環状飽和炭化水素化合物の検知素子及びそれを用いた光学式検知装置
【課題】200℃以下の比較的低温で動作する環状飽和炭化水素化合物の検知素子及びそれを用いた簡単な構造の検知装置を提供すること。
【解決手段】検知素子は、石英製の透明基板と、該透明基板上に柱状結晶構造を有する三酸化タングステン薄膜と、該薄膜表面に15nm以下の厚さに堆積形成された白金層から構成されている。また、検知装置は、検知素子を150℃から200℃の間の温度に加熱するためのヒータを備え、環状飽和炭化水素化合物含有ガスが検知素子の白金層に接触したときに、白金によって解離された水素が三酸化タングステンと反応して生ずる光透過率の変化を計測するよう構成されている。
【解決手段】検知素子は、石英製の透明基板と、該透明基板上に柱状結晶構造を有する三酸化タングステン薄膜と、該薄膜表面に15nm以下の厚さに堆積形成された白金層から構成されている。また、検知装置は、検知素子を150℃から200℃の間の温度に加熱するためのヒータを備え、環状飽和炭化水素化合物含有ガスが検知素子の白金層に接触したときに、白金によって解離された水素が三酸化タングステンと反応して生ずる光透過率の変化を計測するよう構成されている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環状飽和炭化水素化合物を含んだ雰囲気に曝した時に光透過率が変化する、 環状飽和炭化水素化合物の検知素子、及びそれを用いて環状飽和炭化水素化合物を検知するための光学式検知装置に関する。
【0002】
本発明に係る検知素子や検知装置は、大量の環状飽和炭化水素化合物を使用する水素の貯蔵プラントや輸送装置で利用できるばかりでなく、家庭用燃料電池に水素を供給する定置型脱水素装置や、燃料電池自動車用の車載型脱水素装置内の漏洩検知にも利用できる。他にも、船舶、路面電車、ボイラーなど水素を利用する全ての機械における脱水素装置の安全を確保する漏洩検出センサーとしても利用可能である。
【背景技術】
【0003】
上述のような水素社会の実現に向けて、燃料となる水素の貯蔵や輸送を安全に行う手段として、白金触媒を介して可逆的に水素の吸蔵・放出を行う有機ハイドライド(シクロヘキサン、デカリンなどの環状飽和炭化水素化合物)の研究開発が行われている。
【0004】
従来、定常的に可燃性ガスを検出するセンサーは、特許文献1に開示されているように、接触燃焼式または熱伝導式のものがほとんどで、センサーには着火源となる電源回路が必要である。このため、センサー設置箇所においては、引火、爆発の危険を回避するための防爆型構造が必要で、センサーの構造が複雑な重量物となり高価であつた。
【0005】
また、本発明の環状飽和炭化水素化合物の検知素子と類似の構造を持つ、水素ガスの検知素子が特許文献2に開示されている。ここには、セラミックス製の透明基板と、その透明基板上にスパッタリングで形成された三酸化タングステン薄膜と、その薄膜表面に30nmから50nmの厚さに堆積形成された白金などの触媒金属層から成る光学式水素ガス検知素子が示されている。この特許文献2には、分子状の水素ガスが触媒金属によって吸着され、水素原子を解離し、解離された水素原子が下地層の三酸化タングステン薄膜層に拡散させられる。これによって、薄膜層が着色し、光の透過率が変化するため、受光素子によって、光の透過強度を測定することによって、水素ガス濃度を測定できることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−207879
【特許文献2】特開2007−121013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
水素の輸送・貯蔵媒体として期待されている環状飽和炭化水素化合物は揮発性かつ可燃性であるため、漏洩や滞留した揮発成分をいち早く検知して安全性を担保する検知方法の開発が不可欠である。
【0008】
したがって、本発明の目的は、比較的低い素子温度で、揮発した有機ハイドライドを光学的に短時間に検知することができる環状飽和炭化水素化合物の検知素子、及びそれを用いた検知装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の1つの観点にかかる環状飽和炭化水素化合物の検知素子は、石英などのセラミックス製の透明基板と、該透明基板上に柱状結晶構造を有する例えば、三酸化タングステン薄膜と、該薄膜表面に15nm以下の厚さに堆積形成された白金層から成る。
