説明

環境耐性のある可視光応答性光触媒膜構造体および光触媒用助触媒

【課題】光触媒用の可視光応答性半導体を酸やアルカリに安定な物質で完全にコートしても、正孔および電子が外表面に到達して有機物や酸素と反応できる光触媒膜構造を提供し、当該光触媒構造に使用するのに適した、酸やアルカリに安定で且つ安価な新規助触媒を提供する。
【解決手段】導電性基板上3に光触媒用の半導体層を設け、当該半導体層を、可視光透過性で、且つ正孔伝導性を有し、親水性を増加させたりできる特定の酸化物で完全にコートするとともに、上記導電性基板上の当該半導体層とは別の位置に、助触媒層4を設けた光触媒膜構造。可視光応答性光触媒の性能を向上させる、酸性および塩基性条件でも安定な助触媒としてCuTa2O6、CuWO4、CuNb2O6、CuAlO2から選択される銅化合物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境耐性のある可視光応答性の光触媒膜構造体、および、当該光触媒膜構造体において使用するのに適した、環境耐性のある光触媒用助触媒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、太陽光や室内光によって環境汚染物質を吸着し分解除去したり、表面に付着した汚れに対してセルフクリーニング作用を示したりする光触媒が注目され、その研究が精力的に行われている。酸化チタンはその代表的なものであり強力な光触媒活性を示す。しかし、酸化チタンはバンドギャップが大きいため太陽光の大部分を占める可視光には吸収性がなく、紫外光では光触媒活性を示すが、可視光による活性を示さない。そのため太陽光を十分に利用することができず、また紫外光が極めて弱い室内では機能しないという問題があった。
【0003】
その対策として、窒素ドープなどで可視光を吸収できるようにするなどの酸化チタンの改良研究や可視光で光触媒としての活性を示す酸化チタン以外の新規な酸化物半導体の探索研究などが行われており、酸化チタンに比較してバンドギャップが小さいために可視光を吸収することができる酸化タングステンなどの可視光応答性の半導体化合物がCuOやCuBi2O4、銅イオン、白金、パラジウムなどの適切な助触媒をその表面に担持させることで可視光活性な光触媒(可視光応答性光触媒)として効率良く働くことが知られている(特許文献1等)。
【0004】
しかしながら、これらの半導体化合物および助触媒は、塩基性や酸性などの過酷な条件下では不安定な物質が多いため、応用範囲が限定されていた。例えば、酸化タングステンはアルカリ性で溶解しやすく、CuOやCuBi2O4も酸性で溶解し易い。助触媒としては白金やパラジウムなどの貴金属を使えば化学的な安定性はあるが、コストや資源的制約を考えればその使用はできれば避ける方がよい。そのため家庭の水回りなど様々な用途に利用するために、塩基性や酸性などの条件下で安定に働く安価な可視光応答性の光触媒が望まれていた。
【0005】
そこで、塩基性や酸性などの条件下で不安定な物質を安定に使うために、従来から様々な検討がなされてきた。例えば、ジルコニウム、チタン、アルミニウムなどの化合物を含んだ樹脂で光触媒表面に被膜する方法が報告されている(特許文献2)。さらに、安定性を向上させる目的で、様々な無機酸化物を光触媒分散ゾルと共存させて光触媒性コーティング組成物を製造する方法が報告されている(特許文献3)。
これらの報告にあるのは、光触媒半導体を安定な物質で被覆して保護する方法である。しかし、光触媒反応のためには、光照射で生成する正孔と電子が外表面へ到達し、そこで正孔が有機物などの反応基質を酸化分解し、電子が空気中の酸素の還元により消費されることが必要であるが、このような構造では、正孔も電子もともに同じ保護物質を通り抜けてその表面で基質や酸素と反応しなければないため電荷分離が効率的に促進されない。そのため途中で正孔と電子が再結合するなど光触媒活性が低くなる等の問題がある。
【0006】
さらに、助触媒の添加が必要となる可視光応答性光触媒の場合は、光照射によって生成した励起電子は、助触媒まで到達してその表面上で大気中から供給される酸素を還元することで消費される。そのためには助触媒は表面に露出している必要があるが、上記のような安定な物質で完全に被覆することで保護する方法の場合には助触媒の表面まで被覆してしまい、その働きを阻害する。また、保護膜の外部に助触媒を配置したのでは、助触媒は表面に露出するが可視光応答性の半導体と接触できないため生成した励起電子を効率的に受け取ることができず、電荷分離を促進できない。
【0007】
