説明

環状化合物、その金属錯体及び変性金属錯体

【課題】レドックス触媒として優れた活性を示す、複数の遷移金属原子を中心に有するシッフ塩型の環状化合物を配位子として持つ優れた安定性を有する金属錯体及びその配位子として有用な化合物の提供。
【解決手段】下記で代表される化合物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環状化合物、それを配位子として有する金属錯体及びその変性金属錯体に関する。
【背景技術】
【0002】
金属錯体は、酸素添加反応、酸化カップリング反応、脱水素反応、水素添加反応、酸化物分解反応、電極反応等の電子移動を伴うレドックス反応における触媒(以下、「レドックス触媒」と言う。)として作用し、低分子化合物及び高分子化合物の製造に使用されている。また、最近では、添加剤、改質剤、電池、センサーの材料のほか、有機EL材料の燐光発光錯体として使用されている。
【0003】
この金属錯体の中でも、環状化合物を配位子として持つ金属錯体は、非環状化合物を配位子として持つ金属錯体に比べて、安定であり、金属イオンの解離を抑えられることが知られている。また、複数の遷移金属原子を中心に有する金属錯体は、レドックス触媒として優れた活性を示すことが知られており、例えば、複数の遷移金属原子を中心に有するシッフ塩基型の環状化合物を配位子として持つ金属錯体が提案されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Angew. Chem. Int. Ed. 2003, 42, 6008.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上述の金属錯体は、シッフ塩基型の環状化合物を配位子として持つため、安定性が不十分であり、その改善が望まれていた。
そこで、本発明は、優れた安定性を有する金属錯体及びその配位子として有用な化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は第一に、下記式(1)で表される化合物を提供する。

(式(1)中、Y1、Y2、Y3及びY4は、同一又は異なり、下式:

のいずれかで表される基を表す。P1は、Y1とY1の2個の隣接炭素原子と一体となって芳香族複素環を形成するために必要な原子群である。P2は、Y2とY2の2個の隣接炭素原子と一体となって芳香族複素環を形成するために必要な原子群である。P3は、Y3とY3の2個の隣接炭素原子と一体となって芳香族複素環を形成するために必要な原子群である。P4は、Y4とY4の2個の隣接炭素原子と一体となって芳香族複素環を形成するために必要な原子群である。P5は、Z1が結合した炭素原子とその2個の隣接炭素原子と一体となって芳香環を形成するために必要な原子群である。P6は、Z2が結合した炭素原子とその2個の隣接炭素原子と一体となって芳香環を形成するために必要な原子群である。Z1及びZ2は、同一又は異なり、−ORα、−SRα又は−NRα2を表す(ここで、Rαは、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基を表す。複数存在するRαは、同一であっても異なっていてもよい。)。Q1及びQ2は、同一又は異なり、直接結合又は連結基を表す。P1を含む環とP2を含む環とは、結合して、Q1を含む縮環構造を形成する。P3を含む環とP4を含む環とは、結合して、Q2を含む縮環構造を形成する。P1を含む環とP5を含む環、P2を含む環とP6を含む環、P3を含む環とP5を含む環、及びP4を含む環とP6を含む環からなる群から選ばれる1種以上は、互いに結合していてもよい。)
本発明は第二に、前記式(1)で表される化合物の残基を有するポリマーを提供する。
本発明は第三に、金属原子と配位子とを有する金属錯体であって、該配位子が前記化合物又はポリマーである金属錯体を提供する。
本発明は第四に、前記金属錯体を、炭素含有率を5質量%以上に保持しつつ、質量減少率が1〜90質量%となるまで、加熱処理、放射線照射処理又は放電処理で変性させることにより得られる変性金属錯体を提供する。
本発明は第五に、前記金属錯体と、カーボン担体、沸点若しくは融点が200℃以上の有機化合物、又は熱重合開始温度が250℃以下である有機化合物と、からなる混合物を、炭素含有率を5質量%以上に保持しつつ、質量減少率が1〜90質量%となるまで、加熱処理、放射線照射処理又は放電処理で変性させることにより得られる変性金属錯体を提供する。
本発明は第六に、前記金属錯体又は変性金属錯体と、カーボン担体、高分子、又はこれらの組み合わせとを含む組成物を提供する。
本発明は第七に、前記金属錯体又は変性金属錯体を含む触媒を提供する。
本発明は第八に、前記触媒からなる燃料電池用電極触媒を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明の金属錯体は、優れた安定性(特には、熱安定性)を有する。また、本発明の配位子となる化合物は、シッフ塩基部位を環構造とした環状化合物であり、前記金属錯体の合成に有用である。そして、本発明の変性金属錯体はより高活性な酸素還元能を示すので、汎用性の高い触媒となり得る。また、本発明の好ましい実施形態では、本発明の変性金属錯体は、高い水素酸化能を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
<化合物>
本発明の前記式(1)で表される化合物について説明する。
【0009】
前記式(1)中、Y1〜Y4は、錯形成の際の金属原子との相互作用の観点から、−N=が好ましい。
【0010】
前記式(1)中、P1〜P4で表される原子群が形成する芳香族複素環としては、ピリジン、ピラジン、ピリミジン、フラン、チオフェン、チアゾール、イミダゾール、オキサゾール、ベンゾイミダゾール、ベンゾフラン、ベンゾチオフェン、イソキノリン等が挙げられ、好ましくは、ピリジン、ピラジン、ピリミジン、フラン、チオフェン、チアゾール、イミダゾール、オキサゾールであり、特に好ましくは、ピリジン、チアゾール、イミダゾール、オキサゾールである。
【0011】
前記式(1)中、P5、P6で表される原子群が形成する芳香環としては、Z1、Z2に相当する基を含めて示すと、以下の式(1−a)〜(1−e)で表される芳香環が挙げられ、好ましくは式(1−a)〜(1−c)で表される芳香環であり、より好ましくは式(1−a)、(1−b)で表される芳香環である。

