説明

熱可逆反応型高分子化合物

【課題】バイオマス資源の有効利用を図るため、植物の主要構成成分であるリグニンを原料として、マテリアルリサイクルが可能な熱可逆型硬化物を提供する。
【解決手段】ポリオールに溶解したリグニン物質と、カルボキシ化合物とが反応して得られるポリエステル化合物のカルボキシ基に、フラン環とエポキシ基を有する化合物を付加させたポリエステル化合物と、多価マレイミド化合物とを含有し、可逆的なDiels−Alder反応を起こさせることにより、硬化させることもできれば軟化させることもできる熱可逆反応型高分子化合物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は熱可逆反応型高分子化合物に関し、詳しくはフラン環を有するリグニン由来のポリエステル化合物と、多価マレイミド化合物とを含有する熱可逆反応型高分子化合物、更に固体充填物を含有する熱可逆反応型高分子化合物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、合成高分子は天然高分子とは異なり、生分解性を有しないことから、地球環境を悪化させる原因の1つとなっている。そこで、自然環境に廃棄しても、その環境悪化を生じることのない高分子の開発が強く要望されている。本発明者は、先にこの問題を解決する材料として、リグニン物質をポリオールに溶解させて形成したポリオール溶液に、多価カルボン酸無水物を反応させて形成した多価カルボン酸を提案した(特許文献1)。
【0003】
特許文献1において、本発明者は、多価カルボン酸無水物の強度を向上させるために、多価カルボン酸にエポキシ樹脂を添加して、硬化させることを提案した。
しかしながら、この方法では一度硬化した材料は再び軟化することがないことから、再利用することはできないものであった。そこで、再度軟化させることにより再利用可能な材料として、熱により可逆的な架橋構造を形成可能な高分子の開発が期待されている。
【0004】
一方、熱により可逆的な架橋構造を形成する高分子として、物理的架橋法によるものと化学的架橋法が知られている。物理的架橋法には、結晶性のブロックを混在させて結晶により架橋を形成させる方法があり、化学的架橋法には、熱により可逆的に解離するようなイオン相互作用や水素結合を利用する方法と、Diels−Alder反応等の熱的に可逆な反応を利用する方法がある。
【0005】
前記Diels−Alder反応を利用した化学的架橋法としては、フラン構造等のジエンとマレイミド構造等のジエノフィルとの組み合わせを利用したDiels−Alder型の熱可逆型ポリマーが知られている。例えば、Gousseらは、フラン構造を有するポリスチレン誘導体とビスマレイミドとの反応によって、熱可逆的な架橋形成について報告している(非特許文献1)。また、Imaiらは、フラン及びマレイミド構造をペンダントとして有するポリオキサゾリン誘導体をそれぞれ調製し、これらの混合物の熱可逆性ヒドロゲル形成について報告している(非特許文献2)。また、Watanabeらは、生分解性脂肪族系ポリエステルにDiels−Alder官能基を導入したリサイクル性バイオプラスチックを報告している(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−284791
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Macromolecules,31,314 (1998)
【非特許文献2】Macromolecules,33,4343 (2000)
【非特許文献3】M.Watanabe,N.Yoshie,Polymer,47,4946(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、リグニンを基本構造として利用した、熱可逆架橋構造形成能を有するポリマーについては、未だ報告されていない。本発明は、植物の主要構成成分であるリグニンを原料として、マテリアルリサイクルが可能な熱可逆型硬化物を提供し、バイオマス資源の有効利用を図ることを、その課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、リグニンが1分子中に複数の水酸基を有することに着目して、リグニンを架橋点とする熱可逆反応型高分子化合物の開発を試み、本発明に到達した。
本発明によれば、以下に示す熱可逆反応型高分子化合物が提供される。
[1] ポリオールに溶解したリグニン物質と、カルボキシ化合物とが反応して得られるポリエステル化合物であって、カルボキシ化合物に由来する部分がフラン環を有するポリエステル化合物と、
多価マレイミド化合物とを含有することを特徴とする熱可逆反応型高分子化合物。
[2] 前記ポリエステル化合物のカルボキシ化合物に由来する部分が、下記式(1)で表される構造を有する、前記1に記載の熱可逆反応型高分子化合物。
【化9】

