説明

生体の電気的インピーダンス断層像測定装置

【課題】、実測値に対応する局所的な最適な電気的特性値の絶対値を一意に得る。
【解決手段】生体断面を多数に分割した各メッシュの電気的特性値を複数に変化させて演算可能な3次元以上の数学モデルを作成する数学モデル作成手段34と、定電流印加手段21と、数学モデルを用いて任意のメッシュの電気的特性値を複数(n)変化させ、定電流を印加した場合に、発生する複数(n)の第一の電位差を算出する算出手段35と、入力ペア電極に定電流を印加した場合に、出力ペア電極に発生する第二の電位差を実測する測定手段22と、複数(n)の第一の電位差と第二の電位差を用いて、各画素に対応した複数の電気的特性値を算出する算出手段37と、電気的特性値から各画素における最適な電気的特性値の絶対値を推定し決定する決定手段38と、最適な電気的特性値に基づき断層画像を表示する断層画像表示制御手段39とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、生体断面における組織に関する電気的特性値を非侵襲で測定し表示する、生体の電気的インピーダンス断層像測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、EIT(Electrical Impedance Tomography)と称される電気インピーダンスCTが知られている。この装置は、生体表面に、例えば心電図用電極を水平かつ等間隔に8枚貼着し、微弱な定電流を加えることにより、体表面に生じる電位分布から生体内部の電気インピーダンスを求めて断層画像を得るものである。
【0003】
このEITは、電極を貼るだけであるから非侵襲で拘束性が少なく、装置が小型であり、可搬性があり、測定に特別な技術を要することがなく、リアルタイムの画像を得ることができ、長時間の測定が可能である等の利点を有する。しかしながら、従来のEITにあっては、電気インピーダンスの相対的な変化量のみが得られるものであり、電気インピーダンスの絶対値を得るものではなかった。肺を例に取ると、従来のEITでは、肺内ガス量が変化していることや他の装置との組合せて校正することにより換気量を知ることはできたが、図20に示す肺気量分画において、病態を反映する残気量(RV)や機能的残気量(FRC)を直接的に測定することが困難であるため、換気量が正常であることは分かっても、疾患を抱えた状態の呼吸であるかどうかまでは判断することができなかった。
【0004】
上記に対し、近年においては、電気インピーダンスの絶対値を得るEITが開発されるに到っている。例えば、関心領域におけるインピーダンス分布を、予測された境界電圧と実測された境界電圧の最小2乗誤差を生成して反復的な処理により収束させて電気インピーダンスの絶対値を得るものが知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2003−534867号公報
【0006】
しかしながら、上記の手法によって得られた電気インピーダンスの絶対値は、幾つかの正解の一つに過ぎず、他の装置を用いたキャリブレーションを要する、などの問題点があった。
【0007】
また、所定の臓器全体の平均値として絶対的電気インピーダンスを推定後、これを基準値として局所的な相対的インピーダンスと合算して、局所的な絶対的インピーダンスを計算する方法も知られているが、臓器の局所的な基準値は臓器全体で平均にしたものとの乖離が大きいため、得られる局所的な絶対的インピーダンスの精度に問題があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記のような生体の電気的インピーダンス断層像測定装置の現状に鑑みてなされたもので、その目的は、実測値が求まると、これに対応する電気的特性値の絶対値を一意に得ることができる生体の電気的インピーダンス断層像測定装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る電気的インピーダンス断層像測定装置は、生体の臓器や組織の位置およびその電気的特性に基づき、前記生体断面を多数のメッシュに分割し、各メッシュの電気的特性値を複数(n)に変化させて演算可能な3次元以上の数学モデルを作成する数学モデル作成手段と、定電流を印加するための入力ペア電極と電位差を検出するための出力ペア電極とを含む生体の表面の所定の位置を囲繞するように貼着された複数の電極と、前記入力ペア電極に定電流を印加する定電流印加手段と前記数学モデルを