説明

環状構造を有する分岐状グルカンの製造方法

【課題】環状構造保有分岐グルカンを効率よく製造する方法を提供すること。
【解決手段】分岐状グルカン構造の一部が環を形成している環状構造保有分岐状グルカンの製造法であって、1)分岐状グルカンにブランチングエンザイムを作用させ、次いで4−α−グルカノトランスフェラーゼを作用させるか;2)分岐状グルカンに4−α−グルカノトランスフェラーゼを作用させ、次いでブランチングエンザイムを作用させるか;または3)分岐状グルカンにブランチングエンザイムおよび4−α−グルカノトランスフェラーゼを同時に作用させることにより、該環状構造保有分岐状グルカンを得る工程を包含する、方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環状構造保有分岐状グルカンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環状グルカンは、天然の未修飾澱粉と比較して、水に対する溶解度が高く、その溶液の粘度が低く、天然の未修飾澱粉では観察される老化が起きにくいという優れた性質を有している。環状グルカンは、澱粉の代替物質として有用な物質として開発され、利用されている。
【0003】
特許文献1は、ワキシーコーンスターチなどの天然の澱粉にブランチングエンザイム(BE)を作用させることにより環状グルカンを製造できることを開示している。この方法は、BEの環状化反応触媒作用によりアミロペクチンをクラスター単位に分解しつつ各クラスター単位の構造の一部を環状化する方法であり、この方法により、環状構造を有する分岐状グルカン(環状構造保有分岐状グルカンともいう)が製造される。特許文献1に開示された方法においては、BEを用いて得られる分岐状グルカンの収率が非常に高い。しかしながらこの方法でBEを用いて製造された環状構造保有分岐状グルカンの分岐頻度は、アミロペクチンの分岐頻度と大差ない(このことは、例えば、非特許文献1に示されている)。すなわち、BEを用いる方法においては、得られるグルカンの分岐頻度に限界があった。例えば、α−1,6結合の割合が10%を超えるグルカンを製造することは困難であった。そのため、アミロペクチンよりも高い分岐頻度を有するグルカンが好ましいとされる用途、例えば、分岐頻度が高いことで消化酵素に分解されにくく生体内で緩やかに吸収されることを目的とした腹膜透析、経腸栄養材、糖尿病患者用の食事などの用途においては、この方法で製造されたグルカンを使用することが困難であった。
【0004】
特許文献1はまた、アミロペクチンにアミロマルターゼ(MalQ)を作用させることにより、環状構造を有する分岐状グルカンが合成できることを開示している。しかしながら、MalQはα−1,4グルカンの不均化および環状化を触媒する酵素であり、この反応で生成されるグルカンは、グルコース残基がα−1,4結合のみで連結された環状グルカン(シクロアミロース)と環状構造保有分岐状グルカンとの混合物である(このことは、例えば、非特許文献2に示されている)。アミロマルターゼはα−1,6分岐の形成反応を触媒する酵素ではないため、環状構造保有分岐状グルカンの製造には適していない。そのため、特許文献1に記載された、アミロマルターゼを用いて分岐状グルカンを得る方法においては、その収率が非常に低い。
【0005】
環状構造保有分岐状グルカンの製造方法として、BEとβ−アミラーゼとを組み合わせる方法が開示されている(非特許文献1)。非特許文献1では、アミロペクチンにBEを作用させて製造した環状構造保有分岐状グルカンに、さらにβ‐アミラーゼを作用させ、環状グルカンの単位鎖を非還元性末端から約60%まで分解している。このβ−アミラーゼ処理により、環状構造保有分岐状グルカンの分岐頻度は約15%にまで上昇していると考えられる。しかしながら、β−アミラーゼ処理により多量のマルトースが副生するため、環状構造保有分岐状グルカンの収率は約40%にまで低下するという欠点がある。
【0006】
一方、特許文献2は、高度に分岐した高分子量グルカンの製造のためにBEとMalQとを利用する方法を開示している。特許文献2は、アミロース(あるいは澱粉を枝切りした単鎖アミロース)にBEとMalQを作用させることにより、非常に高分子量の分岐状グルカン(グリコーゲン)が合成されることを開示している。特許文献2は高分子量の分岐状グルカンを合成することを課題としており、この課題を、特定の特徴を有するBEを選択すること、及びこのBEとMalQを分岐を含まない直鎖状グルカンに作用させること、を組み合わせることにより達成している。特許文献2は環状構造を有するグルカンの製造を課題とするものではなく、またこの条件では環状グルカンは製造されない。なぜなら、BEの反応の原理から考えて、非常に高分子量の分岐状グルカンを合成することと、環状グルカンを合成することは、両立し得ないからである。
【0007】
特許文献2の図1および0022段落には、BEが触媒する3種類の反応、つまり分子間枝作り反応(図1A)、環状化反応(図1B)、分子内枝作り反応(図1C)が記載されている。特許文献2の図1を以下に再掲する。
【0008】
【化1】

【0009】
さらに特許文献2の図1から明らかなように、BEによる分子間枝作り反応(図1A)では元の分子よりも大きな分子が生じうるが、環状化反応(図1B)では元の分子よりも小さな分子が生じ、分子内枝作り反応(図1C)では反応前後で分子量は変化しないと記載している。さらに、高分子量の分岐状グルカンを得るためには、圧倒的な高頻度でAの分子間枝作り反応が触媒される必要があると説明している。つまり特許文献2の発明者らは、高分子量の分岐状グルカンの製造に適した条件は、環状グルカンの製造に適した条件ではないことを認識している。つまり特許文献2は、環状グルカンが製造されないことを目的としている。このように、特許文献2と本発明は課題が全く逆であり、高分子量の分岐状グルカンが合成されるという事実は、環状構造を有するグルカンが合成されていないことを意味する。実際、特許文献2に記載される方法においては、環状構造を有するグルカンは合成されない。具体的には、特許文献2の方法では、基質が分岐を有さず、かつ比較的重合度の小さいアミロースをBEとMalQの基質として用いているために、分子間枝作り反応が圧倒的に優先し、環状化反応が実質的に起こらず、環状構造を有するグルカンが合成されない。分岐状グルカンにBEとMalQを作用させることにより、環状構造を有する顕著に高頻度に分岐した分岐状グルカンが合成できることは、示唆も開示もされていなかった。さらに、このような、環状構造を有する顕著に高頻度に分岐した分岐状グルカンは、分岐状グルカンにBEを単独で作用させる場合や、分岐状グルカンにMalQを単独で作用させる場合では達成できなかった。
【0010】
このように環状構造保有分岐状グルカンであって分岐頻度が非常に高いグルカンを収率よく製造する方法は見出されておらず、その製造方法が期待されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第3107358号公報
【特許文献2】特開2008−95117号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Takataら、Carbohydrate Research、295、91−101、1996
【非特許文献2】Takahaら、Biochem. Biophys. Res. Commun. 247 493−497 (1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記問題点の解決を意図するものであり、環状構造を保有するグルカンであって、分岐頻度が非常に高いグルカンを収率よく製造する方法を提供することを目的とする。具体的には例えば、分岐頻度が高いことで消化酵素に分解されにくく生体内で緩やかに吸収されることを目的とした腹膜透析、経腸栄養材、糖尿病患者用の食事などの用途に適したグルカンを提供することを目的とする。
【0014】
なお、本発明は、分岐状グルカン構造の一部が環を形成している環状構造保有分岐状グルカンの製造法に関するが、ここで、「分岐状グルカン構造の一部が環を形成している」とは、グルカンにおける糖鎖が環状構造と、α−1,6結合およびα−1,4結合に基づく少なくとも1つの分岐状構造とを有し、かつその環状構造を構成する糖鎖中に少なくとも1つのα−1,6結合が存在している構造を意味する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、澱粉などの分岐状グルカンにブランチングエンザイムと4−α−グルカノトランスフェラーゼとを作用させ、(4−α−グルカノトランスフェラーゼによるグルカン中のα−1,4グルカン鎖の不均化反応とブランチングエンザイムによる枝付け反応とを組み合わせることにより)、分岐頻度の高い環状構造保有分岐状グルカンを高収率で製造可能なことを見出し、これに基づいて本発明を完成させた。
【0016】
本発明の好ましい実施形態では、例えば以下が提供される:
(項目1)
分岐状グルカン構造の一部が環を形成している環状構造保有分岐状グルカンの製造法であって、
1)基質である分岐状グルカンにブランチングエンザイムを作用させ、次いで4−α−グルカノトランスフェラーゼを作用させるか;
2)基質である分岐状グルカンに4−α−グルカノトランスフェラーゼを作用させ、次いでブランチングエンザイムを作用させるか;または
3)基質である分岐状グルカンにブランチングエンザイムおよび4−α−グルカノトランスフェラーゼを同時に作用させる
ことにより、該環状構造保有分岐状グルカンを得る工程を包含する、方法。
(項目2)
前記基質である分岐状グルカンに前記ブランチングエンザイムを作用させ、次いで前記4−α−グルカノトランスフェラーゼを作用させることにより前記環状構造保有分岐状グルカンを得る、項目1に記載の方法。
(項目3)
前記基質である分岐状グルカンに前記4−α−グルカノトランスフェラーゼを作用させ、次いで前記ブランチングエンザイムを作用させることにより前記環状構造保有分岐状グルカンを得る、項目1に記載の方法。
(項目4)
前記基質である分岐状グルカンに前記4−α−グルカノトランスフェラーゼおよび前記ブランチングエンザイムを同時に作用させることにより前記環状構造保有分岐状グルカンを得る、項目1に記載の方法。
(項目5)
前記基質である分岐状グルカンがデキストリン、アミロペクチンまたは澱粉である項目1〜4のいずれか1項に記載の方法。
(項目6)
前記基質である分岐状グルカンが澱粉粒である、項目1〜5のいずれか1項に記載の方法。
(項目7)
項目1〜6のいずれか1項に記載の方法であって、得られた環状構造保有分岐状グルカンにエキソ型アミラーゼを作用させる工程をさらに包含する、方法。
(項目8)
前記ブランチングエンザイムを前記基質である分岐状グルカンに作用させる際の温度は45℃以上130℃以下であり、該温度において該ブランチングエンザイムは活性を有する項目1〜7のいずれか1項に記載の方法。
(項目9)
前記ブランチングエンザイムがAquifex aeolicus由来のブランチングエンザイムもしくはRhodothermus obamensis由来のブランチングエンザイムである項目1〜8のいずれか1項に記載の方法。
(項目10)
前記4−α−グルカノトランスフェラーゼを前記基質である分岐状グルカンに作用させる際の温度が45以上130℃以下であり、該温度において該4−α−グルカノトランスフェラーゼは活性を有する項目1〜9のいずれか1項に記載の方法。
(項目11)
前記4−α−グルカノトランスフェラーゼがThermus aquaticus由来アミロマルターゼである項目1〜10のいずれか1項に記載の方法。
(項目12)
前記環状構造保有分岐状グルカンの分子量が5万から50万である項目1〜11のいずれか1項に記載の方法。
(項目13)
前記環状構造保有分岐状グルカンの分岐頻度が8%以上である項目1〜12のいずれか1項に記載の方法。
(項目14)
前記基質である分岐状グルカンの分岐頻度が、3%以上10%以下である、項目1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【0017】

本発明の特定の実施形態では、例えば以下が提供される:
(1)環状構造保有分岐状グルカンを高収率で製造する製造法であって、
分岐状グルカンにブランチングエンザイム(BE)および4−α−グルカノトランスフェラーゼを共存させて作用させることを含む、環状構造保有分岐状グルカンの製造法。
(2)上記分岐状グルカンが、3%以上10%以下の分岐頻度を有するグルカンである、(1)に記載の方法。
(3)上記分岐状グルカンが澱粉粒である、(1)に記載の方法。
(4)上記BEが45℃以上において活性を有するBEである、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)上記BEがAqBEもしくはRhBEである、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)上記MalQが45℃以上において活性を有するMalQである、(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7)上記MalQがT.aquaticus由来MalQである、(1)〜(6)のいずれかに記載の方法。
(8)上記環状構造保有分岐状グルカンの分子量が5万から50万であり、好ましくは5万から30万である、(1)〜(7)のいずれかに記載の方法。
(9)上記環状構造保有分岐状グルカンの分岐頻度が、少なくとも8%以上であり、好ましくは10%以上である、(1)〜(8)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0018】
