説明

環状不飽和化合物の製造方法

【課題】環状不飽和化合物を製造するに際し、反応速度や収率及び選択率等の点で優れ、簡便でかつ効率のよい環状不飽和化合物の製造方法を提供する。
【解決手段】α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させる工程を含む環状不飽和化合物の製造方法であって、上記製造方法は、パラジウム触媒及び分子状酸素の存在下で反応を行い、該パラジウム触媒がカルボニル基を有する2価パラジウム化合物を必須成分とする環状不飽和化合物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環状不飽和化合物の製造方法に関する。より詳しくは、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させることによって、環構造と不飽和結合構造とを併せもち、種々の工業用途において有用な有機材料である環状不飽和化合物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環状不飽和化合物は、その骨格内に環構造及び環構造の外側に不飽和結合構造を併せもち、多岐に渡る分野において有用な特性を付与する化合物として期待されている。
例えば、該化合物の化学構造は、生理活性発現骨格として知られており、抗腫瘍剤、抗ウイルス剤等の医農薬中間体として期待される他、不飽和結合の重合性を利用して、耐熱性、光学特性、UV硬化性、粘着性等の特性を有する重合体を製造するための単量体として適用されることが期待されるものである。このような単量体から得られる重合体は、電子情報材料、電池材料、光学材料、レジスト材料、液晶材料、フィルム材料、冷媒材料、塗料、接着剤、洗剤ビルダー等の各種化学製品の製造原料や医農薬原料に適用できる可能性がある。このように、環状不飽和化合物は、化学、医農薬等の分野において有用な化合物である。
【0003】
従来の環状不飽和化合物の製造方法としては、アルケンのアクリロキシパラジウム化又はメタクリロキシパラジウム化を利用した反応に関し、酢酸パラジウム(5mol%)/ベンゾキノン/二酸化マンガン触媒系を用いて、アクリル酸エステル又はメタクリル酸エステルに代表される不飽和鎖状エステルや、α−メチレン−γ−ブチロラクトン類に代表される不飽和環状エステルの製造方法が開示されている(例えば、非特許文献1参照)。該フェールトらの文献の表1には、この触媒系を用いたアクリル酸又はメタクリル酸による代表的なアルケンのアシロキシパラジウム化を利用した反応が記載されており、例えば実施例7にはアクリル酸とノルボルネンを用いた反応が記載されている。
しかしながら、反応速度が充分でないため生産性が悪く、また分子状酸素を必要としない酸化力の強い二酸化マンガンを当量以上用いる系であるために、反応後に酸化剤をろ過等により除去する工程が必要であった。更に、アクリル酸とエチレンを原料として、本公知技術で反応を行った場合には、アクリル酸ビニルがα−メチレン−γ−ブチロラクトンよりも圧倒的に優先して生成するため、目的とする環状不飽和化合物の選択率が極めて低いことが分かった。このようなことから、基質の種類に依存しない汎用性の高さと生産性の高さを兼ね備えるとともに、操作性等が改善された合成法とすることが望まれていた。
【0004】
またアルケンの分子内アクリロキシパラジウム化を利用した反応に関し、酢酸パラジウム/ベンゾキノン/二酸化マンガン触媒系若しくは酢酸パラジウム(5mol%)/酢酸ナトリウム/酸素触媒系を用いて、α−メチレン−γ−ブチロラクトン類に代表される不飽和環状エステルの製造方法が開示されている(例えば、非特許文献2参照)。
しかしながら、アクリル酸とエチレンを原料として、本公知技術条件下で反応を行った場合には、アクリル酸ビニルがα−メチレン−γ−ブチロラクトンよりも圧倒的に優先したり、反応が殆ど進行しないことが分かった。また、分子間反応に関しては何ら開示されていないことに加えて、分子内環化反応を実施するためには、多段階を要して合成した原料を使用しなければならず、コスト面にも劣ることから、工業的生産に適用するための工夫の余地があった。
【0005】
従来の環状不飽和化合物の製造方法としては、α−メチレン−γ−ブチロラクトン類の合成に関し、4−ヒドロキシ−2−メチレンブタン酸の環化反応、2−メチレン−4−ペンテン酸の環化反応等を用いる方法が開示されている(例えば、非特許文献3参照)。また、γ−ブチロラクトンとホルムアルデヒドとから固体触媒を用いてα−メチレン−γ−ブチロラクトンを製造する方法が開示されている(例えば、特許文献1、特許文献2参照)。しかしながら、これらの方法においては、高価な有機試薬を使用し、多段階反応であったり、また、反応工程において温度などの反応条件が激しく、触媒の劣化が生じ易く、コスト面にも劣ることから、工業的生産に適用するための工夫の余地があった。
【0006】
更に、α−ブロモアクリル酸と1,3−ジエンとのパラジウム触媒を用いた反応(例えば、非特許文献4参照)や、α−ハロゲン化アクリル酸と1,3−ジエンとのパラジウム触媒を用いた反応(例えば、非特許文献5参照)や、α−ハロゲン化アクリル酸とアルキンとのパラジウム触媒を用いた反応(例えば、非特許文献6参照)により、ラクトン環のエキソ位に不飽和結合を持つ化合物の製造方法が開示されている。
しかしながら、これらは、例えば非特許文献5のp.1526に記載されるように、活性なPd(0価)が生じた後、ハロゲン化ビニルに対して酸化的付加を起こし、続いて有機パラジウム種がアルケン(1,3−ジエン)に付加し、π−アリルパラジウム中間体を形成する。その後、パラジウムがカルボキシレートイオンにより置換され、不飽和環状化合物が生成するという反応機構であり、また、α位がハロゲンに置換された高価なアクリル酸誘導体を原料にすることが必須であり、コスト面でも問題がある。
なお、一般的なワッカー(Wacker)型反応の例が開示されている(例えば、非特許文献7参照)。しかしながら、開示されている触媒の殆どはパラジウムハロゲン化物である上、環状不飽和化合物の製造方法については何ら開示されておらず、該化合物の製造方法に適用する際には反応を円滑に進行させるための更なる工夫の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許第6232474号明細書
【特許文献2】特開平10−120672号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】フェールト(Ferret,N.)、他3名「ジャーナル オブ ケミカル ソサイエティー ケミカル コミュニケーションズ (Journal of Chemical Society Chemical Communications)」、(英国)、ロイヤル ソサエティ オブ ケミストリー(Royal Society of Chemistry)、1994年、第22号、p.2589−2590
【非特許文献2】ヤーレ−トルフェルト(Jabre−Truffert,S.)、他1名「テトラヘドロン レターズ(Tetrahedron Letters)」、(英国)、エルセビア サイエンス(Elsevier Science)、1997年、第38巻、p.835−836
【非特許文献3】ホフマン(Hoffmann,H.M.R.)、他1名「アンゲバンテ ヘミー インターナショナル エディション イン イングリッシュ(Angewandte Chemie International Edition in English)」、(独国)、ブイシーエイチ(VCH)、1985年、第24巻、第2号、p.94−110
【非特許文献4】アイエル(Iyer,S.)、他1名「テトラヘドロン レターズ(Tetrahedron Letters)」、(英国)、エルセビア サイエンス(Elsevier Science)、1999年、第40巻、p.4719−4720
【非特許文献5】ガニエル(Gagnier,S.V.)、他1名「ジャーナル オブ オーガニック ケミストリー(Journal of Organic Chemistry)」、(米国)、アメリカン ケミカルソサイエティ(American Chemical Society)、2000年、第65巻、p.1525−1529
【非特許文献6】ロッシ(Rossi,R.)、他4名「テトラヘドロン(Tetrahedron)」、(英国)、エルセビア サイエンス(Elsevier Science)、1998年、第54巻、p.135−156
【非特許文献7】辻二郎、他2名、「有機合成化学協会誌」、(日本)、有機合成化学協会、1989年、第47巻、第7号、p.649−659
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記現状に鑑みてなされたものであり、環状不飽和化合物を製造するに際し、反応速度や収率及び選択率等の点で優れ、簡便でかつ効率のよい環状不飽和化合物の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、環状不飽和化合物の効率的な製造方法について種々検討したところ、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させて環状不飽和化合物を製造する方法において、環境に優しく、安価であるが、酸化力が弱いため一般的に反応条件を温和にすることが難しく、これまで達成されていなかった分子状酸素(O)を触媒の再酸化剤とする反応系に着目した。従来においては、上述したようにPd(OCOCHを触媒とし、再酸化剤として分子状酸素が不要なベンゾキノンとMnOを使用する触媒系が知られていたが、製造上の反応性及び操作性に劣るものであった。
本発明においては、パラジウム触媒及び分子状酸素の存在下で反応を行い、該パラジウム触媒がカルボニル基を有する2価のパラジウム化合物を必須成分とすると、パラジウム触媒における金属上の正電荷、アニオン部分(配位子)の電子吸引性や嵩高さ及び該触媒の濃度が相まって、基質との相互作用が高まり反応性が向上すると共に、パラジウム触媒が再酸化されやすくなり、分子状酸素の存在下で反応速度及び生成物である環状不飽和化合物の収率及び選択率等を優れたものとすることができる。通常、触媒を凝集、失活させやすいα,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを原料に使用しながらも、分子状酸素を触媒の再酸化剤とする反応系によって環状不飽和化合物の製造を達成できることを見いだしたものである。ここに本発明の重要な技術的意義がある。
【0011】
またパラジウムを用いた酸化反応において助触媒を用いない場合は、通常パラジウムが失活して沈殿が生じる場合が多いが、本発明の触媒系を選択することにより、実質的に助触媒を用いることなく、分子状酸素のみを酸化剤に用いる環状不飽和化合物を製造するための触媒系が構築できることを見いだした。この理由としては、立体的に嵩高い配位子を用いることによって、パラジウムが凝集して失活することが抑えられることや、酸化還元電位が反応に適した値になっていること等が考えられる。
更に、本発明者等は、パラジウム触媒を構成するパラジウム化合物について、分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位を特定し、これによっても、反応に適した触媒設計と分子状酸素を触媒の再酸化剤として環状不飽和化合物の製造とを達成でき、上記課題をみごと解決することができることに想到し、本発明に到達したものである。
本発明によれば、触媒サイクルの回転数(触媒のターンオーバー数)を向上させて触媒活性を優れたものとし、副生成物である非環状不飽和化合物の生成を抑制しながら環状不飽和化合物の収率及び選択率を高めることができる。
なお、本発明の製造方法は、Pd(2価)が基本活性種となって触媒サイクルが回転する反応であり、上述した非特許文献4〜6に記載の発明とは根本的に反応機構が異なるものである。またα位がハロゲンに置換された高価なアクリル酸誘導体の原料も必要でないため、経済的に有利に本発明の効果を顕著に発揮できるものである。
【0012】
