説明

熱レンズ形成素子およびその製造方法

【課題】素子の向きに依存せず広い使用温度範囲で高速に熱レンズを形成・消滅させる。
【解決手段】熱レンズ形成素子1は、信号光の波長の光を吸収せず、制御光の光を吸収する色素を溶剤に溶解させた色素溶液を収納する容器の形態が、合計4つの当該平面について互いに平行な、2つの外側平面および2つの内側平面を有する、両端が溶融封止された角型断面中空管であって、前記互いに平行な2つの外側平面および2つの内側平面はともに、制御光が照射されず信号光が直進する場合の光軸に対して垂直であり、前記互いに平行な2つの外側平面および2つの内側平面の大きさは、制御光および信号光の入射する領域および直進または光路切替されて出射する信号光が通過する領域において平面である大きさであり、色素溶液部分10に近接して1つの気泡11が存在する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光通信、光情報処理などの光エレクトロニクスおよびフォトニクスの分野において有用な、光路切替装置および光路切替方法に用いられる熱レンズ形成素子およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
本発明者らは、全く新しい原理に基づく光路切替方法および装置として、熱レンズ形成素子中の制御光吸収領域に、制御光吸収領域が吸収する波長帯域の制御光、および、制御光吸収領域が吸収しない波長帯域の信号光を各々の光軸が一致するよう収束させて照射し、制御光が照射されていない場合は信号光が鏡の穴を通して直進するようにし、一方、制御光が照射される場合は、信号光の進行方向に対して傾けて設けた穴付ミラーを用いて反射することによって光路を変更させる方法およびそのための装置を発明した(特許文献1参照)。この発明以前の背景技術については、特許文献1に詳しく記載されている。
【0003】
本発明者らは、また、熱レンズ形成素子および穴付ミラーを複数組み合わせて用いる光制御式光路切替型光信号伝送装置および光信号光路切替方法を発明した(特許文献2参照)。なお、特許文献1および特許文献2に記載の光路切替方式おいて制御光を照射した場合、熱レンズ効果によって信号光のビーム断面形状はリング状になる。そこでこの方式を以下「リングビーム方式」と呼ぶ。
【0004】
本発明者らは、以下に説明する発明も、出願している。熱レンズ形成光素子中の制御光吸収領域に、制御光吸収領域が吸収する波長帯域の制御光、および、制御光吸収領域が吸収しない波長帯域の信号光とを入射させ、その際、前記制御光および前記信号光が、前記制御光吸収領域にて収束するように照射されかつ前記制御光および前記信号光の各々の収束点の位置が相異なるように照射され、これにより、前記制御光と前記信号光は、光の進行方向で前記制御光吸収領域の入射面またはその近辺において収束したのち拡散される。これにより、前記制御光吸収領域内における前記制御光を吸収した領域およびその周辺領域に起こる温度上昇に起因し可逆的に熱レンズが形成され、形成された熱レンズによって、屈折率が変化し、前記信号光の進行方向を変えることを特徴とする光変更方法および光路切替装置を開示した(特許文献3〜5参照)。特許文献3〜5において、熱レンズ形成光素子の制御光吸収領域としては、色素を溶剤に溶解したものをガラス容器に封じたものが開示されており、溶剤としては、少なくとも使用する色素を溶解するものであって、熱レンズ形成時の温度上昇に際し、熱分解することなく、かつ、沸騰する温度(沸点)が100℃以上、好ましくは200℃以上、更に好ましくは300℃以上のものを好適に用いることができると記載されている。しかしながら、特許文献3〜5には、溶剤の屈折率および粘度の温度特性に関する記述はない。なお、特許文献3〜5に記載の光路切替方式においては制御光を照射しても信号光のビーム断面形状はほぼ円形に保たれる。そこでこの方式を以下「丸ビーム方式」と呼ぶ。
【0005】
本発明者の一部他は、液状の光応答性組成物を充填した光学セルに、前記光応答性組成物が感応する波長の制御光を照射し、制御光とは異なる波長帯域にある信号光の透過率および/または屈折率を可逆的に変化させることにより、前記光学セルを透過する前記信号光の強度変調および/または光束密度変調を行う光制御方法であって、前記制御光および前記信号光を各々収束させて前記光学セルへ照射し、かつ、前記制御光および前記信号光のそれぞれの焦点近傍の光子密度が最も高い領域が前記光学セル内の前記光応答性組成物中において互いに重なり合うように前記制御光および前記信号光の光路をそれぞれ配置し、前記光学素子中の前記光応答性組成物を透過した後、発散していく信号光光線束を、前記信号光の収束手段よりも小さい開口数の凸レンズまたは凹面鏡で受光することによって、前記強度変調および/または光束密度変調を強く受けた領域の信号光光線束を分別して取り出すことを特徴とする光制御方法を発明した(特許文献6参照)。特許文献6にも、溶剤の屈折率および粘度の温度特性に関する記述はない。特許文献6には、光学セルの2枚のガラス板とスペーサーにより構成される扁平直方体型空間に色素溶液が満たされた形態の熱レンズ形成素子が記載されているが、この素子の向きを重力の方向に対して変化させた場合の熱レンズ効果の変動に関しては全く記述されていない。
【0006】
本発明者の一部他は、液状の光応答性組成物を充填した光学セルを熱レンズ形成素子と呼び、前記光応答性組成物が感応する波長の制御光を吸収する色素溶液の溶剤として、160℃以上における粘度が0ないし3mPa・sであり、かつ、160℃における粘度の値で、40℃における粘度の値を除した値が1以上、6以下である溶剤を用い、更に、光学セルの形態として前記色素溶液を入射信号光の光軸を中心軸とする円柱またはその円柱に外接するN角柱(Nは4以上の整数)の形状の第1の空間内に充填して制御光吸収領域とし、前記第1の空間を溶液導入路および堰を介して第2の空間に接続させ、この第2の空間には前記色素溶液および不活性気体の気泡14が充填されている構造を開示した(特許文献7参照)。特許文献7の熱レンズ形成素子(光学セル)においては、光学セルの色素溶液注入孔に蓋を接着剤で接着し色素溶液を封止する方式が開示されているに過ぎない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3809908号明細書
【特許文献2】特許第3906926号明細書
【特許文献3】特開2007−225825号公報
【特許文献4】特開2007−225826号公報
【特許文献5】特開2007−225827号公報
【特許文献6】特許第3504076号明細書
【特許文献7】特開2009−175164号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、熱レンズ形成素子の光学セルへ色素溶液を注入した後、注入孔に蓋を接着する方式を廃し、接着剤層を溶剤分子、酸素分子、水分子が透過する可能性を排除することを目的とする。
【0009】
本発明は、また、熱レンズ形成素子の光学セルの形状を単純化して製造コストを低減させることを目的とする。
【0010】
本発明は、更に、熱レンズ形成素子の向きを重力の方向に対して変えた場合の熱レンズ効果の変動を最小化することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、以下の特徴を有する。
【0012】
(1)信号光の波長の光を吸収せず、制御光の光を吸収する色素を溶剤に溶解させた色素溶液を充填した光学セルを備える熱レンズ形成素子であって、
前記光学セルは、少なくとも制御光が焦点を結ぶように配置された制御光吸収領域を有し、
前記制御光吸収領域の形状は、合計4つの当該平面について互いに平行な2つの外側平面および2つの内側平面、を有する角型断面中空管であって、前記互いに平行な2つの外側平面および2つの内側平面はともに、前記制御光が照射されず前記信号光が直進する場合の光軸に対して垂直であり、前記互いに平行な2つの外側平面および2つの内側平面の大きさは、前記制御光および信号光の入射する領域および直進または光路切替されて出射する信号光が通過する領域において平面である大きさであり、前記角型断面中空管の両端はその素材の融点において溶融封止されており、前記制御光吸収領域には、前記制御光吸収領域が吸収する波長帯域から選ばれる波長の制御光と、前記制御光吸収領域が吸収しない波長帯域から選ばれる波長の信号光とが各々収束されて照射され、かつ前記制御光および前記信号光の各々の収束点の位置が同一または相異なるように照射され、前記制御光吸収領域が前記制御光を吸収した領域およびその周辺領域に起こる温度上昇に起因して可逆的に形成される屈折率の分布に基づいた熱レンズが形成され、
前記制御光が照射されず熱レンズが形成されていない場合は前記収束された信号光が通常の開き角度と直進方向で出射する状態と、