本願発明の方法により、分岐頻度の高い環状構造保有分岐状グルカンが高収率で生産され得る。本願発明の製造方法は、分岐状グルカンに、ブランチングエンザイムおよび4−α−グルカノトランスフェラーゼを同時にまたは別々に作用させる工程を包含すればよい。また、生成された環状構造保有分岐状グルカンに対してβ−アミラーゼを作用させない実施形態の本発明の方法では、グルコースおよび低分子量のマルトオリゴ糖が副生しないため、従来法と比較しても、収率が高い。従って、本発明では、非常に容易に、しかも、収率良く、環状構造保有分岐状グルカンを製造し得る。生成された環状構造保有分岐状グルカンに対してβ−アミラーゼを作用させる実施形態では、最終的に得られる環状構造保有分岐状グルカンの分岐頻度が、β−アミラーゼを作用させない場合よりも高くなるため、非常に分岐頻度の高い環状構造保有分岐状グルカンを得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0020】
1.材料
本発明の方法においては、基質である分岐状グルカンおよび少なくとも2種類の酵素を使用する。
【0021】
1.1 分岐状グルカン
「グルカン」とは、本明細書中で用いられる場合、D−グルコースを構成単位とする多糖である。本発明においては、グルカンとしてα−D−グルカンを使用することが好ましい。α−D−グルカン中のグルコース残基を連結する結合は、主にα−1,4−グルコシド結合からなり、α−1,6−グルコシド結合を含んでもよい。α−1,6−グルコシド結合を含むα−D−グルカンは、分岐構造を有する。分子中に少なくとも1つのα−1,6−グルコシド結合を有するグルカンを分岐状グルカンといい、分子中にまったくα−1,6−グルコシド結合を有さないグルカンを直鎖状グルカンという。本発明で使用されるグルカンは分岐状グルカンである。好ましくは、本願発明で使用されるグルカンは、イソアミラーゼ処理およびプルラナーゼ処理をされていない。本発明で使用されるグルカンは、直鎖状グルカンではない。
【0022】
本明細書中では用語「分岐状グルカン」とは、D−グルコースがα−1,4−グルコシド結合により連結した直鎖状グルカンが、α−1,4−グルコシド結合以外の結合により分岐しているグルカンをいう。好ましくは、分岐状グルカンは、分岐状α−D−グルカンである。分岐結合は、α−1,6−グルコシド結合、α−1,3−グルコシド結合、またはα−1,2−グルコシド結合のいずれかであるが、最も好ましくはα−1,6−グルコシド結合である。本発明で使用する分岐状α−D−グルカンはα−1,3−グルコシド結合およびα−1,2−グルコシド結合を含まないことが好ましい。分岐状グルカンは、通常、分岐結合の数と同数の非還元末端を有する。α−1,6−グルコシド結合のみを選択的に分解する酵素(例えば、イソアミラーゼ、プルラナーゼなど)で分岐状グルカンを処理すると、直鎖状α−1,4−グルカンの混合物に分解できる。これらを分岐状グルカンの単位鎖といい、その重合度を単位鎖長という。
【0023】
本発明において使用される分岐状グルカンの分岐頻度の下限は、好ましくは3%以上、好ましくは4%以上、より好ましくは5%以上、最も好ましくは6%以上であり、そして、分岐頻度の上限は特にないが、天然の分岐状グルカンは通常、それほど分岐頻度が高くなく10%以下、9%以下、8%以下、7%以下、6%以下、5%以下などであり得る。
【0024】
本発明において基質として使用される分岐状グルカンの平均重合度は、好ましくは約10以上であり、より好ましくは約20以上であり、さらに好ましくは約30以上であり、特に好ましくは約40以上であり、最も好ましくは約50以上である。本発明において基質として使用される分岐状グルカンの平均重合度は、好ましくは約1×10以下であり、より好ましくは約3×10以下であり、さらに好ましくは約1×10以下であり、特に好ましくは約5×10以下であり、最も好ましくは約3×10以下である。
【0025】
本発明に好適に利用される分岐状グルカンの例としては、澱粉、アミロペクチン、グリコーゲン、デキストリン、酵素合成分岐グルカンおよび高度分岐環状グルカンなどが挙げられる。
【0026】
本明細書中では用語「澱粉」とは、アミロースとアミロペクチンとの混合物をいう。本発明で使用する澱粉としては、アミロペクチン含量の高いものが最も好ましい。澱粉としては、通常市販されている澱粉であればどのような澱粉でも用いられ得る。澱粉に含まれるアミロースとアミロペクチンとの比率は、澱粉を産生する植物の種類によって異なる。モチゴメ、モチトウモロコシなどの有する澱粉のほとんどはアミロペクチンである。他方、アミロースのみからなり、かつアミロペクチンを含まない澱粉は、通常の植物からは得られない。澱粉は、天然の澱粉、澱粉分解物および化工澱粉に区分される。
【0027】
天然の澱粉は、原料により、いも類澱粉および穀類澱粉に分けられる。いも類澱粉の例としては、馬鈴薯澱粉、タピオカ澱粉、甘藷澱粉、くず澱粉、およびわらび澱粉などが挙げられる。穀類澱粉の例としては、コーンスターチ、小麦澱粉、および米澱粉などが挙げられる。天然の澱粉は、ハイアミロース澱粉(例えば、ハイアミロースコーンスターチ)またはワキシー澱粉であってもよい。澱粉は可溶性澱粉であってもよい。可溶性澱粉とは、天然の澱粉に種々の処理を施すことにより得られる、水溶性の澱粉をいう。澱粉は、可溶性澱粉、ワキシー澱粉およびハイアミロース澱粉からなる群から選択され得る。澱粉は化工澱粉であってもよい。本発明においてはワキシー澱粉を使用することが好ましい。
【0028】
本明細書中では、用語「澱粉粒」とは、結晶構造を有する澱粉分子をいう。澱粉粒は、未処理の澱粉粒であってもよく、未処理の澱粉粒を化学修飾または物理処理することによって得られる澱粉粒であってもよい。食品として分類される酵素処理澱粉を使用することが好ましい場合には、使用される澱粉粒は、代表的には、植物から得られた未処理の澱粉粒であり、例えば、糊化過程を経ていない澱粉粒が挙げられるがこれに限定されない。また、本発明において使用する澱粉粒としては、水中に懸濁した状態での加熱により澱粉粒が破裂することにより懸濁液が流動性を失うという特性を示すあらゆる澱粉粒が使用可能である。本発明において使用する澱粉粒は、好ましくは、アミロペクチン含量が高い。
【0029】
植物は、アミロプラスト内に澱粉分子を顆粒として(すなわち、大きな結晶として)貯蔵する。この顆粒は澱粉粒と呼ばれる。澱粉粒内では、澱粉分子どうしが水素結合などによって結合している。そのため、澱粉粒はそのままでは水に溶けにくく、消化もされにくい。澱粉粒を水とともに加熱すると膨潤し、分子がほぐれてコロイド状になる。この変化は「糊化」と呼ばれる。澱粉粒の大きさおよび形態は、その澱粉粒が得られた植物によって異なる。例えば、トウモロコシの澱粉粒(コーンスターチ)の平均粒径は約12μm〜約15μmであり、他の澱粉粒と比べて小さめで大きさはそろっている。コムギおよびオオムギの澱粉粒は、粒径約20μm〜約40μmの大型の澱粉粒と粒径数μmの小型の澱粉粒の2種の大きさに分かれる。コメではアミロプラスト内に直径数μmの角ばった澱粉小粒が多数蓄積される複粒構造となる。バレイショの澱粉粒は平均粒径約40μmであり、澱粉原料として一般に利用されているものの中では最も大きい。本発明においては、市販されている各種の澱粉粒を使用することが可能である。植物などから澱粉粒を精製するなどの方法により澱粉粒を調製して本発明に使用してもよい。
【0030】
澱粉粒の状態では澱粉分子どうしが強く結合しているため、酵素が作用しにくい。食品として扱われる酵素処理澱粉を得るための特定の実施形態では、本発明で使用される澱粉粒は、植物から単離または精製されているが、酸処理、化学修飾処理および熱処理を受けていないものである。本明細書中では、用語「未処理」の澱粉粒とは、天然で生成される澱粉粒であって、自然状態で共存している他の成分(例えば、タンパク質、脂質など)から澱粉粒を分離するために必要な処理以外の処理が施されていない澱粉粒をいう。したがって、植物などから不純物を除去して澱粉を精製する工程などの、澱粉粒を調製する方法における各工程は、本明細書中においては、澱粉粒の処理には含まれない。澱粉粒としては、通常市販されている澱粉粒であればどのような澱粉粒でも使用され得る。
【0031】
澱粉粒は、糊化処理を施されていない澱粉であることが好ましい。澱粉粒は、天然の結晶構造を少なくとも一部保持しており、酵素が作用しにくい。澱粉粒は、例えば、30℃の水に澱粉粒を加えることにより40重量%の水懸濁液を作製し、この懸濁液を100℃にて10分間加熱した後60℃に冷却した場合に得られる溶液の流動性がないものであることが好ましい。なお、「溶液の流動性がない」とは、例えば容量100mlのガラスビーカーに10分間加熱済みの50gの溶液(60℃)を入れ、そのビーカーを反転させて溶液サンプルの下側が開放された状態で60℃にて1分間放置した場合に、入れた溶液の20重量%以上(すなわち、10g以上)の溶液がビーカー中に残ることをいう。溶液の流動性がないと、溶液に酵素を均一に拡散させることが困難である。本明細書において、「溶液に流動性がある」とは、例えば容量100mlのガラスビーカーに溶液を入れ、そのビーカーを反転させたときに重力によって1分間以内に全体の80%以上の溶液が流れ落ちる状態を指す。この状態の溶液であれば酵素を添加して攪拌することにより、澱粉を溶液中に均一に分散することができる。流動性がある溶液は通常のデキストリン製造工程中のラインを詰まらせることはない。
【0032】
別の特定の実施形態では、澱粉粒は、未処理の澱粉粒に対して化学修飾または物理処理を行うことによって処理された澱粉粒であってもよい。化学修飾された澱粉粒の例としては、アセチル化アジピン酸架橋澱粉、アセチル化酸化澱粉、アセチル化リン酸架橋澱粉、オクテニルコハク酸澱粉ナトリウム、酢酸澱粉、酸化澱粉、漂白澱粉、ヒドロキシプロピル化リン酸架橋澱粉、ヒドロキシプロピル澱粉、リン酸架橋澱粉、リン酸化澱粉およびリン酸化モノエステル化リン酸架橋澱粉が挙げられる。「アセチル化アジピン酸架橋澱粉」とは、澱粉を無水酢酸および無水アジピン酸でエステル化して得られたものをいう。「アセチル化酸化澱粉」とは、澱粉を次亜塩素酸ナトリウムで処理した後、無水酢酸でエステル化して得られたものをいう。「アセチル化リン酸架橋澱粉」とは、澱粉をトリメタリン酸ナトリウムまたはオキシ塩化リンおよび無水酢酸または酢酸ビニルでエステル化して得られたものをいう。「オクテニルコハク酸澱粉ナトリウム」とは、澱粉を無水オクテニルコハク酸でエステル化して得られたものをいう。「酢酸澱粉」とは、澱粉を無水酢酸または酢酸ビニルでエステル化して得られたものをいう。「酸化澱粉」とは、澱粉を次亜塩素酸ナトリウムで処理して得られたものであって、厚生労働省告示485号記載の純度試験法に準じて試料澱粉中のカルボキシ基(カルボキシル基ともいう)の分析を行った場合にカルボキシ基が1.1%以下であるものをいう。ただし、カルボキシ基の量がこの範囲にあっても「漂白澱粉」は「酸化澱粉」の定義には含まれない。「漂白澱粉」とは、澱粉を次亜塩素酸ナトリウムで処理して得られたものであって、厚生労働省告示485号記載の純度試験法に準じて試料澱粉中のカルボキシ基の分析を行った場合にカルボキシ基が0.1%以下であるものであって、厚生労働省告示485号記載の酸化澱粉の「確認試験(3)」による試験結果が陰性でかつ粘度等の澱粉の性質に生じた変化が酸化によるものでないことを合理的に説明できるものをいう。カルボキシ基の量が0.1%以下であっても粘度等の澱粉の性質が天然澱粉から変化しているものは酸化澱粉に分類され、日本では食品としては取り扱われず、食品添加物として取り扱われる。「ヒドロキシプロピル化リン酸架橋澱粉」とは、澱粉をトリメタリン酸ナトリウムまたはオキシ塩化リンでエステル化し、酸化プロピレンでエーテル化して得られたものをいう。「ヒドロキシプロピル澱粉」とは、澱粉を酸化プロピレンでエーテル化して得られたものをいう。「リン酸架橋澱粉」とは、澱粉をトリメタリン酸ナトリウムまたはオキシ塩化リンでエステル化して得られたものをいう。「リン酸化澱粉」とは、澱粉をオルトリン酸、そのカリウム塩もしくはナトリウム塩またはトリポリリン酸ナトリウムでエステル化して得られたものをいう。「リン酸モノエステル化リン酸架橋澱粉」とは、澱粉をオルトリン酸、そのカリウム塩もしくはナトリウム塩またはトリポリリン酸ナトリウムでエステル化し、トリメタリン酸ナトリウムまたはオキシ塩化リンでエステル化して得られたものをいう。
【0033】
物理処理された澱粉粒の種類の例としては、湿熱処理澱粉および熱抑制澱粉が挙げられる。
【0034】
本発明において使用される澱粉の平均重合度は、好ましくは約1×10以上であり、より好ましくは約5×10以上であり、さらに好ましくは約1×10以上であり、最も好ましくは約2×10以上である。本発明において使用される澱粉の平均重合度は、好ましくは約1×10以下であり、より好ましくは約3×10以下であり、さらに好ましくは約1×10以下であり、最も好ましくは約3×10以下である。
【0035】
アミロペクチンとは、α−1,4結合によって連結されたグルコース単位に、α−1,6結合でグルコース単位が連結された、分岐状分子である。アミロペクチンは天然の澱粉中に含まれる。アミロペクチンとしては、例えば、アミロペクチン100%からなるワキシーコーンスターチが用いられ得る。本発明において使用されるアミロペクチンの平均重合度は、好ましくは約1×10以上であり、より好ましくは約5×10以上であり、さらに好ましくは約1×10以上であり、最も好ましくは約2×10以上である。本発明において使用されるアミロペクチンの平均重合度は、好ましくは約1×10以下であり、より好ましくは約3×10以下であり、さらに好ましくは約1×10以下であり、最も好ましくは約3×10以下である。