用いて任意のメッシュの電気的特性値を複数(n)変化させ、前記入力ペア電極に定電流を印加した場合に、前記出力ペア電極にそれぞれ発生する複数(n)の第一の電位差(Dmodel)を算出する第一の算出手段と、前記入力ペア電極に定電流を印加した場合に、前記出力ペア電極に発生する第二の電位差(Dmean)を測定する測定手段と、前記複数(n)の第一の電位差と前記第二の電位差を用いて、各画素に対応した複数(n)の電気的特性値を算出する第二の算出手段と、前記複数(n)の電気的特性値から各画素における最適な電気的特性値を推定し決定する決定手段と、各画素における最適な電気的特性値に基づき断層画像を表示する断層画像表示制御手段と、を備えることを特徴とする。
【0010】
本発明に係る電気的インピーダンス断層像測定装置では、前記電気的特性値とは、抵抗率、導電率、誘電率、透磁率、のいずれか一つである
ことを特徴とする。
【0011】
本発明に係る電気的インピーダンス断層像測定装置では、前記決定手段は、前記第二の算出手段により算出される各画素に対応した複数(n)の電気的特性値の二乗又は絶対値が最小であるものを最適な電気的特性値と決定することを特徴とする。
【0012】
本発明に係る電気的インピーダンス断層像測定装置は、更に得られた最適な電気的特性値を基に病態を推定する病態推定手段を備えることを特徴とする。
【0013】
本発明に係る電気的インピーダンス断層像測定装置では、前記第一の算出手段は、予め定められた生体内の組織の電気的特性値を用いて、第一の電位差を推定することを特徴とする。
【0014】
本発明に係る電気的インピーダンス断層像測定装置では、前記入力ペア電極と前記出力ペア電極とは異なる電極の組み合わせであり、組み合わせを順次変更を繰り返し、連続的に前記複数(n)の第一の電位差(Dmodel)と、前記第二の電位差(Dmean)が生成されることを特徴とする。
【0015】
本発明に係る電気的インピーダンス断層像測定装置は、更に所定の領域を選択する領域選択手段を備え、前記数学モデル作成手段は選択された領域内に含まれる各画素に対応する各メッシュの電気的特性値を複数(n)以上に変化させ、前記断層画像表示制御手段は、選択された領域について断層画像を表示することを特徴とする。
【0016】
本発明に係る電気的インピーダンス断層像測定装置は、更に前記測定手段により測定した結果を補正する補正手段を備え、前記補正手段は、Cole−Cole方程式を用いて、生体に実際に印加する定電流よりも高い周波数を印加した場合に得られる電気的特性値に補正することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る電気的インピーダンス断層像測定装置によれば、測定手段により測定された複数の出力ペア電極からの電位差に基づき、各画素に対応した最適な電気的特性値の絶対値をリアルタイムで得ることができる。
【0018】
本発明に係る電気的インピーダンス断層像測定装置によれば、所定の領域を選択する領域選択手段を備え、選択された所定の領域に対応する前記数学モデルの各メッシュの電気的特性値を複数(n)以上に変化させ、最終的に、複数(n)以上の電気的特性値から各画素における最適な電気的特性値を推定し決定することにより、所定の領域における電気的特性値をより正確に推定することが可能となる。
【0019】
本発明に係る電気的インピーダンス断層像測定装置によれば、各画素における最適な電気的特性値に基づく断層画像を表示することにより、生体内部の状態をリアルタイムで直感的に把握することが可能となる。肺を例に取れば、電気インピーダンスの絶対値に一対一で対応する肺内の局所的なガス量をリアルタイムかつ連続的に推定することが可能となり、EITを含む従来の機器では困難であった残気量(RV)や機能的残気量(FRC)を直接的に測定することが可能となり、病態を推定することも可能となる。
【0020】
本発明に係る電気的インピーダンス断層像測定装置によれば、従来、検査室に移動して専用の機器を用いないと知ることのできなかった生体内の状態をベッドサイドで連続的にモニタリングすることが可能となるため、例えば集中治療室における患者の換気機能について、病態を非侵襲で迅速に推定し、人工呼吸器によるRecruitment等の処置を安全かつ適切に実施することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明に係る電気的インピーダンス断層像測定装置の構成を示すブロック図。
