説明

無線通信機、無線通信方法および無線通信プログラム

【課題】移動環境にある無線通信機間においても、受信誤り率を低減しより好適な通信速度で通信することができる空間分割多重方式の無線通信技術を提供する。
【解決手段】空間分割多重方式によって無線信号を送信する無線通信機であり、無線信号を送信可能な複数の送信アンテナと、前記複数の送信アンテナから既知信号を送信し、該既知信号に基づいて送信相手先から送信される、前記複数の送信アンテナと通信相手先の受信アンテナとで形成される伝搬路に関する伝搬路情報を取得する伝搬路情報取得手段と、取得した伝搬路情報から算出される伝搬路間の相関と送信する無線信号の伝送時間とに基づいて、空間多重数を決定する空間多重数決定手段と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空間分割多重方式による無線通信技術に関し、特に、空間分割多重方式において空間多重数を決定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、送受信側で複数のアンテナを用いて、同一周波数でデータを同時に通信することにより、高速な通信を行う空間分割多重方式の無線通信が利用されている。空間分割多重方式を用いるシステムとして、MIMO(Multi-Input Multi-Output)システムと呼ばれるものがある(非特許文献1)。このシステムは、IEEE802.11n標準にも採用されている。これらのシステムでは、複数の伝搬路(チャネル)を利用して通信を行うため、高速な通信を行うことができる。
【0003】
しかしながら、複数の伝搬チャネルが独立ではなく、相関が高い場合には、空間分割多重方式では信号分離性能が劣化し、受信側での誤り率が上昇してしまう。そこで、伝搬状況が悪くなった場合には、空間多重数を下げて、できるだけ相関の低いアンテナを用いて通信を行う技術が提案されている(特許文献1)。
【0004】
特許文献1には、まず送信側がプリアンブル(既知信号)を送信し、受信側は受信したプリアンブルに基づいて伝搬路応答を算出し、送信側に通知する。送信側は、この伝搬路応答に基づいて送信アンテナ間の空間相関値を算出し、算出された空間相関値が最も低い送信アンテナを利用して通信を行う。これにより、空間相関の低いアンテナを利用して通信できるため、安定した高速通信が実現できる。
【特許文献1】特開2006−67237号公報
【非特許文献1】須藤賢司、原嘉考、大槻知明、「MIMOシステムにおけるスループット最大化送信制御法」、2003年電子情報通信学会ソサエティ大会、B−5−12,p.389
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
無線通信においては、電波環境は刻々と変化する。特に、無線通信機が移動する環境においては、時間の経過によりチャネル特性が著しく変化してしまう。したがって、既知信号によって算出されたチャネル特性に基づいた通信が有効な期間は、一定期間に限られる。チャネル特性の変化が大きいほど、この期間は短くなる。
【0006】
したがって、無線通信機間の相対移動速度が大きく、チャネル特性の変化が大きい場合には、算出されたチャネル特性に基づいて算出された条件(空間多重数や利用する送信アンテナ)で通信を行うと、通信特性(PER特性等)が悪化してしまうことが考えられる。
【0007】
しかしながら、従来の技術では、無線通信機の移動速度に基づいて空間多重数や利用するアンテナを選択することは考慮されてこなかった。その結果として、高速で移動する無線通信機間では、受信誤り率が増加し、スループットが低下したり、全く通信できないという状況が発生していた。
【0008】
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、移動環境にある無線通信機間でも、受信誤り率を低減しより好適な通信速度での通信を可能とする空間分割多重方式の無線通信技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、空間多重数を決定する際に、送信する無線信号の伝送時間を考慮することを特徴とする。
【0010】
本発明に係る無線通信機は、空間分割多重方式によって無線信号を送信する無線通信機であって、無線信号を送信可能な複数の送信アンテナと、これら複数の送信アンテナから既知信号を送信し、既知信号に基づいて送信相手先から送信される、前記複数の送信アンテナと送信相手先の受信アンテナとで形成される伝搬路に関する伝搬路情報を取得する伝搬路情報取得手段と、取得した伝搬路情報から算出される伝搬路間の相関と送信する無線信号の伝送時間とに基づいて、空間多重数を決定する空間多重数決定手段と、を有することを特徴とする。
