説明

焼入れ用治具

【課題】CVTエレメントに代表される金属小物部品を、表面傷を生じさせることなく、全体にわたり、多量かつ均一に焼入れ処理することができ、かつ、寿命が長い、金属小物部品用の焼入れ用治具を提供すること。
【解決手段】当該金属小物部品用の焼入れ用治具は、主にモリブデンを構成材料とする。金属小物部品用の焼入れ用治具は、金属小物部品10を、連続的かつ多量に、歯部3T間の凹部に立て掛けて収納することができる複数の歯部3Tからなる櫛歯部3を備えており、各歯部3Tは、鉛直方向に対して一定の角度α°に傾くように加工されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属小物部品の機械的強度を高める目的で焼入れするときに用いる焼入れ用治具に関し、代表的には、CVT(Continuously Variable Transmission)エレメントを、多量に焼入れするときに使用する焼入れ用治具に関する。
【背景技術】
【0002】
図7は、一般的なCVTエレメント10((a)は正面図、(b)は側面図)を示す(以下、このCVTエレメント10を金属小物部品の代表例とする)。
【0003】
図7(a)に図示されたCVTエレメント10は、脚部12A、12B、脚部中央部12C、肩部13A、13B、凹部14A、14B、頭部H、及び頭部Hの面に対して凸状に形成された突起部11からなる。このように、CVTエレメント10は、正面から見ると対称構造を成し、左右で重量バランスがとれている。
【0004】
一方、図7(b)、すなわち図7(a)の側面図に図示されたCVTエレメント10は、その片面に突起部11があり、そのちょうど裏にキャビティ部16がある。このように、CVTエレメント10は、厚み方向から見ると非対称構造を成し、突起部11寄りに重心がある。
【0005】
当該CVTエレメント10は、耐熱性に優れた金属を、打ち抜き加工やその他の金属加工により作製される。そして、2本の金属製の無端ベルト(不図示)が、多くのCVTエレメント10の凹部14A、14Bに通して、CVTベルト(不図示)を構成する。
【0006】
CVTベルトには自動変速の際一定の負荷(力)がかかるため、その構成要素のCVTエレメント10にも一定の負荷(力)がかかる。そのため、CVTエレメント10の機械的強度を高めておく必要がある。
【0007】
そこで、従来、金属加工後のCVTエレメント10をバスケットに無作為に積載(以下「バラ積み」という)した後、一定時間、高温の無酸化雰囲気中で熱処理し、その後、160〜180℃の油浴にCVTエレメント10を浸漬・冷却して、焼入れ(本明細書では、このような方法による浴焼入れを「バルク処理」と称する)が行われていた。
【0008】
例えば、上記のバルク処理に関し、非特許文献1に、「浴焼入れは、通常多量の小物部品などを、油や水などの浴冷却剤の中に落とし込み冷却する方法である。技術課題は各部品が均一に冷却されることであり、開発ニーズは常に高い。」と記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】特許庁ホームページ(http://www.jpo.go.jp/shinryou/s_sonota/map/kagaku09/1/1-4-3.htm、「金属熱処理」P.2、第3段落)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、非特許文献1の上記記載内容の後段からも分かるようにバルク処理には解決すべき課題があった。以下、その課題について説明する。
バルク処理では、CVTエレメント10が無作為にバスケット内でバラ積みされて焼入れされるため、CVTエレメント10が重なり、重なり部は、焼入れが不十分となった。それに起因し、CVTエレメント10に焼入れムラが生じ易く、焼入歪(以下、適宜単に「歪み」という)が焼入れロット内に一定の割合で発生した。その結果、焼入れされたCVTエレメント10の精度確保が困難となり、さらにまた、機械的強度について一定の品質が満足に得られない等の不具合があった。
【0011】