【0010】
本発明の他の観点にかかる環状飽和炭化水素化合物の検知装置は、石英などのセラミックス製の透明基板と、該透明基板上に柱状結晶構造を有する三酸化タングステン薄膜と、該薄膜表面に15nm以下の厚さに堆積形成された白金層から成る環状飽和炭化水素化合物の検知素子と、該検知素子を150℃から200℃の間の温度に加熱するためのヒータであって、該ヒータの内部を前記検知素子を透過した光が通過する中空構造の当該ヒータと、該ヒータと前記検知素子を収容するハウジングであって、ガス流入口とガス流出口を有し、当該ハウジングを構成する互いに対抗する面の一部が光透過部材から構成されている当該ハウジングと、光源と、該光源から与えられる光を受光する受光素子を備えた光計測器を備えて成る環状飽和炭化水素化合物の検知装置であって、該ガス流入口から流入する環状飽和炭化水素化合物含有ガスが前記検知素子の前記白金層に接触しながら、該ガス流出口から排出されるときに、白金によって解離された水素が三酸化タングステンと反応することによって生ずる光透過率の変化を、前記光計測器で計測するように構成されている。
【発明の効果】
【0011】
後で詳述されるように、白金の堆積層の厚さが、従来の半分以下と薄いことから、光の透過強度が増加でき、ノイズレベルに対する信号強度比(S/N)を向上し、この結果、低濃度の環状飽和炭化水素化合物を含むガスが漏洩した後短時間にそのガスを検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係る検知素子の一例を示す図である。
【図2】本発明に係る検知装置の一例を示す図である。
【図3】本発明に係る検知素子の基本原理を示す模式図である。
【図4】本発明に係る検知素子の白金の柱状結晶を示す電子顕微鏡写真である。
【図5】本発明に係る検知装置のガス濃度別の性能試験の結果を示す図である。
【図6】本発明に係る検知装置の動作温度別の性能試験の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、セラミックス製の透明基板上に柱状結晶構造を有する三酸化タングステン薄膜とその薄膜上に堆積させた白金から構成される環状飽和炭化水素化合物の検知素子とそれを用いた検知装置を提供するものである。本発明の検知素子は、より詳細には、可視光から赤外の範囲の光を透過する透明基板に蒸着した三酸化タングステン層の表面に白金層が堆積したものを加熱条件下で用いるように構成されている。
【0014】
本発明の検知素子の構造を図1に示す。この検知素子は、図1に示される断面図のように、紙面に向かって上から下の方向に、白金堆積層1、三酸化タングステン層2、透明基板3の順で配置された構造を持つ。白金堆積層側が環状飽和炭化水素化合物検知面となる。次に、発明者らが実施した本発明の検知素子の製造方法の一例を説明する。
【0015】
高周波スパッタリング法を用いて、厚さ1 mmの石英基板表面上に三酸化タングステン薄膜を作製した。成膜に際しては、金属タングステンをターゲットに使用し、アルゴンガス分圧135 mPa、酸素分圧20 mPa雰囲気中で、金属タングステンターゲットを50 Wの電力にて1時間スパッタリングして、基板温度を400〜600 ℃で石英基板上に三酸化タングステンの成膜を行った。膜厚は、約300 nmであった。その後、この三酸化タングステン薄膜上に高周波スパッタリング法を用いて白金を約15 nm堆積した。白金のスパッタリングは、白金金属をターゲットに使用し、電力50 W、アルゴンガス圧135 mPaの条件の下で40秒間スパッタリングした。
【0016】
本発明の検知素子の測定対象となる環状飽和炭化水素化合物は、シクロブタン、シクロペンタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、或いはデカリンなどに代表される。
【0017】