【0011】
このように、送信する無線信号の伝送時間も考慮に入れて空間多重数を決定するため、送受信機間の位置変化による伝搬路特性の変化に対応することができる。すなわち、伝送時間が短い場合には、送受信機間の位置変化が少なく、伝搬路特性の変化も少ないため、比較的空間多重数を大きくして通信を行うことができる。これに対して、伝送時間が長い場合には、送受信機間の位置変化が大きく、伝搬路特性の変化も多くなるため、空間多重数を比較的小さくする必要がある。このように移動による伝搬路特性の変化を考慮に入れて空間多重数を決定しているので、移動環境にある無線通信機間でも、より好適な通信速度での通信が可能となる。
【0012】
ここで、本発明に係る無線通信機が、固定のヘッダ部に続いて、通信内容のデータをペイロードとして送信する場合は、送信する無線信号の伝送時間は、ペイロード長に応じて変化することになる。したがって、空間多重数決定手段は、送信する無線信号の伝送時間を、送信する無線信号のペイロード長によって取得する構成とすることが好適である。なお、無線信号の伝送時間はペイロード長に加えて、空間多重数や変調方式などによって変化するので、これらにも基づいて伝送時間を取得する構成とすることも好適である。
【0013】
また、伝搬路特性の変化は、時間だけではなく、無線通信機間の相対移動速度にも比例する。したがって、上記の空間多重数決定手段は、送信する無線信号の伝送時間(またはペイロード長など)だけではなく、送信相手先との相対速度にも応じて、空間多重数を決定することが好適である。
【0014】
このような構成によれば、移動環境において、より好適な通信を実現できる空間多重数を決定することができる。
【0015】
なお、本発明は、上記手段の少なくとも一部を有する無線送信機として捉えることができる。また、本発明は、上記処理の少なくとも一部を含む無線通信方法、または、かかる方法を実現するためのプログラムとして捉えることもできる。上記手段及び処理の各々は可能な限り組み合わせて本発明を構成することができる。
【0016】
例えば、本発明の一態様としての無線通信方法は、空間分割多重方式によって無線信号を送信する無線通信方法であって、無線信号を送信可能な複数の送信アンテナを有する無線通信機が、前記複数の送信アンテナから既知信号を送信し、前記既知信号に基づいて送信相手先から送信される、前記複数の送信アンテナと送信相手先の受信アンテナとで形成される伝搬路に関する伝搬路情報を取得し、取得した伝搬路情報から算出される伝搬路間の相関と送信する無線信号の伝送時間とに基づいて、空間多重数を決定する、ことを特徴とする。
【0017】
また、例えば、本発明の一態様としての無線通信プログラムは、空間分割多重方式によって無線信号を送信する無線通信プログラムであって、無線信号を送信可能な複数の送信アンテナを有する無線通信機に対して、前記複数の送信アンテナから既知信号を送信させ、前記既知信号に基づいて送信相手先から送信される、前記複数の送信アンテナと送信相手先の受信アンテナとで形成される伝搬路に関する伝搬路情報を取得させ、取得した伝搬路情報から算出される伝搬路間の相関と送信する無線信号の伝送時間とに基づいて、空間多重数を決定させる、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、空間分割多重方式を採用する移動環境にある無線通信機において、より好適な通信速度での通信を可能とする空間多重数を決定することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
(移動環境における通信特性)
本発明の実施形態について説明する前に、移動環境における通信特性について説明する。特に、通信機の移動速度や、送信するパケット長などに応じて通信特性(PERなど)がどのように変化するかについて、シミュレーション結果に基づいて説明する。
【0020】
1.パケット長と通信特性の関係
まず、空間多重数を固定(多重数2)にして、移動速度およびパケット長を変化させた場合のPER(Packet Error Rate:パケット誤り率)の変化を測定するシミュレーショ
ン結果を示す。図8は、シミュレーションモデルを表す図であり、路車間通信を再現するものである。本シミュレーションにおいては、路側機1から車載端末2に対して、空間多重数2で通信を行う。
【0021】