そこで、かかる不具合の対策として、バルク処理では、CVTエレメント10への焼入れに起因する不良率を予め統計的に把握し、不良数を予め考慮して多めに焼入れを行い、焼入れ不良となったCVTエレメント10を除去・廃棄して必要生産数量を確保するといった歩留りの悪い方法が採られていた。
【0012】
このように、バルク処理では、CVTエレメント10の焼入れ不良発生が必至であるため、不良品を除去するための品質検査体制が過剰となり、不要な検査コストがかかっていた。
【0013】
また、バルク処理で用いられる熱処理時の治具(バスケットや網籠等)の構成材料に、熱に弱いステンレス製金属を使っていたため、熱変形による治具の交換頻度が高くなり、治具が短命であり、治具コストがかかっていた。
【0014】
加えて、バルク処理では、多量のCVTエレメント10が治具内に一度に投入されるため、焼入れ前にCVTエレメント同士が互いに衝突し、その後、重なり合うため、表面傷の発生も必至であった。
【0015】
そこで、本発明は、多量のCVTエレメントを焼入れする際に、各CVTエレメントに表面傷を発生させることなく、焼入れロット内の歪み量バラツキも最小限にとどめ、均一に焼入れ処理ができる、寿命の長い焼入れ用治具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
(発明の態様)
以下、発明の態様を示し、それらについて説明する。なお、(1)項から(4)項が請求項1から請求項4に対応する。(5)項は、本発明に係る焼入れ治具を用いて、金属小物部品を量産的に焼入れする方法に係る例示である。
【0017】
(1) 主にモリブデンを構成材料に含み、かつ、多量の金属小物部品を連続的に立て掛けることが可能な櫛歯部を備えた金属小物部品用焼入れ用治具。
【0018】
(1)項は、CVTエレメントを代表例とする金属小物部品を多量に焼入れするための、長寿命の(耐久性のある)金属小物部品用の焼入れ用治具を例示する。
(1)項の焼入れ用治具の構成材料を、主にモリブデンを含むもの(例えばモリブデン鋼を用いる)とするのは、モリブデンは高価である(ただし、モリブデンは、タングステンよりは安価である)が、従来の安価なステンレス材(例えばSUS304材)に比べて線膨張係数が小さい。
。そのため、焼入れ温度(例えば850℃から900℃の高温度)による熱変形が起こりにくい。この点において繰り返し使用が可能であり、結果的にはコスト的に有利となる。因みに、ステンレス製のものは1回の焼入れで熱変形が起こり、後述する歪み量のバラツキを低減することはできず、特に量産工場における焼入れ用治具の構成材料としては相応しくない。
【0019】
構成材料(全体を重量部100とする)に関し、モリブデンは、98重量部以上含ませることが好ましい。98重量部未満であると、耐熱性を劣化させ、治具寿命が短くなるためである。
【0020】
(2) 所定間隔をおいて立設され、金属小物部品を保持する櫛歯部の隣り合う各歯部の間に形成された凹部に前記金属小物部品が載置可能であり、かつ、前記櫛歯部の各歯部が、鉛直方向に対して1.5°から8°の角度で傾いていることを特徴とする(1)項に記載の金属小物部品用焼入れ用治具。
【0021】
本項の焼入れ用治具によれば、被焼入れ金属小物部品であるCVTエレメントを、ほぼ不良率0で多量に焼入れを可能とする。それは、多量のCVTエレメントが焼入れ用治具に一定の間隔をもって整列されるため、焼入れ時の加熱及び焼入れの最終段階の冷却が均一となり、加えて、多量のCVTエレメントを焼入れ用治具にセットする際、及び、焼入れ中にお互いが重なることがないため表面傷の発生がないからである。
【0022】
ところで、CVTエレメントを、櫛歯部の隣り合う各歯部の間に形成された凹部に1個ずつ手作業で載置するとすれば、作業コストの面で不利となる。
しかし、本願出願人により既に提案されている自動挿入機を使用してCVTエレメントを焼入れ用治具に載置すれば、作業コストの問題は解消する。特に、櫛歯部の隣り合う各歯部の間に形成された凹部が一定の距離に存在し、当該焼入れ用治具が長尺状であるので、自動挿入機によって正確な位置に金属小物部品を、鉛直上方からCVTエレメントを櫛歯の歯部間に一定の短い距離、自然落下させ、挿入・載置していくことができる。
