説明

熱放射光源

【課題】均熱板や耐熱材等を使用せず低コスト・小型化を図れ600℃以上の温度でも放射温度計やサーモグラフィ等の校正に必要な平面黒体炉として利用できる熱放射光源を提供する。
【解決手段】等方性黒鉛、ガラス状炭素、炭素繊維複合材等の炭素材料からなる均質かつ厚さが均一な板の全表面に炭素のナノ構造体を構築することで表面の放射率を高めた板に、電流を流して直接通電加熱を行い板全体の温度を均一に所望の温度に保持することにより、伝導熱損失により板の温度分布が悪化する前の数秒程度の短時間において板の複数の平面を所望の温度における黒体面として使用し、複数の放射温度計もしくはサーモグラフィを各黒体面にそれぞれ正対させることで比較校正や複数台の装置の校正を低コストかつ小型な装置により容易に実行することができることを特徴とする熱放射光源。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射温度計やサーモグラフィの校正・試験に用いられる黒体炉を代表とする熱放射光源に関する。
【背景技術】
【0002】
広い波長範囲の白色光を発する熱放射光源は、様々な光学特性試験装置の校正・試験に必須の装置であると共にFTIR等の光学特性試験装置のプローブ光源として利用されている。校正・試験用の光源としては、放射温度計やその一種であるサーモグラフィの校正・試験に使用される各種の黒体炉がある。黒体炉は、黒体空洞と平面黒体を用いる型に2分される。黒体空洞を用いた黒体炉は最も一般的であり、その構造やそれを用いた放射温度計の校正方法については日本工業規格JIS C1612(非特許文献1)に詳細が記載されている。黒体空洞を利用した空洞黒体炉は、容易に理想的な黒体放射を実現できる利点があるが、黒体空洞全体を均一な温度に保つためにヒーターや断熱材等を多量に用いた大型な炉体を必要とする問題がある。2000℃超の温度における黒体放射光を得る場合には、黒体空洞を加熱する際のエネルギー効率を上げるため、黒鉛製の黒体空洞に電流を流して黒体空洞を直接通電加熱することもある。
サーモグラフィのような広い領域の温度分布を測定する装置を校正する際には、一般的な黒体空洞の開口径は小さいために視野欠けが生じる問題がある。視野欠けの問題を避けるため、サーモグラフィや標的サイズが大きい放射温度計の校正には温度制御された平板表面に黒化塗料を塗布した擬似的な黒体面を利用する平面黒体炉が用いられる。一般的な平面黒体炉は、熱伝導率が高い材質の板の片面に黒化塗料を塗布した面(黒体面)の裏面にヒーターやペルチェ素子を設置して温度を所望の値に制御して、その温度での黒体放射を得ている。黒体面を作製する方法としては、上記の黒化塗料を板に塗布する方法の他に特許文献1に記載があるように表面に剣山のような構造を作製することで実効的な光の吸収率すなわち放射率を向上させた平面黒体が使われることがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8−54285号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】JIS C1612「放射温度計の性能試験方法通則」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、サーモグラフィが使用される機会が増えており、校正に必要な平面黒体炉の性能向上が求められている。平面黒体炉は、空洞黒体炉と比較すると常温の外界に開けた大きな黒体面を有する。そのため、空洞黒体炉と比較して平面黒体炉の熱放射損失は大きくなるため、必要な入力熱量も大きくなると共に黒体面全域の温度均一性を保持する事が困難になる。また、従来の平面黒体炉は裏面からの間接的な加熱方法により黒体面の温度が維持されているため、黒体面の厚さ方向に温度差が生じることを避ける事ができない。そのため、黒体面の温度を正確に測定するためには黒体面上に熱電対や白金抵抗温度計を接触させる必要があるが、接触させた温度計への伝導熱損失により黒体面の温度分布の均一性が悪化してしまう問題がある。また、黒体面の面内方向に温度分布を生じさせないためには黒体面の周囲に断熱材や均熱材を設置する必要があり、製作コストや装置の大きさが増えてしまう難点がある。
