説明

特定の高度不飽和脂肪酸が濃縮された脂肪酸組成物の製造方法

【課題】 特定の高度不飽和脂肪酸が濃縮された脂肪酸組成物の新規な製造方法の提供。
【解決手段】 飽和脂肪酸を尿素包括法により除去した後、目的とする特定の高度不飽和脂肪酸以外の不飽和脂肪酸をリパーゼにより特異的にエステル化した除去し、この特異的エステル化を2回反復する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の高度不飽和脂肪酸が濃縮された脂肪酸組成物の製造方法、及びこの方法により製造される脂肪酸組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
高度不飽和脂肪酸のエイコサペンタエン酸(以下「EPA」と称する)、ドコサヘキサエン酸(以下「DHA」と称する)は、特に、動脈硬化症、血栓症などの成人病の予防効果や抗ガン作用、学習能の増強作用などで多くの生理機能を有していることが知られ、医薬品、特定保健用食品への利用で様々な試みがなされている。しかし、最近ではこれらの他の高度不飽和脂肪酸の生理機能にも注目が集っている。
【0003】
高度不飽和脂肪酸の1種であるアラキドン酸は、血液や肝臓などの重要な器官を構成する脂肪酸の約10%程度を占めており(例えば、ヒト血液のリン脂質中の脂肪酸組成比では、アラキドン酸は11%、エイコサペンタエン酸は1%、ドコサヘキサエン酸は3%)、細胞膜の主要構成成分として膜の流動性の調節に関与し、体内の代謝で様々な機能を示す一方、プロスタグランジン類の直接の前駆体として重要な役割を果たす。特に最近は、乳幼児栄養としてのアラキドン酸の役割、神経活性作用を示す内因性カンナビノイド(2-アラキドノイルモノグリセロール、アナンダミド)の構成脂肪酸として注目されている。通常はリノール酸を富む食品を摂取すればアラキドン酸に変換されるが、成人病患者やその予備軍、乳児、老人では生合成に関与する酵素の働きが低下し、これらアラキドン酸は不足しがちとなるため、油脂(トリグリセリドの構成脂肪酸)として、直接に摂取することが望まれる。
【0004】
EPAやDHAには、魚油という豊富な供給源が存在するが、ジホモ-γ-リノレン酸(DGLA)、アラキドン酸(ARA)及び5,8,11−エイコサペンタエン酸(20:3 n-9)は、従来の油脂供給源から殆ど得ることができず、現在では微生物を発酵して得た高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として成る油脂(トリグリセリド)が一般に使用されている。例えば、アラキドン酸を構成脂肪酸として成る油脂(トリグリセリド)を産生することのできる種々の微生物を培養して、アラキドン酸を構成脂肪酸として成る油脂(トリグリセリド)を得る方法が提案されている。この中でも、特にモルティエレラ属の微生物を用いることによって、アラキドン酸高含有油脂(トリグリセリド)が得られることが知られている(特開昭63-44891、特開昭63-12290)。さらに同じモルティエレラ属の微生物の変異株を用いてジホモ-γ-リノレン酸、アラキドン酸及び5,8,11−エイコサペンタエン酸(20:3 n-9)を生産する技術が開示されている(特開平5-91887、特開平5-91888)。
【0005】
これまで、多彩な効果を示してきた高度不飽和脂肪酸ではあるが、例え微生物で作った油脂であっても、この油脂(トリグリセリド)中に含まれるアラキドン酸等の高度不飽和脂肪酸は40%を程度である。この有用性を広めるためにはもっと高度不飽和脂肪酸の濃度を高め、少量で使える形にする必要がある。このため高純度の高度不飽和脂肪酸が期待されている。
【0006】
これら高度不飽和脂肪酸の純度を工業的に高める手段としては、大規模な高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いる方法(Y.Yamamura, et.al., J.Am. Oil Chem. Soc., 74, 1435(1997))や銀との錯体形成を利用する方法(山口ら、油化学 40, 959(1991))が考案されている。しかし、製造コストの点から工業的な精製方法として採用されていない。高度不飽和脂肪酸は熱や酸化に対して非常に不安定であることから温和な条件下で反応が進行する酵素(リパーゼ)の利用も注目され、2種のリパーゼを組合せてマグロ油から90%のDHA(Y.Shimada, et.al., J.Am. Oil Chem. Soc., 74, 1441(1997))をボラージ油から98%の純度のγ−リノレン酸(18:3 n-6)(Y.Shimada, et.al., J.Am. Oil Chem. Soc., 72, 1323(1995); Y.Shimada, et.al., J.Am. Oil Chem. Soc., 75, 1581(1998))を精製している。アラキドン酸についても島田ら(島田ら 科学と工業 73, 125-130(1999))がリパーゼの非選択的加水分解と選択的なリパーゼのエステル化を組合せ検討している。その結果、n-6系高度不飽和脂肪酸が96%にまで濃縮精製されたが、アラキドン酸は81%の純度にとどまっている。これは原料油脂に混在するアラキドン酸の他のn-6系高度不飽和脂肪酸も同時に濃縮されたためである。また、n-6系高度不飽和脂肪酸やn-9系高度不飽和脂肪酸の中には、まだ、単一種の高度不飽和脂肪酸のみを濃縮する方法について検討されていないものもある。
【0007】
【特許文献1】特開平5-91887号公報
【特許文献2】特開平5-91888号公報
【非特許文献1】Y.Yamamura, et.al., J.Am. Oil Chem. Soc., 74, 1435(1997)
【非特許文献2】山口ら、油化学 40, 959(1991)
【非特許文献3】Y.Shimada, et.al., J.Am. Oil Chem. Soc., 74, 1441(1997)
【非特許文献4】Y.Shimada, et.al., J.Am. Oil Chem. Soc., 72, 1323(1995)
【非特許文献5】Y.Shimada, et.al., J.Am. Oil Chem. Soc., 75, 1581(1998)
