説明

熱処理方法、外側継手部材、及びトリポード型等速自在継手

【課題】高周波焼入れの移動焼入れでもって、大内径部に硬化層を形成することなく強度的に優れたトリポード型等速自在継手の外側継手部材を成形できる熱処理方法、このような熱処理方法で構成された外側継手部材及びトリポード型等速自在継手を提供する。
【解決手段】熱処理装置は、円周方向に向き合ったローラ案内面37,37と両ローラ案内面間に設けられた大内径部43からなるトラック溝36が内周の三箇所に形成される外側継手部材31に対して、高周波誘導加熱コイル56が相対的に軸方向に移動する移動焼入れにて、外側継手部材31のローラ案内面37,37に硬化層Sを形成する。大内径部43に対して冷却水を噴射して大内径部43の昇温を抑制する大内径部用冷却手段M1を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱処理方法、外側継手部材、及びトリポード型等速自在継手に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車や各種産業機械等の動力伝達装置に使用される等速自在継手には、その内側継手部材としてトリポード部材を用いたトリポード型等速自在継手がある。トリポード型等速自在継手は、例えば、図12と図13に示すように、外側継手部材1と、内側継手部材としてのトリポード部材2と、トルク伝達部材3とを備える。
【0003】
外側継手部材1は一端にて開口したカップ状のマウス部4と、このマウス部4の底壁から突設される軸部5とを備える。このマウス部4の内周面には、軸方向に延びる3本のトラック溝6が形成される。各トラック溝6の円周方向で向き合った側壁にローラ案内面(ローラ摺接面)7a、7aが形成される。
【0004】
トリポード部材2はボス8と脚軸9とを備える。ボス8にはシャフト(図示省略)とトルク伝達可能に結合するスプラインまたはセレーション孔11が形成してある。脚軸9はボス8の円周方向三等分位置から半径方向に突出している。
【0005】
この場合、トルク伝達部材3は、脚軸9の外周に複数の針状ころ22を介して回転自在に外嵌されるローラ20を備える。脚軸9の円筒形外周面14は針状ころ22の内側軌道面を提供する。ローラ20の内周面は円筒形で、針状ころ22の外側軌道面を提供する。
【0006】
針状ころ22は脚軸9の半径方向で見た外側の端面にてアウタ・ワッシャ24と接し、反対側の端面にてインナ・ワッシャ28と接している。アウタ・ワッシャ24は輪溝16に装着されたサークリップ26によって軸方向移動を規制されているため、結局、針状ころ22も軸方向移動を規制される。
【0007】
ところで、外側継手部材1のマウス部4の内径面は、円周方向に交互に現れる小内径部7bと大内径部7cをローラ案内面7aで接続した3弁の花冠状を呈している。すなわち、外側継手部材1は、円周方向に向き合ったローラ案内面7a,7aと両ローラ案内面7a,7a間に設けられた大内径部7cからなるトラック溝6が内周の三箇所に形成されるものである。
【0008】
一般的には、外側継手部材1のローラ案内面7aに対して熱硬化処理を施している。熱硬化処理として高周波焼入があり、高周波焼入には、定位置で熱処理するワンショット(一発)焼入法(特許文献1)と、コイルと外側継手部材が相対的に移動する移動焼入法(特許文献2)とに大別される。
【0009】
ワンショット焼入れは、図6に示すように、外側継手部材1の3つのトラック溝6にそれぞれ嵌入される加熱部17a、17a、17aを有する高周波誘導加熱コイル17を備えた高周波加熱装置を用いる。このため、ローラ案内面7aを継手軸方向全域にわたって一度に加熱急冷が可能となる。また、前記特許文献1では、大内径部7cの内面に硬化層を形成させないため、誘導コイルに非導電性のフェライトコアを装着している。このため、このような高周波加熱装置を用いることによって、図7に示すようにローラ案内面7aの表面にのみ硬化層Sを形成することができる。
