説明

熱サイクル装置

【課題】チップ上で液滴を移動させることにより、効率的な熱サイクルを当該液滴に施すことのできる熱サイクル装置を提供する。
【解決手段】本発明にかかる熱サイクル装置は、液滴を載置する載置面を有するチップを装着する装着部と、前記液滴が受ける重力加速度の前記載置面に対して平行な成分と前記液滴の質量の積とが、前記載置面に前記液滴が載置された際の静止摩擦力よりも大きくなるように、前記装着部を所定方向に傾斜させる傾斜機構と、前記所定方向に温度分布を有するように前記チップの前記載置面を温度制御する温度制御部と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱サイクル装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高度な化学分析や化学合成、あるいはバイオテクノロジー関連の分析を小さなマイクロ流体チップに集積化する技術は、マイクロTAS(Total Analysis System)あるいはLab−on−a−chipなどと呼ばれ、医療診断や健康チェック、環境や食品のオンサイト分析、医薬品や化学品などの高付加価値物質の生産、生化学分析の高効率化など広い分野に応用が見込まれている。近年では、半導体製造分野での微細加工技術によりシリコンやガラス基板の加工を行って、マイクロTASを構築することも検討されている。
【0003】
マイクロTASは、従来の技術と比べて試料の必要量が少ない、反応時間が短い、廃棄物が少ない、などのメリットを有している。また、マイクロTASは、医療分野に使用した場合には、血液など検体の量を少なくすることで患者の負担を軽減でき、また、試薬の量を少なくすることで検査のコストを下げることができる。さらに、検体および試薬の量が少ないことから、反応時間が大幅に短縮され検査の効率化を図ることができる。
【0004】
一方、DNAやRNAのような遺伝子の検査するための増幅方法としてPCR(Polymerase Chain Reaction)が例えば研究用および臨床検査用に広く用いられている。PCRでは通常、標的核酸および試薬を含む反応液に、熱サイクルという複数段階の温度変化(例えば95℃、74℃、55℃の温度変化を繰り返す)を施すことにより標的核酸を増幅させる。
【0005】
PCRにマイクロTASあるいはLab−on−a−chipを適用することは、少ない量の検体で済み、また反応時間の短縮も可能なことから有望である。そしてその場合には、反応液の微小な液滴を、器具等を使うことなく、チップ内で位置を移動させる技術が、汚染(コンタミネーション)の抑制、熱サイクルの効率化の点で有用となっている。微小な液滴を移動させる技術としては、例えば、液滴に磁性粒子を配合し、当該磁性粒子が外部からの磁力を受けて、液滴全体を移動させる方法が提案されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−012490号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、微小な液滴を移動させる方法として、磁性粒子を用いる方法では、磁性粒子に対象の液体を追従させる必要があり、液滴の体積に対する磁性粒子の配合量を調節する必要があった。また、磁性粒子によって液滴を移動させる方法をPCRに適用する場合には、添加した磁性粒子によってPCRの反応が阻害されたり、磁性粒子の熱容量によって熱サイクルの効率が低下することが懸念される。
【0008】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、その幾つかの態様にかかる目的の一つは、チップ上で液滴を移動させることにより、効率的な熱サイクルを当該液滴に施すことのできる熱サイクル装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は前述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の態様または適用例として実現することができる。
【0010】
[適用例1]本発明にかかる熱サイクル装置の一態様は、液滴を載置する載置面を有するチップを装着する装着部と、前記液滴が受ける重力加速度の前記載置面に対して平行な成分と前記液滴の質量との積が、前記載置面に前記液滴が載置された際の静止摩擦力よりも大きくなるように、前記装着部を所定方向に傾斜させる傾斜機構と、前記所定方向に温度分布を有するように前記チップの前記載置面を温度制御する温度制御部と、を備える。
【0011】
