説明

熱間鍛造用鋼

【課題】被削性及び疲労強度に優れ、磁粉探傷試験時に擬似模様が発生しにくい熱間鍛造用鋼を提供する。
【解決手段】本発明による熱間鍛造用鋼は、質量%で、C:0.30超〜0.60%未満、Si:0.10〜0.90%、Mn:0.50〜2.0%、P:0.080%以下、S:0.010〜0.10%、Al:0.005超〜0.10%、Cr:0.01〜1.0%、Ti:0.001〜0.040%未満、Ca:0.0003〜0.0040%、Te:0.0003〜0.0040%未満、N:0.0030〜0.020%、O:0.0050%以下を含有し、残部はFe及び不純物からなり、式(1)を満たし、硫化物系介在物の円相当径が20μm以下である。
Ca/Te>1.00・・・(1)
ここで、式(1)中の各元素記号は、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間鍛造用鋼に関し、さらに詳しくは、高周波焼入れを実施される熱間鍛造用鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
熱間鍛造品は、産業用機械、建設用機械、及び、自動車に代表される輸送用機械の機械部品として利用される。機械部品はたとえば、エンジン部品であり、たとえばクランクシャフトである。熱間鍛造品は、以下の工程により製造される。熱間鍛造用鋼を熱間鍛造して中間品を製造する。製造された中間品に対して必要に応じ調質処理を実施する。熱間鍛造ままの非調質の中間品又は調質処理後の中間品に対して、切削や穿孔等により部品形状に機械加工する。機械加工された中間品に対して、高周波焼入れ、浸炭、窒化等の表面硬化処理を実施する。表面硬化処理後、中間品に対して研削や研磨により仕上げ加工を実施し、熱間鍛造品を製造する。
【0003】
上述のとおり、熱間鍛造品は、機械部品に用いられる。そのため、熱間鍛造用鋼は優れた疲労強度を要求される。たとえば、特開昭60−169544号公報(特許文献1)は、疲労強度に優れた機械構造用部品を提案する。
【0004】
また、熱間鍛造品は中間品の状態で切削や穿孔等の機械加工を実施される。そのため、熱間鍛造用鋼はさらに、優れた被削性も要求される。鋼に硫黄(S)を含有すれば、被削性が向上することはよく知られている。Sは鋼中に硫化物系介在物を形成する。硫化物系介在物はたとえば、MnSである。硫化物系介在物は、鋼の被削性を向上する。たとえば、特開平11−350065号公報(特許文献2)は、被削性に優れた熱間鍛造用非調質鋼を提案する。特許文献2では、鋼中の硫化物のうち、Ca含有量が異なる複数種類の硫化物量を制御する。これにより、靭性及び熱間加工性を低下することなく旋削加工性に優れた熱間鍛造用非調質鋼が得られると記載されている。
【0005】
ところで、上述のとおり、熱間鍛造品は、表面硬化処理(高周波焼入れ、浸炭、窒化等)を実施される。表面硬化処理のうち、高周波焼入れは、浸炭や窒化と比較して短時間で鋼の表面を硬化することができる。しかしながら、高周波焼入れを実施された熱間鍛造品には、焼き割れが発生する場合がある。また、仕上げ加工により研削割れが発生する場合もある。そのため、高周波焼入れが実施された熱間鍛造品は一般的に、磁粉探傷試験が実施され、焼き割れや研削割れといった表面疵の有無の確認が行われる。
【0006】
しかしながら、被削性の改善のためにS含有量を増加すれば、磁粉探傷試験において、硫化物系介在物に起因した擬似模様が発生する場合がある。磁粉探傷試験は、熱間鍛造品を磁化する。このとき、熱間鍛造品の表面疵部分では漏洩磁束が発生する。磁粉は、大きな漏洩磁束が発生している場所に吸着され、磁粉模様を形成する。磁粉模様により、疵の発生の有無及び表面疵の発生箇所を特定できる。しかしながら、硫化物系介在物は非磁性である。したがって、硫化物系介在物によって漏洩磁束が発生する場合がある。このような場合に、硫化物系介在物に起因した擬似模様が形成される。
【0007】
擬似模様は、表面疵以外の要因により形成される磁粉模様である。したがって、擬似模様により、熱間鍛造品が表面疵を有すると誤認される場合がある。このような誤認を防止するため、磁粉模様が発生した熱間鍛造品に対して浸透探傷試験を実施すれば、表面疵の有無を正確に確認できる。しかしながら、検査工数が増えてしまう。
【0008】