この際、伝搬路モデルとしては、レイリーフェージングモデルを用いる。また、通信周波数は5.8GHzであり、周波数帯域幅を10MHz、変調方式にはOFDM−QPSKを用いる。ここで、車両(車載端末2)の移動速度が60km/hと120km/hの2通りと、送信パケット長が130バイトと1030バイトの2通りとを組み合わせて、合計4通りについて行ったシミュレーション結果を示す。
【0022】
図9は、上記それぞれの場合における送受信間の距離に対するPER特性を示す図である。図9から分かるように、通信端末間の相対速度を固定した場合には、130バイト伝送時の方が、1030バイト伝送時よりもPER特性が良い(低い誤り率である)。
【0023】
これは、送信パケット長が長いとパケット伝送時間が長くなり、その結果として伝搬路変動の影響を大きく受け、プリアンブルを用いて推定した空間相関値が有効でなくなるためであると考えられる。
【0024】
2.空間多重数と通信特性の関係
次に、送信パケット長を1030バイトで固定し、車両(車載端末2)の移動速度が60km/hと120km/hの2通りと、空間多重数が1と2の2通りとを組み合わせて、合計4通りについて行ったシミュレーション結果を示す。
【0025】
図10は、上記それぞれの場合における送受信間の距離に対するPER特性を示す図である。図10から分かるように、車両の移動速度が60km/hの場合には、送受信間の距離が約250mを境に、近距離では多重数2の方がPER特性が良く、遠距離では多重数1の方がPER特性が良くなることが分かる。
【0026】
これは以下の理由であると考えられる。すなわち、まず、近距離であれば2ストリーム
通信を行うのに十分な受信電力(SINR:Signal to Interference Noise Ratio)が得られ、かつ、受信側で信号分離を行うのに十分な伝搬路特性が得られる。そして、2ストリーム通信を行うことにより、1ストリーム通信の場合に比べて、通信時間を短くすることが可能となる。したがって、移動による受信電力や伝搬路特性の変化を少なくすることができる。このような理由により、近距離の通信においては、多重数を2にした通信の方がPER特性が良くなると考えられる。
【0027】
一方、送受信間の距離が長くなると、2ストリーム通信においては、1ストリームあたりの受信電力や伝搬路特性が悪くなってしまい、多重数を2にした通信のPER特性が急激に悪くなってしまう。したがって、長距離の通信においては、多重数を1にして送信電力を1ストリームに集中させた通信の方がPER特性が良くなると考えられる。
【0028】
ただし、図からも分かるように、送受信間の相対移動速度が大きく(120km/h)なると、空間多重によるメリットよりもデメリットの方が上回り、全ての距離において多重数1による通信の方がPER特性が良くなる。
【0029】
これらのシミュレーションから分かるように、移動環境における好適な空間多重数は、種々の要素によって決定されるものであり、単にプリアンブルから算出した伝搬路特性(空間相関)のみによって求められるものではない。本実施形態に係る無線通信機は、移動環境における好適な空間多重数を容易に決定可能とすることを特徴とする。
【0030】
(第1の実施形態)
第1の実施形態に係る無線通信機は、複数の送信アンテナを有し、空間分割多重方式によって無線信号を送信可能な無線通信機である。本実施形態に係る無線通信機は、送信するデータパケットの先頭にプリアンブルを付加して送信し、受信側でこのプリアンブルに基づいて算出される伝搬路特性(伝搬路情報)を、応答として受信する。そして、この伝搬路特性から算出される伝搬路間の相関値に基づいて、送信時の空間多重数を決定する。本実施形態に係る無線通信機は、伝搬路間の相関値に加えて、送信するデータパケットの伝送時間も考慮して空間多重数を決定することで、通信に好適な空間多重数を容易に決定することができる。
【0031】
<基本構成>
ここでは、本発明に係る無線通信機を路車間通信に適用した例を説明する。図1に、路側機1と車載端末2の機能ブロック図を示す。路側機1は道路上に設置された固定の通信端末であり、車載端末2は車両に搭載されて移動可能な通信端末である。
【0032】
路側機1は、送信制御部11、変調部12、空間分割多重部13および2本のアンテナTx1およびTx2を備える。なお、路側機1は受信機としての機能も有するが、図1には送信に係る機能についてのみ図示した。
【0033】
