説明

燐光測定方法

【課題】新たな装置の改良などを行わず、従来の低温測定法を基本とした上で、問題となる蛍光と燐光との分離を精度よく行い、燐光測定を簡便に行う方法を実現することを目的とする。
【解決手段】被測定物に対して、出力強度の異なる2種類の励起光を順次照射し、被測定物から放出される光に基づく2種類のデータ(波長に対する発光強度)を順次検出し、これらのデータを各データの最大発光強度に基づき、それぞれ規格化処理することによって2種類の規格化データを算出し、2種類の規格化データの差分の絶対値を求めることによって、被測定物の燐光スペクトルを検出することを特徴とする燐光測定方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被測定物の燐光測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
物質は、電磁波や熱、摩擦などによりエネルギーを受け取って励起され、その受け取ったエネルギーを特定波長の光として放出する性質、いわゆるルミネセンス(luminescence)を有しており、このような性質を利用して物質の光学的特性を調べることは、物質の有効な用途を探る上で、とても重要である。
【0003】
通常、励起光を物質に照射することにより、物質由来の蛍光、燐光等の発光が得られるが、これらの発光寿命は、蛍光の場合には数ナノ秒〜数百ナノ秒、また、燐光の場合にはマイクロ〜ミリ秒(場合によってはもっと長い)であり、燐光は蛍光に比べて非常に寿命が長いという特徴を有している。
【0004】
そのため、これらの発光のうち燐光のみを測定しようとする場合には、時間分解測定法を利用した燐光の測定が行われるが、その他にも燐光が検出されやすい極低温(具体的には、10K=−263℃)付近での測定(低温測定法)が行われている。しかし、時間分解測定法では、測定に十分な燐光強度が得られず、また、低温測定法では、同時に検出される蛍光との分離が難しいという問題がある。さらに、時間分解法と低温測定とを組み合わせた測定方法も検討されているが、測定環境の調整などに多くの課題を有している。
【0005】
この他にも、測定環境や測定系の改良などを行うことにより、蛍光と燐光の測定の高精度化を図る方法や、測定装置に複数の回路を組み込むことにより検出結果を演算処理し、燐光と蛍光を同時に精度よく測定する方法などが提案されている。(例えば、特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平8−136458号公報
【特許文献2】特開2002−71566号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これに対して、本発明の一態様では、新たな装置の改良などを行わず、従来の低温測定法を基本とした上で、問題となる蛍光と燐光との分離を精度よく行い、燐光測定を簡便に行う方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、被測定物に対して、出力強度の異なる2種類の励起光を順次照射し、被測定物から放出される光に基づく2種類のデータ(波長に対する発光強度)を順次検出し、これらのデータを各データの最大発光強度に基づき、それぞれ規格化処理することによって2種類の規格化データを算出し、2種類の規格化データの差分の絶対値を求めることによって、被測定物の燐光スペクトルを検出することを特徴とする燐光測定方法である。
【0009】
本発明の一態様は、被測定物に出力強度の異なる2種類の励起光を順次照射し、被測定物から放出される光に基づく2種類のデータ(例えば、光の波長に対する発光強度)を順次検出し、2種類のデータのそれぞれにおいて最大発光強度に基づく規格化処理により得られる2種類の規格化データを算出し、2種類の規格化データの差分の絶対値から被測定物の燐光スペクトルが得られることを特徴とする燐光測定方法である。
【0010】
また、本発明の別の構成は、被測定物に第1の励起光を照射し、被測定物から放出される光に基づく第1のデータ(例えば、光の波長に対する発光強度)を検出し、被測定物に第1の励起光とは出力強度が異なる第2の励起光を照射し、被測定物から放出される光に基づく第2のデータ(例えば、光の波長に対する発光強度)を検出し、第1のデータにおいて最大発光強度に基づく規格化処理により得られる第1の規格化データと、第2のデータにおいて最大発光強度に基づく規格化処理により得られる第2の規格化データとの差分の絶対値から被測定物の燐光スペクトルが得られることを特徴とする燐光測定方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の一態様により、新たな装置の改良などを行わず、従来の低温測定法を基本とした上で、問題となる蛍光と燐光との分離を精度よく行い、燐光測定を簡便に行う方法を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一態様である燐光測定方法について説明する図。