[(式中、k1、k2は1〜6の整数、mは0又は1の整数、nは0又は1の整数、R1は水素、または炭素数1〜10の飽和又は不飽和の炭化水素基であり、(CHk1、(CHk2はC1〜C6アルキル基で置換することができる。]
[3] 前記ポリエステル化合物が、ポリオールに溶解したリグニン物質に多価カルボン酸無水物を反応させて多価カルボン酸とし、該多価カルボン酸に下記式(2)で表される化合物を反応させることにより得られる化合物である、前記1又は2に記載の熱可逆反応型高分子化合物。
【化10】

[(式中、(k1、k2は1〜6の整数、mは0又は1の整数、nは0又は1の整数、R1は水素、または炭素数1〜10の飽和又は不飽和の炭化水素基であり、CHk1、(CHk2はC1〜C6アルキル基で置換することができる。]
[4] 前記式(2)で表される化合物が、フラングリシジルエーテル、フラングリシジルエステルのいずれかである、前記3に記載の熱可逆反応型高分子化合物。
[5] 前記カルボキシ基化合物が、下記式(3)で表される化合物である、前記1又は2に記載の熱可逆反応型高分子化合物。
【化11】

[式中、k1、k2は1〜6の整数、mは0又は1の整数、nは0又は1の整数、R1は水素、または炭素数1〜10の飽和又は不飽和の炭化水素基、Rは2価脂肪族基及び2価芳香族基等の2価有機基であり、(CHk1、(CHk2はC1〜C6アルキル基で置換することができる。]
[6] 前記式(3)で表される化合物が、2−フランカルボン酸、2−アルキル−ω−カルボン酸のいずれかである、前記5に記載の熱可逆反応型高分子化合物。
[7] 前記多価マレイミド化合物が、下記(4)式で表される多価マレイミド化合物である、前記1〜6のいずれかに記載の熱可逆反応型高分子化合物。
【化12】

[(4)式中、R3は下記(5)式又は(6)式で表される基である。]
【化13】

[(5)式中、k4は0〜10の整数、m2は0〜10の整数である。]
【化14】

[(6)式中、基Xは、下記(7)式又は(8)式で表される基である。]
【化15】

[(7)式中、k5は1〜12の整数である。]
【化16】

[(8)式中、k6は1〜6の整数、m3は1〜10の整数である。]
[8] 固体充填物を含有することを特徴とする前記1〜6のいずれかに記載の熱可逆反応型高分子化合物。
[9] 前記固体充填物が粘土鉱物、無機物粉末、木粉、パルプ、多糖類粉末、各種の植物粉末のいずれかである前記7に記載の熱可逆反応型高分子化合物。
[10] 固体充填物の含有量が前記1〜6に記載の熱可逆反応型高分子化合物100重量部に対して、10〜2000重量部である、前記7又は8に記載の熱可逆反応型高分子化合物。
【発明の効果】
【0010】
本発明の熱可逆反応型高分子化合物は、ポリオールに溶解したリグニン物質を基本構造とするポリエステル化合物と多価マレイミド化合物とを含有することにより、熱可逆的なDiels−Alder反応により硬化させることもできれば、再度軟化させることができるものである。
本発明の熱可逆反応型高分子化合物はリグニン物質を基本構造とすることから生分解性を有し、自然環境に廃棄しても、その環境を悪化させることがないものである。
また、本発明においては、ポリオールに溶解したリグニン物質とカルボキシ化合物とを反応させてエステル化しているため、ポリオールの種類を選択することにより、得られる高分子化合物の強度などの物性を調整することができる。
本発明においては、ポリエステル化合物を構成するカルボキシ化合物に特定の化学構造を介してフラン環を導入することにより、リグニン物質との馴染みを良くすることができ、特定の構造の多価マレイミド化合物を用いることにより、リグニン物質との馴染みを良くすることができるので、得られる熱可逆反応型高分子化合物が均質なポリマーとなり、強度などの物性に優れたものとなる。
本発明の熱可逆反応型高分子化合物は、固体充填物を含有することにより、更に生分解性に優れたものとなり、また広範な物性を有する材料となる。