送信制御部11は、無線送信全体に係る制御を行い、上位層から転送されたデータを変調して送信する制御を行う。また、送信制御部11は、送信相手先から伝搬路特性を受信する(本発明における伝搬路情報取得手段に相当する)。そして、送信制御部11は、受信した伝搬路特性に基づいて伝搬路の空間相関を算出する相関値算出部14を有する。送信制御部11は、相関値算出部14によって算出された相関値に基づいて、送信時の空間多重数を決定する(本発明における空間多重数決定手段に相当する)。なお、空間多重数決定処理の詳細については、後述する。
【0034】
変調部12は、送信制御部11から入力されたデータに対して、送信制御部11により通知された変調方式、符号化率等に基づいて変調を行い、変調データを生成する。
【0035】
空間分割多重部13は、変調部12から入力された変調データに対して、送信制御部11より通知された空間多重数に基づいて空間分割多重処理を行う。本実施形態では、送信アンテナは2本なので、空間多重を行うか行わないかのいずれかである。
【0036】
一方、車載端末2は、2本のアンテナRx1およびRx2と、伝搬路応答推定部21、信号分離検出部22、復調部23および受信制御部24を備える。なお、車載端末2は送信機としての機能も有するが、図1には受信に係る機能についてのみ図示した。
【0037】
伝搬路応答推定部21は、受信アンテナRx1,Rx2から入力された受信信号のプリアンブル部をもとに、伝搬路応答(伝搬路情報)を推定する。推定した伝搬路応答は、車載端末2から路側機1に対して送信される(車載端末2の送信機能および路側機1の受信機能ついては不図示)。
【0038】
信号分離検出部22は、伝搬路応答推定部21から入力された伝搬路応答をもとに、受信アンテナRx1およびRx2から入力された受信信号のデータ部に対して、空間分割多重された信号の分離・検出を行い、各送信アンテナで送信された信号に対応する受信信号を検出する。
【0039】
復調部23は、信号分離検出部22から入力された受信信号に対して、受信制御部24から通知された変調方式、符号化率等に基づいて復調を行い、復調データを生成する。
【0040】
受信制御部24は、無線受信全体に係る制御を行い、復調部23から転送された復調データを上位層に転送する。
【0041】
<伝搬路応答と空間相関>
以下では、伝搬路応答(伝搬路情報)と伝搬路間の空間相関について簡単に説明する。
【0042】
まず、車載端末2の伝搬路応答推定部21によって、以下の伝搬路応答が推定される。本実施形態においては、送受信機の両方において2本のアンテナを使用しているので、伝搬路応答の概略図は図2のようになる。
【0043】
伝搬路応答情報は、これらの伝搬路応答の情報からなる。図2の例では、4個の伝搬路応答が形成され、各送信アンテナの伝搬路応答ベクトルは次式で表される。
【0044】
【数1】

【0045】
車載端末2の伝搬路応答推定部21によって推定された伝搬路応答情報は、路側機1に通知され、これに基づいて相関値算出部14が送信アンテナ間の空間相関値を算出する。送信アンテナTx1およびTx2間の空間相関値は、次式によって求められる。
【0046】
【数2】

【0047】
ここで、空間相関値が小さいほど、送信アンテナ間の分離特性が良くなり、空間多重に適した伝搬路特性となる。路側機1の送信制御部11は、算出された空間相関値に基づいて、空間多重数を1にするか2にするか決定する。送信制御部11は、算出された空間相関値が所定の閾値以下である場合には多重数を2にするが、閾値よりも大きい場合には多重数を1とする。
【0048】
なお、冒頭のシミュレーション結果に示したように、無線信号の伝送時間に応じて通信特性が変わる。そこで、空間相関値と無線信号の伝送時間に応じた望ましい多重数をあらかじめ実験やシミュレーションによって求めてマップを作成しておき、送信制御部11はこのマップに基づいて空間多重数を決定する。すなわち、送信制御部11は、空間相関値と無線信号の伝送時間に基づいて、空間多重数を決定する。
【0049】
以下、このマップの作成方法について説明する。
【0050】
<空間相関と多重数>
好適な空間多重数は、車載端末2の移動速度や送信する無線信号の伝送時間などによって異なるので、これらの条件が様々な値を取った場合の空間多重数1および2による通信のスループットをあらかじめ実測やシミュレーションによって求める。
【0051】
具体的には、まず、無線信号の伝送時間(パケット長あるいはペイロード長)を固定して、空間多重数1および2の場合のスループットを求める。ここで、車載端末2の移動速度を変化させる。このような、実測あるいはシミュレーションの結果の一例を図3に示す。図3は、比較的パケット長が短く、したがって、伝送時間が短い場合のスループットを示す図である。
【0052】