【図2】本発明の一態様である燐光測定方法について説明する図。
【図3】本発明の一態様であるNPB(略称)の発光スペクトルを示す図。
【図4】本発明の一態様であるNPB(略称)の励起光の出力強度に対する発光強度を示す図。
【図5】本発明の一態様であるNPB(略称)の規格化データを示す図。
【図6】本発明の一態様であるNPB(略称)の燐光スペクトルを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の態様について図面を用いて詳細に説明する。但し、本発明は以下の説明に限定されず、本発明の趣旨及びその範囲から逸脱することなくその形態及び詳細を様々に変更し得ることが可能である。従って、本発明は以下に示す実施の形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。また、異なる図面であっても共通の符号が付されているものは同じものを示すこととし、説明は省略する。
【0014】
(実施の形態1)
本実施の形態では、本発明の一態様である燐光測定方法について説明する。
【0015】
本発明の一態様である燐光測定方法の具体的な構成について、図1により説明する。
【0016】
図1に示すように、はじめに被測定物に所定の出力強度を有する第1の励起光(Ex)を照射する。そして、第1の励起光が照射されることにより、被測定物から放出される光(PL)に基づく第1のデータを検出器で検出する。
【0017】
なお、ここで検出される第1のデータは、被測定物の蛍光発光および燐光発光に基づくスペクトルデータである。
【0018】
次に、第1の励起光とは出力強度の異なる第2の励起光(Ex’)を被測定物に照射する。そして、第2の励起光が照射されることにより、被測定物から放出される光(PL’)に基づく第2のデータを検出器で検出する。なお、第2のデータも被測定物の蛍光発光および燐光発光に基づくスペクトルデータである。
【0019】
次に、第1のデータに対して、第1のデータにおける蛍光発光の最大発光強度を基準とする規格化処理を行うことにより、第1の規格化データを算出し、また、第2のデータに対して、第2のデータにおける蛍光発光の最大発光強度を基準とする規格化処理を行うことにより、第2の規格化データを算出する。
【0020】
最後に、第1の規格化データと第2の規格化データとの差分の絶対値を取る演算処理を行うことにより、被測定物の燐光スペクトルを精度よく検出することができる。
【0021】
なお、本実施の形態では、燐光測定を行うためにLabRAM HR−PL:株式会社堀場社製の蛍光燐光測定装置200を用いることとする。蛍光燐光測定装置200の簡単な構造は、図2(A)に示す通りであり、測定は、低温(10K=−263℃以下)で行う。低温(10K=−263℃以下)での測定を行うことにより、測定中に被測定物の三重項励起エネルギー準位(T1準位)からのエネルギーの熱失活を防ぐことができるため、発光スペクトルの強度損失を極力抑えた測定が可能となる。
【0022】
図2(A)に示す蛍光燐光測定装置200は、励起光を出力する光源201、測定サンプル202を備えるためのホルダ203、光路を制御するビームスプリッター204および対物レンズ205、また、測定サンプルから放出される光を分光させるための分光器206、さらに分光した光を検出するための検出器207などを備えている。
【0023】
光源201から出力される励起光は、1nW以上、15mW以下の範囲での出力が可能であり、出力強度の異なる励起光を順次、測定サンプルに照射することができる。なお、本実施の形態では、励起光の出力には、He−Cdレーザ[325nm](金門光波社製)を用いることとする。
【0024】
また、被測定物を備える測定サンプルの一例を図2(B)に示す。一対の基板(210、211)間に被測定物212の薄膜を備え、シール材213によって封入された構造を有する。なお、基板(210、211)の材料としては、透光性を有するものが好ましく、例えばガラス基板や石英基板の他、FRP(Fiberglass−Reinforced Plastics)、PVF(ポリビニルフロライド)、ポリエステルまたはアクリル等からなるプラスチック基板などを用いることができるが、特に石英基板が好ましい。また、被測定物212の薄膜が配置された空間214は、不活性気体(窒素やアルゴン等)雰囲気にすることが好ましい。また、被測定物212としては、蛍光および燐光を呈する有機化合物を用いることとする。また、シール材213にはエポキシ系樹脂を用いるのが好ましい。また、これらの材料はできるだけ水分や酸素を透過しない材料であることが望ましい。