本適用例の熱サイクル装置によれば、傾斜機構が、液滴が受ける重力加速度の載置面に対して平行な成分と液滴の質量の積とが、載置面に液滴が載置された際の静止摩擦力よりも大きくなるように、装着部を傾斜させるため、チップに載置される液滴の落下を利用することによって、液滴をチップの載置面上で移動させることができる。そして、当該載置面は温度制御部によって温度制御されているので、液滴を載置面上で移動させることによって、当該液滴の温度を迅速に変化させることができる。したがって、本適用例の熱サイクル装置によれば、液滴に対して、効率的な熱サイクルを施すことができる。
【0012】
[適用例2]適用例1の熱サイクル装置において、前記傾斜機構は、前記温度分布の方向と交差する方向の回転軸と、前記回転軸を回転させる回転手段と、を含んでもよい。
【0013】
本適用例の熱サイクル装置は、回転機構によって装着部を傾斜させることができる。したがって小型化しやすく、かつ、装着部の傾斜を容易に行うことができる。
【0014】
[適用例3]適用例1または適用例2の熱サイクル装置において、前記温度制御部は、第1温度制御部および第2温度制御部を有してもよく、前記第1温度制御部は、前記チップの前記載置面の一部を90℃以上100℃以下の温度範囲に制御し、前記第2温度制御部は、前記チップの前記載置面の一部を50℃以上75℃以下の温度範囲に制御してもよい。
【0015】
本適用例の熱サイクル装置によれば、液滴に対して2段階以上の熱サイクルを施すことができる。また、本適用例の熱サイクル装置は、液滴の温度を、90℃以上100℃以下、および、50℃以上75℃以下に制御することができるためPCRになお適している。
【0016】
[適用例4]適用例1ないし適用例3のいずれか一例の熱サイクル装置において、前記チップの前記載置面を内包する密閉空間を形成するように設けられる蓋体をさらに有してもよい。
【0017】
本適用例の熱サイクル装置によれば、チップおよび液滴を密閉空間に保持できる。これにより、液滴に対する汚染(コンタミネーション)を抑制することができる。
【0018】
[適用例5]適用例4の熱サイクル装置において、前記蓋体を加熱する加熱部をさらに有してもよい。
【0019】
本適用例の熱サイクル装置によれば、蓋体が結露等によって曇ることが抑制され、これにより、例えば、液滴がPCRの反応液である場合などにおいて、結露によって生じた水滴等が反応液に混入することなどが抑制され、反応液の蛍光測定等をより正確に行うことができる。
【0020】
[適用例6]適用例4または適用例5の熱サイクル装置において、前記蓋体は、前記蓋体の外部から前記チップの前記載置面を視認可能な位置に、可視光の波長領域において透明な材質で形成された窓を有してもよい。
【0021】
本適用例の熱サイクル装置によれば、液滴を外部から観察、または光学的手段によって測定できる。そのため、例えば、液滴がPCRの反応液である場合などにおいて、蛍光測定等を熱サイクルの途中でも行うことができる。
【0022】
[適用例7]適用例4ないし適用例6のいずれか一例の熱サイクル装置において、前記蓋体によって形成される前記密閉空間は、水の飽和雰囲気であってもよい。
【0023】
本適用例の熱サイクル装置によれば、液滴が水分を含む場合に、液滴からの水分の蒸発を抑制することができ、例えば、反応液の溶質の濃度の変化を小さく抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】熱サイクル装置に装着するチップの一例を示す平面図。
【図2】実施形態に係る熱サイクル装置の要部を模式的に示す平面図。
【図3】実施形態に係る熱サイクル装置の要部を模式的に示す側面図。
【図4】実施形態に係る熱サイクル装置の載置面が傾斜された様子を模式的に示す側面図。
【図5】実施形態に係る熱サイクル装置の要部の断面を拡大して示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に本発明のいくつかの実施形態について説明する。以下に説明する実施形態は、本発明の例を説明するものである。本発明は、以下の実施形態になんら限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において実施される各種の変形例も含む。なお以下の実施形態で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0026】
図1は、本実施形態の熱サイクル装置100に装着されるチップの一例であるチップ1を示す平面図である。図2は、本実施形態の熱サイクル装置100の要部を模式的に示す平面図である。図3は、本実施形態の熱サイクル装置100の要部を模式的に示す側面図である。図4は、本実施形態の熱サイクル装置100の装着部12が傾斜された様子を模式的に示す側面図である。
【0027】
本実施形態の熱サイクル装置100は、チップ1を装着する装着部12と、装着部12を所定方向に傾斜させる傾斜機構20と、チップ1の載置面sを温度制御する温度制御部30と、を備える。
【0028】
1.チップ
