説明

熱アシスト記録向け磁気記録媒体

【課題】熱アシスト記録において想定される潤滑層と保護層の加熱による性能低下を抑制し、より耐久性と信頼性に優れた磁気記録媒体を提供すること。
【解決手段】非磁性基板上に、少なくとも磁気記録層、断熱層、カーボン系保護層、潤滑層をこの順に含む積層を備える磁気記録媒体とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱アシスト記録用の磁気記録媒体に関し、その耐久性および信頼性を高めるための改良に関する。
【背景技術】
【0002】
熱アシスト記録とは、磁気記録媒体の表面に光を照射し、媒体の光吸収による加熱を利用して、磁気記録層の保磁力Hcを低下させ、磁気ヘッドによる書込みをアシストすることで、より高い記録密度での磁気記録を可能とする技術である。
【0003】
磁気記録媒体は、非磁性基板上に各々下地層、中間層、磁気記録層、保護層、潤滑層を順次成膜し積層させることにより製造されている。これらの各層うち記録に係わる磁気データを保持しているのは磁気記録層である。原理的にはこの磁気記録層を加熱しさえすれば熱アシストの目的を果たすことができるが、できれば、磁気記録層のみ加熱され、他の層は加熱されないことが望ましい。
【0004】
しかし、実際の磁気記録媒体における磁気記録層の加熱は、磁気記録媒体の外部で発生させた光を磁気記録媒体の最表面から入射させることによって行われる。その結果、磁気記録媒体の表面に積層されている前述の各層は、それぞれ通常数nm〜数十nmのごく薄い膜で構成されているため、入射光の一部は磁性層(磁気記録層)のみならず、磁気記録層より下層の中間層や下地層に至る深さにまで到達する。この到達した光は中間層や下地層に吸収され、熱エネルギーに変換されて前記中間層や下地層を加熱する。
【0005】
また、磁気記録層はCo、Fe等の強磁性金属を主要な構成材料としているため、熱伝導率は一般に高いものとなる。この磁気記録層の上の保護層はさらに熱伝導率の大きいダイヤモンドライクカーボン(以下DLC)により構成されている。このため、この保護層および保護層上に成膜される潤滑層は熱アシストのための光照射実施後、下地層、中間層、磁気記録層から順次熱伝導によりもたらされる熱により磁気記録層とほぼ同じ程度の温度にまで上昇することになる。
【0006】
このような熱アシスト記録用磁気記録媒体に関して、ディスク基板上に少なくとも磁気異方性を有する記録膜を備え、少なくとも記録膜の上に、記録膜よりも熱伝導率の小さい保護層を介して潤滑層を備える構成の磁気記録媒体が知られている。この構成の磁気記録媒体とすることにより、磁気記録層の温度上昇による潤滑層への熱伝導を遮断し、また、記録再生用の磁気ヘッドの温度上昇も防ぐことが可能な、信号特性に優れた磁気記録媒体を得るという主旨の記載がある(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】WO2005/083696号パンフレット(実施の形態3、図3)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の磁気記録媒体では、熱アシスト記録に伴う光照射により媒体を加熱すると、対象の磁気記録層のみならず、この磁気記録層からの熱伝導によって保護層や潤滑層までもが高温になる。これら保護層や潤滑層は有機高分子やアモルファスカーボンのような熱に比較的弱い材料から構成されており、加熱により性能が劣化するリスクが高い。
【0009】
この保護層および潤滑層の熱による性能劣化について、さらに説明を続けると、保護層はDLCにより、また潤滑層はパーフルオロポリエーテル(以下PFPE)の分子量1000〜10000程度の高分子により構成されている。このような構成とすることにより、保護層と潤滑層はそれぞれ磁気記録媒体の長期信頼性を保障する上で重要な役割を担っているが、これらのいずれもが熱に弱いという性質を有している。その結果、従来の磁気記録媒体で熱アシスト記録を実施した場合、DLC保護層は加熱による膜質劣化や酸化による膜厚減少、PFPE潤滑層は分子の熱化学反応による特性の劣化や蒸発による膜厚減少を起こし、信頼性の悪化、短寿命化、破損率の上昇といった問題を起こす危険性が高くなるのである。
【0010】