(式(1−a)〜(1−e)中、Zは、Z1及びZ2と同じ意味を有し、−ORα、−SRα又は−NRα2を表すここで、Rαは、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基を表す。複数存在するRαは、同一であっても異なっていてもよい。)
【0012】
前記式(1)中、Z1及びZ2は、合成における反応制御の観点から、好ましくは−ORα、−SRαであり、特に好ましくは−ORαである。
【0013】
1〜P4で表される芳香族複素環、P5、P6で表される芳香環は、置換基を有していてもよい。置換基としては、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基、ヨード基等のハロゲノ基;ヒドロキシ基;カルボキシル基;メルカプト基;スルホン酸基;ニトロ基;ホスホン酸基;炭素数1〜4のアルキル基を有するシリル基;メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、シクロプロピル基、ブチル基、イソブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、シクロペンチル基、へキシル基、シクロへキシル基、ノルボニル基、ノニル基、シクロノニル基、デシル基、3,7−ジメチルオクチル基、アダマンチル基、ドデシル基、シクロドデシル基、ペンタデシル基、オクタデシル基、ドコシル基等の炭素数1〜50の直鎖、分岐又は環状のアルキル基;メトキシ基、エトキシ基、プロピルオキシ基、ブトキシ基、ペンチルオキシ基、シクロへキシルオキシ基、ノルボニルオキシ基、デシルオキシ基、ドデシルオキシ基等の全炭素数1〜50程度の直鎖、分岐又は環状のアルコキシ基;フェニル基、4−ブロモフェニル基、2,6−ジメチルフェニル基、4−ビフェニル基、2−メチルフェニル基、3−エテニルフェニル基、ペンタフルオロフェニル基、4−トリフルオロメチルフェニル基、3、5−ジブロモフェニル基、3,5−ジメトキシフェニル基、3,5−ジヒドロキシフェニル基、4−tert−ブチル−2,6−メトキシメチルフェニル基、4−tert−ブチルフェニル基、4−オクチルフェニル基、4−ドデシルフェニル基、4−メチルフェニル基、1−ナフチル基、2−ナフチル基、9−アントリル基等の全炭素数6〜60程度のアリール基等が挙げられ、好ましくは、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基、ヨード基等のハロゲノ基;メルカプト基;ヒドロキシ基;カルボキシル基;メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、ペンチル基、tert−ブチル基、シクロへキシル基、ノルボニル基、アダマンチル基等の炭素数1〜20のアルキル基;メトキシ基、エトキシ基、プロピルオキシ基、ブトキシ基、ペンチルオキシ基等の炭素数1〜10の直鎖、分岐のアルコキシ基;フェニル基、4−ブロモフェニル基、2,6−ジメチルフェニル基、4−ビフェニル基、2−メチルフェニル基、3−エテニルフェニル基、ペンタフルオロフェニル基、4−トリフルオロメチルフェニル基、3、5−ジブロモフェニル基、3,5−ジメトキシフェニル基、3,5−ジヒドロキシフェニル基、4−tert−ブチル−2,6−メトキシメチルフェニル基、4−tert−ブチルフェニル基、4−オクチルフェニル基、4−ドデシルフェニル基、1−ナフチル基、2−ナフチル基、9−アントリル基等の炭素数6〜30のアリール基であり、さらに好ましくは、クロロ基、ブロモ基、ヒドロキシ基、カルボキシル基、メチル基、エチル基、tert−ブチル基、シクロへキシル基、ノルボニル基、アダマンチル基、メトキシ基、エトキシ基、フェニル基、4−ブロモフェニル基、2,6−ジメチルフェニル基、4−ビフェニル基、2−メチルフェニル基、3−エテニルフェニル基、ペンタフルオロフェニル基、4−トリフルオロメチルフェニル基、3、5−ジブロモフェニル基、3,5−ジメトキシフェニル基、3,5−ジヒドロキシフェニル基、4−tert−ブチル−2,6−メトキシメチルフェニル基、4−tert−ブチルフェニル基、4−オクチルフェニル基、4−ドデシルフェニル基、2−ナフチル基、9−アントリル基である。なお、これらの置換基の説明、例示は、本明細書中の「置換基」において、同様である。
【0014】
前記式(1)中、P1を含む環とP2を含む環とが形成するQ1を含む縮環構造、P3を含む環とP4を含む環とが形成するQ2を含む縮環構造としては、以下の式(2−a)〜(2−n)で表される構造が挙げられ、好ましくは、式(2−a)、(2−g)〜(2−k)で表される構造であり、より好ましくは、式(2−a)、(2−i)〜(2−k)で表される構造である。なお、これらの構造は、置換基を有していてもよい。
【0015】

(式(2−a)〜(2−n)中、Rは、水素原子又は置換基を表す。)
【0016】
前記式(1)で表される化合物としては、金属原子との錯形成の観点から下記式(2)又は(3)で表される化合物が好ましいが、合成の容易さを考慮すると、下記式(2)で表される化合物がより好ましく、金属錯体の安定性を考慮すると、下記式(3)で表される化合物がより好ましい。
【0017】

(式(2)中、R1、R2及びR3は、同一又は異なり、水素原子又は置換基を表す。複数存在するR1、R2及びR3は、それぞれ、同一であっても異なっていてもよい。複数存在するR1、R2及びR3は、それらの2個以上が、互いに結合していてもよい。X1は、−O−、−S−又は−N(RA)−を表す(ここで、RAは、水素原子又は置換基を表す。)。2個存在するX1は、同一であっても異なっていてもよい。Rβは、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基を表す。2個存在するRβは、同一であっても異なっていてもよい。)

(式(3)中、R4及びR5は、同一又は異なり、水素原子又は置換基を表す。複数存在するR4及びR5は、それぞれ、同一であっても異なっていてもよい。複数存在するR4及びR5は、それらの2個以上が、互いに結合していてもよい。X2は、−O−、−S−又は−N(RB)−を表す(ここで、RBは、水素原子又は置換基を表す。)。4個存在するX2は、同一であっても異なっていてもよい。Rγは水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基を表す。2個存在するRγは、同一であっても異なっていてもよい。)
【0018】
前記式(2)中のX1、前記式(3)中のX2は、好ましくは−O−である。
【0019】
前記式(2)で表される化合物としては、以下の化合物が挙げられる。
【0020】

【0021】

【0022】
前記式(3)で表される化合物としては、以下の化合物が挙げられる。
【0023】

【0024】

【0025】

【0026】
次に、本発明の化合物の合成方法について、好ましい実施形態である前記式(2)、(3)で表される化合物の合成方法を例として説明する。
【0027】
前記式(2)で表される化合物は、例えば、Tetrahedron, 1999, 55, 8377-8384.に記載されているように、有機金属試薬の複素環式化合物への付加反応及び酸化反応を行い、さらにハロゲン化反応、遷移金属触媒を用いたクロスカップリング反応及びホルミル化反応を行った後に得られた化合物と、Polyhedron, 2005, 24, 2618-2624.に記載されているように、脱メチル化及び還元反応を行った後に得られた化合物とを、縮合反応及び脱水素反応させることによって合成することができる。
【0028】
より具体的には、前記式(2)で表される化合物は、例えば、下記式(4)で表される化合物と、下記式(5)で表される化合物とを、縮合反応及び脱水素反応させることによって合成することができる。
【0029】