すなわち本発明は、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させる工程を含む環状不飽和化合物の製造方法であって、上記製造方法は、パラジウム触媒及び分子状酸素の存在下で反応を行い、上記パラジウム触媒がカルボニル基を有する2価パラジウム化合物を必須成分とする環状不飽和化合物の製造方法である。
本発明はまた、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させる工程を含む環状不飽和化合物の製造方法であって、上記製造方法は、パラジウム触媒及び分子状酸素の存在下で反応を行い、該パラジウム触媒が分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位が−6.6eV以下である2価カルボキシラート系配位子含有化合物、又は、該エネルギー準位が−5.5eV以下である2価アセチルアセトナート系配位子含有化合物を必須成分とする環状不飽和化合物の製造方法でもある。
以下に本発明を詳述する。
【0013】
本発明においては、特定のパラジウム触媒を存在させることにより、該パラジウム触媒における酸化還元電位やパラジウムの電子状態及び電子軌道エネルギー準位に起因して、不飽和有機化合物のパラジウムへの配位とα,β−不飽和カルボン酸の求核攻撃及び、それに続く挿入反応とβ−ヒドリド脱離反応の速度が向上すると共に、触媒の再酸化速度が大きく改善される。また配位子の嵩高さによりパラジウム同士の凝集を抑えることができ、触媒が沈殿して不活性となりにくくすることが可能となる。
その結果、触媒1分子当たり、原料からエキソ位に二重結合を有する環状不飽和化合物を得ることができる触媒サイクルの回転数(触媒のターンオーバー数、又は、TON[Turnover number]ともいう)が増大し、環状不飽和化合物を製造するに際し、反応速度や収率、選択率等の点で優れ、簡便でかつ効率のよい環状不飽和化合物の製造方法とすることができる。
【0014】
本発明の製造方法において用いられるパラジウム触媒は、カルボニル基を有する2価パラジウム化合物を必須成分とするものであればよく、例えば酢酸パラジウムやトリフルオロ酢酸パラジウム等に代表されるパラジウムカルボキシラート、ビス(アセチルアセトナート)パラジウム等に代表される酸素配位性有機基を有するパラジウム等が挙げられる。カルボニル基を有する2価のパラジウム化合物は、反応前にあらかじめ合成したものを使用してもよいし、系中で合成されるものを使用してもよい。系中で合成する場合には、酢酸パラジウム、硝酸パラジウム、硫酸パラジウム、フッ化パラジウム、塩化パラジウム、臭化パラジウム、ヨウ化パラジウム、水酸化パラジウム、炭酸パラジウム、テトラキス(アセトニトリル)パラジウムテトラフルオロボレート等に代表されるカチオン性パラジウム、ビス(アセトニトリル)塩化パラジウム、ビス(ベンゾニトリル)塩化パラジウム、ジクロロ(オクタジエン)パラジウム等に代表される不飽和結合含有有機基を有するパラジウム、テトラクロロパラジウム酸ナトリウム、テトラクロロパラジウム酸カリウム、窒素原子含有有機化合物が配位したパラジウム、リン原子含有有機化合物が配位したパラジウム、カルベン含有有機化合物が配位したパラジウム、硫黄含有有機化合物が配位したパラジウム、ニトロ基及び/又はニトロソ基が配位したパラジウム、酸化パラジウム等に代表される2価のパラジウムに、カルボン酸やアセチルアセトン等に代表されるケトン等のカルボニル基含有化合物や該化合物が配位した金属化合物を作用させればよい。また、酸化剤存在下、[Pd(CO)(OCOCH]・2CHCOOHに代表される1価のパラジウムやトリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム、窒素原子含有有機化合物が配位したパラジウム、リン原子含有有機化合物が配位したパラジウム、カルベン含有有機化合物が配位したパラジウム、硫黄含有有機化合物が配位したパラジウム、パラジウム黒に代表される0価のパラジウムにカルボン酸やアセチルアセトン等に代表されるケトン等のカルボニル基含有化合物や該化合物が配位した金属化合物を作用させてもよい。配位子を選択することにより、酸化還元電位やパラジウムの電子状態、電子軌道エネルギー準位が好適化され、また配位子の嵩高さによって本発明の効果を奏することになる。このため、例えば、助触媒を実質的に必要としない高活性な触媒系とすることも可能となる。パラジウムの配位子は、単座配位子でもよいし、二座以上の多座配位子でもよい。光学活性な配位子を有するパラジウムを触媒に用いた場合には、β位及び/又はγ位に光学活性点を有する環状不飽和化合物を合成することが可能である。
なお、本発明のパラジウム触媒は、炭素、窒素及び酸素原子より選ばれる少なくとも一つの原子を介して結合する配位子を有すると特定されるものであってもよい。カルボニル基を有する2価パラジウム化合物は、このようなパラジウム触媒の一つの好ましい実施形態であるといえる。
【0015】
上記パラジウム触媒は、カルボキシラート系配位子含有化合物及び/又はアセチルアセトナート系配位子含有化合物を必須成分とするものが好ましい。これらは単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。これにより、本発明の製造方法において反応速度や転化率、収率及び選択率等を優れたものとすることができる。
なお、本明細書中において、化合物等を「必須成分とする」とは、本発明の効果を奏することになるように当該化合物等によって構成されること、又は、当該化合物等を主成分として構成されることが好適であることを意味するものである。
【0016】
上記カルボキシラート系配位子含有化合物は、パラジウムにカルボキシラートアニオンが配位した化合物であり、例えば組成が下記一般式(1);
Pd(OCOR) (1)
(式中、0<a≦4、0≦b<4、Rは、同一又は異なって、有機基を表す。Lはカルボキシラート以外の配位子もしくは空配位座を表す。)で表されるものが好ましい。
上記Rは、炭素数1以上であることがより好ましく、脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基、ヘテロ原子含有基等が挙げられる。本発明においては、特に助触媒を使用しない系においては、(OCOR)で表される基(配位子)が嵩高いものであることが好ましく、そのためRで表される基としては、例えば脂肪族炭化水素基であれば、直鎖状よりも分枝状の基が好ましい。ヘテロ原子含有基としては、窒素、酸素、フッ素、塩素、硫黄、珪素を含有している基が好ましい。上記Rの炭素数の上限は、例えば50以下が好ましく、入手性、反応性、凝集抑制効果を考えればより好ましくは40以下であり、更に好ましくは30以下であり、特に好ましくは15以下である。上記Rの好ましい形態としては、同一又は異なって、CH、C、C、CH(CH、C、C(CH、C11、C13、シクロへキシル、アダマンチル、C、CH、(CH、NO、(NO、MeOC、(MeO)、CF、C、C、CH(CF、C、CF、(CF等が挙げられる。中でも、CH、C、CH(CH、C(CH、シクロへキシル、アダマンチル、C、NO、CF、C、CH(CF、C、CF、(CF等が更に好ましい。Rは複数のカルボキシラートアニオンを有していてもよく、その全てがパラジウムに配位していてもよいし、一部のみがパラジウムに配位し、残りはカルボン酸の形態であってもよい。
【0017】
上記アセチルアセトナート系配位子含有化合物は、パラジウムにアセチルアセトナート系アニオンが配位した化合物であり、例えば組成が下記一般式(2);
Pd(R′CO(CR′CO)R′) (2)
(式中、0<a≦2、0≦b<3、n≧1の整数、R′は、同一又は異なって、水素原子及び/又は有機基を表し、お互い結合して環構造を形成してもよい。Lはアセチルアセトナート系以外の配位子もしくは空配位座を表す。)で表されるものが好ましい。
上記R′は、炭素数1以上であることがより好ましく、脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基、ヘテロ原子含有基等が挙げられる。この場合も本発明においては、(R′CO(CR′CO)R′)で表される基(配位子)が嵩高いものであることが好ましく、そのためR′で表される基としては、例えば脂肪族炭化水素基であれば、直鎖状よりも分岐状の基が好ましい。ヘテロ原子含有基としては、窒素、酸素、フッ素、塩素、硫黄、珪素を含有している基が好ましい。上記のR′の好ましい形態としては、同一又は異なって、CH、C、C、CH(CH、C、C(CH、C11、C13、シクロへキシル、C、C、(CH、NO、(NO、MeOC、(MeO)、CF、C、C、CH(CF、C、CF、(CF、N(CH、N(C等が挙げられる。中でも、CH、C、CH(CH、C(CH、C、NO、CF、C、CH(CF、C、CF、(CF、N(CH、N(Cが更に好ましい。R′はお互い結合して環構造を形成していてもよい。
【0018】
上記パラジウム触媒は、実質的にカルボニル基を有する2価パラジウム化合物だけから構成されることが好ましいが、本発明の効果が充分に奏される限り、他のパラジウム化合物を含有する形態であってもよい。
例えば、上記カルボニル基を有する2価パラジウム化合物とともに、硝酸パラジウム、硫酸パラジウム、塩化パラジウム、臭化パラジウム、ヨウ化パラジウム、水酸化パラジウム、テトラキス(アセトニトリル)パラジウムテトラフルオロボレート等に代表されるカチオン性パラジウム、ビス(アセトニトリル)塩化パラジウム、ビス(ベンゾニトリル)塩化パラジウム、ジクロロ(オクタジエン)パラジウム等に代表される不飽和結合含有有機基を有するパラジウム、テトラクロロパラジウム酸ナトリウム、テトラクロロパラジウム酸カリウム、窒素原子含有有機化合物が配位したパラジウム、リン原子含有有機化合物が配位したパラジウム、カルベン含有有機化合物が配位したパラジウム、硫黄原子含有有機化合物が配位したパラジウム、ニトロ基及び/又はニトロソ基が配位したパラジウム、酸化パラジウム等に代表される2価のパラジウムや、[Pd(CO)(OCOCH]・2CHCOOHに代表される1価のパラジウムを使用することができる。トリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム、パラジウム黒等に代表される0価のパラジウム等を使用してもよい。この場合、反応系中で2価のパラジウム種等、酸化状態のパラジウム化合物を発生することになる。
【0019】
本発明の製造方法における上記パラジウム触媒は、単核化合物でもよいし、複核化合物であってもよく、予め合成することにより得られた単核化合物や2核以上の化合物を触媒として用いるものであってもよいが、反応開始時にはパラジウム触媒が単核化合物や2核以上の化合物を含まないで、反応中に単核化合物や2核以上の化合物が生成して、それらが触媒として作用するものであってもよい。
上記触媒は、1種又は2種以上を使用することができ、助触媒を含めて、反応前に一括で添加してもよいし、反応中に逐次的に添加してもよい。
なお、上記触媒とは、反応の活性化エネルギーを低くする作用を持つ物質で、基質と短寿命の中間体を形成することにより新しい反応経路を可能にし、反応速度を増大させる物質である。助触媒とは、それ自体では直接に基質と中間体を形成することは無いが、中間体を形成することが出来る(主)触媒(本明細書中ではパラジウム触媒)と同時に使用することで、単独で反応することが出来る(主)触媒(本明細書中ではパラジウム触媒)の効果を著しく促進することが出来る触媒のことを言う。本明細書中では、単に触媒と記載した場合には、主触媒(本明細書中ではパラジウム触媒)を指し、助触媒は含まれない。
本発明の環状不飽和化合物の製造方法において、反応工程内における触媒中にしめる金属元素の使用量が、α,β−不飽和カルボン酸に対して、50mol%以下であることが好ましい。より好ましくは、20mol%以下であり、更に好ましくは、10mol%以下である。特に好ましくは、5mol%以下である。また、1×10−8mol%以上であることが好ましい。より好ましくは、5×10−6mol%以上であり、更に好ましくは、5×10−4mol%以上であり、特に好ましくは、1×10−4mol%以上である。