【非特許文献6】島田ら 科学と工業 73, 125-130(1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、単一種の高度不飽和脂肪酸が高純度となるような方法については、まだ充分な検討がなされていない。
一方、市場においては、使用量を少なくするとともに、余分な脂肪酸の混入を避け、コンパクトな商品設計をするために高純度の単一種の高度不飽和脂肪酸を含有する油脂が求められている。すなわち、単一種の高度不飽和脂肪酸を高純度とする方法の検討、およびその方法により得られた高度不飽和脂肪酸を含有する油脂が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、このようなコンパクトな商品設計を実現するために、リパーゼを選択し、リパーゼ反応の組合せによってアラキドン酸に代表される高度不飽和脂肪酸を高純度化する方法およびそれを含有する組成物およびそれらを含有する食品や健康食品を提供するものである。
単一種の高度不飽和脂肪酸を高純度で含む脂肪酸組成物を得るため、例えば、真菌類が生産し炭素数20以上かつ2重結合を2個以上含む高度不飽和脂肪酸を20%以上含有する油脂(トリグリセリド)を原料にして、選択性が厳密なリパーゼのエステル化反応を中心に、数段の反応を組み合わせることにより得ることができた。
【0010】
すなわち、リパーゼの脂肪酸に対する反応性を見極めることが大切であり、混在し除去したい脂肪酸と濃縮したい脂肪酸との反応性の差が大きなリパーゼを選択することが中心であり、この選択したリパーゼによるエステル化と非特異的リパーゼによるトリグリセリドの分解、尿素包括法を組み合わせることで高純度の単一種の高度不飽和脂肪酸を含む油脂の製造方法を完成した。
【0011】
従って、本発明は、例えば微生物(特に真菌類)が生産する油脂(トリグリセリド)を原料にして、選択性が厳密なリパーゼのエステル化反応を中心に、数段の反応を組み合わせることにより得られる高純度の単一種の高度不飽和脂肪酸を含む油脂の製造方法ならびにこれら油脂を含む組成物を提供する。
【0012】
従って、本発明は、特定の高度不飽和脂肪酸の比率が50%以上である脂肪酸組成物の製造方法において、
(1)前記特定の高度不飽和脂肪酸に対する特異性が、他の高度不飽和脂肪酸に対する特異性よりも低いリパーゼ(特異的リパーゼ)を、脂肪アルコールの存在下で、前記特定の高度不飽和脂肪酸を含んで成る脂肪酸組成物に作用させることにより、前記特定の高度不飽和脂肪酸以外の脂肪酸を選択的にエステル化し;
(2)前記工程(1)で生じたエステルを除去して、前記特定の高度不飽和脂肪酸が濃縮された脂肪酸組成物を得;そして
(3)前記工程(1)において使用したリパーゼと同じリパーゼ又は異なるリパーゼを道いて、前記工程(1)及び(2)を反復する;
ことを含んで成る方法を提供する。
【0013】
上記の方法において、前記工程(1)で用いられる脂肪酸組成物は、例えば、下記の工程:
(a)前記特定の高度不飽和脂肪酸の含有する脂肪酸組成物を用意し;
(b)尿素包括法により飽和脂肪酸を除去して、高度不飽和脂肪酸が濃縮された脂肪酸組成物を得る
により得る。
【0014】
上記の方法において、前記工程(a)における原料となる脂肪酸組成物は、前記特定の高度不飽和脂肪酸を含有するエステルのリパーゼ分解又は鹸化により得る。この、エステルは、例えば、前記特定の高度不飽和脂肪酸を含有するモノグリセライド、ジグリセライド及びトリグリセライドから成る群から選択されるグリセライドであり、典型的にはトリグリセライドである。前記工程(a)において使用するリパーゼは、例えば、前記特定の高度不飽和脂肪酸とその他の脂肪酸との間で基質特異性の差が少ないリパーゼである。
【0015】
前記特異的にエステル化するために使用する脂肪アルコールは、好ましくは炭素原子数8〜16個の脂肪アルコールであり、例えば炭素原子数12個のラウリルアルコールである。
前記特定の高度不飽和脂肪酸は、例えば、n-6系高度不飽和脂肪酸、例えばアラキドン酸、ジホモ−γ−リノレン酸;n-9系高度不飽和脂肪酸、例えばミード酸である。
【0016】
前記特定の高度不飽和脂肪酸は、例えばアラキドン酸であり、この場合、前記工程(3)で使用する特異的リパーゼは、ブルクホルデリア・セパシア由来(旧分類ではシュードモナス・スペーシス(Pseudomonas sp.)由来)のリパーゼである。得られた高度不飽和脂肪酸組成物中のアラキドン酸の比率は85%以上、好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上である。
【0017】
他の例では、前記特定の高度不飽和脂肪酸が、ジホモ−γ−リノレン酸であり、この場合、前記工程(1)で使用する特異的リパーゼは、シュードモナス・アエルギノサ(Pseudomonas aeruginosa)由来のリパーゼ及び/又はカンジダ・ルゴサ(Candida rugosa)由来のリパーゼである。得られた高度不飽和脂肪酸組成物中のジホモ−γ−リノレン酸の比率が50%以上であり、好ましくは80%以上であり、更に好ましくは89%以上である。
【0018】
更に他の例では、前記特定の高度不飽和脂肪酸が、ミード酸であり、この場合、前記工程(1)で使用する特異的リパーゼは、ブルクホルデリア・セパシア(旧分類ではシュードモナス・スペーシス)由来のリパーゼである。得られた高度不飽和脂肪酸組成物中のミードの比率は50%以上であり、好ましくは80%以上であり、更に好ましくは90%以上である。
【0019】
本発明は更に、前記の方法により得られる、アラキドン酸含有脂肪酸組成物、ジホモ−γ−リノレン酸含有脂肪酸組成物及びミード酸含有脂肪酸組成物を提供する。本発明は更に、前記脂肪酸組成物を含んで成る食品、例えば健康食品、サプリメント、を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明において、高度不飽和脂肪酸とは、18個〜24個の炭素原子を有す、2個以上の二重結合を有する脂肪酸であり、好ましくは20個〜22個の炭素原子を有し、3個〜4個の二重結合を有する脂肪酸を意味する。
本発明の方法において出発原料として使用する、特定の(目的とする)高度不飽和脂肪酸を含有する脂肪酸組成物は、例えば脂肪酸エステルの鹸化又はリパーゼ分解により得られる。脂肪酸エステルは実用的には、グリセライド、モノグリセライド、ジグリセライド又はトリグリセライドであり、最も実用的には、トリグリセライドを主成分とする天然油脂である。
