説明

熱帯熱マラリア原虫の雄性ガメトサイトマーカー

【課題】本発明においては、ガメトサイト期を含めた有性生殖期におけるマラリア研究を有効に進めるために、まず虫体がガメトサイト期にあるか、次にその虫体の雌雄を区別することができる手段を提供することを課題とする。本発明においてはまた、ガメトサイト期のマラリア原虫に結合することができる抗体を産生するためのワクチン組成物を提供することもまた課題とする。
【解決手段】本発明において、マラリア原虫のカルシウム依存性プロテインキナーゼ4(calcium-dependent protein kinase 4(CDPK4))タンパク質に対するポリクローナル抗体(ラット血清)を作製することにより、上述の課題を解決することができることを示した。また、マラリア原虫のCDPK4タンパク質を生体に投与することにより、生体内においてガメトサイト期のマラリア原虫に結合することができる抗体を産生することができることを示し、上述の課題を解決することができることを示した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マラリア原虫の臨床診断、基礎研究分野に利用可能な抗体に関するものである。本発明はまた、熱帯熱マラリア原虫の雄性個体に特徴的に存在するマーカーを提供することに関するものである。
【背景技術】
【0002】
マラリアはPlasmodium属原虫の感染によって引き起こされる感染症で、ハマダラカ属の蚊の吸血によってヒトに感染する。マラリアの感染者は、亜熱帯や熱帯地域、特にアフリカ、南アメリカ、東南アジア等を中心として年間約3億人、死亡者は年間150〜300万人にのぼると報告され、その対策が急務とされている。また、地球温暖化のため、マラリアの世界的な流行状況が見られ、実際に日本でもその北上に伴い、媒介昆虫の存在が確認されている。さらに、近年西ナイルウイルス感染症をはじめ、節足動物媒介性の感染症の脅威が世界的に拡がっている。現在は日本で蔓延していない感染症と考えられているが、いつ上陸、流入してもおかしくない状況にあり、非常に危険な状態にあると言える。
【0003】
ヒトに感染するものは、熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)、三日熱マラリア原虫(P. vivax)、四日熱マラリア原虫(P. malariae)、卵形マラリア原虫(P. ovale)の四種があるが、特に熱帯熱マラリア原虫の感染者は症状が重く、致死率が高い。
【0004】
マラリア原虫の生活環は、肝細胞に侵入し増殖する赤外型発育、次いで血流中に放出され、赤血球に侵入・破壊し、細胞分裂する赤内型発育、蚊の吸血で蚊の体内に取り入れられた後、有性分裂するステージで1サイクルを完了する。上記の通り、マラリア原虫は世界的に非常に重要な感染症でありながら、その研究はワクチン候補となる赤内型発育における原虫膜抗原に集中し、かつ有効なワクチンもいまだ開発されていない。
【0005】
このような背景から、近年は、肝臓ステージや有性生殖期(雄性/雌性ガメトサイト→雄性/雌性ガメート→融合→ザイゴート形成)を含めた蚊のステージにワクチン開発への活路を求め、注目が集まっている。
【0006】
しかしながら、赤内型原虫の培養が確立している熱帯熱マラリア原虫についても、有性生殖期のin vitroにおける培養は難しく、さらにザイゴート形成およびそれ以降のステージについては培養系が確立していない。そのため、蚊の体内での原虫の挙動についての知見は乏しい。
【0007】
従来、雄性ガメトサイトのマーカーとしてα-チューブリンIIのポリクローナル抗体(ウサギ血清)が知られており、かつてはMalaria Research and Reference Reagent Resource Center(MR4/ATCC)から譲渡されていたが、ポリクローナル抗体であったためその資源が枯渇し、現在は入手がほぼ不可能である。また、α-チューブリンIIはヒトを含めた真核生物の細胞に存在し、宿主細胞のそれと原虫のそれを区別あるいは分別することが困難である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Billker O, et al., Cell 2004;117:503-14