前記制御光および前記信号光の各々の収束点の位置が同一になるよう制御光が照射されて熱レンズが形成される場合は前記収束された信号光が通常の開き角度よりも大きい開き角度で出射する状態、または、前記制御光および前記信号光の各々の収束点の位置が相異なるよう制御光が照射されて熱レンズが形成される場合は前記収束された信号光が通常の開き角度と異なる開き角度と直進方向とは異なる方向で出射する状態とを、
前記制御光の照射の有無に対応させて実現させること
を特徴とする熱レンズ形成素子である。
【0013】
(2)前記溶剤の160℃以上における粘度が0ないし3mPa・sであり、かつ、前記溶剤の160℃における粘度の値で、前記溶剤の40℃における粘度の値を除した値が1以上、6以下である上記(1)に記載の熱レンズ形成素子である。
【0014】
(3)前記2つの平面部分に挟まれた前記色素溶液の厚さが200μmないし500μmである上記(1)または(2)に記載の熱レンズ形成素子である。
【0015】
(4)前記角型断面中空管の2つの内側平面の幅Dが200〜500μmであり、前記角型断面中空管内の一端に充填された色素溶液の液柱の長さMが1〜15mmである上記(1)または(2)に記載の熱レンズ形成素子である。
【0016】
(5)前記角型断面中空管が石英ガラスからなる上記(1)または(2)に記載の熱レンズ形成素子。
【0017】
(6)前記角型断面中空管の管壁の厚さが50μmないし500μmである上記(1)または(2)に記載の熱レンズ形成素子である。
【0018】
(7)前記角型断面中空管内の一端には色素溶液が1本の液柱として気泡無しに存在し、他端には1つの気泡が前記色素溶液の液柱に接して存在する上記(1)に記載の熱レンズ形成素子である。
【0019】
(8)前記気泡の室温における圧力が0.4ないし0.7気圧であり、
同圧力が0.4ないし0.5気圧のとき、前記気泡の体積が、前記角型断面中空管容積の20%以上、60%以下であり、
同圧力が0.6気圧のとき、前記気泡の体積が、前記角型断面中空管容積の25%以上、60%以下であり、
同圧力が0.7気圧のとき、前記気泡の体積が、前記角型断面中空管容積の40%以上、60%以下、である上記(7)に記載の熱レンズ形成素子である。
【0020】
(9)前記1つの気泡を構成する気体中の酸素濃度が0.5ppm以下、0ppm以上である上記(7)に記載の熱レンズ形成素子である。
【0021】
(10)前記角型断面中空管の表面に屈折率1.2ないし1.4の透明有機高分子膜からなる厚さ10nmないし200μmの無反射コート膜を有する上記(1)または(2)に記載の熱レンズ形成素子である。
【0022】
(11)少なくとも、熱レンズ形成素子の角型断面容器として用いられる石英ガラス製角型断面中空管のためのプリフォームを、合計4つの当該平面について互いに平行な、2つの外側平面および2つの内側平面を有する角型断面中空管に変形させる工程と、
前記角型断面中空管の一端を封じる工程と、
信号光の波長の光を吸収せず、制御光の光を吸収する色素を溶剤に溶解させた色素溶液を調製する工程と、
一端を封止した前記角型断面中空管の内部に前記色素溶液を注入する工程と、
前記色素溶液を注入した後、前記角型断面中空管の色素溶液が注入されていない空間を真空にした後、接着剤で仮封止する工程と、
前記色素溶液が注入された角型断面中空管の、色素溶液が存在しない位置において前記角型断面中空管の一端を加熱溶融封止する工程と、
を有する熱レンズ形成素子の製造方法である。
【発明の効果】
【0023】
制御光の出力30mW以下という小さいパワーで、リングビーム方式の場合1ミリ秒未満、丸ビーム方式の場合10ミリ秒未満の高速な応答速度で熱レンズ効果を発揮する熱レンズ形成素子を低い製造コストで実現することができる。また、素子の向きを重力方向に対して変化させても、熱レンズ効果の変動が少ない熱レンズ形成素子を提供することができる。更に、−40〜85℃の温度範囲で使用可能な熱レンズ形成素子を提供することができる。更にまた、実使用条件において5年以上、熱レンズ形成性能を維持するとこのできる熱レンズ形成素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の実施の形態1における熱レンズ形成素子の断面の概略構成図である。
【図2a】本発明の実施の形態1における熱レンズ形成素子の断面の概略構成図であり、断面が正方形の場合である。
【図2b】本発明の実施の形態1における熱レンズ形成素子の断面の概略構成図であり、断面が長方形の場合である。
【図3】本発明の実施の形態1における熱レンズ形成素子用角型断面中空管への色素溶液の充填工程を説明するための概略工程図である。
【図4】本発明の熱レンズ形成素子を用いた光路切替装置の一例の概略構成図である。
【図5】本発明の熱レンズ形成素子を用いた光路切替装置の一例の概略構成図である。
【図6】本発明の熱レンズ形成素子に用いられる溶剤#1の質量分析ガスクロマトグラムである。
【図7】本発明の熱レンズ形成素子に用いられる溶剤#1の屈折率・温度依存性を表すグラフである。
【図8】比較例に用いられる溶剤#2の屈折率・温度依存性を表すグラフである。
【図9】溶剤#1および溶剤#2の粘度・温度特性を表すグラフである。太い線が溶剤#1、細い線が溶剤#2の特性を示している。
【図10a】本発明の熱レンズ形成素子を出射した信号光ビームの断面形状と制御光パワーの対応を示す図であって、制御光を照射しない場合の信号光ビーム(ガウス分布の丸ビーム)断面である。
【図10b】本発明の熱レンズ形成素子を出射した信号光ビームの断面形状と制御光パワーの対応を示す図であって、制御光パワー2.2mWを照射した場合の信号光ビーム断面である。
【図10c】本発明の熱レンズ形成素子を出射した信号光ビームの断面形状と制御光パワーの対応を示す図であって、制御光パワー4.3mWを照射した場合の信号光ビーム断面である。
【図10d】本発明の熱レンズ形成素子を出射した信号光ビームの断面形状と制御光パワーの対応を示す図であって、制御光パワー7.6mWを照射した場合の信号光ビーム断面である。
【図11】オシロスコープで観察した制御光および信号光の波形を表した図である。
【図12】オシロスコープで観察した制御光および信号光の波形を表した図である。
【図13】制御光を断続する周波数と光路切替された信号光の強度(振幅)の関係を表した図である。
【図14】制御光を断続する周波数と光路切替された信号光の強度(振幅)の関係を表した図である。
【図15】本発明および比較例の熱レンズ形成素子を用いた丸ビーム方式光路切替装置における変更角と制御光パワーの関係を表した図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図1〜図15の図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。なお、図1(b)は図1(a)のA−A’線に沿った断面図であり、図2aおよび図2bは図1(b)のB−B‘線に沿った断面図である。
【0026】
(実施の形態1)
図1(a)〜図1(b)は本発明の実施の形態1に係る熱レンズ形成素子1の一例の概略構成図である。
【0027】
熱レンズ形成素子の構成:
[角型断面中空管]
本発明の熱レンズ形成素子1に用いられる、合計4つの当該平面について互いに平行な2つの外側平面および2つの内側平面を有する角型断面中空管の材質は石英ガラスが好適に用いられる。
【0028】
前記角型断面中空管の管壁を構成する石英ガラスの板材の厚さSは100μmないし500μmが好適である。石英ガラスの板材の厚さSが100μmよりも薄いと、強度不足で加工時に破損し易くなる。一方、石英ガラスの板材の厚さが500μmよりも厚いと、収束しながら入射する信号光あるいは拡散・変更しながら出射する信号光のビーム形状が屈折の影響で劣化する度合い、すなわちビーム断面形状の円からの乖離が大きくなり好ましくない。
【0029】
前記角型断面中空管の寸法は加工上の制約、内部に注入される色素溶液の液柱の長さの制約、および、熱レンズ効果の大きさ、との関係で最適な大きさが決定される。
【0030】
まず、加工上の制約として、外側平面の幅1mm以下の前記角型断面中空管の末端を石英ガラスの融点約170℃において加熱溶融によって封止する場合、内部の色素溶液の端部と溶融封止部分の距離Hは最小10mmであり、上限については加工上の制限はなく、産業上の利用の観点からはできるだけ短いことが好ましく、15mm以内であれば好適である。一方、前記角型断面中空管の寸法は加工上の制約、内部に注入される色素溶液の液柱の長さMは、最小1mm、最長15mm程度であることが好ましい。液柱の長さMが1mmよりも短いと、信号光および制御光の通過する平面部分が、前記角型断面中空管の溶融封止端面の形状の影響を受けるおそれがある。液柱の長さMには特に上限はないが、色素溶液充填操作上、最長15mmよりも短いことが好ましい。したがって、前記角型断面中空管の一方の端に色素溶液の液柱を一端に寄せて5ないし10mmの長さで充填した場合、前記角型断面中空管の全長は20ないし25mmである。