【0021】
原料油脂としての微生物が生産する油脂(トリグリセリド)
高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として成る油脂(トリグリセリド)を産生しうる微生物を培養する。ここでいう微生物としては、炭素数が20以上で二重結合は2以上のn-6系、n-9系またはn-3系の高度不飽和脂肪酸の少なくとも1種の高度不飽和脂肪酸を主にトリグリセリドの構成脂肪酸として産生する微生物が望ましい。
【0022】
そして、炭素数が20以上で二重結合は2以上のn-6系、n-9系またはn-3系の高度不飽和脂肪酸としては、ジホモ-γ-リノレン酸(DGLA;8,11,14-エイコサトリエン酸)、アラキドン酸(ARA;5,8,11,14-エイコサテトラエン酸)、7,10,13,16-ドコサテトラエン酸(22:4n-6)、DPAω6(4,7,10,13,16-ドコサペンタエン酸)、8,11-エイコサジエン酸、ミード酸(5,8,11-エイコサトリエン酸)、8,11,14,17-エイコサテトラエン酸(20:4 n-3)、EPA(5,8,11,14,17-エイコサペンタエン酸)、DPAn-3(7,10,13,16,19-ドコサペンタエン酸)、及びDHA(4,7,10,13,16,19-ドコサヘキサエン酸)を挙げることができる。
【0023】
従って、本発明においては、高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として成る油脂(トリグリセリド)を産生しうる微生物であればすべて使用することができる。例えば、アラキドン酸を構成脂肪酸として成る油脂(トリグリセリド)の生産能を有する微生物としては、モルティエレラ(Mortierella)属、コニディオボラス(Conidiobolus)属、フィチウム(Pythium)属、フィトフトラ(Phytophthora)属、ペニシリューム(Penicillium)属、クロドスポリューム(Cladosporium)属、ムコール(Mucor)属、フザリューム(Fusarium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ロードトルラ(Rhodotorula)属、エントモフトラ(Entomophthora)属、エキノスポランジウム(Echinosporangium)属、サプロレグニア(Saprolegnia)属に属する微生物を挙げることができる。
【0024】
モルティエレラ(Mortierella)属モルティエレラ(Mortierella)亜属に属する微生物では、例えばモルティエレラ・エロンガタ(Mortierella elongata)、モルティエレラ・エキシグア(Mortierella exigua)、モルティエレラ・フィグロフィラ(Mortierella hygrophila)、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)等を挙げることができる。具体的にはモルティエレラ・エロンガタ(Mortierella elongata)IFO8570、モルティエレラ・エキシグア(Mortierella exigua)IFO8571、モルティエレラ・フィグロフィラ(Mortierella hygrophila)IFO5941、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)IFO8568、ATCC16266、ATCC32221、ATCC42430、CBS219.35、CBS224.37、CBS250.53、CBS343.66、CBS527.72、CBS529.72、CBS608.70、CBS754.68等の菌株を挙げることができる。
【0025】
例えば、DHAを産生しうる微生物として、クリプテコデニウム(Crypthecodenium)属、スラウトキトリウム(Thrautochytrium)属、シゾキトリウム(Schizochytrium)属、ウルケニア(Ulkenia)属、ジャポノキトリウム(Japonochytrium)属又はハリフォトリス(Haliphthoros)属に属する微生物を挙げることもできる。
【0026】
これらの菌株はいずれも、大阪市の財団法人醗酵研究所(IFO)、及び米国のアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American Type Culture Collection, ATCC)及び、Centrralbureau voor Schimmelcultures(CBS)からなんら制限なく入手することができる。また本発明の研究グループが土壌から分離した菌株モルティエレラ・エロンガタSAM0219(微工研菌寄第8703号)(微工研条寄第1239号)を使用することもできる。
【0027】
本発明に使用される菌株を培養する為には、その菌株の胞子、菌糸、又は予め培養して得られた種培養液あるいは種培養より回収した菌体を、液体培地又は固体培地に接種し本培養する。液体培地の場合に、炭素源としてはグルコース、フラクトース、キシロース、サッカロース、マルトース、可溶性デンプン、糖蜜、グリセロール、マンニトール、糖化澱粉等の一般的に使用されているものが、いずれも使用できるが、これらに限られるものではない。
【0028】
窒素源としてはペプトン、酵母エキス、麦芽エキス、肉エキス、カザミノ酸、コーンスティープリカー、大豆タンパク、脱脂ダイズ、綿実カス等の天然窒素源の他に、尿素等の有機窒素源、ならびに硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム等の無機窒素源を用いることができるが、特に大豆から得られる窒素源、具体的には大豆、脱脂大豆、大豆フレーク、食用大豆タンパク、おから、豆乳、きな粉等が挙げられるが、特に、脱脂大豆に熱変性を施したもの、より好ましくは脱脂大豆を約70〜90℃で熱処理し、さらにエタノール可溶成分を除去したものを単独または複数で、あるいは前記窒素源と組み合わせて使用することができる。
【0029】