【図2】本発明における電極配置とスライスの関係を示す斜視図。
【図3】本発明において、X線CT画像に基づき胸部数学モデルを作成する過程の組織分けした断面画像を示す図。
【図4】本発明において、X線CT画像に基づき胸部数学モデルを作成する過程の電極配置のための断面画像を示す図。
【図5】本発明において、X線CT画像に基づき作成された胸部数学モデルを示す断面図。
【図6】本発明において、健常者モデルのシミュレーションにより得られた電位差の結果を示す図。
【図7】本発明において、健常者モデルのシミュレーションにより得られた電位差の結果を用いて作成した回帰曲線の一例を示す図。
【図8】本発明において、健常者モデルのシミュレーションにより得られた別の電位差の結果を用いて作成した回帰曲線の一例を示す図。
【図9】本発明において、健常者モデルのシミュレーションにより得られた電流密度分布の結果を示す図。
【図10】本発明において、肺疾患者モデルのシミュレーションにより得られた電位差の結果を示す図。
【図11】本発明において、肺疾患者モデルのシミュレーションにより得られた電流密度分布の結果を示す図。
【図12】従来例のEIT画像と本発明のEIT画像との対比を示す図。
【図13】肺野を4つに分割してROIとしたときの断面図。
【図14】本発明により健常者の4分割した肺野について最適な電気的特性値としての抵抗率を求める曲線(健常者)を示す図。
【図15】本発明により肺疾患者の4分割した肺野について最適な電気的特性値としての抵抗率を求める曲線(肺疾患者)を示す図。
【図16】本発明により4分割した肺野について、4人の被験者から得られた抵抗率を棒グラフとした図。
【図17】本発明により、健常者、肺炎、無気肺、胸水の被験者について抵抗率を求め、この抵抗率から求めた肺密度を示す図。
【図18】本発明に係る電気的インピーダンス断層像測定装置の動作を示すフローチャート。
【図19】本発明により肺野の1画素毎に最適な電気的特性値としての抵抗率を求める曲線を示す図。
【図20】肺気量分画を模式的に示す図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下添付図面を参照して、本発明に係る生体の電気的インピーダンス断層像測定装置の実施例を説明する。各図において、同一の構成要素には同一の符号を付して重複する説明を省略する。図1には、本発明に係る生体の電気的インピーダンス断層像測定装置の実施形態を示す構成図が示されている。この装置は、電位差検出手段を構成する電極部10と電極制御部20を備え、電極制御部20がコンピュータシステム30に接続されている。
【0023】
コンピュータシステム30は、CPUや主記憶部及び外部記憶部などを含む本体部31と、本体部31に接続されたLEDなどにより構成される表示部32とキーボードやマウスなどにより構成される入力部33とを備えている。本体部31には、FEM(有限要素法)などの3次元以上の数学モデルを作成する数学モデル作成手段34としてのソフトウエアが備えられている。
【0024】
3次元胸部数学モデルを例とすると、健常男性1名のX線CT画像を参考にして、CT画像を図3に示すように組織ごとに領域分けして、領域に組織番号を付して数学モデル作成手段34に保持させる。各組織と番号及び抵抗率の対応関係を示す表1の内容を有するデータベースを備え、対応付けを行うことが可能としておく。上記の領域分け処理は、例えば1.3mmスライス幅のCT画像234枚(鎖骨から腎上部)に対して行う。
【0025】
【表1】

【0026】
次に、3次元胸部数学モデルに対し、図1の電極部10における電極11−1〜11−8を含む各電極(例えば、縦6.5mm、横5mm)を設定する。具体的には、図4に示すようにスライス画像に中心から等角度の8本線lを引き、生体表面に横5mmの電極をプロットし、例えば1.3mmスライス幅のCT画像を所定枚数重ねることにより電極の縦の寸法に対応させる。
【0027】
一例として、要素数2,660960、節点数527,571を有する3次元胸部数学モデルの平面図を図5に示す。図5は、紙面に垂直な奥側が頭部であり、脊髄51の位置から明らかな通り、図5の上方が腹部側であり、下方が背中側である。主な臓器として、心臓52、右肺53、左肺54が示されている。なお、図5では、1スライス面に16個の電極が設定されているが、これは、正中切開患者のように電極位置を変えてEITデータを得る必要がある場合に備えたものである。
【0028】
