説明

物質が引き起こす危険を予測する方法

【課題】本発明は、評価対象化学物質に短期間暴露した被検水棲生物の網羅的遺伝子発現解析を行い、陽性対照物質暴露における解析結果と比較することで、評価対象化学物質が長期的にどのような影響をどの程度の強さで及ぼすかを予測する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明者等は、上記課題を解決するために、陽性対照物質に濃度を変えて初期生活段階の水棲生物を短期間暴露して網羅的遺伝子発現解析を行い、陽性対照物質によって特徴的に発現する遺伝子群の発現量を算出した。同時に該水棲生物が成熟するまで長期間暴露して影響評価を行った。これらの実験結果より、陽性対照物質濃度と影響の度合いとの換算式を作成した。実サンプル(化学物質、環境中のサンプル等)の短期間暴露による網羅的遺伝子発現解析結果をこの換算式に適用することにより、長期的な影響が予測できることを見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質が被検水棲生物に及ぼす影響を網羅的遺伝子発現解析によって評価し、該被検水棲生物が長期的に受ける影響を予測する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在地球上には数千万の化学物質が存在しており、そのうち、数万種類の合成化学物質が環境中に蓄積していると考えられている。これら化学物質の中には、元の形もしくは環境中で変化した形で生態系や人体に悪影響を及ぼす物質が存在する。環境中に微量に存在する化学物質を同定・定量する技術は日々目覚しく進歩しているが、現状では環境中に存在する全ての化学物質を同定できるわけではない。また、環境中に存在する濃度そのものが環境に与える影響の強さを必ずしも反映しているわけではない。そのため、化学物質の環境影響評価は生物毒性評価試験(バイオアッセイ)を用いて行うことが重要である。
【0003】
現在、バイオアッセイにはヒメダカなど水棲生物を中心に様々な指標生物が用いられている。バイオアッセイに関する国際的な毒性試験標準マニュアルも多数公表されており、種々の化学物質の毒性評価に広く用いられている(非特許文献1,2)。しかしながら、その多くは指標生物の致死もしくは外見上の異常を観察して評価対象化学物質の毒性を数値化するだけで、内分泌攪乱化学物質等のように致死も外見上の異常もほとんど引き起こさないが、体内で長期的に悪影響を及ぼす物質の評価には利用することは困難である。
【0004】
この為、内分泌攪乱化学物質等の物質による影響を評価する様々な手法が新たに開発されている(非特許文献3)。これらには大きく分けて2つの手法がある。1つ目は、ある種の指標となる遺伝子もしくはタンパク質が生体内でどの程度活性化されたかを測定する方法である。これらには、ホルモン受容体の活性化の度合いを測定する手法や卵黄タンパク質前駆体(魚類などの体内で女性ホルモン作用を持つ物質によって作られるタンパク質)の作られた量を測定する手法などがある。これらの手法は、評価対象化学物質が持つ作用(女性ホルモン作用など)の強さを短時間の実験で定量的に評価できる一方、多岐にわたる反応が複雑に相互作用する生体内反応のごく一部しか評価できないという欠点がある。また単純な評価法であるがゆえに、これらの手法で得られた結果は実際に生物体内で起こる異常の度合いと相関がない場合も多い。
【0005】
2つ目は、指標生物が生まれてから成熟し次世代を残すまで評価対象化学物質に暴露し、生物学的・形態学的・組織学的手法などを用いて長期的な影響を評価する方法である。この方法では主にヒメダカなど魚類が用いられており、微量の化学物質に長期的に暴露された際の影響を総合的に評価できる。しかしながら、1回の試験に時間(試験方法によっては半年〜1年間)がかかるため、この方法では限られた数の化学物質しか評価できない。
【0006】
これら従来の評価法の欠点を補うと期待されているのが、DNAマイクロアレイなど網羅的遺伝子発現解析法である。この手法では、比較的短時間の実験により、種々の化学物質や産業排水、生活廃水、土壌・底質抽出水、河川・湖沼表層水等によって生体内でどのような影響が起こるかを総合的に評価することができる。この網羅的遺伝子発現解析により、正常状態の生物の生理状態や化学物質による生理状態の変化を評価することができることが知られている(特許文献1,2,3)。しかしながら、これまではある時点における生物の生理状態は評価できても、将来的にどのような生理状態へ変化するかを予測することはできなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−246739号公報
【特許文献2】特開2008−000131号公報
【特許文献3】特開2008−167699号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】OECD Guidelines for Testing of Chemicals, “Fish, Acute Toxicity Test” Vol. 203, 1−9, 1992
【非特許文献2】USEPA, EPA/600/4−90−027F, “Methods for Measuring the Acute Toxicity of Effluents and Receiving Waters to Freshwater and Marine Organisms, 4th ed.”
【非特許文献3】環境省、Medaka Development of Test Methods and Suitability of Medaka as Test Organism for Detection of Endocrine Disrupting Chemicals, 2003.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上の状況を鑑み、本発明の課題は、評価の対象とする化学物質等を実サンプルとして短期間暴露した生物における網羅的遺伝子発現解析を行い、陽性対照物質を同生物に暴露した場合における網羅的遺伝子発現解析の結果と比較することで、評価対象化学物質が長期的にどのような影響をどの程度の強さで及ぼすかを予測する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、以下の工程を実施することにより本発明の課題を解決することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