チップ1は、熱サイクル装置100の装着部12に装着することができる形状を有する。チップ1には、液滴dが載置される。チップ1の機能の一つは、載置された液滴dを保持し、チップ1内で液滴dを移動させることによって、液滴dに熱を与えることが挙げられる。チップ1は、チップ1が傾斜された際に、液滴dをチップ1から漏洩させないような形状を有する。例えば、チップ1は、周囲に液滴dの漏洩を防止する枠を有してもよい。チップ1の材質は、特に限定されないが、例えば、ガラス、シリコン、各種の樹脂などが挙げられる。チップ1をPCRの反応に用いる場合には、チップ1は、コンタミネーションを防止するために使い捨てであることが好ましく、材質はコストの点で樹脂であることがより好ましい。
【0029】
チップ1は、液滴dを載置する載置面sを有する。載置面sは、液滴dが移動することができる程度の大きさの面積を有する。載置面sは、液滴dを滴の形状に保持できる性質を有する。載置面sの形状は、例えば、平面、曲面とすることができる。載置面sは、例えば、液滴dが移動する範囲を規制する溝Lを有してもよい。載置面sが溝Lを有すると、例えば、チップ1に液滴dが複数載置される場合に、当該複数の液滴が互いに合一することを防ぎ、汚染を抑制することができる。図1に例示したチップ1では、載置面sに、チップ1の移動方向に沿った溝Lが複数形成されている。
【0030】
載置面sは、撥水処理、撥油処理などの撥液処理がされていてもよい。載置面sの撥液処理は、例えば液滴dを構成する液体の種類、または液滴dの大きさを考慮して選択される。載置面sが撥液処理されていると、例えば液滴dの移動を容易化することができる。載置面sの撥液処理としては、例えば、フッ素樹脂またはシリコン樹脂によるコーティングなどが挙げられる。
【0031】
液滴dは、載置面sに載置されたときに滴となる大きさで載置される。液滴dは、載置されたときに滴になれば、水性、油性のいずれであってもよい。液滴dは、例えば、PCRの反応液であってもよい。液滴dがPCRの反応液である場合には、反応液には増幅の対象とする核酸(標的核酸)および反応に必要な試薬が含まれる。
【0032】
2.装着部
本実施形態の熱サイクル装置100は、装着部12を有する。装着部12は、チップ1を装着する部分である。図2に例示する熱サイクル装置100では、装着部12は、ステージ10に形成されている。装着部12は、熱サイクル装置100に複数形成されてもよい。装着部12にチップ1を装着する機構としては、後述する装着部12の傾斜によって、チップ1がステージ10上を移動する等の不具合、またはステージ10から脱落する等の不具合を生じない限り、特に制限されない。装着部12にチップ1を固定する方法としては、例えば、クリップ等により機械的にチップ1を固定する方法、チップ1を減圧吸着する方法、粘着シート等によって固定する方法などが挙げられる。本実施形態の熱サイクル装置100では、装着部12にチップ1が図示せぬ粘着シートによって固定されている。
【0033】
ステージ10は、所定の方向に傾斜できるように構成される。したがって、装着部12は、所定の方向に傾斜し、装着部12にチップ1が装着された場合に、チップ1は、当該所定の方向に傾斜することができる。このような機能を有する限り、ステージ10の構成や形状については制限がない。また、ステージ10が所定の方向に傾斜する範囲についても、液滴dがチップ1から漏洩しない範囲で、特に制限されず、チップ1上の液滴dの移動範囲や、傾斜機構20の構成によって、適宜設定されることができる。装着部12の形状は、チップ1の形状に合わせて適宜設計されることができる。ステージ10において装着部12が形成される位置についても特に制限されない。図1に例示した熱サイクル装置100では、装着部12は、ステージ10の上面に形成されている。
【0034】
3.傾斜機構
3.1.傾斜機構の構成
本実施形態の熱サイクル装置100は、傾斜機構20を有する。傾斜機構20は、ステージ10を所定の方向に傾斜させることができる。かかる傾斜により、チップ1が傾斜して、チップ1上に載置された液滴dが傾斜の方向にしたがって移動することになる。ここで、所定の方向とは、液滴dが移動した際に、移動する前後で、チップ1上の異なる温度の領域に到達させることのできる方向である。
【0035】
本実施形態の熱サイクル装置100では、傾斜機構20は、温度制御部30によって形成される温度分布の方向と交差する方向に軸を有する回転軸22と、該回転軸22を回転させるモーター24とを含む。具体的には、本実施形態の熱サイクル装置100は、チップ1が装着された状態で、チップ1に形成された溝Lの延びる方向、すなわち温度分布の方向に交差する軸の周りにステージ10(装着部12)が回転されて傾斜される傾斜機構20を例示している。
【0036】
