説明

環式有機化合物の酸化方法及び環式有機化合物の酸化装置

【課題】環式有機化合物の逐次酸化物の生成を抑制し、目的とする化合物を選択的に得ることが可能な環式有機化合物の酸化方法及び環式有機化合物の酸化装置を提供する。
【解決手段】環式有機化合物の酸化方法は、光触媒と、光触媒の作用により活性酸素を発生可能な溶媒に環式有機化合物を溶解した溶液と、を介在させる。そして、不活性ガス雰囲気下で光を照射して前記環式有機化合物を酸化させるとともに、不活性ガスにより逐次酸化物の生成を抑制し、所定の化合物を選択的に得る。また、用いる環式有機化合物が活性酸素を発生可能な溶媒に不溶である場合には、活性酸素を発生可能な気体を介在させて行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環式有機化合物の酸化方法及び環式有機化合物の酸化装置に関する。
【背景技術】
【0002】
環式有機化合物は、炭素骨格を基本とした環状構造をしており、ベンゼンやフェノール等の単環化合物、ナフタレン等の縮合環化合物など多種広範囲な物質が存在し、これらは工業上重要な原料等として用いられている。
【0003】
例えば、フェノールは工業上重要な原料であり、フェノールは、一般的に、クメン法により製造されている。クメン法はクメン(イソプロピルベンゼン)を酸化してアセトンとフェノールを得る化学合成法である。ベンゼンとプロペンをフリーデル・クラフツ反応で付加反応させてクメンを製造し、酸化するとクメンヒドロペルオキシドができる。これを酸で転位させることによってアセトンとフェノールができる。クメン法では、3段階の工程を要し、また、250℃にも及ぶ高温を要する工程が含まれる。更に、フェノール収率はベンゼン換算で5%以下と副成物も多く生成する。このため、より簡易的に収率よくフェノールを製造する方法が望まれている。
【0004】
近年では、ベンゼンを酸化させて直接フェノールに変換する方法が検討されている。例えば、非特許文献1では、パラジウム触媒を用い、200℃条件下でベンゼンをフェノールに変換している。また、非特許文献2では、光触媒として細孔径を制御した酸化チタンを用い、紫外線を照射することでベンゼンをフェノールに変換している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Niwa S,Eswaramoorthy M,Nair J,Raj A,Itoh N,Shoji H,Namba T,Mizukami F;Science,2002,295,105−107
【非特許文献2】Shiraishi Y,Saito N,Hirai T;J.Am.Chem.Soc.2005,127,12820−12822
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1では、200℃もの高温を必要とするため、相応の設備及び熱の供給が必要であり、製造コストが高いという問題がある。また、生成したフェノールの選択率(反応したベンゼンに対する生成したフェノールの割合)は良好ではあるものの、収率(添加したベンゼンに対する生成したフェノールの割合)が低いという問題がある。
【0007】
非特許文献2では、生成したフェノールの収率が高いものの、その選択率が低い。すなわち、フェノールが更に酸化され、ハイドロキノンやカテコール等の2価フェノール、更には1,2,4−トリヒドロキシルベンゼン等の3価フェノール等、多価フェノールにまで酸化されてしまう。このため、生成後のフェノールの分離操作が煩雑になってしまう。また、酸化チタンの光吸収領域である紫外線を照射しており、太陽光を照射して製造しようとすれば、収率及び選択率は低下してしまう。
【0008】
本発明は、上記事項に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、環式有機化合物の逐次酸化物の生成を抑制し、目的とする化合物を選択的に得ることが可能な環式有機化合物の酸化方法及び環式有機化合物の酸化装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の観点に係る環式有機化合物の酸化方法は、
光触媒と、前記光触媒の作用により活性酸素を発生可能な溶媒に環式有機化合物を溶解した溶液と、を介在させ、
不活性ガス雰囲気下で光を照射して前記環式有機化合物を酸化させるとともに、前記不活性ガスにより逐次酸化物の生成を抑制し、所定の化合物を選択的に得る、
