説明

生体サンプル中の酸素及び水素の同位体による腎疾患又は腫瘍の診断

【課題】腎疾患又は腫瘍性疾患の可能性を判定する方法を提供する。
【解決手段】腎疾患又は腫瘍性疾患の疑いがある被験体の生体サンプルにおけるδO−18(δ18O)及び/又はδH−2(δH)の値を測定することと、測定されたδO−18及び/又はδH−2の値と、腎疾患又は腫瘍性疾患を有しない被験体から得られたδO−18及び/又はδH−2の参照値とを比較することと、上記腎疾患又は腫瘍性疾患の疑いがある被験体の生体サンプルにおけるδO−18及び/又はδH−2の値が、腎疾患又は腫瘍性疾患を有しない被験体から得られたδO−18及び/又はδH−2の参照値よりも低い場合に、腎疾患又は腫瘍性疾患の可能性があると判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は腎疾患又は腫瘍性疾患の診断に関する。具体的には、本発明は、腎疾患又は腫瘍性疾患の診断の基礎として、生体サンプルにおけるδH−2(δ2H)及び/又はδO−18(δ18O)の値を用いる。
【背景技術】
【0002】
腎臓は、水と電解質との適切な均衡を維持し、酸塩基濃度を調節し、尿として排出される代謝老廃物を血液から濾過する働きをする、脊椎動物の腹腔の背部にある一対の器官又はそのいずれか1つである。このため、腎臓障害の結果として、生体全体において全体的な不均衡が生じ得る。膀胱、腸、心臓、肺及び前立腺等の多くの器官は、体の不要な残屑を濾過して取り除き、全体的な恒常性を維持する腎臓の能力に依拠している。
【0003】
腎臓は本質的に血液を浄化する器官である。心臓から出る腎動脈は、血液を腎臓に運び、ネフロンを含有する何百万もの糸球体のネットワークによって浄化する。ネフロンは、毒素、過剰な栄養物及び体液を濾過して取り除く。浄化及び濾過された残りの血液は、続いて腎静脈を通って血液循環中に戻る。濾過して取り除かれた物質は、尿中に排出される塩、水及び老廃物のレベルを調整する尿細管を流下する。腎盂は尿を集める。尿は腎盂から尿管を流下して膀胱に入る。尿は膀胱から尿道を通って体外に放出される。
【0004】
腎臓疾患の種類としては、高血圧、糸球体腎炎及び嚢胞が挙げられる。糖尿病はグルコースを調節する体の能力に影響を及ぼす。血液中の過剰のグルコースは、腎臓内のネフロンに損傷を与え、毒素を濾過する血管の能力を低下させる可能性がある。高血圧もネフロンに損傷を与える可能性がある。糸球体腎炎は概して、腎臓感染とは無関係の他の疾患群に関連する。
【0005】
両方の腎臓が疾患のために機能を停止した場合、患者は末期腎疾患(ESRD)又は完全腎不全を呈する。腎不全とは、体がもはや或る特定の毒素を取り除くことができず、血圧及び必須栄養素を適切に調節することができないことを意味する。腎不全を呈する患者を治療しなければ、血液中の毒素及び体液の蓄積のために数日以内に死亡する可能性がある。
【0006】
糖尿病性腎症としても知られる糖尿病性腎臓疾患は、1型真性糖尿病(T1DM)の個体における過度の罹患率及び若年死の重要な原因である。T1DM患者のおよそ25%〜40%が最終的に糖尿病性腎症を発症する。糖尿病性腎症の最も深刻な長期的影響は、腎臓がベースライン機能の10%未満でしか機能せず、腎臓機能が永久的かつほぼ完全に喪失した状態である末期腎疾患(ESRD)に至る腎不全である。他のESRDの原因としては、高血圧、糸球体腎炎、多嚢胞性腎、間質性疾患、閉塞性尿路疾患、全身性エリテマトーデス及び多発性骨髄腫が挙げられる。
【0007】
腎機能障害を診断する当該技術分野で既知の従来の方法は、特定のタンパク質の検出を伴う。特許文献1は、腎不全等の病態に罹患しやすい被験体において、好ましくは血清クレアチニンの上昇の前にサンプル中のインターロイキン18を検出する方法に関する。特許文献2は、動物において早期腎疾患を検出する方法であって、(a)試験対象の動物からサンプルを得る工程と、(b)サンプル中のアルブミンの量を決定する工程とを含む、動物において早期腎疾患を検出する方法を提供する。特許文献3は、急性腎臓損傷(すなわち、AKI)、腎臓虚血再灌流障害(すなわち、IRI)、虚血性急性腎臓損傷及び/又は虚血性急性尿細管壊死に対する新規の有用なバイオマーカーであるGRO−α(すなわち、CXCL1、ケモカインC−X−Cリガンド1、GRO1、GROa、MGSA、MGSA α、MGSA−a、NAP−3、SCYB1)に関する。尿又は血液サンプル中の成分を決定することによって腎機能障害を診断する多くの方法が知られているが、かかる方法には決定の結果を得るために複雑な工程を伴うという欠点がある。
【0008】
加えて、腫瘍又はがんは依然として最もよく見られる致死的な疾患の1つである。腫瘍の発生は生涯にわたって加齢とともに増加する。腫瘍又はがんは、がん遺伝子の活性化及び/又は腫瘍抑制遺伝子の不活性化をもたらす累積した多重遺伝子突然変異によって引き起こされる。腫瘍又はがんは依然として世界的な死亡率の主要な原因である。診断及び治療の進展にもかかわらず、全生存率はここ数年で大幅には改善されていない。特に腫瘍又はがんの初期段階における腫瘍又はがんのより正確な検出及び高感度な診断手段の必要性は、依然として満たされていない。
【0009】
水(HO)は生命の基本であり、さらには人体で最も重要かつ最も豊富な物質であり、体重の約70パーセントを占める。水の重要性が認識されているにもかかわらず、水同位体の独自性は見落とされていることが多い。天然の水は、微量の重同位体水素原子及び酸素原子を含有し、その中でも主要なものはH及び18Oある。H対Hの比率は約6240対1、又はV−SMOW(Vienna Standard Mean Ocean Water)水質基準では約155ppmであり、16O対18Oの比率は約499対1、又は約2005ppmである。水同位体の特有の配置及び質量分析技術の急速な進展のために、様々な生体組織における水素(δH)及び酸素(δ18O)の安定同位体比が、古代食研究(paleodietary)、気象学、人類学、生態学及び現代食物連鎖網研究(modern food-chained network)において「原子化石(atomic fossils)又は原子トレーサー」として用いられている。
【0010】