最初の工程では、陽性対照物質を、濃度を段階的に変えて初期生活段階の被検水棲生物に短期間暴露した後、この水棲生物由来の生物学的試料において網羅的遺伝子発現解析を行い、陽性対照物質によって特徴的に発現する遺伝子群を特定する。特定した遺伝子群の発現量データから、陽性対照物質が濃度依存的に与える遺伝子発現への影響の度合いを数値化し、陽性対照物質濃度に対して数値化した影響の度合いをプロットすることで、陽性対照物質の濃度と遺伝子発現への影響の度合いとの換算式を作成する。
【0012】
次の工程では、陽性対照物質を、濃度を段階的に変えて被検水棲生物に、初期生活段階から成熟するまでの間、長期的に暴露して、この水棲生物の生物学的観察を行い、陽性対照物質が濃度依存的に与える生物学的影響を数値化する。ここで、生物学的影響の数値化とは、被検水棲生物が魚類の場合、産卵数、卵の受精率、生殖腺重量、性転換率、生殖腺異常などを数値化することを指す。陽性対照物質濃度に対して数値化した生物学的影響をプロットすることで、陽性対照物質の濃度と生物学的影響との換算式を作成する。
【0013】
上記の最初の工程と次の工程で作成した2つの換算式を組み合わせて、最初の工程で特定した遺伝子群の発現量データから長期的な生物学的影響を算出する換算式を作成する。
【0014】
化学物質、環境中のサンプル(産業排水、生活廃水、土壌・底質の滲出もしくは抽出水、河川・湖沼・海域の表層水等)等を実サンプルとして、最初の工程と同様の条件で被検水棲生物に暴露し、この水棲生物由来の生物学的試料において網羅的遺伝子発現解析を行い、遺伝子発現への影響の度合いを調べる。そして、最初の工程で特定した遺伝子群の発現量データから、上記の最初の工程で作成した換算式を用いて、陽性対照物質の濃度に換算し、上記の次の工程で作成した換算式を用いることで、この換算された濃度に対応する生物学的影響を求めることで、被検水棲生物に対する実サンプルによる長期的な生物学的影響を予測する。
【0015】
すなわち、本発明は次の(1)〜(7)の被検水棲生物に対する陽性対照物質の濃度依存的な影響の度合いを算出する方法、被検水棲生物に対する陽性対照物質の長期的な内分泌攪乱影響を算出する方法等に関する。
(1)以下の(a)〜(c)の工程を含む、被検水棲生物に対する陽性対照物質の濃度依存的な影響の度合いを算出する方法、
(a)陽性対照物質を濃度依存的に初期生活段階の被検水棲生物に短期間暴露する工程、
(b)(a)の工程を経た被検水棲生物由来の生物学的試料において、網羅的遺伝子発現解析を行う工程、
(c)(b)の網羅的遺伝子発現解析の結果から、被検水棲生物に対する陽性対照物質の濃度依存的な影響の度合いを算出する工程。
(2)以下の(a)〜(d)の工程を含む、被検水棲生物に対する陽性対照物質の長期的な影響を算出する方法、
(a)陽性対照物質を被検水棲生物に初期生活段階から成熟するまでの間、長期的に暴露する工程、
(b)(a)の工程を経た被検水棲生物より生物学的実験結果を得る工程、
(c)(a)の工程を経た被検水棲生物より上記(1)に記載の方法によって、被検水棲生物に対する陽性対照物質の濃度依存的な影響の度合いを算出する工程、
(d)(b)および(c)の工程より、被検水棲生物に対する陽性対照物質の長期的な影響を算出する工程。
(3)以下の(a)〜(c)の工程を含む、実サンプルによる被検水棲生物に対する長期的な影響を予測する方法、
(a)実サンプルを濃度依存的に初期生活段階の被検水棲生物に暴露し、網羅的遺伝子発現解析を行い、上記(1)に記載の方法によって、被検水棲生物に対する実サンプルの濃度依存的な影響の度合いを算出する工程、
(b)(a)の工程によって算出された被検水棲生物に対する実サンプルの濃度依存的な影響の度合いを陽性対照物質の濃度に換算する工程、
(c)(b)の工程によって換算された陽性対照物質の濃度を用い、上記(2)に記載の方法によって、実サンプルによる長期的な影響を予測する工程。
(4)陽性対照物質が内分泌攪乱化学物質である、上記(1)に記載の方法による被検水棲生物に対する陽性対照物質の濃度依存的な内分泌攪乱影響の度合いを算出する方法。
(5)陽性対照物質が内分泌攪乱化学物質である、上記(2)に記載の方法による被検水棲生物に対する陽性対照物質の長期的な影響を算出する方法。
(6)陽性対照物質が内分泌攪乱化学物質であり、かつ実サンプルが化学物質または環境中のサンプルである、上記(3)に記載の方法による実サンプルによる長期的な内分泌攪乱影響を予測する方法。
(7)環境中のサンプルが産業排水、生活廃水、土壌・底質の滲出もしくは抽出水、河川・湖沼・海域の表層水である上記(4)に記載の方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、生物個体あるいは組織全体を網羅的に解析して影響の度合いを数値化するものであるから、本発明によれば個々の遺伝子についてではなく、生物個体あるいは組織全体に対する影響の強さを総合的に評価する方法を提供することができる。特に、これまでの網羅的遺伝子発現解析では生理機能が明らかでない遺伝子の発現量データはほとんど意味を持たなかったが、本発明における影響の度合いの算出においては意味のあるデータとして利用できる。
【0017】
また、内分泌攪乱化学物質を陽性対照物質とした場合には、本発明は遺伝子発現量データからこの内分泌攪乱化学物質の長期的な生物学的影響を算出するものであるから、従来は化学物質または環境中のサンプル等、実サンプルの莫大な時間を要する長期暴露実験でしか実施できなかった、長期的な内分泌攪乱作用の強さを、短期間の暴露実験によって予測することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明における、網羅的遺伝子発現解析の結果から陽性対照物質による影響の度合いを算出する方法の概念図である。