この他必要に応じて、リン酸イオン、カリウムイオン、ナトリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン以外に、鉄、銅、亜鉛、マンガン、ニッケル、コバルト等の金属イオンやビタミン等を微量栄養源として使用できる。これらの培地成分は微生物の生育を害しない濃度であれば特に制限はない。実用上、一般に炭素源は総添加量は0.1〜40重量%、好ましくは1〜25重量%、窒素源の総添加量は2〜15重量%、好ましくは2〜10重量%とするのが望ましく、より好ましくは初発の炭素源添加量を1〜5重量%、初発の窒素源添加量を3〜8重量%として、培養途中に炭素源及び窒素源を、さらにより好ましくは炭素源のみを流加して培養する。
【0030】
なお、不飽和脂肪酸の収率を増加せしめるために、不飽和脂肪酸の前駆体として、例えば、ヘキサデカン若しくはオクタデカンのごとき炭化水素;オレイン酸若しくはリノール酸のごとき脂肪酸又はその塩、復は脂肪酸エステル、例えばエチルエステル、グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル;又はオリーブ油、大豆油、なたね油、綿実油若しくはヤシ油のごとき油脂類を単独で、又は組み合わせて使用できる。基質の添加量は培地に対して0.001〜10%、好ましくは0.5〜10%である。またこれらの基質を唯一の炭素源として培養してもよい。
【0031】
高度不飽和脂肪酸を産生する微生物の培養温度は使用する微生物によりことなるが、5〜40℃、好ましくは20〜30℃とし、また20〜30℃にて培養して菌体を増殖せしめた後5〜20℃にて培養を続けて不飽和脂肪酸を生産せしめることもできる。このような温度管理によっても、生成脂肪酸中の高度不飽和脂肪酸の割合を上昇せしめることができる。培地のpHは4〜10、好ましくは5〜9として、通気攪拌培養、振盪培養、固体培養、又は静置液体培養を行う。本培養は通常2〜30日間、好ましくは5〜20日間、より好ましくは5〜15日間行う。
【0032】
モルティエレラ属モルティエレラ亜属に属する微生物は、アラキドン酸を主たる構成脂肪酸として成る油脂(トリグリセリド)を産生しうる微生物として知られているが、本発明者らは、上記菌株に変異処理を施すことによって、ジホモ-γ-リノレン酸を主たる構成脂肪酸としてなる油脂(トリグリセリド)を産生しうる微生物(特開平5-91887)や、n-9系高度不飽和脂肪酸を主たる構成脂肪酸としてなる油脂(トリグリセリド)を産生しうる微生物を(特開平5-91888)得ている。さらに、高濃度の炭素源に耐性を有する微生物(WO 98/39468)も得ており、これら微生物は、モルティエレラ属モルティエレラ亜属の微生物である。しかし、本発明はモルティエレラ属モルティエレラ亜属に属する微生物に限定しているわけではなく、高度不飽和脂肪酸を構成脂肪酸として成る油脂(トリグリセリド)を産生しうる微生物を用いることができる。
【0033】
上記のように培養した微生物から、粗油を得る方法として、培養終了後、培養液をそのままかあるいは殺菌、濃縮、酸性化などの処理を施した後、自然沈降、遠心分離および/又は濾過などの常用の固液分離手段により培養菌体を得る。固液分離を助けるために、凝集剤や濾過助剤を添加してもよい。凝集剤としては、例えば、塩化アルミニウム、塩化カルシウム、アルギン、キトサンなどを使用できる。濾過助剤としては、例えば、珪藻土を使用できる。培養菌体は好ましくは、水洗、破砕、乾燥する。乾燥は、凍結乾燥、風乾、流動層乾燥、凍結乾燥などによって行うことができる。
【0034】
乾燥菌体から粗油を得る手段としては、有機溶剤による抽出法や圧搾法を用いることができるが、好ましくは窒素気流下で有機溶剤によって抽出する。有機溶剤としてはエタノール、ヘキサン、メタノール、エタノール、クロロホルム、ジクロロメタン、石油エーテル、アセトン等を用いることができ、またメタノールと石油エーテルの交互抽出やクロロホルム−メタノール−水の一層系の溶媒も用いることができる。しかしながら、粗油の取得に用いる抽出法を上記の方法に限定しているわけではなく、菌体内の油脂を効率的に抽出する手法はすべて使用することができる。例えば、超臨界抽出法なども有効な手段として使用することができる。
【0035】
有機溶剤や超臨界流体で抽出された抽出物から減圧下などの条件下で有機溶剤や超臨界流体成分を除去することにより、目的とする粗油を得ることができる。また、上記の方法に代えて湿菌体を用いてい抽出を行うことができる。この場合にはメタノール、エタノール、アセトン等の水に対して相溶性の溶媒、又はこれらと水及び/又は他の溶媒とからなる水に対して相溶性の混合溶媒を使用する。その他の手順は上記と同様である。
また、粗油だけでなく精製油脂をエステル交換の基質として用いることもできる。油脂精製工程として、脱ガム、脱酸、脱臭、脱色、カラム処理、分子蒸留、ウィンタリングなどの常法の工程を用いることができる。
【0036】
グリセライドからの脂肪酸組成物原料の調製
トリグリセライドなどのグリセライドから脂肪酸組成物原料を調製するには、例えば、鹸化又はリパーゼ分解等の方法を用いればよい。
(a)鹸化
鹸化は、水酸化ナトリウムなどの無機塩基を用いて常法に従って行えばよい。
【0037】
(b)リパーゼ分解法
この工程に用いるリパーゼは効率的に高度不飽和脂肪酸を多量に含む油脂を分解し、遊離の脂肪酸を効率的に生成する酵素であれば、特に問題なく使える。リパーゼによる加水分解反応の条件は以下の通りである。反応に加える水と原料油脂(TG)の量比は原料油脂に対して水は1/2以上であればよく、より好ましくは等量から5倍量の間、さらに好ましくは、等量から2倍量がよい。加水分解する温度も、使うリパーゼが作用できる温度であればよい。例えば、15から80℃の温度範囲があげられる。より好ましくは25-60℃、さらに好ましくは25-50℃がよい。酵素の添加量は予備的に検討し、目的の脂肪酸が遊離できる量であればよい。
【0038】
尿素包括法による飽和脂肪酸の除去
上記のようにして調製した脂肪酸組成物原料には、特定の目的とする高度不飽和脂肪酸を含めての不飽和脂肪酸のほかに、飽和脂肪酸も含まれているので、特定の目的とする高度不飽和脂肪酸を濃縮するに先立って、飽和脂肪酸を除去する。このための方法としては特に限定するものではないが、例えば、一般的に飽和脂肪酸の除去に用いられている尿素包括法(H.Traitler, et.al., J.Am. Oil Chem. Soc., 75, 755(1998))を用いてもよい。この場合、使う溶媒はアルコール(エチルアルコール、メチルアルコール、プロパノール等)が好ましい。