【0023】
さらに、本項の焼入れ用治具では、「前記櫛歯部の各歯部が、長尺方向と垂直方向に対して1.5°から8°の角度で傾いている」ことを特徴とする。これは、本項の焼入れ用治具は、代表的には、CVTエレメントの焼入れのために好適に作製されたものであり、上述したCVTエレメント構造的特徴を鑑みて、以下のような理由によって定められた。
【0024】
上述のとおり、自動挿入機が、CVTエレメントを、櫛部に形成された歯部間に、鉛直方向の一定距離(例えば、櫛部の頂点から3cm程度の距離)を自然落下し挿入・載置してゆくが、このときCVTエレメントは、上述したように突起部側に重心があるため、突起部側にやや傾く。この落下中の傾きを考慮し、各歯部の傾き角を設定し、もって、隣接する歯部間の凹部への、CVTエレメントの挿入の間口を広げた。これにより、CVTエレメントが各歯部間の凹部に挿入・載置し易くなる。
【0025】
また、多量のCVTエレメントが焼入れ用治具1に挿入・載置され、後述する気密性ある熱処理炉内で、一定温度下、加熱された後、上方から略鉛直下方に向けて、多量のCVTエレメントに対して不活性ガス(窒素ガス、アルゴンガス等)を均一に吹きかけてガス冷却され、焼入れが完了する。このとき、仮に鉛直方向(傾き角が実質0°)に、CVTエレメントが焼入れ用治具に載置されるようにすると、CVTエレメントを治具に設定するときに傷の発生が生じ、加えて、CVTエレメントを治具に設定する際に自動化を図った場合、CVTエレメントを治具に設定する自動セット不良(図5参照)によって自動挿入機が停止する不具合がある。この点で、傾き角α°を一定以上にすることには意義がある、
【0026】
一方、CVTエレメントが焼入れ用治具の中で突起部側に過度に大きく傾けられて立て掛けられる(傾き角α°が大きくなると)と、不活性ガスによるガス冷却中、CVTエレメントの、下向きの面の冷却速度が遅くなるため焼入れが不完全になる。
加えて、かかる場合、自動挿入機によって、CVTエレメントを鉛直上方から焼入れ用治具の櫛歯の歯部間に自然落下、挿入、載置させる際、隣同士のCVTエレメントが衝突することを防止するため、各歯の厚さ(図2のΔt部)を大きく採らざるを得なくなる。これでは、CVTエレメントの焼入れ用治具への載置数量が減り、生産性を低下させてしまう。
【0027】
以上より、本願発明者は、鋭意検討の結果、前記櫛歯部の各歯部が、長尺方向と垂直方向に対して1.5°から8°の角度で傾けることを、当該焼入れ用治具で採り入れた(当該角度範囲のさらなる根拠は実施例の欄で説明する)。
なお、当該角度は、金属小物部品の形状、寸法、重量、重心の位置、自動挿入機からの落下距離等のパラメータによって多少変動する。よって、上記角度範囲は、1.5°から8°に厳密に限定されるものではなく、適宜当業者によって変更が可能である。
【0028】
(3) 前記櫛歯部の前記各歯部は、前記焼入れ用治具の長尺方向に沿って等間隔に配置されていることを特徴とする(1)項又は(2)項に記載の焼入れ用治具。
【0029】
本項は、(1)項又は(2)項における前記櫛歯部の各歯部の最適形成状態を例示するものである。櫛歯部の各歯部を、前記焼入れ用治具の長尺方向に沿って等間隔に配置することで、金属小物部品(CVTエレメント)を整列させることができる。その結果、焼入れの際の加熱及び冷却時の、温度ムラを少なくさせることができる。また、自動挿入機によって、金属小物部品(CVTエレメント)が自動挿入がし易くなる。
【0030】
(4) 前記金属小物製品は、ベルト式無段変速機に用いるCVTエレメントであることを特徴とする(1)項から(3)項のいずれか1項に記載の焼入れ用治具。
【0031】
本項は、(1)項から(3)項のいずれか1項に記載の金属小物製品は、ベルト式無段変速機(CVT)に用いるCVTエレメントを代表例として例示するものである。
ただし、本発明に係る焼入れ用治具は、CVTエレメント焼入れ用に限定されることはない。例えば、CVTエレメントのように、正面から見ると対称構造であるが、厚さ方向から見ると非対称構造であり、かつ、機械的強度を焼入れによって高めることが必要な、他の金属小物部品の焼入れにも適用可能である。