次に図2を参照して、本発明にかかる環状飽和炭化水素化合物の検知装置について説明する。10は、図1において説明した環状飽和炭化水素化合物の検知素子、21は、該検知素子10を150℃から200℃の間の温度に加熱するためのヒータであって、該ヒータの内部を前記検知素子10を透過した光が通過する中空構造になっている。31は、ヒータ21と前記検知素子10を収容するハウジングである。このハウジング31は、ガス流入口32とガス流出口33を有し、当該ハウジングを構成する互いに対抗する面の一部が光透過部材である石英窓から構成されている。41は赤色光源、42は該光源41から与えられる赤色光を受光する受光素子を備えた光計測器である。これらは通常市販されているものを使用できる。なお、ここでは、試験のため、検出対象ガスとして、シクロヘキサン含有の窒素ガスを用いた。
【0018】
該ガス流入口32から流入する環状飽和炭化水素化合物含有ガスが前記検知素子の前記白金層1(図1参照)に接触しながら、該ガス流出口33から排出されるときに、白金によって環状飽和炭化水素化合物から解離された水素が三酸化タングステンと反応することによって生ずる光透過率の変化を、前記光計測器42で計測する。この水素と三酸化タングステンの反応の様子を図3に模式的に示す。この反応の様子はあくまで推測であって、実験的に確かめた訳ではない。また、本発明の理解を助けるために、三酸化タングステン膜の結晶配向(柱状構造)の様子を示す電子顕微鏡写真を図4として示す。
【0019】
本発明によれば、三酸化タングステンと白金から構成される基板を加熱することで環状飽和炭化水素化合物の検知が可能であることを見出している。加熱方法は、セラミックヒーターにより行うが、赤外線やパルスレーザーなどの光源を熱源とすることもできる。上記三酸化タングステンを主成分とした検知材料は、基板表面に積層させるだけで形成することができるため、簡便に製造することが可能となる。
【0020】
三酸化タングステン薄膜は、主成分が三酸化タングステン(W03)である、その厚さは、透明基板から剥離が生じないlμm以下が望ましい。三酸化タングステン薄膜は、石英などの透明基板に酸素雰囲気下で金属タングステンを蒸着することで、三酸化タングステンを形成する。本発明においては、高周波スパッタリング法により三酸化タングステン膜の蒸着を行ったが、直流スパッタリング法、レーザーアブレーション法、真空蒸着法、ゾルゲル法等を採用してもかまわない。また、三酸化タングステン薄膜の表面上に、高周波スパッタリング法を使用して白金を堆積させるが、直流スパッタリング法、レーザーアブレーション法、真空蒸着法、ゾルゲル法等を採用してもかまわない。
【0021】
以下、試験例を示し、環状飽和炭化水素化合物を含んだ雰囲気に触れることにより光学特性が変化する三酸化タングステンを主成分とする検知素子とそれを用いた検出方法について詳しく説明する。
【0022】
本実施例に係る検知素子の特性試験を幾つか行い、その性能を確かめた。
<試験例1>
【0023】
環状飽和炭化水素化合物を含むガスに対する光学特性の変化は、図2に示す測定装置を用いて200℃で評価した。評価に用いる環状飽和炭化水素化合物はシクロヘキサンを用い、窒素ガスで希釈した濃度4.6%のシクロヘキサンを用いた。雰囲気及び温度を制御可能なセル中の試料に波長645 nmの赤色光を照射し、分光計測器を用いて、以下の手順で測定を行った。
【0024】
(1)試料セルを5分間窒素置換した後、試料を200℃に加熱する。
(2)シクロヘキサンに曝す前の試料の透過光強度I0を測定する。
(3)窒素ガスで希釈した濃度4.6%のシクロヘキサンを50 ml/minの流速で、試料セル内に通じる。
(4)シクロヘキサンガスを通じた後の試料の透過光強度Iを計測する。
(5)I/I0によってシクロヘキサンによる光の透過率の変化を評価した。
【0025】
図5の(a)にシクロヘキサンによる光の透過率の時間変化を示す。シクロヘキサンガスに対する暴露時間の増加と伴に光の透過率が低下し、つまり三酸化タングステン層の着色が起こっていることがわかる。この結果から透過率の変化を観測することで十分に環状飽和炭化水素化合物が検知できることがわかる。
<試験例2>
【0026】
本発明では、シクロヘキサンが空気中での爆発限界下限(1.8%)以下でも検出可能であることが重要である。本実施例に係る検知素子について、200℃、50 ml/minの流速での濃度1.1%のシクロヘキサンガスによる光の透過率の時間変化を<試験例1>のように測定した。その測定結果を図5(b)に示す。シクロヘキサンガスの暴露時間の増加と伴に、光の透過率が低下していることが確認できる。その変化量はシクロヘキサンの濃度が4.6%の場合に比べ減少しているものの観測は可能であつた。この結果から、シクロヘキサンの濃度が1.1%であっても検知が可能であることがわかる。
