】
なお、本発明は、上記の各ステップをコンピュータに実行させるためのプログラムや、そのプログラムを記憶したコンピュータ読み取り可能な記憶媒体として捉えることもできる。また本発明は、上記の各ステップを実現する機能手段を備えるシステムとして捉えることもできる。なお上記機能手段およびステップの各々は可能な限り互いに組み合わせて本発明を構成することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、情報提供者と受信者の両方が移動し得る移動体間の無線通信環境において、受信者における情報の要否を考慮して、情報提供者の送信電力の好適化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明が適用される移動体通信システムの一例として、車車間通信ネットワークの例を模式的に示す図である。
【図2】図2は、情報提供者と受信者の間で交換されるデータのフレームフォーマットを示す図である。
【図3】図3は、情報提供者となる端末で実行される処理を示すフローチャートである。
【図4】図4は、受信者となる端末で実行される処理を示すフローチャートである。
【図5】図5は、送信電力の好適化による利点を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に図面を参照して、この発明の好適な実施の形態を例示的に詳しく説明する。
【0020】
図1は、本発明が適用される移動体通信システムの一例として、車車間通信ネットワークの例を模式的に示している。図1には、同じ車線を図中右方向に走行する3台の車両A,B,Cと、反対車線を図中左方向に走行する車両Dが示されている。各車両には無線通信機能をもつ端末が搭載されており、各端末はアドホック・モードで相互に通信可能である。なお車載端末としては、カーナビゲーション装置、ITS(Intelligent Transportation System)用端末、その他のコンピュータなどの公知の端末を利用できるため、ここ
では具体的構成の説明は省略する。
【0021】
車車間通信による安全運転支援システムでは、追突防止、右直事故防止、正面衝突防止、出会い頭事故防止などのアプリケーションが想定されており、アプリケーションに依って、誰がどのような情報を誰に通知すべきか、つまり、「情報提供者」「受信者」「必要な情報の内容」が異なっている。たとえば追突防止の場合には、減速した車両が情報提供者となり、後続車両に対して、自車の位置、車線、速度、前方の情況などを通知することで、後続車両の減速や追突回避を支援する。また、右直事故防止の場合には、交差点を直進する車両が情報提供者となり、右折待ち車両に対して、自車の位置、車線、速度、交差
点の到達予想時刻などを通知することで、右折待ち車両の発進を止めることができる。
【0022】
以下、図1における車両Aが情報提供者となって、追突防止に係る情報を他の車両に向けてブロードキャストするケースを例に挙げて、本実施形態の詳細を説明する。
【0023】
(処理フロー)
図1〜図4を参照して、データ送信及び送信電力制御のフローを説明する。図2は、情報提供者と受信者の間で交換されるデータのフレームフォーマットを示す図である。図3は、情報提供者となる端末で実行される処理を示すフローチャートであり、図4は、受信者となる端末で実行される処理を示すフローチャートである。以下、説明の便宜上、車両A〜Dの車載端末をそれぞれ「端末A」「端末B」「端末C」「端末D」とも称する。
【0024】
(1)提供データ送信
図1に示すように、車両A−C間の車間距離が縮まったり、車両Aにおいてブレーキが踏まれたりすると、車両Aの車載端末が追突防止に係る情報を周囲の車両に知らせるべく、提供データの生成を行う。図2(a)は、提供データのフレームフォーマットの一例を示している。提供データは、ヘッダ部とペイロード部とから構成されており、提供情報の内容(追突防止の場合は、自車の位置、車線、速度、前方の情況などの情報)はペイロード部で送られる。一方、ヘッダ部は、通信方向判定ビット(1ビット)、アプリ情報ビット(4ビット)、自車位置情報(32ビット)、送信データ識別情報(10ビット)からなる47ビットのデータである。
【0025】
