説明

環状オレフィン系樹脂の処理方法と成形体

【課題】簡易であり、十分に生化学材料の非吸着化を実現できる、環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体の表面に対する、生化学物質の非吸着化処理方法を提供すること。
【解決手段】環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体の表面に対して、1)成形体の表面をプラズマ放電処理する工程1、及び、2)工程1の後に、成形体の表面を強酸と接触させる工程2を含む表面処理を施して、成形体の表面への生化学物質の吸着を抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体の表面の生化学物質の非吸着化処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環状オレフィン系樹脂は、溶融加工性、流動性、熱収縮性、印刷特性等に優れるため種々の用途に利用されている。前記の特性に加えて、透明性、耐薬品性、防湿性、機械的特性等にも優れるため、医療機器用途、医薬用途又は光学用途等でその使用が広がっている。
【0003】
医薬又は医療機器用途等において、環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体は、タンパク質等の生物由来の物質(生化学物質)を取り扱う保存容器や分析装置等に使用されている。しかし、比較的低濃度の生化学物質を含む医薬や試料を取り扱う場合、生化学物質が成形体表面に吸着されることにより不具合を生じることがある。例えば、生物医薬の容器の場合では、その医薬品が容器表面に吸着され、医薬品の濃度が低下し薬の効果が低下することがある。薬の効果低減や製薬生産量低下抑制のために、生物医薬が吸着し難い表面処理方法が求められている。
【0004】
又、環状オレフィン系樹脂を含む材料からなるマイクロフローデバイスを利用した生体試料の微量分析においては、マイクロフローデバイス用プラスチック基板の表面での環状オレフィン系樹脂による生化学物資の吸着による影響が無視できないほど大きく、正確な分析結果が得難いという問題がある。
【0005】
このため、環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体の表面になんらかの表面処理を施し、生化学物質の吸着を抑制する方法の開発が望まれている。
【0006】
マイクロフローデバイスはマイクロチップと呼ばれる場合があり、特許文献1ではマイクロチップに用いられるプラスチック基板の表面処理方法が報告されている。その報告では、環状オレフィン系樹脂を用いたプラスチック基板に対して表面処理を行う方法として、例えば、飽和環状ポリオレフィン系樹脂を有するプラスチック基板に紫外線処理、コロナ放電処理、電子線処理、低周波及び高周波低温プラズマ放電処理、酸化反応剤を含む化学処理溶液を用いて処理を行い、プラスチック基板表面に水酸基を導入する方法等が提案されている。
【0007】
しかし、かかる表面処理は、マイクロフローデバイスの測定感度を向上させる目的でマイクロフローデバイス用プラスチック基板の検出部を表面処理する方法である。そして、特許文献1に記載される方法により表面処理されたマイクロチップを、さらに、タンパク質やDNA等の生体由来の生化学物質を固定化するのに有効なアミノシラン化合物等で処理する方法が提案されている(特許文献2)。
【0008】
マイクロフローデバイスの高精度化には検出部の高感度化が必要であるが、検体が検出部に到達するまでの流路の表面に吸着を起こすと測定精度が低下する不具合がある。この不具合を解消するために、マイクロフローデバイスの流路を生体物質が吸着し難い表面に改質する方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2003−183425号公報
【特許文献2】特開2003−279572号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は以上のような課題を解決するためになされたものであり、その目的は、簡易であり、十分に生化学物質の非吸着化を実現でき、環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体の表面に対する生化学物質の非吸着化処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体の表面に対して、1)成形体の表面をプラズマ放電処理する工程1、及び、2)工程1の後に、成形体の表面を強酸と接触させる工程2を含む表面処理を施すことにより、生化学物質の吸着を抑制できることを見出した。さらに3)強酸と接触させて処理した成形体の表面を特定のフッ素含有シラン化合物と反応させる工程3を行うことによっても同様な効果が得られることを見出し、本発明を完成するにいたった。より具体的には、本発明は以下のものを提供する。
【0012】