【図2】PCRによる遺伝的性別判定から得られる電気泳動写真である(実施例1および2)。
【図3】E2濃度と算出された影響の度合いとE2濃度との関係を示す図である(実施例1)。換算式中のxは各濃度区における影響の度合いである。図中ではxから対照区の影響の度合いである0.151を減算した値とE2濃度yをプロットしたものを示してある。
【図4】TR濃度と算出された影響の度合いとTR濃度との関係を示す図である(実施例2)。換算式中のxは各濃度区における影響の度合いである。図中では、xから対照区の影響の度合いである0.697を減算した値とTR濃度yをプロットしたものを示してある。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための形態による、陽性対照物質が被検水棲生物に及ぼす影響を網羅的遺伝子発現解析によって評価し、該被検水棲生物が長期的に受ける影響を予測する方法について説明する。
【0020】
本発明は、陽性対照物質が水棲生物に及ぼす影響を網羅的遺伝子発現解析および長期的な生物学的実験により評価する方法である。本発明において、水棲生物は特に限定されるものではないが、好ましくは魚類を、より好ましくはヒメダカやゼブラフィッシュなど孵化後2〜3ヶ月で成熟する小型の硬骨魚類を挙げることができる。
【0021】
本発明において、初期生活段階の水棲生物に陽性対照物質を暴露し網羅的遺伝子発現解析を行うが、この場合の「初期生活段階」とは魚類を用いる場合であれば、胚もしくは孵化直後(孵化してから12時間以内)の幼魚のいずれでも構わない。
【0022】
陽性対照物質を暴露する方法は、連続的に物質溶液を調製して連続的に被検水棲生物を暴露する流水式暴露が望ましいが、被検物質の水中における安定性もしくは流水式と同様の影響(遺伝子発現レベルおよび生物学的影響)が保証される場合は、毎日1〜2回物質溶液を全て交換する半止水式暴露でも構わない。
【0023】
網羅的遺伝子発現解析のための暴露期間は、網羅的遺伝子発現解析によって暴露区と陽性対照物質を含まない対照区を比較した際に発現レベルの変化を検出できる程度の暴露期間であればよく、数時間から1〜2週間いずれでも構わない。また、暴露期間は1点である必要性はなく、例えば2日間と7日間のように複数点行ってもよい。
【0024】
長期的な陽性対照物質の影響を評価するための暴露期間は、被検水棲生物が初期生活段階から成熟し次世代を残す能力を有するまでとする。例えば、ヒメダカの場合は孵化後約2〜3ヶ月までを長期的な暴露期間とする。
【0025】
長期的な陽性対照物質の影響の評価は、生物学的・病理組織学的・分子生物学的な手法を用いて行う。例えば、魚類の場合は産卵数計測、卵の受精率計測、生殖腺の形態観察、遺伝的性別判定などがこれに該当する。
【0026】
陽性対照物質を暴露する際に使用する水の水質、明暗周期、給餌方法などの試験条件は、使用する被検水棲生物の標準的な飼育・毒性試験マニュアル(非特許文献1、2等)に準ずる。
【0027】
陽性対照物質は、陽性対照として用いることができる物質であればいずれの物質も用いることができるが、内分泌攪乱化学物質等の学術論文等で定められている物質を用いることが好ましい。例えば、17β−エストラジオール等の女性ホルモン、17β−トレンボロン等の男性ホルモン、マイトマイシンC等の変異原性・遺伝毒性物質等が挙げられる。
【0028】
陽性対照物質を暴露する濃度は、被検水棲生物が初期生活段階から成熟するまで暴露された場合の長期的な影響の度合いによって定める。暴露区には、低・中・高濃度および陽性対照物質を含まない対照区の最低4濃度区が必要である。低濃度とは、長期的な影響が対照区と統計学的に有意の差が見られない濃度のことである。高濃度とは、評価したい長期的な影響が最大限観察される濃度のことであるが、評価したい影響以外の毒性影響が混在することを避けるため、長期的な影響が最大限観察されるならばできる限り低い濃度が望ましい。例えば、魚類に対して陽性対照物質として女性ホルモンを用い、この影響を評価する場合には、被検魚類が全てメス化するのに必要な濃度で、できる限り低い濃度がこの濃度に該当する。中濃度とは、低濃度と高濃度の中間に属する濃度のことである。低濃度と高濃度はそれぞれ1区でよいが、中濃度はできれば2〜3区あることが望ましい。
【0029】
網羅的遺伝子発現解析のための暴露終了後、被検水棲生物由来の生物学的試料において、陽性対照物質の作用に関与する水棲生物遺伝子の少なくとも1つ以上の遺伝子発現レベルを決定する。被検水棲生物由来の生物学的試料は、水棲生物が小型である場合は、水棲生物全体から得た細胞試料を用いてもよい。遺伝子発現はまた、被検水棲生物の臓器や血液などから測定してもよい。
【0030】
網羅的遺伝子発現解析に用いる遺伝子群の発現レベルはそれぞれの遺伝子に対応するmRNAを定量することで決定する。網羅的遺伝子発現解析に用いる遺伝子群およびmRNAの定量法は特に限定されるものではないが、発現レベルを決定する遺伝子群が数10個を超える場合は、ノーザンブロッティングやRT−PCR法よりもDNAマイクロアレイ法のような網羅的遺伝子発現解析手法を用いるのが望ましい。いずれの定量法を用いる場合においても、発現レベルデータの正規化・標準化を行う。
【0031】
陽性対照物質に暴露された被検水棲生物遺伝子群の発現レベルを、対照区における該遺伝子の発現レベルと比較する。t検定などの統計解析によって、陽性対照物質により特徴的な発現を示す遺伝子群を特定する。
【0032】
陽性対照物質に特徴的に発現する遺伝子群の発現量データと数1〜3から物質濃度依存的な影響の度合いを数値化し、陽性対照物質濃度に対してプロットすることで、陽性対照物質濃度と影響の度合いとの換算式を作成する。
【0033】
【数1】