(式(4)〜(6)中、R1〜R3及びRβは、前記と同じ意味を有する。)
【0030】
前記式(3)で表される化合物は、下記式(6)で表される2,6−ジホルミルフェノール誘導体と、下記式(7)で表される1,2−ジアミノベンゼン誘導体又は下記式(8)で表される1,8−ジアミノナフタレン誘導体とを、縮合反応及び脱水素反応させることによって合成することができる。
【0031】

(式(6)〜(8)中、Rδは、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基を表す。R及びRは、同一又は異なり、水素原子又は置換基を表す。)
【0032】
前記式(2)、(3)で表される化合物の合成において、典型金属を含む化合物を用いることが好ましい。典型金属は後述のとおりである。この典型金属を含む化合物としては、合成後の生成物の精製の容易さの観点から、第13族又は第14族の典型金属を含む化合物が好ましく、取り扱いの容易さの観点から、スズ又は鉛を含む化合物が好ましく、スズを含む化合物がより好ましい。
【0033】
スズ化合物としては、酢酸スズ(II)、酢酸スズ(IV)、塩化スズ(II)、塩化スズ(IV)が好ましく、酢酸スズ(II)、酢酸スズ(IV)、塩化スズ(II)がより好ましい。
【0034】
縮合反応及び脱水素反応は、適切な溶媒に原料となる化合物を溶解させて行うことが好ましい。溶媒としては、トルエン、キシレン、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、ジクロロメタン、クロロホルム及びこれらの混合溶媒が挙げられる。
【0035】
縮合反応は、触媒非存在下において加熱して行うこともできるが、触媒を用いると効率よく行うことができる。触媒としては、p−トルエンスルホン酸、トリフルオロ酢酸、トリフルオロメタンスルホン酸、リン酸等の酸が挙げられる。
【0036】
脱水素反応は、酸化剤を用いて行うことができる。酸化剤としては、酸素、過酸化水素、ヨウ素、四酢酸鉛、2,3−ジクロロ−5,6−ジシアノ−1,4−ベンゾキノン、クロラニル、酸化クロム(VI)、四酸化オスミウム、過マンガン酸カリウム、酸化マンガン(IV)、ヨードベンゼンジアセテート、[ビス(トリフルオロアセトキシ)ヨード]ベンゼン、パラジウムや白金を活性炭やシリカゲルに担持したもの等を用いて行うことができる。
【0037】
縮合反応及び脱水素反応の反応温度は、通常、0〜300℃、好ましくは0〜250℃、特に好ましくは0〜200℃である。縮合反応及び脱水素反応の反応時間は、通常、1分〜1週間、好ましくは5分〜100時間、特に好ましくは1時間〜48時間である。なお、反応温度及び反応時間は、酸、溶媒の組み合わせにより調整することができる。
【0038】
<ポリマー>
次に、本発明のポリマーを説明する。
本発明のポリマーは、前記式(1)で表される化合物の残基を有するポリマーである。前記式(1)で表される化合物の残基とは、前記式(1)で表される化合物における水素原子の一部又は全部(通常、1個)を取り除いてなる原子団からなる基を有するポリマーを意味する。このポリマーとしては、導電性高分子、デンドリマー、天然高分子、固体高分子電解質、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリアクリロニトリル、ポリエチレングリコール、ポリプロピレン等を例示することができる。これらの中でも、導電性高分子、固体高分子電解質、ポリスチレン、ポリアクリロニトリルが好ましく、ポリスチレン、ポリアクリロニトリルがより好ましい。ここで、導電性高分子とは、金属的又は半金属的な導電性を示す高分子物質の総称である。導電性高分子としては、「導電性ポリマー」(吉村進著、共立出版、1987年)や「導電性高分子の最新応用技術」(小林征男監修、シーエムシー出版、2004年)に記載されている導電性高分子、例えば、ポリアセチレン及びその誘導体、ポリパラフェニレン及びその誘導体、ポリパラフェニレンビニレン及びその誘導体、ポリアニリン及びその誘導体、ポリチオフェン及びその誘導体、ポリピロール及びその誘導体、ポリフルオレン及びその誘導体、ポリフルオレン及びその誘導体、ポリカルバゾール及びその誘導体、ポリインドール及びその誘導体、並びに前記導電性高分子の共重合体等が挙げられる。固体高分子電解質としては、パーフルオロスルホン酸、ポリエーテルエーテルケトン、ポリイミド、ポリフェニレン、ポリアリーレン、ポリアリーレンエーテルスルホンをスルホン化した高分子化合物等が挙げられる。
【0039】
<金属錯体>
本発明の化合物、ポリマーは、金属錯体の配位子となる化合物として用いることができる。即ち、本発明の金属錯体は、本発明の化合物又は本発明のポリマーと、金属原子とを有する。2個の金属原子がある場合、金属原子間で架橋配位していてもよい。金属原子としては、遷移金属原子、典型金属原子が挙げられる。ここで、「遷移金属」とは、周期表の第3族から第12族までの元素を意味し、「典型金属」とは、「遷移金属」以外の金属元素を意味する。なお、遷移金属原子、典型金属原子は、無電荷であっても、荷電しているイオンであってもよい。
【0040】
遷移金属としては、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、テクネチウム、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、銀、カドミウム、ハフニウム、タンタル、タングステン、レニウム、オスミウム、イリジウム、白金、金、水銀が挙げられる。
【0041】
典型金属としては、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、アルミニウム、ガリウム、インジウム、タリウム、スズ、鉛、ビスマスが挙げられる。
【0042】
金属原子としては、実用面から、第4周期から第6周期までに属する遷移金属原子が好ましく、チタン、バナジウム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、ニオブ、モリブデン、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、銀、タンタル、タングステン、レニウム、オスミウム、イリジウム、白金、金の原子がより好ましく、チタン、バナジウム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、モリブデン、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、銀、タングステン、イリジウム、白金の原子が更に好ましく、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛の原子が特に好ましい。
【0043】
本発明の金属錯体は、中性分子、金属錯体を電気的に中性にする対イオンを含むことがある。中性分子とは、溶媒和して溶媒和塩を形成する分子、前記式(1)〜(3)で表される化合物以外の配位子となる化合物である。中性分子としては、水、メタノール、エタノール、n−プロパノ−ル、イソプロピルアルコール、2−メトキシエタノール、1,1−ジメチルエタノール、エチレングリコール、N,N'−ジメチルホルムアミド、N,N'−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルスルホキシド、アセトン、クロロホルム、アセトニトリル、ベンゾニトリル、トリエチルアミン、ピリジン、ピラジン、ジアザビシクロ[2,2,2]オクタン、4,4'−ビピリジン、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル、ジメトキシエタン、メチルエチルエーテル、1,4−ジオキサン、酢酸、プロピオン酸、2−エチルヘキサン酸が挙げられ、好ましくは、水、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、エチレングリコール、N,N'−ジメチルホルムアミド、N,N'−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、クロロホルム、アセトニトリル、ベンゾニトリル、トリエチルアミン、ピリジン、ピラジン、ジアザビシクロ[2,2,2]オクタン、4,4'−ビピリジン、テトラヒドロフラン、ジメトキシエタン、1,4−ジオキサン、酢酸、プロピオン酸、2−エチルヘキサン酸である。
【0044】
また、対イオンとしては、遷移金属原子及び典型金属原子が正の電荷を有することから、これらを電気的に中性にする陰イオンが選ばれる。このような対イオンとしては、フッ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、硫化物イオン、酸化物イオン、水酸化物イオン、水素化物イオン、亜硫酸イオン、リン酸イオン、シアン化物イオン、酢酸イオン、2−エチルヘキサン酸イオン、炭酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、炭酸水素イオン、トリフルオロ酢酸イオン、チオシアン化物イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、アセチルアセトナート、テトラフルオロホウ酸イオン、ヘキサフルオロリン酸イオン、テトラフェニルホウ酸イオンが挙げられ、好ましくは、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、酸化物イオン、水酸化物イオン、水素化物イオン、リン酸イオン、シアン化物イオン、酢酸イオン、2−エチルヘキサン酸イオン、炭酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、アセチルアセトナート、テトラフェニルホウ酸イオンである。また、対イオンが複数存在する場合、それらは同一でも異なっていてもよく、中性分子と対イオンが共存する形態であってもよい。
【0045】
本発明の金属錯体としては、以下の金属錯体が挙げられる。
【0046】