【0039】
目的とする特定の高度不飽和脂肪酸の濃縮
目的とする特定の高度不飽和脂肪酸を濃縮するため、本発明のおいては、上記のようにして調製した不飽和脂肪酸組成物原料に含まれる不飽和脂肪酸の内、目的とする特定の高度不飽和脂肪酸以外の不飽和脂肪酸を選択的にエステル化し、生成したエステルを除去することにより、目的とする特定の高度不飽和脂肪酸を遊離(非エステル化)脂肪酸として濃縮する。
【0040】
(a)エステル化基質
エステル化基質として、脂肪酸のほかにアルコールが必要である。このアルコールとして脂肪アルコールが使用され、好ましくは炭素原子数8〜16個の脂肪アルコールが使用される。炭素原子数12個のラウリルアルコールが好ましい。エステル化を脂肪酸に関して高収率で行うには、脂肪酸に対して1以上のモル量のアルコールを使用する必要があり、例えば全脂肪酸モル量に対して2倍モル量の脂肪アルコール、例えばラウリルアルコールを使用する。
【0041】
(b)特異的リパーゼの選択
選択性が比較的高いとされるカンジダ(Candida)属微生物、特にカンジダ・ルゴサ(Candida rugosa)等、由来のリパーゼは炭素数が18以下で二重結合が2個以下の脂肪酸に特異的に作用するので、除去すべき脂肪酸の炭素原子数が20個以上の場合及び二重結合が3個以上の場合にはこのリパーゼを使用することができず、従って本願発明において使用することができない。
そこで本件発明者は、リパーゼの選択的エステル化を効率よくするため、選択的リパーゼのスクリーニングを行った。
【0042】
即ち、各種脂肪酸のいずれかと、脂肪酸に対して2倍モル量のラウリルアルコールとに、種々の入手可能な公知の食品加工用リパーゼの内の1種を作用させ、2時間の反応の後に残留脂肪酸組成を算出し、オレイン酸への酵素活性を100として、各脂肪酸に対する酵素活性の相対値を求めた。使用したリパーゼは、下記のとおりであった。
【0043】
(1)アルカリゲネス・スペーシス(Alcaligenes sp.)由来のリパーゼ(GLM)(名糖産業社製)
(2)ブルクホルデリア・セパシア(Burkholderia cepacia)〔旧名称:シュードモナス・スペーシス(Pseudomonas sp.)〕由来のリパーゼ(PS)(アマノエンザイム社製)
(3)シュードモナス・アエルギノサ(Pseudomonas aeruginisa)由来リパーゼ(LPL)(TOYOBO社製)
(4)シュードモナス・スツチェリ(Pseudomonas stutzeri)由来のリパーゼ(TL)(名糖産業社製)
(5)バークホルデリア・セパシア(Burkholderia cepacia)由来のリパーゼ(SL)(名糖産業社製)
(6)リゾプス・オリゼー(Rhizopus oryzae)由来のリパーゼ(タリパーゼ)(アマノエンザイム社製)
(7)カンジダ・ルゴサ(Candida rugosa)由来のリパーゼ(OF)(名糖産業社製)
【0044】
結果を、下記表1に示す。
【表1】

【0045】
原料の微生物が生産した油脂の脂肪酸組成を前もって測定し、どの脂肪酸を除去したいかを明確にしたとき、上の表で示したリパーゼの内どの種類のリパーゼを使用すべきかが決まってくる。例えば、アラキドン酸を高含有する微生物油脂にはアラキドン酸の他に、DGLAやGLAが含まれている。先に述べたカンジダ・ルゴサ(Candida rugosa)のリパーゼはアラキドン酸とDGLA及びGLAに対する反応性はほぼ同等であり、この反応でアラキドン酸からDGLAやGLAを分別することは出来ない。
【0046】
一方、ブルクホルデリア・セパシア(Burkholderia cepacia)〔旧名称:シュードモナス・スペーシス(Pseudomonas sp.)〕由来のリパーゼの反応性は、アラキドン酸とDGLA及びGLAとの間で大きく異なり、アラキドン酸に対する反応性はほぼ1/10である。この差を利用することで選択性が生まれ、高純度のアラキドン酸が得られることになる。従って、アラキドン酸の濃縮のためには、シュードモナスPseudomonas)属に由来し、アラキドン酸に対してよりもDGLA及びGLAに対して高い特異性を示すリパーゼが好ましい。
【0047】
また、微生物が作るDGLA含有油脂からDGLAを高純度化する場合には、別のリパーゼを使えばよい。DGLA含有油脂にはアラキドン酸がほとんど含まれず、除去する脂肪酸はGLAやリノール酸であり、DGLAとこれら脂肪酸との反応性が違うものはシュードモナス・アエルギノサ(Pseudomonas aeruginosa)由来のリパーゼであり、この酵素を選択的エステル化に用いることにより、DGLAの高純度化することが出来る。更に、DGLAの濃縮には、カンジダ・ルゴサ(Candida rugosa)由来のリパーゼも好ましい。従って、DGLAの濃縮には、シュードモナス・アエルギノサ(Pseudomonas aeruginosa)由来のリパーゼであって、DGLAに対してよりもGLAやリノール酸に高い特異性を有するリパーゼが好ましい。更に、カンジダ・ルゴサ(Candida rugosa)属由来のリパーゼも好ましい。これらのリパーゼは組み合わせて使用するのが好ましい。
【0048】
ミード酸の濃縮に当っては、ブルクホルデリア・セパシア(旧名称:シュードモナス・スペーシス)由来のリパーゼを用いるのが好ましい。
【0049】
エステル化された脂肪酸の除去
エステル化された脂肪酸は、当該エステル化された脂肪酸と目的とする特定の高度不飽和脂肪酸との理化学的性質の相違を利用して、エステルと遊離脂肪酸との間の分離に用いる常法を用いることができる。具体的には蒸留、溶剤抽出などを用いることができる。
例えば、蒸留によりエステル化された脂肪酸を蒸発除去することができる。また、ヘキサンなどの抽出溶剤を用いて、エステル化反応性生物から選択的にエステルを抽出除去すすることができる。
【0050】
濃縮された特定の高度不飽和脂肪酸の使用
上記の如く濃縮された高度不飽和脂肪酸は遊離型であり、用途に応じて分子形態を変えて使うことができる。例えば、香料のような使い方をする場合は、エチルエステル化して使ってもよいし、食用油脂に添加する場合はトリグリセライドの形にして添加しても問題ない。さらに、最近機能的に注目されているリン脂質の原料として使うことも可能である。