【0036】
グリコーゲンは、グルコースから構成されるグルカンの一種であり、高頻度の枝分かれを有するグルカンである。グリコーゲンは、動物の貯蔵多糖としてほとんどあらゆる細胞に顆粒状態で広く分布している。グリコーゲンは、植物中では、例えば、トウモロコシのスイートコーン種の種子に存在する。グリコーゲンは、代表的には、グルコースのα−1,4−結合の糖鎖に対して、グルコースおよそ3単位おきに1本程度の割合で、平均重合度12〜18のグルコースのα−1,4−結合の糖鎖がα−1,6−結合で結合している。α−1,6−結合で結合している分枝鎖にも同様にグルコースのα−1,4−結合の糖鎖がα−1,6−結合で結合している。そのため、グリコーゲンは網状構造を形成する。グリコーゲンは酵素合成することも可能である。本発明において使用されるグリコーゲンの平均重合度は、好ましくは約500以上であり、より好ましくは約1×10以上であり、さらに好ましくは約2×10以上であり、最も好ましくは約3×10以上である。本発明において使用されるグリコーゲンの平均重合度は、好ましくは約1×10以下であり、より好ましくは約3×10以下であり、さらに好ましくは約1×10以下であり、最も好ましくは約3×10以下である。
【0037】
デキストリンは、グルコースから構成されるグルカンの一種であり、澱粉とマルトースとの中間の複雑さをもつグルカンである。デキストリンは、澱粉を酸、アルカリまたは酵素によって部分的に分解することによって得られる。本発明において使用されるデキストリンの平均重合度は、好ましくは約10以上であり、より好ましくは約20以上であり、さらに好ましくは約30以上であり、最も好ましくは約50以上である。本発明において使用されるデキストリンの平均重合度は、好ましくは約1×10以下であり、より好ましくは約9×10以下であり、さらに好ましくは約7×10以下であり、最も好ましくは約5×10以下である。
【0038】
酵素合成分岐グルカンとは、酵素を使用して合成された分岐グルカンをいう。SP−GP法でのアミロースの合成の際に反応液中にブランチングエンザイムを加えることにより、生成物を分岐させることができる。分岐の程度はブランチングエンザイムの添加量によって調節され得る。酵素合成分岐グルカンは、天然の分岐グルカンと比較して均一な構造を有しているため、製薬材料として使用する際に非常に有利である。例えば、本発明において使用される酵素合成分岐グルカンの重合度は、好ましくは約20以上であり、より好ましくは約50以上であり、さらに好ましくは約100以上であり、最も好ましくは約200以上である。本発明において使用される酵素合成分岐グルカンの重合度は、好ましくは約2×10以下であり、より好ましくは約1×10以下であり、さらに好ましくは約5×10以下であり、最も好ましくは約3×10以下である。
【0039】
本明細書中の用語「高度分岐環状グルカン」とは、特許第3107358号に記載される方法によって製造される高度分岐環状グルカンをいう。特許第3107358号に記載される方法では、BE、4−α−グルカノトランスフェラーゼまたはシクロデキストリングルカノトランスフェラーゼを単独で使用するため、高度分岐環状グルカンは、本願発明の環状構造保有分岐状グルカンよりも分岐頻度が低い。高度分岐環状グルカンとは、内分岐環状構造部分と外分岐構造部分とを有する、重合度が50以上であるグルカンをいう。高度分岐環状グルカンは、分子全体として少なくとも1つの分岐を有すればよい。本発明で使用され得る高度分岐環状グルカンの分子全体としての重合度は、好ましくは約50以上であり、より好ましくは約60以上であり、さらに好ましくは約100以上である。本発明で使用され得る高度分岐環状グルカンの分子全体としての重合度は、好ましくは約1×10以下であり、より好ましくは約7×10以下であり、さらに好ましくは約5×10以下である。
【0040】
高度分岐環状グルカンに存在する、内分岐環状構造部分の重合度は、好ましくは約10以上であり、より好ましくは約15以上であり、さらに好ましくは約20以上である。高度分岐環状グルカンに存在する、内分岐環状構造部分の重合度は、好ましくは約500以下であり、より好ましくは約300以下であり、さらに好ましくは約100以下である。
【0041】
高度分岐環状グルカンに存在する、外分岐構造部分の重合度は、好ましくは約40以上であり、より好ましくは約100以上であり、さらに好ましくは約300以上であり、さらにより好ましくは約500以上である。高度分岐環状グルカンに存在する、外分岐構造部分の重合度は、好ましくは約3×10以下であり、より好ましくは約1×10以下であり、さらに好ましくは約500以下であり、さらにより好ましくは約300以下である。
【0042】
高度分岐環状グルカンに存在する、内分岐環状構造部分のα−1,6−グルコシド結合は少なくとも1個あればよく、例えば1個以上、5個以上、10個以上などであり得る;内分岐環状構造部分のα−1,6−グルコシド結合は例えば約200個以下、約50個以下、約30個以下、約15個以下、約10個以下などであり得る。
【0043】
高度分岐環状グルカンは、1種類の重合度のものを単独で用いてもよいし、種々の重合度のものの混合物として用いてもよい。好ましくは、高度分岐環状グルカンの重合度は、最大の重合度のものと最小の重合度のものとの重合度の比が約100以下、より好ましくは約50以下、さらにより好ましくは約10以下である。
【0044】
高度分岐環状グルカンは、好ましくは、内分岐環状構造部分と外分岐構造部分とを有する、重合度が50から5×10の範囲にあるグルカンであって、ここで、内分岐環状構造部分とはα−1,4−グルコシド結合とα−1,6−グルコシド結合とで形成される環状構造部分であり、そして外分岐構造部分とは、該内分岐環状構造部分に結合した非環状構造部分である、グルカンである。この外分岐構造部分の各単位鎖の重合度は、平均で好ましくは約10以上であり、好ましくは約20以下である。高度分岐環状グルカンおよびその製造方法は、特開平8−134104号(特許第3107358号)に詳細に記載されており、その記載に従って製造され得る。高度分岐環状グルカンは、例えば、江崎グリコ株式会社から「クラスターデキストリン」として市販されている。本発明において使用される高度分岐環状グルカンの重合度は、好ましくは約50以上であり、より好ましくは約70以上であり、さらに好ましくは約100以上であり、最も好ましくは約150以上である。本発明において使用される高度分岐環状グルカンの重合度は、好ましくは約1×10以下であり、より好ましくは約7×10以下であり、さらに好ましくは約5×10以下であり、最も好ましくは約4×10以下である。
【0045】
原料としては、上記分岐状グルカンの誘導体も用いられ得る。例えば、上記分岐状グルカンのアルコール性の水酸基の少なくとも1つが、グリコシル化、ヒドロキシアルキル化、アルキル化、アセチル化、カルボキシメチル化、硫酸化、またはリン酸化された誘導体なども用いられ得る。さらに、これらの2種以上の混合物も原料として用いられ得る。
【0046】
1.2 酵素
1.2.1 ブランチングエンザイム
ブランチングエンザイム(系統名:1,4−α−D−グルカン:1,4−α−D−グルカン 6−α−D−(1,4−α−D−グルカノ)−トランスフェラーゼ、EC 2.4.1.18;本明細書中では、BEとも記載する)は、α−1,4−グルコシド結合を切断し、別のグルコース残基の6位OH基に転移することにより、α−1,6−グルコシド結合を形成する酵素である。BEは当該分野において1,4−α−グルカン分枝酵素、枝作り酵素またはQ酵素とも呼ばれる。BEは、動物、植物、糸状菌、酵母および細菌に広く分布しており、グリコーゲンまたは澱粉の分岐結合合成を触媒している。
【0047】
BEは、好ましくは、耐熱性BEである。耐熱性BEとは、BE活性測定を、反応温度を変化させて行った場合の反応の至適温度が45℃以上であるBEをいう。
【0048】
ブランチングエンザイム活性とは、アミロースとヨウ素との複合体の660nmにおける吸光度を減少させる活性であり、BEがα−1,4−グルコシド結合を切断し、別のグルコース残基の6位OH基に転移することにより、α−1,6−グルコシド結合を形成し、アミロースの直鎖状部分を減少させる作用に基づく。
【0049】
BEのブランチングエンザイム活性測定法は当該分野で公知であり、例えば、Takata,H.ら,J.Appl.Glycosci.,2003.50:p.15−20に記載される。BEのブランチングエンザイム活性は、例えば、以下のようにして測定される。まず、50μLの基質液(0.12%(w/v)アミロース(TypeIII、Sigma Chemical社製))に50μLの酵素液を添加することによって反応を開始する。反応は、そのBEの反応至適温度で行う。10分間BEを作用させた後、1mLの0.4mM塩酸溶液を添加することによって反応を停止する。その後、1mLのヨウ素液を添加し、よく混合した後、660nmの吸光度を測定する。対照液として、酵素液添加前に0.4mM塩酸溶液を添加したものを同時に調製する。基質液は、100μLの1.2%(w/v)アミロースTypeIII溶液(ジメチルスルホキシドに溶解させる)に、200μLの50mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.5)を添加し、さらに700μLの蒸留水を添加してよく混合することにより調製する。ただし、緩衝液のpHは、そのBEの反応至適pHに合わせる。ヨウ素液は0.125mLのストック溶液(2.6重量%I、26重量%KI水溶液)に0.5mLの1規定塩酸を混合し、蒸留水で65mLとすることにより調製する。酵素液のBE活性は以下の計算式により求める。
【0050】
【数1】

【0051】
また、このBE活性から、基質1gあたりのBE活性を計算することができる。
【0052】
本明細書においては、BEの活性としては、原則としてBE活性を用いる。したがって、単に「活性」と呼ぶ場合は「BE活性」を表し、単に「単位」、あるいは「U」と示す場合は、BE活性で測定した「単位」、あるいは「U」を表す。
【0053】
BEの反応至適温度は、好ましくは、約45℃以上であり、約90℃以下である。本明細書中では、「反応至適温度」とは、上述のBE活性の測定を温度のみ変化させて行ったときに、最も活性が高い温度をいう。反応至適温度は好ましくは、約45℃以上であり、約50℃以上であり、さらに好ましくは約55℃以上であり、特に好ましくは約60℃以上であり、最も好ましくは約65℃以上である。好ましい反応至適温度に上限はない。しかし、実際のBEの反応至適温度には上限があり、例えば、約90℃以下、約85℃以下、約80℃以下、約75℃以下などであり得る。
【0054】
本発明の方法においては、BEを分岐状グルカンに作用させる際の温度においてBEがブランチングエンザイム活性を有することが好ましい。この場合の特定の温度において「ブランチングエンザイム活性を有する」とは、そのBEの反応至適温度の代わりにその特定の温度においてBEを作用させること以外は上記のブランチングエンザイム活性の測定と同じ方法で測定を行った場合にBE活性が検出されることをいう。この特定の温度でのBE活性は好ましくは約10U/mL以上であり、より好ましくは約20U/mL以上であり、さらに好ましくは約30U/mL以上であり、特に好ましくは約40U/mL以上であり、最も好ましくは約50U/mL以上である。この特定の温度でのBE活性は高いほど好ましく、上限は特にないが、例えば、500,000U/mL以下、200,000U/mL以下、100,000U/mL以下、80,000U/mL以下、50,000U/mL以下などであり得る。
【0055】
BEは、国際生化学分子生物学連合の定める酵素番号EC 2.4.1.18に分類される酵素であれば特に限定しないが、好ましくは、Aquifex属、Rhodothermus属、Bacillus属、またはThermosynechococcus属に属する細菌由来である。BEは、好ましくは、Escherichia属に属する細菌由来である。
【0056】
BEは、より好ましくは、Aquifex aeolicus、Aquifex pyrophilus、Rhodothermus obamensis、Rhodothermus marinus、Bacillus stearothermophilus、Bacillus caldovelox、Bacillus thermocatenulatus、Bacillus caldolyticus、Bacillus flavothermus、Bacillus acidocaldarius、Bacillus caldotenax、Bacillus smithii、Thermosynechococcus elongatusおよびEscherichia coliからなる群より選択される細菌に由来し、さらにより好ましくは、Aquifex aeolicus、Rhodothermus obamensis、Bacillus stearothermophilus、Bacillus caldovelox、Bacillus thermocatenulatus、Bacillus caldolyticusおよびEscherichia coliからなる群より選択される細菌に由来し、最も好ましくはAquifex aeolicusまたはRhodothermus obamensisに由来する。なお、最近では、好熱性のBacillus属細菌は、Geobacillus属細菌と記載されることも多い。例えば、Bacillus stearothermophilusは、Geobacillus stearothermophilusと同一の細菌を指す。
【0057】
