説明

特定のニュートン粘性係数を有するアルギン酸及び/又はその塩を含有するインク、該インクを用いたハイドロゲルの形成方法、並びに、該ハイドロゲルの形成方法により形成されたハイドロゲル

【課題】ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を含有するインクであって、良好なゲル形成性と良好なインクの吐出性(例えば、吐出安定性及び連続吐出性など)とを両立可能なインク、該インクを用いたハイドロゲルの形成方法、並びに、該ハイドロゲルの形成方法により形成されたハイドロゲルを提供する。
【解決手段】(1)ニュートン粘性係数が0.90以上1.10以下である、アルギン酸及び/又はその塩、(2)水、並びに(3)ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を含有するインク。
ここで前記ニュートン粘性係数は、せん断速度10(1/sec)での粘度ηAが20mPa・sとなるように前記アルギン酸及び/又はその塩に水を加えて、前記アルギン酸及び/又はその塩の水溶液を作成し、該アルギン酸及び/又はその塩の水溶液の、せん断速度1000(1/sec)での粘度ηBを測定し、粘度ηBに対する粘度ηA(20mPa・s)の比(ηA/ηB)を算出した値である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定のニュートン粘性係数を有するアルギン酸及び/又はその塩を含有するインク、該インクを用いたハイドロゲルの形成方法、並びに、該ハイドロゲルの形成方法により形成されたハイドロゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
液滴吐出ヘッドを利用する液滴吐出型印刷装置は、家庭用の印刷装置として開発された技術であり、微小液滴を高精度に吐出することができる。この種の液滴吐出ヘッドの利点は、必要な量の液滴を、必要な部分だけに吐出、着弾させるところであり、印刷装置に止まらず、工業、医療の分野でも使用され、省エネルギー、省資源など環境負荷低減にも有効である。
医療分野では、液滴吐出ヘッドから吐出される液滴のサイズがマイクロメータオーダであることから、液滴吐出ヘッドから吐出される液体(液滴)をゲル化させ、マイクロビーズを作成したものが、ドラッグデリバリーシステム(DDS)などの開発に用いられている。また、再生医療の分野では、細胞を入れた液体を液滴吐出ヘッドから吐出し、ゲル化させて、三次元構造を作る開発が行われている。
【0003】
下記特許文献1では、互いに接触するとゲル化する2種類の液体のうち、一方の液体を容器内に貯留し、この容器内の液体に向けて、他方の液体の液滴を液滴吐出ヘッドから吐出することで、一方の液体の内部にゲルを生成し、これを一次元又は二次元方向に並べて種々の形態のゲルを製造するようにしている。
また下記特許文献2では、互いに接触するとゲル化する2種類の液体を、液滴吐出ヘッドの異なるノズルから液滴として吐出し、前記2種類の液滴を同じ位置に着弾させて前記2種類の液体をゲル化し、ゲルを製造するようにしている。
これら特許文献は、ゲル化する液体としてアルギン酸塩水溶液を記載しているが、アルギン酸及び/又はその塩を含む液体をインクとして吐出する場合、吐出性(例えば、吐出安定性及び連続吐出性など)が悪く、生産性が悪かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−126459号公報
【特許文献2】特表2010−125403号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らは上記のような背景技術を鑑み、ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を含有するインクを液滴吐出ヘッドから吐出し、ゲル化させてハイドロゲルを形成することを検討していた。このようなハイドロゲルは、細胞接着性に優れた、ペプチド結合を有する化合物又はグリコサミノグリカンを少なくとも含有するため、例えば再生医療分野における足場材料(Scaffold)としての利用が期待できるからである。
【0006】
