説明

環式ポリアリーレンスルフィド組成物

【課題】環式ポリアリーレンスルフィドが加熱時に熱劣化することにより、溶融粘度が増加するという欠点を解決し、高い熱安定性を有する環式ポリアリーレンスルフィド組成物を提供する。
【解決手段】環式ポリアリーレンスルフィド及び亜リン酸金属塩類、次亜リン酸金属塩類から選ばれる1種以上の無機リン系化合物からなる環式ポリアリーレンスルフィド組成物、または、環式ポリアリーレンスルフィド及びホスフェートを除く芳香族有機リン系化合物を含む環式ポリアリーレンスルフィド組成物であって、遷移金属化合物が環式ポリアリーレンスルフィド中の硫黄原子に対し0.001モル%以下であることを特徴とする環式ポリアリーレンスルフィド組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は環式ポリアリーレンスルフィド組成物に関するものであり、さらに詳しくは環式ポリアリーレンスルフィド及びリン系化合物からなる環式ポリアリーレンスルフィド組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
熱可塑性樹脂、特に機械的特性、耐熱性に優れるエンジニアリングプラスチックはその優れた特性を活かして様々な用途において使用されており、このような熱可塑性樹脂として、機械的特性、耐熱性、溶融加工時の流動性、耐薬品性に優れる結晶性樹脂、透明性や寸法安定性に優れる非晶性樹脂がある。
【0003】
結晶性樹脂とその用途としては、例えば、特に耐熱性、耐薬品性、剛性、難燃性に優れ、さらに良好な成形加工性、寸法安定性を有するポリフェニレンスルフィド(PPS)樹脂は、射出成形用エンジニアリングプラスチックとして電気・電子機器部品、自動車部品や精密機器部品などに、機械特性と靱性のバランスに優れるポリアミド樹脂やポリエステル樹脂は射出成形用を中心として各種電気・電子部品、機械部品及び自動車部品などに、ポリエステル樹脂の中でも成形性、耐熱性、機械的性質及び耐薬品性に優れるポリブチレンテレフタレートやポリエチレンテレフタレートは、自動車や電気・電子機器のコネクター、リレー、スイッチなどの工業用成形品の材料として広く使用されている。
【0004】
また、非晶性樹脂とその用途としては、例えば、透明性や寸法安定性を活かし、非晶性ナイロン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリアリレート樹脂、ABS樹脂、ポリ(メタ)アクリレート樹脂、ポリ(メタ)アクリレート樹脂共重合体などが、光学材料、家庭電気機器、OA機器及び自動車などの各部品を始めとする広範な分野で使用されている。
【0005】
しかしながら、近年では特に、電気・電子部品の小型化、形状複雑化、他材料とのインサート成形技術の導入、自動車大型部品のモジュール化、軽量化に伴う成形品薄肉化、より高性能な光学材料への使用などにより、これら熱可塑性樹脂に要求される光学特性や成形加工性、耐熱性もより高度なものになっている。このような要求に対応し、成形加工性を向上させるためには、これら熱可塑性樹脂の溶融時の流動性を向上する必要がある。
【0006】
また一方、これら熱可塑性樹脂は、樹脂成形品だけではなく、フィルム、繊維などの用途にも展開されているが、熱可塑性樹脂をフィルムや繊維に加工する際には、樹脂粘度に由来する成形加工時の樹脂圧力などの影響により、口金圧力の変動が生じる。そのため、糸加工の場合は、糸の太さむらや糸切れの問題、フィルム加工の際は、フィルムの厚みむらなどが生じるなどの問題があった。さらに繊維やフィルム加工時の滞留時間は、樹脂射出成形などに比べ長く、樹脂組成物の滞留安定性の問題や、滞留時の分解ガス発生の問題が生じ、その結果、糸加工の際には糸切れの問題、フィルム加工の際には気泡欠点の問題があった。流動性を向上させるためには、加工温度を上げることで樹脂粘度を低下させるという方法が一般的な手法であるが、高温化による滞留安定性の低下という問題があり、そのため流動性の向上による加工性の向上と滞留安定性の向上を、加工温度だけで両立させることは困難であった。
【0007】
熱可塑性樹脂の流動性向上などの成形加工性改良については、例えばPPSについて、特許文献1では、N,N’−アルキレンビス(環アミド)、脂肪族カルボン酸グリセリド、脂肪族カルボン酸エステルなどを添加する方法、特許文献2では、メルカプト基を有するけい素化合物を添加する方法、特許文献3及び4では、PPS樹脂とサーモトロピック液晶ポリエステルを添加する方法などが提案されている。
【0008】
また、例えばポリアミド樹脂やポリエステル樹脂などの結晶性樹脂については、ハイパーブランチポリマーや液晶性樹脂を混合することで流動性が改良されることが知られており、これまでに様々な検討がなされてきた。
【0009】
特許文献5〜8には、ハイパーブランチポリマーを用いる樹脂組成物が、特許文献9〜11には、液晶性樹脂を混合した樹脂組成物が開示されている。
【0010】
また、非晶性樹脂についても、流動性向上剤として、非晶性の共重合体やアゾカーボン酸金属塩、ハイパーブランチポリマーを混合することで流動性が改良されることが提案されており、これまでに様々な検討がなされてきた。
【0011】
特許文献12〜15では、非晶性樹脂の流動性改質剤として非晶性の共重合体を合成して用いる樹脂組成物が、特許文献16ではハイパーブランチポリマーを用いる樹脂組成物が、特許文献17ではアゾカーボン酸金属塩を混合した樹脂組成物が開示されている。
【0012】
しかし、これらの公知技術では、ある程度の流動性向上効果を有するものの、その効果は十分ではなく、一方で、流動性向上に伴い機械物性の低下が生じるなどの問題があり、さらなる良流動化手法の開発が求められていた。
【0013】
より高い流動性向上効果により成形加工性を改良した熱可塑性樹脂組成物として、特許文献18〜20では、各種熱可塑性樹脂に特定構造を有する環状ポリフェニレンスルフィド混合物を混合した樹脂組成物が開示されている。この熱可塑性樹脂組成物は、優れた流動性を有し、溶融加工時の加工性に優れるが、溶融加工時に環状ポリフェニレンスルフィド混合物が熱劣化することにより粘度が増加し、流動性向上効果が失われ、加工性が低下するという問題があった。そのため、溶融加工時において流動性向上効果が安定に維持される、さらなる良流動化手法の開発が求められていた。
【0014】
特許文献21には、線状ポリフェニレンスルフィド及び充填剤を含有するポリフェニレンスルフィド樹脂組成物に、溶融安定剤として環状ポリフェニレンスルフィドを添加することにより、溶融加工時のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の劣化を抑制し、機械的性質の低下を抑制する手法が開示されているが、本技術は充填剤により補強されたポリフェニレンスルフィドの溶融加工時の熱劣化を抑制するために環状ポリフェニレンスルフィドを溶融安定剤として使用するという技術であり、流動性向上に着想した技術とは異なる。また、特許文献21で用いられている環状PPSは架橋タイプのPPS樹脂からクロロホルムによりソックスレー抽出し、再結晶させた純度99.9%のシクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)を使用していることが開示されている。筆者らの追試実験により、融点は347℃とPPSの融点(277〜282℃)よりも極めて高く、一般的なPPS樹脂の成形加工温度320℃付近では溶融せず、流動性向上効果が認められないことが明らかになった。すなわちPPSの成形加工温度320℃付近ではシクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)が溶融せず、充填剤として作用することが明らかとなった。
【0015】
また特許文献21ではシクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)が融解する温度領域、すなわち成形温度330℃〜380℃において成形加工することにより、成形加工時のドローリングという現象が抑制されることや、同条件で成形加工したシクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)が配合されていないPPS樹脂組成物に比べ、シクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)を配合したPPS樹脂組成物の機械物性の低下が少ないことを開示しているにすぎず、一般的なPPSの成形加工温度付近での流動性向上効果については、全く開示されていない。
【0016】