本明細書中では、酵素がある生物に「由来する」とは、その生物から直接単離したことのみを意味するのではなく、その生物を何らかの形で利用することによりその酵素が得られることをいう。例えば、その生物から入手したその酵素をコードする遺伝子を大腸菌に導入して、その大腸菌から酵素を単離する場合も、その酵素はその生物に「由来する」という。
【0058】
本明細書において配列(例えば、アミノ酸配列、塩基配列など)の「同一性」とは、2つの配列の間で同一のアミノ酸(塩基配列を比較する場合は塩基)の出現する程度をいう。一般に、2つのアミノ酸または塩基の配列を比較して、付加または欠失を含み得る最適な様式で整列されたこれら2つの配列を比較することによって決定され得る。
【0059】
本明細書では配列の同一性は、GENETYX−WIN Ver.4.0(株式会社ゼネティックス)のマキシマムマッチングを用いて算出される。このプログラムは、解析対象となる配列データに対して、比較対象となる配列データを置き換えおよび欠損を考慮しながら、配列間で一致するアミノ酸対が最大になるように並べ替え、その際、一致(Matches)、不一致(Mismatches)、ギャップ(Gaps)についてそれぞれ得点を与え合計を算出して最小となるアライメントを出力しその際の同一性を算出する(参考文献:Takeishi,K.およびGotoh,O.1984.Sequence Relationships among Various 4.5 S RNA Species J.Biochem.92:1173−1177)。
【0060】
Aquifex aeolicus VF5の天然のBEをコードする塩基配列を配列番号1に示し、そしてアミノ酸配列を配列番号2に示す。本明細書中では、「天然の」BEは、もともとBEを産生する細菌から単離されたBEだけでなく、天然のBEと同じアミノ酸配列を有する、遺伝子組換えによって得られるBEをも包含する。Aquifex aeolicus VF5由来の天然のBEをコードする塩基配列のクローニング方法は、Takata,H.ら,J.Appl.Glycosci.,2003.50:p.15−20およびvan der Maarel, M. J. E. C.ら、Biocatalysis and Biotransformation、2003、21巻、p199−207に記載される。Aquifex aeolicus由来のBEは、種々のMnの基質からグリコーゲンを極めて良好に製造するという特性を有する。
【0061】
Rhodothermus obamensis JCM9785の天然のBEをコードする塩基配列を配列番号3に示し、そしてアミノ酸配列を配列番号4に示す。Rhodothermus obamensis JCM9785由来の天然のBEをコードする塩基配列のクローニング方法は、Shinohara,M.L.ら,Appl Microbiol Biotechnol,2001.57(5−6):p.653−9および特表2002−539822号公報に記載される。
【0062】
これらの天然のBEの塩基配列およびアミノ酸配列は例示であり、これらの配列とはわずかに異なる配列を有する改変体(いわゆる、対立遺伝子改変体)が天然に存在し得ることは公知である。本発明の方法においては、例示した配列を有するBE以外にも、BE活性を有する限り、このような、天然に存在する改変体および天然のBEに対して人工的に変異を導入した改変体も用い得る。例えば、WO2000/058445号公報および特許文献3には、Rhodothermus obamensis由来BEの改変体が記載されている。改変体BEは、改変を導入する前のBEと同等以上の活性を有することが好ましい。例えば、本発明で用いられるBEのアミノ酸配列は、ある実施形態では、配列番号2および配列番号4からなる群より選択されるアミノ酸配列(すなわち、対照アミノ酸配列)と同一、すなわち、100%同一であってもよく、別の実施形態では、このアミノ酸配列は、対照アミノ酸配列と比較してある一定の数までアミノ酸が変化していてもよい。このような変化は、少なくとも1個(好ましくは1または数個)のアミノ酸の欠失、置換(保存的置換および非保存的置換を含む)または挿入からなる群より選択され得る。この変化は対照アミノ酸配列のアミノ末端もしくはカルボキシ末端の位置で生じてもよく、またはこれら末端以外のどの位置で生じてもよい。アミノ酸残基の変化は、1残基ずつ点在していてもよく、数残基連続していてもよい。当業者は、所望の性質を有するBEを容易に選択することができる。あるいは、目的とするBEをコードする遺伝子を直接化学合成してもよい。そのような化学合成の方法は、当該分野において周知である。
【0063】
特定の実施形態では、本発明で使用されるBEは、配列番号2または配列番号4のアミノ酸配列に対して好ましくは約50%以上、より好ましくは約60%以上、さらに好ましくは約70%以上、なおいっそう好ましくは約80%以上、特に好ましくは約90%以上、最も好ましくは約95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、BE活性を有する。本発明で使用されるBEは、特に好ましくは、配列番号2または配列番号4のアミノ酸配列に対して約96%以上、約97%以上、約98%以上または約99%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつBE活性を有する。
【0064】
本発明の方法において使用されるBEの量は、反応開始時の溶液中の分岐状グルカン(すなわち、基質)に対して、代表的には約100U/g基質以上であり、好ましくは約500U/g基質以上であり、より好ましくは約1,000U/g基質以上である。本発明の方法において使用されるBEの量は、反応開始時の溶液中の分岐状グルカンに対して、代表的には約500,000U/g基質以下であり、好ましくは約100,000U/g基質以下であり、さらに好ましくは約80,000U/g基質以下である。BEの使用量が多すぎると、反応中に変性した酵素が凝集しやすくなる場合がある。使用量が少なすぎると、目的の環状構造保有分岐状グルカンの収率が低下する場合がある。
【0065】
1.2.2 4−α−グルカノトランスフェラーゼ
本発明で用いられる4−α−グルカノトランスフェラーゼは、供与体分子の非還元末端からグルコシル基、あるいは、2個以上のグルコースからなるユニットを受容体分子の非還元末端に転移する酵素である。従って、酵素反応は、最初に与えられたマルトオリゴ糖の重合度の不均一化をもたらす。供与体分子と受容体分子とが同一の場合は、分子内転移が生じ、その結果、環状構造をもつ生成物が得られる。本発明で用いられる4−α−グルカノトランスフェラーゼは、国際生化学分子生物学連合の定める酵素番号EC 2.4.1.25に分類される酵素を利用し得る。EC 2.4.1.25に分類される酵素は、アミロマルターゼ、ディスプロポーショネーティングエンザイム、D−酵素、不均化酵素などとも呼ばれる酵素である(以下、MalQと呼ぶ)。微生物由来の4−α−グルカノトランスフェラーゼはアミロマルターゼと呼ばれ、植物由来の4−α−グルカノトランスフェラーゼはD−酵素と呼ばれる。また本発明では、Glycogen Debranching Enzymeという、4−α−グルカノトランスフェラーゼ活性とアミロ1,6グルコシダーゼ活性を併せ持つ酵素(EC 3.2.1.33+EC 2.4.1.25)も利用し得る。4−α−グルカノトランスフェラーゼ活性は、Teradaら(Applied and Environmental Microbiology,65巻,910〜915頁(1999))に基づいて決定され得る。4−α−グルカノトランスフェラーゼの性質に従って、測定時の反応温度、反応pHなどを調整し得る。本発明の方法においては、4−α−グルカノトランスフェラーゼを使用する。4−α−グルカノトランスフェラーゼは、アミロマルターゼであってもよく、D−酵素であってもよい。
【0066】
MalQの反応至適温度は、好ましくは、約45℃以上であり、約90℃以下である。本明細書中では、「反応至適温度」とは、上述のMalQ活性の測定を温度のみ変化させて行ったときに、最も活性が高い温度をいう。反応至適温度は好ましくは、約45℃以上であり、約50℃以上であり、さらに好ましくは約55℃以上であり、特に好ましくは約60℃以上であり、最も好ましくは約65℃以上である。好ましい反応至適温度に上限はない。しかし、実際のBEの反応至適温度には上限があり、例えば、約90℃以下、約85℃以下、約80℃以下、約75℃以下などであり得る。
【0067】
4−α−グルカノトランスフェラーゼの4−α−グルカノトランスフェラーゼ活性は、以下の方法によって測定される:
10%マルトトリオース、50mM酢酸ナトリウム緩衝液、酵素を含む反応液120μlを70℃で10分間インキュベート、その後、100℃で10分間加熱して反応を停止する。グルコースオキシダーゼ法によりグルコース量を測定する。4−α−グルカノトランスフェラーゼの単位量は、1分間に1μmolグルコースを生成する4−α−グルカノトランスフェラーゼ活性を1単位(U又はUnit)とする。
【0068】
本発明の方法においては、4−α−グルカノトランスフェラーゼを分岐状グルカンに作用させる際の温度において4−α−グルカノトランスフェラーゼが4−α−グルカノトランスフェラーゼ活性を有することが好ましい。この場合の特定の温度において「4−α−グルカノトランスフェラーゼ活性を有する」とは、70℃で10分間のインキュベーションの代わりにその特定の温度において10分間のインキュベーションすること以外は上記の4−α−グルカノトランスフェラーゼ活性の測定と同じ方法で測定を行った場合に4−α−グルカノトランスフェラーゼ活性が検出されることをいう。この特定の温度での4−α−グルカノトランスフェラーゼ活性は好ましくは約1U/mL以上であり、より好ましくは約2U/mL以上であり、さらに好ましくは約5U/mL以上であり、特に好ましくは約10U/mL以上であり、最も好ましくは約20U/mL以上である。この特定の温度での4−α−グルカノトランスフェラーゼ活性は高いほど好ましく、上限は特にないが、例えば、約5,000U/mL以下、約2,000U/mL以下、約1,000U/mL以下、約500U/mL以下、約250U/mL以下などであり得る。
【0069】
4−α−グルカノトランスフェラーゼは、微生物および植物に存在する。4−α−グルカノトランスフェラーゼを産生する微生物の例としては、Aquifex aeolicus、Streptococcus pneumoniae、Clostridium butylicum、Deinococcus radiodurans、Haemophilus influenzae、Mycobacterium tuberculosis、Thermococcus litralis、Thermotoga maritima、Thermotoga neapolitana、Chlamydia psittaci、Pyrococcus sp.、Dictyoglomus thermophilum、Borrelia burgdorferi、Synechosystis sp.、E.coli、Saccharomycescerevisiae、Thermus aquaticus、Thermusthermophilusなどが挙げられる。4−α−グルカノトランスフェラーゼを産生する植物の例としては、馬鈴薯、サツマイモ、ヤマイモ、キャッサバなどの芋類、トウモロコシ、イネ、コムギ、などの穀類、えんどう豆、大豆、などの豆類などが挙げられる。4−α−グルカノトランスフェラーゼを産生する生物はこれらに限定されない。4−α−グルカノトランスフェラーゼは、市販のものであっても、当該分野で公知の方法によりこれらの生物から調製されてもよく、またはこれらの生物の枝切り酵素遺伝子を用いて遺伝子組換え法により調製されてもよい。当該分野で公知の任意の4−α−グルカノトランスフェラーゼが使用され得る。
【0070】
Thermus aquaticusのTaq MalQ(Taq MalQは、アミロマルターゼであり、4−α−グルカノトランスフェラーゼの一種である)をコードする塩基配列を配列番号5に示し、そしてアミノ酸配列を配列番号6に示す。Thermus aquaticus由来のTaq MalQをコードする塩基配列のクローニング方法は、Teradaら(Applied and Environmental Microbiology,65巻,910〜915頁(1999)に記載される。
【0071】
これらの天然の4−α−グルカノトランスフェラーゼの塩基配列およびアミノ酸配列は例示であり、これらの配列とはわずかに異なる配列を有する改変体(いわゆる、対立遺伝子改変体)が天然に存在し得ることは公知である。本発明の方法においては、例示した配列を有する4−α−グルカノトランスフェラーゼ以外にも、4−α−グルカノトランスフェラーゼ活性を有する限り、このような、天然に存在する改変体および天然の4−α−グルカノトランスフェラーゼに対して人工的に変異を導入した改変体も用い得る。改変体4−α−グルカノトランスフェラーゼは、改変を導入する前の4−α−グルカノトランスフェラーゼと同等以上の活性を有することが好ましい。例えば、本発明で用いられる4−α−グルカノトランスフェラーゼのアミノ酸配列は、ある実施形態では、配列番号6のアミノ酸配列(すなわち、対照アミノ酸配列)と同一、すなわち、100%同一であってもよく、別の実施形態では、このアミノ酸配列は、対照アミノ酸配列と比較してある一定の数までアミノ酸が変化していてもよい。このような変化は、少なくとも1個(好ましくは1または数個)のアミノ酸の欠失、置換(保存的置換および非保存的置換を含む)または挿入からなる群より選択され得る。この変化は対照アミノ酸配列のアミノ末端もしくはカルボキシ末端の位置で生じてもよく、またはこれら末端以外のどの位置で生じてもよい。アミノ酸残基の変化は、1残基ずつ点在していてもよく、数残基連続していてもよい。当業者は、所望の性質を有する4−α−グルカノトランスフェラーゼを容易に選択することができる。あるいは、目的とする4−α−グルカノトランスフェラーゼをコードする遺伝子を直接化学合成してもよい。そのような化学合成の方法は、当該分野において周知である。