【0047】

【0048】

(式中、Mは金属原子を表す。Mで表される金属原子は、前記金属原子の項で説明し例示したものと同じである。Mが2個存在する場合には、それらは同一であっても異なっていてもよい。)
【0049】
次に、本発明の金属錯体の合成方法について説明する。
本発明の金属錯体は、例えば、本発明の化合物又は本発明のポリマーと、金属原子を付与する反応剤(以下、「金属付与剤」と言う。)とを、混合することにより得ることができる。なお、金属付与剤とは金属原子を有する化合物であり、通常、該金属原子を陽イオンとして有する塩が用いられる。
【0050】
本発明の金属錯体は、配位子となる前記式(1)で表される化合物及び金属付与剤を適切な反応溶媒の存在下で混合させることで得ることができる。
【0051】
反応溶媒としては、水、酢酸、アンモニア水、メタノール、エタノール、n−プロパノ−ル、イソプロピルアルコール、2−メトキシエタノール、1−ブタノール、1,1−ジメチルエタノール、エチレングリコール、ジエチルエーテル、1,2−ジメトキシエタン、メチルエチルエーテル、1,4−ジオキサン、テトラヒドロフラン、ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン、デュレン、デカリン、ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、クロロベンゼン、1,2−ジクロロベンゼン、N,N'−ジメチルホルムアミド、N,N'−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルスルホキシド、アセトン、アセトニトリル、ベンゾニトリル、トリエチルアミン、ピリジン、ピラジン、ジアザビシクロ[2,2,2]オクタンが挙げられ、これらを2種以上混合してなる反応溶媒を用いてもよいが、配位子となる前記式(1)で表される化合物及び金属付与剤が溶解し得るものが好ましい。
【0052】
反応温度は、通常、−10〜250℃であり、好ましくは0〜200℃、特に好ましくは0〜150℃である。
【0053】
反応時間は、通常、1分〜1週間であり、好ましくは5分〜24時間、特に好ましくは1時間〜12時間である。なお、反応温度及び反応時間についても、配位子となる前記式(1)で表される化合物及び金属付与剤の種類によって最適化できる。反応後の反応液から、生成した金属錯体を単離精製する手段としては、公知の再結晶法、再沈殿法及びクロマトグラフィー法から最適な手段を選択して用いることができ、これらの手段を組み合わせてもよい。なお、反応溶媒の種類によっては、生成した金属錯体が析出する場合があり、析出した金属錯体を濾別等で分離し、必要に応じて洗浄操作や乾燥操作を行うことでも、金属錯体を単離精製することもできる。
【0054】
前記式(1)〜(3)で表される化合物を配位子とする金属錯体は、骨格が全て芳香族複素環及び芳香環によって構成されているため、優れた安定性(例えば、耐熱性)を示し、高温下でも錯体構造が安定に維持され、高い触媒作用が期待される。この金属錯体は、レドックス触媒等の用途に好適であり、具体的には、過酸化水素の分解触媒、芳香族化合物の酸化重合触媒、排ガス・排水浄化用触媒、色素増感太陽電池の酸化還元触媒層、二酸化炭素還元触媒、改質水素製造用触媒、酸素センサー等の用途が挙げられる。また、金属錯体の分子全体に共役が広がっていることから、有機ELの発光材料、有機トランジスタ及び色素増感太陽電池等の有機半導体材料としても用いることが可能である。
【0055】
<変性金属錯体>
本発明の金属錯体は、そのままの状態で用いることもできるが、変性処理を行うことにより変性金属錯体として用いることもできる。ここで、本発明の金属錯体の変性処理は、本発明の金属錯体を、炭素含有率を5質量%以上に保持しつつ、質量減少率(処理前の質量に対する処理後の質量の減少率)が1〜90質量%となるまで、加熱処理、放射線照射処理又は放電処理で変性させることにより行うことができる。こうして得られる変性金属錯体は、安定性がより向上した金属錯体である。変性処理に用いる金属錯体は、1種のみであっても2種以上であってもよい。
【0056】
前記変性処理を行う前に、前処理として、本発明の金属錯体を15〜200℃の温度、1333Pa以下の減圧下において、6時間以上乾燥させておくことが好ましい。この前処理は、真空乾燥機等で行うことができる。
【0057】
金属錯体の変性処理は、水素、ヘリウム、窒素、アンモニア、酸素、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン、若しくはアセトニトリル、又はこれらの混合ガスの存在下で行うことが好ましく、水素、ヘリウム、窒素、アンモニア、酸素、ネオン、若しくはアルゴン、又はこれらの混合ガスの存在下で行うことがより好ましく、水素、窒素、アンモニア、若しくはアルゴン、又はこれらの混合ガスの存在下で行うことが特に好ましい。また、変性処理を行う際の圧力は、選択する変性処理に応じて変更すればよい。
【0058】
加熱処理とは、金属錯体を加熱することを意味する。金属錯体を加熱処理する際の温度は、質量減少率を1〜90質量%にできる温度であればよいが、好ましくは200℃以上(通常、200〜1200℃)であり、より好ましくは300℃以上である。加熱処理の温度の上限は、変性処理後の変性物である変性金属錯体の炭素含有率(炭素原子の含有率であり、例えば、元素分析によって求められる。)が5質量%以上に保持される温度であればよいが、好ましくは1200℃であり、より好ましくは1000℃であり、さらに好ましくは、800℃である。
【0059】
加熱処理の時間は、使用するガスの種類、温度等により設定すればよい。
また、ガスを密閉又は通気させた状態において、室温から徐々に温度を上昇させ、(1)目的とする温度に到達後、すぐに降温させてもよいし、(2)目的温度に到達後、温度を維持することによって、徐々に金属錯体を処理してもよいが、耐久性の観点から、(2)が好ましい。目的温度での温度維持時間は、好ましくは1〜100時間であり、より好ましくは1〜40時間であり、さらに好ましくは2〜10時間であり、特に好ましくは2〜3時間である。
【0060】
加熱処理には、オーブン、ファーネス、IHホットプレート等の装置を用いてもよい。
【0061】
加熱処理に代わる変性処理には、放射線照射処理、放電処理がある。
【0062】
放射線照射処理とは、本発明の金属錯体に、電磁波(α線、β線、中性子線、電子線、γ線、X線、真空紫外線、紫外線、可視光線、赤外線、マイクロ波、電波、レーザー)及び粒子線から選ばれる放射線を照射することを意味する。放射線照射処理としては、X線、電子線、紫外線、可視光線、赤外線、マイクロ波及びレーザーから選ばれる放射線を照射することが好ましく、紫外線、可視光線、赤外線、マイクロ波及びレーザーから選ばれる放射線を照射することがより好ましい。
【0063】
放電処理とは、本発明の金属錯体に、コロナ放電、グロー放電、プラズマ放電(低温プラズマ放電を含む)から選ばれる放電を行うことを意味する。放電処理としては、低温プラズマ放電が好ましい。
【0064】
放射線照射処理、放電処理は、高分子フィルムの表面改質処理に用いられる機器、処理方法に準じて行うことができ、「表面解析・改質の化学」(日本接着学会編、日刊工業新聞社、2003年)等に記載された方法で行うことができる。
【0065】
放射線照射処理、放電処理の処理時間は、好ましくは10時間以内、より好ましくは3時間以内、さらに好ましくは1時間以内、特に好ましくは30分以内である。
【0066】
加熱処理、放射線照射処理、放電処理は、質量減少率が2〜90質量%となるまで行うことが好ましいが、質量減少し過ぎると錯体構造の維持が困難になる傾向があるので、2〜80質量%となるまで行うことがより好ましく、3〜70質量%となるまで行うことが特に好ましい。
【0067】
また、変性金属錯体の炭素含有率は5質量%以上を保持すればよいが、変性金属錯体における金属原子の集積度の観点から、10質量%以上を保持することが好ましく、20質量%以上を保持することがより好ましく、30質量%以上を保持することが更に好ましく、40質量%以上を保持することが特に好ましい。
【0068】
本発明の変性金属錯体の別の実施形態では、前記金属錯体と、カーボン担体、沸点若しくは融点が200℃以上の有機化合物、又は熱重合開始温度が250℃以下である有機化合物と、からなる混合物(以下、「金属錯体混合物」と言う。)を、炭素含有率を5質量%以上に保持しつつ、質量減少率(処理前の混合物の質量に対する処理後の混合物の質量の減少率)が1〜90質量%となるまで、加熱処理、放射線照射処理又は放電処理で変性させることにより、変性金属錯体が得られる。
【0069】
金属錯体混合物において、該金属錯体混合物中の金属錯体の含有量が、1〜70質量%であることが好ましく、2〜60質量%であることがより好ましく、3〜50質量%であることが特に好ましい。
【0070】
カーボン担体としては、ノーリット、ケッチェンブラック、バルカン、ブラックパール、アセチレンブラック等のカーボン粒子、C60やC70等のフラーレン、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、カーボン繊維等が挙げられる。
【0071】
沸点若しくは融点が200℃以上である有機化合物としては、ペリレン−3,4,9,10−テトラカルボン酸二無水物、3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸ジイミド、1,4,5,8−ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、1,4,5,8−ナフタレンテトラカルボン酸ジイミド、1,4,5,8−ナフタレンテトラカルボン酸、ピロメリット酸、二無水ピロメリット酸等の芳香族系化合物カルボン酸誘導体等が挙げられる。これらの化合物の構造式を以下に示す。ここで、沸点、融点は、実測値を意味する。なお、以下の構造式の下に記載した沸点(b.p.)に「calc」が付記されている値は、Chemical Abstract Serviceから提供されるソフトウェアであるSciFinder (version 2007.2)に登録されている沸点の計算値であり、参考値として示す。
【0072】

