説明

燃料電池用アノード側触媒組成物およびこれを含んでなる固体高分子形燃料電池用膜電極接合体(MEA)

【課題】非定常な運転(起動停止・燃料欠乏)による燃料電池の劣化を改善でき、且つ低コストである技術を提供する。
【解決手段】導電材に触媒粒子を担持した触媒とイオン交換樹脂とを含む燃料電池用アノード側触媒組成物であって、該触媒粒子は、酸素還元能および水電解過電圧が共に白金より低く、かつ、水素酸化能を有する、合金からなることを特徴とする触媒組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用アノード側触媒組成物およびこれを用いた固体高分子形燃料電池用膜電極接合体(MEA)に関係する。
【背景技術】
【0002】
近年、高効率のエネルギー変換装置として、燃料電池が注目を集めている。燃料電池は、用いる電解質の種類により、アルカリ形、固体高分子形、リン酸形等の低温作動燃料電池と、溶融炭酸塩形、固体酸化物形等の高温作動燃料電池とに大別される。これらのうち、電解質としてイオン伝導性を有する高分子電解質膜を用いる固体高分子形燃料電池(PEFC)は、コンパクトな構造で高出力密度が得られ、しかも液体を電解質に用いないこと、低温で運転することが可能なこと等により簡易なシステムで実現できるため、定置用、車両用、携帯用等の電源として注目されている。
【0003】
固体高分子形燃料電池は、高分子電解質膜の両面にガス拡散性の電極層を配置し、そのアノード側を燃料ガス(水素等)に、カソード側を酸化剤ガス(空気等)に暴露し、高分子電解質膜を介した化学反応により水を合成し、これによって生じる反応エネルギーを電気的に取り出すことを基本原理としている。
【0004】
活物質として水素と酸素を各々アノードとカソードに供給した場合、アノードの触媒上では(1)の反応が起こり、カソードの触媒上では(2)の反応がおこり、その電位差によって発電する。
→2H+2e(E=0V) …(1)
+4H+4e→2HO(E=1.23V) …(2)
【0005】
ところで、燃料電池システムは効率的な発電特性により実用化を迎えつつあり定常的な運転においては実用可能な耐久性を発揮できるようになってきている。しかし、白金を電極触媒に用いることなどからシステムが高価になってしまうことや燃料欠乏や起動停止といった非定常な運転において非可逆な劣化が促進されることが明らかとなってきており、実用化のためにはこれらの課題を改善していく必要がある。
【0006】
燃料電池の作動中に供給される燃料(水素等)が欠乏した場合に発生するアノードの劣化メカニズムを以下に説明する。燃料が欠乏した場合、電池反応に必要となるHを補うために、水の電気分解によりHを発生させる反応(3)もしくはアノードの触媒担体カーボンの腐食によりHを発生させる反応(4)のいずれかまたはその両方が起こり、大幅なアノードの劣化を引き起こす。
O→ 1/2O+2H+2e …(3)
1/2C+HO→ 1/2CO+2H+2e …(4)
反応(4)によるアノードの劣化は深刻であり、燃料電池を瞬時に使用不可能としてしまう危険性がある。特に、水電解の反応効率が悪い(反応過電圧が高い)場合、水電解反応(3)ではなく、触媒担体カーボンの腐食によりHを作り出す反応(4)が起こりやすくなるため、アノードの劣化が大きくなる。
【0007】
起動停止におけるカソードの腐食が起こるメカニズムを以下に説明する。燃料電池の定常状態はアノード側に水素雰囲気、カソード側に空気雰囲気となっているが、起動停止は、一般的にアノード側に空気を供給し、発電を停止させる。通常燃料電池の停止時はアノード、カソードともに空気雰囲気となっており、空気雰囲気になっているアノードに水素を供給し、発電(起動)を開始する。起動時にアノードに水素を供給した場合、アノード側で水素と空気が混在した状態となり得る。
→ 2H+2e …(1)
+4H+4e→ 2HO …(2)
1/2C+HO→ 1/2CO+2H+2e …(4)
起動の際、アノードガス入口付近のアノードでは、水素が供給されるので、水素酸化反応(1)が起こり、対極のカソードのアノードガス入口付近に対向する位置では、既に空気(酸素)が存在するので、酸素還元反応(2)が起こり、アノードおよびカソードの上流部は通常の燃料電池の反応系が発生する。一方、アノードガス出口付近のアノードでは、停止時に供給された空気(酸素)が残存し且つ水素は未だ十分供給されていないので、酸素還元反応(2)が起こる。対極のカソードのアノードガス出口付近に対向する位置では、対応して酸化反応が生じるが、被酸化物としての水素が存在しないので、そこに存在する炭素が酸化される腐食反応(4)が起こる。すなわち、アノード下流部に対向する位置のカソードで炭素の腐食反応系が発生する。この現象が、起動停止時におけるカソード劣化の一因であると報告されている。(特許文献1)
【0008】
燃料欠乏時の劣化防止対策として、特許文献2には、水素欠乏時にアノード触媒の担体が腐食されるのを防止するため、電極触媒に酸化イリジウムなどの水電解触媒を混合する技術が開示されており、この技術によれば、燃料電池の電池反転に対する耐性をより強力にすることができるとしている。
【0009】
また特許文献3には、高分子固体電解質形燃料電池の燃料極において、高分子固体電解質膜に接し、燃料電池反応を進行させる少なくとも1層の反応層と、拡散層に接し、燃料極(アノード)中の水を電気分解する少なくとも1層の水分解層と、からなることを特徴とする高分子固体電解質形燃料電池の燃料極(アノード)に関する技術が開示されている。この技術によれば、燃料の欠乏が生じても電極特性の低下を起こし難い高分子固体電解質形燃料電池の燃料電池を供給できる、としている。