【0072】
特定の実施形態では、本発明で使用される4−α−グルカノトランスフェラーゼは、配列番号6のアミノ酸配列に対して好ましくは約50%以上、より好ましくは約60%以上、さらに好ましくは約70%以上、なおいっそう好ましくは約80%以上、特に好ましくは約90%以上、最も好ましくは約95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、4−α−グルカノトランスフェラーゼ活性を有する。本発明で使用される4−α−グルカノトランスフェラーゼは、特に好ましくは、配列番号2または配列番号4のアミノ酸配列に対して約96%以上、約97%以上、約98%以上または約99%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ4−α−グルカノトランスフェラーゼ活性を有する。
【0073】
本発明の方法において使用される4−α−グルカノトランスフェラーゼの量は、反応開始時の溶液中の分岐状グルカン(すなわち、基質)に対して、代表的には約0.1U/g基質以上であり、好ましくは約0.5U/g基質以上であり、より好ましくは約1U/g基質以上である。本発明の方法において使用される4−α−グルカノトランスフェラーゼの量は、反応開始時の溶液中の分岐状グルカンに対して、代表的には約100,000U/g基質以下であり、好ましくは約50,000U/g基質以下であり、さらに好ましくは約10,000U/g基質以下である。4−α−グルカノトランスフェラーゼの使用量が多すぎると、反応中に変性した酵素が凝集しやすくなる場合がある。使用量が少なすぎると、目的の環状構造保有分岐状グルカンの収率が低下する場合がある。
【0074】
4−α−グルカノトランスフェラーゼは、BEと同時に反応液に添加してもよく、別々に添加してもよい。分岐状グルカンに対してBEおよび4−α−グルカノトランスフェラーゼの両方を作用させることにより、得られるグルカンの分岐頻度が高くなり、環状構造を有することになり、かつ高い収率が得られる。
【0075】
1.2.3 エキソ型アミラーゼ
本発明の製造法では、BEおよび4−α−グルカノトランスフェラーゼを作用させて得られた環状構造保有分岐状グルカンに、エキソ型アミラーゼを作用させてもよい。
【0076】
本発明に用いられ得るエキソ型アミラーゼの例としては、β−アミラーゼ、グルコアミラーゼ、α−グルコシダーゼなどの、環状構造保有分岐状グルカンの非還元末端側から加水分解する酵素が挙げられる。本発明に用いられ得るエキソ型アミラーゼは、市販の酵素であってもよい。また、エキソ型アミラーゼは、植物、微生物、カビなどのエキソ型アミラーゼを産生するものから分離して用いても良く、エキソ型アミラーゼ遺伝子を利用して公知の方法で大腸菌などで生産して用いても良い。
【0077】
本発明で使用され得るβ−アミラーゼの例としては、小麦、大麦、大豆、サツマイモなどの植物由来の酵素が挙げられる。例えば、市販のサツマイモ由来のβ−アミラーゼ(例えば、Type I-B、Sigma社製)が用いられ得る。グルコアミラーゼとしては、カビ由来の酵素が用いられ得る。例えば、市販のRhizopus sp由来のグルコアミラーゼ(例えば、東洋紡績株式会社製)が用いられ得る。α−グルコシダーゼとしては、例えば市販の微生物由来のα−グルコシダーゼ(例えば、東洋紡績株式会社製)が用いられ得る。
【0078】
酵素としてBEと4−α−グルカノトランスフェラーゼのみを使用した場合に得られる環状構造保有分岐状グルカンよりも高い分岐頻度を有する環状構造保有分岐状グルカンを製造する場合には、上記のようにエキソ型アミラーゼを作用させることによって非還元末端の直鎖状部分を部分的に切断することにより、分子の分岐頻度を向上させる。しかしこの場合、直鎖状部分の一部が切り落とされるため、収率は低下する。
【0079】
高い収率で環状構造保有分岐状グルカンを製造する必要がある場合には、本発明の方法においてはエキソ型アミラーゼを添加しない。さらにこの場合には、本発明で使用する酵素には、分岐状グルカン内のα−1,4−グルコシド結合またはα−1,6グルコシド結合を加水分解するエンド型のアミラーゼ類の酵素活性が検出されないかまたはその活性が極めて低いことが好ましく、検出されないことが最も好ましい。
【0080】
本願発明に用いる酵素は、精製酵素、粗酵素を問わず、固定化されたものでも反応に使用し得、反応の形式は、バッチ式でも連続式でもよい。固定化の方法としては、担体結合法、(たとえば、共有結合法、イオン結合法、あるいは物理的吸着法)、架橋法あるいは包括法(格子型あるいはマイクロカプセル型)等、当業者に周知の方法が使用され得る。
【0081】
2.本発明の製造法
本発明の製造法は、分岐状グルカン構造の一部が環を形成している環状構造保有分岐状グルカンの製造法であって、
1)分岐状グルカンにブランチングエンザイムを作用させ、次いで4−α−グルカノトランスフェラーゼを作用させるか;
2)分岐状グルカンに4−α−グルカノトランスフェラーゼを作用させ、次いでブランチングエンザイムを作用させるか;または
3)分岐状グルカンにブランチングエンザイムおよび4−α−グルカノトランスフェラーゼを同時に作用させる
ことにより、該環状構造保有分岐状グルカンを得る工程を包含する。
【0082】
本発明の製造法においては、まず、反応液を調製する。反応液は、例えば、適切な溶媒に、BEおよび4−α−グルカノトランスフェラーゼの少なくとも一方と、基質(すなわち、分岐状グルカン)とを添加することにより調製され得る。あるいは、反応液は、BEおよび4−α−グルカノトランスフェラーゼの少なくとも一方を含む溶液と、基質(すなわち、分岐状グルカン)を含む溶液または懸濁液とを混合することによって調製してもよい。反応液には、最初からBEおよび4−α−グルカノトランスフェラーゼの両方を添加してもよく、あるいは、最初はBEと基質のみを添加し、ある程度反応が進んだ時点で4−α−グルカノトランスフェラーゼを添加してもよく、あるいは、最初は4−α−グルカノトランスフェラーゼと基質のみを添加し、ある程度反応が進んだ時点でBEを添加してもよい。
【0083】
基質として固体の澱粉を使用する場合には、澱粉の糊化の前にBEを添加し、その後、澱粉およびBEを含む混合液の温度を上昇させて澱粉を糊化させ、その後、酵素反応に適切な温度まで糊液の温度を下げてからBEおよび4−α−グルカノトランスフェラーゼを添加することが好ましい。また、基質として澱粉粒を使用する場合には、澱粉の糊化開始温度以下でBEおよび4−α−グルカノトランスフェラーゼ澱粉粒を含む混合液を調製し、その温度のまま、あるいは、その後、澱粉の糊化温度内であり、調製時の温度よりも高い温度であって、BEおよび4−α−グルカノトランスフェラーゼが作用し得る温度に混合液の温度を上昇させてこれらの酵素を作用させることが好ましい。澱粉の糊化開始温度は、使用する澱粉粒を得た植物、その植物の収穫時期、その植物の栽培地などによって異なり得る。一般に、通常のトウモロコシ澱粉の糊化開始温度は約70.7℃であり、ワキシーコーンスターチ(モチトウモロコシ)の糊化開始温度は約67.5℃であり、コメ澱粉の糊化開始温度は約73.5℃であり、馬鈴薯澱粉の糊化開始温度は約62.6℃であり、タピオカ澱粉の糊化開始温度は約68.4℃であり、そして緑豆澱粉の糊化開始温度は約71.0℃である。
【0084】
澱粉の糊化開始温度は、アミログラフによって測定され得る。糊化開始温度の測定方法については、「澱粉科学の事典」の194頁〜197頁に記載される。
【0085】
糊化開始温度以下でBEおよび4−α−グルカノトランスフェラーゼを含む混合液を調製する場合にはこの混合液の温度は、使用する澱粉粒に適切になるように変動し得るが、例えば、約0℃以上であり、好ましくは約10℃以上であり、さらに好ましくは約15℃以上であり、特に好ましくは約20℃以上であり、最も好ましくは約25℃以上である。5重量%以上50重量%以下の濃度の澱粉粒が懸濁されており、かつ、BEおよび4−α−グルカノトランスフェラーゼを含む混合液の調製時のこの混合液の温度は、使用する澱粉粒に適切になるように変動し得るが、例えば、約67.5℃以下であり、好ましくは約60℃以下であり、さらに好ましくは約50℃以下であり、特に好ましくは約40℃以下であり、最も好ましくは約35℃以下である。
【0086】
反応を混合液調製時の温度よりも高い温度でかつ約75℃以下の温度で反応を行う場合、この反応の際の温度は、好ましくは約30℃以上であり、より好ましくは約35℃以上であり、さらに好ましくは約40℃以上であり、特に好ましくは約45℃以上であり、最も好ましくは約50℃以上である。この反応の際の温度は、約75℃以下であればよく、例えば、約70℃以下、約65℃以下、約60℃以下、約55℃以下、約55℃以下、約50℃以下などであり得る。また、この反応の際の温度は、一定の温度であってもよく、徐々に上昇してもよい。
【0087】
分岐状グルカンにまずBEを作用させると、分岐状グルカンが分子量約3万〜50万程度のクラスターに分断されると共に環状構造が形成されると考えられる。その後、4−α−グルカノトランスフェラーゼを作用させることにより、分岐状部分のグルカン鎖の転移が行われ、得られるグルカンの分岐頻度が高まると考えられる。
【0088】
分岐状グルカンにまず4−α−グルカノトランスフェラーゼを作用させると、分岐状グルカンが分子量約3万〜50万程度のクラスターに分断されると共に環状構造が形成されると考えられる。その後、BEを作用させることにより、分岐状部分のグルカン鎖の転移が行われ、得られるグルカンの分岐頻度が高まると考えられる。
【0089】
分岐状グルカンにBEと4−α−グルカノトランスフェラーゼとを同時に作用させると、クラスターへの分断とグルカン鎖の転移とが同時に行われると考えられる。
【0090】
上記いずれかの反応の結果として得られる産物は、下記の「4.本発明の方法により得られる環状構造保有分岐状グルカン」に記載のような分岐頻度および平均重合度を有するものとなる。
【0091】
この反応液には、酵素反応を阻害しない限り、必要に応じて、pHを調整する目的で任意の緩衝剤を加えてもよい。反応液のpHは、使用する酵素が活性を発揮し得るpHであれば任意に設定され得る。反応液のpHは、使用する酵素のいずれかの至適pH付近であることが好ましい。酵素を別々に作用させる場合は、BEを作用させる段階ではBEに適切なpHに、4−α−グルカノトランスフェラーゼを作用させる段階では4−α−グルカノトランスフェラーゼに適切なpHに調整してもよい。反応液のpHは、代表的には約2以上であり、好ましくは約3以上であり、さらに好ましくは約4以上であり、特に好ましくは約5以上であり、特に好ましくは約6以上であり、最も好ましくは約7以上である。反応液のpHは、代表的には約13以下であり、好ましくは約12以下であり、さらに好ましくは約11以下であり、特に好ましくは約10以下であり、特に好ましくは約9以下であり、最も好ましくは約8以下である。1つの実施形態では、反応液のpHは、代表的には、使用する酵素の至適pHの±3以内であり、好ましくは至適pHの±2以内であり、さらに好ましくは至適pHの±1以内であり、最も好ましくは至適pHの±0.5以内である。
【0092】
次いで、各酵素が反応しうる条件(例えば、温度)において、酵素反応を行なう。必要であれば、反応液を加熱する。反応温度は、使用する酵素が活性を有する限り、任意の温度であり得る。反応温度は、好ましくは約30℃以上であり、さらに好ましくは約40℃以上であり、さらにより好ましくは約50℃以上であり、さらにより好ましくは約55℃以上であり、特に好ましくは約60℃以上であり、最も好ましくは65℃以上である。反応温度は、好ましくは約150℃以下であり、好ましくは約140℃以下であり、より好ましくは約130℃以下であり、より好ましくは約120℃以下であり、より好ましくは約110℃以下であり、より好ましくは約100℃以下であり、より好ましくは約90℃以下、より好ましくは約85℃以下であり、さらにより好ましくは約80℃以下であり、なおさらに好ましくは約75℃以下であり、特に好ましくは約70℃以下である。
【0093】
反応時間は、反応温度、反応により生産されるα−グルカンの分子量および酵素の残存活性を考慮して、任意の時間で設定され得る。反応時間は、例えば、約1時間以上、約2時間以上、約5時間以上、約10時間以上、約12時間以上、または約24時間以上であり得る。反応時間に特に上限はないが、好ましくは約100時間以下、より好ましくは約72時間以下、さらにより好ましくは約48時間以下、最も好ましくは約36時間以下である。
【0094】
加熱は、どのような手段を用いて行ってもよいが、反応液全体に均質に熱が伝わるように、攪拌を行いながら加熱することが好ましい。反応液は、例えば、温水ジャケットと攪拌装置を備えたステンレス製反応タンクの中に入れられて攪拌される。
【0095】
本発明の方法ではまた、反応がある程度進んだ段階で、BEおよび4−α−グルカノトランスフェラーゼのうちの少なくとも1つを反応液に追加してもよい。
【0096】
このようにして、環状構造保有分岐状グルカンを含有する溶液が生産される。反応終了後、反応液は、必要に応じて例えば、100℃にて10分間加熱することによって反応溶液中の酵素を失活させてもよい。あるいは、酵素を失活させる処理を行うことなく後の工程を行ってもよい。反応液は、そのまま保存されてもよいし、生産された環状構造保有分岐状グルカンを単離するために処理されてもよい。