【0034】
【数2】

【0035】
【数3】

【0036】
数1では、特定遺伝子群の発現プロフィールをn個の要素からなるベクトルと考えた時、各暴露区および対照区における特定遺伝子群の発現量からそのベクトルの原点からの幾何学的距離(長さ)を算出する(ユークリッド距離)。
【0037】
数2では、陽性対照物質の高濃度暴露区における特定遺伝子群のベクトルとその他濃度区(対照区を含む)のベクトルとの余弦を算出する(ピアソンの積率相関係数)。
【0038】
数3では、数1および2で算出したベクトルの長さおよび余弦の値から、陽性対照物質の高濃度暴露区における影響の度合いを1.0とした時のその他濃度暴露区(対照区を含む)における影響の度合いを算出する(図1)。算出した影響の度合いを陽性対照物質濃度に対してプロットすることで、陽性対照物質濃度と影響の度合いとの換算式を作成する。換算式は、特に限定しないが、直線近似、多項式近似、指数近似などの中から決定係数R2値(相関係数の2乗)が大きいものを選択して用いるのがよい。
【0039】
生物学的・病理組織学的・分子生物学的な手法を用いて行った長期的な影響の評価結果、例えば、産卵数、卵の受精率、生殖腺異常の割合、性転換率などを陽性対照物質濃度に対してプロットすることで、陽性対照物質濃度と長期的な内分泌攪乱影響との換算式を作成する。換算式は、特に限定しないが、直線近似、多項式近似、指数近似などの中からR2値が大きいものを選択して用いるのがよい。
【0040】
上記2つの換算式を組み合わせて、特定遺伝子群の発現量データから長期的な影響を算出する換算式を作成する。
【0041】
本発明において作成した、特定遺伝子群の発現量データから長期的な影響を算出する方法により、化学物質、環境中のサンプル等の実サンプルの長期的な危険の度合いを予測する。実サンプルは、単独の化学物質でも産業排水、生活廃水、土壌・底質抽出水、河川・湖沼表層水等の環境中のサンプルのような混合物でも構わない。陽性対照物質と同じ条件下で実サンプルの暴露実験および網羅的遺伝子発現解析を行い、上記計算方法により実サンプルによる長期的な内分泌攪乱影響の度合いを算出し、予測する。
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこの実施例に制限されるものではない。
【実施例1】
【0042】
女性ホルモン様化学物質がヒメダカに及ぼす長期的影響の予測
<ヒメダカの女性ホルモン様化学物質への曝露実験方法>
本発明の実施にはヒメダカを指標水棲生物として用いた。ヒメダカは標準株(NIES株)を国立環境研究所(日本)より入手し、株式会社日本紙パルプ研究所(日本)にて産卵させ、継代飼育を行った。胚および孵化後の飼育と曝露実験にはガラス製もしくは化学的に不活性な材質(フッ素樹脂製)でできた水槽を用いた。胚および孵化後の飼育と曝露実験の際には、水温24±1℃、明16時間、暗8時間の光周期を維持し、溶存酸素濃度が80%を下回らないようにエアレーションを行った。孵化後与える飼料としては、孵化24時間以内のアルテミア(Artemia)製品名:ブラインシュリンプ(日清マリンテック、日本)を用い、1日2回適量を給餌した。
【0043】
胚および孵化後の飼育と曝露実験には、飲料用水道水をPESメンブレンカートリッジ(TCS−E020、ADVANTEC、日本)および活性炭カートリッジフィルター(TCC−WL−SOCP、ADVANTEC、日本)で微粒子および残留塩素をろ過・除去後、一昼夜以上曝気したものを用いた。これらフィルターは最低1ヶ月に1回は交換した。ヒメダカ成熟後は、飼育および曝露水槽中の魚体密度が100尾/50Lを超えないようにした。標準的な魚類毒性試験マニュアルでは、飼育および曝露用水の全硬度は炭酸カルシウム10〜250mg/L、pH6〜8.5の範囲であることが推奨されているが、実施例で使用した飼育および曝露用水は全硬度50〜90mg/L、pH7〜8.5の範囲に保たれていた。