【0010】
また起動停止時の劣化防止対策としては、カソード触媒に用いられるカーボンに高結晶化カーボンを使用する例や白金黒を使用する例が報告されている。(特許文献4、5)
【0011】
ところで燃料ガス中には、CH,C,C,C,CO,CO等の不純物が含まれる可能性がある。これら燃料ガス中に含まれる不純物の中でもCOは、Ptに特異吸着し性能低下を起こすことが知られており、アノードの触媒使用量を削減することを困難にしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】米国特許 6855453号公報
【特許文献2】特表2003−508877号公報
【特許文献3】特開2004−22503号公報
【特許文献4】特開2001−357857号公報
【特許文献5】特開2005−270687号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
燃料電池の実用化には、非定常な運転(起動停止・燃料欠乏)による燃料電池の劣化の抑制と白金触媒量の低減等による低コスト化の両立が必須となる。それぞれの課題解決では実用化には不十分である。
燃料電池での非定常な運転(起動停止・燃料欠乏)による燃料電池の劣化を抑制しようとする先行技術が公知となっているが、いずれの先行技術も白金(Pt)触媒を使用することを前提としている。白金(Pt)は燃料電池のコストの大部分を占めているので、燃料電池を実用化するにはコスト低減の点で問題が残る。
燃料欠乏への対策として、水電解触媒を用いることが先行技術で提案されているが、それらの触媒は溶出しやすいため、水電解触媒のみで燃料電池を構成することが困難であるため実用化されておらず、それゆえに白金(Pt)触媒に添加して使用されている。
また、起動停止への対策も先行技術で提案されているが、さらなる改善が求められている。すなわち、起動停止耐性を向上させると初期出力が低下するといったトレードオフが存在するため、実用的な出力と起動停止耐久性を満足させるためには、コストを犠牲にしてカソード白金触媒担持量を増加させて実用的な出力を得るといった手段をとる必要がある。その結果、高い起動停止耐久性と低コストを満足することが困難となっている。
先行技術による、起動停止・燃料欠乏への対策は十分ではないため、システムによる燃料電池の保護が行われている。各種センサーによってガス圧力・電位などを詳細にモニターしながら制御することによって起動停止や燃料欠乏での劣化モードに陥らないようにしている。このような補機のコストおよび制御の複雑さによってシステム面からの対策は燃料電池のコスト低減を困難にしている。
これら問題の解決に対して、非定常な運転(起動停止・燃料欠乏)による燃料電池の劣化を改善でき、且つ低コストである技術が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明によると、
(1)導電材に触媒粒子を担持した触媒とイオン交換樹脂とを含む燃料電池用アノード側触媒組成物であって、該触媒粒子は、酸素還元能および水電解過電圧が共に白金より低く、かつ、水素酸化能を有する、合金からなることを特徴とする触媒組成物が提供される。
【0015】
また本発明によると、
(2)前記合金が、イリジウム、ルテニウム、金、パラジウム、コバルト、ニッケル、および銀からなる群より選択された金属を含んでなる、(1)に記載の触媒組成物が提供される。
【0016】
また本発明によると、
(3)前記合金が、イリジウムおよびパラジウムからなる群より選択された金属を含んでなる、(2)に記載の触媒組成物が提供される。
【0017】
また本発明によると、
(4)前記合金が、イリジウムおよびパラジウムからなる群より選択された第一金属、および第一金属と合金化しうる第二金属からなり、
イリジウムと合金化しうる第二金属が、コバルト、モリブデン、ニオブ、オスミウム、レニウム、ルテニウム、タンタル、チタン、タングステン、バナジウムおよびジルコニウムからなる群より選択され、
パラジウムと合金化しうる第二金属が、銀、アルミニウム、金、コバルト、クロム、銅、鉄、インジウム、マンガン、モリブデン、ニッケル、オスミウム、鉛、ロジウム、ルテニウム、スズ、チタン、ウラン、バナジウム、タングステンおよびジルコニウムからなる群より選択される、(3)に記載の触媒組成物が提供される。
【0018】
また本発明によると、
(5)前記合金が、第一金属としてのイリジウムおよび第二金属としてのルテニウムからなる、(4)に記載の触媒組成物が提供される。
【0019】
また本発明によると、
(6)前記合金における第一金属と第二金属の物質量比率が8:2〜1:9の範囲内である、(4)または(5)に記載の触媒組成物が提供される。
【0020】
また本発明によると、
(7)前記導電材が、50m/g以上300m/g以下のBET比表面積を有する高黒鉛化度カーボンブラックである、(1)〜(6)のいずれか1つに記載の触媒組成物が提供される。
【0021】
また本発明によると、
(8)高分子電解質膜の片面にアノード用触媒層を、その反対面にカソード用触媒層を接合してなる固体高分子形燃料電池用膜電極接合体(MEA)であって、該アノード用触媒層が(1)〜(7)のいずれか1つに記載の触媒組成物を含んでなるMEAが提供される。
【0022】
また本発明によると、
(9)カソードでのPt担持量が0.2mg/cm以下である(8)に記載のMEAが提供される。
【発明の効果】
【0023】