本発明は、前述の点に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、熱アシスト記録において想定される潤滑層と保護層の加熱による性能低下を抑制し、より耐久性と信頼性に優れた磁気記録媒体を提供することであり、また磁気スペーシングを低下させない磁気記録媒体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、非磁性基板上に、少なくとも磁気記録層、断熱層、カーボン系保護層、潤滑層をこの順に含む積層を備える磁気記録媒体とする。
前記断熱層の主要構成材料の熱伝導率は、21W/(m・K)以下である磁気記録媒体とすることが好ましい。
【0012】
前記断熱層が、SiO2、TiO2、ZrO2から選ばれる少なくとも1種の酸化物を主要構成材料として含有する磁気記録媒体とすることも好ましい。
前記断熱層が、構成材料の異なる二層以上の積層からなる磁気記録媒体とすることも好適である。
【0013】
前記断熱層が、SiO2・Al23複合化合物を主要構成材料として含有する磁気記録媒体とすることもより好ましい。
前記断熱層の膜厚が0.1nm以上5nm以下である磁気記録媒体とすることも望ましい。
【0014】
前記断熱層が、磁気記録層あるいは保護層の機能を持つ磁気記録媒体とすることもよい。
前記断熱層が、下層の磁気記録層からのコロージョン溶出量を、前記断熱層未導入の磁気記録媒体と比較して1/2以下に抑制する機能を持つ磁気記録媒体とすることがよりよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、熱アシスト記録実行時における磁気記録層から保護層および潤滑層への熱伝導による高温化を抑制するので、保護層および潤滑層の高温化による性能劣化を防ぎ、耐久性および信頼性を保つことが可能になる。
【0016】
これに加え、断熱層の材料として単純に熱伝導率が低いだけでなく、たとえばコロージョン抑制などの従来保護層が担っていた機能を併せ持つ材料を使用することにより、保護層を薄膜化することができるようになるので、単に断熱層を挿入するだけの層構成に比べて磁気スペーシングの面では有利となり、記録密度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明にかかるCoコロージョンのAl23・SiO2断熱層膜厚への依存性DLC膜厚をパラメーターとして示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明では、従来の磁気記録媒体の層構成に加え、磁気記録層とカーボン系保護層の間に断熱層を新たに導入した層構成の熱アシスト記録における有効性を、熱流および光透過・吸収についての非定常熱伝導解析を用いたシミュレーションによって示す。
【0019】
解析モデルに用いる磁気記録媒体の構造として、非磁性基板上に、下地層、中間層、磁気記録層、断熱膜、カーボン系保護層が順次積層された構造を想定した。
各層の素材としては、代表的な磁気記録媒体の構造として、非磁性基板としてはガラス、下地層はFeTaC、中間層はRu、磁気記録層はCoCrPt−SiO2、カーボン系保護層はDLC(ダイヤモンドライクカーボン)に固定し、それぞれの素材に対応した屈折率、消衰係数、熱伝導率、体積比熱の値を解析に使用した。断熱層については、素材を限定せず、屈折率、消衰係数、体積比熱などを一定値に固定した上で、熱伝導率を様々な値に変化させて、断熱効果の熱伝導率依存性の評価を行った。具体的な各層の物性値は表1に示した通りである。表1の体積比熱の値として、2.0E+06などの同類の記述については、それぞれ2.0×1006などを表す。
【0020】
【表1】

加熱に用いる光としては、青紫レーザー光を光源とした近接場光を想定した。波長は405nm、スポットの半値全幅は50nm、パワーは5mWとし、磁気記録媒体に対し垂直方面から連続的に光を照射しているものとした。
【0021】
ハードディスクドライブ(HDD)の動作状況として、一般的な2.5インチHDDを想定し、媒体の回転数は4200rpmであり、r=32mmの最外周部への書込み動作を実施している状況をモデルとして、媒体は入射光の光軸の垂直方向に14.1m/sの線速度で移動しているものとした。
【0022】