【0031】
一方、熱レンズ形成素子1に用いられる前記角型断面中空管の内側平面2つの間隔、すなわち、色素溶液の厚さ(光路長d)は、熱レンズ形成および消滅の応答速度の観点から最適な大きさが決定される。すなわち、制御光吸収領域における熱レンズ形成をできるだけ効果的に行うには、特定の領域にある程度の熱エネルギーが蓄積される必要がある。例えば、ガラス基板に色素薄膜を真空蒸着によって直接形成した場合には、制御光を収束照射しても発生した熱は瞬時に拡散してしまうため、検知できるような熱レンズ効果は起こらない。後述の色素溶液を用い、制御光および信号光が進行する色素溶液の厚さを変えて、熱レンズ効果の大きさを調べた結果、色素溶液の厚さ(光路長d)は200μmないし500μmが好適であることが判った。色素溶液の厚さを200μmよりも薄くすると、制御光パワーを大きくしても、熱の拡散による損失が支配的となって、大きな熱レンズ効果は得られない。また、色素溶液の厚さを500μmよりも厚くしても熱レンズ効果の大きさは変わらなくなり、反面、色素溶液内を信号光ビームが入射面・出射面に対して斜めに、あるいは、拡散しながら長距離進行することによる、出射後の信号光ビームの形状劣化の度合いが大きくなり、好ましくない。なお、以上の実験において「熱レンズ効果の大きさ」は、リングビーム方式の場合、出射信号光断面のリングの大きさとして、また、丸ビーム方式の場合、熱レンズ形成素子を出射する信号光の光路切替角度の大きさとして明確に検知・比較可能である。
【0032】
また、熱レンズ形成素子1に用いられる前記角型断面中空管の内側平面の幅Dは、平面部分に収束されて入射する制御光および信号光のビーム径、および、広がりながら出射する信号光のビーム径、および、光路が変更されて出射する信号光のビーム径と出射位置から規定される。なお、信号光は角型断面中空管の内側平面6または7に内接する円9(その直径Q=D)の中心を通過するものとする。具体的には、熱レンズ形成素子1に入射する前記信号光および制御光のビーム直径の大きい方をRとしたとき、前記角型断面中空管の内側平面の幅Dの最小値は、前記大きい方のビーム直径Rの2倍程度であれば良い。幅Dの最小値または長さMの最小値が2Rよりも小さいと、広がりながら出射する信号光が、前記角型断面中空管の内側平面に直交する内側側面に遮られる可能性がある。ビーム直径Rが最も大きくなるのは、マルチモードファイバーからの出射光をコリメートした平行光を信号光または制御光として入射させる場合であって、Rは100μm前後である。すなわち、2RすなわちDの最小値は200μmである。
【0033】
前記角型断面中空管の内側平面の幅Dは、前記角型断面中空管の管壁を構成する石英ガラスの強度上の制約を受け、当該石英ガラスの板材の厚さSの2倍を超えると破損し易くなる。厚さSが100μmの場合、信号光または制御光ビームの制約、すなわちDは200μmとすると前記2つの制約を同時に満足する。厚さSが200〜250μmの場合、Dの最大値は400〜500μmであり、強度的にも信号光または制御光ビームの透過上にも好適である。
【0034】
以上まとめると、熱レンズ形成素子1に用いられる前記角型断面中空管の寸法上の好ましい実施の形態は次の通りである:
(1)前記角型断面中空管の管壁の厚さS: 200〜250μm
(2)前記角型断面中空管の内側平面の幅D: 400〜500μm
(3)前記角型断面中空管の外側平面の幅D: 800〜1000μm
(4)前記角型断面中空管の内側平面2つの間隔d: 200〜500μm
(5)前記角型断面中空管の内部の一端に注入される色素溶液の液柱の長さM:
1〜15mm
(6)内部の色素溶液の端部と溶融封止部分の距離H: 10〜15mm。
【0035】
[角型断面中空管の製造]
公知の方法によって製造された角型断面中空管のプリフォームを公知の方法によって溶融延伸・冷却することによって、本発明の熱レンズ形成素子1に用いられる角型断面中空管3を製造することができる。前記角型断面中空管の寸法上の好ましい実施の形態は前述の通りである。
【0036】
信号光が通過する角型断面中空管の4つの面(2つの外側平面4,5および2つの内側平面6,7)の平行度および平滑性については、次のような公差を満足することが好ましい。なお、X,Y,Z軸は以下のように定義する。
【0037】
X軸: 角型断面中空管の長軸方向
Y軸: 信号光が通過する角型断面中空管の4つの面に平行で、角型断面中空管の長軸に直交
Z軸: 角型断面中空管の4つの面4,5,6,7を垂直に通過する信号光の方向
(1)平滑性: 波長(λ)980〜1600nmの光についてλ/4
(2)Z軸に対するX軸方向の角度ずれ: 1度以下、好ましくは0.5度以下
(3)Z軸に対するY軸方向の角度ずれ: 1度以下、好ましくは0.5度以下
【0038】
[角型断面中空管の切断および洗浄]
熱レンズ形成素子1の長軸方向の長さ(H+M)は、例えば、色素溶液の液柱の長さMが10mmの場合、20〜25mmである。この長さの熱レンズ形成素子1を製造するためには、後述の工程で失われる部分の長さを補って、予め、長さ(H+M)の2ないし3倍の長さ(具体的には50〜80mm)に、角型断面中空管の切断を行うことが好ましい。角型断面中空管の切断は公知の方法で行うことができる。切断の際に発生する破片が、角型断面中空管内部に入ることがあるので、切断後、角型断面中空管の内部および外部を公知の洗浄用溶剤で洗浄し、洗浄後、乾燥させる。
【0039】
[角型断面中空管の一端封止と真空乾燥]
角型断面中空管の一端をバーナーで加熱溶融し、封止する。封止部分を光学顕微鏡で拡大して観察し、ピンホールが残っていないことを確認することが好ましい。バーナーの燃焼ガス中の水分が溶融封止した角型断面中空管内部に結露することがあるので、一端封止した角型断面中空管を、適当な密閉可能な真空容器(図示せず)に入れ、例えば80℃以上に加熱しながら真空乾燥する。真空乾燥チャンバー内部の圧力が3×10−4Pa未満に到達すれば、乾燥は充分である。
【0040】
[角型断面中空管への溶液注入]
色素溶液への水分および酸素の悪影響を避けるため、色素溶液の調整および以下の注入工程は、次のような条件を満足するグローブボックス(図示せず)内で実施することが好ましい。
(1)酸素濃度0.5ppm未満
(2)水分濃度0.5ppm未満(露点温度−80℃以下)
【0041】
前記密閉可能な真空容器(図示せず)をパスボックスを通じて前記グローブボックス内部へ入れてから、真空乾燥が済んだ一端封止角型断面中空管8を取り出す。一端封止角型断面中空管8の内部へ溶液注入管20を、その先端が一端封止角型断面中空管8の封止端に届くまで挿入し、溶液注入管20を通じて、色素溶液を注入する。色素溶液の注入量は、溶液注入管20を引き抜いた後で、色素溶液の液柱の長さが1〜15mmになるように調整する。
【0042】
[角型断面中空管の一端仮封止]
溶融封止端側に色素溶液が注入された一端封止角型断面中空管8を硬化に1時間以上を要する接着剤であって、後述の圧力まで減圧した際に揮発する成分のない接着剤を入れた容器の中に入れ、これを適当な真空チャンバー(例、前記パスボックス)に入れて、例えば圧力を0.4気圧に保ち、接着剤が硬化するのを待つ。接着剤としては、例えば、揮発成分のないエポキシ接着剤を好適に用いることができる。接着剤の使用量は一端封止角型断面中空管8の開放端を仮封止するに最小限の量、例えば50〜100mgが好ましく、接着剤を入れる容器の大きさは、例えば、高さ10〜20mmで、一端封止角型断面中空管8を縦に支えるのに充分な大きさであり、断面は、一端封止角型断面中空管8を挿入するのに必要最小限な大きさ、例えば、直径2〜3mmの円形であれば良い。
【0043】
[角型断面中空管の他端封止]
前記接着剤が硬化し、一端封止角型断面中空管8の仮封止が完了した後、一端封止角型断面中空管8をグローブボックス・前記真空チャンバーから取り出し、色素溶液充填部分を上にしてつり下げ、色素溶液の存在しない部分をガスバーナーで溶融封止する。溶融封止を必要最小限の大きさのバーナー炎を用い、1秒以内で行うことで、内部の色素溶液に影響を与えること無しに、石英ガラスの溶融封止を完了することができる。両端が封止されて完成した本発明の熱レンズ形成素子1の封止状態の完全性を確認するため、熱レンズ形成素子1の重量(10〜数十ミリグラム)をμg単位で精密に測定した後、例えば、85℃において1000時間、加熱を継続した後、重量を精密に測定した。その結果、重量変化が±2μg以内であることが確認され、封止が完全であることが判った。
【0044】
[無反射コート]