【0032】
(5) CVTエレメントを、(4)項に記載の、焼入れ用治具の各歯部の間に形成された凹部に略鉛直上方から自動挿入し載置する工程と、気密空間の中で、前記CVTエレメントが、850℃から900℃のいずれかの温度で10分から30分加熱処理される工程と、略鉛直上方から不活性ガスをCVTエレメントに対し吹きかけて、前記加熱処理されたCVTエレメントを冷却する工程と、を含むことを特徴とするCVTエレメント用焼入れ方法。
【0033】
本項は、自動挿入機によって焼入れ用治具にCVTエレメントを挿入・載置してから、CVTエレメントに焼入れする方法を例示するものである。
本項によれば、自動挿入機により、CVTエレメントの焼入れ用治具への挿入・載置位置が決められ、焼入れ用治具の櫛歯の歯位置に沿って整列され、自動挿入機から落下するCVTエレメントを、焼入れ用治具の適切な位置及び角度に載置することができる。
そして、その後、CVTエレメントに熱を一定時間与え、最後に、窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガスでCVTエレメントをガス冷却することで焼入れを行う。このようにして、CVTエレメントの歪み量のバラツキを低く留め、かつ、機械的強度を高めることができる。
【0034】
上記「気密空間」は、外部雰囲気から気体をシール可能なチャンバーからなり、CVTエレメントに焼入れのための熱を与えることができるようにヒータを備えている熱処理炉であることが好ましい。そして、熱処理炉は、ヒータを制御して、昇温速度、温度維持の時間等を設定することができるシーケンサと、この気密空間の上方から鉛直下方にCVTエレメントに向けて、上記不活性ガスを吹き込むことが可能なガスフロー手段とを備えることが好ましい。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、CVTエレメントに代表される小物金属部品を、多量かつ均一に、そして、表面傷を生じさせることなく、歪み量のバラツキを抑制し、均一な焼入れができる、長寿命の焼入れ用治具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明に係る焼入れ用治具を、その長尺方向に対して側面方向から観察した側面図である。
【図2】本発明に係る焼入れ用治具に、3個のCVTエレメントを挿入・載置した状態を図示した拡大側面図である。
【図3】実施例、比較例において、CVTエレメントを焼入れ用治具1に載置して焼入れする際の温度パターンを示すグラフである。
【図4】CVTエレメントに発生する歪み量のばらつきについて、CVTエレメントを、従来の焼入れによるもの(比較例)と、本発明に係る焼入れ用治具に載置して焼入れによるもの(実施例)と、について比較するための棒グラフである。
【図5】焼入れ用治具の各歯傾きα°の好適範囲を得るために行った実験例を示すグラフである。
【図6】(a)は、焼入れが好適に行われたCVTエレメントを構成する金属の表面の正常状態、(b)は、焼入れが不適当に行われたCVTエレメントを構成する金属の表面の異常状態を例示する金属断面写真である。
【図7】自動車用CVTベルトに組み込まれるCVTエレメントの正面図(a)と側面図(b)である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明に係る実施の形態(以下「本実施形態」とする)を、添付図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態に係る焼入れ用治具1を示す。図1を参照しながら、焼入れ用治具1の全体構成を説明する。
焼入れ処理用治具1は、両端に端部部材(固定部材)2A、2Bを備え、端部部材2A、2Bの間に、長尺かつ直線状の連続的な歯部3Tを備えた櫛歯部3の構造体(図1の紙面奥行き方向に一定の幅部がある)を備えている。そして、焼入れ処理用治具1は、焼入れ用治具1を熱処理炉内で、一定間隔を置いて互いに平行に設置される。このように設置することによって、被熱処理品である金属小物部品(代表的には、CVTエレメント10)が一定方向に整列するため、多量かつ均一に焼入れをする準備を整えることができる。