次に、上記の構築された3次元胸部数学モデルについて第一の算出手段35を用いて電極11−1〜11−8のいずれかの入力ペア電極(例えば、11−1&11−2)に細胞壁を直進する高い周波数(例えば数MHz以上)の定電流を印加したときの、入力ペア電極とは異なる組み合わせの出力ペア電極(電極11−1〜11−8の組み合わせ)から出力される電位差を、肺野の抵抗率を変えてシミュレーションする。
【0029】
次に、入力ペア電極を別のペア(例えば、11−2&11−3)に変えて同様に電位差をシミュレーションする。以下同様に、電極11−1〜11−8のいずれかのペア全てについて、順次に入力ペア電極として、同様に電位差をシミュレーションする。他のスライスに電極11−1〜11−8以外の電極が配置されている場合についても同様にして電位差のシミュレーションを行う。
【0030】
肺野の抵抗率変化の一例として、肺抵抗率は個人差があるものの、通常、健常者の肺は5Ωm以上であり、肺炎の肺では3Ωm以下であることが多いことから、肺の抵抗率を5〜16.7Ωmの間において8段階(5、5.55、6.25、7.14、8.33、10、12.5、16.7Ωm)に変化させ、電極D1〜D8の入力ペア電極に1mAの定電流を印加したシミュレーションについて説明する。なお、実際のシミュレーションでは導電率を用いるため、上記抵抗率と導電率の換算表を表2に示す。
【0031】
【表2】

【0032】
図5の電極D1〜D8において、縦方向に入力ペア電極をとり、横方向に出力ペア電極をとり、肺の抵抗率を16.7Ωmとして出力ペア電極から得られた電位差を表にして示すと図6の通りになる。入力出力が同じペアによる検出は不正確となるので、0とする。また、出力ペア電極に入力ペア電極の一つを含む場合の電位差も不正確と思われる。
【0033】
以上の不適切と思われる場合を除いた電位差データは40通りとなるため、それぞれについて設定した8つの抵抗率(導電率)に対する8つの電位差から回帰曲線を算出し、実質、多段階に抵抗率を変化させた場合の電位差をシミュレートすることが可能である。
【0034】
一例として、電極D1,D2を入力ペア電極とし、電極D3,D4の出力ペア電極から得られる電位差によって作成される回帰曲線を図7に示す。また、電極D2,D3を入力ペア電極とし、電極D4,D5の出力ペア電極から得られる電位差によって作成される回帰曲線を図8に示す。それぞれの図に寄与率R2を示してあるが、いずれも0.99以上となり、高い相関が得られた。
【0035】
上述の回帰曲線を算出する代わりに抵抗率を細かく多段階に変化させて、図6のようなマトリクスを抵抗率毎(上記の例では8段階)に算出し、第一の算出手段35により対象組織に対して設定された抵抗率と出力ペア電極から検出される電位差との対応関係のデータベース36(図1)として構成してもよい。
【0036】
図9に、上記のシミュレーションにおいて得られた電流分布の例を示す。輝度の高い部分が電流密度の高い部分であり、電流が多く流れていることを示す。この図9において、左上部分において電流密度が高いのは電極D1,D2を入力ペア電極としているためである。また、肺は抵抗が高いために電流が多くは流れず、抵抗の低い心臓や肺の周囲に存在する血管や脂肪などに多くの電流が集中することが分かる。
【0037】
次に、測定手段22(図1)について説明する。電極部10には、例えば8個の電極11−1〜11−8が備えられ、生体の表面を囲繞するように貼着される。ここに、生体の表面は、目的に応じて、頭部、胴体、四肢等の所要部における表面とすることができるが、ここでは胸部を対象とし、呼吸による肺の状態変化の測定を例示する。電極11−1〜11−8は、生体に等間隔に生体に貼着される。電極11−1〜11−8は、図2に示されるように複数スライスに配置しても良い。
【0038】
電極11−1〜11−8を含む各電極は、リード線を介して電極制御部20に接続されている。電極制御部はリード線を介さず各電極上に直接配置してもよい。電極制御部20は、定電流印加手段21と測定手段22とを含み、印加される定電流は細胞壁を直進する高い周波数(例えば数MHz以上)が望ましいが、数10kHz〜200、300kHz程度であってもよい。定電流印加手段21と測定手段22とは、同じクロックを与えられて同期して動作する。
【0039】
定電流印加手段21は、図1の例に示した電極11−1〜11−8を含むスライス面を例にすると、電極11−1〜11−8のいずれかの入力ペア電極(例えば、11−1&11−2)に電流を印加する。
【0040】