上記触媒中にしめる金属元素の使用量が、50mol%を超えると、触媒1分子当たりにおける原料から目的物を得ることができる触媒サイクルの回転数(TON)を充分に向上できないこと等から目的物の収率が向上せず、反応不活性な触媒凝集体が析出することがあることから経済的に不利となる場合がある。1×10−8mol%未満であると、触媒の量が少ないことから、反応が充分に進行しなくなるおそれがある。
上記触媒の濃度、すなわち反応させる液相中における上記金属元素の濃度は、好ましくは、1×10−8M以上、1M以下であり、より好ましくは、1×10−7M以上、5×10−1M以下であり、更に好ましくは、1×10−6M以上、2×10−1M以下である。特に好ましくは、5×10−6M以上、1×10−1M以下である。これにより、目的物の収率を更に向上させることが可能である。
なお、上記触媒中にしめる金属元素の使用量、濃度は、単独で触媒反応を示す主触媒、すなわちパラジウム触媒の使用量、濃度であり、触媒反応を補助的に強化する助触媒(例えば、銅種)を含んだ使用量、濃度ではない。
【0020】
本発明の製造方法は、分子状酸素の存在下で反応を行うものである。分子状酸素は、酸化剤として作用するものであるため、触媒や基質が存在するいわゆる反応場に存在することが好ましい。すなわち、分子状酸素が酸化剤として作用することになるように、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とから環状不飽和化合物が得られる反応が起こる場に分子状酸素が存在するようにすることが好ましい。酸化剤としての作用は、触媒に対する再酸化剤としての作用となる。したがって、本発明においては、分子状酸素が実質的かつ主体的に触媒に対する再酸化剤として作用することになるように分子状酸素を反応場に存在させて反応を行うことになる。このように反応場に酸素を存在させることにより、触媒サイクルの回転数が増大し、環状不飽和化合物を製造するに際し、反応速度や転化率、収率等の点で優れ、簡便でかつ効率のよい環状不飽和化合物の製造方法とすることができる。なお、分子状酸素は、本発明の製造方法にいう助触媒には該当しない。
【0021】
上記のことから、本発明の製造方法における好ましい形態としては、分子状酸素を用いて酸化する工程を含む形態である。
上述したように、本発明における酸化とは、反応工程において還元されたパラジウム触媒を、分子状酸素を再酸化剤として用いて再酸化すること、つまり、反応系中又は反応後において、触媒の還元された成分を、還元される前又はそれに近い酸化状態に酸化することであることが好ましい。例えば、触媒活性種であるパラジウム原子が、反応工程において還元されて酸化数が低くなったものを、再び高い酸化数に酸化することを意味する。例えば、1〜4価のパラジウム種、又は、ややプラス電荷を帯びたパラジウム種が、反応工程において還元されてそれよりも低い価数になったものを、再び元の状態や価数、若しくは、それに近い価数や状態に酸化することを意味する。これにより、反応において還元され、失活したパラジウム触媒が、反応前と同等又はそれに近い状態に賦活されることになる。
【0022】
なお、上記再酸化剤とは、触媒の再酸化を行う酸化剤を意味するが、反応機構上、触媒が低酸化数や低酸化状態に落ちることなく、高酸化数や高酸化状態を保持して反応が進行する経路も考えられ、上記高酸化数や高酸化状態を保持する役目を担う剤も、ここでは再酸化剤という。また、上記「触媒の再酸化を行う酸化剤」とは、触媒を酸化したり触媒の高酸化数や高酸化状態を保持する酸化剤に加えて、助触媒を用いる場合には、酸化剤が助触媒を酸化したり助触媒の高酸化数や高酸化状態を保持し、当該助触媒が触媒を酸化したり触媒の高酸化数や高酸化状態を保持するような酸化剤も含むものである。
触媒が好適に再酸化されることで触媒の酸化・還元のサイクルが効率的に行われたり、触媒が高酸化状態で保持されたりすることになり、非環状不飽和化合物の生成を充分に抑制しながら目的物である環状不飽和化合物の収率を高めることができ、工業的製造に適用する際に有用なものとなる。例えば、上記再酸化工程の好ましい形態としては、分子状酸素を用いて触媒(パラジウム触媒)を再酸化する形態が挙げられる。
【0023】
本発明の製造方法は、反応させる液相部に接触する気相部の分子状酸素圧力が0.0001MPa以上となるようにして酸化する工程を含むものであることが好ましい。より好ましくは、0.001MPa以上であり、更に好ましくは、0.005MPa以上である。このような条件下で反応させることにより、触媒サイクルの回転数が増大し、本発明の環状不飽和化合物を製造するに際し、反応速度や収率、転化率及び選択率等を優れたものとすることができる。上記分子状酸素分圧の上限は、反応装置の耐圧性向上のために費用がかかるなど経済的に不利になることから、10MPa以下であることが好ましい。
【0024】
なお、上記再酸化は、反応系中で行われるものであってもよいし、反応終了後に再酸化処理を施すものであってもよい。また分子状酸素は、圧力調整や気相部組成の管理目的、重合禁止剤としても用いることが可能である。本明細書中、分子状酸素を酸素ともいう。
【0025】
上記酸素以外の再酸化剤を実質的に用いることなく、より少ない触媒量で環状不飽和化合物を効率よく製造することができる理由としては、(1)上記配位子の配位により、触媒の酸化還元電位や電子状態及び電子軌道エネルギー準位が適切となり、再酸化されやすい形態となる(2)基質や再酸化剤が金属に配位しやすくなり、主反応と再酸化が効率的に進行する(3)不飽和有機化合物が触媒に配位しやすくなり、α,β−不飽和カルボン酸との反応が円滑に進行する(4)適切な配位座が空き、触媒の電子密度も適切となるため、挿入反応やβヒドリド脱離反応が円滑に進行する(5)還元状態となった触媒の凝集を抑制する(6)異性化反応等の副反応が抑制される(7)基質と触媒と助触媒との間で配位子交換が起こり得る等が考えられる。上記配位子としては、カルボキシラート類、アセチルアセトナート類に代表されるカルボニル化合物がより好ましく、更に好ましくは、電子吸引性置換基や電子供与性置換基を有するカルボキシラート類やアセチルアセトナート類である。触媒が配位子を有する場合には、該配位子は単座配位子でもよいし、二座以上の多座配位子でもよい。光学活性な配位子を有する触媒を用いた場合には、β位及び/又はγ位に光学活性点を有するα−メチレン−γ−ブチロラクトン類を合成することが可能である。上記触媒は、反応系中で単独に存在してもよいし、助触媒や再酸化剤と2核以上の化合物や合金を形成してもよい。また、1種又は2種以上を使用することができ、反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に逐次的に添加してもよい。つまり、一つの実施形態を例示して説明すると以下のようになる。
図1は、本発明の実施形態の一つを示すものであり、本発明の製造方法における一つの反応工程の概略を示した図である。ここでは、触媒反応により触媒活性種(パラジウム種)が酸化数の高い状態から酸化数の低い状態に還元されることを示している。反応を進行させるためには、触媒活性種を再酸化することが好ましい。
図1において、Pd(酸化状態)は酸化状態のパラジウム(例えば、1〜4価のパラジウム種や、プラスに電荷を帯びたパラジウム種等)であり、Pd(還元状態)は還元状態のパラジウム(例えば、0価のパラジウムである。例えば、実施例1において、α,β−不飽和カルボン酸はアクリル酸であり、不飽和有機化合物は1−ブテンである。不飽和有機化合物がパラジウムに配位した後、α,β−不飽和カルボン酸(イオン)が不飽和有機化合物の不飽和結合を求核攻撃(若しくはパラジウム−アクリレート種に1−ブテンが挿入)して結合し、続いてα,β−不飽和カルボン酸の不飽和結合が、生成したパラジウム−炭素結合に挿入反応を起こし、β−ヒドリド脱離を経て目的の環状不飽和化合物を与えることになる。この時反応に関与するパラジウムは、1原子以上である。その他、基本的な経路としては相違ないが、パラジウムが酸化状態(例えば2価)を保持したまま反応が進行する場合や、還元状態のパラジウム種が活性種として働き、反応が進行する場合もある。
【0026】
本発明の製造方法は、上述したように再酸化剤として実質的に分子状酸素だけを用いる形態であることが好ましいが、本発明の効果が充分に発揮される限り、分子状酸素以外の再酸化剤の存在下で反応を行うものであってもよい。
上記分子状酸素以外の再酸化剤としては、反応に悪影響を及ぼさないものが好適であり、有機系再酸化剤及び/又は無機系再酸化剤のいずれも使用することができ、1種又は2種以上使用することができる。有機系再酸化剤とは、金属元素や半金属元素を含まず、主に炭素からなる酸化剤を指し、無機系再酸化剤とは、炭素以外の元素からなる酸化剤を指す。有機配位子を含有する金属化合物や半金属化合物は、ここでは無機系再酸化剤に分類する。中でも、キノン類、過酸化物、酸素、酸化物、亜硝酸エステル類、鉱酸、一酸化窒素、一酸化二窒素等が好ましい。より好ましくは、ベンゾキノン、アントラキノン、2−(シクロヘキシルスルフィニル)−ベンゾキノン、2−(フェニルスルフィニル)−ベンゾキノン、過酸化水素、過酸化水素水、過酢酸、酸素存在下で過酸化物を発生し得るイソブチルアルデヒド等のアルデヒド類、クメンハイドロパーオキシド、エチルベンゼンハイドロパーオキシド、t−ブチルハイドロパーオキシド、ヨードシルベンゼン、過ヨウ素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、オキソン、原子状酸素、オゾン、酸化ルテニウム、酸化アンチモン、酸化ビスマス、酸化セレン、酸化テルル、ポリオキソメタレート、酸化バナジウム、バナジルアセチルアセトナート等のバナジウム含有化合物、二酸化マンガン、酢酸マンガン等のマンガン含有化合物、亜硝酸メチル、亜硝酸エチル、亜硝酸ブチル、亜硝酸t−ブチル、塩酸、硝酸、硫酸、一酸化窒素等が好ましい。キノン類は、系中で発生させてもよく、ヒドロキノン類を前駆体として使用することも可能である。遷移金属含有化合物を使用する場合は、反応系中で単独に存在してもよいし、触媒と2核以上の化合物を形成してもよい。上記再酸化剤は、実施する反応条件に即して適宜選択することができ、反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。
【0027】
本発明の製造方法の好ましい形態としては、例えば(1)2価のパラジウム化合物を必須成分とするものに特定して、助触媒を実質的に用いることなく反応させる形態、(2)助触媒を用いて反応させる形態等が挙げられ、いずれの形態でもよいが、本発明の環状不飽和化合物の製造方法は、実質的に助触媒を用いないで反応させることがより好ましい。
上記(1)の形態とすることにより、助触媒を除去する操作が不要となる等、操作性、安全性、経済性の面で優れたものとすることができ、本発明の環状不飽和化合物を製造するに際し、反応速度や収率、転化率等の点で優れ、簡便でかつ効率のよい環状不飽和化合物の製造方法とすることができる。
「実質的に助触媒を用いないで反応させる」とは、助触媒を除去する操作が事実上不要となり、操作性、安全性、経済性の面で優れたものとする効果を充分に発揮できる程度に助触媒の使用量が低減された条件下で反応させることである。
上記触媒活性種(パラジウム種)を再酸化するためには、触媒活性種と助触媒との酸化還元反応が起こりやすいために、助触媒等が用いられる。しかし、本発明の製造方法で用いられるパラジウム触媒を用いた場合は、配位子(非金属部分)の効果により、触媒活性種が再酸化されやすい形態になるものと考えられ、例えば、図2において点線部分に示された助触媒の再酸化還元反応を介することなく、酸素のみを酸化剤として触媒活性種の再酸化が効率よく進むことが可能になる。すなわち、助触媒を用いなくても触媒活性種が再酸化されることになり、酸化・還元のサイクルが効率的に起こることが可能となる。本反応を触媒と酸素のみで進行させた初めての例である。
【0028】