【0044】
女性ホルモンである17β−エストラジオール(以下E2)を陽性対照物質として用い、1、3、10、30、100ng/Lと対照区の計6濃度区で曝露を行った。E2への曝露実験は、以下のように流水式で行った。
【0045】
E2のジメチルスルホキシド(以下、DMSO)溶液をミニケミカルポンプSP−D(日本精密科学、日本)で最終濃度が上記濃度になるように曝露用水に連続的に添加して十分に攪拌後、30Lのガラス製水槽に毎分100mLになるように送液した。対照区は、暴露用水に曝露区と同じ濃度になるようにDMSOを加えたものを用いた。
【0046】
各暴露水槽に孵化直後(孵化後12時間以内)のヒメダカの幼魚をそれぞれ290尾移し、曝露を開始した。曝露開始後2日目および7日目に、それぞれ各濃度区120尾ずつサンプリングし、30尾ずつ約0.3mLの曝露溶液中で液体窒素にて瞬間凍結し、そのまま液体窒素中で保存した。曝露開始後7日目以降残った約50尾はそのまま孵化後2ヶ月まで曝露を継続した。曝露終了後、生存したヒメダカに対し、生物学的実験(体長・体重など体測、産卵数・卵の受精率測定、生殖腺の病理組織学実験、性別判定など)を行った。
【0047】
女性ホルモン作用を持つとされる物質のうち、ノニルフェノール(以下NP)、エチニルエストラジオール(以下EE2)、およびビスフェノールA(以下BpA)を実サンプルとして用いた。曝露に用いた濃度はそれぞれ30μg/L、20ng/L 、および1mg/Lを用いた。曝露およびサンプリングはE2の曝露およびサンプリングと同様に行った。ただし、曝露開始時のヒメダカ幼魚数は270尾で、孵化後2ヶ月まで曝露を継続した数は20〜30尾であった。
【0048】
<生物学的実験>
孵化後2ヶ月までの曝露実験が終了するまでに、飼育水のみでヒメダカを飼育し、孵化後2〜3ヶ月の成熟した(産卵能力がある)ヒメダカを別途十分数確保しておいた。この成熟したヒメダカを以下正常オス、正常メスと呼ぶ。
曝露実験終了後、対照区および各濃度区につき、それぞれのオスおよびメスから無作為に10尾ずつ選別した。オスもしくはメスが10尾に満たない場合は、存在する数だけ選別した。選別したオスおよびメスを、それぞれ上記で確保しておいた正常メスおよび正常オスと1尾ずつペアにし、飼育水が循環しているアクリル製の1L水槽に1ペアずつ入れた。ペアにした後、7日間毎日卵を採取してペア毎に産卵数を記録後、卵を飼育水中にて1日培養して受精卵の数を計測することでペア毎の卵の受精率を算出した(表1)。この産卵実験結果およびE2濃度から、E2濃度と産卵数および受精率の換算式(数4〜数7)を以下のように作成した。
【0049】
【数4】

【数5】

【数6】

【数7】

【0050】
【表1】

【0051】
孵化後2ヶ月までの曝露実験および産卵実験終了後、全てのヒメダカは解剖して生殖腺(卵巣もしくは精巣)を取り出し、ホルマリン含有組織固定液であるティシュー・テック ユフィックス(サクラファインテック、日本)にて一昼夜固定した後、70%(v/v)エタノール(30%は蒸留水)にて一昼夜以上置換した。ホルマリン固定した生殖腺は、自動包埋装置であるシャンドンエクセルシアES(サーモエレクトロン、米国)にて、エタノール―キシレン―パラフィンのシークエンスにより、パラフィン包埋を行った。パラフィン包埋された生殖腺は、回転式ミクロトームRM2145(ライカマイクロシステムズ、ドイツ)により連続的に厚さ5μmの薄切片を作成し、ヘマトキシリン・エオジン染色を行い、生殖腺の異常を観察した。
女性ホルモン様物質によって引き起こされる生殖腺の異常の内、最も顕著な現象は精巣内に卵細胞が出現する精巣卵である。病理組織学実験結果(表1)およびE2濃度から、E2濃度と精巣卵出現率([精巣卵が観察された個体数]/[表現型オス(形態学上・解剖学上のオス)個体数]×100)の換算式(数8)を以下のように作成した。
【0052】
【数8】