上記本発明の油脂、例えば、高純度のアラキドン酸、DGLA、ミード酸を含む油脂等の用途に関しては無限の可能性があり、食品、飲料、化粧品、医薬品の原料並びに添加物として使用することができる。そして、その使用目的、使用量に関して何ら制限を受けるものではない。
【実施例1】
【0051】
次に、例により、本発明をさらに具体的に説明する。しかし、本発明は、例に限定されない。
実施例1. アラキドン酸濃縮物の調製
(1)リパーゼによる分解
モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)から得られたアラキドン酸含有油(SUNTGA40S, トリアシルグリセロール)100gに200 gの水を加え、1800Uのリパーゼ(QLM:名糖産業)で40℃、72時間加水分解した。加水分解後、ヘキサンで遊離の脂肪酸を抽出し、ヘキサンをエバポレーターで除去した。
【0052】
(2)尿素包括法による飽和脂肪酸の除去
前記(1)で調製した遊離脂肪酸組成物中に含まれる長鎖の飽和脂肪酸を尿素包括法により除去した。尿素包括に用いたアルコールを除去後、次のステップの選択的エステル化反応に供した。
(3)選択的エステル化(一回目)
選択的エステル化は同じリパーゼを用い、酵素力価を変えて2段階反応で行った。1回目の選択的酵素反応は、先の尿素包括で得た遊離脂肪酸に、その2倍量(モル比)のラウリルアルコールを加え、20U の選択的リパーゼ(Lipase PS)を添加して、30℃、16時間反応を行い、不要な脂肪酸をエステル化した。
【0053】
(4)エステル化脂肪酸の除去
この脂肪酸エステルをヘキサン抽出で除去した。残った水層を塩酸で酸性にして、もう一度ヘキサンで抽出して、さらに高純度化した遊離型アラキドン酸を得た。このときのアラキドン酸の純度は表2に示すように、85.7%に達した。
【0054】
(5)選択的エステル化(2回目)
上記(4)で得た高純度のアラキドン酸を含む脂肪酸に1回目と同様の2倍量(モル比)のラウリルアルコールを加え、今回は高力価1回目より高力価である60U の選択的リパーゼ(Lipase PS)を添加して、30℃にて、16時間反応した。先の反応と同様にエステル化された脂肪酸をヘキサン抽出で除去して、残った水層から酸性条件下のヘキサン抽出で精製アラキドン酸を得た。48.9%の回収率で、96.6%の高純度の遊離型アラキドン酸を得た。実施例1で精製したアラキドン酸含有油脂の脂肪酸組成は表2に示す。
【表2】

実施例2. DGLA濃縮物の調製
(1)DGLA含有脂肪酸組成物原料の調製
モルティエレラ(Mortierella)の変異株から得られたDGLA含有油(SUNTGD, トリアシルグリセロール)100gを、40 gの水酸化ナトリウム、80 gの水、および800 mlのエタノール混液を60℃まで加温した後に加え、窒素気流下で、時々攪拌しながら60℃で20分間保温した。800 mlの水を添加した後、pHが2以下になるまで濃塩酸を加え、室温まで冷却した。ここに存在する遊離脂肪酸を3000 mlのヘキサンで抽出した後、ヘキサン層を回収し、エバポレーターで脱溶媒した結果、92.1 gの遊離脂肪酸が得られた。
【0055】
(2)尿素付加による飽和脂肪酸の除去
100 gの尿素、14 mlの水、500 mlのメタノール、および92 gの上記遊離脂肪酸を混合し、尿素と遊離脂肪酸が完全溶解するまで60℃で攪拌した。引き続き攪拌しながら、6時間かけて4℃まで徐冷した。濾過により沈殿を除去後、得られた上清画分に0.1Mの塩酸水を500 ml添加した。さらに2000 mlのヘキサンで遊離脂肪酸を抽出した後、ヘキサン層を回収し、エバポレーターで脱溶媒した。その結果、53.0 gの遊離脂肪酸が得られた。この時の酸価は187.4 mg KOH/gであった。原料油、ケン化分解後、および尿素付加後の油の脂肪酸組成を表3に記載する。
【0056】
【表3】

【0057】
尿素付加により飽和脂肪酸含量を減少させることができ、DGLA含量が59.9%にまで高められた。今後はこの尿素付加後の遊離脂肪酸をFFA-DGLA60と呼ぶことにする。
【0058】
(3)リパーゼLPLによる不要脂肪酸の選択的エステル化(1回目)
0.71 gのFFA-DGLA60、0.89 gのラウリルアルコール(LauOH、脂肪酸に対して2倍モル)、0.4 gの水、および400 UのPseudomonas aeruginosa由来リパーゼ(TOYOBO社製、リパーゼLPL)からなる混液を、30℃で攪拌しながら反応させた。同じ反応液を7本作った。2, 4, 6, 8, 10, 14, 17時間後、反応液の遠心分離により油層を回収した。この油層中の酸価の減少量からエステル化率を算出した。またヘキサン抽出により油層から未反応の遊離脂肪酸を回収し、その脂肪酸組成をガスクロマトグラフィーで分析した。結果を表4に記載する。
【0059】
【表4】

【0060】
エステル化率の上昇と共にC16:0, C18:0, C18:1, C18:2, GLA含量が減少し、DGLA含量が上昇した。これは、リパーゼLPLがC16:0, C18:0, C18:1, C18:2, GLAに作用しやすく、DGLAに作用しにくいため、未反応の遊離脂肪酸画分にDGLAが濃縮されるためである。エステル化率約60%の時、DGLA含量は最大の約82%に達した。
【0061】
前報告(島田ら、科学と工業, Vol.73, p.125-130, 1999)では、アラキドン酸(AA)含有油から、Candida rugosa由来リパーゼ (名糖産業社製、リパーゼOF)による選択的エステル化によりAAを精製している。しかし、リパーゼOFのAA、GLA、DGLAに対する作用性がほぼ同等であるため、AA、GLA、DGLAが同じ未反応遊離脂肪酸画分に濃縮された。したがって、リパーゼOFをFFA-DGLA60に作用させたとすれば、GLAとDGLAが同じ未反応遊離脂肪酸画分に濃縮されると推定される。しかし、本実施例で用いたリパーゼLPLはGLAとDGLAを区別する(GLAには良く作用するがDGLAには作用しにくい)ため、GLAの除去を行うことができた。
【0062】