空気の屈折率1.00に対し本発明の熱レンズ形成素子1の前記角型断面中空管の材質・石英ガラスの屈折率は可視光領域から波長1.5μmの赤外線領域において1.46ないし1.44であり、したがって、無反射コートを行わないと、外側平面4または5へ垂直入射する信号光または制御光について4〜5%の反射ロスが発生するため、使用する信号光および制御光の波長に対応した無反射(AR)コートを行うことが推奨される。ARコートとしては公知のものを使用することができる。例えば、使用する信号光および制御光の波長に対応した誘電体多層膜や空気と石英ガラスの屈折率の中間の値の屈折率を有する透明有機高分子膜を使用することができる。ただし、透明有機高分子膜を熱レンズ形成素子1の表面に形成する真空プロセスは通常、バッチ処理で生産性が低く、また、高温に曝されるため、色素溶液を充填する前にARコートを行う必要があり、その際、熱レンズ形成素子1の前記角型断面中空管内部が汚染されないよう、例えば、前記角型断面中空管の両端を仮に溶融封止し、色素溶液を注入する前に一端を開放する、などの工程を追加する必要が生ずる。これに対し、透明有機高分子を適当な揮発性溶剤に溶解した溶液を熱レンズ形成素子1の表面にディッピング法などで塗工、乾燥してARコート層を形成する方法は、熱レンズ形成素子1の前記角型断面中空管内部に色素溶液を注入し、両端を溶融封止してからARコートが可能であり、製造プロセスを合理化可能である。透明有機高分子の屈折率は可視光領域から波長1.5μmの赤外線領域において1.2ないし1.4であることが好ましい。更に好ましくは屈折率1.35程度が好適である。屈折率が前記の範囲よりも小さくても、大きくても、反射ロスの低減効果が小さくなる。透明有機高分子溶液の具体例としては、有機フッ素樹脂「サイトップ(CYTOP)」(登録商標)(旭硝子株式会社製)をフッ素系溶剤に溶解した溶液を好適に使用することができる。この高分子膜の屈折率は1.34である。塗工によるARコート膜の膜厚は10nmないし200μmであることが好ましい。これよりも薄いと塗膜にピンホールができるおそれがある。また、これよりも厚い膜を塗工法で作成すると、膜厚のムラが発生し易くなる。なお、ARコート膜の厚さを100μmないし200μmとすると、非常に薄い石英ガラスからなる、本発明の熱レンズ形成素子1の平面部分を補強し、耐衝撃性を高めることもできる。
【0045】
[色素溶液]
本発明における色素溶液は、信号光の波長の光を吸収せず、制御光の光を吸収する色素を溶剤に溶解させたものである。
【0046】
[色素]
本発明の熱レンズ形成素子に用いられる色素は以下のような過酷な要件を満足しなければならない。
【0047】
(A)制御光の吸収波長帯域の収束レーザーの照射に2千時間以上、可能であれば数万時間以上耐えること。
(B)制御光の吸収波長帯域の収束レーザーの収束位置における200℃を超える温度上昇に2千時間以上、可能であれば数万時間以上耐えること。
(C)制御光吸収波長帯域の収束レーザーの照射および温度上昇によって分解物、反応生成物、あるいは会合体などの固体粒子を形成しないこと。
(D)信号光の波長帯域において光吸収や光散乱を起こさないこと。
【0048】
色素の具体例としては、信号光波長980〜2000nmの場合、制御光波長の帯域に応じて、以下のような溶剤可溶性フタロシアニン誘導体を好適に用いることができる。
・650〜670nm:1,5,9,13−テトラ−tert−ブチル銅フタロシアニン、
・685〜715nm:1,5,9,13−テトラ−tert−ブチルオキシバナジウムフタロシアニン、
・730〜830nm:2,11,20,29−テトラ−tert−ブチルオキシバナジウムナフタロシアニン、
・840〜890nm:5,9,14,18,23,27,32,36−オクタ−n−ブトキシ−2,3−銅ナフタロシアニン。
【0049】
[溶剤]
本発明の熱レンズ形成素子に用いられる溶剤は以下のような複数の要件を満足しなければならない。
【0050】
[1]本発明の熱レンズ形成素子に用いられる色素を適切な濃度で安定に溶解すること。
[2]信号光および制御光レーザーの照射に2千時間以上、可能であれば数万時間以上耐えること。
[3]信号光および制御光レーザーの収束位置における200℃を超える温度上昇に2千時間以上、可能であれば数万時間以上耐えること。
[4]信号光および制御光レーザーの照射および温度上昇によって分解物、反応生成物、あるいは会合体などの固体粒子を形成しないこと。
[5]信号光の波長帯域において光吸収や光散乱を起こさないこと。
[6]制御光レーザーの収束位置における光吸収に伴う発熱・温度上昇に敏感に応答し、温度1℃の変化当たりの屈折率変化として0.0004以上を示すこと。
【0051】
[溶剤の融点と沸点]
熱レンズ形成素子としての利用分野を広くするためには、使用可能温度範囲が広範であることが好ましい。例えば、光通信の分野で活用するには−40℃から85℃の温度範囲で支障なく稼働することが要求される。溶剤の融点が−40℃未満であれば、このような低温域の要求に応えることができる。また、制御光が照射されていない状態において、すでに85℃に到達している場合、熱レンズ形成素子としての機能を充分に発揮するためには、制御光照射部の温度が200℃以上、可能であれば300℃程度まで到達しても色素溶液が液体状態である必要がある。すなわち、本発明の熱レンズ形成素子に用いられる溶剤の沸点は、200℃以上、可能であれば300℃を超えることが好ましい。溶剤成分の化学構造は単一である必要はなく、混合物であって良い。
【0052】
本発明の熱レンズ形成素子に好適に用いられる溶剤として、次に示す構造異性体4成分(分子量は同一)の混合溶剤が推奨される。この溶剤を以下「溶剤#1」と呼ぶ。
・第1成分:1−フェニル−1−(2,5−キシリル)エタン
・第2成分:1−フェニル−1−(2,4−キシリル)エタン
・第3成分:1−フェニル−1−(3,4−キシリル)エタン
・第4成分:1−フェニル−1−(4−エチルフェニル)エタン
【0053】
溶剤#1の質量分析ガスクロマトグラムを図6に示す。主ピーク4本とも、分子イオンピークの質量は210である。個々のピークと上記化学構造との対応については未解決であるが、分子量が同一の構造異性体混合物であることは明確である。
【0054】
溶剤#1の諸物性は以下の通りである。
・外観:無色透明液体
・臭気:弱い芳香臭
・沸点:290〜305℃
・融点:−47.5℃
・蒸気圧:0.067Pa (25℃)
・蒸気密度:7.2 (空気=1)
・比重(水=1):0.987
・水溶解度(20℃):水に溶けない。
・体積熱膨張率(25℃から85℃):約5%
【0055】
一方、沸点が300℃以上であって、前記フタロシアニン誘導体を良く溶解する溶剤として、アルキルナフタレン系の油拡散ポンプ用オイル「ライオンS」(ライオン株式会社)を挙げることができる。この溶剤を以下「溶剤#2」と呼ぶ。溶剤#2の体積熱膨張率(25℃から85℃)は約4%である。
【0056】
溶剤#1の替わりに溶剤#2を用いた熱レンズ形成素子は、熱レンズ効果は示すものの、リングビーム方式の場合、制御光パワーを同一で比較したとき、溶剤#1よりもリングのサイズが小さく、応答速度も遅くなることが判った。また、丸ビーム方式の場合、溶剤#1よりも変更角が小さく、応答速度も遅くなることが判った。
【0057】
このような溶剤の種類による熱レンズ効果の良否の原因を解明するため、以下のような検討を行った。
【0058】
[屈折率の温度変化の測定]
試料部温水循環式屈折率計NAR−2T型(株式会社アタゴ製)を用い、20℃から90℃までの屈折率を測定した。溶剤#1および溶剤#2の屈折率・温度変化の様子を図7および図8に各々示す。
【0059】
観察された屈折率の温度変化は、直線近似可能であり、200℃以上まで外挿しても特に問題ないと判断される。屈折率の温度変化係数は以下のように測定された。
・溶剤#1:−0.00048866
・溶剤#2:−0.00042963
すなわち、溶剤#1および溶剤#2の屈折率・温度変化係数の差はあるものの、さほど顕著なものではないことが判った。
【0060】
[粘度の温度変化の測定]
溶剤#1および溶剤#2の粘度・温度変化を測定・比較したところ、著しい相違があることを見出し、本発明に至った。
【0061】