【0073】

【0074】
また、熱重合開始温度が250℃以下である有機化合物は、芳香環と不飽和結合(二重結合、三重結合)とを有する有機化合物であり、アセナフチレン、ビニルナフタレン(下式の化合物)等の有機化合物である。下式の化合物の下段に記載の温度は、各化合物の重合開始温度である。ここで、重合開始温度は、実測値を意味する。
【0075】

【0076】
金属錯体混合物を、加熱処理、放射線照射処理又は放電処理で変性させる条件は、金属錯体を単独で加熱処理、放射線照射処理又は放電処理で変性させる条件と同じである。なお、金属錯体混合物において、金属錯体、カーボン担体、沸点若しくは融点が200℃以上の有機化合物、熱重合開始温度が250℃以下である有機化合物は、各々、一種単独で用いても二種以上を併用してもよい。
【0077】
また、本発明の金属錯体及び変性金属錯体は、それら単独で用いてもよいし、該金属錯体及び変性金属錯体の安定性、触媒活性の観点から、カーボン担体、高分子、又はこれらの組み合わせと併用し、組成物として用いてもよい。
【0078】
さらに、本発明の金属錯体及び変性金属錯体は、それら単独で、又はその他の化合物と組み合わせて、燃料電池用電極触媒等の触媒として用いることができる。
【0079】
カーボン担体は、金属錯体混合物の項において、説明し例示したものと同じである。
【0080】
高分子としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアクリロニトリル、ポリエステル、ポリアセチレン、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン等が挙げられる。
【0081】
本発明の組成物において、金属錯体、変性金属錯体、カーボン担体、高分子は、各々、一種単独で用いても二種以上を併用してもよい。
【0082】
本発明の金属錯体、変性金属錯体、組成物は、燃料電池用の電極触媒や膜劣化防止剤、芳香族化合物の酸化カップリング触媒、排ガス・排水浄化用触媒、色素増感太陽電池の酸化還元触媒層、二酸化炭素還元触媒、改質水素製造用触媒、酸素センサーのほか、有機EL発光材料、有機トランジスタ、色素増感太陽電池等の有機半導体材料、過酸化水素分解触媒等の過酸化物分解触媒としても用いることができる。過酸化水素分解触媒として用いる場合、ヒドロキシラジカルの発生を抑制しつつ水と酸素に分解できる。
また、本発明の金属錯体、変性金属錯体、組成物は、芳香族化合物の酸化カップリング触媒としても有用である。この場合、ポリフェニレンエーテル、ポリカーボネート等のポリマー製造において、酸化カップリング触媒として使用することができる。
さらに、本発明の金属錯体、変性金属錯体、組成物は、工場や自動車からの排ガス中に含有される硫黄酸化物や窒素酸化物を、硫化水素、硫酸又はアンモニアへ転換するための水素化脱硫・脱窒触媒としても有用である。
その他にも、本発明の金属錯体、変性金属錯体、組成物は、改質水素中の一酸化炭素を変成させる触媒としても有用である。改質水素中には一酸化炭素が含まれており、改質水素を燃料電池に使用する場合、燃料極が一酸化炭素の被毒を受けることがある。前記触媒を用いることにより、この一酸化炭素の濃度を低減することができる。
【実施例】
【0083】
以下、本発明を実施例に基づいて詳細に説明する。
【0084】
<実施例1>
(環状化合物(A1a)の合成)
環状化合物(A1a)を以下の反応式に従って合成した。
【0085】