【0097】
3.環状構造保有分岐状グルカンの精製
生産された環状構造保有分岐状グルカンは、必要に応じて精製され得る。精製することにより除去される不純物の例は、BE、4−α−グルカノトランスフェラーゼ、副生し得る低分子量グルカン、無機塩類などである。グルカンの精製法の例としては、有機溶媒を用いる方法(T.J.Schochら、J.American Chemical Society,64,2957(1942))および有機溶媒を用いない方法がある。
【0098】
有機溶媒を用いる精製に使用され得る有機溶媒の例としては、アセトン、n−アミルアルコール、ペンタゾール、n−プロピルアルコール、n−ヘキシルアルコール、2−エチル−1−ブタノール、2−エチル−1−ヘキサノール、ラウリルアルコール、シクロヘキサノール、n−ブチルアルコール、3−ペンタノール、4−メチル−2−ペンタノール、d,l−ボルネオール、α−テルピネオール、イソブチルアルコール、sec−ブチルアルコール、2−メチル−1−ブタノール、イソアミルアルコール、tert−アミルアルコール、メントール、メタノール、エタノールおよびエーテルが挙げられる。
【0099】
有機溶媒を用いない精製方法の例としては、環状構造保有分岐状グルカン生産反応後、水に溶解している環状構造保有分岐状グルカンを沈澱させずに、限外ろ過膜を用いた膜分画もしくはクロマトグラフィーに供してBE、4−α−グルカノトランスフェラーゼ、副生し得る低分子量グルカン、無機塩類などを除去する方法がある。
【0100】
精製に使用され得る限外濾過膜の例としては、分画分子量約1×10〜約1×10、好ましくは約5×10〜約5×10、より好ましくは約1×10〜約3×10の限外濾過膜(例えば、ダイセル製UF膜ユニット)が挙げられる。
【0101】
クロマトグラフィーに使用され得る担体の例としては、ゲル濾過クロマトグラフィー用担体、配位子交換クロマトグラフィー用担体、イオン交換クロマトグラフィー用担体および疎水クロマトグラフィー用担体が挙げられる。
【0102】
本願発明の方法で、原料の分岐状グルカンからの本願グルカンの収率は非常に高く、ほぼ100%である。場合によっては、環状構造のみを有する低分子量グルカンも生産されるが、これらは、例えば、セファデックスなどを用いるゲル濾過により、容易に、目的の分岐構造を有する環状グルカンから分離され得る。
【0103】
本明細書においては、収率は、以下の式によって求められる:
収率(重量%)={(生成された環状構造保有分岐状グルカンの重量(g))/(使用した分岐状グルカンの重量(g))}×100
【0104】
4.本発明の方法により得られる環状構造保有分岐状グルカン
本発明の方法によって製造されるグルカンは、高度に分岐した分岐状グルカンのうちの一部の鎖が環状構造を形成する構造を有していると考えられる。そのため、本発明のグルカンを、「環状構造保有分岐状グルカン」という。本発明の方法によって製造されるグルカンの分岐頻度は、特許第3107358号公報に記載されるような、BEまたはアミロマルターゼを単独で作用させた場合に得られる高度分岐環状グルカンよりも高い。
【0105】
本発明の環状構造保有分岐状グルカンの分岐頻度は、α−1,6分岐の割合によって示される。α−1,6分岐の割合は例えば約10%以上、約11%以上、約12%以上、約13%以上、約14%以上、約15%以上、約16%以上、約17%以上、約20%以上などであり得る。α−1,6分岐の割合に上限はないが、例えば、約50%以下、約40%以下、約30%以下、約25%以下、約20%以下などであり得る。
【0106】
分岐頻度は、以下の式によって計算される:
分岐頻度(%)={(分岐数)/(分子全体のグルコース単位数)}×100
【0107】
本発明の方法によって製造される環状構造保有分岐状グルカンの分子量は、好ましくは約3万以上であり、さらに好ましくは約5万以上であり、特に好ましくは約10万以上である。本発明の環状構造保有分岐状グルカンの分子量は、好ましくは約50万以下であり、さらに好ましくは約30万以下であり、特に好ましくは約20万以下である。
【0108】
本発明の方法によって得られる環状構造保有分岐状グルカン中の環状構造部分の平均重合度は、好ましくは約10以上であり、より好ましくは約15以上であり、さらに好ましくは約20以上である。本発明の方法によって得られる環状構造保有分岐状グルカン中の環状構造部分の平均重合度は、好ましくは約500以下であり、より好ましくは約300以下であり、さらに好ましくは約100以下である。
【0109】
本発明の方法によって得られる環状構造保有分岐状グルカンの分岐構造部分の平均重合度は、好ましくは約40以上であり、より好ましくは約100以上であり、さらに好ましくは約300以上であり、さらにより好ましくは約500以上である。本発明の方法によって得られる環状構造保有分岐状グルカンの分岐構造部分の平均重合度は、好ましくは約4×10以下であり、より好ましくは約3×10以下であり、さらに好ましくは約2×10以下であり、さらにより好ましくは約1×10以下である。
【0110】
本発明の方法によって得られる環状構造保有分岐状グルカンの環状構造部分のα−1,6−グルコシド結合は少なくとも1個あればよく、例えば1個以上、5個以上、10個以上などであり得る;本発明の方法によって得られる環状構造保有分岐状グルカンの環状構造部分のα−1,6−グルコシド結合は例えば約200個以下、約50個以下、約30個以下、約15個以下、約10個以下などであり得る。
【0111】
本発明の方法によって得られる環状構造保有分岐状グルカンは、1種類の重合度のものを単独で用いてもよいし、種々の重合度のものの混合物として用いてもよい。好ましくは、本発明の方法によって得られる環状構造保有分岐状グルカンの重合度は、最大の重合度のものと最小の重合度のものとの重合度の比が約100以下、より好ましくは約50以下、さらにより好ましくは約10以下である。
【0112】
本発明の方法によって得られる環状構造保有分岐状グルカンは、好ましくは、分岐グルカン構造の一部が環を形成している。ここで、環状構造部分とはα−1,4−グルコシド結合とα−1,6−グルコシド結合とで形成される環状構造部分であり、そして分岐構造部分とは、該環状構造部分に結合した非環状構造部分である。この分岐構造部分の各単位鎖の重合度は、好ましくは約2以上であり、より好ましくは約4以上であり、さらに好ましくは約6以上であり、好ましくは約20以下であり、より好ましくは、18以下であり、さらに好ましくは15以下である。
【0113】
本発明の方法によって得られる環状構造保有分岐状グルカンの平均重合度は、好ましくは約50以上であり、より好ましくは約70以上であり、さらに好ましくは約100以上であり、最も好ましくは約150以上である。本発明の方法によって得られる環状構造保有分岐状グルカンの平均重合度は、好ましくは約5×10以下であり、より好ましくは約4×10以下であり、さらに好ましくは約3×10以下であり、最も好ましくは約2×10以下である。
【0114】
本発明の方法によって得られる環状構造保有分岐状グルカンの分岐の数(すなわち、α−1,6−グルコシド結合の数)は、好ましくは約10個以上であり、より好ましくは約15個以上であり、さらに好ましくは約20個以上である。本発明の方法によって得られる環状構造保有分岐状グルカンの分岐の数(すなわち、α−1,6−グルコシド結合の数)は、好ましくは約1000個以下であり、より好ましくは約800個以下であり、さらに好ましくは約500個以下である。
【0115】
本発明で得られる環状構造保有分岐状グルカンにおいては、α−1,6−グルコシド結合の数に対するα−1,4−グルコシド結合の数の比(「α−1,6−グルコシド結合の数」:「α−1,4−グルコシド結合の数」)は、好ましくは1:3〜1:13であり、より好ましくは1:4〜1:12であり、さらに好ましくは1:5〜1:10であり、さらに好ましくは1:5〜1:9である。
【0116】
α−1,6−グルコシド結合は、本発明の方法によって得られる環状構造保有分岐状グルカン中に無秩序に分布していてもよいし、均質に分布していてもよい。本発明の方法によって得られる環状構造保有分岐状グルカン中に糖単位で5個以上の直鎖状部分ができる程度の分布であることが好ましい。
【0117】
グルカンのような高分子は、一般に均一な分子ではなく、種々の大きさの分子の混合物であるため、その分子量は数平均分子量(Mn)もしくは重量平均分子量(Mw)で評価する。Mnは、その系の全質量を、その系に含まれる分子の個数で割ったものである。すなわち数分率による平均である。一方、Mwは重量分率による平均である。完全に均一な物質であれば、Mw=Mnとなるが、高分子は一般に分子量分布を有するためMw>Mnとなる。したがって、Mw/Mnが1より大きいほど、分子量の不均一度が大きい(分子量分布が広い)ということになる。
【0118】
Mnは、分子の個数を評価することにより、決定できる。すなわち、アミロースなどにおいては、還元性末端数を測定することにより決定できる。還元性末端数の測定は、例えばTakata,H.ら,Cyclization reaction catalyzed by branching enzyme.J.Bacteriol.,1996.178:p.1600−1606に記載されるModified Park−Johnson法により決定できる。Takata,H.ら,J.Appl.Glycosci.,2003.50:p.15−20に記載される示差屈折計と多角度光散乱検出器とを併用したゲルろ過クロマトグラフィー(MALLS法)によっても、決定できる。Mwは、Takata,H.ら,J.Appl.Glycosci.,2003.50:p.15−20に記載されるMALLS法によって決定できる。
【0119】
本明細書においては、基質の分子量は主として数平均分子量(Mn)で評価し、生成物グルカンの分子量は主として重量平均分子量(Mw)で評価している。生成物においては、環状化反応が起こった場合、還元末端数評価法では、Mnを正しく評価できないためである。非常に巨大な分子の分子量を評価する場合、相対的に還元末端数が少なく、正確なMn評価が行いにくいためでもある。さらに、MALLS法によるMn評価法は、ゲルろ過による分画が完全であることを前提としており、分画が不完全であると正確なMn評価ができないためでもある。
【0120】
(環状構造を有することの確認)
本発明の製造法により得られる環状構造保有分岐状グルカンが、環状構造を有することの確認は、エキソ型のグルコアミラーゼを用いて行い得る。
【0121】
エキソ型グルコアミラーゼは、澱粉などのグルカンの非還元末端から順次α−1,4−グルコシド結合を加水分解する酵素である。速度は遅いが、非還元末端からα−1,6−グルコシド結合を加水分解し得ることが知られている。環状構造を有しないアミロースおよびアミロペクチンは、エキソ型グルコアミラーゼによって完全にグルコースにまで分解される。しかし、分子内に環状構造を有するグルカンは、その非環状構造部分(すなわち、分岐状構造部分)のみがグルコアミラーゼにより分解され、環状構造部分は、グルコアミラーゼでは分解を受けない物質(以下、グルコアミラーゼ耐性成分という)として残る。
【0122】
このグルコアミラーゼ耐性成分(環状構造部分)が、α−1,6−グルコシド結合を有するか否かは、α−1,6−結合を切断する枝切り酵素に対する感受性によって決定することができる。
【0123】
α−1,6−グルコシド結合を有する環状グルカンは、枝きり酵素とグルコアミラーゼの併用で、グルコースにまで完全に分解される。
【0124】
他方、α−1,6−グルコシド結合を有しない(α−1,4−グルコシド結合のみを有する)環状構造のグルカンは、枝切り酵素およびエキソ型グルコアミラーゼの併用によって分解されない。この環状グルカンは、エンド型α−アミラーゼとグルコアミラーゼを併用することにより完全にグルコースまで分解され得る。
【0125】
これらの性質を利用することにより、グルカンの環状構造部分、非環状(分岐状)構造部分、およびα−1,4−グルコシド結合のみを有する環状構造部分を定量することが可能となる。
【0126】
本発明の方法によって製造される環状構造保有分岐状グルカンが、環状構造を有していることは、以下の(1)から(6)の性質で確認され得る。
【0127】
(1)還元性末端数は、原料(澱粉など)と比較して増加しない。すなわち、還元末端を検出することができない。上記還元末端数の定量は、Hizukuriら、Carbohydr. Res. 94:205−213(1981)の改変パークジョンソン法により行い得る。
【0128】
(2)エキソ型アミラーゼであるグルコアミラーゼを作用させると、グルコアミラーゼ耐性成分が残る。その成分は脱リン酸化酵素(シグマ社)を作用させた後にさらにグルコアミラーゼを作用させても分解されない。
【0129】
(3)上記グルコアミラーゼ耐性成分は、澱粉中のα−1,6−グルコシド結合を加水分解するイソアミラーゼ(株式会社林原生化学研究所製)により分解され、グルコアミラーゼの作用を受けるようになる。
【0130】
(4)上記グルコアミラーゼ耐性成分は、澱粉中のα−1,4−グルコシド結合を加水分解するエンド型α−アミラーゼ(ナガセ生化学工業株式会社製)により分解され、グルコアミラーゼの作用を受けるようになる。
【0131】
(5)(4)のエンド型α−アミラーゼによる加水分解により、イソマルトシルマルトース(IMM)を生じる。α−1,6−グルコシド結合を有するグルカンにエンド型α−アミラーゼを作用させた場合の最小のリミットデキストリンは、IMMである(Yamamoto,T.、Handbook of amylase and related emzymes、Pergamon Press、p40−45(1988))との記載と一致する。