本発明により、非定常な運転(起動停止・燃料欠乏)による燃料電池の劣化を抑制し、かつ燃料電池のコストの大部分を占めていた白金(Pt)をアノードにおいてまったく使用しない低コストかつ高性能な燃料電池が得られる。
本発明により、燃料電池の作動中に供給される水素が不足した場合でも、触媒の溶出問題が解決されるため、白金触媒を使用せずアノードの劣化を防止することが可能となる。
また、本発明により、燃料電池の起動停止時におけるアノードおよびカソードの劣化を軽減することが可能となる。この効果により、大幅なカソードの耐久性向上が図れ、カソードの白金触媒担持量の低減を行うことが可能となり、燃料電池の低コスト化を行うことができる。
本発明により、燃料欠乏(転極)や起動停止といった燃料電池の主たる劣化原因を根本から解決できる。したがって、従来システムによって保護していた部分を削減することができ、それによるシステム全体のコストダウンも得られる。
本発明により、CO被毒耐性に優れた触媒が提供される。従来、触媒使用量はCO被毒分を考慮して用意されていたが、本発明により余剰触媒は必要でなくなる。すなわち、本発明により、触媒使用量が低減され、それによる起動停止耐性の向上かつ低コスト化を行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明による触媒組成物は、導電材に触媒粒子を担持した触媒とイオン交換樹脂とを含む燃料電池用アノード側触媒組成物であって、該触媒粒子は、酸素還元能および水電解過電圧が共に白金より低く、かつ、水素酸化能を有する、合金からなることを特徴とする。
【0025】
燃料電池は、高分子電解質膜とその両側に接合された触媒層が配置された基本構造を有する。触媒層の一方は、燃料(水素等)と反応するアノードである。触媒層のもう一方は、酸化剤ガス(酸素等)と反応するカソードである。活物質として水素と酸素を各々の触媒層に供給した場合、アノードの触媒上では[1]の反応が起こり、カソードの触媒上では[2]の反応がおこり、その電位差によって発電する。
→2H+2e(E=0V) ・・・[1]
+4H+4e→2HO(E=1.23V) ・・・[2]
【0026】
本発明の触媒組成物に含まれる触媒粒子は、水素酸化能、すなわち上記[1]の反応を進める能力を有する。これにより、該触媒粒子を含む該触媒組成物が、燃料電池用アノード側触媒組成物として働く。
【0027】
該触媒粒子は、白金より低い水電解過電圧を有する。水電解過電圧とは次の[3]の反応において、熱力学的に求められる反応の理論電位と実際に反応が進む際の電極電位との差を意味する。すなわち、この触媒粒子を使用すると、白金を触媒としたときよりも低い電位差で[3]の反応が進む。
O→ 1/2O+2H+2e ・・・[3]
この結果として、燃料欠乏時におけるアノードの劣化を抑制することができる。
【0028】
アノードで燃料が欠乏した場合、[1]の反応がおこらず、電池反応に必要なHを補うために、水の電気分解によりHを発生させる反応[3]もしくはアノードの触媒担体カーボンの腐食によりHを発生させる反応[4]のいずれかまたはその両方が起こる。
1/2C+HO→ 1/2CO+2H+2e ・・・[4]
水電解の反応[3]の反応効率が悪い(反応過電圧が高い)場合、水電解反応[3]ではなく、触媒担体カーボンの腐食によりHを作り出す反応[4]が起こりやすくなるため、アノードの劣化が大きくなる。
本発明では、水電解時の酸素発生過電圧が白金よりも低い触媒を使用するため、燃料欠乏時のアノード電位の上昇を抑えることができる。すなわち、燃料欠乏時に発生するアノードでの水電解反応[3]をスムーズに行うことによって、アノード(に含まれる触媒担体カーボン)の腐食によりHを作り出す反応[4]が起こりにくくなり、結果として燃料欠乏時におけるアノードの劣化を抑制することができる。
【0029】
該触媒粒子は、白金より低い酸素還元能を有する。酸素還元能とは次の[2]の反応を進める能力である。
+4H+4e→ 2HO ・・・[2]
本発明のアノード触媒において、酸素還元能が白金より低いことにより、起動停止時における燃料電池の劣化を軽減することが可能となる。
【0030】
起動停止時における燃料電池の劣化のメカニズムは、アノードで酸素還元反応[2]が生じ、対極のカソードで対応する酸化反応が生じるが、カソードには被酸化物としての燃料(水素等)が供給されていないので、そこに電極材として存在する炭素が酸化される腐食反応[4]が起こるというものである。
1/2C+HO→ 1/2CO+2H+2e ・・・[4]
本発明では、アノードに酸素還元活性の低い触媒を使用してアノードでの酸素還元反応[2]を抑制することで、起動停止時のカソード腐食反応[4]の誘引を抑制し、燃料電池の劣化を軽減することが可能となる。
【0031】
本発明の触媒粒子は、上記の性質を満たす合金からなる。すなわち、本発明の触媒粒子は、酸素還元能および水電解過電圧が共に白金より低く、かつ、水素酸化能を有する、合金からなる。同等の性質を有する単体金属、例えばイリジウム、が知られているが、燃料電池運転中に溶出し、長期の耐久性に問題が残っている。本発明者は、合金化することにより、溶出を抑制できることを発見し、本発明に想到した。純金属に他金属を添加することによりその性質(融点、磁性、機械的強度、耐食性、触媒活性など)が大きく変化するため、様々な用途に応じた合金が利用されている。本検討においても合金化により溶出度が低下して長期安定性が期待できる。
【0032】
本発明のアノード側触媒組成物に含まれる合金の金属元素として、イリジウム、ルテニウム、金、パラジウム、コバルト、ニッケル、および銀からなる群から選択することができる。これらの金属元素を含んでなる合金は、酸素還元能および水電解過電圧が共に白金より低く、かつ、水素酸化能を有する。本発明のアノード側触媒組成物は、白金を必須としないので、低コストの燃料電池が得られる。
