説明

無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法

【課題】本件発明の課題は、無電解ニッケルめっき液に極微量に添加される硫黄化合物を精度よく、簡易に、且つ、迅速に測定することができる無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法を提供することである。
【解決手段】上記課題を解決するため、作用電極として、少なくとも測定溶液に接触する表面が水銀からなる電極を用い、無電解ニッケルめっき液を0.01vol%以上100vol%未満の範囲で含むと共に、pH緩衝性を有し、且つ、溶液pHを所定の測定pH値に調整した測定溶液を調製し、当該測定溶液を用いて、ポーラログラフィ測定により、当該測定溶液に含まれる無電解ニッケルめっき液が含有する硫黄化合物の定量分析を行うことを特徴とする無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法を採用した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件発明は、無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物をポーラログラフィ測定を利用して定量分析する無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、無電解ニッケルめっきは、複雑な形状の部品に均一にめっきができ、プラスチックやセラミックなどの非導電性の材料にもめっきすることができることなどから、各種の分野で広く用いられている。例えば、プリント配線板を製造する際に、導体の表面に無電解ニッケルめっき被膜を形成し、この無電解ニッケルめっき被膜を介して、半導体素子やチップ部品が半田付け或いは金ワイヤーボンディング等により実装することが行われている。
【0003】
上記半導体素子やチップ部品の良好な実装性を得るためには、無電解ニッケル被膜の物性が重要であることが知られている。特に、パワー半導体などに用いられる半田付けは発熱による破壊を防ぐため、半田付けに要求する品質基準が厳しく、無電解ニッケル被膜に求められる品質も高い。無電解ニッケルめっき液には、例えば、パターン析出性、平滑性等を向上するために硫黄化合物が微量添加剤として含まれている(例えば、「特許文献1」及び「特許文献2」参照。)。また、硫黄化合物濃度が不足又は過剰の状態でめっきを行うと、例えば、ブラックパッドやスキップ、パターン外析出といった問題や、はんだ付け性の低下等の不具合が生じることが知られている。このため、パワー半導体の半田付け等、特に、無電解ニッケル被膜の厳密な品質管理が求められる場合、無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物の濃度(微量添加剤の濃度)を常に一定に保つ必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−192848号公報
【特許文献2】特開平10−306378号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来においては、無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物の濃度を測定する手法は存在しなかった。無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物は極微量であるため、ガスクロマトグラフィなどの従来既知の方法では、硫黄化合物のピークが現れず、硫黄化合物を検出することすら困難であった。また、液体クロマトグラフィなどの他の機器分析手法を採用した場合、硫黄化合物の種類によっては、当該硫黄化合物に由来するピークが現れる場合がある。しかしながら、当該分析は時間及びコストを要する上に、上述した通り無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物は極微量であるため、硫黄化合物に由来するピークが現れた場合でも定量分析することができない場合がある。このように、従来既知の方法では、無電解ニッケルめっき浴内の無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物の濃度を測定することは困難であり、当該硫黄化合物濃度を一定に制御して、無電解ニッケル被膜の品質を厳密に管理することができなかった。
【0006】