また、黒体の材料として使われることが多い黒鉛等の炭素材料は、大気中では500℃〜600℃以上の温度になると酸化が急速に進行してしまう。黒体の酸化による破壊を防ぐためには、黒体表面に不活性ガスを絶えず供給するか真空槽に黒体を保持するといった対策が取られる。しかし、不活性ガスの供給や真空槽の設置に伴うコストの増加や真空槽に設置した窓越しに黒体放射を測定することに起因する誤差の問題が生じる。それゆえ、市販されている平面黒体炉の使用可能な温度の上限はせいぜい600℃となっており、より高温の黒体放射を実現できる平面黒体炉が求められている。
放射温度計を校正する際には、ある温度に保持された黒体炉からの熱放射を校正しようとする放射温度計(被校正放射温度計)と既に校正済みの放射温度計(標準放射温度計)の両者で測定し、相互の測定値を比較することで被校正放射温度計の温度目盛を決定する比較校正が一般に用いられている。比較校正では、被校正放射温度計と標準放射温度計が黒体の同一部分からの熱放射を同一の光学的条件下、すなわち、放射温度計とその測定点とを結んで得られる光軸の距離と角度が同一の条件で同時に測定することが理想である。しかし、従来の平面黒体炉を用いて比較校正を行う際には、被校正放射温度計と標準放射温度計を交互に黒体面に正対させて測定を行う手法が一般的に採用され、測定の同時性の欠如に伴う誤差が生じることや2台の放射温度計を交互に黒体面に光軸合わせするために必要な微動機構の導入に要するコストや校正時間の増加が問題であった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明の熱放射光源は、等方性黒鉛、ガラス状炭素、炭素繊維複合材等の炭素材料からなる均質かつ厚さが均一な板の全表面にカーボンナノチューブに代表される炭素のナノ構造体を構築することで表面の放射率を高めた板に、電流を流して直接通電加熱を行い板全体の温度を均一に所望の温度に保持することにより、板の複数の平面を所望の温度における黒体面として使用し、複数の放射温度計もしくはサーモグラフィを表裏に位置する黒体面にそれぞれ正対させることで比較校正や複数台の装置の校正を容易かつ効率的にできることを特徴とする。
また、本発明は、上記熱放射光源において、黒体面として用いる板に直列に接続したバッテリー又はコンデンサーから大電流を流して黒体面を高速自己通電加熱することにより室温から所望の温度に瞬時に到達させ、その後、電流の高速フィードバック制御により黒体面の温度を一定に保持し、黒体面の温度分布が伝導熱損失により悪化する前の数秒程度は黒体面全体が均一に所望な温度に保持される特徴を利用して、その間に得られる各黒体面からの熱放射を放射温度計やサーモグラフィ等の校正に利用することを特徴とする。
また、本発明は、上記熱放射光源を2つ以上用い、2枚以上の黒体面を並置して個別に異なる温度に温度制御することで温度が異なる2枚以上の黒体面を隣接させ、異なる温度にある2枚以上の黒体面を同時に一台のサーモグラフィで観測させることにより、当該サーモグラフィの温度分布測定能力を評価できることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明による熱放射光源は、一切、均熱板や耐熱材等を使用せず、均一な断面積を持つ導電性物質は、均一に加熱されるという物理的な原理を活用することで黒体面の温度分布を一定にする利点がある。また、黒体面を高速で直接通電加熱するため加熱に要するエネルギー効率が高いと共に黒体面を高温に保持する時間は数秒程度と非常に短いことから、高温に保持する際にも空洞黒体炉に比べても必要な電力は少なくて済む。黒体面を所望の温度に一定にする時間を数秒以下と短くすることにより、高温時に黒体面の酸化を防ぐために黒体面に流す不活性ガスの量を大幅に少なくする事ができる。また、表裏に位置する黒体面それぞれに被校正放射温度計と標準放射温度計を正対させて比較校正を容易に行える。これらの利点から、コストと装置の大きさを大幅に低減できると共に容易に600℃以上の温度での黒体放射を得ることができる。