また上述のとおり、これまで報告されている酸素還元用の助触媒は、貴金属を除けば、酸やアルカリに不安定な物質がほとんどであるから、助触媒を環境雰囲気に直接開放する構造を活用するためには、環境耐性が高くて安価な、新規な助触媒を開発する必要もある。
【0008】
一方、助触媒として機能するp型半導体の表面に銀やITOなどの導電性物質をコートし、可視光応答性光触媒として機能するn型半導体に添加することにより、その光触媒活性が増加することが報告されている(非特許文献1)。このような構造では、可視光応答性半導体の光励起によって生成した励起電子が導電性物質を介して移動して電荷分離が促進されるため、光触媒活性が増加すると考えられる。また層構造の光触媒についても、導電性板状基材表面の一方の表面に光触媒層を形成すると共に他方の表面にその光触媒層の光励起で生じた励起電子と空気中の酸素との還元反応を促進する助触媒層を配置することにより導電性基板を介して電荷分離を促進し、可視光による光触媒活性を増加させる方法も報告されている(特許文献4)。これらの先行技術は、導電性物質を介して助触媒を光触媒に接続させるものであるが、光触媒の環境耐性を増加させることを目的にして助触媒の配置を工夫するために未だ用いられていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】(独)産業技術総合研究所他 特開2008−149312
【特許文献2】ヤマハリビングテック株式会社 特開2001−137711
【特許文献3】東陶機器株式会社 特開2000−160056
【特許文献4】東陶機器株式会社 特開2002−35599
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Z.Liu,M.Miyauchi,J.Phys.Chem C 2009,113,17132-17137
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、光触媒用の可視光応答性半導体を酸やアルカリに安定な物質の緻密膜で完全にコートしても、正孔および電子が外表面に到達して有機物などの反応基質や酸素とそれぞれ反応できる光触媒膜構造を提供することを第一の課題とし、また、当該光触媒構造において使用するのに適した、酸やアルカリに安定で且つ安価な新規助触媒を提供することを第二の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、導電性基板上に光触媒用の可視光応答性半導体層を設け、当該半導体層を、酸やアルカリに安定で、可視光透過性で、且つ正孔伝導性を有し、その表面上で正孔が効果的に有機物等を分解できたり、親水性を増加させたりできる特定の酸化物の緻密膜で完全にコートするとともに、上記導電性基板上の当該半導体層とは別の位置に、大気に露出した、酸やアルカリに安定な助触媒層を設けた光触媒膜構造を創案し、上記第一の課題を解決した。また、本発明者らは、光触媒の助触媒として有効に機能し、且つ酸やアルカリに安定な、環境耐性を有する一連の銅化合物を見出し、上記第二の課題を解決した。
【0013】
すなわち、この出願は、以下の発明を提供するものである。
〈1〉導電性基板上に形成した可視光応答性光触媒を環境耐性、可視光透過性および正孔伝導性を有する酸化物半導体膜で完全に被覆し、さらに大気に露出した環境耐性を有する助触媒を当該可視光応答性光触媒に当該導電性基板を介して接続してなる、光触媒膜構造体。
〈2〉環境耐性を有する助触媒が銅化合物系助触媒であることを特徴とする、〈1〉の光触媒膜構造体。
〈3〉環境耐性を有する助触媒がCuTa2O6、CuWO4、CuNb2O6、CuAlO2から選択される銅化合物助触媒であることを特徴とする、〈1〉および〈2〉の光触媒膜構造体。
〈4〉可視光応答性光触媒がタングステン酸化物であることを特徴とする、〈1〉〜〈3〉の光触媒膜構造体。
〈5〉被覆する酸化物半導体がチタン、スズ、タンタル、ニオブ、インジウム、の少なくとも1つの元素を含むことを特徴とする、〈1〉〜〈4〉の光触媒膜構造体。
〈6〉酸性および塩基性条件で安定であり、且つ可視光応答性光触媒の性能を向上させる、CuTa2O6、CuWO4、CuNb2O6、CuAlO2から選択される、環境耐性を有する銅化合物助触媒。
【発明の効果】
【0014】
本発明の光触媒膜構造体により、酸やアルカリに安定な、環境耐性のある可視光応答性光触媒膜が提供される。
本発明の光触媒膜構造体は、可視光応答性半導体からなる光触媒が環境耐性および正孔伝導性を有する可視光透過膜で緻密に覆われているので、光触媒の劣化が抑制されるとともに、膜表面の有機物質などを有効に酸化分解することができ、また、環境耐性のある助触媒が直接環境雰囲気に曝されるので、光触媒の励起により生じた電子は環境中の酸素によって効果的に還元され、これにより高い環境浄化およびセルフクリーニング特性を長期間保つことができる。また、本発明の光触媒は膜構造なので、壁面や家具の表面などに簡単に施すことができ、可視光応答性なので、室内での環境浄化・セルフクリーニングにも有効に適用できる。
