説明

燃料電池用触媒インク

【課題】本発明は、触媒インクを改良して燃料電池の耐久性の向上を図る技術の提供と、耐久性の高い燃料電池を形成することができる触媒インクを評価する技術の提供を目的とする。
【解決手段】燃料電池の電極を作製するために用いられる触媒インクは、触媒を担持したカーボンの凝集体と、アイオノマーと、を含み、コントラスト変調小角中性子散乱法によって凝集体とアイオノマーの状態を特定すると、凝集体の表面には、アイオノマーがほぼ均一に吸着している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池の電極を作製するために用いられる触媒インクに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、燃料電池の発電性能や耐久性の向上を図るために、燃料電池の触媒層を作製するために用いられる触媒インクの改良が行われている。例えば、触媒インクに含まれる高分子電解質の平均慣性半径を150〜300nmとすることによって、高分子電解質の偏在を減らしてガス拡散性に優れた触媒層を作製する技術が知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−108827号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、触媒インクを改良して燃料電池の発電性能や耐久性の向上を図る技術については、なお改善の余地があった。例えば、触媒インクを改良して触媒層のひび割れの発生を抑制する技術や、触媒インクを評価する技術については、改善の余地があった。
【0005】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、触媒インクを改良して燃料電池の耐久性の向上を図る技術の提供を第1の目的とする。また、耐久性の高い燃料電池を形成することができる触媒インクを評価する技術の提供を第2の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題の少なくとも一部を解決するために、本願発明は、以下の態様または適用例として実現することが可能である。
【0007】
[適用例1]
燃料電池の電極を作製するために用いられる触媒インクであって、
触媒を担持したカーボンの凝集体と、アイオノマーと、を含み、
コントラスト変調小角中性子散乱法によって前記凝集体と前記アイオノマーの状態を特定すると、前記凝集体の表面には、前記アイオノマーがほぼ均一に吸着している、触媒インク。
【0008】
この構成によれば、凝集体の表面にアイオノマーがほぼ均一に吸着していることで、触媒電極層のひび割れの発生が抑制されるため、燃料電池の耐久性の向上を図ることができる。
【0009】
[適用例2]
適用例1に記載の触媒インクであって、
前記触媒インクに含まれる溶媒の散乱長密度を変化させて複数の試料を作製し、各前記試料の散乱曲線から前記凝集体と前記アイオノマーとの相互作用を示す部分散乱関数を算出したときに、
前記部分散乱関数は、正の値を持つ曲線であり、適合度の高いフィッティングが可能である、触媒インク。
【0010】
この構成によれば、凝集体の表面にアイオノマーがほぼ均一に吸着しているため、燃料電池の耐久性の向上を図ることができる。
【0011】
[適用例3]
適用例1または適用例2に記載の触媒インクであって、
前記アイオノマーは、前記凝集体に吸着している吸着アイオノマーと、前記凝集体に吸着していない非吸着アイオノマーとを含み、
前記触媒インクの体積に占める、前記非吸着アイオノマーの体積の割合である非吸着アイオノマー体積分率をφp_matrixとし、
前記触媒インクに含まれる前記凝集体を同体積の溶媒に置き換えた溶液の前記溶液の体積に占める、前記アイオノマーの体積の割合である全アイオノマー体積分率をφp_prepとすると、
φp_matrix/φp_prep≦0.98
となる、触媒インク。
【0012】
この構成によれば、アイオノマーの一部が吸着アイオノマーとして凝集体の表面に吸着しているため、燃料電池の耐久性の向上を図ることができる。
【0013】
[適用例4]
適用例3に記載の触媒インクであって、
前記凝集体をコア、前記吸着アイオノマーをシェルとしたシェル−コア構造を有する複合体の前記シェル部分において、前記シェル全体の体積に占める前記吸着アイオノマーの体積の割合である吸着アイオノマー体積分率をφp_shellとすると、