【0053】
女性ホルモン様物質に初期生活段階のヒメダカを曝露すると、性転換が起こることが知られている。ヒメダカの性染色体にはXおよびY染色体があり、メスはXX、オスはXYの組み合わせを持つ。Y染色体上に性決定遺伝子であるDMYが存在する。DMYに似た配列を持ち、性分化に重要な役割を果たすDMRT1はXおよびY染色体両方に存在すると考えられている。DMYおよびDMRT1をPCR反応により、同時に増幅できるプライマー(DNA断片)が数種類開発されている。その内、PG17.5(配列表配列番号1)およびPG17.6(配列表配列番号2)を使うと、DMRT1とDMYでは増幅されるDNA断片の長さが異なる為、両遺伝子が共存した場合(オス)は電気泳動において2つのバンドが観察され、DMRT1のみが存在する場合(メス)はバンドが1つだけ観察される(図2)。このことにより、遺伝的性別判定、つまり、形態学上・解剖学上はメスでも遺伝的なオスが女性ホルモン様化学物質によって性転換したメスと、遺伝的かつ形態学上・解剖学上のメスを区別した。
【0054】
即ち、孵化後2ヶ月までの曝露実験および産卵実験終了後、全てのヒメダカの尾鰭を切り取り、液体窒素中で急速凍結し、以下のようにして遺伝的性別判定を行った。DNeasy Tissue and Blood Kit(QIAGEN、米国)を用いて尾鰭からDNAを抽出した。抽出したDNAに対して、PG17.5およびPG17.6を使い、自動PCR装置であるTaKaRa Thermal Cycler Dice Gradient Mupid−Scope(タカラバイオ、日本)を用いてPCRを行った。PCR生成物は、バイオアナライザー2100(Agilent Technology社、米国)を用いて電気泳動解析した。本実施例において観察されたのは、オスからメスへの性転換のみで、メスからオスへの性転換は全く観察されなかった(表1)。E2濃度と各濃度区における性転換率([性転換したオス個体数]/[遺伝的なオス個体数]×100)の換算式(数9)を以下のように作成した。
【0055】
【数9】

【0056】
<ヒメダカDNAマイクロアレイ実験>
曝露2日目および7日目の各濃度区につき4サンプルを、それぞれ乳鉢内において液体窒素存在下ですり潰し、すり潰した粉末試料からRNeasy Lipid Tissue Midi Kit(QIAGEN、米国)を用いてtotal RNAを抽出・精製した。精製したtotal RNAは、NanoDrop 1000(NanoDrop Technologies、米国)およびバイオアナライザー2100(Agilent Technology社、米国)により、精製度および品質と濃度を調べた。
【0057】
財団法人化学物質評価研究機構(日本)にてヒメダカ用に開発されAgilent Technology社(米国)で製品化されたDNAマイクロアレイ(商品名カスタムマイクロアレイGE 4×44K、G2514F)を用いて、各濃度区、曝露2日目および7日目の3サンプルずつにつき網羅的に遺伝子発現量を検出した。このヒメダカ用DNAマイクロアレイ上には、米国DFCI(The Dana−Farber Cancer Institute and Harvard School of Public Health)に登録されているEST情報に基づくものおよび財団法人化学物質評価研究機構(日本)にて独自に開発されたもの合わせて36,399種類のプローブ(遺伝子断片)が搭載されている。これらのプローブは、次の1)〜4)に従って設計されたものである。
1)プローブ長を60mer(ただし、設計が困難な場合は60±5 mer)とする。
2)ハイブリダイゼーション温度を65℃としたTm値で設計する。
3)設計領域は3’末端から600bp以内とする。この基準で設計が困難な場合は、領域を3’末端から1000〜1500bpとする。
4)上記1)〜3)の基準でDFCI Medaka Gene Indexデータベースの全配列情報に対して各遺伝子の最小ホモロジー領域を探索し、適切なプローブ配列を選択し、設計する。
精製されたtotal RNAの標識化、ハイブリダイゼーション、マイクロアレイのスキャニングおよびデータ化は、全てAgilent Technology社のプロトコールに従って行った。
【0058】
<マイクロアレイデータ解析とE2による影響の度合いの算出>
マイクロアレイデータは全てのサンプルにつき、中央値を比較し、36,399種類の遺伝子の発現量を正規化した(Per chip normalization to median)。正規化した発現量データを、まずそれぞれの遺伝子について対照区とE2 100ng/L曝露区の比較を行い、曝露2日目もしくは曝露7日目においてt検定によって有意差(有意確率5%未満)がある遺伝子群2,107種類から、曝露2日目もしくは曝露7日目において遺伝子発現量が対照区と比較して2倍以上もしくは1/2倍以下に変化している遺伝子を240種類(プローブ名A1〜A240)選別した(表2)。プローブ名A1〜A10の塩基配列を配列表配列番号3〜12に示した。
【0059】
【表2−1】

【表2−2】

【表2−3】

【表2−4】

【表2−5】

【表2−6】

【表2−7】

【0060】
選別した240種類の遺伝子群の曝露7日目における発現量データおよび数1〜3から、対照区および各曝露区におけるE2濃度依存的な影響の度合いを計算し、対照区の影響の度合いが0になるように補正(対照区の影響の度合い0.151を減算した値)した影響の度合いに対するE2濃度をプロットして(図3)直線回帰することにより、以下のようにE2濃度の換算式(数10)を作成した。
【0061】
【数10】