特開2000−26933号公報(特許文献3)は、磁粉探傷時に擬似模様の発生しない熱間鍛造用鋼を提案する。特許文献3では、Tiを含有し、かつ、N含有量を低くする。これにより、鋼中にMnSに代えて、TiSに起因した炭硫化物が形成される。この炭硫化物が分散することにより、被削性を維持しつつ、擬似模様の発生が抑制されると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭60−169544号公報
【特許文献2】特開平11−350065号公報
【特許文献3】特開2000−26933号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献3に提案された熱間鍛造用鋼は、Ti含有量が高い。そのため、熱間鍛造の条件によっては、鋼の硬度が高くなり過ぎ、被削性が低下する場合がある。特許文献3はさらに、疲労強度については特に言及していない。
【0011】
本発明の目的は、熱間鍛造後の被削性及び疲労強度に優れ、磁粉探傷試験時に擬似模様が発生しにくい熱間鍛造用鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明による熱間鍛造用鋼は、質量%で、C:0.30超〜0.60%未満、Si:0.10〜0.90%、Mn:0.50〜2.0%、P:0.080%以下、S:0.010〜0.10%、Al:0.005超〜0.10%、Cr:0.01〜1.0%、Ti:0.001〜0.040%未満、Ca:0.0003〜0.0040%、Te:0.0003〜0.0040%未満、N:0.0030〜0.020%、O:0.0050%以下を含有し、残部はFe及び不純物からなり、式(1)を満たし、硫化物系介在物の円相当径が20μm以下である。
Ca/Te>1.00・・・(1)
ここで、式(1)中の各元素記号は、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0013】
本発明による熱間鍛造用鋼は、被削性及び疲労強度に優れ、磁粉探傷試験時に擬似模様が発生しにくい。
【0014】
本発明による熱間鍛造用鋼は、Feの一部に代えて、V:0.30%以下を含有してもよく、Feの一部に代えて、Pb:0.40%以下を含有してもよい。
【0015】
本発明による熱間鍛造品は、上述の熱間鍛造用鋼を熱間鍛造し、熱間鍛造後に高周波焼入れして製造される。上述の熱間鍛造品は、高周波焼入れ後に磁粉探傷試験を実施されてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、実施例における疲労試験片の側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の実施の形態を詳しく説明する。以下、元素に関する「%」は、特に断りがない限り、「質量%」を意味する。
【0018】
本発明者らは、熱間鍛造用鋼に関する研究及び検討の結果、以下の知見を得た。
【0019】
(a)鋼中の硫化物系介在物量が少なくなれば、磁粉探傷試験時における擬似模様の発生が抑制される。S含有量を少なくすれば、硫化物系介在物量は減少する。しかしながら、硫化物系介在物は、鋼の被削性を高める。したがって、熱間鍛造用鋼の被削性を高めるためには、Sを含有する必要がある。
【0020】
(b)磁粉探傷試験において、磁粉は、大きな漏洩磁束が発生している場所に吸着され、磁粉模様を形成する。硫化物系介在物は非磁性である。鋼の表層の硫化物性介在物が大きければ、硫化物系介在物に起因した漏洩磁束は、磁粉模様を形成できる程度に大きくなる。硫化物系介在物が小さければ、硫化物系介在物に起因した漏洩磁束が小さくなり、磁粉模様を形成しにくくなる。したがって、硫化物系介在物を微細化すれば、擬似模様の発生は抑制される。
【0021】
(c)硫化物系介在物に起因した漏洩磁束を擬似模様が発生しない程度に抑えるために、CaとTeとを鋼に含有する。Caは、硫化物系介在物を球状化する。TeもCaと同様に、硫化物系介在物を球状化する。しかしながら、Caが過剰に含有されれば、CaOを形成して鋼の疲労強度を低下する。Teが過剰に含有されれば、鋼に過剰に固溶して鋼の熱間延性を低下する。擬似模様の発生を抑制する程度まで硫化物系介在物を微細化するために、Ca及びTeの一方のみを含有する場合、Ca又はTeが過剰に含有される。したがって、鋼の疲労強度又は熱間延性が低下する。Ca及びTeの両方を含有すれば、鋼の疲労強度及び熱間延性の低下を抑えつつ、硫化物系介在物を微細化できる。