アルギン酸及び/又はその塩を含む液体をインクとして吐出する場合、吐出性が悪いことは上記した通りであるが、本発明者らは上述のようなハイドロゲルの形成の検討を進めるにつれて、アルギン酸及び/又はその塩とペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物とをハイブリッドしたインクは吐出性が極めて悪いことを見出した。これはアルギン酸の分子内又は分子間相互作用が非常に強いことが原因であると推定される。更に、そのようなインクの吐出性を改善するために、インク中のアルギン酸及び/又はその塩の濃度を低くすると、アルギン酸及び/又はその塩の濃度が低いために、充分なゲル化が生じないことを見出した。
そこで、ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物とハイブリッドさせるアルギン酸及び/又はその塩として、特定のニュートン粘性係数を有するアルギン酸及び/又はその塩を使用することで、良好なゲル形成性と良好なインクの吐出性(例えば、吐出安定性及び連続吐出性など)とを両立することを可能にした。
【0007】
すなわち、本発明は、このような事情に鑑みなされたもので、ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を含有するインクであって、良好なゲル形成性と良好なインクの吐出性(例えば、吐出安定性及び連続吐出性など)とを両立可能なインク、該インクを用いたハイドロゲルの形成方法、並びに、該ハイドロゲルの形成方法により形成されたハイドロゲルを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は以下のとおりである。
【0009】
〔1〕
(1)ニュートン粘性係数が0.90以上1.10以下である、アルギン酸及び/又はその塩、
(2)水、並びに
(3)ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を含有するインク。
ここで前記ニュートン粘性係数は、せん断速度10(1/sec)での粘度ηAが20mPa・sとなるように前記アルギン酸及び/又はその塩に水を加えて、前記アルギン酸及び/又はその塩の水溶液を作成し、該アルギン酸及び/又はその塩の水溶液の、せん断速度1000(1/sec)での粘度ηBを測定し、粘度ηBに対する粘度ηA(20mPa・s)の比(ηA/ηB)を算出した値である。
〔2〕
インク全量に対する前記アルギン酸及び/又はその塩の濃度が、0.2質量%以上1.0質量%以下である、上記〔1〕に記載のインク。
〔3〕
前記アルギン酸及び/又はその塩に対する、前記ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物のインク中の含有量比が、質量比で1.0以上である、上記〔1〕又は〔2〕に記載のインク。
〔4〕
粘度が1cP以上10cP以下である、上記〔1〕〜〔3〕のいずれか一項に記載のインク。
〔5〕
水の含有量が90質量%以上である、上記〔1〕〜〔4〕のいずれか一項に記載のインク。
〔6〕
更に、グリセリンを含有し、水及びグリセリンの含有量の合計が90質量%以上である、上記〔1〕〜〔5〕のいずれか一項に記載のインク。
〔7〕
前記ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物が、ゼラチン、コラーゲン、ヒアルロン酸及びコンドロイチン硫酸からなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物である、上記〔1〕〜〔6〕のいずれか一項に記載のインク。
〔8〕
前記ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物が、ゼラチン及びコラーゲンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物である、上記〔1〕〜〔7〕のいずれか一項に記載のインク。
〔9〕
前記アルギン酸及び/又はその塩の前記ニュートン粘性係数が、1.02以上1.04以下である、上記〔1〕〜〔8〕のいずれか一項に記載のインク。
〔10〕
上記〔1〕〜〔9〕のいずれか一項に記載のインクをインクジェット法で吐出し、アルカリ土類金属塩水溶液に打滴することを含む、ハイドロゲルの形成方法。
〔11〕
上記〔10〕に記載のハイドロゲルの形成方法により形成されたハイドロゲル。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を含有するインクであって、良好なゲル形成性と良好なインクの吐出性(例えば、吐出安定性及び連続吐出性など)とを両立可能なインクが提供される。