【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の熱可逆反応型高分子化合物について詳細に説明する。
本発明の熱可逆反応型高分子化合物(以下、単に高分子化合物ともいう。)は、フラン環を有するポリエステル化合物と多価マレイミド化合物とを含有し、ポリエステル化合物が有するフラン環のジエンと、マレイミドを構成するジエノフィルとが可逆的なDiels−Alder反応を起こすものである。可逆的なDiels−Alder反応を起こす化合物は従来公知であるが、本発明の特徴は、ポリエステル化合物が、ポリオールに溶解したリグニン物質と、カルボキシ化合物とが反応して得られるポリエステル化合物であって、カルボキシ化合物に由来する部分がフラン環を有することにある。
【0012】
本発明で用いるリグニン物質には、リグニン及びその変性体が包含される。このリグニン物質は、木材や竹、ワラ等から分離されたもので、フェニルプロパンを骨格とする構成単位体が縮合して形成された分子量が800〜10000の重合体であり、従来公知の物質である。このものは、通常、粉体状で取扱われている。
【0013】
リグニン物質が溶解したポリオールは分子中にヒドロキシル基を少なくとも2つ含有する液状化合物であり、このようなものとしては、例えば、エチレングレコール、ジニチレングリコール、1.4−ブタンジオール、1.6−ヘキサンジオール、ネオベンチルグリコール、トリメチロールブロパン、グリセリン、トリエタノールアミン、ソルビトール等の低分子量ポリオール:ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコール、エチレンオキシド/プロピレンオキシド共重合体等のポリエーテルポリオール:ポリカプロラクトン、ポリ−β−メチル−δ−プチロラクトン、ジオールと二塩基酸からのポリエステル等が挙げられる。その他、水酸基含有液状ポリブタジエン、ポリカーボネートジオール、アクリルポリオール等が挙げられる。
【0014】
本発明においてはポリオールの種類を選択することにより、得られるポリエステル化合物の強度、更には最終的な熱可逆反応型高分子化合物の強度を調整することができる。例えば、分子量の小さいポリエチレングリコールを用いると、得られるポリエステル化合物の強度は高くなり、分子量の大きいポリエチレングリコールを用いると、得られるポリエステル化合物の強度が小さくなる。また、グリセリン等の多価ポリオールを用いるとポリオール分子あたりのカルボキシル基の数が増すため、得られるポリエステル化合物の強度は高くなる。

【0015】
本発明の高分子化合物が含有するポリエステル化合物は、カルボキシ化合物に由来する部分がフラン環を有するものである。具体的には、該部分が下記式(1)で表される構造を有することが好ましい。このような構造を有する化合物は、リグニン物質やポリオールとの馴染みが良いものであり、m=1のエーテル基を有するものが特に好ましい。
【化17】