環状ポリフェニレンスルフィドの加熱時の反応性を制御する技術としては、環状ポリフェニレンスルフィドのポリフェニレンスルフィドへの転化に際し、転化を促進する各種触媒成分(ラジカル発生能を有する化合物やイオン性化合物など)を使用する方法として、特許文献22、非特許文献1にはラジカル発生能を有する化合物として、例えば加熱により硫黄ラジカルを発生する化合物、具体的にはジスルフィド結合を含有する化合物を用いる方法が、特許文献23及び24には、アニオン重合において開環重合触媒になり得るイオン性化合物として、具体的には例えばチオフェノールのナトリウム塩のようなアニオン種を生成する硫黄のアルカリ金属塩を用いる方法が、また、特許文献25には、0価遷移金属化合物として、具体的には例えばテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウムなどを用いる方法が開示されている。しかしながら、これら公知技術は環状ポリフェニレンスルフィドのポリフェニレンスルフィドへの転化を促進する技術であり、溶融加工時における安定な流動性向上効果発現のための環式ポリアリーレンスルフィドの熱安定性向上に着目した本発明の技術とは全く異なる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開昭64−51463号公報(請求項)
【特許文献2】特開平2−225565号公報(請求項)
【特許文献3】特開平1−292058号公報(請求項)
【特許文献4】特開平5−230371号公報(請求項)
【特許文献5】国際公開第2005/75563号(請求項)
【特許文献6】国際公開第2005/75565号(請求項)
【特許文献7】国際公開第2006/42705号(請求項)
【特許文献8】欧州特許第142360号(請求項)
【特許文献9】特開平11−315206号公報(請求項)
【特許文献10】特開2001−131405号公報(請求項)
【特許文献11】特開2000−34404号公報(請求項)
【特許文献12】特開2006−236557号公報(請求項)
【特許文献13】特開2006−257127号公報(請求項)
【特許文献14】国際公開第2005/030819号(請求項)
【特許文献15】特開平10−7874号公報(請求項)
【特許文献16】国際公開第2006/42705号(請求項)
【特許文献17】特開平6−299056号公報(請求項)
【特許文献18】特開2008−179775号公報(請求項)
【特許文献19】特開2008−189900号公報(請求項)
【特許文献20】特開2008−222996号公報(請求項)
【特許文献21】特開平10−77408号公報(請求項、第6〜7頁)
【特許文献22】米国特許第5869599号明細書(第29〜32頁)
【特許文献23】特開平5−163349号公報(第2頁)
【特許文献24】特開平5−105757号公報(第2頁)
【特許文献25】国際公開第2011/013686号(第12〜15頁)
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】Macromolecules, 30, 1997年(第4502〜4503ページ)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
環式ポリアリーレンスルフィドに、特定のリン系化合物を添加することにより、熱安定性を有することについては、これまで知られていなかった。本発明は、環式ポリアリーレンスルフィドが加熱時に熱劣化することにより溶融粘度が増加するという前記欠点を解決し、高い熱安定性を有する環式ポリアリーレンスルフィド組成物を提供することを課題とするものである。
【0020】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)環式ポリアリーレンスルフィド及び亜リン酸金属塩類、次亜リン酸金属塩類から選ばれる1種以上の無機リン系化合物を含む環式ポリアリーレンスルフィド組成物であって、無機リン系化合物量が環式ポリアリーレンスルフィド中の硫黄原子に対し0.01〜20モル%となる範囲であることを特徴とする環式ポリアリーレンスルフィド組成物。
(2)環式ポリアリーレンスルフィド及び、ホスフェートを除く芳香族有機リン系化合物を含む環式ポリアリーレンスルフィド組成物であって、有機リン系化合物量が環式ポリアリーレンスルフィド中の硫黄原子に対し0.01〜20モル%となる範囲であり、環式ポリアリーレンスルフィド組成物に含まれる遷移金属化合物が環式ポリアリーレンスルフィド中の硫黄原子に対し0.001モル%以下であることを特徴とする環式ポリアリーレンスルフィド組成物。
(3)環式ポリアリーレンスルフィドが下記一般式で示される環式化合物を50重量%以上含み、かつ式中の繰り返し数mが4〜50であることを特徴とする上記(1)または(2)のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィド組成物。
【0021】
【化1】

【0022】
(4)環式ポリアリーレンスルフィド中、上記一般式中の繰り返し数m=6の環式ポリアリーレンスルフィドの含有量が50重量%未満であることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィド組成物。
(5)環式ポリアリーレンスルフィド中、上記一般式中の繰り返し数m=6の環式ポリアリーレンスルフィドの含有量が30重量%未満であることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィド組成物。
(6)環式ポリアリーレンスルフィド組成物を300℃で60分間加熱した際の、加熱後の環式ポリアリーレンスルフィド組成物を300℃、剪断速度200sec―1で測定した溶融粘度が10Pa・s以下であることを特徴とする上記(1)〜(5)のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィド組成物。
(7)環式ポリアリーレンスルフィド組成物を300℃で60分間加熱した際の、加熱後の環式ポリアリーレンスルフィド組成物中に含まれる環式ポリアリーレンスルフィド量が、加熱前の環式ポリアリーレンスルフィド組成物中に含まれる環式ポリアリーレンスルフィド量に対し70%以上であることを特徴とする上記(1)〜(6)のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィド組成物。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明は、環式ポリアリーレンスルフィド及びリン系化合物からなる環式ポリアリーレンスルフィド組成物に関するものである。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、従来の環式ポリアリーレンスルフィドと比較して、環式ポリアリーレンスルフィドの熱安定性の高い環式ポリアリーレンスルフィド組成物を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明実施の形態を説明する。
【0026】
<環式ポリアリーレンスルフィド>
本発明の環式ポリアリーレンスルフィド組成物の成分である環式ポリアリーレンスルフィドとは式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とし、好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有する下記一般式(A)のごとき環式化合物を、少なくとも50重量%以上含むものが望ましく、好ましくは70重量%以上、より好ましくは80重量%以上、さらに好ましくは90重量%以上含むものが好ましい。Arとしては下記式(B)〜式(L)などで表される単位などがあるが、なかでも式(B)が特に好ましい。
【0027】
【化2】

【0028】
【化3】

【0029】
なお、環式ポリアリーレンスルフィド中の前記(A)式の環式化合物においては前記式(B)〜式(L)などの繰り返し単位をランダムに含んでもよいし、ブロックで含んでもよく、それらの混合物のいずれかであってもよい。これらの代表的なものとして、環式ポリフェニレンスルフィド、環式ポリフェニレンスルフィドスルホン、環式ポリフェニレンスルフィドケトン、これらが含まれる環式ランダム共重合体、環式ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましい前記(A)式の環式化合物としては、主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位
【0030】
【化4】

【0031】
を80モル%以上、特に90モル%以上含有する環式化合物が挙げられる。
【0032】