φp_shell/φp_matrix≧2.0
となる、触媒インク。
【0014】
この構成によれば、吸着アイオノマーは、非吸着アイオノマーの2倍以上の体積分率で凝集対の表面に寄り集まっているため、燃料電池の耐久性の向上を図ることができる。
【0015】
[適用例5]
適用例4に記載の触媒インクであって、
前記凝集体の半径をRc、前記複合体の半径をRp、とすると、
Rp−Rc≧20〔Å〕
となる、触媒インク。
【0016】
この構成によれば、凝集体の表面には、20〔Å〕以上の厚さを有する吸着アイオノマーの分子層が形成されているため、燃料電池の耐久性の向上を図ることができる。
【0017】
なお、本発明は、種々の態様で実現することが可能であり、例えば、上記触媒インクにより作製された触媒電極層を含む膜電極接合体や燃料電池、触媒インクの評価方法、触媒インクの製造方法、燃料電池の製造方法などの形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】第1実施例に係る燃料電池電極用触媒インクの概略構成を説明するための説明図である。
【図2】触媒インク試料の散乱曲線を説明するための説明図である。
【図3】触媒インクの散乱強度と各成分の部分散乱関数との関係を説明するための説明図である。
【図4】触媒インクに含まれる各成分の散乱長密度差を説明するための説明図である。
【図5】触媒カーボンの部分散乱関数Scc(q)のグラフを説明するための説明図である。
【図6】触媒カーボンとアイオノマーとの相互作用を表す部分散乱関数Scp(q)のグラフを説明するための説明図である。
【図7】アイオノマーの部分散乱関数Spp(q)のグラフを説明するための説明図である。
【図8】サイクル耐久性試験の試験結果を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
A.第1実施例:
図1は、第1実施例に係る燃料電池電極用触媒インクの概略構成を説明するための説明図である。本実施例の燃料電池電極用触媒インク100は、固体高分子燃料電池の電極(触媒電極層)の前駆体であって、固体高分子電解質膜の両側に塗布し乾燥させることによって、電極(触媒電極層)を構成する。この燃料電池電極用触媒インク100は、触媒金属(ここでは、白金)111を担持したカーボン粒子(導電性担体)110と、高分子電解質(例えば、フッ素系樹脂)120と、これらを分散させるための分散溶媒と、を含んで構成される多成分系ディスパージョンである。この触媒インクの作製方法については、後述する。以後、燃料電池電極用触媒インク100を「触媒インク100」とも呼び、触媒金属111を担持したカーボン粒子110を「触媒カーボン110」とも呼び、高分子電解質120を「アイオノマー120」とも呼ぶ。
【0020】
図1に示すように、触媒カーボン110は、触媒インク100中において、一次粒子が凝集したアグロメレート粒子130として存在している。以後、このアグロメレート粒子130を「凝集体130」とも呼ぶ。図1では、説明の便宜のために凝集体130が、完全な球体として示されているが、凝集体130の表面には、凹凸形状や触媒が存在している。
【0021】
本実施例の触媒インク100では、一部のアイオノマー120がこの凝集体130に吸着して、凝集体130の表面にアイオノマーの分子層を形成している。また、このアイオノマーの分子層は、凝集体130の表面をほぼ均一に被覆している。すなわち、本実施例の触媒インク100では、凝集体130の表面にアイオノマー120がほぼ均一に吸着している。このように、触媒インクにおいて、凝集体130の表面にアイオノマー120がほぼ均一に吸着しているか否かを確認する方法については後述する。
【0022】
以後、触媒インク100に含まれるアイオノマー120のうち、凝集体130に吸着して分子層を形成しているアイオノマーを特に「吸着アイオノマー120s」とも呼び、凝集体130に吸着せずに遊離しているアイオノマーを特に「非吸着アイオノマー120m」とも呼ぶ。また、凝集体130をコア、吸着アイオノマー120sによって形成される分子層をシェルとしたシェル−コア構造を有している複合体を「複合体140」とも呼ぶ。
【0023】
本実施例の触媒インク100に関して、下記の式(1)が成立することが好ましい。
【0024】
【数1】