【0086】
出発原料であるアルデヒド化合物は、Tetrahedron, 1999, 55, 8377-8384.に従って合成した。1,8−ジアミノ−2,7−ジヒドロキシナフタレンは、1,8−ジニトロ−2,7−ジメトキシナフタレンをPolyhedron, 2005, 24, 2618-2624.に従って合成した後、メトキシ基の脱メチル化及びニトロ基の還元反応を行うことによって、二塩酸塩として得た。具体的には、次のとおりである。
窒素雰囲気下において、20mgのアルデヒド化合物と20mgの1,8−ジアミノ−2,7−ジヒドロキシナフタレン・二塩酸塩の5mLとのキシレン溶液に、5mgのp−トルエンスルホン酸・一水和物を加えて混合物とし、その混合物を、120℃で、2時間攪拌した後、室温まで冷却した。得られた溶液に、室温において、50mgの5質量% Pd/Cを添加し、150℃で4時間攪拌した。得られた溶液を室温まで冷却した後、不溶物をろ過によって除去し、さらに、エバポレーターにより揮発成分を留去したところ、緑がかった茶色の残渣を回収し、環状化合物(A1a)を得た。
1H NMR (CDCl3, 300 MHz, δ): 1.50 (s, 18H, tBu), 1.63 (s, 18H, tBu), 7.72, 8.07, 8.10, 8.43, 8.92, 9.13 (2H, ArH). APPI-MS: 795.3 ([M+H]+)
【0087】
(金属錯体(B1a)の合成)
金属錯体(B1a)を以下の反応式に従って合成した。
【0088】

(式中、OAcは酢酸イオンを表す。以下、同じである。)
【0089】
窒素雰囲気下において、38mgの環状化合物(A1a)と25mgの酢酸コバルト・四水和物に、10mLのクロロホルム/エタノール(1:1(体積比))の混合溶媒を加えた。得られた溶液を90℃で、2時間攪拌したところ、黄色粉末が析出した。この黄色粉末をろ取し、乾燥することによって金属錯体(B1a)を得た。
ESI-MS: 969.2 ([M-OAc]+), 455.1 ([M-2OAc]2+).
【0090】
<実施例2>
(金属錯体(B2a)の合成)
金属錯体(B2a)を以下の反応式に従って合成した。
【0091】

【0092】
窒素雰囲気下において、20mgの環状化合物(A1a)と13mgの酢酸ニッケル・四水和物に、6mLのクロロホルム/エタノール(1:1(体積比))の混合溶媒を加えた。得られた溶液を80℃で、3時間攪拌した後、エバポレーターにより揮発成分を留去したところ、茶色粉末が得られた。この茶色粉末をジエチルエーテルで洗浄し、乾燥させることによって金属錯体(B2a)を得た。
ESI-MS: 969.1 ([M-OAc]+).
【0093】
<実施例3>
(金属錯体(B3a)の合成)
金属錯体(B3a)を以下の反応式に従って合成した。
【0094】

【0095】
窒素雰囲気下において、20mgの環状化合物(A1a)と10mgの酢酸銅・一水和物に、6mLのクロロホルム/エタノール(1:1(体積比))の混合溶媒を加えた。得られた溶液を80℃で、3時間攪拌した後、エバポレーターにより揮発成分を留去したところ、茶色粉末が得られた。この茶色粉末をジエチルエーテルで洗浄し、乾燥させることによって金属錯体(B3a)を得た。
ESI-MS: 979.1 ([M-OAc]+), 460.1 ([M-2OAc]2+).
【0096】
<実施例4>
(金属錯体(B4a)の合成)
金属錯体(B4a)を以下の反応式に従って合成した。
【0097】

【0098】
窒素雰囲気下において、10mgの環状化合物(A1a)と8mgの酢酸亜鉛・二水和物に、2mLのクロロホルム/エタノール(1:1(体積比))の混合溶媒を加えた。得られた溶液を80℃で、3時間攪拌したところ、黄色粉末が析出した。この黄色粉末をろ取し、乾燥させることによって金属錯体(B4a)を得た。
ESI-MS: 983.2 ([M-OAc]+).
【0099】
<実施例5>
(環状化合物(A1b)の合成)
環状化合物(A1b)を以下の反応式に従って合成した。
【0100】

【0101】
窒素雰囲気下において、100mLのナスフラスコに40mgの1,8−ジアミノ−2,7−ジヒドロキシナフタレン・二塩酸塩及び20mgのアルデヒド化合物のキシレン混合溶液10mLを調製し、そこに、5mgのp−トルエンスルホン酸・一水和物及び4mgの塩化すず(II)・二水和物を加え、120℃で5時間攪拌した。次いで、加熱を止め、放冷した後、10mgの5質量% Pd/Cを加え、150℃でさらに5時間攪拌した。得られた溶液を室温まで冷却した後、不溶物をろ過によって除去し、さらに、エバポレーターにより揮発成分を留去した。得られた残渣をシリカゲルカラムによって精製したところ、褐色固体として環状化合物(A1b)を得た。
ESI-MS: 937.4 ([M+H]+).
【0102】
(金属錯体(B1b)の合成)
金属錯体(B1b)を以下の反応式に従って合成した。
【0103】