環式ポリアリーレンスルフィドにおける前記(A)式の環式化合物以外の成分はポリアリーレンスルフィドオリゴマーであることが特に好ましい。ここでポリアリーレンスルフィドオリゴマーとは、式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする、好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有する線状のホモオリゴマーまたはコオリゴマーである。Arとしては前記した式(B)〜式(L)などであらわされる単位などがあるが、なかでも式(B)が特に好ましい。ポリアリーレンスルフィドオリゴマーはこれら繰り返し単位を主要構成単位とする限り、下記式(M)〜式(O)などで表される少量の分岐単位または架橋単位を含むことができる。
【0033】
【化5】

【0034】
これら分岐単位または架橋単位の共重合量は、−(Ar−S)−の単位1モルに対して0〜1モル%の範囲であることが好ましい。また、ポリアリーレンスルフィドオリゴマーは上記繰り返し単位を含むランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物のいずれかであってもよい。
【0035】
これらの代表的なものとして、ポリフェニレンスルフィドオリゴマー、ポリフェニレンスルフィドスルホンオリゴマー、ポリフェニレンスルフィドケトンオリゴマー、これらのランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましいポリアリーレンスルフィドオリゴマーとしては、ポリマーの主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位を80モル%以上、特に90モル%以上含有するポリフェニレンスルフィドオリゴマーが挙げられる。
【0036】
ポリアリーレンスルフィドオリゴマーの分子量としては、ポリアリーレンスルフィドよりも低分子量のものが例示でき、具体的には重量平均分子量で10,000未満であることが好ましい。
【0037】
環式ポリアリーレンスルフィドが含有するポリアリーレンスルフィドオリゴマー量は、環式ポリアリーレンスルフィドが含有する前記(A)式の環式化合物よりも少ないことが特に好ましい。すなわち環式ポリアリーレンスルフィド中の前記(A)式環式化合物とポリアリーレンスルフィドオリゴマーの重量比(前記(A)式の環式化合物/ポリアリーレンスルフィドオリゴマー)は1を超えることが好ましく、2.3以上がより好ましく、4以上がさらに好ましく、9以上がよりいっそう好ましく、このような環式ポリアリーレンスルフィドを用いることで、粘度が低く、高い流動性向上効果を有する環式ポリアリーレンスルフィド組成物を得ることが可能である。
【0038】
本発明のポリアリーレンスルフィドの製造に用いる環式ポリアリーレンスルフィドの分子量の上限値は、重量平均分子量で10,000以下が好ましく、5,000以下が好ましく、3,000以下がさらに好ましく、一方、下限値は重量平均分子量で300以上が好ましく、400以上が好ましく、500以上がさらに好ましい。
【0039】
環式ポリアリーレンスルフィドに含まれる前記(A)式中の繰り返し数mに特に制限はないが、4〜50が好ましく、4〜25がより好ましく、4〜15がさらに好ましい範囲として例示できる。
【0040】
また、環式ポリアリーレンスルフィドに含まれる前記(A)式の環式化合物は、単一の繰り返し数を有する単独化合物、異なる繰り返し数を有する環式化合物の混合物のいずれでもよいが、異なる繰り返し数を有する環式化合物の混合物の方が単一の繰り返し数を有する単独化合物よりも溶融解温度が低い傾向があり、異なる繰り返し数を有する環式化合物の混合物の使用は、熱可塑性樹脂の一般的な加工可能温度に近づくという特徴、及び該環式ポリアリーレンスルフィドを熱可塑性樹脂に配合することにより、溶融加工時の流動性向上効果に優れるという特徴を有し、このことは熱可塑性樹脂組成物を溶融加工する際に、加熱温度が低くても溶融加工性に優れるという特徴を発現することになる。
【0041】
例えば、m=6の環式PPS(シクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド))は、融点が348℃と、例えば熱可塑性樹脂であるPPSの融点(277〜282℃)に比べ60℃以上も高く、それゆえ溶融加工温度を高温にしないと該環式化合物が融解しないという問題がある。このような特徴から、本発明で使用する環式ポリアリーレンスルフィドに含まれる前記(A)式の環式化合物は、溶融加工時の流動性向上効果の面から、異なる繰り返し数を有する環式化合物の混合物であることが望ましい。
【0042】
環式ポリアリーレンスルフィド中の異なるmのそれぞれの比率に特に制限はないが、本発明の効果を発現させるためには、環式化合物の中で、最も融点が高く、結晶化しやすいm=6の環式ポリアリーレンスルフィドの含有量が50重量%未満であることが好ましく、さらに好ましくは30重量%であり、特に好ましくは10重量%未満である(m=6の環式化合物(重量)/(環式ポリアリーレンスルフィド(重量)×100)。ここで、環式ポリアリーレンスルフィド中のm=6の環式化合物含有率は、環式ポリアリーレンスルフィドをUV検出器を具備した高速液体クロマトグラフィーで成分分割した際の、ポリアリーレンスルフィド構造を有する化合物に帰属される全ピーク面積に対する、m=6の環式化合物に帰属されるピーク面積の割合として求めることができる。ここで、ポリアリーレンスルフィド構造を有する化合物とは、少なくともポリアリーレンスルフィド構造を有する化合物であり、例えば環式ポリアリーレンスルフィドやポリアリーレンスルフィドオリゴマーであり、アリーレンスルフィド以外の構造をその一部に有する(例えば末端構造として)化合物もここでいうポリアリーレンスルフィド構造を有する化合物に属する。なお、この高速液体クロマトグラフィーで成分分割された各ピークの定性は、各ピークを分取液体クロマトグラフィーで分取し、赤外分光分析における吸収スペクトルや質量分析を行うことで可能である。
【0043】
環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法は、上記特性を有する環式ポリアリーレンスルフィドを得られる方法であれば特に限定はされないが、例えば、特開2009−030012に開示されているような、スルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物を有機極性溶媒中、希薄条件下で接触させて環式ポリアリーレンスルフィドを得る方法や、特開2007−231255に開示されているような、線状ポリアリーレンスルフィドと環式ポリアリーレンスルフィドを含むポリアリーレンスルフィド混合物を、環式ポリアリーレンスルフィドを溶解可能な溶剤と接触させて環式ポリアリーレンスルフィドを得る方法などを用いることができる。
【0044】
<リン系化合物>
リン系化合物は、無機リン系化合物と、有機リン系化合物に大別される。本願では、無機リン系化合物として、後述する亜リン酸金属塩類および次亜リン酸金属塩類から選ばれる1種以上の無機リン系化合物を用いる。また、有機リン系化合物としては、ホスフェートを除く芳香族有機リン系化合物を用いる。
【0045】
なお、有機リン系化合物の中でも、トリフェニルホスフェートや、トリクレジルホスフェート、トリキシレニルホスフェート、トリス−(t−ブチルフェニル)ホスフェート、トリス−(イソプロピルフェニル)ホスフェートなどのホスフェート(リン酸)系化合物は、リン原子が立体的に4つの酸素原子に囲まれているため、あるいはリン原子が非共有電子対を有さないため、環式ポリアリーレンスルフィドとの相互作用が低くなることに由来すると推測しているが、添加しても環状ポリアリーレンスルフィドの加熱時の反応性を制御する効果を奏しないことから、本願発明に用いられる芳香族有機リン系化合物から除かれる。一方で、詳細は後述するが、有機リン系化合物の中でも、ホスフェートを除く芳香族有機リン系化合物を、添加すると前記効果を奏する。
【0046】
<無機リン系化合物>
本発明において、環式ポリアリーレンスルフィド加熱時の環式ポリアリーレンスルフィドの熱劣化による粘度増加を抑制し、各種樹脂に対する流動性向上効果を維持するために環式ポリアリーレンスルフィドに添加される安定剤として、亜リン酸金属塩類、次亜リン酸金属塩類が用いられる。
【0047】
無機リン系化合物としては、ホスフィン(PH)、ホスフィンオキシド(HP=O)、亜ホスフィン酸(HPOH)、ホスフィン酸(次亜リン酸)(HP(=O)OH)、亜ホスホン酸(HP(OH))、ホスホン酸(ホスホネート)(HP(=O)(OH))、亜リン酸(ホスファイト)(P(OH))、リン酸(ホスフェート)(P(=O)(OH))及びこれらの金属塩類などが挙げられる。
