説明

熱アシスト記録用磁気記録媒体に用いられるAg合金熱拡散制御膜、及び磁気記録媒体

【課題】熱アシスト記録用磁気媒体に用いられる熱拡散制御膜であって、高い熱伝導率を維持すると共に、高い熱拡散率、平滑な表面粗さ、および高い耐熱性の全てを兼ね備えたAg合金熱拡散制御膜を提供する。
【解決手段】本発明の熱アシスト記録用磁気記録媒体に用いられる熱拡散制御膜は、Agを主成分とするAg合金から構成されており、表面粗さRa1.0nm以下、熱伝導率100W/(m・K)以上、熱拡散率4.0×10-52/sec以上を満足する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、記録過程でレーザー光または近接場光による局所的な加熱で磁気記録を補助する熱アシスト記録方式[heat−assisted magnetic recording(HAMR)]用のハードディスクドライブに用いられる磁気記録媒体において、基板と、記録膜または下地層との間に形成される熱拡散制御膜として有用なAg合金薄膜、及びそれを用いて構成される磁気記録媒体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
磁気記録媒体は、近年、記録容量に対する要求が一層増しており、このため磁気記録媒体の面記録密度もさらに上昇している。一方、磁気記録媒体の記録密度上昇に伴って1ビット当たりの磁気記録媒体の体積は減少することから、熱擾乱により記録減磁の問題が顕在化している。
【0003】
このような問題に対し、例えば水平記録から垂直記録への記録方式の変更や、記録層の構成変更などにより対処する方法が提案されているが、これは、本質的な問題解決ではない。上述した熱擾乱による記録減磁は、磁気記録材料の有する結晶磁気異方性定数(Ku)と1ビット当たりの体積(v)に対して、exp(−vKu/kT)(k:ボルツマン定数、T:絶対温度)で表される関数に依存して増加する。すなわち、記録密度増大のために1ビット当たりの体積(v)を低減する場合に、それに見合ったKuの増加が必要となるが、Kuは材料固有の値であり、軟磁性記録材料として汎用されているCoCrPt系等のKuは低く、このような要請に充分応えることができない。
【0004】
そのため、より結晶磁気異方性の高い材料の提供を目指して、CoPt、FePt等の規則化合金が検討されている。しかしながら、これら高結晶磁気異方性の材料は、現状の記録ヘッドの記録可能な磁界で記録できないという問題がある。
【0005】
そこで、記録材料の結晶磁気異方性が温度と共に減少することを利用して、記録時のみ対象領域をレーザー光、または近接場光を用いて加熱する熱アシスト記録方式が提案されている。熱アシスト記録方式は、磁気記録技術と光記録技術を融合した記録方式であり、通常の磁気記録では記録できないような高保持力媒体に対して、レーザー光の照射による熱で記録磁気部分の保持力を局所的に下げて記録した後、室温まで急冷して保持力を大きくして保存するというものである。
【0006】
熱アシスト記録方式では、記録時における加熱後は速やかに冷却されることが望ましいことから、熱拡散を促進するために、基板と下地層または記録膜との間に、高い熱伝導率を有する熱拡散制御膜が配置されている。図1に、熱拡散制御膜を有する熱アシスト磁気記録媒体の膜構成の一例を示す。
【0007】
このような熱アシスト記録方式の磁気記録媒体として、例えば特許文献1及び2が挙げられる。これらの文献には、熱拡散制御膜として、Cu,Ag,Au,W,Si,Moを含むヒートシンク層(特許文献1);Al,Ni,Au,Ag,Cu,Rh,Pt,Ruを母元素として、これにAl,Ni,Au,Ag,Cu,Rh,Pt,Pd,Ti,Ta,Nb,Cr,Zr,Vの元素を含む熱制御層(特許文献2)が開示されている。
【0008】
これらのうち、Au、Cu、Agの熱伝導率(バルクのデータ)は、理化学事典等によれば、Au:317W/(m・K)、Cu:401W/(m・K)、Ag:429W/(m・K)程度と高く、熱拡散制御膜として好適である。しかしながら、熱アシスト記録方式では、レーザー照射を行う書き込み時には急速に温度が上昇し、レーザーをオフにした時には急速に温度が下がることが必要であり、そのためには、高い熱伝導率に加えて、熱拡散率が高いことも重要である。上記元素の熱拡散率は、Au:1.3×10−42/sec、Cu:1.2×10−42/sec、Ag:1.8×10−42/secであり、Agが最も高い値を有している。Ag以外の元素について検討すると、Auは耐食性が非常に高いが非常に高価であり、工業的にはコストの観点で好適でない。またCuは、AgやAuに比べて酸化し易く、耐食性の点で問題がある。これに対し、Agは、上述したように熱拡散率が最も大きく良好な熱的特性を有していることに加え、貴金属に分類されることから明らかなように、酸化による腐食に強く、他の金属との反応性も低いため、熱拡散制御層に最も適している。