傾斜機構20の構成としては、装着部12を傾斜することができる限り何ら限定されない。傾斜機構20は、例えば、動力源としてモーターを、機構としてカム、歯車、ベルトなどを含んで適宜に構成されることができる。
【0037】
図2ないし図4には、ステージ10に接続された回転軸22、および、動力として回転軸22を回転させるモーター24を有する傾斜機構20で構成された熱サイクル装置100を示した。熱サイクル装置100は、モーター24によってステージ10を所定の方向に傾斜させることができる。この場合の傾斜の方向は、回転軸22の回転方向に依存している。
【0038】
また、傾斜機構20には、いずれも図示しないが、例えば回転軸22の回転(装着部12の傾斜)を制限するストッパー機構、振動を抑制するダンパー機構、傾斜の大きさを制御する制御機構、液滴センサー、姿勢センサーなどを含んでもよい。また、回転軸22は、ステージ10と一体的に構成されてもよい。
【0039】
本実施形態では、ステージ10(装着部12)が傾斜する所定の方向は、1方向の場合(一次元的な移動)を例示しているが、これに限定されず、例えば、互いに交差する2つの方向にそれぞれステージ10を傾斜できるように傾斜機構20を構成してもよい。このような場合には、チップ1の載置面s上において、液滴dを所定の面の範囲で任意に移動(二次元的な移動)させることもできる。
【0040】
3.2.液滴の移動
傾斜機構20により装着部12は傾斜される。図4に示すように、本実施形態の熱サイクル装置100において、傾斜機構20によって装着部12が傾斜される角度θを、水平面Hからの仰角として定義する。角度θの最大値は、液滴dが、載置面sにおいて移動できる角度よりも大きい。具体的には、角度θの範囲は、少なくとも液滴dが受ける重力加速度gの載置面sに対して平行な成分g’(g’=g・sinθ)と液滴dの質量との積が、載置面sに液滴dが載置された際の静止摩擦力よりも大きくなる角度を含む。また、重力加速度gの載置面sに対して平行な成分g’と液滴dの質量との積は、液滴dが受ける力に相当する。
【0041】
そのため、載置面sに液滴dが載置された際の静止摩擦力よりも、重力加速度gの載置面sに対して平行な成分g’と液滴dの質量との積が大きい場合には、液滴dは、チップ1の載置面s上を移動する(図4中矢印で示す。)。なお、液滴dの載置面sにおける静止摩擦力は、例えば、あらかじめ載置面sを水平状態から傾斜させてゆき、滑落が始まる傾斜角度を測定する方法によって見積もることができる。
【0042】
そして、載置面sの傾斜により移動された液滴dは、例えば、載置面sの溝Lの端において停止させることができ、あるいは、載置面sの傾斜をより緩やかな方向または反対の方向に傾斜させることによって、停止させることができる。
【0043】
なお、傾斜機構20による傾斜の方向を逆にすれば、同様の作用が得られ、その場合には、重力加速度gの載置面sに対して平行な成分g’の向きが逆になるため、上述の方向とは逆の方向に液滴dが移動することになる。したがって、図2ないし図4に示す熱サイクル装置100では、回転軸22の回転方向を逆にするだけで、液滴dの移動方向を逆方向にすることができるため、簡易な構成で液滴dを移動させることができる。そのため、液滴dを容易に温度の異なる領域間で往復させることができ、例えば液滴dに温度サイクルを容易に施すことができる。本実施形態の傾斜機構20は、小規模の構成としやすく構造を簡素化することができ、熱サイクル装置の小型化が容易でかつ生産性に優れたものとすることができる。
【0044】
4.温度制御部
本実施形態の熱サイクル装置100は、温度制御部30を有する。温度制御部30は、チップ1の載置面sの温度を制御することができる。温度制御部30によって温度が制御される載置面sの領域の大きさは、特に制限されないが、載置面sにおいて液滴dが移動する領域において、少なくとも2段階の温度が得られるように設計される。例えば、液滴dの移動が、所定方向(1軸)に沿ったものである場合には、当該所定方向において、少なくとも2段階の温度に制御されるように設計される。すなわち、温度制御部30は、装着部12(ステージ10)が傾斜する所定方向に沿って温度分布が形成されるように、チップ1の載置面sの温度を制御する。
【0045】
温度制御部30が形成される位置は特に制限されないが、例えば、ステージ10に形成されることができる。温度制御部30の形状についても特に限定されない。温度制御部30の機能としては、チップ1の載置面sの温度を制御して、当該温度制御された載置面sの部分に液滴dが存在する場合に、液滴dをその温度に加熱または冷却することが挙げられる。
【0046】
温度制御部30の構成としては、例えば、電熱ヒーター、ペルチェ素子、または、蓄熱媒体や冷媒の循環機構、あるいはそれらの組合せを含んで構成されることができる。また、温度制御部30の構成は、チップ1の熱容量や、ステージ10の大きさなどを考慮して適宜選定されることができる。図2ないし図4に示す熱サイクル装置の例では、温度制御部30は、ステージ10の装着部12に形成されている。そして、温度制御部30は、チップ1に接触するように配置されている。