<試験例3>
【0027】
本発明では、基板の加熱温度が重要である。そこで本実施例に係る検知素子の150℃、50 ml/minの流速での濃度4.6%のシクロヘキサンガスによる光の透過率の時間変化を<試験例1>のように測定した。
【0028】
測定結果を図6の(b)に示す。シクロヘキサンガスの暴露時間の増加と伴に、光の透過率が低下していることが確認できるが、その変化量は基板温度が200℃ (図6(a))に比べ著しく小さいことがわかる。この結果から、検知材料の温度が検出感度に対して重要であることがわかる。
[比較例1]
【0029】
本発明では、三酸化タングステン膜上の白金が重要である。そこで上述の実施例1の比較例として、白金を堆積していない三酸化タングステン薄膜試料を作成した。比較例1の検知素子の構造(図示せず)は、白金堆積層1を形成していない点を除いて、上述の実施例1と同一とした。
【0030】
比較例1についても、実施例1と同一条件で光の透過率の時間変化を評価した。その結果は特に図示しないが、白金を堆積していない三酸化タングステンではシクロヘキサンによる透過率はほとんど変化せず、シクロヘキサンを検知することはできなかった。つまり、三酸化タングステン膜を用いてシクロヘキサンを検知する場合には、三酸化タングステン膜上に白金を堆積させることが重要な項目となる。
【0031】
以上のことから、三酸化タングステン膜を用いて環状飽和炭化水素化合物を検知する場合には、三酸化タングステン膜上に白金を堆積させて使用することであり、基板温度を150℃〜200℃、最も好ましくは200℃に設定することである。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明により、検知部に着火源となる電源回路や防爆構造等を伴わない検知が可能となる。よって、携帯可能な環状飽和炭化水素化合物センサー、光ファイバーを用いた漏洩検知システムなどに利用できる。本発明は、次世代の水素エネルギーの実用化技術に欠くことのできない安全性を確保した光学式の環状飽和炭化水素化合物の検知素子と検知装置を提供できる。
【符号の説明】
【0033】
1…白金堆積層
2…三酸化タングステン層
3…透明基板
【技術分野】
【0001】
本発明は、環状飽和炭化水素化合物を含んだ雰囲気に曝した時に光透過率が変化する、 環状飽和炭化水素化合物の検知素子、及びそれを用いて環状飽和炭化水素化合物を検知するための光学式検知装置に関する。
【0002】
本発明に係る検知素子や検知装置は、大量の環状飽和炭化水素化合物を使用する水素の貯蔵プラントや輸送装置で利用できるばかりでなく、家庭用燃料電池に水素を供給する定置型脱水素装置や、燃料電池自動車用の車載型脱水素装置内の漏洩検知にも利用できる。他にも、船舶、路面電車、ボイラーなど水素を利用する全ての機械における脱水素装置の安全を確保する漏洩検出センサーとしても利用可能である。
【背景技術】
【0003】
上述のような水素社会の実現に向けて、燃料となる水素の貯蔵や輸送を安全に行う手段として、白金触媒を介して可逆的に水素の吸蔵・放出を行う有機ハイドライド(シクロヘキサン、デカリンなどの環状飽和炭化水素化合物)の研究開発が行われている。
【0004】
従来、定常的に可燃性ガスを検出するセンサーは、特許文献1に開示されているように、接触燃焼式または熱伝導式のものがほとんどで、センサーには着火源となる電源回路が必要である。このため、センサー設置箇所においては、引火、爆発の危険を回避するための防爆型構造が必要で、センサーの構造が複雑な重量物となり高価であつた。
【0005】