式中、k1、k2は1〜6の整数、mは0又は1の整数、nは0又は1の整数、R1は水素、または炭素数1〜10の飽和又は不飽和の炭化水素基であり、(CHk1、(CHk2はC1〜C6アルキル基で置換することができる。
【0016】
本発明において、上記式(1)で表される構造の置換基を有するポリエステル化合物を得るには、先ずカルボキシ化合物とポリオールに溶解したリグニン物質とをエステル化反応させてポリエステル化合物を製造し、次にカルボキシ化合物に由来する部分にフラン環を導入する方法がある。また、フラン環が導入されたカルボキシ化合物とポリオールに溶解したリグニン物質とをエステル化反応させる方法もある。
【0017】
次に、ポリエステル化合物を製造してから、フラン環を導入する方法について説明する。
まず、前記ポリオールに溶解したリグニン物質に多価カルボン酸無水物をエステル化反応させて多価カルボン酸を製造し、次に多価カルボン酸に後述するフラン環とエポキシ基とを有する化合物を反応させることにより、前記ポリエステル化合物を得ることができる。
【0018】
前記多価カルボン酸を製造するには、先ず、リグニン物質とポリオールとを混合し、リグニン物質を溶解状で含むポリオール溶液を調製する。この場合、リグニン物質の使用割合は、ポリオール1重量部に対して0.1〜10重量部、好ましくは0.5〜5重量部の割合である。リグニン物質の使用割合が多すぎると、ポリオールに均一に溶解させるのが困難になり、均一なポリオール溶液が得られなくなる。
【0019】
次に、前記リグニン物質を溶解状態で含むポリオール溶液に多価カルボン酸無水物を混合し、エステル化反応させる。その場合、反応混合物中に触媒を存在させることが好ましい。この場合の触媒としては、従来公知のエステル化反応触媒を用いることができる。反応温度は30〜150℃、好ましくは50〜100℃であり、反応応力は、常圧又は減圧が採用される。
【0020】
前記多価カルボン酸無水物には、2〜6価、好ましくは2〜4価のカルボン酸無水物が包含されるが、好ましくは2価カルボン酸無水物が用いられる。このような多価カルボン酸無水物は、従来公知の物質であり、例えば、次の一般式(9)で表わすことができる。
【化18】

前記式中、Rは2価脂肪族基及び2価芳香族基等の2価有機基を示す。2価脂肪族基には、鎖状又は環状のものが包含され、鎖状のものには、炭素数1〜12、好ましくは2〜8のアルキレン基が包含され、環状のものには、炭素数5〜12、好ましくは6〜8のシクロアルキレン基が包含される。2価芳香族基には、アリーレン基及びアリールジアルキレン基が包含される。これらの2価脂肪族基及び2価芳香族基には、置換基、例えば、カルボキシル基や、酸無水物基、アミノ基等が結合していてもよい。前記多価カルボン酸無水物の具体例を示すと、例えば、マロン酸無水物、コハク酸無水物、グルタル酸無水物、アジピン酸無水物、ピメリン酸無水物、スベリン酸無水物、アゼライン酸無水物、メチルナジック酸無水物、アルケニルコハク酸無水物、ヘキサヒドロフタル酸無水物等の脂肪族多価カルボン酸無水物や、トリメリット酸無水物、ピロメリット酸無水物、ベンゾフェノンテトラカルボン酸無水物、フタル酸無水物等の芳香族多価カルボン酸無水物等が挙げられる。
【0021】
前記リグニン物質に対する多価カルボン酸無水物のエステル化反応は、次式で表わすことができる。
【化19】

前記式中、[A]はリグニン物質からそれに含まれるヒドロキシル基を除いた残基を示す。R2は前記2価有機基を示す。
【0022】
また、ポリオール中の水酸基に対する多価カルボン酸無水物のエステル化反応は、次式で表わすことができる。
【化20】

前記式中、[P]はリグニン物質からそれに含まれるヒドロキシル基を除いた残基を示す。R2は前記2価有機基を示す。
【0023】
このエステル化反応においては、前記反応式からわかるように、ポリオール溶液に含まれるヒドロキシル基(即ち、リグニン物質に含まれるヒドロキシル基とポリオールに含まれるヒドロキシル基を合計した量のヒドロキシル基)1モルに対して、多価カルボン酸無水物1モルが反応するときには、遊離カルボキシル基(−COOH)1モルを含有するエステル化反応生成物が得られる。この反応においては、反応生成物中に含まれる遊離カルボキシル基の割合は、使用する多価カルボン酸無水物の量で調節することができる。ここで、多価カルボン酸無水物の使用割合は、ポリオール溶液中に含まれる全遊離ヒドロキシル基(−OH基)の当量数に対して、1つのカルボン酸無水物基を1当量と換算して、0.8〜2倍当量、好ましくは0.8〜1.2倍当量である。得られるエステル化反応生成物は、常温において液状又は固体状のものである。
【0024】
前記多価カルボン酸に下記(2)式で表されるフラン環とエポキシ基を有する化合物を反応させれば、本発明の高分子化合物が含有するポリエステル化合物を得ることができる。
【化21】