【0048】
この中で、金属塩類ではないこれら無機リン系化合物は、加熱時の揮散が生じやすいため、環式ポリアリーレンスルフィドの加熱時の反応性を制御する十分な効果を奏しない。
【0049】
また、リン酸(ホスフェート)系化合物は、リン原子が立体的に4つの酸素原子に囲まれているため、あるいはリン原子が非共有電子対を有さないため、環式ポリアリーレンスルフィドとの相互作用が低くなることに由来すると推測しているが、環式ポリアリーレンスルフィドの加熱時の反応性を制御する効果を奏しない。
【0050】
さらに、ホスフィンやホスフィンオキシド系化合物は、加熱時の分解や揮散が生じやすいためと推測しているが、環式ポリアリーレンスルフィドの加熱時の反応性を制御する効果を奏しない。
【0051】
そのため、環式ポリアリーレンスルフィドに添加される安定剤として、亜リン酸金属塩類、次亜リン酸金属塩類が用いられる。
【0052】
これら金属塩としては、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、遷移金属塩などが挙げられ、具体的には例えば、亜リン酸カリウム、亜リン酸カルシウム、亜リン酸ニッケル、次亜リン酸ナトリウム、次亜リン酸カルシウム、次亜リン酸マンガン、次亜リン酸鉄、次亜リン酸ニッケル、次亜リン酸亜鉛、次亜リン酸アルミニウムなどが例示できる。
【0053】
また、経済性、入手のし易さ及び高い熱安定性向上効果を有する面から、これら亜リン酸金属塩類、次亜リン酸金属塩類の中でも、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩であることがより好ましい。
【0054】
さらに、次亜リン酸塩類が、高い熱安定性向上効果を有し、本発明における好ましい安定剤として具体的には、次亜リン酸ナトリウム、次亜リン酸カルシウムなどが例示できる。
【0055】
これらの無機リン系化合物は、1種単独で用いてもよいし2種以上混合あるいは組み合わせて用いてもよい。
【0056】
<芳香族有機リン系化合物>
本発明において、環式ポリアリーレンスルフィド加熱時の環式ポリアリーレンスルフィドの熱劣化による粘度増加を抑制し、各種樹脂に対する流動性向上効果を維持するために環式ポリアリーレンスルフィドに添加される安定剤として、ホスフェートを除く種々の芳香族有機リン系化合物が用いられる。
【0057】
ホスフェートを除く種々の芳香族有機リン系化合物とは、ホスフィン(PR)、ホスフィンオキシド(RP=O)、亜ホスフィン酸(RPOR)、ホスフィン酸(次亜リン酸)(RP(=O)OR)、亜ホスホン酸(RP(OR))、ホスホン酸(ホスホネート)(RP(=O)(OR))、亜リン酸(ホスファイト)(P(OH))、(RはHまたは有機基であり、同じであっても異なっていても良いが、少なくとも1つが有機基である)などで表される有機リン化合物のうち、Rのうちの少なくとも1つが芳香環である種々の化合物を指す。具体的には例えば、トリフェニルホスフィン、ジフェニル(ペンタフルオロフェニル)ホスフィン、トリス(4−メトキシフェニル)ホスフィン、トリス(ペンタフルオロフェニル)ホスフィン、ビス(ペンタフルオロフェニル)フェニルホスフィン、ジフェニル(p−トリル)ホスフィン、トリ−o−トリルホスフィン、トリ−m−トリルホスフィン、トリ−p−トリルホスフィン、トリス(2,5−ジメチルフェニル)ホスフィン、トリス(3,5−ジメチルフェニル)ホスフィン、トリス(2,6−ジメトキシフェニル)ホスフィン、トリス(4−トリフルオロメチルフェニル)ホスフィン、トリス(4−フルオロフェニル)ホスフィン、トリス(2−メトキシフェニル)ホスフィン、ビス(2−メトキシフェニル)フェニルホスフィン、ジフェニルホスフィン、アリルジフェニルホスフィン、メチルジフェニルホスフィン、エチルジフェニルホスフィン、メトキシジフェニルホスフィン、エトキシジフェニルホスフィン、クロロジフェニルホスフィン、シクロヘキシルジフェニルホスフィン、4−(ジメチルアミノ)フェニルジフェニルホスフィン、フェノキシジフェニルホスフィン、ジフェニルプロピルホスフィン、イソプロピルジフェニルホスフィン、2−(ジフェニルホスフィノ)安息香酸、4−(ジフェニルホスフィノ)安息香酸、ジクロロ(フェニル)ホスフィン、ジメチル(フェニル)ホスフィン、ジエチルフェニルホスフィン、ジ−tert−ブチルフェニルホスフィン、ジシクロヘキシルフェニルホスフィン、メチルフェニルホスフィンクロリド、ビス(2−ジフェニルホスフィノエチル)フェニルホスフィン、ビス(ジフェニルホスフィノ)メタン、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン、1,2−ビス[(2−メトキシフェニル)フェニルホスフィノ]エタン、1,2−ビス[ビス(ペンタフルオロフェニル)ホスフィノ]エタン、1,3−ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパン、1,4−ビス(ジフェニルホスフィノ)ブタン、1,5−ビス(ジフェニルホスフィノ)ペンタン、1,6−ビス(ジフェニルホスフィノ)ヘキサン、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)ベンゼン、4,6−ビス(ジフェニルホスフィノ)フェノキサジン、ビス[2−(ジフェニルホスフィノ)フェニル]エーテル、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エチレン、ビス(ジフェニルホスフィノ)アセチレン、トリス[2−(ジフェニルホスフィノ)エチル]ホスフィン、ビス(2−ジフェニルホスフィノエチル)フェニルホスフィン、2,2’−ビス(ジフェニルホスフィノ)ビフェニル、2−(ジ−tert−ブチルホスフィノ)ビフェニル、2−(ジ−tert−ブチルホスフィノ)−2’−メチルビフェニル、2−(ジシクロヘキシルホスフィノ)ビフェニル、2−(ジシクロヘキシルホスフィノ)−2’−(ジメチルアミノ)ビフェニル、2,2’−ビス(ジフェニルホスフィノ)−1,1’−ビナフチル、2,2’−ビス(ジ−p−トリルホスフィノ)−1,1’−ビナフチル、2−(ジ−tert−ブチルホスフィノ)−1,1’−ビナフチル、2−ジフェニルホスフィノ−2’−メトキシ−1,1’−ビナフチル、メトキシジフェニルホスフィン、エトキシジフェニルホスフィン、フェノキシジフェニルホスフィン、トリフェニルホスフィンオキシド、トリス(4−メチルフェニル)ホスフィンオキシド、アリルジフェニルホスフィンオキシド、ジフェニルホスフィンオキシド、メトキシメチル(ジフェニル)ホスフィンオキシド、メチル(ジフェニル)ホスフィンオキシド、ジフェニルホスフィン酸、トリフェニルホスファイト、ジフェニルホスファイト、ジベンジルホスファイト、トリ-p-トリルホスファイト、トリ-o-トリルホスファイト、トリス(2,4−ジ−t−ブチルフェニル)ホスファイト、ビス(2,6−ジ−t−ブチル−4−メチルフェニル)ペンタエリスリトール−ジ−ホスファイト、ビス(2,4−ジクミルフェニル)ペンタエリスリトール−ジ−ホスファイト、ジフェニルメチルホスホネート、ジ−o−トリルメチルホスホネート、ジメチルフェニルホスホネート、ジエチルフェニルホスホネート、フェニルホスホン酸、などが例示できる。これらの中でも加熱時の分解や揮散が少ない化合物が好ましいという面から、前記した構造のうち、Rが全て有機基である化合物が好ましい。
【0058】
また、加熱時の揮散が少ない化合物として、芳香族有機リン系化合物の分子量は250以上であることが好ましく、300以上であることがより好ましく、350以上であることがさらに好ましい。
【0059】
このような芳香族有機リン系化合物の中でも、経済性及び取り扱いの容易さの面から、本発明における芳香族有機リン系化合物としては、ビス(ジフェニルホスフィノ)メタン、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン、1,2−ビス[(2−メトキシフェニル)フェニルホスフィノ]エタン、1,2−ビス[ビス(ペンタフルオロフェニル)ホスフィノ]エタン、1,3−ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパン、1,4−ビス(ジフェニルホスフィノ)ブタン、1,5−ビス(ジフェニルホスフィノ)ペンタン、1,6−ビス(ジフェニルホスフィノ)ヘキサン、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)ベンゼン、トリス(2,4−ジ−t−ブチルフェニル)ホスファイト、ビス(2,6−ジ−t−ブチル−4−メチルフェニル)ペンタエリスリトール−ジ−ホスファイト、ビス(2,4−ジクミルフェニル)ペンタエリスリトール−ジ−ホスファイトなどが好ましく用いられる。