また本発明によれば、該インクを用いたハイドロゲルの形成方法、並びに、該ハイドロゲルの形成方法により形成されたハイドロゲルが提供される。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、(1)ニュートン粘性係数が0.90以上1.10以下である、アルギン酸及び/又はその塩、
(2)水、並びに
(3)ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物
を含有するインクに関する。
ここで前記ニュートン粘性係数は、せん断速度10(1/sec)での粘度ηAが20mPa・sとなるように前記アルギン酸及び/又はその塩に水を加えて、前記アルギン酸及び/又はその塩の水溶液を作成し、該アルギン酸及び/又はその塩の水溶液の、せん断速度1000(1/sec)での粘度ηBを測定し、粘度ηBに対する粘度ηA(20mPa・s)の比(ηA/ηB)を算出した値である。
【0012】
本発明のインクにより、良好なゲル形成性と良好なインクの吐出性(例えば、吐出安定性及び連続吐出性など)とを両立できる理由は定かではないが以下のように推定される。
上述のニュートン粘性係数が0.90以上1.10以下である、アルギン酸及び/又はその塩は、アルギン酸の分子内又は分子間での相互作用が弱いため、インクジェット法などによる吐出に適用した際に大きなせん断応力が掛けられた場合でも高分子化しにくいという性質を有する。本発明のインクは、このような特定の数値範囲のニュートン粘性係数を有するアルギン酸及び/又はその塩と、ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物とを含有するが、インク中を安定的に圧力が伝わり、吐出性が良好となるため、良好なゲル形成性と良好なインクの吐出性とが同時に達成されるものと考えられる。
本発明のインクは、ハイドロゲル形成用インクとして好ましく使用できる。
以下に、本発明のインクに使用する材料について説明する。
【0013】
(1)ニュートン粘性係数が0.90以上1.10以下である、アルギン酸及び/又はその塩
本発明のインクは、ニュートン粘性係数が0.90以上1.10以下である、アルギン酸及び/又はその塩を含有していることを特徴としている。ここで、ニュートン粘性係数とは、上述のようにして算出したηA/ηBの値である。
ニュートン粘性係数は、アルギン酸及び/又はその塩の固有の値である。ニュートン粘性係数が0.90以上1.10以下である、アルギン酸及び/又はその塩は、水溶液等にした際に、ニュートン流動を示す傾向が高い。ニュートン流動とはニュートンの粘性法則に従った流動をいい、具体的には、流れのせん断応力(接線応力)と流れの速度勾配(ずり速度、せん断速度)とが比例した粘性の性質を持つ流体の流動を意味する。アルギン酸及び/又はその塩が、上記特定の数値範囲のニュートン粘性係数を有することで、良好なゲル形成性と良好なインクの吐出性(例えば、吐出安定性及び連続吐出性など)に寄与すると考えられる。
なおアルギン酸及び/又はその塩の粘度は、Anton Paar社製 PhysicaMCR302等により測定することができる。
ニュートン粘性係数(ηA/ηB)は、吐出性の理由から、0.93以上1.07以下であることが好ましく、0.95以上1.05以下であることがより好ましく、1.02以上1.04以下であることが最も好ましい。
【0014】
上述のニュートン粘性係数が0.90以上1.10以下である、アルギン酸及び/又はその塩は市販品として入手可能であり、例えば(株)キミカ製のアルギン酸ナトリウムULV−L3、ULV−L3G及びULV−L5等が挙げられる。これらの中でも(株)キミカ製のアルギン酸ナトリウムULV−L3及びULV−L3Gが吐出性の理由から好ましい。
これら上述のニュートン粘性係数が0.90以上1.10以下である、アルギン酸及び/又はその塩は、1種単独で使用しても良いが、2種以上を組み合わせて使用することも好ましい形態である。
【0015】
本発明のインクに使用される上記アルギン酸及び/又はその塩に用いられる塩としては、一価の塩であれば問題なく使用できるが、アルカリ金属塩であるナトリウム塩、カリウム塩が好ましく例示でき、ナトリウム塩が特に好ましい。