ことを特徴とする。
【0010】
本発明の第2の観点に係る環式有機化合物の酸化方法は、
光触媒と、溶媒に環式有機化合物を溶解した溶液と、前記光触媒の作用により活性酸素を発生可能な気体と、を介在させ、
不活性ガス雰囲気下で光を照射して前記環式有機化合物を酸化させるとともに、前記不活性ガスにより逐次酸化物の生成を抑制し、所定の化合物を選択的に得る、
ことを特徴とする。
【0011】
また、前記不活性ガスがCOであってもよい。
【0012】
また、気相における前記COの分圧が200kPa〜320kPaであってもよい。
【0013】
また、酸化チタンに金微粒子を担持させた前記光触媒を用いてもよい。
【0014】
また、前記溶媒が水であってもよい。
【0015】
また、前記環式有機化合物がベンゼンであり、ベンゼンを酸化してフェノールを選択的に得てもよい。
【0016】
本発明の第3の観点に係る環式有機化合物の酸化装置は、
少なくとも一部に光を透過可能な光透過窓を有し、光触媒、前記光触媒の作用により活性酸素を発生可能な溶媒、環式有機化合物及び不活性ガスが充填されるチャンバーと、
前記チャンバー内の気圧を検出する圧力センサと、
前記チャンバー内に供給される前記不活性ガスが充填される不活性ガスタンクと、
前記圧力センサで検出された気圧に基づいて前記不活性ガスの供給を制御する制御装置と、を備える、
ことを特徴とする。
【0017】
本発明の第4の観点に係る環式有機化合物の酸化装置は、
少なくとも一部に光を透過可能な光透過窓を有し、光触媒、前記光触媒の作用により活性酸素を発生可能な気体、溶媒、環式有機化合物及び不活性ガスが充填されるチャンバーと、
前記チャンバー内の気圧を検出する圧力センサと、
前記チャンバー内に供給される前記不活性ガスが充填される不活性ガスタンクと、
前記圧力センサで検出された気圧に基づいて前記不活性ガスの供給を制御する制御装置と、を備える、
ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る環式有機化合物の酸化方法では、COガス等の不活性ガス雰囲気下で、溶媒に溶解させた環式有機化合物を光触媒の触媒作用により酸化する。環式有機化合物が酸化されると最終的にCOになるが、不活性ガス雰囲気下で反応させており、不活性ガスがCO生成機構を抑制するように機能する。このため、逐次酸化物の生成が抑制されるので、目的とする所定の化合物を選択的に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】環式有機化合物の酸化方法の概略構成図である。
【図2】環式有機化合物の酸化装置の概略構成図である。
【図3】他の形態に係る環式有機化合物の酸化装置の概略構成図である。
【図4】Au@P25のTEM写真である。
【図5】P25及びAu@P25の紫外−可視拡散反射スペクトルである。
【図6】P25及びAu@P25の粉末X線回折パターンである。
【図7】反応前後の溶液の高速液体クロマトグラムである。
【図8】CO分圧とベンゼン添加率、フェノールの収率及び選択率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(実施の形態1)
本実施の形態1に係る環式有機化合物の酸化方法は、光触媒と、光触媒の作用により活性酸素を発生可能な溶媒に環式有機化合物を溶解した溶液と、を介在させ、不活性ガス雰囲気下で光を照射して環式有機化合物を酸化するとともに、不活性ガスにより逐次酸化物の生成を抑制して目的とする所定の化合物を選択的に得る方法である。
【0021】
以下、ベンゼンを酸化させて選択的にフェノールを製造する場合を例に取り、詳細に説明する。
【0022】
まず、図1の概略図に示すように、反応容器内に所定量のベンゼンと活性酸素を発生可能な溶媒と光触媒とを入れる。そして、反応容器内の気相にCOガスを充填し、反応容器を密閉する。
【0023】
ここでは、活性酸素を発生可能な溶媒として水を用いている。水には活性酸素としてヒドロキシラジカル(・OH)の発生源となるOHが豊富に存在する。この水にベンゼンを溶解したベンゼン水溶液を反応容器内に添加する。ベンゼンの添加量は、生成したヒドロキシラジカルとの反応が速やかに生じるよう水に溶解する程度とする。ベンゼンの水への最大溶解量は800ppm程度であるので、800ppm程度のベンゼン水溶液を反応容器内に添加すればよい。
【0024】