また本発明の銅化合物助触媒により、安価で、且つ酸やアルカリに安定な、環境耐性のある光触媒用の助触媒が提供され、これを用いることにより、各種の環境耐性のある可視光応答性光触媒が安価に提供される。本発明の銅化合物助触媒は、それ自体が酸やアルカリに安定なので、助触媒が環境雰囲気に直接曝される本発明の光触媒膜構造体に用いるのに、特に適したものである。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1−1】導電性基板上に成膜した可視光応答性光触媒膜を保護膜で被覆し、さらに離れた位置において導電性基板を介して助触媒を接続した本発明の光触媒膜構造体(保護膜および光触媒膜に助触媒が接触していない場合)。
【図1−2】導電性基板上に成膜した可視光応答性光触媒膜を保護膜で被覆し、さらにその近傍において導電性基板を介して助触媒を接続した本発明の光触媒膜構造体(保護膜および光触媒膜に助触媒が接触していない場合)。
【図1−3】導電性基板上に成膜した可視光応答性光触媒膜を保護膜で被覆し、さらに離れた位置において導電性基板を介して助触媒を接続した本発明の光触媒膜構造体(保護膜に助触媒が接触している場合)。
【図1−4】導電性基板上に成膜した可視光応答性光触媒膜を保護膜で被覆し、さらにその近傍において導電性基板を介して助触媒を接続した本発明の光触媒膜構造体(保護膜に助触媒が接触している場合)。
【図1−5】導電性基板上に成膜した可視光応答性光触媒膜を保護膜で被覆し、さらに離れた位置において導電性基板を介して助触媒を接続した本発明の光触媒膜構造体(保護膜および光触媒膜に助触媒が接触している場合)。
【図1−6】導電性基板上に成膜した可視光応答性光触媒膜を保護膜で被覆し、さらにその近傍において導電性基板を介して助触媒を接続した本発明の光触媒膜構造体(保護膜および光触媒膜に助触媒が接触している場合)。
【図1−7】保護膜を被覆した可視光応答性光触媒膜および助触媒が導電性基板上に帯状または面状に成膜された本発明の光触媒膜構造体の実施形状。
【図1−8】保護膜を被覆した可視光応答性光触媒および助触媒が導電性基板上に島上に配置された本発明の光触媒膜構造体の実施形状。
【図2】可視光応答性光触媒WO3のアセトアルデヒド分解活性に及ぼす助触媒CuTa2O6の効果を示す図。
【図3】可視光応答性光触媒WO3のアセトアルデヒド分解活性に及ぼす助触媒CuWO4の効果を示す図。
【図4】可視光応答性光触媒WO3のアセトアルデヒド分解活性に及ぼす助触媒CuNb2Oの効果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の光触媒膜構造体を、図1−1の概念図に従って、アルカリ性条件下で溶解する酸化タングステン膜を酸化チタン膜で被覆することにより保護して環境耐性を向上させる例を用いて、説明する。
図1−1に示されるように、本発明の光触媒膜構造体は、導電性基板(3)上に成膜した可視光応答性光触媒膜(2)(酸化タングステン触媒膜等)が環境耐性および可視光透過性を有する酸化物半導体膜(1)(酸化チタン膜等)により完全に被覆され、さらに大気に露出した環境耐性を有する助触媒(4)(CuTa2O6、CuWO4等)が当該導電性基板(3)を介して当該可視光応答性光触媒に接続してなる、膜構造を有する。
図1−1において、可視光が保護膜の表面に照射されると、当該可視光は保護膜(1)を透過して、可視光応答性光触媒膜(2)に到達する。
可視光応答性光触媒膜(2)は、到達した可視光を吸収して正孔と励起電子を生成する。生成した正孔は保護膜(1)表面へ移動して、当該表面に吸着した汚染物質などを酸化分解したり、当該表面の親水性を増加させたりする。
一方、生成した励起電子は助触媒上で大気中から供給される酸素を還元することにより消費されるが、保護膜によって助触媒を含めて表面を完全に被覆すると、可視光応答性光触媒に助触媒を添加しても、助触媒上で大気中から供給される酸素を還元することが困難となる。本発明の光触媒膜構造体においては、図1−1の概念図に示すように、環境耐性のある特定の助触媒を膜構造体の表面に露出させ、導電性の基板を介して可視光応答性光触媒膜と接続させることで可視光応答性光触媒膜において生成した励起電子を助触媒に送出させ、当該助触媒上で大気中から供給される酸素の還元を行わせることにより、助触媒添加効果を発現させることができる。
【0017】