また、温度が異なる2枚以上の黒体面を隣接させ、異なる温度にある2枚以上の黒体面を同時に一台のサーモグラフィで観測させることにより、当該サーモグラフィの温度分布測定能力を評価できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の熱放射光源の一実施例を説明した図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明による熱放射光源は、黒化塗料をほぼ全表面に均一に塗布した厚さと幅が均一な導電性の板に電流を流して直接通電加熱し、板全面の熱放射を黒体放射とする事に特徴がある。断面積の形状が一定で表面の放射率が均一な板を直接通電加熱する場合、板から周囲への伝導熱損失が輻射による熱損失と比較して無視できる状況では原理的に板表面の温度分布が均一になる特徴がある。伝導熱損失は板を加熱する電流を供給するためのホルダー電極を介して生じるため、ホルダー電極と板との接触面積に対する板の全表面積の比を大きくすれば容易に伝導熱損失の相対的な大きさを減じることができる。
上記の熱放射光源により板全面から黒体放射が得られる事により、板の表裏2面(もしくは側端面を含めた4面)を同時にサーモグラフィもしくは放射温度計の校正に用いる黒体放射光源として用いることができる。この際、どれか1面からの黒体放射光を標準放射温度計で測定し、その他の面からの黒体放射光を被校正放射温度計で測定する事により効率的に比較校正を実施できる利点がある。
上記の熱放射光源において、黒体面の基板として等方性黒鉛、ガラス状炭素、炭素繊維複合材を用い、黒化塗料として垂直配向成長させたカーボンナノチューブの集合体を用いる事により、炭素の持つ高融点の利点を活かして2000℃超の高温における黒体放射を得ることができる。
【0010】
上記の熱放射光源において、大電流を流して急速通電加熱により1秒以内の短時間で平面黒体の温度を室温から所望の高温に到達させた後に、電流の高速フィードバック制御により温度を一定に保持する加熱制御方法を採用することで数秒程度の短時間ではあるが2000℃以上の高温でも板全面の温度を均一に保持することが容易に可能となる。最近のサーモグラフィは温度分布を測定するために要する時間が数10msと短時間になっているため、上記のような方法で得られる短時間の黒体放射で容易に校正が可能となる。また、短時間で急速加熱をすることで黒体周囲の温度上昇を抑える事ができるため、断熱材や冷却設備を用いずに被校正放射温度計を黒体面の近傍に設置できる。サーモグラフィは観測対象との距離が小さくなるにつれて観測範囲が狭まるため、黒体平面近傍にサーモグラフィを設置する事で必要な黒体面の大きさを小さくする事ができ、小型すなわち製造コストが安価でエネルギー消費が少ない平面黒体炉でも十分に校正が可能となる利点を持つ。また、黒体が高温に晒される時間が非常に短時間であるため、黒体の素材として黒鉛等の炭素材料が使われている場合に黒体の酸化を防止するために供給する不活性ガスの量を大幅に低減できる。黒体の酸化を防止するために真空槽に黒体を設置した場合には、上記の校正済の標準放射温度計を介した比較校正を行える配置にすることで真空槽の窓の透過率に起因する誤差を廃した校正が可能である。
【0011】
上記の熱放射光源を2枚以上用い、2枚以上の黒体面を並置して各黒体面を異なる温度に制御することで、サーモグラフィ等の校正において求められている空間的に明確かつ既知の温度差を有する平面黒体炉として用いることができる。
【実施例】
【0012】