また、本発明の環状飽和炭化水素化合物の検知素子と類似の構造を持つ、水素ガスの検知素子が特許文献2に開示されている。ここには、セラミックス製の透明基板と、その透明基板上にスパッタリングで形成された三酸化タングステン薄膜と、その薄膜表面に30nmから50nmの厚さに堆積形成された白金などの触媒金属層から成る光学式水素ガス検知素子が示されている。この特許文献2には、分子状の水素ガスが触媒金属によって吸着され、水素原子を解離し、解離された水素原子が下地層の三酸化タングステン薄膜層に拡散させられる。これによって、薄膜層が着色し、光の透過率が変化するため、受光素子によって、光の透過強度を測定することによって、水素ガス濃度を測定できることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−207879
【特許文献2】特開2007−121013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
水素の輸送・貯蔵媒体として期待されている環状飽和炭化水素化合物は揮発性かつ可燃性であるため、漏洩や滞留した揮発成分をいち早く検知して安全性を担保する検知方法の開発が不可欠である。
【0008】
したがって、本発明の目的は、比較的低い素子温度で、揮発した有機ハイドライドを光学的に短時間に検知することができる環状飽和炭化水素化合物の検知素子、及びそれを用いた検知装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の1つの観点にかかる環状飽和炭化水素化合物の検知素子は、石英などのセラミックス製の透明基板と、該透明基板上に柱状結晶構造を有する例えば、三酸化タングステン薄膜と、該薄膜表面に15nm以下の厚さに堆積形成された白金層から成る。
【0010】
本発明の他の観点にかかる環状飽和炭化水素化合物の検知装置は、石英などのセラミックス製の透明基板と、該透明基板上に柱状結晶構造を有する三酸化タングステン薄膜と、該薄膜表面に15nm以下の厚さに堆積形成された白金層から成る環状飽和炭化水素化合物の検知素子と、該検知素子を150℃から200℃の間の温度に加熱するためのヒータであって、該ヒータの内部を前記検知素子を透過した光が通過する中空構造の当該ヒータと、該ヒータと前記検知素子を収容するハウジングであって、ガス流入口とガス流出口を有し、当該ハウジングを構成する互いに対抗する面の一部が光透過部材から構成されている当該ハウジングと、光源と、該光源から与えられる光を受光する受光素子を備えた光計測器を備えて成る環状飽和炭化水素化合物の検知装置であって、該ガス流入口から流入する環状飽和炭化水素化合物含有ガスが前記検知素子の前記白金層に接触しながら、該ガス流出口から排出されるときに、白金によって解離された水素が三酸化タングステンと反応することによって生ずる光透過率の変化を、前記光計測器で計測するように構成されている。
【発明の効果】
【0011】
後で詳述されるように、白金の堆積層の厚さが、従来の半分以下と薄いことから、光の透過強度が増加でき、ノイズレベルに対する信号強度比(S/N)を向上し、この結果、低濃度の環状飽和炭化水素化合物を含むガスが漏洩した後短時間にそのガスを検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係る検知素子の一例を示す図である。
【図2】本発明に係る検知装置の一例を示す図である。
【図3】本発明に係る検知素子の基本原理を示す模式図である。
【図4】本発明に係る検知素子の白金の柱状結晶を示す電子顕微鏡写真である。
【図5】本発明に係る検知装置のガス濃度別の性能試験の結果を示す図である。
【図6】本発明に係る検知装置の動作温度別の性能試験の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、セラミックス製の透明基板上に柱状結晶構造を有する三酸化タングステン薄膜とその薄膜上に堆積させた白金から構成される環状飽和炭化水素化合物の検知素子とそれを用いた検知装置を提供するものである。本発明の検知素子は、より詳細には、可視光から赤外の範囲の光を透過する透明基板に蒸着した三酸化タングステン層の表面に白金層が堆積したものを加熱条件下で用いるように構成されている。
【0014】
本発明の検知素子の構造を図1に示す。この検知素子は、図1に示される断面図のように、紙面に向かって上から下の方向に、白金堆積層1、三酸化タングステン層2、透明基板3の順で配置された構造を持つ。白金堆積層側が環状飽和炭化水素化合物検知面となる。次に、発明者らが実施した本発明の検知素子の製造方法の一例を説明する。
【0015】