図1−1および図1−2では、可視光応答性半導体膜および保護膜は助触媒膜と直接接触しない構造をとっているが、本発明の光触媒膜構造体においては、助触媒が酸素還元を十分に速く行えるだけ空気に露出していれば、図1−3から図1−6にあるように可視光応答性半導体膜および保護膜が助触媒と直接に接触していても良い。ただし保護膜と助触媒との直接接触が広すぎるとその界面において再結合が促進される可能性があるので、最小限にする必要がある。一般に保護膜と助触媒が直接接触している場合は、助触媒に導かれた電子に関しては、空気中の酸素の還元反応と接触した保護膜との界面における正孔との再結合反応との競争になると考えられるが、酸素の還元速度が十分大きければ、再結合による影響は大きくない。
また可視光応答性半導体膜に助触媒が直接接触していると励起電子が直接助触媒へ移動できるが、本発明の光触媒膜構造体においては、可視光応答性半導体膜が保護膜により完全に被覆されており且つ助触媒が表面に露出していることが必要なので、これらの接触面積を大きくするような構造は一般に困難で、励起電子は導電性基板を介して助触媒へ移動させることが必要となる。
【0018】
本発明の光触媒膜構造体においては、導電性基板を通じて助触媒まで電子が到達できれば、図1−1、図1−3、図1−5にあるように被覆した可視光応答性半導体からある程度離れた位置(数ミリメータ〜数十センチ)に助触媒をまとめて配置することが可能である。また可視光応答性半導体から助触媒までの距離が短くなるようにするため、図1−2、図1−4、図1−6にあるように、被覆した可視光応答性半導体の近傍(〜数ミリメータ)に助触媒を配置することもできる。このような詳細な構造は使用する材料の特性、光触媒膜構造体の製造方法や用途に応じて最適となるように設計する。
また光触媒膜構造体の形状に関しては、保護膜で被覆した可視光応答性半導体と助触媒を、図1−7にあるように帯状または面状に成形することもでき、また図1−8にあるようにそれぞれを基板上に島状に成形することもできる。これらは例示であり、光触媒膜構造体の形状は使用する材料の特性、光触媒膜構造体の製造方法や用途に応じて設計することができる。
【0019】
また保護膜および助触媒の表面は吸着水で覆われていることが望ましい。反応で生じるプロトン濃度差をすみやかに緩和するためである。このため、本発明の光触媒膜構造体は、浴室や水回りなど空気中の湿度が高い条件での使用に適している。表面に水分を保持できるように、さらに構造体の表面にシリカやゼオライトなどの保湿剤、潮解性や水和し易い塩を多孔質状態でコートしてもよい。
【0020】
本発明の光触媒膜構造体において用いられる導電性基板には、一般的な導電性材料が利用できる。具体的には、ステンレスやチタンなど金属基板、ドープ酸化スズ(フッ素やアンチモンなどをドープ)、ドープ酸化亜鉛、ITO(酸化インジウムスズ)、導電性高分子などがある。本発明の光触媒膜構造体を構築する製品の表面自体が導電性を有していればそれを基板として用いることができるので理想的である。また導電性基板が表面に露出する部分がある場合は導電性基板も環境耐性が高いことが望ましい。
【0021】
本発明の光触媒膜構造体において用いられる可視光応答性半導体には、これまで報告されている様々な物質が利用できる。具体的には、酸化タングステンおよびその他のタングステン化合物、酸化鉄、酸化バナジウム、酸化ビスマスなどやそれらの複合化合物などがある。酸化チタン、酸化亜鉛、酸化スズなどのドーピング化合物(窒素、バナジウム、クロムなどをドープ)も候補となる。さらに助触媒を添加することで可視光による光触媒作用が促進されるものであればいずれも用いることができる。特に、助触媒存在下の可視光応答性光触媒としての性能が優れているが、環境耐性が低いため実用化が困難であった酸化タングステンのような可視光応答性半導体はすべて有力な候補となる。
【0022】
本発明の光触媒膜構造体において用いられる、可視光応答性半導体を保護するために被覆する酸化物半導体には、チタン、スズ、タンタル、ニオブ、インジウムなどの酸化物を利用することができる。具体的には、TiO2、SnO2、Ta2O5、Nb2O5、In2O3などがある。さらに酸やアルカリに安定で環境耐性が高く、可視光透過性で、且つ正孔伝導性を有する酸化物半導体であればいずれも用いることができる。その表面上で正孔が効果的に有機物等を分解できたり、親水性を増加させたりできるなどの機能を持つものが保護膜として望ましいが、目的に応じて表面に別の物質を担持するなどの表面改質を行うことで望ましい機能を付与することも可能である。また保護膜から正孔をさらに移動させて利用する構造を構築することも可能である。
【0023】