【0010】
また、移動焼入法は、図8から図10に示す高周波加熱装置を用いる。この高周波加熱装置は、三つ葉のクローバ状に巻設されたコイル18と、このコイル18に付設される冷却ジャケット19とを備える。コイル18は、周方向に沿って約120°ピッチで配置される略三角形状の加熱部18a、18a、18aを備える。加熱部18aはローラ案内面7aに相対面する湾曲部20a、20aと、小内径部7bに対面する直線部20c、大内径部7cに対面する直線部20bとを有する。なお、冷却ジャケット19の形状はコイル18と同様の三つ葉のクローバ状である。
【0011】
この移動焼入法では、図9に示すように、コイル18及び冷却ジャケット19を外側継手部材1のマウス部4内を軸方向に沿って移動させる。この移動に伴って、加熱面(ローラ案内面7a、小内径7b及び大内径部7c)が加熱され、この加熱に追従して冷却ジャケット19から噴出する冷却水にてこの加熱面を急冷することになる。このため、図10に示すように、ローラ案内面7a、小内径7b及び大内径部7cが加熱硬化処理され硬化層Sが形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特公昭61−34481号公報
【特許文献2】実公平3−26335号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
一般的なワンショット(一発)焼入法では、一時に加熱して一時に冷却するので、薄肉部等においてひずみが発生しやすくカップ入口側、中央、奥側で比較した場合、焼入れ硬化層深さ差が生じ不均一となるデメリットがある。これに対して、移動焼入れは、生じるひずみを安定させたり、焼入れ硬化層深さを制御することで均一化させる効果がある。
【0014】
ところで、継手の機能を考慮すると、少なくともローラ案内面7aに硬化層が設けられていれば問題はない。しかしながら、移動焼入れを行えば、図10に示すように、ローラ案内面7a、小内径7b及び大内径部7cが加熱硬化処理され硬化層Sが形成される。
【0015】
外側継手部材1の外周にはブーツバンド締め付け溝10が形成されており、この部分の肉厚は薄い。このため、この薄肉部において、硬化層Sが外周側に抜けてしまう可能性があり、この部分が強度的に脆くなる可能性がある。このため、継手の小型化が困難になる等の設計自由度が制限されるというデメリットがあった。
【0016】
また、ローラ案内面7a、小内径7b及び大内径部7cが加熱硬化処理(焼入れ)されると、図11に示すように、焼入れによりマルテンサイトとなった領域が体積膨張する。このため、カップ内側では圧縮方向に応力が発生して仮想線で示すように縮み、それに伴いカップ外側では逆に引っ張り方向への応力が発生して仮想線で示すように膨らむ。これにより、外周部の疲労に対する強度が低下して、大内径を焼入しない一発焼入と比べて強度が低下するため板厚を厚くする必要があり、外側継手部材1の小型化が困難になる等の設計自由度が制限される。
【0017】
そこで、本発明は斯かる実情に鑑み、高周波焼入れの移動焼入れでもって、大内径部に硬化層を形成することなく強度的に優れたトリポード型等速自在継手の外側継手部材を成形できる熱処理方法、このような熱処理方法で構成された外側継手部材及びトリポード型等速自在継手を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の第1の熱処理方法は、円周方向に向き合ったローラ案内面と両ローラ案内面間に設けられた大内径部からなるトラック溝が内周の三箇所に形成される外側継手部材に対して、高周波誘導加熱コイルが相対的に軸方向に移動する移動焼入れにて、外側継手部材のローラ案内面に硬化層を形成するための熱処理方法であって、前記大内径部に対して冷却水を噴射して大内径部の昇温を抑制しつつ高周波誘導加熱コイルによる移動焼入れを行うものである。
【0019】