【0104】
窒素雰囲気下において、50mLのナスフラスコに、7mgの環状化合物(A1b)と4mgの酢酸コバルト・四水和物に、10mLのクロロホルム/メタノール(1:1(体積比))の混合溶媒を加えた。得られた混合物を60℃で4時間攪拌した後、エバポレーターにより揮発成分を留去することによって、金属錯体(B1b)を得た。
ESI-MS: 1111.2 ([M-OAc]+).
【0105】
<実施例6>
金属錯体(B1a)とカーボン担体(商品名:ケッチェンブラック600JD、嵩密度:15〜50kg/m3、ライオン製)とを1:4の質量比で混合した。得られた混合物をメタノール中、室温で攪拌後、200Paの減圧下で12時間乾燥することで、金属錯体混合物(C1a)を得た。
金属錯体混合物(C1a)を管状炉(プログラム制御開閉式管状炉、商品名:EPKRO−14R、いすゞ製作所製)において、窒素雰囲気下、窒素ガスフローを200mL/分、昇温速度を200℃/時間として600℃まで昇温し、その後、600℃で2時間加熱を継続して変性させたところ、変性金属錯体(D1a)を得た。
【0106】
<実施例7>
実施例6において、金属錯体(B1a)に代えて金属錯体(B1b)を用いた以外は実施例6と同様にして、対応する金属錯体混合物(C1b)、変性金属錯体(D1b1)を得た。
【0107】
<実施例8>
実施例7において、金属錯体混合物(C1b)の加熱温度を600℃から800℃に代えた以外は実施例7と同様にして、対応する変性金属錯体(D1b2)を得た。
【0108】
<比較例1>
(金属錯体(B2)の合成)
金属錯体(B2)を以下の反応式に従って合成した。
【0109】

【0110】
窒素雰囲気下において、0.238gの塩化コバルト・六水和物と0.192gの4−t−ブチル−2,6−ジホルミルフェノール(A2a)を含んだ5mLエタノール溶液を調製し、室温で攪拌した。このエタノール溶液に、0.108gの1,2−ジアミノベンゼン(A2b)を含んだ10mLのエタノール溶液を徐々に加えた。得られた混合物を3時間還流したところ、茶褐色粉末が析出した。この茶褐色粉末を濾取し、乾燥させることによって金属錯体(B2)を得た。
Anal. Calcd for C36H34Cl2Co2N4O2・2H2O: C, 55.47; H, 4.91; N, 7.19. Found: C, 56.34; H, 4.83; N, 7.23.
【0111】
<比較例2>
金属錯体(B2)とカーボン担体(商品名:ケッチェンブラック300J、嵩密度100〜145kg/m3、ライオン製)を1:4の質量比で混合した。得られた混合物をメタノール中、室温で攪拌後、200Paの減圧下で12時間乾燥することで、金属錯体混合物(C2)を得た。
金属錯体混合物(C2)を管状炉(プログラム制御開閉式管状炉、商品名:EPKRO−14R、いすゞ製作所製)において、窒素雰囲気下、窒素ガスフローを200mL/分、昇温速度を200℃/時間として600℃まで昇温し、その後、窒素雰囲気下、600℃で2時間加熱したところ、変性金属錯体(D2)を得た。
【0112】
<酸素還元反応測定>
まず、金属錯体混合物(C1a)2mgをサンプル瓶に入れ、水0.6mL、エタノール0.4mL及びナフィオン(登録商標)溶液(Aldrich製、5質量%溶液)20μLを加え、超音波を30分間あてた。得られた懸濁液10.00μLをリングディスク電極(有限会社日厚計測製、商品名:NRDE−4、ディスク部:グラッシーカーボン(直径6.0mm)、リング部:白金(リング内径7.0mm、リング外径9.0mm))のディスク部に滴下した後、室温にて一晩乾燥させることにより、測定用電極を作製した。
その後、回転リングディスク電極装置(有限会社日厚計測製、商品名:RRDE−1)により、この測定用電極を600rpmで回転させながら、室温において、酸素雰囲気下及び窒素雰囲気下のそれぞれにおいて電流密度値を測定した。電流密度値の測定は、デュアル電気化学アナライザー(ALS社製、商品名:ALSモデル701C)を用いて、セル溶液を0.05mol/L硫酸水溶液(25℃)、参照電極を銀/塩化銀電極(飽和塩化カリウム溶液)、カウンター電極を白金電極(ワイヤー状)として、0.725Vから−0.225Vまで掃引速度5mV/sで掃引することにより行った。
酸素雰囲気下で測定した電流密度値から窒素雰囲気下で測定した電流密度値を引いた値を酸素還元反応の電流密度値とし、酸素雰囲気下での0.3V(vsRHE)の電位における金属錯体混合物(C1a)の電流密度値をiC1aとした。
上述の一連の操作を、金属錯体混合物(C1b)、(C2)、変性金属錯体(D1a)、(D1b1)、(D2)についても行った。酸素雰囲気下での0.3V(vsRHE)の電位における金属錯体混合物(C1b)、(C2)、変性金属錯体(D1a)、(D1b1)、(D2)の電流密度値を、それぞれ、iC1b、iC2、iD1a、iD1b1、iD2とした。
得られた測定値から、加熱後における酸素還元反応の電流密度値を加熱前の電流密度値で除した値を加熱前後の電流密度比(iD1a/iC1a、iD1b1/iC1b、iD2/iC2)を算出し、表1に示す。
【0113】
【表1】

【0114】
・評価
表1から分かるように、実施例6及び7で作製した金属錯体は、加熱前後の電流密度比が2.72、8.41となることから、加熱前後の電流密度比が1.60に過ぎない比較例2で作製した金属錯体と比較して、加熱後でも安定な錯体構造を(変性金属錯体として)維持していると考えられる。したがって、本発明の金属錯体は、優れた安定性を有すると考えられる。その結果、本発明の金属錯体及び変性金属錯体は、優れた酸素還元能を有すると考えられる。
【0115】
<水素酸化反応測定>
酸素還元反応測定と同様にして測定用電極を作製した。
窒素ガスで満たされたグローブボックス内において、回転リングディスク電極装置(有限会社日厚計測製、商品名:RRDE−1)により、この測定用電極を300rpmで回転させながら、室温において、水素雰囲気下及び窒素雰囲気下のそれぞれにおいて電流密度値を測定した。電流密度値の測定は、デュアル電気化学アナライザー(ALS社製、商品名:ALSモデル600A)を用いて、セル溶液を0.1mol/L過塩素酸水溶液(25℃)、参照電極を可逆水素電極(RHE)、カウンター電極を白金電極(ワイヤー状)として、0Vから1.0Vまで掃引速度5mV/sで掃引することにより行った。水素雰囲気下で測定した電流密度値から窒素雰囲気下で測定した電流密度値を引いた値を水素酸化反応の電流密度値とし、水素雰囲気下での0.1V(vsRHE)の電位における変性金属錯体(D1b2)の電流密度値をi'D1b2とした。
上述の一連の操作を変性金属錯体(D2)についても行った。水素雰囲気下での0.1V(vsRHE)の電位における変性金属錯体(D2)の電流密度値をi'D2とし、表2に示す。
【0116】
【表2】

