説明

熱可塑性フィルムの延伸方法及び装置、並びに溶液製膜方法

【課題】搬送方向における遅相軸のズレを抑えて、延伸工程を行う。
【解決手段】フィルムはクリップテンタ内をZ1方向に走行する。クリップテンタ内は、Z1方向上流側から、第1予熱エリア80ax、第2予熱エリア80ay、延伸エリア80b等が設けられる。各エリアには、フィルムに温度調節風を吹き付ける送風ヘッドが設けられる。温度調節風コントローラは、エリアごとに定められた範囲内になるように、温度調節風の温度を調節する。温度調節風の吹き付けにより、フィルムの温度Tfとガラス転移温度Tgとの差ΔT(=Tf−Tg)が所定の範囲内となる。第1予熱エリア80axにおける風圧Pが第2予熱エリア80ayにおける風圧Pよりも大きい状態となるように、温度調節風コントローラは、温度調節風の風速を調節する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱可塑性フィルムの延伸方法及び装置、並びに溶液製膜方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光透過性を有する熱可塑性フィルム(以下、フィルムと称する)は、軽量であり、成形が容易であるため、光学フィルムとして多岐に利用されている。中でも、セルロースアシレートなどを用いたセルロースエステル系フィルムは、写真感光用フィルムをはじめとして、近年市場が拡大している液晶表示装置の構成部材である位相差フィルムに用いられている。
【0003】
フィルムの主な製造方法としては、溶融押出方法と溶液製膜方法とがある。溶融押出方法は、ポリマーを溶融させた後、押出機で押し出してフィルムを製造する方法であり、生産性が高く、設備コストも比較的低額であるなどの特徴を有する。一方、溶液製膜方法は、ポリマーと溶剤とを含むポリマー溶液(以下、ドープと称する)を流し、支持体上に流延膜を形成する。次に、流延膜が搬送可能になった後、これを支持体から剥がして湿潤フィルムとする。そして、この湿潤フィルムから溶剤を蒸発させてフィルムとする方法である。
【0004】
得られたフィルムの光学特性を調整するために、フィルムを所定の方向へ延伸するテンタ装置が知られている(例えば、特許文献1)。このテンタ装置では、クリップ等の把持手段を用いてフィルムの幅方向両縁部(以下、耳部と称する)を把持し、フィルムの幅を拡げる延伸工程が行われる。
【0005】
延伸工程によるフィルムの破断やヘイズの低下を防ぐために、延伸工程におけるフィルムの温度を、フィルムを構成する物質のガラス転移温度以上としなければならない。しかしながら、クリップからの放熱等により、フィルムの耳部の温度が中央部に比べて冷却されやすい。そこで、延伸工程では、フィルムの全体の温度がガラス転移温度以上となる状態を維持するために、フィルムに熱風を吹きつけている。更に、延伸工程の前には、フィルムに熱風を吹き付けて、フィルムを予熱する予熱工程が行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−178992号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、液晶表示装置の需要が伸びている。このため、フィルムの生産効率の向上が望まれている。そこで、フィルムの生産効率の向上を実現するためには、テンタ装置におけるフィルムの搬送速度の向上が必要となる。ところが、テンタ装置におけるフィルムの搬送速度の向上に伴い、テンタ装置における予熱工程を行う予熱ゾーン長を増大する必要がある。しかしながら、テンタ装置の大規模化は設置スペース及びエネルギーコスト上好ましくない。
【0008】
そこで、現状のテンタ装置の規模を維持しつつ、従来よりも高速で搬送されるフィルムに予熱工程を行うためには、フィルムに吹き付ける熱風の温度を従来よりも高くする、または、この熱風の量を従来よりも増大する方法が考えられる。しかしながら、前者の方法では、幅方向における温度分布が大きくなるため、好ましくない。そこで、後者の方法を採用せざるを得なかった。ところが、後者の方法のように、熱風を大きな風速でフィルムにあてる予熱工程を経たフィルムには、長手方向において遅相軸のばらつきが発生していた。
【0009】
本発明はこのような課題を解決するものであり、遅相軸のばらつきの小さい位相差フィルムを効率よく製造することのできる熱可塑性フィルムの延伸方法及び装置、並びに溶液製膜方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、温度調節風の吹きつけにより温度が調節された帯状の熱可塑性フィルムを延伸する熱可塑性フィルムの延伸方法において、前記熱可塑性フィルムの幅方向両縁部を把持した1対のクリップを用いて、前記熱可塑性フィルムを長手方向へ搬送する搬送工程が行われ、前記搬送工程は、前記幅方向両縁部を把持した状態の前記1対のクリップの間隔を広げ、ガラス転移温度以上となった前記熱可塑性フィルムを幅方向へ延伸する延伸工程と、この延伸工程の前に行われ、前記熱可塑性フィルムを予熱する予熱工程とを有し、前記予熱工程では、前記熱可塑性フィルムの温度がガラス転移温度に近づくように前記熱可塑性フィルムを予熱する第1予熱工程と、前記熱可塑性フィルムの温度がガラス転移温度を超えるように前記熱可塑性フィルムを予熱する第2予熱工程とが順次行われ、前記熱可塑性フィルムにおける前記温度調節風の風圧は、前記第2予熱工程及び前記延伸工程よりも前記第1予熱工程の方が大きいことを特徴とする。
【0011】
前記搬送工程では、前記熱可塑性フィルムの温度がガラス転移温度よりも低い状態となるように、前記熱可塑性フィルムに前記温度調節風を吹き付ける冷却工程が行われ、前記熱可塑性フィルムにおける前記温度調節風の風圧は、前記延伸工程よりも前記冷却工程の方が大きいことが好ましい。
【0012】
本発明の溶液製膜方法は、ポリマー及び溶剤を含むドープからなる帯状の流延膜を支持体上に形成する工程と、前記支持体から前記流延膜を剥ぎ取って、前記湿潤フィルムとする工程と、前記湿潤フィルムから溶剤を蒸発させる乾燥工程とを有し、この乾燥工程により得られた前記熱可塑性フィルムについて、請求項1または2記載の熱可塑性フィルムの延伸方法を行うことを特徴とする。
【0013】