(1) 以下の工程1及び工程2を含む、環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体の表面の生化学物質の非吸着化処理方法:
1)成形体の表面をプラズマ放電処理する工程1;
2)工程1の後に、前記成形体の表面を強酸と接触させる工程2。
【0013】
(2) 工程2の後に、前記成形体の表面と下式(1)で表されるフッ素化合物を反応させる工程3を含む、(1)の非吸着化処理方法。
(R)Si(R・・・(1)
[Rは炭素原子数3から10の含フッ素炭化水素基又はパーフルオロアルキル基から選択される基である。Rは塩素、臭素、ヨウ素、メトキシ基、エトキシ基、n−プロピルオキシ基、又はイソプロピルオキシ基から選択される基である。]
【0014】
(3) 前記強酸が希硫酸である、(1)又は(2)に記載の生化学物質の非吸着化処理方法。
【0015】
(4) (1)から(3)何れかに記載の方法により生化学物質の非吸着化処理された、環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体。
【0016】
(5) (1)から(3)何れかに記載の方法により生化学物質の非吸着化処理された、マイクロフローデバイス用プラスチック基板。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体の表面に、種々の用途で広く利用されているプラズマ放電装置による処理を行い、次いで、強酸による処理を行い、所望により、強酸処理後にさらに特定のフッ素化合物による処理を行うことにより、前記成形体の表面を生化学物質が吸着し難いものとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例1でプラズマ放電処理(工程1)されたプレートのO1sピークに対応する結合エネルギー領域のXPS測定結果を示す図である。
【図2】実施例1で希硫酸処理(工程2)されたプレートのO1sピークに対応する結合エネルギー領域のXPS測定結果を示す図である。
【図3】実施例1で希硫酸処理(工程2)されたプレートのS2pピークに対応する結合エネルギー領域のXPS測定結果を示す図である。
【図4】実施例1でパーフルオロブチルトリクロロシランを反応させた(工程3)プレートのO1sピークに対応する結合エネルギー領域のXPS測定結果を示す図である。
【図5】実施例1でパーフルオロブチルトリクロロシランを反応させた(工程3)プレートのF1sピークに対応する結合エネルギー領域のXPS測定結果を示す図である。
【図6】実施例2でプラズマ放電処理(工程1)されたプレート、及び希硫酸処理(工程2)されたプレートのO1sピークに対応する結合エネルギー領域のXPS測定結果を示す図である。
【図7】実施例2で希硫酸処理(工程2)されたプレート、及び1H,1H,2H,2H−パーフルオロオクチルトリメトキシシランを反応させた(工程3)プレートのSi2pピークに対応する結合エネルギー領域のXPS測定結果を示す図である。
【図8】実施例2で希硫酸処理(工程2)されたプレート、及び1H,1H,2H,2H−パーフルオロオクチルトリメトキシシランを反応させた(工程3)プレートのF1sピークに対応する結合エネルギー領域のXPS測定結果を示す図である。
【図9】実施例3でウシ血清アルブミンで表面を処理された、未処理のプレートの原子間力顕微鏡観察結果を示す図である。
【図10】実施例3でウシ血清アルブミンで表面を処理された、希硫酸処理(工程2)されたプレートの原子間力顕微鏡観察結果を示す図である。
【図11】実施例3でウシ血清アルブミンで表面を処理された、1H,1H,2H,2H−パーフルオロオクチルトリメトキシシランを反応させた(工程3)プレートの原子間力顕微鏡観察結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明するが、本発明は、以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。なお、説明が重複する箇所については、適宜説明を省略する場合があるが、発明の要旨を限定するものではない。
【0020】
まず、本願明細書において、生化学物質とは、タンパク質、酵素、抗体、ポリペプチド、オリゴペプチド、アミノ酸、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド、核酸、脂質、多糖、オリゴ糖、アミノ糖、微生物、又はウイルス等を意味する。生化学物質は、生物材料から抽出等の方法により得られたものに限定されず、生物体外において化学的に合成されたものも含まれる。
【0021】
次に、本発明において用いる環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体について説明する。
【0022】
[環状オレフィン系樹脂]
環状オレフィン系樹脂とは、主鎖が炭素−炭素結合からなり、主鎖の少なくとも一部に環状炭化水素構造を有する高分子化合物である。この環状炭化水素構造は、ノルボルネンやテトラシクロドデセンに代表されるような、環状炭化水素構造中に少なくとも一つのオレフィン性二重結合を有する化合物(環状オレフィン)を単量体として用いることで導入される。