リパーゼLPLを用いた選択的エステル化によりGLAを除くことはできたが、C16:0, C18:0, C18:1の除去効率はあまり良くなかった。これらの脂肪酸の除去にはリパーゼLPLよりもリパーゼOFの方の効率が良いと予測した。そこで、リパーゼLPLを用いた選択的エステル化により未反応遊離脂肪酸画分を集めた後、リパーゼOFを用いた選択的エステル化を行うことにした。
【0063】
(4)リパーゼOFによる選択的エステル化(2回目)
試料の調製:20 gのFFA-DGLA60、25 gのLauOH、11.3 gの水、および11250 UのリパーゼLPLからなる混液を、30℃で攪拌しながら7時間反応させた。この時のエステル化率は45.8%であった。反応混液から未反応遊離脂肪酸をヘキサンにより抽出し、減圧下での脱溶媒により遊離脂肪酸11.6 gを得た。この標品のDGLA含量は77.6 wt%であったので、これをFFA-DGLA78と呼ぶことにする。
【0064】
0.71 gのFFA-DGLA78、0.89 gのLauOH、0.4 gの水、および400 UのリパーゼOFからなる混液を、30℃で攪拌しながら反応させた。同じ反応液を5本作った。4, 12, 24, 48, 72時間後、反応液の遠心分離により油層を回収した。この油層中の酸価の減少量からエステル化率を算出した。またヘキサン抽出により油層から未反応の遊離脂肪酸画分を回収し、脂肪酸組成をガスクロマトグラフィーで分析した。結果を表5に記載する。
【0065】
【表5】

【0066】
リパーゼOFを用いた選択的エステル化により、C16:0, C18:0, C18:1, C18:2が除去され、DGLA含量を約90%(89.8%)にまで高めることができた。
【0067】
実施例3. ミード酸濃縮物の調製
(1)MA含有脂肪酸組成物原料の調製
モルティエレラ(Mortierella)の変異株から得られたMA含有油(SUNTGM33, トリアシルグリセロール)100gを、40 gの水酸化ナトリウム、80 gの水、および800 mlのエタノール混液を60℃まで加温した後に添加し、窒素気流下で、時々攪拌しながら60℃で20分間保温した。800 mlの水を添加した後、pHが2以下になるまで濃塩酸を加え、室温まで冷却した。ここに存在する遊離脂肪酸を3000 mlのヘキサンで抽出した後、ヘキサン層を回収し、エバポレーターで脱溶媒した結果、93.0 gの遊離脂肪酸が得られた。
【0068】
(2)尿素付加による飽和脂肪酸の除去
100 gの尿素、14 mlの水、500 mlのメタノール、および93 gの上記遊離脂肪酸を混合し、尿素と遊離脂肪酸が完全溶解するまで60℃で攪拌した。引き続き攪拌しながら、6時間かけて4℃まで徐冷した。濾過により沈殿を除去後、得られた上清画分に0.1Mの塩酸水を500 ml添加した。さらに2000 mlのヘキサンで遊離脂肪酸を抽出した後、ヘキサン層を回収し、エバポレーターで脱溶媒した。その結果、72.1 gの遊離脂肪酸が得られた。この時の酸価は187.9mg KOH/gであった。原料油、ケン化分解後、および尿素付加後の油の脂肪酸組成を表6に記載する。
【0069】
【表6】

【0070】
尿素付加によって飽和脂肪酸含量を減少させることができ、MA含量が41.2%にまで高められた。今後はこの尿素付加後の遊離脂肪酸をFFA-MA41と呼ぶことにする。
【0071】
(3)リパーPSによる選択的エステル化(1回目)
0.71 gのFFA-MA41、0.89 gのLauOH(脂肪酸に対して2倍モル)、0.4 gの水、および400 Uのシュードモナス・スペーシス(Pseudomonas sp.)由来リパーゼ(アマノエンザイム製、リパーゼPS)からなる混液を、30℃で攪拌しながら反応させた。同じ反応液を7本作った。0.5, 1, 2, 3, 4, 6, 8時間後、反応液の遠心分離により油層を回収した。この油層中の酸価の減少量からエステル化率を算出した。またヘキサン抽出により油層から未反応の遊離脂肪酸を回収し、その脂肪酸組成をガスクロマトグラフィーで分析した。結果を表7に記載する。
【0072】
【表7】

【0073】
エステル化率の上昇と共にC16:0, C18:0, C18:1, C18:2, unknown 1, 2の含量が減少し、MA含量が上昇した。これは、リパーゼPSがC16:0, C18:0, C18:1, C18:2, unknown 1, 2に作用しやすく、MAに作用しにくいため、未反応の遊離脂肪酸画分にMAが濃縮されるためである。エステル化率約60%の時、MA含量は最大の約83%に達した。
【0074】
(4)リパーゼPSによる選択的エステル化(2回目)
25 gのFFA-MA41、31 gのLauOH、14 gの水、および14000 UのリパーゼPSからなる混液を、30℃で攪拌しながら3時間反応させた。この時のエステル化率は57.6%であった。反応混液から未反応遊離脂肪酸をヘキサンにより抽出し、減圧下での脱溶媒により遊離脂肪酸11.4 gを得た。この標品のMA含量は79.2 wt%であったので、これをFFA-MA79と呼ぶことにする。
【0075】
0.71 gのFFA-MA79、0.89 gのLauOH、0.4 gの水、および400 UのリパーゼPSからなる混液を、30℃で攪拌しながら反応させた。同じ反応液を6本作った1, 2, 4, 7, 14, 21時間後、反応液の遠心分離により油層を回収した。この油層中の酸価の減少量からエステル化率を算出した。またヘキサン抽出により油層から未反応の遊離脂肪酸画分を回収し、脂肪酸組成をガスクロマトグラフィーで分析した。結果を表8に記載する。
【0076】
【表8】

【0077】
リパーゼPSを用いた2回目の選択的エステル化により、C16:0, C18:0, C18:1, C18:2, unknown 1, 2が除去され、MA含量を92.1%にまで高めることができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定の高度不飽和脂肪酸の比率が50%以上である脂肪酸組成物の製造方法において、
(1)前記特定の高度不飽和脂肪酸に対する特異性が、他の高度不飽和脂肪酸に対する特異性よりも低いリパーゼ(特異的リパーゼ)を、脂肪アルコールの存在下で、前記特定の高度不飽和脂肪酸を含んで成る脂肪酸組成物に作用させることにより、前記特定の高度不飽和脂肪酸以外の脂肪酸を選択的にエステル化し;