以上の条件に基づき、非定常熱伝導解析の手法を用い、断熱層の膜厚および熱伝導率を様々な値に設定したときの媒体内部の温度分布を計算した。その結果として得られる保護層部分のピーク温度に対する磁気記録層部分のピーク温度の比率(保護層/記録層)(%)を表2に示す。
【0023】
【表2】

断熱層なしの場合、保護層の上昇温度ピーク値は磁気記録層の95%と、ほぼ同程度の温度まで上昇しているのに対し、熱伝導率21.0W/(m・K)、膜厚1.0nmのとき91%まで抑制されている。さらに断熱層の膜厚を厚くする、あるいは熱伝導率を下げると、保護層の相対的温度上昇はより抑制されることがわかる。
【0024】
さらに、断熱層の膜厚については、薄いほど断熱効果は小さく、厚くするほど断熱の効果は大きくなるが、磁気スペーシング性能の低下による制限があるので、断熱層の膜厚は0.1nm〜5nm程度が好ましい。以上の結果から、熱アシスト記録向けの磁気記録媒体の設計として、磁気記録層と保護層の中間に断熱層を導入することの有効性が示された。ちなみに、化学便覧によれば、熱伝導率(W/m・K)は、それぞれSiO2ガラスの1.38(300K)、TiO2多結晶は8.4(300K)、Al23(アルミナ)は21(理科年表)、ZrO2(ジルコニア)は4.0である。
【0025】
このとき導入する断熱層の設計としては、熱アシスト記録における熱設計の観点からはもちろん熱伝導率がより低く膜厚が厚い方が望ましいが、一方で、磁気記録層の上の保護層との間に断熱層を挿入することは、たとえ断熱層の膜厚が薄いものであっても、記録再生時のヘッドの記録/再生素子と磁気記録層の間隔、いわゆる磁気スペーシングを広げてしまうという点では、記録密度向上を阻害することは避けられない。
【0026】
そこで、実際に磁気記録媒体の設計に導入する上では、断熱層の効果により磁気記録層の想定使用温度をより高温にできることにより、より強力な熱アシストが可能になることによる記録密度向上とのトレードオフから設計を最適化することが重要となる。
【0027】
また、本発明は、従来、磁気記録層が持っていた機能の一部をも代替できるような材料を断熱層に採用することにより、磁気スペーシングの拡大を実効的に抑制する層構成とすることも好ましい。この層構成は、たとえば、ある種の比較的熱伝導率が低く、なおかつ一定の磁性を持つ金属を断熱層材料として採用し、磁気ビットの一部を担保させるというような発明である。この場合、断熱層の磁気記録層代替機能が十分に高ければ、断熱層自体の熱伝導率が比較的高く、断熱効果が弱めの材料であっても、厚さを厚くすることで断熱効果を高めることができる。
【0028】
また、さらに異なる発明として、従来、保護層が持っていた機能の一部を断熱層で代替するという層構成も好ましい。この層構成は、たとえば、従来保護層によって担保していた磁気記録層の磁性金属材料の酸化によるコロージョンの抑制機能を、断熱層としてSiO2やZrO2などの熱伝導率が低くかつ酸化反応に対して安定な化合物材料を採用することで代替させる構成とする発明である。この発明によれば、元々の保護層の膜厚を、断熱層のコロージョン抑制効果によりオーバースペックになった分だけ薄くすることができるので、磁気スペーシングの拡大を防ぐというメリットが得られる。この場合、断熱層による磁気記録層からのコロージョン溶出の抑制効果は大きいほど好ましいが、断熱層の無い構成に比べて、磁気記録層からのコロージョン溶出量を1/2以下に抑制できる材料および膜厚が、特に本発明の目的の達成のために望ましい。
【0029】
実施例として、断熱層に(Al2394・(SiO26を導入したときの膜厚に対するCoコロージョン溶出実験の結果を以下に示す。保護層としてDLC、磁気記録層としてCoCrPt−SiO2を使用し、保護層と磁気記録層の中間に断熱層として挿入するAl23・SiO2膜を、O2ガスを製膜ガスとして用いて(Al)97・(SiO23ターゲットの反応性スパッタを行なうことで製膜し、評価サンプルを作成した。この評価サンプルは、下記表3に示すように、断熱層と保護層の膜厚が様々に異なるものとした。これらの評価サンプルについて、それぞれのCoコロージョン溶出量を調べた。また、この評価結果をAl23・SiO2膜厚依存性の観点から、Al23・SiO2膜厚を横軸にとり、Coコロージョン量を対数軸に取って縦軸にプロットし、パラメーターとしてDLC膜厚(2.0nmと、2,5nm)を採用したグラフを図1に示す。その結果、Al23・SiO2膜厚が厚くなるにつれて、明らかにCoコロージョン溶出量が小さくなると言うだけでなく、Coコロージョン溶出量がAl23・SiO2膜厚の増加に対してほぼ指数関数的に減少していく関係のあることがわかった。
