説明

焼結金属摩擦材料および摩擦部材

【課題】
Niを添加した焼結金属摩擦材料と同等の摩耗特性を有するNiを含まない焼結金属摩擦材料を提供する。
【解決手段】
金属、合金の中の少なくとも1種のマトリックスと、潤滑物質、硬質物質、摩擦調整物質、pH調整物質、補強物質の中の少なくとも1種のフィラーとからなる摩擦材料において、焼結金属摩擦材料は、マトリックス:焼結金属摩擦材料全体に対して40〜90重量%と、フィラー:残部とからなり、マトリックスは、Fe:マトリックス全体に対して3〜92重量%と、Al:マトリックス全体に対して0.56〜70重量%とを含み、重量比で、Fe:Alが92:8〜30:70の範囲にあり、FeとAlとの合計はマトリックス全体に対して7重量%以上である焼結金属摩擦材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械、建設機械、農業機械、自動車、二輪車、鉄道、航空機および船舶などの、各種機械の回転あるいは移動を任意に制御する手段、いわゆるクラッチあるいはブレーキに使用する焼結金属摩擦材料および摩擦部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
焼結金属摩擦材料は、クラッチあるいはブレーキに使用され、焼結金属摩擦材料は一般的には、金属、合金などのマトリックス粉末に、潤滑物質、硬質物質、摩擦調整物質、pH調整物質、補強物質などから選ばれたフィラーを添加した混合粉末を焼結して得られるものである。焼結金属摩擦材料は、ブレーキ装置の小型化、軽量化の要求から摩擦係数を高くすることが必要である。焼結金属摩擦材料の従来技術として、摩擦係数を高くするためにマトリックスにマトリックス内の重量%でNiを10〜70%含む焼結金属摩擦材料がある(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
【特許文献1】特開昭63−30617号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、環境問題によりNiを削減する方向にあり、Niを含まない焼結金属摩擦材料が求められてきた。本発明は、Niを含まない高摩擦係数の焼結金属摩擦材料の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、長年にわたって焼結金属摩擦材料の改良を行ってきたところ、マトリックスにFeとAlとを同時に添加することによってFeの欠点を大幅に改善して高い摩擦係数を安定的に得ることができるという知見を得て本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明の焼結金属摩擦材料は、金属、合金の中の少なくとも1種のマトリックスと、潤滑物質、硬質物質、摩擦調整物質、pH調整物質、補強物質の中の少なくとも1種のフィラーとからなる焼結金属摩擦材料において、焼結金属摩擦材料全体に対して40〜90重量%のマトリックスと、残部のフィラーとからなり、マトリックスは、マトリックス全体に対して3〜92重量%のFeと、マトリックス全体に対して0.56〜70重量%のAlとを含み、マトリックスに含まれるFeとAlとは、重量比で、Fe:Alが92:8〜30:70の範囲にあり、マトリックスに含まれるFeとAlとの合計はマトリックス全体に対して7重量%以上の焼結金属摩擦材料からなるものである。
【0007】
本発明の焼結金属摩擦材料は、金属、合金の中の少なくとも1種からなるマトリックス:焼結金属摩擦材料全体に対して40〜90重量%と、潤滑物質、硬質物質、摩擦調整物質、pH調整物質、補強物質の中の少なくとも1種からなるフィラー:残部とで構成される。これは、マトリックスが焼結金属摩擦材料全体に対して40重量%未満となると、焼結金属摩擦材料として必要とされる強度が得られず、欠け、摩耗の増大などの不具合が発生し、また90重量%を超えると、摩擦係数の低下、相手材への溶着、摩耗の増大などの不具合が発生するためである。
【0008】
焼結金属摩擦材料と相手部材との間の摩擦力の主な要因は金属の凝着と剪断と考えられる。そのため、焼結金属摩擦材料の摩擦において、焼結金属摩擦材料と相手部材との相互溶解度や剪断強度が重要になる。また、焼結金属摩擦材料は摩擦熱によって高温になるため、焼結金属摩擦材料の表面には酸化膜が形成される。Cu、Feおよびこれらの合金の酸化物の摩擦係数は低いものが多く、酸化膜が厚く形成されると摩擦力が低下する。一方、NiはCuに比較して高温での剪断強度が高く、高温での耐酸化性に優れ、酸化膜が薄くて摩擦により容易に破断されるため相手部材と金属接触しやすい。さらに相手部材として用いられるFe系材との相互溶解度に優れるため、高い摩擦係数が得られる。このような理由により焼結金属摩擦材料のマトリックスには、Niが用いられてきた。