本発明の熱可塑性フィルムの延伸装置は、帯状の熱可塑性フィルムが長手方向に搬送される搬送路であって、この搬送路の両側に設けられた対のレールと、このレールに沿って移動自在であり、前記熱可塑性フィルムの幅方向両縁部を把持可能な把持手段とを備え、前記熱可塑性フィルムを長手方向へ搬送する搬送手段と、前記搬送されている前記熱可塑性フィルムに温度調節風を吹きつけて、前記熱可塑性フィルムの温度を調節する温度調節手段とを有し、前記熱可塑性フィルムの搬送路には、前記対のレール間隔が一定である第1予熱エリア及び第2予熱エリアと、前記対のレール間隔が前記搬送方向上流側から下流側に向かって大きくなる延伸エリアとが搬送方向上流側から順次設けられ、前記温度調節手段は、前記熱可塑性フィルムに吹き付ける温度調節風の温度及び風速を調節する調節部を備え、前記調節部は、前記第1予熱エリアの前記熱可塑性フィルムの温度がガラス転移温度に近づくように、かつ、前記第2予熱エリアの前記熱可塑性フィルムの温度がガラス転移温度を超えるように、前記温度調節風の温度を調節し、前記調節部は、前記第1予熱エリアにおける前記温度調節風の風圧が前記第2予熱エリア及び前記延伸エリアにおける前記温度調節風の風圧よりも大きい状態となるように、前記熱可塑性フィルムに吹き付ける温度調節風の風速を調節することを特徴とする。
【0014】
前記熱可塑性フィルムの搬送路には、前記対のレール間隔が一定である冷却エリアが前記延伸エリアよりも搬送方向下流側に設けられ、前記調節部は、前記冷却エリアにおける前記温度調節風の風圧が前記延伸エリアにおける前記温度調節風の風圧よりも大きい状態となるように、前記熱可塑性フィルムに吹き付ける温度調節風の風速を調節することが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、延伸工程に先立って行われる予熱工程を、熱可塑性フィルムの温度をガラス転移温度に近づけるように熱可塑性フィルムを予熱する第1予熱工程と、熱可塑性フィルムの温度がガラス転移温度を超えるように熱可塑性フィルムを予熱する第2予熱工程とに分け、熱可塑性フィルムにおける温度調節風の風圧は、第2予熱工程及び延伸工程よりも第1予熱工程の方が大きいため、温度調節風の風圧の増大に起因する遅相軸のばらつきを抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】第1の溶液製膜設備の概要を示す説明図である。
【図2】クリップテンタの概要を示す平面図である。
【図3】クリップテンタの概要を示す側面図である。
【図4】第1予熱エリア及び第2予熱エリアの概要を示す側面図である。
【図5】送風ヘッドの概要を示す斜視図である。
【図6】クリップテンタの各エリアにおける湿潤フィルムの温度Tfとガラス転移温度Tgとの差ΔT(=Tf−Tg)、及び湿潤フィルムにおける温度調節風の圧力Pの推移の概要を示すグラフである。(A)の縦軸は、温度差ΔTであり、横軸はクリップテンタにおけるZ1方向の位置である。(B)の縦軸は、湿潤フィルムにおける温度調節風の圧力Pであり、横軸は、クリップテンタにおけるZ1方向の位置である。
【図7】第2の溶液製膜設備の概要を示す説明図である。
【図8】流延装置の概要を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(溶液製膜方法)
図1に示すように、溶液製膜設備10は、流延室12とピンテンタ13とクリップテンタ14と乾燥室15と冷却室16と巻取室17とを有する。流延室12には、流延ダイ21、流延ドラム22、減圧チャンバ23及び剥取ローラ24が設けられる。
【0018】
流延ドラム22は、軸方向が水平となるように配され、軸を中心に回転自在となっている。流延ドラム22は、制御部の制御の下、図示しない駆動装置により軸を中心に回転する。流延ドラム22の回転により、流延ドラム22の周面はA方向へ所定の速度で走行する。
【0019】
流延ドラム22は、ステンレス製であることが好ましく、十分な耐腐食性と強度とを有するようにSUS316製であることがより好ましい。流延ドラム22の周面30bに施されるクロムメッキ処理はビッカース硬さHv700以上、膜厚2μm以上、いわゆる硬質クロムメッキであることが好ましい。
【0020】
流延ドラム22には温調装置30が接続する。温調装置30は、伝熱媒体の温度を調節する温度調節部を内蔵する。温調装置30は、温度調節部及び流延ドラム22内に設けられる流路との間で、所望の温度に調節された伝熱媒体を循環させる。この伝熱媒体の循環により、流延ドラム22の周面の温度を所望の温度に保つことができる。
【0021】
(流延ダイ)
流延ダイ21は、流延ドラム22の上方に設けられる。流延ダイ21は、先端にドープ35を流出するスリットを有する。流延ダイ21は、スリットが流延ドラム22に近接するように配される。流延ダイ21から流出したドープ35は、移動する流延ドラム22の周面上にて流れ延ばされる結果、帯状の流延膜40を形成する。
【0022】
剥取ローラ24は、流延ダイ21よりもA方向の下流側に配される。剥取ローラ24は、周面上に形成された流延膜40を剥ぎ取って、湿潤フィルム44として、流延室12の下流側へ案内する。
【0023】
減圧チャンバ23は、流延ダイ21よりもA方向の上流側、かつ剥取ローラ24よりもA方向の下流側に設けられる。図示しない制御部の制御の下、減圧チャンバ23は、流延ビードの上流側の圧力が下流側に対して低くなるように、流延ビードの上流側を減圧することができる。また、図示は省略するが、流延室12内の雰囲気に含まれる溶剤を凝縮する凝縮装置、凝縮した溶剤を回収する回収装置を設けることにより、流延室12内にて気体となっている溶剤が液化する温度を所定の範囲に保つことができる。
【0024】
流延室12の下流には、ピンテンタ13、クリップテンタ14、乾燥室15、冷却室16、及び巻取室17が順に設置されている。流延室12とピンテンタ13との間の渡り部45では、複数のローラ46を用いて、流延室12から送り出された帯状の湿潤フィルム44をピンテンタ13へ搬送する。ピンテンタ13は、湿潤フィルム44の幅方向の両端を貫通して保持する多数のピンプレートを有し、このピンプレートが軌道上を走行する。ピンプレートの保持により走行する湿潤フィルム44に対し乾燥風が送られ、湿潤フィルム44は乾燥する。
【0025】
図1及び図2に示すように、クリップテンタ14は、湿潤フィルム44のZ2方向の両縁部(耳部)を把持する多数のクリップを有する。このクリップは、後述するレールに沿って移動自在となっている。の耳部を把持するクリップの移動により、湿潤フィルム44はZ1方向へ搬送される。クリップテンタ14の詳細は後述する。クリップテンタ14に置ける所定の処理により、湿潤フィルム44からフィルム50が得られる。
【0026】
図1に戻って、ピンテンタ13及びクリップテンタ14の下流にはそれぞれ耳切装置52a、52bが設けられている。耳切装置52a、52bは湿潤フィルム44やフィルム50の耳部を切り離す。この切り離された耳部は、送風によりクラッシャ(図示しない)に送られて、細かく切断され、ドープ等の原料として再利用される。
【0027】
乾燥室15には、多数のローラ54が設けられており、これらにフィルム50が巻き掛けられて搬送される。乾燥室15内の雰囲気の温度や湿度などは、図示しない空調機により調節されており、乾燥室15の通過によりフィルム50の乾燥処理が行われる。乾燥室15には吸着回収装置55が接続される。吸着回収装置55は、フィルム50から蒸発した溶剤を吸着により回収する。