式中、k1、k2は1〜6の整数、mは0又は1の整数、nは0又は1の整数、R1は水素、または炭素数1〜10の飽和又は不飽和の炭化水素基であり、(CHk1、(CHk2はC1〜C6アルキル基で置換することができる。
【0025】
式(2)で表される化合物の好ましい例としては、フラングリシジルエーテル、フラングリシジルエステル等が挙げられる。

【0026】
この(2)式で表される化合物と前記多価カルボン酸との反応においては、前記多価カルボン酸に含まれるカルボキシ基1モルに対して、(2)式で表される化合物1モルが反応するときには、遊離カルボキシル基(−COOH)1モルを含有するポリエステル化合物が得られる。この反応においては、反応生成物中に含まれる遊離カルボキシル基の割合は、使用する(2)式で表される化合物の量で調節することができる。ここで、2)式で表される化合物の使用割合は、前記多価カルボン酸に含まれる全遊離カルボキシル基(−COOH)の当量数に対して、0.8〜1.2倍当量、好ましくは0.9〜1.1倍当量である。得られるポリエステル化合物は、常温において固体状である。
【0027】
次に、先ずフラン環をカルボキシ化合物に導入して、下記(3)式で表される化合物を製造し、次に該カルボキシ化合物をポリオールに溶解したリグニン物質と反応させることにより前記ポリエステル化合物を製造する場合について説明する。
【化22】

式中、k1、k2は1〜6の整数、mは0又は1の整数、nは0又は1の整数、R1は水素、または炭素数1〜10の飽和又は不飽和の炭化水素基、R2は前記カルボン酸無水物と同様の2価脂肪族基及び2価芳香族基等の2価有機基であり、(CHk1、(CHk2はC1〜C6アルキル基で置換することができる。
【0028】
この(3)式で表される化合物(n=1)は、例えば前記(2)式で表される化合物に、下記(17)式で表されるジカルボン酸を反応させることにより得ることができる。
【化23】

式中、R2は前記2価有機基を示す。
【0029】
この前記(2)式で表される化合物とジカルボン酸との反応においては、ジカルボン酸に含まれるカルボキシ基1モルに対して、(2)式で表される化合物1モルが反応するときには、遊離カルボキシル基(−COOH)1モルを含有するポリエステル化合物が得られる。この反応においては、反応生成物中に含まれる遊離カルボキシル基の割合は、使用する(2)式で表される化合物の量で調節することができる。ここで、(2)式で表される化合物の使用割合は、ジカルボン酸に含まれる全遊離カルボキシル基(−COOH)の当量数に対して、0.8〜1.2倍当量、好ましくは0.9〜1.1倍当量である。
【0030】
更に、前記リグニン物質が溶解したポリオールに、(3)式で表される化合物を反応させる場合には、ポリオール溶液に含まれるヒドロキシル基(即ち、リグニン物質に含まれるヒドロキシル基とポリオールに含まれるヒドロキシル基を合計した量のヒドロキシル基)1モルに対して、(3)式で表される化合物1モルが反応するときには、1モルのポリエステル化合物が得られる。ここで、(3)式で表される化合物の使用割合は、ポリオール溶液中に含まれる全遊離ヒドロキシル基(−OH基)の当量数に対して、0.8〜1.2倍当量、好ましくは0.9〜1.1倍当量である。得られるポリエステル化合物は、常温において固体状である。
【0031】
(3)式で表される化合物の好ましい例としては、2−フランカルボン酸(n=0)、フラングリシジルエーテルと無水こはく酸を反応させて得られる化合物等が挙げられる。
【0032】
前記のようにして得られるリグニン物質に由来するポリエステル化合物を下記(12)式に示す。
【化24】