【0022】
(d)Ca含有量及びTe含有量はさらに、以下の式(1)を満たす。
Ca/Te>1.00・・・(1)
ここで、式(1)中の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0023】
式(1)を満たせば、鋼中の硫化物系介在物の円相当径が20μm以下となる。鋼中の硫化物系介在物の円相当径は、以下の方法で定義される。熱間鍛造用鋼の延伸方向に平行な断面において、任意の10視野を選択する。各視野内の10000μmの領域内の硫化物系介在物を特定する。本発明における「硫化物系介在物」とはたとえば、MnSであり、MnSはCaやTeを固溶していてもよい。本発明における硫化物系介在物はまた、Ca又はTeの硫化物であったり、Ca及び/又はTeの硫化物とMnSとの複合硫化物であってもよい。硫化物系介在物の特定には、たとえば、EPMA(電子線マイクロアナライザ)を使用する。EPMAにより、S濃度の高い像が得られた介在物を硫化物系介在物と特定する。特定された複数の硫化物系介在物の中から大きい順に10個選定する。選定された各硫化物系介在物の円相当径を算出する。各硫化物系介在物の円相当径は以下の方法で算出される。画像処理により、領域中の各硫化物系介在物の面積を算出する。算出された面積と同じ面積を持つ円の直径を、各硫化物系介在物の円相当径と定義する。選択された全硫化物系介在物(10視野×10個=100個)の円相当径の平均値を、熱間鍛造用鋼の硫化物系介在物の円相当径と定義する。
【0024】
Caは、Teよりも硫化物系介在物を微細化する。Teは、Caが硫化物系介在物に固溶するのを促進する。TeがCaに対して過剰に含有されれば、Teは、Caの硫化物系介在物への固溶を促進するよりも、Te自身が硫化物系介在物に固溶する。Teが多量に固溶した硫化物系介在物は、熱間加工しても延伸されにくく、分断されにくい。そのため、硫化物系介在物は球状化するものの、微細化しにくくなる。式(1)が満たされれば、Teは、Caが硫化物系介在物に固溶するのを促進する。そのため、硫化物系介在物をさらに微細化することができる。
【0025】
以上の知見に基づいて、本発明者らは、本実施の形態による熱間鍛造用鋼を完成した。以下、本実施の形態による熱間鍛造用鋼について詳述する。
【0026】
[化学組成]
本実施の形態による熱間鍛造用鋼は、以下の化学組成を有する。
【0027】
C:0.30超〜0.60%未満
炭素(C)は、鋼の疲労強度を高める。一方、Cが過剰に含有されれば、鋼の被削性が低下する。したがって、C含有量は0.30%よりも高く0.60%未満である。好ましいC含有量の上限は0.55%以下である。好ましいC含有量の下限は0.32%以上である。
【0028】
Si:0.10〜0.90%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。Siはさらに、鋼中のフェライトに固溶して、フェライトを強化する。フェライトが強化されることにより、鋼の疲労強度が高まる。一方、Siが過剰に含有されれば、熱間鍛造品の表面にスケールが残りやすくなり、熱間鍛造品の外観を損ねる。したがって、Si含有量は、0.10〜0.90%である。好ましいSi含有量の上限は0.74%以下である。好ましいSi含有量の下限は0.17%以上である。
【0029】
Mn:0.50〜2.0%
マンガン(Mn)は、Siと同様に、鋼を脱酸する。Mnはさらに、鋼に固溶して鋼の疲労強度を高める。Mnはさらに、鋼中の硫黄(S)と結合して硫化物系介在物を形成し、鋼の被削性を高める。一方、Mnが過剰に含有されれば、鋼の被削性が低下する。したがって、Mn含有量は、0.50〜2.0%である。好ましいMn含有量の上限は1.9%以下である。好ましいMn含有量の下限は0.77%以上である。
【0030】
P:0.080%以下
燐(P)は不純物である。Pは鋼の疲労強度を低下する。したがって、P含有量は少ない方が好ましい。P含有量は0.080%以下である。好ましいP含有量は0.030%以下である。
【0031】
S:0.010〜0.10%