高周波スパッタリング法を用いて、厚さ1 mmの石英基板表面上に三酸化タングステン薄膜を作製した。成膜に際しては、金属タングステンをターゲットに使用し、アルゴンガス分圧135 mPa、酸素分圧20 mPa雰囲気中で、金属タングステンターゲットを50 Wの電力にて1時間スパッタリングして、基板温度を400〜600 ℃で石英基板上に三酸化タングステンの成膜を行った。膜厚は、約300 nmであった。その後、この三酸化タングステン薄膜上に高周波スパッタリング法を用いて白金を約15 nm堆積した。白金のスパッタリングは、白金金属をターゲットに使用し、電力50 W、アルゴンガス圧135 mPaの条件の下で40秒間スパッタリングした。
【0016】
本発明の検知素子の測定対象となる環状飽和炭化水素化合物は、シクロブタン、シクロペンタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、或いはデカリンなどに代表される。
【0017】
次に図2を参照して、本発明にかかる環状飽和炭化水素化合物の検知装置について説明する。10は、図1において説明した環状飽和炭化水素化合物の検知素子、21は、該検知素子10を150℃から200℃の間の温度に加熱するためのヒータであって、該ヒータの内部を前記検知素子10を透過した光が通過する中空構造になっている。31は、ヒータ21と前記検知素子10を収容するハウジングである。このハウジング31は、ガス流入口32とガス流出口33を有し、当該ハウジングを構成する互いに対抗する面の一部が光透過部材である石英窓から構成されている。41は赤色光源、42は該光源41から与えられる赤色光を受光する受光素子を備えた光計測器である。これらは通常市販されているものを使用できる。なお、ここでは、試験のため、検出対象ガスとして、シクロヘキサン含有の窒素ガスを用いた。
【0018】
該ガス流入口32から流入する環状飽和炭化水素化合物含有ガスが前記検知素子の前記白金層1(図1参照)に接触しながら、該ガス流出口33から排出されるときに、白金によって環状飽和炭化水素化合物から解離された水素が三酸化タングステンと反応することによって生ずる光透過率の変化を、前記光計測器42で計測する。この水素と三酸化タングステンの反応の様子を図3に模式的に示す。この反応の様子はあくまで推測であって、実験的に確かめた訳ではない。また、本発明の理解を助けるために、三酸化タングステン膜の結晶配向(柱状構造)の様子を示す電子顕微鏡写真を図4として示す。
【0019】
本発明によれば、三酸化タングステンと白金から構成される基板を加熱することで環状飽和炭化水素化合物の検知が可能であることを見出している。加熱方法は、セラミックヒーターにより行うが、赤外線やパルスレーザーなどの光源を熱源とすることもできる。上記三酸化タングステンを主成分とした検知材料は、基板表面に積層させるだけで形成することができるため、簡便に製造することが可能となる。
【0020】
三酸化タングステン薄膜は、主成分が三酸化タングステン(W03)である、その厚さは、透明基板から剥離が生じないlμm以下が望ましい。三酸化タングステン薄膜は、石英などの透明基板に酸素雰囲気下で金属タングステンを蒸着することで、三酸化タングステンを形成する。本発明においては、高周波スパッタリング法により三酸化タングステン膜の蒸着を行ったが、直流スパッタリング法、レーザーアブレーション法、真空蒸着法、ゾルゲル法等を採用してもかまわない。また、三酸化タングステン薄膜の表面上に、高周波スパッタリング法を使用して白金を堆積させるが、直流スパッタリング法、レーザーアブレーション法、真空蒸着法、ゾルゲル法等を採用してもかまわない。
【0021】
以下、試験例を示し、環状飽和炭化水素化合物を含んだ雰囲気に触れることにより光学特性が変化する三酸化タングステンを主成分とする検知素子とそれを用いた検出方法について詳しく説明する。
【0022】
本実施例に係る検知素子の特性試験を幾つか行い、その性能を確かめた。
<試験例1>
【0023】
環状飽和炭化水素化合物を含むガスに対する光学特性の変化は、図2に示す測定装置を用いて200℃で評価した。評価に用いる環状飽和炭化水素化合物はシクロヘキサンを用い、窒素ガスで希釈した濃度4.6%のシクロヘキサンを用いた。雰囲気及び温度を制御可能なセル中の試料に波長645 nmの赤色光を照射し、分光計測器を用いて、以下の手順で測定を行った。
