説明

牛精液保存液

【課題】牛精子の生存性を高めるとともに、良好な精子活力を維持することのできる牛精液保存液の提供。
【解決手段】L−カルニチン又はその塩を含有することを特徴とする牛精液保存液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、牛精液保存液及びこれを用いた牛精子の凍結保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
家畜の人工授精は、優良家畜の高度利用や受胎率の向上、家畜改良の促進、伝染性疾病の予防等の利点より世界的に普及し、日本では乳牛・肉牛のほぼ100%、豚の約40%が人工授精で繁殖されている。
一般的に、人工授精に用いられる家畜の精液は保存液で希釈され、低温で或いは凍結されて保存・流通する。保存経過に伴い、精液性状は悪くなる傾向にあり、保存後は精子生存率及び活力の低下が認められる。
人工授精において受胎率を決定する主な要因は生存精子数と精子活力であるが、雌畜の排卵は季節等の影響や個体差があり、授精適期は一定ではない。そのため、受胎率向上には、精子の生存性を高め、良好な精子活力を長く維持できることが重要である。とりわけ、凍結精液については、凍結融解後も一定時間高い精子生存率と精子活力が求められる。
【0003】
これまでに、保存時の精子へのダメージを軽減する技術が検討され、例えば、グリセリンの代わりにエチレングリコールを使用した精液凍結保存用液(特許文献1)、高分子有機ポリマーの水溶性化合物、糖類、pH調整剤及び抗酸化剤を含み、天然の動物由来成分を含まない精液希釈保存用組成物(特許文献2)等が報告されている。
しかしながら、従来の保存液によっても、未だ十分満足のいく効果が得られていないのが実情であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−7501号公報
【特許文献2】国際公開第2008/007463号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、斯かる実情に鑑み、牛精子の生存性を高めるとともに、良好な精子活力を維持することのできる牛精液保存液を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、当該課題を解決すべく種々研究を重ねた結果、牛精液の保存にL−カルニチンを含む保存液を用いることによって、低温及び凍結保存において牛精子の生存性を高め、且つ良好な精子活力を維持することができることを見出し、本発明を完成した。
L−カルニチンは、長鎖脂肪酸のミトコンドリア膜内への透過に必須な栄養素であり、動物では副精巣に高濃度に存在し、生殖との関連性が指摘されている。しかしながら、L−カルニチンと低温或いは凍結保存時の精子ダメージとの関係については知られていない。
【0007】
すなわち、本発明は、次の(1)〜(4)に係るものである。
(1)L−カルニチン又はその塩を含有することを特徴とする牛精液保存液。
(2)L−カルニチン又はその塩の含有量が、牛精液保存液中にL−カルニチンとして1μmol/mL〜10μmol/mLであることを特徴とする、上記の牛精液保存液。
(3)凍結保存用の保存液であることを特徴とする、上記の牛精液保存液。
(4)L−カルニチン又はその塩を含有する牛精液保存液で牛精液を希釈し、凍結保存する工程を含む、牛精液の凍結保存方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の牛精液保存液によれば、牛精子の生存性を高めるとともに、良好な精子活力を維持することができる。したがって、本発明の牛精液保存液を用いることで、人工授精による受胎率の向上や優良種雄牛の高度利用等が期待できる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明に用いられるL−カルニチンは、化学名3−hydroxy−4−trimethylaminobutyric acid、分子式C715NO3で表される化合物である。
L−カルニチンの塩としては、例えば、硝酸塩、塩酸塩、硫酸塩等の鉱酸塩;酢酸塩、プロピオン酸塩、酒石酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、リンゴ酸塩、クエン酸塩、メタンスルホン酸塩、p−トルエンスルホン酸塩、トリフルオロ酢酸塩等の有機酸塩が挙げられる。これらは、単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
L−カルニチン又はその塩は、公知の方法により製造してもよいし、市販のものを使用してもよい。
【0010】
牛精液保存液中のL−カルニチン又はその塩の含有量は、特に制限されるものではないが、L−カルニチンとして1μmol/mL〜10μmol/mL、さらに5μmol/mL〜10μmol/mLであることが、牛精子の生存率及び精子活力の向上の点から好ましい。
【0011】
本発明の牛精液保存液には、上記成分の他に、本発明の効果を損なわない範囲において、通常の牛精液保存液に配合される成分を適宜配合することができる。このような成分としては、例えば、卵黄;グルコース、マンノース、フラクトース、ガラクトース、シュークロース、マルトース、ラクトース、トレハロース、ラフィノース等の糖類;トリスヒドロキシメチルアミノメタン、クエン酸、コハク酸、酒石酸、リンゴ酸、塩酸、リン酸、酢酸又はこれらの塩類、Hepes等の緩衝剤;EGTA、EDTA等のキレート剤;ペニシリン、ストレプトマイシン等の抗生物質;グリセリン、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジメチルスルホキサイド等の凍結保護物質、各種アミノ酸、血清、水等が挙げられる。
【0012】
本発明の牛精液保存液は、牛精液の常温・低温保存、凍結保存のいずれにも用いることができるが、本発明の効果が有効に発揮される点より、低温保存、凍結保存に用いるのが好ましく、特に凍結保存に用いるのが好ましい。
本発明の牛精液保存液を凍結保存液として用いる場合、牛精子の第1次希釈と第2次希釈の両方に用いてもよく、一方のみに用いてもよい。本発明の牛精液保存液を凍結保存用の第1次希釈液とする場合、牛精液保存液1,000mL中に卵黄は150〜300mL、糖類は30〜50g、緩衝剤は10〜30g、抗生物質はペニシリンが500,000〜1,000,000IU及びストレプトマイシンが500〜1,000mg含まれるのが好ましい。また、本発明の牛精液保存液を凍結保存用の第2次希釈液とする場合、当該第1次希釈液にグリセリンを13〜15質量%添加したものを用いるのが好ましい。
これらの凍結保存用の希釈液は、常法に従い調製することができる。
【0013】
本発明の牛精液保存液を用いた牛精液の凍結保存は、特に制限されず、ペレット法、ストロー法等いずれの方法によっても実施できる。例えば、常法に従い採取した牛の精液を、必要に応じて精液検査した後、精子数3,000万〜6,000万/mL、好ましくは精子数3,500万〜4,500万/mLとなるように第1次希釈液で希釈する。次いで、精液温度を4〜5℃に低下させた後、第2次希釈液で牛精液の最終濃度が精子数1,000万〜3,000万/mL、好ましくは精子数1,500万〜2,500万/mLとなるように希釈する。希釈後、ストローに分注し、常法に従い液体窒素等を用いて凍結することができる。
【0014】
対象となる牛の種類は、特に限定されず、乳牛、肉牛のいずれでもよい。
【実施例】
【0015】
以下、本発明について実施例をあげて具体的に説明するが、本発明はこれらによって何等限定されるものではない。
【0016】
実施例1
1)牛精液保存液の調製
下記の表1に示す組成よりなる牛精液保存液をそれぞれ調製し、第1次希釈液とした。当該第1次希釈液8.7mLにそれぞれグリセリンを1.3mL添加し、第2次希釈液とした。
【0017】
【表1】