【0033】
好ましくは、アノード側触媒組成物に含まれる合金の金属元素は、イリジウムおよびパラジウムからなる群より選択される。これらの金属元素、イリジウムおよびパラジウムは、水素酸化活性を持つ可能性が高いという点で好ましい。これらの金属元素を第一金属とすると、第一金属と合金化しうる金属元素を第二金属として以下を用いることができる。第一金属がイリジウムである場合、イリジウムと合金化しうる第二金属が、コバルト、モリブデン、ニオブ、オスミウム、レニウム、ルテニウム、タンタル、チタン、タングステン、バナジウムおよびジルコニウムからなる群より選択される。第一金属がパラジウムである場合、パラジウムと合金化しうる第二金属が、銀、アルミニウム、金、コバルト、クロム、銅、鉄、インジウム、マンガン、モリブデン、ニッケル、オスミウム、鉛、ロジウム、ルテニウム、スズ、チタン、ウラン、バナジウム、タングステンおよびジルコニウムからなる群より選択される。
【0034】
特に、第一金属としてのイリジウムおよび第二金属としてのルテニウムからなる合金は、最も水電解過電圧が低くかつ水素酸化能も高いため好ましい。
【0035】
前記合金における第一金属と第二金属の物質量比率が物質量比8:2〜1:9の範囲内であることが好ましい。第一金属がイリジウムの場合、第一金属(イリジウム)と第二金属との物質量比がIr:M=8:2よりも高い場合、触媒粒子に含まれるイリジウムが溶出し、様々な問題を生じることがある。触媒粒子に含まれるイリジウムは、燃料電池の起動停止運転によりアノードの電位が変動することによって溶出することがあり、溶出したイリジウムは電解質膜のプロトン伝導性を低下させる問題を引き起こす。また溶出したイリジウムがカソードまで移動した場合はカソードの酸素還元反応を阻害し、発電電圧を低下させる。一方、第一金属(イリジウム)と第二金属との物質量比がIr:M=1:9よりも低い場合、触媒粒子に含まれる第二金属がかなり溶出し、イリジウムが溶出した場合と同様な問題を生じることがある。また、イリジウムが水素酸化活性を有しているため、イリジウムの比率が低い場合には、燃料電池の発電効率が低下し([1]の反応効率が低下する)、この性能低下を補うために、触媒担持量を増すことが必要になり、低コストの燃料電池が得られなくなる。本発明者は、合金触媒粒子の組成、すなわち第一金属と第二金属との物質量比を上記の範囲内に制御することによって、触媒粒子に含まれる前記金属の流出を大幅に低減可能であることを見出だした。
【0036】
触媒粒子は導電材に担持される。導電材としては炭素系粒子、例えばカーボンブラック、活性炭、黒鉛等が好適であり、特に微粉末状粒子が好適に用いられる。代表的には、BET表面積が50m/g以上の高黒鉛化度カーボンブラック粒子である。カーボンブラック粒子のBET表面積は300m/g以下であることが、好ましい。カーボンブラック粒子のBET表面積が300m/gを超えると触媒粒子(貴金属)の微粒子担持が可能となり、触媒粒子径の微粒子化が起こる。それにより、触媒粒子の溶出が起こりやすくなる問題とアノードの酸素還元反応(ORR)活性が上がってしまう問題(起動停止での耐久性低下)が起こりやすくなる。カーボンブラック粒子のBET表面積が300m/g以下であれば、表面積が小さく、黒鉛結晶化度が高いカーボンブラック粒子が多いため、転極時(燃料欠乏時)の耐久性が向上する。カーボンブラック粒子のBET表面積が50m/g未満であると、表面積が小さすぎて、触媒粒子の均一担持が困難となる。
【0037】
触媒粒子を担持する担体は、燃料欠乏時の腐食耐性の観点から黒鉛化度の高いカーボンが望ましいが、カーボンに限らず、耐久性の高い酸化チタン、酸化スズなどの酸化物担体などの適用も可能である。導電性が十分でない酸化物担体を適用する場合、前述した導電材を併用して、導電性を確保することが望ましい。
【0038】
また、Ir等の溶出量を低減させるためには、触媒中の不純物を低減することが望ましい。特に問題となる不純物としては、塩化物イオンなどのアニオンがある。
【0039】
該触媒組成物中のイオン交換樹脂は、触媒を支持し、触媒層を形成するバインダーとなる材料でもあり、触媒によって生じたイオン等が移動するための通路を形成する役割をもつ。このようなイオン交換樹脂としては、プロトン(H)伝導性が高く、電子絶縁性であり、かつ、ガス不透過性であるものであれば、特に限定はされず、公知のイオン交換樹脂であればよい。代表例として、含フッ素高分子を骨格とし、スルホン酸基、カルボキシル基、リン酸基、ホスホン基等の基を有する樹脂が挙げられる。これらのイオン交換樹脂を溶媒中で触媒とよく混合し、その溶液を補強材としてのPTFEに塗布して、触媒層を形成してもよい。