本発明においてはまた、助触媒を用いて反応させる形態によって、環状不飽和化合物を製造するに際し、反応速度や収率を良好なものとしたうえで、触媒効率及び選択率等の点で優れるものとすることができる。上記助触媒とは、上述したようにそれ自体では直接に基質と中間体を形成することは無いが、(主)触媒と同時に使用することで、(主)触媒の効果を著しく促進することが出来る触媒のことを言い、下記に例示されるようなものであることが好ましい。これら助触媒は、反応に関与するが、図2に説明するように反応した後は元の価数に戻るとされるものである。再酸化工程を円滑にする機能とは、触媒が再酸化する際に酸化還元機構の一部に組み込まれて自ら酸化還元し、それにより酸化還元機構において触媒がより再酸化されやすくする機能をいう。助触媒は、無機物でもよいし有機物であってもよく、実施する反応条件に即して適宜選択することができ、また、反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。なお、このような助触媒は、反応系中で単独に存在してもよいし、触媒と2核以上の化合物や合金等を形成してもよい。
このような触媒の再酸化工程をより円滑にすることができる助触媒としては、詳細な内容を後述する上記(2)助触媒を用いて反応させる形態において好ましく用いられる助触媒が好適である。再酸化は、反応系中で行われるものであってもよいし、反応終了後に再酸化処理を施すものであってもよい。助触媒を含む化合物1種類以上を、系中若しくは触媒に共存させることが好ましい。助触媒を用いることにより、再酸化剤として実質的に分子状酸素だけを用いる形態で、環状不飽和化合物を効率よく製造することができ、コスト面、環境面等において有利となることがある。
【0029】
上記(2)助触媒を用いて反応させる形態において、上記助触媒としては、例えば、バナジウム、モリブデン、タングステン、鉄、コバルト、マンガン、銅、銀、金、アンチモン、ビスマス、セレン及びテルルからなる群より選ばれる少なくとも一つの元素を含む化合物であることが好ましい。中でも、銅を含む化合物であることがより好ましい。また、酸化バナジウム、酸化モリブデン、酸化鉄、酸化マンガン、酸化銅、酸化アンチモン、酸化ビスマス、二酸化セレン、二酸化テルル、ポリオキソメタレート系化合物等の酸化物の他、カルボキシラート類、アセチルアセトナート類、窒素含有有機化合物類、リン含有有機化合物類、不飽和有機化合物類、カルベン類、ハロゲン(フッ素)等を配位子として有する配位金属化合物が好ましい。より好ましくは、カルボキシラート類、アセチルアセトナート類、窒素含有有機化合物類、不飽和有機化合物類、ハロゲンを配位子として有する配位金属化合物であり、更に好ましくは、カルボキシラート類、アセチルアセトナート類、窒素含有有機化合物類、不飽和有機化合物類、ハロゲンを配位子として有する銅化合物である。このような化合物を用いることにより、触媒の再酸化工程が円滑になり、本発明の環状不飽和化合物の製造方法をより効率のよいものとすることができる。この理由としては、(1)上記配位子の配位により、助触媒の酸化還元電位や電子状態及び電子軌道エネルギー準位が適切となり、触媒を再酸化しやすい形態となる(2)再酸化剤が金属に配位しやすくなり、主反応と再酸化が効率的に進行する(3)還元状態となった触媒の凝集を抑制する(4)異性化反応等の副反応が抑制される(5)基質と触媒と助触媒との間で配位子交換が起こり得る等が考えられる。助触媒が配位子を有する場合には、該配位子は単座配位子でもよいし、二座以上の多座配位子でもよい。光学活性な配位子を有する化合物を用いた場合には、配位子交換を通じて、β位及び/又はγ位に光学活性点を有するα−メチレン−γ−ブチロラクトン類を合成することが可能である。上記助触媒は、反応系中で単独に存在してもよいし、触媒と2核以上の化合物や合金を形成してもよい。上記再酸化剤は、実施する反応条件に即して適宜選択することができ、1種又は2種以上を使用することができる。反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に適宜添加してもよい。
【0030】
本発明の環状不飽和化合物の製造方法において、反応工程内における助触媒中にしめる金属元素の使用量が、α,β−不飽和カルボン酸に対して、1×10−7mol%以上、500mol%以下が好ましい。上限は200mol%以下であることがより好ましい。更に好ましくは、100mol%以下であり、特に好ましくは、50mol%以下である。また、下限は5×10−5mol%以上であることがより好ましい。更に好ましくは、5×10−3mol%以上であり、特に好ましくは、1×10−3mol%以上である。助触媒中にしめる金属元素の使用量が、500mol%を超えると、目的物の収率が特に向上しないことから経済的に不利となる場合がある。1×10−7mol%未満であると、助触媒の量が少ないことから、反応が充分に進行しなくなるおそれがある。
なお、上記助触媒中にしめる金属元素の使用量は、触媒反応を補助的に強化する助触媒(例えば、銅種)の使用量であり、単独で触媒反応を示す主触媒、すなわちパラジウム触媒を含んだ使用量ではない。
【0031】
上記助触媒(例えば、銅種)が再酸化工程を円滑にする機能を有する場合は、触媒活性種が再酸化されやすくなる。助触媒が触媒と2核以上の錯体(例えば、パラジウム−銅錯体)を形成して酸化数の高い状態が維持される場合等には、触媒活性種が失活しないことになる。いずれの場合も、触媒が失活した凝集粒子になることを充分に抑制し、酸化・還元のサイクルや、高酸化数触媒活性種の維持が効率的に起こることになる。同時に、Wacker型反応では再酸化を効率的に行うために、触媒や系中に塩酸を導入することが知られているが、上記酸化方法はこのような化合物を特に使用することなく、上記再酸化が進行するため、腐食、生成物の異性化、塩素化合物含有副生物、環境汚染等の問題も回避できることになる。
本発明の製造方法は、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させて環状不飽和化合物を製造する方法であって、上記特定のパラジウム触媒及び分子状酸素の存在下で反応させる工程を含むものである限り、その他の工程を含んでもよい。なお、α,β−不飽和カルボン酸、不飽和有機化合物、パラジウム触媒、助触媒は、それぞれ1種を用いてもよく、2種以上を用いてもよい。
【0032】
上記製造方法は、溶媒の存在下で反応させる工程を含むものとすることにより、環状不飽和化合物の収率及び生成速度を高めることができる。上記理由としては、金属周りの配位環境や電子状態に変化が起きることにより、α,β−不飽和カルボン酸の不飽和有機化合物が持つ二重結合への求核攻撃の後、続くβ−ヒドリド脱離が抑制されて、α,β−不飽和カルボン酸由来の不飽和部位の金属への配位と挿入反応が効率よく進行することになり、環状不飽和化合物が生成しやすくなることや、環状不飽和化合物合成に有効な触媒活性種(例えば、単核パラジウム種、異核パラジウム種、複核パラジウム種、パラジウムクラスター、パラジウムナノ粒子、パラジウム含有金属ナノ粒子等)の生成及び安定化を助けたり、触媒同士の凝集を抑制したり、触媒活性種の活性を高めたり、再酸化が進行しやすくなったりする結果、触媒活性種を高酸化状態とすることに有利に働く等が推察される(図1参照)。
上記溶媒は、反応の進行を阻害しないものであればよいが、例えば芳香族化合物、エステル基含有化合物、エーテル基含有化合物及びカーボネート基含有化合物からなる群より選択される少なくとも1種を含有するものを用いて反応させるものであることが好ましい。より好ましくは、芳香族化合物、エステル基含有化合物及びカーボネート基含有化合物からなる群より選択される少なくとも1種を含有するものであることであり、特に好ましくは、芳香族及び/又はエステル基が含まれる溶媒である。
これら有機溶媒の存在下で反応させることにより、例えば、再酸化剤として実質的に酸素だけを用いて、またより少ない触媒量で、環状不飽和化合物を効率よく製造するという効果がより充分に発揮されることになる。またコスト削減、環境面においても有利となる。更に、反応速度及び目的化合物である環状不飽和化合物の収率が大幅に向上することになる。
上記芳香族化合物は、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、クメン、アニソール、安息香酸メチル、フタル酸ジメチル、フタル酸ジエチル、フタル酸ジブチル、フタル酸ジオクチル、メシチレン、プソイドクメン及びトリフルオロトルエン等が好適なものとして挙げられる。
上記エステル基含有化合物は、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸n−ブチル、酢酸t−ブチル、アセトキエトキシエタン、プロピオン酸エチル、ギ酸エチル、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸ブチル、β−ブチロラクトン、γ−ブチロラクトン、α−メチレン−γ−ブチロラクトン類、α−ビニル−γ−ブチロラクトン類、マレイン酸ジメチル、オレイン酸メチル、ステアリン酸メチル、フェニル酢酸メチル、酢酸ベンジル等が好適なものとして挙げられる。
【0033】
上記有機溶媒は、芳香族化合物、エステル基含有化合物、エーテル基含有化合物及びカーボネート基含有化合物からなる群より選択され、かつ炭素、水素、酸素及びハロゲン以外の元素が含まれていないことが好ましい。言い換えれば、上記有機溶媒は、実質的に炭素、水素、酸素及びハロゲン以外の元素が含まれていないことが本発明の製造方法における好ましい形態である。
これにより、本発明の反応速度や収率を良好なものとする効果を更に充分に発揮することができる。
上記「実質的に炭素、水素、酸素及びハロゲン以外の元素が含まれていない」とは、わずかに他の元素が含まれていても、本発明の反応速度や収率を良好なものとする効果を奏することができるものであればよい。
より好ましくは、実質的に炭素、水素及び酸素以外の元素が含まれていないことである。
上記溶媒は、1種類を用いてもよく、また、2種類以上を適宜混合して用いてもよく、その種類及び使用量は、基質や触媒に応じて適宜設定することができる。
上記溶媒の好ましい使用量は、基質や溶媒、触媒をあわせた反応時に必要となる全質量の5質量%以上、99質量%以下が好ましく、10質量%以上、98質量%以下がより好ましく、20質量%以上、95質量%以下が更に好ましい。
これにより、本発明の効果をより充分に発揮することが可能である。
【0034】
本発明の製造方法は、α,β−不飽和カルボン酸の不飽和結合部位が金属−炭素結合へ挿入する工程を含むものであることが好ましい。
不飽和有機化合物がパラジウム等の触媒に配位した後、α,β−不飽和カルボン酸(イオン)が不飽和有機化合物の不飽和結合を求核的に攻撃して結合し、続いてα,β−不飽和カルボン酸の不飽和結合が、生成した金属(例えば、パラジウム)−炭素結合に挿入反応を起こし、β−ヒドリド脱離を経て目的の環状不飽和化合物を与えることになる。
このような製造方法により、環化反応を効率的に進行させることができ、環状不飽和化合物の収率を更に高めることができる。
【0035】
本発明の環状不飽和化合物の製造方法において、反応工程における反応条件としては、例えば、反応温度は、0℃以上が好ましく、また、300℃以下が好ましい。より好ましくは、20℃以上、200℃以下である。更に好ましくは、50℃以上、170℃以下である。反応時間は、1時間以上が好ましく、また、96時間以下が好ましい。より好ましくは、2時間以上、90時間以下である。更に好ましくは、4時間以上、60時間以下である。
また、反応初期の反応釜内の圧力としては、常圧以上、ゲージ圧25MPa以下が好ましい。上限は、20MPaがより好ましく、18MPaが更に好ましい。
圧力調整や気相部組成の管理が必要な場合には、それに使用する気体としては、反応に悪影響を及ぼさないものであればよく、例えば窒素、酸素、空気、酸素/窒素標準ガス、二酸化炭素、ヘリウム、アルゴン等が好ましい。上記気体は、1種を用いてもよく、また、2種以上を適宜混合して用いてもよい。
【0036】
本発明の環状不飽和化合物の製造方法におけるα,β−不飽和カルボン酸及び不飽和有機化合物は、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させることにより環状不飽和化合物を得ることができるものであればよい。
上記環状不飽和化合物の製造方法における反応式は、例えば下記一般式(1)のように表される。
【0037】
【化1】