そこで、本件発明の課題は、無電解ニッケルめっき液に極微量に添加される硫黄化合物を精度よく、簡易に、且つ、迅速に測定することができる無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本件発明者等が鋭意研究を行った結果、作用電極として少なくとも測定溶液に接触する表面が水銀からなる電極を用い、以下に示す測定溶液を用いてポーラログラフィ測定を行うことにより、無電解ニッケルめっき液の微量添加剤である硫黄化合物の含有量を精度よく定量可能であることを見出し、本件発明に想到するに到った。以下、本件発明を説明する。
【0008】
本件発明に係る無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法は、無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物の定量分析を行う方法であって、作用電極として、少なくとも測定溶液に接触する表面が、水銀からなる電極を用い、無電解ニッケルめっき液を0.01vol%以上100vol%未満の範囲で含むと共に、pH緩衝性を有し、且つ、溶液pHを所定の測定pH値に調整した測定溶液を調製し、当該測定溶液を用いて、ポーラログラフィ測定を行うことにより、当該測定溶液に含まれる無電解ニッケルめっき液が含有する硫黄化合物の定量分析を行うことを特徴とする。
【0009】
本件発明に係る無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法において、前記測定溶液は、無電解ニッケルめっき液と、pH緩衝液と、電気伝導率が0.067μS/cm以下の超純水とを用いて調製したものであることが好ましい。
【0010】
本件発明に係る無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法において、前記pH緩衝液は、前記測定溶液のイオン強度及び/又は電気伝導率を予め設定された値に調整する目的のためにのみ使用される電解質を更に含むものであることが好ましい。
【0011】
本件発明に係る無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法において、参照電極に対する前記作用電極の電位を所定の吸着電位に一定時間保持して、当該作用電極の表面に硫黄化合物を吸着させ、その後、前記作用電極の電位を掃引して、当該作用電極の表面に吸着した硫黄化合物を脱離させ、このときに前記作用電極と、対極との間に流れた電流値に基づいて、電流−電位曲線を求め、当該電流−電位曲線に基づいて、前記測定溶液に含まれる無電解ニッケルめっき液が含有する硫黄化合物の量を求めることが好ましい。
【0012】
本件発明に係る無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法において、硫黄化合物濃度が既知の参照溶液を用いて、前記ポーラログラフィ測定を行って参照溶液の電流?電位曲線を求め、当該電流−電位曲線におけるピーク出現位置と参照溶液の硫黄化合物濃度との対応関係を求めておき、当該対応関係に基づいて、前記測定溶液に含まれる無電解ニッケルめっき液が含有する硫黄化合物の量を求めることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本件発明によれば、作用電極として、少なくとも測定溶液に接触する表面が水銀からなる電極を用い、無電解ニッケルめっき液を0.01vol%以上100vol%未満の範囲で含むと共に、pH緩衝性を有し、且つ、溶液pHを所定の測定pH値に調整した測定溶液を調製し、当該測定溶液を用いて、ポーラログラフィ測定を行うことにより、当該測定溶液に含まれる無電解ニッケルめっき液が含有する硫黄化合物の定量分析を精度よく、簡易に、且つ、迅速に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本件発明の硫黄化合物定量分析方法を実施するために用いた電気化学測定装置の構成の一例を示す模式図である。
【図2】本件発明の硫黄化合物定量分析方法の測定原理を説明するための図である。
【図3】実施例1において得た、無電解ニッケルめっき液のポーラログラム(電流−電位曲線)である。