【0009】
しかしながら、Ag薄膜は一般に、表面粗さRaが数nm以上と大きく、加熱により容易に粒成長や粗面化などの膜構造変化を起こす。一方、磁気記録媒体では、磁気ヘッド−磁気記録媒体間の距離が非常に狭いため、磁気記録媒体のRaは1.0nm以下程度の非常に平滑な表面が必要とされている。そのために、例えばAg薄膜の膜厚を約20nm程度以下と非常に薄くすることでRaの増加を抑制することが検討されているが、これは、熱容量や熱拡散効果の低下を招き、その結果、熱拡散制御層としての機能が大幅に低下するようになる。また、熱アシスト記録方式では、100℃を超える高温加熱に曝され、このような高温加熱と室温までの急激な冷却の繰返しサイクルを受けるため、高い耐熱性も要求される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2008−210426号公報
【特許文献2】特開2008−34078号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述したように熱アシスト記録用磁気記録媒体に用いられる熱拡散制御膜は、高い熱伝導率に加えて、高い熱拡散率、高い表面平滑性、高い耐熱性の全ての特性を兼ね備えていることが要求されるが、Ag単体薄膜は、このような要求特性を満足することができない。
【0012】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、熱アシスト記録用磁気媒体に用いられるAg合金熱拡散制御膜であって、高い熱伝導率を維持すると共に、高い熱拡散率、平滑な表面粗さ、および高い耐熱性の全てを兼ね備えたAg合金熱拡散制御膜、及びそれを用いた磁気記録媒体、並びに当該Ag合金熱拡散制御膜の作製に有用なスパッタリングターゲットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決し得た本発明の熱アシスト記録用磁気記録媒体に用いられる熱拡散制御膜は、Agを主成分とするAg合金から構成されており、表面粗さRa1.0nm以下、熱伝導率100W/(m・K)以上、熱拡散率4.0×10-52/sec以上を満足するところに要旨を有するものである。
【0014】
本発明の好ましい実施形態において、上記Ag合金は、Ndおよび/またはYを0.05〜0.8原子%、並びにBiを0.05〜0.5原子%含有している。
【0015】
本発明の好ましい実施形態において、上記Ag合金は、更にCuを0.2〜1.0原子%含有している。
【0016】
本発明には、上記のAg合金熱拡散制御膜を備えた熱アシスト記録用磁気記録媒体も包含される。
【0017】
また、本発明には、上記のAg合金熱拡散制御膜の作製に用いられるスパッタリングターゲットであって、Ndおよび/またはYを0.05〜0.8原子%、並びにBiを0.05〜0.5原子%含有するAg−Nd/Y−Bi合金であるか;または、更にCuを0.2〜1.0原子%含有するAg−Nd/Y−Bi−Cu合金であるスパッタリングターゲットも包含される。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、Ag合金の組成が適切に制御されているため、Agによる高い熱伝導率を維持すると共に、熱拡散率、表面平滑性、耐熱性がすべて高められたAg合金熱拡散制御膜を提供することができた。よって、上記の熱拡散制御膜は、熱アシスト記録用磁気記録媒体に好適に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、熱アシスト記録用磁気記録媒体の膜構成の一例を示す説明図である。
【図2】図2は、実施例2における純AgおよびAg合金薄膜の表面性状を示すSEM写真である。
【図3】図3は、実施例3において、成膜時のArガス圧がAg合金薄膜の表面粗さRaに及ぼす影響を示すグラフである。