【0038】
上記式(1)で表されるものについて以下に説明する。
上記R及びRは、同一若しくは異なって、水素原子、炭素数1以上30以下のアルキル基、シクロアルキル基、芳香族基含有基であることが好ましい。これらは、エステル基、ニトリル基、カルボン酸基、エーテル基、ハロゲン基、イソニトリル基、シアナート基、イソシアナート基、チオシアナート基、イソチオシアナート基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホキシド基、スルホン基、ニトロ基、ニトロソ基、スルホン酸基、カルボニル基(例えば、ケトンやアルデヒド)、アミノ基、アミンオキシド基、ニトロン基、アミド基、アジド基、アセタール基、アゾ基、アゾキシ基、アジン基、イミノ基、イミド基、エナミン基、エナミド基、オルトエステル基、ジアゾ基、ジアゾニウム基、ケタール基、オニウム塩基、複素環式化合物、ヘテロ元素含有基(P、S、Si、B等)等の原子団を有していても良い。R及びRとしてより好ましくは、水素原子、炭素数1以上20以下のアルキル基、炭素数4以上20以下のシクロアルキル基、炭素数6以上20以下の芳香族基含有基である。更に好ましくは、水素原子、炭素数1以上12以下のアルキル基、炭素数4以上12以下のシクロアルキル基、フェニル基、メチルフェニル基、ベンジル基、ナフチル基である。特に好ましくは、水素原子、炭素数1以上8以下のアルキル基、フェニル基、メチルフェニル基である。最も好ましくは水素原子である。すなわち、α,β−不飽和カルボン酸がアクリル酸であることが特に好ましい。
上記R、Rは、結合し、環構造を形成してもよい。
【0039】
上記R、R、R及びRとしては、同一又は異なって、水素原子、水酸基、炭素数1以上60以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基、脂環式飽和アルキル基、芳香族基含有基、直鎖不飽和アルキル基、分岐不飽和アルキル基若しくは脂環式不飽和アルキル基、又は、炭素数0以上60以下のエステル基、ニトリル基、カルボン酸基、エーテル基、水酸基、ハロゲン基、イソニトリル基、シアナート基、イソシアナート基、チオシアナート基、イソチオシアナート基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホキシド基、スルホン基、ニトロ基、ニトロソ基、スルホン酸基、カルボニル基(例えば、ケトンやアルデヒド)、アミノ基、アミンオキシド基、ニトロン基、アミド基、アジド基、アセタール基、アゾ基、アゾキシ基、アジン基、イミノ基、イミド基、エナミン基、エナミド基、オルトエステル基、ジアゾ基、ジアゾニウム基、ケタール基、オニウム塩基、複素環式化合物、ヘテロ元素含有基(P、S、Si、B等)等を有する原子団が好ましい。より好ましくは、水素原子、水酸基、炭素数1以上30以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基、脂環式飽和アルキル基、芳香族基含有基、直鎖不飽和アルキル基、分岐不飽和アルキル基若しくは脂環式不飽和アルキル基、又は、炭素数0以上30以下のエステル基、ニトリル基、カルボン酸基、エーテル基、水酸基、スルホン酸基、カルボニル基、アミノ基、アミド基若しくはオニウム塩基を有する原子団を表す。更に好ましくは、水素原子、水酸基、炭素数1以上18以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基若しくは脂環式飽和アルキル基、又は、炭素数0以上18以下のエステル基、カルボン酸基、エーテル基、水酸基、スルホン酸基、カルボニル基若しくはアミノ基を有する原子団を表す。特に好ましくは、水素原子、水酸基、炭素数1以上18以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基若しくは脂環式飽和アルキル基、又は、炭素数0以上18以下のエステル基、エーテル基、水酸基、スルホン酸基、カルボニル基若しくはアミノ基を有する原子団を表す。
上記R、R、R、Rは、結合し、環構造を形成してもよい。
【0040】
本発明の製造方法に用いられるα,β−不飽和カルボン酸は、本発明の製造方法において用いられる不飽和有機化合物と反応して環状不飽和化合物を製造することができるものであれば特に制限されるものではないが、下記一般式(2)で表されるものが好ましい。
【0041】
【化2】