硫黄(S)は、鋼中のMnと結合して硫化物系介在物を形成し、鋼の被削性を高める。一方、Sが過剰に含有されれば、鋼の疲労強度が低下する。Sが過剰に含有されればさらに、高周波焼入れ後の熱間鍛造品に対して磁粉探傷試験を実施する場合、鍛造品の表面に擬似模様が発生しやすくなる。したがって、S含有量は、0.010〜0.10%である。好ましいS含有量の上限は、0.08%以下である。好ましいS含有量の下限は、0.015%以上である。
【0032】
Al:0.005超〜0.10%
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸し、鋼中の溶存酸素量を調整する。鋼中のCaは、酸素と結合してCaOを生成しやすい。本実施の形態では、CaがCaOを生成せずに、CaSを生成し、生成したCaSを核としてCaを固溶した硫化物系介在物を晶出させる必要がある。Alは、鋼を脱酸することにより、鋼中のO(酸素)の量を低減する。そのため、CaOとなるCaの量が減り、CaSとなるCaの量が増える。したがって、Alは、CaがCaOを生成するのを抑制し、CaがCaSを生成するのを促進する。その結果、Caを固溶した硫化物系介在物の晶出が促進される。Al含有量が少なすぎれば、粗大なCaOが生成しやすくなる。そのため、硫化物系介在物にCaが固溶しにくくなり、硫化物系介在物の球状化が促進されず、擬似模様が発生しやすくなる。一方、Al含有量が多すぎれば、脱酸効果が飽和し、さらに、粗大なAl系介在物が生成しやすくなる。粗大なAl系介在物は、鋼の疲労強度を低下する。したがって、Al含有量は、0.005%よりも高く、0.10%以下である。好ましいAl含有量の上限は、0.04%以下である。なお、本明細書でいうAl含有量は、sol.Al(酸可溶Al)の含有量を意味する。
【0033】
Cr:0.01〜1.0%
クロム(Cr)は、鋼に固溶して鋼の疲労強度を高める。一方、Crが過剰に含有されれば、鋼の被削性が低下する。したがって、Cr含有量は、0.01〜1.0%である。好ましいCr含有量の上限は0.50%以下である。好ましいCr含有量の下限は、0.10%以上である。
【0034】
Ti:0.001〜0.040%未満
チタン(Ti)は窒化物や炭窒化物を形成する。窒化物や炭窒化物は、オーステナイト結晶粒を微細化し、鋼の疲労強度を高める。一方、Tiが過剰に含有されれば、鋼の被削性が低下する。したがって、Ti含有量は0.001%以上であり、0.040%未満である。好ましいTi含有量の上限は0.020%以下である。好ましいTi含有量の下限は、0.005%以上である。
【0035】
Ca:0.0003〜0.0040%
Caは、硫化物系介在物に固溶して硫化物系介在物を球状化する。これにより、硫化物系介在物が微細化する。微細な硫化物系介在物は、磁粉探傷試験における擬似模様の発生を抑制する。一方、Caが過剰に含有されれば、粗大な酸化物が形成される。粗大な酸化物は、鋼の被削性及び疲労強度を低下する。したがって、Ca含有量は、0.0003〜0.0040%である。好ましいCa含有量の上限は0.0035%以下である。
【0036】
Te:0.0003〜0.0040%未満
テルル(Te)は、硫化物系介在物へのCaの固溶を促進して硫化物系介在物を球状化し、硫化物系介在物を微細化する。微細な硫化物系介在物は、磁粉探傷試験における擬似模様の発生を抑制する。Teはさらに、Te自身が硫化物系介在物に固溶して硫化物系介在物を球状化する。一方、Teが過剰に含有されれば、Teがマトリックス中に固溶したり、Feと結合してFeTeを生成する。マトリックス中に固溶したTeや、生成したFeTeは、鋼の熱間延性を低下する。そのため、鋳片が割れやすくなり生産性が低下する。したがって、Te含有量は、0.0003〜0.0040%未満である。好ましいTe含有量の上限は0.0035%以下である。
【0037】
N:0.0030〜0.020%
窒素(N)は、Tiと結合して窒化物や炭窒化物を形成する。窒化物や炭窒化物は、オーステナイト結晶粒を微細化し、鋼の疲労強度を高める。一方、Nが過剰に含有されれば、鋼中の窒化物が粗大化し、鋼の被削性が低下する。したがって、N含有量は、0.0030〜0.020%である。好ましいN含有量の上限は0.018%以下である。好ましいN含有量の下限は0.0045%以上である。
【0038】
O:0.0050%以下