ここで、Rcは、凝集体130の半径を表し、Rpは、複合体140の半径を表している(図1参照)。
【0025】
すなわち、本実施例の触媒インク100には、凝集体130の表面に吸着アイオノマー120sの分子層が20〔Å〕以上の厚さで形成されていた複合体140が含まれていることが好ましい。触媒インクから、凝集体130の半径Rcと、複合体140の半径Rpを算出する方法については後述する。
【0026】
また、本実施例の触媒インク100は、下記の式(2)(3)が成り立つように作製されていることが好ましい。
【0027】
【数2】

【数3】

ここで、
φp_shellは、複合体140のシェル部分において、シェル全体の体積に占める吸着アイオノマー120sの体積の割合である吸着アイオノマー体積分率を表す。
φp_matrixは、触媒インク100の体積に占める、非吸着アイオノマー120mの体積の割合である非吸着アイオノマー体積分率を表す。
φp_prepは、触媒インク100に含まれるアイオノマー120がすべて凝集体130に吸着していないと仮定したときの触媒インク100の体積に占める、アイオノマー120の体積の割合である全アイオノマー体積分率を表す。
【0028】
なお、全アイオノマー体積分率φPp_prepは、触媒インク100に含まれる凝集体130を同体積の溶媒に置き換えた溶液において、溶液の体積に占める、アイオノマー120の体積の割合と等しい。全アイオノマー体積分率φp_prepは、溶媒、アイオノマー120それぞれの重さと比重から算出することができる。吸着アイオノマー体積分率φp_shellと、非吸着アイオノマー体積分率φp_matrixの算出方法については後述する。
【0029】
式(2)は、触媒インク100において、吸着アイオノマー120sは、非吸着アイオノマー120mの2倍以上の体積分率で凝集体130の表面に寄り集まっていることを意味している。また、式(3)は、触媒インク100では、溶媒中の非吸着アイオノマー120mの体積分率は、すべてのアイオノマー120が凝集体130に吸着せずに溶媒中に分散していると仮定したときの溶媒中のアイオノマー120の体積分率の98%以下となっていることを意味している。これは、触媒インク100では、アイオノマー120の一部が吸着アイオノマー120sとして凝集体130に吸着していることを意味している。
【0030】
触媒インク100の作製方法と評価方法を以下に示す。まず、触媒カーボンとアイオノマー(EW800)を分散溶液に加えて攪拌した。触媒カーボンは、触媒(白金)平均粒子径が2nmであり、カーボン粒子と触媒(白金)との重量比率である白金担持重量比率が30%であった。アイオノマー(EW800)は、触媒カーボンに含まれるカーボン粒子単体の重量と重量比率が1:1となるように調整した。分散溶液は、触媒カーボンとアイオノマーの重量の合計が触媒インクの全体重量の10%となるように調整した。上述の攪拌の後に、この溶液を磁製(ZrO2)ジャーに移し、遊星ビーズミル(150rpm/3hr)によって高分散させることによって触媒インクを作製した。
【0031】
ここでは、分散溶媒として、軽水(H2O)と重水(D2O)とを様々な軽水/重水比率で混合した溶媒を使用して、複数の触媒インクを作製した。具体的には、D20の分子数比率が、0%、10%、20%、60%、70%、80%、の6種類の分散溶媒を用いて触媒インクを作製した。以後、溶媒のD20比率が0%の触媒インク試料を「D0」、溶媒のD20比率が10%の触媒インク試料を「D10」、溶媒のD20比率が20%の触媒インク試料を「D20」、溶媒のD20比率が60%の触媒インク試料を「D60」、溶媒のD20比率が70%の触媒インク試料を「D70」、溶媒のD20比率が80%の触媒インク試料を「D80」とも呼ぶ。なお、上述の重水(D2O)とは、軽水(H2O)の軽水素(H)を重水素(D)に置換したものである。
【0032】
この6種類の触媒インク試料を用いて、コントラスト変調小角中性子散乱(CV−SANS)によって、触媒インク100中の吸着アイオノマー120sの構造(形態/密度/厚み)の定量化をおこなった。ここで、コントラスト変調小角中性子散乱(CV−SANS)とは、コントラスト変調(Contrast Variation:CV)をおこなった複数の試料の小角中性子散乱(small-angle neutron scattering:SANS)から、試料に含まれる複数物質の構造解析等をおこなう技術をいう。
【0033】
ここでは、コントラスト変調(Contrast Variation:CV)とは、上述したように、溶媒の軽水/重水比率を変化させることによって溶媒の散乱長密度を変化させ、溶液(触媒インク100)に含まれる複数の物質(触媒カーボン110、アイオノマー120)の各散乱長密度との差である散乱長密度差(コントラスト)を変化させることである。小角中性子散乱とは、中性子を試料(物質)に照射し、散乱された中性子の波の干渉現象を観察することによって、その試料(物質)の構造特性等を明らかにする技術である。本実施例では、東京大学物性研究所の小角中性子散乱装置SANS−Uにおいて、20MWの実験用原子炉JRR−3から取り出された波長λ=7.0〔Å〕の連続中性子線を用いてコントラスト変調小角中性子散乱(CV−SANS)をおこなった。
【0034】
図2は、触媒インク試料の散乱曲線を説明するための説明図である。図2の横軸は、散乱ベクトルの大きさq〔Å-1〕を示しており、縦軸は、散乱強度I(q)〔cm-1〕を示している。横軸の散乱ベクトルの大きさqは、入射中性子の波動ベクトルと散乱中性子の波動ベクトルとがなす角である散乱角を2θ、中性子線の波長をλとしたときに、下記の式(4)により表すことができる。
【0035】
【数4】