【0062】
<実サンプルの長期的な女性ホルモン影響の予測と予測方法の検証>
実サンプルであるNP(30μg/L)、EE2(20ng/L)、BpA(1mg/L)曝露区のヒメダカに対してもE2と同様にマイクロアレイ実験を行い、上記240種類の遺伝子の発現量(表3)および数1〜3から影響の度合いを算出した。その結果、E2 100ng/Lの影響の度合いを1.0とした時のNP(30μg/L)、EE2(20ng/L)、BpA(1mg/L)による影響の度合いはそれぞれ0.35、0.47、0.34となった。これらの数値を換算式(数10)に適用すると、NP(30μg/L)、EE2(20ng/L)、BpA(1mg/L)曝露による影響は、E2濃度に換算するとそれぞれ18.0ng/L、33.1ng/L、および17.2ng/L相当であると計算された。
【0063】
【表3−1】

【表3−2】

【表3−3】

【表3−4】

【表3−5】

【表3−6】

【表3−7】

【0064】
NP(30μg/L)、EE2(20ng/L)、BpA(1mg/L)曝露区のE2濃度換算値およびE2曝露実験より得られた生物学的影響の換算式(数4〜9)より、NP(30μg/L)、EE2(20ng/L)、BpA(1mg/L)曝露によって引き起こされる内分泌攪乱影響を予測した。予測された結果を表4にまとめた。
【0065】
【表4】

【0066】
[検証試験]
上記実施例1で示された予測方法の妥当性を検証するため、実施例1に追加してE2と同様にヒメダカが成熟するまでNP(30μg/L)、EE2(20ng/L)、BpA(1mg/L)に曝露し、実際に得られた内分泌攪乱影響(以下「実測値」)(表5)と予測された内分泌攪乱影響(以下「予測値」)を比較した。
【0067】
【表5】

【0068】
予測値と実測値を比較するために、まず個数(産卵数)はlog10(産卵数+1)によって実数変換を行い、割合(受精率、精巣卵出現率、性転換率)はasin(逆正弦)変換を行って、数値を標準化した(表6)。
【0069】
【表6】

【0070】
標準化した予測値と実測値について、NP、EE2、BpA曝露区のそれぞれに対し回帰分析を行った結果、重決定係数R2はそれぞれ0.994、0.916、0.950と全て0.9を超える高い値を示した(表7)。このことから、本発明に関する危険の予測方法は妥当であり、本発明により女性ホルモンによる長期的な内分泌攪乱影響を高い精度で予測できることが明らかとなった。
【0071】
【表7】

【実施例2】
【0072】
男性ホルモン様化学物質がヒメダカに及ぼす長期的影響の予測
<ヒメダカの男性ホルモン様化学物質への曝露実験方法>
本実施例において男性ホルモンの陽性対照物質は17β−トレンボロン(以下TR)を用い、曝露は2、6、20、60、200ng/Lと対照区の計6濃度区で行った。実サンプルとしては、男性ホルモン作用を持つとされる物質のうち、メチルテストステロン(以下MT)を30ng/Lで曝露した。ヒメダカの飼育および曝露は実施例1と同様に行った。
【0073】
<生物学的実験>
実施例1と同様に産卵実験、病理組織学実験および遺伝的性別判定を行った結果を表8にまとめた。実施例1と異なり本実施例ではオス、メスともに生殖腺に異常は観察されなかった。また、本実施例において観察されたのはメスからオスへの性転換のみで、オスからメスへの性転換は全く観察されなかった(表8)。
【0074】
以上の生物学実験結果およびTR濃度から、TR濃度と産卵数、受精率および性転換率([性転換したメス個体数]/[遺伝的なメス個体数]×100)の換算式(数11〜15)を以下のように作成した。
【0075】
【数11】

【数12】

【数13】

【数14】

【数15】

【0076】
【表8】

【0077】
<ヒメダカDNAマイクロアレイデータ解析とTRによる影響の度合いの算出>
ヒメダカDNAマイクロアレイ実験、プローブの設計およびデータの正規化は実施例1と同様に行った。
正規化した発現量データを、まずそれぞれの遺伝子について対照区とTR 200ng/L曝露区の比較を行い、曝露2日目もしくは曝露7日目においてt検定によって有意差(有意確率5%未満)がある遺伝子群17,658種類から、曝露2日目もしくは曝露7日目において遺伝子発現量が対照区と比較して2倍以上もしくは1/2倍以下に変化している遺伝子を3,319種類選別し、さらに濃度依存的に発現量が増加あるいは減少している遺伝子を270種類(プローブ名B1〜B270)選別した(表9)。プローブ名B1〜B10の塩基配列を配列表配列番号13〜22に示した。
【0078】
【表9−1】

【表9−2】

【表9−3】

【表9−4】

【表9−5】

【表9−6】

【表9−7】

【表9−8】

【0079】
選別した270種類の遺伝子群の曝露7日目における発現量データおよび数1〜3から、対照区および各曝露区におけるTR濃度依存的な影響の度合いを計算し、対照区の影響の度合いが0になるように補正(対照区の影響の度合い0.697を減算した値)した影響の度合いに対するTR濃度をプロットして(図4)2項式近似することにより、以下のようにTR濃度の換算式(数16)を作成した。
【0080】
【数16】