【図4】実施例1の測定結果に基づいて、無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物量と電流値との対応関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法の実施の形態を説明する。本件発明に係る無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法は、作用電極として少なくとも測定溶液に接触する表面が水銀からなる電極を用いて、下記のように調製した測定溶液を用いて、ポーラログラフィ測定を行うことにより、当該測定溶液に含まれる無電解ニッケルめっき液が含有する硫黄化合物の定量分析を行うことを特徴としている。ここで、ポーラログラフィーは、化学種の微量分析手法として知られている。しかしながら、無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物は、極微量に添加されるものであり、単に無電解ニッケルめっき液自体、或いは、無電解ニッケルめっき液を希釈したものを測定溶液として用いたのでは、無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物の定量分析を精度よく行うことはできなかった。
【0016】
そこで、本件発明者等の鋭意研究の下、無電解ニッケルめっき液を0.01vol%以上100vol%未満の範囲で含むと共に、pH緩衝性を有し、且つ、溶液pHを所定の測定pH値に調整した測定溶液を用いることにより、無電解ニッケルめっき液の微量添加剤である硫黄化合物を精度よく定量分析可能であることを見出し、本件発明に想到した。以下、まず、当該定量分析に用いる電気化学測定装置1(図1参照)の構成について説明した上で、当該測定溶液の組成、及び具体的な硫黄化合物定量分析方法の手法について順に説明する。
【0017】
1.測定装置
本実施の形態では、図1に示す電気化学測定装置1を用いて、無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物の定量分析を行う。図1に示す電気化学測定装置1は、例えば、ポーラログラフィーの装置であり、測定溶液が収容されるセル2と、このセル2内において測定溶液に浸漬される作用電極3、参照電極4及び対極5と、作用電極3、参照電極4及び対極5と、当該参照電極4に対する当該作用電極3の電位に基づいて、当該作用電極3と当該対極5との間に印加する電圧を制御する電圧制御装置6と、作用電極3と対極5との間に流れた電流値を測定する電流計7とを備えている。電圧制御装置6と、電流計7とは一つの筐体8内に収容されている。本実施の形態では、電圧制御装置6により、参照電極4に対して作用電極3の電位を規制して、作用電極3と対極5との間に電圧を印加して、このとき作用電極3と対極5との間に流れた電流値を電流計7で測定することにより、いわゆるポーラログラムを取得し、当該ポーラログラムに基づいて、無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物の定量分析を行う。
【0018】
作用電極3: 作用電極3は、上述した通り、少なくとも測定溶液に接触する表面が水銀からなる電極であれば、如何なるものを用いてもよい。例えば、水銀滴下電極、水銀吊り下げ電極、水銀プール電極等を挙げることができる。これら例示した水銀電極の中でも、水銀吊り下げ電極は、細いガラス管の先から水銀を滴下せずに、ガラス管の先に保持した状態で測定を行うものであるため、一回の測定に用いる水銀の量を極微量なものとすることができ、廃液管理が容易になるため好ましい。また、後述するように、ストリッピング法により、硫黄化合物の定量分析を行う場合、電位の掃引等の制御等が容易であることから、水銀吊り下げ電極を用いることが好ましい。
【0019】
参照電極4: 本実施の形態では、参照電極4として銀/塩化銀電極を採用した。銀/塩化銀電極は、取り扱いが容易で、電位の再現性もよいためである。しかしながら、本件発明において、参照電極4は銀/塩化銀電極に限定されるものではなく、飽和カロメル電極(SCE)等の他の電極を用いてもよい。
【0020】
対極5: 本実施の形態では、対極5として白金電極を採用した。しかしながら、対極5は、作用電極3の電位が所定の電位に設定されたときに、作用電極3に対して支障なく電流が流れればよく、特に、白金電極に限定されるものではない。例えば、ステンレス等の他の電極を採用してもよい。
【0021】
電圧制御装置6: 電圧制御装置6は、参照電極4に対する作用電極3の電位に基づいて作用電極3と対電極との間に印加する電圧を制御するものであり、各電極の電位を計測すると共に、計測した電位に基づいて当該電圧の制御を行う。
【0022】
電流計7: 電流計7は、作用電極3と対極5との間に流れる電流(電流値)を測定するものである。
【0023】