本発明の光触媒膜構造体において用いられる、環境耐性のある助触媒には、PtやPdなどの貴金属助触媒や本発明者らが今回見出した酸やアルカリに安定で環境耐性の高い銅化合物助触媒などを利用することができる。用いることのできる銅化合物助触媒としては、酸性で安定な酸化物と銅との複合酸化物などを挙げることができる。例えば、タンタル、タングステン、ニオブ、アルミニウム、インジウム、チタン、スズ、ケイ素などの元素と銅との複合酸化物である。具体的には、CuTa2O6、CuWO4、CuNb2O6、CuAlO2、CuxWO3+y(0<x,y<1)などがある。銅酸化物は酸に弱くアルカリに安定なので、酸化物が酸性において安定な元素と銅の複合酸化物は有力な候補となる。さらに酸やアルカリに安定で環境耐性が高く、可視光応答性光触媒の活性を増加させる助触媒であればいずれも用いることができる。
本発明の光触媒膜構造体では貴金属助触媒も用いることができるが、環境耐性の高い銅化合物助触媒は貴金属助触媒と比較すると非常に安価であるため製造コスト面からはその利用が望ましい。また、CuTa2O6は黄色、CuWO4はオレンジ色、CuAlO2は無色など、銅化合物は様々な色を持つため、意匠性に合わせて使用する助触媒を選択することもできる。
必要な助触媒の量や面積については、可視光応答性半導体や助触媒の活性によって左右される。助触媒の活性が高ければ助触媒の必要面積は小さくてよい。
【実施例】
【0024】
以下に、具体的な実施例を用いて、本発明をさらに詳細に説明する。はじめに環境耐性の高い銅化合物助触媒(実施例1〜4、実施例5〜7および実施例8〜10)、ついで酸化物半導体被覆による可視光応答性半導体膜の保護効果(実施例11〜13)、最後に光触媒膜構造体の評価(実施例14〜16)を示す。
【0025】
実施例1〜4および比較例1
助触媒CuTa2O6の作成およびその化学的安定性の評価
CuTa2O6を作製し、酸化タングステン光触媒の助触媒としての活性およびその化学的安定性を調べた。
CuOとTa2O5の粉末を混合して700℃で24時間、さらに900℃で24時間焼成することで黄緑色のCuTa2O6粉末を調製し、XRDによりCuTa2O6の結晶ができていることを確認した。このCuTa2O6の粉末を水、水酸化ナトリウム水溶液(0.1M)および硫酸(0.1M)にそれぞれ12時間懸濁した後、濾過・乾燥した。濾液の色を確認しても、どの溶液でも無色であり、銅イオンが溶解していない事が確認できた。
酸化タングステン粉末(和光純薬)に、それぞれのCuTa2O6粉末を2重量%加えて乳鉢を用いてよく粉砕・混合し助触媒機能評価用の光触媒試料を調整した。CuTa2O6粉末について懸濁処理を行わなかったものを実施例1とし、水、水酸化ナトリウム水溶液および硫酸で懸濁処理を行ったものをそれぞれ実施例2、3、4とする。
この光触媒を4.7mlのバイアルびんにおよそ150mg入れ、これにアセトアルデヒドの気体を約8000ppm分加えて300WのXeランプで光照射し、ガスクロマトグラフィーにより光分解で生じる二酸化炭素の量の時間変化をモニターした。また、比較例1として酸化タングステン粉末のみを用いて同様の実験を行った。図2に結果を示す。なお、本例では、存在するアセトアルデヒドが完全に二酸化炭素にまで分解すると、およそ16000ppmの二酸化炭素が理論的に発生する。
図2から分かるように、比較例1では90分照射後、7000ppm程度の二酸化炭素が発生するものの、その後360分照射しても、二酸化炭素の発生量はほとんど増加しなくなった。
これに対して、本発明の助触媒を添加した実施例1〜4のいずれにおいても、初期の二酸化炭素の発生量は比較例1よりも少なくなるものの、360分経過後の二酸化炭素発生量は、比較例1の2倍以上となって、ほぼ完全分解近くまでに達している。この結果より、CuTa2O6が可視光応答性光触媒に対し有効な助触媒作用を有し、さらに酸性や塩基性の水溶液に接触していても当該助触媒作用が失われることがない、環境耐性を有する銅化合物助触媒であることが示された。本発明の光触媒膜構造体において、CuTa2O6は助触媒として用いることができる。
【0026】
実施例5〜7および比較例1
助触媒CuWO4の作製およびその化学的安定性の評価
CuWO4を作製し、酸化タングステン光触媒の助触媒としての活性およびその化学的安定性を調べた。
CuOとWO3の粉末を混合して700℃で24時間、さらに900℃で24時間焼成することでオレンジ色のCuWO4粉末を調製し、XRDによりCuWO4の結晶ができていることを確認した。このCuWO4の粉末を水酸化ナトリウム水溶液(0.1M)および硫酸(0.1M)にそれぞれ12時間懸濁した後、濾過・乾燥した。濾液の色を確認しても、どの溶液でも無色であり、銅イオンが溶解していない事が確認できた。