酸素(O)は、不純物である。Oは、硫化物系介在物の球状化に影響を与える。具体的には、Oが過剰に含有されれば、粗大なMnOを含有した粗大な硫化物系介在物が生成される。粗大な硫化物系介在物は、磁粉探傷試験時に擬似模様を発生させる。したがって、O含有量は少ない方が好ましい。O含有量は、0.0050%以下である。
【0039】
本実施の形態による熱間鍛造用鋼の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップ、あるいは製造過程の環境等から混入する元素をいう。
【0040】
[式(1)について]
本実施の形態による熱間鍛造用鋼はさらに、式(1)を満たす。
Ca/Te>1.00・・・(1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、その元素の含有量(質量%)が代入される。
【0041】
Caは、Teよりも硫化物系介在物を微細化する。Teは、Caが硫化物系介在物に固溶するのを促進する。TeがCaに対して過剰に含有されれば、Teは、Caの硫化物系介在物への固溶を促進するよりも、Te自身が硫化物系介在物に固溶する。Teが多量に固溶した硫化物系介在物は、熱間加工しても延伸されにくく、分断されにくい。そのため、硫化物系介在物は球状化するものの、微細化しにくくなる。式(1)が満たされれば、Teは、Caの硫化物系介在物に対する固溶を促進する。そのため、硫化物系介在物をさらに微細化することができる。具体的には、式(1)が満たされれば、鋼中の硫化物系介在物の円相当径が20μm以下になる。
【0042】
[選択元素について]
本発明による熱間鍛造用鋼の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Vを含有してもよい。
【0043】
V:0.30%以下
バナジウム(V)は、選択元素である。Vは、炭化物を形成し、鋼の疲労強度を高める。Vを少しでも含有すれば、上記効果が得られる。一方、Vが過剰に含有されれば、鋼の被削性が低下する。したがって、V含有量は0.30%以下である。V含有量が0.02%以上であれば、上記効果が顕著に得られる。好ましいV含有量の上限は0.20%以下である。
【0044】
本発明による熱間鍛造用鋼の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Pbを含有してもよい。
【0045】
Pb:0.40%以下
鉛(Pb)は、鋼の被削性を高める。Pbを少しでも含有すれば、上記効果が得られる。一方、Pbが過剰に含有されれば、鋼の靭性及び熱間延性が低下する。したがって、Pb含有量は0.40%以下である。好ましいPb含有量の上限は0.25%以下である。
【0046】
[製造方法]
本実施の形態による熱間鍛造用鋼の製造方法を説明する。本実施の形態では、一例として、熱間鍛造用鋼からなる熱間鍛造品を製造する工程を説明する。熱間鍛造品はたとえば、自動車及び建設機械等に利用される機械部品であり、たとえば、クランクシャフトに代表されるエンジン部品である。
【0047】
上述の化学組成及び式(1)を満たす鋼を連続鋳造法により鋳片にする。造塊法によりインゴット(鋼塊)にしてもよい。鋳片又はインゴットを熱間加工して、ビレット(鋼片)を製造する。ビレットを熱間加工して、棒鋼を製造する。熱間加工は、熱間圧延でもよいし、熱間鍛造でもよい。式(2)で定義される圧下比を6.0以上にする。
圧下比=鋳片又はインゴットの横断面積(mm)/棒鋼の横断面積(mm)・・・(2)
ここで、鋳片又はインゴットの横断面積とは、鋳片又はインゴットの軸方向に対して垂直な断面積である。棒鋼の横断面積とは、棒鋼の軸方向に対して垂直な断面積である。
【0048】
圧下比を6.0以上にすることで、鋼中の硫化物系介在物が延伸され、かつ、分断される。そのため、Ca及びTeとの相乗効果により硫化物系介在物が微細化され、硫化物系介在物の円相当径が20μm以下になる。
【0049】
製造された棒鋼を熱間鍛造して、粗形状の中間品を製造する。中間品に対して調質処理を実施してもよい。さらに、中間品を機械加工し、中間品を所定の形状にする。機械加工はたとえば、切削や穿孔である。
【0050】
次に、中間品に対して高周波焼入れを実施し、中間品の表面を硬化する。そして、高周波焼入れされた中間品に対して仕上げ加工を実施する。仕上げ加工は、研削や研磨である。以上の工程により熱間鍛造品が製造される。
【0051】