通信方向判定ビットは、下記設定例に示すように、情報提供者から送信された提供データであるか、受信者から返信された電力制御要求データであるか、を判定するためのフラグであり、ここでは提供データを示す「0」となる。またアプリ情報ビットは、提供情報がどのアプリケーションに係る情報であるか(つまり、提供情報の種別)を示すフラグであり、ここでは追突防止を示す「0000」となる。自車位置情報は情報提供者の位置を示す情報であり、ここでは緯度及び経度の秒の値をそれぞれ16ビットで表す。たとえば、GPSから緯度・経度情報として「北緯35度30分50.25秒、東経137度20分15.30秒」という値が得られた場合には、自車位置情報として「50.25,15.30」が送信される。送信データ識別情報は、提供データと電力制御要求データの対応付けを行うために、提供データに対して一意に割り当てられる符号である。ここでは10ビットの擬似ランダム生成符号が送信データ識別情報として用いられる。
【0026】
<通信方向判定ビット設定例>
提供データ :0
電力制御要求データ :1
<アプリ情報ビット設定例>
追突防止 :0000
右直事故防止 :0001
正面衝突防止 :0010
出会い頭事故防止 :0011
予約 :0100〜1111
【0027】
上記のように提供データを生成したら、端末Aは、ペイロード部の送信電力を初期値に設定する(図3、ステップS30)。初期値は任意であり、たとえば最大送信電力を初期値に設定してもよいし、最大送信電力の50%〜70%程度の値を初期値に設定してもよい。できるだけ迅速に情報伝達を行うことを優先する場合には、最大送信電力を初期値とするとよい。一方、迅速性よりも、干渉の回避や消費電力の低減を優先する場合には、初期値を小さくするとよい。
【0028】
次に、端末Aは、提供データをブロードキャストする(図3、ステップS31)。このとき、端末Aは、ヘッダ部とペイロード部とで変調方式及び送信電力を異ならせる。具体的には、ヘッダ部については、ノイズに強い変調方式(たとえばBPSK(Binary Phase-Shift Keying:二位相偏移変調)など)を用いて変調し、最大送信電力で送信する。一
方、ペイロード部については、効率のよい変調方式(たとえばQPSK(Quaternary PSK:四位相偏移変調)、16QAM(Quadrature Amplitude Modulation:直交振幅変調)
など)を用いて変調し、その送信電力は後述する電力制御の対象とする。初回の送信時は、ステップS30で設定した初期値の送信電力でペイロード部の送信が行われる。
【0029】
(2−1)電力制御要求(端末Bの場合)
端末Bは、端末Aから送信された提供データ(のヘッダ部)を受信すると(図4、ステップS40)、一定時間内の受信BER(Bit Error Rate:符号誤り率)と所定の閾値(たとえば10−5)とを比較し、ペイロード部の受信品質を評価する(ステップS41)。ここでは、受信BERが閾値を超えていた、つまり端末Bにおけるペイロード部の受信品質が所定レベルよりも低かった、と仮定する。
【0030】
この場合、端末Bは、提供データのヘッダ部に含まれる「アプリ情報ビット」と「(端末Aの)自車位置情報」に基づいて、端末Aが送信している情報が自分自身に必要な情報であるか否かを判断する(ステップS44)。まず、「アプリ情報ビット」を参照することにより、端末Aの提供情報の種別(ここでは「追突防止」)を把握できる。「追突防止」に係る情報が必要となるのは、端末Bが端末Aの後続車の場合である。後続車か否かは、「(端末Aの)自車位置情報」と、GPSや方位センサで得られる端末B自身の位置情報及び移動方向(向き)とを比較することで判断できる。図1に示すように、端末Bは端末Aの後続車であるため、「必要な情報」と判断される。
【0031】
そこで、端末Bは、電力増大の要求値を決定し(図4、ステップS45)、電力制御要求データを端末Aに送信する(ステップS46)。ここでは、電力増大の要求を1dBから5dBまで1dB刻みで行うことができる。端末Bは、受信BERの値や受信電力の値などに基づいて、ペイロード部の受信品質が良好になると予測される必要十分な範囲で、要求値を決定する。
【0032】
図2(b)は、電力制御要求データのフレームフォーマットの一例を示している。電力制御要求データはヘッダ部のみで構成され、通信方向判定ビット(1ビット)、電力制御要求ビット(4ビット)、自車位置情報(32ビット)、要求対象送信データ識別情報(10ビット)からなる47ビットのデータである。
【0033】