以上のように構成された電気化学測定装置1は、図1に示すように、情報処理装置9に接続され、情報処理装置9から送信される電位設定信号等の制御信号に基づいて、電圧制御装置6により、参照電極4に対する作用電極3の電位が所定の値になるように、作用電極3及び対極5の間に印加する電圧を制御する。また、電気化学測定装置1は、情報処理装置9からの制御信号に基づき、作用電極3、参照電極4及び対極5の電位、或いは、作用電極3と対極5との間に流れた電流値等を示す電位計測信号、或いは電流値計測信号等を情報処理装置9に出力する。なお、本実施の形態では、電気化学測定装置1が情報処理装置9により制御されるものとして説明してるが、当該電気化学測定装置1を手動で管理してもよいのは勿論である。
【0024】
情報処理装置9: 情報処理装置9は、図示しない制御装置、記憶装置、入出力装置等を備え、コンピューター制御により電気化学測定装置1を制御するものである。例えば、情報処理装置9として、パーソナルコンピュータ等を適用することができる。情報処理装置9の記憶装置には、本件発明に係る硫黄化合物の定量分析に関する制御プログラムが記憶されている。情報処理装置9は、この制御プログラムに従って、入出力装置を介して、電圧制御装置6に対して制御信号を送り、電圧制御装置6の動作を制御することができる。また、電圧制御装置6から出力された電位信号及び電流値信号に基づいて、制御装置内の演算処理装置により、電流−電位曲線(ポーラログラム)を求めたり、硫黄化合物を定量することができる。但し、本件発明において、電流値に基づいて硫黄化合物を定量する際に、情報処理装置9により自動的に算出する必要はなく、測定結果に基づいてオペレータ等が計算装置等を用いて求めてもよいのは勿論である。
【0025】
2.測定溶液の組成
次に、以上の様に構成された電気化学測定装置1を用いて、ポーラログラフィ測定を行うときに用いる測定溶液の組成について説明する。測定溶液は、上述した通り、無電解ニッケルめっき液を0.01vol%以上100vol%未満の範囲で含むと共に、pH緩衝性を有し、且つ、溶液pHを所定の測定pH値に調整したものである。ここで、当該測定溶液は、無電解ニッケルめっき液と、pH緩衝液と、電気伝導率が0.067μS/cm以下の超純水とを用いて調整したものであることが好ましい。以下、測定溶液を構成する各液について説明する。
【0026】
無電解ニッケルめっき液: 本件発明では、無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物の定量分析を行うことを目的としていることから、無電解ニッケルめっき液は硫黄化合物を添加剤等として含むものであること以外、特に限定されるものではない。無電解ニッケルめっき液に含まれるニッケル塩等を被めっき物の表面に無電解で析出することができるものであれば、任意の無電解ニッケルめっき液を測定対象とすることができる。具体的には、ニッケル塩として、硫酸ニッケル、次亜リン酸ニッケル、酢酸ニッケル、塩化ニッケル等のニッケル塩を含む組成とすることができる。また、還元剤等についても特に限定はなく、リン又はホウ酸等を還元剤として用いる、無電解ニッケル−リン合金めっき液、無電解ニッケル−ホウ素合金めっき液等の既知の無電解ニッケルめっき液を基本組成としためっき液を測定対象として用いることができる。また、無電解ニッケルめっき浴の浴pHについても特に限定はなく、酸性浴又はアルカリ性浴のいずれについても測定対象とすることができる。
【0027】
硫黄化合物: また、本件発明において、定量分析の対象とする硫黄化合物についても特に限定はない。本件発明では、分子内に硫黄元素を含む化合物であれば、有機系硫黄化合物、無機系硫黄化合物の別によらず、任意の硫黄化合物を上記硫黄化合物濃度の測定対象とすることができる。また、得られる無電解ニッケル被膜の物性等を目的とするものに制御するために意図的に添加する微量添加剤としての硫黄化合物に限らず、他の目的に使用される硫黄化合物であってもよい。
【0028】
このような硫黄化合物として、例えば、チオール、スルフィド、アルキレンスリフィド、ジスルフィド、チオアルデヒド、チオケトン、チオシアン酸及びその塩、チオ尿素及びその誘導体、チオ硫酸及びその塩が挙げられる。具体的には、チオールとして、例えば、メルカプトコハク酸、メルカプトプロピオン酸等が挙げられる。スルフィドとしては、例えば、チオジグリコール酸、チオ乳酸、チオジ乳酸等が挙げられる。また、アルキレンスルフィドとしては、例えば、プロピレンスルフィド、ブチレンスルフィド等が挙げられる。ジスルフィドとしては、例えば、メチレンジスルフィド、エチレンジスルフィド等が挙げられる。チオアルデヒドとしては、例えば、トリチオホルムアルデヒド、トリチオアセトアルデヒド等が挙げられる。チオケトンとしては、例えば、トリチオアセトン、チオアセト酢酸エチル等が挙げられる。また、チオシアン酸及びその塩、チオ尿素及びその誘導体、チオ硫酸及びその塩が挙げられるが、これらの硫黄化合物は特に限定されるものではない。