熱間鍛造品に対して、磁粉探傷試験を実施する。磁粉探傷試験は、磁粉を利用して、熱間鍛造品の表面疵(焼き割れ、研削割れ等)を検出する。磁粉探傷試験では、熱間鍛造品を磁化する。このとき、熱間鍛造品の疵部分では漏洩磁束が発生する。磁粉は、大きな漏洩磁束が発生している場所に吸着され、磁粉模様を形成する。したがって、磁粉模様により、疵の発生の有無及び発生箇所を特定できる。
【0052】
熱間鍛造品の表層に粗大な硫化物系介在物が存在すれば、硫化物系介在物に起因した大きな漏洩磁束が発生し、擬似模様が形成される。しかしながら、本発明による熱間鍛造用鋼から製造される熱間鍛造品では、Ca及びTeの相乗効果により、硫化物系介在物が微細化される。硫化物系介在物が微細であれば、擬似模様を形成するのに十分な漏洩磁束が発生しにくい。したがって、擬似模様の発生が抑制される。
【0053】
上述のとおり、熱間鍛造品の素材となる熱間鍛造用鋼(上記例では棒鋼)において、硫化物系介在物の円相当径が20μm以下となる必要がある。素材(棒鋼)を熱間鍛造すれば、鍛錬成形比に応じて鋼中の硫化物系介在物が微細化される。しかしながら、熱間鍛造品は複雑な形状を有するものが多く、鍛錬成形比が素材全体に対して一様にならない。したがって、熱間鍛造された素材内において、ほとんど鍛錬されない部分、つまり、鍛錬成形比が非常に小さい部分が生じる。このような部分においても、擬似模様の発生を抑制するためには、素材となる熱間鍛造用鋼中の硫化物系介在物の円相当径が20μm以下になる必要がある。
【実施例】
【0054】
種々の化学組成を有する鋼を製造した。そして、製造された鋼の疲労強度、被削性及び磁粉探傷試験における擬似模様の有無を調査した。
【0055】
[試験方法]
表1の化学組成を有する鋼A〜Yを溶製し、鋳片(ブルーム)を製造した。鋳片の横断面は300mm×400mmの矩形であった。
【表1】

【0056】
表1中の「F値」欄には、以下の式で定義されるFの値が記載される。Fは、式(1)の左辺に相当する。
F=Ca/Te
【0057】
表1を参照して、鋼A〜Iの化学組成は、本実施の形態による熱間鍛造用鋼の化学組成の範囲内であり、F値が式(1)の範囲内であった。一方、鋼J〜Yの化学組成は、本発明による熱間鍛造用鋼の化学組成の範囲外であった。
【0058】
各鋼A〜Yの鋳片から、以下の製造方法により、マーク1〜26の棒鋼を製造した。マーク1は、鋼Aの鋳片を利用し、マーク2は鋼Bの鋳片を利用した。同様に、マーク3〜マーク25はそれぞれ、鋼C〜Yの鋳片を利用した。マーク26は、鋼Iの鋳片を利用した。各マークの鋳片を分塊圧延機で熱間圧延してビレットを製造した。ビレットの横断面は180mm×180mmの矩形であった。ビレットを1200℃に加熱し、加熱されたビレットを熱間鍛造(鍛伸)して棒鋼を製造した。このときの仕上げ温度は1000〜1050℃であり、熱間鍛造終了後の棒鋼を放冷した。マーク1〜マーク25の棒鋼の直径は90mmであった。マーク26の棒鋼の直径は170mmであった。各マークの圧下比を式(2)に基づいて算出した。
【0059】
[ミクロ組織試験]
各マークの丸棒から、ミクロ組織観察用の試験片を採取した。丸棒の縦断面(延伸方向に平行な断面)に相当する試験片の表面において、任意の10視野を選択した。各視野内の10000μmの領域を光学顕微鏡で観察し、撮像した。撮像した画像を基に、各領域内に存在する介在物を大きいものから順にEPMA(電子線マイクロアナライザ)で分析し、硫化物系介在物を10個選定した。光学顕微鏡で撮像した上記画像を画像処理することにより、選定された10個の硫化物系介在物の円相当径を算出した。円相当径は以下の方法で算出した。各硫化物系介在物の面積を求めた。求めた硫化物系介在物の面積と同じ面積を持つ円の直径を各硫化物系介在物の円相当径と定義した。この測定を10視野で行い、選択された全硫化物系介在物(10視野×10個=100個)の円相当径の平均値を、各マークの鋼における硫化物系介在物の円相当径と定義した。
【0060】
各マークの丸棒を用いて、被削性、疲労強度、及び、磁粉探傷試験時の擬似模様の発生有無を調査した。各マークの丸棒は、熱間鍛造品の素材に相当した。素材である丸棒の被削性及び疲労強度が高く、かつ、磁粉探傷試験時に擬似模様が発生しにくければ、丸棒を熱間鍛造して成形され、鍛造終了後放冷された熱間鍛造品も当然に、優れた被削性及び疲労強度を有し、かつ、磁粉探傷試験時に擬似模様が発生しにくい。そこで、素材に相当する丸棒の被削性、疲労強度及び磁粉探傷試験の擬似模様の発生有無を、以下の試験方法により調査した。