冒頭のシミュレーション結果と同様に、図3においても、送受信機間の通信距離が近い場合には空間多重数を大きくした方がスループットが向上し、通信距離が遠くなると空間多重数を小さくした方がスループットが向上する。図3のような測定を行うことで、多重数を切り替えるべき通信距離が、各移動速度について求まる(図中の丸で示す条件)。なお、図3において、移動速度が大きくなると、移動による伝搬路変動の影響が大きくなりスループットは全体的に低下するので、図に示すように好適な空間多重数が切り替わる通信距離は短くなる。ここで、通信距離が短くなるにつれて、伝搬路間の空間相関は小さくなるので、移動速度が大きいほど空間多重数を大きくするためには低い空間相関が必要であることが分かる。
【0053】
また、図4は、図3の場合よりもパケット長を長くし、したがって、伝送時間が長い場合のスループットを示す。図4の場合も基本的に図3と同様の結果となるが、伝送時間が長い分だけ移動による影響を大きく受ける。また、移動によるスループットの低下は空間多重数が高い方が大きい。したがって、好適な空間多重数が切り替わる通信距離は、パケット長が短い場合に比べて近距離となる。すなわち、空間多重数を大きくするためには、パケット長が短い場合に比べて、より低い空間相関が必要となることが分かる。なお、移動速度が大きいほど空間多重数を大きくするために必要な空間相関の値が低くなることは同様である。
【0054】
このように、様々なパケット長(伝送時間)について、望ましい空間多重数が切り替わる条件を調べておく。そして、その切り替わる条件における伝送路の空間相関値(閾値)を、横軸をパケット長(伝送時間)、縦軸を空間相関値とするグラフにプロットすると図5のようになる。なお、図5において、丸は移動速度が0km/h(停止)時の空間相関閾値であり、三角は60km/h、四角は120km/hのときの空間相関閾値である。
【0055】
上記で説明したように、パケット伝送時間が短いほど、空間相関が高くても空間多重による通信のスループットが大きくなるので、空間相関値の閾値は大きくなっている。また、パケット伝送時間が長いほど、移動によるスループットの低下が大きいので、移動速度を変えた場合の閾値の変動も大きくなる。
【0056】
図5では、パケット伝送時間として4通りの場合のみをプロットしているが、種々のパケット伝送時間における空間相関の閾値をプロットすることによって、空間相関値とパケット伝送時間に基づく好適な空間多重数を決定するためのマップを作成することができる。
【0057】
図6は、上記のような実測もしくはシミュレーションによって定められたマップの例を示す図である。図6(a)は、上記の全ての移動速度における空間相関閾値を含むような領域を、空間多重数2の領域として定義している。図6(a)に示すマップによれば、どのような速度で移動する送受信端末間に対しても対応することができる。
【0058】
ただし、図6(a)の例では、移動速度が遅い場合に、空間多重を行う方がスループットが向上するにも拘わらず、空間多重数を1としてしまう領域が発生する。そこで、送受信機間の相対移動速度があらかじめ想定される場合(ここでは、60km/hと想定する)には、図6(b)に示すようなマップを採用することが好適である。図6(b)に示すマップは、移動速度が60km/hにおける空間相関値を含む領域を、空間多重数2の領域として定義している。
【0059】
<動作例>
次に、図7を参照して、本実施形態における路側機1と車載端末2の間の通信の動作例を説明する。
【0060】
まず、路側機1が、全送信アンテナTx1,Tx2から、既知信号(プリアンブル)を送信する(S10)。車載端末2が、既知信号を受信する(S11)と、受信した既知信号に基づいて伝搬路応答(伝搬路情報)を推定する(S12)。また、車載端末2は、各送信アンテナからの合成受信電力を算出する(S13)。車載端末2は、伝搬路応答と合成受信電力を路側機1へ返信する(S14)。
【0061】
路側機1は、車載端末2から伝搬路応答と合成受信電力を受信する(S15)と、まず、車載端末2において十分な合成受信電力が得られている送信アンテナを抽出する(S16)。そして、受信側で十分な合成受信電力が得られている送信アンテナが2本以上あるか判定する(S17)。
【0062】
該当する送信アンテナが2本以上ある場合(S17−YES)は、抽出した送信アンテナ間の空間相関値を算出する(S18)。そして、算出した空間相関値と、送信しようとするパケットの伝送時間(パケット長)とを基に、マップを参照して好適な空間多重数を取得する(S19)。抽出した送信アンテナの組み合わせのうち、多重数2で送信可能な送信アンテナ組み合わせが存在するか判定する(S20)。空間多重数2で送信できる送信アンテナの組み合わせが存在する場合(S20−YES)は、それらの送信アンテナを