【図4】図4は、実施例3において、Ag合金薄膜の膜厚が表面粗さRaに及ぼす影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明者らは、熱アシスト記録用磁気記録媒体の熱拡散制御膜として好適に用いられるAg合金薄膜を提供するため、検討を重ねてきた。その結果、Ndおよび/またはY、並びにBiを所定量含むAg合金、好ましくは更にCuを所定量含むAg合金を用いれば所期の目的が達成されることを見出し、本発明を完成した。
【0021】
すなわち、本発明の熱拡散制御膜は、Agを主成分とするAg合金から構成されており、表面粗さRa1.0nm以下、熱伝導率100W/(m・K)以上、熱拡散率4.0×10-52/sec以上を満足するところに特徴がある。前述したように、熱アシスト記録用磁気記録媒体に用いられる熱拡散制御膜は、熱伝導率、熱拡散率、表面平滑性、耐熱性の全ての特性に優れていることが要求されるが、本発明によれば、このような要求特性を全て兼ね備えたAg合金膜を提供できる。
【0022】
ここで、上記特性のうち、熱伝導率および熱拡散率の数値設定理由について説明する。
【0023】
一般に、熱伝導率および熱拡散率は、合金元素の添加量が増える程、低下する。例えば前述した図1の熱アシスト記録用磁気記録媒体において、軟磁性層として用いられるCoFe合金膜の上記特性は詳細には検討されていないが、上記の傾向に鑑み、純Coの数値を考慮してCoFeの熱伝導率および熱拡散率を計算すると、純Ag比で、熱伝導率は約0.23倍程度、熱拡散率は約0.15倍程度となり、純Agに比べて非常に低かった(表1を参照)。なお、熱拡散率は、熱拡散率=熱伝導率/(比熱×密度)と定義され、一般に、合金化により比熱と密度は変化しないため、熱拡散率は熱伝導率から一意的に決まる。
【0024】
上記数値の算出は、以下のようにして行なった。まず、純Coの熱伝導率、比熱、および密度は、理化学辞典などの文献から引用した値である。また、純Ag及びAg合金薄膜の熱伝導率の実測は困難なため、理論式に従って電気伝導率より算出した。一般にインゴットの熱伝導率に対し、薄膜の熱伝導率は欠陥や粒界のため低くなり、純Agの場合、インゴットでは429W/(m・K)であるのに対し、薄膜では314W/(m・K)と低下した(後記する表2のNo.1を参照)。純Agの密度および比熱は、薄膜とインゴットで同等とした。参考のため、表1に、Al、Cu、Co、AuおよびAgの熱伝導率および熱拡散率を示す。
【0025】
【表1】

【0026】
熱アシスト記録方式用の熱拡散制御膜として用いるには、汎用のCoFe膜よりも高い熱伝導率と高い熱拡散率を有している必要がある。そのため、本発明では上記の数値を考慮して、Ag薄膜合金では、純Ag薄膜比で、熱伝導率および熱拡散率のいずれにおいても約0.5程度以上であれば効果を奏すると考え、熱伝導率100W/(m・K)以上、熱拡散率4.0×10-52/sec以上と定めた。好ましくは、純Ag薄膜比で、熱伝導率および熱拡散率のいずれにおいても約0.6程度以上であり、その場合の熱伝導率は200W/(m・K)以上、熱拡散率8.2×10-52/sec以上である。
【0027】
また、本発明における表面粗さRaは1.0nm以下とする。表面粗さRaは小さい程良く、好ましくは0.8nm以下である。
【0028】
具体的には、本発明に用いられるAg合金は、Ndおよび/またはYを0.05〜0.8原子%、並びにBiを0.05〜0.5原子%含有しており、好ましくは、更にCuを0.2〜1.0原子%含有している。
【0029】
Ndおよび/またはY:0.05〜0.8原子%
NdおよびYは、表面平滑性向上に寄与すると共に、耐熱性向上作用も有している。これらの元素は単独で添加しても良いし、併用しても良い。これらのうち好ましいのはNdである。
【0030】
これら元素の含有量(単独の場合は単独量であり、併用するときは合計量である。)が0.05原子%未満では上記作用が有効に発揮されず、一方、0.8原子%を超えると、熱伝導率および熱拡散率が大きく低下する。好ましい含有量は、0.1原子%以上0.6原子%以下であり、より好ましくは0.1原子%以上0.5原子%以下である。
【0031】
Bi:0.05〜0.5原子%
BiもNdと同様、表面平滑性向上作用および耐熱性向上作用を有している。詳細には、Biは、NdやYに比べて表面平滑性向上効果は少ないが、耐熱性向上効果が大きい元素である。Biが0.05原子%未満では、上記作用が有効に発揮されず、一方、0.5原子%を超えると、熱伝導率および熱拡散率が大きく低下する。Biの好ましい含有量は、0.05原子%以上0.4原子%以下であり、より好ましくは0.05原子%以上0.3原子%以下である。