【0023】
環状オレフィン系樹脂(A)は、環状オレフィンの付加(共)重合体又はその水素添加物(1)、環状オレフィンとα−オレフィンの付加共重合体又はその水素添加物(2)、環状オレフィンの開環(共)重合体又はその水素添加物(3)に分類される。
【0024】
環状オレフィンの具体例としては、シクロペンテン、シクロヘキセン、シクロオクテン;シクロペンタジエン、1,3−シクロヘキサジエン等の1環の環状オレフィン;
【0025】
ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン(慣用名:ノルボルネン)、5−メチル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5,5−ジメチル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−エチル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−ブチル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−エチリデン−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−ヘキシル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−オクチル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−オクタデシル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−メチリデン−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−ビニル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−プロペニル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン等の2環の環状オレフィン;
【0026】
トリシクロ[4.3.0.12,5]デカ−3,7−ジエン(慣用名:ジシクロペンタジエン)、トリシクロ[4.3.0.12,5]デカ−3−エン;トリシクロ[4.4.0.12,5]ウンデカ−3,7−ジエン若しくはトリシクロ[4.4.0.12,5]ウンデカ−3,8−ジエン又はこれらの部分水素添加物(又はシクロペンタジエンとシクロヘキセンの付加物)であるトリシクロ[4.4.0.12,5]ウンデカ−3−エン;5−シクロペンチル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−シクロヘキシル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−シクロヘキセニルビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−フェニル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エンといった3環の環状オレフィン;
【0027】
テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカ−3−エン(単にテトラシクロドデセンともいう)、8−メチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカ−3−エン、8−エチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカ−3−エン、8−メチリデンテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカ−3−エン、8−エチリデンテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカ−3−エン、8−ビニルテトラシクロ[4,4.0.12,5.17,10]ドデカ−3−エン、8−プロペニル−テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカ−3−エンといった4環の環状オレフィン;
【0028】