【0036】
ここでは、中性子線の波長λは一定であるため、散乱ベクトルの大きさqは、散乱角2θに依存する。図2には、上述した6種類(D0、D10、D20、D60、D70、D80)の触媒インク試料のそれぞれについての散乱曲線が示されている。図2から、溶媒のD20比率が低い触媒インク試料では、溶媒とアイオノマー120との散乱長密度差(コントラスト)が小さくなるため、触媒カーボン110からの散乱が支配的な結果となった。一方、溶媒のD20比率が高い触媒インク試料になるほど、溶媒と触媒カーボン110との散乱長密度差が小さくなるため、触媒カーボン110からの散乱が抑制され、アイオノマー120からの散乱が支配的な結果となった。この理由については、図4を用いて後述する。
【0037】
図3は、触媒インクの散乱強度と各成分の部分散乱関数との関係を説明するための説明図である。触媒インク100の散乱強度I(q)は、触媒インク100に含まれる各成分の部分散乱関数の和として表すことができる。ここでは、上記6種類の触媒インク試料の各散乱強度I(q)から、触媒インク100に含まれる触媒カーボン110の散乱関数Scc(q)と、アイオノマー120の部分散乱関数Spp(q)と、触媒カーボン110とアイオノマー120との相互作用を表す部分散乱関数Scp(q)を算出した。触媒インク100の散乱強度I(q)は、下記の式(5)で与えられる。
【0038】
【数5】

ここで、ρcは、触媒カーボン110の散乱長密度を表し、ρwは溶媒の散乱長密度を表し、ρpは、アイオノマー120の散乱長密度を表している。また、(ρc−ρw)は、触媒カーボン110と溶媒の散乱長密度差(コントラスト)を表し、(ρp−ρw)は、アイオノマー120と溶媒の散乱長密度差を表している。
【0039】
図4は、触媒インクに含まれる各成分の散乱長密度差を説明するための説明図である。図4の上段に示されている表の横軸は、触媒インクに含まれる溶媒のD20比率を示し、縦軸は、各触媒インクに含まれる物質の散乱長密度を示している。重水の散乱長密度は6.38×1010〔cm-2〕であり、軽水の散乱長密度は、−0.563×1010〔cm-2〕である。そのため、D20比率を増やすにつれて溶媒の散乱長密度が増大する。一方、触媒カーボンの散乱長密度とアイオノマーの散乱長密度は、ともに正の値でほぼ一定であり、また、触媒カーボンの散乱長密度がアイオノマーの散乱長密度よりも高い。
【0040】
触媒カーボンと溶媒の散乱長密度差(ρc−ρw)をΔρc、アイオノマーと溶媒の散乱長密度差(ρp−ρw)をΔρp、とすると、溶媒のD20比率が低い触媒インク試料(D0、D10、D20)では、アイオノマーと溶媒の散乱長密度差Δρpと比較して、触媒カーボンと溶媒の散乱長密度差Δρcが大きいことがわかる。一方、溶媒のD20比率が高い触媒インク試料(D60、D70、D80)では、D20比率が増えるにつれて、触媒カーボンと溶媒の散乱長密度差Δρcが小さくなり、アイオノマーと溶媒の散乱長密度差Δρpが大きくなることがわかる。この結果、溶媒のD20比率が低いD0、D10、D20では、触媒カーボンと溶媒の散乱長密度差Δρcが大きく、得られる散乱曲線は触媒カーボン110からの散乱が支配的な結果となる(図2)。一方、溶媒のD20比率が高いD60、D70、D80では、溶媒のD20比率が高い触媒インクになるほど、散乱曲線は触媒カーボン110からの散乱が抑制され、アイオノマー120からの散乱が支配的な結果となる(図2)。
【0041】
上記6種類の触媒インクの各散乱強度In(q)(n=1〜6)と、各触媒インクの、触媒カーボンと溶媒の散乱長密度差Δρc、アイオノマーと溶媒の散乱長密度差Δρpから式(6)によって、触媒カーボンの部分散乱関数Scc(q)、アイオノマーの部分散乱関数Spp(q)、触媒カーボンとアイオノマーとの相互作用を表す部分散乱関数Scp(q)を算出することができる。式(6)は、上記6種類の触媒インクについての式(5)を行列で表したものであり、その特異値分解によって、Scc(q)、Scp(q)、Spp(q)を決定することができる。
【0042】
【数6】