測定手段22は、このとき各電極11−1〜11−8の隣り合ういずれかの出力ペア電極(電極11−1〜11−8の組み合わせ)から出力される電位差を順次取り込み、ディジタル化してコンピュータシステム30へ送る。このとき出力ペア電極は8通りあるが、入力ペア電極の片方あるいは両方が含まれる出力ペア電極(11−1&11−2、11−1&11−8、11−2&11−3)による検出は不正確となるので、採用しない。
【0041】
次に、入力ペア電極を異なるペア(例えば、11−2&11−3)に変えて同様に電位差を求める。以下同様に、電極11−1〜11−8の任意のうち、あらかじめ設定されたペアを入力ペア電極とし、前述の手順で出力ペア電極の電位差を測定する。このようにして得られた実測の電位差マトリックスをDmeanとする。電極11−1〜11−8以外の電極により測定されるスライスについても同様に電位差測定を行う。
【0042】
ここで、定電流印加手段21に印加する定電流の周波数は、1MHzを超えるような高周波の定電流を直接印加するかわりに、複数の低い周波数の定電流を印加し、補正手段43により高周波の定電流を印加したときに観測される電位差に補正することも可能である。補正手段43は、複数の低い周波数の定電流をスィープさせ、測定された電位差を平面上にプロットし、得られる曲線からCole−Cole方程式に基づき、高い周波数での周波数での電位差を推定する、ものである。
【0043】
第二の算出手段37は、測定した電位差からDmeanと、データベース36に記憶されているシミュレート結果である複数(n)の抵抗率に対する電位差マトリックスDmodel(n)と、感度理論の基づく感度マトリックス(sensitivity matrix)あるいはヤコビアン(Jacobian matrix)として知られる重み付けの補正係数を用い、各画素に対する抵抗率等の電気的特性値を複数(n)算出する。ここで、感度マトリックス等の補正係数は公知の手法により算出し、データベース36として記憶しておくことができる。また、nは、設定した肺抵抗率の数であり、本例では表3などに示すように8種としたが、0.2Ωm刻みで300種、などを事前に計算しておき、データベース36としてもよい。
【0044】
近年EITで広く採用されている感度マトリクスを用いた場合、Dmeanの各要素とDmodelの各要素で除算により比較し、さらに各要素の重み付けをするために感度マトリクスを乗算して補正した値EIT(n)を画素毎に算出することができる。
【0045】
各画素について、DmeanとDmodel(n)に差がない状態のn、すなわち変化率がゼロとなるnのときが最終的に求めたい抵抗率であるので、理想的には感度マトリクスを乗算して補正したEIT(n)がゼロとなるnのときが最終的に求めたい抵抗率である。決定手段38は反復計算によりEIT(n)がゼロに収束するときを最終的に求めたい抵抗率に決定することもできるし、nを離散的に設定し、EIT(n)の絶対値、あるいは[EIT(n)]2が最小となるnのときを最終的に求めたい抵抗率に決定することもできる。他のスライスがある場合は他のスライスについても同様の処理を行う。ここまで説明した第二の算出手段37と決定手段38により、最適な電気的特性値としての抵抗率を求めるために実行された処理を最適電気的特性値の決定処理と呼ぶこととする。
【0046】
最適電気的特性値は、各画素について決定する代わりに、図13に示すように、肺野を右前、右後、左前、左後の4つのROI(Region Of Interest)として、ROI毎に含有する画素のEIT(n)を平均A(n)し、前述の最適電気的特性値の決定処理と同様の方法で決定することも可能である。
【0047】
図14には健常者について、肺野を右前、右後、左前、左後の4つのROIとした場合の、各ROIにおけるEIT(n)の平均値の2乗(A(n))2の変化を示す。横軸はn通りに変化させた抵抗値であり、それぞれのROIにおいてほぼ同様な抵抗率が得られている。これに対し、図15は肺疾患患者のEIT画像に関する、同様の4つのROIにおける(A(n))2の変化を示したものであり、病態を抱える患者では各ROIの抵抗率が大きく異なることが分かる。
【0048】
断層画像表示制御手段39は、このようにして推定された各画素の最適電気的特性値を、あらかじめ設定された電気的特性値に応じた色を用いて、リアルタイムで表示する。ここで、最適電気的特性値は絶対的な値であるため、例えば、肺野の各画素の最適電気的特性値は、対応する肺野の局所的なガス量に一対一で対応する。すなわち、断層画像表示制御手段によって表示される同一部位の断層画像は、肺野の局所的なガス量等の状態を、同じ基準で客観的に判断することが可能である。