また、光触媒として金微粒子を担持させた酸化チタンを用いている。酸化チタンは紫外線(波長400nm以下の光)により励起され触媒機能を呈するが、太陽光に含まれる紫外線は数%であるため、太陽光を効率的に利用できず、反応時間が長くなる。酸化チタンに金微粒子を担持させることで、可視光応答性を呈し、太陽光が効率的に利用され触媒機能が高まる。例えば、担持させる金微粒子が球状の場合、波長520〜550nm付近を中心とした光を吸収し励起される。これにより、照射する光が太陽光等の自然光であっても、効率的にヒドロキシラジカルが生成し、ベンゼンがフェノールに変換される反応時間の短縮が実現される。
【0025】
そして、光を照射する。光触媒として金微粒子を担持させた酸化チタンを用いているので、照射する光は太陽光等の自然光でよい。光を照射することで、光触媒の作用により水からヒドロキシラジカルが生成する。ヒドロキシラジカルは反応性が非常に高いため、ベンゼンと反応し、フェノールが生成する。
【0026】
より詳細に説明すると、光触媒に光が当たると、光触媒が励起されて、その表面から電子が飛び出す。このとき、電子が抜け出た穴(正孔)はプラスの電荷を帯びている。正孔は強い酸化力をもち、水中にあるOH(水酸化物イオン)から電子を奪う。このため、電子を奪われたOHは非常に不安定な状態のヒドロキシラジカルになる。
【0027】
ヒドロキシラジカルは強力な酸化力を持つために近くのベンゼンから電子を奪い、自身が安定になろうとする。このため、ベンゼンは電子が奪われるとともにフェノールに変換される。
【0028】
ヒドロキシラジカルは、OHが存在するとともに光触媒に光が照射されている限り、更に生成する。過剰に生成するヒドロキシラジカルによって、生成したフェノールが更に酸化されて、カテコールやハイドロキノン等の2価フェノール、1,2,3−トリハイドロキシベンゼン等の3価フェノールが生成し、最終的には有機化合物の結合を分断され、二酸化炭素になってゆくと考えられる。
【0029】
しかしながら、反応容器内の気相にCOガスを充填していることから、目的とするフェノールを選択的に得ることができ、フェノールの収率及び選択率を高めることができる。
【0030】
そのメカニズムは明らかではないが、以下のように考えられる。まず、気相(充填しているCOガス)と液相(ベンゼン水溶液)との力学的平衡により、上記の二酸化炭素生成機構を抑制するように作用する。即ち、フェノールが逐次酸化されて二酸化炭素が生成することを抑制するものと考えられる。
【0031】
また、生成したフェノールが光触媒との反発により、触媒から脱着しやすくなる。光触媒が酸化チタンから構成される場合、酸化チタンの等電点がpH=5程度であり、pHが5以下では電気的に中性であるため、フェノールと反発する。即ち、COの充填量に応じ、液相中の炭酸が増加してpHが下がり、生成したフェノールが光触媒と反発して脱着することで、光触媒の作用を受けずフェノールの逐次酸化が抑制されるものと考えられる。
【0032】
なお、充填するCOガスが少ない場合では、酸化剤であるヒドロキシラジカルが、吸着したベンゼンとの反応前に消費されてしまうおそれがある。すなわち、COの一部が水溶液中に溶解し、HCOになる。これがヒドロキシラジカルと反応し、パーオキソカーボネート(HOC−CO)となり、COとOになる。これにより、ベンゼンの酸化が滞るおそれがある。一方、充填するCOガスが多すぎる場合では、ベンゼンの酸化まで抑制される結果、フェノールの生成も抑制されるおそれがある。このため、以下のように充填するCOガスの圧力(分圧)が所定の範囲として行うことが好ましい。
【0033】
フェノール生成後、光触媒を濾過等で分離し、水を蒸発させることで高純度のフェノールを得ることができる。
【0034】
上記のようにベンゼン水溶液中のベンゼンを酸化させてフェノールを選択的に得るには、反応容器内におけるCOの分圧が後述の実施例から200kPa以上300kPa以下であることが好ましい。COの分圧を上記圧力範囲にしてベンゼンを酸化させることで、COガスを充填しない場合よりもフェノールの収率及び選択率が向上する。更に好ましくは、COの分圧が220kPa以上270kPa以下である。
【0035】
COガスの充填は、反応容器内の気相におけるCOの分圧が所定の圧力となるようにすれば、いずれの手法で行ってもよい。反応容器内に直接COガスを封入してもよいし、反応容器内にドライアイスを入れて気化してもよい。また、反応容器内に常時COガスを導入する形態でもよい。