【0081】
<実サンプルの長期的な男性ホルモン影響の予測と予測方法の検証>
実サンプルであるMT(30ng/L)曝露区のヒメダカに対してもTRと同様にマイクロアレイ実験を行い、上記270種類の遺伝子の発現量(表10)および数1〜3から影響の度合いを算出した。その結果、TR 200ng/Lの影響の度合いを1.0とした時のMT(30ng/L)による影響の度合いは0.94となった。この数値を [換算TR濃度(ng/L)]=2474.6×([影響の度合い]−0.697)2−88.884×([影響の度合い]−0.697)に適用すると、MT(30ng/L)曝露による影響はTR濃度に換算すると121.4ng/L相当であると計算された。
【0082】
【表10−1】

【表10−2】

【表10−3】

【表10−4】

【表10−5】

【表10−6】

【表10−7】

【表10−8】

【0083】
MT(30ng/L)曝露区のTR濃度換算値およびTR曝露実験より得られた生物学的影響の換算式(数11〜15)より、MT(30ng/L)曝露によって引き起こされる影響を予測した。予測された結果を表11にまとめた。
【0084】
【表11】

【0085】
[検証試験]
上記実施例2で示された予測方法の妥当性を検証するため、実施例2に追加してTRと同様にヒメダカが成熟するまでMT(30ng/L)に曝露し、実際に得られた影響(以下「実測値」)(表12)と予測された影響(以下「予測値」)を比較した。
【0086】
【表12】

【0087】
予測値と実測値を比較するために、まず個数(産卵数)はlog10(産卵数+1)によって実数変換を行い、割合(受精率、精巣卵出現率、性転換率)はasin(逆正弦)変換を行って、数値を標準化した(表13)。
【0088】
【表13】

【0089】
標準化した予測値と実測値について、MT曝露区に対し回帰分析を行った結果、重決定係数R2は0.970と0.9を超える高い値を示した(表14)。このことから、本発明に関する危険の予測方法は妥当であり、本発明により男性ホルモンによる長期的な影響についても高い精度で予測できることが明らかとなった。
【0090】
【表14】

【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明の方法によって、化学物質または環境中のサンプル(産業排水、生活廃水、土壌・底質抽出水、河川・湖沼表層水等)等の実サンプルが、生物に及ぼす長期的な影響を、短期間の実サンプルの曝露によって、容易に予測することができる。本発明の方法では、生物個体あるいは組織全体を網羅的に解析して影響の度合いを数値化していることから、生物個体あるいは組織全体に対する影響の強さを総合的に評価する方法を提供することもできる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、被検水棲生物に対する陽性対照物質の濃度依存的な影響の度合いを算出する方法、
(a)陽性対照物質を濃度依存的に初期生活段階の被検水棲生物に短期間暴露する工程、
(b)(a)の工程を経た被検水棲生物由来の生物学的試料において、網羅的遺伝子発現解析を行う工程、
(c)(b)の網羅的遺伝子発現解析の結果から、被検水棲生物に対する陽性対照物質の濃度依存的な影響の度合いを算出する工程。
【請求項2】
以下の(a)〜(d)の工程を含む、被検水棲生物に対する陽性対照物質の長期的な影響を算出する方法、
(a)陽性対照物質を被検水棲生物に初期生活段階から成熟するまでの間、長期的に暴露する工程、
(b)(a)の工程を経た被検水棲生物より生物学的実験結果を得る工程、
(c)(a)の工程を経た被検水棲生物より請求項1記載の方法によって、被検水棲生物に対する陽性対照物質の濃度依存的な影響の度合いを算出する工程、
(d)(b)および(c)の工程より、被検水棲生物に対する陽性対照物質の長期的な影響を算出する工程。
【請求項3】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、実サンプルによる被検水棲生物に対する長期的な影響を予測する方法、
(a)実サンプルを濃度依存的に初期生活段階の被検水棲生物に暴露し、網羅的遺伝子発現解析を行い、請求項1に記載の方法によって、被検水棲生物に対する実サンプルの濃度依存的な影響の度合いを算出する工程、
(b)(a)の工程によって算出された被検水棲生物に対する実サンプルの濃度依存的な影響の度合いを陽性対照物質の濃度に換算する工程、
(c)(b)の工程によって換算された陽性対照物質の濃度を用い、請求項2に記載の方法によって、実サンプルによる長期的な影響を予測する工程。
【請求項4】
陽性対照物質が内分泌攪乱化学物質である、請求項1に記載の方法による被検水棲生物に対する陽性対照物質の濃度依存的な内分泌攪乱影響の度合いを算出する方法。
【請求項5】
陽性対照物質が内分泌攪乱化学物質である、請求項2に記載の方法による被検水棲生物に対する陽性対照物質の長期的な影響を算出する方法。
【請求項6】
陽性対照物質が内分泌攪乱化学物質であり、かつ実サンプルが化学物質または環境中のサンプルである、請求項3に記載の方法による実サンプルによる長期的な内分泌攪乱影響を予測する方法。
【請求項7】
環境中のサンプルが産業排水、生活廃水、土壌・底質の滲出もしくは抽出水、河川・湖沼・海域の表層水である請求項4に記載の方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−263822(P2010−263822A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−117165(P2009−117165)
【出願日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【出願人】(000153281)株式会社日本紙パルプ研究所 (7)
【Fターム(参考)】