【0047】
温度制御部30は、1個設けられてもよいし、複数設けられてもよい。図2ないし図4は、温度制御部30が、2つ設けられた場合を例示している。温度制御部30は、3つ以上設けられてもよい。図2ないし図4に例示した熱サイクル装置100では、ステージ10に、第1温度制御部31および第2温度制御部32が形成されている。これにより、載置面sに、2箇所の温度制御領域33を形成しており、チップ1上で、少なくとも2段階の温度に液滴dの温度を制御することができる。
【0048】
温度制御部30によって制御される温度は、特に制限されないが、例えば、液滴dが温度制御領域33に移動することによって、液滴dの温度が90℃以上100℃以下の温度範囲、および50℃以上75℃以下の温度範囲にそれぞれ制御されるようにしてもよい。このようにすると、液滴dがPCRの反応液である場合の熱サイクルに、より好ましい。このような温度範囲を載置面sで実現するためには、温度制御部30の構成として、1つのヒーター等の加熱手段を用いて可能な場合がある。しかし、温度制御部30が複数設けられる場合には、温度制御部30のそれぞれが、温度を制御できるので、載置面sに異なる温度の領域を形成するように温度制御することがより容易となる。図2ないし図4に例示した熱サイクル装置100は、液滴dの温度を、90℃以上100℃以下、および、50℃以上75℃以下に制御することが容易であるため液滴dがPCRの反応液である場合には特に好適である。
【0049】
5.その他の構成
本実施形態の熱サイクル装置は、蓋体40を有してもよい。図5は、本実施形態の熱サイクル装置のステージ10付近の断面の模式図である。
【0050】
蓋体40は、少なくともチップ1の載置面sを内包する密閉空間を形成することができる。蓋体40は、熱サイクル装置の一部材として、チップ1に接続するように構成されてもよいし、ステージ10に対して接続するように構成されてもよい。図5の例では、蓋体40は、ステージ10に接触して固定されている。本実施形態の熱サイクル装置が、蓋体40を有する場合には、載置面sに載置された液滴dが、蓋体40およびステージ10によって形成される密閉空間内に配置される。そのため、例えば液滴dに対する汚染(コンタミネーション)や、外部からの機械的な接触を抑制することができる。
【0051】
蓋体40の材質としては、特に制限されず、例えば、ガラス、シリコン、または各種の樹脂が挙げられる。また、蓋体40には、例えば、気密性を高めるために、必要に応じてパッキン等が含まれてもよい。
【0052】
蓋体40の材質が可視光の波長領域(約380nm〜780nm)において不透明な材質である場合に、蓋体40が設置されることにより、載置面sが外部から観測できなくなる場合がある。このような場合には、蓋体40の外部から載置面sを視認することができる位置に、窓42を形成してもよい。図示の例では、窓42は、載置面sの中央付近に設けられているが、窓42の設けられる位置はこの限りでなく、例えば、温度制御領域33に対応する位置に設けられてもよい。
【0053】
窓42は、可視光の波長領域において透明な材質、例えば、ガラス、アクリル樹脂等で形成されることができる。蓋体40が、このような窓42を有すると、熱サイクル装置の外部から、液滴dを観察することができる。そして、液滴dが蛍光物質等を含む場合には、外部から液滴dの蛍光を熱サイクルの途中でも観測することができる。したがって、例えば、リアルタイムPCRのような、反応(熱サイクル)の途中で蛍光測定を行う用途に本実施形態の熱サイクル装置100を使用できる。
【0054】
また、蓋体40が窓42を有する場合または蓋体40が透明な材質で形成される場合には、窓42または載置面sを視認することができる位置を加熱する加熱部をさらに有してもよい。加熱部としては、例えば、ITO(Indium Tin Oxide)で形成されたヒーター等の透明な発熱体が挙げられる。このようにすれば、窓42や載置面sを視認することができる位置が結露等によって曇ることを抑制することができる。
【0055】
さらに、蓋体40によって形成される密閉空間は、水の飽和雰囲気としてもよい。密閉空間を水の飽和雰囲気にする方法としては、例えば、密閉空間内に液滴dと干渉しないように水を配置する方法がある。このようにすれば、液滴dが水分を含む場合に、液滴dの水分の蒸発を抑制することができ、例えば、液滴dがPCRの反応液である場合には、液滴dにおける溶質の濃度の変化を小さく抑えることができる。
【0056】