安定な非放射性水同位体であるOは、ヒトの生理及び病態生理において重要な役割を果たし得る。モデル動物及び細胞培養物を用いた幾つかの研究から、食物中の水(dietary water)におけるOの増大又は枯渇が病態生理及び生理に対して顕著な影響を有することが示された。例えば、Oはチューブリンサブユニットの重合を刺激することによって微小管の形成を促進し、細胞死をもたらし得ることが以前に示されている。加えて、O含有量の増加は、高血圧自然発生ラットにおいて高血圧を予防する可能性がある。一方で、培養培地の水における重水素の枯渇は種々の動物細胞株の成長速度を低下させる。未治療のストレプトゾトシン誘発性真性糖尿病マウスの体内の水分における水素(δH)及び酸素(δ18O)の同位体比の痕跡が、正常なマウスとは異なることも示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】米国特許第7,141,382号
【特許文献2】米国特許第7,935,495号
【特許文献3】米国特許第7,833,732号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、いずれの従来技術文献も水同位体と腎機能との関係性を開示、教示又は示唆してはいない。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、腎疾患又は腫瘍性疾患の疑いがある被験体において腎疾患又は腫瘍性疾患の可能性を診断する方法であって、上記腎疾患又は腫瘍性疾患の疑いがある被験体の生体サンプルにおけるδO−18(δ18O)及び/又はδH−2(δH)の値を測定することと、測定されたδO−18及び/又はδH−2の値と、腎疾患又は腫瘍性疾患を有しない被験体から得られたδO−18及び/又はδH−2の参照値とを比較することと、上記腎疾患又は腫瘍性疾患の可能性を、上記測定されたδO−18及び/又はδH−2の値と上記δO−18及び/又はδH−2の参照値との比較に基づいて診断することとを含み、上記腎疾患又は腫瘍性疾患の疑いがある被験体の生体サンプルにおけるδO−18及び/又はδH−2の値が、腎疾患又は腫瘍性疾患を有しない被験体から得られたδO−18及び/又はδH−2の参照値よりも低い場合に、腎疾患又は腫瘍性疾患の可能性があると診断する、腎疾患又は腫瘍性疾患の疑いがある被験体において腎疾患又は腫瘍性疾患の可能性を診断する方法に関する。
【0014】
本発明はまた、本発明の方法を行うためのキットに関する。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明では驚くべきことに、生体サンプルにおけるδH−2(δ2H)及び/又はδO−18(δ18O)の値が腎臓病態及び腫瘍性疾患に関連することが発見されている。したがって、本発明では、腎疾患又は腫瘍性疾患を、腎疾患又は腫瘍性疾患の可能性があると想定される被験体に由来する生体サンプルにおけるδH−2(δ2H)及び/又はδO−18(δ18O)の値と、腎疾患及び腫瘍性疾患を有しない対照におけるδH−2(δ2H)及び/又はδO−18(δ18O)の値との比較に基づいて診断する方法が開発される。
【0016】
他に規定のない限り、本明細書中で使用される全ての技術用語及び科学用語は、本発明が関連する分野の当業者によって一般に理解されるものと同じ意味を有する。本明細書中で言及される全ての刊行物、特許出願、特許及び他の参考文献は、その全体が参照により援用される。抵触の場合には、定義を含む本明細書が優先される。加えて、材料、方法及び実施例は例示にすぎず、限定を意図するものではない。
【0017】
「検出する」又は「診断する」という用語は、腎疾患を有する患者及び/又は腎疾患を有する危険性がある患者を特定することを指す。
【0018】
「アッセイ」という用語は、サンプル中の物質の存在及び/又はその物質の量を決定するためにサンプルに対して行われる分析を意味する。
【0019】
「減少した量」という用語は、規定のレベルと比較して低い量を意味する。
【0020】
「腎疾患」という用語は、個体の腎機能の障害、損傷、異常状態又は機能障害を意味する。
【0021】
「サンプル」という用語は、哺乳動物被験体から得られた体液又は組織液のサンプルを意味する。非限定的な例としては、本発明に使用される体液又は組織液のサンプルは、尿、血液、血清、血漿、唾液、リンパ液、脳脊髄液、嚢胞液、腹水、糞便、胆汁、組織液及び任意の他の単離可能な体液であり得る。
【0022】
「腫瘍」又は「がん」という用語は、乳房、前立腺、結腸、肺、膵臓、肝臓、胃、膀胱又は生殖器官(子宮頸部、卵巣、子宮内膜等)、脳及び骨髄から発生する腫瘍若しくはがん、黒色腫、又はリンパ腫を含むが、これらに限定されないものとして本明細書中で使用される。
【0023】
本願において引用される全ての刊行物及び特許文献は、個々の刊行物又は特許文献の各々がそのように示されているかのように、その全体があらゆる目的で同じように参照により援用される。本文献における様々な参考文献の引用によって、本出願人らは任意の特定の参考文献を本発明に対する「先行技術」であると認めるわけではない。
【0024】
一態様では、本発明は、腎疾患又は腫瘍性疾患の疑いがある被験体において腎疾患又は腫瘍性疾患の可能性を診断する方法であって、上記腎疾患又は腫瘍性疾患の疑いがある被験体の生体サンプルにおけるδO−18(δ18O)及び/又はδH−2(δH)の値を測定することと、測定されたδO−18及び/又はδH−2の値と、腎疾患又は腫瘍性疾患を有しない被験体から得られたδO−18及び/又はδH−2の参照値とを比較することと、上記腎疾患又は腫瘍性疾患の可能性を、上記測定されたδO−18及び/又はδH−2の値と上記δO−18及び/又はδH−2の参照値との比較に基づいて診断することとを含み、上記腎疾患又は腫瘍性疾患の疑いがある被験体の生体サンプルにおけるδO−18及び/又はδH−2の値が、腎疾患又は腫瘍性疾患を有しない被験体から得られたδO−18及び/又はδH−2の参照値よりも低い場合に、腎疾患又は腫瘍性疾患の可能性があると診断する、腎疾患又は腫瘍性疾患の疑いがある被験体において腎疾患又は腫瘍性疾患の可能性を診断する方法を提供する。
【0025】