【0009】
Niを代用する材料には、相手部材であるFe系材との相互溶解度が高いことと耐酸化性が高いことが要求される。Fe系材との相互溶解度の点から見るとFeが最も望ましい。しかし、FeはCuよりも酸化しやすく、厚い酸化膜が形成されるため高い摩擦係数が得られず、摩擦係数の安定性も十分でない。FeにAlを添加することによりFeの欠点を大幅に改善し、Niと同等の高い摩耗係数を得ることができた。
【0010】
本発明のマトリックスは、マトリックス全体に対して3〜92重量%のFeと、マトリックス全体に対して0.56〜70重量%のAlとを含み、マトリックスに含まれるFeとAlとは、重量比で、Fe:Alが92:8〜30:70の範囲にあり、マトリックスに含まれるFeとAlとの合計はマトリックス全体に対して7重量%以上の組成物である。これは以下の理由による。マトリックスに含まれるFeが3重量%未満になると相手材との相互溶解度が低下するなどの不具合が発生して所望の摩擦係数が得られず、マトリックスに含まれるFeが92重量%を超えて多くなるとFeに対するAlの割合が減少して耐酸化性が低下するなどの不具合が発生して摩擦係数が低下する。マトリックスに含まれるAlが0.56重量%未満になると耐酸化性が低下して摩擦係数が低下し、マトリックスに含まれるAlが70重量%を超えて多くなると高温での剪断強度が低下する。マトリックスに含まれるFeとAlとの比率は、重量比で、Fe:Al=92:8のときよりもFeの重量比が増加しAlの重量比が減少すると耐酸化性が低下し、Fe:Al=30:70のときよりもAlの重量比が増加しFeの重量比が減少すると高温での剪断強度が低下するため所望の摩擦係数が得られない。また、マトリックスに含まれるFeとAlとの合計はマトリックス全体に対して7重量%以上であると摩擦係数を高くすることができる。
【0011】
マトリックスには、Fe、Al以外にCu、Sn、Zn、Mn、Cr、Ti、Moを含有してもよい。また、マトリックス中に平均粒径50μm未満のFe3AlなどのFe−Al合金粒子が含まれていてもよい。また、Fe−Cr合金、Fe−Mn合金などの合金粒子が含まれていてもよい。
【0012】
本発明の焼結金属摩擦材料を製造する際には、Fe粉末とAl粉末とを分けて原料粉末に添加するよりも、Fe−Al合金粉末として添加する方が、より少ないAl添加量でマトリックスの耐酸化性を向上させることができ、その結果、高温での剪断強度を高く保持することができるので好ましい。
【0013】
本発明のフィラーとしては、従来からのフィラーを使用することができ、具体的には、硫酸バリウム、タルク、珪藻土、蛇紋石、コークス、MgO、Fe23、TiO2、Fe−W、Fe−Siなどの摩擦調整物質、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、Wの炭化物、窒化物、酸化物、珪化物およびこれらの相互固溶体、SiO2、AlN、Al23、Si34、SiC、B4C、Cr23、ムライト、ジルコンサンドなどの硬質物質、黒鉛、MoS2、WS2、BaF2、CaF2、hBN、PbO、フッ化黒鉛などの潤滑物質、パルプ繊維、レーヨン繊維、カーボン繊維、シリカ−アルミナ繊維、チタン酸カリウム繊維、炭化珪素繊維、ボロン繊維などの各種の繊維または各種のウィスカーなどの補強物質、炭酸カルシウム、酸化カルシウム、酸化バリウムなどのpH調整物質の中から選ばれた少なくとも1種からなるものを挙げることができる。
【0014】
本発明の焼結金属摩擦材料は支持材と一体化させた摩擦部材として用いられると強度が高くなり、好ましい。本発明の摩擦部材は、本発明の焼結金属摩擦材料と支持材とからなり、該焼結金属摩擦材料および該支持材の表面の少なくとも一部にAl含有膜が被覆されたものである。
【0015】
本発明の摩擦部材に用いられる支持材は、鋼板の表面にCuメッキ、Niメッキ、Snメッキ、これらの多層メッキおよびこれらの複合メッキの中から選ばれた少なくとも1種を施したものが好ましい。これらのメッキは、焼結金属摩擦材料と鋼板とを接合する時の接合成分として作用するものである。加えて鋼板の耐酸化性の向上と防錆に有効であり外観を美しくする。なお、ブレーキパッド型摩擦部材の支持材は裏板と呼ばれることが多く、ディスク型摩擦部材の支持材は芯板と呼ばれることが多い。