このようなアルギン酸及び/又はその塩の本発明のインクにおける濃度(すなわち、インク全量に対する上記アルギン酸及び/又はその塩の濃度)は、0.2質量%以上1.3質量%以下が好ましく、0.2質量%以上1.0質量%以下がより好ましく、0.3質量%以上0.7質量%以下が更に好ましい。インク中における上記アルギン酸及び/又はその塩の濃度をこのような範囲にすることにより、良好なゲル形成性と良好なインクの吐出性とがより好適な水準で両立できる。
【0016】
なおインク(インク組成物)から、該インク中に含有されるアルギン酸及び/又はその塩のニュートン粘性係数を算出することもできる。そのためには、例えば以下の方法が用いられる。GPC(ゲルろ過クロマトグラフィー)等の公知の分析方法を用いてインク中のアルギン酸及び/又はその塩の分子量及び、マンヌロン酸とグルロン酸の比率を特定し、該アルギン酸の粘度をAnton Paar社製 PhysicaMCR302等の測定器にて測定することで算出することが出来る。
【0017】
(2)水
本発明のインクは、水を含有している。本発明のインク中の水とは、例えば上記市販品のアルギン酸及び/又はその塩に予め含まれる水のみならず、別途インク中に添加した水をも包含するものである。
本発明のインクにおける水の含有量は90質量%以上であることが好ましく、93質量%以上であることがより好ましく、95質量%以上であることが特に好ましい。また本発明のインクにおける水の含有量は好ましくは99.5質量%以下であり、より好ましくは99.0質量%以下である。
【0018】
(3)ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物
本発明のインクは、ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を含有している。ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンは、細胞接着性に優れるという性質を有している。
ペプチド結合を有する化合物としては、ペプチド結合(アミド結合のうちアミノ酸同士が脱水縮合して形成される結合)を有する化合物である限り特に制限されないが、タンパク質、タンパク質を主成分とする混合物等が挙げられ、具体的にはゼラチン、コラーゲン、フィブロネクチン、フィブリリン等が好ましく挙げられる。このうち、ゲル構造化の容易性の観点から、ゼラチン、コラーゲンがより好ましく、ゼラチンが特に好ましい。
グリコサミノグリカンとしては、長鎖の通常枝分かれがみられない多糖であり、従来公知のものが使用できる。グリコサミノグリカンは塩の状態であってもよく、例えばナトリウム塩が好ましく挙げられる。グリコサミノグリカンとして、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、ケラタン硫酸、ヘパラン硫酸、ヘパリン等が好ましく挙げられ、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸がより好ましい。
【0019】
本発明のインクは、ペプチド結合を有する化合物を少なくとも含有することが、細胞接着性の観点から好ましい。
本発明のインクに使用されるペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物としては、ゼラチン、コラーゲン、ヒアルロン酸及びコンドロイチン硫酸からなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物であることが好ましく、ゼラチン及びコラーゲンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物であることがより好ましい。
【0020】
本発明のインク中のペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物の含有量は、0.1質量%以上10.0質量%以下が好ましく、0.3質量%以上7.0質量%以下がより好ましく、0.5質量%以上5.0質量%以下が更に好ましい。
また本発明のインクにおいて、上述のアルギン酸及び/又はその塩に対する、ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物のインク中の含有量比が、質量比で1.0以上であることが細胞接着性の理由から好ましい。前記含有量比は、質量比で2.0以上であることがより好ましく、質量比で3.0以上であることが特に好ましい。また前記含有量比は、質量比で10.0以下であることが好ましい。