本発明の熱放射光源を実施するための1例を図1に示す。寸法50(長さ)×20(幅)×0.1(厚み)mmのガラス状炭素板の50×20の両面に黒化塗料を塗布する事で作製した黒体面を電池と電流制御素子から構成される通電加熱回路に接続する。ここで、黒化塗料として炭素製の基板から垂直配向成長させたカーボンナノチューブ等のナノ構造体を構築すれば、炭素の持つ高融点の利点を活かして2000℃超の高温における黒体放射を得ることができる。ナノ構造体として本出願人が先に出願した公開済特許技術「電磁波放射体・電磁波吸収体」(特開2010−192581号公報参照)に記載されたカーボンナノチューブ配向集合体がある。電流を供給するための端子は20×0.1の対向する2面にそれぞれ接続し、50×0.1の面に線径0.1mm以下の熱電対を炭素材料用の高温接着剤で接着する。熱電対を接着する場所は、面の中心と電流供給端子を結ぶ直線の中点辺りとする。50×20の2面の中心に校正済の標準放射温度計と被校正対象の放射温度計やサーモグラフィをそれぞれ正対させて設置する。所望の温度に黒体面を保持するため、校正済の標準放射温度計を用いて加熱中の黒体面のガラス状炭素板温度を連続測定し、所望の温度に到達したあとにガラス状炭素板の温度が短時間一定に保持されるように加熱電流をフィードバック制御する。
【0013】
黒体面の温度制御に関しては、例えば、本出願人が先に出願した公開済特許技術「物体加熱方法及び装置」(特開2008−116285号公報参照)に準じて行った。すなわち、黒体面に直列に接続した電池(コンデンサーでも良い。)から大電流を流して黒体面を高速自己通電加熱することにより室温から所望の温度に瞬時に到達させ、校正済み標準温度計で黒体面が所望の温度に到達したことを検知したら、その後、黒体面の温度が所望の温度に一定保持されるように電流制御素子のゲート電圧をフィードバック制御して、電流の高速フィードバック制御により黒体面の温度を一定に保持するものである。
【0014】
熱電対については、試料に電流を流している間は、熱電対接点にも電流が流れるため測定される熱電対起電力には電流による電圧降下が誤差として加わってしまう。そこで、輝度温度が一定になり約1秒経過後に電流を停止し、その直後の熱電対起電力から黒体面の真温度を決定する。
【0015】
上記の熱放射光源を2つ以上用いて、2枚以上の黒体面を並置して個別に異なる温度に温度制御することで温度が異なる2枚以上の黒体面を隣接させ、異なる温度にある黒体面を同時に一台のサーモグラフィで観測させることにより、当該サーモグラフィの温度分布測定能力を評価することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
等方性黒鉛、ガラス状炭素、炭素繊維複合材等の炭素材料からなる均質かつ厚さが均一な板の全表面に炭素のナノ構造体を構築することで表面の放射率を高めた板に、電流を流して直接通電加熱を行い板全体の温度を均一に所望の温度に保持することにより、板の複数の平面を所望の温度における黒体面として使用し、複数の放射温度計もしくはサーモグラフィを各黒体面にそれぞれ正対させることで比較校正や複数台の装置の校正を容易に実行することができることを特徴とする熱放射光源。
【請求項2】
前記板に直列に接続したバッテリー又はコンデンサーから大電流を流して黒体面を高速自己通電加熱することにより室温から所望の温度に瞬時に到達させ、その後、電流の高速フィードバック制御により黒体面の温度を一定に保持し、黒体面の温度分布が伝導熱損失により悪化する前の短時間は黒体面全体が均一に所望な温度に保持される特徴を利用して、その間に得られる各黒体面からの熱放射を放射温度計やサーモグラフィ等の校正に利用することを特徴とする請求項1記載の熱放射光源。
【請求項3】
請求項1又は2記載の熱放射光源を2つ以上用い、2枚以上の黒体面を並置して個別に異なる温度に温度制御することで温度が異なる2枚以上の黒体面を隣接させ、異なる温度にある黒体面を同時に一台のサーモグラフィで観測させることにより、当該サーモグラフィの温度分布測定能力を評価することを特徴とする熱放射光源。

【図1】
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【公開番号】特開2012−154777(P2012−154777A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−13815(P2011−13815)
【出願日】平成23年1月26日(2011.1.26)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】