【0043】
図5は、触媒カーボンの部分散乱関数Scc(q)のグラフを説明するための説明図である。図5の横軸は、散乱ベクトルの大きさqを示しており、縦軸は、部分散乱強度を示している。図中のドットが式(6)から得られた部分散乱関数Scc(q)を示している。図中の実線は、下記の式(7)によるフィッティング曲線である。部分散乱関数Scc(q)を、下記の式(7)でフィッティングすることによって凝集体130の半径Rcを算出することができる。
【0044】
【数7】

式(7)では、触媒インク100における凝集体130の半径Rcは、ガウス分布(分散σ)しており、また、分布座標xでは、体積Vの凝集体130がn個存在しているものとしている。すなわち、下記の式(7)において、nは、散乱体(凝集体130)の数密度を表し、Vは、散乱体(凝集体130)一個の体積を表し、xは、ガウス分布における分布座標を表している。G(R,x,σ)は、下記式(8)に示すように、確率密度関数を示している。また、Psph(R,q)は、式(9)(10)に示すように、散乱体(凝集体130)が球体である場合の散乱関数である。
【0045】
【数8】

【数9】

【数10】

【0046】
上記式(7)により、部分散乱関数Scc(q)のフィッティングをおこなった結果、触媒インク100に含まれる凝集体130の半径Rcは、Rc=570〔Å〕となった。また、式(7)から凝集体130の体積Vと数密度nが算出される。
【0047】
図6は、触媒カーボンとアイオノマーとの相互作用を表す部分散乱関数Scp(q)のグラフを説明するための説明図である。図6の横軸は、散乱ベクトルの大きさqを示しており、縦軸は、部分散乱強度を示している。図中のドットが式(6)から得られた部分散乱関数Scp(q)を示している。図中の実線は、後述する式(11)によるフィッティング曲線である。
【0048】
本実施例の触媒インク100は、触媒カーボンとアイオノマーとの相互作用を表す部分散乱関数Scp(q)が、正の値を有し、フィッティングしたときに適合度が十分に高いグラフで表されている。このことから、触媒インク100中の触媒カーボン110とアイオノマー120との間には相互作用が生じており、触媒カーボン110の周囲にアイオノマー120がまとまった状態で、全体として触媒カーボン110と同様の形状を有していると考えられる。すなわち、凝集体130の表面にアイオノマー120の一部(吸着アイオノマー120s)がほぼ均一に吸着した複合体140が形成されていると考えられる。なお、仮に、凝集体130の表面にアイオノマー120が吸着していない場合には、部分散乱関数Scp(q)は、負の値になると考えられる。
【0049】
図6に示すように、触媒カーボンとアイオノマーとの相互作用を表す部分散乱関数Scp(q)を下記の式(11)によってフィッティングし、また、後述する図7に示すように、アイオノマーの部分散乱関数Spp(q)を後述の式(14)によってフィッティングすることによって、複合体140の半径Rp、吸着アイオノマー体積分率φp_shell、および、非吸着アイオノマーの体積分率φp_matrixを算出することができる。
【0050】
【数11】

ここで、nは、式(7)によって算出された散乱体の数密度を表し、Vpは、複合体140の体積を表し、Vcは、式(7)によって算出された凝集体130の体積を表している。また、Φsph(Rp,q)は、複合体140が球体である場合の散乱関数を表し、下記の式(12)で与えられる。
【0051】
【数12】

【0052】
Φsph(Rc,q)は、式(10)に示すように凝集体130が球体である場合の散乱関数を表している。非吸着アイオノマーの体積分率φp_matrixは、吸着アイオノマー体積分率φp_shellと全アイオノマー体積分率φp_prepとの間で下記の式(13)が成り立つ。式(13)により、φp_prepとφp_shellからφp_matrixを求めることができる。
【数13】

