説明

焼結Mo合金スパッタリングターゲット材の製造方法

【課題】簡素化した製造工程でも低酸素の焼結Mo合金スパッタリングターゲット材を得ることができる製造方法を提供する。
【解決手段】(Ti、Nb、Ta)の群から選択される1種または2種以上の金属元素Mを0.5〜60原子%含有し、残部がMoおよび不可避的不純物からなるMo合金スパッタリングターゲット材の製造方法であって、Mo原料粉末と平均粒径200μm以下の水素化した前記金属元素Mの粉末とを混合処理した混合粉末を加圧容器に充填し、次いで該加圧容器を加熱しながら減圧脱気処理をした後、熱間静水圧プレスで加圧焼結してMo合金焼結体を作製する焼結Mo合金スパッタリングターゲット材の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平面表示装置等の電気配線、電極等に用いられるMoTi、MoNb、MoTa等のMo合金薄膜の形成に使用されるスパッタリングターゲット材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、平面表示装置の一種である液晶ディスプレイ(Liquid Crystal Display)等の薄膜電極および薄膜配線等には、電気抵抗の小さいMo等の高融点金属膜が広く利用されている。そして、これら薄膜電極および薄膜配線等には、薄膜形成の製造工程中での耐熱性、耐食性の要求があるため、例えば、Ti、NbやTa等の高融点の遷移金属元素を添加したMo合金の適用が進んでいる(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
上記のMo合金を配線として形成する方法としては、同一組成のスパッタリングターゲット材をスパッタリングによって形成する方法が一般的に利用されている。そして、Mo合金のスパッタリングターゲット材に関しては、成分構成やスパッタリングターゲット材に含まれる不純物の低減等に関して様々な提案がなされている。
【0004】
融点の高いMoを主成分とするMo合金スパッタリングターゲット材の製造に関しては、一般的に粉末焼結法が利用されている。薄膜電極や薄膜配線等の形成に用いられるMo合金スパッタリングターゲット材は、薄膜の電気抵抗に影響する酸素含有量をできるだけ低減すること求められるが、原料粉末を焼結してスパッタリングターゲット材を作製する粉末焼結法においては、酸素含有量の低減に限界がある。
また、本願出願人は、酸素との親和力の高いNb等を含むMo合金において、ミクロ組織中のNb粒の周囲に粗大な酸素濃化相が形成されるとスプラッシュの発生要因となることから、焼結前のMo原料粉末の酸素含有量を極力低減してMo合金スパッタリングターゲットを製造する方法を提案している(例えば、特許文献2参照)。
特許文献2は、MoNbスパッタリングターゲット材に含まれる酸素含有量の低減のために、焼結原料として使用するMo粉末の酸素含有量に着目したものであって、Mo原料粉末を一度焼結体とした後に粉砕したMo二次粉末をMoNbスパッタリングターゲットの原料粉末とするものである。このMo二次粉末は、市販される化学製法によって製造される微細なMo一次粒子が凝集したMo原料粉末に比べて、粉末の表面積を低減できMo粉末表面に存在する酸素含有量の低減が可能となるので、Mo原料粉末自身の酸素含有量を低減し、最終製品であるスパッタリングターゲット材の酸素含有量の低減が可能となることを提案するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3859119号公報
【特許文献2】特開2008−280570号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2に開示される方法は、Nb等の添加元素を含有する低酸素のMo合金スパッタリングターゲットを作製する上で有効な発明である。一方、この方法は、原料粉末同士を単純に混合して焼結するのではなく、Mo原料粉末を一度焼結してMo焼結体とした後に再度粉砕、熱処理して還元処理Mo粉末を作製するというように、スパッタリングターゲット材の低酸素化のために、原料粉末を前処理する必要があり、工数が増加するに伴い製造コストが上昇してしまうという問題がある。
また、Mo合金を形成するTi、Nb、Taといった高融点の遷移金属元素は、酸素との親和力が高く、粉末の状態では酸素含有量が多い上に、粉末の取扱い中には酸素含有量が上昇しやすいため、粉末焼結法でMo合金の焼結体を作製する際には酸素の低減が困難であるという課題がある。
【0007】