粘度・温度変化の測定には、毛細管粘度計やヘプラー型落球式粘度計などの測定装置内に試料液体を入れ、全体を所定の温度まで加熱してから測定する方法の他、試料液体の温度のみを昇温し、回転式センサー、あるいは、音叉式センサーを液中に挿入して、温度とともに粘度を測定する方法がある。測定温度を150℃以上の高温にする場合、粘度計全体の温度を均一に加熱しながら測定操作を行うことが容易でないことから、試料液体のみ昇温する測定方法を採用することとした。回転式センサーを試料液体に挿入する方法は、センサーを沈める深さを正確に制御することが困難であること、および、昇温時のセンサーの温度を正確に測定することが困難であることから、熱容量の小さい、音叉式センサーを試料液体に一定深さで挿入し、共振周波数の変化から粘度を測定する方式にて測定することとした。測定装置として音叉振動式粘度計SV−10型(株式会社エー・アンド・デイ製造)を用い、JIS規格「粘度10」の標準液を用いて25℃前後の温度で校正してから、粘度・温度変化の測定を行った。なお、装置の仕様上、測定温度の上限は160℃とした。試料液体の量は100mlとし、マグネチックスターラー付ホットプレートにて、緩やかに攪拌しながら昇温速度5℃/分で加熱した。温度上昇に伴い試料液体の体積が膨張し、液面が上昇する。そこで、試料容器およびマグネチックスターラー付ホットプレートをラボジャッキの上に設置し、試料容器の高さを調整し、粘度計の音叉センサーと試料液面の位置関係を一定に保った。
【0062】
以上のようにして測定した溶剤#1および溶剤#2の粘度・温度特性を図9に示す。いずれの溶剤の場合も、室温から温度が上昇すると、粘度は急激に減少した後、100℃を超えたあたりから、減少の度合いが徐々に減じ、150℃以上では温度変化に対する粘度変化が緩慢になることが判る。また、図9において、溶剤#1(太い曲線)に比べ、溶剤#2(細い曲線)の温度に対する粘度変化が非常に大きいことが判る。このような粘度・温度特性の相違を定量的に表すため、室温よりも若干高い40℃における粘度の値(η1)を、160℃における粘度の値(η2)で除算した数値(η1/η2)を用いることとした。なお、潤滑油の分野では粘度・温度特性の数値表現として、40℃における粘度の値を、100℃における粘度の値で除算した数値が用いられている。室温から昇温開始して測定する際、温度上昇速度が安定し始める領域であることから低温側の代表温度として40℃を選定した。使用した粘度計の仕様の制約で、高温側の値として160℃の粘度を用いることとしたが、150℃以上では温度変化に対する粘度変化が緩慢になることから、熱レンズ効果に関連する高温側の代表値として意味があると判断される。測定誤差を考慮し、3回測定した結果を表1に示す。
【0063】
【表1】

【0064】
溶剤#1および溶剤#2について、η1/η2を比較すると、溶剤#1の40℃/160℃の粘度変化η1/η2は平均5.00であるのに対し、溶剤#2では同13.7と大きい。このような粘度・温度特性の相違を「熱レンズ形成」のプロセスに当てはめて考察すると、収束された制御光ビーム収束点(サイズは数μmのオーダー)で発生した熱で色素溶液の温度が上昇し、熱膨張と屈折率の減少が起こり、その領域が周辺に伝搬していく際、溶剤#1のように、室温近辺の粘度が比較的低く、温度上昇に伴う粘度変化も小さい場合、粘度、すなわち、溶剤分子間のズリ応力が小さく、「熱膨張の伝搬」(単なる熱伝導とは異なり、分子の移動を伴う現象)が円滑に進行するものと推測される。一方、溶剤#2のように室温近辺の粘度が比較的高く、温度上昇に伴う粘度変化は大きい場合、「熱膨張の伝搬」は近接する「低温状態の溶剤分子」との大きなズリ応力によって妨害され、通常の「熱伝導」で近接分子の温度上昇(すなわち分子の振動増大)が起きて、粘度が低下して初めて、「熱膨張の伝搬」が起こると考えられる。温度上昇に伴う屈折率の低下は、「体積膨張=密度の低下」に寄るところが大きいため、結果的に「体積膨張領域の伝搬が速い溶剤#1の方が、遅い溶剤#2よりも速く、屈折率低下領域=熱レンズ効果領域が広がる」と考察される。
【0065】
以上の観点から、種々の溶剤の粘度・温度特性を測定・比較し、熱レンズ効果の大きさおよび応答速度との比較を行った結果、特に優れた熱レンズ形成素子の色素溶液の溶剤の温度・粘度特性として、160℃以上における粘度が0ないし3mPa・sであり、かつ、前記溶剤の160℃における粘度の値η2で、前記溶剤の40℃における粘度の値η1を除した値η1/η2が1以上、6以下であることを見出した。160℃以上における好ましい溶剤の粘度は3mPa・s以下であり、下限については0mPa・sより大きい値であれば特に制約はない。160℃以上における粘度が3mPa・sを超えていると、溶剤#2の場合よりも更に熱レンズ形成特性が悪くなり、応答速度も遅くなり、熱レンズ形成素子としての実用性がなくなってしまう。溶剤の160℃における粘度の値η2で、前記溶剤の40℃における粘度の値η1を除した値η1/η2の上限6は、溶剤#1とほぼ同等の高い熱レンズ効果・応答速度を与える溶剤としての上限値であり、これを超えた場合は、制御光パワーを同一で溶剤#1と比較した場合、熱レンズ効果による光路切替角度が小さくなったり、応答速度が遅くなったりする。η1/η2の下限については1よりも大きい値であれば特に制約はない。
【0066】
以上のような粘度・温度特性を必須要件として、更に、先に列挙した溶剤の要求項目[1]〜[6]および「沸点200℃以上、融点−40℃以下」という制約を加えると、使用できる溶剤の種類は極めて限定される。具体的には先に詳しく説明した混合溶剤「溶剤#1」(図6に示す組成のもの)およびその組成を変化させたものを特に好適に使用することができる。
【0067】
[不活性気体の気泡]
本発明の熱レンズ形成素子1は図1(a)および図1(b)に示すように、一部平面化された角型断面中空管3の一端には色素溶液10が1本の液柱として気泡無しに存在し、他端には後述の不活性気体からなる1つの気泡11が前記色素溶液10の液柱に接して存在することを特徴とする。色素溶液が1本の液中として存在しているため、角型断面中空管の壁面と溶液の摩擦力によって、熱レンズ形成素子1に外部から衝撃を受けても、液中は分断されにくくなっている。
【0068】
不活性気体からなる1つの気泡11の角型断面中空管3の好適な長さHは、前述のように10〜15mmである。
【0069】
一方、不活性気体からなる1つの気泡11の体積Kが熱レンズ形成素子1の総内容積Tに占める気泡比率(K/T)は上記の液柱分裂の悪影響を避けるためには、小さいことが好ましい。また、熱レンズ形成素子1の温度が上昇した場合、色素溶液10の温度上昇による気泡11の圧縮および気泡11自体の温度上昇による気体の状態方程式に準拠した圧力上昇によって、気泡11の圧力は上昇する。ここで、熱レンズ形成素子1を構成する石英ガラスの厚さは100ないし500μmであるため、内部の圧力上昇によって破裂するおそれがある。熱レンズ形成素子1の温度上昇に伴う気泡11の圧力上昇を低減するためには、気泡比率K/Tは大きい方が好ましい。ここで、前述のように、熱レンズ形成素子1内の色素溶液10の端部と溶融封止部分との距離は最小10mmであるから、気泡比率K/Tは熱レンズ形成素子1の角型断面中空管の長軸方向の長さ(H+M)から式〔1〕によって計算される。
【0070】
[数1]
K/T = 10/(H+M) … 〔1〕
【0071】
室温を25℃、昇温時の温度を85℃(この温度は電気通信分野の電子部品の信頼性試験に広く用いられている)と仮定すると、この温度変化に伴う色素溶液10の体積熱膨張率は4ないし5%、更に100℃を超えて昇温した場合は10%程度であると推測される。液体の体積の圧力による変化は数メガパスカルの超高圧でないと観察されない程、小さいため、密閉容器内に気体と液体が共存する場合、液体の体積が熱膨張した分、気体の体積は圧縮される。室温時の気泡11の体積をV1、液体の体積をV3、昇温時の気泡11の体積をV2、液体の体積をV4、液体の体積膨張率をΔVとすると次の数式の関係がある。
【0072】
[数2]
V3=100−V1 … 〔2〕
[数3]
V4=V3×ΔV … 〔3〕
[数4]
V2=100−V4 … 〔4〕
【0073】
nを気体の分子数、Rを気体常数、室温T1における体積V1の気泡11の圧力をP1とし、昇温時温度T2における体積V2の気泡11の圧力をP2とすると、気体の状態方程式は以下の通りである。
【0074】
[数5]
P1×V1=n×R×T1 … 〔5〕
[数6]
P2×V2=n×R×T2 … 〔6〕
【0075】
したがって、気体の状態方程式から計算される、気泡11の圧力上昇倍率Fは次の式で計算される:
[数7]
F=P2/P1=(T2/T1)×(V1/V2) … 〔7〕
【0076】
以上から、室温時の気泡11の圧力を0.5気圧と仮定した場合の、温度上昇時の気泡11の圧力は、表2および表3のように試算される。
【0077】
【表2】

【0078】
【表3】

【0079】
すなわち、温度変化に伴う色素溶液10の体積熱膨張率が10%の場合であっても、気泡比率が20ないし60%であれば、室温における気泡11の圧力が0.5気圧のとき、昇温時の気泡11の圧力を、ほぼ大気圧以下に維持することが可能である。気泡比率が前記範囲よりも小さい場合は色素溶液充填部分の長さが、また、気泡比率が前記範囲よりも大きい場合は気泡部分の長さが、無駄に長くなり実用上、好ましくない。
【0080】
更に、室温における気泡11の圧力を0.4ないし0.8気圧とした場合の昇温時の気泡11の圧力を試算した結果を表4に掲げる。