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明においては、ガメトサイト期を含めた有性生殖期におけるマラリア研究を有効に進めるために、まず虫体がガメトサイト期にあるか、次にその虫体の雌雄を区別することができる手段を提供することを課題とする。本発明においてはまた、ガメトサイト期のマラリア原虫に結合することができる抗体を産生するためのワクチン組成物を提供することもまた課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明において、マラリア原虫のカルシウム依存性プロテインキナーゼ4(calcium-dependent protein kinase 4(CDPK4))タンパク質に対する抗体を作製することにより、上述の課題を解決することができることを示した。また、マラリア原虫のCDPK4タンパク質を生体に投与することにより、生体内においてガメトサイト期のマラリア原虫に結合することができる抗体を産生することができることを示し、上述の課題を解決することができることを示した。
【発明の効果】
【0011】
本発明においては、作製された抗体を使用することにより、ヒトの血流中あるいは蚊の体内でのガメトサイト期にあるマラリア原虫の虫体の存在および虫体の雌雄を区別することができ、これによりガメトサイト期を含めた有性生殖期におけるマラリア研究を有効に進めることができる。本発明においてはまた、作製された抗体そのものまたはそのような抗体を生体内で誘導するためのワクチン組成物を使用することにより、ヒトの血流中あるいは蚊の体内においてガメトサイト期の雄性マラリア原虫を抗体と結合させることができ、公衆衛生的な観点でマラリア原虫の伝播を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、PfCDPK4タンパク質およびコムギ胚芽無細胞タンパク質合成系において使用される発現プラスミドの概略図である。
【図2】図2は、GST-GFPタンパク質、GST-PfCDPK4タンパク質、およびGST-PfCDPK4KAタンパク質の精製を示す図である。
【図3】図3は、P. falciparumのガメトサイトにおけるPfCDPK4タンパク質の局在性を示すイムノブロットに関する図である。
【図4】図4は、P. falciparumのガメトサイトにおけるPfCDPK4タンパク質の局在性を示す染色像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、第一の態様において、カルシウム依存性プロテインキナーゼ4(CDPK4)タンパク質に対して結合する、マラリア原虫の雄性特異的抗体を提供する。CDPK4ファミリータンパク質は、哺乳類においてはその相同遺伝子が見られず、植物や原虫類などにしか保存されていない遺伝子である。そのため、CDPK4タンパク質に対する抗体は、ヒトをはじめとする哺乳動物の宿主細胞に存在するいずれのタンパク質とも反応することがないという特徴を有する。
【0014】
本発明において、CDPK4タンパク質に対する抗体を産生するために哺乳動物に対して投与する免疫原は、マラリア原虫のCDPK4タンパク質由来のものであればいずれのものであっても良く、熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)のCDPK4タンパク質(PF07_0072; PlasmoDB)、三日熱マラリア原虫(P. vivax)のCDPK4タンパク質(PVX_000555; PlasmoDB)またはそれらの部分を利用することができる。特に、熱帯熱マラリア原虫が公衆衛生上最も問題となっていることから、熱帯熱マラリア原虫のCDPK4(PfCDPK4)タンパク質(SEQ ID NO: 2)またはその部分を免疫原として使用することが好ましい。
【0015】
本発明における抗体は、モノクローナル抗体であってもポリクローナル抗体であってもよい。モノクローナル抗体およびポリクローナル抗体はともに、マラリア原虫からCDPK4タンパク質を精製し、この精製CDPK4タンパク質を免疫原として使用して、当該技術分野においてよく知られている方法に従って、免疫動物(たとえばポリクローナル抗体の場合にはヒツジ、ヤギ、ウサギ、マウス、ラットなど、また、モノクローナル抗体の場合にはマウス、ラットなど)に投与し、体内において抗体を産生させる。
【0016】
そして、ポリクローナル抗体の場合には、免疫動物の血清、または血清から精製した免疫グロブリンを使用できる。
