説明

球状黒鉛鋳鉄及び球状黒鉛鋳鉄の製造方法

【課題】本発明は、球状黒鉛の球状化率の高い低酸素及び低硫黄の薄肉球状黒鉛鋳鉄又一般産業用鋳鉄部品に適用することができる肉厚が2.5〜1.5mmの薄肉球状黒鉛鋳鉄を提供する。また、公知のアーク式電気炉によるエレクトロスラグ炉を利用し、酸素(O)及び硫黄(S)の組成を制御することにより球状黒鉛の球状化率の高い薄肉球状黒鉛鋳鉄を容易に製造することができる球状黒鉛鋳鉄の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る球状黒鉛鋳鉄は、酸素(O)及び硫黄(S)の組成がそれぞれ質量%で、O:25ppm以下、S:0.004〜0.015%含まれてなる。そして、本発明に係る球状黒鉛鋳鉄の製造方法は、低酸素・低硫黄の球状黒鉛鋳の製造方法において、先ず溶湯を低酸素及び低硫黄化し、次に硫黄を添加するとともに球状化処理を行い、所定の組成の球状黒鉛鋳鉄を製造することによって実施される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般産業用鋳鉄部品に適用することができる薄肉の球状黒鉛鋳鉄及び球状黒鉛鋳鉄の製造方法に係り、特に組成が低酸素及び低硫黄の球状黒鉛鋳鉄及び球状黒鉛鋳鉄の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
球状黒鉛鋳鉄は、ねずみ鋳鉄に比較して機械的性質が優れ、鋼と同等の強度を持つことから鋳鉄管、自動車部品等各種用途に使用されている。また、球状黒鉛鋳鉄は、熱処理又は合金化により一層の性能向上を図ることができることからも注目される。一方、製造コストや軽量化の観点から球状黒鉛鋳鉄がアルミニウム合金や樹脂に次第に取って代わられている分野もある。
【0003】
このような状況下にあって、薄肉球状黒鉛鋳鉄の開発によってアルミニウム合金や樹脂の進出の阻止、新たな分野の開拓をしようとする試みがなされている。例えば、特許文献1に、鋳鉄組成が、C:2.5〜4.0質量%、Si:0.5〜4.0質量%、S≦0.02質量%、Mn≦0.2質量%、P≦0.08質量%に調整した溶湯に不活性ガスを吹き込み、溶湯中の全酸素含有量を10ppm以下、好ましくは4〜6ppmの範囲に制御する薄肉球状黒鉛鋳鉄の製品の製造方法が提案されている。そして、このように溶湯中の全酸素含有量を制御することにより、溶湯中において適切に球状黒鉛を発生・成長させることができ、溶湯の流動性が向上し、肉厚が5mm以下、特に2mm以下の薄肉球状黒鉛鋳鉄を容易に製造することができることが開示されている。
【0004】
特許文献2に、真空タンク内で鋳鉄溶湯を減圧処理して脱酸すると共に脱酸剤を添加し、鋳鉄溶湯中の酸素を3massppm未満にした後、黒鉛球状化剤を添加する球状黒鉛鋳鉄の製造方法が提案されており、この製造方法によれば、厚さ3mm以下、さらには2mm以下の、高強度で延性に富んだ薄肉球状黒鉛鋳鉄を得ることができることが開示されている。
【0005】
また、特許文献3に、質量比で、C:3.0〜4.0%、Si:1.5〜3.0%、Mn::0.5%未満、P:0.05%未満、S:0.006〜0.025%未満、Mg:0.02〜0.06%、Bi:5〜60ppm、REM:20〜300ppm、残部Fe及び不可避不純物からなり、かつ、1<α≦2であるCEc=C%+αSi%なる式で示されるチル化炭素当量(CEc)に調製される薄肉球状黒鉛鋳鉄が提案されている。そして、チル化阻止には、CEc値が重要な要素であるが、SやBiの組成も最適な組成範囲があること、また、1.5≦α≦1.9とする場合に、3mm以下薄肉部の鋳放しでのチル面積率が2%以下となる薄肉球状黒鉛鋳鉄を得ることができることが開示されている。
【0006】
特許文献4に、ダクタイル鋳鉄製品の製造方法であって、当該製品の成分としてサルファを0.009から0.015重量%を含み、マグネシュウムを0.035から0.050重量%を含み、鋳型に乾燥砂を用いるダクタイル鋳鉄製品の製造方法が提案されており、マグネシウム添加量が重量%で0.045%の場合にチル化阻止効果が高くなることが開示されている。
【特許文献1】特開2006-63396号公報
【特許文献2】特開2006-45620号公報