【0025】
ここでは、被測定物として、有機EL素子に用いるEL材料として知られている有機化合物である4,4’−ビス[N−(1−ナフチル)−N−フェニルアミノ]ビフェニル(略称:NPBまたはα−NPD)を用いた場合における具体的な燐光測定について示す。
【0026】
NPB(略称)を備えた測定サンプルは、一方の石英基板上に蒸着法により、NPB(略称)の薄膜を50nmの膜厚で形成した後、一方の石英基板と他方の石英基板とをシール材により張り合わせることにより形成される。すなわち、一対の基板とシール材で囲まれた空間214にNPB(略称)の薄膜が配置されている。なお、空間214は、窒素で充填されている。
【0027】
作製した測定サンプルを用いて被測定物を測定するために、図2(A)に示した蛍光燐光測定装置200のホルダ203にNPB(略称)を有する測定サンプル202を備えた後、光源201から測定サンプル202に対して第1の励起光としてレーザ光(Ex=4μW)を照射する。なお、第1の励起光の光路上には、ビームスプリッター204および対物レンズ205が配置されている。
【0028】
第1の励起光が照射されることによって、測定サンプル202から放出される光(PL)は、分光器206で分光された後、検出器207によって第1のデータとして検出される。同様に、光源201から測定サンプル202に対して第1の励起光とは出力強度の異なる第2の励起光としてレーザ光(Ex’ =400μW)を照射する。第2の励起光が照射されることによって、測定サンプル202から放出される光(PL’)は、検出器207によって第2のデータとして検出される。
【0029】
第1の励起光(Ex=4μW)を出力することにより検出器207によって検出される第1のデータ、および第2の励起光(Ex’=400μW)を出力することにより検出器207によって検出される第2のデータをそれぞれ図3に示す。なお、図3では、横軸に波長(nm)を示し、縦軸にその発光強度(任意単位)を示す。
【0030】
図3の結果から、第1のデータおよび第2のデータのいずれにおいても450nm付近に発光ピークを示す蛍光が見られるが、550nm付近に見られるはずの燐光の発光ピークは、蛍光の発光ピークに重なっているためか確認が困難であることが分かる。
【0031】
ここで、励起光の出力強度に応じて被測定物から放出される蛍光と燐光の発光強度の違いについて、被測定物としてNPB(略称)を用いて測定した結果を図4に示す。なお、図4において、横軸は励起光の出力強度(W)を示し、縦軸は、励起光の出力強度(W)に対する発光強度(任意単位)を示す。図4の結果から、励起光の出力強度が大きくなるのに対して、蛍光における発光強度も強くなるため(線形傾向である)、発光効率はあまり変化しないが、燐光に関しては励起光の出力強度が大きくなるのに対して、燐光における発光強度は弱くなるため(飽和傾向である)、発光効率が低下することがわかる。なお、燐光発光に見られるこの傾向は、他の物質においても既に知られており、濃度消光によるものであるといわれている。
【0032】
そこで、本発明の一態様である燐光測定法では、この現象を利用し、被測定物に対して、燐光発光の発光効率があまり低下しない領域(励起光出力強度に対する発光強度が線形傾向にある領域)の出力強度の第1の励起光と、第1の励起光とは出力強度が異なり、被測定物に対する燐光発光の発光効率が低下する領域(励起光出力強度に対する発光強度が飽和傾向にある領域)(図4中400で示す)、すなわち、濃度消光が生じる領域に含まれる出力強度の励起光である第2の励起光とを順次照射し、得られた2種類のスペクトルデータを、それぞれ最大発光強度に基づいて規格化処理し、得られた2種類の規格化されたスペクトルデータの差分の絶対値を取ることにより、被測定物の燐光スペクトルを検出することとする。
【0033】
すなわち、本実施の形態では、被測定物の燐光における発光効率があまり変化しない領域(励起光出力強度に対する発光強度が線形傾向にある領域)の出力強度を第1の励起光の出力強度(Ex=4μW)とし、被測定物の燐光における発光効率の低下が生じる領域(励起光出力強度に対する発光強度が飽和傾向にある領域)(図4中400で示す)にある出力強度を第2の励起光の出力強度(Ex’=400μW)とし、これらの出力強度の異なる2種類の励起光を順次照射して、2種類のスペクトルデータを検出する場合について示している。
【0034】