用いて空間多重数2でデータの送信を行う(S21)。
【0063】
一方、空間多重数2で送信できる送信アンテナの組み合わせが存在しない場合(S20−NO)は、最大の合成電力送信アンテナを利用してデータの送信を行う(S22)。
【0064】
なお、本実施形態においては、路側機1は送信アンテナを2本しか有していないので、S17〜S20において、送信アンテナの組み合わせは1通りしか存在しない。しかしながら、3本以上の送信アンテナのうちから2本の送信アンテナを利用して空間多重数2の通信を行う場合が考えられる。図7のフローチャートはそのような場合も考慮に入れた処理となっている。
【0065】
さて、S17において、受信側で十分な合成受信電力が得られている送信アンテナが2本以上存在しないと判定された場合(S17−NO)は、次に、この条件を満たす送信アンテナが1本存在するか判定する(S23)。受信側で十分な合成受信電力が得られる送信アンテナが1本存在する場合(S23−YES)は、このアンテナを利用してデータの送信を行う(S22)。
【0066】
受信側で十分な合成受信電力が得られる送信アンテナが1本も存在しない場合(S23−NO)は、1つの送信アンテナに送信電力を集中させてデータの送信を行う(S24)。この場合、受信側に対して再度既知信号を送信する必要があるので、1つの送信アンテナに送信電力を集中させて、プリアンブルを送信する(S25)。受信側からプリアンブルに対する応答が得られた後は、上記S15〜S22と同様の処理を行う。
【0067】
<実施形態の作用・効果>
本実施形態によれば、パケットの伝送時間を考慮に入れた上で、好適な空間多重数で通信を行うことができる。したがって、受信誤り率を低減しより好適な通信速度での通信が可能となる。
【0068】
すなわち、伝搬路間の空間相関値が一定の場合であっても、パケット伝送時間が長い場合と短い場合とで、使用する空間多重数を変更することが可能となる。パケット伝送時間が長いと、空間多重による通信のスループットが、空間多重しない場合の通信のスループットよりも低くなることがある。本実施形態によれば、パケット伝送時間を考慮に入れて空間多重数を決定しているので、このような状況を避けることが可能である。
【0069】
また、あらかじめ実測やシミュレーションなどによって図6(a)(b)に示すようなマップを作成しておき、通信時には空間相関値とパケット伝送時間とに基づいてマップを参照するだけで好適な空間多重数を決定しているので、処理が容易であり高速に空間多重数を決定することができる。
【0070】
(第2の実施形態)
上記第1の実施形態においては、空間多重数を決定するためのマップは図6(a)あるいは図6(b)に示すような、1種類のマップのみを利用していた。
【0071】
本実施形態においては、送受信機間の相対移動速度に応じたマップを複数(例えば、図6(a)と図6(b)の両方など)を用いて、送受信機間の相対移動速度に応じたマップを利用して、送信の際に利用する空間多重数を決定する。
【0072】
このため、車載端末2は自車の移動速度を取得する速度計を有し、自車の速度を路側機1に通知する。これによって、路側機1では、車載端末2との間の相対移動速度を取得することが可能となる。そして、路側機1は、車載端末2との相対移動速度に応じて利用す
るマップを選択し、このマップと、空間相関値およびパケット伝送時間に基づいて好適な空間多重数を決定する。
【0073】
なお、ここでは送信側が固定局である例にしたがって説明しているが、送受信機の双方が移動する場合は、受信側から移動方向および速度を取得し、送信側の移動方向および速度に基づいて、送受機間の相対移動速度を算出すればよい。
【0074】
このように、送受信機間の相対速度も考慮することで、より適切な空間多重数を決定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】第1の実施形態に係る送信機および受信機の機能ブロックを示す図である。
【図2】第1の実施形態における伝搬路応答を示す概略図である。
【図3】パケット伝送時間が短い場合における、空間多重数を1,2としたときのスループットを示す図である。
【図4】パケット伝送時間が長い場合における、空間多重数を1,2としたときのスループットを示す図である。
【図5】好適な空間多重数が切り替わる際の空間相関値とパケット伝送時間の関係を示した図である。