【0029】
体積比: 本件発明では、上述した通り、無電解ニッケルめっき液や、当該無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物の種類についての限定はないが、測定溶液を調整する際には、測定溶液中に無電解ニッケルめっき液が占める割合を0.01vol%以上100vol%未満の範囲とすることを特徴としている。
【0030】
測定溶液において無電解ニッケルめっき液が占める割合が0.01vol%未満になると、測定溶液に含まれる無電解ニッケルめっき液の割合が低くなりすぎて、当該無電解ニッケルめっき液が含有する硫黄化合物を精度よく定量分析を行うことができない。特に、本件発明では、無電解ニッケルめっき液の微量添加剤としての硫黄化合物を定量することを目的としているため、測定溶液に占める無電解ニッケルめっき液の割合は、当該微量添加剤である硫黄化合物を定量可能な割合であることが好ましい。当該観点から、上記下限値は、0.1vol%以上であることがより好ましく、0.5vol%以上であることが更に好ましい。測定溶液に占める無電解ニッケルめっき液の割合が0.5vol%以上あれば、無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物の濃度が、例えば、30μmol/L以下であるような場合にも精度よく定量分析を行うことができる。
【0031】
一方、本件発明は、例えば、稼働中の無電解ニッケルめっき浴から採取した無電解ニッケルめっき液を測定対象とすることを想定している。稼働中の無電解ニッケルめっき浴から採取した無電解ニッケルめっき液のpH値や電気伝導率等の値は、当該無電解ニッケルめっき浴の建浴時における無電解ニッケルめっき液における当該値から変化している可能性が高い。従って、測定溶液として無電解ニッケルめっき液の原液を用いた場合、ポーラログラフィ測定を一定の測定条件で行うことが困難になり、測定精度が低下する恐れが高い。従って、測定溶液のpH調整、電気伝導率調整といった観点から、測定溶液に占める無電解ニッケルめっき液の割合は、100vol%未満である必要がある。また、測定溶液のpH値の調整、電気伝導率の調整を行い、測定条件を一定にするために、当該測定溶液に占める無電解ニッケルめっき液の割合は、10vol%以下であることが好ましく、5vol%以下であることがより好ましい。測定溶液に占める無電解ニッケルめっき液の割合を10vol%以下とすることにより、測定溶液のpH値の調整や、電気伝導率の調整等を行い、測定条件を一定にすることが容易になるためである。また、測定溶液に占める無電解ニッケルめっき液の割合を5vol%以下にすることで、測定時における上記外部因子の影響を排除することがより容易になり、測定精度を向上することができる。但し、測定溶液に占める無電解ニッケルめっき液の割合は、測定対象とする無電解ニッケルめっき液に応じて、適宜、任意に変更可能であるのは勿論である。
【0032】
緩衝液: 緩衝液は、測定溶液にpH緩衝性を持たせると共に、測定溶液の溶液pHを所定の測定pH値に調整するために用いるものである。本件発明において、当該緩衝液について特に限定はなく、例えば、酢酸緩衝液(酢酸+酢酸ナトリウム等)、リン酸緩衝液(リン酸+リン酸ナトリウム等)、アンモニア緩衝液(アンモニア+塩化アンモニウム等)等を用いることができる。一種又は二種以上の緩衝液を適宜混合して用いてもよい。また、緩衝液は、測定溶液の溶液pHを所定の測定pH値に調整し、且つ、測定溶液にpH緩衝性を付与させるために必要十分な量が適宜用いられる。
【0033】
また、当該pH緩衝液には、測定溶液のイオン強度及び/又は前記測定用液の電気伝導率を予め設定された値に調整する目的のためにのみ使用される電解質が含まれていてもよい。ここで、当該電解質として、例えば、過塩素酸ナトリウム、塩化ナトリウム等を挙げることができる。これらの電解質は測定溶液における任意の成分である。測定溶液の溶液pHを上記所定の測定pH値に調整する際に、測定溶液のイオン強度及び/又は電気伝導率が変化する場合がある。このような時に、これらの電解質を用いることにより、測定溶液のイオン強度及び/又は電気伝導率を予め設定された値に調整して、測定条件を一定にすることができる。また、当該電解質は、測定条件を一定にすることを目的として添加される任意の成分であり、当該硫黄化合物の定量分析とは本質的に無関係な成分であることが求められる。