【0030】
【表3】

ここで、図1に示すCoコロージョン溶出量の、DLC保護層膜厚およびAl23・SiO2断熱層膜厚に対する、それぞれの依存性を比較するため、最小二乗法による線形近似を用いた評価を行った。Coコロージョン量の対数をyとし、Al23・SiO2膜厚とDLC膜厚をそれぞれx1、x2とし、近似式y=m11+m22+bで近似を行なったところ、m1は約−0.65、m2は約−0.60となった。これは、Al23・SiO2膜厚が1nm厚くなるごとにCoコロージョン量が10-0.65倍、つまり約23%に減少し、DLC膜厚が1nm厚くなるごとにCoコロージョン量が10-0.60倍、つまり約25%に減少することを意味している。
【0031】
このことから、Al23・SiO2膜のコロージョン抑制機能は従来のDLC保護層とほぼ同等であることがわかる。よって、断熱層としてAl23・SiO2膜を導入するとき、導入する断熱層膜厚と同じだけDLC保護層膜厚を薄くしても、磁気記録媒体のコロージョン特性は変わらず、磁気スペーシングのロスを発生させずに断熱層導入による熱アシスト効果の向上の利得のみを得ることができる。
【0032】
以上説明した本発明にかかる実施例に記載によれば、磁気記録層と、保護層および潤滑層の中間に、新たに断熱層を加えることにより、熱アシスト記録実行時における磁気記録層から保護層および潤滑層への熱伝導による温度上昇を抑制することができるので、保護層および潤滑層の温度上昇による性能劣化を防ぎ、耐久性および信頼性を保つことが可能になる。
【0033】
これに加え、断熱層の材料として単純に熱伝導率が低いだけでなく、たとえばコロージョン抑制などの従来保護層が担っていた機能を持つ材料を使用することにより、その膜厚分、保護層を薄膜化することができるようになり、単に断熱層を挿入するだけの層構成に対して磁気スペーシングの面で有利となり、記録密度を向上させることができる。以上の実施例の説明では、コロージョン抑制機能を有する断熱層の主要構成材料としてSiO2を含有するAl23・SiO2膜の場合について説明してきたが、Al23・SiO2膜に代えて、TiO2膜、ZrO2膜またはAl23・SiO2膜を含めたいずれか膜を組み合わせた二層以上の積層膜を用いることも好ましい。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
非磁性基板上に、少なくとも磁気記録層、断熱層、カーボン系保護層、潤滑層をこの順に含む積層を備えることを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項2】
前記断熱層の主要構成材料の熱伝導率が、21W/(m・K)以下であることを特徴とする請求項1に記載の磁気記録媒体。
【請求項3】
前記断熱層が、SiO2、TiO2、ZrO2から選ばれる少なくとも1種の酸化物を主要構成材料として含有することを特徴とする請求項2に記載の磁気記録媒体。
【請求項4】
前記断熱層が、構成材料の異なる二層以上の積層からなることを特徴とする請求項3に記載の磁気記録媒体。
【請求項5】
前記断熱層が、SiO2・Al23複合化合物を主要構成材料として含有することを特徴とする請求項2に記載の磁気記録媒体。
【請求項6】
前記断熱層の膜厚が0.1nm乃至5nmであることを特徴とする請求項1に記載の磁気記録媒体。
【請求項7】
前記断熱層の膜厚が0.5nm乃至5nmであることを特徴とする請求項1に記載の磁気記録媒体。
【請求項8】
前記断熱層が、磁気記録層あるいは保護層の機能を持つことを特徴とする請求項1に記載の磁気記録媒体。
【請求項9】
前記断熱層が、下層の磁気記録層からのコロージョン溶出量を、断熱層膜厚1nmあたり25%以下に抑制する機能を持つことを特徴とする請求項1に記載の磁気記録媒体。



【図1】
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