【0060】
これらの芳香族有機リン系化合物は、1種単独で用いてもよいし2種以上混合あるいは組み合わせて用いてもよい。
【0061】
ただし、芳香族有機リン系化合物は、遷移金属化合物に対する配位子としての作用を有し、芳香族有機リン系化合物と遷移金属化合物からなる遷移金属錯体を形成することがあり、芳香族有機リン系化合物と遷移金属化合物からなる遷移金属錯体は環式ポリアリーレンスルフィドのポリアリーレンスルフィドへの転化を促進する傾向にある。粘度が低く、高い流動性向上効果を有する、加熱時の熱安定性に優れる環式ポリアリーレンスルフィド組成物を得るためには、環式ポリアリーレンスルフィド中の遷移金属化合物の含有量は0.001モル%以下であることが必要であり、0.001モル%未満が好ましく0.0007モル%以下であることがより好ましい。
【0062】
環式ポリアリーレンスルフィド中の遷移金属化合物の量は、例えば、特開2009−030012や特開2007−231255に開示されているような、環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法によれば、この範囲となる。
【0063】
なお、遷移金属化合物の定性及び定量方法としては、例えば高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP発光分光分析法)、ICP質量分析法、X線吸収微細構造(XAFS)解析、蛍光X線分析、多核NMR(核磁気共鳴分光法)、紫外・可視・近赤外分光法、イオンクロマトグラフィー分析などが挙げられる。
【0064】
<リン系化合物の添加>
使用するリン系化合物の濃度は、環式ポリアリーレンスルフィドの組成やリン系化合物の種類により異なるが、通常、環式ポリアリーレンスルフィド中の硫黄原子に対して、環式ポリアリーレンスルフィドの熱安定性向上効果の観点からは0.01モル%以上が好ましく、0.1モル%以上がより好ましく、0.5モル%以上がさらに好ましく、1モル%以上がよりいっそう好ましく、環式ポリアリーレンスルフィドの流動性向上効果及び加熱時に発生するガス成分の観点からは20モル%以下が好ましく、15モル%以下がより好ましく、10モル%以下がさらに好ましい。なお、環式ポリアリーレンスルフィド組成物に含まれるリン系化合物の量は、一般的に仕込み量と一致する。
【0065】
前記リン系化合物の環式ポリアリーレンスルフィドへの添加に際しては、そのまま添加すればよいが、環式ポリアリーレンスルフィドにリン系化合物を添加した後、均一に分散させることが好ましい。均一に分散させる方法として、例えば機械的に分散させる方法、溶媒を用いて分散させる方法などが挙げられる。機械的に分散させる方法として、具体的には粉砕機、撹拌機、混合機、振とう機、乳鉢を用いる方法などが例示できる。溶媒を用いて分散させる方法として、具体的には環式ポリアリーレンスルフィドを適宜な溶媒に溶解または分散し、これにリン系化合物を所定量加えた後、溶媒を除去する方法などが例示できる。また、リン系化合物の分散に際して、リン系化合物が固体である場合、より均一な分散が可能となるためリン系化合物の平均粒径は1mm以下であることが好ましい。
【0066】
<本発明の環式ポリアリーレンスルフィド組成物の熱安定性>
本発明の環式ポリアリーレンスルフィド組成物が、各種熱可塑性樹脂に配合され溶融加工時に安定な流動性向上効果を発現するためには、溶融加工温度に加熱された際にも環式ポリアリーレンスルフィド組成物の粘度が低く、高い流動性向上効果を有することが好ましく、そのためには溶融加工温度に加熱された際に、環式ポリアリーレンスルフィド組成物中に含まれる環式ポリアリーレンスルフィドがポリアリーレンスルフィドに転化しないことが好ましい。
【0067】
環式ポリアリーレンスルフィド組成物が、溶融加工時に安定な流動性向上効果を発現するために好ましい溶融粘度としては、各種樹脂の種類、各種樹脂に対する環式ポリアリーレンスルフィド組成物の配合量及び環式ポリアリーレンスルフィド組成物の組成により異なるが、例えば環式ポリアリーレンスルフィド組成物を300℃で60分間加熱した際の、加熱後の環式ポリアリーレンスルフィド組成物を300℃、剪断速度200sec―1で測定した溶融粘度が10Pa・s以下であることが好ましい範囲として例示できる。より好ましくは1Pa・s以下、さらに好ましくは0.1Pa・s以下であり、このような範囲であれば、環式ポリアリーレンスルフィド組成物は高い流動性向上効果を発現する傾向にある。
【0068】
また、環式ポリアリーレンスルフィド組成物の溶融粘度が上記のような範囲にあるためには、環式ポリアリーレンスルフィド組成物中に含まれる環式ポリアリーレンスルフィドが溶融加工温度に加熱された際にポリアリーレンスルフィドに転化せず安定に存在することが好ましい。
【0069】
環式ポリアリーレンスルフィド組成物の溶融粘度が上記のような範囲にあるために好ましい環式ポリアリーレンスルフィド組成物の熱安定性を示す指標としては、環式ポリアリーレンスルフィド組成物の組成により異なるが、例えば環式ポリアリーレンスルフィド組成物を300℃で60分間加熱した際の、加熱後の環式ポリアリーレンスルフィド組成物中に含まれる環式ポリアリーレンスルフィド量の、加熱前の環式ポリアリーレンスルフィド組成物中に含まれる環式ポリアリーレンスルフィド量に対する割合(環式ポリアリーレンスルフィド残存率)が70%以上であることが好ましい範囲として例示できる。より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上であり、このような範囲であれば、環式ポリアリーレンスルフィド組成物は高い流動性向上効果を発現する傾向にある。
【0070】
<本発明の環式ポリアリーレンスルフィド組成物を配合した樹脂組成物>
本発明の環式ポリアリーレンスルフィド組成物は、各種樹脂に配合して用いることが可能であり、このような高い熱安定性を有する環式ポリアリーレンスルフィド組成物を配合した樹脂組成物は、溶融加工時の優れた流動性を発現し、かつ流動性向上効果が安定に維持される傾向にある。このような安定な流動性向上効果は、樹脂組成物を溶融加工する際の加熱温度が低くても溶融加工性に優れるという特徴を発現するため、射出成形品や繊維、フィルムなどの押出成形品に加工する際の溶融加工性の向上をもたらす点で大きなメリットとなる。環式ポリアリーレンスルフィド組成物を配合した際にこの様な特性の向上が発現する理由は定かではないが、環式ポリアリーレンスルフィドの構造の特異性、すなわち環状構造であるために通常の線状化合物と比較してコンパクトな構造をとりやすいため、マトリックスである各種樹脂との絡み合いが少なくなりやすいこと、各種樹脂に対して可塑剤として作用すること、またマトリックス樹脂どうしの絡み合い抑制にも奏効するためと推測している。
【0071】
環式ポリアリーレンスルフィド組成物を配合する各種樹脂に特に制限はなく、結晶性樹脂及び非晶性樹脂の熱可塑性樹脂、また熱硬化性樹脂にも適用が可能である。
【0072】
ここで結晶性樹脂の具体例としては例えば、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、シンジオタクチックポリスチレンなどのポリオレフィン系樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリケトン樹脂、ポリイミド樹脂及びこれらの共重合体などが挙げられ、1種または2種以上併用してもよい。中でも、耐熱性、成形性、流動性及び機械特性の点で、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂が好ましい。また、得られる成形品の透明性の面からはポリエステル樹脂が好ましい。各種樹脂として結晶性樹脂を用いる場合は、上述した流動性の向上の他に結晶化特性も向上する傾向がある。また、各種樹脂としてポリフェニレンスルフィド樹脂を用いることも特に好ましく、この場合、流動性の向上と共に、結晶性の向上、さらにはこれらが奏効した効果として射出成形時のバリ発生が顕著に抑制されるという特徴が発現しやすい傾向にある。
【0073】