【0021】
(4)添加剤
本発明のインクは、上述の各成分の他に、必要に応じて公知の乾燥防止剤、粘度調製剤、防腐剤、界面活性剤等を添加剤として添加することができる。
本発明のインクは、更に、グリセリンを含有することが好ましい。グリセリンを含有することで、インクの粘度を好適な範囲に調整することが可能となるだけでなく、水の蒸発を防止することができるからである。本発明のインクは、グリセリンを含有すると共に、水及びグリセリンの含有量の合計が90質量%以上であることが連続吐出性を良好にすることから好ましい。水及びグリセリンの含有量の合計は、93質量%以上であることがより好ましく、95質量%以上であることが特に好ましい。また本発明のインクにおける水及びグリセリンの含有量の合計は好ましくは99.5質量%以下であり、より好ましくは99.0質量%以下である。
本発明のインクがグリセリンを含有する場合、グリセリンの含有量は5質量%〜50質量%が好ましく、10質量%〜30質量%がより好ましい。
【0022】
本発明のインクの粘度は1cP以上20cP以下であることが好ましく、1cP以上15cP以下であることがより好ましく、1cP以上10cP以下であることが更に好ましい。インクの粘度をこのような範囲とすることで、吐出性がより安定となることから好ましい。
また、インクの表面張力は、インクジェット吐出時の安定性、インクの保存安定性の観点から、30〜60mN/mが好ましく、30〜50mN/mがより好ましく、30〜40mN/mが更に好ましい。
また本発明のインクは、アルギン酸及び/又はその塩として、上述のニュートン粘性係数が0.90以上1.10以下である、アルギン酸及び/又はその塩のみを含有することが好ましい。すなわち、本発明のインクは、上述のニュートン粘性係数が0.90以上1.10以下の範囲外である(すなわち、ニュートン流動を示す傾向が低い)アルギン酸及び/又はその塩を含有しないことが好ましい。インク中に非ニュートン流体のアルギン酸及び/又はその塩を含有しないことが、良好なインクの吐出性を得る観点から好ましい。
【0023】
(ハイドロゲルの形成方法)
本発明は、上記本発明のインクをインクジェット法で吐出し、アルカリ土類金属塩水溶液に打滴することを含む、ハイドロゲルの形成方法にも関する。
このような方法により、アルギン酸及び/又はその塩を含有する本発明のインクと、アルカリ土類金属塩水溶液とが混合されることでハイドロゲルが形成される。
【0024】
アルカリ土類金属塩水溶液に含まれるアルカリ土類金属塩としては、塩化カルシウムや塩化バリウムを例示することができる。アルカリ土類金属塩水溶液中のアルカリ土類金属塩の濃度は、特に限定されないが、5質量%〜20質量%が好ましい。
【0025】
「インクジェット法」とは、ノズル(以下、「インクジェットノズル」に連通するインクキャビティ内の圧力を増大させて、インクジェットノズルから液滴を噴射する方法であって、インクキャビティ内の圧力を電気パルス信号により制御するものである。インクジェット法は、いわゆるインクジェットプリンターに採用されている方式であり、それ自体周知である。なお、「インクジェット」という語が、プリンターの分野において確立されているので、本願明細書及び特許請求の範囲においても「インクジェット」という語を用い、噴射される液体を「インク」と記載する場合もある。
インクキャビティ内の圧力を電気パルス信号により増大させる方式としては、インクキャビティの一部を圧電素子で形成し、この圧電素子に電気パルス信号を与えて圧電素子を変形させることによりインクキャビティを変形させ、インクキャビティの容積を減少させてインクキャビティ内の圧力を瞬時に高める方式や、インクキャビティ内のインクを電気パルス信号で加熱してインクの一部を気化させ、インクの蒸気によってインクキャビティ内の圧力を瞬時に高める方式等があるが、本願発明では、これらのいずれの方式をも採用することができる。なお、インクキャビティはインクタンクに連通しており、インクの噴射によりインクキャビティ内のインクが減少すると、インクタンクからインクが補充される。インクジェット法によれば、液滴の大きさは電気パルス信号により制御されるので、均一な大きさの液滴が噴射される。
【0026】
本発明のハイドロゲルの形成方法においては、インクの乾燥を抑えるため、上記本発明のインクのインクジェット吐出温度を20〜45℃とすることが好ましく、25℃〜35℃とすることが更に好ましく、25℃〜30℃とすることが特に好ましい。