酸化タングステン粉末(和光純薬)に、それぞれのCuWO4粉末を2重量%加えて乳鉢を用いてよく粉砕・混合し、助触媒機能評価用の光触媒試料を調整した。CuWO4粉末について懸濁処理を行わなかったものを実施例5とし、水酸化ナトリウム水溶液および硫酸で懸濁処理を行ったものをそれぞれ実施例6、7とする。
この光触媒を4.7mlのバイアルびんにおよそ150mg入れ、これにアセトアルデヒドの気体を約8000ppm分加えて300WのXeランプで光照射し、ガスクロマトグラフィーにより光分解で生じる二酸化炭素の量の時間変化をモニターした。図3に結果を示す。なお、本例では、存在するアセトアルデヒドが完全に二酸化炭素にまで分解するとおよそ16000ppmの二酸化炭素が理論的に発生する。
図3から分かるように、CuWO4を添加した実施例5〜7のいずれにおいても、初期の二酸化炭素の発生量は比較例1より少なくなるものの、360分経過後の二酸化炭素発生量は、比較例1のおよそ2倍程度となって、ほぼ完全分解近くまでに達している。この結果より、CuWO4が可視光応答性光触媒に対し有効な助触媒作用を有し、さらに酸性や塩基性の水溶液に接触していても当該助触媒作用が失われることがない、環境耐性を有する銅化合物助触媒であることが示された。本発明の光触媒膜構造体において、CuWO4は助触媒として用いることができる。
【0027】
実施例8〜10および比較例1
助触媒CuNb2O6の作成およびその化学的安定性の評価
CuNb2O6を作製し、酸化タングステン光触媒の助触媒としての活性およびその化学的安定性を調べた。
CuOとNb2O5の粉末を混合して700℃で24時間、さらに900℃で24時間焼成することで黄緑色のCuNb2O6粉末を調製し、XRDによりCuNb2O6の結晶ができていることを確認した。このCuNb2O6の粉末を水酸化ナトリウム水溶液(0.1M)および硫酸(0.1M)にそれぞれ12時間懸濁した後、濾過・乾燥した。濾液の色を確認しても、どの溶液でも無色であり、銅イオンが溶解していない事が確認できた。
酸化タングステン粉末(和光純薬)に、それぞれのCuNb2O6粉末を2重量%加えて乳鉢を用いてよく粉砕・混合し助触媒機能評価用の光触媒試料を調整した。CuNb2O6粉末について懸濁処理を行わなかったものを実施例8とし、水酸化ナトリウム水溶液および硫酸で懸濁処理を行ったものをそれぞれ実施例9、10とする。
この光触媒を4.7mlのバイアルびんにおよそ150mg入れ、これにアセトアルデヒドの気体を約8000ppm分加えて300WのXeランプで光照射し、ガスクロマトグラフィーにより光分解で生じる二酸化炭素の量の時間変化をモニターした。図4に結果を示す。なお、本例では、存在するアセトアルデヒドが完全に二酸化炭素にまで分解するとおよそ16000ppmの二酸化炭素が理論的に発生する。
図4から分かるように、CuNb2O6を添加した実施例8〜10のいずれにおいても、初期の二酸化炭素の発生量は比較例1より少なくなるものの、360分経過後の二酸化炭素発生量は、比較例1のおよそ2倍程度となって、完全分解にまで達している。(水酸化ナトリウム水溶液または硫酸で懸濁処理を行うとアセトアルデヒドの分解速度は若干小さくなる。)この結果より、CuNb2O6が可視光応答性光触媒に対し有効な助触媒作用を有し、さらに酸性や塩基性の水溶液に接触しても当該助触媒作用が失われることがない、環境耐性を有する銅化合物助触媒であることが示された。本発明の光触媒膜構造体において、CuNb2O6は助触媒として用いることができる。
【0028】
実施例11〜13および比較例2
可視光応答性半導体膜の安定酸化物被覆による保護効果の評価
アルカリ性で溶解する酸化タングステン膜を安定酸化物で被覆することによる保護効果を調べるために、次のような実験を行った。
タングステン酸ナトリウム水溶液をイオン交換して、タングステン酸ゾルのエタノール水溶液を調製した。これにポリエチレングリコール300を添加し、その溶液をガラス基板に導電性膜(F-SnO2)をコートしてある導電性ガラス上にスピンコートし、500℃で焼成することで、導電性ガラス上に黄色の酸化タングステン膜を成膜した。次に、チタンイソプロコキシドの一部をアセチルアセトンで置換した錯体溶液を当該酸化タングステン膜上にディップコートして、500℃で焼成することでTiO2/WO3膜を成膜した。酸化チタンコートは2回行った。これを実施例11とした。また、同様にスズやタンタルの錯体を含む溶液をコートして酸化スズおよび酸化タンタルで酸化タングステン膜を保護した膜をそれぞれ実施例12および13とした。保護膜でコートしない酸化タングステン膜を比較例2とした。
