説明

燻煙食肉製品の製造方法

【課題】燻煙食肉製品の製造工程に負荷がかかることがなく、製品内部に発生する液溜りを防止することにより、外観上良好で、かつ、歩留り低下及び旨味成分の流出を防止することができる燻煙食肉製品の製造方法を提供する。
【解決手段】食塩とトランスグルタミナーゼ組成物を含有する調味液を原料肉に添加後、加塩処理を施さずに、燻煙処理を施すことにより、燻
煙食肉製品を製造する。さらに、肉総量に対して、調味液に含まれる食塩の濃度を1.0〜2.0重量%、トランスグルタミナーゼ組成物の濃
度を0.04重量%以上とすることにより、効果的に液溜りを防止することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歩留り低下及び旨味成分の流出防止、製造工程を改善した燻煙食肉製品の製造方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
近年、日本人の食生活の欧風化により、ハム、ソーセージ、ベーコンといった燻煙食肉製品は重要な食品の一つとなっている。さらに、消費者の嗜好も多様化しており、食肉加工食品の様々な品質改良技術が数多く研究されている。
【0003】
燻煙食肉製品の中でもベーコンは、ハムやソーセージほど消費量は多くないものの、野菜と炒めたり、スープに入れたり、サラダに入れて香りと旨味を付与するなど、多面的に利用されている食材である。
【0004】
ベーコンの種類としては、豚のバラ肉を原料とするベーコン、豚のロース肉を原料とするロースベーコン、豚の肩肉を原料とするショルダーベーコン、豚の胴肉を原料とするミドルベーコン、豚の半丸枝肉を原料とするサイドベーコンがある。基本的に製造方法は共通であり、原料肉を整形し、塩漬し、燻煙することが一般的なベーコンの製造方法である。ここで塩漬とは、原料肉を食塩、発色剤(亜硝酸塩、硝酸塩)、砂糖、香辛料とともに一定期間漬け込むことをいう。
【0005】
前記塩漬の方法には、乾塩漬法と湿塩漬法があり、乾塩漬法とは塩漬剤(食塩、発色剤など)をすり込んだり、混ぜ込む塩漬法であり、湿塩漬法とは、原料肉を塩漬液に漬け込んで行う塩漬法である。しかし、いずれも日数を要するため、ベーコンの塩漬ではピックルインジェクターによって、塩漬液を原料肉に注入する方法やタンブリングあるいはマッサージを併用する方法が採用されている。塩漬工程により、原料肉の塩溶性蛋白が溶出され、その結果、筋肉成分の水や添加された水を肉組織中に保持する性質が向上し、離水を防止することができる。また、必要に応じて、卵蛋白、大豆蛋白、乳蛋白質等の異種蛋白を塩漬液に溶解し、原料肉に当該塩漬液を注入することでベーコンの保水性を向上させている。
【0006】
しかし、JAS規格上級ベーコンは、上記異種蛋白を添加することが法律上認められていないため、異種蛋白を添加したベーコンと比較して、保水性で劣る傾向がある。その結果、JAS規格上級ベーコンの内部(脂肪層と赤肉層の境界)では、液溜りが発生し、ベーコンの品質を劣化させている。この液溜りは、原料肉中からドリップ、ゼラチン質が分離したものであり、ベーコンをスライスした場合に液が流出して空洞になり、見映えが悪くなる他、流出液が手や道具に付着する等ハンドリング上の問題もある。特にリティナー(肉の形態を保持する網容器)に充填せずに、加熱処理を施す場合は、原料肉が収縮してしまい、その結果、原料肉の中心部に液溜りが集中発生することになる。液溜りが発生する原因としては、食塩が原料肉の内部まで浸透せず、塩溶性蛋白が溶出しにくいことや、食塩が浸透し塩溶性蛋白が溶解したとしても、原料肉内部の脂肪により塩溶性蛋白間の結合が阻害されること等が考えられる。
【0007】
ベーコンの液溜り防止対策の従来技術として、特許文献1には、豚バラ肉の体腔側から多数の刃を上下動させ穿孔すると同時に筋を切り、また、体表面側から同様の処理をし、これに塩漬液を加えて、マッサージして塩漬剤をバラ肉組織中に浸透させ、これを材料として常法によりベーコンを製造する方法、が開示されている。また、特許文献2には、コラーゲン及びカードランを含有させることでハムやベーコンの保水性や歩留りを改善する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平6−339338
【特許文献2】特開平8−256732
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1の方法では、作業工程上煩雑となる上、さらにリティナーに充填せずに加熱処理し、スライスせずにブロックで販売する場合には、原料肉に傷が入るため、外観上好ましくなく商品価値の低下を招くことになる。また特許文献2の方法では、保水性及び風味は改良できるものの、JAS上級クラスベーコンの液留りまでは防止できない。また、JAS等級外のベーコンにおいては、液溜り防止目的の為に、ピックルに各種同種蛋白(ゼラチン、コラーゲン)や、異種蛋白(卵蛋白、乳蛋白、大豆蛋白)、増粘多糖類(カラゲーナン、カードラン)を使用する場合や原料肉に物理的なテンダー処理を施すことにより、効果が認められる場合があるが、いずれも充分な効果とは言えない。
【0010】
本発明は、上記背景に鑑み、ベーコンのような燻煙食肉製品の製造工程に負荷がかかることがなく、液溜りが発生せず外観上良好で、かつ、歩留り低下及び旨味成分の流出を防止することができる燻煙食肉製品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで、本発明者らは、食塩とトランスグルタミナーゼ組成物を溶解した調味液を原料肉に添加後、加塩処理を施さず、燻煙処理を施すことで、保水性を向上させ液溜りの発生を防止できる燻煙食肉製品の製造方法を見出し、本発明に至った。