式(13)において、全アイオノマー体積分率φp_prepは、溶媒、アイオノマー120それぞれの重さと比重から算出することができる。全アイオノマー体積分率φp_prepは、φp_prep=0.02であった。また、凝集体130の体積分率φcは、触媒インク100の体積に占める、凝集体130の比率であり、触媒インク100および凝集体130のそれぞれの重さと比重から算出することができる。凝集体130の体積分率φcは、φc=0.01であった。
【0053】
これらを算出した結果、複合体140の半径Rpは、Rp=650〔Å〕、吸着アイオノマー体積分率φp_shellは、φp_shell=0.35、非吸着アイオノマーの体積分率φp_matrixは、φp_matrix=0.018となった。
【0054】
図7は、アイオノマーの部分散乱関数Spp(q)のグラフを説明するための説明図である。図7の横軸は、散乱ベクトルの大きさqを示しており、縦軸は、部分散乱強度を示している。図中のドットが式(6)から得られた部分散乱関数Spp(q)を示している。図中の一点鎖線は、アイオノマー120溶液の実験結果の絶対値をSpp(q)に合わせたアイオノマーの散乱関数f(ionomer)を示している。図中の破線は、触媒カーボンとアイオノマーとの相互作用を表す部分散乱関数Scp(q)のフィッティング曲線(図6)を示している。図中の実線は、下記式(14)によるフィッティング曲線である。
【0055】
【数14】