【特許文献3】特開平8-333650号公報
【特許文献4】特開2006-175494号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これらの先行技術によると、薄肉球状黒鉛鋳鉄を得る上で、酸素(O)又は硫黄(S)の組成が重要な要素の一つであることが分かる。しかしながら、このような従来技術においては、酸素(O)及び硫黄(S)の組成に着目したものは見あたらず、特に両者の相乗効果や薄肉球状黒鉛鋳鉄を得る上でどのような組成範囲が好ましいか等について開示するものはない。
【0008】
また、特許文献1又は2に係る薄肉球状黒鉛鋳鉄の場合は、低酸素にするための特別の装置を要し、生産性に問題があると考えられる。また、特許文献3の提案に係る薄肉球状黒鉛鋳鉄の場合は、制御する要素が多く製造管理が容易でなく、特許文献4に係るダクタイル鋳鉄製品の製造方法の場合は、特に鋳型の管理もしなければならないという問題がある。
【0009】
本発明は、このような従来の問題点に鑑み、酸素(O)及び硫黄(S)の相乗効果に着目して、球状黒鉛の球状化率の高い低酸素及び低硫黄の薄肉球状黒鉛鋳鉄又肉厚が2.5〜1.5mmで一般産業用鋳鉄部品に適用され、自動車部品にも好適に使用することができる薄肉球状黒鉛鋳鉄を提供することを目的とする。また、公知のアーク式電気炉によるエレクトロスラグ溶解法を利用し、酸素(O)及び硫黄(S)の組成を制御することにより球状黒鉛の球状化率の高い薄肉球状黒鉛鋳鉄を容易に製造することができる球状黒鉛鋳鉄の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る球状黒鉛鋳鉄は、酸素(O)及び硫黄(S)の組成がそれぞれ質量%で、O:25ppm以下、S:0.004〜0.015%含まれてなる。
【0011】
本発明に係る一般産業用鋳鉄部品は、酸素(O)及び硫黄(S)の組成がそれぞれ質量%で、O:5〜20ppm、S:0.005〜0.008%含まれ、肉厚が2.5〜1.5mmで球状化率が80%以上である。
【0012】
上記の発明のように低酸素及び低硫黄にすることによって容易に、球状化率の高い薄肉球状黒鉛鋳鉄を得ることができるので、残留Mgの量は質量%で0.025%以下にすることができる。
【0013】
本発明に係る球状黒鉛鋳鉄の製造方法は、低酸素・低硫黄の球状黒鉛鋳の製造方法において、先ず溶湯を低酸素及び低硫黄化し、次に硫黄を添加するとともに球状化処理を行い、所定の組成の球状黒鉛鋳鉄を製造することによって実施される。
【0014】
この球状黒鉛鋳鉄の製造方法の発明において、溶湯の低酸素及び低硫黄化処理は、ダライ粉を用いたアーク式電気炉によるエレクトロスラグ溶解法を使用するのがよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る球状黒鉛鋳鉄は、薄肉であっても高い球状化率を有し、肉厚が2.5〜1.5mmの自動車部品等に好適に使用することができる。また、安価で軽量な一般産業用鋳鉄部品を製造することができるので、これによりアルミニウム合金や樹脂製の部品に対し取って代わることも可能である。このような薄肉、軽量の球状黒鉛鋳鉄又は一般産業用鋳鉄部品は、本発明に係る球状黒鉛鋳鉄の製造方法により容易に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、本発明に係る球状黒鉛鋳鉄の実施の形態について説明する。本発明に係る球状黒鉛鋳鉄は、酸素(O)及び硫黄(S)の組成がそれぞれ質量%で、O:25ppm以下、S:0.004〜0.015%含まれる球状黒鉛鋳鉄である。なお、この球状黒鉛鋳鉄において、酸素又は硫黄以外の成分については、公知の組成のものを使用することができる。例えば、処理後の成分組成が質量%で、C:3.3〜3.9%、Si:2.0〜3.0%、Mn:0.2〜0.6%、P:0.02〜0.15%、S:0.005〜0.015%(昭和38年日本金属学会発行、新制金属講座新版材料篇 鋳鉄)となるものを使用することができる。
【0017】