【0028】
冷却室16では、フィルム50の温度が略室温になるまで、フィルム50が冷却される。巻取室17には、プレスローラ56及び巻き芯57を有する巻取機58が設置されており、フィルム50が巻き芯57にロール状に巻き取られる。また、冷却室16と巻取室17との間には、Z1方向上流側から下流側に向かって、フィルム50に除電処理を施す除電バー61と、フィルム50の耳部に巻き取り用のナーリングを付与するナーリング付与ローラ62とが順に設置されている。
【0029】
(クリップテンタ)
図2に示すように、クリップテンタ14は、テンタ本体と、テンタ本体を内蔵するケーシング80とを有する。ケーシング80には入口80i及び出口80oが設けられる。ケーシング80内には、湿潤フィルム44をZ1方向へ搬送する搬送路が、入口80iから出口80oにかけて形成される。更に、ケーシング80内は、Z1方向の上流側から順に、予熱エリア80a、延伸エリア80b、緩和エリア80c及び冷却エリア80dに区画される。更に、予熱エリア80aは、Z1方向の上流側から順に、第1予熱エリア80ax及び第2予熱エリア80ayに区画される。なお、緩和エリア80c及び冷却エリア80dは省略してもよい。
【0030】
テンタ本体は、図2に示すように、クリップ82及びレール83を備える。対となるレール83は、各エリア80a〜80dにかけて、湿潤フィルム44の搬送路の両側に設置され、それぞれのレール83は所定のレール幅で離間している。
【0031】
図示しない環状のチェーンはスプロケット86,87と噛み合い、レール83に沿って移動自在に取り付けられている。このチェーンには、複数のクリップ82が所定の間隔で取り付けられている。なお、図2では、図の煩雑化を避けるため、クリップ82の一部のみを示す。スプロケット86,87が回転することにより、クリップ82はレール83に沿って移動する。第1予熱エリア80axにおけるレール83上の位置Paには、クリップ82による湿潤フィルム44の耳部の把持を開始する把持開始手段(図示しない)が設けられ、冷却エリア80dにおけるレール83上の位置Pbには、クリップ82による湿潤フィルム44の耳部の把持を解除する把持解除手段(図示しない)が設けられる。クリップ82がレール83上の位置Paを通過すると、クリップ82は湿潤フィルム44の耳部の把持を開始する。クリップ82は湿潤フィルム44の耳部を把持した状態のまま、位置Pbまで移動する。クリップ82がレール83上の位置Pbを通過すると、クリップ82は湿潤フィルム44の耳部の把持を解除する。
【0032】
延伸エリア80bにおけるレール83のレール幅は、Z1方向上流側から下流側に向かうに従って広くなる。一方、緩和エリア80cにおけるレール83のレール幅は、Z1方向上流側から下流側に向かうに従って狭くなる。また、予熱エリア80a及び冷却エリア80dにおけるレール83のレール幅は、一定である。
【0033】
こうして、クリップ82がレール83に沿って移動することで、湿潤フィルム44はZ1方向へ搬送され、各エリア80a〜80dを順次通過し、各エリア80a〜80dにおいて所定の処理が施される。
【0034】
更に、テンタ本体は、図3に示すように、送風装置90を有する。送風装置90は、多数の送風ヘッド92と、温度調節風コントローラ93とを備える。送風ヘッド92はそれぞれ湿潤フィルム44の搬送路の上方に設けられ、各エリア80a〜80dにおいて、それぞれZ1方向へ並べられる。なお、送風ヘッド92を湿潤フィルム44の搬送路の下方に設けても良いし、湿潤フィルム44の搬送路の上方及び下方の両方に設けても良い。
【0035】
図4及び図5に示すように、送風ヘッド92は、送風ヘッド92の内部に設けられる内部ダクト92a、及び複数の噴出ノズル92bを有する。噴出ノズル92bは、Z1方向に所定のピッチで並ぶように配される。噴出ノズル92bの先端には、ヘッド内部ダクトと連通するスリット状の噴出口92cが設けられる。噴出口92cは、方向Z2に長く伸びるように形成される。各送風ヘッド92の側面には、ヘッド内部ダクトと連通する送りダクト94が設けられる。
【0036】
各エリア80ax、80ay、80b〜80dには、それぞれ、温度センサ(図示しない)、及び圧力センサ(図示しない)が設けられる。温度センサは、湿潤フィルム44の温度を測定する。圧力センサは、フィルム50の搬送路における温度調節風の圧力を測定する。
【0037】
温度調節風コントローラ93は、空気供給部(図示しない)から供給された空気から、所定の温度調節風をつくる。更に、温度調節風コントローラ93は、温度センサ及び圧力センサから読み取った値に基づいて、温度調節風の温度及び風圧等の条件を、供給する送風ヘッド92ごとに個別に調整することができる。更に、温度調節風コントローラ93は、送りダクト94を通して、各送風ヘッド92へ温度調節風を供給する。こうして、送風ヘッド92は、ケーシング80内を搬送される湿潤フィルム44に温度調節風を吹き付ける。
【0038】
次に、本発明の作用について説明する。図1に示すように、図示しないポンプにより、ドープ35は流延ダイ21へ送られる。流延ダイ21に設けられた温調機により、ドープ35の温度は、30℃以上35℃以下の範囲で略一定に調節される。
【0039】
温調装置30は、流延ドラム22の周面の温度が、−20℃以上20℃以下の範囲で略一定になるように調節する。流延ドラム22は、軸を中心に回転する。これにより、周面はA方向へ走行する。周面の走行速度は、10m/分以上200m/分以下であることが好ましい。周面の走行速度の下限は、20m/分以上であることがより好ましい。
【0040】
流延ダイ21は、スリット出口からドープ35を流延ドラム22の周面に向けて流出する。流出したドープ35により、周面上には帯状の流延膜40が形成する。流延ドラム22は、流延膜40は搬送可能な状態となるまで、流延膜40を冷却する。流延ドラム22による冷却により、流延膜40をなすドープ35は、ゲル状となる結果、流延膜40は搬送可能な状態となる。その後、剥取ローラ24は、搬送可能となった流延膜40を、流延ドラム22から湿潤フィルム44として剥ぎ取り、渡り部45を介して、ピンテンタ13へ案内する。
【0041】
ここで、ゲル化とは、コロイド溶液がジェリー状に固化した状態の他、ドープの流動性が失われた状態を含む。なお、「ドープの流動性が失われた」とは、溶質が高分子の場合において、溶剤が溶質の分子鎖の中で保持された状態で流動性を失い、結果的に溶液の流動性が失われた状態と、溶質が低分子の場合において、溶剤の分子と溶質の分子との相互作用により、結果的に溶液の流動性が失われた状態とを含む。
【0042】
剥ぎ取り時の流延膜40の残留溶剤量は、200重量%以上300重量%以下であることが好ましい。なお、本発明では、流延膜40や各フィルム中に残留する溶剤量を乾量基準で示したものを残留溶剤量とする。また、その測定方法は、対象のフィルムからサンプルを採取し、このサンプルの重量をx、サンプルを乾燥した後の重量をyとするとき、{(x−y)/y}×100で算出する。