【0038】
櫛歯部3の歯部3Tは、所定間隔(好ましくは一定間隔)を置いて立設されている。このため、CVTエレメント10のような金属小物部品(以下、特にことわらない限りCVTエレメント10という)が、櫛歯部3の隣り合う各歯部3Tの間に形成された凹部に、CVTエレメント10が挿入・載置され、CVTエレメント10が各歯部3Tに立て掛けられていく。
【0039】
焼入れ用治具1は、焼入れ用治具1自体が焼入れ中に変形しないように、耐熱性があり、一定の機械的強度を持ち、長寿命(耐久性に優れた)材料を主として作製されることが好ましく、また加工し易いものであることが望ましい。よって、好適には、焼入れ用治具1は、モリブデンを主に含む金属板によって作製され、櫛歯形状となるようにプレス成形加工されて作製されることが望ましい。
【0040】
次に、焼入れ用治具1に関し、「前記櫛歯部の各歯部が、長尺方向と垂直方向に対して1.5°から8°の角度で傾いている」ことを特徴としている点について、図2を参照しながら以下説明する。
【0041】
図2は、図1に示した焼入れ用治具1の櫛歯3に、CVTエレメント10を挿入・載置した状態を示す(便宜的に三個のみについて示す)。図2に示すように、櫛歯3のすべての歯部3Tは、鉛直方向に対して一定角度(図2に示すように鉛直方向と成す角度をα°と表す)、好適には1.5°から8°の角度で傾けられて形成されている。
【0042】
CVTエレメント10を多量に焼入れするため、CVTエレメント10の焼入れ用治具1への挿入は、自動挿入機によって、焼入れ用治具1の上方の近距離からCVTエレメント10を自由落下させ、端部部材2Aから2Bの方向に向けて1個ずつ、順に歯部3T間の凹部に自動セットしてゆくことが好ましい。
【0043】
このとき、CVTエレメント10は、その重心が突起部11寄りの位置にあるため、自動挿入機からの自由落下中、突起部11側にやや傾く。よって、焼入れ用治具1の櫛歯部3の各歯部3Tを、落下時から搭載時における傾きに沿うように櫛歯部3の各歯部3Tの角度をある程度あらかじめ傾けておくと、CVTエレメント10が歯部3T間に上方から円滑(スムーズ)に挿入・載置される。また、当該挿入・載置の後いち早く、CVTエレメント10が、櫛歯部3の各歯部3Tからの抗力、重力とつりあい(後述のガス冷却中はさらにガス圧ともつりあい)、CVTエレメント10が各歯部3Tに立て掛けられるようにして安定した状態で載置される。この安定した載置状態によれば、好適な焼入れが可能となる。特に、ガス冷却段階で、CVTエレメント10を冷却する冷却ガス(例えば窒素ガス)が、上方から一定のガス圧でCVTエレメント10に吹きかけられている間にも、このような安定した載置状態によれば、CVTエレメント10が安定した状態で冷却され、内部ばかりでなく表面も好適な機械的強度を有する金属組織(例えばマルテンサイト金属組織)を作り出すことができる(図6参照)。
【0044】
さらに、量産上、生産コストが有利となるため、一つの焼入れ用治具1にできるだけ多くのCVTエレメント10が搭載されることが好ましい。そのため、歯部3T間は、近接した方がよい。ただし、図2から分かるように、過度に歯部3T間を近接しすぎると、CVTエレメント10を歯部3T間に上方から自然落下により挿入・載置する際、歯部3T間に既に載置されているCVTエレメント10とこれから挿入・載置しようとするCVTエレメント10とが衝突する確率が高まる。特に、CVTエレメント10の頭部Hの突起部11が、既に搭載されているCVTエレメント10に接触・衝突しないように、連続してCVTエレメント10を挿入、載置するには、歯部3Tの傾き及び歯部3Tの厚さΔtを、適宜好適に設計する必要がある(後述の実験例参照)。
【0045】
また、焼入れ用治具1と擦れ合わずに円滑にCVTエレメント10が挿入(又は脱着)されるように、CVTエレメント10と、歯部3T間の凹部との間に一定のギャップ(隙間)を設けることが好ましい。ただし、ギャップが大きすぎて、CVTエレメント10が歯部3T間の凹部内で遊嵌部が過剰になりすぎないようにすることが好ましい。CVTエレメント10の焼入れ用治具1内における安定した載置状態が損なわれるからである。