非晶性樹脂としては非晶性を有する溶融成形可能な樹脂であれば、特に限定されないが、耐熱性の点で、ガラス転移温度が50℃以上であることが好ましく、60℃以上であることがより好ましく、70℃以上であることがさらに好ましく、80℃以上であることが特に好ましい。上限は、特に限定されないが、成形性などの点から300℃以下であることが好ましく、280℃以下であることがより好ましい。なお、本発明において、非晶性樹脂のガラス転移温度は、示差熱量測定において非晶性樹脂を30℃〜予測されるガラス転移温度以上まで、20℃/分の昇温条件で昇温し1分間保持した後、20℃/分の降温条件で0℃まで一旦冷却し、1分間保持した後、再度20℃/分の昇温条件で測定した際に観察されるガラス転移温度(Tg)を指す。この具体例としては、非晶性ナイロン樹脂、ポリカーボネート(PC)樹脂、ポリアリレート樹脂、ABS樹脂、ポリ(メタ)アクリレート樹脂、及びポリ(メタ)アクリレート共重合、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂から選ばれる少なくとも1種が例示でき、1種または2種以上併用してもよい。これら非晶性樹脂の中でも、特に高い透明性を有するポリカーボネート(PC)樹脂、ABS樹脂の中でも透明ABS樹脂、ポリアリレート樹脂、ポリ(メタ)アクリレート樹脂、及びポリ(メタ)アクリレート共重合、ポリエーテルスルホン樹脂を好ましく使用することができる。各種樹脂として非晶性樹脂を用いる場合には、前述の溶融加工時の流動性向上に加えて、透明性に優れる非晶性樹脂を使用した場合においては、高い透明性を維持させることができるという特徴を発現できる。ここで、非晶性樹脂組成物に高い透明性を発現させたい場合には、環式ポリアリーレンスルフィド組成物として、環式ポリアリーレンスルフィドに含まれる前記(A)式の環式化合物が異なる繰り返し数を有する環式化合物の混合物である環式ポリアリーレンスルフィド組成物を用いることが好ましい。なお、環式ポリアリーレンスルフィド組成物として、環式ポリアリーレンスルフィドに含まれる前記(A)式の環式化合物が単一の繰り返し数を有する単独化合物であるものを用いる場合、このような環式ポリアリーレンスルフィド組成物は融点が高い傾向にあるため、非晶性樹脂と溶融混練する際に十分に溶融分散せずに樹脂中に凝集物となったり透明性が低下する傾向にあるが、前述したように環式ポリアリーレンスルフィド組成物中の環式ポリアリーレンスルフィドに含まれる前記(A)式のmが異なる繰り返し数を有する環式化合物の混合物である環式ポリアリーレンスルフィド組成物はその融解温度が低い傾向にあり、このことは溶融混練時の均一性の向上に効果的である。ここで、本発明の環式ポリアリーレンスルフィド組成物中の環式ポリアリーレンスルフィドに含まれる前記(A)式の環式化合物は、異なる繰り返し数を有する環式化合物の混合物であるため、高い透明性を有する非晶性樹脂組成物を得たい場合に特に有利である。
【0074】
環式ポリアリーレンスルフィド組成物を各種樹脂に配合する際の配合量に特に制限はないが、各種樹脂100重量部に対して配合する、本発明の環式ポリアリーレンスルフィド組成物中に含まれる環式ポリアリーレンスルフィド量の下限は、0.1重量部以上であることが好ましく、0.5重量部以上であることがより好ましく、1重量部以上であることがさらに好ましく、5重量部以上であることがよりいっそう好ましい。上記範囲の場合、十分な流動性向上効果を発現する。上限としては、50重量部以下であることが好ましく、20重量部以下であることがより好ましく、10重量部以下であることがさらに好ましい。上記範囲の場合は、樹脂そのものの特性を低下させることなく、また樹脂組成物の過度の粘度低下を招くことがないため、成形加工性も良好となる。
【0075】
また、ポリフェニレンスルフィド樹脂への環式ポリアリーレンスルフィド組成物の配合に関して、ポリフェニレンスルフィド樹脂はその製造における重合時に副生成物として生成する環式ポリフェニレンスルフィドを含有しているが、一般的な方法で得られるポリフェニレンスルフィド中に含まれる環式ポリフェニレンスルフィド量は通常5重量%未満と少なく、重合時に副生する環式ポリフェニレンスルフィド量だけではポリフェニレンスルフィド樹脂の流動性向上効果は不十分である。
【0076】
ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対して配合する、本発明の環式ポリアリーレンスルフィド組成物中に含まれる環式ポリアリーレンスルフィド量の下限は、0.1重量部以上であることが好ましく、0.5重量部以上であることがより好ましく、1重量部以上であることがさらに好ましく、5重量部以上であることがよりいっそう好ましいが、十分な流動性向上効果を発現するためには、一般的な方法で得られるポリフェニレンスルフィド中に含まれる環式ポリフェニレンスルフィド量と環式ポリアリーレンスルフィド組成物中に含まれる環式ポリアリーレンスルフィド量との合計が、5重量%以上となることがさらにいっそう好ましい。
【0077】
また、上記樹脂組成物には必要に応じてさらに繊維状及び/または非繊維状の充填材を配合することも可能であり、その配合量は前記各種樹脂100重量部に対して0.5〜400重量部、好ましくは0.5〜300重量部、より好ましくは1〜200重量部、さらに好ましくは1〜100重量部の範囲が例示でき、これにより優れた流動性を維持しつつ機械的強度が向上できる傾向にある。充填剤の種類としては、繊維状、板状、粉末状、粒状などのいずれの充填剤も使用することができる。これら充填剤の好ましい具体例としてはガラス繊維、タルク、ワラステナイト、及びモンモリロナイト、合成雲母などの層状珪酸塩が例示でき、特に好ましくはガラス繊維である。ガラス繊維の種類は、一般に樹脂の強化用に用いるものなら特に限定はなく、例えば長繊維タイプや短繊維タイプのチョップドストランド、ミルドファイバーなどから選択して用いることができる。また、上記の充填剤は2種以上を併用して使用することもできる。なお、本発明に使用する上記の充填剤はその表面を公知のカップリング剤(例えば、シラン系カップリング剤、チタネート系カップリング剤など)、その他の表面処理剤で処理して用いることもできる。また、ガラス繊維はエチレン/酢酸ビニル共重合体などの熱可塑性樹脂、エポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂で被覆あるいは集束されていてもよい。
【0078】
また、樹脂組成物の酸化防止のために、フェノール系化合物などの中から選ばれた1種以上の酸化防止剤を含有せしめることも可能である。かかる酸化防止剤の配合量は、酸化防止効果の点から前記各種樹脂100重量部に対して、0.01重量部以上、特に0.02重量部以上であることが好ましく、成形時に発生するガス成分の観点からは、5重量部以下、特に1重量部以下であることが好ましい。
【0079】
さらに、前記樹脂組成物には以下のような化合物、すなわち、有機チタネート系化合物、有機ボラン系化合物などのカップリング剤、ポリアルキレンオキサイドオリゴマ系化合物、チオエーテル系化合物、エステル系化合物、有機リン系化合物などの可塑剤、タルク、カオリン、有機リン系化合物、ポリエーテルエーテルケトンなどの結晶核剤、モンタン酸ワックス類、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸アルミなどの金属石鹸、エチレンジアミン・ステアリン酸・セバシン酸重宿合物、シリコーン系化合物などの離型剤、次亜リン酸塩などの着色防止剤、その他、滑剤、紫外線防止剤、着色剤、難燃剤、発泡剤などの通常の添加剤を配合することができる。上記化合物はいずれも前記各種樹脂100重量部に対して20重量部未満、好ましくは10重量部以下、さらに好ましくは1重量部以下の添加でその効果が有効に発現する傾向にある。
【0080】
なお、ここで酸化防止剤、可塑剤、結晶核剤、着色防止剤などとして各樹脂にリン系化合物を配合する場合は、環式ポリアリーレンスルフィド組成物を配合した樹脂組成物中の亜リン酸金属塩類、次亜リン酸金属塩類から選ばれる1種以上の無機リン系化合物、あるいはホスフェートを除く芳香族有機リン系化合物の量が、樹脂組成物中に配合された環式ポリアリーレンスルフィド中の硫黄原子に対し、本願発明の範囲を満たすことが好ましい。
【0081】
上記のごとき環式ポリアリーレンスルフィド組成物を配合してなる樹脂組成物を製造する方法は特に限定されるものではないが、例えば環式ポリアリーレンスルフィド組成物、各種樹脂及び必要に応じてその他の充填材や各種添加剤を予めブレンドした後、各種樹脂及び環式ポリアリーレンスルフィドの融点以上において一軸または二軸押出機、バンバリーミキサー、ニーダー、ミキシングロールなどの通常公知の溶融混合機で溶融混練する方法、溶液中で混合した後に溶媒を除く方法などが用いられる。ここで環式ポリアリーレンスルフィド組成物として、環式ポリアリーレンスルフィドに含まれる前記(A)式の環式化合物が単一の繰り返し数を有する単独化合物であるものを用いる場合や、異なる繰り返し数を有する環式化合物の混合物であるものであっても結晶性が高く融点が高いものを用いる場合は、環式ポリアリーレンスルフィド組成物を環式ポリアリーレンスルフィド組成物が溶解する溶媒に予め溶解して供給し溶融混練の際に溶媒を除去する方法、環式ポリアリーレンスルフィド組成物をその融点以上で一旦溶解した後に急冷することで結晶化を抑え、非晶状としたものを供給する方法、あるいはプリメルターを環式ポリアリーレンスルフィド組成物の融点以上に設定し、プリメルター内で環式ポリアリーレンスルフィド組成物のみを溶融させ、融液として供給する方法などを採用することができる。