【0024】
(1)試料セルを5分間窒素置換した後、試料を200℃に加熱する。
(2)シクロヘキサンに曝す前の試料の透過光強度I0を測定する。
(3)窒素ガスで希釈した濃度4.6%のシクロヘキサンを50 ml/minの流速で、試料セル内に通じる。
(4)シクロヘキサンガスを通じた後の試料の透過光強度Iを計測する。
(5)I/I0によってシクロヘキサンによる光の透過率の変化を評価した。
【0025】
図5の(a)にシクロヘキサンによる光の透過率の時間変化を示す。シクロヘキサンガスに対する暴露時間の増加と伴に光の透過率が低下し、つまり三酸化タングステン層の着色が起こっていることがわかる。この結果から透過率の変化を観測することで十分に環状飽和炭化水素化合物が検知できることがわかる。
<試験例2>
【0026】
本発明では、シクロヘキサンが空気中での爆発限界下限(1.8%)以下でも検出可能であることが重要である。本実施例に係る検知素子について、200℃、50 ml/minの流速での濃度1.1%のシクロヘキサンガスによる光の透過率の時間変化を<試験例1>のように測定した。その測定結果を図5(b)に示す。シクロヘキサンガスの暴露時間の増加と伴に、光の透過率が低下していることが確認できる。その変化量はシクロヘキサンの濃度が4.6%の場合に比べ減少しているものの観測は可能であつた。この結果から、シクロヘキサンの濃度が1.1%であっても検知が可能であることがわかる。
<試験例3>
【0027】
本発明では、基板の加熱温度が重要である。そこで本実施例に係る検知素子の150℃、50 ml/minの流速での濃度4.6%のシクロヘキサンガスによる光の透過率の時間変化を<試験例1>のように測定した。
【0028】
測定結果を図6の(b)に示す。シクロヘキサンガスの暴露時間の増加と伴に、光の透過率が低下していることが確認できるが、その変化量は基板温度が200℃ (図6(a))に比べ著しく小さいことがわかる。この結果から、検知材料の温度が検出感度に対して重要であることがわかる。
[比較例1]
【0029】
本発明では、三酸化タングステン膜上の白金が重要である。そこで上述の実施例1の比較例として、白金を堆積していない三酸化タングステン薄膜試料を作成した。比較例1の検知素子の構造(図示せず)は、白金堆積層1を形成していない点を除いて、上述の実施例1と同一とした。
【0030】
比較例1についても、実施例1と同一条件で光の透過率の時間変化を評価した。その結果は特に図示しないが、白金を堆積していない三酸化タングステンではシクロヘキサンによる透過率はほとんど変化せず、シクロヘキサンを検知することはできなかった。つまり、三酸化タングステン膜を用いてシクロヘキサンを検知する場合には、三酸化タングステン膜上に白金を堆積させることが重要な項目となる。
【0031】
以上のことから、三酸化タングステン膜を用いて環状飽和炭化水素化合物を検知する場合には、三酸化タングステン膜上に白金を堆積させて使用することであり、基板温度を150℃〜200℃、最も好ましくは200℃に設定することである。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明により、検知部に着火源となる電源回路や防爆構造等を伴わない検知が可能となる。よって、携帯可能な環状飽和炭化水素化合物センサー、光ファイバーを用いた漏洩検知システムなどに利用できる。本発明は、次世代の水素エネルギーの実用化技術に欠くことのできない安全性を確保した光学式の環状飽和炭化水素化合物の検知素子と検知装置を提供できる。
【符号の説明】
【0033】
1…白金堆積層
2…三酸化タングステン層
3…透明基板
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックス製の透明基板と、該透明基板上に柱状結晶構造を有する三酸化タングステン薄膜と、該薄膜表面に15nm以下の厚さに堆積形成された白金層から成る環状飽和炭化水素化合物の検知素子。
【請求項2】
セラミックス製の透明基板と、該透明基板上に柱状結晶構造を有する三酸化タングステン薄膜と、該薄膜表面に15nm以下の厚さに堆積形成された白金層から成る環状飽和炭化水素化合物の検知素子と、