本発明におけるイオン交換樹脂は、全フッ素系高分子化合物に限定はされず、炭化水素系高分子化合物や無機高分子化合物との混合物、または高分子鎖内にC−H結合とC−F結合の両方を含む部分フッ素系高分子化合物であってもよい。全フッ素系高分子化合物の具体例としては、側鎖にスルホン酸基を有するパーフルオロポリマーであるナフィオン(登録商標)(デュポン社製)、アシプレックス(登録商標)(旭化成社製)およびフレミオン(登録商標)(旭硝子社製)が挙げられる。炭化水素系高分子化合物の具体例として、スルホン酸基等の電解質基が導入されたポリアミド、ポリアセタール、ポリエチレン、ポリプロピレン、アクリル系樹脂、ポリエステル、ポリスルホン、ポリエーテル等、およびこれらの誘導体(脂肪族炭化水素系高分子電解質)、スルホン酸基等の電解質基が導入されたポリスチレン、芳香環を有するポリアミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリエステル、ポリスルホン、ポリエーテルイミド、ポリエーテルスルホン、ポリカーボネート等、およびこれらの誘導体(部分芳香族炭化水素系高分子電解質)、スルホン酸基等の電解質基が導入されたポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリエステル、ポリフェニレンスルフィド等、およびこれらの誘導体(全芳香族炭化水素系高分子電解質)等が挙げられる。無機高分子化合物としては、シロキサン系またはシラン系の、特にアルキルシロキサン系の有機珪素高分子化合物が好適であり、具体例としてポリジメチルシロキサン、γ‐グリシドキシプロピルトリメトキシシラン等が挙げられる。また、部分フッ素系高分子化合物の具体例としては、スルホン酸基等の電解質基が導入されたポリスチレン−グラフト−エチレンテトラフルオロエチレン共重合体、ポリスチレン−グラフト−ポリテトラフルオロエチレン等、およびこれらの誘導体が挙げられる。
【0040】
アノード側では水素等の燃料、カソード側では酸素や空気等の酸化剤ガスが触媒とできるだけ多く接触することができるように、触媒層は多孔性であることが好ましい。また、触媒層中に含まれる触媒量(金属元素として質量換算)は、一般に0.001〜5mg/cmの範囲内にあればよい。特にアノード担持量については0.001〜0.2mg/cmの範囲内にあることが好適である。アノード担持量は、コスト、および起動停止時の耐久性の観点から、少ない担持量が好ましいため、0.2mg/cm以下であることが好ましい。ただし、アノード担持量が少なすぎると発電性能が低下するため、0.001mg/cm以上であることが好ましい。またカソード担持量については0.05〜0.6mg/cmの範囲内にあることが好適である。カソード担持量は多いほど、初期活性/耐久性ともに向上する。しかし、コストの観点から、0.6mg/cm以下であることが好ましい。また、カソード担持量が少なすぎると初期活性/耐久性が大幅に低下するため、0.05mg/cm以上であることが好ましい。触媒層の厚さは、一般に0.5〜200μmの範囲内にあればよいが、特にアノードについては1〜100μmの範囲内に、またカソードについては1〜30μmの範囲内にあることが好適である。
【0041】
燃料電池のカソードの触媒層は、触媒粒子とイオン交換樹脂を含むものであれば特に限定はされず、従来公知のものを使用することができる。触媒は、通常、触媒粒子を担持した導電材からなる。触媒粒子としては、水素の酸化反応あるいは酸素の還元反応に触媒作用を有するものであればよく、白金(Pt)その他の貴金属のほか、鉄、クロム、ニッケル、コバルト等、およびこれらの合金を用いることができる。本発明のアノード側触媒組成物を使用することにより、カソードの劣化が低減し、カソード劣化に伴って生じるカソード触媒の流出も低減する。したがって、カソード触媒を余剰に担持する必要がなく、コストの低減につながる。
【0042】
一般に、高分子電解質膜の片面にアノード用触媒層を、その反対面にカソード用触媒層を接合して一体化したものは膜電極接合体(MEA)と称される。本発明は、固体高分子形燃料電池用膜電極接合体(MEA)であって、アノード用触媒層が前述の触媒組成物を含んでなるMEAにも関係する。このMEAは、アノード用触媒層に含まれる前述の触媒組成物に基づく特徴、すなわち、水素が不足した場合に発生するアノードの劣化を防止すること、燃料電池の起動停止時におけるアノードおよびカソードの劣化を軽減すること、CO被毒耐性に優れていること、および低コストであるという利点をもたらす。
【0043】
高分子電解質膜の材料として、前述のイオン交換樹脂を使用することができる。高分子電解質膜の厚さは、抵抗に大きな影響を及ぼすため、電子絶縁性およびガス不透過性を損なわない限りにおいてより薄いものが求められ、具体的には、0.1〜100μm、好ましくは1〜30μmの範囲内に設定される。
【0044】
一般にMEAは、アノード側触媒層および/またはカソード側触媒層の高分子電解質膜とは反対側に、さらにガス拡散層を設けることができる。ガス拡散層は、導電性および通気性を有するシート材料である。代表例として、カーボンペーパー、カーボン織布、カーボン不織布、カーボンフェルト等の通気性導電性基材に撥水処理を施したものが挙げられる。また、炭素系粒子とフッ素系樹脂から得られた多孔性シートを用いることもできる。例えば、カーボンブラックを、ポリテトラフルオロエチレンをバインダーとしてシート化して得られた多孔性シートを用いることができる。
【0045】
本発明のMEAでは、カソードでのPt担持量が0.2mg/cm以下であってもよい。耐久性の観点から、カソードではPt担持量は0.4mg/cm以上とすることが慣習的に必要とされている。本発明のアノード側触媒組成物を使用することにより、カソードの劣化が低減するので、カソードでのPt担持量が0.2mg/cm以下であっても、MEAとして実用的な使用が可能である。
【実施例】
【0046】
以下、実施例を用いて本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例に何ら限定されるものではない。
【0047】
[触媒作製]
電池評価のために、カーボンブラックにイリジウム、ルテニウム、又はイリジウムルテニウム合金を担持させた触媒を用意した。電池評価に用いた触媒の詳細な作製手順を以下に示す。
【0048】