本発明において酸素(O)は、上述のようにO:25ppm以下である。このような溶湯は湯流れがよく、また、球状化処理に当たって所望の球状黒鉛鋳鉄を容易に製造することができるようになる。しかしながら、酸素量が50ppmを越えると湯流れが悪くなるので好ましくない。一方、溶湯中の溶存酸素が一般に5ppm前後あることを考慮すると、酸素量が5ppmの状態は湯流れに悪影響を与える酸化物がほとんど存在しない状態であり、本発明においては、酸素量を5ppm未満にする必要性は少ない。従って、本発明においては、酸素量は5〜25ppmであるのがよい。そして、以下に説明するように、硫黄量との関係では、酸素量は5〜20ppmであるのが好ましく、10〜20ppmであるのがより好ましい。
【0018】
本発明において、硫黄(S)は、上述のようにS:0.004〜0.015%である。好ましい範囲は、S:0.005〜0.008%である。硫黄の量をこの範囲にすることによって、上述のような低酸素の組成であっても薄肉球状黒鉛鋳鉄のチル化を阻止することができる。硫黄量が0.003%以下の場合は、このチル化阻止効果が小さく好ましくない。一方、硫黄量が0.020%を越えると鋳物巣、内部欠陥等を生じやすくなるので好ましくない。また、却ってチル化しやすくなるので好ましくない。硫黄量の調整は、業界で一般的に使用され、経済的で悪影響を与えることの少ない硫化鉄を使用するのがよい。
【0019】
このような酸素又は硫黄量の効果を図1に示す。横軸はO(酸素)量で、縦軸はS(硫黄)量を示す。A領域が本発明の範囲を示し、B領域が好ましい範囲、C領域がさらに好ましい範囲である。このC領域においては、肉厚が2.5〜1.5mm、球状化率80%以上の安定した品質の薄肉球状黒鉛鋳鉄を製造するのに好適である。すなわち、このような組成範囲は、薄肉で軽量かつ強度を要する自動車部品等を製造するのに好適である。
【0020】
また、B領域においては低酸素にするほど湯流れがよい。このため、厚肉で複雑な形状の球状黒鉛鋳鉄を製造するには、B領域の低酸素側の組成にするのが好ましい。なお、上述の酸素又は硫黄量は、球状黒鉛鋳鉄中に含まれる全酸素及び硫黄量(単独又は化合物の形態で存在するものを含む)を示す。
【0021】
このような低酸素及び低硫黄の組成にすることによって、容易に球状化率の高い球状黒鉛鋳鉄を製造することができる。このため、球状化処理剤として使用するMg量を少なくすることができる。例えば、残留Mgの量で、0.025%(質量%)以下にすることができる。
【0022】
Mnは、一般に球状黒鉛鋳鉄の靱性を低下させるので上述のような量に調整するのが好ましいとされる。しかしながら、本発明のように組成が低酸素かつ低硫黄の球状黒鉛鋳鉄の場合は、比較的高いMn量、例えば0.6〜0.7%であっても0.2〜0.4%のものに比較すれば伸びが若干低下するが、靱性低下の原因となる硫化マンガンの生成量が少なく、従来品よりは高い伸びの値を示す。
【0023】
以上、本発明に係る球状黒鉛鋳鉄、一般産業用鋳鉄部品について説明した。このような球状黒鉛鋳鉄、一般産業用鋳鉄部品は、以下に説明するダライ粉を用いたアーク式電気炉によるエレクトロスラグ溶解法により容易に製造することができる。
【0024】
図2は、ダライ粉を用いたアーク式電気炉(株式会社木下製作所製KS式アーク炉)により熔解した溶湯の出銑時の酸素量と硫黄量を示す。横軸はO(酸素)量で、縦軸はS(硫黄)量を示す。図2に示すように、溶湯中の酸素量は10〜20ppm、多くは10〜15ppmに制御されている。そして、溶湯中の硫黄量は20〜35×10-4%、多くは25〜30×10-4%に制御されている。このように、本KS式アーク炉によると、溶湯の組成を低酸素、かつ、極めて低硫黄にすることができるので、上記に説明した薄肉球状黒鉛鋳鉄を製造するには、このように調整された溶湯に硫黄等必要な成分を添加し、また、球状化処理剤を添加することにより所望の組成の球状黒鉛鋳鉄を製造することができる。硫黄の添加又は球状化処理剤の添加の順序は問わない。なお、図1又は2に示す酸素量及び硫黄量は、以下に説明する実施例1の方法と同様な方法により測定した結果を用いた。
【実施例1】
【0025】
湯流れ性試験及び薄肉チル試験を行った。湯流れ性試験は、公知の渦巻き試験により行った。渦巻き長さが、1500mm以上の場合を湯流れ良好とし、500mm未満の場合を湯流れ不良とした。渦巻き長さの全長は1960mmであった。なお、従来品の場合は、500〜1000mmであれば湯流れ良好とされる。