8−シクロペンチル−テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカ−3−エン、8−シクロヘキシル−テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカ−3−エン、8−シクロヘキセニル−テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカ−3−エン、8−フェニル−シクロペンチル−テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカ−3−エン;テトラシクロ[7.4.13,6.01,9.02,7]テトラデカ−4,9,11,13−テトラエン(1,4−メタノ−1,4,4a,9a−テトラヒドロフルオレンともいう)、テトラシクロ[8.4.14,7.01,10.03,8]ペンタデカ−5,10,12,14−テトラエン(1,4−メタノ−1,4,4a,5,10,10a−へキサヒドロアントラセンともいう);ペンタシクロ[6.6.1.13,6.02,7.09,14]−4−ヘキサデセン、ペンタシクロ[6.5.1.13,6.02,7.09,13]−4−ペンタデセン、ペンタシクロ[7.4.0.02,7.13,6.110,13]−4−ペンタデセン;ヘプタシクロ[8.7.0.12,9.14,7.111,17.03,8.012,16]−5−エイコセン、ヘプタシクロ[8.7.0.12,9.03,8.14,7.012,17.113,l6]−14−エイコセン;シクロペンタジエンの4量体等の多環の環状オレフィンが挙げられる。これらの環状オレフィンは、それぞれ単独であるいは2種以上組み合わせて用いることができる。
【0029】
環状オレフィンと共重合可能なα−オレフィンの具体例としては、エチレン、プロピレン、1−ブテン、1−ペンテン、1−へキセン、3−メチル−1−ブテン、3−メチル−1−ペンテン、3−エチル−1−ペンテン、4−メチル−1−ペンテン、4−メチル−1−へキセン、4,4−ジメチル−1−ヘキセン、4,4−ジメチル−1−ペンテン、4−エチル−1−へキセン、3−エチル−1−ヘキセン、1−オクテン、1−デセン、1−ドデセン、1−テトラデセン、1−ヘキサデセン、1−オクタデセン、1−エイコセン等の炭素数2から20、好ましくは炭素数2から8のエチレン又はα−オレフィン等が挙げられる。これらのα−オレフィンは、それぞれ単独で、あるいは2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0030】
環状オレフィン又は環状オレフィンとα−オレフィンとの重合方法及び得られた重合体の水素添加方法は特に限定されず、公知の方法に従って行うことができる。
【0031】
環状オレフィン系樹脂は、好ましくは、エチレンとノルボルネンの付加共重合体、又は、エチレンとテトラシクロドデセンの付加共重合体である。
【0032】
環状オレフィン系樹脂の構造には、特に制限はなく、鎖状でも、分岐状でも、架橋状でもよいが、好ましくは直鎖状である。
【0033】
また、本発明に用いられる環状オレフィン成分を重合成分として含む環状オレフィン系樹脂としては、市販の樹脂を用いることも可能である。市販されている環状オレフィン系樹脂としては、例えば、TOPAS(登録商標)(Topas Advanced Polymers社製)、アペル(登録商標)(三井化学社製)、ゼオネックス(登録商標)(日本ゼオン社製)、ゼオノア(登録商標)(日本ゼオン社製)、アートン(登録商標)(JSR社製)等を挙げることができる。
【0034】
〔その他の成分〕
本発明において、環状オレフィン系樹脂は、本発明の目的を阻害しない範囲の種類及び量の他の熱可塑性樹脂をブレンドした組成物として用いてもよい。環状オレフィン系樹脂と他の熱可塑性樹脂からなる樹脂組成物は、例えば、一軸押出機や二軸押出機等を用いて溶融混練することにより調製できる。
【0035】
本発明において、環状オレフィン系樹脂は、本発明の目的を阻害しない範囲の種類及び量の、酸化防止剤、耐候安定剤、紫外線吸収剤、抗菌剤、難燃剤、着色剤等の種々の添加剤を含むものを用いてもよい。環状オレフィン系樹脂が添加剤を含むものである場合、例えば、環状オレフィン系樹脂と添加剤を、一軸押出機又は二軸押出機等を用いて溶融混練することにより調製できる。
【0036】
[成形体]
本発明の方法により生化学物質の非吸着化処理される成形体は、上記の環状オレフィン系樹脂を、公知の方法により成形することにより製造される。公知の成形方法としては、例えば、射出成形、射出圧縮成形、ガスアシスト法射出成形、押出成形、多層押出成形、回転成形、熱プレス成形、ブロー成形、発泡成形等の方法が挙げられる。
【0037】
環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体の形状は特に制限されない。例えば成形品は、フィルム、シート、チューブ、パイプ、ボトル等の汎用品であってもよく、マイクロフローデバイス用プラスチック基板等の特定の用途に応じて設計された成形品であってもよい。
【0038】
これらの成形体の形状としては、生化学物質を含む試料の分析に使用されるマイクロフローデバイス用プラスチック基板であるのが好ましい。かかる成形体がマイクロフローデバイス用プラスチック基板である場合には、本発明の方法により成形体表面を処理した場合の生化学物質の非特異吸着化の効果が顕著に発揮されるためである。
【0039】
以下、本発明の実施形態について、1)成形体の表面をプラズマ放電処理する工程1、2)工程1の後に、前記成形体の表面を強酸と接触させる工程2、及び、3)工程2の後に、前記成形体の表面と式(1)で表されるフッ素化合物を反応させる工程3について、順に説明する。