【0043】
ピンテンタ13は、湿潤フィルム44の両端を保持するピンを走行させることにより、湿潤フィルム44を搬送する。更に、ピンテンタ13は、湿潤フィルム44に乾燥風をあてて、湿潤フィルム44から溶剤を蒸発させる。耳切装置52aは、ピンテンタ13から送り出された湿潤フィルム44の両端を切断する。両端が切断された湿潤フィルム44は、クリップテンタ14aへ送られる。クリップテンタ14aにおける処理により、湿潤フィルム44はフィルム50となる。耳切装置52bは、クリップテンタ14aから送り出されたフィルム50の両端を切断する。
【0044】
両端が切り離されたフィルム50は、乾燥室15及び冷却室16を順次通過した後、巻取室17に送られる。巻取室17に送られたフィルム50は、プレスローラ56によって押し付けられながら巻き芯57に巻き取られ、ロール状となる。
【0045】
図2において、クリップテンタ14において、クリップ82はレール83に沿って、所定の速度で移動する。クリップ82の速度は、10m/分以上200m/分以下であることが好ましい。また、クリップ82の速度の下限は、20m/分以上であることがより好ましい。
【0046】
クリップテンタ14において、ケーシング80内に送られた湿潤フィルム44は、予熱エリア80a、延伸エリア80b、緩和エリア80c、及び冷却エリア80dを順次通過する。予熱エリア80aにおける湿潤フィルム44の幅はW1のままである。延伸エリア80bにおける湿潤フィルム44の幅は、Z1方向の下流側に向かうに従って、W1からW2へと次第に拡がる。緩和エリア80cにおける湿潤フィルム44の幅は、Z1方向の下流側に向かうに従って、W2からW3へと次第に狭まる。冷却エリア80dにおける湿潤フィルム44の幅はW3のままである。
【0047】
図4に示すように、温度調節風コントローラ93は、エリアごとに調節された温度調節風を、それぞれの送風ヘッド92へ供給する。各エリアに設けられた送風ヘッド92は、個別に調整された温度調節風を湿潤フィルム44に吹き付ける。第1予熱エリア80axにおける温度調節風の温度は、温度調節風を吹き付けられた湿潤フィルム44の温度がガラス転移温度に近づくような範囲である。第2予熱エリア80ayにおける温度調節風の温度は、温度調節風を吹き付けられた湿潤フィルム44の温度がガラス転移温度を超えるような範囲である。延伸エリア80b及び緩和エリア80cにおける温度調節風の温度は、温度調節風を吹き付けられた湿潤フィルム44の温度がガラス転移温度よりも高い状態を維持可能な範囲である。冷却エリア80dにおける温度調節風の温度は、温度調節風を吹き付けられた湿潤フィルム44の温度がガラス転移温度よりも低い状態となる範囲である。これにより、各エリアにおける湿潤フィルム44の温度は、図6(A)のように推移する。
【0048】
更に、温度調節風コントローラ93は、湿潤フィルム44における温度調節風の風速を、エリアごとに調整する。これにより、湿潤フィルム44に吹き付けられる風圧をエリアごとに調整することができる。
【0049】
本発明では、図6(B)のように、第1予熱エリア80axにおける風圧が第2予熱エリア80ayの風圧及び延伸エリア80bの風圧よりも大きい状態となるように、温度調節風コントローラ93が温度調節風の風速を調節する。このため、温度調節風の風圧の増大に起因する、湿潤フィルム44の変形を抑えることができる。このような湿潤フィルム44の変形は、湿潤フィルム44の遅相軸のばらつきを誘発する。したがって、本発明によれば、フィルム50の遅相軸のばらつきを抑制することができる。
【0050】
(第1予熱エリア)
第1予熱エリア80axに導入される湿潤フィルム44の残留溶剤量は10重量%以上80重量%以下であることが好ましい。また、第1予熱エリア80axにおけるΔT80axは−(Tg−60)℃以上−3℃以下であることが好ましい。そして、第1予熱エリア80axにおける温度調節風の風圧P80axは110Pa以上350Pa以下であることが好ましい。
【0051】
(第2予熱エリア)
第2予熱エリア80ayに導入される湿潤フィルム44の残留溶剤量は5重量%以上70重量%以下であることが好ましい。また、第2予熱エリア80ayにおけるΔT80ayは−10℃以上60℃以下であることが好ましい。そして、第2予熱エリア80ayにおける温度調節風の風圧P80ayは10Pa以上110Pa未満であることが好ましい。
【0052】
(延伸エリア)
延伸エリア80bに導入される湿潤フィルム44の残留溶剤量は、3重量%以上50重量%以下であることが好ましい。また、延伸エリア80bにおけるΔT80bは0℃以上80℃以下であることが好ましい。そして、延伸エリア80bにおける温度調節風の風圧P80bは10Pa以上110Pa未満であることが好ましい。延伸率(=W2/W1)は、例えば、100%より大きく200%以下であることが好ましい。
【0053】
(緩和エリア)
緩和エリア80cに導入される湿潤フィルム44の残留溶剤量は0.1重量%以上20重量%以下であることが好ましい。また、緩和エリア80cにおけるΔT80cは−10℃以上60℃以下であることが好ましい。そして、緩和エリア80cにおける温度調節風の風圧P80cは10Pa以上110Pa未満であることが好ましい。緩和率(=W3/W2)は、例えば、90%より大きく100%未満であることが好ましい。
【0054】
(冷却エリア)
冷却エリア80dに導入される湿潤フィルム44の残留溶剤量は0.1重量%以上20重量%以下であることが好ましい。また、冷却エリア80dにおけるΔT80dは−(Tg−60)℃以上−3℃以下であることが好ましい。そして、冷却エリア80dにおける温度調節風の風圧P80dは、延伸エリア80bにおける温度調節風の風圧P80bよりも大きいことが好ましい。冷却エリア80dにおける温度調節風の風圧P80dは、110Pa以上350Pa以下であることが好ましい。
【0055】
上記実施形態において、第1予熱エリア80axにおける風圧P80axは、冷却エリア80dにおける温度調節風の風圧P80dよりも大きいとしたが、本発明はこれに限られず、風圧P80axと風圧P80dとは、等しくても良いし、風圧P80axが風圧P80dよりも小さくてもよい。
【0056】
上記実施形態において、延伸エリア80bにおける温度調節風の風圧P80bと緩和エリア80cにおける温度調節風の風圧P80cとが等しいとしたが、本発明はこれに限られず、風圧P80bは風圧P80cよりも大きくても良いし、小さくても良い。また、延伸エリア80bにおける温度調節風の風圧P80bと第2予熱エリア80ayにおける温度調節風の風圧P80ayとが等しいとしたが、本発明はこれに限られず、風圧P80bは風圧P80ayよりも小さくても良い。