式中、Ligはリグニン物質からそれに含まれるヒドロキシル基を除いた残基を示す。k1、k2、m、n、R1、R2は前記の通りである。
【0033】
前記のようにして得られるポリオールに由来するポリエステル化合物を下記(13)式に示す。
【化25】

式中、[P]はポリオールからそれに含まれるヒドロキシル基を除いた残基を示す。k1、k2、m、n、R1,R2は前記の通りである。
【0034】
なお、本発明においては、前記エポキシ基の代わりにイソシアネート基を有する化合物を用いて、フラン環をポリエステル化合物やカルボキシ化合物に導入することができる。
【0035】
本発明の熱可逆反応型高分子化合物が含有する多価マレイミド化合物は、2つ以上のマレイミド基を有する化合物であればいかなるものでも用いることができる。
但し、リグニン物質やポリオールと馴染みやすいことから、下記(4)〜(8)式で表されるものが好ましい。これらの多価マレイミド化合物は、常温で固体状である。
【0036】
【化26】


(4)式中、R3は下記(5)式又は(6)式で示される基である。
【0037】
【化27】

(5)式中、k4は0〜10の整数、m2は0〜10の整数である。
【0038】
【化28】

(6)式中、基Xは、下記(7)式又は(8)式で示される基である。
【0039】
【化29】

(7)式中、k5は1〜10の整数である。
【0040】
【化30】

(8)式中、k6は1〜10の整数、m3は1〜10の整数である。
【0041】
本発明で用いる多価マレイミドとしては、前記以外にも、次のものも用いることができる。
前記R3が、非置換またはC1〜C6アルキルで置換されたフェニレン、または基−YX−ZY−YX−で表される多価マレイミド。
【0042】

前記Yは、非置換またはC1〜C6アルキルで置換されたフェニレン、または下記(14)式で表される基であり、
【化31】

Zは、非置換またはC1〜C6アルキルで置換された基−(CHk8−(k8は1〜6の整数である。)、−O−、−SO−、または下記(15)式で表される基である。
【化32】

【0043】
本発明の熱可逆反応型高分子化合物は、前記ポリエステル化合物と、多価マレイミド化合物とを含有し、可逆的なDiels−Alder反応を起こさせることにより、硬化させることもできれば軟化させることもできる。即ち、該高分子化合物を20〜70℃に温度領域に保持すると、ポリエステル化合物のフラン環のジエンと多価マレイミド化合物のジエノフィルとがDiels−Alder反応を起こして架橋構造を形成して硬化する。この反応は熱のみで進行し、触媒がなくても進行する。但し、触媒としてルイス酸を添加することもできる。
さらに、硬化した高分子化合物を80〜150℃の温度領域に保持すると逆Diels−Alder反応が起きて架橋構造が消滅して軟化する。
なお、本発明の熱可逆反応型高分子化合物は、常温で固体状である。
【0044】
ポリエステル化合物中のフラン環とビスマレイミド化合物中のマレイミド基とが架橋すると、下記(16)式に示す架橋構造が形成される。
【0045】
【化33】