【0042】
上記一般式(2)中、R及びRは、上記反応式(1)におけるR及びRと同様である。
上記α,β−不飽和カルボン酸の中でも、アクリル酸が特に好ましい。
【0043】
本発明の製造方法において用いられる不飽和有機化合物、すなわち、二重結合含有化合物は、本発明の製造方法において用いられるα,β−不飽和カルボン酸と反応して環状不飽和化合物を製造することができるものであれば特に制限されるものではないが、下記一般式(3)で表されるものが好ましい。
【0044】
【化3】

【0045】
上記一般式(3)中、R、R、R及びRは、上記一般式(1)が有するR、R、R及びRと同様である。
上記不飽和有機化合物は、炭素数が2〜20の二重結合含有化合物であることが好ましい。
また、上記不飽和有機化合物は、α,β−不飽和カルボン酸以外の化合物であることが好ましい。これにより、本発明の効果をより充分に発揮することができる。
上記不飽和有機化合物としては、例えば、エチレン、フッ素含有エチレン、プロピレン、フッ素含有プロピレン、1−ブテン、2−ブテン、イソブテン、ブタジエン、イソプレン、1−ペンテン、2−ペンテン、シクロペンテン、シクロペンタジエン、ジシクロペンタジエン、1−ヘキセン、2−ヘキセン、3−ヘキセン、シクロヘキセン、1−ヘプテン、1−オクテン、1,7−オクタジエン、1−デセン、ジシクロペンタジエン、ノルボルネン、ノルボルナジエン、酢酸ビニル、エチルビニルエーテル、ブチルビニルエーテル、スチレン、メチルスチレン、アクリル酸、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸2−エチルへキシル、(メタ)アクリル酸2−ヒドロキシエチル等の(メタ)アクリル酸エステル類等が挙げられる。
【0046】
上記不飽和有機化合物は、炭素数が12以下であることが特に好ましい。この場合、環状不飽和化合物の反応速度や収率及び選択率等を優れたものとし、非環状不飽和化合物に対する環状不飽和化合物の選択性を大幅に向上させることができ、生産性と経済性が格段に向上することになる。特に炭素数12以下の不飽和有機化合物を原料として環状不飽和化合物を製造する際、環状不飽和化合物への反応が進みにくい場合があるが、本発明の製造方法では充分にこの反応が進むことになる。より好ましくは、不飽和有機化合物の炭素数は10以下であり、更に好ましくは、炭素数は8以下である。中でも、エチレン、プロピレン、1−ブテン、イソブテン、ブタジエン、1−ヘキセン、シクロヘキセン、1−オクテン、1,7−オクタジエン、1−デセン、ノルボルネン、酢酸ビニル、エチルビニルエーテル、ブチルビニルエーテル、スチレン、メチルスチレン、(メタ)アクリル酸エステル類が特に好ましく、エチレン、プロピレン、1−ブテン、イソブテン、ブタジエン、1−ヘキセン、シクロヘキセン、1−オクテン、1−デセン、ノルボルネン、酢酸ビニル、エチルビニルエーテル、ブチルビニルエーテル、スチレン及びメチルスチレンからなる群より選択される少なくとも1種が更に好ましく、本発明の有利な効果を顕著に発揮することになる。そして、目的物の選択率を高めるためには、プロピレン、1−ブテン、ブタジエン、1−ヘキセン、1−オクテン、ノルボルネン、酢酸ビニル、ブチルビニルエーテル、スチレンが更に好ましく、プロピレン、1−ブテン、1−ヘキセン、1−オクテン、ノルボルネン、酢酸ビニルが最も好ましい。これらの1種又は2種以上を用いることができる。例えばエチレンでは選択率が高くなりにくい系においても、これらの化合物を用いた場合は目的とする環状不飽和化合物の選択率を高めることができる。
【0047】
反応工程における上記α,β−不飽和カルボン酸は、不飽和有機化合物に対して、0.05mol%以上、10000mol%以下であることが好ましい。0.05mol%未満であっても、10000mol%を超えても、充分な収率や選択率を得ることができなくなるおそれがある。上記下限は、0.1mol%がより好ましく、0.5mol%が更に好ましい。特に好ましくは、1mol%である。上記上限は、5000mol%がより好ましく、2000mol%が更に好ましい。特に好ましくは、1500mol%である。これにより、目的物の収率を更に向上させることが可能である。上記α,β−不飽和カルボン酸や不飽和有機化合物は、1種又は2種以上を使用することができ、反応開始時に一括で添加してもよいし、反応中に逐次的に添加してもよい。
【0048】
本発明の製造方法において、原料であるα,β−不飽和カルボン酸に対する環状不飽和化合物の収率の値は、20%以上が好ましく、30%以上がより好ましく、40%以上が更に好ましい。このような値とすることにより、本発明の環状不飽和化合物の製造方法に好適となる。
本発明の製造方法において、環状不飽和化合物(A)の収率と非環状不飽和化合物(B)の収率の割合(A/B)、つまり選択率の値は、2以上が好ましく、3以上が更に好ましく、4以上が特に好ましい。このような値とすることにより、本発明の環状不飽和化合物の製造方法に好適となる。
なお、上記収率は、例えばガスクロマトグラフィーを用いることにより測定することができる。ガスクロマトグラフィーを用いる分析は、例えば下記装置及びカラムを用いて行うことが好ましい。
装置名:島津社製 GC−2014(商品名)、又は、アジレント・テクノロジー株式会社製 6890N(商品名)
カラム:ジーエルサイエンス社製 TC−WAX(商品名) 内径0.25mm 長さ30m 膜厚0.25μm、又は、ジーエルサイエンス社製 InertCap Pure WAX(商品名) 内径0.25mm 長さ30m 膜厚0.25μm
【0049】
本発明の製造方法によって製造することができる環状不飽和化合物は、特に制限されるものではないが、下記一般式(4)で表されるものが、上記製造方法によって好適に製造される環状不飽和化合物の代表例として挙げられる。
【0050】
【化4】

【0051】
上記一般式(4)で表されるものについて以下に説明する。式中、R、R、R、R、R及びRは、上記一般式(1)におけるR、R、R、R、R及びRと同様である。上記一般式(4)で表される環状不飽和化合物としては、例えば、下記式(5);
【0052】
【化5】

【0053】
で表されるアクリル酸と1−ブテンとから製造される化合物が、上記製造方法によって、より好適に製造される例として挙げられる。上記式(5)は、γ位に置換基を有する化合物であるが、β位に同様の置換基を有する化合物であってもよい。
【0054】
上記環状不飽和化合物は、二重結合を持つ化合物であり、該二重結合がエキソ部位及び/又はエンド部位にあるものであることが好ましい。
エキソ部位とは環の外部の部位を示し、エンド部位とは環の内部の部位を示す。
なお、アクリル酸と1−ブテンとを反応させて本発明の製造方法を行うとき、生成するエキソ部位に二重結合を持つ環状不飽和化合物、すなわち、エキソ型環状不飽和化合物は、上記一般式(5)で表される化合物が挙げられ、生成するエンド部位に二重結合を持つ不飽和化合物、すなわち、エンド型環状不飽和化合物は、下記一般式(6)や下記一般式(7);
【0055】
【化6】