任意の哺乳動物被験体を、本発明の方法に従って試験することができる。しかしながら、典型的には、試験被験体(すなわち患者)は、腎機能障害(例えば、末期腎疾患(ESRD)、腎症、腎不全、高尿酸血症、糖尿病性腎臓疾患、虚血性若しくは毒物誘発性の腎損傷、慢性腎不全、急性腎不全、糸球体腎炎、多発性嚢胞腎、又は慢性腎盂腎炎)又は腫瘍(例えば、骨髄リンパ腫、肝細胞癌、肝芽腫、横紋筋肉腫、食道癌、甲状腺癌、神経節芽腫(ganglioblastoma)、線維肉腫、粘液肉腫、脂肪肉腫、軟骨肉腫、骨原性肉腫、脊索腫、血管肉腫、内皮肉腫(endotheliosarcoma)、リンパ管肉腫、リンパ管内皮肉腫(lymphangioendotheliosarcoma)、滑膜腫、中皮腫、ユーイング腫瘍、平滑筋肉腫(leimyosarcoma)、横紋皮肉腫(rhabdotheliosarcoma)、結腸癌、膵腫瘍、肝腫瘍、乳腫瘍(breast tumor)、卵巣腫瘍、前立腺腫瘍、扁平上皮癌、基底細胞癌、腺癌、汗腺癌、皮脂腺癌、乳頭癌、乳頭腺癌、嚢胞腺癌、髄様癌、気管支癌、腎細胞癌、血腫、胆管癌、黒色腫、絨毛癌、精上皮腫、胎児性癌、ウィルムス腫瘍、頚部腫瘍、精巣腫瘍、肺癌、小細胞肺癌、膀胱癌、上皮癌、膠腫、星状細胞腫、髄芽腫、頭蓋咽頭腫、上衣腫(ependynoma)、松果体腫、血管芽腫、網膜芽腫、白血病(例えば、急性リンパ球性白血病)、急性骨髄球性白血病(骨髄芽球性(myelolastic)、前骨髄球性、骨髄単球性、単球性のもの、及び赤白血病)、慢性白血病(慢性骨髄球性(顆粒球性)白血病及び慢性リンパ球性白血病)、真性赤血球増加症、リンパ腫(ホジキン病及び非ホジキン病)、多発性骨髄腫、ワルデンシュトレームマクログロブリン血症、直腸癌、頭頚部腫瘍、脳腫瘍、原発部位不明の腫瘍、末梢神経系の腫瘍、中枢神経系の腫瘍、聴神経腫、乏突起膠腫、髄膜腫、神経芽腫、転移、及び非制御の又は異常な細胞成長を特徴とする任意の疾患又は障害)を患っている。好ましくは、哺乳動物被験体は、ヒト、ブタ、ウマ、イヌ、ヒツジ、ウシ、ヤギ又はネコである。
【0026】
本発明では驚くべきことに、健常な被験体における水同位体の生体恒常性の存在が見出された。健常な被験体における水の状態(δ18O及びδ2H)は、腎疾患又は腫瘍性疾患を有する被験体とは顕著に異なる。腎疾患又は腫瘍性疾患を有する被験体におけるδO−18及び/又はδH−2が減少していることは極めて興味深い。
【0027】
サンプルにおけるδO−18及び/又はδH−2の値と比較される参照値は、いかなる腎疾患又は腫瘍性疾患も有しない被験体(健常な被験体)から得られる。腎疾患又は腫瘍性疾患を、続いて検査対象の被験体、例えば腎疾患又は腫瘍性疾患を患っている疑いがある被験体の体液(body liquid)サンプルにおけるδO−18及び/又はδH−2のレベルの低下によって診断することができる。
【0028】
本発明による方法は、健常な被験体の日常分析、すなわち、ごく初期の段階で腎疾患又は腫瘍性疾患を診断するために毎年行われる分析にも好適である。
【0029】
最適な「対照」参照値は、健常段階の同じ又は他の被験体から得られた参照値である。具体的には、同位体比は国際V−SMOW(Vienna Standard Mean Ocean Water)標準に対するδ表記(‰)で表される。本発明によると、腎疾患又は腫瘍性疾患を有しない被験体のδO−18(すなわち、参照値)は約−3‰〜約−4.5‰の範囲であり、腎疾患又は腫瘍性疾患を有しない被験体のδH−2の参照値は約−30‰〜約−35‰の範囲である。
【0030】
本発明によると、水同位体は腎疾患又は腫瘍性疾患の診断において減少している。すなわち、腎疾患又は腫瘍性疾患を有する被験体のδO−18及び/又はδH−2の値は、腎疾患又は腫瘍性疾患を有しない被験体よりも低い。本発明によれば、腎疾患又は腫瘍疾患を有する被験体のδO−18は、約−4.5‰、約−5‰、約−6‰、約−7‰、約−8‰、約−9‰、約−10‰、約−11‰、約−12‰、約−13‰、約−14‰、約−15‰、約−16‰、約−17‰、約−18‰、約−19‰、約−20‰、約−21‰、約−22‰、約−23‰、約−24‰、約−25‰、約−26‰、約−27‰、約−28‰、約−29‰又は約−30‰より低い。より好ましくは、δO−18の値は、腎疾患については約−4.5‰〜約−30‰;好ましくは約−4.5‰〜約−25‰、約−4.5‰〜約−22‰、約−4.5‰〜約−20‰、約−4.5‰〜約−18‰、約−4.5‰〜約−16‰、約−4.5‰〜約−14‰、約−4.5‰〜約−12‰若しくは約−4.5‰〜約−10‰;より好ましくは、約−5.0‰〜約−16‰、約−5.0‰〜約−14‰、約−5.0‰〜約−12‰、又は腫瘍疾患については約−5.0‰〜約−25‰、約−5.0‰〜約−22‰、約−5.0‰〜約−20‰、約−5.0‰〜約−18‰、約−5.0‰〜約−16‰、約−5.0‰〜約−14‰、約−5.0‰〜約−12‰、若しくは約−5.0‰〜約−10‰である。好ましくは、δO−18の値は、約−5.0‰〜約−28‰、約−5.0‰〜約−26‰、約−5.0‰〜約−25‰、約−5.0‰〜約−20‰、約−5.0‰〜約−18‰、約−5.0‰〜約−16‰、約−5.0‰〜約−14‰、約−5.0‰〜約−12‰又は約−5.0‰〜約−10‰である。
【0031】
本発明によると、腎疾患又は腫瘍疾患を有する被験体のδH−2の値は、約−35‰、約−36‰、約−37‰、約−38‰、約−39‰若しくは約−40‰、約−42‰、約−44‰、約−48‰、約−50‰、約−55‰、約−60‰、約−65‰、約−70‰、約−75‰、約−80‰、約−85‰、約−90‰、約−95‰又は約−100‰より低い。より好ましくは、δH−2の値は、約−35‰〜約−100‰、−35‰〜約−95‰、−35‰〜約−90‰、−35‰〜約−85‰、約−35‰〜約−80‰、約−35‰〜約−75‰、約−35‰〜約−70‰、約−35‰〜約−65‰、約−35‰〜約−60‰、約−35‰〜約−55‰、約−35‰〜約−50‰、約−35‰〜約−45‰、約−35‰〜約−40‰、約−40‰〜約−100‰、約−40‰〜約−90‰、約−40‰〜約−85‰、約−40‰〜約−80‰若しくは約−40‰〜約−75‰、約−40‰〜約−70‰又は約−40‰〜約−65‰である。より好ましくは、δH−2の値は、腎疾患については約−40‰〜約−80‰、約−40‰〜約−75‰、約−40‰〜約−70‰、約−40‰〜約−65‰、約−40‰〜約−60‰、約−40‰〜約−55‰又は約−40‰〜約−50‰である。より好ましくは、δH−2の値は、腫瘍疾患については約−45‰〜約−100‰、約−45‰〜約−95‰、約−45‰〜約−90‰、約−45‰〜約−85‰、約−45‰〜約−80‰、約−45‰〜約−70‰又は約−45‰〜約−60‰である。
【0032】