【0032】
本発明に用いられるAg合金は、Ndおよび/またはBiを含有し、残部:Agおよび不可避的不純物である。ただし、更なる特性向上を目的として、Cuを0.2〜1.0原子%添加しても良い。
【0033】
Cu:0.2〜1.0原子%
Cuは、Ag合金薄膜の結晶粒径を微細化し、表面平滑性向上作用を有する。Cu量が0.2原子%未満では、上記作用が有効に発揮されず、一方、Cu量が1.0原子%を超えると、熱伝導率および熱拡散率が大きく低下する。Cuの好ましい含有量は、0.4原子%以上1.0原子%以下であり、より好ましくは0.5原子%以上0.8原子%以下である。
【0034】
更に本発明に用いられる上記元素と、表面粗さ(Ra1.0nm以下)との関係について、詳しく説明する。
【0035】
一般に薄膜の表面平滑性は、その結晶粒径にほぼ対応しており、結晶粒径を細かくする程、表面は平滑になる。本発明に用いられるAg合金において、例えばNdを含むAg−Nd合金について検討すると、NdはAgと比較して約1.3倍の原子半径を有しているため、スパッタ成膜時に形成される過飽和固溶体には、非常に大きな格子歪みが生じる。前述したように純Ag膜では、スパッタ成膜時に結晶粒が粗大化し易いが、Ag−Nd合金では、この格子歪みによりAg−Nd合金薄膜の結晶粒が微細化することによって、高い表面平滑性が得られるようになる。また、格子歪みが大きいために加熱時の結晶粒成長が抑制され、その結果、熱処理後も表面平滑性が維持されるようになる。
【0036】
一方、Ag薄膜加熱時における表面粗さの増大(表面粗面化)は、結晶粒径の増大だけでなく、表面張力の低減により薄膜表面のAgの拡散も招く。Agは貴金属に分類されるように非常に酸化され難い元素であるから、薄膜表面には酸化被膜が形成されず、その結果、Agの表面拡散は抑制され難いという性質を有している。
【0037】
そして本発明で添加されるNdは、Ag結晶粒中に分散して粒成長を抑制するという効果は有しているが、Agの表面拡散を抑制する効果はない。Yも同様である。
【0038】
一方、Agの表面拡散の抑制にはBiが非常に有効である。BiはAgに固溶せず、また、拡散が非常に速いためにスパッタ成膜中にAg膜表面に拡散し、Bi酸化物のバリア層を形成する。このBi酸化物バリア層がAgの表面拡散を抑制するために、加熱時でも高い表面平滑性を維持すると考えられる。ただし、BiはNdやYと異なり、Ag結晶粒の内部に歪みを生じ、結晶粒成長の抑制効果は殆どない。
【0039】
本発明では、Ndおよび/またはYと、Biを併用しているが、これにより、Ndおよび/またはYの粒成長抑制効果と、Biの表面拡散抑制効果とが複合的に作用し、その結果、Ag合金膜の熱処理時における表面平滑性の劣化を抑制すると考えられる。
【0040】
一方、本発明において好ましい選択成分として用いられるCuは、Ag結晶粒に歪みを生じることもないし、Ag薄膜表面に偏在することもない。しかしながら、Cuは、Agより融点が高いためにスパッタ成膜初期の核生成サイトとなり、Ag結晶粒のサイズを低減する効果がある。なお、Cuは、耐熱性向上作用を有していないが、添加量に対する熱伝導率の低下作用や熱拡散率の低下作用が少ないため、初期結晶粒微細化の目的で、必須成分であるNdおよび/またはYと、Biに好ましく添加することができる。このような作用を有する元素としては、Cuの他にPd、Auが挙げられるが、これらはCuに比べて熱伝導率の低下が大きく、また高価であるため、本発明では、Cuを好ましい選択成分として採用した。
【0041】
上記Ag合金膜は、スパッタリング法にてスパッタリングターゲット(以下「ターゲット」ということがある)を用いて形成することがより好ましい。スパッタリング法によれば、イオンプレーティング法や電子ビーム蒸着法で形成された薄膜よりも、成分や膜厚の膜面内均一性に優れた薄膜を容易に形成できるからである。
【0042】
上記スパッタリング法で上記Ag合金膜を形成するには、上記ターゲットとして、前述した元素(Ndおよび/またはYと、Bi、好ましくは更にCu)を含むものであって、所望のAg合金膜と同一組成のAg合金スパッタリングターゲットを用いれば、組成ズレの恐れがなく、所望の成分組成のAg合金膜を形成することができるのでよい。
【0043】