本発明の第1の熱処理方法によれば、大内径部に対して冷却水を噴射して大内径部の昇温を抑制することができる。このため、高周波誘導加熱コイルによる移動焼入れ時に、この部位(大内径部)においては、オーステナイト化温度まで上昇するのを防止できる。
【0020】
本発明の熱処理装置は、円周方向に向き合ったローラ案内面と両ローラ案内面間に設けられた大内径部からなるトラック溝が内周の三箇所に形成される外側継手部材に対して、高周波誘導加熱コイルが相対的に軸方向に移動する移動焼入れにて、外側継手部材のローラ案内面に硬化層を形成するための熱処理装置であって、大内径部に対して冷却水を噴射して大内径部の昇温を抑制する大内径部用冷却手段を備えたものである。
【0021】
本発明の熱処理装置によれば、大内径部用冷却手段にて大内径部に対して冷却水を噴射することができる。このため、高周波誘導加熱コイルによる移動焼入れ時に、この部位(大内径部)においては、オーステナイト化温度まで上昇するのを防止できる。
【0022】
前記大内径部用冷却手段は、前記大内径部の近傍に配置される大内径部用冷却ジャケットを備え、大内径部用冷却ジャケットには、前記大内径部に冷却水を噴射するための噴射口が開設されているもので構成できる。大内径部用冷却ジャケットが配置されたものであれば、このジャケットから大内径部に冷却水を安定して噴射することができる。
【0023】
前記高周波誘導加熱コイルにおける大内径部対応部に、前記大内径部用冷却ジャケットが配置される凹部を設けるのが好ましい。前記大内径部用冷却ジャケットが非磁性体にて構成されていても、絶縁材にて構成されていてもよい。大内径部用冷却ジャケットが非磁性体や絶縁材であれば、高周波誘導加熱コイルに発生する磁力線を受けても誘導加熱されることがないため、ジャケット自体が発熱することが防げる。
【0024】
大内径部用冷却手段は、大内径部への冷却水の噴射量を制御する流量調整手段を備えたものとするのが好ましい。流量調整手段を備えたものであれば、冷却条件の変更が可能となる。また、大内径部用冷却手段は、大内径部への冷却水の噴射のタイミングを制御するタイミング制御手段を備えたものであってもよい。タイミング制御手段を備えたものでは、冷却水の噴射を任意のタイミングで行うことができる。
【0025】
前記大内径部用冷却手段は、大内径部に対して冷却する範囲と、冷却しない範囲を形成するものであってもよい。このようなものでは、大内径部全体を冷却したり、大内径部の一部を冷却しないようにできる。
【0026】
前記大内径部用冷却手段は、冷却水の噴射位置の変更が可能であるものであってもよい。このように変更が可能なものでは、冷却範囲を変更できる。
【0027】
熱処理方法として、前記熱処理装置を用いることができる。
【0028】
トリポード型等速自在継手の外側継手部材は、前記熱処理方法にて処理されたものとできる。
【0029】
本発明のトリポード型等速自在継手は、前記外側継手部材と、前記外側継手部材内に配置され半径方向に突出した3つの脚軸を備えたトリポード部材と、前記トリポード部材の各脚軸に装着され前記ローラ案内面に沿って前記外側継手部材の軸方向に案内されるローラ部材とを備えたものである。
【発明の効果】
【0030】
本発明では、外側継手部材の大内径部に未焼部分を設けることができ、強度的に優れた大内径部を構成できるとともに、他の部位においては安定した硬化層を形成できる。
【0031】
大内径部用冷却ジャケットが大内径部の近傍に配置されたものであれば、このジャケットから大内径部に冷却水を安定して噴射することができ、大内径部に安定して未焼部分を形成することができる。凹部を設けたことによって、装置のコンパクト化を図ることができる。
【0032】
大内径部用冷却ジャケットが磁性体や絶縁材であれば、高周波誘導加熱コイルに発生する磁力線を受けても誘導加熱されることがないため、大内径部に安定して未焼部分を形成することができる。
【0033】