【0046】
(16)式中、R1、R2、R3,k1、k2、mは、先に示した通りである。
【0047】
本発明の高分子化合物においては、本発明の架橋は、フラン環とマレイミド基のすべてが架橋していても、一部のみが架橋していてもよい。具体的には、ポリエステル化合物中のフラン環と多価マレイミド化合物中のマレイミド基との比率は、好ましくはマレイミド基:フラン環=1:0.01〜10、より好ましくは1:0.1〜5、特に好ましくは1:1である。
【0048】
本発明の熱可逆反応型高分子化合物は、リグニン物質に由来する素材であることから生分解性を有し、前記したように、20〜70℃で架橋反応が進んで硬化することから、例えば、粘土材料として用いた場合、付与された形状を保持するのに十分な強度を有するものである。更に、80〜150℃に加熱すると軟化することから、再度異なる形状を形成するための造形用粘土として使用することができる。この性質を利用することにより、造形用粘土としてのみならず、壁材、造粒剤、被膜剤等各種の産業用資材として応用することができる。
【0049】
本発明の熱可逆反応型高分子化合物は、固体充填物を含有させることにより、更に生分解性に優れ、広範な物性を有する材料として利用することができる。固体充填物としては、リサイクル可能で環境に負担をかけないことから、粘土、木粉、パルプ等の天然物が好ましく挙げられる。本発明の高分子化合物はリグニン物質に由来する材料であることから、これらの天然物となじみがよく、これらの固体充填物を均一に含有する材料となる。これらの固体充填物の含有量は、本発明の高分子化合物100重量部に対して10〜2000重量部が好ましく、より好ましくは50〜300重量部である。
【0050】
固体充填物を含有する高分子化合物も、造形用粘土、壁材、造粒剤、被膜剤、接着剤等各種の産業用資材として利用することができるものである。
本発明の粘土固化物は、天然物を主原料とするため、使用後に廃棄されても、環境を汚染することがないことから、環境対応型新規材料である。
【実施例】
【0051】
実施例1
部分脱スルホン化したリグニンスルホン酸ナトリウム塩1部をグリセリン1部に溶解し、得られた溶液に3級アミン触媒0.03部、及び溶液中の水酸基と等量の無水コハク酸を加えて80℃で3時間反応させて、ポリカルボン酸混合物を得た。このポリカルボン酸混合物にカルボキシル基と等量のフラングリシジルエーテルを加えてさらに100℃で5時間反応させて、フラン環を有するポリエチレングリコール誘導体及びリグニン誘導体の混合物Aを得た。また、トリエチレングリコール、ジフェニルメタンンジイソシアネート及び無水マレイン酸を用いて、D. C. Liaoら(J. Polym. Sci., Part A, Polym. Chem., 32, 1665 (1994))の方法に従って、ビスマレイミド化合物Aを調製した。混合物A2部とビスマレイミド化合物A1部を室温で混合した。
【0052】
この混合試料について、−50℃から160℃まで、昇温速度2℃/min1で示差走査熱量測定を行ったところ、―10℃にガラス転移によるベースライン変動が、また40〜75℃にDiels−Alder反応による発熱ピーク及び100〜150℃に逆Diels−Alder反応による吸熱ピークが観察された。
【0053】
実施例2
実施例1と同様にして、フラン環を有するポリエチレングリコール誘導体及びリグニン誘導体の混合物Aを得た。また、2−(2−アミノエトキシ)エタノールと等量の無水マレイン酸を反応させてマレイミド化合物を調製した。マレイミド化合物の化学構造はFTIRスペクトルで、1760cm−1付近のピークにより確認した。このマレイミド化合物2モルとエチレングリコールビスコハク酸エステルカルボン酸誘導体1モルをスカンジウムトリフラート触媒0.01モルの存在化に、50℃で10時間減圧下に反応させて、ビスマレイミド誘導体Bを調製した。混合物A1部とビスマレイミド化合物B1部を室温で混合した。
【0054】
この混合試料について、−50℃から160℃まで、昇温速度2℃/minで示差走査熱量測定(DSC)を行ったところ、−24℃にガラス転移に基づくベースラインの変動が、また40〜70℃にDiels−Alder反応による発熱ピーク及び80〜110℃に逆Diels−Alder反応による吸熱ピークが観察された。さらに、混合試料を30℃で24時間熱処理による架橋形成させた試料は、−22℃にガラス転移を、また75〜110℃に逆Diels−Alder反応による吸熱ピークが観察された。
【0055】
実施例3
アルコリシスリグニン7部をポリエチレングリコール200(分子量200)20部に溶解し、2−フランカルボン酸20部及びスカンジウムトリフラート0.02部を加えて、減圧下に50℃で10時間反応を行った。フランエステル基を有するポリエチレングリコール誘導体及びリグニン誘導体の混合物Cを得た。化学構造はFTIRスペクトルで、1730cm−1付近のピークにより確認した。混合物C5部と1,1’−(メチレンジ−4,1−フェニレン)ビスマレイミド8部を室温で混合した。
【0056】
この混合試料について、−50℃から160℃まで、昇温速度2℃/minでDSCを行ったところ、―24℃にガラス転移によるベースライン変動が、また40〜70℃にDiels−Alder反応による発熱ピーク及び80〜120℃に逆Diels−Alder反応による吸熱ピークが観察された。さらに、10℃/minで冷却した試料について、2回目の昇温測定を行ったところ、上述の1回目の昇温測定と同じ結果を得た。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリオールに溶解したリグニン物質と、カルボキシ化合物とが反応して得られるポリエステル化合物であって、カルボキシ化合物に由来する部分がフラン環を有するポリエステル化合物と、
多価マレイミド化合物とを含有することを特徴とする熱可逆反応型高分子化合物。
【請求項2】
前記ポリエステル化合物のカルボキシ化合物に由来する部分が、下記式(1)で表される構造を有する、請求項1に記載の熱可逆反応型高分子化合物。
【化1】