【0040】
<工程1>
工程1は、環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体に対してプラズマ放電処理する工程である。前記成形体の表面にプラズマ放電処理を行うことにより、成形体表面を活性化することが出来る。
【0041】
[プラズマ放電処理]
本発明において用いるプラズマ放電装置は、成形体表面にプラズマ放電できるものであれば特に制限されず、従来種々の用途に用いられているプラズマ放電装置を使用することができる。
【0042】
プラズマ放電処理は、放電出力1から100Wで行うのが好ましく、10から1000Paの減圧下に行うのが好ましく、1から10分の時間で処理するのが好ましい。
【0043】
<工程2>
工程2は、工程1においてプラズマ放電処理された成形体表面を、強酸により処理する工程である。本発明では、プラズマ放電処理により活性化した環状オレフィン系樹脂表面に酸素を導入する目的で、成形体の表面を強酸により処理する。
【0044】
[強酸]
強酸としては、硫酸、塩酸、硝酸等の鉱酸や、メタンスルホン酸、トルエンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸等の有機スルホン酸等が挙げられる。これらの強酸は水溶液として使用されるのが好ましい。強酸水溶液は、本発明の目的を阻害しない範囲で、メタノール、エタノール、アセトン等の水溶性有機溶媒を含んでもよい。これらの強酸の中では、成形体表面に酸素を導入しやすいことから、鉱酸を用いるのが好ましく、硫酸を用いるのがより好ましい。硫酸を用いる場合は、希硫酸を用いるのが好ましい。具体的な希硫酸の濃度は、0.01Mから1M、より好ましくは0.05Mから0.2Mである。硫酸の濃度が高すぎる場合には、成形体表面でスルホン化等の望まない反応を生じる恐れがあり、硫酸の濃度が低すぎる場合には、所望の酸素導入効果が得られない場合がある。
【0045】
[強酸による処理]
工程2で、成形体表面を強酸により処理する方法は工程1で活性化された成形体表面に強酸溶液が接触出来る方法であれば特に制限されない。例えば、成形体を強酸の溶液に浸漬する方法、成形体の表面に強酸溶液を流す方法、成形体表面に強酸の溶液を塗布する方法、成形体表面に強酸の溶液を噴霧する方法等が挙げられる。これらの方法の中では、成形体の表面を均一に処理できることから、成形体を強酸の溶液に浸漬する方法や成形体表面に強酸溶液を流す方法が好ましく用いられる。
【0046】
強酸による成形体表面の処理の後は、成形体表面に残留する酸成分を除去する目的で、成形体表面を水洗するのが好ましい。
【0047】
本発明では、以上説明した、工程1及び工程2による表面処理により、環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体の表面への生化学物質の吸着を十分に抑制することができる。しかし、環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体の表面に酸素を導入した場合、疎水結合の抑制により成形体表面へのタンパク質等の生化学物質の吸着を防止出来るが、陽イオン物質、例えば金属イオン等の非特異吸着により生化学分析に障害が生じる場合がある。この様な障害を回避し生化学分析の精度を向上させるためには、工程1及び工程2の処理に加えて、以下に説明する工程3の処理を行い、成形体の表面にフッ化炭素基を導入するのがさらに好ましい。
【0048】
<工程3>
工程3は、工程2において強酸で処理された成形体表面と式(1)で表されるフッ素化合物を反応させる工程である。本発明では、工程1及び工程2により成形体表面に導入された酸素含有基と、式(1)で表されるフッ素化合物を反応させることにより、成形体表面に極性の小さなフッ素含有基を導入し、生化学物質の非吸着化を実現させるものである。
【0049】
[フッ素化合物]
本発明では、環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体の表面処理剤として下式(1)で表されるフッ素化合物を用いる。式(1)で表されるフッ素化合物は複数のものを組み合わせて用いてもよい。
(R)Si(R・・・(1)
[Rは炭素原子数3から10の含フッ素炭化水素基又はパーフルオロアルキル基から選択される基である。Rは塩素、臭素、ヨウ素、メトキシ基、エトキシ基、n−プロピルオキシ基、又イソプロピルオキシ基から選択される基である。]
【0050】
基の具体例としては、3,3,3−トリフルオロプロピル基、2,2,3,3,3−ペンタフルオロプロピル基、3,3,4,4,5,5,6,6,6−ノナフルオロへキシル基、パーフルオロプロピル基、パーフルオロブチル基、パーフルオロヘキシル基、パーフルオロオクチル基、パーフルオロデシル基等が挙げられる。
【0051】