【0046】
[実施例、比較例]
CVTエレメント10を焼入れ用治具に自動セットし焼入れ処理した場合と、CVTエレメント10をバルク処理した場合について、以下、実施例、比較例において、歪み量のばらつきを比較して示す。
<金属小物部品の準備>
金属小物部品の代表例として、熱処理されていないCVTエレメント10を、実施例、比較例において、それぞれ、3000個ずつ準備した。CVTエレメント10は、以下の組成(重量%)からなる金属製の打ち抜き加工品であるものを準備した(C:0.70-0.76、Si:0.15-0.35、Mn:0.6-0.9、Cr:0.45-0.55、Al:0.02-0.06、P:0.02max、S:0.05max、残部Fe)。
【0047】
<焼入れ用治具の準備>
各櫛歯部3の歯部3Tの傾き角α°について、6°に設定した焼入れ処理用治具1を作製した。また、この焼入れ処理用治具1は、125個のCVTエレメント10が、図2に示したような形態で、脚部12A、12Bが焼入れ治具1の歯部3Tに跨って、脚部12A、12Bの間のフラットな中央部12Cが歯部3T間(図2の紙面の奥行き方向の幅部)に跨って、脚部12A、12Bの間のフラットな中央部12Cが歯部3T間の凹部の真中に当接し、安定状態で載置可能になるような寸法に作製した(実施例)。一方、バルク処理用に、実施例と同数のCVTエレメント10とステンレス製のバスケットを準備した(比較例)。
【0048】
<CVTエレメントの設定>
焼入れ処理用治具1を用いた実施例の場合は、予め当該焼入れ処理用治具1に好適に設計・製作した自動挿入機(不図示)を用いて、図1に示した端部部材2Aから2Bの方向に沿って、準備した個数のCVTエレメント10を隣り合う各歯部3Tの間に向けて鉛直上方から、順に連続して自然落下するように自動挿入・載置した。一方、従来のバルク処理による比較例では、準備した個数のCVTエレメント10をバスケット内にバラ積みした。
【0049】
<焼入れ>
CVTエレメント10を挿入・載置した焼入れ処理用治具を、無酸化雰囲気であって、内部全体に均一に熱が伝達されるように電気ヒータが設置され、内部の温度パターンが電気ヒータへの電力値を制御しながら設定可能なシーケンサを備えた熱処理炉(気密チャンバー)に入れて密閉した。この状態の熱処理炉内を、図3に示された温度パターン通りにヒータを制御するためシーケンサのプログラムを設定し、熱処理炉を稼動させた。これにより、一定の昇温速度で860℃まで昇温し、この温度860℃で30分間維持し、その後、加熱を停止させた後、窒素ガス(9.5Barから10Bar程の気圧)を用いて、CVTエレメント10を冷却することで、当該焼入れ処理を行った(実施例)。
【0050】
一方、バルク処理の方については(比較例)、従来のようにCVTエレメントをバラ積みしたバスケットを180℃の油の中に5分間、浸漬し、焼入れを行った(比較例)。
【0051】
<評価> 図4に、CVTエレメント10を、歯部3Tの角度α(図2)を一定値に設定した焼入れ用治具1に、自動挿入機を用いて自動セットし焼入れを行った場合(実施例;左の棒グラフ)と、バルク処理(比較例)によって焼入れを行った場合について、CVTエレメント10の、焼入れ前後の歪み量のバラツキ比較評価を行った。
【0052】
歪み量の測定は、CVTエレメント10全体の平面度によった(より現場的にはCVTエレメント10の突起部11の真下略中央部15の厚さを測定し、歪み量のパラメータとすることもできる(図7参照))。
そして、焼入れ前後に、係る平面度を測定し、以下の式によって、歪み量を求めた(n=30)。
【0053】
歪み量=焼入れ前平面度−焼入れ後平面度
【0054】
そして、求められた歪み量についてのバラツキの度合いを、統計学上の標準偏差を求めることによって数値化した。さらに、バルク処理についての歪み量のバラツキの度合いを100とし、焼入れ用治具を使用した処理の歪量バラツキの度合いの相対値(換算値)を求め、図4に示す棒グラフを作成した。
【0055】