本発明によると、生体サンプルは体液である。より好ましくは、体液は尿、血液、血清、血漿、唾液、リンパ液、脳脊髄液、嚢胞液、腹水、糞便、胆汁、組織液、及び任意の他の単離可能な体液である。含まれる同位体について測定される水を得るための当該技術分野で既知の任意の方法を本発明に使用することができる。本発明の一実施形態によると、含まれる同位体について測定される水は、サンプル中の水が乾燥剤によって吸収され、他の成分を有しない純粋な水が得られるように、体液サンプルを乾燥剤の入った密封容器に入れた後、水和した乾燥剤から水を除去することによって得られる。好ましくは、水和した乾燥剤からの水の除去は蒸留、より好ましくは真空蒸留によって行われる。本発明によると、乾燥剤はシリカゲル、活性炭、硫酸カルシウム、塩化カルシウム、モンモリロナイト粘土及びモレキュラーシーブからなる群から選択される。本発明の別の実施形態によると、含まれる同位体について測定される水は逆浸透によって得られる。
【0033】
更なる態様によると、本発明はまた、本発明の方法を行うためのキットであって、腎疾患若しくは腫瘍性疾患を患っている可能性があるか、若しくは腎疾患若しくは腫瘍性疾患のリスクがある被験体に由来する生体サンプルを含有する容器、又は該サンプルを充填することが想定される容器と、生体サンプルにおけるδO−18又はδH−2の値を測定する手段と、腎疾患又は腫瘍性疾患の診断を可能にする参照値手段とを含む、本発明の方法を行うためのキットに関する。好ましくは、キットは、乾燥剤を含有する容器を更に含む。
【0034】
δO−18又はδH−2の値を測定する手段は、δO−18又はδH−2を探査(probing)/定量する任意の好適な手段、例えば同位体比質量分析計から選択することができる。
【0035】
腎疾患又は腫瘍性疾患の診断を可能にする参照レベルの手段は、好ましくは健常なヒトに由来する生体サンプルの入った容器から選択される。検量線、キットの使用説明書又はそれらの組合せが更に含まれていてもよい。好ましくは、腎疾患又は腫瘍性疾患の診断に関する具体的な情報を与える好適な説明書を(例えば書面で)キットに添付すべきである。
【0036】
本発明では、生体サンプルにおける水素(δ2H)及び酸素(δ18O)の安定同位体比を研究する。生体サンプル(血漿等)中のδ2H及びδ18Oが、ヒトの腎機能又は腫瘍性疾患に関連することが観察された。具体的には、対照被験体及び糖尿病被験体(腎機能障害を有しない)の血漿中のδ18Oは、末期腎疾患被験体(腎機能障害の症例)よりもそれぞれ87%及び160%高い。健常腎臓群(対照被験体及び糖尿病被験体)の血漿中のδ2Hは、腎機能障害群よりも72%及び92%高い。しかしながら、対照被験体及び糖尿病患者における血漿の水含有量(δ2H及びδ18O)に違いはない。
【実施例】
【0037】
本発明を具体的な実施形態を参照して説明したが、特定の状況に適応するために、本発明の範囲から逸脱することなく、様々な変更を加えることができ、その要素を均等物に置き換えることができることが当業者には理解されよう。以下の実験例は、本発明の或る特定の実施形態の様々な態様を実証し、更に説明するために提示され、その範囲を限定すると解釈されるものではない。以下の実験の開示において、以下の材料及び方法が使用される。
【0038】
参加者
生化学的パラメータ及び参加者の病歴についての医師の記載に従って、参加者を対照被験体(CS)、末期腎疾患であると診断された患者(ESRD)又はがんであると診断された患者、及び糖尿病を有するが検出可能な腎機能障害を有しない個体(DB)という3つの区分に分類した。全てのDB被験体は糖尿病の管理下にある。98人の被験体(5人のCS、32人のESRD、10人の乳がん被験体、10人の子宮頸がん被験体、10人の胃がん被験体、10人の結腸がん被験体及び5人のDB)の全てが本省人であり、台北市在住である。被験体はサンプリング日前に少なくとも3ヶ月間渡航していなかった。このため、食物及び水の地理的な同位体組成に起因する同位体比の変動を排除することができる(Bowen GJ, Wilkinson B (2002) Spatial distribution of delta O-18 in meteoric precipitation. Geology 30: 315-318、Hobson KA, Atwell L, Wassenaar LI (1999) Influence of drinking water and diet on the stable-hydrogen isotope ratios of animal tissue,. Proc Natl Acad Sci U S A 96: 8003-8006、Bowen GJ, Ehleringer JR, Chesson LA, Thompson AH, Podlesak DW, et al. (2009) Dietary and physiological controls on the hydrogen and oxygen isotope ratios of hair from mid-20th century indigenous populations. Am J Phys Anthropol 139: 494-504、Chesson LA, Podlesak DW, Erkkila BR, Cerling TE, Ehleringer JR (2010) Isotopic consequences of consumer food choice: Hydrogen and oxygen stable isotope ratios in foods from fast food restaurants versus supermarkets. Food Chemistry 119: 1250-1256)。
【0039】
水サンプル
3mlのヒト血漿サンプルを15ml容ファルコンチューブに保存する。次いで、チューブを、15gのCaCl顆粒(Sigma-Aldrich)の入った予備乾燥した真空丸底フラスコに入れる。次いで、空気中の水分がフラスコ内に入らないように慎重に丸底フラスコに蓋をし、密封する。CaClがヒト血漿サンプルから水を吸収するように、フラスコを室温で7日間インキュベートする。水和したCaClから真空蒸留(BuchiのGlass Oven B−585、クーゲルロール)によって水サンプル(約2ml)が得られる。
【0040】