【0012】
すなわち、本発明は、(1)燻煙食肉製品の製造方法であって、食塩とトランスグル
タミナーゼ組成物を含有する調味液を原料肉に添加後、加塩処理を施さずに、燻煙処理を施すことを特徴とする燻煙食肉製品の製造方法。(2)前記食塩の濃度が1.0〜2.0重量%、かつ、前記トランスグルタミナーゼ組成物の濃度が0.04重量%以上に調製されていることを特徴とする(1)記載の燻煙食肉製品の製造方法。(3)前記トランスグルタミナーゼ組成物は、実質的にトランスグルタミナーゼと重合リン酸塩と乳糖からなることを特徴とする(2)記載の燻煙食肉製品の製造方法。(4)前記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法によって製造された燻煙食肉製品。(5)前記燻煙食肉製品が、ベーコンである(4)記載の燻煙食肉製品。
【発明の効果】
【0013】
本発明によって、燻煙食肉製品の製造工程に負荷がかかることがなく、液溜りを防止することにより外観上良好で、かつ、歩留り低下及び旨味成分の流出を防止することができる燻煙食肉製品の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、燻煙食肉製品の製造方法に関する。本発明において燻煙食肉製品とは、主にベーコンを指すが、食肉製品の製造工程において、燻煙処理がなされていれば、特に限定されない。一般的にベーコンは、原料処理、塩漬、整形、乾燥、燻煙の工程を経て製造され、必要に応じて塩漬後に加塩される。加塩工程とは、塩漬後の原料肉に食塩を表面にすり込むことをいう。また、燻煙とは、燻煙材(サクラ、カシ、ナラ、ヒッコリー等の堅木のチップや大鋸屑)をいぶらせ、発生する揮発性成分を製品に付着させる操作である。この操作によって、燻煙食肉製品は保存性が高められ、製品表面の光沢もよくなり、風味も改善され、嗜好性もよくなる。
【0015】
本発明で使用する調味液には、亜硝酸ナトリウム、リン酸塩、アスコルビン酸ナトリウム、グルタミン酸ナトリウム等の添加物が含まれる。亜硝酸ナトリウムは、食肉製品特有の色を発色したり、保存性を高めたりする効果があり、リン酸塩は、食肉製品の結着性を高める効果があり、アスコルビン酸は酸化防止剤としての働きがある。近年、消費者の健康志向から、亜硝酸ナトリウムを添加しなかったり、リン酸塩の添加量を抑えた燻煙食肉製品も提案されている。
【0016】
本発明においては、調味液に、本来加塩工程で添加される食塩とトランスグルタミナーゼ組成物を溶解し、その調味液を原料肉に添加することに大きな特徴がある。加塩工程で食塩を添加するとなると肉厚な原料肉の場合、原料肉の内部まで十分食塩が行きわたりにくいが、食塩を調味液に溶解し、原料肉に添加することで、肉厚であっても、塩分が原料肉の内部まで浸透し、内部の塩溶性蛋白までしっかり溶出される。そして、なおかつ、トランスグルタミナーゼの作用で溶出された塩溶性蛋白質間の架橋結合が形成される結果、肉組織中に水が保持され、燻煙食肉製品の液溜りを防止することができる。
【0017】
前記食塩の濃度は1.0〜2.0重量%で、かつ、トランスグルタミナーゼ組成物の濃度は0.04重量%以上であることが好ましく、より好ましくは食塩濃度1.25〜1.75重量%で、かつ、トランスグルタミナーゼ組成物の濃度は0.04〜0.8重量%であることが好ましい。この範囲であれば、塩溶性蛋白質の溶出とトランスグルタミナーゼによる酵素作用の相乗効果により、原料肉の保水効果が高まり、効果的に燻煙食肉製品の液溜りを防止することができる。
【0018】
前記トランスグルタミナーゼ組成物は、粉末状であってもよく、液体状であってもよく特に限定されない。また、取扱い易さの面から、実質的にトランスグルタミナーゼと重合リン酸塩と乳糖とからなりたっている組成物を使用するのが好ましいが、少なくともトランスグルタミナーゼが含まれていれば特に限定されるものではない。ここでトランスグルタミナーゼ組成物に含まれるリン酸塩は、トランスグルタミナーゼを安定化させる働きがあり、また乳糖は賦形剤としての役割がある。
【0019】
本発明は、前記いずれかの製造方法によって製造された燻煙食肉製品、にも関する。ここで、燻煙食肉製品とは、主にベーコンのことをいうが、燻煙処理がなされている食肉製品であれば、特に限定されない。また、対象となる食肉は、例えば生又は冷凍解凍した牛肉、豚肉、鶏肉、七面鳥肉、馬肉、羊肉などの鳥獣肉、鮪、鮭などの魚肉類があげられる。
【実施例】
【0020】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0021】
本実施例では、以下の手順でベーコンを試作し、トランスグルタミナーゼ及び食塩の及ぼす影響について、外観及び官能評価、歩留りのそれぞれについて評価を行った。
【0022】
(実施例1)食塩とトランスグルタミナーゼの液溜り防止効果の検証
豚バラ肉100重量部に対して、表1に示す塩漬液20重量部を、通常食肉製品の製造に用いられているインジェクターを使用して、均一に塩漬液を注入した後、比較例と試験区2については加塩処理し(原料肉に食塩をすり込む)、試験区1と試験区3については、加塩処理を行わず4℃の冷蔵庫内で1日保存した。
【0023】
【表1】