本発明の目的は、上記課題に鑑み、簡素化した製造工程でも低酸素の焼結Mo合金スパッタリングターゲット材を得ることができる製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上記の問題点を種々検討した結果、水素化した金属元素Mの粉末を用いることに加え、混合粉末を充填した加圧容器に減圧脱気処理をすることで、脱水素と同時に焼結Mo合金スパッタリングターゲット材の酸素含有量も低減することが可能となり、上記の課題を解決できることを見出し、本発明に到達した。
【0009】
すなわち、本発明は、(Ti、Nb、Ta)の群から選択される1種または2種以上の金属元素Mを0.5〜60原子%含有し、残部がMoおよび不可避的不純物からなるMo合金スパッタリングターゲット材の製造方法であって、Mo原料粉末と平均粒径200μm以下の水素化した前記金属元素Mの粉末とを混合処理した混合粉末を加圧容器に充填し、次いで該加圧容器を加熱しながら減圧脱気処理をした後、熱間静水圧プレスで加圧焼結してMo合金焼結体を作製する焼結Mo合金スパッタリングターゲット材の製造方法である。
【0010】
また、本発明の焼結Mo合金スパッタリングターゲット材の製造方法としては、前記減圧脱気処理を300〜1000℃の範囲で加熱しながら行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の製造方法を適用することにより、焼結Mo合金スパッタリングターゲット材の酸素含有量を低減することが可能となる。また、本発明の製造方法は、上述した特許文献2で開示される原料粉末を低酸素化するための予備的な焼結工程が省略できるため、工数削減に伴う製造コストの低減に寄与することができ、焼結Mo合金スパッタリングターゲット材の製造方法に有用な技術となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の製造方法における焼結Mo合金スパッタリングターゲット材は、(Ti、Nb、Ta)の群から選択される1種または2種以上の金属元素Mを0.5〜60原子%含有し、残部がMoおよび不可避的不純物からなるものである。特に、薄膜電極膜や薄膜配線膜を形成するために用いられるスパッタリングターゲットとしては、電極・配線の耐熱性や耐食性の要求があり、Moの耐食性や耐熱性を向上させるため、Ti、Nb、Ta等の元素の添加が必要とされている。なお、Moへの添加元素としてNbを選択することは、電極・配線膜を形成する際の電気抵抗の上昇を低く抑えながら耐熱性・耐食性の向上が図れるため、特に望ましい。
【0013】
本発明においては、先ず、Mo原料粉末と平均粒径200μm以下の水素化した(Ti、Nb、Ta)の群から選択される1種または2種以上の金属元素Mの粉末を混合処理して混合粉末とし、加圧容器に充填する。
Ti、Nb、Taは、酸素との親和力の高い元素であり、粉末焼結法でスパッタリングターゲット材を製造するにあたっては、単体の金属を原料粉末として使用すると、粉末のハンドリング時に酸素量が上昇してしまい、スパッタリングターゲット材の酸素含有量の低減が困難である。そのため、スパッタリングターゲット材として酸素含有量を低減させるにあたって、水素化した金属元素Mの粉末を使用する本発明の製造方法が有効となる。
本発明で水素化した金属元素Mの粉末を用いるのは、粉末の状態で酸素量が低いことに加え、ハンドリングに伴う粉末の酸素量の上昇を抑制できるからである。なお、金属元素MであるTi、Nb、Taは、いずれも水素との親和力が高いため、水素化が容易な金属元素であり、上記の目的で水素化するには好都合である。
金属元素Mの粉末の粒径としては、金属元素Mの粉末の粒径が粗大である場合には、焼結後に得られるスパッタリングターゲット組織中に金属元素Mが偏析となりやすい。このため、本発明では、金属元素Mの粉末の平均粒径を200μm以下とした。また、金属元素Mの粉末の粒径が微細な場合には、単位体積当たりの比表面積が大きくなり、粉末表面に吸着する酸素が増加しやすくなるため、粉末中の酸素量が増加する傾向となる。このため、本発明で適用する金属元素Mの粉末は平均粒径が10μm以上の粉末を使用することが望ましい。
また、Mo原料粉末としては、一般的に購入可能な平均粒径2〜15μmの粉末を使用することが望ましい。
【0014】
本発明では、上記の混合粉末を充填した加圧容器を加熱しながら減圧脱気処理を行う。これにより本発明は、原料粉末を一度焼結体とした後に再度粉砕、熱処理して還元処理粉末を作製する必要がなく、簡素化した工程あっても、混合粉末中の水素化した金属元素Mの粉末の含有する水素を除去すると同時に、混合粉末中の酸素量も低減することができる。