それぞれの膜を水酸化ナトリウム水溶液(0.1M)に1時間浸した。その結果、比較例2では黄色の酸化タングステン膜が全て溶解した。一方、保護膜をコートした実施例11〜13では酸化タングステン膜に見た目の変化がなかった。
次に、保護材でコートした酸化タングステン膜と保護材でコートしていない酸化タングステン膜の可視光照射下における酸化活性を、エタノール酸化反応による光電流で評価した。それぞれの試料の導電性部分と白金ワイヤーを導線短絡した。つまり外部バイアスはゼロの状態である。それぞれをエタノール1重量%の硫酸水溶液 (0.1M)に浸した。可視光照射(Xeランプ+L42フィルター)を行うことで酸化タングステンのみを光励起させたところ、水酸化ナトリウム水溶液処理前で比較すると、実施例11〜13および比較例2のいずれの場合でも安定した光電流が観測できた。光触媒膜上ではエタノールの酸化反応が、対極である白金ワイヤーでは溶存空気の還元がバイアス無しで起こっている。この結果は、可視光照射により生じた酸化タングステン上の正孔が保護膜を通過してその表面でエタノール酸化反応を進行させていることを示している。水酸化ナトリウム水溶液処理後では、保護材がない比較例2においては酸化タングステンが溶解して光電流がゼロに近くなるのに対して、保護材がある実施例11〜13においては、水酸化ナトリウム水溶液処理前よりは小さくなったものの、十分な光電流が観測されることがわかった。
これらの結果を、以下の表1にまとめる。
【表1】

【0029】
実施例14および比較例3
本発明の光触媒膜構造体の評価(助触媒としてはCuOを使用)
図1−1に示した本発明の光触媒膜構造体が有効に機能することを調べるために、助触媒がある場合とない場合とについて、吸着させたオレイン酸の光照射による分解に関する試験を行った。オレイン酸の分解は、それにより生じる水の接触角の減少により評価した。
実施例11と同様の方法で導電性ガラス上にTiO2/WO3膜を成膜した。導電性ガラスのTiO2/WO3膜を成膜していない部分の一部に、助触媒としてCuOを担持した試料を実施例11、CuOを担持しない試料を比較例3とした。オレイン酸をアセトンに溶解して各試料のTiO2/WO3膜に塗布し、その後アセトンで洗浄することで、その表面にオレイン酸を吸着させた。実施例14では、光照射前は水の接触角は48度であったが、紫外線を含まない白色LED光源による6時間照射後は8度であった。比較例3では、光照射前は水の接触角は36度であったが、LED6時間照射後は20度であった。すなわち、CuO助触媒を担持した実施例11の方が接触角の減少割合が大きかった。このことは、本発明の光触媒膜構造体において、可視光応答性光触媒によるオレイン酸の分解がCuO助触媒により活性化されることを示している。CuO助触媒と環境耐性のある他の助触媒を置き換えても同様の効果があると考えられ、本発明の光触媒膜構造体が有効に機能することが示された。
【0030】
実施例15および比較例4
本発明の光触媒膜構造体の評価(助触媒としてはPtを使用)
実施例14および比較例3について、酸化タングステン膜の調製法を変更し、且つ助触媒をPtに変更して、同様の実験を行った。
酸化タングステン膜の調製は、以下の手順で、過酸化タングステンの水溶液を前駆体に用いて行った(PA法)。タングステン金属を過酸化水素に溶解し、それを長時間熟成することでオレンジ色の過酸化タングステンの水溶液を調製した。その溶液を導電性ガラス上にスピンコートし、550℃で焼成することで黄色の酸化タングステン膜を成膜した。この成膜は2回行った。次に、チタンイソプロコキシドの一部をアセチルアセトンで置換した錯体溶液を酸化タングステン膜上にディップコートして、550℃で焼成することでTiO2/WO3膜を成膜した。
一方、Pt塩を含む溶液(ソーラロニクス社製、Pt-Catalyst T/SP)を導電性ガラスのTiO2/WO3膜を成膜していないむき出しの部分に塗布し、550℃で焼成することでPt助触媒を導電性ガラス上に担持した。これを実施例15とし、Pt助触媒を担持しないものを比較例4とした。
次に、オレイン酸をアセトンに溶解して各試料のTiO2/WO3膜に塗布し、その後アセトンで洗浄することで、その表面にオレイン酸を吸着させ、水の接触角を50度以上にした。実施例15では、光照射前の水の接触角は53度だったが、LED22時間照射後は5度以下であった。比較例4では、光照射前の水の接触角は51度だったが、LED22時間照射後は28度であった。すなわち、Pt助触媒と導電性膜を通して接触した実施例15の方が比較例4より接触角が小さくなり、Pt助触媒を用いた本発明の光触媒膜構造体が有効に機能することが示された。