【図6】空間相関値とパケット伝送時間とから空間多重数を決定するためのマップの例を示す図であり、図6(a)は全ての速度を対応可能なマップの例であり、図6(b)は60km/hまで対応可能なマップの例である。
【図7】第1の実施形態に係る送信機および受信機の動作の例を示すフローチャートである。
【図8】シミュレーションのモデルを示す図である。
【図9】空間多重数2における通信において、パケット伝送時間および移動速度を変化させた際のPERの変化を示すシミュレーション結果である。
【図10】パケット長を固定させた場合の、空間多重数および移動速度を変化させた際のPERの変化を示すシミュレーション結果である。
【符号の説明】
【0076】
1 路側機
2 車載端末
11 送信制御部
12 変調部
13 空間分割多重部
14 相関値算出部
21 伝搬路応答推定部
22 信号分離検出部
23 復調部
24 受信制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
空間分割多重方式によって無線信号を送信する無線通信機であって、
無線信号を送信可能な複数の送信アンテナと、
前記複数の送信アンテナから既知信号を送信し、該既知信号に基づいて送信相手先から送信される、前記複数の送信アンテナと送信相手先の受信アンテナとで形成される伝搬路に関する伝搬路情報を取得する伝搬路情報取得手段と、
取得した伝搬路情報から算出される伝搬路間の相関と送信する無線信号の伝送時間とに基づいて、空間多重数を決定する空間多重数決定手段と、
を有することを特徴とする無線通信機。
【請求項2】
前記空間多重数決定手段は、送信する無線信号の伝送時間を、送信する無線信号のペイロード長によって取得する
ことを特徴とする請求項1に記載の無線通信機。
【請求項3】
前記空間多重数決定手段は、前記無線通信機と送信相手先との相対移動速度も考慮して、空間多重数を決定する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の無線通信機。
【請求項4】
空間分割多重方式によって無線信号を送信する無線通信方法であって、
無線信号を送信可能な複数の送信アンテナを有する無線通信機が、
前記複数の送信アンテナから既知信号を送信し、
前記既知信号に基づいて送信相手先から送信される、前記複数の送信アンテナと送信相手先の受信アンテナとで形成される伝搬路に関する伝搬路情報を取得し、
取得した伝搬路情報から算出される伝搬路間の相関と送信する無線信号の伝送時間とに基づいて、空間多重数を決定する、
ことを特徴とする無線通信方法。
【請求項5】
送信する無線信号の伝送時間を、送信する無線信号のペイロード長によって取得する
ことを特徴とする請求項4に記載の無線通信方法。
【請求項6】
前記無線通信機と送信相手先との相対移動速度も考慮して、空間多重数を決定する
ことを特徴とする請求項4または5に記載の無線通信方法。
【請求項7】
空間分割多重方式によって無線信号を送信する無線通信プログラムであって、
無線信号を送信可能な複数の送信アンテナを有する無線通信機に対して、
前記複数の送信アンテナから既知信号を送信させ、
前記既知信号に基づいて送信相手先から送信される、前記複数の送信アンテナと送信相手先の受信アンテナとで形成される伝搬路に関する伝搬路情報を取得させ、
取得した伝搬路情報から算出される伝搬路間の相関と送信する無線信号の伝送時間とに基づいて、空間多重数を決定させる、
ことを特徴とする無線通信プログラム。
【請求項8】
送信する無線信号の伝送時間を、送信する無線信号のペイロード長によって取得させる
ことを特徴とする請求項7に記載の無線通信プログラム。
【請求項9】
前記無線通信機と送信相手先との相対移動速度も考慮して、空間多重数を決定させる
ことを特徴とする請求項7または8に記載の無線通信プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−219270(P2008−219270A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−51604(P2007−51604)
【出願日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、独立行政法人情報通信研究機構「ユビキタスITSの研究開発」に関する委託研究、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(502087460)株式会社トヨタIT開発センター (232)
【Fターム(参考)】