【0056】
部分散乱関数Spp(q)は、散乱関数f(ionomer)と一致しないことから、触媒インク100中のアイオノマー120は、触媒インク100中において均一に分散しておらず、一部のアイオノマー120が寄り集まって特定の構造を有していることがわかる。具体的には、散乱ベクトルの大きさqが小さい領域では、部分散乱関数Spp(q)は、触媒カーボンとアイオノマーとの相互作用を表す部分散乱関数Scp(q)のフィッティング曲線(図6)とほぼ一致しているため、上述の特定の構造を有しているアイオノマー120とは、吸着アイオノマー120sであり、凝集体130に吸着していることがわかる。一方、散乱ベクトルの大きさqが大きい領域では、部分散乱関数Spp(q)は、散乱関数f(ionomer)とほぼ一致しているため、溶媒中に遊離している非吸着アイオノマー120mが存在していることがわかる。
【0057】
本実施例の触媒インク100では、上述のように算出した吸着アイオノマー体積分率φp_shellと、非吸着アイオノマーの体積分率φp_matrixから上記式(2)で示した、φp_shell、/φp_matrixを算出すると、φp_shell、/φp_matrix≒19.4(0.35/0.018)となった。このことから、触媒インク100中において、吸着アイオノマー120sは、非吸着アイオノマー120mの約19倍以上の体積分率で凝集体130の表面に寄り集まっていることがわかる。よって、本実施例の触媒インク100は、吸着アイオノマー120sが凝集体130を均一かつ緻密に被覆しているといえる。なお、吸着アイオノマー120sの体積分率は、必ずしも非吸着アイオノマー120mの体積分率の約19倍以上である必要はなく、非吸着アイオノマー120mの体積分率の2倍以上であれば、吸着アイオノマー120sが凝集体130を均一かつ緻密に被覆しているといえる。
【0058】
また、本実施例の触媒インク100は、式(3)で示した、φp_matrix、/φp_prepが、φp_matrix、/φp_prep≒0.9(0.018/0.02)となった。このことから、触媒インク100中において、アイオノマー120の約90%が非吸着アイオノマー120mとして存在し、約10%が吸着アイオノマー120sとして存在していることがわかる。よって、本実施例の触媒インク100は、十分な量の吸着アイオノマー120sが凝集体130を被覆しているといえる。なお、凝集体130を被覆する吸着アイオノマー120sの量は、必ずしも触媒インク100中のアイオノマー120の10%以上である必要はなく、アイオノマー120の2%以上であれば、凝集体130を十分に被覆することができる。
【0059】
また、本実施例の触媒インク100は、式(1)で示した、Rp−Rcが、Rp−Rc≒80(650−570)〔Å〕となった。このことから、触媒インク100中には、凝集体130の表面に吸着アイオノマー120sの分子層が約80〔Å〕の厚さで形成されていた複合体140が含まれていることがわかる。よって、本実施例の触媒インク100は、十分な厚さを有する吸着アイオノマー120sの分子層が凝集体130を被覆しているといえる。なお、凝集体130を被覆する吸着アイオノマー120sの分子層は、必ずしも厚さが80〔Å〕以上である必要はなく、20〔Å〕以上であれば、凝集体130を十分に被覆することができる。
【0060】
本実施例の触媒インク100を用いて製造した膜電極接合体の耐クロスリーク性についての評価をおこなうために、サイクル耐久試験をおこなった。サイクル耐久試験は、2つの膜電極接合体(サンプル1、サンプル2)に対しておこなった。サンプル1は、上述した触媒インク100を電解質膜に塗布、乾燥して形成した。比較例としてのサンプル2は、触媒カーボンとアイオノマーとの相互作用を表す部分散乱関数Scp(q)が、負の値となる触媒インクを電解質膜に塗布、乾燥して形成した。
【0061】
作製した2つのサンプルに対して、それぞれ両側にガス拡散層を配置して、燃料電池セルに挟み込んだ。この燃料電池のアノードに水素ガスを供給し、カソードに酸素ガスを供給した状態で、開回路状態と端子電圧が0.6Vになる状態とを30秒ずつ繰り返した。水素ガスの供給速度は0.5L/minであり、酸素ガスの供給速度は1.0L/minである。セル温度は80℃であり、アノードおよびカソードに供給されるガスの相対湿度は50%である。また、アノードおよびカソードのガスの出口圧力は、両極ともに絶対値で200kPaである。
【0062】
燃料電池セルを上記の状態にして、所定の時間が経過する度にクロスリーク試験をおこなった。クロスリーク試験では、燃料電池セルのアノード側を200kPaにした状態で封圧し、カソード側を大気開放した状態で10分間経過後のアノード側の圧力降下量を計測した。
【0063】
図8は、サイクル耐久性試験の試験結果を説明するための説明図である。図8の横軸は、サイクル耐久性の耐久時間(Hr)を示し、縦軸は、クロスリーク量(MPa)を示している。クロスリーク量とは、上述したアノード側の圧力降下量である。図8から、本実施例の触媒インク100を使用したサンプル1は、比較例としてのサンプル2よりも耐久性が高いことがわかる。これは、本実施例の触媒インク100で形成した触媒電極層は、比較例の触媒インクで形成した触媒電極層よりも、触媒カーボンの表面積に対するアイオノマーの吸着面積が大きいために、触媒カーボン110とアイオノマー120とが分離するひび割れが発生しにくく、その結果、クロスリークの発生が抑制されたと考えられる。
【0064】
以上説明した、本実施例の触媒インクによれば、アイオノマー120の一部が凝集体130の表面にほぼ均一に吸着しているため、触媒電極層のひび割れの発生を抑制することができる。すなわち、触媒インク100により形成された触媒電極層は、触媒カーボン110の表面全体にアイオノマー120が吸着しているため、触媒カーボン110とアイオノマー120とが分離することによるひび割れの発生を抑制することができる。よって、燃料電池の耐久性の向上を図ることができる。
【0065】