ここで、減圧脱気処理としては、300〜1000℃の温度範囲で行うことが望ましい。それは、300℃に満たない温度で減圧脱気処理を行なっても、水素を除去する効果が極めて小さいためである。一方、1000℃を超える温度で減圧脱気処理を行なうと、加圧容器内の混合粉末の焼結が進んで空孔が多く残り、その後の熱間静水圧プレス(以下、HIPという)による加圧焼結を行なっても、焼結体の密度が高まらない場合があるためである。また、減圧脱気処理の温度が1000℃を超えると、加圧容器が急激に酸化することがあるため、これにより加圧容器が損傷を受けて、その後のHIPが困難になる場合がある。
また、減圧脱気処理における減圧条件としては、上述した温度範囲であれば、減圧レベルが高いほど加圧容器中に存在する酸素および水素は除去しやすく、本発明では10Paより減圧に達するまでの減圧脱気処理であることが望ましい。これにより、加圧容器中に存在する酸素および水素を除去することができる。また、減圧脱気に使用するポンプ等の設備能力を考慮すると、0.1Paより減圧に達するまでの減圧脱気処理であることがより望ましい。
【0015】
加圧焼結としては、ホットプレスやHIP等が適用可能であるところ、本発明では、3次元的に高い圧力を付加することで、原料粉末を焼結させ高密度の焼結体を得ることが可能なHIPを適用する。HIPによる加圧焼結の条件としては、温度1000〜1500℃、圧力100MPa以上の条件を適用することが望ましい。これは、100MPaに満たない圧力、および1000℃に満たない温度でHIPを行っても、スパッタリングターゲット材に要求される相対密度が98%以上の焼結体を作製しづらいためである。
また、融点の高いMoとTi、Nbおよび/またはTaとからなる焼結体を得るためには、できるだけ高い温度、高い圧力で処理することが望ましい。ただし、HIP条件は、加圧容器に用いる材質のほか、設備面での制約が存在するため、現存する一般的なHIP装置を用いると、温度1500℃、圧力200MPaがほぼ上限となる。
【実施例1】
【0016】
まず、市販の平均粒径6μmのMo原料粉末(酸素量349質量ppm、水素量15質量ppm)と、市販の粉末を篩分けした平均粒径90μmの水素化したNb粉末(酸素量588質量ppm、水素量10800質量ppm)を準備し、原子%で90%Mo−10%Nbとなるように秤量後、V型混合機で混合処理して混合粉末を得た。ここで、得られた混合粉末の一部から不活性ガス融解−非分散型赤外線吸収法により酸素量を、不活性ガス中加熱・融解カラム分離−熱伝導度法により水素量を測定した。その測定結果を表1に示す。
次に、得られた混合粉末を軟鋼製の加圧容器に充填した後に、450℃の温度で加熱しながら0.1Paまで減圧脱気処理を行い封止した。その後、温度1250℃、圧力150MPaの条件下で5時間保持するHIPで加圧焼結してMo合金焼結体を得た。このMo合金焼結体を切断および機械加工して直径50mm×厚さ50mmの焼結Mo合金スパッタリングターゲット材を得た。
なお、上記で得られたMo合金焼結体から試験片を採取し、不活性ガス融解−非分散型赤外線吸収法により酸素量を、不活性ガス中加熱・融解カラム分離−熱伝導度法により水素量を測定した。その結果を表1に示す。また、上記試験片を用いてアルキメデス法により相対密度を測定したところ、相対密度は、99.3%であった。ここで、相対密度とは、アルキメデス法により測定されたかさ密度を、焼結Mo合金スパッタリングターゲット材の組成比から得られる質量比で算出した元素単体の加重平均として得た理論密度で除した値に100を乗じて得た値をいう。
【0017】
比較例として、以下の従来製法でNbを含有するMo合金スパッタリングターゲット材を作製した。
市販の平均粒径6μmのMo粉末(酸素量349質量ppm、水素量15質量ppm)と市販の平均粒径90μmの水素化していないNb粉末(酸素量920質量ppm、水素量16質量ppm)とを、原子%で90%Mo−10%Nbとなるように秤量後、混合した混合粉末を圧縮成形して得た成形体を粉砕して再度粉末にした造粒粉末を作製した。その造粒粉末を軟鋼製の加圧容器に充填した後に、450℃の温度で加熱しながら0.1Paまで減圧脱気処理を行い封止した。その後、温度1250℃、圧力150MPaの条件下で5時間保持するHIPで加圧焼結してMo合金焼結体を得た。このMo合金焼結体を切断および機械加工して、960mm×855mm×6mmの焼結Mo合金スパッタリングターゲット材を得た。