【0016】
本発明の摩擦部材は、本発明の焼結金属摩擦材料の原料粉末を混合し、成形したものを、支持材とともに焼結を行って一体化して製造することができる。本発明の焼結金属摩擦材料はAlを含んでいるため、焼結時に焼結金属摩擦材料に含まれるAlの一部が蒸発して摩擦部材の表面、すなわち支持材と焼結金属摩擦材料の表面に付着する。Alが付着する部分は、焼結金属摩擦材料近傍の支持材の表面、焼結金属摩擦材料の表面、焼結金属摩擦材料に含まれる気孔の内壁などを挙げることができる。焼結時の温度が高い場合、支持材の表面に付着したAlの一部は、支持材のメッキに溶融し合金を形成することもある。すなわち、焼結金属摩擦材料および支持材の表面の少なくとも一部にAlおよびAlとメッキ成分との合金の少なくとも一方からなるAl含有膜が被覆される。
【0017】
本発明の摩擦部材のように、焼結金属摩擦材料および支持材の表面のAl含有膜が被覆されると支持材から焼結金属摩擦材料が剥がれにくくなる。従来の摩擦部材は摩擦熱で高温になると、支持材のメッキが酸化する。メッキは焼結金属摩擦材料と支持材とを接合する作用があり、メッキが酸化すると接合作用が低下し、支持材から焼結金属摩擦材料が剥離するという問題を生じる。しかしながら本発明の摩擦部材は表面にAl含有膜が被覆されているためメッキが酸化されにくく接合作用が低下しにくいという効果が得られる。さらにAl含有膜はメッキの酸化を防ぐことから防錆の効果と外観を美しく保つという作用がある。本発明のAl含有膜の膜厚は、0.1〜3μmが好ましい。これは、膜厚が0.1μm以上になると耐酸化性を向上させる効果が顕著になり、3μmを超えて厚くなると酸化防止効果の増加が少なく、逆にAlを析出させるための焼結条件やAl量などの要件が摩擦特性に悪影響を及ぼすためである。
【発明の効果】
【0018】
本発明の焼結金属摩擦材料は、環境面から問題が懸念されるNiを含有せず、Niを含有する焼結金属摩擦材料と同等の高い摩擦係数を示すなどの優れた摩擦特性を示す。本発明の焼結金属摩擦材料を、例えば、工作機械、建設機械、農業機械、自動車、二輪車、鉄道、航空機および船舶などのクラッチ用摩擦材料あるいはブレーキ用摩擦材料として使用すると優れた性能を発揮する。
【0019】
本発明の摩擦部材は、支持材から焼結金属摩擦材料が剥離しにくい。本発明の摩擦部材は、耐酸化性が高く、防錆に優れ、美しい外観を保つ。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明の焼結金属摩擦材料の一実施例の断面組織概略図を図1に示す。フィラー2の隙間に連続的なマトリックス1が存在するという特徴的な組織形態を示している。また、マトリックス1中には気孔3が見られる。本発明の摩擦部材の一実施例の概略図を図2に示す。本発明の焼結金属摩擦材料4と支持材5とで構成される。
【実施例1】
【0021】
市販されている平均粒径20μmのFe粉末、平均粒径20μmのAl粉末、平均粒径20μmのCu粉末、平均粒径20μmのSn粉末、平均粒径20μmのZn粉末、平均粒径20μmのMn粉末、83重量%Fe−17重量%Crからなる平均粒径20μmのFe−Cr合金粉末、平均粒径20μmのCr粉末、平均粒径3μmのNi粉末、フィラーとしてZrSiO4粉末、WC粉末、黒鉛(以下Grと記す。)粉末、CaF2粉末、FeW粉末、FeSi粉末を用意した。発明品13〜22のFe−Al合金については、あらかじめ、表6〜9に示す割合に秤量したFe粉末とAl粉末とを溶融してFe−Al合金とし、それを粉砕して得られた平均粒径15μmのFe−Al合金粉末を原料粉末とした。これらの原料粉末を表1〜10に示す割合で秤量、混合し、常温にてブレーキパッド形状に加圧成形し、銅メッキした鋼板の裏板にセットして、加圧しながら組成に応じて表1〜10に示す焼結温度で焼結した。また、発明品24は、焼結時、摩擦部材の周囲をセラミックファイバーで覆い、Alが支持材に効率よく付着するように焼結した。焼結後、摩擦面を研磨して発明品1〜24と比較品1〜3を得た。得られた発明品1〜24の常温における剪断強度は9.7〜11.1MPaであった。またマトリックスに含まれるFeとAlの含有量、FeとAlの合計量、Fe:Alの重量比をそれぞれ表11に示した。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
【表3】