一方、モノクローナル抗体の場合には、CDPK4タンパク質で免疫したマウスやラットなどの脾臓由来のプラズマ細胞をミエローマ細胞と融合させてハイブリドーマ細胞を作製し、そのなかからCDPK4タンパク質と反応する抗体を生産するクローンを選択して得ることができる。通常は、このようにして調製したハイブリドーマをマウス腹腔に注射し、腹水中に蓄積されたモノクローナル抗体を精製することにより、モノクローナル抗体を得ることができる。またハイブリドーマ細胞を無血清培地で培養し、その培養上清から精製することも可能である。またファージ等を利用して抗体を作製する方法も利用することができる。
【0017】
本発明において作製した抗体を使用して調べたところ、CDPK4タンパク質は、有性生殖期であるガメトサイト期のマラリア原虫でのみ、それも雄性ガメトサイトでのみ、発現されるタンパク質であることが明らかになった。マラリア原虫の生活環のうち、ガメトサイトは、哺乳動物の赤血球内での増殖期を経た後に赤血球外で有性生殖期に向かう段階で形成される雌雄異体の虫体の一形態である。そのため、哺乳動物がマラリア原虫に感染した場合、雄性あるいは雌性のガメトサイトはヒトの血流中に赤内型の虫体とともに現れる。その後、ハマダラ蚊などの蚊(媒介生物)の吸血による外部環境の変化とともに、蚊の体内において雄性ガメトサイトは鞭毛放出(exflagellation)し、8個の雄性ガメート(精子)を形成し、それが雌性ガメート(卵子)と受精する(接合子形成)。
【0018】
CDPK4タンパク質は、N末端側に特徴的なミリストイル化モチーフが保存的に存在しており、成熟タンパク質がマラリア原虫の虫体膜に貫通しているかもしくは表面に存在すると考えられている。そのため、上述した抗体は、生きているマラリア原虫の雄性ガメトサイトに結合することができる。
【0019】
CDPK4タンパク質が、植物や原虫類などにしか存在しない分子であるという特徴を有することから、研究用としてこの抗体を使用する場合には、例えば間接抗体法やウェスタンブロット法等、既知のタンパク質検出法において、マラリア原虫の存在を、非常に高い精度で調べることができる。このため、CDPK4タンパク質は、理想的なマラリア原虫のマーカーとなる。
【0020】
例えば、CDPK4タンパク質を定性的に検出したい場合、抗CDPK4タンパク質抗体をペルオキシダーゼ(例えばホースラディッシュペルオキシダーゼ;HRP)などの検出可能な分子で標識しておき発色基剤を発色させることにより検出する方法、抗CDPK4タンパク質抗体をビオチン標識しておき、ビオチンをアビジンを使用した検出系により検出する方法、あるいは抗CDPK4タンパク質抗体を認識する標識二次抗体(例えば抗CDPK4タンパク質抗体がマウス由来のIgG抗体であれば抗マウスIgG抗体)を使用し、この二次抗体を上述したHRP系またはビオチン-アビジン系等を用いて検出する方法、等のいずれの方法であっても、本発明において使用することができる。
【0021】
また、CDPK4タンパク質の定量を行う場合には、例えば競合的反応型ELISA法、ウェスタンブロット法を使用して行うこともできる。競合的ELISA法により定量する場合、例えばCDPK4タンパク質を固定化した測定プレートに、調べたいサンプルと抗CDPK4タンパク質一次抗体を添加して、固相上に固定化されたCDPK4タンパク質とサンプル中に含まれるCDPK4タンパク質との間で、抗CDPK4タンパク質抗体に対して競合的に反応させることにより行う。測定プレートを洗浄したのちに、上述したいずれかの方法で標識した、抗CDPK4タンパク質抗体に対する二次抗体を反応させる。測定プレートを洗浄したのち、発色試薬を添加して、酵素反応によって発色した反応液の吸光度を測定し、サンプル中のCDPK4タンパク質を算出する。抗CDPK4タンパク質抗体は固定化されたCDPK4タンパク質またはサンプル中のCDPK4タンパク質と競合的に反応するので、サンプル中のCDPK4タンパク質が多いほど固定化されたCDPK4タンパク質と反応してプレート内に残る抗CDPK4タンパク質抗体の量は減少し、同時に標識した抗CDPK4タンパク質抗体に対する二次抗体も減少する。つまり、サンプル中のCDPK4タンパク質濃度が高いほど、発色が少ないことになる。また、ウェスタンブロット法を用いて定量する場合、常法にしたがってウェスタンブロットを行ったメンブレンを、イメージアナライザーなどで解析することにより、定量することができる。イムノドット法も同様である。
【0022】