該検知素子を150℃から200℃の間の温度に加熱するためのヒータであって、該ヒータの内部を前記検知素子を透過した光が通過する中空構造の当該ヒータと、
該ヒータと前記検知素子を収容するハウジングであって、ガス流入口とガス流出口を有し、当該ハウジングを構成する互いに対抗する面の一部が光透過部材から構成されている当該ハウジングと、
光源と、該光源から与えられる光を受光する受光素子を備えた光計測器、
を備えて成る環状飽和炭化水素化合物の検知装置であって、
該ガス流入口から流入する環状飽和炭化水素化合物含有ガスが前記検知素子の前記白金層に接触しながら、該ガス流出口から排出されるときに、白金によって環状飽和炭化水素化合物から解離された水素が三酸化タングステンと反応によって生ずる光透過率の変化を、前記光計測器で計測することを特徴とする環状飽和炭化水素化合物の検知装置。
【請求項3】
請求項2に記載の環状飽和炭化水素化合物の検知装置において、前記三酸化タングステン膜の厚さが1μm以下であることを特徴とする環状飽和炭化水素化合物の検知装置。
【請求項4】
石英製の透明基板と、該透明基板上に柱状結晶構造を有する三酸化タングステン薄膜と、該薄膜表面に15nm以下の厚さに堆積形成された白金層から成る環状飽和炭化水素化合物の検知素子。
【請求項5】
請求項4に記載の環状飽和炭化水素化合物の検知素子において、前記三酸化タングステン膜の厚さが1μm以下であることを特徴とする環状飽和炭化水素化合物の検知素子。
【請求項1】
セラミックス製の透明基板と、該透明基板上に柱状結晶構造を有する三酸化タングステン薄膜と、該薄膜表面に15nm以下の厚さに堆積形成された白金層から成る環状飽和炭化水素化合物の検知素子。
【請求項2】
セラミックス製の透明基板と、該透明基板上に柱状結晶構造を有する三酸化タングステン薄膜と、該薄膜表面に15nm以下の厚さに堆積形成された白金層から成る環状飽和炭化水素化合物の検知素子と、
該検知素子を150℃から200℃の間の温度に加熱するためのヒータであって、該ヒータの内部を前記検知素子を透過した光が通過する中空構造の当該ヒータと、
該ヒータと前記検知素子を収容するハウジングであって、ガス流入口とガス流出口を有し、当該ハウジングを構成する互いに対抗する面の一部が光透過部材から構成されている当該ハウジングと、
光源と、該光源から与えられる光を受光する受光素子を備えた光計測器、
を備えて成る環状飽和炭化水素化合物の検知装置であって、
該ガス流入口から流入する環状飽和炭化水素化合物含有ガスが前記検知素子の前記白金層に接触しながら、該ガス流出口から排出されるときに、白金によって環状飽和炭化水素化合物から解離された水素が三酸化タングステンと反応によって生ずる光透過率の変化を、前記光計測器で計測することを特徴とする環状飽和炭化水素化合物の検知装置。
【請求項3】
請求項2に記載の環状飽和炭化水素化合物の検知装置において、前記三酸化タングステン膜の厚さが1μm以下であることを特徴とする環状飽和炭化水素化合物の検知装置。
【請求項4】
石英製の透明基板と、該透明基板上に柱状結晶構造を有する三酸化タングステン薄膜と、該薄膜表面に15nm以下の厚さに堆積形成された白金層から成る環状飽和炭化水素化合物の検知素子。
【請求項5】
請求項4に記載の環状飽和炭化水素化合物の検知素子において、前記三酸化タングステン膜の厚さが1μm以下であることを特徴とする環状飽和炭化水素化合物の検知素子。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【公開番号】特開2012−21938(P2012−21938A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−161642(P2010−161642)
【出願日】平成22年7月16日(2010.7.16)
【出願人】(505374783)独立行政法人日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年7月16日(2010.7.16)
【出願人】(505374783)独立行政法人日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】
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