(イリジウムルテニウム合金触媒の作製)
まず、Ir0.6gを含む硝酸イリジウム溶液を200mlのエタノールに溶解した溶液を調製した。一方、担体となるカーボンブラック(ケッチェンブラックインターナショナル社製、商品名:ケッチェンブラックEC)1.4gを300mLのエタノールに良く分散させた分散液を調製した。続いて、カーボンブラック分散液を攪拌している所へ、硝酸イリジウム溶液を加えてスラリーを調製した。該スラリーに超音波を10分間照射した後、80℃で攪拌しながら硝酸イリジウムをカーボンブラックに含浸し、同温度にて約10時間攪拌しながら乾固することにより黒色の粉末を得た。得られた粉末をメノウ乳鉢にて粉砕し、これを水素ガス10%および窒素ガス90%よりなる混合ガス流通下、600℃で2時間熱処理を行い、カーボン担持イリジウム触媒を作製した。このカーボン担持イリジウム触媒を300mlのエタノールに分散させた分散液を調製した。一方、所定のモル比となるようなRuを含む硝酸ルテニウム溶液を200mLのエタノールに溶解し、硝酸ルテニウム溶液を調製した。続いて、カーボン担持イリジウム触媒分散液を攪拌している所へ、硝酸ルテニウム溶液を加えてスラリーを調製した。該スラリーに超音波を10分間照射した後、60℃で攪拌しながら前駆体をカーボンブラックに含浸し、70度にて約10時間攪拌しながら乾固することにより黒色の粉末を得た。得られた粉末をメノウ乳鉢にて粉砕し、これを水素ガス10%および窒素ガス90%よりなる混合ガス流通下、600度で2時間熱処理を行い、カーボン担持イリジウムルテニウム触媒(触媒A1〜A5)を作製した。
(黒鉛化カーボンブラック担持イリジウムルテニウム合金触媒の作製)
担体に黒鉛化したケッチェンブラックを用いた以外は触媒A1〜A5と同様にして触媒B1を作製した。担体となる黒鉛化カーボンブラックは、カーボンブラック(ケッチェンブラックインターナショナル社製、商品名:ケッチェンブラックEC)を2500℃にて処理することにより黒鉛化させて準備した。
(イリジウム触媒の作製)
まず、Ir0.6gを含む硝酸イリジウム溶液を200mlのエタノールに溶解した溶液を調製した。一方、担体となるカーボンブラック(ケッチェンブラックインターナショナル社製、商品名:ケッチェンブラックEC)1.4gを300mLのエタノールに良く分散させた分散液を調製した。続いて、カーボンブラック分散液を攪拌している所へ、硝酸イリジウム溶液を加えてスラリーを調製した。該スラリーに超音波を10分間照射した後、80℃で攪拌しながら硝酸イリジウムをカーボンブラックに含浸し、同温度にて約10時間攪拌しながら乾固することにより黒色の粉末を得た。得られた粉末をメノウ乳鉢にて粉砕し、これを水素ガス10%および窒素ガス90%よりなる混合ガス流通下、600℃で2時間熱処理を行い、カーボン担持イリジウム触媒(触媒R2)を作製した。
(ルテニウム触媒の作製)
まず、Ru0.6gを含む硝酸ルテニウム溶液を200mlのエタノールに溶解した前駆体溶液を調製した。一方、担体となるカーボンブラック(ケッチェンブラックインターナショナル社製、商品名:ケッチェンブラックEC)1.4gを300mLのエタノールに良く分散させた分散液を調製した。続いて、カーボンブラック分散液を攪拌している所へ、硝酸ルテニウム溶液を加えてスラリーを調製した。該スラリーに超音波を10分間照射した後、60℃で攪拌しながら硝酸ルテニウムをカーボンブラックに含浸し、70度にて約10時間攪拌しながら乾固することにより黒色の粉末を得た。得られた粉末をメノウ乳鉢にて粉砕し、これを水素ガス10%および窒素ガス90%よりなる混合ガス流通下、600度で2時間熱処理を行い、カーボン担持ルテニウム触媒(R3)を作製した。
【0049】
【表1】

【0050】
[膜電極接合体(MEA)作製]
上記で得られた触媒および比較用の触媒を用いて、電池評価用の膜電極接合体(MEA)を作製した。膜電極接合体の詳細な作製手順を以下に示す。
【0051】
(アノード)
各比較例、実施例ごとに異なるアノード側カーボン担持触媒を採用した。比較例1、2では、ケッチェンブラックを担体とする50%白金担持カーボンTEC10E50E(触媒P:田中貴金属工業(株)製)を採用した。比較例3では、VulcanXC72を担体とする40%イリジウム担持カーボンHP Iridium on VulcanXC72(触媒R1:BASF Fuel Cell, Inc)を採用した。比較例4、5では、前記触媒R2、R3を採用した。実施例1〜6では、前記触媒A1〜A5およびB1を採用した。
固形分濃度が9wt%となるように、それぞれのカーボン担持触媒をアルコールと混合した。次に、各混合液をイオン交換樹脂溶液(パーフルオロスルホン酸電解質溶液(SE20142);デュポン社製)に、イオン交換樹脂溶液が担体カーボンに対して1.0の質量比率になるように、加えた。こうして調製された液体に超音波照射を行い、触媒担持カーボンを分散させ塗工液を作製した。
得られた塗工液を貴金属担持量が表2に示す所定量となるように各々厚さ200μmのPTFEシートに塗布・乾燥し、アノード電極層を形成した。
表2に、各比較例、実施例におけるアノード称呼、アノード触媒種類、触媒金属担持量を示す。
【0052】
(カソード)
全ての比較例、実施例において、カソードにはPRIMEA(登録商標)#5580(Pt担持量0.4mg/cm:ジャパンゴアテックス(株)製)を採用した。
【0053】
(膜電極接合体)
全ての比較例、実施例において、電解質膜にはGORE−SELECT(登録商標)20K(ジャパンゴアテックス(株)製)を採用した。電解質膜は大きさ15×15cm、厚さ20μmのものを用意した。上記のアノード、カソードおよび電解質膜から、熱プレスを行いデカール法にて膜電極接合体(MEA)を作製した。