【0132】
(6)上記グルコアミラーゼ耐性成分の分子量をレーザーイオン化TOF−MS装置(島津社製)で分析すると、得られた分子量の値は、環状グルカンの理論値に一致し、非環状のグルカンの理論値に一致しない。
【0133】
環状構造部分の確認のために用いる、前記グルコアミラーゼ耐性成分の検出は、次のように行い得る。例えば、上記反応で生成したグルカンにグルコアミラーゼを添加し、例えば、約40℃で一夜反応させる。この反応物を100℃で10分間加熱し、不溶物を遠心分離により除去した後、10倍量のエタノールを添加し、残存する多糖を遠心分離による沈澱として回収する。この操作をもう一度繰り返して、グルコアミラーゼ耐性成分を得る。ただし、2回目のグルコアミラーゼの処理時間は、短時間(例えば、1から2時間)で十分である。
【0134】
本願発明で使用する原料が一部リン酸基により修飾されている澱粉などの場合には、グルコアミラーゼ耐性成分の検出には前処理が必要である。例えば、反応生成物を10mM 炭酸緩衝液(pH9.4、10mMのMgClおよび0.3mMのZnC1を含む)に溶解し、脱リン酸化酵素を添加して反応させた後、10倍量エタノールを添加し、沈澱を回収する。この沈殿に上記の方法を適用して、グルコアミラーゼ耐性成分を得ることができる。
【0135】
グルコアミラーゼ耐性成分の平均重合度および構成成分は、上記(1)から(5)に記載のように、グルコアミラーゼ耐性成分と糖の加水分解酵素とを反応させて生じた糖を分析することによって、決定し得る。加水分解は、グルコアミラーゼ単独、グルコアミラーゼとイソアミラーゼとの組み合わせ、あるいはグルコアミラーゼとα−アミラーゼとの組み合わせが挙げられる。反応は、例えば、グルコアミラーゼ耐性成分を0.2%(w/v)となるように蒸留水に溶解後、上記分解酵素をそれぞれ適当量加えて、30−45℃で適当な時間(例えば1時間)反応させる。このグルコアミラーゼ耐性成分分解物を、Dionex社製の糖分析システム(送液システム:DX300、検出器:PAD−2、カラム:Carbo Pac PA100)にかけ、分析する。溶出は、例えば、流速:1ml/分、NaOH濃度:150mM、酢酸ナトリウム濃度:0分−50mM、2分−50mM、37分−350mM、45分−850mM、47分−850mMの条件で行う。この分析により、グルコアミラーゼ耐性成分の平均重合度、および分解により生じる糖が決定され得る。
【0136】
5.本発明の方法により得られるグルカンの用途
本発明の方法によって得られる環状構造保有分岐状グルカンは、種々の澱粉の用途に使用され得、特に、腹膜透析、糖尿病患者用の食事、輸液、飲食用組成物、食品添加用組成物、接着用組成物において、および澱粉の老化防止剤として、使用され得る。これら用途において、本願発明のグルカンは、それぞれの用途に適した濃度となるように使用され得る。本発明の環状構造保有分岐状グルカンは、分子量が腹膜透析に適切な範囲にあり、還元糖をほとんどまたは全く含まないため、特に腹膜透析に適している。
【0137】
本発明の方法においては、グルコースおよび低分子量のマルトオリゴ糖がほとんどまたは全く生成されないため、高度の精製をすることなく、グルコースおよびマルトオリゴ糖を含まない環状構造保有分岐状グルカンを得ることができる。グルコースおよびマルトオリゴ糖を含まない環状構造保有分岐状グルカンは、体液中に急激に吸収されることがなく、血糖値を急激に上昇させることがないため、腹膜透析、糖尿病患者用の食事および輸液において特に有用である。
【0138】
環状構造保有分岐状グルカンは、既存の澱粉などの上記原料と比較して、水に対する溶解度が非常に高く、溶解した糊液の粘度が低く、通常の澱粉では観察される老化が起こらないという優れた性質を有する。さらに、環状構造保有分岐状グルカンまたはその誘導体は、反応性が低いため、タンパク質やアミノ酸と混合して加熱したとき、既存の水飴およびデキストリンと比較して、着色しにくいという優れた性質を有している。
【0139】
このように、環状構造保有分岐状グルカンは、水に対する溶解度が非常に高いため、粉末化基剤、コーヒー、醤油、たれ、麺類のつゆ、ソース、ダシの素、シチューの素、スープの素、複合調味料、カレーの素、ゼリー、キャラメル、ガム、チョコレート、クッキー、クラッカー、アイスクリーム、シャーベット、ジュース、粉末ジュース、入浴剤、飲み薬、粉末薬、塗料、接着剤、増粘剤、糊料などに、好適に使用され得る。
【0140】
環状構造保有分岐状グルカンは、老化が起こらないため、和生菓子、洋生菓子、冷凍食品、冷蔵食品、餅、おにぎりなどに好適に使用され得る。
【0141】
環状構造保有分岐状グルカンまたはその誘導体は、溶解した糊液の粘度が低いため、生物崩壊性プラスチックの原料や、澱粉からサイクロデキストリンなどを製造する際の中間物質、澱粉加工工業における原料などに好適に使用され得る。
【0142】
環状構造保有分岐状グルカンは、良好な接着性を有し、接着用組成物として好適に使用され得る。
【0143】
環状構造保有分岐状グルカンは、環状構造を除けば、通常の澱粉と同じ基本的構造を持つことから、生体内の酵素により容易にグルコースに分解されることができるため、消化性に優れている。そのため、スポーツ飲料、スポーツ食品などにも使用され得る。
【0144】
以下に実施例をあげて本願発明を説明するが、本願発明はこの実施例にのみ限定されるものではない。
【実施例】
【0145】
(製造例1:Aquifex aeolicus由来BE(AqBE)の製造)
特開2008−95117の製造例1に記載された組換えプラスミドpAQBE1を保持する大腸菌TG−1株より、同特許文献に示された方法により配列番号2のアミノ酸配列を有するAqBEを含む酵素液を得た。
【0146】
(製造例2:Thermus aquaticus由来アミロマルターゼ(TaqMalQ)の組換え生産)
Teradaら(Applied and Enviromental Microbiology、65巻、910−915(1999))に示されたプラスミドpFGQ8を保持する大腸菌MC1061株より、同文献に示された方法により配列番号4のアミノ酸配列を有するTaqMalQを含む酵素液を得た。
【0147】
(製造例3:Rhodothemus obamensis由来BE(RhBE)の製造)
特開2008−95117の製造例5に記載された組換えプラスミドpRBE1を保持する大腸菌TG−1株より、同特許文献に示された方法により配列番号6のアミノ酸配列を有するRhBEを含む酵素液を得た。
【0148】
(実施例1:Aquifex aeolicus由来BEおよびThermus aquaticus由来MalQを用いた環状構造保有分岐状グルカンの製造)
市販のワキシーコーンスターチ(三和澱粉工業(株)製)50gを1Lの30mMクエン酸緩衝液(pH6.7)に懸濁し、懸濁液を100℃に加熱することにより糊化させて糊液を得た。本実施例においてはワキシーコーンスターチが基質である。このワキシーコーンスターチの分岐頻度は5.2%であり、平均重合度は約1×10であり、重量平均分子量は約2×10であった。約70℃まで冷却した糊液に、上記製造例1で調製したAqBE酵素液1.25mL(5000U/g基質)を添加して70℃で16時間反応させた。その後、製造例1で調製したAqBE酵素液1.25mL(5000U/g基質)および製造例2で調製したTaqMalQ酵素液1.4mL(10U/g基質)を添加し、さらに70℃で16時間反応させた。反応液を100℃で20分間加熱した後、6,500rpmで10分間遠心後の上清を孔径0.8μmの膜でろ過した。ろ液に2倍量のエタノールを添加してグルカンを沈殿させた。この沈殿を凍結乾燥し粉末のグルカン約48gを得た。
【0149】
グルカンの重量平均分子量は多角度レーザー光散乱光度計(ワイアットテクノロジー社製、DAWN DSP)と示差屈折計(昭和電工(株)製、Shodex RI−71)を備えた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)システム(カラム:昭和電工(株)製、OHPAK SB−806MHQ)を用いて調べた。グルカンの粉末20mgを10mlの100mM硝酸ナトリウム水溶液に溶解し、孔径0.45μmの膜でろ過して濾液を得た。得られた濾液のうちの100μlを上記HPLCシステムに注入した。得られたグルカンの重量平均分子量は約2.2×10であることが示された。この得られたグルカンが環状構造を有していることおよび還元末端を有さないことの確認は、特開2000−316581の実施例4に記載された方法に従って行った。その結果、この分岐状グルカンが確かに環状構造を有し、還元末端を有さないことが確認された。
【0150】
得られたグルカンの分岐頻度は、グルカンの非還元末端数を求めることにより求めた。非還元末端数は、得られたグルカンにイソアミラーゼを作用させた後の還元力を改変パークジョンソン法(Hizukuriら、Starch,Vol.,35,pp.348−350, (1983))により調べることにより求めた。その結果、得られたグルカンが分岐状グルカンであることが確認され、そしてその分岐鎖部分の単位鎖長は平均9.7であり、分岐数は平均約140であることが示された。この環状構造を有する分岐状グルカンの分岐頻度は10.3%であり、環状構造を保有する分岐状グルカンが製造できた。この結果を実施例2、比較例3、4、5とともに表1にまとめた。
【0151】
(実施例2:Aquifex aeolicus由来BE、アミロマルターゼおよびβ−アミラーゼを用いた環状構造保有分岐状グルカンの製造)
実施例1と同じ方法で粉末のグルカンを製造した。この粉末のグルカン1gを20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.5)100mlに溶かし、サツマイモ由来β-アミラーゼ(Type I-B、Sigma社製)0.01mL(400U/g基質)を添加し37℃で16時間反応させた。この反応液を、実施例1の100℃で20分間の加熱工程以後は実施例1と同じ方法で精製して粉末のグルカンを製造した。製造されたグルカンを、実施例1と同じ方法で分析したところ、重量平均分子量は約1.4×10であり、分岐頻度は16.4%であり、収率は約47%であった。この結果を実施例1、比較例3、4、5とともに表1にまとめた。
【0152】
(比較例3:Aquifex aeolicus由来BEを用いた環状構造保有分岐状グルカンの製造)
市販のワキシーコーンスターチ(三和澱粉工業(株)製)10gを100mlの10mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に懸濁し、懸濁液を100℃に加熱することにより糊化させて糊液を得た。約70℃まで冷却した糊液に、製造例1で得られたAqBE酵素液0.25mL(5000U/g基質)添加し70℃で16時間反応させた。本比較例においてはワキシーコーンスターチが基質である。このワキシーコーンスターチの分岐頻度は5.2%であり、平均重合度は約1×10であり、重量平均分子量は約2×10であった。反応液を100℃で20分間加熱した後、孔径0.8μmの膜でろ過した。このろ液に2倍量のエタノールを添加してグルカンを沈殿させた。この沈殿を凍結乾燥し粉末のグルカン約9.5gを得た。実施例1と同様に分析したところ、グルカンの重量平均分子量は約1.5×10であり、分岐頻度は6.3%であった。さらに、得られたグルカンは環状構造を有していることが確認された。環状構造を有する分岐状グルカンが約95%の高収率で製造できた。この結果を実施例1、実施例2、比較例4、5とともに表1にまとめた。
【0153】
(比較例4:Aquifex aeolicus由来BEおよびβ−アミラーゼを用いた環状構造保有分岐状グルカンの製造)
比較例3で製造した環状構造を有する分岐状グルカン5gを100mlの20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.5)に溶解し、サツマイモ由来β−アミラーゼ(Type I−B、Sigma社製)0.04mL(400U/g基質)を添加し37℃で16時間反応させた。本比較例においては比較例3で製造したグルカンを使用しているため、得られる生成物は、比較例3で基質として用いたワキシーコーンスターチにBEを作用させ、さらにβ−アミラーゼを作用させてできた産物である。100℃で10分間加熱した後、孔径0.8μmの膜でろ過した。このろ液に4倍量のエタノールを添加してグルカンを沈殿させた。この沈殿を凍結乾燥し粉末グルカン約2gを得た。得られたグルカンを実施例1と同様に分析したところ、グルカンの重量平均分子量は約6.0×10であり、分岐頻度は15.4%であった。さらに、得られたグルカンは環状構造を有していることが確認された。環状構造保有分岐状グルカンの収率は約41%であった。この結果を実施例1、実施例2、比較例3、5とともに表1にまとめた。
【0154】
(比較例5:分岐状グルカン(グリコーゲン)の製造)