従って、本発明には、前述したAg合金膜と同じ組成のスパッタリングターゲットも本発明の範囲内に包含される。詳細には、上記ターゲットは、Ndおよび/またはYを0.05〜0.8原子%、並びにBiを0.05〜0.5原子%含有し、残部Agおよび不可避不純物である。好ましいターゲットは、Ndおよび/またはYを0.05〜0.8原子%、並びにBiを0.05〜0.5原子%含有し、更にCuを0.2〜1.0原子%含有し、残部Agおよび不可避不純物である。
【0044】
上記ターゲットの形状は、スパッタリング装置の形状や構造に応じて任意の形状(角型プレート状、円形プレート状、ドーナツプレート状など)に加工したものが含まれる。
【0045】
上記ターゲットの製造方法としては、溶解鋳造法や粉末焼結法、スプレイフォーミング法が挙げられる。
【0046】
本発明のAg合金熱拡散制御膜は、熱アシスト記録用磁気記録媒体に好適に用いられる。熱アシスト記録用磁気記録媒体の膜構成は、通常用いられるものであれば限定されず、代表的には、基板の上に、上記の熱拡散制御膜と、少なくとも一層の下地層と、少なくとも一層の磁気記録層と、少なくとも一層の保護層を有する積層構造である。上記の熱拡散制御膜は、例えば基板と、下地層または磁気記録層との間に設けられる。前述した図1は、本発明のAg合金熱拡散制御膜を適応し得る熱アシスト記録用磁気記録媒体の一例であり、本発明はこれに限定する趣旨ではない。
【実施例】
【0047】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって制限されず、上記・下記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0048】
実施例1
本実施例では、Ag合金薄膜の組成が、熱伝導率、熱拡散率、および表面平滑性(Ra)に及ぼす影響を調べた。
【0049】
具体的には、DCマグネトロンスパッタを用い、ガラス基板(コーニング#1737,基板サイズ:直径50mm、厚さ1mm)上に、表2に記載の種々のAg合金薄膜を200nm作製した。成膜条件は、基板温度:22℃、Arガス圧:2mTorr、投入電力密度:0.025W/cm2、背圧:<5×10-6Torrとした。
【0050】
なお、上記Ag合金における各元素の含有量は、ガラス基板上に膜厚100nmで作製した試料からICP発光分析(誘導結合プラズマ発光分析)法によって求めた。
【0051】
このようにして得られたAg合金薄膜を用い、熱伝導率、熱拡散率、および表面平滑性(Ra)を以下のようにして調べた。
【0052】
(熱伝導率および熱拡散率の測定)
熱伝導率は、4端子法を用いて測定した薄膜の電気抵抗率から換算した。
【0053】
また、熱拡散率は、熱拡散率=熱伝導率/(比熱×密度)に基づき、算出した。前述したように、純Ag及びAg合金膜の密度および比熱は、一般にインゴットの純Agの各値と変わらないため、それぞれ文献値[密度8900kg/m3、比熱234J/(kg・K)]を用いた。
【0054】
(表面粗さRaの測定)
Raは、原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope、AFM)を用い、3μm×3μmのエリアの測定値から算出した。測定は、成膜直後の薄膜、および200℃×10分の真空熱処理後の薄膜のそれぞれについて行った。
【0055】
これらの結果を表2に併記する。
【0056】
【表2】

【0057】
表2より、Nd並びにBi、更にはCuを本発明の範囲で含有するAg合金(No.2〜8)は、純Ag(No.1)と同様に高い熱伝導率を有しており、且つ、純Agに比べ、熱拡散率および表面平滑性も大幅に向上した。表面平滑性については、成膜直後だけでなく、加熱後も高い表面平滑性が維持されたことから、これらは高い耐熱性を有していることが確認された。
【0058】
一方、No.9〜12は、本発明で規定しない元素を含むAg合金を用いた例であり、熱拡散率、またはRaのいずれか一方が低下した。
【0059】
実施例2
本実施例では、ガラス基板上に種々のAg合金薄膜を作製し、成膜後及び熱処理後の表面形状を走査型反射電子顕微鏡(SEM)で観察した。
【0060】
詳細には、前述した実施例1と同様にして図2に示す種々のAg合金薄膜を200nm作製した。Ag合金薄膜の含有量も、実施例1と同様にして算出した。なお、比較のため、純Agについても同様に作製した。
【0061】
熱処理は、大気雰囲気中で400℃、1時間行った。なお、熱アシスト記録方式では、実際の記録時の加熱温度は100〜300℃程度と推定されるが、本実施例では、加速試験として400℃を設定した。