【0054】
【表2】

【0055】
[初期電池特性評価試験]
ガス拡散層としての撥水化カーボンペーパー(CARBEL(登録商標)CNW10A:ジャパンゴアテックス(株)製)2枚の間に各膜電極接合体を配置して発電セルに組み込み、常圧にてアノード側に水素(利用率80%),カソード側に空気(利用率40%)を供給し、セル温度80℃にて電流密度0.2A/cm、0.5A/cm、1.0A/cmでの初期発電試験を実施した。またガス露点は、アノード・カソード共に露点80℃のガスを供給した。そこで得られた電圧値を表3に示す。これらの結果から、本発明によるアノード側触媒組成物を用いた燃料電池が、実用可能であることが確認された。
【0056】
【表3】

【0057】
[CO混入時における初期電池特性評価試験]
ガス拡散層としての撥水化カーボンペーパー(CARBEL(登録商標)CNW10A:ジャパンゴアテックス(株)製)2枚の間に各膜電極接合体を配置して発電セルに組み込み、常圧にてアノード側に水素(利用率60%)またはCO100ppm混入水素(利用率60%),カソード側に空気(利用率40%)を供給し、セル温度70℃にて電流密度0.1A/cmでの初期発電試験を実施した。またガス露点は、アノード・カソード共に露点70℃のガスを供給した。CO100ppm混入水素は、COがアノード触媒を被毒するため純水素に比べて電圧特性が低下する。CO100ppm混入水素を燃料として用いて得られた電圧値と純水素を燃料として用いて得られた電流密度0.1A/cmにおける電圧値の差分を表4に示す。これらの結果から、不純物としてCOを含む燃料を用いた場合においても、本発明によるアノード側触媒組成物を用いた燃料電池が、実用可能であることが確認された。
【0058】
【表4】

表4の結果から、比較例に比べて実施例の材料では、差分の値が小さいことが分かった。差分は電圧特性の低下の度合を示すものである。すなわち、COを混入させたときに、比較例では電圧特性の低下(差分)が大きく、実施例では電圧特性の低下(差分)が小さいことを示している。
【0059】
[アノード酸素還元特性評価試験]
ガス拡散層としての撥水化カーボンペーパー(CARBEL(登録商標)CNW10A:ジャパンゴアテックス(株)製)2枚の間に各膜電極接合体を配置して発電セルに組み込み、常圧にてカソード側に水素(利用率80%),アノード側に酸素(利用率40%)を供給し、セル温度80℃にて電流密度0.1A/cmでの初期発電試験を実施した。またガス露点はアノード・カソード共に露点80℃のガスを供給した。そこで得られた抵抗補正後の電圧値を表5に示す。この結果から、非白金系触媒(実施例1〜6、比較例3〜5)は白金系触媒(比較例1、2)と同様に酸素還元能を有するが、得られた電圧値は白金系触媒のものより低いことが分かる。すなわち、非白金系触媒は、白金よりも低い酸素還元能を有しており、これにより起動停止持の劣化が抑えられる。
【0060】
【表5】

【0061】
[起動停止条件に対する耐久電池特性評価試験]
ガス拡散層としての撥水化カーボンペーパー(CARBEL(登録商標)CNW20B:ジャパンゴアテックス(株)製)2枚の間に各膜電極接合体を配置して発電セルに組み込み、常圧にてアノード側に水素(利用率83%),カソード側に空気(利用率50%)を供給し、セル温度80℃にて起動停止発電試験を実施した。またガス露点はアノード・カソード共に露点70℃のガスを供給した。起動停止評価手順について説明する。まず通常の初期発電特性評価を電流密度0.3A/cm、0.8A/cm、1.4A/cmにて行い初期発電電圧を得た後、アノード側に空気を供給し、強制的に発電停止を行ったのち再度水素を供給して発電(起動)を行う。この起動停止サイクルを1000回実施した起動停止運転を模擬する加速試験とした。その後、通常の発電特性評価を電流密度0.3A/cm、0.8A/m、1.4A/cmにて行い試験後の発電電圧を得た。そこで得られた試験後と初期の電圧の差から電圧劣化率を求めた結果を表6に示す。これらの結果から、本発明によるアノード側触媒組成物を用いた燃料電池が、起動停止サイクルを1000回実施した後でも、発電可能であり、かつ高い耐久性を示すことが確認された。
【0062】
【表6】

【0063】
また、起動停止試験によるアノード中の貴金属の溶出を確認する目的で以下のような電気化学評価を実施した。アノードに露点80℃の水素ガスを供給し、カソードに露点80℃の窒素ガスを供給した。電圧が安定した後、ポテンショスタットを用いカソードを作用極としてサイクリックボルタンメトリーを上限電位は1.2V、下限電位は0.05V、走査速度は100mV/sの条件にておこなった。3サイクル目の0.40Vにおける電流値より、カソードの2重層容量を見積もる。この評価を起動停止試験前後にて行った。アノード貴金属の溶出が発生していれば、カソードの2重層容量が増加するため、その増加量から貴金属の溶出度合いを評価した。そこで得られた試験前後の2重層容量の変化から貴金属溶出度合いを求めた結果を表7に示す。比較例3では変化率が102%であり、溶出が大きかったことが示唆される。合金触媒(実施例1〜6)においては、変化率が17%〜―14%となっており、貴金属溶出が大きく改善されていることが示唆される。イリジウム触媒(比較例3、比較例4)に比べて、イリジウムルテニウム合金(実施例1〜6)において、大きく溶出量改善されていることから、イリジウムがルテニウムと固溶することによって耐溶出性が向上したと考えられる。