また、上述した様な特徴を有することから、得られた抗体を抗体医薬として哺乳動物に投与した場合でも、その抗体が哺乳動物の体内に内在するタンパク質と交差反応することがなく、副作用の危険性を極めて低くすることができるという特徴をも有する。かかる抗体は、哺乳動物体内で雄性ガメトサイトを捕捉することができる。また、CDPK4タンパク質が欠損することにより雄性ガメート形成が生じなくなることが知られており(非特許文献1)、当該抗体が結合した雄性ガメトサイトが蚊の体内に移行しても、鞭毛を形成することができなくなる。したがって、本発明の抗体は、感染を受けた哺乳動物体内での増殖期のマラリア原虫には結合することができないため、その増殖を抑制することはできないものの、マラリア原虫の有性生殖を阻害することができ、公衆衛生的な観点で非常に有用である。
【0023】
本発明は、第二の態様において、カルシウム依存性プロテインキナーゼ4(CDPK4)(SEQ ID NO: 1)を含む、マラリア原虫用ワクチン組成物を提供する。このワクチンを哺乳動物に投与することにより、かかる哺乳動物体内においてマラリア原虫の雄性ガメトサイトまたは雄性ガメートに対する抗体を誘導することができる。
【0024】
前述したように、かかるワクチン組成物の投与により生体内で誘導された抗体は、感染を受けた哺乳動物体内での増殖期のマラリア原虫には結合することができないため、その増殖を抑制することはできないものの、ガメトサイト期に至ってマラリア原虫の雄性ガメトサイトに結合して、雄性ガメート形成を阻害し、結果的に有性生殖を阻害することができ、公衆衛生的な観点で非常に有用である。
【0025】
本発明のワクチン組成物は、当業者であれば、Remington's Pharmaceutical Sciences, 第15版等の公知の方法に従って非経口用、局所用又は経口用の剤形に製剤化できる。本発明のワクチンの剤形としては、(硬)カプセル剤、錠剤、ロゼンジ、トローチ剤、シロップ剤、経口用懸濁液剤、経口用乳剤、小球剤、丸剤、直腸坐剤、膣坐剤(vaginal suppository、vaginal ovule)、アンプル剤、充填済み注射器、エアゾル剤、吹入剤又は口内洗浄剤があげられる。
【0026】
本発明のワクチン組成物においては、得られたCDPK4タンパク質をアジュバントまたは担体と組合せる。適切なアジュバントには、フロイントの完全アジュバント、フロイントの不完全アジュバント、サポニン、水酸化アルミニウムなどのミネラルゲル;リゾレシチンなどの界面活性物質、プルロニックポリオール、ポリアニオン、ペプチド、油性もしくは炭化水素系乳剤、キーホールリンペットヘモシアニン、ジニトロフェノール、当該技術分野において使用される細菌産物(コレラ毒素、易熱性エンテロトキシン、弱毒化もしくは不活化BCG(カルメットゲラン桿菌)およびコリネバクテリウムパルブムまたはBCG由来タンパク質など)などが挙げられるが、これ以外でも当該技術分野において既知のものを使用することができる(例えば、Osol, A., ed., Remington's Pharmaceutical Sciences, Mack Publishing Co., Easton, Pa. (1980), pp. 1324-1341を参照)。
【実施例】
【0027】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。但し、本発明は、これら実施例により限定されるものではない。
実施例1:熱帯熱マラリア(P. falciparum)カルシウム依存性プロテインキナーゼ4(PfCDPK4KA)免疫原の作製
本実施例においては、免疫原として使用する熱帯熱マラリアカルシウム依存性プロテインキナーゼ4(PfCDPK4KA)タンパク質(SEQ ID NO: 2)を作製した。
【0028】
(1)プラスミドの作製
全RNAをP. falciparumクローン3D7(Malaria Research and Reference Reagent Resource Center, Manassas, VA, USAより譲与されたもの)から単離した。完全PfCDPK4(PF07_0072; PlasmoDB)オープンリーディングフレーム(ORF)(SEQ ID NO: 1)を、全RNAを鋳型として、そしてSuperScript III One-Step RT-PCR System(Invitrogen, Carslbad, CA, USA)、およびプライマー:
5'-cgcctcgagg acaagaggta tcgagtgtt-3'(SEQ ID NO: 3);および