【0081】
【表4】

【0082】
室温における気泡11の圧力を0.4気圧以下にすると、衝撃を受けた際に色素溶液の液柱が分断される危険性が高まる。また、室温における気泡11の圧力が0.7気圧を超え、0.8気圧に近づくと85℃まで昇温した場合、熱レンズ形成素子1が破裂する危険性が高まることが判る。更に、室温における気泡11の圧力に応じて、気泡比率の最適範囲は以下のように変化する。
0.4ないし0.5気圧のとき、20ないし60%、
0.6気圧のとき、25ないし60%、
0.7気圧のとき、40ないし60%。
【0083】
不活性気体の種類としては、ヘリウム、窒素、アルゴン、キセノンなどを好適に用いることができる。
【0084】
これら不活性気体で満たされた色素溶液充填装置を用い、酸素濃度計にて残留酸素濃度を測定しながら、熱レンズ形成素子1への色素溶液の注入と封止を行い、残留酸素濃度の異なる不活性気体からなる気泡11を有する熱レンズ形成素子1を複数作成した。色素溶液10としては、酸素分子の存在下、光照射すると一重項酸素による酸化分解を起こし易い色素として1,5,9,13−テトラ−tert−ブチル銅フタロシアニンを前記溶剤#1へ0.2重量%で溶解して用いた。この色素溶液は大気中で室内光の照射下、数日で色素の光酸化分解が急激に進行する。不活性気体からなる気泡11中の残留酸素が数ppmの場合、室温では、1,5,9,13−テトラ−tert−ブチル銅フタロシアニン溶液の吸収スペクトルはほとんど変化しない。しかしながら、85℃の加熱加速試験を行うと、残留酸素濃度が0.5ppm以下であれば、1万時間以上、色素の吸収スペクトルは変化しないが、残留酸素濃度が0.5ppmを超えた試料については、85℃数千時間で色素分解による吸光度の低下が確認された。残留酸素濃度の好ましい、理想的下限は、言うまでもなく0ppmである。現実的には0.5ppm以下であれば充分である。残留酸素濃度0.5ppm以下は、例えば市販の高純度アルゴンガスを使用することで、あるいは循環ガス再生装置を使用することで実現可能である。
【0085】
[リングビーム方式光路切替への応用]
図4は本発明の熱レンズ形成素子1を用いた、リングビーム方式光路切替装置の一例の概略構成図である。リングビーム方式光路切替装置の詳細は特許文献1に記載されている。概要として、入力側信号光・光ファイバー400から出射した入射信号光をコリメートレンズ40にてほぼ平行なビーム401に変換してダイクロミックミラー42を透過させ、更に集光レンズ43にて収束させ、収束光として熱レンズ形成素子1に入射させる。一方、制御光・光ファイバー410から出射した制御光をコリメートレンズ41にてほぼ平行なビーム411としてダイクロミックミラー42にて反射させ、信号光ビーム401と光軸を一致させ、更に集光レンズ43にて収束させ、収束光として熱レンズ形成素子1に入射させる。リングビーム方式光路切替装置および方法においては、制御光と信号光を同一光軸で熱レンズ形成素子の制御光吸収領域へ収束入射させ、更に、制御光および信号光双方の収束領域が重なり合い、前記制御光吸収領域の信号光入射側近傍に位置するよう、光学系が微調整される。こうすると、熱レンズ形成素子・制御光吸収領域の信号光入射側近傍へ収束入射した制御光は、前記制御光吸収領域において光吸収されながら進行し、吸収された光エネルギーは熱に変わり、色素溶液の熱膨張に伴う密度減少および屈折率の低下を引き起こし、光の進行方向に特定の形状の熱レンズを形成させる。このように前記制御光吸収領域に形成された熱レンズ内部に収束入射された信号光が広がりながら進行すると、入射時にはガウス分布であった信号光のビーム断面のエネルギー分布は、リング状に変換され、制御光が照射されていない場合の角度よりも大きな開き角度で、熱レンズ形成素子1から出射する。この出射信号光を、集光レンズ43よりも大きな開口数の受光レンズ44にて受光し、ほぼ平行なビームに変換してから、制御光が照射されず直進する場合の信号光・光路に45度の角度で設置され、制御光が照射されず直進する場合の信号光ビームが通過するのに充分な大きさの穴が設けられた穴付ミラー45に入射させると、制御光が照射されていない場合、信号光(直進信号光)421は直進し、結合レンズ46に入射し、収束され、直進出力側信号光・光ファイバー420に入射していく。一方、制御光が照射された場合は、熱レンズ効果によってリングビームに変換された信号光は、穴付ミラー45の穴の周辺で反射され、結合レンズ47にて収束され、光路切替信号光431として光路切替出力側信号光・光ファイバー430に入射していく。
【0086】
図10aから図10dに、信号光光源として波長1550nm、制御光光源として波長660nmのレーザーを用い、色素として1,5,9,13−テトラ−tert−ブチル銅フタロシアニンを溶剤#1に0.2重量%の濃度で溶解した溶液を本発明の熱レンズ形成素子1(光路長d=500μm)に充填した場合の出射信号光ビームの断面形状と制御光パワーの対応を示す。制御光を照射しない場合、図10aのように信号光のビーム断面はエネルギーがガウス分布の丸ビームである。制御光パワーを2.2mW、4.3mW、7.6mWと大きくすると、信号光のビーム断面は、各々図10b,図10c,図10dのように変化する。この場合、制御光パワーが4.3mWのとき、リングの形状および大きさが最適になり、同2.2mWではパワーが足りず「リングの開き具合」が不充分であり、同7.6mWでは制御光が強すぎて熱レンズの形状が乱れ、リングが多重に形成される。
【0087】
本発明の熱レンズ形成素子を用いた、リングビーム方式光路切替装置は、4ないし5mWという小さい制御光パワーで、制御光を照射しない場合のガウス分布・丸ビームと、制御光を照射した場合のリングビームの変換を行うことができる。
【0088】
本発明の熱レンズ形成素子を用いた、リングビーム方式光路切替装置の応答速度を調べるため、制御光パワーをデューティ比1:1(すなわち制御光光源点灯時間と消灯時間の比率1:1)で、周波数を変えて断続させ、それに対応する直進制御光の強度変化の波形をオシロスコープで観察した。図4において、熱レンズ形成素子1に入射する制御光(入射制御光)411の一部分を光検出器に導いてオシロスコープ上で測定した制御光の波形4110および制御光411の明滅に対応して光路切替された信号光(光路切替信号光)431を光検出器に導いてオシロスコープ上で測定した信号光の波形4310を図11および図12に示す。なお、図12の縦軸は図11の場合の3倍に拡大されている。また、制御光411を断続する矩形波の周波数を0.1kHzないし100kHzに設定し、そのときの制御光411の断続に対応する光路切替信号光431の波形4310の振幅Lを測定した結果を図13に示す。
【0089】
図11において制御光411(図4)を断続する矩形波の周波数500Hzであり、このときの信号光の断続に対応する信号光の波形4310の振幅Lを基準の1とすると、制御光411を断続する矩形波の周波数範囲0.2から2kHzにおいて、振幅Lは、ほぼ1であった。すなわち、応答速度250マイクロ秒で完全な光路切替が可能であることが確認された。
【0090】
更に周波数を高めた場合の例として、周波数20kHzにおける信号光の波形4310を図12に示す。図12から判るように熱レンズ効果による光路切替が完了しない内に制御光を消灯すると、信号光の波形はのこぎりの刃状になり、振幅Lは小さくなっていく。
【0091】
すなわち、熱レンズ効果の応答速度を超えると光路の切替は不完全になり、信号光の一部は光路切替されずに直進する。制御光411を断続する矩形波の周波数を2kHzから高めた場合の信号光の振幅Lは、図13に示すように漸減していく。
【0092】
本実施形態(図4に示す)の光路切替装置の耐久性を測定するため、信号光を連続光とし、一方、制御光を周波数数1kHzで、デューティ比1:1の矩形波断続光線として照射し、光路切替された信号光の強度振幅の時間を比較した。その結果、連続1万時間経過しても、信号光の強度振幅は減衰しなかった。
【0093】
[比較実施形態1]
溶剤#1の替わりに、温度を変えた場合の粘度変化が大きな溶剤#2を用いた他は溶剤#1を用いた場合と同様にして、図4に示す本発明の熱レンズ形成素子を用いた、リングビーム方式光路切替装置において制御光411を断続する矩形波の周波数を0.1kHzないし20kHzに設定し、そのときの制御光411の断続に対応する光路切替信号光431の波形4310の振幅Lを測定した結果を図14に示す。制御光411を断続する矩形波の周波数を20Hz(応答速度25ミリ秒)とした場合(図示せず)、信号光の振幅Lは1であるが、200〜500Hz(同2.5〜1ミリ秒)では同0.97に減じ、更に周波数を高めると信号光の振幅Lは、図14に示すように漸減していく。以上、まとめると、溶剤#2を用いた場合、熱レンズ形成素子の応答速度は溶剤#1の場合の4分の1以下に減ずることが判った。この原因は、先に詳細に述べたように、温度が上昇したとき、溶剤#2の粘度が下がりにくいため、信号光収束・吸収部分の温度上昇に伴う低密度・低屈折率領域の膨張が妨げられ、熱レンズの形成に時間を要するものと推定される。