[旋削試験]
マーク1〜マーク25の棒鋼(直径90mm)を直径が85mmになるまでピーリングして旋削試験片とした。マーク26の棒鋼(直径170mm)も、直径が85mmになるまでピーリングして旋削試験片とした。
【0061】
製造された試験片を用いて、旋削加工を実施した。旋削加工では、JIS規格に準拠したP種の超硬工具を使用した。超硬工具はコーティング処理されていなかった。切削速度を160m/min、送り速度を0.25mm/rev、切り込みを2.0mmとし、潤滑油を使用せずに旋削加工を実施した。旋削加工を開始してから30分経過後、超硬工具のフランク摩耗量(mm)を測定した。
【0062】
[疲労試験]
各マークの棒鋼のR/2部(丸棒切断面(円形状)の中心点と外周との間を2等分する点を含む部分)から、図1に示す小野式回転曲げ疲労試験片を採取した(以下、単に疲労試験片という)。図1を参照して、疲労試験片は、横断面が円形状であり、平行部D1を含んだ。平行部D1は中央部に断面形状が円弧の環状溝を有した。図1中の「D1」以外の記号は、疲労試験片の各部位の寸法(単位はmm)を示す。「φ10」は、平行部D1の直径(mm)を示し、「φ8」は環状溝の溝底での直径(mm)を示す。「R3」は、環状溝の横断形状での半径(mm)を示す。
疲労試験片の平行部D1の円周面に対して、周波数40kHz、電圧6kV、加熱時間3.0秒の条件で高周波焼入れを実施した。高周波焼入れ後、疲労試験片に対して焼戻しを実施した。具体的には、疲労試験片を150℃で1時間加熱し、その後、大気中で放冷した。焼戻し後、疲労試験片の平行部D1を仕上げ研磨し、平行部D1の表面粗さを調整した。具体的には、仕上げ研磨により、溝底表面の中心線平均粗さ(Ra)を3.0μm以内とし、最大高さ(Rmax)を9.0μm以内にした。
【0063】
仕上げ研磨された疲労試験片を用いて、JIS Z2274(1978)に準拠した回転曲げ疲労試験を室温(25℃)の大気雰囲気中において、回転数3000rpmの両振り条件で実施した。1.0×10回まで破断しなかった疲労試験片のうち、最も高い振幅応力を、その番号の疲労強度(MPa)と定義した。
【0064】
[擬似模様評価試験]
各マークの丸棒の中心部から、直径50mm、長さ100mmの丸棒試験片を採取した。丸棒試験片の軸方向は、各マークの棒鋼の軸方向と同じであった。丸棒試験片の円周面に対して、周波数40kHz、電圧6kV、加熱時間3.0秒の条件で高周波焼入れを実施した。高周波焼入れ後、疲労試験片に対して焼戻しを実施した。具体的には、疲労試験片を150℃で1時間加熱し、その後、大気中で放冷した。焼戻し後、丸棒試験片の円周面を仕上げ研磨し、表面粗さを調整した。具体的には、仕上げ研磨により、円周面の中心線平均粗さ(Ra)を3.0μm以内とし、最大高さ(Rmax)を9.0μm以内にした。仕上げ研磨された複数の丸棒試験片に対して、JIS Z2343−1(2001)に準拠した浸透探傷試験を実施し、疵のない丸棒試験片を各マークにつき50本選択した。
選択された50本の丸棒試験片に対して、表2に示す条件で磁粉探傷試験を実施した。
【表2】

【0065】
磁粉探傷試験において磁粉模様の発生の有無を目視で確認した。磁粉探傷試験を実施した50本のうち、擬似模様が発生した本数をカウントした。
【0066】
[試験結果]
試験結果を表3に示す。
【表3】

【0067】
表3を参照して、マーク1〜マーク9の丸棒の化学組成は、本発明の化学組成の範囲内であった。さらに、熱間加工時の圧下比が6.0以上であった。そのため、マーク1〜マーク9の鋼中の硫化物系介在物の円相当径は20μm以下であった。マーク1〜マーク9では、擬似模様が発生しなかった。さらに、フランク摩耗量は0.20mm以下であり、疲労強度は500MPa以上であった。
【0068】
一方、マーク10のC含有量は、本発明のC含有量の上限を超えた。そのため、フランク摩耗量が0.20mmを超え、被削性が低かった。マーク11のMn含有量は、本発明のMn含有量の上限を超えた。そのため、フランク摩耗量が0.20mmを超えた。
【0069】
マーク12のS含有量は、本発明のS含有量の上限を超えた。そのため、硫化物系介在物の円相当径は20μmを超え、擬似模様が発生した。さらに、疲労強度が500MPa未満であった。