図4によれば、実施例に係る焼入れ用治具を使用した場合は、比較例に係るバルク処理の場合に比較して、歪み量バラツキが半分以下に軽減(改善)した。これによって、実施例1に係る焼入れ用治具を用いて焼入れを行うことによって、同一ロット内(同一焼入れ条件)で同様な焼入れが従来(バルク処理)より均一に行うことができた。
【0056】
また、実施例で用いた焼入れ用治具は、焼入れ完了後、全く変形しなかったが、比較例で用いたバスケットは、肉眼で分かる程、歪みを生じていた。
【0057】
[実験例]
さらに、焼入れ用治具の各歯の傾きα°の好適範囲を得るために行った実験例について説明する。
この実験例では、歯部3Tの傾き角α°を、0°,0.5°,1.0°,1.2°,1.6°,2.3°,5.9°,6.4°,6.8°,7.4°,8.0°,8.4°,8.8°,9.2°,9.6°,10.0°,10.5°の17点についてそれぞれ設定した17個の焼入れ処理用治具を用いて、上記実施例の条件と同一条件の焼入れを、各n=30個のCVTエレメント10について行った。
【0058】
図5に示すように、傾き角α°が、0°,0.5°,1.0°,1.2°,1.6°(以上5点)については、CVTエレメント10を焼入れ用治具1に自動セットするときに起こる不良(自動セット時の衝突に起因する不良)が発生した。
【0059】
一方、図5に示すように、傾き角α°が、8.0°,8.4°,8.8°,9.2°,9.6°,10.0°,10.5°(以上7点)については、CVTエレメント10(n=30個)を焼入れ用治具1に自動セットし、CVTエレメント10の表面近くに異常層(トールスタイト金属組織)が観察された。一方、他の傾き角α°では正常層(マルテンサイト金属組織)が観察された。
これらの観察結果は、図6(a)に、表面近辺に異常層を含む層、図6(b)に正常層、の金属顕微鏡による観察像の断面写真から考察したものである。また、図5のグラフの右下に示す異常層2%以下については、図6(a)の断面写真を用いて断面層において正常層に対する異常層の面積率が2%以下であったことを意味する。
【0060】
この実験例によれば、CVTエレメント10を焼入れ処理するための、焼入れ用治具1の櫛歯部3の歯部3Tの鉛直方向に対する傾きα°は、1.5°から8.0°が好適な範囲であった。
【0061】
尚、本発明は、上記した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0062】
1:焼入れ用治具、3:櫛歯部、3T:歯部、10:金属小物部品(CVTエレメント)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主にモリブデンを構成材料に含み、かつ、多量の金属小物部品を連続的に立て掛けることが可能な櫛歯部を備えた金属小物部品用焼入れ用治具。
【請求項2】
所定間隔をおいて立設され、前記櫛歯部の隣り合う各歯部の間に形成された凹部に前記金属小物部品が載置可能であり、かつ、前記各歯部が、鉛直方向に対して1.5°から8°の角度で傾いていることを特徴とする請求項1項に記載の金属小物部品用焼入れ用治具。
【請求項3】
前記櫛歯部の前記各歯部は、前記焼入れ用治具の長尺方向に沿って等間隔に配置されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の焼入れ用治具。
【請求項4】
前記金属小物製品は、ベルト式無段変速機に用いるCVTエレメントであることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の焼入れ用治具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−280966(P2010−280966A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−136213(P2009−136213)
【出願日】平成21年6月5日(2009.6.5)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(596174341)ミクニ機工株式会社 (3)
【Fターム(参考)】