ヒト血漿中の水素(δH)及び酸素(δ18O)の決定
水サンプル中の水素(δH)及び酸素(δ18O)の評価は、以下のようにして行った。安定な酸素同位体組成を既知のCO−HO平衡法によって分析した(Epstein S, Mayeda T (1953) Variation of O18 content of waters from natural sources. Geochimica et Cosmochimica Acta 4: 213-224、Brenninkmeijer CAM, Morrison PD (1987) An automated system for isotopic equilibration of CO2 and H2O for 18O analysis of water. Chemical Geology: Isotope Geoscience section 66: 21-26)。平衡化したCOガスをVG SIRA 10同位体比質量分析計によって測定した。水素同位体組成は、インディアナ大学生物地球化学研究所製の亜鉛ショットを用いて水をHに還元した後に、VG MM602D同位体比質量分析計で決定した(Coleman ML, Shepherd TJ, Durham JJ, Rouse JE, Moore GR (1982) Reduction of water with zinc for hydrogen isotope analysis. Analytical Chemistry 54: 993-995)。全ての同位体比の結果は、国際V−SMOW(Vienna Standard Mean Ocean Water)標準に対するδ表記(‰)で報告し、SLAP(Standard Light Antarctic Precipitation)のδ18O及びδHがそれぞれ−55.5‰及び−428‰となるように正規化する(Gonfiantini R (1978) Standards for stable isotope measurements in natural compounds. Nature 271: 534-536)。実験室標準に対する1σで表される分析精度はそれぞれ、δHについては1.3‰、δ18Oについては0.08‰より良好である。水サンプルの二重分析の平均差はそれぞれ、δHについては±11.5‰、δ18Oについては±0.11‰である。
【0041】
データ分析
ANOVA及びスチューデントt検定をSTATISTICA 8.0(StatSoft. Inc.,Tulsa,OK)を用いて行った。k平均クラスタリングを、データを4つのクラスターのプリセットに分割するMATLAB R2011a(MathWorks. Inc.,Natick,MA)で行った。ユークリッド距離を測定して、そのクラスター内のデータ点の平均であるクラスターの重心を計算する。各回で新たなセットの初期クラスター重心位置が与えられるように、合計10000回の反復クラスタリングプロセスを行った。この手順により、各クラスターの点と重心との距離の総和が最低値となる4つのクラスターの最良の解が得られる。
【0042】
実施例1 本発明の方法を用いた腎疾患の診断
42個のヒト血漿の水サンプルに由来する水素(δH)及び酸素(δ18O)の安定な同位体比を測定した。サンプルは、絶食対照被験体(CS、n=5)、血液透析治療を受けていない絶食末期腎疾患被験体(ESRDnHD、n=5)、血液透析治療を受けている絶食末期腎疾患被験体(ESRDHD、n=27)及び絶食糖尿病被験体(DB、n=5)という4つの参加者の群から無作為に得た。
【0043】
対照被験体群(CS)
表1に示されるように、CSについてのδ2H及びδ18Oの平均は−4.76‰及び−35.2‰である。
【0044】
【表1】

a.5個のヒト血漿サンプル(CS−1〜CS−5)を健常な腎臓を有する対照被験体から採取した。
b.全ての対照被験体は、サンプリング前3ヶ月間は渡航せず国内にいる。
c.血中尿素窒素(BUN)試験は、血液中の尿素の形態の窒素の量を測定することによって腎機能を評価するものである。血液中の尿素の正常レベルは7mg/dL〜20mg/dLである。
d.クレアチニンはクレアチンの代謝産物である。クレアチニン試験は腎機能の指標として用いられる。血液中のクレアチニンの正常レベルは、男性については0.7mg/dL〜1.2mg/dL、女性については0.5mg/dL〜1.9mg/dLである[45]。
e.腎機能の指標である糸球体濾過量の推定。eGFR値は、MDRD(Modification of Diet in Renal Disease)式:eGFR=186×血清クレアチニン−1.154×年齢−0.203×(黒人の場合は1.212)×(女性の場合は0.742)に基づいて算出される[46]。
f.比率は、国際V−SMOW(Vienna Standard Mean Ocean Water)標準に対するδ表記(‰)で報告し、SLAP(Standard Light Antarctic Precipitation)のδ18O及びδHがそれぞれ−55.5‰及び−428‰となるように正規化する。
i.括弧内の数値は各群の全ての数値の標準偏差である。
【0045】
末期腎疾患群(ESRD)
δH及びδ18Oの平均値は、ESRDnHDについては−11.89‰及び−72.44‰、ESRDHDについては−10.37‰及び−59.10‰である(表2)。ESRDHD(標準偏差は、δ18Oについては2.9、δHについては11.54)は、ESRDnHD(標準偏差は、δ18Oについては0.9、δHについては4.9)よりもばらつきがある(図1)。δHに関しては、ESRDHDとESRDnHDとの間の差は有意である[t0.05;30=2.5及びF0.05;1,30=6.33]。しかしながら、δ18Oについては、差は有意ではない[t0.05;30=1.17及びF0.05;1,30=1.37]。
【0046】
【表2】

a.32個のヒト血漿サンプルを8時間絶食したESRD(末期腎疾患)患者から採取した。これをESRDnHD(末期腎疾患であるが、血液透析治療を受けていない)及びESRDHD(末期腎疾患であり、血液透析治療を受けている)という2つの群に分ける。
b.、c.、d.BUN、クレアチニン及びeGFR試験は全て腎機能の指標である。表1の脚注c、d及びeを参照されたい。
e.血液中のナトリウムの濃度。血液中のナトリウムの正常レベルは135mmol/L〜140mmol/Lである。