【0094】
[丸ビーム方式光路切替への応用]
図5は本発明の熱レンズ形成素子1を用いた、丸ビーム方式光路切替装置の一例の概略構成図である。丸ビーム方式光路切替装置の詳細は特許文献3〜5に記載されている。概要として、入力側信号光・光ファイバー500から出射した入射信号光をコリメートレンズ50にてほぼ平行なビーム501に変換してダイクロミックミラー52を透過させ、更に集光レンズ53にて収束させ、収束光として熱レンズ形成素子1に入射させる。一方、制御光・光ファイバー510から出射した制御光をコリメートレンズ51にてほぼ平行なビーム511としてダイクロミックミラー52にて反射させ、更に集光レンズ53にて収束させ、収束光として熱レンズ形成素子1に入射させる。丸ビーム方式光路切替装置および方法においては、制御光と信号光を熱レンズ形成素子の制御光吸収領域へ収束入射させ、更に、制御光および信号光双方の収束領域中心点が30μm程度離れて重なり合い、前記制御光吸収領域の信号光入射側近傍に位置するよう、光学系が微調整される。こうすると、熱レンズ形成素子・制御光吸収領域の信号光入射側近傍へ、僅かに離れて収束入射した制御光は、前記制御光吸収領域において光吸収されながら進行し、吸収された光エネルギーは熱に変わり、色素溶液の熱膨張に伴う密度減少および屈折率の低下を引き起こし、光の進行方向に特定の形状の熱レンズを形成させる。このように前記制御光吸収領域に形成された熱レンズ内部に、異なる収束位置で収束入射された信号光が広がりながら進行すると、入射時のガウス分布の丸ビーム断面のエネルギー分布を保ちながら進行方向が変更され、制御光が照射されていない場合の直進方向から数度、光路が変更されて、熱レンズ形成素子1から出射する。この出射信号光を、受光レンズ54にて受光し、ほぼ平行なビームに変換し、制御光が照射されていない場合、信号光(直進信号光)521は直進し、結合レンズ56に入射し、収束され、直進出力側信号光・光ファイバー520に入射していく。一方、制御光が照射された場合は、熱レンズ効果によって丸ビームのまま光路が変更された信号光(光路切替信号光)531はミラー58を経由して、信号光(光路切替信号光)532として結合レンズ57に入射し、収束され、光路切替出力側信号光・光ファイバー530に入射していく。
【0095】
ここで、信号光光源として波長1550nm、制御光光源として波長660nmのレーザーを用い、色素として1,5,9,13−テトラ−tert−ブチル銅フタロシアニンを溶剤#1に0.1重量%の濃度で溶解した溶液を本発明の熱レンズ形成素子1(光路長500μm)に充填し、図5に示す丸ビーム方式光路切替装置に取り付け、光学系を調整した。制御光パワーを10.0mW,12.2mW,15.3mW,18.7mWとしたとき、熱レンズ効果によって丸ビームのまま変更された信号光531の変更角を、制御光が照射されていない場合に信号光が熱レンズ形成素子1を出射する点を原点とし、制御光が照射されていない場合の信号光出射方向を「0度」として測定した結果を図15に示す。制御光パワーを強くするにしたがい、変更角は9.3度、11.4度、12.8、13.7度と大きくなった。
【0096】
制御光パワーを15.5mWとし、光学系を調整して光路切替特性を最適化した結果、制御光の点灯−消灯に対応した直進信号光521および光路切替信号光532各々の消光比および挿入ロスは表5に掲げる通りであり、優れた光路切替特性を発揮した。なお、この測定の際、熱レンズ形成素子1の角型断面中空管の長軸、および、信号光の光軸は重力方向に直交する配置とした(図5において、熱レンズ形成素子1の角型断面中空管の長軸、および、信号光の光軸は紙面と平行であり、重力の方向は紙面上方から下方のZ軸マイナス方向である)。
【0097】
【表5】

【0098】
[比較実施形態2]
信号光光源として波長1550nm、制御光光源として波長660nmのレーザーを用い、色素として1,5,9,13−テトラ−tert−ブチル銅フタロシアニンを溶剤#2に0.1重量%の濃度で溶解した溶液を用いた他は本実施形態と同様にして、制御光パワーを10.0mW、12.2mW、15.3mW、18.7mWとしたとき、熱レンズ効果によって丸ビームのまま変更された信号光531の変更角は、各々、6.8度、7.8度、9.4度、10.3度と、図15に示すように、溶剤#1を用いた場合よりも明らかに小さくなった。溶剤の相違によって、同一制御光パワーを継続的に照射した場合に誘起される熱レンズ効果、すなわち熱レンズの大きさに大小ができたものと推測される。
【0099】
[熱レンズ素子の方位と光路切替特性]
図5に示すように、前記丸ビーム方式光路切替装置に載置された実施の形態1における熱レンズ形成素子1の合計4つの当該平面について互いに平行な、2つの外側平面および2つの内側平面を紙面に平行になるよう置き、角型中空管の中空断面中心を通る長軸を紙面に平行に「Y軸」とし、熱レンズ形成素子1の外側平面へ垂直に入射する信号光の進行方向を「X軸」とし、紙面に垂直に紙面から上に進む方向を「Z軸」と定義した。そこで、Z軸の正方向を重力と同じ方向に向けて前記丸ビーム方式光路切替装置を設置した場合を「Z−」、同、重力と逆方向に設置した場合を「Z+」、同様に、X軸の正方向を重力と同じ方向に向けて前記丸ビーム方式光路切替装置を設置した場合を「X−」、同、重力と逆方向に設置した場合を「X+」、Y軸の正方向を重力と同じ方向に向けて前記丸ビーム方式光路切替装置を設置した場合を「Y−」、同、重力と逆方向に設置した場合を「Y+」と表示し、各々の状態において、制御光を消灯−点灯した場合の光路切替信号光の消光比および挿入ロスを測定した結果を表6に掲げる。
【0100】
【表6】

【0101】
光路切替信号光の消光比の方位依存性は0.6dB以内、同挿入ロスの方位依存性は0.05dB以内であり、顕著な方位依存性は観察されなかった。
【0102】
[比較実施形態3]
比較実施形態3の熱レンズ形成素子(図示せず)は、「コイン型セル」と呼ばれるもので、厚さが500μmの石英ガラス板材を直径8mmの円盤状に加工した部材2枚(1枚には直径1mmの色素溶液注入孔を円盤の中心から離して設ける)および外径8mm、内径が6.5mmの石英ガラスパイプを高さが500μmになるよう切断・研磨した部材を順に重ね、融着加工することによって製造される。このコイン型光学セルの内部の、扁平な円筒型空間に、色素溶液および不活性気体の気泡(直径1mm程度)を封入し、色素溶液注入孔をエポキシ接着剤にて蓋(直径3mm、厚さ500μmの石英ガラス板材の円盤)で封印したものである。
【0103】
本比較実施形態3のコイン型熱レンズ形成素子を用いた以外は、実施の形態1の場合と同一の装置、色素、溶剤、調整・測定手順によって、信号光(および制御光)の光軸、すなわち、ビーム501が重力の方向に直交するよう装置の方位を設定して、制御光の波長660nm、強度15.5mW、信号光の波長1550nm、強度2mW、として、丸ビーム方式光路偏向装置に入射する信号光・光ファイバーから入射する信号光強度に対する、制御光の消灯・点灯に対応して出射する直進信号光521および光路切替信号光532の強度を測定・比較した。結果を表7に示す。
【0104】
【表7】

【0105】
表7を表5と比較して判るように、信号光の光軸、すなわち、ビーム501が重力の方向に直交するよう装置の方位を設定した場合については、比較実施形態3のコイン型熱レンズ形成素子は、本発明の実施の形態1の一部平面化円筒型熱レンズ形成素子1の場合に遜色ない光スイッチ特性を発揮する。
【0106】
ところが、信号光(および制御光)の光軸、すなわち、ビーム501を回転軸として、コイン型熱レンズ形成素子の方位がコイン型を形成する円盤の中心軸を中心に回転するよう、丸ビーム方式光路偏向装置の向きを45度ずつ変えて、上記の消光比を測定した。消光比の変動は大きく、1ないし2dBの変化が認められた。
【0107】
更に、コイン型の熱レンズ形成素子を構成する円盤状平面に平行で、信号光の光軸501に直交する方向を回転軸とし、丸ビーム方式光路偏向装置の向きを45度ずつ変えて、上記の強度比を測定した。強度比の変動は一層大きくなり、値の変動は最大±5dBに達した。
【0108】
以上の方位を変える測定において、装置の特定の方位で強度比の変動が特に大きくなる現象が数回観察され、信号光強度比の変動は一時的に±10dBに達した。これは、コイン型光学セル内に封印された不活性ガスの気泡が内部を自由に移動可能であるため、装置の方位を変える操作中に、制御光および信号光の光路をよぎったものと推測される。
【0109】