【0064】
【表7】

【0065】
また、起動停止試験によるアノード中の貴金属の溶出を確認する目的で、触媒層断面のSEM-EDX{S−3400N((株)日立ハイテクノロジーズ)、GENESIS(EDAX社)}分析を実施した。起動停止後のMEAを凍結破断し、MEAの断面を露出したサンプルを作成し、カソード側でのIr(M)検出を検討した。
【0066】
【表8】

比較例では、起動停止試験後にカソード中のイリジウムが検出されたが、本発明(実施例)では、カソード中のイリジウムはTraceであるかまたは検出されなかった。すなわち、本発明は、イリジウムの耐溶出性が非常に優れていることが示された。なお、「Trace」とは、わずかにIrが存在するが、S/N比の関係から有意とは考えられないデータを示している。「検出されず」とは、Irが存在しないデータである。
【0067】
[水素欠乏条件(転極)に対する耐久電池特性評価試験]
ガス拡散層としての撥水化カーボンペーパー(CARBEL(登録商標)CNW10A:ジャパンゴアテックス(株)製)2枚の間に各膜電極接合体を配置して発電セルに組み込み、常圧にてアノード側に水素(利用率67%),カソード側に空気(利用率50%)を供給し、ガス露点はアノード・カソード共に露点70℃のガスを供給した。セル温度70℃にて発電試験を実施し、電流密度0.2A/cm、0.5A/cm、1.0A/cmでの初期の発電電圧を得た。水素欠乏評価は、発電試験後に、アノード側に窒素を供給し、アノードガスを水素から窒素に置換した。その状態にて、電流密度0.2A/cmでアノード側に5秒間電流印加/開回路運転5秒保持を1サイクルとして90サイクルを実施し水素欠乏運転(転極)を模擬する加速試験とした。その後、通常の発電特性評価を行い、電流密度0.2A/cm、0.5A/cmでの試験後の発電電圧を得た。試験後と初期の発電電圧の差から電圧劣化率を求めた結果を表9に示す。これらの結果から、本発明によるアノード側触媒組成物を用いた燃料電池が、水素欠乏運転(転極)模擬を90サイクル経た後でも、発電可能であることが確認された。また、実施例6においては、180サイクルの検討も実施した。
【0068】
【表9】

【0069】
また、アノードの水電解過電圧を判断する指標として水素欠乏試験の各サイクル中(1,30,90サイクル)のセル電圧を測定した。また、実施例6は、180サイクルのセル電圧も測定した。その結果を表10に示す。アノードに白金系触媒を用いている比較例1、2では、セル電圧が大幅に変化しており、本発明の合金触媒では、セル電圧はほとんど変化していない。これは、合金触媒の水電解過電圧が白金よりも低いので、水電解が起こりやすく、燃料極のカーボンの腐食を抑制したためと考えられる。また、黒鉛化カーボンブラックを用いた場合にはより高い水素欠乏(転極)耐性が得られることが確認された。
【0070】
【表10】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電材に触媒粒子を担持した触媒とイオン交換樹脂とを含む燃料電池用アノード側触媒組成物であって、該触媒粒子は、酸素還元能および水電解過電圧が共に白金より低く、かつ、水素酸化能を有する、合金からなることを特徴とする触媒組成物。
【請求項2】
前記合金が、イリジウム、ルテニウム、金、パラジウム、コバルト、ニッケル、および銀からなる群より選択された金属を含んでなる、請求項1に記載の触媒組成物。
【請求項3】
前記合金が、イリジウムおよびパラジウムからなる群より選択された金属を含んでなる、請求項2に記載の触媒組成物。
【請求項4】
前記合金が、イリジウムおよびパラジウムからなる群より選択された第一金属、および第一金属と合金化しうる第二金属からなり、
イリジウムと合金化しうる第二金属が、コバルト、モリブデン、ニオブ、オスミウム、レニウム、ルテニウム、タンタル、チタン、タングステン、バナジウムおよびジルコニウムからなる群より選択され、
パラジウムと合金化しうる第二金属が、銀、アルミニウム、金、コバルト、クロム、銅、鉄、インジウム、マンガン、モリブデン、ニッケル、オスミウム、鉛、ロジウム、ルテニウム、スズ、チタン、ウラン、バナジウム、タングステンおよびジルコニウムからなる群より選択される、請求項3に記載の触媒組成物。
【請求項5】
前記合金が、第一金属としてのイリジウムおよび第二金属としてのルテニウムからなる請求項4に記載の触媒組成物。
【請求項6】
前記合金における第一金属と第二金属の物質量比率が8:2〜1:9の範囲内である、請求項4または5に記載の触媒組成物。
【請求項7】
前記導電材が、50m/g以上300m/g以下のBET比表面積を有する高黒鉛化度カーボンブラックである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の触媒組成物。
【請求項8】
高分子電解質膜の片面にアノード用触媒層を、その反対面にカソード用触媒層を接合してなる固体高分子形燃料電池用膜電極接合体(MEA)であって、該アノード用触媒層が請求項1〜7のいずれか1項に記載の触媒組成物を含んでなるMEA。
【請求項9】
カソードでのPt担持量が0.2mg/cm以下である請求項8に記載のMEA。

【公開番号】特開2012−94315(P2012−94315A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−239433(P2010−239433)
【出願日】平成22年10月26日(2010.10.26)
【出願人】(000107387)日本ゴア株式会社 (121)
【Fターム(参考)】