通信方向判定ビットは、前述のように、提供データであるか電力制御要求データであるかを判定するためのフラグであり、ここでは電力制御要求データを示す「1」となる。電力制御要求ビットは、以下に示すように、低下要求であるか増大要求であるかの別と、その要求値を示す情報である。また要求対象送信データ識別情報は、受信した提供データのヘッダ部に格納されていた送信データ識別情報と同じ値が格納される。
【0034】
<電力制御要求ビット設定例>
0.5dB低下 :0000
1.0dB低下 :0001
1.5dB低下 :0010
2.0dB低下 :0011
2.5dB低下 :0100
3.0dB低下 :0101
3.5dB低下 :0110
4.0dB低下 :0111
4.5dB低下 :1000
5.0dB低下 :1001
1.0dB増大 :1010
2.0dB増大 :1011
3.0dB増大 :1100
4.0dB増大 :1101
5.0dB増大 :1110
予約 :1111
【0035】
ここでは、端末Bから「2.0dB増大」の電力制御要求データが端末Aに送信されたものとする。
【0036】
(2−2)電力制御要求(端末Cの場合)
端末Cも、(2−1)で述べたのと同様、端末Aから送信された提供データ(のヘッダ部)を受信すると(図4、ステップS40)、ペイロード部の受信品質を評価する(ステップS41)。ここでは、受信BERが閾値以下であった、つまり端末Cにおけるペイロード部の受信品質が所定レベルよりも高かった、と仮定する。
【0037】
この場合、端末Cは、電力低下の要求値を決定し(図4、ステップS42)、電力制御要求データを端末Aに送信する(ステップS43)。電力低下の要求は0.5dBから5.0dBまで0.5dB刻みで行うことができる。端末Cは、受信BERの値や受信電力の値などに基づいて、ペイロード部の受信品質が良好に維持される範囲で、要求値を決定する。ここでは、端末Cから「1.5dB低下」の電力制御要求データが端末Aに送信されたものとする。
【0038】
(2−3)電力制御要求(端末Dの場合)
反対車線にいる端末Dも、(2−1)で述べたのと同様、端末Aから送信された提供データ(のヘッダ部)を受信すると(図4、ステップS40)、ペイロード部の受信品質を評価する(ステップS41)。ここでは、受信BERが閾値を超えていた、つまり端末Dにおけるペイロード部の受信品質が所定レベルよりも低かった、と仮定する。
【0039】
この場合、端末Dは、「アプリ情報ビット」と「(端末Aの)自車位置情報」に基づいて、端末Aが送信している情報が自分自身に必要な情報であるか否かを判断する(ステップS44)。端末Aの自車位置情報と、端末D自身の位置情報や移動方向(向き)とを比較することで、端末Dが端末Aの反対車線を走行中であることがわかる。よって、端末Aが送信している「追突防止」に係る情報は、端末Dには「不要な情報」と判断される。
【0040】
したがって、端末Dは電力制御要求データの生成・送信を行わず、図4の処理を終了する。
【0041】
(3)送信電力変更
端末Aは、受信者(端末B,C)から電力制御要求データを受信すると(図3、ステップS32)、まず電力増大要求の有無を調べる(ステップS33)。このとき、端末Aは、電力制御要求データに含まれる「(受信者の)自車位置情報」と、GPSや方位センサで得られる端末A自身の位置情報及び移動方向とを比較することにより、その受信者が有効位置関係にあるか否かも判断する。有効位置関係とは、情報提供者から発信した情報が受信者にとって有効に利用され得る両者の位置関係のことをいう。たとえば、情報提供者から遠ざかる端末に対しては、提供データの再送は不要と判断し、その端末からの電力制
御要求を無視する。これにより不要な電力制御を抑えることができる。
【0042】
ここでは、有効位置関係にある端末Bから電力増大要求を受信しているため、ステップS34に進む。ステップS34では、端末Aは、各受信者から受信した電力増大要求の中で最大の要求値と、端末Aの最大送信電力から現在の送信電力を引いた値とを比較する。ここでは、最大要求値は、端末Bから受信した「2.0dB増大」となる。最大送信電力と現在の送信電力の差が2.0dB以下の場合、端末Aは、ペイロード部の送信電力を最大電力に設定する(ステップS35)。最大送信電力と現在の送信電力の差が2.0dBより大きい場合、端末Aは、ペイロード部の送信電力を2.0dBだけ増大させる(ステップS36)。
【0043】