流量調整手段を備えたものであれば、冷却条件の変更が可能となり、加熱処理する製品に対応して未焼部分を形成することができる。また、タイミング制御手段を備えたものでは、冷却水の噴射を任意のタイミングで行うことができ、作業性の向上を図ることができる。
【0034】
内径部用冷却手段は、大内径部に対して冷却する範囲と、冷却しない範囲を形成するようにできるものであれば、大内径部全体を冷却したり、大内径部の一部を冷却しないようにでき、最適範囲に未焼部分を形成できる。
【0035】
前記大内径部用冷却手段は、冷却水の噴射位置の変更が可能であれば、各製品に応じて最適範囲に未焼部分を形成できる。
【0036】
本発明のトリポード型等速自在継手の外側継手部材は、前記熱処理方法にて処理されているものであるので、強度的に安定したものとなって、耐久性に優れる。
【0037】
本発明のトリポード型等速自在継手は、前記熱処理方法にて処理されている外側継手部材を用いるので、耐久性に優れた高品質のトリポード型等速自在継手となり、しかも、継手の小型化等の設計自由度が大きくなる。また、トリポード型等速自在継手としては、種々のタイプのものに適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の実施形態を示す熱処理方法に用いる高周波誘導加熱コイルと外側継手部材との関係を示す断面図である。
【図2】本発明のトリポード型等速自在継手の横断面図である。
【図3】前記図2に示すトリポード型等速自在継手の縦断面図である。
【図4】本発明の熱処理装置の構成を示す簡略ブロック図である。
【図5】熱処理装置の比較例を示す断面図である。
【図6】ワンショット焼入法による熱加熱処理状態の斜視図である。
【図7】ワンショット焼入法による熱加熱処理状態の要部断面図である。
【図8】移動焼入法による高周波誘導加熱コイルと外側継手部材との斜視図である。
【図9】移動焼入法による熱加熱処理状態の斜視図である。
【図10】従来の移動焼入法による熱加熱処理状態の要部断面図である。
【図11】従来の熱処理方法で成形された外側継手部材の横断面図である。
【図12】トリポード型等速自在継手の横断面図である。
【図13】前記図12に示すトリポード型等速自在継手の縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明の実施形態を図面に従って説明する。
【0040】
図1は本発明に係る熱処理方法にて熱硬化処理を行っている外側継手部材の要部断面図を示し、この外側継手部材は図2と図3に示すようなトリポード型等速自在継手に用いられる。トリポード型等速自在継手は、外側継手部材31と、内側継手部材としてのトリポード部材32と、トルク伝達部材33とを備える。
【0041】
外側継手部材31は一端にて開口したカップ状のマウス部34と、マウス部34の底壁から突設されるステム部35を有し、内周の円周方向三等分位置に軸方向に延びるトラック溝36が形成してある。マウス部34は、横断面で見ると、大径部34aと小径部34bが交互に現れる非円筒形状である。すなわち、マウス部34は、大径部34aと小径部34bとを形成することによって、その内周面に、軸方向に延びる3本の前記トラック溝36が形成される。
【0042】
各トラック溝36の円周方向で向き合った側壁にローラ案内面(ローラ摺接面)37、37が形成される。また、内径面においては、円周方向に交互に現れる小内径部42と大内径部43をローラ案内面37で接続した3弁の花冠状を呈している。すなわち、外側継手部材31は、円周方向に向き合ったローラ案内面37と両ローラ案内面37,37間に設けられた大内径部43からなるトラック溝36が内周の三箇所に形成されるものである。
【0043】
トリポード部材32はボス38と脚軸39とを備える。ボス38にはシャフト(図示省略)とトルク伝達可能に結合するスプラインまたはセレーション孔41が形成してある。脚軸39はボス38の円周方向三等分位置から半径方向に突出している。
【0044】