【0024】
表1の塩漬液の組成において、比較例は食塩及びアクティバTG−Sの両方を塩漬液には含有しないもの(塩漬後の加塩処理あり)。試験区1は食塩を含んでいるが、アクティバTG−Sを含有しないもの(塩漬後の加塩処理なし)、試験区2は食塩を含有しないが、アクティバTG−Sを含有したもの(塩漬後の加塩処理あり)、試験区3は食塩及びアクティバTG−Sの両方を含有するものである(塩漬後の加塩処理なし)。また、アクティバTG−S(味の素株式会社製)とは、トランスグルタミナーゼ組成物の1つであり、下記表2の組成からなりたっている酵素製剤である。
【表2】

【0025】

塩漬処理後の原料肉を冷蔵庫で1日保管後、整形し、乾燥し、燻煙し、加熱処理を行った。乾燥処理は60℃で100分、燻煙処理は65℃で30分、加熱処理は75℃で100分それぞれ行った。
【0026】
(外観評価と官能評価)
8名のパネラーで、外観及び官能評価を実施した。その結果を表3に示す。外観については、加熱後のベーコンを切断し、断面を目視で観察し、内部に液溜りが発生していないか、味、食感が良好か否か3段階で評価を行った。良好は○、やや不良は△、不良は×である。
【表3】

【0027】
外観評価について、比較例と試験区1及び2は、ベーコンに液溜りが発生しており、外観上不良であった。一方、試験区3は全く液溜りが確認されず、外観上良好だった。 官能評価について、比較例と試験区2では、塩分が肉の内部まで浸透しないため、味、食感ともにやや不良だったが、試験区1と試験区3では塩分が肉の内部まで浸透したため、味、食感ともに良好という結果だった。
【0028】
(加熱冷却歩留りの測定)
加熱前の肉の重量と、加熱後の製品の重量を測定し、加熱歩留りを算出した。また一晩冷却を行い加熱冷却歩留りも算出した。表中の数値の単位は%である。
【表4】

【0029】
加熱歩留りは、比較例及び各試験区間で差異はなかったが、加熱冷却歩留りは差異が認められた。即ち、比較例は8.6%、試験区1は7.3%、試験区2は7.2%、試験区3は4.9%歩留りが減少した。
【0030】
(まとめ)
以上より、官能面では食塩が必須成分であり、トランスグルタミナーゼ組成物は必須成分ではないが、外観面では食塩又はトランスグルタミナーゼ組成物のいずれか一方でも欠けるとベーコン内に液溜りが発生し、歩留りの低下をもたらすことから、両者の成分は液溜りの防止に必須の成分であることが示唆された。
【0031】
(実施例2)食塩濃度の影響
実施例1と同様の方法により、表5に示す配合に従い、トランスグルタミナーゼ組成物(アクティバTG−S)の濃度は一定にしながら、肉総量に対する食塩の濃度を変えて複数の種類のベーコンを製造した。
【表5】