【0027】
本発明のハイドロゲルの形成方法においては、上記本発明のインクのインクジェット法による液滴の吐出量が、5〜25plであることが好ましく、5〜20plであることが更に好ましく、5〜15plであることがゲル形成性の観点から特に好ましい。
【0028】
本発明の方法においては、市販のインクジェットプリンターのインク噴射機構(インクジェットノズル、インクキャビティ、インクタンク、これらを連絡するインク通路、電気制御回路等を含む)をそのまま用いることができる。市販のインクジェットプリンターでは、通常、インクジェットヘッドは複数のインクジェットノズルを具備するが、本発明においても複数のインクジェットノズルから同時にインクを噴射することが生産性向上の観点から好ましい。また、市販のカラーインクジェットプリンターでは、少なくとも黒色、シアン、マゼンダ、イエローの4色のインクがそれぞれ異なるインクタンクに収容され、それぞれ異なるインクジェットノズルから噴射されるが、本発明においても、このようなカラーインクジェットプリンターの噴射機構を好ましく用いることができる。
【0029】
上記ハイドロゲルの形成方法としては、例えば特開2008−126459号公報に記載されるように、アルカリ土類金属塩水溶液を容器内に貯留し、この容器内の水溶液に向けて、本発明のインクの液滴をインクジェットノズルから吐出することで、アルカリ土類金属塩水溶液の内部にゲルを生成し、これを一次元又は二次元方向に並べて種々の形態のゲルを製造する方法であってもよいし、例えば特開2010−125403号公報に記載されるように、本発明のインク及びアルカリ土類金属塩水溶液の両方をインクジェットヘッドの異なるインクジェットノズルから液滴として吐出し、2種類の液滴を同じ位置に着弾させて前記2種類の液体をゲル化し、ゲルを製造する方法であってもよい。
すなわち、本発明のハイドロゲルの形成方法としては、特開2008−126459号公報に記載のゲルの製造方法、及び、特開2010−125403号公報に記載のゲルの製造方法がそれぞれ適用可能であり、好ましい範囲も同様である。
【0030】
(ハイドロゲル)
本発明は、本発明のハイドロゲルの形成方法により形成されたハイドロゲルにも関する。
本発明の方法によれば、任意の一次元、二次元又は三次元構造を有するハイドロゲルを形成することができる。ここで、一次元構造は、直線状、二次元構造は、シート状又は曲線状、三次元構造は立体状の構造を意味する。
本発明のハイドロゲルは、細胞接着性に優れたペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を含有するため、例えば再生医療分野における足場材料(Scaffold)としての利用が期待される。
【0031】
上記本発明の方法によりゲルを形成した後、溶かすことができる。本発明のようなアルギン酸ゲルの場合、クエン酸やEDTAなどのカルシウムキレート剤を加えると、カルシウムイオンが奪われて、アルギン酸ゲルはまた溶けてしまうことが知られている。従って、本発明の方法により一次元、二次元又は三次元構造を有するゲルを形成した後にゲルを溶かせば、打ち出したペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物のみをその空間に残すことも可能になる。
【実施例】
【0032】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲はこれによっていささかも限定して解釈されるものではない。
【0033】
〔実施例1〜10、比較例1〜5〕
表1に示す処方の材料を用いて、各実施例及び比較例で用いるインクを調製した。調製したインクについて、以下に記載する方法で吐出安定性、連続吐出性及びゲル形成性を評価した。評価結果を表1に示した。また調製したインクの粘度の測定を、Anton Paar社製 PhysicaMCR302により行い、その結果も表1に示した(インクの粘度の単位はcP)。
なお、表1に示した各材料は以下のとおりである。表中の数値はインク全量における各材料の質量%を意味する。なお表1中、材料の質量%が記載されていない場合、(すなわち空欄となっている場合)は、当該材料がインク中に含有されないことを表す。更に、アルギン酸ナトリウムに対する、ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンのインク中の含有量比(質量比)も表1中に合わせて示した。