【0117】
・評価
表2に示すように、実施例8で作製した変性金属錯体は、0.1Vにおける電流密度が比較例2で作製した変性金属錯体と比較して高いことから、優れた水素酸化能を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される化合物。

(式(1)中、Y1、Y2、Y3及びY4は、同一又は異なり、下式:

のいずれかで表される基を表す。P1は、Y1とY1の2個の隣接炭素原子と一体となって芳香族複素環を形成するために必要な原子群である。P2は、Y2とY2の2個の隣接炭素原子と一体となって芳香族複素環を形成するために必要な原子群である。P3は、Y3とY3の2個の隣接炭素原子と一体となって芳香族複素環を形成するために必要な原子群である。P4は、Y4とY4の2個の隣接炭素原子と一体となって芳香族複素環を形成するために必要な原子群である。P5は、Z1が結合した炭素原子とその2個の隣接炭素原子と一体となって芳香環を形成するために必要な原子群である。P6は、Z2が結合した炭素原子とその2個の隣接炭素原子と一体となって芳香環を形成するために必要な原子群である。Z1及びZ2は、同一又は異なり、−ORα、−SRα又は−NRα2を表す(ここで、Rαは、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基を表す。複数存在するRαは、同一であっても異なっていてもよい。)。Q1及びQ2は、同一又は異なり、直接結合又は連結基を表す。P1を含む環とP2を含む環とは、結合して、Q1を含む縮環構造を形成する。P3を含む環とP4を含む環とは、結合して、Q2を含む縮環構造を形成する。P1を含む環とP5を含む環、P2を含む環とP6を含む環、P3を含む環とP5を含む環、及びP4を含む環とP6を含む環からなる群から選ばれる1種以上は、互いに結合していてもよい。)
【請求項2】
前記式(1)において、Z1及びZ2が−ORαである請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
前記式(1)で表される化合物が、下記式(2)又は(3)で表される化合物である請求項2に記載の化合物。

(式(2)中、R1、R2及びR3は、同一又は異なり、水素原子又は置換基を表す。複数存在するR1、R2及びR3は、それぞれ、同一であっても異なっていてもよい。複数存在するR1、R2及びR3は、それらの2個以上が、互いに結合していてもよい。X1は、−O−、−S−又は−N(RA)−を表す(ここで、RAは、水素原子又は置換基を表す。)。2個存在するX1は、同一であっても異なっていてもよい。Rβは、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基を表す。2個存在するRβは、同一であっても異なっていてもよい。)

(式(3)中、R4及びR5は、同一又は異なり、水素原子又は置換基を表す。複数存在するR4及びR5は、それぞれ、同一であっても異なっていてもよい。複数存在するR4及びR5は、それらの2個以上が、互いに結合していてもよい。X2は、−O−、−S−又は−N(RB)−を表す(ここで、RBは、水素原子又は置換基を表す。)。4個存在するX2は、同一であっても異なっていてもよい。Rγは水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基を表す。2個存在するRγは、同一であっても異なっていてもよい。)
【請求項4】
前記式(1)で表される化合物が、前記式(3)で表される化合物である請求項3に記載の化合物。
【請求項5】
前記式(3)において、X2が−O−である請求項4に記載の化合物。
【請求項6】
下記式(1)で表される化合物の残基を有するポリマー。

(式(1)中、Y1、Y2、Y3及びY4は、同一又は異なり、下式:

のいずれかで表される基を表す。P1は、Y1とY1の2個の隣接炭素原子と一体となって芳香族複素環を形成するために必要な原子群である。P2は、Y2とY2の2個の隣接炭素原子と一体となって芳香族複素環を形成するために必要な原子群である。P3は、Y3とY3の2個の隣接炭素原子と一体となって芳香族複素環を形成するために必要な原子群である。P4は、Y4とY4の2個の隣接炭素原子と一体となって芳香族複素環を形成するために必要な原子群である。P5は、Z1が結合した炭素原子とその2個の隣接炭素原子と一体となって芳香環を形成するために必要な原子群である。P6は、Z2が結合した炭素原子とその2個の隣接炭素原子と一体となって芳香環を形成するために必要な原子群である。Z1及びZ2は、同一又は異なり、−ORα、−SRα又は−NRα2を表す(ここで、Rαは、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基を表す。複数存在するRαは、同一であっても異なっていてもよい。)。Q1及びQ2は、同一又は異なり、直接結合又は連結基を表す。P1を含む環とP2を含む環とは、結合して、Q1を含む縮環構造を形成する。P3を含む環とP4を含む環とは、結合して、Q2を含む縮環構造を形成する。P1を含む環とP5を含む環、P2を含む環とP6を含む環、P3を含む環とP5を含む環、及びP4を含む環とP6を含む環からなる群から選ばれる1種以上は、互いに結合していてもよい。)
【請求項7】
金属原子と配位子とを有する金属錯体であって、該配位子が請求項1〜5のいずれか一項に記載の化合物又は請求項6に記載のポリマーである金属錯体。
【請求項8】
前記金属原子が、周期表の第4周期から第6周期に属する遷移金属原子である請求項7に記載の金属錯体。
【請求項9】
請求項7又は8に記載の金属錯体を、炭素含有率を5質量%以上に保持しつつ、質量減少率が1〜90質量%となるまで、加熱処理、放射線照射処理又は放電処理で変性させることにより得られる変性金属錯体。
【請求項10】
請求項7又は8に記載の金属錯体と、
カーボン担体、沸点若しくは融点が200℃以上の有機化合物、又は熱重合開始温度が250℃以下である有機化合物と、
からなる混合物を、炭素含有率を5質量%以上に保持しつつ、質量減少率が1〜90質量%となるまで、加熱処理、放射線照射処理又は放電処理で変性させることにより得られる変性金属錯体。
【請求項11】
前記加熱処理が200〜1200℃で行われる請求項9又は10に記載の変性金属錯体。
【請求項12】
請求項7若しくは8に記載の金属錯体、又は請求項9〜11のいずれか一項に記載の変性金属錯体と、カーボン担体、高分子、又はこれらの組み合わせとを含む組成物。
【請求項13】
請求項7若しくは8に記載の金属錯体、又は請求項9〜11のいずれか一項に記載の変性金属錯体を含む触媒。
【請求項14】
請求項13に記載の触媒からなる燃料電池用電極触媒。

【公開番号】特開2010−215603(P2010−215603A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−148555(P2009−148555)
【出願日】平成21年6月23日(2009.6.23)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】