コーンスターチ(和光純薬工業(株)製)2gを水100mlに懸濁し、100℃で30分間加熱することによりコーンスターチを糊化した。本比較例においてはコーンスターチは出発物質である。40℃まで冷まし、イソアミラーゼ((株)林原生物化学研究所製)0.17ml(5000U/g基質)を添加して40℃で20時間反応させアミロースを生成させた。本比較例においてはアミロースが基質である。このアミロース含有溶液をリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.5)に調製し、製造例1で製造したAqBE酵素液0.2mL(20,000U/g基質)および製造例2で製造したTaqMalQ酵素液0.14mL(20U/g基質)を添加し、65℃で20時間反応させた。反応液を100℃で20分間加熱した後、6,500rpmで10分間遠心後の上清を孔径0.8μmの膜でろ過した。実施例1と同様に分析した結果、得られた分岐状グルカンの重量平均分子量は約2.4×10であり、α1,6分岐含量が11.2%であり、収率は約80.2%(理論値)であった。さらに、得られたグルカンは環状構造を有さないことが確認された。この結果を実施例1、実施例2、比較例3、4とともに表1にまとめた。
【0155】
【表1】

【0156】
(実施例6:Rhodothermus obamensis由来BEを用いた環状構造を保有する分岐状グルカンの製造)
5gの市販のワキシーコーンスターチ(三和澱粉工業(株)製)を40mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH6.0)100mlに懸濁し、懸濁液を100℃に加熱することにより糊化させて糊液を得た。約70℃まで冷却した糊液に、製造例3で生産したRhBE酵素液0.12mL(5000U/g基質)を添加し70℃で16hr反応させた。本実施例においてはワキシーコーンスターチが基質である。このワキシーコーンスターチの分岐頻度は5.2%であり、平均重合度は約1×10であり、重量平均分子量は約2×10であった。さらに製造例3で生産したRhBE酵素液0.12mL(5000U/g基質)および製造例2で生産したTaqMalQ酵素液0.18mL(10U/g基質)添加し70℃で16時間反応させた。反応液を100℃で20分間加熱した後、6,500rpmで10分間遠心後の上清を孔径0.8μmの膜でろ過した。ろ液に2倍量のエタノールを添加してグルカンを沈殿させた。この沈殿を凍結乾燥し粉末のグルカン約4.7gを得た。実施例1と同様に分析したところ、グルカンの重量平均分子量は約2.1×10であり、分岐頻度は10%であった。さらに、得られたグルカンは環状構造を有していることが確認された。環状構造を有する分岐状グルカンが約94%の高収率で製造できた。さらに、得られたグルカンが環状構造を有することが確認された。
【0157】
(実施例7:澱粉粒を用いた環状構造保有分岐状グルカンの製造)
ワキシーコーンスターチ(三和澱粉工業(株)製)50gを30mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)1Lに懸濁し、この懸濁液に製造例1で生産したAqBE酵素液1.5mL(6000U/g基質)添加し、攪拌しながら70℃で6時間反応させた。ワキシーコーンスターチの糊化開始温度は通常約67.5℃であるので、この反応の間中、コーンスターチの澱粉粒は結晶構造の大部分を保持した状態であった。本実施例においてはワキシーコーンスターチが基質である。このワキシーコーンスターチの分岐頻度は5.2%であり、平均重合度は約1×10であり、重量平均分子量は約2×10であった。その後、反応液を85℃まで昇温し約30分保持することによりBEをさらに作用させた。次いでこの反応液に、製造例1で生産したAqBE酵素液1.25mL(5000U/g基質)および製造例2で生産したTaqMalQ酵素液0.4mL(2.5U/g基質)添加し70℃で18時間反応させた。反応液を100℃で20分間加熱した後、6,500rpmで10分間遠心後の上清を孔径0.8μmの膜でろ過した。ろ液に2倍量のエタノールを添加し沈殿させた。沈殿物を凍結乾燥し、約45gの粉末グルカンを得た。
【0158】
得られた粉末グルカンを実施例1と同様に分析したところ、得られたグルカンの重量平均分子量は約2.2×10であり、分岐頻度は10.3%であった。さらに、得られたグルカンが環状構造を有することが確認された。したがって、本実施例により、環状構造保有分岐状グルカンが約90%の高収率で製造できた。
【0159】
(比較例8:未処理のデキストリン)
デキストリン(江崎グリコ社製クラスターデキストリン)を実施例1と同じ方法で分析したところ、重量平均分子量約1.7×10、分岐頻度6.3%であった。便宜上、収率を100として記載する。
【0160】
(比較例9:デキストリンのアミロマルターゼ処理)
基質として澱粉の代わりに比較例8と同じデキストリンを使用し、ブランチングエンザイムを使用しないこと以外は実施例1と同じ方法で粉末のグルカンを製造した。この粉末のグルカンを実施例1と同じ方法で分析したところ、重量平均分子量約1.7×10、分岐頻度6.3%、であり、収率は100%であった。
【0161】
(比較例10:デキストリンのβ−アミラーゼ処理)
基質として澱粉の代わりに比較例8と同じデキストリンを使用し、ブランチングエンザイムを使用しないこと以外は比較例4と同じ方法で粉末のグルカンを製造した。この粉末のグルカンを実施例1と同じ方法で分析したところ、重量平均分子量約7.3×10、分岐頻度14.2%であり、収率は42%であった。
【0162】
(比較例11:デキストリンのブランチングエンザイム処理)
基質として澱粉の代わりに比較例8と同じデキストリンを使用したこと以外は比較例3と同じ方法で粉末のグルカンを製造した。この粉末のグルカンを実施例1と同じ方法で分析したところ、重量平均分子量約8.0×10、分岐頻度6.7%であり、収率は100%であった。
【0163】
(実施例12:デキストリンのブランチングエンザイムおよびアミロマルターゼ処理)
基質として澱粉の代わりに比較例8と同じデキストリンを使用したこと以外は実施例1と同じ方法で粉末のグルカンを製造した。この粉末のグルカンを実施例1と同じ方法で分析したところ、重量平均分子量約2.2×10、分岐頻度10.3%であり、収率は100%であった。
【0164】
さらに、実施例1と同様に構造を分析したところ、この分岐状グルカンが確かに環状構造を有し、還元末端を有さないことが確認された。
【0165】
(実施例13:デキストリンのブランチングエンザイム、アミロマルターゼおよびβ−アミラーゼ処理)
基質として澱粉の代わりに比較例8と同じデキストリンを使用したこと以外は実施例1と同じ方法で粉末のグルカンを製造した。この粉末のグルカン1gを20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.5)100mlに溶かし、サツマイモ由来β-アミラーゼ(Type I-B、Sigma社製)0.01mL(400U/g基質)を添加し37℃で16時間反応させた。この反応液を実施例1と同じ方法で粉末のグルカンを製造し、実施例1と同じ方法で分析したところ、重量平均分子量約6.1×10、分岐頻度16.7%であり、収率は47%であった。
【0166】
(比較例14:デキストリンのイソアミラーゼ、ブランチングエンザイムおよびアミロマルターゼ処理)
基質として澱粉の代わりに比較例8と同じデキストリンを使用したこと以外は比較例4と同じ方法で粉末のグルカンを製造した。この粉末のグルカンを実施例1と同じ方法で分析したところ、重量平均分子量約2.4×10、分岐頻度8.3%であり、収率は65%であった。
【0167】
比較例8〜11および14、実施例12および13の結果を以下の表2にまとめて示す。
【0168】
【表2】

【0169】
このように、デキストリンを使用した場合も、本願発明によれば、高い収率でα−1,6結合の割合が高く、重量平均分子量が約22万の環状構造保有分岐構造グルカンが得られた。
【0170】
以上のように、本発明の好ましい実施形態を用いて本発明を例示してきたが、本発明は、この実施形態に限定して解釈されるべきものではない。本発明は、特許請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。当業者は、本発明の具体的な好ましい実施形態の記載から、本発明の記載および技術常識に基づいて等価な範囲を実施することができることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。
【産業上の利用可能性】
【0171】
本発明の方法では、非常に高い分岐頻度を有するグルカンを高い収率で製造することが可能になり、工業的製造プロセスの効率の点で有利である。
【0172】
また、本発明の方法によって製造される環状構造保有分岐グルカンは、腹膜透析、糖尿病患者用の食事、輸液、飲食用組成物、食品添加用組成物、接着用組成物において、および澱粉の老化防止剤として有用である。具体的には、例えば、分岐頻度が非常に高いことにより、腹膜透析、経腸栄養材、糖尿病患者用の食事などの用途に用いた場合に、分岐頻度がそれほど高くないグルカンを用いた場合よりも生体内での分解性が改良され得る。
【配列表フリーテキスト】
【0173】
配列番号1:Aquifex aeolicus VF5の天然のBEをコードする塩基配列;
配列番号2:Aquifex aeolicus VF5の天然のBEのアミノ酸配列;
配列番号3:Rhodothermus obamensis JCM9785の天然のBEをコードする塩基配列;
配列番号4:Rhodothermus obamensis JCM9785の天然のBEのアミノ酸配列;
配列番号5:Thermus aquaticus由来のTaq MalQをコードする塩基配列;
配列番号6:Thermus aquaticus由来のTaq MalQのアミノ酸配列。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分岐状グルカン構造の一部が環を形成している環状構造保有分岐状グルカンの製造法であって、
1)基質である分岐状グルカンにブランチングエンザイムを作用させ、次いで4−α−グルカノトランスフェラーゼを作用させるか;
2)基質である分岐状グルカンに4−α−グルカノトランスフェラーゼを作用させ、次いでブランチングエンザイムを作用させるか;または
3)基質である分岐状グルカンにブランチングエンザイムおよび4−α−グルカノトランスフェラーゼを同時に作用させる
ことにより、該環状構造保有分岐状グルカンを得る工程を包含する、方法。
【請求項2】
前記基質である分岐状グルカンに前記ブランチングエンザイムを作用させ、次いで前記4−α−グルカノトランスフェラーゼを作用させることにより前記環状構造保有分岐状グルカンを得る、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記基質である分岐状グルカンに前記4−α−グルカノトランスフェラーゼを作用させ、次いで前記ブランチングエンザイムを作用させることにより前記環状構造保有分岐状グルカンを得る、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記基質である分岐状グルカンに前記4−α−グルカノトランスフェラーゼおよび前記ブランチングエンザイムを同時に作用させることにより前記環状構造保有分岐状グルカンを得る、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記基質である分岐状グルカンがデキストリン、アミロペクチンまたは澱粉である請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記基質である分岐状グルカンが澱粉粒である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法であって、得られた環状構造保有分岐状グルカンにエキソ型アミラーゼを作用させる工程をさらに包含する、方法。
【請求項8】
前記ブランチングエンザイムを前記基質である分岐状グルカンに作用させる際の温度は45℃以上130℃以下であり、該温度において該ブランチングエンザイムは活性を有する請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記ブランチングエンザイムがAquifex aeolicus由来のブランチングエンザイムもしくはRhodothermus obamensis由来のブランチングエンザイムである請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記4−α−グルカノトランスフェラーゼを前記基質である分岐状グルカンに作用させる際の温度が45℃以上130℃以下であり、該温度において該4−α−グルカノトランスフェラーゼは活性を有する請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記4−α−グルカノトランスフェラーゼがThermus aquaticus由来アミロマルターゼである請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記環状構造保有分岐状グルカンの分子量が5万から50万である請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記環状構造保有分岐状グルカンの分岐頻度が8%以上である請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
前記基質である分岐状グルカンの分岐頻度が、3%以上10%以下である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。

【公開番号】特開2012−120471(P2012−120471A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−272868(P2010−272868)
【出願日】平成22年12月7日(2010.12.7)
【出願人】(000000228)江崎グリコ株式会社 (187)
【Fターム(参考)】