各脚軸39は、円筒形外周面44と、軸端付近に形成された環状の輪溝46を備えている。脚軸39の外周に複数の針状ころ47を介して回転自在にトルク伝達部材33を構成するローラ部材50を外嵌している。脚軸39の円筒形外周面44は針状ころ47の内側軌道面を提供する。ローラ部材50の内周面は円筒形で、針状ころ47の外側軌道面を提供する。
【0045】
針状ころ47は脚軸39の半径方向で見た外側の端面にてアウタ・ワッシャ51と接し、反対側の端面にてインナ・ワッシャ52と接している。アウタ・ワッシャ51は輪溝46に装着されたサークリップ53によって軸方向移動を規制されているため、結局、針状ころ47も軸方向移動を規制される。
【0046】
ところで、外側継手部材31の開口部は図示省略のブーツによって密封される。そのため、外側継手部材31の外径面の開口部側には、凹溝を有するブーツ装着部が形成される。そして、このブーツ装着部にブーツが外嵌され、ブーツバンドにて締め付けることによって、ブーツが外側継手部材31のブーツ装着部に装着される。
【0047】
ところで、外側継手部材31のマウス部34の内径面には硬化層S(図1及び図2参照)が形成されている。この場合、大内径部43には未焼き部55が形成されている。なお、図例では、未焼き部55は大内径部43全体ではなく、周方向端部には硬化層Sが形成されている。未焼き部55は、後述する大内径部用冷却手段M1(図4参照)を用いて形成されることになる。
【0048】
この硬化層Sの形成には図1に示す高周波誘導加熱コイル56を有する高周波加熱装置が用いられる。高周波誘導加熱コイル56は、トラック溝36内に嵌合される3つの嵌合部56A、56B、56Cと、小内径部42に対向する直線部57A、57B、57Cとを備える。なお、直線部57Cは、第1の嵌合部56Aに連設される分岐部58と、第3の嵌合部56Bに連設される分岐部59とからなる。
【0049】
また、各嵌合部56A、56B、56Cは、ローラ案内面37に相対向する湾曲部60,60と、大内径部43に相対向する直線部61とからなる。そして、直線部61には、大内径部対向面に凹部62が設けられている。この凹部62に、前記大内径部用冷却手段M1の大内径部冷却ジャケット65が配置される。
【0050】
大内径部冷却ジャケット65は、扁平矩形中空体にて構成され、その大内径部対向壁の対向面が、大内径部43に対面するように凸曲面66とされている。また、凹部62には絶縁板67が配置され、この絶縁板67を介して大内径部冷却ジャケット65が凹部62に嵌合されている。そして、内径部対向壁に複数個の冷却水噴射口68が設けられている。すなわち、この大内径部冷却ジャケット65の冷却水噴射口68を介して大内径部43に噴射される。
【0051】
大内径部冷却ジャケット65としては、真鍮、銅等の非磁性材にて構成したり、エポキシ等の樹脂の絶縁材料にて構成したりできる。
【0052】
本熱処理装置の制御部は、図4に示すように、高周波誘導加熱コイル56への通電を制御する制御手段80を備える。この制御手段80にて、前記大内径部用冷却手段M1を制御する。すなわち、大内径部冷却ジャケット65には、その噴出口68にそれぞれ配管が接続され、この配管に、制御手段80からの制御信号にて開閉動作するバルブ手段が設けられている。そして、この制御手段80のタイミング制御手段82の制御によって、噴出口68から冷却水を任意のタイミングで噴射することができる。なお、バルブ手段を、流量の調整が可能な電動弁等にて構成することによって、流量調整手段81を形成するようにしてもよい。制御手段80は例えば、マイクロコンピュータ等にて構成される。
【0053】
ところで、高周波電流の流れているコイルの近くに焼入れに必要な部分を近づけると、電磁誘導作用により誘導起電力が生ずる。この電磁誘導作用により、ジュール熱が発生することを利用して、伝導性物体を加熱する原理を応用した焼入れ方法が高周波焼入れである。このため、高周波焼入れの場合、上記原理に基づき、鋼を焼入れ温度まで急速加熱し、急冷する操作を行う。そこで、この高周波加熱装置には、図4に示すように、熱処理した部位を冷却するための内周冷却手段M2が設けられている。内周冷却手段M2は、高周波誘導加熱コイル56の下方位置に配置される内周冷却用ジャケットを備える。すなわち、内周冷却用ジャケットは、外側継手部材31の内周に冷却水を噴射して、焼入れ工程での冷却を行うものである。