【0034】
水: 本件発明において、測定溶液は上記無電解ニッケルめっき液と、上記pH緩衝液とを含み、残部は水で構成される。水は溶媒として用いるものであり、例えば、水道水、あるいは純水を使用することも可能である。しかしながら、水道水、あるいは単に蒸留して得た純水には、各種の電解質が含まれている。上述した様に測定溶液の電気伝導率やpHは一定であることが好ましいから、電気伝導率が0.067μS/cm以下の超純水を用いることにより、水に含まれる電解質の影響を除去して、精度よくポーラログラフィ測定を行うことができる。
【0035】
測定溶液のpH: 以上のように構成した測定溶液のpHは、予め実験等を行うことにより、測定対象とする無電解ニッケルめっき液に応じて、適宜、適切な値を設定することができる。
【0036】
測定溶液のイオン強度及び電気伝導率: 測定溶液のイオン強度及び電気伝導率は、特に所定の値に限定されるものではないが、同一の測定目的の下で用いられる各測定溶液のイオン強度及び電気伝導率はそれぞれ共通する一定の値を有する必要がある。測定溶液毎にこれらの値が変動すると、定量分析の精度が低下するためである。
【0037】
3.当該測定溶液を用いた硫黄化合物定量分析方法の手法
次に、上記のように調整した測定溶液を用いた硫黄化合物定量分析方法の具体的な手法を説明する。既に述べたように、本件発明では、上記測定溶液を用いてポーラログラフィ測定を行う。具体的には、参照電極4に対する作用電極3の電位を電圧制御装置6により規制しながら、作用電極3と対極5との間に電圧を印加し、このとき作用電極3と対極5との間を流れた電流値を電流計7により測定し、当該電流値と作用電極3の参照電極4に対する電位との関係に基づいて、測定溶液に含まれる無電解ニッケルめっき液が含有する硫黄化合物の量を分析することを基本としている。
【0038】
特に、本件発明では、次に説明するストリッピング法を採用することにより、無電解ニッケルめっき液の微量添加剤成分である硫黄化合物を精度よく定量することができる。以下、ストリッピング法を採用した場合における本件発明に係る測定方法を説明する。
【0039】
ストリッピング法では、参照電極4に対する作用電極3の電位を所定の吸着電位に一定時間保持して、当該作用電極の表面に硫黄化合物を吸着させ、その後、作用電極3の電位を掃引して、当該作用電極3の表面に吸着した硫黄化合物を脱離させる。このときに作用電極3と、対極5との間に流れた電流値に基づいて、例えば、情報処理装置9により電流−電位曲線を求め、当該電流−電位曲線に基づいて、前記測定溶液に含まれる無電解ニッケルめっき液が含有する硫黄化合物の量を求めることができる。
【0040】
ここで、図2を参照して、ストリッピング法を採用した場合の測定原理を更に説明する。図2は、電気化学測定装置1のセル2内に収容された測定溶液中の硫黄化合物Scと、作用電極3との相互作用等の状態を模式的に示したものである。図2(a)は測定前の初期状態、図2(b)は参照電極4に対する作用電極3の電位を所定の吸着電位に一定時間保持したときの状態(前電解状態)、図2(c)は作用電極3の電位を掃引した時の状態(電位掃引状態)を示している。但し、図2に示す例では、測定溶液内で硫黄化合物Scが初期状態において陰イオンとして存在している場合を示しているが、硫黄化合物Scの種類によっては硫黄化合物Scが測定溶液内において陽イオンとして存在している場合もある。
【0041】
図2(a)に示す初期状態では、測定溶液内において硫黄化合物Scは、陰イオンとして分散している。その後、電圧制御装置6により参照電極4に対する作用電極3の電位を所定の吸着電位(この場合は正の電位)に規制すると、図2(b)に示すように、硫黄化合物は作用電極3の表面に電気的に引き寄せられて、作用電極3の表面に硫黄化合物が吸着濃縮する。このとき、図2(b)に示す例では、作用電極3と対極5との間に正の電流が流れる。そして、作用電極3の表面に硫黄化合物を吸着濃縮させた後、図2(c)に示す例では、電圧制御装置6により、参照電極4に対する作用電極3の電位を負の方向に掃引する。このとき、作用電極3と硫黄化合物とは電気的に反発して、作用電極3の表面から硫黄化合物が脱離する。この間、作用電極3と対極5との間には負の電流が流れる。参照電極4に対する作用電極3の電位に応じて、当該電流値は変化するから、情報処理装置9等により算出した電流−電位曲線に現れたピーク発現位置と、電流値に基づいて、測定溶液に含まれる無電解ニッケルめっき液が含有する硫黄化合物を定量することができる。
【0042】