【0070】
マーク13のAl含有量は、本発明のAl含有量の下限未満であった。そのため、硫化物系介在物の円相当径が20μmを超え、擬似模様が発生した。
【0071】
マーク14のCr含有量は、本発明のCr含有量の上限を超えた。マーク15のTi含有量は、本発明のTi含有量の上限を超えた。マーク16のV含有量は、本発明のV含有量の上限を超えた。マーク17のN含有量は、本発明のN含有量の上限を超えた。そのため、マーク14〜17のフランク摩耗量は、0.20mmを超えた。
【0072】
マーク18のO含有量は、本発明のO含有量の上限を超えた。そのため、硫化物系介在物の円相当径が20μmを超え、擬似模様が発生した。
【0073】
マーク19のCa含有量は、本発明のCa含有量の上限を超えた。そのため、フランク摩耗量が0.20mmを超え、疲労強度が500MPa未満であった。
【0074】
マーク20の鋼は、Tiを含有しなかった。そのため、疲労強度が500MPa未満であった。
【0075】
マーク21の化学組成は、本発明の化学組成を満たした。しかしながら、マーク21のF値は、式(1)を満たさなかった。そのため、硫化物系介在物の円相当径が20μmを超え、擬似模様が発生した。
【0076】
マーク22のC含有量は、本発明のC含有量の下限未満であった。マーク23のMn含有量は、本発明のMn含有量の下限未満であった。そのため、マーク22及び23の疲労強度は、500MPa未満であった。
【0077】
マーク24の鋼は、Caを含有するものの、Teを含有しなかった。マーク25の鋼は、Teを含有するものの、Caを含有しなかった。そのため、マーク24及び25の硫化物系介在物の円相当径は20μmを超え、擬似模様が発生した。
【0078】
マーク26の化学組成は本発明の化学組成の範囲内であり、式(1)を満たした。しかしながら、圧下比が6.0未満であった。そのため、硫化物系介在物の円相当径は20μmを超え、擬似模様が発生した。
【0079】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
【符号の説明】
【0080】
D1 平行部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.30超〜0.60%未満、Si:0.10〜0.90%、Mn:0.50〜2.0%、P:0.080%以下、S:0.010〜0.10%、Al:0.005超〜0.10%、Cr:0.01〜1.0%、Ti:0.001〜0.040%未満、Ca:0.0003〜0.0040%、Te:0.0003〜0.0040%未満、N:0.0030〜0.020%、O:0.0050%以下を含有し、残部はFe及び不純物からなり、式(1)を満たし、
硫化物系介在物の円相当径が20μm以下である、熱間鍛造用鋼。
Ca/Te>1.00・・・(1)
ここで、式(1)中の各元素記号は、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【請求項2】
請求項1に記載の熱間鍛造用鋼であって、
前記Feの一部に代えて、V:0.30%以下を含有する、熱間鍛造用鋼。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の熱間鍛造用鋼であって、
前記Feの一部に代えて、Pb:0.40%以下を含有する、熱間鍛造用鋼。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の熱間鍛造用鋼を熱間鍛造し、熱間鍛造後に高周波焼入れして製造される、熱間鍛造品。
【請求項5】
請求項4に記載の熱間鍛造品であって、
前記高周波焼入れ後に磁粉探傷試験を実施される、熱間鍛造品。

【図1】
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【公開番号】特開2013−7098(P2013−7098A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−140311(P2011−140311)
【出願日】平成23年6月24日(2011.6.24)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】