【0031】
実施例16および比較例5
本発明の光触媒膜構造体の評価(助触媒としてはCuWO4を使用)
実施例15および比較例4において、助触媒をCuWO4に変更して、同様の実験を行った。
酸化タングステン膜調製法については、実施例15と同様に、以下の手順で、過酸化タングステンの水溶液を前駆体に用いて行った(PA法)。タングステン金属を過酸化水素に溶解し、それを長時間熟成することでオレンジ色の過酸化タングステンの水溶液を調製した。その溶液を導電性ガラス上にスピンコートし、550℃で焼成することで黄色の酸化タングステン膜を成膜した。この成膜は2回行った。次に、チタンイソプロコキシドの一部をアセチルアセトンで置換した錯体溶液を酸化タングステン膜上にディップコートして、550℃で焼成することでTiO2/WO3膜を成膜した。
一方、硝酸銅と実施例11のタングステン酸ゾルをCu/W原子比で1対1に混合し、ポリエチレングリコールを添加した溶液を、導電性ガラスのTiO2/WO3膜を成膜していないむき出しの部分にスピンコートし、600℃で12時間焼成してCuWO4助触媒膜を導電性ガラス上に調製した。これを実施例16とし、CuWO4助触媒膜を設けない場合を比較例5とした。
次に、オレイン酸をアセトンに溶解して各試料のTiO2/WO3膜塗布し、その後アセトンで洗浄することで、その表面にオレイン酸を吸着させ、接触角を50度以上にした。実施例16では、光照射前の接触角は55度だったが、LED4時間照射後は20度になった。比較例5では、光照射前の接触角は50度だったが、LED24時間照射後は29度になった。すなわち、CuWO4助触媒と導電性膜を通して接触した実施例16の方が比較例5より接触角が小さくなり、CuWO4助触媒を用いた本発明の光触媒膜構造体が有効に機能することが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性基板上に形成した可視光応答性光触媒を環境耐性、可視光透過性および正孔伝導性を有する酸化物半導体膜で完全に被覆し、さらに大気に露出した環境耐性を有する助触媒を当該可視光応答性光触媒に当該導電性基板を介して接続してなる、光触媒膜構造体。
【請求項2】
環境耐性を有する助触媒が銅化合物系助触媒であることを特徴とする、請求項1の光触媒膜構造体。
【請求項3】
環境耐性を有する助触媒がCuTa2O6、CuWO4、CuNb2O6、CuAlO2から選択される銅化合物助触媒であることを特徴とする、請求項1および請求項2の光触媒膜構造体。
【請求項4】
可視光応答性光触媒がタングステン酸化物であることを特徴とする、請求項1〜3の光触媒膜構造体。
【請求項5】
被覆する酸化物半導体がチタン、スズ、タンタル、ニオブ、インジウム、の少なくとも1つの元素を含むことを特徴とする、請求項1〜4の光触媒膜構造体。
【請求項6】
酸性および塩基性条件で安定であり、且つ可視光応答性光触媒の性能を向上させる、CuTa2O6、CuWO4、CuNb2O6、CuAlO2から選択される、環境耐性を有する銅化合物助触媒。

【図1−1】
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【図1−2】
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【図1−3】
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【図1−4】
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【図1−5】
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【図1−6】
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【図1−7】
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【図1−8】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−91143(P2012−91143A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−242574(P2010−242574)
【出願日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト/光触媒関連基礎技術の開発ならびに新環境科学領域の創成事業」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】