【0062】
これらの結果を図2に示す。
【0063】
図2より、純Ag薄膜では、Agが凝集するまでに膜構造が変化しており、ドーム状のAg結晶粒以外の部分ではガラス基板が露出している。
【0064】
一方、Ndを添加したAg−0.25原子%Nd合金薄膜(比較例)では、ドーム状のAg結晶粒の頻度は純Ag薄膜に比べて著しく低減されており、ドーム状以外の部分では当該Ag−Nd薄膜の平滑性は保たれている。しかしながら、Agの表面拡散に起因するドーム状の結晶粒成長は充分に抑制されず、結晶粒成長が一旦始まった部位では上記の純Ag薄膜と同程度の成長が見られた。
【0065】
これに対し、Nd並びにBiの両方を添加したAg−0.07原子%Bi−0.18原子Nd合金薄膜(本発明例)では、熱処理後も全面に渡って平滑な表面が維持されており、ドーム状の結晶粒成長を飛躍的に抑制でき、耐熱性に極めて優れていることが分かった。
【0066】
実施例3
本実施例では、本発明の要件を満足するAg−0.14原子%Bi−0.2原子%Nd薄膜を用い、成膜時のArガス圧および膜厚が表面粗度(Ra)に及ぼす影響を調べた。
【0067】
(Agガス圧について)
前述した実施例1において、Arガス圧を図3に示すように2〜10mTorrの範囲で変化させた(Ag合金薄膜の膜厚=200nm)ときの表面粗さRaを、前述した実施例1と同様にして測定した。これらの結果を図3に示す。
【0068】
図3より、Ag合金薄膜の表面粗さRaは、Arガス圧が5mTorrを超えると急激に増加した。これは、ターゲットよりスパッタされた金属粒子がArによって散乱されるためと推定される。従って、Raを本発明で規定する1.0nm以下に低減するためには、成膜時のArガス圧を、概ね6mTorr以下に制御することが好ましい。
【0069】
(膜厚について)
前述した実施例1において、スパッタ時間を変えることによってAg合金薄膜の膜厚を図4に示すように10〜150nmの間で変化させた(Arガス圧=2mTorr)ときの表面粗さRaを、前述した実施例1と同様にして測定した。これらの結果を図4に示す。
【0070】
図4より、表面Raは、Ag合金薄膜の膜厚が増加するにつれ、緩やかに上昇することが分かる。熱拡散制御の観点からはAg合金薄膜の膜厚を一定以上厚くすることが望ましいが、本発明で規定するRaを1.0nm以下に維持するためには、膜厚を約270nm以下に制御することが好ましいことが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱アシスト記録用磁気記録媒体に用いられる熱拡散制御膜であって、Agを主成分とするAg合金から構成されており、表面粗さRa1.0nm以下、熱伝導率100W/(m・K)以上、熱拡散率4.0×10-52/sec以上を満足することを特徴とするAg合金熱拡散制御膜。
【請求項2】
前記Ag合金は、Ndおよび/またはYを0.05〜0.8原子%、並びにBiを0.05〜0.5原子%含有する請求項1に記載のAg合金熱拡散制御膜。
【請求項3】
前記Ag合金は、更にCuを0.2〜1.0原子%含有する請求項2に記載のAg合金熱拡散制御膜。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のAg合金熱拡散制御膜を備えた熱アシスト記録用磁気記録媒体。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載のAg合金熱拡散制御膜の作製に用いられるスパッタリングターゲットであって、Ndおよび/またはYを0.05〜0.8原子%、並びにBiを0.05〜0.5原子%含有するAg−Nd/Y−Bi合金であるか;または、更にCuを0.2〜1.0原子%含有するAg−Nd/Y−Bi−Cu合金であることを特徴とするスパッタリングターゲット。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−150783(P2011−150783A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−97500(P2011−97500)
【出願日】平成23年4月25日(2011.4.25)
【分割の表示】特願2009−262908(P2009−262908)の分割
【原出願日】平成21年11月18日(2009.11.18)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】