【0054】
次に前記のように構成された高周波加熱装置を用いた加熱処理方法を説明する。大内径部冷却ジャケット65及び図示省略の内周冷却用ジャケットを備えた高周波誘導加熱コイル56を外側継手部材31に挿入して、高周波誘導加熱コイル56に高周波電流を流すことによって、外側継手部材31の内周を加熱する。すなわち、高周波誘導加熱コイル56には、図示省略の高周波電源から高周波電流が流されることになる。この際、高周波電流は、嵌合部56A→嵌合部56B→嵌合部56Cと流れることになる。但し、交流電流のため流れる向きは交互となる。このように、高周波電流が流れることによって、電磁誘導作用により誘導起電力が生ずる。この電磁誘導作用により、ジュール熱が発生して、外側継手部材31のローラ案内面37等を加熱することができる。
【0055】
ところで、前記高周波誘導加熱コイル56の各嵌合部56A、56B、56Cには、図1に示すように、大内径部冷却ジャケット65が配置されており、高周波誘導加熱コイル56への高周波電流の通電によるローラ案内面37等の加熱開始と同時、又は、この加熱よりも僅かに早いタイミングでこの大内径部冷却ジャケット65の噴出口68から冷却水が大内径部43に噴射される。すなわち、高周波電流の通電は、前記制御手段80の通電制御部にて制御され、冷却水の噴射のタイミングは制御手段80のタイミング手段82にて制御される。
【0056】
このように、冷却水が噴射されることによって、この大内径部43においては昇温が抑制される。しかしながら、大内径部43以外の部位では、ローラ案内面37及び小内径部42では、この大内径部冷却ジャケット65の冷却水に影響されることなく、加熱されることになって、オーステナイト化温度まで上昇する。また、高周波誘導加熱コイル56をマウス部の開口部側から順次マウス部の奥側に移動させる。これによって、ローラ案内面37及び小内径部42等は開口部側から奥側までが加熱される。すなわち、高周波誘導加熱コイル56の相対移動に従って順次ローラ案内面37等を加熱し、冷却流体で加熱部を急冷することになって、高周波焼入れを施すことになる。
【0057】
このように、この高周波加熱装置を用いれば、大内径部43が加熱されず、この部位(大内径部)においては、オーステナイト化温度まで上昇するのを防止できる。したがって、外側継手部材31の大内径部43に未焼き部55を設けることができ、強度的に優れた大内径部43を構成できるとともに、他の部位においては安定した硬化層Sを形成できる。
【0058】
大内径部用冷却ジャケット65が大内径部43の近傍に配置されているので、このジャケット65から大内径部43に冷却水を安定して噴射することができ、大内径部43に安定して未焼き部55を形成することができる。また、大内径部用冷却ジャケット65は、コイル56における大内径部対応部に、設けられた凹部62に嵌合するものであるので、装置のコンパクト化を図ることができる。
【0059】
大内径部用冷却ジャケット65が磁性体や絶縁材であれば、高周波誘導加熱コイル56に発生する磁力線を受けても誘導加熱されることがないため、大内径部43に安定して未焼き部55を形成することができる。
【0060】
流量調整手段81を備えたものであれば、冷却条件の変更が可能となり、加熱処理する製品に対応して未焼部分を形成することができる。また、タイミング制御手段82を備えたものでは、冷却水の噴射を任意のタイミングで行うことができ、作業性の向上を図ることができる。
【0061】
ところで、大内径部43に対して冷却する範囲と、冷却しない範囲を形成するようにできる。このようなものを用いれば、大内径部43全体を冷却したり、大内径部43の一部を冷却しないようにでき、最適範囲に未焼部分を形成できる。