【0056】
で表される化合物が挙げられる。
【0057】
なお、本発明の製造方法において、二重結合がエキソ部位及び/又はエンド部位にある5員環の環状不飽和化合物の他に、6員環の環状不飽和化合物が生成する。例えばパラジウムを触媒として使用した場合に、α,β−不飽和化合物の不飽和結合部位にカルボパラデーションが進行する際に、α位が炭素/β位がパラジウムの方向でカルボパラデーション(挿入反応)が進行する場合には5員環が生成し、α位にパラジウム/β位が炭素の方向でカルボパラデーション(挿入反応)が進行する場合には6員環が生成することになる。
【0058】
本発明の製造方法においては、反応を更に促進させることを目的として、また触媒活性の向上及び安定化を目的として、添加剤を反応液に添加しても良い。添加剤としては、反応に悪影響を及ぼさないものであればよく、例えばブレンステッド酸、ルイス酸、第15〜17族元素含有化合物、不飽和結合含有有機化合物、塩等が好ましい。
【0059】
本発明の製造方法において、α,β−不飽和カルボン酸、及び、目的物である環状不飽和化合物は、共に重合し易い性質を有している場合があることから、反応時の重合を抑制するために、反応系に重合防止剤(又は重合禁止剤)を添加することが好ましい。
【0060】
上記重合防止剤としては、重合防止剤としての作用を有するものであればよく、例えば、分子状酸素、分子状酸素含有気体、空気、一酸化窒素等の不対電子を持つ気体;ヒドロキノン、メチルヒドロキノン、t−ブチルヒドロキノン、2,4−ジ−t−ブチルヒドロキノン、2,4−ジメチルヒドロキノン等のキノン類;フェノチアジン等のアミン化合物;2,4−ジメチル−6−t−ブチルフェノール、2,4−ジ−t−ブチルフェノール、2,4−ジ−t−ブチル−6−メチルフェノール、p−メトキシフェノール等のフェノール類;p−t−ブチルカテコール等の置換カテコール類;置換レゾルシン類;テトラメチルピペリジン−N−オキシド、4−ヒドロキシ−テトラメチルピペリジン−N−オキシド等の安定遊離基含有化合物;ジチオカルバミン酸銅等の金属含有化合物等の1種又は2種以上を好適に用いることができる。
【0061】
反応終了後は、必要に応じて、蒸留、ろ過、抽出、遠心分離、再結晶、乾燥、カラムクロマトグラフィー等の工程を経て分離・精製することにより、目的の環状不飽和化合物を得ることができる。このような分離・精製工程としては、例えば、反応後の反応液、抽出や活性炭等の多孔質固体により触媒を分離した後の反応液、分液等の所定の操作を行った抽出液等を、常圧蒸留(精留)、減圧蒸留(精留)、再結晶等を行うことにより、生成物である環状不飽和化合物を単離・精製することができ、同時に、未反応のα,β−不飽和カルボン酸、不飽和有機化合物や溶媒を分離・回収することができる。未反応のα,β−不飽和カルボン酸、不飽和有機化合物及び溶媒は、高純度で回収されるので、反応に再度使用することができる。蒸留における重合防止剤としては、上記重合防止剤を使用することができる。
【0062】
本発明はまた、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させる工程を含む環状不飽和化合物の製造方法であって、上記製造方法は、カルボキシラート系化合物を配位子に持つパラジウム触媒及び分子状酸素の存在下で反応を行い、該パラジウム触媒が分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位が−6.6eV以下である2価パラジウム化合物を必須成分とする環状不飽和化合物の製造方法でもある。
この形態においては、パラジウム触媒が分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位が−6.6eV以下である2価パラジウム化合物を必須成分とすればよいが、その好ましい形態は、上述したカルボニル基を有する2価パラジウム化合物の形態と同様である。
また分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位が−6.6eV以下である2価パラジウム化合物は、上述したカルボニル基を有する2価パラジウム化合物の好ましい形態でもある。
本発明はまた、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させる工程を含む環状不飽和化合物の製造方法であって、上記製造方法は、アセチルアセトナート系化合物を配位子に持つパラジウム触媒及び分子状酸素の存在下で反応を行い、該パラジウム触媒が分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位が−5.5eV以下である2価パラジウム化合物を必須成分とする環状不飽和化合物の製造方法でもある。
この形態においては、パラジウム触媒が分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位が−5.5eV以下である2価パラジウム化合物を必須成分とすればよいが、その好ましい形態は、上述したカルボニル基を有する2価パラジウム化合物の形態と同様である。
また分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位が−5.5eV以下である2価パラジウム化合物は、上述したカルボニル基を有する2価パラジウム化合物の好ましい形態でもある。
すなわち、本発明は、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させる工程を含む環状不飽和化合物の製造方法であって、上記製造方法は、パラジウム触媒及び分子状酸素の存在下で反応を行い、該パラジウム触媒が分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位が−6.6eV以下である2価カルボキシラート系配位子含有化合物、又は、該エネルギー準位が−5.5eV以下である2価アセチルアセトナート系配位子含有化合物を必須成分とする環状不飽和化合物の製造方法でもある。
【0063】
配位子を有するパラジウム触媒において、最高被占軌道のエネルギー準位を特定すれば、アニオン部分(配位子)が選択され、基質に対する反応性を化学的に推定することができる。以下の発明を実施するための最良の形態において示されるように、ガウシアン(Gaussian)社の計算方法による最高被占軌道のエネルギー準位と本発明の効果との関係をみると、相関性が高く、この計算方法による最高被占軌道のエネルギー準位を用いて高精度で本発明の効果をシミュレーションすることが可能である。
【0064】
また上記最高被占軌道のエネルギー準位を特定することによって、酸化還元電位やパラジウムの電子状態、電子軌道エネルギー準位を好適に調整することができ、またアニオン部分の嵩高さを好適に調節することができる。その結果、本発明の製造方法において反応に適した触媒を設計することができる。このため、例えば、助触媒を実質的に必要としない高活性な触媒を調製することが可能である。触媒サイクルの回転数が増大し、環状不飽和化合物を製造するに際し、反応速度や収率、転化率等の点で優れ、簡便でかつ効率のよい環状不飽和化合物の製造方法とすることができる。
このように、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させる工程を含む環状不飽和化合物の製造方法において、分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位を計算して2価パラジウム化合物を用いた触媒設計をする方法もまた本発明の好ましい実施形態の一つである。好ましい方法としては、ガウシアン(Gaussian)社の計算方法によって触媒設計をする方法である。
【0065】
上記製造方法においては、カルボキシラート系配位子含有化合物を必須成分とするパラジウム触媒の分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位が−6.6eV以下に特定されることになるが、より好ましくは、−6.8eV以下である。更に好ましくは、−7.0eV以下である。下限は、2価パラジウム化合物における最高被占軌道のエネルギー準位の計算結果から、−12.0eV以上とすることが好ましく、−10.0eV以上がより好ましい。
【0066】
上記製造方法においては、アセチルアセトナート系配位子含有化合物を必須成分とするパラジウム触媒の分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位が−5.5eV以下に特定されることになるが、より好ましくは、−5.55eV以下、更に好ましくは、−5.6eV以下であり、下限は−8.5eV以上が好ましく、より好ましくは−7.5eV以上、更に好ましくは−6.5eV以上である。
【0067】
上記最高被占軌道のエネルギー準位の計算条件について、以下に説明する。
初期三次元構造の作成には、上述したようにガウシアン(Gaussian)社のガウスビュー(GausView)をビルダーとして用いることが好適である。作成した初期構造を元に、ガウシアン03,リビジョン ディー.02(Gaussian03,Revision D.02)(ガウシアン[Gaussian]社製)を用いて分子軌道計算を行うことができる。分子軌道計算に当たっては、計算条件としてB3LYP/CEP−121をキーワードセクションに指定したうえで、最安定構造を計算することができる。該最安定構造における計算結果を上記最高被占軌道のエネルギー準位とする。すなわち、最安定構造の最高被占軌道のエネルギー準位を上記のように設定することにより、本発明の製造方法に適した2価パラジウム化合物触媒とすることができ、上述した本発明の効果を発揮することができる。
【発明の効果】
【0068】
本発明の環状不飽和化合物の製造方法は、上述の構成よりなり、環状不飽和化合物を製造するに際し、反応速度や収率、選択率等の点で優れ、簡便でかつ効率のよい環状不飽和化合物を製造することができる有用な製造方法である。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明の製造方法において考えられ得る一つの反応工程の概略を示した図である。
【図2】考えられ得る触媒活性種(パラジウム種)の酸化還元機構の概略を示した図である。
【図3】パラジウム触媒における分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位と触媒サイクルの回転数との相関を示す分布図である。
【図4】パラジウム触媒における分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位と触媒サイクルの回転数との相関を示す分布図である。
【発明を実施するための形態】
【0070】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「%」は「mol%」を意味するものとする。
以下の実施例及び比較例におけるガスクロマトグラフィーでの分析は、下記装置及びカラムを用いて行った。
装置名:アジレント・テクノロジー株式会社製 6890N(商品名)
カラム:ジーエルサイエンス社製 TC−WAX(商品名) 内径0.25mm 長さ30m 膜厚0.25μm
【0071】
実施例1
オートクレーブにα,β−不飽和カルボン酸としてアクリル酸(1mmol)、パラジウム触媒としてトリフルオロ酢酸パラジウム(1mol%)、助触媒として酢酸銅(1.5mol%)、不飽和有機化合物として1−ブテンガス(5mmol)、溶媒としてトルエン(3mL)を加えた。気相部は酸素ガス0.35MPaとし、70℃で8時間攪拌した。冷却後、反応液をガスクロマトグラフィーで分析したところ、目的化合物の収率が61%であった。
実施例2−8、比較例1についても、表1にある組成、及び、反応条件を変えた以外は、実施例1の製造方法と同様に行った。この結果を表1に示す。
【0072】
実施例9
α,β−不飽和カルボン酸としてアクリル酸(1mmol)、パラジウム触媒としてPd(OCOC(CH(1mol%)、不飽和有機化合物として1−ブテンガス(8mmol)、溶媒としてトルエン(5mL)を加え、70℃で24時間攪拌し、その他の条件、実験操作は実施例1と同様に行った。目的化合物の収率が53%であった。この結果を表1に示す。
【0073】
実施例10
α,β−不飽和カルボン酸としてアクリル酸(1mmol)、パラジウム触媒としてPd(OCOC(CH(1mol%)、助触媒としてトリフルオロ酢酸銅(1.5mol%)、不飽和有機化合物として1−ブテンガス(5mmol)、溶媒としてトルエン(3mL)を加え、70℃で8時間攪拌し、その他の条件、実験操作は実施例1と同様に行った。目的化合物の収率が57%であった。この結果を表1に示す。
【0074】
実施例11
オートクレーブにα,β−不飽和カルボン酸としてアクリル酸(1mmol)、パラジウム触媒として酢酸パラジウム(0.05mol%)、助触媒としてトリフルオロ酢酸銅(1mol%)、不飽和有機化合物として1−ブテンガス(8mmol)、溶媒としてトルエン(5mL)を加えた。気相部は酸素ガス0.35MPaとし、90℃で24時間攪拌した。冷却後、反応液をガスクロマトグラフィーで分析したところ、目的化合物の収率が32%であった。
実施例12についても、表2にある組成、及び、反応条件を変えた以外は、実施例11の製造方法と同様に行った。この結果を表2に示す。
【0075】
実施例13
オートクレーブにα,β−不飽和カルボン酸としてアクリル酸(1mmol)、パラジウム触媒としてPd(acac)(0.1mol%)、助触媒としてトリフルオロ酢酸銅(1mol%)、不飽和有機化合物として1−ブテンガス(9mmol)、溶媒としてトルエン(5mL)を加えた。気相部は酸素ガス0.35MPaとし、80℃で8時間攪拌した。冷却後、反応液をガスクロマトグラフィーで分析したところ、目的化合物の収率が30%であった。
実施例14−19についても、表3にある組成、及び、反応条件を変えた以外は、実施例13の製造方法と同様に行った。この結果を表3に示す。
【0076】
実施例20
オートクレーブにα,β−不飽和カルボン酸としてアクリル酸(1mmol)、パラジウム触媒として酢酸パラジウム(0.05mol%)、助触媒として酢酸銅(1mol%)、カルボン酸としてトリフルオロ酢酸(0.02mmol)、不飽和有機化合物として1−ブテンガス(5mmol)、溶媒としてトルエン(3mL)を加えた。気相部は酸素ガス0.35MPaとし、100℃で8時間攪拌した。冷却後、反応液をガスクロマトグラフィーで分析したところ、目的化合物の収率が26%であった。
この結果を表4に示す。
【0077】
実施例21−30、参考例1についても、表5に記載したようにパラジウム触媒と温度を50℃に変更した以外は、実施例1と同様に行った。
この結果を表5に示す。
また実施例31−36については、不飽和有機化合物として1−ブテンガス(5mmol)を1−ブテンガス(8mmol)に、溶媒としてトルエン(3mL)をトルエン(5mL)に、反応温度を70℃から80℃に変更し、表6に記載したように組成を変更した以外は、実施例1と同様に行った。
参考例2については、表6に記載したように組成を変更した以外は、実施例1と同様に行った。
この結果を表6に示す。
【0078】
本明細書中、acacは、アセチルアセトナートを表す。tmhは、2,2,6,6−テトラメチルヘプタンジオネートを表す。NHCは、1,3−ビス(2,6−ジイソプロピルフェニル)イミダゾール−2−イリデンを表す。MeCNは、アセトニトリルを表す。触媒や助触媒の量(mol%)は、α,β−不飽和カルボン酸に対する量を表す。収率は、α,β−不飽和カルボン酸基準で算出したものである。TONは触媒1分子当たり、原料からエキソ位に二重結合を有する環状不飽和化合物を得ることができる触媒サイクルの回転数である。
また、反応開始時に酸素ガスをオートクレーブ中の気相部の圧力が0.35MPaとなるように加え、加熱して一旦圧力が上がった後は、反応により酸素や基質が消費されて圧力が減るものである。
【0079】
【表1】