なお、上記で得られた混合粉末の試料とMo合金焼結体から採取した試験片を用いて、不活性ガス融解−非分散型赤外線吸収法により酸素量を、不活性ガス中加熱・融解カラム分離−熱伝導度法により水素量を測定した。その結果を表1に示す。また、上記試験片を用いてアルキメデス法により相対密度を測定したところ、相対密度は、99.2%であった。
【0018】
【表1】

【0019】
表1に示すように、本発明の製造方法で得られた焼結Mo合金スパッタリングターゲット材をみると、従来の製法にも減圧脱気処理を適用して得られたものに比べて、酸素量および水素量の低減効果が顕著であり、本発明の製造方法の有効性が確認できた。
【実施例2】
【0020】
まず、市販の平均粒径6μmのMo原料粉末(酸素量548質量ppm、水素量15質量ppm)と、市販の粉末を篩分けした平均粒径30μmの水素化したTa粉末(酸素量1070質量ppm、水素量4700質量ppm)を準備し、原子%で90%Mo−10%Taとなるように秤量後、V型混合機で混合処理して混合粉末を得た。ここで、得られた混合粉末の一部から不活性ガス融解−非分散型赤外線吸収法により酸素量を、不活性ガス中加熱・融解カラム分離−熱伝導度法により水素量を測定した。その測定結果を表2に示す。
次に、得られた混合粉末を軟鋼製の加圧容器に充填した後に、450℃の温度で加熱しながら0.1Paまで減圧脱気処理を行い封止した。その後、温度1250℃、圧力150MPaの条件下で5時間保持するHIPで加圧焼結してMo合金焼結体を得た。このMo合金焼結体を切断および機械加工して直径50mm×厚さ50mmの焼結Mo合金スパッタリングターゲット材を得た。
なお、上記で得られたMo合金焼結体から試験片を採取し、不活性ガス融解−非分散型赤外線吸収法により酸素量を、不活性ガス中加熱・融解カラム分離−熱伝導度法により水素量を測定した。その結果を表2に示す。また、上記試験片を用いてアルキメデス法により相対密度を測定したところ、相対密度は、99.2%であった。
【0021】
比較例として、以下の従来製法でTaを含有するMo合金スパッタリングターゲット材を作製した。
市販の平均粒径6μmのMo粉末(酸素量548質量ppm、水素量15質量ppm)と市販の平均粒径30μmの水素化していないTa粉末(酸素量1575質量ppm、水素量16質量ppm)とを、原子%で90%Mo−10%Taとなるように秤量後、混合した混合粉末を圧縮成形して得た成形体を粉砕して再度粉末にした造粒粉末を作製した。その造粒粉末を軟鋼製の加圧容器に充填した後に、450℃の温度で加熱しながら0.1Paまで減圧脱気処理を行い封止した。その後、温度1250℃、圧力150MPaの条件下で5時間保持するHIPで加圧焼結してMo合金焼結体を得た。このMo合金焼結体を切断および機械加工して、直径50mm×厚さ50mmの焼結Mo合金スパッタリングターゲット材を得た。
なお、上記で得られた混合粉末の試料とMo合金焼結体から採取した試験片を用いて、不活性ガス融解−非分散型赤外線吸収法により酸素量を、不活性ガス中加熱・融解カラム分離−熱伝導度法により水素量を測定した。その結果を表2に示す。また、上記試験片を用いてアルキメデス法により相対密度を測定したところ、相対密度は、99.2%であった。
【0022】
【表2】

【0023】
表2に示すように、本発明の製造方法で得られた焼結Mo合金スパッタリングターゲット材をみると、従来の製法にも減圧脱気処理を適用して得られたものに比べて、酸素量および水素量の低減効果が顕著であり、本発明の製造方法の有効性が確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(Ti、Nb、Ta)の群から選択される1種または2種以上の金属元素Mを0.5〜60原子%含有し、残部がMoおよび不可避的不純物からなるMo合金スパッタリングターゲット材の製造方法であって、Mo原料粉末と平均粒径200μm以下の水素化した前記金属元素Mの粉末とを混合処理した混合粉末を加圧容器に充填し、次いで該加圧容器を加熱しながら減圧脱気処理をした後、熱間静水圧プレスで加圧焼結してMo合金焼結体を作製することを特徴とする焼結Mo合金スパッタリングターゲット材の製造方法。
【請求項2】
前記減圧脱気処理は、300〜1000℃の範囲で加熱しながら行うことを特徴とする請求項1に記載の焼結Mo合金スパッタリングターゲット材の製造方法。

【公開番号】特開2013−83000(P2013−83000A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−214945(P2012−214945)
【出願日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】