f.血液中のカリウムの濃度。正常な血中カリウムレベルは3.5mmol/L〜5mmol/Lである。
g.血液中の塩化物の濃度。血液中の塩化物の正常範囲は98mmol/L〜108mmol/Lである。
h.、i.同位体比はδ表記(‰)で報告する。詳細については表1の脚注c及びdを参照されたい。
j.ESRDnHDサンプル(ESRD−1〜ESRD−5)を、血液透析治療を受けていないESRD患者から採取した。ESRDnHDには一価イオン試験を行っていない。
k.ESRDHDサンプル(ESRD−6〜ESRD−32)を、6ヶ月間にわたって血液透析を受けているESRD患者から採取した。これらのサンプルは、ESRD患者が血液透析を受ける直前に採取した。
l.括弧内の数値は各群の全ての数値の標準偏差である。
【0047】
糖尿病群(DB)
DB群においては、血漿におけるδHの平均は−4.04‰、δ18Oの平均は−34.08‰である(表3)。
【0048】
【表3】

a.DB血漿サンプル(DB−1〜DB−5)を、8時間絶食させた糖尿病患者から採取した。
b.腎機能の指標である血漿クレアチニン濃度。
c.腎機能の指標である糸球体濾過量の推定。詳細については表1の脚注eを参照されたい。
d.空腹時血中グルコースレベル。
e.、f.同位体比はδ表記(‰)で報告する。詳細については表1の脚注c及びdを参照されたい。
g.括弧内の数値はDBの全ての数値の標準偏差である。
【0049】
ESRDの水のδ18O及びδHの値は、CSよりも顕著に低い
ESRDnHDの血漿における水のδ18O及びδHの値は、CSとは顕著に異なる特徴を示した。スチューデントt検定及びANOVA統計分析をESRDnHD及びCSのデータセットに適用することによって、ESRDnHD及びCSにおける血漿の水含有量(δ18O及びδH)は有意な差を示した[δ18Oについてはt0.05;8=13.78及びF0.05;1,8=189.83、δHについてはt0.05;8=15.08及びF0.05;1,8=227.47]。ESRDHDの血漿中のδ18O及びδHの分散は、CSとESRDnHDとの間でばらつきがあった。ESRDHDの血漿の水におけるδ18O及びδHは、CSよりも有意に低い。ESRD(ESRDnHD及びESRDHDを含む)の血漿中のδ18O及びδHは、CSよりも87%及び72%低く、DBよりも160%及び92%低い。このため、血漿におけるδ18O及びδHの値は、本研究において腎機能と相関する。正常な対照被験体及び腎臓患者の両方が同じ飲食用水の供給源を共有しているため、ESRD患者の血漿における水の18O及びHのレベルの低下は興味深い。
【0050】
H同位体及び18O同位体は、腎機能障害を有する患者において血漿の水から選択的に「除去される」ようである。腎臓の多くの機能の1つは、水チャネルを形成する血漿膜タンパク質である種々のタイプの腎臓アクアポリン(AQP)によって少なくとも部分的に媒介されることが現在知られている水の再吸収である(Nielsen S, Frokiaer J, Marples D, Kwon TH, Agre P, et al. (2002) Aquaporins in the kidney: from molecules to medicine. Physiological Reviews 82: 205-244、King LS, Kozono D, Agre P (2004) From structure to disease: The evolving tale of aquaporin biology. Nature Reviews Molecular Cell Biology 5: 687-698、Borgnia M, Nielsen S, Engel A, Agre P (1999) Cellular and molecular biology of the aquaporin water channels. Annual Review of Biochemistry 68: 425-458)。例えば、アクアポリン1(AQP1)は、近位尿細管及び水の透過率を増大させる細い下行脚(descending thin limb)に局在する(Nielsen S, Smith BL, Christensen EI, Knepper MA, Agre P (1993) CHIP28 water channels are localized in constitutively water-permeable segments of the nephron. The Journal of cell biology 120: 371-383)。AQP2、AQP3及びAQP4は、集合管に局在し、AQP2が集合管での水透過率のバソプレシン調節の標的である(Nielsen S, Knepper MA (1993) Vasopressin activates collecting duct urea transporters and water channels by distinct physical processes. The American journal of physiology 265: F204-213)。当然ながら、これらのアクアポリンタンパク質が腎機能障害患者における血漿の18O及びHのレベルの低下に関与するか否かという疑問が生じる。これまでの研究では、典型的なAQP1の分子動力学(MD)シミュレーション及び溶解実験から、Oの透過率が水と類似することが示されているが(Mamonov AB, Coalson RD, Zeidel ML, Mathai JC (2007) Water and deuterium oxide permeability through aquaporin 1: MD predictions and experimental verification. The Journal of general physiology 130: 111-116)、別の研究では、AQP1の芳香族/アルギニン領域における点突然変異によってプロトンの通過が可能となることが示されている(Beitz E, Wu B, Holm LM, Schultz JE, Zeuthen T (2006) Point mutations in the aromatic/arginine region in aquaporin 1 allow passage of urea, glycerol, ammonia, and protons. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 103: 269-274)。さらに、ESRD患者において、バソプレシン濃度の上昇が見出されている(Argent NB, Baylis PH, Wilkinson R (1990) Immunoreactive vasopressin in end stage renal failure. Clinica chimica acta; international journal of clinical chemistry 190: 185-188)。バソプレシン及び水の欠乏は腎臓集合管におけるAQP2の上方調節を伴い(Terris J, Ecelbarger CA, Nielsen S, Knepper MA (1996) Long-term regulation of four renal aquaporins in rats. The American journal of physiology 271: F414-422、Combet S, Gouraud S, Gobin R, Berthonaud V, Geelen G, et al. (2008) Aquaporin-2 downregulation in kidney medulla of aging rats is posttranscriptional and is abolished by water deprivation. American Journal of Physiology - Renal Physiology 294: F1408-F1414)、老化に伴うAQP2の下方調節が転写後に起こる(posttranscriptional)(Combet S, Gouraud S, Gobin R, Berthonaud V, Geelen G, et al. (2008) Aquaporin-2 downregulation in kidney medulla of aging rats is posttranscriptional and is abolished by water deprivation. American Journal of Physiology - Renal Physiology 294: F1408-F1414)。ESRDHDの血漿におけるNa、K及びCl等の一価イオンのレベルの更なる調査によってヘンレ係蹄上行脚の能動輸送の正常な機能が明らかとなったが(表2)、ネフロンのこの部分はアクアポリンを含有しない(Nielsen S, Frokiaer J, Marples D, Kwon TH, Agre P, et al. (2002) Aquaporins in the kidney: from molecules to medicine. Physiological Reviews 82: 205-244、King LS, Kozono D, Agre P (2004) From structure to disease: The evolving tale of aquaporin biology. Nature Reviews Molecular Cell Biology 5: 687-698)。したがって、組織的かつ原子的な分解能での安定な同位体におけるESRDのアクアポリンの生理学的役割の研究は、腎機能障害患者における重水の減少を解明する可能性がある。
【0051】
血漿の18O及びHの恒常性は、水供給源の18O及びHのレベルの変動に対抗する
降水のδH及びδ18Oの値は季節によって変動する。血漿中の水のH及び18Oの大部分は、最終的には飲食用水の供給源である降水に由来し得るため、雨水及び血漿の水におけるδH及びδ18Oの値の関係性を調べることは興味深い。
【0052】
2000年から2010年までの台北の毎月の降水のδH及びδ18Oの値を含むデータの値を比較した(Peng T-R, Wang C-H, Huang C-C, Fei L-Y, Chen C-TA, et al. (2010) Stable isotopic characteristic of Taiwan's precipitation: A case study of western Pacific monsoon region. Earth and Planetary Science Letters 289: 357-366)。1月から5月にかけて、雨水のδH及びδ18Oの値は変動をほとんど示さなかった。これらの値は6月に低下し始め、7月及び8月に最小値に達し、9月から12月にかけて盛り返した。一方で、CS群における血漿の水同位体比は、1月から5月にかけて常に降水よりも低かった。しかしながら、血漿の水の同位体比は、7月から12月にかけて降水の標準誤差内であった。したがって、CS群の血漿における同位体δH及びδ18Oの恒常性が、日々の摂取水の変動に対抗することが観察された。
【0053】
台湾の7月における頻繁な台風のために、降水の同位体含有量は、他の全ての月に比べて最も少ないが最も変動する。7月及び3月におけるESRDHDの血漿の水の同位体比は降水よりも有意に低く、同様に雨水に対する強い独立性を示す。9月における降水の同位体比はCSの同位体比に近く、降水よりも約35%低いESRDnHDの同位体比においても同じことが観察される。DB群については、12月における血漿の水のδ18Oは降水と同程度であるが[t0.05;14=0.27及びF0.05;1,14=0.07]、血漿の水のδHは降水に対する独立性を示す[t0.05;14=3.03及びF0.05;1,14=9.21]。
【0054】
DB群及びCS群における水のδ18O及びδHの値は類似している
DBに由来するδ18O及びδHの値は、CSに類似している。ANOVA分析から、DB及びCSの血漿の水含有量(δ18O及びδH)が同程度であることが示唆される[δ18OについてはF0.05;1,8=4.63;δ2HについてはF0.05;1,8=0.20]。
【0055】