5'-gcggatcctt aataattaca aagtttgact agc-3'(SEQ ID NO: 4)をそれぞれ使用して、RT-PCRにより増幅した。増幅されたフラグメントは、PfCDPK4オープンリーディングフレームのうち、第1番目アミノ酸のメチオニンに対応するコドン(1〜3番ヌクレオチド)を除いた部分(すなわち、SEQ ID NO: 1の4〜1587)に対して、5'末端側に制限酵素XhoIサイトを導入するための配列(cgc-C↓TCGAG)が、そして3'末端側に制限酵素BamHIサイトを導入するための配列(gc-G↓GATCC)が、それぞれ導入された構造になる。増幅されたフラグメントをXhoI/BamHIを用いて消化し、そしてpBluescript II KS+(Stratagene, La Jolla, CA, USA)のXhoI-BamHI部位中にクローニングした;得られたプラスミドをpBS-PfCDPK4と命名した。pBS-PfCDPK4のXhoI-BamHI フラグメントをpEU(CellFree Sciences, Yokohama, Japan)中に挿入することによりpEU-GST-PfCDPK4プラスミド(図1B)を作製し、GST融合タンパク質を発現させた。pEU-GST-PfCDPK4KA(図1B)を作製するため、QuikChange Site-Directed Mutagenesis Kit(Stratagene)をオリゴヌクレオチド5'-ggtcatgagt atgcaatagc agttattagc aaaaaac-3'(SEQ ID NO: 5)およびその相補的オリゴヌクレオチド5'-gttttttgct aataactgct attgcatact catgacc-3'(SEQ ID NO: 6)と共に製造者の指示にしたがって使用して、PfCDPK4タンパク質の99番目のリジンをアラニンに置換した。
【0029】
(2)コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系によるタンパク質の発現
転写段階において、2μgのpEU-GST-GFP、10μgのpEU-GST-PfCDPK4、または10μgのpEU-GST-PfCDPK4KAを、18μlの転写混合物(2.5 mM NTPミックス、1 U/μl RNase阻害剤、1 U/μl SP6 RNAポリメラーゼを含む転写バッファー;株式会社 セルフリーサイエンス、愛媛)と混合し、そして37℃にて6時間インキュベートした。生成された各mRNAを10.8μlのWEPRO1240G(株式会社 セルフリーサイエンス)および40 ng/μlのクレアチンキナーゼ(Roche, Germany)と混合し、SUB-AMIX(株式会社 セルフリーサイエンス)の底に移して二重層を形成し、そして16℃にて20時間インキュベートした。
【0030】
(3)GST融合PfCDPK4KAタンパク質の精製
コムギ胚芽抽出物を10μlのグルタチオン-セファロースビーズ(GE Healthcare, UK)の50%スラリーと共に2時間混合した。次いで、このビーズを、バッファーC(50 mM Tris-HCl、pH 7.5、100 mM NaCl、5 mM MgCl2、0.1%Nonidet P-40、10%グリセロール、およびバッファー50 mlあたり1錠のEDTA-不含プロテアーゼ阻害剤カクテル(Roche))により3回洗浄することにより、グルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)融合タンパク質として発現されたPfCDPK4タンパク質を精製した(図1B)。ビーズ上にて捕捉された精製タンパク質を10%SDS-PAGEにより分離し、そして銀染色するか(図2A)または抗-GST抗体を含有するウサギ抗血清を用いてイムノブロットするか(図2B)のいずれかを行った。
【0031】
pEU-GST-GFP(GSTおよび緑色蛍光タンパク質(GFP)融合タンパク質の発現のためのもの)、pEU-GST-PfCDPK4、またはpEU-GST-PfCDPK4KA(以下に記載するもの)のいずれかを用いて無細胞タンパク質合成を行った後に精製したコムギ胚芽抽出物はそれぞれ、銀染色により検出したところ、分子量として54,000、87,000、または87,000をそれぞれ有する一つの主要な精製タンパク質を含有していた(図2A、それぞれレーン2、レーン4、またはレーン6)。これらのタンパク質は、抗-GST抗体を含有する抗血清と反応した(図2B)。これらの結果から、所望していたGST融合タンパク質が精製されたことが示された。
【0032】
実施例2:抗-PfCDPK4タンパク質抗体の作製