【0026】
薄肉チル試験は、長さ80mm、幅25mm、肉厚2mmの平板試験片を鋳込んだ後、鋳込み口と反対側の縁面から10mm内側部分を切り出して顕微鏡組織観察(倍率100倍)を行い、その組織中のセメンタイト量を測定することにより行った。セメンタイトが10%以上存在する場合をチル化していると判断した。鋳型は、CO2ガス硬化型横込め式のものを使用した。溶解は、株式会社木下製作所製KS式アーク炉を使用して行った。溶解原料としてFC系ねずみ鋳鉄のダライ粉を使用した。鋳込温度は、1420℃であった。上記試験に用いた試験片の成分組成を表1に示す。本組成は、JFEテクノリサーチ株式会社の分析試験により求めた。なお、酸素及び硫黄の分析方法は、JIS Z2613の融解―赤外線吸収法による酸素定量方法、JIS G1215の燃焼―赤外線吸収法による硫黄定量方法を使用した。
【0027】
【表1】

【0028】
湯流れ性試験の結果は、すべての試料において渦巻き長さが1960mmで、湯流れは良好であった。薄肉チル試験の結果は、すべての試料において球状化率が85%以上で緻密な組織をしており、チル化していなかった。
【実施例2】
【0029】
外径80mm、長さ300mm、肉厚2mmの薄肉パイプの製造試験を行った。鋳型、溶解炉等を含め実施例1と同様な方法で試験を行った。成分組成は、C:3.86%、Si:2.73%、Mn:0.59%、Mg:0.013%、P:0.032%、O:0.015%、S:0.006%であった。鋳込温度は、1420℃であった。
【0030】
本薄肉パイプの球状化率は90%であった。薄肉パイプの肉厚は、1.7〜2.4mmであり、その平均値は1.9mmであった。本薄肉パイプの組織写真を図3に示す。図3(a)は、腐食しない場合、図3(b)は腐食した場合の組織を示す。図3に示すように本薄肉パイプの組織は、緻密で極微細な組織をしており、球状化の程度もJIS G5502に規定する黒鉛粒の形状分類のVIに相当していることが分かる。なお、この肉厚のバラツキ精度は、造形方案を見直すことによってさらに改善できる余地があることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明における酸素又は硫黄量の効果を示すグラフである。
【図2】KS式アーク炉により溶解した溶湯の酸素量と硫黄量を示すグラフである。
【図3】実施例2の薄肉パイプの組織を示す図面である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素(O)及び硫黄(S)の組成がそれぞれ質量%で、O:25ppm以下、S:0.004〜0.015%含まれる球状黒鉛鋳鉄。
【請求項2】
酸素(O)及び硫黄(S)の組成がそれぞれ質量%で、O:5〜20ppm、S:0.005〜0.008%含まれ、肉厚が2.5〜1.5mmで球状黒鉛の球状化率が80%以上の一般産業用鋳鉄部品。
【請求項3】
Mgの組成が、質量%で0.025%以下である請求項1に記載の球状黒鉛鋳鉄又は請求項2に記載の一般産業用鋳鉄部品。
【請求項4】
低酸素・低硫黄の球状黒鉛鋳の製造方法において、先ず溶湯を低酸素及び低硫黄化し、次に硫黄を添加するとともに球状化処理を行い、所定の組成の球状黒鉛鋳鉄を製造する球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
【請求項5】
溶湯の低酸素及び低硫黄化処理において、ダライ粉を用いたアーク式電気炉によるエレクトロスラグ溶解法により溶湯の低酸素及び低硫黄化処理を行うことを特徴とする請求項4に記載の球状黒鉛鋳鉄の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−184645(P2008−184645A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−18565(P2007−18565)
【出願日】平成19年1月29日(2007.1.29)
【特許番号】特許第4059290号(P4059290)
【特許公報発行日】平成20年3月12日(2008.3.12)
【出願人】(594042000)株式会社木下製作所 (6)
【Fターム(参考)】