(2)前記工程(1)で生じたエステルを除去して、前記特定の高度不飽和脂肪酸が濃縮された脂肪酸組成物を得;そして
(3)前記工程(1)において使用したリパーゼと同じリパーゼ又は異なるリパーゼを用いて、前記工程(1)及び(2)を反復する;
ことを含んで成る方法。
【請求項2】
前記工程(1)で用いる脂肪酸組成物を、下記の工程:
(a)前記特定の高度不飽和脂肪酸の含有する脂肪酸組成物を用意し;そして
(b)尿素包括法により飽和脂肪酸を除去して、高度不飽和脂肪酸が濃縮された脂肪酸組成物を得る;
により得る、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(a)における脂肪酸組成物を、前記特定の高度不飽和脂肪酸を含有するエステルのリパーゼ分解又は鹸化により得る、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記エステルが、前記特定の高度不飽和脂肪酸を含有するモノグリセライド、ジグリセライド及びトリグリセライドから成る群から選択されるグリセライドである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記グリセライドが、トリグリセライドである、請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
前記工程(a)において使用するリパーゼが、前記特定の高度不飽和脂肪酸とその他の脂肪酸との間で基質特異性の差が少ないリパーゼである、請求項2〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記脂肪アルコールが、炭素原子数8〜16個の脂肪アルコールである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記脂肪アルコールが、ラウリルアルコールである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記特定の高度不飽和脂肪酸が、n-6系高度不飽和脂肪酸である請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記特定の高度不飽和脂肪酸が、n-9系高度不飽和脂肪酸である請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記特定の高度不飽和脂肪酸がアラキドン酸であり、前記工程(1)で使用する特異的リパーゼが、ブルクホルデリア・セパシア(Burkholderia cepacia)由来のリパーゼである、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
得られた高度不飽和脂肪酸組成物中のアラキドン酸の比率が85%以上である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
得られた高度不飽和脂肪酸組成物中のアラキドン酸の比率が90%以上である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
得られた高度不飽和脂肪酸組成物中のアラキドン酸の比率が95%以上である、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記特定の高度不飽和脂肪酸が、ジホモ−γ−リノレン酸(DGLA)であり、前記工程(1)で使用する特異的リパーゼが、シュードモナス・アエルギノサ(Pseudomonas aeruginosa)由来のリパーゼ及び/又はカンジダ・ルゴサ(Candida rugosa)由来のリパーゼである、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
得られた高度不飽和脂肪酸組成物中のジホモ−γ−リノレン酸の比率が50%以上である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
得られた高度不飽和脂肪酸組成物中のジホモ−γ−リノレン酸の比率が80%以上である、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
得られた高度不飽和脂肪酸組成物中のミード酸の比率が89%以上である、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記特定の高度不飽和脂肪酸が、ミード酸であり、前記工程(1)で使用する特異的リパーゼが、ブルクホルデリア・セパシア(Burkholderia cepacia)由来のリパーゼである、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項20】
得られた高度不飽和脂肪酸組成物中のミードの比率が50%以上である、請求項19に記載の方法。
【請求項21】
得られた高度不飽和脂肪酸組成物中のミード酸の比率が80%以上である、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
得られた高度不飽和脂肪酸組成物中のミード酸の比率が90%以上である、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
請求項12〜14のいずれか1項に記載の方法により得られる、アラキドン酸含有脂肪酸組成物。
【請求項24】
請求項15〜17のいずれか1項に記載の方法により得られる、ジホモ−γ−リノレン酸含有脂肪酸組成物。
【請求項25】
請求項18〜22のいずれか1項に記載の方法により得られる、ミード酸含有脂肪酸組成物。
【請求項26】
請求項23〜25のいずれか1項に記載の脂肪酸組成物を含んで成る食品。
【請求項27】
健康食品である、請求項26に記載の食品。

【公開番号】特開2007−89522(P2007−89522A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−285578(P2005−285578)
【出願日】平成17年9月29日(2005.9.29)
【出願人】(000001904)サントリー株式会社 (319)
【出願人】(501034689)
【Fターム(参考)】