本実施例においては、実施例1において合成・精製されたGST-PfCDPK4KAタンパク質を免疫原として用いて、抗-PfCDPK4タンパク質抗体を作製した。
【0033】
精製GST-PfCDPK4タンパク質を用いてウィスターラットを免疫化することにより、PfCDPK4タンパク質に対するラット抗血清を調製した。この精製GST-PfCDPK4タンパク質は、コムギ胚芽無細胞系で発現させ、グルタチオン-セファロースビーズで精製し、バッファーCを用いて十分に洗浄し、そして溶出バッファー(10 mMグルタチオンおよび500 mM Tris-HCl、pH 8.0)を用いて溶出されたものであった。初回免疫のため、溶出された上清とフロイントの完全アジュバント(Rockland, Gilbertsville, PA, USA)との混合物を、ウィスターラットの腹腔内に注射した。2週間後、溶出された上清とフロイントの完全アジュバント(Rockland)との混合物を、2週間間隔で3回注射した。最終免疫の後1週間後に、PfCDPK4タンパク質に対するラット抗血清を回収した。
【0034】
実施例3:抗-PfCDPK4タンパク質抗体を用いた局在性の検討
本実施例においては、実施例2において作製されたPfCDPK4タンパク質に対するラット抗血清を使用して、マラリア原虫の生活環の中でPfCDPK4タンパク質が発現されるタイミングおよび発現される部位を検討した。
【0035】
非同期無性世代寄生虫培養または有性世代にてPBS、キサンツレン酸(XA)またはヒト血清により処理されたday 15の寄生虫培養を、PBSを用いて2回洗浄した。寄生虫感染を受けた赤血球のペレットを、1%パラホルムアルデヒドおよび0.1%グルタルアルデヒドを含有する0.2 Mリン酸バッファー(162 mM NaH2PO4、38 mM Na2HPO4)中、氷上にて20分間固定した。固定された赤血球をPBS中に懸濁し、0.1%Triton X-100を含有するPBSを用いて室温にて60分間処理し、そしてPBSを用いてすすいだ。処理された赤血球を1%BSAを含有するPBSを用いて室温にて60分間ブロッキングし、そしてPBSを用いてすすいでから染色を行った。
【0036】
非同期無性世代寄生虫培養については、実施例2において作製したPfCDPK4タンパク質に対する抗体と共に、赤血球を37℃にて60分間インキュベートし、そしてPBSを用いて3回すすいだ。Alexa Fluor 568ヤギ抗-ラットIgG(H+L)およびSYTO 16緑色蛍光核酸染色剤(Invitrogen)と共に37℃にて60分間インキュベートした後、赤血球をPBSを用いて3回すすいだ。
【0037】
ガメトサイト培養については、実施例2において作製したPfCDPK4タンパク質に対する抗体およびα-チューブリンIIに対する抗体(Dr. Tetsuya Furuya, NIHより譲与)と共に、赤血球を37℃にて60分間インキュベートし(Guinet F, et al., J Cell Biol 1996;135:269-78)、そしてPBSを用いて3回すすいだ。
【0038】
Alexa Fluor 568ヤギ抗-ラットIgG(H+L)およびAlexa Fluor 488ヤギ抗-ウサギIgG(H+L)(Invitrogen)と共に37℃にて60分間インキュベートした後、赤血球をPBSを用いて3回すすいだ。共焦点レーザー顕微鏡(Carl Zeiss, Germany)を用いて観察する目的で、3〜4μlの懸濁液を免疫蛍光顕微鏡検査法グレードのガラススライド上にスポットし、そしてカバーガラスでマウントした。
【0039】
PfCDPK4タンパク質発現は、パーコール/ソルビトール処理(Sijwali PS, et al., Proc Natl Acad Sci U S A 2004; 101: 8721-6)により回収され、免疫前ラット抗血清(レーン1)および抗-PfCDPK4タンパク質抗体(レーン2)によりプローブ化された、day 15のP. falciparumのガメトサイト(ステージV)のガメトサイトの溶解物のイムノブロットにおいて検出された(図3A)。
【0040】
ガメトサイトが回収されたかどうかは、顕微鏡解析により確認した。そして、鞭毛放出が誘導された場合のPfCDPK4タンパク質の発現を解析した。単離されたday 15のガメトサイトをPBS、キサンツレン酸(XA)またはヒト血清と共にインキュベートした。抗-PfCDPK4タンパク質抗体でプローブ化されたday 15のP. falciparumガメトサイトの溶解物のイムノブロットを行った。キサンツレン酸(XA)またはヒト血清によりインキュベートした後、PfCDPK4タンパク質の発現は増加し、そしてキサンツレン酸(XA)(レーン2)またはヒト血清(レーン3)により誘導されたガメトサイト中に存在するPfCDPK4タンパク質は、非誘導ガメトサイト中のもの(レーン1)と比較して、高リン酸化されていた(図3B)。