[(式中、k1、k2は1〜6の整数、mは0又は1の整数、nは0又は1の整数、R1は水素、または炭素数1〜10の飽和又は不飽和の炭化水素基であり、(CHk1、(CHk2はC1〜C6アルキル基で置換することができる。]
【請求項3】
前記ポリエステル化合物が、ポリオールに溶解したリグニン物質に多価カルボン酸無水物を反応させて多価カルボン酸とし、該多価カルボン酸に下記式(2)で表される化合物を反応させることにより得られる化合物である、請求項1又は2に記載の熱可逆反応型高分子化合物。
【化2】

[(式中、(k1、k2は1〜6の整数、mは0又は1の整数、nは0又は1の整数、R1は水素、または炭素数1〜10の飽和又は不飽和の炭化水素基であり、CHk1、(CHk2はC1〜C6アルキル基で置換することができる。]
【請求項4】
前記式(2)で表される化合物が、フラングリシジルエーテル、フラングリシジルエステルのいずれかである、請求項3に記載の熱可逆反応型高分子化合物。
【請求項5】
前記カルボキシ基化合物が、下記式(3)で表される化合物である、請求項1又は2に記載の熱可逆反応型高分子化合物。
【化3】

[式中、k1、k2は1〜6の整数、mは0又は1の整数、nは0又は1の整数、R1は水素、または炭素数1〜10の飽和又は不飽和の炭化水素基、Rは2価脂肪族基及び2価芳香族基等の2価有機基であり、(CHk1、(CHk2はC1〜C6アルキル基で置換することができる。]
【請求項6】
前記式(3)で表される化合物が、2−フランカルボン酸、2−アルキル-ω-カルボン酸のいずれかである、請求項5に記載の熱可逆反応型高分子化合物。
【請求項7】
前記多価マレイミド化合物が、下記(4)式で表される多価マレイミド化合物である、請求項1〜6のいずれかに記載の熱可逆反応型高分子化合物。
【化4】

[(4)式中、R3は下記(5)式又は(6)式で表される基である。]
【化5】

[(5)式中、k4は0〜12の整数、m2は0〜10の整数である。]
【化6】

[(6)式中、基Xは、下記(6)式又は(7)式で表される基である。]
【化7】

[(7)式中、k5は1〜10の整数である。]
【化8】

[(8)式中、k6は1〜6の整数、m3は1〜5の整数である。]
【請求項8】
固体充填物を含有することを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の熱可逆反応型高分子化合物。
【請求項9】
前記固体充填物が粘土鉱物、無機物粉末、木粉、パルプ、多糖類粉末、各種の植物粉末のいずれかである請求項7に記載の熱可逆反応型高分子化合物。
【請求項10】
固体充填物の含有量が請求項1〜6に記載の熱可逆反応型高分子化合物100重量部に対して、10〜2000重量部である、請求項7又は8に記載の熱可逆反応型高分子化合物。

【公開番号】特開2010−265377(P2010−265377A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−117573(P2009−117573)
【出願日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】