2種類のスペクトルデータを検出した後は、第1の励起光(Ex=4μW)を出力して得られる第1のデータを第1のデータにおける最大発光強度(蛍光発光)で規格化して、第1の規格化データを得る。同様に、第2の励起光(Ex’=400μW)を出力して得られる第2のデータを第2のデータにおける最大発光強度(蛍光発光)で規格化して、第2の規格化データを得る。規格化により得られた第1の規格化データおよび第2の規格化データは、図5に示す通りである。なお、図5において、横軸に波長(nm)を取り、縦軸に発光強度(任意単位)を示す。
【0035】
図5の結果からは、第1の励起光(Ex=4μW)の出力により得られる第1の規格化データにおいて、550nm付近における燐光の発光ピークを確認することができる。すなわち、第1のデータにおける蛍光の発光強度に対する燐光の発光強度と、第2のデータにおける蛍光の発光強度に対する燐光の発光強度は、図4で説明したように励起光の出力強度に応じて発光効率が異なる(すなわち、線形傾向である領域と飽和傾向である領域がある)ため、規格化することにより、その差が現れるため、燐光の発光ピークを確認することができる。
【0036】
さらに、図5に示す第1の規格化データおいて確認された第1のデータにおける燐光の発光ピークのみを取り出すために、第1の規格化データから第2の規格化データを差し引き、その絶対値をとる演算処理を行うことにより、図6に示すような第1のデータにおける燐光の発光ピークのみを得ることができる。従って、上記方法を用いることにより、被測定物の燐光の発光ピークを精度よく、かつ簡便に検出することができる。
【0037】
なお、本実施の形態に示す構成は、本実施の形態で示したNPB(略称)の燐光測定のみならず、蛍光および燐光を呈するその他の有機化合物の燐光測定の際にも適用することができる。
【符号の説明】
【0038】
200 蛍光燐光測定装置
201 光源
202 測定サンプル
203 ホルダ
204 ビームスプリッター
205 対物レンズ
206 分光器
207 検出器
210、211 基板
212 被測定物
213 シール材
214 空間
400 飽和傾向である領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定物に出力強度の異なる2種類の励起光を順次照射し、
前記被測定物から放出される光に基づく2種類のデータを順次検出し、
前記2種類のデータのそれぞれにおいて、最大発光強度に基づく規格化処理を行うことにより得られる2種類の規格化データを算出し、
前記2種類の規格化データの差分の絶対値から前記被測定物の燐光スペクトルが得られることを特徴とする燐光測定方法。
【請求項2】
被測定物に出力強度の異なる2種類の励起光を順次照射し、
前記被測定物から放出される光の波長に対する発光強度を示す2種類のデータを順次検出し、
前記2種類のデータのそれぞれにおいて、最大発光強度に基づく規格化処理を行うことにより得られる2種類の規格化データを算出し、
前記2種類の規格化データの差分の絶対値から前記被測定物の燐光スペクトルが得られることを特徴とする燐光測定方法。
【請求項3】
被測定物に第1の励起光を照射し、前記被測定物から放出される光に基づく第1のデータを検出し、
前記被測定物に前記第1の励起光とは出力強度が異なる第2の励起光を照射し、前記被測定物から放出される光に基づく第2のデータを検出し、
前記第1のデータにおいて最大発光強度に基づく規格化処理を行うことにより得られる第1の規格化データと、前記第2のデータにおいて最大発光強度に基づく規格化処理を行うことにより得られる第2の規格化データとの差分の絶対値から前記被測定物の燐光スペクトルが得られることを特徴とする燐光測定方法。
【請求項4】
被測定物に第1の励起光を照射し、前記被測定物から放出される光の波長に対する発光強度を示す第1のデータを検出し、
前記被測定物に前記第1の励起光とは出力強度が異なる第2の励起光を照射し、前記被測定物から放出される光の波長に対する発光強度を示す第2のデータを検出し、
前記第1のデータにおいて最大発光強度に基づく規格化処理を行うことにより得られる第1の規格化データと、前記第2のデータにおいて最大発光強度に基づく規格化処理を行うことにより得られる第2の規格化データとの光の波長に対する発光強度の差分の絶対値から前記被測定物の燐光スペクトルが得られることを特徴とする燐光測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−24570(P2013−24570A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−156274(P2011−156274)
【出願日】平成23年7月15日(2011.7.15)
【出願人】(000153878)株式会社半導体エネルギー研究所 (5,264)
【Fターム(参考)】