【0036】
上記では、光触媒として金微粒子を担持させた酸化チタンを用いたが、光照射により活性酸素を発生させ得るものであれば、これに限定されない。酸化チタンをそのまま用いることも可能である。また、上記では粒状の金微粒子を担持させた例について説明したが、棒状粒子など異方性を有する金微粒子であれば、可視光〜近赤外領域の広範囲の光を吸収し励起するので、より効率的に太陽光を活用でき、反応性を高めることができる。その他、酸化亜鉛や、有機色素で増感した半導体(酸化チタンや酸化亜鉛)を用いることも可能である。
【0037】
また、上記では、不活性ガスとしてCOガスを用いたがこれに限定されない。例えば、窒素やネオン、アルゴン等、用いる溶媒に溶解し難いガスであれば、液相と気相との力学的平衡をもたらし、上述した二酸化炭素生成機構を抑制して逐次酸化物の生成が抑制され、目的とする化合物が選択的に得られる。
【0038】
上記では一例として、環式有機化合物としてベンゼンを用い、ベンゼンを酸化して選択的にフェノールを得る方法について説明したが、種々の環式有機化合物を酸化するとともに、逐次酸化物の生成を抑制し、目的とする化合物を選択的に得る方法に応用することができる。
【0039】
(実施の形態2)
実施の形態2に係る環式有機化合物の酸化方法は、光触媒と、溶媒に環式有機化合物を溶解した溶液と、光触媒の作用により活性酸素を発生可能な気体と、を介在させ、不活性ガス雰囲気下で光を照射して環式有機化合物を酸化させるとともに、不活性ガスにより逐次酸化物の生成を抑制し、所定の化合物を選択的に得る方法である。
【0040】
上述した実施の形態1とは、活性酸素を発生する媒体が溶媒ではなく気体である点で異なる。
【0041】
活性酸素を発生可能な気体として、光触媒の作用によりヒドロキシラジカルやスーパーオキシドアニオン(・O)が生じる水素、酸素を反応容器に導入すればよい。水素、酸素の導入は液相(溶媒に環式有機化合物を溶解した溶液)にバブリング等で導入すればよい。これらの気体は、酸化させる環式有機化合物の種類に応じて導入すればよい。
【0042】
例えば、シクロヘキサンを酸化して、選択的にシクロヘキサノンを得る場合を例に説明する。
【0043】
光触媒と、シクロヘキサンをアセトニトリル等の有機溶媒に溶解した溶液とを反応溶液に入れ、COガス等の不活性ガスを充填する。更に、活性酸素を発生可能な気体として酸素を液相にバブリングによって介在させる。
【0044】
光照射することで、光触媒が励起されて、その表面から電子が飛び出し、この電子が酸素に供給され、スーパーオキシドアニオンが生じる。スーパーオキシドアニオンは不安定な状態であり酸化力が強いため、シクロヘキサンが酸化されて、シクロヘキサノンが生成する。そして、COガスが実施の形態1で説明したように、シクロヘキサノンの更なる酸化を抑制するので、選択的にシクロヘキサノンを得ることが可能である。
【0045】
また、同様にして、ナフタレンを酸化して、医薬や農薬原料の中間体として有用な1,4−ナフトキノンを選択的に得ることが可能である。また、フェナントレンを酸化して、医薬や蛍光色素の中間体として有用な6H−ベンゾ[C]クロメン−6−オールを選択的に得ることが可能である。
【0046】
本実施の形態では、水等の活性酸素を発生させ得る溶媒に不溶な環式有機化合物を酸化させて目的とする所定の化合物を得ようとする場合に、環式有機化合物を汎用有機溶媒に溶解させて酸化させ得る点で有効である。その他については、実施の形態1と同様であるため、説明を省略する。
【0047】
(実施の形態3)
続いて、環式有機化合物の酸化装置について説明する。ここでは、水等の活性酸素を発生可能な溶媒に溶解可能な環式有機化合物の酸化させる装置として、ベンゼンを酸化させて選択的にフェノールを製造する環式有機化合物の酸化装置を例にとり説明する。
【0048】
環式有機化合物の酸化装置1は、図2の概略構成図に示すように、チャンバー10と、圧力センサ12と、不活性ガスタンク20と、溶媒タンク30と、環式有機化合物タンク40と、制御装置50と、光源60と、触媒分離器70と、目的化合物分離器71と、不純物分離器72とを備える。
【0049】