もし、ステップS33において有効位置関係にある端末からの電力増大要求が見つからなかった場合は、ステップS37に進む。ステップS37では、端末Aは、有効位置関係にある端末からの電力低下要求の有無を調べる。そして、端末Aは、有効な電力低下要求の中で最小の要求値分、ペイロード部の送信電力を低下させる(ステップS38)。
【0044】
図3のフローによれば、端末Aが送信電力の増大要求と低下要求の両方を受信した場合には、増大要求のほうが優先される。その理由は、端末Aの周囲に存在する(有効位置関係にある)全ての端末に対して、確実に情報の伝達を図るためである。安全運転支援システムのように情報の緊急度が高い場合には、情報伝達の確実性が特に重要とされるため、上記のような制御が好ましい。なお、有効な電力制御要求が存在しなかった場合には(ステップS37のNO)、ペイロード部の送信電力は変更しない。
【0045】
(4)提供データ再送信
以上のように、ペイロード部の送信電力制御が行われた後、端末Aは、提供データを再度送信する(ステップS31)。なお図3のフローチャートには図示していないが、提供データの送信及び送信電力制御(ステップS31〜S38に示す処理)は、所定の周期で所定の回数(たとえば、100msecおきに10回)繰り返された後、自動的に終了する。
【0046】
(送信電力制御の利点)
以上述べた本実施形態の送信電力制御の利点をまとめると、以下のとおりである。
【0047】
提供データをヘッダ部とペイロード部から構成し、ヘッダ部で情報提供者の位置情報と情報の種別情報を送信する構成を採用したので、受信者は、少なくともヘッダ部さえ受信できれば、情報提供者との距離や相対的な位置関係を把握した上で、情報の種別に照らして、当該情報の要否を判断することができる。そして、必要な情報であって、かつ、受信者が情報の内容(ペイロード部)を受信できていない場合に限って、送信電力が増大される。したがって、送信電力の増大を可及的に抑えることができ、通信干渉の発生を抑制できる。
【0048】
また、情報提供者から不必要に大きい送信電力で情報提供が行われていた場合には、受信者から電力の低下要求が行われるため、情報伝達に必要十分なレベルに送信電力を低下させることができ、より一層送信電力の好適化を図ることが可能である。
【0049】
図5は、送信電力の好適化による利点を示す図である。車両Xの端末が最大送信電力で情報提供を行った場合、その通信範囲は図5の破線で示す大きさとなる。この状態では、破線の通信範囲内に存在する他の9台の車両は同じ帯域で別の情報を提供することが制限されてしまう。ここで車両Xの提供情報が図5の右側5台の車両にとって不必要な情報であれば、本実施形態の送信電力制御により、車両Xの送信電力が低下し、その通信範囲は
実線で示す大きさに調整される。これにより、図5の右側5台の車両は同時刻に同じ帯域を用いて別の情報提供が可能となる。提供データが約100Byte/100msecで送信される系において、平均4往復相当のメッセージ交換で送信電力制御が収束すると仮定すると、電力制御のための376ビット(=8×47ビット)相当のヘッダ増加だけで、約1KByte/secの伝送効率改善効果が期待できる。
【0050】
また、本実施形態の送信電力制御では、増大要求と低下要求の両方を受信した場合は増大要求を優先し、複数の増大要求を受信した場合は要求値が最大のものを優先し、複数の低下要求を受信した場合は要求値が最小のものと優先するようにしている。このような制御により、送信電力を可及的に低く抑えつつ、情報を必要とする全ての端末に対して確実に情報の内容を通知することが可能となる。
【0051】
また、ヘッダ部については、ノイズに強い変調方式を用いて変調し、最大送信電力(一定の送信電力)で送信することとし、ペイロード部については、効率のよい変調方式を用いて変調する構成を採用している。これにより、ヘッダ部の通信エラーを可及的に抑えて、周囲の車両によるヘッダ部の受信確率を高めることができる一方で、ヘッダ部よりもデータサイズが大きいペイロード部については伝送効率の向上を図ることができる。
【0052】
なお、上記実施形態は本発明の一具体例にすぎない。本発明の技術的範囲は上記実施形態のものに限られることはなく、その思想の範囲内において種々の変形が可能である。たとえば、提供データ及び電力制御要求データの構造は図2に示したものに限られず、適宜変形可能である。また情報提供者及び受信者の処理フローも図3、図4に示したものに限られない。さらに本発明の適用範囲は車車間通信に限られず、情報提供者と受信者の両方が移動し得る移動体間の無線通信環境であれば好適に適用することが可能である。