【0057】
次に、図7及び図8を用いて、支持体である流延バンドを有する溶液製膜設備110について説明する。溶液製膜設備110の説明では、溶液製膜設備10と異なる部品や部材についての説明を行い、溶液製膜設備10と同一の部品や部材については同一の符号を付し、その説明は省略する。
【0058】
溶液製膜設備110は、図7に示すように、流延室12と第1クリップテンタ14aと第2クリップテンタ14bと乾燥室15と冷却室16と巻取室17とを有する。
【0059】
流延室12には、流延装置111が設けられる。流延装置111は、フィードブロック112及び流延ダイ113を備える。
【0060】
図8に示すように、フィードブロック112は、配管115a〜115cから送られる各ドープ116a〜116cを合流させて、積層ドープ117をつくり、所定の流量の積層ドープ117を流延ダイ113へ送る。
【0061】
フィードブロック112内には、ブロック状のフィードブロック本体を貫通する流路119がZ方向に設けられる。フィードブロック本体の上面に流入口119iが、下面に流出口119oが開口している。流路119のうち上流側部分には、2つの仕切部材120a、120bが配される。仕切部材120a、121bは、流路119のうち上流側部分を、配管115aと連通する第1流路121、配管115bと連通する第2流路122、及び配管115cと連通する第3流路123に仕切る。第1流路121は、第2流路122及び第3流路123の間に設けられる。流路119のうち、仕切部材120a、120bの下流側には、合流部125が形成される。そして、流路119のうち、合流部125の下流側には、積層ドープ117が流れる積層ドープ流路126が形成される。
【0062】
合流部125のうち、第2流路122の出口、及び第3流路123の出口には、ディストリビューションピン131a、131bが設けられる。仕切部材120aは仕切部132aとベーン133aとを有し、仕切部材120bは、仕切部132bとベーン133bとを有する。
【0063】
流延ダイ113は、リップ板141、142と側板(図示しない)とを備える。幅方向に設けられるリップ板141、142は、離間するように流延ベルト154の移動方向に並べられる。側板は、リップ板141、142の間の隙間を塞ぐように、流延ベルト154の移動方向に設けられる。そして、リップ板141、142と側板とによって囲まれる部分が、スロット143となる。スロット143は、フィードブロック112の流出口119oと連通する流入口143i、及び積層ドープ117を流出する流出口143oを連通する。流出口143oは、矩形であり、幅方向に長く伸びるように形成される。
【0064】
図7に戻って、流延ダイ113の下方には、回転ローラ152、153が設けられる。回転ローラ152、153には、流延バンド154が掛け渡される。流延バンド154の一端と他端とが連結され、流延バンド154は環状となっている。回転ローラ152、153は図示しない駆動装置により回転し、この回転に伴い流延バンド154は移動する。流延ダイ113から流出した積層ドープ117は、移動する流延バンド154上にて積層流延膜155を形成する。
【0065】
流延バンド154の移動速度、すなわち流延速度が10m/分以上200m/分以下で移動できるものであることが好ましい。流延バンド154は、ステンレス製であることが好ましく、十分な耐腐食性と強度とを有するようにSUS316製であることがより好ましい。また、流延バンド154の全体の厚みムラは0.5%以下のものを用いることが好ましい。
【0066】
また、流延バンド154の表面温度を所定の値にするために、回転ローラ152、153に温調装置30が取り付けられていることが好ましい。流延バンド154は、その表面温度が−20℃〜40℃に調整可能なものであることが好ましい。温調装置30は、制御部の制御の下、所望の温度に調節された伝熱媒体を、回転ローラ152、153内に設けられる流路中を循環させる。この伝熱媒体の循環により、回転ローラ152、153の温度を所望の温度に保つことができる。
【0067】
更に、流延室12は、積層流延膜155に乾燥風をあてる送風装置157〜159を有する。送風装置157〜159は、流延ダイ113よりも流延バンド154の走行方向下流側に設けられる。積層流延膜155に乾燥風があたると、積層流延膜155から溶剤が蒸発する。流延ダイ113と送風装置157との間に、乾燥風を遮るラビリンスシールを設けてもよい。このラビリンスシールの設置により、流延直後の積層流延膜155と乾燥風との接触に起因する積層流延膜155の面状変動を抑制することができる。また、流延ダイ113と送風装置157との間に、積層流延膜155に急速乾燥風をあてる送風装置(以下、急速乾燥送風装置と称する)161を設けてもよい。なお、流延ダイ113と送風装置157との間にラビリンスシールを設ける場合には、ラビリンスシールと送風装置157との間に急速乾燥送風装置161を設けてもよい。積層流延膜155に急速乾燥風があたると、積層流延膜155に含まれる溶剤は、乾燥風があたる場合に比べて早い蒸発速度で蒸発する。これにより、積層流延膜155の表面にスキン層を形成することができる。積層流延膜155から溶剤を蒸発させる工程の初期段階において、積層流延膜155にスキン層を設けることにより、面状に優れた積層フィルムを製造することができる。
【0068】
その後、剥取ローラ24は、搬送可能となった積層流延膜155を、流延バンド154から湿潤フィルム44として剥ぎ取り、渡り部45を介して、クリップテンタ14aへ案内する。剥ぎ取り時の積層流延膜155の残留溶剤量は、10重量%以上80重量%以下であることが好ましい。渡り部45には、送風機167が備えられる。送風機167は、ローラ46により搬送される湿潤フィルム44に、所定の風をあてる。
【0069】
クリップテンタ14aは、湿潤フィルム44の幅方向両側縁部を把持する多数のクリップを有し、このクリップが延伸軌道上を走行する。クリップにより走行する湿潤フィルム44に対し乾燥風が送られ、湿潤フィルム44には、幅方向への延伸処理とともに乾燥処理が施される。これにより、湿潤フィルム44は積層フィルム168となって、乾燥室15へ送られる。
【0070】
乾燥室15から送出された積層フィルム168は、クリップテンタ14bへ導入される。クリップテンタ14bは、クリップテンタ14aと同様に、積層フィルム168に対し、幅方向への延伸処理とともに乾燥処理を施す。
【0071】
上記実施形態では、溶液製膜設備にて製造されたフィルムについて本発明を用いたが、溶融製膜設備にて製造されたフィルムについて本発明を用いることもできる。
【0072】
(光学フィルム)
本発明により得られるフィルム50は、特に、位相差フィルムや偏光板保護フィルムに用いることができる。
【0073】