チャンバー10は、溶媒、ベンゼン、光触媒、COガスが充填され、内部でベンゼンを酸化させてフェノールを選択的に生成させる密閉可能な反応容器である。チャンバー10の上部には、光透過窓11が設けられている。光透過窓11は光透過率の高い無色のガラスや樹脂等である。この光透過窓11を透過してチャンバー10内に光が照射される。チャンバー10はステンレス製等、化学的安定性を有するとともに内圧に耐え得る素材から構成される。化学的安定性を有し、機械的強度が高ければ、光透過性が高いガラスや樹脂等でもよく、この場合、光透過窓11が設けられていなくてもよい。
【0050】
また、チャンバー10には、チャンバー10内の気相の圧力を検出する圧力センサ12が設置されている。
【0051】
溶媒タンク30、環式有機化合物タンク40には、それぞれ水、ベンゼンが充填されている。そして、バルブ31、41の開閉、及び、不図示のポンプ等により、チャンバー10にそれぞれ所定量の水、ベンゼンが充填される。
【0052】
不活性ガスタンク20は、二酸化炭素等の不活性ガスが充填されるタンクである。不活性ガスタンク20とチャンバー10とは、不活性ガス導入路22を介して接続されており、不活性ガス導入路22には、バルブ21が設置されている。バルブ21は電磁弁等であり、制御装置50の指令に基づいて開閉する。
【0053】
制御装置50は電気通信的に圧力センサ12及びバルブ21にそれぞれ接続している。制御装置50は、圧力センサ12から送られてくるチャンバー10内の気相の圧力の情報に基づき、バルブ21の開閉を行う。即ち、チャンバー10内の気相の圧力が所定の圧力よりも低い場合、制御装置50はバルブ21を開き、不活性ガスタンク20からチャンバー10に二酸化炭素を導入するよう制御する。一方、チャンバー10内の気相の圧力が所定の圧力よりも高い場合、制御装置50はバルブ21を閉じ、不活性ガスタンク20からチャンバー10への二酸化炭素の導入を停止するよう制御する。
【0054】
光源60は、蛍光灯、白熱電球や擬似太陽光など種々の公知の発光装置が用いられる。
【0055】
触媒分離器70は、反応後の溶液から光触媒を分離、回収する装置である。触媒分離器70として、フィルタ等の濾過器や遠心分離器のほか、固体である光触媒を分離回収可能な公知の分離器が用いられる。
【0056】
目的化合物分離器71は、反応後の溶液中から目的化合物であるフェノールを分離する装置であり、フェノールを分離可能な公知の装置が用いられる。目的化合物分離器71として、例えば、液体クロマトグラフィー等が挙げられる。
【0057】
不純物分離器72は、不純物(フェノール以外の生成物)とベンゼン水溶液を分離する装置であり、ベンゼン水溶液を分離可能な公知の装置が用いられる。
【0058】
上記の構成によれば、チャンバー10内の気相の圧力(COガスの分圧)が、上述した圧力になるようにCOガスを供給するよう制御しているので、良好な収率及び選択率でフェノールを製造することができる。
【0059】
なお、太陽光により反応させる場合には、光源60を備えていなくてもよい。また、上記では一例として、ベンゼンを酸化して選択的にフェノールを得る場合について説明したが、ベンゼンに限られず水等の活性酸素を発生可能な溶媒に溶解可能な種々の環式有機化合物を酸化し、目的とする化合物を選択的に得る場合にも適宜応用できる。
【0060】
また、上記では、水等の活性酸素を発生可能な溶媒に溶解可能な環式有機化合物を酸化させる場合に有効な装置例について説明したが、水等の活性酸素を発生可能な溶媒に不溶な環式有機化合物を酸化させる場合では、図3に示すように、光触媒により活性酸素を発生可能な気体をバブリングにて供給するよう構成されていてもよい。
【0061】
図3に示す環式有機化合物の酸化装置2では、酸素や水素などの活性酸素を発生可能な気体が充填された気体タンク80を備え、気体タンク80は気体供給路82を介してチャンバー10と接続している。気体供給路82のチャンバー10側の先端はチャンバー10の底面付近まで延びている。気体供給路82にはバルブ81が設置されており、バルブ81を開けることで、環式有機化合物が有機溶媒等に溶解された溶液に気体が供給される。
【0062】
なお、環式有機化合物としてシクロヘキサンを酸化してシクロヘキサノンを得る場合では、環式有機化合物タンク40にはシクロヘキサンが充填され、溶媒タンク30にはアセトニトリル等の有機溶媒が充填される。また、目的化合物分離器71には、反応後の溶液中から目的化合物であるシクロヘキサノンを分離可能な公知の装置が用いられる。また、不純物分離器72には、不純物(シクロヘキサノン以外の生成物)と未反応のシクロヘキサン及びアセトニトリルを分離可能な公知の装置が用いられる。更に、シクロヘキサノンとアセトニトリルを分離可能な分離器が設置されていてもよい。また、シクロヘキサノンに限られず水等の活性酸素を発生可能な溶媒に不溶な種々の環式有機化合物を酸化し、目的とする化合物を選択的に得る場合にも適宜応用できる。