【符号の説明】
【0053】
A,B,C,D,X…車両

【特許請求の範囲】
【請求項1】
移動体間の無線通信における送信電力の制御方法であって、
情報提供者である第1の移動体が、提供情報の内容を含むペイロード部と、前記提供情報の種別を示す種別情報及び前記第1の移動体の位置情報を含むヘッダ部とから構成されるデータを、不特定の他の移動体に向けて送信する第1送信ステップと、
受信者である第2の移動体が、前記第1の移動体から送信されたデータのうちの少なくともヘッダ部を受信する受信ステップと、
前記第2の移動体が、受信したヘッダ部に含まれる前記種別情報及び前記位置情報に基づいて、前記第1の移動体が送信している提供情報が自分自身に必要な情報であるか否かを判断する要否判断ステップと、
前記提供情報が必要な情報であり、かつ、前記ペイロード部の受信品質が所定レベルよりも低い場合に、前記第2の移動体が、送信電力の増大を要求する電力制御要求データを前記第1の移動体に対して送信する電力制御要求ステップと、
前記第1の移動体が、前記第2の移動体から受信した電力制御要求データに基づいてペイロード部の送信電力を変更する送信電力変更ステップと、
前記第1の移動体が、変更後の送信電力で前記データを再度送信する第2送信ステップと、
を含むことを特徴とする送信電力の制御方法。
【請求項2】
前記電力制御要求ステップにおいて、
前記ペイロード部の受信品質が所定レベルよりも高い場合に、前記第2の移動体が、送信電力の低下を要求する電力制御要求データを前記第1の移動体に対して送信することを特徴とする請求項1に記載の送信電力の制御方法。
【請求項3】
前記送信電力変更ステップにおいて、
前記第1の移動体が複数の第2の移動体からそれぞれ電力制御要求データを受信した場合であって、かつ、その受信した複数の電力制御要求データに送信電力の増大要求と低下要求の両方が含まれていた場合は、前記第1の移動体は、送信電力を増大させることを特徴とする請求項1または2に記載の送信電力の制御方法。
【請求項4】
前記送信電力変更ステップにおいて、
前記第1の移動体が複数の第2の移動体からそれぞれ送信電力の増大を要求する電力制御要求データを受信した場合は、前記第1の移動体は、受信した増大要求の中で最大の要求値に従って送信電力を増大させることを特徴とする請求項1〜3のうちいずれかに記載の送信電力の制御方法。
【請求項5】
前記送信電力変更ステップにおいて、
前記第1の移動体が複数の第2の移動体からそれぞれ送信電力の低下を要求する電力制御要求データを受信した場合は、前記第1の移動体は、受信した低下要求の中で最小の要求値に従って送信電力を低下させることを特徴とする請求項1〜4のうちいずれかに記載の送信電力の制御方法。
【請求項6】
前記電力制御要求データが、前記第2の移動体の位置情報を含んでおり、
前記送信電力変更ステップにおいて、
前記第1の移動体が、前記第2の移動体から受信した電力制御要求データに含まれる第2の移動体の位置情報に基づいて、前記第2の移動体に対して前記データを再度送信する必要があるか否かを判断し、送信不要と判断した場合は、前記第2の移動体からの電力制御要求を無視することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の送信電力の制御方法。
【請求項7】
前記第1の移動体は、前記ヘッダ部を、前記ペイロード部に対する変調方式よりもノイズに強い変調方式を用いて変調し、一定の送信電力で送信することを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の送信電力の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−283733(P2010−283733A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−137217(P2009−137217)
【出願日】平成21年6月8日(2009.6.8)
【出願人】(502087460)株式会社トヨタIT開発センター (232)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】