フィルム50の幅は、600mm以上であることが好ましく、1400mm以上2500mm以下であることがより好ましい。また、本発明は、フィルム50の幅が2500mmより大きい場合にも効果がある。また、フィルム50の膜厚は、30μm以上120μm以下であることが好ましい。
【0074】
また、フィルム50の面内レターデーションReは、5nm以上300nm以下であることが好ましく、20nm以上300nm以下であることが好ましい。フィルム50の厚み方向レターデーションRthは、−100nm以上300nm以下であることが好ましい。
【0075】
面内レターデーションReの測定方法は次の通りである。面内レターデーションReは、サンプルフィルムを温度25℃,湿度60%RHで2時間調湿し、自動複屈折率計(KOBRA21DH 王子計測(株))にて632.8nmにおける垂直方向から測定したレターデーション値を用いた。なおReは以下式で表される。
Re=|n1−n2|×d
n1は遅相軸の屈折率,n2は進相軸の屈折率,dはフィルムの厚み(膜厚)を表す
【0076】
厚み方向レターデーションRthの測定方法は次の通りである。サンプルフィルムを温度25℃,湿度60%RHで2時間調湿し、エリプソメータ(M150 日本分光(株)製)で632.8nmにより垂直方向から測定した値と、フィルム面を傾けながら同様に測定したレターデーション値の外挿値とから下記式に従い算出した。
Rth={(n1+n2)/2−n3}×d
n3は厚み方向の屈折率を表す。
【0077】
また、Z1方向におけるフィルム50の遅相軸のズレ量Dは1.5°以下であることが好ましく、1.0°以下であることがより好ましく、0.6°以下であることが特に好ましい。
【0078】
(遅相軸のズレ量D)
Z1方向における遅相軸のズレ量Dは、例えば、以下のようにして測定できる。まず、フィルムにおいて、Z1方向の測定ラインを設ける。この測定ライン上に10個の測定点を設ける。各測定点における配向角θを測定する。得られた配向角θにおいて、最大値から最小値を減じたものを遅相軸のズレ量Dとすることができる。
【0079】
(ポリマー)
本発明に用いることのできるポリマーは、熱可塑性樹脂であれば特に限定されず、例えば、セルロースアシレート、ラクトン環含有重合体、環状オレフィン、ポリカーボネイト等が挙げられる。中でも好ましいのがセルロースアシレート、環状オレフィンであり、中でも好ましいのがアセテート基、プロピオネート基を含むセルロースアシレート、付加重合によって得られた環状オレフィンであり、さらに好ましくは付加重合によって得られた環状オレフィンである。
【0080】
(セルロースアシレート)
セルロースアシレートとしては、セルローストリアセテート(TAC)が特に好ましい。そして、セルロースアシレートの中でも、セルロースの水酸基へのアシル基の置換度が下記式(I)〜(III)において、A及びBは、セルロースの水酸基中の水素原子に対するアシル基の置換度を表し、Aはアセチル基の置換度、Bは炭素原子数が3〜22のアシル基の置換度である。なお、TACの90重量%以上が0.1〜4mmの粒子であることが好ましい。ただし、本発明に用いることができるポリマーは、セルロースアシレートに限定されるものではない。
(I) 2.0≦A+B≦3.0
(II) 0≦A≦3.0
(III) 0≦B≦2.9
【0081】
セルロースを構成するβ−1,4結合しているグルコース単位は、2位、3位および6位に遊離の水酸基を有している。セルロースアシレートは、これらの水酸基の一部または全部を炭素数2以上のアシル基によりエステル化した重合体(ポリマー)である。アシル置換度は、2位、3位及び6位それぞれについて、セルロースの水酸基がエステル化している割合(100%のエステル化の場合を置換度1とする)を意味する。
【0082】
全アシル化置換度、すなわち、DS2+DS3+DS6の値は、2.00〜3.00が好ましく、より好ましくは2.22〜2.90であり、特に好ましくは2.40〜2.88である。また、DS6/(DS2+DS3+DS6)の値は、0.28が好ましく、より好ましくは0.30以上であり、特に好ましくは0.31〜0.34である。ここで、DS2は、グルコース単位における2位の水酸基の水素がアシル基によって置換されている割合(以下「2位のアシル置換度」とする)であり、DS3は、グルコース単位における3位の水酸基の水素がアシル基によって置換されている割合(以下「3位のアシル置換度」という)であり、DS6は、グルコース単位において、6位の水酸基の水素がアシル基によって置換されている割合(以下「6位のアシル置換度」という)である。
【0083】
本発明のセルロースアシレートに用いられるアシル基は1種類だけでもよいし、あるいは2種類以上のアシル基が用いられてもよい。2種類以上のアシル基を用いるときには、その1つがアセチル基であることが好ましい。2位、3位及び6位の水酸基がアセチル基により置換されている度合いの総和をDSAとし、2位、3位及び6位の水酸基がアセチル基以外のアシル基によって置換されている度合いの総和をDSBとすると、DSA+DSBの値は、2.22〜2.90であることが好ましく、特に好ましくは2.40〜2.88である。
【0084】
また、DSBは0.30以上であることが好ましく、特に好ましくは0.7以上である。さらにDSBは、その20%以上が6位の水酸基の置換基であることが好ましく、より好ましくは25%以上であり、30%以上がさらに好ましく、特には33%以上であることが好ましい。さらに、セルロースアシレートの6位におけるDSA+DSBの値が0.75以上であり、さらに好ましくは0.80以上であり、特には0.85以上であるセルロースアシレートも好ましく、これらのセルロースアシレートを用いることで、より溶解性に優れたドープを作製することができる。特に、非塩素系有機溶剤を使用すると、優れた溶解性を示し、低粘度で濾過性に優れるドープを作製することができる。
【0085】
セルロースアシレートの原料であるセルロースは、リンター、パルプのいずれかから得られたものでもよい。
【0086】
本発明におけるセルロースアシレートの炭素数2以上のアシル基としては、脂肪族基でもアリール基でもよく、特には限定されない。例えば、セルロースのアルキルカルボニルエステル、アルケニルカルボニルエステル、芳香族カルボニルエステル、芳香族アルキルカルボニルエステルなどが挙げられ、それぞれ、さらに置換された基を有していてもよい。これらの好ましい例としては、プロピオニル基、ブタノイル基、ペンタノイル基、ヘキサノイル基、オクタノイル基、デカノイル基、ドデカノイル基、トリデカノイル基、テトラデカノイル基、ヘキサデカノイル基、オクタデカノイル基、iso−ブタノイル基、t−ブタノイル基、シクロヘキサンカルボニル基、オレノイル基、ベンゾイル基、ナフチルカルボニル基、シンナモイル基などが挙げられる。これらの中でも、プロピオニル基、ブタノイル基、ドデカノイル基、オクタデカノイル基、t−ブタノイル基、オレオイル基、ベンゾイル基、ナフチルカルボニル基、シンナモイル基などがより好ましく、特に好ましくは、プロピオニル基、ブタノイル基である。