【0062】
前記大内径部用冷却手段M1は、冷却水の噴射位置の変更が可能であれば、各製品に応じて最適範囲に未焼部分を形成できる。
【0063】
このように硬化層Sが構成された外側継手部材31は、前記熱処理方法にて処理されているものであるので、強度的に安定したものとなって、耐久性に優れる。また、このように成形された外側継手部材31は、図2と図3に示すようなトリポード型等速自在継手を組み立てることができる。このため、このトリポード型等速自在継手は、前記熱処理方法にて処理されている外側継手部材を用いるので、耐久性に優れた高品質のトリポード型等速自在継手となり、しかも、継手の小型化等の設計自由度が大きくなる。
【0064】
ところで、図1等に示すように、大内径部43に対して焼入れしない方法として、冷却水を用いることなく、図5に示すように、ジャケット65に代えて、強磁性体コア90を凹部に嵌合させるものであってもよい。この強磁性体コア90によって、高周波誘導加熱コイル56にて発生する磁力線が遮断されることになる。すなわち、強磁性体コア90は、透磁率の高い材質でコイルに取り付けて磁力線をワークに集中させてパワーを増強する効果がある一方、磁力線を遮断し、目的外の加熱を防ぐために使われる。このため、本発明のように、トリポード型等速自在継手の外側継手部材31の内径面の加熱硬化処理に用いれば、従来の移動焼きでは不可能であった大内径部43に未焼き部55を設けることができる。
【0065】
ところが、このような強磁性体コア90を用いたものでは、トラック面(ローラ案内面)37における大内径部側の範囲Hにおいても、発生する磁力線が、この強磁性体コア90によって弱くなるおそれがある。このように、弱くなれば、図5に示すように、この範囲Hにおいて形成される硬化層が浅くなるおそれがある。このため、強磁性体コア90を用いる場合、このことを考慮して、強磁性体コア90の形状や配置等を設定する必要がある。
【0066】
これに対して、大内径部43に冷却水を噴射するものでは、磁束を遮断しないため、トラック面(ローラ案内面)37での磁束の減衰が生じない。このため、大内径部43に未焼き部55を設けたとしても、ローラ案内面37の硬化層が浅く(薄く)なりにくい利点がある。
【0067】
前記実施形態では、大内径部43の周方向中央部において軸方向に沿って未焼き部55を形成するものであったが、全大内径部43を未焼き部55とするものであっても、大内径部43の継手奥側に未焼き部55を設けないものであってもよい。すなわち、大内径部43において、ブーツ装着部に対応する開口部(入口部)側、及び常用使用する位置での部位を除いた継手奥側を硬化層Sが設けられていてもよい。これは、大内径部43の継手奥側に硬化層が設けられていても強度に及ぼす影響が少ないからである。また、小内径部42に対しては、硬化層Sを設けても設けなくてもよく、ローラ案内面37にのみ硬化層Sを設けるものであってもよい。このため、外側継手部材31としての機能を損なうことなく、最適の範囲において硬化層Sを形成することができる。
【0068】
以上、本発明の実施形態につき説明したが、本発明は前記実施形態に限定されることなく種々の変形が可能であって、例えば、大内径部用冷却ジャケット65の冷却水供給経路と、内周冷却用ジャケットの冷却水供給経路とを別系統としても同一系統としてもよい。また、大内径部用冷却ジャケット65の噴射口68の数、口径、配置位置等を種々変更することができる。このため、大内径部用冷却ジャケット65が交換可能なものであれば、噴射口68の数、口径、配置位置等が相違する複数種のジャケット65を用意するようにできる。また、前記実施形態では、脚軸39の円筒状の外周面に複数の針状ころ47を介して回転可能に外嵌したローラからなるいわゆるシングルローラタイプであったが、内側ローラと外側ローラとを備えたいわゆるダブルローラタイプ等の他のタイプであってもよい。
【符号の説明】
【0069】
31 外側継手部材