【0080】
【表2】

【0081】
【表3】

【0082】
【表4】

【0083】
<分子軌道計算>
上記最高被占軌道のエネルギー準位の計算を以下のように行った。
初期三次元構造の作成には、ガウシアン(Gaussian)社のガウスビュー(GausView)をビルダーとして用いた。作成した初期構造を元に、ガウシアン03,リビジョン ディー.02(Gaussian03,Revision D.02)(ガウシアン[Gaussian]社製)を用いて分子軌道計算を行った。分子軌道計算に当たっては、計算条件としてB3LYP/CEP−121をキーワードセクションに指定したうえで、最安定構造を計算した。
得られた計算結果と実験結果を解析し、各種パラメータと触媒サイクルの回転数との相関を調べた。結果を下記表5、表6に示す。
下記表5において、ガウシアン03,リビジョン ディー.02(Gaussian03,Revision D.02)(ガウシアン[Gaussian]社製)を用いて計算したパラジウム触媒がカルボキシラート系配位子含有化合物を必須成分とする場合の最高被占軌道(HOMO)のエネルギー準位と触媒サイクルの回転数との関係を図で示したものが、図3の分布図である。また下記表6において、ガウシアン03,リビジョン ディー.02(Gaussian03,Revision D.02)(ガウシアン[Gaussian]社製)を用いて計算したパラジウム触媒がアセチルアセトナート系配位子含有化合物を必須成分とする場合の最高被占軌道(HOMO)のエネルギー準位と触媒サイクルの回転数との関係を図で示したものが、図4の分布図である。
【0084】
【表5】

【0085】
【表6】

【0086】
パラジウム触媒がカルボキシラート系配位子含有化合物又はアセチルアセトナート系配位子含有化合物を必須成分とする場合のガウシアン03,リビジョン ディー.02(Gaussian03,Revision D.02)(ガウシアン[Gaussian]社製)を用いた分子軌道計算による最高被占軌道(HOMO)のエネルギー準位と触媒サイクルの回転数との相関を示すパラメータ及び相関関数は、それぞれ下記に示される通りであった。
(カルボキシラート系配位子含有化合物を必須成分とする場合)
Y(TON)=−10.34×HOMO(eV)−58.98
相関関数 r=−0.884 r=0.78
(アセチルアセトナート系配位子含有化合物を必須成分とする場合)
Y(TON)=−422×HOMO(eV)−2233.8
相関関数 r=−0.918 r=0.84
【0087】
上述した計算結果から、分子軌道計算による最高被占軌道(HOMO)のエネルギー準位と触媒サイクルの回転数との相関関数が高いものであることが分かった。また、ガウシアン03,リビジョン ディー.02(Gaussian03,Revision D.02)(ガウシアン[Gaussian]社製)を用いて、計算条件としてB3LYP/CEP−121をキーワードセクションに指定したうえで分子軌道計算を行って得た最高被占軌道(HOMO)のエネルギー準位と触媒サイクルの回転数との相関関数が特に高いものであり、本発明の製造方法において好適であることが分かった。
【0088】
また、実施例37−38については、不飽和有機化合物として1−ブテンガス(5mmol)を1−ブテンガス(10mmol)に、溶媒としてトルエン(3mL)をトルエン(5mL)に変更し、気相部は酸素ガス0.4MPaとし、24時間攪拌し、表7に記載したように組成、及び、反応条件を変更した以外は、実施例1と同様に行った。
この結果を表7に示す。
更に、実施例39−40については、α,β−不飽和カルボン酸としてアクリル酸(1mmol)をアクリル酸(150mmol)に、不飽和有機化合物として1−ブテンガス(5mmol)を1−オクテン(900mmol)に、溶媒としてトルエン(3mL)をトルエン(450mL)に変更し、反応温度を70℃から90℃に変更し、気相部は酸素ガス0.1MPaとし、表8に記載したように組成、及び、反応条件を変更した以外は、実施例1と同様に行った。
この結果を表8に示す。
そして、実施例41については、助触媒として酢酸銅(1.5mol%)をフッ化銅(CuF)(3mol%)に、不飽和有機化合物として1−ブテンガス(5mmol)を1−オクテン(8mmol)に、反応温度を70℃から90℃に変更し、表9に記載したように組成、及び、反応条件を変更した以外は、実施例1と同様に行った。
この結果を表9に示す。
実施例1−41及び比較例1、参考例1、2において考えられ得る一つの反応機構の概略について、図1に示した。
【0089】
【表7】

【0090】
【表8】

【0091】
【表9】

【0092】
上述した実施例及び比較例から次のように言えることがわかった。すなわち、上記カルボニル基を有する2価パラジウム化合物を必須成分とするパラジウム触媒及び分子状酸素の存在下で、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させることにより、目的とする環状不飽和化合物が得られることがわかった。特に、上記触媒は特定のカルボキシラート系配位子含有化合物及び/又はアセチルアセトナート系配位子含有化合物を必須成分とする形態により、環状不飽和化合物の収率を更に高めることができるという有利な効果を発揮し、それが顕著であることがわかった。更に、助触媒を用いることなく上記触媒のみで反応させる形態においても、触媒が失活することなく環状不飽和化合物が高収率で得られることが明らかになった。
また、上記パラジウム触媒を分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位が−6.6eV以下の2価カルボキシラート系配位子含有化合物を必須成分とすることにより、50℃での触媒サイクルの回転数が、4から8〜33に向上すること(表5)、上記パラジウム触媒を分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位が−5.5eV以下の2価アセチルアセトナート系配位子含有化合物を必須成分とすることにより、50℃での触媒サイクルの回転数が、26から180〜300に向上すること(表6)がわかった。この程度触媒サイクルの回転数が向上すれば、反応速度及び環状不飽和化合物の収率を充分に高めることができ、工業的製造に適用した場合は、顕著なものとなる。
【0093】
なお、上述した実施例では、α,β−不飽和カルボン酸としてアクリル酸、不飽和有機化合物として1−ブテン、1−オクテンを用いているが、α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させるものであれば、特定のパラジウム触媒が分子状酸素により酸化されて触媒が再生され、これにより反応速度及び収率を高めることができる機構は同様である。したがって、上述した製造方法とすることにより、本発明の有利な効果を発現することは確実であるといえる。
なお、例えば、環状不飽和化合物の工業用生産等において、少しでも目的物の収率が向上すれば、低コストで高効率に生産を行うことが可能となる。このような効果、すなわち目的物の収率を高めて副生成物の割合を低減させ、低コストで高効率に工業的生産を行うことを可能とするという効果は、際立ったものであるということができる。例えば、実施例37は、環状不飽和化合物の収率が70%であり、特に優れるものである。また、実施例39も同様に該収率が優れる(68%)。実施例38は、パラジウム触媒がアセチルアセトナート系配位子含有化合物を必須とするものとしては該収率が優れ、56%である。これらの実施例においては、上述した本発明の有利な効果が顕著に発揮されることになる。なお、これらはパラジウム触媒の一つの開示であり、上記したようにパラジウム触媒がカルボニル基を有する2価パラジウム化合物を必須成分とするものであれば、当該パラジウム触媒における酸化還元電位やパラジウムの電子状態及び電子軌道エネルギー準位に起因して、当該パラジウム触媒が本発明の効果を奏することは上記実施例から裏付けられている。また、アクリル酸の量を150mmolとし、基質として1−オクテンを用いた実施例39、40の結果を参酌すると、実施例1〜38の結果と同様に環状不飽和化合物の収率等に優れるものであることから、反応スケールを大きくしたり、基質(反応原料)を変更しても、本発明の有利な効果を発揮することが明らかであり、実証されている。同様に、助触媒としてフッ化銅を用いた実施例41においても環状不飽和化合物の収率等に優れるものであることから、助触媒の種類をこのようなものに変更しても、本発明の有利な効果を発揮することが明らかであり、実証されている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させる工程を含む環状不飽和化合物の製造方法であって、
該製造方法は、パラジウム触媒及び分子状酸素の存在下で反応を行い、該パラジウム触媒がカルボニル基を有する2価パラジウム化合物を必須成分とすることを特徴とする環状不飽和化合物の製造方法。
【請求項2】
前記パラジウム触媒は、カルボキシラート系配位子含有化合物及び/又はアセチルアセトナート系配位子含有化合物を必須成分とすることを特徴とする請求項1に記載の環状不飽和化合物の製造方法。
【請求項3】
α,β−不飽和カルボン酸と不飽和有機化合物とを反応させる工程を含む環状不飽和化合物の製造方法であって、
該製造方法は、パラジウム触媒及び分子状酸素の存在下で反応を行い、該パラジウム触媒が分子軌道計算による最高被占軌道のエネルギー準位が−6.6eV以下である2価カルボキシラート系配位子含有化合物、又は、該エネルギー準位が−5.5eV以下である2価アセチルアセトナート系配位子含有化合物を必須成分とすることを特徴とする環状不飽和化合物の製造方法。
【請求項4】
前記製造方法は、実質的に助触媒を用いないで反応させることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の環状不飽和化合物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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