式(1)で表されるフッ素化合物のうち好ましいものとしては、例えば、3,3,3−トリフルオロプロピルトリクロロシラン、2,2,3,3,3−ペンタフルオロプロピルトリクロロシラン、1H,1H,2H,2H−パーフルオロデシルジメチルクロロシラン、1H,1H,2H,2H−パーフルオロデシルメチルジクロロシラン、1H,1H,2H,2H−パーフルオロデシルトリクロロシラン、1H,1H,2H,2H−パーフルオロオクチルジメチルクロロシラン、1H,1H,2H,2H−パーフルオロオクチルメチルジクロロシラン、1H,1H,2H,2H−パーフルオロオクチルトリクロロシラン、3,3,4,4,5,5,6,6,6−ノナフルオロヘキシルトリクロロシラン、3,3,4,4,5,5,6,6,6−ノナフルオロヘキシルメチルジクロロシラン等のフルオロアルキルトリハロシラン類;3,3,3−トリフルオロプロピルトリエトキシシラン、2,2,3,3,3−ペンタフルオロプロピルトリエトキシシラン、パーフルオロメチルトリエトキシシラン、1H,1H,2H,2H−パーフルオロデシルトリエトキシシラン、1H,1H,2H,2H−パーフルオロオクチルトリエトキシシラン、1H,1H,2H,2H−パーフルオロオクチルトリメトキシシラン等のフルオロアルキルトリアルコキシシラン類等が挙げられる。
【0052】
[フッ素化合物による処理]
工程2で得られた、強酸により処理された成形体の表面と、式(1)で表されるフッ素化合物を反応させる方法は、反応が良好に進行する限り特に制限されない。式(1)で表されるフッ素化合物は、メタノール、エタノール等の有機溶媒により希釈されたフッ素化合物溶液として使用するのが好ましい。フッ素化合物溶液の濃度は0.01mMから10mMの範囲が好ましい。フッ素化合物溶液中のフッ素化合物の濃度が低すぎる場合、十分な生化学物質の非吸着化の効果が得られなかったり、反応に長時間を要したりする場合がある。
【0053】
成形体表面とフッ素化合物を反応させる具体的な方法としては、例えば、成形体を前記のフッ素化合物溶液に浸漬する方法、成形体表面に前記のフッ素化合物溶液を流す方法、成形体表面に前記のフッ素化合物溶液を塗布する方法等が挙げられる。これらの方法の中では、操作が簡単であり、成形体の表面を均一に処理できることから、成形体を前記のフッ素化合物溶液に浸漬する方法や成形体表面にフッ素化合物溶液を流す方法が好ましい。
【0054】
成形体表面とフッ素化合物との反応条件は、反応が良好に進行する限り特に制限されない。通常、成形体表面とフッ素化合物との反応は、0℃から50℃、より好ましくは15から35℃の温度において、15分から12時間、より好ましくは30分から2時間の条件で行われる。
【0055】
成形体表面への酸素の結合と式(1)のフッ素化合物の結合は、XPS(X線光電子分光)測定により、O1sに帰属される537eV付近のピークとF1sに帰属される690eV付近のピークの有無によりそれぞれ確認することができる。
【0056】
環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体の表面に工程1及び工程2の処理に加え、工程3の処理を行い成形体表面にフッ化炭素基を導入することにより、生化学物質の非特異吸着を防止できるとともに、成形体表面への陽イオン物質の非特異吸着を抑制することができる。
【0057】
以上説明した方法により表面を処理された成形体は、極性材料である生化学物質の吸着性が大きく低下したものである。このため、本発明の方法により表面処理された成形体は、タンパク質、酵素、抗体、ポリペプチド、オリゴペプチド、アミノ酸、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド、核酸、脂質、多糖、オリゴ糖、アミノ糖、微生物、又はウイルス等の生化学物質を用いる用途に好適に使用される。
【0058】
特に生化学物質を含む試料の微量分析等に用いられるマイクロフローデバイス用の基板の表面を本発明の方法により処理した場合は、試料中の生化学物質の基板表面への吸着が大きく抑えられることにより、分析精度の高い高性能なマイクロフローデバイスを得ることができる。
【実施例】
【0059】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0060】
(実施例1)
環状オレフィン樹脂としてTOPAS8007S−04(ポリプラスチックス株式会社製)を用いて、キャビティーの平均表面粗さ(Za)が約3nmの金型中で射出成形により1mm×70mm×70mmのプレート(未処理プレート)を作製した。
<工程1>
未処理の環状オレフィン樹脂製のプレートを日本電子データム株式会社製JFC−1500型プラズマ放電処理装置にセットして、出力20W、圧力133Paで3分間プラズマ放電処理した。
<工程2>
工程1により処理されたプレートを0.1Mの希硫酸に60分間浸漬した後、純水で充分に洗浄した。
<工程3>
工程2により処理されたプレートをパーフルオロブチルトリクロロシランの濃度0.005Mのエタノール溶液に室温で1時間浸漬した。
【0061】
島津/KRATOS製作所社製AXIS−165型X線電子分光(XPS)装置を用いて、工程1、工程2、及び工程3よる処理後のプレートの表面をXPS測定した。