【0049】
図12に、従来の相対的インピーダンス変化を画像化したEIT画像(図12(a))と、本発明の実施形態により絶対インピーダンスを画像化したEIT画像(図12(b)、図12c))とを示す。この図の比較からは、画素そのものに物理的な値が対応付けられているため、客観性があり疾患の判断に有効な画像が適用されている。また、図12(b)は健常者の画像であり、図12(c)は重度ARDSである患者の画像である。健常者の画像においては、肺野が正常な抵抗率を示す色や輝度により表示されているが、図12(c)においては、一部に肺の過膨張を示す色や輝度の部分があり、その他の領域では抵抗率が低く肺胞の虚脱を示す画像となっている。すなわち、本発明に係る生体の電気的インピーダンス断層像測定装置がリアルタイムで提供する、肺野の局所的なガス量を知ることのできる断層画像により、人工呼吸器を用いたOpen Lung Strategy を安全かつ確実に行うことが可能となり、さらには人工呼吸器装着期間を短縮化したりVALI(Ventilation Associate Lung Injury)などのリスクを低減させることも可能となる。
【0050】
領域選択手段42は、断層画像表示制御手段39によって生成された断層画像から、所定の領域を選択する領域選択手段を備える。すなわち、肺を対象組織とした場合、肺全体、右肺、左肺、右前、右後、左前、左後、画素単位等、適宜所望の領域を選択し、選択領域に対応する数学モデル作成手段34のメッシュの電気的特性値をnよりも多く変化させ、最終的に、複数(n)以上の電気的特性値から各画素における最適な電気的特性値を推定し決定することにより、所定の領域における電気的特性値をより正確に推定することが可能となる。
【0051】
一例として、左肺を健常肺とし、右肺が肺疾患を持つ肺として3次元胸部数学モデルを示す。健常肺は先の例と同じく抵抗率を5〜16.7Ωmの間において8段階で変化させ、これに対し、肺炎の右肺の抵抗率を1〜3.33Ωmの間で8段階において変化させて、合計64のモデルを構築してシミュレーションを実行した。
【0052】
右肺の抵抗率は、1、1.11、1.25、1.42、1.55、2、2.5、3.33Ωmであるが、実際には導電率を与えてシミュレーションを実行したので、上記抵抗率と導電率の換算表を表3に示す。電極D1〜D8の入力ペア電極に与えた電流は全て1mAである。
【0053】
【表3】

【0054】
図5の電極D1〜D8において、縦方向に入力ペア電極をとり、横方向に出力ペア電極をとり、左肺の抵抗率を16.7Ωm、右肺の抵抗率を1Ωmとして出力ペア電極から得られた電位差を表にして示すと図10の通りになる。入力出力が同じペアによる検出は不正確となるので、0とした。また、出力ペア電極に入力ペア電極の一つを含む場合の電位差も不正確と思われる。図10のようなマトリクスを抵抗率毎にシミュレートすることができ、この結果をデータベース36とすることができる。
【0055】
図11に、上記のシミュレーションで得られた電流分布を示す。この図11によると、図9の健常者例では右肺を避けるようにその周囲や脂肪に流れていた電流が右肺に流れている様子が分かる。
【0056】
以上の実施形態においては、右肺のみが疾患を有する肺であるとして抵抗率の設定を行ったが、左右の少なくとも一方或いは、肺の特定部位について抵抗率を変更することにより肺疾患の模擬モデルを作成してEITデータから肺疾患部位と状態をより正確に推定するといったことも可能である。また、組織としては、肺に限定されないため、必要な組織における所望の領域について同様の手順で局所的な最適電気的特性値を推定することが可能である。
【0057】
病態推定手段41は、得られた最適な電気的特性値を基に病態を推定する。図16には、一例として、肺野を右前、右後、左前、左後の4つのROIに分割した、4人の被験者から得られた抵抗率を棒グラフとして出力したものが示されている。左から健常者、ARDS患者、上肺野に疾患を有する患者、下肺野に疾患を有する患者の抵抗率を示す。
【0058】