【0034】
アルギン酸ナトリウム ULV−L3 ((株)キミカ製)
アルギン酸ナトリウム ULV−L3G ((株)キミカ製)
アルギン酸ナトリウム IL−2 ((株)キミカ製)
アルギン酸ナトリウム80〜120 (和光純薬工業(株)製)
アルギン酸ナトリウム300〜400 (和光純薬工業(株)製)
ゼラチンAP ((株)ニッピ製)
マイクロヒアルロン酸FCH (キッコーマンバイオケミファ(株)製)
コンドロイチン硫酸Cナトリウム (和光純薬工業(株)製)
グリセリン (大洋製薬(株)製)
【0035】
また、使用したアルギン酸ナトリウムについて、以下の方法で測定したニュートン粘性係数を表1に示した。
【0036】
<ニュートン粘性係数の測定>
せん断速度10(1/sec)での粘度ηAが20mPa・sとなるようにアルギン酸ナトリウムに水を加えて、アルギン酸ナトリウムの水溶液を作成した。このアルギン酸ナトリウムの水溶液の、せん断速度1000(1/sec)での粘度ηBを測定し、粘度ηBに対する粘度ηA(ηAは20mPa・s)の比(すなわち、ηA/ηB)をニュートン粘性係数として算出した。
なおアルギン酸ナトリウムの水溶液の粘度の測定は、Anton Paar社製 PhysicaMCR302により行った。
ニュートン粘性係数(ηA/ηB)が0.90以上1.10以下の範囲となるアルギン酸ナトリウムを、ニュートン流動を示すアルギン酸ナトリウムとした。すなわち、アルギン酸ナトリウムULV−L3及びULV−L3G(共に(株)キミカ製)がニュートン流動を示すアルギン酸ナトリウムであった。
【0037】
<吐出安定性>
以下の方法に従って吐出安定性について評価した。
具体的には、富士フイルムDimatix社製インクジェットプリンターDMP−2831を用い、調製したインクを充填後パージし、10ノズルを観察し正常吐出ノズルの割合を計算した。その後、再びパージし、同様に10ノズルを観察し正常吐出ノズルの割合を計算する評価を2回繰り返し、計3回の平均を求め、評価した。
正常吐出ノズルの割合の平均が95%以上の場合を「AA」、80%以上95%未満の場合を「A」、70%以上80%未満の場合を「B」、50%以上70%未満の場合を「C」、50%未満の場合を「D」と評価した。B以上であることが実用上好ましい。
【0038】
<連続吐出性>
以下の方法に従って連続吐出性について評価した。
具体的には、富士フイルムDimatix社製インクジェットプリンターDMP−2831を用い、調製したインクを充填した。10ノズルを使用して4kHzの周波数で各インクの吐出を行い、20分後に10ノズル全てで異常なく吐出がされている場合を「A」、1〜2ノズルにおいて不吐出又は飛翔曲がりが生じている場合を「B」、3〜5ノズルにおいて不吐出又は飛翔曲がりが生じている場合を「C」、6ノズル以上で不吐出又は飛翔曲がりが生じている場合、又は、すべてのノズルで吐出開始自体が不可能な場合を「D」と評価した。B以上であることが実用上好ましい。
【0039】
<ゲル形成性>
CaCl10質量%水溶液をシャーレに充填した。調製したインクを充填した富士フイルムDimatix社製インクジェットプリンターDMP−2831を用い、28℃の温度で10plの液滴の吐出量で吐出を行い、シャーレ上にインクを吐出して、前記CaCl10質量%水溶液に該インクを打滴し、1mm(幅)×7mm(長さ)のハイドロゲルのラインを形成した。
ハイドロゲルのライン幅の変動割合((最大幅−最小幅)/最小幅(%))を測定し、ゲル形成性を評価した。
ライン幅の変動について、5%以下の変動割合の場合を「AA」、5%より大きく10%以下の変動割合の場合を「A」、10%より大きく20%以下の変動割合の場合を「B」、評価不能な場合(すなわち、ハイドロゲルが形成出来なかった場合)を「C」と評価した。A以上であることが実用上好ましい。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【0042】
表1の結果から明らかのように、上述のニュートン粘性係数が0.90以上1.10以下であるアルギン酸ナトリウム、水、並びに、ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を含有する実施例1〜10のインクは、吐出安定性、連続吐出性及びゲル形成性の全てが良好であった。