【0062】
図1に工程1による処理後のプレート、図2に工程2による処理後のプレートのXPS測定結果をそれぞれ示す。図1及び図2から、工程2による処理後のプレートではO1sピークが約20倍増大して、プレート表面に酸素が結合したことが明らかに示された。
【0063】
図3に工程2による処理後のプレートのS2pに対応する結合エネルギー領域のXPS測定結果を示す。図3から明らかな様に、SOに対応するピークが観察されず、硫酸イオンの結合は見られなかった。
【0064】
図4に工程3による処理後のプレートのO1sピークに対応する結合エネルギー領域のXPS測定結果を示し、図5に工程3による処理後のプレートのF1sピークに対応する結合エネルギー領域のXPS測定結果を示す。図4ではO−Si結合に対応するピークが観察され、図5ではCFに対応するピークが観察されたことから、プレート表面にフッ化炭素基が導入されたことが示された。
【0065】
(実施例2)
環状オレフィン樹脂をTOPAS8007S−04からZEONOR1060R(日本ゼオン株式会社製)に代えること、及びパーフルオロブチルトリクロロシランを1H,1H,2H,2H−パーフルオロオクチルトリメトキシシランに代えることの他は、実施例1と同様にプレート作製及び工程1から工程3の表面処理を行った。
【0066】
表面処理を施した各プレート表面のXPS測定結果を図6から図8に示す。図6から工程2による処理後のプレート表面に酸素が結合したことが示された。図7及び図8から工程3によりプレート表面にフッ化炭素基が導入されたことが示された。
【0067】
(実施例3)
パーフルオロブチルトリクロロシランを1H,1H,2H,2H−パーフルオロオクチルトリメトキシシランに代えることの他は、実施例1と同様にプレート作製及び工程1から工程3の表面処理を行った。実施例1と同様にXPS測定を行い、工程2による処理後のプレート表面に酸素が結合したことを確認し、工程3による処理後のプレート表面にフッ化炭素基が導入されたことを確認した。
【0068】
未処理のプレート、工程2により処理されたプレート、工程3により処理されたプレートを用い、リン酸緩衝液にて希釈した1000ppmウシ血清アルブミン(アルドリッチ社製)をプレート表面に滴下して、室温で1時間静置した後、リン酸緩衝液で充分洗浄した。洗浄後のプレート表面を島津製作所社製SPM−9500J3型原子間力顕微鏡(AFM)で観察した。未処理のプレート、工程2により処理されたプレート、及び工程3により処理されたプレートのAFM観察結果を、それぞれ図9、図10、図11に示す。
【0069】
図9から未処理プレート表面ではウシ血清アルブミンの凝集体が観察されることが分かる。図10から工程2により処理されたプレート表面にはウシ血清アルブミンが全く観察されず、環状オレフィン樹脂製のプレートの表面へ酸素を導入することによりウシ血清アルブミンの吸着が防止されることが分かる。図11から工程3により処理されたプレートではウシ血清アルブミンの凝集体は観察されず、プレートの表面をフッ化炭素基を有するシラン化合物で表面処理することによりウシ血清アルブミンの吸着が防止されることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程1及び工程2を含む、環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体の表面の生化学物質の非吸着化処理方法:
1)成形体の表面をプラズマ放電処理する工程1;
2)工程1の後に、前記成形体の表面を強酸と接触させる工程2。
【請求項2】
工程2の後に、前記成形体の表面と下式(1)で表されるフッ素化合物を反応させる工程3を含む、請求項1記載の非吸着化処理方法。
(R)Si(R・・・(1)
[Rは炭素原子数3から10の含フッ素炭化水素基又はパーフルオロアルキル基から選択される基である。Rは塩素、臭素、ヨウ素、メトキシ基、エトキシ基、n−プロピルオキシ基、又はイソプロピルオキシ基から選択される基である。]
【請求項3】
前記強酸が希硫酸である、請求項1又は2に記載の生化学物質の非吸着化処理方法。
【請求項4】
請求項1から3何れかに記載の方法により生化学物質の非吸着化処理された、環状オレフィン系樹脂を含む材料からなる成形体。
【請求項5】
前記項1から3何れかに記載の方法により生化学物質の非吸着化処理された、マイクロフローデバイス用プラスチック基板。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2010−241984(P2010−241984A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−93320(P2009−93320)
【出願日】平成21年4月7日(2009.4.7)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(390006323)ポリプラスチックス株式会社 (302)
【Fターム(参考)】