【0087】
(溶剤)
ドープを調製する溶剤としては、芳香族炭化水素(例えば、ベンゼン、トルエンなど)、ハロゲン化炭化水素(例えば、ジクロロメタン、クロロベンゼンなど)、アルコール(例えば、メタノール、エタノール、n−プロパノール、n−ブタノール、ジエチレングリコールなど)、ケトン(例えば、アセトン、メチルエチルケトンなど)、エステル(例えば、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピルなど)及びエーテル(例えば、テトラヒドロフラン、メチルセロソルブなど)などが挙げられる。
【0088】
上記のハロゲン化炭化水素の中でも、炭素原子数1〜7のハロゲン化炭化水素が好ましく用いられ、ジクロロメタンが最も好ましく用いられる。TACの溶解性、流延膜の支持体からの剥ぎ取り性、フィルムの機械的強度及び光学特性など物性の観点から、ジクロロメタンの他に炭素原子数1〜5のアルコールを1種ないし数種類混合することが好ましい。アルコールの含有量は、溶剤全体に対して2〜25重量%が好ましく、より好ましくは5〜20重量%である。アルコールとしては、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノールなどが挙げられるが、メタノール、エタノール、n−ブタノール、あるいはこれらの混合物が好ましく用いられる。
【0089】
最近、環境に対する影響を最小限に抑えることを目的に、ジクロロメタンを使用しない溶剤組成も検討されている。この場合には、炭素原子数が4〜12のエーテル、炭素原子数が3〜12のケトン、炭素原子数が3〜12のエステル、炭素数1〜12のアルコールが好ましく、これらを適宜混合して用いる場合もある。例えば、酢酸メチル、アセトン、エタノール、n−ブタノールの混合溶剤が挙げられる。これらのエーテル、ケトン、エステル及びアルコールは、環状構造を有するものであってもよい。また、エーテル、ケトン、エステル及びアルコールの官能基(すなわち、−O−、−CO−、−COO−および−OH)のいずれかを2つ以上有する化合物も溶剤として用いることができる。
【0090】
セルロースアシレートの詳細については、特開2005−104148号[0140]段落から[0195]段落に記載されており、これらの記載も本発明に適用することができる。また、溶剤及び可塑剤、劣化防止剤、紫外線吸収剤(UV剤)、光学異方性コントロール剤、レターデーション制御剤、染料、マット剤、剥離剤、剥離促進剤などの添加剤についても、同じく特開2005−104148号の[0196]段落から[0516]段落に詳細に記載されており、これらの記載も本発明に適用することができる。
【実施例】
【0091】
次に、本発明の効果の有無を確認するために、図7に示す溶液製膜設備110にて積層フィルム168を製造した。
【0092】
(セルロースアシレートの調製)
表1に記載のアシル基の種類、置換度の異なるセルロースアシレートを調製した。これは、触媒として硫酸(セルロース100質量部に対し7.8質量部)を添加し、アシル置換基の原料となるカルボン酸を添加し40℃でアシル化反応を行った。この時、カルボン酸の種類、量を調整することでアシル基の種類、置換度を調整した。またアシル化反応の後に40℃で熟成を行った。さらに、この熟成後、アセトンで洗浄し、セルロースアシレートのうち低分子量成分を除去した。なお、表1の置換度Aは、アセチル基の置換度であり、Bは、他の置換基Xの置換度である。
【0093】
【表1】

【0094】
第1〜第3ドープの成分を以下に示す。
【0095】
(第1ドープ)
セルロースアシレート樹脂(表1に記載のC−2) 100 質量部
添加剤A(表2に記載のA−3) 19 質量部
化合物D(化1) 4 質量部
ジクロロメタン 428 質量部
メタノール 64 質量部
【0096】
(第2ドープ)
セルロースアシレート樹脂(表1に記載のC−1) 100 質量部
添加剤A(表2に記載のA−3) 11.3 質量部
化合物D(化1) 4 質量部
マット剤 0.13質量部
ジクロロメタン 400 質量部
メタノール 60 質量部
【0097】
(第3ドープ)
セルロースアシレート樹脂(表1に記載のC−1) 100 質量部
添加剤A(表2に記載のA−3) 11.3 質量部
化合物D(化1) 4 質量部
マット剤(日本エアロジル(株)製のAEROSIL R972 2次平均粒子サイズ1.0μm以下) 0.13質量部
ジクロロメタン 400 質量部
メタノール 60 質量部
【0098】
【表2】

【0099】
表2において、「PA」はフタル酸を表す。同様に、「TPA」はテレフタル酸を、「IPA」はイソフタル酸を、「AA」はアジピン酸を、「SA」はコハク酸を表す。「NPA」は、ナフタレンジカルボン酸を表し、「−」の前の数字は、カルボン酸の置換位置を表す。また、「PD」はプロパンジオールを表し、「BD」はブタンジオールを表し、「CH」は、シクロヘキサンジメタノールを表す。そして、「AE残基」はアセチルエステル残基を、「PE残基」はプロピオニルエステル残基を表す。
【0100】
【化1】

【0101】
第1ドープ116aの成分をそれぞれミキシングタンクに投入し、攪拌してポリマーを溶剤に溶解させた。その後、平均孔径34μmのろ紙、平均孔径10μmの焼結金属フィルターを用いて、ろ過した。これにより、第1ドープ116aを調製した。同様にして、第2ドープ116bの成分をそれぞれミキシングタンクに投入して第2ドープ116bを、第3ドープ116cの成分をそれぞれミキシングタンクに投入して第3ドープ116cを調製した。
【0102】
(実験1)
流延バンド154の移動速度V1は、40m/分であった。温調装置30により、流延バンド154の温度は、30℃で略一定になるように調節した。フィードブロック112は、各ドープ116a〜116cから積層ドープ117をつくり、積層ドープ117を流延ダイ113へ送った。流延ダイ113は、積層ドープ117を流延バンド154上に流出し、積層流延膜155を形成した。積層流延膜155は、流延バンド154側から第2層、第1層、第3層の順に重なる構造を有していた。第1ドープ116aからなる第1層の厚みは60μmであり、第2ドープ116bからなる第2層及び第3ドープ116cからなる第3層の厚みはそれぞれ3μmであった。急速乾燥送風装置161は、温度が50℃の急速乾燥風を積層流延膜165にあてて、積層流延膜165の表面にスキン層を形成した。送風装置157〜159は、積層流延膜165に乾燥風をあてて、積層流延膜165から溶媒を蒸発させた。剥取ローラ24を用いて、搬送可能となった積層流延膜165を流延バンド154から剥ぎ取った。積層流延膜165の剥ぎ取り時における残留溶媒量は、20質量%以上50質量%以下であった。