蓋体40は、液滴dに接触してもよい。蓋体40が液滴dに接触する場合には、液滴dは、載置面sおよび蓋体40に接触するため、液滴dの自由表面の割合を小さくすることができる。これにより、液滴dからの水分の蒸発をさらに抑えることができる。なお、このようにする場合には、液滴dの静止摩擦力は、載置面sとの間の静止摩擦力と蓋体40との間の静止摩擦力の和となるため、傾斜機構20によって傾斜される角度は、重力加速度gの載置面sに対して平行な成分g’と液滴dの質量との積が、液滴dのチップ1の載置面sにおける静止摩擦力および蓋体40に対する静止摩擦力の和よりも大きくなるように適宜印加される程度とする。
【0057】
6.作用効果等
以上説明した本実施形態の熱サイクル装置100によれば、チップ1に載置される液滴dに印加される重力加速度によって、当該液滴dをチップ1の載置面s上で移動させることができる。そして、当該載置面sは温度制御部30により温度制御されているので、液滴dを載置面s上で移動させることによって、当該液滴dの温度を所望の温度に迅速に変化させることができる。さらに、液滴dは、所望の温度に達した後、所望の期間当該温度に維持されることができる。そして、傾斜の方向を逆転させて、液滴dを載置面s上で移動させることによって、当該液滴dの温度を他の所望の温度に迅速に変化させることができる。傾斜機構20の動作の時間間隔、移動距離など、各種の条件は、液滴dに必要な熱サイクルの条件に合わせて適宜設計されることができる。そのため、本実施形態の熱サイクル装置100によれば、例えばPCRにおいて、反応液(液滴d)に対して、効率的な熱サイクルを施すことができる。
【0058】
本発明は、以上説明した実施形態に限定されるものではなく、種々の変形が可能である。例えば、本発明は、実施形態で説明した構成と実質的に同一の構成(例えば、機能、方法および結果が同一の構成、あるいは目的および効果が同一の構成)を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成または同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【符号の説明】
【0059】
1…チップ、s…載置面、d…液滴、L…溝、g…重力加速度、θ…角度、H…水平面、10…ステージ、12…装着部、20…傾斜機構、22…回転軸、24…モーター、30…温度制御部、31…第1温度制御部、32…第2温度制御部、33…温度制御領域、40…蓋体、42…窓、100…熱サイクル装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液滴を載置する載置面を有するチップを装着する装着部と、
前記液滴が受ける重力加速度の前記載置面に対して平行な成分と前記液滴の質量との積が、前記載置面に前記液滴が載置された際の静止摩擦力よりも大きくなるように、前記装着部を所定方向に傾斜させる傾斜機構と、
前記所定方向に温度分布を有するように前記チップの前記載置面を温度制御する温度制御部と、
を備える、熱サイクル装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記傾斜機構は、前記温度分布の方向と交差する方向の回転軸と、
前記回転軸を回転させる回転手段と、
を含む、熱サイクル装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、
前記温度制御部は、第1温度制御部および第2温度制御部を有し、
前記第1温度制御部は、前記チップの前記載置面の一部を90℃以上100℃以下の温度範囲に制御し、
前記第2温度制御部は、前記チップの前記載置面の一部を50℃以上75℃以下の温度範囲に制御する、熱サイクル装置。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか一項において、
前記チップの前記載置面を内包する密閉空間を形成するように設けられる蓋体をさらに有する、熱サイクル装置。
【請求項5】
請求項4において、
前記蓋体を加熱する加熱部をさらに有する、熱サイクル装置。
【請求項6】
請求項4または請求項5において、
前記蓋体は、前記蓋体の外部から前記チップの前記載置面を視認可能な位置に、可視光の波長領域において透明な材質で形成された窓を有する、熱サイクル装置。
【請求項7】
請求項4ないし請求項6のいずれか一項において、
前記蓋体によって形成される前記密閉空間は、水の飽和雰囲気である、熱サイクル装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−79834(P2013−79834A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−218973(P2011−218973)
【出願日】平成23年10月3日(2011.10.3)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】