【0041】
これらの結果から、鞭毛放出が誘導される場合のガメート形成において、PfCDPK4タンパク質リン酸化が活性化されることが示唆される。
異なるガメトサイトステージの間のPfCDPK4タンパク質の局在性を検出するため、ガメトサイトをキサンツレン酸(XA)(McRobert L, et al., PLoS Biol 2008; 6: e139)またはヒト血清(Furuya T, et al., Proc Natl Acad Sci U S A 2005; 102: 16813-8)により誘導した後、雄性ガメトサイト-特異的抗-α-チューブリンII抗体(Guinet F, et al., J Cell Biol 1996; 135: 269-78)および抗-PfCDPK4タンパク質抗体の両方を使用して、間接免疫蛍光測定アッセイ法(IFA)を行った。微分干渉コントラスト(DIC)顕微鏡により得られた画像(図4a、d、およびg)と共に、各ガメトサイトを抗-α-チューブリン(b、e、およびh)および抗-PfCDPK4タンパク質抗体(c、f、およびi)を用いて二重標識した写真を示した。PfCDPK4タンパク質は、day 15(延長されたステージV)の雄性半月形ガメトサイトにおいてα-チューブリンIIと共に発現され(図4a〜c)、そして雄性球形ガメトサイトにおいてもα-チューブリンIIと共に発現された(図4g〜i)。一方、PfCDPK4タンパク質とα-チューブリンIIのいずれも、雌性半月形ガメトサイト(図4d〜f)または雌性球形ガメトサイトにおいて明らかな局在性は示されなかった。これらの結果から、PfCDPK4タンパク質は雄性半月形ガメトサイトまたは雄性球形ガメトサイトにおいてのみ発現されるが、ガメート形成のあいだの雌性ガメトサイトにおいては発現されないことが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明においては、作製された抗体を使用することにより、ヒトの血流中あるいは蚊の体内でのガメトサイト期にあるマラリア原虫の虫体の存在および虫体の雌雄を区別することができ、これによりガメトサイト期を含めた有性生殖期におけるマラリア研究を有効に進めることができる。本発明においてはまた、作製された抗体そのものまたはそのような抗体を生体内で誘導するためのワクチン組成物を使用することにより、ヒトの血流中あるいは蚊の体内においてガメトサイト期の雄性マラリア原虫を抗体とを結合させることができ、公衆衛生的な観点でマラリア原虫の伝播を抑制することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルシウム依存性プロテインキナーゼ4(CDPK4)タンパク質(SEQ ID NO: 2)に対して結合する、マラリア原虫の雄性特異的抗体。
【請求項2】
マラリア原虫が熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)である、請求項1に記載の抗体。
【請求項3】
マラリア原虫の雄性ガメトサイトまたは雄性ガメートに対して結合する、請求項1または2に記載の抗体。
【請求項4】
ポリクローナル抗体である、請求項1〜3のいずれかに記載の抗体。
【請求項5】
カルシウム依存性プロテインキナーゼ4(CDPK4)タンパク質(SEQ ID NO: 2)を含む、マラリア原虫用ワクチン組成物。
【請求項6】
マラリア原虫が熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)である、請求項5に記載のワクチン組成物。
【請求項7】
マラリア原虫の雄性ガメトサイトまたは雄性ガメートに対する抗体を誘導する、請求項5または6に記載のワクチン組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−180188(P2010−180188A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−27156(P2009−27156)
【出願日】平成21年2月9日(2009.2.9)
【出願人】(509039769)
【Fターム(参考)】