【0032】
(外観評価と官能評価)
8名のパネラーで、外観及び官能評価を実施した。評価方法は実施例1と同様である。その結果を表6に示す。良好は○、やや不良は△、不良は×である。
【表6】

【0033】
食塩濃度が肉総量に対して、1.0重量%以上であれば、液溜りが発生せず外観上良好であった。一方、官能評価については、食塩濃度が1.0重量%以下、又は、2.0重量%以上になると官能的に影響が出てくることが分かった。
【0034】
(加熱冷却歩留りの測定)
実施例1と同様、それぞれの食塩濃度について、加熱歩留り及び加熱冷却歩留りを算出した。その結果を表7に示す。表中の数値の単位は%である。
【表7】

【0035】
以上のことから、肉総量に対する食塩濃度は1.0%重量以上であれば、冷却後も歩留りは大きく低下しなかった。
【0036】
(まとめ)
以上、外観評価、官能評価、加熱歩留りの測定結果から、食塩濃度が肉総量に対して1.0重量%以上であれば、液溜りの発生を抑えることができる結果、歩留りの低下をおさえ、良好な外観が保たれるが、あまり濃度が高いと、味に影響が出てくることから、最適な食塩濃度の範囲としては、1.0〜2.0重量%であることが示唆された。
【0037】
(実施例3)トランスグルタミナーゼ組成物の濃度の影響
実施例1と同様の方法により、表8に示す配合に従い、今度は食品の濃度は一定とし、トランスグルタミナーゼ組成物(アクティバTG−S)の濃度を変えて複数の種類のベーコンを製造した。
【表8】

【0038】
(外観評価と官能評価)
8名のパネラーで、外観及び官能評価を実施した。評価方法は実施例1と同様である。その結果を表9に示す。良好は○、やや不良は△、不良は×である。
【表9】

【0039】
トランスグルタミナーゼ組成物の濃度が、肉総量に対して0.04重量%以上であれば、液溜りが発生せず外観上良好であった。一方、官能評価については、トランスグルタミナーゼ組成物の濃度が0.02重量%以下になると液溜りが発生するため、食感及び味の低下をもたらし、又は、1.0重量%以上になると肉が硬くなるため官能的に影響が出てくることが分かった。
【0040】
(加熱冷却歩留りの測定)
実施例1と同様、それぞれの食塩濃度について、加熱歩留り及び加熱冷却歩留りを算出した。その結果を表10に示す。表中の数値の単位は%である。
【表10】

【0041】
以上のことから、肉総量に対する食塩濃度は0.04重量%以上であれば、歩留りは大きく低下しなかった。
【0042】
(まとめ)
以上、外観評価、官能評価、加熱歩留りの測定結果から、トランスグルタミナーゼ組成物の濃度が肉総量に対して0.04重量%以上であれば、液溜りの発生を抑えることができる結果、歩留りの低下をおさえ、良好な外観が保たれたが、あまり濃度が高いと、原料肉が硬くなり食感に影響が出てくることから、トランスグルタミナーゼ組成物の濃度のより好ましい範囲としては、0.04〜0.8重量%ということが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明により、歩留り低下及び旨味成分の流出防止、製造工程を改善した燻煙食肉製品の製造方法を提供することができる。












【特許請求の範囲】
【請求項1】
燻煙食肉製品の製造方法であって、食塩とトランスグルタミナーゼ組成物を含有する調味液を原料肉に添加後、加塩処理を施さずに、燻煙処理を施すことを特徴とする燻煙食肉製品の製造方法。

【請求項2】
肉総量に対して、前記食塩の濃度が1.0〜2.0重量%、かつ、前記トランスグルタミナーゼ組成物の濃度が0.04重量%以上に調製されていることを特徴とする請求項1記載の燻煙食肉製品の製造方法。

【請求項3】
前記トランスグルタミナーゼ組成物は、実質的にトランスグルタミナーゼと重合リン酸塩と乳糖とからなることを特徴とする請求項1又は2記載の燻煙食肉製品の製造方法。

【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法によって製造された燻煙食肉製品。

【請求項5】
前記燻煙食肉製品が、ベーコンである請求項4記載の燻煙食肉製品。