一方で、ニュートン粘性係数が1.10より大きいアルギン酸ナトリウムを使用した比較例1〜4のインクは、ゲル形成性は良好であったものの、吐出安定性及び連続吐出性に問題があった。また比較例1のアルギン酸ナトリウムの濃度を薄めて使用した比較例5のインクは、吐出性が僅かに改善されたものの、ハイドロゲルが形成出来なかった。
以上より、ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を含有するインクを使用してハイドロゲルを形成する場合に、アルギン酸及び/又はその塩のうち、上記特定の数値範囲のニュートン粘性係数を有するアルギン酸及び/又はその塩を使用することで、良好なゲル形成性を有する濃度でアルギン酸及び/又はその塩を含むインクであっても、良好なインクの吐出性(例えば、吐出安定性及び連続吐出性など)が同時に達成された。
このような本発明のインクを用いて形成されたハイドロゲルは、細胞接着性に優れたペプチド結合を有する化合物又はグリコサミノグリカンを少なくとも含有するため、再生医療分野において利用できるものと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)ニュートン粘性係数が0.90以上1.10以下である、アルギン酸及び/又はその塩、
(2)水、並びに
(3)ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を含有するインク。
ここで前記ニュートン粘性係数は、せん断速度10(1/sec)での粘度ηAが20mPa・sとなるように前記アルギン酸及び/又はその塩に水を加えて、前記アルギン酸及び/又はその塩の水溶液を作成し、該アルギン酸及び/又はその塩の水溶液の、せん断速度1000(1/sec)での粘度ηBを測定し、粘度ηBに対する粘度ηA(20mPa・s)の比(ηA/ηB)を算出した値である。
【請求項2】
インク全量に対する前記アルギン酸及び/又はその塩の濃度が、0.2質量%以上1.0質量%以下である、請求項1に記載のインク。
【請求項3】
前記アルギン酸及び/又はその塩に対する、前記ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物のインク中の含有量比が、質量比で1.0以上である、請求項1又は2に記載のインク。
【請求項4】
粘度が1cP以上10cP以下である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のインク。
【請求項5】
水の含有量が90質量%以上である、請求項1〜4のいずれか一項に記載のインク。
【請求項6】
更に、グリセリンを含有し、水及びグリセリンの含有量の合計が90質量%以上である、請求項1〜5のいずれか一項に記載のインク。
【請求項7】
前記ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物が、ゼラチン、コラーゲン、ヒアルロン酸及びコンドロイチン硫酸からなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物である、請求項1〜6のいずれか一項に記載のインク。
【請求項8】
前記ペプチド結合を有する化合物及びグリコサミノグリカンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物が、ゼラチン及びコラーゲンからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物である、請求項1〜7のいずれか一項に記載のインク。
【請求項9】
前記アルギン酸及び/又はその塩の前記ニュートン粘性係数が、1.02以上1.04以下である、請求項1〜8のいずれか一項に記載のインク。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか一項に記載のインクをインクジェット法で吐出し、アルカリ土類金属塩水溶液に打滴することを含む、ハイドロゲルの形成方法。
【請求項11】
請求項10に記載のハイドロゲルの形成方法により形成されたハイドロゲル。

【公開番号】特開2013−111401(P2013−111401A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−262827(P2011−262827)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】