【0082】
上記で得られる、各種樹脂に環式ポリアリーレンスルフィド組成物を配合した樹脂組成物は通常公知の射出成形、押出成形、ブロー成形、プレス成形、紡糸などの任意の方法で成形することができ、各種成形品に加工し利用することができる。成形品としては、射出成形品、押出成形品、ブロー成形品、フィルム、シート、繊維などとして利用できる。またこれにより得られた各種成形品は、自動車部品、電気・電子部品、建築部材、各種容器、日用品、生活雑貨及び衛生用品など各種用途に利用することができる。また、上記樹脂組成物及びそれからなる成形品は、リサイクルすることが可能である。例えば、樹脂組成物及びそれからなる成形品を粉砕し、好ましくは粉末状とした後、必要に応じて添加剤を配合して得られる樹脂組成物は、上記樹脂組成物と同じように使用でき、成形品とすることも可能である。
【実施例】
【0083】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。これら例は例示的なものであって限定的なものではない。
【0084】
<環式ポリアリーレンスルフィド量の測定>
環式ポリアリーレンスルフィド組成物中の環式ポリアリーレンスルフィド量の定量は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて下記方法で行った。
【0085】
環式ポリアリーレンスルフィド組成物の加熱により得られた生成物約10mgを250℃で1−クロロナフタレン約5gに溶解させた。室温に冷却すると沈殿が生成した。孔径0.45μmのメンブランフィルターを用いて1−クロロナフタレン不溶成分を濾過し、1−クロロナフタレン可溶成分を得た。得られた可溶成分のHPLC測定により、未反応の環式ポリアリーレンスルフィド量を定量した。HPLCの測定条件を以下に示す。
【0086】
装置:島津株式会社製 LC−10Avpシリーズ
カラム:Mightysil RP−18 GP150−4.6(5μm)
検出器:フォトダイオードアレイ検出器(UV=270nm)。
【0087】
<溶融粘度の測定>
溶融粘度測定は、Physica MCR501を用いて、測定温度である300℃において、剪断速度を0.3〜210sec−1まで段階的に昇速、その後降速した値を測定し、200sec−1における昇速と降速の平均値を算出した。
【0088】
参考例1(環式ポリアリーレンスルフィドの調製)
撹拌機付きの70リットルオートクレーブに、47.5%水硫化ナトリウム8.27kg(70.0モル)、96%水酸化ナトリウム2.96kg(71.0モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)11.44kg(116モル)、酢酸ナトリウム1.72kg(21.0モル)、及びイオン交換水10.5kgを仕込み、常圧で窒素を通じながら約240℃まで約3時間かけて徐々に加熱し、精留塔を介して水14.8kg及びNMP280gを留出した後、反応容器を160℃に冷却した。なお、この脱液操作の間に仕込んだイオウ成分1モル当たり0.02モルの硫化水素が系外に飛散した。
【0089】
次に、p−ジクロロベンゼン10.3kg(70.3モル)、NMP9.00kg(91.0モル)を加え、反応容器を窒素ガス下に密封した。240rpmで撹拌しながら、0.6℃/分の速度で270℃まで昇温し、この温度で140分保持した。水1.26kg(70モル)を15分かけて圧入しながら250℃まで1.3℃/分の速度で冷却した。その後220℃まで0.4℃/分の速度で冷却してから、室温近傍まで急冷し、スラリー(A)を得た。このスラリー(A)を20.0kgのNMPで希釈しスラリー(B)を得た。
【0090】
80℃に加熱したスラリー(B)10kgをふるい(80mesh、目開き0.175mm)で濾別し、メッシュオン成分としてスラリーを含んだ顆粒状PPS樹脂を、濾液成分としてスラリー(C)を約7.5kg得た。
【0091】
得られたスラリー(C)1000gをロータリーエバポレーターに仕込み、窒素で置換してから、減圧下100〜150℃で1.5時間処理した後に、真空乾燥機で150℃、1時間処理して固形物を得た。
【0092】
この固形物にイオン交換水1200g(スラリー(C)の1.2倍量)を加えた後、70℃で30分撹拌して再スラリー化した。ラジオライト#800S(昭和化学工業株式会社製)3gをイオン交換水10gに分散させた分散液を目開き10〜16μmのガラスフィルターで吸引濾過することで、フィルター上にラジオライトを積層し、これを用いてスラリーを固液分離した。得られた褐色のケークにイオン交換水1200gを加えて70℃で30分撹拌して再スラリー化し、同様に吸引濾過後、70℃で5時間真空乾燥してポリフェニレンスルフィド混合物を14.0g得た。
【0093】
得られたポリフェニレンスルフィド混合物を10g分取し、溶剤としてクロロホルム240gを用いて、浴温約80℃でソックスレー抽出法により5時間ポリフェニレンスルフィド混合物と溶剤を接触させ、抽出液を得た。得られた抽出液は室温で一部固形状成分を含むスラリー状であった。この抽出液スラリーからエバポレーターを用いて約200gのクロロホルムを留去した後、これをメタノール500gに撹拌しながら約10分かけてゆっくりと滴下した。滴下終了後、約15分間攪拌を継続した。沈殿物を目開き10〜16μmのガラスフィルターで吸引濾過して回収し、得られた白色ケークを70℃で3時間真空乾燥して白色粉末を3.0g得た。白色粉末の収率は用いたポリフェニレンスルフィド混合物に対して31%であった。
【0094】
この白色粉末の赤外分光分析における吸収スペクトルより、白色粉末はフェニレンスルフィド単位からなる化合物であることを確認した。また、高速液体クロマトグラフィー(装置;島津社製LC−10,カラム;C18,検出器;フォトダイオードアレイ)より成分分割した成分のマススペクトル分析、さらにMALDI−TOF−MSによる分子量情報より、この白色粉末はp−フェニレンスルフィド単位を主要構成単位とし繰り返し単位数4〜12の環式化合物を重量分率で約94重量%含み、繰り返し数が6の環式化合物の重量分率は6重量%であることがわかった。
【0095】
300℃、剪断速度200sec―1で測定した環式ポリフェニレンスルフィドの溶融粘度は0.1Pa・s以下(0.01Pa・s)であり十分に低粘度であった。
【0096】
また、環式ポリフェニレンスルフィドを電気炉で加熱し得られた灰化物を用い、ICP質量分析法及びICP発光分光分析法で遷移金属の含有量を求めたところ、環式ポリフェニレンスルフィドに含まれる遷移金属は鉄2ppm、ニッケル0.9ppm、クロム0.1ppmであり、すなわち、遷移金属の含有量は環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対し0.0006モル%であった。
【0097】
実施例1
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対して次亜リン酸ナトリウムを1モル%混合した粉末300mgを、ガラス製アンプルに仕込み、アンプル内を窒素で置換した。300℃に温調した電気炉内にアンプルを設置し60分間加熱した後、アンプルを取り出し室温まで冷却し、黄色固体を得た。生成物は1−クロロナフタレンに250℃で全溶であった。HPLC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィド残存率は91%であった。300℃、剪断速度200sec―1で測定した、得られた固体の溶融粘度は0.1Pa・s未満であった。結果を表1に示した。
【0098】
実施例2
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対して次亜リン酸カルシウムを0.5モル%混合した粉末300mgを、ガラス製アンプルに仕込み、アンプル内を窒素で置換した。300℃に温調した電気炉内にアンプルを設置し60分間加熱した後、アンプルを取り出し室温まで冷却し、黄色固体を得た。生成物は1−クロロナフタレンに250℃で全溶であった。HPLC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィド残存率は80%であった。300℃、剪断速度200sec―1で測定した、得られた固体の溶融粘度は0.1Pa・s未満であった。結果を表1に示した。