以上、本比較実施形態3が示唆するように、熱レンズ形成素子の光学セル内部が適度に仕切られていないと、色素溶液内部で温度が上昇した部分およびその周辺に引き起こされる「熱対流」が激しく起こり、素子の方位の変化にしたがって、熱レンズの形成に好ましくない影響を与える。一方、実施の形態1に詳しく記載したように、本発明の一部平面化円筒型熱レンズ形成素子1の内部空間は、対称性の高い、適度な大きさの空間(細長い円柱状)に仕切られているため、素子の方位が変化しても光スイッチ特性への影響を小さくすることができる。
【0110】
以上のように、本発明の熱レンズ形成素子は、熱レンズ形成素子の向きを重力の方向に対して変えた場合の熱レンズ効果の変動を極めて小さくすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0111】
本発明は、光通信分野および光情報処理分野において有効に用いることができる。
【符号の説明】
【0112】
1 熱レンズ形成素子、3 角型断面中空管、4,5 外側平面、6,7 内側平面、8 一端封止角型断面中空管、9 円、10 色素溶液、11 気泡、15,16,17 角型断面中空管封止部、20 溶液注入管、40,41,50,51 コリメートレンズ、42,52 ダイクロミックミラー、43,53 集光レンズ、44,54 受光レンズ、45 穴付ミラー、46,47,56,57 結合レンズ、58 ミラー、400 入力側信号光・光ファイバー、401 入射信号光(ビーム)、410 制御光・光ファイバー、411 入射制御光(ビーム)、420 直進出力側信号光・光ファイバー、421 直進信号光、430 光路切替出力側信号光・光ファイバー、431 光路切替信号光、500 入力側信号光・光ファイバー、501 入射信号光(ビーム)、510 制御光・光ファイバー、511 入射制御光(ビーム)、520 直進出力側信号光・光ファイバー、521 直進信号光、530 光路切替出力側信号光・光ファイバー、531,532 光路切替信号光、4110 制御光の波形、4310 信号光の波形。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
信号光の波長の光を吸収せず、制御光の光を吸収する色素を溶剤に溶解させた色素溶液を充填した光学セルを備える熱レンズ形成素子であって、
前記光学セルは、少なくとも制御光が焦点を結ぶように配置された制御光吸収領域を有し、
前記制御光吸収領域の形状は、合計4つの当該平面について互いに平行な2つの外側平面および2つの内側平面、を有する角型断面中空管であって、前記互いに平行な2つの外側平面および2つの内側平面はともに、前記制御光が照射されず前記信号光が直進する場合の光軸に対して垂直であり、前記互いに平行な2つの外側平面および2つの内側平面の大きさは、前記制御光および信号光の入射する領域および直進または光路切替されて出射する信号光が通過する領域において平面である大きさであり、前記角型断面中空管の両端はその素材の融点において溶融封止されており、前記制御光吸収領域には、前記制御光吸収領域が吸収する波長帯域から選ばれる波長の制御光と、前記制御光吸収領域が吸収しない波長帯域から選ばれる波長の信号光とが各々収束されて照射され、かつ前記制御光および前記信号光の各々の収束点の位置が同一または相異なるように照射され、前記制御光吸収領域が前記制御光を吸収した領域およびその周辺領域に起こる温度上昇に起因して可逆的に形成される屈折率の分布に基づいた熱レンズが形成され、
前記制御光が照射されず熱レンズが形成されていない場合は前記収束された信号光が通常の開き角度と直進方向で出射する状態と、
前記制御光および前記信号光の各々の収束点の位置が同一になるよう制御光が照射されて熱レンズが形成される場合は前記収束された信号光が通常の開き角度よりも大きい開き角度で出射する状態、または、前記制御光および前記信号光の各々の収束点の位置が相異なるよう制御光が照射されて熱レンズが形成される場合は前記収束された信号光が通常の開き角度と異なる開き角度と直進方向とは異なる方向で出射する状態とを、
前記制御光の照射の有無に対応させて実現させること
を特徴とする熱レンズ形成素子。
【請求項2】
前記溶剤の160℃以上における粘度が0ないし3mPa・sであり、かつ、前記溶剤の160℃における粘度の値で、前記溶剤の40℃における粘度の値を除した値が1以上、6以下であることを特徴とする請求項1に記載の熱レンズ形成素子。
【請求項3】
前記互いに平行な2つの内側平面に挟まれた前記色素溶液の厚さが200μmないし500μmであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の熱レンズ形成素子。
【請求項4】
前記角型断面中空管の2つの内側平面の幅Dが200〜500μmであり、前記角型断面中空管内の一端に充填された色素溶液の液柱の長さMが1〜15mmであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の熱レンズ形成素子。
【請求項5】
前記角型断面中空管が石英ガラスからなることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の熱レンズ形成素子。
【請求項6】
前記角型断面中空管の管壁の厚さが50μmないし500μmであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の熱レンズ形成素子。
【請求項7】
前記角型断面中空管内の一端には色素溶液が1本の液柱として気泡無しに存在し、他端には1つの気泡が前記色素溶液の液柱に接して存在することを特徴とする請求項1に記載の熱レンズ形成素子。
【請求項8】
前記気泡の室温における圧力が0.4ないし0.7気圧であり、
同圧力が0.4ないし0.5気圧のとき、前記気泡の体積が、前記角型断面中空管容積の20%以上、60%以下であり、
同圧力が0.6気圧のとき、前記気泡の体積が、前記角型断面中空管容積の25%以上、60%以下であり、
同圧力が0.7気圧のとき、前記気泡の体積が、前記角型断面中空管容積の40%以上、60%以下、であることを特徴とする請求項7に記載の熱レンズ形成素子。
【請求項9】
前記1つの気泡を構成する気体中の酸素濃度が0.5ppm以下、0ppm以上であることを特徴とする請求項7に記載の熱レンズ形成素子。
【請求項10】
前記角型断面中空管の表面に屈折率1.2ないし1.4の透明有機高分子膜からなる厚さ10nmないし200μmの無反射コート膜を有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の熱レンズ形成素子。
【請求項11】
少なくとも、熱レンズ形成素子の角型断面容器として用いられる石英ガラス製角型断面中空管のためのプリフォームを、互いに平行な2つの外側平面および2つの内側平面を有する角型断面中空管に変形させる工程と、
互いに平行な2つの外側平面および2つの内側平面を有する角型断面中空管の一端を封じる工程と、
信号光の波長の光を吸収せず、制御光の光を吸収する色素を溶剤に溶解させた色素溶液を調製する工程と、
一端を封止した互いに平行な2つの外側平面および2つの内側平面を有する角型断面中空管の内部に前記色素溶液を注入する工程と、
前記色素溶液を注入した後、前記角型断面中空管の色素溶液が注入されていない空間を真空にした後、接着剤で仮封止する工程と、
前記色素溶液が注入された角型断面中空管の、色素溶液が存在しない位置において前記角型断面中空管の一端を加熱溶融封止する工程と、
を有する熱レンズ形成素子の製造方法。

【図2a】
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【図2b】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10a】
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【図10b】
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【図10c】
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【図10d】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2012−155031(P2012−155031A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−12364(P2011−12364)
【出願日】平成23年1月24日(2011.1.24)
【出願人】(000002820)大日精化工業株式会社 (387)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(503442640)ヒメジ理化株式会社 (7)
【Fターム(参考)】