腎臓状態の相違を反映する水同位体の生体恒常性の微調整が存在するようである。例えば、ESRDnHD及び正常腎臓群(CS及びDB)は異なる恒常性レベルを有する。正常な腎機能を有する2つの群(表1及び表3)について、CS及びDBのδ18O及びδHのレベルが類似していることに留意されたい。加えて、本発明者らは、CS被験体の年齢(27歳〜67歳の範囲である)が、DB被験体及びESRD被験体とは独立している(p=0)ことに注目している。ESRDHD群における18O及びHの恒常性の欠如は、各血液透析の回数及び期間、並びに種々のESRDHD被験体の水和状態に起因し得る(Konings CJ, Kooman JP, Schonck M, Cox-Reijven PL, van Kreel B, et al. (2002) Assessment of fluid status in peritoneal dialysis patients. Perit Dial Int 22: 683-692)。
【0056】
腎機能障害の原因は通常は非常に複雑であり、薬物療法、真性糖尿病、高血圧、敗血症、個人のライフスタイル等を含む。それにもかかわらず、腎臓の障害は、HによるH及び16Oによる18Oの置き換えをもたらす代謝産物の蓄積を引き起こす。これは最終的に血漿の同位体の減少をもたらす。本研究では、腎機能障害がヒト血漿中のδ18O及びδHの大幅な減少に関連することが示唆される。腎機能障害患者においては血漿の同位体の減少の痕跡が示されるが、健常な個体又は糖尿病患者においては示されないことが観察された。このデータ及び結果は、血漿のδ18O及びδHが腎機能に強く影響を受けるが、恐らくは生体の同位体恒常性のために年齢、人種及び食生活には影響されないようであることを示唆している。要するに、本予備研究は生物学的データとともに、腎機能障害の潜在的マーカーとして血漿におけるδ18O及びδHのレベルを用いることの可能性を示唆するものである。
【0057】
実施例2 本発明の方法を用いた腫瘍性疾患の診断
対照被験体及びがん被験体(乳がん被験体、子宮頸がん被験体、胃がん被験体及び結腸がん被験体)の血漿サンプルを、実施例の上記の材料及び方法に言及されるように処理した。ヒト血漿中の水素(δ2H)及び酸素(δ18O)の決定並びにデータ分析を、実施例の上記の材料及び方法に言及されるように行った。がん被験体の血漿中のδH及びδ18Oの平均を下記の表に挙げる。
【0058】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
腎疾患又は腫瘍性疾患の疑いがある被験体において腎疾患又は腫瘍性疾患の可能性を診断する方法であって、前記腎疾患又は腫瘍性疾患の疑いがある被験体の生体サンプルにおけるδO−18(δ18O)及び/又はδH−2(δH)の値を測定することと、測定されたδO−18及び/又はδH−2の値と、腎疾患又は腫瘍性疾患を有しない被験体から得られたδO−18及び/又はδH−2の参照値とを比較することと、前記腎疾患又は腫瘍性疾患の可能性を、前記測定されたδO−18及び/又はδH−2の値と前記δO−18及び/又はδH−2の参照値との比較に基づいて診断することとを含み、前記腎疾患又は腫瘍性疾患の疑いがある被験体の生体サンプルにおけるδO−18及び/又はδH−2の値が、腎疾患又は腫瘍性疾患を有しない被験体から得られたδO−18及び/又はδH−2の参照値よりも低い場合に、腎疾患又は腫瘍性疾患の可能性があると診断する、腎疾患又は腫瘍性疾患の疑いがある被験体において腎疾患又は腫瘍性疾患の可能性を診断する方法。
【請求項2】
前記腎疾患又は腫瘍性疾患を有しない被験体から得られたδO−18の参照値が、約−3‰〜約−3.5‰の範囲である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記腎疾患又は腫瘍性疾患を有しない被験体から得られたδH−2の参照値が、約−30‰〜約−35‰の範囲である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記腎疾患又は腫瘍性疾患を有する被験体のδO−18の値が約−5‰よりも低い、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記腎疾患又は腫瘍性疾患を有する被験体のδH−2の値が約−40‰よりも低い、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記生体サンプルが体液である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記体液が尿、血液、血清、血漿、唾液、リンパ液、脳脊髄液、嚢胞液、腹水、糞便、胆汁又は組織液である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記体液が血漿である、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
前記生体サンプルを、該サンプルを乾燥剤の入った密封容器に入れた後、水和した乾燥剤から水を除去し、前記δO−18(δ18O)若しくはδH−2(δH)の値を測定するための水を得ることによって処理するか、又は前記生体サンプルを逆浸透によって処理する、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記水和した乾燥剤からの水の除去を蒸留又は真空蒸留によって行う、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記腎疾患が末期腎疾患(ESRD)、腎症、腎不全、高尿酸血症、糖尿病性腎疾患、虚血性若しくは毒物誘発性の腎損傷、慢性腎不全、急性腎不全、糸球体腎炎、多発性嚢胞腎又は慢性腎盂腎炎である、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
請求項1に記載の方法を行うためのキットであって、腎疾患若しくは腫瘍性疾患を患っている可能性があるか、若しくは腎疾患若しくは腫瘍性疾患のリスクがある被験体に由来する生体サンプルを含有する容器、又は該サンプルを充填することが想定される容器と、生体サンプルにおけるδO−18又はδH−2の値を測定する手段と、腎疾患又は腫瘍性疾患の診断を可能にする参照値手段とを含む、請求項1に記載の方法を行うためのキット。
【請求項13】
乾燥剤を含有する容器を更に含む、請求項12に記載のキット。
【請求項14】
前記乾燥剤がシリカゲル、活性炭、硫酸カルシウム、塩化カルシウム、モンモリロナイト粘土及びモレキュラーシーブからなる群から選択される、請求項12に記載のキット。