さらに、本実施形態に係る電気的インピーダンス断層像測定装置においては、前述の通り上記抵抗率を臨床評価指標として提案されている肺密度に変換する手段を備えている。即ち、B.Brownらによる抵抗率を用いて肺密度の算出式により肺密度を得る(Indirect measurement of lung density and air volume from Electrical Impedance Tomography (EIT) data;World Congress on Medical Physics and Biomedical Engineering 2006)。図17に、健常者、肺炎、無気肺、胸水の被験者について抵抗率から肺密度を求めた値を示す。「*」により示すものの間には、有意差がみられる。また、図中のnは、人数である。図17に示した肺疾患の他に、肺の過膨張(気腫状態を含む)については、健常者と比べて有意に低い肺密度であることが分かっている。
【0059】
以上の説明をまとめると、本実施形態に係る電気的インピーダンス断層像測定装置は、図18のフローチャートに示すように動作する。即ち、図3を用いて説明した如く、生体の数学モデルを作成し(S11)、その数学モデルに対し電極を設置し(S12)、対象臓器内において領域の選択がされているかを検出し(S19B)、当初は選択されないので、NOへ分岐して、対象臓器の電気的特性値をn通りに設定する(S13)。
【0060】
次に、n通りの電気的特性値に対し、入力ペア電極を決めて出力ペア電極から電位差を検出し、入力ペア電極を順次シフトして全ての隣り合う電極ペアを入力ペア電極としたシミュレーションを実行する(S14)。シミュレーションの結果を用いて電極間電位差と電気的特性値変化の関係を示す図6、図10のような電位差マトリクスDmodel(n)を求める(S15)。これは前述の通り、データベース36に記憶されてもよい。
【0061】
ステップS15に続いて、電極部10と電極制御部20を用いて電位差を実測し、電位差マトリクスDmeanを得る(S16)。ここで、実測時に印加された定電流の周波数が低い場合、Cole−Cole方程式により、実際に用いた定電流よりも高い周波数で印加した場合に得られる電気的特性値に補正する(S16A)。このようにして得られたシミュレート結果の電位差マトリクスDmodel(n)と実測の電位差マトリクスDmeanを比較し、感度マトリクスS(n)などで知られる重み付け係数を乗算して補正することにより各画素のEIT(n)を算出する(S17)。
【0062】
更に、各画素について、EIT(n)の絶対値、あるいは[EIT(n)]2(図19では、A2(n))が最小となるnのとき、すなわち、DmeanとDmodel(n)に差がない状態のnでの電気的特性値を求め、絶対的な最適電気的特性値を決定し、あらかじめ設定された電気的特性値に応じた色を用いて、リアルタイムで断層像(S19)として表示する。なお、生成された断層画像から、所定の領域を選択することにより、各画素における最適な電気的特性値をより正確に推定することが可能となる。
【0063】
ステップS19に続いて、オペレータが生成された断層画像の対象臓器内において領域を選択したかを検出し(S19A)選択したことを検出するとステップS19Bへ戻る。今度は、S19BにおいてYESへ分岐することになり、選択領域を詳細に測定するため、対象臓器の電気的特性値を複数(n)、選択領域の電気的特性値を複数(n)以上、にそれぞれ設定し(S13B)、ステップS14へ進んでそれ以降の処理を行う。ステップS19AにおいてNOへ分岐した場合には、指示入力に応じて電気的特性値を密度(ここでは肺密度)に変えて出力し及びまたは電気的特性値を基に病態を推定する(S20(病態推定手段))
【0064】
本発明に係る電気的インピーダンス断層像測定装置によれば、各画素における最適な電気的特性値に基づく断層画像を表示することにより、生体内部の状態をリアルタイムで直感的に把握することが可能となる。肺を例に取れば、電気インピーダンスの絶対値に一対一で対応する肺内の局所的なガス量をリアルタイムかつ連続的に推定することが可能となり、EITを含む従来の機器では困難であった残気量(RV)や機能的残気量(FRC)を直接的に測定することが可能となり、病態を推定することも可能となる。
【符号の説明】
【0065】
10 電極部
11−1〜11−8 電極
20 電極制御部
21 定電流印加手段
22 測定手段
30 コンピュータシステム
31 本体部
32 表示部
33 入力部
34 モデル作成手段
35 推定手段
36 データベース
37 算出手段
38 決定手段
39 断層画像表示制御手段
41 病態推定手段