32 トリポード部材
33 トルク伝達部材
36 トラック溝
37 ローラ案内面
39 脚軸
42 小内径部
43 大内径部
55 未焼き部
56 高周波誘導加熱コイル
62 凹部
65 大内径部用冷却ジャケット
81 流量調整手段
82 タイミング制御手段
M1 大内径部用冷却手段
S 硬化層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円周方向に向き合ったローラ案内面と両ローラ案内面間に設けられた大内径部からなるトラック溝が内周の三箇所に形成される外側継手部材に対して、高周波誘導加熱コイルが相対的に軸方向に移動する移動焼入れにて、外側継手部材のローラ案内面に硬化層を形成するための熱処理方法であって、前記大内径部に対して冷却水を噴射して大内径部の昇温を抑制しつつ高周波誘導加熱コイルによる移動焼入れを行うことを特徴とする熱処理方法。
【請求項2】
円周方向に向き合ったローラ案内面と両ローラ案内面間に設けられた大内径部からなるトラック溝が内周の三箇所に形成される外側継手部材に対して、高周波誘導加熱コイルが相対的に軸方向に移動する移動焼入れにて、外側継手部材のローラ案内面に硬化層を形成するための熱処理装置であって、大内径部に対して冷却水を噴射して大内径部の昇温を抑制する大内径部用冷却手段を備えたことを特徴とする熱処理装置。
【請求項3】
前記大内径部用冷却手段は、前記大内径部の近傍に配置される大内径部用冷却ジャケットを備え、大内径部用冷却ジャケットには、前記大内径部に冷却水を噴射するための噴射口が開設されていることを特徴とする請求項2に記載の熱処理装置。
【請求項4】
前記高周波誘導加熱コイルにおける大内径部対応部に、前記大内径部用冷却ジャケットが配置される凹部を設けたことを特徴とする請求項3に記載の熱処理装置。
【請求項5】
前記大内径部用冷却ジャケットが非磁性体にて構成されていることを特徴とする請求項3又は請求項4に記載の熱処理装置。
【請求項6】
前記大内径部用冷却ジャケットが絶縁材にて構成されていることを特徴とする請求項3又は請求項4に記載の熱処理装置。
【請求項7】
前記大内径部用冷却手段は、大内径部への冷却水の噴射量を制御する流量調整手段を備えたことを特徴とする請求項2〜請求項6のいずれか1項に記載の熱処理装置。
【請求項8】
前記大内径部用冷却手段は、大内径部への冷却水の噴射のタイミングを制御するタイミング制御手段を備えたことを請求項2〜請求項6のいずれか1項に記載の特徴とする熱処理装置。
【請求項9】
前記大内径部用冷却手段は、大内径部に対して冷却する範囲と、冷却しない範囲を形成することを特徴とする請求項2〜請求項6のいずれか1項に記載の熱処理装置。
【請求項10】
前記大内径部用冷却手段は、冷却水の噴射位置の変更が可能であることを特徴とする請求項2〜請求項6のいずれか1項に記載の熱処理装置。
【請求項11】
前記請求項2〜請求項10のいずれか1項に記載の熱処理装置を用いることを特徴とする熱処理方法。
【請求項12】
前記請求項1又は請求項11に記載の熱処理方法にて処理されたことを特徴とするトリポード型等速自在継手の外側継手部材。
【請求項13】
請求項12に記載の外側継手部材と、前記外側継手部材内に配置され半径方向に突出した3つの脚軸を備えたトリポード部材と、前記トリポード部材の各脚軸に装着され前記ローラ案内面に沿って前記外側継手部材の軸方向に案内されるローラ部材とを備えたことを特徴とするトリポード型等速自在継手。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2013−2496(P2013−2496A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−132094(P2011−132094)
【出願日】平成23年6月14日(2011.6.14)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】