【0025】
【表4】

【0026】
【表5】

【0027】
【表6】

【0028】
【表7】

【0029】
【表8】

【0030】
【表9】

【0031】
【表10】

【0032】
【表11】

【0033】
こうして得られた発明品1〜24および比較品1〜3を用いて、ディスクブレーキの乾式摩擦試験を行った。相手部材として市販の二輪車用ステンレススチール製ディスクを用いた。相手部材の形状はディスク半径0.13m、ディスク厚さ5mmとし、発明品1〜24および比較品1〜3のブレーキパッド形状は、パッド面積20cm2、パッド厚さ8mm(このときの焼結金属摩擦材料の厚さは4mm)とした。
【0034】
ブレーキ試験条件は、JASO−T204の中から抜粋した簡易試験に従った。試験項目は、第2再すり合わせ、第2効力試験、第4再すり合わせ、第2フェード試験、第5再すりあわせ、第3効力試験とし、第2再すり合わせのみ制動回数を50回と増加した。ブレーキ試験による総摩耗量を測定した。これらの結果を表12に示す。
【0035】
また、試料は常温における剪断強度、高温酸化後の剪断強度および塩水急冷後の剪断強度を測定する試験を行った。高温酸化後の剪断強度は、試料を500℃の酸化雰囲気中に30日間暴露した後の剪断強度を調べた。塩水急冷後の剪断強度試験は、試料を300℃に2時間保持した後、常温の飽和食塩水中に投入、急冷する方法で1日につき1回、計30回繰り返し、剪断強度を調べた。さらに、各試料について焼結金属摩擦材料から2mm離れた支持材の表面に被覆されたAl含有膜の膜厚を測定した。これらの結果は表12に示す。
【0036】
【表12】

【0037】
Niを含まない比較品2および比較品3は高温酸化後の剪断強度が大きく低下するのに対し、発明品1〜24のいずれもNiを添加している比較品1と同等またはそれ以上の剪断強度を示している。また、飽和塩水中に投入し急冷した後に剪断強度を測定する試験では耐塩水性および耐熱衝撃性を評価できるが、発明品1〜24はNiを添加している比較品1と同等以上の剪断強度を示している。Niを添加しない比較例2と比較例3の摩擦係数は低く、比較品3は総摩耗量が多い。これに対して、発明品1〜24は、Niを添加している比較品1と同等の摩擦係数および総摩耗量を示し、本発明の効果が確認された。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の焼結金属摩擦材料の一実施例の断面組織概略図を示す。
【図2】本発明の摩擦部材の一実施例の概略図を示す。
【符号の説明】
【0039】
1…マトリックス
2…フィラー
3…気孔
4…焼結金属摩擦材料
5…支持材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属、合金の中の少なくとも1種のマトリックスと、潤滑物質、硬質物質、摩擦調整物質、pH調整物質、補強物質の中の少なくとも1種のフィラーとからなる焼結金属摩擦材料において、焼結金属摩擦材料は、焼結金属摩擦材料全体に対して40〜90重量%のマトリックスと、残部のフィラーとからなり、マトリックスは、マトリックス全体に対して3〜92重量%のFeと、マトリックス全体に対して0.56〜70重量%のAlとを含み、マトリックスに含まれるFeとAlとは、重量比で、Fe:Alが92:8〜30:70の範囲にあり、マトリックスに含まれるFeとAlとの合計はマトリックス全体に対して7重量%以上である焼結金属摩擦材料。
【請求項2】
請求項1に記載の焼結金属摩擦材料と支持材とからなり、該焼結金属摩擦材料および該支持材の表面の少なくとも一部にAl含有膜が被覆された摩擦部材。
【請求項3】
Al含有膜の膜厚が0.1〜3μmである請求項2に記載の摩擦部材。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−348379(P2006−348379A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−93455(P2006−93455)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【出願人】(000221144)株式会社タンガロイ (185)
【Fターム(参考)】