【0063】
その他の構成については、上述した環式有機化合物の酸化装置1と同様であるため、説明を省略する。
【実施例】
【0064】
調製した光触媒を用い、光照射によるベンゼンの酸化、フェノールの製造を行った。
【0065】
(光酸化触媒の調整)
脱水エタノール(30mL)に酸化チタン粉末(P25、デグサ社製)(1.0g)及びHAuCl・3HO(0.5g)を添加し、室温で1日攪拌した。
NaBH(0.24g)を添加し、室温で4時間攪拌した。
黒色の沈殿をデカンテーションによって除去した上澄液を遠心分離(3500rpm、15min)して得られた赤紫色の沈殿をエタノールで洗浄し、70℃で1日乾燥した。このようにして、酸化チタンに金微粒子を担持させた光触媒(以下、Au@P25と記す)を得た。
【0066】
図4にAu@P25のTEM(Transmission Electron Microscope)写真、図5にP25及びAu@P25の紫外−可視拡散反射スペクトル、図6に粉末X線回折パターンを示している。図4を見ると金微粒子である黒い斑点が酸化チタン粒子上に確認できる。また、図5を見ると550nm付近にP25では現れない金特有のピークが確認できる。また、図6を見ると、45(2θ/°)に金のピークが現れている。したがって、酸化チタンに金微粒子が担持されていることを確認した。
【0067】
(フェノールの製造)
内容積50mLのガラス(パイレックス(登録商標)製)窓付きステンレス製密閉容器にベンゼン水溶液(20mL,800ppm)、Au@P25(60mg)、CO及び攪拌子を入れ密閉した。COはドライアイスを添加することにより、容器内でガス化させた。
【0068】
攪拌子にてベンゼン水溶液を攪拌しながら、ガラス窓から24時間疑似太陽光を照射し、ベンゼンを酸化してフェノールの製造を行った。
【0069】
なお、ドライアイスの添加量を0mg,40mg,80mg,120mg,200mgとすることで、容器内のCO分圧を0kPa,75kPa,150kPa,230kPa,380kPaとして各種行い、CO分圧によるフェノールの収率及び選択率の影響について評価した。各CO分圧の値は、ドライアイスが容器内の気相に全てガス化したものとして、気体の状態方程式(PV=nRT)から換算した値である。
【0070】
反応前のベンゼン水溶液、ドライアイス添加量0mg,80mg,120mgの反応後の溶液それぞれの高速液体クロマトグラムスペクトルを図7に示す。また、それぞれのCO分圧におけるベンゼンの転化率(Conversion)、生成したフェノールの収率(Yield)及び選択率(Selectivity)を表1に示す。なお、転化率は、添加したベンゼンに対する反応したベンゼンの割合、収率は、添加したベンゼンに対する生成したフェノールの割合、選択率は、反応したベンゼンの割合に対する生成したフェノールの割合である。
【0071】
【表1】

【0072】
図7を見ると、反応後の溶液ではベンゼンのピークが減少するとともに、フェノールのピークが現れており、いずれもフェノールが生成していることが確認できる。また、CO分圧が高くなるにつれて逐次酸化物のピークが減少している。フェノールが更に酸化されて2価フェノールや3価フェノール等のフェノール逐次酸化物の生成が抑制されていることがわかる。
【0073】
なお、CO分圧が230kPaを超えると、収率及び選択率が減少している。これは、COがベンゼンの酸化をも抑制しているものと考えられる。したがって、適度のCO分圧であることが望ましいと考えられる。
【0074】
また、図8に表1の収率及び選択率をプロットしたグラフを示す。図8から、COの分圧が200kPa〜300kPaだとCOを加えない場合に比べ、フェノールの収率及び選択率が良好である。また、220kPa〜270kPaだと、フェノールの選択率が凡そ80%以上と、より良好である。
【0075】
以上、実施例に基づき、環式有機化合物の酸化方法について説明したが、本発明は上記実施例に限定されるものではない。即ち、COガス等の不活性ガス雰囲気下で環式有機化合物を酸化させるとともに、不活性ガスと環式有機化合物を溶媒に溶解した溶液との気相液相における力学的平衡を利用してCO生成機構を抑制し、所望の化合物を選択的に得る方法として広く解釈される。