従来から、触媒電極層のひび割れによって、燃料電池の発電性能や耐久性が低下する問題があった。燃料電池は、発電時の電気化学反応によって水や電気のほかに、副産物としての水酸化ラジカルが発生する。発生した水酸化ラジカルは、正常の燃料電池中では、電極中の白金などの触媒微粒子上で無効化される。しかし、触媒電極層にひび割れが生じている燃料電池中では、一部の水酸化ラジカルは、無効化されることなく電解質膜に到達し、電解質膜を侵食する。その結果、電解質膜に穴が生じてクロスリークが発生する。触媒インク100により形成された触媒電極層は、上述したようにひび割れの発生を抑制することができるため、クロスリークの発生を抑制することができる。
【0066】
また、従来から、高耐久かつ高性能な燃料電池用触媒層を形成可能な触媒インクを評価する技術が望まれていた。本発明者らは、コントラスト変調小角中性子散乱(CV−SANS)によって、触媒インク100中のアイオノマー120の構造を特定したときに、吸着アイオノマー120sが凝集体130の表面にほぼ均一に吸着していると、触媒電極層のひび割れの発生が抑制できることを見出した。このコントラスト変調小角中性子散乱によって触媒インクを評価する技術を、燃料電池の製造法や触媒インクの検査方法等に適用することによって、高耐久かつ高性能な燃料電池を提供することができる。
【0067】
B.変形例:
なお、この発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0068】
B−1.変形例1:
本実施例の触媒インク100には、導電性担体として、カーボン粒子が使用されているものとして説明したが、カーボン粒子の他に、例えば、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバーなどの炭素材料のほか、炭化ケイ素などに代表される炭素化合物等を導電性担体として用いてもよい。また、触媒金属としては、白金の他に、例えば、白金合金、パラジウム、ロジウム、金、銀、オスミウム、イリジウム等を用いてもよい。
【0069】
B−2.変形例2:
本実施例では、触媒インク100は、上記式(1)(2)(3)を満たすものとして説明した。しかし、触媒インク100は、コントラスト変調小角中性子散乱によって凝集体130とアイオノマー120の状態を特定したときに、凝集体130の表面に、吸着アイオノマー120sがほぼ均一に吸着していれば、仮に、上記式(1)(2)(3)の1つ以上を満たしていなくても、生成される触媒電極層のひび割れの発生を抑制することができる。なお、上記式(1)(2)(3)の1つ以上を満たした触媒インクの方が、より触媒電極層のひび割れの発生を抑制することができる。
【0070】
B−3.変形例3:
本実施例の触媒インク100によって生成された触媒電極層を、一方の電極のみに用いた燃料電池であっても耐久性や発電性能の向上を図ることができる。しかし、触媒インク100によって生成された触媒電極層を両方の電極に使用すると、より耐久性や発電性能の向上を図ることができる。
【0071】
B−4.変形例4:
本実施例では、コントラスト変調小角中性子散乱をおこなうために、溶媒のD20比率を変化させた6種類の触媒インク試料を使用しているが、溶媒のD20比率や、触媒インク試料の数は任意に設定することができる。また、本実施例では、東京大学物性研究所の小角中性子散乱装置SANS−Uにおいて、小角中性子散乱をおこなっているが、小角中性子散乱は上記以外の装置によっておこなわれてもよい。
【0072】
B−5.変形例5:
本実施例では、触媒インク100は、固体高分子型燃料電池の電極として使用されるものとして説明したが、触媒インク100は、リン酸型燃料電池、溶融炭酸塩型燃料電池、固体酸化物形燃料電池等、種々の燃料電池に適用することができる。
【符号の説明】
【0073】
100…触媒インク
110…触媒カーボン
111…触媒金属
120…アイオノマー
120m…非吸着アイオノマー
120s…吸着アイオノマー
130…凝集体
140…複合体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池の電極を作製するために用いられる触媒インクであって、
触媒を担持したカーボンの凝集体と、アイオノマーと、を含み、
コントラスト変調小角中性子散乱法によって前記凝集体と前記アイオノマーの状態を特定すると、前記凝集体の表面には、前記アイオノマーがほぼ均一に吸着している、触媒インク。
【請求項2】
請求項1に記載の触媒インクであって、
前記触媒インクに含まれる溶媒の散乱長密度を変化させて複数の試料を作製し、各前記試料の散乱曲線から前記凝集体と前記アイオノマーとの相互作用を示す部分散乱関数を算出したときに、
前記部分散乱関数は、正の値を持つ曲線であり、適合度の高いフィッティングが可能である、触媒インク。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の触媒インクであって、
前記アイオノマーは、前記凝集体に吸着している吸着アイオノマーと、前記凝集体に吸着していない非吸着アイオノマーとを含み、
前記触媒インクの体積に占める、前記非吸着アイオノマーの体積の割合である非吸着アイオノマー体積分率をφp_matrixとし、
前記触媒インクに含まれる前記凝集体を同体積の溶媒に置き換えた溶液の前記溶液の体積に占める、前記アイオノマーの体積の割合である全アイオノマー体積分率をφp_prepとすると、
φp_matrix/φp_prep≦0.98
となる、触媒インク。
【請求項4】
請求項3に記載の触媒インクであって、
前記凝集体をコア、前記吸着アイオノマーをシェルとしたシェル−コア構造を有する複合体の前記シェル部分において、前記シェル全体の体積に占める前記吸着アイオノマーの体積の割合である吸着アイオノマー体積分率をφp_shellとすると、
φp_shell/φp_matrix≧2.0
となる、触媒インク。
【請求項5】
請求項4に記載の触媒インクであって、
前記凝集体の半径をRc、前記複合体の半径をRp、とすると、
Rp−Rc≧20〔Å〕
となる、触媒インク。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−30286(P2013−30286A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−163769(P2011−163769)
【出願日】平成23年7月27日(2011.7.27)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】