【0103】
剥ぎ取った湿潤フィルム44をクリップテンタ14aへ送った。クリップテンタ14aにおいて、湿潤フィルム44は第1予熱エリア80ax、第2予熱エリア80ay、延伸エリア80b、緩和エリア80c、及び冷却エリア80dの順に通過した。
【0104】
第1予熱エリア80axに導入される湿潤フィルム44の残留溶剤量は28重量%であった。第1予熱エリア80axにおけるΔT80axは−10℃であった。そして、第1予熱エリア80axにおける温度調節風の風圧P80axはP1(表3参照)であった。
【0105】
第2予熱エリア80ayに導入される湿潤フィルム44の残留溶剤量は20重量%であった。第2予熱エリア80ayにおけるΔT80ayは15℃であった。そして、第2予熱エリア80ayにおける温度調節風の風圧P80ayはP2(表3参照)であった。
【0106】
延伸エリア80bに導入される湿潤フィルム44の残留溶剤量は15重量%であった。延伸エリア80bにおけるΔT80bは35℃であった。そして、延伸エリア80bにおける温度調節風の風圧P80bはP2(表3参照)であった。延伸率(=W2/W1)は125%であった。
【0107】
緩和エリア80cに導入される湿潤フィルム44の残留溶剤量は12重量%であった。また、緩和エリア80cにおけるΔT80cは25℃であった。そして、緩和エリア80cにおける温度調節風の風圧P80cはP2(表3参照)であった。緩和率(=W3/W2)は99%であった。
【0108】
冷却エリア80dに導入される湿潤フィルム44の残留溶剤量は10重量%であった。また、冷却エリア80dにおけるΔT80dは−30℃であった。そして、冷却エリア80dにおける温度調節風の風圧P80dは、P3(表3参照)であった。
【0109】
クリップテンタ14aから送出された積層フィルム168を、乾燥室15、クリップテンタ14b、冷却室16、巻取室17へ順次送った。
【表3】

【0110】
(実験2〜4)
流延バンド154の移動速度V1、各エリアにおける風圧P1〜P3を表3に示すものとしたこと以外は、実験1と同様にして、積層フィルム168をつくった。
【0111】
(評価)
実験1〜4にて得られた積層フィルム168について、Z1方向における遅相軸のズレ量Dを測定した。各積層フィルム168の遅相軸のズレ量Dは、表3に示すとおりである。
【符号の説明】
【0112】
10 溶液製膜設備
14 クリップテンタ
50 フィルム
80a 予熱エリア
80ax 第1予熱エリア
80ay 第2予熱エリア
80b 延伸エリア
90 送風装置
92 送風ヘッド
93 温度調節風コントローラ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
温度調節風の吹きつけにより温度が調節された帯状の熱可塑性フィルムを延伸する熱可塑性フィルムの延伸方法において、
前記熱可塑性フィルムの幅方向両縁部を把持した1対のクリップを用いて、前記熱可塑性フィルムを長手方向へ搬送する搬送工程が行われ、
前記搬送工程は、前記幅方向両縁部を把持した状態の前記1対のクリップの間隔を広げ、ガラス転移温度以上となった前記熱可塑性フィルムを幅方向へ延伸する延伸工程と、この延伸工程の前に行われ、前記熱可塑性フィルムを予熱する予熱工程とを有し、
前記予熱工程では、前記熱可塑性フィルムの温度がガラス転移温度に近づくように前記熱可塑性フィルムを予熱する第1予熱工程と、前記熱可塑性フィルムの温度がガラス転移温度を超えるように前記熱可塑性フィルムを予熱する第2予熱工程とが順次行われ、
前記熱可塑性フィルムにおける前記温度調節風の風圧は、前記第2予熱工程及び前記延伸工程よりも前記第1予熱工程の方が大きいことを特徴とする熱可塑性フィルムの延伸方法。
【請求項2】
前記搬送工程では、
前記熱可塑性フィルムの温度がガラス転移温度よりも低い状態となるように、前記熱可塑性フィルムに前記温度調節風を吹き付ける冷却工程が行われ、
前記熱可塑性フィルムにおける前記温度調節風の風圧は、前記延伸工程よりも前記冷却工程の方が大きいことを特徴とする請求項1記載の熱可塑性フィルムの延伸方法。
【請求項3】
ポリマー及び溶剤を含むドープからなる帯状の流延膜を支持体上に形成する工程と、
前記支持体から前記流延膜を剥ぎ取って、前記湿潤フィルムとする工程と、
前記湿潤フィルムから溶剤を蒸発させる乾燥工程とを有し、
この乾燥工程により得られた前記熱可塑性フィルムについて、請求項1または2記載の熱可塑性フィルムの延伸方法を行うことを特徴とする溶液製膜方法。
【請求項4】
帯状の熱可塑性フィルムが長手方向に搬送される搬送路であって、この搬送路の両側に設けられた対のレールと、このレールに沿って移動自在であり、前記熱可塑性フィルムの幅方向両縁部を把持可能な把持手段とを備え、前記熱可塑性フィルムを長手方向へ搬送する搬送手段と、
前記搬送されている前記熱可塑性フィルムに温度調節風を吹きつけて、前記熱可塑性フィルムの温度を調節する温度調節手段とを有し、
前記熱可塑性フィルムの搬送路には、前記対のレール間隔が一定である第1予熱エリア及び第2予熱エリアと、前記対のレール間隔が前記搬送方向上流側から下流側に向かって大きくなる延伸エリアとが搬送方向上流側から順次設けられ、
前記温度調節手段は、前記熱可塑性フィルムに吹き付ける温度調節風の温度及び風速を調節する調節部を備え、
前記調節部は、前記第1予熱エリアの前記熱可塑性フィルムの温度がガラス転移温度に近づくように、かつ、前記第2予熱エリアの前記熱可塑性フィルムの温度がガラス転移温度を超えるように、前記温度調節風の温度を調節し、
前記調節部は、前記第1予熱エリアにおける前記温度調節風の風圧が前記第2予熱エリア及び前記延伸エリアにおける前記温度調節風の風圧よりも大きい状態となるように、前記熱可塑性フィルムに吹き付ける温度調節風の風速を調節することを特徴とする熱可塑性フィルムの延伸装置。
【請求項5】
前記熱可塑性フィルムの搬送路には、前記対のレール間隔が一定である冷却エリアが前記延伸エリアよりも搬送方向下流側に設けられ、
前記調節部は、前記冷却エリアにおける前記温度調節風の風圧が前記延伸エリアにおける前記温度調節風の風圧よりも大きい状態となるように、前記熱可塑性フィルムに吹き付ける温度調節風の風速を調節することを特徴とする請求項4記載の熱可塑性フィルムの延伸装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−183683(P2011−183683A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−51667(P2010−51667)
【出願日】平成22年3月9日(2010.3.9)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】