42 表示領域選択手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体の臓器や組織の位置およびその電気的特性に基づき、前記生体断面を多数のメッシュに分割し、各メッシュの電気的特性値を複数(n)に変化させて演算可能な3次元以上の数学モデルを作成する数学モデル作成手段と
定電流を印加するための入力ペア電極と
電位差を検出するための出力ペア電極と
を含む生体の表面の所定の位置を囲繞するように貼着された複数の電極と、
前記入力ペア電極に定電流を印加する定電流印加手段と
前記数学モデルを用いて任意のメッシュの電気的特性値を複数(n)に変化させ、前記入力ペア電極に定電流を印加した場合に、前記出力ペア電極にそれぞれ発生する複数(n)の第一の電位差(Dmodel)を算出する第一の算出手段と、
前記入力ペア電極に定電流を印加した場合に、前記出力ペア電極に発生する第二の電位差(Dmean)を測定する測定手段と、
前記複数(n)の第一の電位差と前記第二の電位差を用いて、各画素に対応した複数(n)の電気的特性値を算出する第二の算出手段と、
前記複数(n)の電気的特性値から各画素における最適な電気的特性値を推定し決定する決定手段と、
各画素における最適な電気的特性値に基づき断層画像を表示する断層画像表示制御手段と
を備えることを特徴とする電気的インピーダンス断層像測定装置。
【請求項2】
前記電気的特性値とは、抵抗率、導電率、誘電率、透磁率、のいずれか一つである
ことを特徴とする請求項1に記載の電気的インピーダンス断層像測定装置。
【請求項3】
前記決定手段は、前記第二の算出手段により算出される各画素に対応した複数(n)の電気的特性値の二乗、又は絶対値が最小であるものを最適な電気的特性値と決定する
ことを特徴とする請求項1又は2のいずれかに記載の電気的インピーダンス断層像測定装置。
【請求項4】
前記電気的インピーダンス断層像測定装置は、更に
得られた最適な電気的特性値を基に病態を推定する病態推定手段を備える
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の電気的インピーダンス断層像測定装置。
【請求項5】
前記第一の算出手段は、
予め定められた生体内の組織の電気的特性値を用いて、第一の電位差を算出する
ことを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の電気的インピーダンス断層像測定装置。
【請求項6】
前記入力ペア電極と前記出力ペア電極とは異なる電極の組み合わせであり、
組み合わせを順次変更を繰り返し、連続的に前記複数(n)の第一の電位差(Dmodel)と、前記第二の電位差(Dmean)が生成される
ことを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の電気的インピーダンス断層像測定装置。
【請求項7】
前記電気的インピーダンス断層像測定装置は、更に
所定の領域を選択する領域選択手段を備え、
前記数学モデル作成手段は選択された領域内に含まれる各画素に対応するメッシュの電気的特性値を複数(n)以上に変化させ、
前記断層画像表示制御手段は、選択された領域についてより精度の高い断層画像を表示する
ことを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の電気的インピーダンス断層像測定装置。
【請求項8】
前記電気的インピーダンス断層像測定装置は、更に
前記測定手段により測定した結果を補正する補正手段を備え、
前記補正手段は、Cole−Cole方程式を用いて、生体に実際に印加する定電流よりも高い周波数を印加した場合に得られる電気的特性値に補正する
ことを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載の電気的インピーダンス断層像測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図3】
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【図4】
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【図9】
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【図11】
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【図12】
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