【0018】
2)牛精液の性状
供試牛(黒毛和種、雄、2歳齢)より、常法に従い精液を週に2回、計6回採取した。精液性状を検査した結果を表2に示す。表中の数値は6回の平均値である。
なお、精子数の測定は、「動物発生学」、東京農業大学畜産学実験実習書、95−99、学校法人東京農業大学出版会(1991)記載の方法に準じて顕微鏡観察により行った。
【0019】
【表2】

【0020】
3)精液の希釈保存
3−1)低温保存
精液性状の検査を行った後、直ちに精液を表1に示した各牛精液保存液(第1次希釈液)で精子数4×107/mLに1次希釈した。希釈後、90分かけて37℃から5℃まで冷却した。次いで、5℃にて各牛精液保存液(第2次希釈液)を10分間隔で1mLずつ添加し、最終精子濃度2×107/mLまで2次希釈を行った後、0.5mLずつストロー(各区35本)に詰め、5℃で6時間低温保存した。
【0021】
3−2)凍結保存
上記と同様にして、採取した精液を第1次希釈液及び第2次希釈液で最終精子濃度2×107/mLまで2次希釈を行った後、0.5mLずつストロー(各区35本)に詰め凍結した。凍結方法は、発泡スチロール製の箱に液体窒素を入れ、その上面より5cm上方に希釈性液を充填したストローを並べ10分間放置し、その後液体窒素中(−196℃)で凍結し、24時間保存した。
【0022】
4)結果
低温保存した牛精液について、2次希釈時を0時間として、その後1時間毎に6時間後まで精子生存指数を求めた。
一方、凍結保存した牛精液は、37℃のお湯に約15秒ずつストローを入れて、凍結精液を融解した。融解直後の時点を0時間として、その後1時間毎に6時間後まで精子生存指数を求めた。
精子生存指数は、精子の生存率と活力を指数化したもので、精子の活力及び生存率により算出した。群間の統計学的有意差については、対照区に対する分散分析及びt−検定を行なった(p<0.01)。
結果を表3及び表4に示す。
【0023】
【表3】

【0024】
【表4】

【0025】
表3より、精子生存指数は保存1時間後から対照区に比べて試験区1及び2で高い値を示した。また、表4より、融解直後の精子生存指数は対照区に比べて試験区1及び2で高い値を示し、更に融解から2時間以降も、試験区1及び2では有意に高い精子生存指数を維持した。このことから、L−カルニチンは、牛精子の生存性及び精子活力の維持、向上に有用であることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
L−カルニチン又はその塩を含有することを特徴とする牛精液保存液。
【請求項2】
L−カルニチン又はその塩の含有量が、牛精液保存液中にL−カルニチンとして1μmol/mL〜10μmol/mLであることを特徴とする、請求項1記載の牛精液保存液。
【請求項3】
凍結保存用の保存液であることを特徴とする請求項1又は2記載の牛精液保存液。
【請求項4】
L−カルニチン又はその塩を含有する牛精液保存液で牛精液を希釈し、凍結保存する工程を含む、牛精液の凍結保存方法。

【公開番号】特開2013−78272(P2013−78272A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−219383(P2011−219383)
【出願日】平成23年10月3日(2011.10.3)
【出願人】(591047970)共立製薬株式会社 (20)
【Fターム(参考)】