【0099】
実施例3
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対して1,2‐ビス(ジフェニルホスフィノ)エタンを1モル%混合した粉末300mgを、ガラス製アンプルに仕込み、アンプル内を窒素で置換した。300℃に温調した電気炉内にアンプルを設置し60分間加熱した後、アンプルを取り出し室温まで冷却し、黄色固体を得た。生成物は1−クロロナフタレンに250℃で全溶であった。HPLC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィド残存率は87%であった。300℃、剪断速度200sec―1で測定した、得られた固体の溶融粘度は0.1Pa・s未満であった。結果を表1に示した。
【0100】
実施例4
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対してビス(2,6−ジ−t−ブチル−4−メチルフェニル)ペンタエリスリトール−ジ−ホスファイトを0.5モル%混合した粉末300mgを、ガラス製アンプルに仕込み、アンプル内を窒素で置換した。300℃に温調した電気炉内にアンプルを設置し60分間加熱した後、アンプルを取り出し室温まで冷却し、黄色固体を得た。生成物は1−クロロナフタレンに250℃で全溶であった。HPLC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィド残存率は91%であった。300℃、剪断速度200sec―1で測定した、得られた固体の溶融粘度は0.1Pa・s未満であった。結果を表1に示した。
【0101】
実施例5
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対してビス(2,4−ジクミルフェニル)ペンタエリスリトール−ジ−ホスファイトを0.5モル%混合した粉末300mgを、ガラス製アンプルに仕込み、アンプル内を窒素で置換した。300℃に温調した電気炉内にアンプルを設置し60分間加熱した後、アンプルを取り出し室温まで冷却し、茶色固体を得た。生成物は1−クロロナフタレンに250℃で全溶であった。HPLC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィド残存率は89%であった。300℃、剪断速度200sec―1で測定した、得られた固体の溶融粘度は0.1Pa・s未満であった。結果を表1に示した。
【0102】
比較例1
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィド300mgを、ガラス製アンプルに仕込み、アンプル内を窒素で置換した。300℃に温調した電気炉内にアンプルを設置し60分間加熱した後、アンプルを取り出し室温まで冷却し、茶色固体を得た。生成物は1−クロロナフタレンに250℃で全溶であった。HPLC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィド残存率は63%であった。300℃、剪断速度200sec―1で測定した、得られた固体の溶融粘度は30Pa・sであった。結果を表1に示した。
【0103】
比較例2
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対してトリフェニルホスフェートを1モル%混合した粉末300mgを、ガラス製アンプルに仕込み、アンプル内を窒素で置換した。300℃に温調した電気炉内にアンプルを設置し60分間加熱した後、アンプルを取り出し室温まで冷却し、茶色固体を得た。生成物は1−クロロナフタレンに250℃で全溶であった。HPLC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィド残存率は61%であった。300℃、剪断速度200sec―1で測定した、得られた固体の溶融粘度は30Pa・sであった。結果を表1に示した。ホスフェート系化合物を用いた場合は、高い熱安定性を有する環式ポリフェニレンスルフィド組成物は得られなかった。
【0104】
比較例3
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対して塩化パラジウムを0.5モル%、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタンを1モル%混合した粉末300mgを、ガラス製アンプルに仕込み、アンプル内を窒素で置換した。300℃に温調した電気炉内にアンプルを設置し60分間加熱した後、アンプルを取り出し室温まで冷却し、茶色固体を得た。生成物は1−クロロナフタレンに250℃で一部不溶であった。HPLC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィド残存率は28%であった。300℃、剪断速度200sec―1で測定した、得られた固体の溶融粘度は110Pa・sであった。結果を表1に示した。環式ポリフェニレンスルフィド及び芳香族ホスフィン化合物からなる環式ポリフェニレンスルフィド組成物中に、0.001モル%を超えて遷移金属化合物を含む場合には、環式ポリフェニレンスルフィドは高い熱安定性を有さないことがわかった。
【0105】
表1に示した、実施例及び比較例の比較から、特定の、無機リン系化合物または芳香族有機リン系化合物を含む本発明の環式ポリアリーレンスルフィド組成物を加熱しても、熱劣化による溶融粘度の増加は認められず、高い熱安定性を有する環式ポリフェニレンスルフィド組成物を得ることができた。
【0106】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
環式ポリアリーレンスルフィド及び亜リン酸金属塩類、次亜リン酸金属塩類から選ばれる1種以上の無機リン系化合物を含む環式ポリアリーレンスルフィド組成物であって、無機リン系化合物量が環式ポリアリーレンスルフィド中の硫黄原子に対し0.01〜20モル%となる範囲であることを特徴とする環式ポリアリーレンスルフィド組成物。
【請求項2】
環式ポリアリーレンスルフィド及び、ホスフェートを除く芳香族有機リン系化合物を含む環式ポリアリーレンスルフィド組成物であって、有機リン系化合物量が環式ポリアリーレンスルフィド中の硫黄原子に対し0.01〜20モル%となる範囲であり、環式ポリアリーレンスルフィド組成物に含まれる遷移金属化合物が環式ポリアリーレンスルフィド中の硫黄原子に対し0.001モル%以下であることを特徴とする環式ポリアリーレンスルフィド組成物。
【請求項3】
環式ポリアリーレンスルフィドが下記一般式で示される環式化合物を50重量%以上含み、かつ式中の繰り返し数mが4〜50であることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィド組成物。
【化1】

【請求項4】
環式ポリアリーレンスルフィド中、上記一般式中の繰り返し数m=6の環式ポリアリーレンスルフィドの含有量が50重量%未満であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィド組成物。
【請求項5】
環式ポリアリーレンスルフィド中、上記一般式中の繰り返し数m=6の環式ポリアリーレンスルフィドの含有量が30重量%未満であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィド組成物。
【請求項6】
環式ポリアリーレンスルフィド組成物を300℃で60分間加熱した際の、加熱後の環式ポリアリーレンスルフィド組成物を300℃、剪断速度200sec―1で測定した溶融粘度が10Pa・s以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィド組成物。
【請求項7】
環式ポリアリーレンスルフィド組成物を300℃で60分間加熱した際の、加熱後の環式ポリアリーレンスルフィド組成物中に含まれる環式ポリアリーレンスルフィド量が、加熱前の環式ポリアリーレンスルフィド組成物中に含まれる環式ポリアリーレンスルフィド量に対し70%以上であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィド組成物。

【公開番号】特開2013−10952(P2013−10952A)
【公開日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−124287(P2012−124287)
【出願日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】