但し、上記した吸着電位は、正の電位に限るものではなく、測定溶液内で硫黄化合物が陽イオンとして分散している場合には当該吸着電位はより負の電位の場合もある。また、この場合、作用電極3の表面から硫黄化合物を脱離させるために、作用電極4の電位は正の方向に掃引する。このように、測定溶液内での硫黄化合物の挙動に応じて、適宜、吸着電位及び電位を保持する時間、電位の掃引範囲等を適切なものに設定することができる。
【0043】
ここで、本件発明に係る無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法において、硫黄化合物濃度が既知の参照溶液を用いて、例えば、ストリッピング法等により参照溶液の電流?電位曲線を求め、当該電流−電位曲線におけるピーク出現位置と参照溶液の硫黄化合物濃度との対応関係を求めておき、当該対応関係に基づいて、前記測定溶液に含まれる無電解ニッケルめっき液が含有する硫黄化合物の量を求めることが好ましい。この場合、検量線法により、当該硫黄化合物の定量分析を行ってもよいし、標準添加法により、当該硫黄化合物の定量分析を行ってもよいし、特に限定されるものではない。
【0044】
以上説明した上記実施の形態は、本件発明の一態様であり、本件発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能であるのは勿論である。また、次に、本件発明を実施例を挙げてより具体的に説明するが、本件発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0045】
1.測定溶液の調製及び測定方法
本実施例では、次の基本組成を有する測定溶液を調製した。
[測定溶液]
無電解ニッケルめっき液:0.1mL(0.88vol%)
pH緩衝液 :1.25mL
超純水 :10mL
測定溶液pH :8.9
【0046】
ここで、上記測定溶液に含まれる無電解ニッケルめっき液として、表1に示す基本組成を有する無電解ニッケルめっき液N×1を調製した。そして、この無電解ニッケルめっき液N×1を基本組成として、硫黄化合物濃度を無電解ニッケルめっき液N×1に対して、それぞれ1.5倍、2倍の無電解ニッケルめっき液N×1.5、無電解ニッケルめっき液N×2を調製した。なお、各無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物濃度は、無電解ニッケルめっき液N×1が表1に示す通り、30μmol/Lであり、無電解ニッケルめっき液N×1.5が45μmol/Lであり、無電解ニッケルめっき液N×2が60μmol/Lである。
【0047】
【表1】

【0048】
また、上記pH緩衝液として、本実施例では、酢酸バッファ及びアンモニアバッファを用い、測定溶液のpHを上述の通り、8.9に調整すると共に、測定溶液にpH緩衝性を与え、且つ、イオン強度及び電気伝導率を上記の値に調整するために、過塩素酸ナトリウム溶液を用いた。また、超純水として、電気伝導率が0.067μS/cmの純水を用いた。
【0049】
以上のように調製した測定溶液のうち、無電解ニッケルめっき液N×1を含むものを測定溶液S×1とした。同様に、無電解ニッケルめっき液N×1.5を含むものを測定溶液S×1.5とした。そして、無電解ニッケルめっき液N×2を含むものを測定溶液S×2とした。これらの各測定溶液を用いて、次の電気化学測定装置1によりポーラログラフィ測定を行った。本実施例では当該測定の際に用いた電気化学測定装置1は、Metrohm Ltd.製 797 VA Computraceを用いた。作用電極3として、水銀吊り下げ電極、対極5として白金電極、参照電極4としてAg/AgCl(飽和KCl溶液)電極を用いた。
【0050】
そして、当該電気化学装置1を用いて、まず、参照電極4に対する作用電極3の電位を+0.1Vで1分間保持し、作用電極3の表面に硫黄化合物を吸着濃縮させた。その後、0V〜−0.4Vの範囲で作用電極3の電位を掃引しながら、作用電極3と対極5との間に流れた電流値を測定した。
【0051】
2.測定結果及び考察