【産業上の利用可能性】
【0076】
ベンゼン等の環式有機化合物からフェノール等の目的とする化合物を選択的に得る際に利用可能である。
【符号の説明】
【0077】
1 環式化合物の酸化装置
2 環式化合物の酸化装置
10 チャンバー
11 光透過窓
12 圧力センサ
20 不活性ガスタンク
21 バルブ
22 不活性ガス導入路
30 溶媒タンク
31 バルブ
40 環式有機化合物タンク
41 バルブ
50 制御装置
60 光源
70 触媒分離器
71 目的化合物分離器
72 不純物分離器
80 気体タンク
81 バルブ
82 気体供給路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光触媒と、前記光触媒の作用により活性酸素を発生可能な溶媒に環式有機化合物を溶解した溶液と、を介在させ、
不活性ガス雰囲気下で光を照射して前記環式有機化合物を酸化させるとともに、前記不活性ガスにより逐次酸化物の生成を抑制し、所定の化合物を選択的に得る、
ことを特徴とする環式有機化合物の酸化方法。
【請求項2】
光触媒と、溶媒に環式有機化合物を溶解した溶液と、前記光触媒の作用により活性酸素を発生可能な気体と、を介在させ、
不活性ガス雰囲気下で光を照射して前記環式有機化合物を酸化させるとともに、前記不活性ガスにより逐次酸化物の生成を抑制し、所定の化合物を選択的に得る、
ことを特徴とする環式有機化合物の酸化方法。
【請求項3】
前記不活性ガスがCOである、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の環式有機化合物の酸化方法。
【請求項4】
気相における前記COの分圧が200kPa〜320kPaである、
ことを特徴とする請求項3に記載の環式有機化合物の酸化方法。
【請求項5】
酸化チタンに金微粒子を担持させた前記光触媒を用いる、
ことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の環式有機化合物の酸化方法。
【請求項6】
前記溶媒が水である、
ことを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項に記載の環式有機化合物の酸化方法。
【請求項7】
前記環式有機化合物がベンゼンであり、ベンゼンを酸化してフェノールを選択的に得る、
ことを特徴とする請求項1乃至6のいずれか一項に記載の環式有機化合物の酸化方法。
【請求項8】
少なくとも一部に光を透過可能な光透過窓を有し、光触媒、前記光触媒の作用により活性酸素を発生可能な溶媒、環式有機化合物及び不活性ガスが充填されるチャンバーと、
前記チャンバー内の気圧を検出する圧力センサと、
前記チャンバー内に供給される前記不活性ガスが充填される不活性ガスタンクと、
前記圧力センサで検出された気圧に基づいて前記不活性ガスの供給を制御する制御装置と、を備える、
ことを特徴とする環式有機化合物の酸化装置。
【請求項9】
少なくとも一部に光を透過可能な光透過窓を有し、光触媒、前記光触媒の作用により活性酸素を発生可能な気体、溶媒、環式有機化合物及び不活性ガスが充填されるチャンバーと、
前記チャンバー内の気圧を検出する圧力センサと、
前記チャンバー内に供給される前記不活性ガスが充填される不活性ガスタンクと、
前記圧力センサで検出された気圧に基づいて前記不活性ガスの供給を制御する制御装置と、を備える、
ことを特徴とする環式有機化合物の酸化装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図8】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−241008(P2012−241008A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−116397(P2011−116397)
【出願日】平成23年5月24日(2011.5.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人 日本化学会、日本化学会第91春季年会 2011年 講演予稿集II、平成23年 3月11日
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】