測定結果を図3に示す。図3は、当該測定により得られた各測定溶液S×1、S×1.5、S×2のポーラログラム(電流−電位曲線)である。図3に示すように、参照電極4に対する作用電極3の電位が−0.14V付近の値を示したときに、硫黄化合物の脱離に伴うピークが出現した。当該ピーク電位における電流値を各測定溶液を調整する際に用いた無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物含有量の割合に対してプロットしたところ、図4に示すように極めて高い直線性を示した。このときの相関係数は0.99程度であった。従って、硫黄化合物濃度が未知の無電解ニッケルめっき液を用いて同様に測定を行い、予め求めた図3に示すような電流値と測定溶液に含まれる無電解ニッケルめっき液が含む硫黄化合物の含有量との対応関係を参照することにより、測定対象とする無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物を精度よく、簡易に、且つ、迅速に定量することができる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本件発明に係る無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法によれば、無電解ニッケルめっき液に含まれる微量添加剤である硫黄化合物の濃度を精度よく、簡易に、且つ、迅速に測定することができる。このため、無電解ニッケルめっき浴中の無電解ニッケルめっき液が常に一定の硫黄化合物濃度を保つ必要がある場合に、当該硫黄化合物定量方法を利用して、無電解ニッケルめっき浴中の無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物を定量することができる。従って、不足分を適宜補充する等、稼働中の無電解ニッケルめっき浴中の硫黄化合物濃度を厳密に管理することができ、得られる無電解ニッケル被膜の品質を厳密に管理することができる。
【符号の説明】
【0053】
1・・・電気化学測定装置
3・・・作用電極
4・・・参照電極
5・・・対極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無電解ニッケルめっき液に含まれる硫黄化合物の定量分析を行う方法であって、
作用電極として、少なくとも測定溶液に接触する表面が水銀からなる電極を用い、
無電解ニッケルめっき液を0.01vol%以上100vol%未満の範囲で含むと共に、pH緩衝性を有し、且つ、溶液pHを所定の測定pH値に調整した測定溶液を調製し、
当該測定溶液を用いて、ポーラログラフィ測定により、当該測定溶液に含まれる無電解ニッケルめっき液が含有する硫黄化合物の定量分析を行うこと、
を特徴とする無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法。
【請求項2】
前記測定溶液は、無電解ニッケルめっき液と、pH緩衝液と、電気伝導率が0.067μS/cm以下の超純水とを用いて調製したものである請求項1に記載の無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法。
【請求項3】
前記pH緩衝液は、前記測定溶液のイオン強度及び/又は前記測定用液の電気伝導率を予め設定された値に調整する目的のためにのみ使用される電解質を更に含むものである請求項2に記載の無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法。
【請求項4】
参照電極に対する前記作用電極の電位を所定の吸着電位に一定時間保持して、当該作用電極の表面に硫黄化合物を吸着させ、
その後、前記作用電極の電位を掃引して、当該作用電極の表面に吸着した硫黄化合物を脱離させ、
このときに前記作用電極と、対極との間に流れた電流値に基づいて、電流−電位曲線を求め、当該電流−電位曲線に基づいて、前記測定溶液に含まれる無電解ニッケルめっき液が含有する硫黄化合物の量を求める請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法。
【請求項5】
硫黄化合物濃度が既知の参照溶液を用いて、前記ポーラログラフィ測定を行って参照溶液の電流?電位曲線を求め、当該電流−電位曲線におけるピーク出現位置と参照溶液の硫黄化合物濃度との対応関係を求めておき、当該対応関係に基づいて、前記測定溶液に含まれる無電解ニッケルめっき液が含有する硫黄化合物の量を求める請求項1〜請求項4のいずれか一項に記載の無電解ニッケルめっき液の硫黄化合物定量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−177628(P2012−177628A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−41087(P2011−41087)
【出願日】平成23年2月28日(2011.2.28)
【出願人】(593174641)メルテックス株式会社 (28)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)